俺ガイルSS 『思いのほか壁ドンは難しい』 その他 Part2 (936)


前スレ 俺ガイルSS 『思いのほか壁ドンは難しい』

俺ガイルSS 『思いのほか壁ドンは難しい』 - SSまとめ速報
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俺ガイルSS 『思いのほか壁ドンは難しい』 1~106

俺ガイルSS 『そして彼と彼女は別々に歩み始める』  119~244

俺ガイルSS 『かくして文化祭に房総の赤き狂犬は暴走す』 253~742

俺ガイルSS 『(やはり)俺(に)は友達がい(ら)ない』 752~




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取り敢えず、前スレで続いてます。ノシ


興が乗ったのでちょっとだけ更新。



小町「 ―――――― お兄ちゃん、どうかしたの?」


差し向かいで晩飯を食べていると、妹の小町が突然俺を見てそんなことを言い出した。
どうやら考え事をしていたのがバレたらしい。


八幡「 ……… 何がだよ?」


ご飯茶碗を置いた手でみそ汁の椀を取り、ズズズとわざとらしく音を立てて啜りながら、それとなく妹の様子を窺う。


小町「何が、じゃなくって、今日のお兄ちゃん何か変だよ。まぁ、お兄ちゃんは大抵変だし、いつもどうかしてるんだけど」

酷い言われようではあるのだが、それも兄妹ゆえの気安さと言えないこともない。
それに俺の様子を気遣ってくれているのだと思えば決して悪い気はしない。人はそれを“ポジティブ・シンキング”或いは“物は考えよう”と呼ぶ。


小町「どうせお兄ちゃんのことだから、また何かやらかしたんでしょ?」

八幡「おい、またってなんだよ、またって。お前お兄ちゃんのこと何か誤解してない?」

小町「いつも誤解されるような事ばっかしてるお兄ちゃんがいけないんでしょ?」

俺の反論に、ふんす、とばかりに鼻息を荒くして答える。


八幡「 ……… 返す言葉もないのが、お兄ちゃんは悲しいよ」



小町「まったく。で、今度は何したの? 相手は雪乃さん? 結衣さん? それとも両方? 小町からもよく謝っておいてあげるから」

八幡「おいちょっと待て、なんでそのふたり限定なんだよ?」

小町「だって、“合格したらどっか遊びに行きませんか”ってお誘いのメールしたのに、ふたりとも返事こないし」

今時の中学生にしては珍しく小町はLINEとかはやっていない。本人曰く、いちいち相手をするのがメンドクサイからイヤなんだそうだ。俺の。


小町「誘い方がまずかったのかなぁ …… 」

ボヤきながら、小さく首を捻る。

彼女達が返信できない理由を知る俺としては、そのことを話してやってもよいのだが、なにぶん小町は受験生だ。
合格が決まるまであまり余計な心配はかけたくはないので、取り敢えず今は黙っていることにした。


小町「 ……“お兄ちゃんも一緒に”って書いちゃったし」

八幡「 ………… お願いだからお兄ちゃんに内緒で勝手にそういうことするのやめてくれる?」



小町「どうでもいいけど、小町も入学するかもわかんないんだから、ふたりとギクシャクするようなことだけはやめてよね」

んー、とか、あーとか生返事でのらりくらりと交わしつつ、再び箸をすすめる。


八幡「まぁ、そうなったら、お兄ちゃん的には小町に変な虫がつかないように常に目を光らせる必要があるな」

俺がわざとその話題から逸れるように誘導すると、

小町「 …… それってもう無駄じゃない?」

小町がいかにもさりげなく、それでいて聞き捨てならないセリフを口にする。


八幡「なにっ? いつの間にっ?! 相手は誰だ相手はっ!? もしかして大志かっ? お父さんは絶対に認めんぞっ!」


小町「 ……… お父さんじゃなくってお兄ちゃんでしょ。でも、ちょっと似てるかも」

腰を半分浮かせかけた俺に苦笑いを浮かべながらとんでもないことを言い出した。

八幡「 ……… 頼むから冗談でもやめてくれ」

そうでなくとも最近は、朝、鏡見るとたまに自分の顔がオヤジに似てきたことを自覚することがままある。
このまま順当に成長したら、今は腐っている俺の目も、将来的にはオヤジのような死んだ社畜のような目になるのかと思うと、それだけでもうゲンナリとしてしまう。


小町「 …… そうじゃなくって、もう既に変なお兄ちゃんが四六時中つきまとってるし、目だっていつもこれ以上はないくらい腐ってるってことだよ」

そして、やれやれ合格しても先が思いやられるよ、とわざとらしく溜息を吐く。


八幡「何を言う? 合格すれば毎日嬉し恥ずかし兄妹二人乗りで自転車通学だってできるんだぞ?」 

小町「 …… それって、多分、嬉しいのはお兄ちゃんだけで小町は恥ずかしいだけだと思う」




小町「はいこれ」

小町がテーブルの脇から滑らせるようにして小さな紙片を差し出す。

見慣れたクセのある丸文字で書かれているのは、それぞれ11桁の数字と@マークを挿んだ、二組の文字の羅列。

ひとつは見覚えがあるが、もうひとつは初見だった。

それが何であるかに気が付いて、暫し葛藤の末、黙って手を伸ばす。もしかしたら今後何かの時に必要になるかも知れない。

ひょいと目を向けると、そんな俺を小町がニヤニヤと見ている。しかも、

小町「謝るなら早いに越したことはないよ」 

訳知り顔でそんなことまで言う。


八幡「こほん、あー…、ひょっとして、お兄ちゃんのこと心配してくれてるの? そんなに好きなの?」

空咳をひとつ、敢えて茶化すようにまぜっかえすと、


小町「そうじゃなくって、なんていうか、こう、うまく言えないけど ……………… 溜息が鬱陶しい?」

八幡「 ……… もしかしてお前、気遣うふりしてお兄ちゃんの心、ガチで折りに来てない?」



食事が終わった頃合いを見計らってか、余り物にありつこうと飼い猫のカマクラが小町の膝の上に飛び乗った。
そんなカマクラの頭を優しく撫でながら、


小町「 ……… ホント、お願いだからね?」


先ほどまでと違うトーンで小町が口にする。


八幡「 ――― ああ、わかってるよ。可愛い妹のためだからな」

小町「それから、そういうのキモいから学校では絶対に言わないでね」

そう言って少しだけ怒ったような顔でそっぽを向く。長年の付き合いだ。それが照れ隠しであることくらいはすぐにわかる。
それに、それはつまり家でなら構わない、ということでもあるのだろう。


今日の晩御飯の用意したのは小町なので、片付けは本来俺の仕事なのだが、なぜか小町は黙って俺の隣に立ち皿洗いを手伝い始める。

カチャカチャと食器同士のぶつかる音の合間に聞こえる小町の鼻歌と、時折触れる肩の感触が心地よい。


妹の為とあらば何でもしてあげたいし、実際、何でもできるような気がした。

――― だが、古人曰く、世の中、一寸先は闇である。

既に窓の外には夜の静寂(しじま)が降り立ち、曇りガラスを黒く塗り潰す。

未来は夜の闇のようにあまりにも昏く不透明で、これからいったいどうすべきなのかは俺自身にも皆目見当がつかなかった。


ではでは。ノシ


4月18日に原作12巻が出るそうなので、このSSのリミットもそこいらですかね。


キラキラと無暗に輝く朝の陽の光が射し込み、目がやたらと眩しい。

昨夜はなかなか寝付くことができず、気分転換にと引っ張り出した昔のゲームにものの見事にハマってしまい、結局のところ寝たのは明け方近くになってしまった。
おかげで今朝は超眠い。何度も生欠伸(あくび)をしつつ、既に通い慣れた道を学校へと向けて自転車のペダル漕ぐ。


学校まであと少しというところで、よく見知った顔がひとり佇んでいる姿を見つけ、反射的にブレーキをかけて急停止してしまう。

俺に気が付いて振り向くそのピンクがかった茶髪が朝の陽射しに縁どられ、黄金色に光輝く。


「 ――― おはよ」



そして、その少女 ―――――― 由比ヶ浜結衣はこちらに向け、手袋をした手を小さく振って見せた。


八幡「 ……… お前、いったいいつからここで待ってたんだよ」

俺の問いを彼女は曖昧な笑みを浮かべてはぐらかす。

結局どうあがいても向かう方向は同じだし、ここで押し問答になっても朝から疲れるだけなので、迷った挙句、俺は仕方なく自転車を降りて由比ヶ浜と肩を並べて歩き始めた。


結衣「 ――― 昨日、あの後、ゆきのんと少し話をしたんだけど」

道すがら、由比ヶ浜が訥々と昨日のことを話し始める。

八幡「 ……… おう」

結衣「これから暫く留学の準備で忙しくなるから、部活これないかもって」

八幡「 ……… そうか」

恐らくは他にもふたりで色んな会話を交わしたことであろうことは想像がつく。
心持ち、由比ヶ浜の瞼が腫れて見えるのも、決して朝だからという理由だけではあるまい。

そんな彼女に対して、俺は他に何と答えたらいいものか、どんな言葉をかけたらいいのかすらわからなかった。
こんな時に気の利いたことひとつ言えないとは、現国学年三位が聞いて呆れる。


結衣「ゆきのんがいなくなっちゃったら、部活、どうなるんだろうね」

八幡「 ……… さぁ、な」

もともと奉仕部は平塚先生が俺や雪ノ下などの問題のある生徒 ――― 端的に言えば将来的な社会不適合者を手元に集め置き、その活動を通じて矯正することを目的として創られた部活だ。

部長である雪ノ下がいなくなれば、部としての体裁を保つために他の者を部長に据えるか、そうでなければ活動を休止せざるを得ないだろう。

俺や由比ヶ浜に雪ノ下の代わりが務まるとは思えないし、かといって彼女以外の者に部長を名乗らせることは甚だ抵抗がある。

それ以前に、雪ノ下のいないあの部活を、もう奉仕部と呼ぶことなどできはしまい。

それに、雪ノ下と由比ヶ浜と俺 ――― 今となっては、三人のうち誰かが欠けても、うまく回らないような気がした。

そして、由比ヶ浜の言う“部活”には、当然、“俺たち”という意味も含まれているはずだった。


学校に近づくに従って次第に生徒の数も増え、友達や知り合いに向けたものらしい男子生徒の低い挨拶の声や、女子生徒の高い嬌声が飛び交う。

そんな中、ふと周りを見回すと、どうやら俺たちが注目を浴びているらしいことに気が付いた。

同じクラスとはいえ、かたや学年でも屈指の美少女、かたや名も知れぬぼっちという組み合わせだ。確かに周りの目から見たら奇異に映っていることだろう。 
由比ヶ浜は普段と変わりなく、声をかけてくる友達相手に男女の分け隔てなく、にこやかに応じている。

俺との仲を冷やかされたりしないかと、変におどおどする様子はうかがえないが、少しだけ恥ずかしがっている態ではあった。もしかして、 

――― そんなに俺といるのは恥ずかしいことなのだろうか。


一年の時のクラスメートなのか、俺の知らない顔も多いので、俺の方はいたたまれない感がマジパない。

しかし、朝から女子と登校って、どんだけ青春ラブコメのテンプレなんだよ。
ただでさえ低い俺のリア充度のリミッターが既に限界値を突破しており、今にも自爆しそうなくらいだった。





慣れない行為に朝から精神的に満身創痍になりながらも、そのままなんとか学校まで辿り着くと、校門の前に平塚先生が立っているのが見えた。

いつものように、メリハリの利いたボディをパンツスーツと白衣で押し包み、腕を組んでふんぞり返っている様は、さながら山門の仁王像が如し。

そういや、今週は確か風紀強化週間とかだっけか?

総武高は県内有数の進学校で偏差値も高いせいもあってか、特別風紀が乱れるようなことはないのだが、時折、生活指導の教師と風紀委員の生徒達がこうして校門の前で服装の抜き打ちチェックをすることがある。

校則に照らし合わせて、スカートの丈が短いだの、アクセサリーは禁止だのと細かなチェックを入れるわけだ。
俺としてはスカートの丈は短いに越したことはないと思うのだが、やはりその下にジャージを履くのは厳重に取り締まるべき。

そんな中、ひとり、トレンチコートに指ぬきグローブ姿のデ〇が何やら汗だくになって言い訳している姿が視界の隅に映ったが、関わりたくないのでスルー。
何か問題があるか知らんが、そもそもあいつは存在自体が校則違反だろ。


結衣「あ、ヒッキー、ちょっと待つし」

八幡「ん?」

今時の女子高生らしくスカートの丈はやや短いものの、由比ヶ浜の服装は特に乱れてないし、俺の方も服装に気をつかうようなオシャレさんでもないので問題はないはずだ。

夏場はついうっかりカッターシャツの下に母ちゃんの買ってきた派手な柄のTシャツを着て登校してしまい、失笑を買うこともあるが冬場はブレザーなのでそれもない。

結衣「シャツの襟、曲がってるし」

そういいながら由比ヶ浜がまるで新妻のように甲斐甲斐しく俺の服装の乱れをなおしてくれる。
逃げようにも両手で自転車のハンドルを握っているので、されるがままだ。

そのあいだにもビシバシと視線が固形物のように降り注ぐ。そうとわかっていれば、腹に週刊少年サ〇デーとか巻いて来たのに。

中にはこれ見よがしに道に唾を吐き捨てるヤツもいる。顔覚えたからな。後で覚えてろよ。今時珍しい不幸の手紙を郵送で送りつけてやる。切手貼らずに。


結衣「はい、オッケー」

八幡「お、おお。スマン」///

文字とおり襟を正して(もらって)何気なく校門を通り抜けようとすると、どうやら平塚先生が俺たちの姿に気がついたらしい。マジマジとこちらを見つめ、次いでゴシゴシと目を擦る。あれ、角膜を傷つけるからよくないらしいんだけどね。


結衣「平塚先生、おはよーござます」

八幡「 …… ども」


平塚「うむ、おはよう。キミたちふたりが連れだって登校とは珍しいな。それもよりによって比企谷が女子と一緒とは。一瞬目を疑ったぞ」

八幡「それは単に老眼が始まっただけじゃ ……… ゲフッ!」

皆まで言い終わる前にボディに拳がめり込む。


平塚「うら若き独身女性に向かって朝から失礼なヤツだ。次は殴るぞ?」

八幡「す ……… 既に十分過ぎるくらい殴ってますよね、それ?」

朝からキツい一発で目が覚めるどころか永眠してしまうところだった。つか、独身強調しすぎだろ。ここでそんな無駄なアッピールしてどうすんだよ。


結衣「あ、たまたま偶然です。そこでばったり会っちゃって?」

平塚「ほう?」

そうやってあからさまに訝しげな目を俺に向けないでくれますかね。

しっかし、女子ってばホントまるで息を吸うかのようにさらっと嘘つくのな。しかも顔色ひとつ変えない。それが嘘だと知っているはずの俺ですら危うく騙されちゃうレベル。


平塚「そうなのかね?」

八幡「 ……… ええ、そうっす。間違いありません。俺がやりました」

結衣「って、なんで自白みたいになってるし?!」


ふむ、と、少しばかり何事か考えるかのような間を置いた後、平塚先生が由比ヶ浜に向けて声を掛ける。

平塚「由比ヶ浜、悪いが比企谷と少し話がある。いいか?」

八幡「ま、まさか続きは拳で語るとか言い出すんじゃないでしょうね? 暴力は反対です。特に俺に対する暴力は」

平塚「それはキミの対応次第だな」

八幡「服装とか髪型には問題ないはずですよ?」

平塚「キミの場合、服装以前に、その腐った目と更に腐り切った性根の方が問題なのだよ」

ひでぇな。まるでいいがかりである。


俺と平塚先生の顔を交互に見ていた由比ヶ浜だが、

結衣「えっと ……… 。あ、じゃ、ヒッキー、また教室でね」

そういって胸の前で小さく手を振り、ぴょこんとひとつお団子髪を揺らすようにして平塚先生に頭を下げると、そそくさとその場を後にした。



……………… あいつ、日和やがったな。


それでは今日はこの辺で。続きはできればまた近日中に。ノシ


生徒の服装のチェックを風紀委員に任せ、平塚先生は俺を少し奥まった場所へと連行する。この場合、拉致ると言った方がより的確な表現かもしれない。

…… もしかして俺、本当にボコられるんじゃないでしょうね?

俺の心配をよそに、平塚先生は慣れた手つきで白衣のポケットからタバコを取り出すとそれを口に咥え、淀みなく流れるような動作で火を点けた。


八幡「 …… いいんすか?」

近年はどこの学校でも校内全面禁煙が常識だ。生徒の前で堂々タバコを吸う教師ってのは倫理的に問題ないのだろうか。


平塚「なに、この学校の生徒たちは至極真面目だからな。形の上だけでやってるだけのことだ。外部への体面というものもあるしな」

…… いや、そっちじゃないし。つか、教師がそれ言っていいのかよ。

もしかしてこの先生、俺を口実にして実はタバコ吸いたかっただけなんじゃねぇの?


平塚「ま、キミという問題児の指導も、ある意味、生活指導の一環と言えなくもない」

そう言ってニヤリと笑った。



平塚「 ――― ときに比企谷。雪ノ下の件は既に私の耳にも入っている」


いかにもさり気ない調子で切り出したが、多分、そちらが本題なのだろう。


八幡「 ……… そうですか」

確か一色も職員室で小耳に挟んだと言っていた。ならば当然、先生方の間で話題になっていたとしてもおかしくはあるまい。


平塚「彼女が急に留学を希望するとはな。最初聞いた時は思わず自分の耳を疑ったものだが …… 」

八幡「だからそれは単に耳が遠くなってきただけ ……… はい、嘘です。冗談です。反省してます」


平塚先生がポキポキと指の関節を鳴らしながら威嚇するので、発言を中断せざるを得なくなった。

こういうのってパワハラって言わないのかよ。メンタルとフィジカル両面に渡るパワハラ。

っていうか、いつの間に日本は言論の自由が認められない国になっちゃったんだよ。図書館で戦争が起こっちゃうだろ。


平塚「雪ノ下と直接話はしたのかね?」

八幡「 …… しましたけど、俺には関係ない話だと一蹴されました」


平塚「ふむ。それで?」

八幡「それでって ……… いや、それだけですよ。あいつが自分から言い出した事に俺がとやかく言えるような立場でもありませんから」



平塚「 ――― どうもキミは物事を理屈で考え過ぎる嫌いがあるようだな」

ほんの僅か不可思議な間を置き、平塚先生がいかにも気持ちよさそうに紫煙を吐き出しながら口にする。


平塚「よく言うだろう、“考えるのではない、感じるんだ”と、な」

八幡「 ……… それって、確か映画のセリフでしたよね?」

平塚「ほう、若いのによく知っているな」

八幡「まぁ、それくらいなら。えっと …… スターウォーズのヨーダ …… でしたっけ?」

平塚「 ……… いや、私が知っているのは“燃えよドラゴン”のブルース・リーの方なのだが」

八幡「 ………… は?」


ゲフン、ゲフンとわざとらしい咳払いでお茶を濁そうとしているようだが、例えこの場は誤魔化せたにしてもさすがに年齢(とし)は誤魔化せない。

うん、八幡知ってる! これっていわゆるジェネレーションギャップっていうヤツだよねっ!


平塚「ま、まあ、それはどうでもいい。それよりも今後の奉仕部の体制について、キミとよく話し合っておいた方がいいと思ってな」

八幡「 …… 体制、ですか?」

奉仕部の方針を決めるということであれば俺だけではなく由比ヶ浜も交えて話をすべきだろう。


平塚「雪ノ下は自分の後任として、キミを部長にと強く推薦している。意味は言わずとも …… わかるな?」

恐らく、雪ノ下は自分が去った後も奉仕部の存続を願っている、ということなのだろう。

いかにも責任感の強い彼女らしいが、もしかしたらそこには自分の過ごした場所に対する愛着というか、感傷のようなものが含まれているのかも知れない。

もしそうだとすれば、俺がそれを受け入れることによって雪ノ下の残す憂慮がひとつ消えることとなる。そしてそれは彼女の新たな門出に対する手向けとなることだろう。


―――――― だが、


冗談ではない。そんなのは真っ平ゴメンである。


今まで俺たちがしてきた奉仕部の活動を、雪ノ下と共に過ごしてきた時間を、どのような理由であれこのまま過去の出来事として記憶の片隅に追いやることなどできる訳がない。

誰しもが当然のように雪ノ下のいない未来を仮定する。そのこと自体が無性に腹立たしかった。

しかし、それ以上に赦せないのは、何もせずに指を咥えて見ていることしかできない自分自身だ。



平塚「まぁ、そう恐い顔をするな。私はあくまでも雪ノ下の意向をキミに伝えたまでだ」


そんな思いがつい顔に出てしまったものか、平塚先生がとりなすように言い添える。


八幡「 …… もう行っていいすか? 朝のホームルーム、始まっちゃうんで」

平塚「うむ、いいぞ。引き止めて悪かったな」

八幡「 ……… いえ」


ささくれだった言葉と不躾な態度を諫(いさ)めることなく、先生は苦笑のみを浮かべそれに応える。


平塚「 ――― ま、この件に関しては当面は保留にしておく。キミもよく考えておきたまえ」


背に向けて投げかけられた言葉に、足を止めることも、振り返ることもせず、ただ黙って自転車を押しながら駐輪場へと足を向ける。


けれども、その言葉を口にしている平塚先生もよく分かっているはずだ。

俺が雪ノ下の代わりに奉仕部の部長を引き受ける気などこれっぽっちもないことも、そして、彼女のいない奉仕部にどのような形であれ“今後”等あろうはずもないことも。


先程まであれほど晴れていたというのに知らぬ間に空は雲で覆われ、いつ降り出しても不思議のないその空模様が俺の気持ちを酷く滅入らせていた。


短いですが、キリのいいところで。ノシ


教室から見える窓の外の景色はひたすら殺風景で、昨年の秋頃までは色づいていた木々も季節の移り変わりと共にその葉を散らし、今となっては見るからに寒々しい姿を晒すばかりだ。

人間だって所詮、地位だの名誉だのその身を飾るものを全て剥ぎとれば、案外こんな風に侘しいものなのかも知れない。ふとそんな事を思う。

ちなみに俺の場合、懐具合も相当寒々しいが、それはオールシーズンだからあまり関係ない。

昼休み、さすがに北風の容赦なく吹きつける屋外でのひとり飯は身も心もキツいので、自席でもそもそと購買のパンを食べていると、


「 ―――――― 八幡?」


びっくう!

背後からいきなり名前を呼ばれて飛び出てじゃじゃじゃじゃ~ん、って俺、ナニ大魔王なわけ?

クラスメートにさえ名字さえも碌に覚えられていない俺のことを名前で呼ぶ人間なんぞ、この世界広しと雖も家族をおいては他に数えるほどしか存在しない。

しかも、ここF組の教室内で俺をその名で呼ぶことが許されているともなれば ――― 、

そう、それはもう言うまでもなく、ラブリー・マイ・エンジェル、戸塚彩加ただひとりのみである。


八幡「お、おう。戸塚か」 

少女と見紛う可憐な笑顔、小柄の体躯に細い線、さらっさらの髪に浮く天使の輪。背中にはもしかしたら羽根だって生えているのかも知れない。

八幡「昼飯もう済んだのか?」

つい上擦った声で、しかも喰い気味に訊いてしまう。まだなら一緒にどう? 席なら空いてるぜ? なんなら俺の膝の上に座っちゃう?

戸塚「うん、僕は今終わったとこ。これからちょっとだけ昼練に行こうかと思ってるんだけど …… 」

そう言って後ろ手に持っていたテニスラケットをそっと示す。

八幡「お、おう、そうか、そりゃ残念。で、どうしたんだ? 俺になんか用でもあんのか?」

戸塚「ううんん … 特に用があるって訳じゃないんだけど …… 」

もじもじとしながら、遠慮がちに小さく手を振る。そんな仕草も可愛いぜ。もう千葉市は早急に戸塚保護条例とか制定すべき。



戸塚「八幡は今日もパンなの? 育ち盛りなのに栄養偏っちゃわない?」

そう言って心配そうに俺の手元を覗き込む。

俺の場合、今日に限らず昼飯は早く済ませるために簡単なパンで済ませることが多い。
だがその分、朝と夜は栄養と愛情の詰まった妹メシを食べているのでそれだけでもうお腹いっぱい胸いっぱいである。

だが、つましい俺の昼食を見られたうえに食生活の心配までされてしまったからには、これはもう責任とって戸塚に結婚してもらうしかない。



戸塚「はい。良かったら、これ」

八幡「ん?」

小さな掌に載せて差し出されたものはと見れば、バータイプの栄養補助食。しかもチョコレート味。


戸塚「遅くなったけど、友チョコ、かな?」 照れたように頬を赤らめながら笑顔で付け加える。

八幡「 ……… ホモチョコ?」

戸塚「 ……… え?」

思わず呟いてしまった俺の言葉に、戸塚がキョトンと目を丸くする。


八幡「い、いや、なんでもない。忘れてくれ」

条件反射的に由比ヶ浜と一緒にお弁当を囲んでいる海老名さんの方をチラリと見てしまう。

そこにはいつも一緒にいるはずの葉山や三浦、戸部の姿が見えないが、三人一緒とは考えにくい。何かしら別の理由で席を外しているのだろう。


それはともかく意外なことに、自然界のそれと同じく数キロ先からでも腐臭を嗅ぎ付ける生粋の腐肉漁り(スカベンジャー)であるはずの海老名さんが、どうした訳かまるで反応を示さない。

基準はよくわからないしそれ以上にわかりたくもないのだが、どうやら彼女の中に“さいはち”というタグはないらしい。

恐らく、海老名さんにとっての物事の基準とは、何事によらず至ってシンプルで、萌えるか、萌えないかの二択しかないのだろう。

どうでもいいけど腐女子って不燃ゴミの日に出したら回収してくれないのかなぁ。ある意味産廃だろアレ。BL産業は最後まで責任を持ち、引き取って処分すべきだと思う。



戸塚「最近、なんかちょっと元気ないみたいだから」

戸塚の優しい言葉とその心遣いに、感動するあまりホロリと涙さえ出そうになる。

八幡「 ……… ありがてぇ、ありがてぇ、尊い、尊い」

思わず手を合わせ声に出して伏し拝んでしまう。食べるなんてもったいない。比企谷家の家宝として床の間に飾り、子々孫々に至るまで伝えるしかあるまい。

戸塚「あはは、大袈裟だなぁ。でも割と元気そうでよかったよ。少しだけ心配してたんだ」

まるで死んだ魚のようだと腐った目には定評のあるこの俺が活き活きしているのもどうかとは思うのだが、もし今の俺が元気そうに見えているのだとすれば、それは間違いなく戸塚と会話してるからだと思うぜ。

俺に向けた照れたような、はにかんだ笑顔が、お気に入りに登録しちゃうくらいに超可愛い。

戸塚かわいい略してとつかわいい。この笑顔を守るためにも国は戸塚保護法を策定すべき。



戸塚「ねぇ八幡、ボクからひとつお願いがあるんだけど」

うって変わってやや真剣な面持ちで戸塚がおずおずと切り出す。

俺にとって戸塚の存在自体が既に最優先事項だ。それが戸塚の願いとあらば、もし仮に俺に彼女がいたとしても即座に別れる。しかもそのあと戸塚と付き合っちゃうまである。


はっ? ちょっと待て。ってことはそれはつまり ……………………… 結婚?

よし、あいわかった。皆まで言うな。

今すぐ戸塚を連れて最寄りの稲毛区役所の総合窓口まで婚姻届を出しに行こうと腰を浮かせかけたが、そこではたと我に返り、冷静になって思い止まる。


………… っべー、っぶねー。トチ狂って危うく大惨事を引き起こすところだったぜ。


よく考えたら俺ってまだ十七じゃん。とりあえず十八歳になるまで戸塚には待ってもらおう。


戸塚「 ……… もし、なにか悩み事があるんだったら、ボクにも話してくれると嬉しい …… かな」

言いながら、戸塚が上目遣いでそっと俺を見る。もしかして、ちょっと責められてる?

八幡「当然だろ?なにかなくても戸塚には真っ先に話すに決まってる。というか、俺に悩みなんてないし悩みがないこと自体が俺の悩みと言えるまであるからな」

我ながらテキトーぶっこいて誤魔化すと、

戸塚「ホントに? でも、何かあったらきっとボクにも話してね? 約束だよ? 」

余程俺のことを心配してくれていたのだろう、珍しく念押しするように言ってから、じゃあ、と小さく手を振り、そのまま教室から出て行った。


そんな戸塚の小さな背中をじっと見送りながら、ちくちくと罪の意識が俺の心を苛む。

―――――― 相談、か。

今まで俺の生きてきた人生の中で、彼女達に逢うまではすることもされることもなかっただけに、今更他の人間に対していったい何をどのように相談すればいいのかすらよくわからない。

だが、話すだけでも気が紛れる、というのは多分嘘だ。少なくとも今の俺には当て嵌まらない。

それは自分の悩みを他人に打ち明けることで、その重みのいくばくかを相手に負わせる行為に他ならないし、結局のところ最後は自分でなんとか解決しなくてはならないことにも変わりはないからだ。

特に、それが自分の蒔いた種である以上、やはりそれは責任をもって己が手で刈り取る他ないのだろう。

例えそれが、どのような結末を迎えることになったとしても。



三浦「 ――― 結衣! 姫菜! いるっ?!」


戸塚と入れ替わるようにして、慌ただしく三浦が教室に駆け込んできた。

三浦「ヤバイヤバイヤバイヤバイ、あーし、ちょっとマジで超ヤバイかもっ!?」

息を切らしながらふたりに向けて興奮気味に話しかける彼女のテンションが既に超ヤバイ。

昨日から葉山の件でずっと落ち込んでいたはずだけに、妙に弾んだ声と浮かれたような姿が、ある意味違和感すら感じさせる。何か余程いいことでもあったのだろうか。


結衣「どうかしたの?」

そんな三浦に、由比ヶ浜がやはり戸惑いがちに応じる。


三浦「さっきー、なんか学校の中で迷ってる女の人がいてー、あーし、職員室まで案内したげたんだけどー」

普段の傍若無人傲岸不遜を絵に描いて額縁に入れたような振る舞いからして、一見わがまま言いたい放題したい放題の女王様キャラと思われがちだし、実際のところそうなのだが、三浦はあれでいて姉御肌、というよりか、むしろ面倒見のいいおかん気質みたいな一面も持っている。

恐らくは困っている人を見ると見過ごせない質(たち)なのだろう。しかし、

海老名「 ……… 迷うって、校内で?」

海老名さんが首を傾げるのも無理からぬことで、そもそもさして広い学校というわけでなし、それに職員室は正面玄関から目と鼻の先だ。
よほどの方向音痴でもない限り、校内で迷うことなどまず考えられない。


――― 方向音痴? 自分で思いついたそのフレーズに、俺は何かしら引っかかるものを覚える。


だが、そんな些細なことなどまるでお構いなしとばかりに三浦が捲し立てる。


三浦「 ―――――― もしかしたら、あれ、隼人のお母さんだったかも?!」


三浦「あーしがF組だって話したら、“もしかして隼人くんのお友達?”“隼人くんのことよろしくね”みたいなこと言われちゃって?」

頬を両手で抑え、まるで乙女のように身を捩る。いえ、肉食系の彼女のことですから乙女なのかどうかは知りませんけどね。

三浦「やだもうどーしよう。あーし、もしかして隼人のお母さんに気に入られちゃったりなんかして?」

つい先ほどまでの声をかけるのすら躊躇われるような沈んだ空気はどこへやら、急にはしゃぎまくる三浦に由比ヶ浜と海老名さんが顔を見合わせる。

しかし、その傍らで、

戸部「 ……… や、でもなんつーか、その、何? あれ、どっか見たことある系っつーか?」

どうやらその場に一緒にいたらしい戸部が、長く伸びた襟足を掻き上げ掻き上げ、しきりに首を捻る姿があった。

三浦「はぁ?! ちょっとあんた何言ってるわけ? 絶対そうに決まって …… 」



葉山「 ――― どうかしたのかい?」


その時、それまでどこぞへ席を外していたらしい葉山が教室に姿を現し、ごく自然にその話の輪に加わった。

結衣「ね、もしかして隼人くんのお母さん、今日、学校に来てたりしてなかった?」

昨日の今日とはいえ、しばらく距離を置いていただけに急に何事もなかったかのように接するのも何かと気恥ずかしいものがあるのだろう。
そんな三浦の意を汲んでか、代わりに由比ヶ浜が葉山に尋ねる。さすがは空気読みガハマさん。

当の三浦はといえば白々しく葉山から顔を背けてはいるものの、くりんくりんとゆるふわ縦ロールに指を絡めながら、そわそわと耳を欹(そばだ)てている。


葉山「俺の? いや、そんな話は聞いてないけど …… 」

葉山の返事に、三浦の表情がみるみる曇る。


三浦「で、でもー、その人、なんか隼人のことよく知ってるっぽかったし? うちらの担任ともなんか超親し気に話してたし?」

三浦にしてみればやはりどうあっても葉山の母親説は捨て切れないらしく、それまでの素知らぬふりをかなぐり捨てて食い下がる。

葉山「 ……… その人?」

途中から話に加わったため、いきさつのわからない葉山が当惑気味に問うと、皆の視線が自然と三浦へと集まった。

しばらくもじもじしていた三浦だが、やがて観念したのか、やっと葉山に向き直り、それでもやや目を伏せがちにしたまま付け加える。


三浦「 ―――――― うん、和服姿の、超キレイ系の女性(ひと)」


本日はここまで。ノシ



葉山「 ……… 和服姿? 」


三浦の言葉を受けた葉山は顎に手を当て、束の間、何事か考え込むかのような素振りを見せる。

その内に何かの拍子に先程から向けていた俺の視線に気が付いたらしく、ついとこちらに目を向けたかと思うと、そのまま暫し互いの目線が交錯した。

俺の顔に浮かんだ表情から何を察したものか、葉山のその目が僅かに見開かれる。恐らく、お互いの出した結論については敢えて口にするまでもないだろう。

三浦の出会ったというその和服姿の女性の正体に、もし、心当たりがあるとするならば、それは当然 ――――――

だが、それと同時に、その人物がわざわざ学校まで何をしに来たのか、という疑問が湧き起こる。

次第に俺の胸の奥から呼吸器を押しのけるようにして、吐き気にも似た嫌な予感がせり上がってくるを感じとっていた。


それよりも、まずもって当面の問題は三浦の事だ。

今は多少なりとも浮かれている様子の彼女ではあるが、もし俺と葉山の予想が正しければ、三浦のかけられた言葉の意味合いも180度変わってしまう。
そうなれば、真実を知らされることで彼女が更に手酷く打ちのめされてしまう可能性は十分にある。

本来であれば俺にとって全くの他人事であり、ある意味対岸の火事ともいえる出来事なのだが、なぜかいつものように上手く無関心を装う事ができない。

仕方なく俺が素早く葉山に目配せして見せると、葉山も俺の意図を察してか、すぐにそれとわかる程度に小さく頷き返して来た。

取り敢えずこれで大丈夫だろう。あと、もし問題があるとすれば ―――


戸部「あ ――! 思い出したわ ―― ! あれあれあれっしょ、あれって、ほら、あの、じぇ ――― 」


次の瞬間、それまでしきりに首を捻っていた戸部が急に何事か閃いたかのような声を上げたことで、俺の危惧していた事が起きてしまったこと知る。

恐らくは“J組の ――― ”と言いかけたのだろう、その言葉にいち早く反応した葉山の注意が俺から戸部へと移った、まさにその瞬間、




海老名「 ―――― とべっち、いい加減にしたらどうなの?」




思いもよらず、海老名さんの鋭い声が教室内に響き渡っていた。



戸部「じぇ、じぇ……、じぇじぇじぇ?!」


驚きのあまり、戸部が思わず最近芸名を変えたばかりの懐かしの朝の連ドラヒロインみたいなセリフを口にしてしまう。


海老名「 ……… 私、そういうのって関心しないな。デリカシーに欠けるっていうか …… 正直、どうかと思う」

一転、静かな声で淡々と告げる海老名さんの顔にはいかなる表情も浮かんでいない。しかしながらその声からは、それとわかるほど怒りが滲み出ているのが感じ取れた。


戸部「えっ? やっ? ちょっ? お、俺? 俺、何かしたっけか?」

知らず機嫌を損る想い人に、戸部の方は理由もわからず叱られた子供のようにただオロオロと狼狽えるばかりだ。


海老名「なんかしたっけか、じゃないわよ。少しは気を遣うくらいしたらどうなの? 知らなかったじゃ済まされないことだってあるんだよ?」

“腐”の感情ならまだしも“負”の感情など滅多に見せることのない海老名さんだけに、その姿は意外であり、事実、虚を衝かれたのか三浦もまるで呆けたような表情を浮かべて彼女を見ている。

気が付くと、それまで好き勝手にさざめいていた教室も俄かに水を打ったように静まり返り、滅多にないトップカーストグループ内の諍いに注目が集まっていた。

ゴシップ好きの口さがない女子等は既に憶測を交えて何やらひそひそと囁き合っているらしく、その中には当然のように文化祭と体育祭で一世を風靡した、あの相模南の姿も見えている。


海老名さんのその様子からして、彼女も三浦の案内した人物がいったい誰であるのか、その正体に気が付いたに違いない。

だが、友達を気遣う彼女の気持ちはわからんでもないが、だからといって全く事情を知らない戸部をそうまでして責めるのは、さすがにいくらなんでも門も筋も違うというものだろう。

咄嗟のこととはいえ、人あしらいの上手な彼女のことだ、もっと他に上手い遣り方はいくらでもあったはずだ。

そのいつになく感情的とさえ見える海老名さんの姿は、それまでグループ内で常に中立的かつ第三者的立場を堅持してきた彼女らしくもなく、まるで三浦に対して何かしらの共感や同情すら抱いているかのようであった。

今や静寂に包まれてしまった教室では、窓の外を吹く風の音や、誰かの身じろぎする衣擦れの音でさえもがやたらと大きく響いて聞こえてくる。

そして、彼女の一挙一同、一言一句に皆の耳目が集中する中、海老名さんが再び口を開く ――――――




海老名「せっかく、―――――― せっかくハヤハチが捗ってたのにっ!!!」








…………………… って、そっちかよ。



戸部「は、はやはち? 捗る? ……………… って、何が?」


海老名「私 が 捗 っ て た の っ !!!!!!!!」


戸部「うひぃ?!」


海老名さんの剣幕に驚くあまり、戸部が咄嗟に葉山に縋りつこうとすると、


海老名「そこはあなたの場所(ポジション)じゃないでしょ!!!」


更なる追い討ちに半ば涙目になって葉山に助けを求めるのだが、当然のことながら葉山の方は困ったような笑みを浮かべ、ゆっくりと頭(かぶり)を振るばかりだ。

その間も海老名さんは「ハヤハチが穢れる」だの「でもネトラレもアリかも」だのとブツブツ言いながら、何やらひとりで葛藤している。

だがしかし、彼女のことだ。それもこれも全てはこの緊迫した局面から脱するための芝居なのかも知れない。

……… などと勘繰ってはみたものの、恐ろしいことに彼女の目を見る限りかなりのところマジだった。しかも"本気"と書いて"ガチ"と読む例のアレ。


葉山「 ――― 優美子が会ったのは、もしかしたら、うちの母の知り合いだったのかもしれないな」

機転を利かせた葉山が、当たり障りのない言葉を選んでそう告げると、


三浦「 ……… ふ、ふーん、そうなんだ」

少しばかり残念そうではあるものの、三浦の方も満更でもなさそうだった。彼女としても将の乗る馬を射たような心境なのだろう。


そんな三浦に対し、海老名さんが今度は泣きつかんばかりの勢いで言い募る。


海老名「あ ――― ん! 優美子ぉ―――。こんなことなら、私やっぱり全寮制の男子校に通えばよかった」

三浦「 ……… いやそれ、むりっしょ」


海老名「っていうか、そもそもなんでここ男子校じゃないんだろ」

三浦「 ……… そりゃ、あんたがいるからっしょ」


海老名「もうこうなったらいっそのこと、今からでもここ、男子校にすべきだと思わない? あ、それいいっ! 私、今すぐ校長先生にかけあってくるっ!」

三浦「 ……… いや、したらあんたもここにはいられなくなるっしょ。…って言うか、いいから所かまわず妄想垂れ流すなし、擬態しろし!」」


呆れ顔で、それでも律儀にも再三のツッコミを入れる三浦は、海老名さんに毒気を抜かれたのか既にいつもの調子を取り戻している。

そうこうしているうちにやがて予鈴のベルが鳴り始め、結局その話題は有耶無耶のうちに立ち消えとなった。




しかし、俺が先程感じた嫌な予感をまるで裏付けるかのように、


――― その日、雪ノ下は何の連絡も寄越さないまま、遂に最後まで部室に姿を現すことはなかった。



短いですが、今日はここまで。ノシ


先を焦るとやっぱり更新が雑になりますね。
あまりにも多過ぎてスルーするつもりだったんですが、気になった場所だけ。

>>65 7行目 がせり上がってくるを感じとっていた。 → がせり上がってくるのを感じとっていた。

>>66 8行目 俺の危惧していた事が起きてしまったこと知る。→ 俺の危惧していた事が起きてしまったと知る。


ついでに思い付きでちょっとだけ更新。


放課後。

帰りがけに由比ヶ浜からは“今日は優美子たちのカラオケにつきあうから”と、部活を欠席する旨の報告を受けていた。

どうやら言い出しっぺは海老名さんらしい。

もしかしたら、やはり彼女は彼女なりに三浦の事を気遣ってのことなのかも知れない。

由比ヶ浜によると海老名さんの十八番はアニソンで、滅多歌わない代わりに一度歌い出すとなかなかマイクを手放さない、とも聞いている。

意外な一面である。

しかも、時々アニメの主題歌をBL風の替え歌で歌うらしいのだが、そちらの方は意外でもなんでもない。


意外と言えば今朝方、由比ヶ浜が素知らぬ顔で吐いた嘘にも少しばかり驚かされた。

もちろん、彼女が吐いたのは日常生活の上で誰もがごく普通にするような些細な噓に過ぎない。

とはいえ、それでも彼女も嘘を吐く、という、考えてみればごく当たり前の事に当惑する俺がいた。

案外、雪ノ下にしろ由比ヶ浜にしろ、知っているつもりでいて、実は俺の知らない面がまだまだたくさんあるのかも知れない。



そんな事をつらつらと考えている内にいつの間にか部室の前まで辿り着く。

由比ヶ浜はいないので、今日は当然、雪ノ下と俺のふたりだけ、という事になる。

どういう顔をして会えばいいのか、どんな話をしたらいいのか、ここ暫くふたりだけになることなど滅多になかっただけに対応に困ってしまう。

暫し迷った挙句、深呼吸をひとつ、ままよとばかりに覚悟を決めて扉に手をかける ――― と、


普段は開いているはずの部室の鍵が、今日に限ってはなぜか閉まったままだった。

と、いうことはつまり、雪ノ下はまだ部室に来ていない、ということになる。

今日の昼の出来事の件もある。何やら胸がざわつくのを感じながらも、そのまま暫く廊下で待っていたが、5分経っても10分経ってもやはり雪ノ下は姿を見せる気配がない。

由比ヶ浜は雪ノ下から暫く部活には出れないかも知れないと聞いている、とは言っていたが、まさかあの厳格な雪ノ下が無断欠席するようなことはあるまい。
遅れてくるからには何かしらの事情があるのだろう。

仕方なく俺は彼女の代わりに職員室まで部室の鍵を取りに戻ることにした。



八幡「 ――― 失礼します」


職員室の扉を潜った途端、急に身体が温かな空気に包まれたことで、外がかなり冷え込んでいたことに改めて気づかされる。

そのままふと室内を見回すと、平塚先生が自席に着いているのが見えた。

俺の声に気が付いた様子もなく、何やら難しい顔をして作業に没頭しているようだ。
素は美人だけに、真剣な顔をしている時はおいそれと声をかけるのも憚られる雰囲気がある。

今朝のこともあって少しばかり気後れするのを感じながらも、興味の惹かれた俺は、何をしているのかしらん?と邪魔にならないように背後からそっと覗き込んだ。

机の上には少年ジ○ンプやらチャ○ピオンやらと一緒に、ジン○ャーだの○ギーだのといったアラサー向けの女性誌うず高く積まれ、その表紙にはいずれも“婚活特集”の文字がデカデカと踊っている。


………… うん、とりあえず見なかったことにしよう。


俺は足音を忍ばせながらその場を離れると、少し離れた位置から改めて声をかける。


八幡「 ―――― 平塚先生?」

平塚「ひゃう!」///


慌ててそれまで開いていた雑誌を閉じて重ね、更にその上に書類を載せたかと思うと、上体をおっ被せるようにしてひた隠しに隠す。

その必死という言葉ではとても言い尽くせないような涙ぐましいまでの努力に、さすがの俺も同情を禁じ得ない。
思わず後ろからひしと抱きしめたくなるくらい切ない。


平塚「 ………… ひ、比企谷か? い、いつからいたのだね?」

八幡「 ………… 今、来たばかりです」 


いいんです。わかってますから、とばかりにうんうんと頷いて見せる。



平塚「み、見たのかね?」

八幡「いいえ、天地神明に誓って俺は何も見ていません」


神聖な宣誓でもするが如く、右手を胸の高さに上げて応える俺を半信半疑の目で見る平塚先生。


平塚「 ……… そ、そうか。な、なら、いいのだが」

それきり二人の間になぜか超気まずい沈黙が落ちる。



………… どうすんだよ、これ。


平塚「ち、丁度良かった、実はキミにちょっと話があってな。こ、ここは不味い。とりあえず場所を変えよう。コーヒーでもどうだ?」

八幡「 …… でも俺、これから部活なんで。雪ノ下の代わりに部室のカギを取りに来たところなんですけど?」

今朝の件もある。警戒心を顕わにする俺に対し、そこは心得たもので平塚先生が懐柔を図る。

平塚「少しくらいならいいだろう? 奢るぞ?」

八幡「奢りとあらば、地の果てまでもお供します」

もし一生養ってくれるんなら、人生のパートナーだって務めちゃいますよ?


ではでは。ノシ



八幡「 ――― 雪ノ下の留学申請が正式に受理された?」


校舎の外に設置された自販機コーナーでマッカンを啜りながら、今しがた言われたばかりの言葉をまるで間の抜けたオウムのように繰り返す。

ちなみにマッカンは平塚先生の奢りだ。ただでさえ美味いのに、加えて他人の奢りともなればその味はまた格別のはずである。

しかし、普段は心地よく感じるはずのその甘さも、今日に限ってはなぜか苦みばかりを口に残すのみだった。


平塚「うむ。それも、少しばかり時期が早まるらしい」

平塚先生は既に缶コーヒーを飲み終え、今はその空き缶を灰皿代わりに一服つけている。

……… だから学校は敷地内全面禁煙じゃありませんでしたっけ? まぁいいや。見つかっても怒られるのは俺じゃないし。


八幡「早まるって …… それ、いつ頃になりそうなんですか?」

平塚「なんやかやあって色々と前倒しになってな。早ければ来月の頭くらいか」

という事は、せいぜいあと2週間足らず。つまり、雪ノ下は終業式を待たずして海外に旅立つことになる。


八幡「 ……… 随分と急な話ですね」

平塚「今回の件は異例づくめでな。学校側も当初は難色を示していたのだが …… 」


八幡「 …… もしかして、今日、雪ノ下の母親が学校に来てたってのは、その件ですか?」

平塚「ほう、さすがに耳が早いな」

八幡「 ……… ええ、まぁ」

自慢ではないが、こう見えて早いのは耳だけではない。逃げ足だって速いし、仕事を投げ出したり諦めたりするのはもっと早い。


平塚「彼女の母親がわざわざ学校まで足を運んで、校長らと直談判に及んだ、というわけだ」

何分、相手が相手だ。校長の方でもさぞかし慌てた事だろう。


平塚「ま、結果から言えば、いわゆるツルの一声、というヤツだな」

そう言って皮肉な笑みを浮かべる。校長はハゲているので、もしかしてツルとハゲを掛けているのかも知れない。


平塚「こうなることは、ある程度予想してはいたのだが ……… 」

チラリと俺に目をくれ、そこで一端言葉を切る。

そして、ポケットから二本目のタバコを取り出すと、手で風除けを作りながら、どこぞの飲み屋の名前の入ったライターで火を点けた。

どうでもいいけど、パリっとした美人のくせに要所要所でおっさん臭いのな、このひと。


平塚「 ……… 色々と複雑なのだよ、彼女も、彼女達の家庭も、な」

言外に何かを含ませつつ、先程言いかけた言葉の先を濁す。敢えて用いた“彼女達”というフレーズに、何かしら引っかかるものを覚えた。


八幡「その雪ノ下の母親のことなんですけど …… 」

平塚「うん?」

八幡「俺らの担任とも、随分親しげだったって話を聞いたんですが?」

平塚「ん、ああ、その事かね。確かにキミたちの担任は、以前、陽乃のクラスを担当していたことがあるからな」

ああ、なるほど。そういうわけ、ね。


八幡「 …… 雪ノ下さん、いえ、陽乃さんは、在学中はどんな生徒だったんですか?」

平塚「前にも話しただろう。優等生ではあったが良い生徒ではなかった、と」

答えと共に空に向かって白い煙をふぅと吐き出す。

なんとなくだが想像はつく。あれだけ自由奔放で、かつ、バイタリティのある人だ。しかも県議の娘ともなれば先生方も相当手を焼いたことだろう。

平塚「誰とでも分け隔てなく接し、しかし実のところ誰に対しても本当の意味では心を開かない。一見してサバサバと砕けているようでいて、他人との間に頑なまでに一線を引いているところがあったな」

そんなところは葉山に似ているのかもしれない。いや、この場合、葉山の方が陽乃さんに似ている、というべきか。


八幡「特別仲のいい友達とかはいなかったんですか?」

平塚「もしもそれが、“男はいたのか”、と言う意味で訊いているのだとしたら、その通りだな」

え? なにそのイヤそうな顔。別に先生の話じゃありませんから。

平塚「やはりそれなりにチヤホヤされてはいたようだが、不思議と卒業するまで浮いた話はひとつも出なかった」

八幡「まぁ確かに意外といえば意外ですけど、あの通り超のつく美人ですからね。男の方でもおいそれと近寄りがたかったのかも知れませんよ?」

平塚「そうか、比企谷もそう思うか。うむ、そうだろう、そうだろう。ならば例え高校三年間で彼氏のひとりもできなかったとしても、それはそれで仕方あるまい。なんせ美人だからな。ガハハハハハ」

…… だからなんでこの人ってばそんな嬉しそうな顔してんだよ。あんたの話してんじゃねっつーの。

だが、そうは言ってもあの人の事だ、きっとその影では童貞達が屍の山を築いていたに違いない。そう考えると思わず名もなき墓標に向かって黙祷を奉げてしまうまである。



平塚「陽乃が2年の時、つまり丁度今の君たちと同じ頃なのだが、ひとりだけ特に仲の良い生徒がいたことがある」

八幡「 ……… いたことがある?」

不意に語りだした先生の口調の変化と、その言い回しに違和感を感じた俺が、つい声に出して訊いてしまう。

平塚「その女子生徒は、キミのように絶望的なまでに人付き合いの下手なぼっちでな」

平塚先生の語るところによると、なかなかクラスに打ち解けられずにいた彼女を見かねた陽乃さんが、なにくれと面倒を見ているうちにいつの間にか仲がよくなっていたらしい。

…… つか、わざわざ“キミのように”って付け加える必要あんのかよ。それって、もしかしてぼっちにかかる枕詞かなんかなの?

平塚「珍しく彼女と余程ウマがあったのかも知れないが、今考えると、どこかしら雪ノ下に ――― 妹に似たところもあったのかも知れない」

タイプは違うかもしれないが、由比ヶ浜と雪ノ下みたいなものか。凸凹コンビ、という言葉が頭に浮かぶ。

やめたげてよぉ!どこがどんな風に凸と凹かなんて言うの、やめたげてよぉ!


平塚「伝え聞いたところによると、陽乃の母親は彼女がその生徒と親しくするのをあまり快く思っていなかったらしくてな」

娘の交友関係にまで干渉する親であることは既に陽乃さんの口から直接聞いている。
恐らくは裕福な家の親にありがちな過干渉というヤツなのだろう。ウチのようにあまりに自由過ぎる放任主義もそれはそれでどうかとは思うが。

平塚「その生徒が、急な父親の転勤にともなって、2年の最後に遠方に引っ越すことになってしまったのだが」

先生の口調が僅かに苦みを帯びる。

平塚「後になってわかった事なのだが、どうやらその生徒の父親の勤め先が ―――― 陽乃の父親の経営する会社の子会社だった、という訳だ」

八幡「 ……… それって、もしかして」

平塚「ああ。恐らく陽乃も母親が裏で手を回したとのではないかと考えたのだろう。――― ま、今となっては真相は藪の中だが」

あねのんの母親に対する含みのある言い方も、それで頷ける。

平塚「あんなに落ち込んだ彼女を見たのは、後にも先にもあれが初めてだったよ」

何かしら思うところでもあるのだろう、平塚先生が忌々しげに、既に空になったらしいタバコの箱をくしゃりと握り潰す音がした。


ふと気が付くと、平塚先生が無言のままじっと俺を見つめていた。

その様子からして、まだ話には続きがあるようだった。それも、俺にそれを言うべきかどうか、かなり迷っている節が身受けられる。

ややあって平塚先生は両手を白衣のポケットに突っ込むと俺から目を逸らし、深々と溜息を吐きながら、まるで覚悟を決めたかのように言葉を継いだ。




平塚「 ――― その子会社なのだがな …… 。実は、由比ヶ浜の父親の務めている会社でもあるのだよ」


それでは今日はこの辺で。ノシ

忙しいですが、次回の更新はできればもう少し早めに。


八幡「 ……… 雪ノ下はそのことを知っているんですか?」

平塚「さぁ、な。だが、聡い彼女のことだ。やはりその辺りのことは察しているのかも知れん」


八幡「由比ヶ浜の方は?」

平塚「それこそわからんよ。キミとて自分の親の務めている会社の事など、いったいどれほど知っていると言えるのだね?」

小さく肩を竦めて見せる。

言われてみれば確かにその通りだ。俺の知っていると事と言えば、残業で毎晩帰りが遅く、休日出勤も多い。そのくせ大した手当も出ない。つまり、限りなくブラックに近い、という事くらいだろう。


八幡「もしかして、雪ノ下が留学を決意したのも、その事に関係があるんじゃ …… 」

平塚「そうかも知らんが、そうでないかも知れん。陽乃の件についてはあくまでも伝聞に過ぎないし、私も彼女に直接問い質した事があるわけではないのでな」

結局のところ、要は何もわからない、ということである。……… 案外、使えねぇな、この先生。

平塚先生はその事に関してはそれ以上何も言わず、俺も敢えて聞こうとはしなかった。

その口から吐き出される最後の白い煙を見るともなしに目で追うが、それはどこからか吹き付ける風に紛れ、すぐに消えてなくなる。



平塚「 ――― それで、キミはどうするつもりなのかね?」


タバコを吸い終えて急に手持無沙汰になったのか、腕を組み壁に背を預けるようしてながら平塚先生が俺に向けて問うてきた。


八幡「 …… どうするって。今朝の話の続きですか? だったら俺は」

平塚「そうではない。言っただろう、あれはただ単に雪ノ下の意向をキミに伝えたまでだ、と」

まるで煙を払うかのように、うるさそうに目の前で手を振る仕草をする。


平塚「私が聞きたいのは、このまま黙って彼女が留学するのを見過ごすつもりなのかね、という事だよ」

八幡「見過ごすも何も …… 」

平塚「今回の件が彼女の本心ではないことくらい、キミにもよくわかっていよう?」

だが、例えどんな事情があるにしろ、最後に決めるのは彼女自身だ。
彼女が自分自身で留学という手段を選択した以上、それを止める手だても、明確な理由も俺にはない。


平塚「ふむ、どうやらキミは、何かしら思い悩んでいるところがあるみたいだな?」

俺の態度に何を感じとったのか、先生が重ねて問うてくる。


八幡「 ……… いえ、別に何も悩んでなんかいません」

答えとは裏腹に、逸らした目が意に反してそれを肯定してしまう。


平塚「ふっ、まぁ、いいだろう。どうせ訊いたところで、キミが素直に口にするとも思えんしな」

八幡「 ……… はぁ、そりゃどうも」

オキヅカイイタミイリマス、と茶化したように付け加える。 


平塚「だがな、比企谷」

八幡「 ……… はい」

平塚「余計なお節介かも知れんが、自分が良かれと思ってしたことでも、それが逆に誰かを傷つけることがあるということをよく覚えておいた方がいい」

いつになく鋭い言葉は、俺の心の無防備な部分をまるで狙ったかのように穿つ。

平塚「優しさとは、時に意図せずして人を傷つけるものだ。それがわからぬキミでもあるまい」

俺は答えない。敢えて応えるまでもなく、それはこれまでの俺の人生の中で、既に嫌というほど経験しているからだ。



平塚「キミは優しい。だが、その優しさが他人には理解しにくい。だから誤解を生む ……… キミの行動は見ていて痛々しいのだよ」

揶揄するでも、叱るでもなく、淡々と諭すようなその言葉に羞恥のあまり自分の顔が赤らむのを感じる。


平塚「それに、な ――― 全ての人間を救おうとするのは無理だ。そんなことは誰にもできはしない」

八幡「 ……… そんな殊勝なことは考えていません」


平塚「高校生活というのはある意味社会の縮図だ。だが、現実社会はもっと汚い。キミがキミと関わるすべての人間を助けようとしていたら、今度はキミの方が磨り減ってしまう」

平塚「それでもキミが犠牲になることで他の全員を救うことができると思っているならば、それは慢心だ。それこそ、キミの嫌いな欺瞞にすぎない」


八幡「だからっ!」


苛立ちのあまり、知らず返す声も強く高くなってしまう。


平塚「“幸福の王子”の話を知っているかね」

不意に先生が話題を変える。だが、それがまだそれまでの話の延長線上にあることは声の調子でわかった。

八幡「 ……… オスカー・ワイルドはあまり好きじゃないんで」

あのひねくれた感性に対する反感は、もしかしたら近親憎悪なのかもしれない。それに、今どきワイルドでも許されるのはせいぜいスギちゃんくらいのものだろう。

平塚「キミのことだ、あの物語で王子が最後にどうなったかくらいは知っていよう?」

俺は先生から逸らした目をコンクリートの三和土(たたき)に落とす。白と灰色の作る斑模様の床から今更のように冷気が足を伝って這い登るのを感じた。


平塚「キミのその優しさが自分自身を傷つける。そして、最後にはキミを慕うものまで傷つけることになるのだよ」

その言葉は俺に向けていながらも、その目は恐らく俺を捉えていない。まるで俺の背後にある何かを遠く透かし見ているかのようであった。

平塚「キミがぼっちでいる限り、他人との繋がりを絶ってなおかつ人を救おうとする限り必ず限界はくる。それを今のうちに理解しておいた方がいい ――― 手遅れになる前に、な」


そんなことはわかっている。しかし、どうしようもないことだってある。

誰も傷つけたくない。だったら傷つける前に自分から遠ざかればいい。物理的な距離が遠ざけられないのなら、せめて心の距離だけでも。
今までもずっとそうやってきたし、恐らくこれからもそうだろう。

ぼっちにとって間合いの見切りは必須だ。適度な距離を置けば誰も傷つけずにすむし、少なくとも傷は浅くてすむ。
だからこそ、誰に対しても彼我の適切な距離を保ってきた。

期待して裏切られるよりも、期待させておいて裏切ってしまうことの方が、より深く自分を傷つけるのだから。

だったら最初から期待なんてさせない方がいい。期待に応えることができないことがわかっているなら尚更だ。

そして今ならまだ間に合う。俺にとっても


―――――― 彼女にとっても。



次回の更新はできればまた近日中に。ではでは。ノシ


顔を上げると平塚先生が“それみたことか”と言わんばかりの表情を浮かべて俺を見ている事に気が付いた。

内心の葛藤や動揺を気取(けど)られまいと、素知らぬ顔をしてマッカンに口をつける。
だが冷えた缶の中身はいつの間にか既に空となっており、空気を吸い込むやたら間の抜けた音だけが虚しく響くばかりだった。

腹立ち紛れにゴミ箱に向かって放り投げた缶はものの見事に狙いが外れ、壁に当たって跳ね返ると、まるで嘲笑うかのような甲高い音を立てて俺の足元へと転がり戻って来た。

その一部始終を平塚先生が面白そうに眼を細めて眺めている。


八幡「 ――― それで、先生はいったい俺にどうしろって言うんですか?」

諦めたような溜息をひとつ、俺は足元の缶を拾い上げると必要以上の力を込めてゴミ箱に押し込みながら仏頂面になって訊ねる。

まるでその話題から逃れるかのような問いかけに、何を感じたのか平塚先生が口角を緩めるのが見えた。
俺の向ける憮然とした表情に気が付くと笑いを噛みころすようにして口許を手で隠す。


平塚「なに、結果として雪ノ下が後悔することのないようにしてやってくれればそれでいい。やり方はキミに任せる。好きにしたまえ」

なにそれあまりにもふわっとしてね? うちのカマクラだってそんなふわふわしてねーぞ。いやあれはどっちかっつーともふもふ?


八幡「なぜ俺が?」

平塚「キミが適任だと私が判断したからだよ」

……… しかもそれ全然理由になってねぇし。


八幡「俺が余計なことをして、雪ノ下が嫌がったりしませんかね?」

いらぬお節介を焼いて全てを台無しにしてしまったのでは元も子もない。


平塚「それはまずないだろう。ああ見えて、彼女はキミのことを信頼している。口ではなんと言っていようが、な」

八幡「あいつが? 信頼? 俺を?」

思いがけない言葉に、つい訊き返してしまう。


平塚「好意を持っていると、そう言い換えてもいいかも知れんな」

八幡「なっ?!」///

いかにもさらりと告げられたその言葉に、先程とはまた違う意味で顔が熱くなる。



平塚「なんだ気が付いていなかったのか。キミらしくもない。いや、それともこの場合、いかにもキミらしい、と、そう言うべきかな」


――― あの学年はおろか、全学年を通じてトップクラスの美少女である雪ノ下が冴えないぼっちに過ぎないこの俺の事を?

俄かには信じ難いが、それは同時に、過去幾度となく同じような勘違いを繰り返してきた俺が、二度と同じ轍を踏むまいと常に排除してきた可能性でもあった。


八幡「 ……… どうしてそう思うんですか?」

逸る気持ちと動悸を抑えつつ、できるだけ平静を装って低く訊ねる。我ながら噛まなかったのが奇跡だ。


平塚「彼女のキミを見る目を見ればわかる。ま、強いて言うならば、勘、というヤツだな」

そう言って、指先で自らのこめかみをとんとんと叩いて見せるその仕草に、なぜか妙にイラっとさせられた。


八幡「 ……………… それってもしかして“野生の”ってヤツですか?」

女の子の年齢さえも見抜いてしまうという、例のアレ?

平塚「オンナだ、オンナっ! 女の勘だっ! キサマ、わかっててわざと言っておるだろう?!」

声を荒げて抗議する平塚先生を、

八幡「あー、なるほど、はいはい。あの何の根拠もないくせにやたらと的中率だけは高いという、あっちの方ですね」

小指で耳をほじくりながら超テキトーに受け流す。


……… でもこの先生の場合、男前過ぎちゃって、正直、あんま説得力ないんだよな。


八幡「 ……… 一応確認しときたいんですが、これって命令ですか?」

もしそうだとしても、それだけでは動機としてあまりにも不十分だ。

常に日頃から、仕事と名の付くものから逃れるためとあらばいかなる苦労も厭わず、“働いたら負け”を座右の銘とする俺という人間に対しての言い訳が成り立たない。
その労力を最初から仕事に活かした方が遥かに効率的かつ建設的ではあるのだが、これはあくまでも俺という人間にとってはポリシーの問題なのである。



平塚「 …… やれやれ、キミという男はつくづく面倒臭いヤツなのだな」


平塚先生がほとほと呆れ果てたような顔をしながら、壁に寄り掛かったままそのすらりと伸びた長い足を無造作に組み変える。


平塚「私個人としては、キミには自発的にやってもらえればありがたいと思っていたのだが ……………… キミの先程からの態度を見ていて少しばかり気が変わった」

八幡「気が変わった? それ、諦めたってことですか?」

思いのほかあっさりと引き下がる先生に、逆に俺の方が慌ててしまう。


平塚「そうではない。これは“命令”ではなく“依頼”だ」

八幡「 …… 依頼?」

その言葉をそのまま額面通りに受け取るとなれば強制力は更に弱まってしまう。必ずしも俺がその依頼とやらを引き受けなければならないという理由はないからだ。


平塚「どうやらキミは何か勘違いしているようだな」

そんな思いが伝わったのだろう、キツネにつままれたような顔をしているであろう俺に、ゆっくりと頭(かぶり)を振りながら先生が言葉を継ぐ。

八幡「 ……… どういう事ですか?」


平塚「わからんかね? この件はキミ個人ではなく、奉仕部に対しての正式な“依頼”として扱う、という意味だよ」



八幡「 ……… は?」


平塚「ところで比企谷。キミを初めて奉仕部に連れてきた際に話した例の勝負の件だが、まだ覚えているかね?」

戸惑いを隠せないでいる俺に対し先生がさりげなく尋ねてきた。
なんとはなしにだが、やけに白々しく感じるのは気のせいか。それどころか何やらきな臭いものまでプンプンと漂ってくる。


八幡「 ……… え? あ、はい。もちろん。それって確か、昨年の生徒会長選の時にも確認してますよね?」

結局、あの時は色々とゴタゴタが続き有耶無耶の内に終わっている。


平塚「私の厳正な審査によると、今のところ僅差で雪ノ下が勝っている。二位はキミだ」

八幡「 …… はぁ。そうスか。でも、それが何か?」


色々と言いたいこともあるにはあるのだが、それ以上になぜここでいきなり例の勝負の話を持ち出したのかという方が気になり、よせばいいのについ話の続きを促してしまう。


平塚「仮にこのまま雪ノ下がいなくなったと仮定しての話だが、その場合、誰かしらが次の部長にならない限り、残念だが奉仕部は部は休部せざるを得ないことになる」

八幡「 ……… でも、それならそれで仕方のないことですよね?」 

俺に雪ノ下の代わりを務めるつもりはないし、由比ヶ浜とて同じ考えだろう。

平塚「そうなると当然、例の勝負の継続も不可能となる。つまりは現時点で1位である彼女の判定勝ち、ということになるわけだ」


八幡「 ……… はい?」

言葉の意味が頭に浸透するまで暫く時間を要した。


八幡「や、ちょ、ちょっと待ってくださいよ。それってフツウに考えて雪ノ下の試合放棄による負けか、もしくはノーゲームになるのが筋なんじゃ …… 」

話が思わぬ方向に流れつつあることに気が付き、無駄とわかりつつも慌ててそれを遮る。


平塚「ほう。いったい誰がいつそんなルールを決めたのだね?」

八幡「……… ぐっ」


平塚「その場合、勝者である彼女が敗者であるキミに下すであろう命令は ――― 最早、言わずともわかるな、比企谷?」




―――――― なるほど、俺に代わりに奉仕部の部長やれってか。




平塚「だが、それではあまりにも一方的過ぎて、キミが不憫というものだろう ―――――― そこで、だ」

いかにも芝居がかった言い回しで、もったいつけるような間を置く。


平塚「この依頼をキミたちの勝負に含めるよう、特別に取り計らってやっても構わないのだが ………… と、言ったらどうするね?」


――― 白衣の悪魔。まさにそんな形容詞がピタリと似合う腹黒い笑みを浮かべて平塚先生が俺を見た。


平塚「つまりはそういうことだ。どうだ、少しはキミもやる気になったのではないのかね?」

いかにも恩着せがましく言ってはいるが、どう考えたって脅し以外のなにものでもない。


八幡「 ……… 汚ねぇ。……… 大人って、やっぱ汚ねぇ。 ……… 腐ってやがる」

平塚「 ……… 私としてもキミのその腐り切った目で言われると非常に心外なのだが」



このくだり、あと少しだけ続きます。とりあえず、一端ここで。

次の更新はさほど日を空けないうちに。ではでは。ノシ

さりげなく訂正。

>>135 一行目

残念だが奉仕部は部は休部せざるを得ないことになる → 残念だが奉仕部は休部せざるを得ないことになる


平塚「ま、諦めたまえ。キミは潔く負けを認めるか、それとも奉仕部の一員としてこの依頼を引き受けるか、そのふたつにひとつしか選択肢はないのだよ」

なおも恨みがましい目を向ける俺に、平塚先生が勝ち誇ったかのように意気揚々と告げた


―――― かと思うと、


平塚「それに、キミの場合、わかりやすい大義名分とやらがあった方がいいのだろう?」

思いもよらず、そんな事まで言い出した。


八幡「 ……… は?」

平塚「あくまでも仕方なく、それも利己的に立ち回るというスタンスの方が、キミとしても座りがいいだろう、とそういうことだよ」


八幡「 ……… それこそ言っている意味がよくわかりませんが?」

そうは言いながらも、自分の目が眩暈でも起こしそうなほどの目まぐるしい勢いで泳ぎまくっているのがわかった。
眼球だけで競泳なんかしたら、ぶっちぎりで優勝するレベル。ちなみに2位は鬼太郎の目玉おやじ。(俺予想)


八幡「あー…、ちなみに、もし、ですけど、俺が断ったらどうなります?」

平塚「その場合は、キミが約束を違えたと知った時の雪ノ下の反応を想像してみるがいい」

八幡「やりますやります! 命に代えてでも是非やらしてください!」

平塚「うむ。キミならきっとそう言うだろうと信じていたぞ」


平塚「いやはや、これでひと安心だな。万が一、キミが引き受けてくれなかったらどうしようかとも思っていたのだが」

八幡「その場合、俺がどうされるかについてはあまり考えたくありませんからね。つか、俺ってそこまで信用ないんですか?」

平塚「自分の日頃の行いを顧みることだな」

八幡「過去の汚点は振り返らないことにしているんで」

平塚「キミの場合、過去はもとより、目の前の現実からも目を逸らすべきではないと思うのだが …… まぁいい。なんにせよ、期待しているぞ、比企谷」

八幡「 …… は他人から期待されるような人間じゃありませんよ」

最後まで憎まれ口を叩く俺に対し、


平塚「それでも、だ」

そう言って先生は俺に向け手をひらひらさせる。話は終わり、さっさと行け、ということなのだろう。


――― やれやれ。

ったく、さんざっぱら人をけしかけといて、最後は放り投げるなんて、勝手もいいところである。
しかも俺の性格や行動を的確に把握し、先回りして気持ちを汲んでくれているから余計に始末に悪い。

うじうじと悩む俺の背中をそっと押すのではなく、いつも掌の跡が残るほど思い切り叩いて叱咤激励してくれる“癒し系”ならぬ“どやし系”。

それでも、もし俺があと10年早く生まれていて、この先生に出会っていたなら、間違いなく惚れていたのではないかとさえ思えてしまうのは、


うん、多分、単なるストックホルム症候群(シンドローム)か何かだねっ!


ひとつだけ気がかりなことがあったので、俺は足を止めて平塚先生に振り返る。


八幡「 ………… 最後にひとつだけ聞いてもいいですか?」

平塚「ふむ。よかろう。言ってみたまえ」


八幡「この場合、依頼人はいったい誰になるんですかね?」

雪ノ下の掲げる奉仕部の方針は、依頼人の抱える悩みや問題を解決することではなく、あくまでも解決のための手助けをする、というスタンスだったはずだ。
だとすれば、どのような形であれ、依頼を引き受けるに当たっては、やはりその依頼人とやらをはっきりとさせておくのが筋というものだろう。


先生は“なんだ、そんな事もわからんのかね?”という顔をして暫く俺の顔を見ていたが、

平塚「キミもたまには頭だけではなく、胸に手を当てて考えてみたらどうだね」

謎めいた言葉を口にする。


八幡「 ……… そうですか、では遠慮なく。…… って、痛ッてッ! いったい何すんですかッ?!」

平塚「それはこちらのセリフだッ! 私の、ではない、キサマの胸だッ!」


ぴしゃりと叩かれ、渋々引っ込めた手の甲をさすりつつ、俺は仕方なく言われるままにその手を今度は自分の胸に押し当てる。

普段なら男の胸なんぞ頼まれても触りたくはないし、自分の胸なぞいくら触ったところで面白くもなんともないのだが、そのまま無言で考えること暫し。やがて、



なるほど、――― と得心がいった。



その足で職員室まで戻ると、やはりキーボックスにはまだ部室の鍵が掛かったままになっていた。

その少し錆びついた無骨な鍵を手にとり、しばし眺めた後、しっかりと手に握り込むと、利用簿に名前を記入しそのまま部室に直行する。


古くなってやや強情になった鍵を開けると、当然のように中には誰もいない。

もともと必要最低限のものしかなく、ひたすらガランとした室内の隅には、まるで忘れ形見のようにポットとティーセットが一式置かれたままになっていた。


俺はいつもの定位置、つまり窓際に席を占める雪ノ下とは反対側、廊下側の席に座りつつ、いつになく目まぐるしく頭を回転させる。

理由はできた。動機としても、まぁ十分だろう。あとは計画と実行あるのみだ。


雪ノ下と葉山の家の婚約を破棄させる方法 ――― そのことについては、実は俺の中に腹案がないというわけではなかった。

だが、正直なところ成功率はかなり低い。そして万が一成功したにしても、そこには多大な犠牲が伴う。

下手をすれば、人ひとりの人生を大きく狂わせ、台無しにしてしまうことにもなるかも知れない。


――――― それでもやはり、やらなければなるまい。


しかし、計画を実行に移すにあたって、その前にしておかなければならないことがひとつある。

むしろそちらの方が俺にとってはハードルが高いといっていいだろう。
もしかしたら、それこそ俺にとって大切なものを全て失ってしまうことになるかもしれない。

そう考えると苦いものがこみ上げ、どこか楽な方へ楽な方へと逃げ出したくなる気持ちが抑えきれなくなる。

計画の精度を高めるためには、やはり極力、推測や憶測など情報のノイズを排除する必要がある。

まずは今まで誤魔化し、先送りにし続けてきた俺の本当の気持ちを、あのふたりに正直に伝えることだ。全てはそれからだろう。


しかし、そこでまた難問にぶち当たる ――――― いったい、どうやって ?



続きはまた来週になります。ではでは。ノシ


主語が抜けてた。orz

>>143 6行目

八幡「 …… は他人から期待されるような人間じゃありませんよ」
            ↓
八幡「 …… 俺は他人から期待されるような人間じゃありませんよ」


いわゆる間奏曲的な何か。


いつもより早めに部活を切り上げたその日の帰り路、家まで自転車であと数分といったところで、どこかで見たような後姿に出くわした。

青みがかった黒髪。凝ったお手製のシュシュで束ねたポニーテールを左右にぴょこぴょこと揺らして歩くその様は、誰あろう、


…………… えっと、マジ誰だっけ?


あまり深い人間関係を構築してこなかった人間にありがちな欠点として、他人の名前を覚えるのが苦手、というのが挙げられる。
いわゆる、ぼっちあるあるというヤツだ。
もっとも俺の場合、それ以上に他人から名前を覚えられるのを超苦手とするという更なる欠点もあるのだが、それはまぁいい。

確か妹の小町の友達の川崎大志の姉ちゃんで、俺と同じクラスでもある、川なんとかさんだ。多分。

いや待て大志の姉ちゃんなんだからフツウに考えてこいつも川崎だろ。


その川崎(暫定)は、背中に小さな女の子を背負い、手に買い物袋を下げている姿が妙に板についている。大変だな。若いのに。

名前の方はよく覚えてなかったにせよ一応クラスメートではあることだし、それにお互いの身内も同じ中学の同級生なのだから満更知らぬ仲という訳でもない。

追い越すのに無視するのもなんだし、かといっていきなり声をかけるのもなんかアレな気がしたので、仕方なくチリンチリンとごく控えめにベルを鳴らして注意を引くと、


川崎「 ―――― あ゛?」 ジロッ


千葉のヤンキーどころかヤ○ザでさえもビビって道を譲るうえ、黙ってサイフまで差し出しそうな鬼の形相でメンチ切られてしまった。


八幡「お、オレだよ、オレ! オレ! オレ!」


そのあまりの迫力に、思わず振り込め詐欺かサッカーの応援歌並みにオレを連呼してしまう。なんなら学生証を掲示して見せるまである。



川崎「 ……… なんだ、あんたか」

八幡「なんだじゃねぇよ、まったく……… 」


そういえば大きな道路を挟んでいるだけに俺とは中学の学区こそ違っていたが、彼女の家は比較的近く、それも近所とさえ呼んでも差し支えない場所にあったはずだ。

その割に小町と大志が同じ中学というのも解せないし、それ以上に許せなものがあるのだが、多分、少子化やらなにやらでここ数年のうちに区割りの変更でもあったのだろう。

取りあえず深く追究するのはやめることにした。いや別にどこからか圧力があったわけじゃないから …… って、いったい誰に言い訳してんだよ、俺。



八幡「妹のお迎えの帰りか?」

川崎「まぁね」

詳しい事情は知らないが、彼女の家も両親共働きで帰りが遅いため、こうしてたまに親の代わりに妹を保育園に迎えに行くことがあるらしい。
手にしているネギの刺さったエコバックは、ついでにどこぞで買い物でもしてきたのだろう。


八幡「重そうだな、持とうか?」

川崎「慣れてるから」

俺の申し出に川崎が素っ気なく答えるが、どうも見ていて危なっかしい。


八幡「いいからかせよ。どうせ途中まで一緒なんだから」

自転車から降りると、川崎の方へと手を差し出す。


川崎「い、いいよ」///

遠慮する彼女の手から半ば無理やりエコバックを取り上げ、念のため割れ物がないか中を確認してから自転車の前かごに乗せた。


川崎「 …… あ、あんがと」///

――― やさしいじゃん。と、そっぽを向きながらも照れたようにぽしょりと付け加える。

当然である。俺の妹愛主義はそれこそ筋金入り。その有効範囲は遥か遠く彼方、他人の妹にさえも及ぶのだ。



川崎「保育園までけーちゃ …… 京華のこと迎えに行ったんだけど、なんかお遊戯で疲れたちゃったらしくて」

そのまま肩を並べるようにして歩きながら、ただ黙っているのもなんとなく気恥ずかしいのだろう、訊かれもしないのに川崎が語り出す。

八幡「 …… ほーん」

テキトーな相槌をうちながらチラリと覗くと、背中では京華が器用に姉につかまりながら、天使のような顔で寝息を立てている。

これがもうあと十年も経てば、姉ちゃんみたいに鬼の形相を浮かべるようになるのかと思うと、まさに生命の神秘以外のなにものでもない。ダーウィンだってあの世でびっくりだ。



川崎「 ――― 溜息なんて、らしくないじゃん」


隣を歩く川崎が不意にそんな事を言い出した。

おっと、どうやら無意識のうちにまたやってしまったらしい。そういや昨日も小町に言われてたっけ。


川崎「結衣たちとなんかあったの?」

ごくさりげなくだが、切り出されたその言葉に探るかのような色がある。


八幡「 ……… どうしてそう思うんだ?」

図星を指されて思わず訊き返してしまう。それが肯定を意味すると気が付いたが、刻既に遅しというヤツだろう。

教室で見せている姿には、とりたてて変化はないはずだ。
だいいち、俺も由比ヶ浜も普段から教室では滅多に会話をしないし、ここ暫くは目を合わすことすらもない。


川崎「 ……… なんかそんな顔してるから」

八幡「へぇ、お前にわかるのかよ?」

訳知り顔といった感じの彼女に、揶揄の意味を込めてそう訊くと、 


川崎「 ………… わかるよ、いつも見てるし」 

ついぞ思いがけないような返事が返ってきた。


八幡「あん?」 


本人も意図していたなかったであろうその答えに驚くあまり、思わず川崎の顔を二度見してしまう。


川崎「え、や、ちがっ、そういう意味じゃなくて!」///

八幡「わ、わーってるっつーの」///


だからそんな風に真っ赤な顔でわたわたと取り乱されたら、却って俺の方がどんな態度とっていいかわかんなくなんだろ。



川崎「姫菜から聞いたんだけど。…… 雪ノ下 …… さん、留学するんだって?」

八幡「なにお前それ海老名さん脅して無理やり聞き出したの? ちょっと顔かしな、とか言って女子トイレに呼び出して?」

川崎「だから違うって!」

八幡「それともやっぱ校舎裏? 素直に吐かせるために腹パンとかしたんじゃねーだろーな?」

顔は痕が残るからやめときな! ボディにしな! ボディに! みたいな感じ?

川○「あんたの様子が変だから気になって訊いたらフツウに教えてくれたんだよっ!」

八幡「お、おお、そうなのか」 

どうでもいいけど、勢い余ってなんかとんでもねぇこと口走ってねぇか、こいつ?


川崎「 ……… って言うか、あんたの方こそ、あたしのことなんだと思ってるわけ?」

八幡「や、なんだと思ってるとか言われてもだな ……… 」

まさかここで“実はさっきまで名前もよく思い出せませんでしたー”などとは言えない。口が裂けても言えない。下手をすると口の中が裂けるほど殴られるかもしれないし。





八幡「 ……… だいたい、お前の言う“俺らしさ”って、なんなんだよ」

先程の川崎の言葉に何ら含むものはないのだろうが、照れ隠しということもあってか、つい返す言葉も不躾になってしまう。

そんな俺を横目で見ながら彼女が、ばっかじゃないの、と呟くのが聞こえた。

こいつ口ぐせなのだろう、既に聞きなれた感もあるせいなのか言葉は悪いが不思議と嫌な感じはしない。それこそ雪ノ下の罵倒に比べたらかわいいものだ。


川崎「 ……… あんたはあんたじゃん」


と、小さく付け加える川崎。


まるで答えになってはいないが、言われてみればその通りだ。所詮、らしさなんてもんは、周りが勝手に決めつけたイメージに過ぎない。

にも拘わらず、俺もやはり他人に対して、らしいだの、らしくないだの、型に嵌め込んで自らの理想や想像を相手に押し付けているのだ。



――― だとすれば、本当の意味で、俺らしさとはいったいなんなのだろう。


その時、何かしらふと閃くものがあり、自然に足が止まる。

考えるまでもない、それはやはり“ぼっちである”ということだ。

天上天下唯我独人。何を恐れることをやある。失敗したところで失うものなどなし、例え全てを失ったところで、せいぜい元のぼっちに戻るだけの話なのだ。

失うもののない強(したた)かさ、それが“ぼっち”であるが故の俺が持つ、唯一無二のアドバンテージだったはずだ。

やれやれ、そんなことさえも忘れていたとは、どうやら長い間ぬるま湯に浸かり過ぎて、己の本質まで見失っていたらしい。

そう考えると肩の力も抜け、何か色々とふっきれたような気さえした。


俺の気持ちの変化を察したものか、川崎が満足気な顔をしてこちらを見ている。

もしかしたら、こいつもこいつなりに俺を励まそうとしてくれたのかも知れない。


―――― と、


いきなり器用にも妹を背負ったまま、川崎が俺の足を軽く蹴飛ばした。

八幡「うぉっ、なんだよ?」

川崎「あんたさ、やっぱ変にうじうじ悩んでるより、あのふたりと変な部活 …… 奉仕部だっけ? …… とかで、わけのわかんないことやってる方がずっと似合ってるよ」

八幡「 ……… なんだそれ。つか、お前の蹴り、マジ痛いんだけど?」

一見がさつで、不器用で、ぶっきらぼうで、それでいて明らかに心のこもったその態度と言い草に文句を垂れつつも、つい俺の顔に苦笑が浮いてしまうのがわかった。




川崎「さて、と、じゃ、あたしん家(ち)、こっちだから」

足を止めた川崎が俺に向けて告げる。


八幡「お、そうだったな。ほれ」

川崎「ん」

そう言って自転車の前かごに積んでいたエコバックを返し、俺はそのまま再びチャリに跨った。



――― おっと、この場合、やはり川崎に対して何か礼くらいは言っておくべきなのだろう。


暫くペダルを漕いだところで思い立ち、自転車を停めて改めて川崎の方へと振り返る。


八幡「サンキューな、川崎! 愛してるぜっ!」


川崎「 ……………… 知ってる」


自然と口を衝いて出たいつもの軽口に、川崎の方もいつもの仏頂面、しかもいつも以上に素気なく応じる。そして、


川崎「 ………… あたしも」 


目を逸らしながら、躊躇いがちにぽしょりと付け加えた彼女のその頬が、遠目にも赤く染まって見えたのは、茜射す黄昏の光の加減なのだろうか。



川崎「………な、何よ?」

ぽかんとして言葉を失う俺に、川崎が憮然とした表情で半眼になって俺を睨めつける。


八幡「 ……… あ、いや、お前も冗談とか言うんだなって」

川崎「う、うるさいわね!! いいからとっとと帰りなさいよっ!」///


真っ赤な顔で、うがーっとがなりたてられた俺は苦笑しながら再び自転車のペダルに足をかけた。

最後にもう一度背中越しに振り返り手を上げて挨拶しようとしたが、既にどこぞの角でも曲がったものか、その姿はまるで夕陽に溶けたかのように消えてなくなっていた。


その晩、俺はいつもよりも早めに夕飯を終え、風呂に入って寝間着のスウェットに着替えると、何をするでもなくベットに寝っ転がったまま薄暗い部屋で天井を見上げていた。

枕元にはスマホがコンセントに繋がれたまま無造作に転がり、充電中であることを知らせるLEDが煌々と光を放っている。

昨日、小町に渡された紙片を取り出し、仄かな光を頼りに小さな文字列を見るともなしにぼんやりと眺める。


さきほど、メールを一通、送ったばかりだ。


さして待つこともなく、ためらいがちな音を立ててメールの着信を告げるバイブの音がした。

俺はスマホを手に取ると一読してからポチポチとメッセージを打ちこみ、再度返信。

次の返信はすぐに帰って来た。文面もごく簡潔で、短い。


内容を確認すると、そのまま布団に潜り込む。

ここしばらくの疲れがどっと出たのか、まる海の底に引きずり込まれるようにして急速に意識が遠のいてゆく。

夢うつつのまま揺蕩うような状態で、ひとりの少女の顔がおぼろげに浮かんだ気がしたが、それが誰なのか、どんな表情を浮かべているのか、認識する前に意識は途切れた。



そして俺はそのまま朝まで深い眠りに落ちる ―――――― 夢を見ることもなく。


>>163 6行目 川○ → 川崎

次回の更新はできればまた今週中に。ではでは。ノシ



俺の選んだその少女 ―――― 由比ヶ浜結衣は、既に約束の時間の前から待ち合わせの場所にひとり佇んでいた。


襟と袖口にファーのついたアイボリーのダッフルコートの下に白いタートルネックのセーター、チェックのミニ丈ボトムスにスエードのニーハイブーツ。

いわゆるガーリー系のファッションに身を包んだ由比ヶ浜は、ショーウィンドウの前でせわしなく辺りを見回しながら、時折、ぽわぽわとピンクがかった茶髪のお団子髪に手を遣っている。

俺が彼女のいる処までたどり着くまでのわずかの間に、横合いから、恐らくはナンパ目的なのだろう、大学生くらいの若い男のふたり連れが歩み寄り、声をかける。

由比ヶ浜は胸の前で小さく手を振って断る仕草をしていたが、俺の姿に気が付くとすぐさまぺこりと小さく頭を下げてこちらに向け速足で駆けてくる。

袖にされた男たちは残念そうな表情を浮かべて暫くその後姿を見ていたようだが、やがて気をとりなおして別の相手を探しにどこかへ行ってしまった。


結衣「もうっ! ヒッキーってば、おっそ ――― ……… くないか」

時計を確認するまでもなく、約束の時間までにはまだ間があるはずだ。

由比ヶ浜もそのことに気が付いたのだろう、口にしかけた言葉もきまり悪そうに尻すぼみになり、そのまま消える。


八幡「 ……… すまん」

それでも多少なりとも心細い思いをさせてしまったことに対して素直に詫びると、

結衣「ん。許す」

少しはにかみながら、照れたような笑みを浮かべて俺を見た。

なんとはなしにその笑顔を直視することができず、ついと目を逸らしてしまう。


そんな俺の腕、丁度、肘のあたりになにやらふくよかな感触が伝わってきた。

見るといつの間にやら由比ヶ浜が自分の手をくるんと俺の腕に巻き付けている。すぐ近くからふわりと漂ってくるフローラル系の香りが鼻腔をくすぐる。

八幡「えっ? やっ? ちょっ? なに、お前?」 いきなりなんなのこいつ。

そのいつになく大胆で積極的な振る舞いに戸惑う俺に、

結衣「へへっ」

由比ヶ浜は悪戯っぽく微笑んで見せる。

それでも一応、抗議の意思を込めた視線を送ってみたものの、素知らぬ顔をしてあっさりと流されてしまった。


結衣「 ……… で、どこ行こっか?」

俺はあきらめて寒さで靄る溜息をひとつ。


八幡「取りあえずは、暖かい場所、かな」

寄せてきた由比ヶ浜の身体は、服の上からでもそれとわかるほど冷え切っている。


――― いったい、いつから待ってたんだよ、こいつ。


最初こそぎこちなかったが、慣れとは恐ろしいもので、やがて意識するでもなく腕を組んでいても自然に歩調が合い始めた。


八幡「 ……… どっか行きたいとこあんのか?」

歩きながら会話できるほどの余裕ができた頃、由比ヶ浜に向けてそれとなく訊ねる。

結衣「んー…、あ、じゃ、き○ーる行こうよ、○ぼーる! 一度、ぷ、ぷろれたりあーと …… だっけ? 観てみたかったんだ」

由比ヶ浜の言う、きぼ○るとは、千葉パ○コの近く、千葉市科学館を含む公共施設と商業施設の雑居する官民複合施設のことである。


八幡「 …… なんで休みの日にまでわざわざ無産階級の賃金労働者なんて見に行かなきゃならねぇんだよ」

それを言うならプラネタリウムだろ、と、すかさずツッコミを入れる。


だいたい、賃金労働者の社畜サラリーマンだったら別に無理に探さなくても俺の家にもふたりほどいるし、多分、由比ヶ浜の家にもひとりいるはずだ。

そうでなくとも大都市の御多分に漏れず、千葉市は労働者の街であり、当然、社畜も多い。

それこそ“終電間際の千葉駅で落花生を投げればパリピか社畜に当たる”とさえ言われているくらいだ。
なぜここで石ではなく落花生なのかと問われれば、それは即ち千葉の特産品だからとしか答えようがない。

ちなみに、うち親は年度末も近いせいもあってか、今日はふたりとも休日出勤である。
ここ暫くはずっと朝早く、帰りも遅いため、家でも顔を遇わせていないところを見ると、相変わらず八甲田山かバターン並みのデスマに従事しているようだった。

このままだと共働きどころか、夫婦揃って共倒れになるのではないかと心配になってしまう。

苦労ばかりかけてはいるが、俺としてはふたりにはいつまでも健康でずっと長生きしててもらいたい。

そんでもって定年退職後は年金で俺を養い続けてくれんもんかね。



八幡「や、ちょっと待て、○ぼーるったら、アレだろ、あの例のハチの巣みたいなヤツ?」

きぼー○は、Qiballとも書き、建物の外からでも見える巨大な球体のプラネタリウムがウリである。

だが、その外観は、色といい形といい、どう見ても凶暴なオオスズメバチの巣以外の何物にも見えない。


結衣「うん、そうだけど?」 

それがどうかしたのか、と目で問うてくる。

八幡「そうだけど、じゃねぇよ。お前、俺が虫とか超苦手なの知ってんだろ? あすこだけはマジ勘弁」

うへぇとばかりに音を上げるのを見て、由比ヶ浜がぷくぅっと頬を膨らませる。


結衣「んもうっ! じゃあいいっ! だったら映画行こ、映画!」

八幡「や、俺、隣に人がいると気が散るから、基本、映画を観る時はいつもおひとりさまなんだけど?」

結衣「ヒッキーがおひとりさまなのは何も映画観る時に限ったことじゃないでしょっ!」

由比ヶ浜のごもっともなセリフにより、俺の主張は敢え無くバッサリと切り捨てられてしまった。




千葉の街で映画館といえば言うまでもなく京○千葉中央駅近く、京○ローザが最も有名であり、高架を挿んでそれぞれイースト館とウェスト館がある。
イースト館の方は京○ホテルミ○マーレ4階に位置するが、ミラマ○レが東京ディスティニィーリゾートに加盟しているということはあまり知られていない。

朝イチのモーニングショーの上映は、周辺の店がまだ開いていないような早い時間帯に始まる。
そのせいもあってか、土曜日であるにも関わらず客影はまばらで、自動券売機を使えばすぐにでもチケットを購入することができそうだった。

由比ヶ浜の観たいという映画は、普段、俺が絶対観る事のない恋愛ものの邦画だったが、ざっと見他に観たい物もなかったので特に異論を唱えることはしなかった。

頭上にある上映スケジュールのディスプレイを食い入るようにして眺めること暫し、由比ヶ浜が突然くるりと俺に向きなおって尋ねる。


結衣「ね、これって、3Dないのかな? 3D?」

八幡「 ……… 恋愛映画3Dで観てどうすんだよ」



映画が始まると、スクリーンの明かりに浮かび上がる由比ヶ浜の表情が、場面場面によって、くるくると目まぐるしく変わるのがわかった。

すぐ隣に座しているため、その感情の変化がダイレクトに伝わってくる。

映画よか、そっちの方がよっぽど見ていて飽きない。

クライマックスが近づき、物語が緊迫した場面に差し掛かると、不意に肘掛けに乗せた俺の手の上に由比ヶ浜の手がそっと重ねられた。

余程集中しているのだろう、由比ヶ浜の顔はスクリーンに向けられたままだ。

そして、絵に描いたようなハッピーエンドが訪れると、その瞳に光の粒が溜まり、やがて一筋頬を伝って静かに流れ落ちる。

エンドロールも終わり、静かに橙色の照明が着くと由比ヶ浜がハンカチを目に当て、「ごめん」と、恥ずかしそうに照れ笑いしながら小さく呟くのが聞こえた。

場内から最後のひとりが退室し、ふたりが立ち上がるまで、俺の手の上には由比ヶ浜の手が重ねられたままだった。



映画がよほど気に召したのか、由比ヶ浜がパンフレットを買い求めに行っている間、俺はカーテンウォールのガラス越しに下の世界を見下ろす。

スクランブル交差点では信号が赤から青に変わり、大勢の人々が行き交うのが見えた。

俺の視界から覗くこの狭い世界にさえこんなに人がいて、俺の目の届かないところには当然もっとたくさんの人間がいる。

これだけ人が溢れているというのに、その中で本当に自分が探し求める相手に巡り合える可能性とはいったいどれほどのものなのだろうか。


気が付くと、パンフを買い終えたらしい由比ヶ浜が俺の背後、少し離れた位置に立っていた。

俺が振り向いた刹那、その顔に一瞬だけ何かしらの表情がかすめたかような気がしたが、すぐに消える。


八幡「丁度、昼飯時だし、なんか食うか?」

結衣「そうだね。ちょっとお腹空いちゃったかも」


俺が何も気が付かなかったフリをして声をかけると、彼女もそのことに気が付いていながらやはり何事もなかったかのように笑顔で応じる。


最後にもう一度だけ下に目を遣る。

皆、それぞれが目的を持ち、前を見て真っ直ぐに歩いていた。

未だ態度を決めかね、自分の足下を見ながら右往左往しているのは、この世界で俺ひとりだけのなのかも知れない。


次回の更新はさほど間をおかず。それでは今日はこのへんで。ノシ

ガハマの原作での所業

・犬のリードを離し事故の原因を作り八幡を大怪我させる
・犬を庇った八幡に一年間も直接お礼を言いに来ない
・御礼と称して木炭クッキーを渡すなど人の常識としてあり得ない事をやる
・面識が殆どない八幡に「ヒッキー」と失礼な渾名を付けてキモいなどの暴言を吐く
・事故の事がバレても謝るでもなく落ち込むだけ、終いには「馬鹿」と吐き捨てる自己中ぶり
・夏祭りの時も八幡が居た堪れなくなってるのにそれに気付かない
・文化祭の時もクラスの手伝いばかりで奉仕部は放置してたくせに雪乃を責め八幡に責任を背負わせる
・修学旅行の依頼の件で戸部の依頼を強引に押し切り厄介事を奉仕部に持ち込む
・アニメ2期の冒頭で事情を知っていてクラスの連中と一緒に八幡の事を笑っていた
・空気読めるとか説明されてる割にはクッキーや夏祭りの件の様に八幡を困らせてばかり
・加えて八幡と雪乃が進展するのを邪魔して自分の恋愛感情を八幡の気持ちも考えずに押し付けてばかり
・材木座の事も汚物の様に扱って、依頼も殆ど放置の無責任ぶり
・優しいと言ってもそれは自分が都合がいい時だけ、都合が悪くなれば手の平返して保身を優先する上っ面の偽善
・11巻で雪乃に弱みに付け込んで八幡への恋愛感情を封じる提案をする

普通の神経を持った人なら嫌いになって当然じゃないですかね
これほど「ガイジ」という言葉が似合う糞女いなくね性根が何もかも腐り切ってる

アフィカスってさあ、生きてる価値無いよな、人に依存してだらけで自分じゃ何も出来ない、まさに人間のクズみたいなものじゃないか
依存する人間は自分が無いとか言うけどこの場合っていうのは自分が無いと言い訳して楽してるだけだよね依存生活楽しいですか?
本当にアフィカスという人種は生きてる意味すらもないような奴らだよね自分じゃ何も生まないし、その癖他人のものをさも自分のもののように扱う
何度も繰り返してるようで悪いけれどもアフィっていうのはやっぱりそういう劣等人種なんだと思う劣等っていうか生まれつき劣ってるっていうか
そう、いわゆる障害者なんだよ自分で稼ごうとしても稼げないみたいなアイディアが無いみたいな哀しい哀しい生きてる価値もない障害者
つまらない人間と言い換える事もできるね、とにかく幼い頃からきっと他人に依存しないといけないみたいな障害に悩まされてきたんだよ
一種の青春病であってそこを責める事は出来ないとも最近思い始めてきたよそういう病気だもん、そういう人種だもん、クズだもん、そういう障害者だもの
そうでもなきゃこんな事考え付かないでしょ、「人の会話をコピペしてブログにまとめて金儲けする」とか普通は考えないよ
昔から日本には他人の褌で相撲を取るとかあるけど、そんな次元じゃない、他人の会話で金儲けするとか流石に無いですわ
ほら最近忍者の里の新ルールだとか何だとかで「転載禁止言えといわれても書かなかったら水遁」とか出来たじゃん
いや実はそのルールの議論の中心人物俺なんだけど、だけど早く実施してほしいもんだよ、まだまともに聞かれてないみたいだから
バカは死ななきゃ治らないだとか言うだろ?アフィは水遁でもされて痛い目でも見なきゃ判らないんだよ、●持ってるだろうからVIP二度といきたくなるぐらい絶望の淵に叩き落されるぐらい
だから何十回でも何百回でも水遁されて何百回でも何千回でも後悔して何千回でも何万回でも金銭難の地獄に叩き落せ
クソアフィブログはそうしてついに潰えるんだよ、「ブログ読者の皆さん……クリック……して」といいながら哀しく死ぬんだ、それがアイツらの遺言にしてアイツらにふさわしい最後だ
悪いが俺はクソアフィには人権なんてないと思ってる、アフィは死んでも永遠に浄化されないとも思ってる、クソアフィは生きてても価値なし死んでも価値無し、つまり永劫価値なしな奴らだから
どんなに悪行をしてきたことか、どんなに人の迷惑だったことかお前らも考えてみろ
アフィカスが全滅したらきっと世の中はより平和になることだろうなあ、と常日頃から考えてるよ俺は、アフィの全滅について真剣に考えてるよ俺は
大体自演とかしてまでスレ作って何が楽しいのかが判らないよ、俺ぐらいになると何個ものクソアフィスレと対立してきたわけだが
そのたびにクソアフィの自演とクソアフィの自演とクソアフィの自演とあからさまなクソアフィが出てきてうんざりするわ、クソアフィは生きる楽しみもしらないのか
自演は俺も何百回とやったことあるから言えるけどあれは全然つまらないよ、正直何が楽しいのかわからないまっとうな人間なら拒否反応しめすレベルのつまらなさだよあれは
そんなことをしちゃうあたりやっぱり人間から外れた人権が通用しないような障害者なんだなあ、と思うよクソアフィ管理人は
ほら、このスレからもひしひしと伝わってくるだろ、このスレに巣食うクソアフィのキチガイさが、異常者ってことが
アイツらはやっぱり人間じゃないんだよ、他の人間を金儲けの道具ぐらいに考えてるキチガイなんだよ、金の亡者なんだよ、それすなわちクズね
とりあえず俺らに出来る事はクソアフィカスを発見次第水遁の報告にする事と全力で潰す事だと俺は思うね、やっぱりクソアフィは粘りっぽいから、生活かかってるからこっちも本気で行こう
向こうが生活かけてるならこっちは命とか魂とかかかえてクソアフィを潰すために全力で突撃しよう、そうでもしなければクソアフィは潰せない
いまこのVIPにどれだけのクソアフィカスが潜伏してるとか全く知らないけどこれだけはわかる、このVIPはいつのまにかクソアフィの巣窟に変わっていたということ、それはわかるんだこんな俺にも
だからそれら全部全部摘んでクズカゴに捨てるのはとても哀しくてとても長い長い凄まじく長い作業だとは思うが、どうにかしてクソアフィカスを追い出そう
それが俺らがVIPのために出来ることの一つで、水遁なんかよりもよっぽど大切な事だ、クソアフィを破壊する、そういうことに意気込んでいこうぜ
そしてクソアフィが全部潰滅してアフィブログも解散してクソアフィの生活難報告でも出されたりしたらみんなで祝おうじゃんよ
いっぱい苦労した分だけその時の喜びは大きい、この文章も4096文字ぴったり、埋め立てに最適

ガハマの原作での所業

・犬のリードを離し事故の原因を作り八幡を大怪我させる
・犬を庇った八幡に一年間も直接お礼を言いに来ない
・御礼と称して木炭クッキーを渡すなど人の常識としてあり得ない事をやる
・面識が殆どない八幡に「ヒッキー」と失礼な渾名を付けてキモいなどの暴言を吐く
・事故の事がバレても謝るでもなく落ち込むだけ、終いには「馬鹿」と吐き捨てる自己中ぶり
・夏祭りの時も八幡が居た堪れなくなってるのにそれに気付かない
・文化祭の時もクラスの手伝いばかりで奉仕部は放置してたくせに雪乃を責め八幡に責任を背負わせる
・修学旅行の依頼の件で戸部の依頼を強引に押し切り厄介事を奉仕部に持ち込む
・アニメ2期の冒頭で事情を知っていてクラスの連中と一緒に八幡の事を笑っていた
・空気読めるとか説明されてる割にはクッキーや夏祭りの件の様に八幡を困らせてばかり
・加えて八幡と雪乃が進展するのを邪魔して自分の恋愛感情を八幡の気持ちも考えずに押し付けてばかり
・材木座の事も汚物の様に扱って、依頼も殆ど放置の無責任ぶり
・優しいと言ってもそれは自分が都合がいい時だけ、都合が悪くなれば手の平返して保身を優先する上っ面の偽善
・11巻で雪乃に弱みに付け込んで八幡への恋愛感情を封じる提案をする

普通の神経を持った人なら嫌いになって当然じゃないですかね
これほど「ガイジ」という言葉が似合う糞女いなくね性根が何もかも腐り切ってる

ガハマの原作での所業

・犬のリードを離し事故の原因を作り八幡を大怪我させる
・犬を庇った八幡に一年間も直接お礼を言いに来ない
・御礼と称して木炭クッキーを渡すなど人の常識としてあり得ない事をやる
・面識が殆どない八幡に「ヒッキー」と失礼な渾名を付けてキモいなどの暴言を吐く
・事故の事がバレても謝るでもなく落ち込むだけ、終いには「馬鹿」と吐き捨てる自己中ぶり
・夏祭りの時も八幡が居た堪れなくなってるのにそれに気付かない
・文化祭の時もクラスの手伝いばかりで奉仕部は放置してたくせに雪乃を責め八幡に責任を背負わせる
・修学旅行の依頼の件で戸部の依頼を強引に押し切り厄介事を奉仕部に持ち込む
・アニメ2期の冒頭で事情を知っていてクラスの連中と一緒に八幡の事を笑っていた
・空気読めるとか説明されてる割にはクッキーや夏祭りの件の様に八幡を困らせてばかり
・加えて八幡と雪乃が進展するのを邪魔して自分の恋愛感情を八幡の気持ちも考えずに押し付けてばかり
・材木座の事も汚物の様に扱って、依頼も殆ど放置の無責任ぶり
・優しいと言ってもそれは自分が都合がいい時だけ、都合が悪くなれば手の平返して保身を優先する上っ面の偽善
・11巻で雪乃に弱みに付け込んで八幡への恋愛感情を封じる提案をする

普通の神経を持った人なら嫌いになって当然じゃないですかね
これほど「ガイジ」という言葉が似合う糞女いなくね性根が何もかも腐り切ってる

ガハマの原作での所業

・犬のリードを離し事故の原因を作り八幡を大怪我させる
・犬を庇った八幡に一年間も直接お礼を言いに来ない
・御礼と称して木炭クッキーを渡すなど人の常識としてあり得ない事をやる
・面識が殆どない八幡に「ヒッキー」と失礼な渾名を付けてキモいなどの暴言を吐く
・事故の事がバレても謝るでもなく落ち込むだけ、終いには「馬鹿」と吐き捨てる自己中ぶり
・夏祭りの時も八幡が居た堪れなくなってるのにそれに気付かない
・文化祭の時もクラスの手伝いばかりで奉仕部は放置してたくせに雪乃を責め八幡に責任を背負わせる
・修学旅行の依頼の件で戸部の依頼を強引に押し切り厄介事を奉仕部に持ち込む
・アニメ2期の冒頭で事情を知っていてクラスの連中と一緒に八幡の事を笑っていた
・空気読めるとか説明されてる割にはクッキーや夏祭りの件の様に八幡を困らせてばかり
・加えて八幡と雪乃が進展するのを邪魔して自分の恋愛感情を八幡の気持ちも考えずに押し付けてばかり
・材木座の事も汚物の様に扱って、依頼も殆ど放置の無責任ぶり
・優しいと言ってもそれは自分が都合がいい時だけ、都合が悪くなれば手の平返して保身を優先する上っ面の偽善
・11巻で雪乃に弱みに付け込んで八幡への恋愛感情を封じる提案をする

普通の神経を持った人なら嫌いになって当然じゃないですかね
これほど「ガイジ」という言葉が似合う糞女いなくね性根が何もかも腐り切ってる

ガハマの原作での所業

・犬のリードを離し事故の原因を作り八幡を大怪我させる
・犬を庇った八幡に一年間も直接お礼を言いに来ない
・御礼と称して木炭クッキーを渡すなど人の常識としてあり得ない事をやる
・面識が殆どない八幡に「ヒッキー」と失礼な渾名を付けてキモいなどの暴言を吐く
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・夏祭りの時も八幡が居た堪れなくなってるのにそれに気付かない
・文化祭の時もクラスの手伝いばかりで奉仕部は放置してたくせに雪乃を責め八幡に責任を背負わせる
・修学旅行の依頼の件で戸部の依頼を強引に押し切り厄介事を奉仕部に持ち込む
・アニメ2期の冒頭で事情を知っていてクラスの連中と一緒に八幡の事を笑っていた
・空気読めるとか説明されてる割にはクッキーや夏祭りの件の様に八幡を困らせてばかり
・加えて八幡と雪乃が進展するのを邪魔して自分の恋愛感情を八幡の気持ちも考えずに押し付けてばかり
・材木座の事も汚物の様に扱って、依頼も殆ど放置の無責任ぶり
・優しいと言ってもそれは自分が都合がいい時だけ、都合が悪くなれば手の平返して保身を優先する上っ面の偽善
・11巻で雪乃に弱みに付け込んで八幡への恋愛感情を封じる提案をする

普通の神経を持った人なら嫌いになって当然じゃないですかね
これほど「ガイジ」という言葉が似合う糞女いなくね性根が何もかも腐り切ってる

ガハマの原作での所業

・犬のリードを離し事故の原因を作り八幡を大怪我させる
・犬を庇った八幡に一年間も直接お礼を言いに来ない
・御礼と称して木炭クッキーを渡すなど人の常識としてあり得ない事をやる
・面識が殆どない八幡に「ヒッキー」と失礼な渾名を付けてキモいなどの暴言を吐く
・事故の事がバレても謝るでもなく落ち込むだけ、終いには「馬鹿」と吐き捨てる自己中ぶり
・夏祭りの時も八幡が居た堪れなくなってるのにそれに気付かない
・文化祭の時もクラスの手伝いばかりで奉仕部は放置してたくせに雪乃を責め八幡に責任を背負わせる
・修学旅行の依頼の件で戸部の依頼を強引に押し切り厄介事を奉仕部に持ち込む
・アニメ2期の冒頭で事情を知っていてクラスの連中と一緒に八幡の事を笑っていた
・空気読めるとか説明されてる割にはクッキーや夏祭りの件の様に八幡を困らせてばかり
・加えて八幡と雪乃が進展するのを邪魔して自分の恋愛感情を八幡の気持ちも考えずに押し付けてばかり
・材木座の事も汚物の様に扱って、依頼も殆ど放置の無責任ぶり
・優しいと言ってもそれは自分が都合がいい時だけ、都合が悪くなれば手の平返して保身を優先する上っ面の偽善
・11巻で雪乃に弱みに付け込んで八幡への恋愛感情を封じる提案をする

普通の神経を持った人なら嫌いになって当然じゃないですかね
これほど「ガイジ」という言葉が似合う糞女いなくね性根が何もかも腐り切ってる

ガハマの原作での所業

・犬のリードを離し事故の原因を作り八幡を大怪我させる
・犬を庇った八幡に一年間も直接お礼を言いに来ない
・御礼と称して木炭クッキーを渡すなど人の常識としてあり得ない事をやる
・面識が殆どない八幡に「ヒッキー」と失礼な渾名を付けてキモいなどの暴言を吐く
・事故の事がバレても謝るでもなく落ち込むだけ、終いには「馬鹿」と吐き捨てる自己中ぶり
・夏祭りの時も八幡が居た堪れなくなってるのにそれに気付かない
・文化祭の時もクラスの手伝いばかりで奉仕部は放置してたくせに雪乃を責め八幡に責任を背負わせる
・修学旅行の依頼の件で戸部の依頼を強引に押し切り厄介事を奉仕部に持ち込む
・アニメ2期の冒頭で事情を知っていてクラスの連中と一緒に八幡の事を笑っていた
・空気読めるとか説明されてる割にはクッキーや夏祭りの件の様に八幡を困らせてばかり
・加えて八幡と雪乃が進展するのを邪魔して自分の恋愛感情を八幡の気持ちも考えずに押し付けてばかり
・材木座の事も汚物の様に扱って、依頼も殆ど放置の無責任ぶり
・優しいと言ってもそれは自分が都合がいい時だけ、都合が悪くなれば手の平返して保身を優先する上っ面の偽善
・11巻で雪乃に弱みに付け込んで八幡への恋愛感情を封じる提案をする

普通の神経を持った人なら嫌いになって当然じゃないですかね
これほど「ガイジ」という言葉が似合う糞女いなくね性根が何もかも腐り切ってる

ガハマの原作での所業

・犬のリードを離し事故の原因を作り八幡を大怪我させる
・犬を庇った八幡に一年間も直接お礼を言いに来ない
・御礼と称して木炭クッキーを渡すなど人の常識としてあり得ない事をやる
・面識が殆どない八幡に「ヒッキー」と失礼な渾名を付けてキモいなどの暴言を吐く
・事故の事がバレても謝るでもなく落ち込むだけ、終いには「馬鹿」と吐き捨てる自己中ぶり
・夏祭りの時も八幡が居た堪れなくなってるのにそれに気付かない
・文化祭の時もクラスの手伝いばかりで奉仕部は放置してたくせに雪乃を責め八幡に責任を背負わせる
・修学旅行の依頼の件で戸部の依頼を強引に押し切り厄介事を奉仕部に持ち込む
・アニメ2期の冒頭で事情を知っていてクラスの連中と一緒に八幡の事を笑っていた
・空気読めるとか説明されてる割にはクッキーや夏祭りの件の様に八幡を困らせてばかり
・加えて八幡と雪乃が進展するのを邪魔して自分の恋愛感情を八幡の気持ちも考えずに押し付けてばかり
・材木座の事も汚物の様に扱って、依頼も殆ど放置の無責任ぶり
・優しいと言ってもそれは自分が都合がいい時だけ、都合が悪くなれば手の平返して保身を優先する上っ面の偽善
・11巻で雪乃に弱みに付け込んで八幡への恋愛感情を封じる提案をする

普通の神経を持った人なら嫌いになって当然じゃないですかね
これほど「ガイジ」という言葉が似合う糞女いなくね性根が何もかも腐り切ってる

ガハマの原作での所業

・犬のリードを離し事故の原因を作り八幡を大怪我させる
・犬を庇った八幡に一年間も直接お礼を言いに来ない
・御礼と称して木炭クッキーを渡すなど人の常識としてあり得ない事をやる
・面識が殆どない八幡に「ヒッキー」と失礼な渾名を付けてキモいなどの暴言を吐く
・事故の事がバレても謝るでもなく落ち込むだけ、終いには「馬鹿」と吐き捨てる自己中ぶり
・夏祭りの時も八幡が居た堪れなくなってるのにそれに気付かない
・文化祭の時もクラスの手伝いばかりで奉仕部は放置してたくせに雪乃を責め八幡に責任を背負わせる
・修学旅行の依頼の件で戸部の依頼を強引に押し切り厄介事を奉仕部に持ち込む
・アニメ2期の冒頭で事情を知っていてクラスの連中と一緒に八幡の事を笑っていた
・空気読めるとか説明されてる割にはクッキーや夏祭りの件の様に八幡を困らせてばかり
・加えて八幡と雪乃が進展するのを邪魔して自分の恋愛感情を八幡の気持ちも考えずに押し付けてばかり
・材木座の事も汚物の様に扱って、依頼も殆ど放置の無責任ぶり
・優しいと言ってもそれは自分が都合がいい時だけ、都合が悪くなれば手の平返して保身を優先する上っ面の偽善
・11巻で雪乃に弱みに付け込んで八幡への恋愛感情を封じる提案をする

普通の神経を持った人なら嫌いになって当然じゃないですかね
これほど「ガイジ」という言葉が似合う糞女いなくね性根が何もかも腐り切ってる

ガハマの原作での所業

・犬のリードを離し事故の原因を作り八幡を大怪我させる
・犬を庇った八幡に一年間も直接お礼を言いに来ない
・御礼と称して木炭クッキーを渡すなど人の常識としてあり得ない事をやる
・面識が殆どない八幡に「ヒッキー」と失礼な渾名を付けてキモいなどの暴言を吐く
・事故の事がバレても謝るでもなく落ち込むだけ、終いには「馬鹿」と吐き捨てる自己中ぶり
・夏祭りの時も八幡が居た堪れなくなってるのにそれに気付かない
・文化祭の時もクラスの手伝いばかりで奉仕部は放置してたくせに雪乃を責め八幡に責任を背負わせる
・修学旅行の依頼の件で戸部の依頼を強引に押し切り厄介事を奉仕部に持ち込む
・アニメ2期の冒頭で事情を知っていてクラスの連中と一緒に八幡の事を笑っていた
・空気読めるとか説明されてる割にはクッキーや夏祭りの件の様に八幡を困らせてばかり
・加えて八幡と雪乃が進展するのを邪魔して自分の恋愛感情を八幡の気持ちも考えずに押し付けてばかり
・材木座の事も汚物の様に扱って、依頼も殆ど放置の無責任ぶり
・優しいと言ってもそれは自分が都合がいい時だけ、都合が悪くなれば手の平返して保身を優先する上っ面の偽善
・11巻で雪乃に弱みに付け込んで八幡への恋愛感情を封じる提案をする

普通の神経を持った人なら嫌いになって当然じゃないですかね
これほど「ガイジ」という言葉が似合う糞女いなくね性根が何もかも腐り切ってる

ガハマの原作での所業

・犬のリードを離し事故の原因を作り八幡を大怪我させる
・犬を庇った八幡に一年間も直接お礼を言いに来ない
・御礼と称して木炭クッキーを渡すなど人の常識としてあり得ない事をやる
・面識が殆どない八幡に「ヒッキー」と失礼な渾名を付けてキモいなどの暴言を吐く
・事故の事がバレても謝るでもなく落ち込むだけ、終いには「馬鹿」と吐き捨てる自己中ぶり
・夏祭りの時も八幡が居た堪れなくなってるのにそれに気付かない
・文化祭の時もクラスの手伝いばかりで奉仕部は放置してたくせに雪乃を責め八幡に責任を背負わせる
・修学旅行の依頼の件で戸部の依頼を強引に押し切り厄介事を奉仕部に持ち込む
・アニメ2期の冒頭で事情を知っていてクラスの連中と一緒に八幡の事を笑っていた
・空気読めるとか説明されてる割にはクッキーや夏祭りの件の様に八幡を困らせてばかり
・加えて八幡と雪乃が進展するのを邪魔して自分の恋愛感情を八幡の気持ちも考えずに押し付けてばかり
・材木座の事も汚物の様に扱って、依頼も殆ど放置の無責任ぶり
・優しいと言ってもそれは自分が都合がいい時だけ、都合が悪くなれば手の平返して保身を優先する上っ面の偽善
・11巻で雪乃に弱みに付け込んで八幡への恋愛感情を封じる提案をする

普通の神経を持った人なら嫌いになって当然じゃないですかね
これほど「ガイジ」という言葉が似合う糞女いなくね性根が何もかも腐り切ってる

俺ガイルのガハマへのの本音

https://touch.pixiv.net/novel/show.php?id=7940575&uarea=tag
http://touch.pixiv.net/novel/show.php?id=7898265&uarea=word

これを見ても分かる通り八結どころかガハマの存在自体が俺ガイルに不要だと思ってる奴がたくさんいるんだよ
厄介事を常に持ってくる疫病神で嫌いな読者が多く存在そのものが不快な俺ガイルの癌細胞

ガハマの原作での所業

・犬のリードを離し事故の原因を作り八幡を大怪我させる
・犬を庇った八幡に一年間も直接お礼を言いに来ない
・御礼と称して木炭クッキーを渡すなど人の常識としてあり得ない事をやる
・面識が殆どない八幡に「ヒッキー」と失礼な渾名を付けてキモいなどの暴言を吐く
・事故の事がバレても謝るでもなく落ち込むだけ、終いには「馬鹿」と吐き捨てる自己中ぶり
・夏祭りの時も八幡が居た堪れなくなってるのにそれに気付かない
・文化祭の時もクラスの手伝いばかりで奉仕部は放置してたくせに雪乃を責め八幡に責任を背負わせる
・修学旅行の依頼の件で戸部の依頼を強引に押し切り厄介事を奉仕部に持ち込む
・アニメ2期の冒頭で事情を知っていてクラスの連中と一緒に八幡の事を笑っていた
・空気読めるとか説明されてる割にはクッキーや夏祭りの件の様に八幡を困らせてばかり
・加えて八幡と雪乃が進展するのを邪魔して自分の恋愛感情を八幡の気持ちも考えずに押し付けてばかり
・材木座の事も汚物の様に扱って、依頼も殆ど放置の無責任ぶり
・優しいと言ってもそれは自分が都合がいい時だけ、都合が悪くなれば手の平返して保身を優先する上っ面の偽善
・11巻で雪乃に弱みに付け込んで八幡への恋愛感情を封じる提案をする

普通の神経を持った人なら嫌いになって当然じゃないですかね
これほど「ガイジ」という言葉が似合う糞女いなくね性根が何もかも腐り切ってる

ガハマの原作での所業

・犬のリードを離し事故の原因を作り八幡を大怪我させる
・犬を庇った八幡に一年間も直接お礼を言いに来ない
・御礼と称して木炭クッキーを渡すなど人の常識としてあり得ない事をやる
・面識が殆どない八幡に「ヒッキー」と失礼な渾名を付けてキモいなどの暴言を吐く
・事故の事がバレても謝るでもなく落ち込むだけ、終いには「馬鹿」と吐き捨てる自己中ぶり
・夏祭りの時も八幡が居た堪れなくなってるのにそれに気付かない
・文化祭の時もクラスの手伝いばかりで奉仕部は放置してたくせに雪乃を責め八幡に責任を背負わせる
・修学旅行の依頼の件で戸部の依頼を強引に押し切り厄介事を奉仕部に持ち込む
・アニメ2期の冒頭で事情を知っていてクラスの連中と一緒に八幡の事を笑っていた
・空気読めるとか説明されてる割にはクッキーや夏祭りの件の様に八幡を困らせてばかり
・加えて八幡と雪乃が進展するのを邪魔して自分の恋愛感情を八幡の気持ちも考えずに押し付けてばかり
・材木座の事も汚物の様に扱って、依頼も殆ど放置の無責任ぶり
・優しいと言ってもそれは自分が都合がいい時だけ、都合が悪くなれば手の平返して保身を優先する上っ面の偽善
・11巻で雪乃に弱みに付け込んで八幡への恋愛感情を封じる提案をする

普通の神経を持った人なら嫌いになって当然じゃないですかね
これほど「ガイジ」という言葉が似合う糞女いなくね性根が何もかも腐り切ってる

ガハマの原作での所業

・犬のリードを離し事故の原因を作り八幡を大怪我させる
・犬を庇った八幡に一年間も直接お礼を言いに来ない
・御礼と称して木炭クッキーを渡すなど人の常識としてあり得ない事をやる
・面識が殆どない八幡に「ヒッキー」と失礼な渾名を付けてキモいなどの暴言を吐く
・事故の事がバレても謝るでもなく落ち込むだけ、終いには「馬鹿」と吐き捨てる自己中ぶり
・夏祭りの時も八幡が居た堪れなくなってるのにそれに気付かない
・文化祭の時もクラスの手伝いばかりで奉仕部は放置してたくせに雪乃を責め八幡に責任を背負わせる
・修学旅行の依頼の件で戸部の依頼を強引に押し切り厄介事を奉仕部に持ち込む
・アニメ2期の冒頭で事情を知っていてクラスの連中と一緒に八幡の事を笑っていた
・空気読めるとか説明されてる割にはクッキーや夏祭りの件の様に八幡を困らせてばかり
・加えて八幡と雪乃が進展するのを邪魔して自分の恋愛感情を八幡の気持ちも考えずに押し付けてばかり
・材木座の事も汚物の様に扱って、依頼も殆ど放置の無責任ぶり
・優しいと言ってもそれは自分が都合がいい時だけ、都合が悪くなれば手の平返して保身を優先する上っ面の偽善
・11巻で雪乃に弱みに付け込んで八幡への恋愛感情を封じる提案をする

普通の神経を持った人なら嫌いになって当然じゃないですかね
これほど「ガイジ」という言葉が似合う糞女いなくね性根が何もかも腐り切ってる

ガハマの原作での所業

・犬のリードを離し事故の原因を作り八幡を大怪我させる
・犬を庇った八幡に一年間も直接お礼を言いに来ない
・御礼と称して木炭クッキーを渡すなど人の常識としてあり得ない事をやる
・面識が殆どない八幡に「ヒッキー」と失礼な渾名を付けてキモいなどの暴言を吐く
・事故の事がバレても謝るでもなく落ち込むだけ、終いには「馬鹿」と吐き捨てる自己中ぶり
・夏祭りの時も八幡が居た堪れなくなってるのにそれに気付かない
・文化祭の時もクラスの手伝いばかりで奉仕部は放置してたくせに雪乃を責め八幡に責任を背負わせる
・修学旅行の依頼の件で戸部の依頼を強引に押し切り厄介事を奉仕部に持ち込む
・アニメ2期の冒頭で事情を知っていてクラスの連中と一緒に八幡の事を笑っていた
・空気読めるとか説明されてる割にはクッキーや夏祭りの件の様に八幡を困らせてばかり
・加えて八幡と雪乃が進展するのを邪魔して自分の恋愛感情を八幡の気持ちも考えずに押し付けてばかり
・材木座の事も汚物の様に扱って、依頼も殆ど放置の無責任ぶり
・優しいと言ってもそれは自分が都合がいい時だけ、都合が悪くなれば手の平返して保身を優先する上っ面の偽善
・11巻で雪乃に弱みに付け込んで八幡への恋愛感情を封じる提案をする

普通の神経を持った人なら嫌いになって当然じゃないですかね
これほど「ガイジ」という言葉が似合う糞女いなくね性根が何もかも腐り切ってる

ガハマの原作での所業

・犬のリードを離し事故の原因を作り八幡を大怪我させる
・犬を庇った八幡に一年間も直接お礼を言いに来ない
・御礼と称して木炭クッキーを渡すなど人の常識としてあり得ない事をやる
・面識が殆どない八幡に「ヒッキー」と失礼な渾名を付けてキモいなどの暴言を吐く
・事故の事がバレても謝るでもなく落ち込むだけ、終いには「馬鹿」と吐き捨てる自己中ぶり
・夏祭りの時も八幡が居た堪れなくなってるのにそれに気付かない
・文化祭の時もクラスの手伝いばかりで奉仕部は放置してたくせに雪乃を責め八幡に責任を背負わせる
・修学旅行の依頼の件で戸部の依頼を強引に押し切り厄介事を奉仕部に持ち込む
・アニメ2期の冒頭で事情を知っていてクラスの連中と一緒に八幡の事を笑っていた
・空気読めるとか説明されてる割にはクッキーや夏祭りの件の様に八幡を困らせてばかり
・加えて八幡と雪乃が進展するのを邪魔して自分の恋愛感情を八幡の気持ちも考えずに押し付けてばかり
・材木座の事も汚物の様に扱って、依頼も殆ど放置の無責任ぶり
・優しいと言ってもそれは自分が都合がいい時だけ、都合が悪くなれば手の平返して保身を優先する上っ面の偽善
・11巻で雪乃に弱みに付け込んで八幡への恋愛感情を封じる提案をする

普通の神経を持った人なら嫌いになって当然じゃないですかね
これほど「ガイジ」という言葉が似合う糞女いなくね性根が何もかも腐り切ってる

ガハマの原作での所業

・犬のリードを離し事故の原因を作り八幡を大怪我させる
・犬を庇った八幡に一年間も直接お礼を言いに来ない
・御礼と称して木炭クッキーを渡すなど人の常識としてあり得ない事をやる
・面識が殆どない八幡に「ヒッキー」と失礼な渾名を付けてキモいなどの暴言を吐く
・事故の事がバレても謝るでもなく落ち込むだけ、終いには「馬鹿」と吐き捨てる自己中ぶり
・夏祭りの時も八幡が居た堪れなくなってるのにそれに気付かない
・文化祭の時もクラスの手伝いばかりで奉仕部は放置してたくせに雪乃を責め八幡に責任を背負わせる
・修学旅行の依頼の件で戸部の依頼を強引に押し切り厄介事を奉仕部に持ち込む
・アニメ2期の冒頭で事情を知っていてクラスの連中と一緒に八幡の事を笑っていた
・空気読めるとか説明されてる割にはクッキーや夏祭りの件の様に八幡を困らせてばかり
・加えて八幡と雪乃が進展するのを邪魔して自分の恋愛感情を八幡の気持ちも考えずに押し付けてばかり
・材木座の事も汚物の様に扱って、依頼も殆ど放置の無責任ぶり
・優しいと言ってもそれは自分が都合がいい時だけ、都合が悪くなれば手の平返して保身を優先する上っ面の偽善
・11巻で雪乃に弱みに付け込んで八幡への恋愛感情を封じる提案をする

普通の神経を持った人なら嫌いになって当然じゃないですかね
これほど「ガイジ」という言葉が似合う糞女いなくね性根が何もかも腐り切ってる

ガハマの原作での所業

・犬のリードを離し事故の原因を作り八幡を大怪我させる
・犬を庇った八幡に一年間も直接お礼を言いに来ない
・御礼と称して木炭クッキーを渡すなど人の常識としてあり得ない事をやる
・面識が殆どない八幡に「ヒッキー」と失礼な渾名を付けてキモいなどの暴言を吐く
・事故の事がバレても謝るでもなく落ち込むだけ、終いには「馬鹿」と吐き捨てる自己中ぶり
・夏祭りの時も八幡が居た堪れなくなってるのにそれに気付かない
・文化祭の時もクラスの手伝いばかりで奉仕部は放置してたくせに雪乃を責め八幡に責任を背負わせる
・修学旅行の依頼の件で戸部の依頼を強引に押し切り厄介事を奉仕部に持ち込む
・アニメ2期の冒頭で事情を知っていてクラスの連中と一緒に八幡の事を笑っていた
・空気読めるとか説明されてる割にはクッキーや夏祭りの件の様に八幡を困らせてばかり
・加えて八幡と雪乃が進展するのを邪魔して自分の恋愛感情を八幡の気持ちも考えずに押し付けてばかり
・材木座の事も汚物の様に扱って、依頼も殆ど放置の無責任ぶり
・優しいと言ってもそれは自分が都合がいい時だけ、都合が悪くなれば手の平返して保身を優先する上っ面の偽善
・11巻で雪乃に弱みに付け込んで八幡への恋愛感情を封じる提案をする

普通の神経を持った人なら嫌いになって当然じゃないですかね
これほど「ガイジ」という言葉が似合う糞女いなくね性根が何もかも腐り切ってる

ガハマの原作での所業

・犬のリードを離し事故の原因を作り八幡を大怪我させる
・犬を庇った八幡に一年間も直接お礼を言いに来ない
・御礼と称して木炭クッキーを渡すなど人の常識としてあり得ない事をやる
・面識が殆どない八幡に「ヒッキー」と失礼な渾名を付けてキモいなどの暴言を吐く
・事故の事がバレても謝るでもなく落ち込むだけ、終いには「馬鹿」と吐き捨てる自己中ぶり
・夏祭りの時も八幡が居た堪れなくなってるのにそれに気付かない
・文化祭の時もクラスの手伝いばかりで奉仕部は放置してたくせに雪乃を責め八幡に責任を背負わせる
・修学旅行の依頼の件で戸部の依頼を強引に押し切り厄介事を奉仕部に持ち込む
・アニメ2期の冒頭で事情を知っていてクラスの連中と一緒に八幡の事を笑っていた
・空気読めるとか説明されてる割にはクッキーや夏祭りの件の様に八幡を困らせてばかり
・加えて八幡と雪乃が進展するのを邪魔して自分の恋愛感情を八幡の気持ちも考えずに押し付けてばかり
・材木座の事も汚物の様に扱って、依頼も殆ど放置の無責任ぶり
・優しいと言ってもそれは自分が都合がいい時だけ、都合が悪くなれば手の平返して保身を優先する上っ面の偽善
・11巻で雪乃に弱みに付け込んで八幡への恋愛感情を封じる提案をする

普通の神経を持った人なら嫌いになって当然じゃないですかね
これほど「ガイジ」という言葉が似合う糞女いなくね性根が何もかも腐り切ってる

ガハマの原作での所業

・犬のリードを離し事故の原因を作り八幡を大怪我させる
・犬を庇った八幡に一年間も直接お礼を言いに来ない
・御礼と称して木炭クッキーを渡すなど人の常識としてあり得ない事をやる
・面識が殆どない八幡に「ヒッキー」と失礼な渾名を付けてキモいなどの暴言を吐く
・事故の事がバレても謝るでもなく落ち込むだけ、終いには「馬鹿」と吐き捨てる自己中ぶり
・夏祭りの時も八幡が居た堪れなくなってるのにそれに気付かない
・文化祭の時もクラスの手伝いばかりで奉仕部は放置してたくせに雪乃を責め八幡に責任を背負わせる
・修学旅行の依頼の件で戸部の依頼を強引に押し切り厄介事を奉仕部に持ち込む
・アニメ2期の冒頭で事情を知っていてクラスの連中と一緒に八幡の事を笑っていた
・空気読めるとか説明されてる割にはクッキーや夏祭りの件の様に八幡を困らせてばかり
・加えて八幡と雪乃が進展するのを邪魔して自分の恋愛感情を八幡の気持ちも考えずに押し付けてばかり
・材木座の事も汚物の様に扱って、依頼も殆ど放置の無責任ぶり
・優しいと言ってもそれは自分が都合がいい時だけ、都合が悪くなれば手の平返して保身を優先する上っ面の偽善
・11巻で雪乃に弱みに付け込んで八幡への恋愛感情を封じる提案をする

普通の神経を持った人なら嫌いになって当然じゃないですかね
これほど「ガイジ」という言葉が似合う糞女いなくね性根が何もかも腐り切ってる

ガハマの原作での所業

・犬のリードを離し事故の原因を作り八幡を大怪我させる
・犬を庇った八幡に一年間も直接お礼を言いに来ない
・御礼と称して木炭クッキーを渡すなど人の常識としてあり得ない事をやる
・面識が殆どない八幡に「ヒッキー」と失礼な渾名を付けてキモいなどの暴言を吐く
・事故の事がバレても謝るでもなく落ち込むだけ、終いには「馬鹿」と吐き捨てる自己中ぶり
・夏祭りの時も八幡が居た堪れなくなってるのにそれに気付かない
・文化祭の時もクラスの手伝いばかりで奉仕部は放置してたくせに雪乃を責め八幡に責任を背負わせる
・修学旅行の依頼の件で戸部の依頼を強引に押し切り厄介事を奉仕部に持ち込む
・アニメ2期の冒頭で事情を知っていてクラスの連中と一緒に八幡の事を笑っていた
・空気読めるとか説明されてる割にはクッキーや夏祭りの件の様に八幡を困らせてばかり
・加えて八幡と雪乃が進展するのを邪魔して自分の恋愛感情を八幡の気持ちも考えずに押し付けてばかり
・材木座の事も汚物の様に扱って、依頼も殆ど放置の無責任ぶり
・優しいと言ってもそれは自分が都合がいい時だけ、都合が悪くなれば手の平返して保身を優先する上っ面の偽善
・11巻で雪乃に弱みに付け込んで八幡への恋愛感情を封じる提案をする

普通の神経を持った人なら嫌いになって当然じゃないですかね
これほど「ガイジ」という言葉が似合う糞女いなくね性根が何もかも腐り切ってる

ガハマの原作での所業

・犬のリードを離し事故の原因を作り八幡を大怪我させる
・犬を庇った八幡に一年間も直接お礼を言いに来ない
・御礼と称して木炭クッキーを渡すなど人の常識としてあり得ない事をやる
・面識が殆どない八幡に「ヒッキー」と失礼な渾名を付けてキモいなどの暴言を吐く
・事故の事がバレても謝るでもなく落ち込むだけ、終いには「馬鹿」と吐き捨てる自己中ぶり
・夏祭りの時も八幡が居た堪れなくなってるのにそれに気付かない
・文化祭の時もクラスの手伝いばかりで奉仕部は放置してたくせに雪乃を責め八幡に責任を背負わせる
・修学旅行の依頼の件で戸部の依頼を強引に押し切り厄介事を奉仕部に持ち込む
・アニメ2期の冒頭で事情を知っていてクラスの連中と一緒に八幡の事を笑っていた
・空気読めるとか説明されてる割にはクッキーや夏祭りの件の様に八幡を困らせてばかり
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・材木座の事も汚物の様に扱って、依頼も殆ど放置の無責任ぶり
・優しいと言ってもそれは自分が都合がいい時だけ、都合が悪くなれば手の平返して保身を優先する上っ面の偽善
・11巻で雪乃に弱みに付け込んで八幡への恋愛感情を封じる提案をする

普通の神経を持った人なら嫌いになって当然じゃないですかね
これほど「ガイジ」という言葉が似合う糞女いなくね性根が何もかも腐り切ってる

ガハマの原作での所業

・犬のリードを離し事故の原因を作り八幡を大怪我させる
・犬を庇った八幡に一年間も直接お礼を言いに来ない
・御礼と称して木炭クッキーを渡すなど人の常識としてあり得ない事をやる
・面識が殆どない八幡に「ヒッキー」と失礼な渾名を付けてキモいなどの暴言を吐く
・事故の事がバレても謝るでもなく落ち込むだけ、終いには「馬鹿」と吐き捨てる自己中ぶり
・夏祭りの時も八幡が居た堪れなくなってるのにそれに気付かない
・文化祭の時もクラスの手伝いばかりで奉仕部は放置してたくせに雪乃を責め八幡に責任を背負わせる
・修学旅行の依頼の件で戸部の依頼を強引に押し切り厄介事を奉仕部に持ち込む
・アニメ2期の冒頭で事情を知っていてクラスの連中と一緒に八幡の事を笑っていた
・空気読めるとか説明されてる割にはクッキーや夏祭りの件の様に八幡を困らせてばかり
・加えて八幡と雪乃が進展するのを邪魔して自分の恋愛感情を八幡の気持ちも考えずに押し付けてばかり
・材木座の事も汚物の様に扱って、依頼も殆ど放置の無責任ぶり
・優しいと言ってもそれは自分が都合がいい時だけ、都合が悪くなれば手の平返して保身を優先する上っ面の偽善
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・犬を庇った八幡に一年間も直接お礼を言いに来ない
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・夏祭りの時も八幡が居た堪れなくなってるのにそれに気付かない
・文化祭の時もクラスの手伝いばかりで奉仕部は放置してたくせに雪乃を責め八幡に責任を背負わせる
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・空気読めるとか説明されてる割にはクッキーや夏祭りの件の様に八幡を困らせてばかり
・加えて八幡と雪乃が進展するのを邪魔して自分の恋愛感情を八幡の気持ちも考えずに押し付けてばかり
・材木座の事も汚物の様に扱って、依頼も殆ど放置の無責任ぶり
・優しいと言ってもそれは自分が都合がいい時だけ、都合が悪くなれば手の平返して保身を優先する上っ面の偽善
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普通の神経を持った人なら嫌いになって当然じゃないですかね
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・犬のリードを離し事故の原因を作り八幡を大怪我させる
・犬を庇った八幡に一年間も直接お礼を言いに来ない
・御礼と称して木炭クッキーを渡すなど人の常識としてあり得ない事をやる
・面識が殆どない八幡に「ヒッキー」と失礼な渾名を付けてキモいなどの暴言を吐く
・事故の事がバレても謝るでもなく落ち込むだけ、終いには「馬鹿」と吐き捨てる自己中ぶり
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・文化祭の時もクラスの手伝いばかりで奉仕部は放置してたくせに雪乃を責め八幡に責任を背負わせる
・修学旅行の依頼の件で戸部の依頼を強引に押し切り厄介事を奉仕部に持ち込む
・アニメ2期の冒頭で事情を知っていてクラスの連中と一緒に八幡の事を笑っていた
・空気読めるとか説明されてる割にはクッキーや夏祭りの件の様に八幡を困らせてばかり
・加えて八幡と雪乃が進展するのを邪魔して自分の恋愛感情を八幡の気持ちも考えずに押し付けてばかり
・材木座の事も汚物の様に扱って、依頼も殆ど放置の無責任ぶり
・優しいと言ってもそれは自分が都合がいい時だけ、都合が悪くなれば手の平返して保身を優先する上っ面の偽善
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普通の神経を持った人なら嫌いになって当然じゃないですかね
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ガハマの原作での所業

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・犬を庇った八幡に一年間も直接お礼を言いに来ない
・御礼と称して木炭クッキーを渡すなど人の常識としてあり得ない事をやる
・面識が殆どない八幡に「ヒッキー」と失礼な渾名を付けてキモいなどの暴言を吐く
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・夏祭りの時も八幡が居た堪れなくなってるのにそれに気付かない
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・修学旅行の依頼の件で戸部の依頼を強引に押し切り厄介事を奉仕部に持ち込む
・アニメ2期の冒頭で事情を知っていてクラスの連中と一緒に八幡の事を笑っていた
・空気読めるとか説明されてる割にはクッキーや夏祭りの件の様に八幡を困らせてばかり
・加えて八幡と雪乃が進展するのを邪魔して自分の恋愛感情を八幡の気持ちも考えずに押し付けてばかり
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普通の神経を持った人なら嫌いになって当然じゃないですかね
これほど「ガイジ」という言葉が似合う糞女いなくね性根が何もかも腐り切ってる

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・犬のリードを離し事故の原因を作り八幡を大怪我させる
・犬を庇った八幡に一年間も直接お礼を言いに来ない
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・事故の事がバレても謝るでもなく落ち込むだけ、終いには「馬鹿」と吐き捨てる自己中ぶり
・夏祭りの時も八幡が居た堪れなくなってるのにそれに気付かない
・文化祭の時もクラスの手伝いばかりで奉仕部は放置してたくせに雪乃を責め八幡に責任を背負わせる
・修学旅行の依頼の件で戸部の依頼を強引に押し切り厄介事を奉仕部に持ち込む
・アニメ2期の冒頭で事情を知っていてクラスの連中と一緒に八幡の事を笑っていた
・空気読めるとか説明されてる割にはクッキーや夏祭りの件の様に八幡を困らせてばかり
・加えて八幡と雪乃が進展するのを邪魔して自分の恋愛感情を八幡の気持ちも考えずに押し付けてばかり
・材木座の事も汚物の様に扱って、依頼も殆ど放置の無責任ぶり
・優しいと言ってもそれは自分が都合がいい時だけ、都合が悪くなれば手の平返して保身を優先する上っ面の偽善
・11巻で雪乃に弱みに付け込んで八幡への恋愛感情を封じる提案をする

普通の神経を持った人なら嫌いになって当然じゃないですかね
これほど「ガイジ」という言葉が似合う糞女いなくね性根が何もかも腐り切ってる

ガハマの原作での所業

・犬のリードを離し事故の原因を作り八幡を大怪我させる
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・夏祭りの時も八幡が居た堪れなくなってるのにそれに気付かない
・文化祭の時もクラスの手伝いばかりで奉仕部は放置してたくせに雪乃を責め八幡に責任を背負わせる
・修学旅行の依頼の件で戸部の依頼を強引に押し切り厄介事を奉仕部に持ち込む
・アニメ2期の冒頭で事情を知っていてクラスの連中と一緒に八幡の事を笑っていた
・空気読めるとか説明されてる割にはクッキーや夏祭りの件の様に八幡を困らせてばかり
・加えて八幡と雪乃が進展するのを邪魔して自分の恋愛感情を八幡の気持ちも考えずに押し付けてばかり
・材木座の事も汚物の様に扱って、依頼も殆ど放置の無責任ぶり
・優しいと言ってもそれは自分が都合がいい時だけ、都合が悪くなれば手の平返して保身を優先する上っ面の偽善
・11巻で雪乃に弱みに付け込んで八幡への恋愛感情を封じる提案をする

普通の神経を持った人なら嫌いになって当然じゃないですかね
これほど「ガイジ」という言葉が似合う糞女いなくね性根が何もかも腐り切ってる

ガハマの原作での所業

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・犬を庇った八幡に一年間も直接お礼を言いに来ない
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・事故の事がバレても謝るでもなく落ち込むだけ、終いには「馬鹿」と吐き捨てる自己中ぶり
・夏祭りの時も八幡が居た堪れなくなってるのにそれに気付かない
・文化祭の時もクラスの手伝いばかりで奉仕部は放置してたくせに雪乃を責め八幡に責任を背負わせる
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・アニメ2期の冒頭で事情を知っていてクラスの連中と一緒に八幡の事を笑っていた
・空気読めるとか説明されてる割にはクッキーや夏祭りの件の様に八幡を困らせてばかり
・加えて八幡と雪乃が進展するのを邪魔して自分の恋愛感情を八幡の気持ちも考えずに押し付けてばかり
・材木座の事も汚物の様に扱って、依頼も殆ど放置の無責任ぶり
・優しいと言ってもそれは自分が都合がいい時だけ、都合が悪くなれば手の平返して保身を優先する上っ面の偽善
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ガハマの原作での所業

・犬のリードを離し事故の原因を作り八幡を大怪我させる
・犬を庇った八幡に一年間も直接お礼を言いに来ない
・御礼と称して木炭クッキーを渡すなど人の常識としてあり得ない事をやる
・面識が殆どない八幡に「ヒッキー」と失礼な渾名を付けてキモいなどの暴言を吐く
・事故の事がバレても謝るでもなく落ち込むだけ、終いには「馬鹿」と吐き捨てる自己中ぶり
・夏祭りの時も八幡が居た堪れなくなってるのにそれに気付かない
・文化祭の時もクラスの手伝いばかりで奉仕部は放置してたくせに雪乃を責め八幡に責任を背負わせる
・修学旅行の依頼の件で戸部の依頼を強引に押し切り厄介事を奉仕部に持ち込む
・アニメ2期の冒頭で事情を知っていてクラスの連中と一緒に八幡の事を笑っていた
・空気読めるとか説明されてる割にはクッキーや夏祭りの件の様に八幡を困らせてばかり
・加えて八幡と雪乃が進展するのを邪魔して自分の恋愛感情を八幡の気持ちも考えずに押し付けてばかり
・材木座の事も汚物の様に扱って、依頼も殆ど放置の無責任ぶり
・優しいと言ってもそれは自分が都合がいい時だけ、都合が悪くなれば手の平返して保身を優先する上っ面の偽善
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普通の神経を持った人なら嫌いになって当然じゃないですかね
これほど「ガイジ」という言葉が似合う糞女いなくね性根が何もかも腐り切ってる

ガハマの原作での所業

・犬のリードを離し事故の原因を作り八幡を大怪我させる
・犬を庇った八幡に一年間も直接お礼を言いに来ない
・御礼と称して木炭クッキーを渡すなど人の常識としてあり得ない事をやる
・面識が殆どない八幡に「ヒッキー」と失礼な渾名を付けてキモいなどの暴言を吐く
・事故の事がバレても謝るでもなく落ち込むだけ、終いには「馬鹿」と吐き捨てる自己中ぶり
・夏祭りの時も八幡が居た堪れなくなってるのにそれに気付かない
・文化祭の時もクラスの手伝いばかりで奉仕部は放置してたくせに雪乃を責め八幡に責任を背負わせる
・修学旅行の依頼の件で戸部の依頼を強引に押し切り厄介事を奉仕部に持ち込む
・アニメ2期の冒頭で事情を知っていてクラスの連中と一緒に八幡の事を笑っていた
・空気読めるとか説明されてる割にはクッキーや夏祭りの件の様に八幡を困らせてばかり
・加えて八幡と雪乃が進展するのを邪魔して自分の恋愛感情を八幡の気持ちも考えずに押し付けてばかり
・材木座の事も汚物の様に扱って、依頼も殆ど放置の無責任ぶり
・優しいと言ってもそれは自分が都合がいい時だけ、都合が悪くなれば手の平返して保身を優先する上っ面の偽善
・11巻で雪乃に弱みに付け込んで八幡への恋愛感情を封じる提案をする

普通の神経を持った人なら嫌いになって当然じゃないですかね
これほど「ガイジ」という言葉が似合う糞女いなくね性根が何もかも腐り切ってる

ガハマの原作での所業

・犬のリードを離し事故の原因を作り八幡を大怪我させる
・犬を庇った八幡に一年間も直接お礼を言いに来ない
・御礼と称して木炭クッキーを渡すなど人の常識としてあり得ない事をやる
・面識が殆どない八幡に「ヒッキー」と失礼な渾名を付けてキモいなどの暴言を吐く
・事故の事がバレても謝るでもなく落ち込むだけ、終いには「馬鹿」と吐き捨てる自己中ぶり
・夏祭りの時も八幡が居た堪れなくなってるのにそれに気付かない
・文化祭の時もクラスの手伝いばかりで奉仕部は放置してたくせに雪乃を責め八幡に責任を背負わせる
・修学旅行の依頼の件で戸部の依頼を強引に押し切り厄介事を奉仕部に持ち込む
・アニメ2期の冒頭で事情を知っていてクラスの連中と一緒に八幡の事を笑っていた
・空気読めるとか説明されてる割にはクッキーや夏祭りの件の様に八幡を困らせてばかり
・加えて八幡と雪乃が進展するのを邪魔して自分の恋愛感情を八幡の気持ちも考えずに押し付けてばかり
・材木座の事も汚物の様に扱って、依頼も殆ど放置の無責任ぶり
・優しいと言ってもそれは自分が都合がいい時だけ、都合が悪くなれば手の平返して保身を優先する上っ面の偽善
・11巻で雪乃に弱みに付け込んで八幡への恋愛感情を封じる提案をする

普通の神経を持った人なら嫌いになって当然じゃないですかね
これほど「ガイジ」という言葉が似合う糞女いなくね性根が何もかも腐り切ってる

ガハマくたばれ

ガハマの原作での所業

・犬のリードを離し事故の原因を作り八幡を大怪我させる
・犬を庇った八幡に一年間も直接お礼を言いに来ない
・御礼と称して木炭クッキーを渡すなど人の常識としてあり得ない事をやる
・面識が殆どない八幡に「ヒッキー」と失礼な渾名を付けてキモいなどの暴言を吐く
・事故の事がバレても謝るでもなく落ち込むだけ、終いには「馬鹿」と吐き捨てる自己中ぶり
・夏祭りの時も八幡が居た堪れなくなってるのにそれに気付かない
・文化祭の時もクラスの手伝いばかりで奉仕部は放置してたくせに雪乃を責め八幡に責任を背負わせる
・修学旅行の依頼の件で戸部の依頼を強引に押し切り厄介事を奉仕部に持ち込む
・アニメ2期の冒頭で事情を知っていてクラスの連中と一緒に八幡の事を笑っていた
・空気読めるとか説明されてる割にはクッキーや夏祭りの件の様に八幡を困らせてばかり
・加えて八幡と雪乃が進展するのを邪魔して自分の恋愛感情を八幡の気持ちも考えずに押し付けてばかり
・材木座の事も汚物の様に扱って、依頼も殆ど放置の無責任ぶり
・優しいと言ってもそれは自分が都合がいい時だけ、都合が悪くなれば手の平返して保身を優先する上っ面の偽善
・11巻で雪乃に弱みに付け込んで八幡への恋愛感情を封じる提案をする

普通の神経を持った人なら嫌いになって当然じゃないですかね
これほど「ガイジ」という言葉が似合う糞女いなくね性根が何もかも腐り切ってる

ガハマの原作での所業

・犬のリードを離し事故の原因を作り八幡を大怪我させる
・犬を庇った八幡に一年間も直接お礼を言いに来ない
・御礼と称して木炭クッキーを渡すなど人の常識としてあり得ない事をやる
・面識が殆どない八幡に「ヒッキー」と失礼な渾名を付けてキモいなどの暴言を吐く
・事故の事がバレても謝るでもなく落ち込むだけ、終いには「馬鹿」と吐き捨てる自己中ぶり
・夏祭りの時も八幡が居た堪れなくなってるのにそれに気付かない
・文化祭の時もクラスの手伝いばかりで奉仕部は放置してたくせに雪乃を責め八幡に責任を背負わせる
・修学旅行の依頼の件で戸部の依頼を強引に押し切り厄介事を奉仕部に持ち込む
・アニメ2期の冒頭で事情を知っていてクラスの連中と一緒に八幡の事を笑っていた
・空気読めるとか説明されてる割にはクッキーや夏祭りの件の様に八幡を困らせてばかり
・加えて八幡と雪乃が進展するのを邪魔して自分の恋愛感情を八幡の気持ちも考えずに押し付けてばかり
・材木座の事も汚物の様に扱って、依頼も殆ど放置の無責任ぶり
・優しいと言ってもそれは自分が都合がいい時だけ、都合が悪くなれば手の平返して保身を優先する上っ面の偽善
・11巻で雪乃に弱みに付け込んで八幡への恋愛感情を封じる提案をする

普通の神経を持った人なら嫌いになって当然じゃないですかね
これほど「ガイジ」という言葉が似合う糞女いなくね性根が何もかも腐り切ってる

ガハマの原作での所業

・犬のリードを離し事故の原因を作り八幡を大怪我させる
・犬を庇った八幡に一年間も直接お礼を言いに来ない
・御礼と称して木炭クッキーを渡すなど人の常識としてあり得ない事をやる
・面識が殆どない八幡に「ヒッキー」と失礼な渾名を付けてキモいなどの暴言を吐く
・事故の事がバレても謝るでもなく落ち込むだけ、終いには「馬鹿」と吐き捨てる自己中ぶり
・夏祭りの時も八幡が居た堪れなくなってるのにそれに気付かない
・文化祭の時もクラスの手伝いばかりで奉仕部は放置してたくせに雪乃を責め八幡に責任を背負わせる
・修学旅行の依頼の件で戸部の依頼を強引に押し切り厄介事を奉仕部に持ち込む
・アニメ2期の冒頭で事情を知っていてクラスの連中と一緒に八幡の事を笑っていた
・空気読めるとか説明されてる割にはクッキーや夏祭りの件の様に八幡を困らせてばかり
・加えて八幡と雪乃が進展するのを邪魔して自分の恋愛感情を八幡の気持ちも考えずに押し付けてばかり
・材木座の事も汚物の様に扱って、依頼も殆ど放置の無責任ぶり
・優しいと言ってもそれは自分が都合がいい時だけ、都合が悪くなれば手の平返して保身を優先する上っ面の偽善
・11巻で雪乃に弱みに付け込んで八幡への恋愛感情を封じる提案をする

普通の神経を持った人なら嫌いになって当然じゃないですかね
これほど「ガイジ」という言葉が似合う糞女いなくね性根が何もかも腐り切ってる

(´・ω・`)やはりゴミ山とクズが浜は総武高校の癌細胞はっきりわかるんだね

ガハマの原作での所業

・犬のリードを離し事故の原因を作り八幡を大怪我させる
・犬を庇った八幡に一年間も直接お礼を言いに来ない
・御礼と称して木炭クッキーを渡すなど人の常識としてあり得ない事をやる
・面識が殆どない八幡に「ヒッキー」と失礼な渾名を付けてキモいなどの暴言を吐く
・事故の事がバレても謝るでもなく落ち込むだけ、終いには「馬鹿」と吐き捨てる自己中ぶり
・夏祭りの時も八幡が居た堪れなくなってるのにそれに気付かない
・文化祭の時もクラスの手伝いばかりで奉仕部は放置してたくせに雪乃を責め八幡に責任を背負わせる
・修学旅行の依頼の件で戸部の依頼を強引に押し切り厄介事を奉仕部に持ち込む
・アニメ2期の冒頭で事情を知っていてクラスの連中と一緒に八幡の事を笑っていた
・空気読めるとか説明されてる割にはクッキーや夏祭りの件の様に八幡を困らせてばかり
・加えて八幡と雪乃が進展するのを邪魔して自分の恋愛感情を八幡の気持ちも考えずに押し付けてばかり
・材木座の事も汚物の様に扱って、依頼も殆ど放置の無責任ぶり
・優しいと言ってもそれは自分が都合がいい時だけ、都合が悪くなれば手の平返して保身を優先する上っ面の偽善
・11巻で雪乃に弱みに付け込んで八幡への恋愛感情を封じる提案をする

普通の神経を持った人なら嫌いになって当然じゃないですかね
これほど「ガイジ」という言葉が似合う糞女いなくね性根が何もかも腐り切ってる

ガハマの原作での所業

・犬のリードを離し事故の原因を作り八幡を大怪我させる
・犬を庇った八幡に一年間も直接お礼を言いに来ない
・御礼と称して木炭クッキーを渡すなど人の常識としてあり得ない事をやる
・面識が殆どない八幡に「ヒッキー」と失礼な渾名を付けてキモいなどの暴言を吐く
・事故の事がバレても謝るでもなく落ち込むだけ、終いには「馬鹿」と吐き捨てる自己中ぶり
・夏祭りの時も八幡が居た堪れなくなってるのにそれに気付かない
・文化祭の時もクラスの手伝いばかりで奉仕部は放置してたくせに雪乃を責め八幡に責任を背負わせる
・修学旅行の依頼の件で戸部の依頼を強引に押し切り厄介事を奉仕部に持ち込む
・アニメ2期の冒頭で事情を知っていてクラスの連中と一緒に八幡の事を笑っていた
・空気読めるとか説明されてる割にはクッキーや夏祭りの件の様に八幡を困らせてばかり
・加えて八幡と雪乃が進展するのを邪魔して自分の恋愛感情を八幡の気持ちも考えずに押し付けてばかり
・材木座の事も汚物の様に扱って、依頼も殆ど放置の無責任ぶり
・優しいと言ってもそれは自分が都合がいい時だけ、都合が悪くなれば手の平返して保身を優先する上っ面の偽善
・11巻で雪乃に弱みに付け込んで八幡への恋愛感情を封じる提案をする

普通の神経を持った人なら嫌いになって当然じゃないですかね
これほど「ガイジ」という言葉が似合う糞女いなくね性根が何もかも腐り切ってる

ガハマの原作での所業

・犬のリードを離し事故の原因を作り八幡を大怪我させる
・犬を庇った八幡に一年間も直接お礼を言いに来ない
・御礼と称して木炭クッキーを渡すなど人の常識としてあり得ない事をやる
・面識が殆どない八幡に「ヒッキー」と失礼な渾名を付けてキモいなどの暴言を吐く
・事故の事がバレても謝るでもなく落ち込むだけ、終いには「馬鹿」と吐き捨てる自己中ぶり
・夏祭りの時も八幡が居た堪れなくなってるのにそれに気付かない
・文化祭の時もクラスの手伝いばかりで奉仕部は放置してたくせに雪乃を責め八幡に責任を背負わせる
・修学旅行の依頼の件で戸部の依頼を強引に押し切り厄介事を奉仕部に持ち込む
・アニメ2期の冒頭で事情を知っていてクラスの連中と一緒に八幡の事を笑っていた
・空気読めるとか説明されてる割にはクッキーや夏祭りの件の様に八幡を困らせてばかり
・加えて八幡と雪乃が進展するのを邪魔して自分の恋愛感情を八幡の気持ちも考えずに押し付けてばかり
・材木座の事も汚物の様に扱って、依頼も殆ど放置の無責任ぶり
・優しいと言ってもそれは自分が都合がいい時だけ、都合が悪くなれば手の平返して保身を優先する上っ面の偽善
・11巻で雪乃に弱みに付け込んで八幡への恋愛感情を封じる提案をする

普通の神経を持った人なら嫌いになって当然じゃないですかね
これほど「ガイジ」という言葉が似合う糞女いなくね性根が何もかも腐り切ってる


八幡「 ……… で、何が食べたいんだ?」

長いエスカレーターを下りながら、とりあえず由比ヶ浜に昼飯の希望を聞いてみる。

ひとりで出かける時は誰に気兼ねする必要もないので、昼飯はごく簡単に済ませるか、もしくは新しいラーメン屋を開拓するためにひたすらブラつくことが多い。
しかし今日に限ってはさすがにそうも行くまい。


結衣「あ、えっと、なんでもいい …… けど?」

出たっ! 必殺、“なんでもいい”。お母さん、そういうのが一番困るのよね。


俺のごく乏しい過去の経験や巷で耳にする伝聞に照らし合わせても、こういう時に女の子が口にする“なんでもいい”が、実際のところ本当になんでもよかった試しがない。

それどころか、もしここで不用意にも下手な店なんぞ選ぼうものなら、即座に“ありえなーい”とばかりに一刀両断され、ある者は“ポイント低い”と罵(ののし)られ、またある者は“これだからゴミィちゃんは”と詰(なじ)られることになる。なにそれ全部俺のことじゃねぇか。

ふと見るとやはり由比ヶ浜もなにやら期待に輝かせた目を俺に向けてきていた。

その眼差しからは何かしら試されてる感がビシバシと伝わり、異常なまでのプレッシャーに俺の背中をイヤな汗が流れ落ちる。

おいよせやめろこっちみんな。


八幡「コホンッ …… えっと、ま、○家 …… とか?」

結衣「それもしかして本気で言ってるっ?!」


八幡「 ……… じょ、冗談だよ。あ、じゃあ、ケ○タは?」

結衣「んー…… ちょっと気分じゃない、かな」


八幡「なら、ラーメンでいいか? 俺、この辺りで美味い店いくつか知ってんだけど?」

結衣「ラーメンかぁ ……、それもイマイチ乗り気じゃないっていうか?」


八幡「だったら、サ○ゼでいいだろ、○イゼ。あそこならさすがに文句ないだろ?」

結衣「もう一声?」


………… やっぱそれって、全然なんでもよくなくなくね?


すったもんだの挙句、結局、タウン誌でも何度か紹介されたことのあるという、こじゃれた感じのパスタ店に落ち着いた。

どうせパスタ喰うならやっぱサイゼでもよくねぇか?とも思ったが、由比ヶ浜に言わせれば、どうやら気分の問題らしい。なんだよ気分って。腹に入ればみんな同じだろ。

こじゃれた感じの店の扉をくぐると、店内はいかにもといった感じのこじゃれた内装で、こじゃれた制服のウエィトレスさんに、窓際にあるこじゃれた感のあるふたり掛けのテーブルまで案内される。

手渡されたランチメニューをざっと見たところ、一番安いパスタでもドリンクとサラダ付きでそれなりのお値段だ。やっぱサイゼにしときゃよかった。

俺はホウレンソウとベーコンのカルボナーラ、由比ヶ浜は魚介類のペスカートーレを選ぶ。

カルボナーラばかり注文するな!と、どこかの書道家に怒られそうだが、それこそ大きなお世話である。


さして待たされることもなく、注文の品が目の前に置かれてから、はたと気が付く。

ペスカトーレのトマトソースは、由比ヶ浜の白いセーターにとっては鬼門だろ。

結衣「あ、そっちも美味しそう! ね、ちょっとずつシェアしない?」

俺の心配を余所に由比ヶ浜の方は大はしゃぎである。


八幡「あー…。それより、いいのか、それ?」

言いながら、それとなく自分の服を指し示す。

由比ヶ浜は、一瞬なんのことかわからず、キョトンとしていたが、やがて、


結衣「あっちゃー……」

案の定、指先で胸元のセーターをつまんで引っ張る。いやお前の場合、別に引っ張らなくても十分見えるだろ。

彼女の顔に浮かぶやってしまった感がマジぱない。かといって当然今更メニューを変更するわけにもいくまい。



八幡「 ……… お前、ホワイトソース大丈夫だっけか?」

先程シェア云々を口にしていたくらいなのだから特に問題はないのだろうが、一応確認すると、

結衣「 ……… え? あ、うん、好き …… だけど」

俺の意図を察してか、由比ヶ浜が恐る恐るといった態で応える。

結衣「で、でもヒッキー、トマト、ダメじゃなかったっけ?」

八幡「ちゃんと火さえ通っていれば、たいていのものは食えんことはない」

そもそもトマトだって単に嫌いだ、というだけの話である。
確かにトマトを食うか餓死するかといった状況に陥ってさえ躊躇うことなく餓死を選択するくらいのトマト嫌いを自認してはいるのだが、だからと言って食ったら死ぬというわけでもない。

なおも躊躇している様子の由比ヶ浜を前に、俺はそのまま黙って互いの皿を取り換えた。


結衣「 ……… ごめんね。ありがと」

八幡「ん」


結衣「 ……… ヒッキー、なんか今日はすっごく優しいね」

目を伏せるようにしておずおず付け加えられたその言葉に、心を見透かされたような気がしてドキリと心臓が脈打つ。

八幡「 ……… 何を言う。俺はいつだって甘いし優しいぞ。自分に対しては特に、な」

由比ヶ浜の視線を避けるようにして、目の前のパスタの皿に目を落とす。

恐らくはトマト缶でも使っているのだろう。できるだけ大きな塊は避けるようにしてフォークに麺を巻き付け、そのまま無造作に口に運んだ。

そんな俺の様子を、由比ヶ浜がじっと見つめているのがなんとなく肌で感じられた。


八幡「 …… んだよ、早く喰わねぇと冷めるぞ? 」

結衣「 …… うん。でも、ヒッキー、ほっぺにソースがついてるし」

八幡「うおっと?」 

慌てて頬に手をやるが、鏡がないのでさすがに勝手がわからない。


結衣「そっちじゃなくて、こっち」

そう言って由比ヶ浜は手を伸ばし、避ける間もなく俺の頬を指先でそっと拭うと、そのままその指をペロリと自分の舌で舐めとった。


八幡「 …… なっ?!」///


咄嗟にどんな顔をしていいのかわからず、俺は手元にあった調味料を中身を確かめることもせずに無造作に手に取ると、そのまま麺の上からしこたまかける。

誤魔化そうとしているのはトマトの味なのか、それとももっと別の何かなのかは自分でも判じかねるまま、

八幡「そういや、パスタに粉チーズやタバスコかけるの日本人だけらしいぞ?」

ついそんなどうでもいい知識までも披露してしまう。



結衣「へぇ、そうなんだ。あ、じゃあ、もしかして、カレーに桃とかスイカ入れたりするのも?」

八幡「 ……… いや、そんなことするのは世界広しといえども、さすがにお前くらいのもんだろ」


短いですが、またタイミングを見計らって。ではでは。ノシ


一応、俺が奢ろうか、とは言ってはみたのだが、ここは高校生らしく割り勘でということになり、それぞれ別々に支払いを済ませる。

外に出ると、休日の昼下がりということもあり、朝とは比べ物にならないくらいの人通りが増えていた。


結衣「誰か知り合いと出会うかと思うと、ちょっとドキドキしちゃうね」

そのまま千葉パ○コの方面に向けて、いわゆるナンパ通りをふたりしてそぞろ歩くうちに由比ヶ浜がそんな事を言い出した。

そうですね、俺は昼飯奢らなきゃいけないかと思って一瞬ドキドキしちゃいましたけどね?

だが、ひと口に千葉といっても結構広い。
由比ヶ浜ならまだしも、俺のことを知っている人間に偶然出くわす機会などそうそうあるとも思えない。

しかも、いつも見慣れた制服姿ならともかく、今日のようにふたりとも私服ともなれば、それだけで印象もガラリと変わる。
余程親しい間柄でもない限り気づかれるようなことはまずないと考えていいだろう。

まぁ、そうでなくとも普段から俺の存在感のなさは折り紙つき。なんせ自動ドアのセンサーですら時々反応しないことがあるくらいだし。


――――― それに、


八幡「気にしなくてもいいだろ、別に」

結衣「 ……… え?」///


八幡「見つかったら他人のフリして俺だけ先に通り過ぎるから。あ、なんなら後で集合する場所でも決めとくか?」

結衣「あくまでも他人のフリが前提なんだ!?」




「 ――― あっれぇ? もしかして、比企谷ぁ?」


そんな事を言ってる傍から、いきなりお声がかかってしまった。

ヒキガヤ? ヒキタニじゃなくて? しかも呼び捨て? 真っ先に浮かぶ疑問がそこかよ。

俺の事をいかにも親しげにその名で呼び、しかも声は明らかに若い女性 …… と、くれば心当たりはひとつしかない。

果たして、掛けられた声に向けて振り返る俺の目に映ったのは、くしゅりとパーマのかかったショートボブ、小振りな顔に猫を思わせるやや吊り上がり気味の大きな目。

中学時代の同級生にして、俺史上、最大最凶最悪のトラウマメーカー、折本かおりである。


折本「うっわ、めっずらしっ! 比企谷、こんな真昼間っから外出歩いてて大丈夫なんだっけ?」

八幡「 ……… いや別に俺、吸血鬼じゃないから」 確かに影は人一倍薄いかも知れませんけどね。


今更言うまでもないし敢えて言いたくもないのだが、俺は中学時代、この折本かおりに告白し、しかもこっぴどくフラれている。
そればかりかその事を周囲に言いふらされ、俺の残りの中学校生活はあらゆる意味でダークサイドに染まり切ってしまったのである。

今考えるに、俺が人間不信と挙動不審と成績不振に陥った原因の八割方はこいつにあると言っても過言ではないだろう。

つまり俺にとっては“こんな時にできるだけ会いたくない奴ランキング”の上位ランカーだ。

参考までに現在のタイトル保持者は材木座。もっともあいつの場合、それがいついかなる時でさえ極力会いたくない。夜道なら尚更だ。



「 ――― おや、キミ達は確か」


その折本と一緒にいるのは、エア轆轤(ろくろ)を自在に操る歩く人間国宝にして、海浜総合高校の意識高い系生徒会長、人呼んでトートロジー玉縄だった。

俺と目が合うと玉縄が僅かに眉を顰める。
昨年の海総高との合同クリスマスイベントでケチがついたせいなのか、どうやらあれ以来、俺に対してあまりいい感情を抱いていないらしい。

しかし ――― 、

俺は再度、折本に目を遣る。

相手が男であれ女であれ、他人との間に壁を設けない彼女の性格については、俺も中学の頃から良くも悪くも知ってはいたが、こいつが男とふたりだけ、というのは極めて珍しい。

先日のバレンタインの合同イベントでは、ひとり玉縄が空回りしているようにしか見えなかったが、もしかしたらその後ふたりの仲が急速に進展するような出来事でもあったのだろうか。


折本「それにしても、意っ外!」

八幡「 …… 何がだよ?」

折本「比企谷って、制服以外の服も持ってたんだ。なんかウケる」

八幡「 ……… ウケねーよ。つか、お前、俺のことなんだと思ってるわけ?」

武藤○戯とか空○承太郎じゃないんだから休みの日くらいは当然私服だっつの。でもあいつらって、もしかして寝る時も制服なのかしらん?


玉縄「 ……… ふむ。いや、これは非常にプライベートで、かつ、個人的な質問なのだが」

玉縄が一緒にいる由比ヶ浜の姿を見ながら口を挿んでくる。プライベートで個人的って、それ意味同じだろ。


玉縄「もしかして、キミたちは、その …… 、かなりエスペシャリィで特別な関係だったりするのかい? 例えばステディな恋人的な?」

だからそれ同じ意味だっての。何回同じ言葉使ってんだよ。


結衣「えっ?! あ、う、ううんん、え、えっと、まだ、そういうのとかじゃなくて?」///

由比ヶ浜が胸の前で慌てて小さく手を振って答えるが、この場合それは逆効果だ。

玉縄「ほう。まだ、ということは、将来的な展望として、そうなるビジョンでもあるという意味なのかな?」


八幡「つーか、お前たちの方こそ、いつの間にそんな関係になったんだ?」

ここでいちいち否定するのも話が長くなって面倒臭そうなので、すかさずカウンタークエスチョンをぶちこんでやる。
何といっても、こういう時に論旨をずらしてそのまま相手を煙に巻くのは俺の最も得意とするところだ。


玉縄「あ、いや、まぁ、その、うん、なんというかだね …… 」

どうやら自分達に対するその問いは想定外だったらしく、見るからに取り乱し、目を白黒させながら口ごもる。

八幡「ほーん?」 どうなんだ? と、今度は折本に目で問うと、

折本「あ、全っ然っ! そういうんじゃないから! あんまりしつこく誘われたし、今日はたまたま暇だったから、ちょっとつきあってるだけ」

今度は折本が、ないないとばかりに両手を振ってみせた。


玉縄「 ……… ま、まぁ、その点に関しては、今後、順次段階を踏んで彼女のニーズに沿った形でお互いのコンセンサスの合意形成を図ろうとだね」

今のひと言で完全に詰まれているにも関わらず何やら懸命になって言い繕うとしているが、俺にもなんとなく状況が見えてきた。

近い将来、折本の常人離れした対人距離感を好意と取り違えて自爆テロを敢行する玉縄の姿が鮮明に目に浮かんでしまう俺はもしかしたら予知能力者か、と錯覚してしまうまである。

お前それ俺が過去に歩んできた道だからな? しかも前途はイバラだらけだぞ?


折本「それよりも、意外って言えば、さ」

そう言って、折本が意味ありげに由比ヶ浜の方に目を向ける。

八幡「 …… 俺が女の子とふたりで歩いてるのがそんなに意外か?」

折本の機先を制してそう告げたつもりだが、彼女はゆっくりと首を振る。


折本「そうじゃなくて?」

八幡「 ……… あん?」


折本「この間の雰囲気からして、あたしてっきり比企谷は、あのもうひとりの …… 」


折本の口にしかけたそのひと言で、一瞬にしてその場の空気が凍り付いたかのような錯覚を覚える。

後頭部の毛がぞわりと逆立ち、胃のあたりに何かの異物を飲みこんだような違和感。

同時に、由比ヶ浜が俺の上着の裾をぎゅっと握り締める感触が伝わってくる。

俺は彼女の心中を察し、まるで庇うかのように、知らず一歩前に出ていた。



玉縄「 ――― ん、んっ、かおりくん? 彼らの邪魔をするのも悪いだろう。僕たちもそろそろ」

別に空気を読んだ、と言うわけでもないのだろうが、タイミングよく口にされた玉縄のその言葉に、


八幡「アグリー」

咄嗟に手を挙げ、思わず同意を示してしまう。そして、小さく肘で突いて促すと、


結衣「 ……… へ? あ、う、うん。あ、あぐりい?」 

我に返ったらしい由比ヶ浜が見様見真似で慌てて俺の真似をする。恐らく意味はまるでわかっていないに違いない。


折本「えーっ? まだいいじゃん! あ、そうだ! ねぇ、どうせなら比企谷達も合流しない? あ、うん、いい! それ、ある!」

八幡「ねぇよっ! ねぇ、ねぇっ!」

いったい何が悲しくてお前みたいな歩く地雷原(主に俺にとって)と、これ以上一緒にいなきゃならねぇんだよ。




折本「ちぇ、つまんないのー。じゃ、いいや。行こ、玉縄くん」

さすがに姉御肌のサバサバ系を自負するだけあって、その辺りの引き際はごくあっさりとしている。

折本がさっさとこちらに背を向けると、

玉縄「じゃあ、これで僕たちは失礼するよ。あ、そうそう、一色くんにもよろしく伝えてくれたまえ」

生徒会長らしく礼儀正しい別れの挨拶を述べ、玉縄も折本と肩を並べるようにして歩み去る。

そんなふたりを見送りながら、俺の口から安堵の溜息が漏れ出た。


……… と、思いきや、不意に折本がぴたりと足を止め、いきなりくるりとこちらを振り向いた。



折本「あ ――― っと、そうそう、比企谷?」


八幡「んだよ、まだなんかあんのかよ?」


折本「あたしん時みたく、むりやり変なとこ連れ込もうとしちゃダメだよ?」



結衣&玉縄「えっ?!」


突然言い放たれた、そのとんでもないセリフに、由比ヶ浜と玉縄がそろって俺を見る。


八幡「はぁ?! ちょっ、おまっ、いきなり何言っちゃってんの? いつ誰がそんなことしたよっ?!」

冤罪だ冤罪! 弁護士呼べ弁護士! 


驚き慌てふためく俺のことなどまるでお構いなしとばかりに、折本が素知らぬ顔で続ける。




折本「いやー、さすがにデートでサ○ゼはないよねー。やっぱ比企谷ってば、マジで超ウケる」




……… お前それ、絶っ対ぇわざとやってんだろ。



地上113メートルの展望台から眺める外の景色は、まるでひっくり返した宝石箱のようにキラキラと光り輝いていた。

東京湾に沿って広がる建物の明かりが、オレンジ色に染まる夕空と、迫りくる夜の闇との狭間にひと際幻想的な情景が浮かび上がらせている。

そろそろ夕刻にさしかからんとした頃、由比ヶ浜に乞われるまま千葉都市モノレールで千葉港駅までゆき、そこからは歩いて、ここ千葉ポートタワーまで来ている。

日が傾くと外気も急速に下がり始めたが、ここに来るまでの間ずっと俺に寄り添うようにして話しかけてくる由比ヶ浜は、吹き付ける海風の冷たさもまるで気にならないようだった。


あの後は何事もなかったようにぶらぶらとウィンドショッピングをして過ごし、途中で一度お茶などをしながら、とりとめのない会話を交わした。

小町の受験のこと、サブレのこと、カマクラのこと、そして、その他、他愛のない話。

お互いに慎重に言葉を選び、ある一点については決して触れようとしない。

ともすれば迂回し、ともすれば話題を変える。

それはまるで何かの禁忌、もしくは触れれば解けてしまう魔法の言葉のように、ふたりの間で何かしらの暗黙の了解があるかのようでさえあった。



結衣「うわー、きっれー」


言葉とは裏腹に、沈む夕日に照らされた由比ヶ浜の顔は、刻一刻と近づく一日の終わりに対して惜別する、淡い哀しみに彩られているかのように見えていた。

そんな彼女にかける言葉もなく、俺は一歩離れた位置からその後ろ姿を見つめる。


結衣「 ――― 今日は楽しかったね」

窓の外を見遣りながら、由比ヶ浜が俺に向けて声をかけてきた。閉館時間も近いせいもあってか、周囲に人影はない。


八幡「 ……… ん、ああ。そうだな」

結衣「一日、あたしの我儘につきあわせちゃってゴメンね」


八幡「 ……… いや。それよりお前、時間はいいのか?」

門限があるという話は聞いていないが、年頃の娘だ。あまり遅くなると親も心配するだろう。

俺も小町の帰りが少しでも遅くなると心配で心配で、居ても立ってもいられなくなって、思わずソファーに寝転んでしまうことがあるのでその気持ちはよくわかる。


結衣「うん ――― 、 」


由比ヶ浜が外の景色に気を取られているのか、うわの空で返事を返す。

そして、切なげに滲む吐息で僅かにガラスを曇らせながら、やや不自然な間を置き、おずおずと付け加える。



結衣「 ――― あたし、今日はもしかしたら、ゆきのんの処にお泊りするかもって、嘘ついて出てきちゃったから」



それでは今日はこの辺で。ノシ

乙です。
あと他の人、外野同士の議論は他でやってくださいね。やるにしてもせめて完結後とか。スレ主おいてけぼりでスレが無意味に埋まるだけなんで。

>>470
電池みたいな馬鹿はともかく、そういうふうに自治始めだしたら廃墟じみてきて作者がやる気無くしてエタる、の黄金パターン一直線やで
ガヤくらい好きにやらせとけばいいんや。どうせ作者は耳障りの良いレス以外まともに読んじゃいないからww

>>470

ただでさえ読みにくいSSが更に読みにくくなって申し訳ないですが、本人は結構楽しませてもらってます。
後は完結後のまとめサイトさんの奮闘に期待しましょう。

>>475

レス読まずに耳触りが良いか悪いか判断するなんてそんな器用なマネできないですよん。
レスが素っ気ないのは、書き手が途中であんまりしゃしゃり出ると場がシラケるからです。


と、ここで敢えて前回乗せなかった最後の一節を投入。


恐らくそれだけの言葉を口にするにも、なけなしの勇気を振り絞ったのに違いない。

俺の位置から見える由比ヶ浜の耳が、夕映えの照り返しとは違う色で赤く染まっているのがわかった。

その言葉の意味するところがわからぬほど俺も鈍くはない。それどころか逆に意識し過ぎて、なんと答えていいのか返す言葉に窮してしまう。

そんな俺の戸惑いを知ってか知らずか、今度は震えるような無音の溜息をひとつ、由比ヶ浜が静かに言葉を継ぐ。


結衣「 ――― ね、もうそろそろ、いいんじゃない?」


由比ヶ浜がゆっくりとこちらを振り向く。
その顔に浮かぶ、いつになく思いつめたような表情には、見ているだけで何かしら胸の奥が苦しくなるような差し迫ったものが感じられた。



結衣「 ――― ヒッキー、あたしに何か話したいことがあるんでしょ?」



次回更新はできれば近日中に。ノシ



八幡「俺は、 ――――― 」


あれだけ繰り返し繰り返し何を言おうか考えていたはずなのに、由比ヶ浜を前にいざ口を開こうとすると、何ひとつ言葉が出てこない。

ガラスの壁面を一枚隔て、低く唸る海風の音ばかりが耳に遠く、くぐもって聴こえてきた。


結衣「 ――― あのね、前にも言ったけど、あたしってホントはズルイし、すっごい欲張りなの」

ふたりの間に落ちた沈黙を優しく埋めるかのように、由比ヶ浜が訥々と語り始める。


結衣「ゆきのんの気持ちにも、ずっと前から気が付いてたのに、留学するって聞いた時、もしかしたらチャンスかもしれないって」

溢れ出ようとする感情を懸命に堰き止めようとしているのだろう、湿り気を帯びたその声は、今にも途切れそうで心許ない。


だが、 ――― それは違う。卑怯なのはむしろ彼女にその言葉を言わせている俺の方だ。



例え嘘でも欺瞞でもいい。それでも俺は欲しかった。

本当の自分の居場所、通じ合う気持ち、言葉にしなくても伝わる何か、いつでも手を延ばせば届くと思われた平穏。

そんな小春日和の陽だまりのような居心地のいい場所が、奇跡のような時間が、いつまでも長続きする訳ないことなど、とうに気が付いていたはずなのに。


歯車の軋みに気が付いたのはいつなのか。ふとした瞬間、三人の間に流れるぎこちない空気に気が付きつき始めたのはいつ頃からなのか。今思えばそれとても定かではない。

しかし俺は、やっと手に入れたかけがえのない時間を、俺が俺のままでいることの許された、ただひとつの場所を失うのが恐かった。

だから敢えてそのことに気が付かない振りをして、ゆっくり朽ち果ててゆくかのような緩慢な死の方をこそ選んだのだ。

自らの手で、自らの否定してきたものを守らんがために。


結衣「あのね、今日、ヒッキーに会うこと、ゆきのんにも伝えてあるの」

八幡「そう …… なのか」

だが、由比ヶ浜であれば当然そうするだろう。だからその告白自体、別に驚きはしない。


結衣「それでね、あたし、ちゃんとヒッキーに自分の気持ち伝えるからねって」

そこで言葉は切れ、押し寄せる感情の負荷に堪え切れなくなったのか、そっと顔を俯ける。


結衣「 ……… そしたら、ゆきのん、“あなたならきっと大丈夫よ。頑張ってね”って」


続く言葉は、消え入るほどに小さくなり、ともすれば風の音に紛れそうになる。


結衣「あのね、うまく言えないけど、ヒッキーとゆきのんって、そういうところもよく似てるって思うの」

無理に絞り出すような明るい声が俺の胸に突き刺さる。こいつにはいつも明るい笑顔でいて欲しい。そんな風に悲しそうに微笑んで欲しくない。

それができない自分の無力さに、大切なものすら守ることのできない己の不甲斐なさに、いつも以上に嫌気がさす。

結衣「全然違うようだけど、すっごく似てるの。冷めているようでいて、ホントは優しいところとか」

八幡「 ……… 俺は優しくなんてねぇよ 」

変化を恐れるあまり、ずっと逃げ続けてきただけだ。単に他人と関わりを持つことで自分が傷つきたくなかっただけだ。

結衣「ゆきのんは嘘を吐かずに、ヒッキーは嘘を吐いてでも他人を助けちゃうの。ふたりともやり方は正反対なのに、やってることは同じで、自分が傷だらけになっても最後はひとりでみんなを救おうとするの」

そうじゃない。俺も雪ノ下も、由比ヶ浜に出会うまでは、他人を信頼し、頼るという事を知らなかっただけだ。



結衣「だから ――― だから、だから今回もきっと、ゆきのんもヒッキーもあたしのために ――― 」

もう十分だ。今のままでいいじゃないか、何もなかったことにして、残りの時間を三人でまたあの場所でずっと温め合えばいい。
お互いの傷口を舐め合いながら、ぬるま湯に浸り続けていればそれでいい。

それの何がいけないのか。誰に俺たちを否定する権利があるのか。


だが、その一方で、俺の中の別の声が抗う。

泥に塗れてまで貫いてきた信念、傷だらけになっても守ってきた矜持。それがひとりよがりの思い込みに過ぎないにしても、ここで妥協するわけにはいかない、と。

例えそれが、他の誰かを傷つけることになったとしても、自分の心に決して癒えることのないを疵を刻み付けることになるとしても。

そして、その声は再び問いかけてくる。それでもお前は本当に“本物”が欲しいのか、と。


―――― その答えはとうに出ているはずなのに。



結衣「あたしは、自分の気持ちを正直に伝えたよ。だから、だから次はヒッキーとゆきのんの番」

八幡「 …… そうだな」


結衣「ねぇ、正直に答えて? ヒッキーはゆきのんのことが好きなの?」

八幡「 ……… ああ」


その問いに対する答えは、素直に俺の口から滑り出ていた。ここで今更嘘をついても意味がない。
そんなことをすれば、由比ヶ浜の覚悟を、彼女の誠意を踏みにじることになってしまう。


結衣「 ……… あたしのことは?」

八幡「 ……… 好きだよ」


結衣「 ……… でも、あたしよりもゆきのんの事が好きなんだよね?」

八幡「 ……… すまん」


謝ってどうにかなる問題でもない。そもそも謝るべきものなのかどうかすらも判然としない。それでも俺は謝る事しかできない。
それが偽善だとわかっていながら、それが彼女を更に傷つけるとわかっていながら。

同時にその言葉は俺自身にも深い傷を負わせる。
だが、その傷は己にだけには正直であろうとあり続けた俺が唯一、自分自身に吐きつづけた嘘に対する代償であり、俺の支払うべき代価なのだろう。


結衣「あたしの方が先にヒッキーのこと好きになったのに …… 」

八幡「 ……… 先とか後とかの問題じゃねぇだろ」

結衣「 ……… そうだね」


こみ上げてくる嗚咽を無理に飲み込み、流れ落ちようとする涙に堪えようと天を仰ぐ。歪んだ視界に天井の照明が滲んで見えた。



結衣「ねぇ、ヒッキー?」」


由比ヶ浜の問いかけに、俺は無言のまま応じる。小さく身じろぎをしただけで微かな衣擦れの音と共に張り詰めていた空気が僅かに揺らぐ。


結衣「もし、三人の関係が今と変わったとしても、これからも …… あたしと …… ずっと仲良くしてくれる?」


俺は重く湿った息を、全ての想いと共に腹からゆっくりと吐き出す。


八幡「 …… 当たり前だろ。お前は …… 俺の ……… 俺の生まれて初めて自分の意思で選んだ」



―――――――― 友達、だからな。



そして俺は、友達という言葉を口にするのが、こんなにも辛く切ないものなのだと、生まれて初めて知る。




結衣「 …… 友達 …… なんだ」



消えてゆく太陽の最後の残滓を零れ落ちる涙に宿しながら、それでもなお由比ヶ浜は俺に向けて微笑んでみせた。


本日はここまで。次回は遅くとも今週中に。ノシ


そのまま小刻みに肩を震わせていた由比ヶ浜だったが、ぐすりとひとつ大きく鼻を啜り上げたかと思うと、袖口で目許を拭う。


結衣「 ……… だったら尚更、ゆきのんのこと止めないとね」

八幡「 ……… ああ。そうだな」


結衣「今更だけど、あたしもこんな形で三人の関係終わらせるの嫌だし」

例えそれがどのような形になったとしても、三人の関係の継続を最初から一番強く願っていたのは、紛れもなく由比ヶ浜なのだろう。

胸の内を全てを曝け出してふっきれでもしたのか、少し照れたような顔で付け加える。

迷いがなくなれば気持ちの切り替えも早い。その持ち前の明るさに、俺も救われる思いがした。


八幡「 ……… なぁ、由比ヶ浜。そのことなんだけど」

結衣「なに?」

八幡「俺の方こそ今更こんなことお前に頼める立場じゃないのはわかってるんだけど、力を貸してもらいたいんだ」

結衣「 ……… あたしの?」

八幡「ああ。 あいつの …… 雪ノ下の留学を止めるためには、どうしてもお前の協力が必要なんだ」

結衣「 ……… う、うん、わかった。でも、いったいどうしたらいいの?」

八幡「そうだな、とりあえず ――――― 」


結衣「とりあえず?」  由比ヶ浜がゴクリと音を立て唾を飲み込む。









八幡「 ――――― とりあえず、お前のオヤジさんに会わせてもらえないか?」









結衣「 ………… へ?」




由比ヶ浜がLINEを使って連絡すると、すぐさま母親からのリプライが返って来たようだ。

結衣「 えっと、……… 今からなら大丈夫 ……… みたいだけど?」

どうやら由比ヶ浜母の方から父親に取り次いでくれたらしい。


しかし ―――― 、


八幡「 ……… 今からって、今、これからかよ?」 ヒクッ

いくらなんでもさすがに展開が急過ぎるだろ。ある程度覚悟をしていたとはいえ、とてもじゃないが俺の心の準備が追いつかない。


結衣「パパ、明日から出張だから、今日を逃すと一週間は帰ってこれないかもって ……… 」

由比ヶ浜が申し訳なさそうに付け加える。


八幡「マジかよ …… 」

どうやら一難去ってまた一難ということらしい。

それが自らの行いのせいとはいえ、超えるべきハードルは次々と数を増し、しかも、どんどん高くなっているような気さえする。

とはいえ、既に夜の帳も落ち、俺達に残された時間はあまりも少ない。のんびりと構えてもいられまい。

それに、来週では遅すぎる。

俺は地上にまで届きそうな重く深い溜息を吐くと諦めて肚を括る。

ふと目を向ければ、窓ガラスに映し出された俺の顔はげんなりと疲れ切り、その目はやはりこれ以上はないくらい腐り切っていた。



モノレールと電車を乗り継いで由比ヶ浜の家まで着くと、玄関口で由比ヶ浜の母親とサブレが俺達を出迎えてくれた。

由比ヶ浜母は相変わらず若々しくお姉さんといっても十分通用しそうで、まるで由比ヶ浜をそのまま成長させたような感じだった。いろんなところを。


結衣母「あら、いらっしゃーい。ヒッキーくん、ご無沙汰ぁ。随分早かったのね、デート楽しかったぁ?」

八幡「 ……… あー…、いえ、はい。ハハ …… 」 


当然のように俺の口からは乾いた笑いしか出てこない。

チラリと見ると、隣では由比ヶ浜が顔を真っ赤にして下を向いている。


何が“ゆきのんの処にお泊りするかもって、嘘ついてきちゃった”だ、このアホ娘め。最初っからバレバレじゃねぇか。



結衣母「お父さん、さっきからずっとリビングで待ってるわよ」

由比ヶ浜母が囁くようにそっと告げると、いきなり緊張のボルテージが最高潮まで高まる。気分はもういきなりクライマックス。

しかし、よく考えてみたら、成り行きとはいえ振ったばかりの女の子の父親に会うって、いったいどんな罰ゲームなんだよこれ。


結衣母「パーパー、ヒッキーくん、お見えになったわよー」

由比ヶ浜母の声に返事は、ない。気のせいか、リビングからは何ともいいようのない無言の圧力がひしひしと伝わってくるような気さえした。

できればその場で暇(いとま)を告げ、回れ右をしてダッシュして家に帰りたいくらい。

框(かまち)を上がると勧められるままに来客用のスリッパを履き、そのままリビングに通される。

その間もひゃんひゃん鳴きながらせわしなくサブレが俺の足に纏わりついてくるので、危なく蹴躓いてひっ転びそうになる。


レースの暖簾を潜ると、リビングのソファーに座す由比ヶ浜の父はビールで晩酌の最中だった。

見た感じごく普通の、落ち着いた感じのするサラリーマン風で、当然のことながらどことなく彼女の面影を窺わせるものがある。

どのような理由であれ、娘の男友達が面会を求めているのだ。可愛い娘を持つ男親としては素面(シラフ)ではいられまい。

特に由比ヶ浜はひとり娘である。それも高校生ともなれば、それこそ目の中に入れようとしても痛くて入りきらないはずだ。いやそれ当たり前だろ。


由比ヶ浜父はリビングに入ってくる俺をチラリと一瞥したが、さすがにあまりジロジロ見るのは失礼とでも思ったのか、すぐに目の前のコップに目を落とす。

八幡「あ …… どうも。お邪魔します」

何とか挨拶らしい言葉を口にして頭を下げると、由比ヶ浜父も黙って頷く。

緊張しているせいか明らかにそわそわしている様子なので、俺の方までどうしていいかわからず、ついそわそわしてしまう。

そんな俺のそわそわを感じ取ってさらに由比ヶ浜父も余計にそわそわしてしまうという、まさに絵に書いたような負のスパイラル。

いったい何がどう伝わっているのか知らないが、これからどうなるかは、神のみぞ知る、だ。


結衣母「ヒッキーくん、どうぞおかけになって」

八幡「あ、はい。失礼します」

由比ヶ浜母に促され、俺が由比ヶ浜父の正面に腰を下ろすと、


結衣&結衣母「よっこいしょーいち」


なぜか右隣に由比ヶ浜母、左隣に由比ヶ浜が俺を挟んで腰掛ける。最早心の中でツッコむ気にさえならない。


結衣父「 ……… ビールでいいかね?」

こちらを見もせずに、由比ヶ浜父がビール瓶を手に取る。


八幡「あ、いえ、俺、未成年ですから」

慌てて目の前で手を振ると、

なんだ、私の酒が飲めないとでもいうのかね?とでも言わんばかりに、少しだけムッとした表情になるのがわかった。


結衣母「もう、パパったら」

由比ヶ浜の母親が苦笑を浮かべると、拗ねたようにそっぽを向く。

ここで気分をが害してしまっては元も子もないだろう。


八幡「 …… あ、じゃ、じゃあ、少しだけ」



由比ヶ浜父「 ま だ 早 い っ !!!!!!」 ドンッ




………… なら最初っから勧めんなよ。


さて、いざテーブルを挟んで目の前に座ったはいいものの、まずは何と声をかけたらいいか、そのとっかかりからしてよくわからない。

知り合いの親と遭遇した時の身の置き所の無さはやはりちょっと異常。更にその知り合いが女の子で、しかもその父親が相手ともなれば言わずもがなだろう。

当然この場合、初対面で、いきなり“おじさん”と呼ぶのはさすがに失礼だろう。となれば、ここはやはり、


八幡「 ……… えっと、あの、由比ヶ浜さん?」


結衣&結衣母 「 はい? 」


いやいやいやいやいやいやいやいや、そうじゃないから。確かにそうだけど。


結衣父「遠慮はいらん。私のことだったら好きに呼びたまえ」

俺の躊躇いを察したのか、由比ヶ浜父は再び俺を一瞥し、そしてまたすぐに手にしたコップに目を戻す。

大事な娘の男友達である俺を警戒してはいるものの、恐らく根はフランクで砕けたいい人なのだろう ……… 何か恐ろしい勘違いをしていそうではあるが。

しかし、いきなり娘の男友達が面会を求めてきたのだ、この状況ではそれも致し方あるまい。

それに、言われてみれば確かに俺の方で変に意識さえしなければ、何と呼ぼうが特に問題はないのかもしれない。


八幡「それでは失礼して ……… あの、お父さん?」




結衣父「 ま だ 早 い っ !!!!!!」 ドンッ




……… うわもうやだこの家、超めんどくせえ。



結衣父「比企谷くん …… とか言ったかね?」

ややあって、不意に由比ヶ浜の父親の方から話を切り出してきた。


八幡「 ……… え? あ、はい。比企谷八幡、です」

結衣父「サブレの件では、うちの娘がキミには大変な迷惑をかけてしまったね」

由比ヶ浜父の言うサブレの件とは、勿論、入学式の日のあの出来事のことだろう。


八幡「や、あれは俺が勝手にしたことですし、もう済んだことですから」

結衣父「遅くなってしまったが、私からも改めてお詫びと礼を言わせてもらうよ」

そういって、いきなり深々と頭を下げられ、逆に俺の方が恐縮してしまう。


結衣父「それに、娘がキミには学校で、ひとかたならぬお世話になっているとも聞いている」

八幡「あ、いえ、そんなことありません」

結衣父「私にできることであれば、喜んで力になろう。なんなりと言ってくれたまえ」


八幡「はぁ、どうも。ありがとうございます」

俺もこれでやっと本題に移れるかと思うと、知らず安堵の溜息が出てきた。


八幡「それじゃあ、お言葉に甘えさせてもらいます。あの、実は、由比ヶ浜 …… じゃなくて、結衣さんのことなんですけど」


結衣父「それとこれとは話は別だっ!!!!」ドンッ




……… だからまだ何も言ってねーだろ。


由比ヶ浜母のとりなしもあり、改めて話を切り出そうとしたが、よく考えてみればかなり込み入った話である。

ここにくる間も由比ヶ浜には詳しい事情は一切話していない。

場合によったら彼女自身の身に降りかかってくる可能性も危惧される問題だ。母親はともかくとして、やはり本人には直接聞かせるわけにいくまい。


八幡「あー…、スマン、由比ヶ浜。悪いけど、ちょっとだけ席外してもらっててもいいか?」


俺がそれとなく由比ヶ浜に席を外してもらうように声をかけると、


結衣「 ……… え? あ、うん」


少しだけ驚いた顔をしたが、俺の様子から何を察したのか、素直に応える。


すると、


彼女のその返事を合図に、なぜか家族三人揃って無言で立ち上がり、そのままぞろぞろと部屋から出て行き始めた。




………… だからそうじゃねぇってば。



* * * * * * * * * * * * *


要件を済ませ、由比ヶ浜父に礼を言って暇を告げると、サブレを抱いた由比ヶ浜と由比ヶ浜母が玄関まで見送ってくれた。

俺が帰ることを察してか、サブレはつぶらな瞳を俺に向け、しっぽを振りながら、くんくんと悲し気に鼻を鳴らしている。


八幡「今日は突然お邪魔してすみませんでした」

渡された靴ベラを返しながら軽く頭を下げると、


結衣母「いいのよ気にしないで。好きな時にいつでもまた遊びに来て頂戴」

由比ヶ浜母も慈愛に満ちた笑顔で応じてくれる。

父親と話をしている最中も余計な口を挿むことなく、ずっと耳を傾けていてくれていたので気持ちの上でも随分と助けになってくれた。

なんやかやで、由比ヶ浜の家の中では、やはりこの人が一番まともそうである。


八幡「ありがとうございました。じゃ、失礼します」

感謝の心を込めて再度頭を下げ、そのまま帰ろうと玄関のドアに手を掛けると、


結衣母「あ、ヒッキーくん、ちょっと待って。大事な事聞き忘れてたけど」


不意に背後から呼び止められた。

振り向くと、由比ヶ浜母は横目で娘をチラリと見ながら顔を寄せ、俺にだけ聞こえるように耳元でそっと囁く。





結衣母「 ――― ね、孫の顔が見られるのは、いつ頃になるかしら?」



本日はここまで。次回は来週になります。ホントに18日までに終わるのかこれ? ではでは。ノシ

【最悪のSS作者】ゴンベッサこと先原直樹、ついに謝罪
http://i.imgur.com/Kx4KYDR.jpg

あの痛いSSコピペ「で、無視...と。」の作者。

2013年、人気ss「涼宮ハルヒの微笑」の作者を詐称し、
売名を目論むも炎上。一言の謝罪もない、そのあまりに身勝手なナルシズムに
パー速、2chにヲチを立てられるにいたる。

以来、ヲチに逆恨みを起こし、2018年に至るまでの5年間、ヲチスレを毎日監視。

自分はヲチスレで自演などしていない、別人だ、などとしつこく粘着を続けてきたが、
その過程でヲチに顔写真を押さえられ、自演も暴かれ続け、晒し者にされた挙句、
とうとう謝罪に追い込まれた→ http://www65.atwiki.jp/utagyaku/

2011年に女子大生を手錠で監禁する事件を引き起こし、
警察により逮捕されていたことが判明している。

>>569
私こと先原直樹は自己の虚栄心を満たすため微笑みの盗作騒動を起こしてしまいました
本当の作者様並びに関係者の方々にご迷惑をおかけしました事を深くお詫びいたします

またヲチスレにて何年にも渡り自演活動をして参りました
その際にスレ住人の方々にも多大なご迷惑をおかけした事をここにお詫び申し上げます

私はこの度の騒動のケジメとして今後一切創作活動をせず
また掲示板への書き込みなどもしない事を宣言いたします

これで全てが許されるとは思っていませんが、私にできる精一杯の謝罪でごさいます

http://i.imgur.com/QWoZn87.jpg

私が長年に渡り自演活動を続けたのはひとえに自己肯定が強かった事が理由です
別人のフリをしてもバレるはずがない
なぜなら自分は優れているのだからと思っていた事が理由です

これを改善するにはまず自分を見つめ直す事が必要です
カウンセリングに通うなども視野に入れております

またインターネットから遠ざかり、しっかりと自分の犯した罪と向き合っていく所存でございます

http://i.imgur.com/HxyPd5q.jpg

>>569
ニコニコ大百科や涼宮ハルヒの微笑での炎上、またそれ以前の問題行為から、
2013年、パー速にヲチを立てられるに至ったゴンベッサであったが、
すでに1スレ目からヲチの存在を察知し、スレに常駐。
自演工作を繰り返していた。

しかし、ユカレンと呼ばれていた2003年からすでに自演の常習犯であり、
今回も自演をすることが分かりきっていたこと、
学習能力がなく、テンプレ化した自演を繰り返すしか能がないことなどから、
彼の自演は、やってる当人を除けば、ほとんどバレバレという有様であった。

その過程で、スレ内で執拗に別人だと騒いでいるのが間違いなく本人である事を
確定させてしまうという大失態も犯している。


ドキュメント・ゴンベッサ自演確定の日
http://archive.fo/BUNiO


* * * * * * * * * *


帰りの電車で揺られている間も、去り際に無言で小さく手を振る由比ヶ浜の寂しそうな笑顔が脳裏から離れないでいた。

ぽつぽつと空席が目についたが座る気にもなれず、僅かに後ろ髪を引かれる思いと模糊とした焦燥に駆られるまま、寄りかかったドアの窓を意味もなく手の甲で小突いてしまう。


がたり


と、電車がひと際大きく揺れ、バランスを崩した拍子に我に還る。

何はどうあれ自分の中で選択は為されたのだ。済んでしまったことを今更悔やんだたところで仕方あるまい。

未だ燻り続ける胸の蟠りを散らすように溜息をひとつ。その息で白く濁ったガラスを何気に掌で拭うと、色のない空に滲む月の影が目に映った。
その朧な光の輪郭に、憂いを秘めた雪ノ下の美しくも儚げな横顔が重なる。


―――― あなたは、どうなの?


流れゆく街の灯の上に静かに留まり続けるそれは酷く現実味を欠き、ともすれば触れられそうなほど近く感じられたが、いくら手を伸ばしたところで届きはしないことは子供だって知っている。

頭ではそうとわかっていながらも、気持ちのうえで納得できない距離感がいつになくもどかしい。

無意識に伸ばしかけた指がガラスに阻まれ、あまりの愚かしさに気が付いて苦笑しながら頭(かぶり)を振る。

決して届かない高みにある葡萄を酸いと断じた寓話のキツネも、口では何と言おうと心の奥底ではずっとそれを夢見ていたに違いない。
今の俺にはその捻くれ者のキツネの気持ちが痛いほどよくわかる気がした。


車内アナウンスが終点の駅名を告げ、降車する人の群れに混じってホームに降り立つ。

吐く息は白く煙り、僅かに露出した肌の部分をちくちくと刺す外気の冷たさは、暦の上はともかく体感上は未だ春が近からぬと告げているかのようだった。

人の流れに身を任せて昇りエスカレーターに乗り、長く狭い無言の列から解放されると、ここ数年続いた改装工事を終えて見違えるように広く明るくなった駅構内へと出る。

未だ微かに漂う新建材の香る中、急ぎ足で行き交う人々の合間を縫うように改札口へと足を向ける途中、ふと思うところあって足が止まった。

―――― 駅の音声ガイダンスの“多機能トイレ”って、なんでいつも“滝のおトイレ”に聞こえちゃうのかしらん?

そんな本当にどうでもいいようなことを考えていたせいもあるのだろう、俺のすぐ後ろを歩いていた通行人に気が付かず、背中でぶつかってしまう。


「 ―――― ちょっとぉ、あんた、どこ見てんのよ?」 


え? 何、もしかして青木さ○かなの?

苛立ちを隠そうともせず、頭ごなしに浴びせかけられたそのセリフに戸惑いつつも、急に足を止めた非はこちらにある。

それに今はそんな些細なことでいちいち目くじらを立てるような気力も残ってないし、変にゴネられてイザコザに巻き込まれるのもまっぴらゴメンだ。

もごもごと謝罪の言葉らしきものを口にし、逃げるようにその場から立ち去りかけたところで、ふと声に聞き覚えがある気がして、再び足が止まる。


八幡「 ―――――― って、お前、三浦か?」

三浦「あ゛?」

振り向き様声をかけたその相手 ――― 三浦優美子はつかつかと足早に詰め寄ったかと思うと、むんずとばかりに俺の胸倉をつかみ、ぐいと顔を寄せる。


近い恐い近い恐い近い恐い近い恐い近い恐い近い恐い恐い恐い恐い恐い恐い! 近すぎるし、それ以上に恐すぎるだろっ!


三浦「 ―――――――― あんた」

八幡「よ、よう」


三浦「 ……… 誰だっけ?」

八幡「って、俺だよ、俺、比企谷だよ、比企谷!」


三浦「 ……… なんだヒキオじゃん、そうならそうって言いなよ」

八幡「 ……… だからそう言ってるだろ」

やっと俺が誰だか気が付いたらしい三浦が眉間にキツく寄せた縦皺を解く。
っていうか一応クラスメートなんだからいい加減名前くらい覚えろよ。俺も他人のこと言えねぇけど。

八幡「あー…、ところで、お前、どうしたんだ、こんなところで?」

行きがかり上とはいえ、自分から声をかけてしまった手前そのままただ黙って突っ立っているのもなんかアレなので取りあえず俺の方から話を振ってみる。

三浦「あーし? あーしは姫菜と遊びに行った帰りなんだけど、……… そんなのあんたに関係ないっしょ」

八幡「 ………… まぁ、そりゃそうなんだが」

けんもほろろというか、取り付く島もにべもない返事だが、正直俺だってこいつに限らず他人が休みの日にどこぞで誰と何をしてようが、いちミリだって興味もないし関心もない。

そうでなくとも今日は由比ヶ浜とあんなことがあったばかりだ。
できればあまり顔を会わせたくない相手なのだが、なぜかそんな時に限ってやたらとエンカしてしまう確率が高くなるのが八幡流引き寄せの法則。


三浦「あんたは、ひとりなの?」

ただでさえ不機嫌そうな顔に更に輪をかけて不機嫌そうな声で三浦が問うてくる。 

八幡「 ……… ん? ああ。 まぁ、大抵そうだな」

自慢ではないが俺がひとりなのは何も今日に限ったことではない。つか、んなもんいちいち聞かなくたって見りゃわかんだろ。

それにしても普段から気軽に言葉を交わすように相手でもなし、そもそも俺の場合普段に限らず気軽に言葉を交わす相手すら滅多にいなかったりする。
それがなんで今日に限って、そんな分かり切ったことまでわざわざ聞いてくんのかね、などと訝しんでいると、


三浦「っていうかー、ホントは今日、結衣のことも誘ってたんだけどー、あの娘、昨日の夜になっていきなり“大切な用事ができたから”って断り入れてきてー」

八幡「 ………… お、おう、そ、そうなのか」

ドンピシャのタイミングで放たれたそのセリフに、心当たりのありすぎるほどある俺の目が意志に反して泳ぎ出し、背中を冷たい汗が音もなく流れ落ちる。

そういえば、由比ヶ浜と今日ふたりで会っていたことは雪ノ下にも伝わっていると聞いている。
だとすれば、あいつの性格からして三浦に黙っているということの方が考え難い。

というか、俺の過去の経験から推測するに、みんな知ってたのに俺だけ知らなかったという可能性の方が遥かに高かったりする。
小学校のクラスメートのお誕生会とかでも、俺だけ呼ばれてないのを知らないのも俺だけだったりしたんだよな。

恐らく由比ヶ浜のことだ、俺に気を遣わせまいとして先約があったことはずっと黙っていたのだろう。

三浦の機嫌を損ねないよう電話越しにお団子髪を揺らしながら、コメツキバッタか社畜営業の如くひたすらぺこぺこと頭を下げまくっている由比ヶ浜の涙ぐましい姿が目に浮かぶようだった。

でもあれな、よく考えたらいくら頭を下げたところで相手からは見えてないんですけどね。



三浦「 ――― あに?」

おっと、いかんいかん。どうやらいつの間にか無意識のうちにまじまじと見つめてしまっていたらしく、三浦に険のある目で睨みつけらてしまう。

八幡「え、あ、や、ドタキャンされたって言ってる割には、なんかお前、ちょっと嬉しそうだなって?」

咄嗟に口を衝いて出たセリフだが、テキトーぶっこいているというわけでもない。
先ほどから見ている限り、俺に対する態度こそ不機嫌そうではあるものの、由比ヶ浜に対しては別に怒っている風でもなさそうだ。
それどころか何やら満更でもない様子だと思ったのだが、

三浦「はぁ?! そんなことないし! あんたもしかして目ぇ腐ってんじゃないの?!」

一言のもとに切り捨てられてしまう。しかもそれ、別にもしかしなくてもよく言われてるんですけどね。

三浦「そうじゃなくって、ほら、あーし、こういう性格だからー、なんていうかー、ハッキリしない態度が一番イラってするっていうか?」

…………… いや、それ単にお前が怖いからじゃねぇの? だったらまずその他人に対してデフォで高圧的な態度なんとかしろよ。
教師だってビビッて授業中に指名するのを避けてるって話だぞ? いったどんだけレジェンドなんだよ。

と、思わずツッコミそうになってしまったが、「何か言いたい事でもあんの?」と言わんばかりのひと睨みで何も言えなくなってしまう。

だからお前がそんなだからみんな怖くて言いたい事も言えなくなるんだってことにいい加減気が付けよ。
っていうか、コイツさっきから言ってることとやってることが全然違くね? もしかしてダブルスタンダードがスタンダードなの?


そのまま何やら手持無沙汰気に自慢のゆるふわ縦ロールの金髪にくりんくりん指を絡め、みゅんみゅん引っ張っていた三浦だったが、やがて、

三浦「 ……… だから、なに? その、あの子もああやって、やっとあーしにハッキリものが言えるようになったのかな、なんて思わないわけでもないわけでもないけど?」

今度は微かに頬を赤らめながら照れ隠しのようにごにょごにょと付け加える。

その普段は見せることのない、我が子の成長ぶりを喜ぶおかんの如き見事なまでのツンデレっぷりに、思わず聞いている俺の口の端が微かに緩んでしまった。

なるほど、確かに考えれてみれば由比ヶ浜が以前のように単に周りの空気を読んで合わせるだけでなく、自分の意見や考えをハッキリと相手に伝える事ができるようになったのも雪ノ下のみならず三浦の影響が大きいのだろう。

……… なんせこいつらってば言いたいことは勿論、言わなくてもいいことまでズケズケ言いやがるからな。


八幡「 ……… あー、それで、もしかしてお前、俺に何か訊きたいことでもあんのか?」 

かたやスクールカーストの中でも最上位グループのそのまた頂点に君臨する女王様、かたやカースト最下層の更にその底辺を這いずり回っているような名も知れぬぼっちである。

共通の話題なぞそうそうあろうはずもなく、それきりふっつりと会話が途切れてしまう。
普通ならそんな時は「あ、じゃあ」「うん、じゃあ」という文字通りあ・うんの呼吸で袂を別つことになるはずのだが、なぜか三浦は一向に立ち去る気配を見せない。

仕方なく俺の方から水を向けると、

三浦「 ……… 用もないのになんであーしがあんたなんかと無駄話しなきゃならないわけ?」

半ばふて腐れたような口調で逆ギレ気味に肯定されてしまったが、どうやら図星だったらしい。

八幡「それって、やっぱり由比ヶ浜のことなのか?」

勇を鼓してと言えば聞こえがいいが、地雷原の上でタップダンスでも踊る心地で恐る恐る尋ねながらも、多分それだけではないであろうことは薄々察しがついていた。

もしそうだとしたら、わざわざ俺になんぞ訊かずとも、昨日の時点で由比ヶ浜に直接問い質しているはずだ。


三浦「 ……… それもあるんだけど」

やはりというかなんというか、答える三浦の口調が急に歯切れ悪くなる。

それもある、ということは、つまりそれだけではないということなのだろう。

というよりも、どうやらそちらの方が本題、それもなかなか切り出すことのできないようなデリケートな話らしい。

先程からの俺に対するやたらと横柄で高圧的な態度も、もしかするとそれが原因だったりするのだろうか。
もっとも俺に対してはいつもこんなだからやはりこれがこいつのデフォなのかも知れないが。

そのまま暫く何やらもじもじそわそわしていた三浦だが、やがて意を決したかのように小さく溜息をひとつ吐くと、それでもおずおずと口を開いた。


三浦「あのさ ……… 」

八幡「ん?」


三浦「あの、雪ノ下のお姉さん …… 陽乃 …… さん …… だっけ? …… のことなんだけど」


たどたどしく口にされたその名を耳にして、常日頃から女心に関して絶望的に疎(うと)いと耳にタコができるくらい言われている俺といえどもピンとくる。
ちなみに言ってるのは他でもない妹の小町で、しかもタコではなくて死んだウオノメではないかという説もあるくらいなのだがそれはこの際どうでもいい。

確か先日の踊り場の一件では三浦も俺達の会話を耳にしていはずだ。

だが、冬休み明けにふたりの噂が広まった際、雪ノ下自身から手酷く否定されたこともあってか、いもうとのんの方についてはさほど警戒していないし、また、する必要もないとでも考えているのだろう。

しかしながら、相手があの、あねのんともなれば全く話は別である。

年齢(とし)こそさほど俺らと変わらないとはいえ、全学年を通じて屈指の美少女と呼び声の高い妹さえも凌駕するであろう美貌に加え、こいつの苦手とするところの料理に関してもバレンタインのイベントでは特別講師として招かれるほどの腕前だ。

そして何といっても三浦にとって雪ノ下に対する唯一無二とも言える絶対的なアドバンテージでさえ、あの通りボッカチオも裸足で逃げ出すデカメロンなのだから、その存在を危惧するなという方が無理な話なのかもしれない。


八幡「葉山からは何も聞いてないのか?」

三浦「 …… 前に一度聞いたことあるんだけど、その時は“ただの幼馴染だ”って」

小さく唇を尖らせたその口振りからして、三浦とて葉山の言葉をそのまま鵜呑みにしているというわけではあるまい。
かといってそれ以上深く踏み込んで聞くこともできないでいるらしい。乙女かよ。

プライドが高く、自己中で、傲岸不遜、我儘無双を誇る三浦だが、実はこう見えて案外打たれ弱いところがある。

いや、この場合どちらかというと打たれ慣れていないといった方がいいだろう。
だからこそ雪ノ下に真正面から正論で論破されたくらいで泣き出してしまったりもするのだ。

もっとも、あいつの舌鋒の鋭さときたら下手な刃物なんぞよりよっぽどエグいからな。なんなら俺ひとりで被害者の会とか結成してもいいくらいだし。

しかし、そう考えればここにきて突如としてその正体を現したラスボスの如き陽乃さんという存在に危機感を覚え、それこそ藁をも縋る思いで俺のような者にさえ頼らざるを得ない三浦の気持ちも決してわからないではない。わからんでもないこともないこともないのだが、


八幡「 ……… つか、何で俺にそんなこと聞くわけ?」 

三浦「 ……… だって、あんた、なんかあの人と親しそうだし?」

八幡「 ……… え、なにそれ誤解だから」


確かにいもうとのんの前だとしょっちゅう俺に絡んでくるせいで傍目にはそう見えるのかも知れないが、俺からすればできるだけお近づきになりたくないタイプの女性である。

正直、一番苦手と言ってもいいだろう。

その理由はごくシンプルに言って“怖い”からだ。

勿論、ただ単に怖いというだけならば、今、目の前にいる三浦だって十分過ぎてお釣りが来るくらいに怖い。

だが、陽乃さんの場合は三浦のような直接的なそれと異なり、一見してそうとはわからないが、何かしら異質で底が知れないというか、人好きのする笑顔のその向こう側に巧妙に隠された悪意のようなものが透けて見えることである。

しかもそのことに俺が気づいていると知りながら隠そうともしないどころか、それすらも面白がっている節があるから余計に空恐ろしく思えるのだ。

しかしそうは言っても、今まで接点らしい接点もなく、彼女のことを表面的にしか知らないであろう三浦にそれを上手く伝えることができるとも思えない。

あの鉄壁ともいえる外面の下に潜む苛烈な本性を知るものといえば、雪ノ下曰く、捻て腐った目を持つゆえに物事の本質を見抜いている ―― 褒めてるのか貶しているのかよくわからないが多分後者だろう ―― 俺を除いた他に数えるほどしかいまい。

敢えて挙げるとすれば、教師ゆえに鋭い観察眼を持ち、比較的彼女との付き合いも長い平塚先生、それに妹である雪ノ下は当然として、あとはその彼女と同じくらい近しい立ち位置にいる人物 ――――


三浦「 ―――― 隼人?!」

八幡「あん?」


思いがけず三浦の口にした名前に驚いて、その視線の向けられた先を追うようにして背後を振り返る。

その俺の目に映ったのものは、にこやかに談笑しながら、いかにも仲睦まじげに肩を並べて歩く葉山と ――――――  陽乃さんの姿だった。

俺達の向けた視線に気が付いたものか、葉山が足を止め、僅かに遅れて陽乃さんもこちらに振り向いた。


葉山「 ――――― 優美子?」 

陽乃「 ――――― あら、比企谷くんも?」


葉山「ふたりともこんなところでどうしたんだい?」

こんな状況であるにも関わらず、葉山はいつものように気さくな態度を崩すことなく、ごく自然な調子で話しかけながら歩み寄ってくる。

八幡「ん? ああ、こいつとはついさっきここでばったり出会っちまってな。 あー…… それより ――― 」

お前らこそどうしたんだ、と問い返そうとすると、

陽乃「うっわー、やっぱり比企谷くんだ――― 、ちょー久しぶり ―――。 ひゃっはろ ―――!」

何を思ったのか、突然陽乃さんがもんのすごい勢いでがばりと俺に抱きついてきやがった。

八幡「や、ちょっ、何すんですか、いきなり!?」

つか、久しぶりってよく考えたらついこないだミスドで会ったばかりじゃねぇか。

俺の抗議に、陽乃さんがあざとくも可愛らしく、ぷぅとばかりに頬を膨らませる。

陽乃「んもう、比企谷くんたら何をそんなに照れてるの? ハグなんて欧米じゃ挨拶みたいなものなのよ?」

八幡「でも俺の記憶に間違いなければここ日本だし俺もあなたも日本人でしたよね?!」

陽乃「あらそんな細かい事どうでもいいじゃなーい、だって、私と八幡の仲なんだし」

八幡「いや、いきなりそんなとってつけたみたくいかにも親しげにファーストネームで呼ばれてたって、誰がどう考えてもお互いもうこれ以上はないってくらい赤の他人だったはずなんですけど!?」

いつもより高いテンション、過剰ともいえるスキンシップ、上気した頬、潤んだ目、甘い声音、熱い吐息、ヤバイ、この人もしかして ―――――――― 酔っ払い?!


葉山「今日は身内だけでちょっとした食事会があってね。今はちょうどその帰りなんだ」

苦笑を浮かべながらも、それとなく今の状況を説明するのはふたりの姿を見てフリーズしたままの三浦を慮ってのことなのだろう。
なるほど、そうと言われるまで気付かなかったが確かにふたりともコートの下は幾分フォーマルな服装のようだった。

葉山「俺は親に頼まれて途中までふたりを送っていたところさ。ほら、最近は千葉も何かと物騒だからね」

いかにもそれが自分の意志によるものではないかのように軽く肩を竦めて見せる。

いやいやいやいや、俺に言わせればさっきから露骨に嫌がる俺をまるっと無視してぎゅうぎゅうぐりぐりと頭と体を押しつけてくる酔っ払いの方がある意味よっぽど危険だし物騒だっつーの。

っていうか、お前もただ見てねぇでなんとかしろ …… よ ……


八幡「 ――― ん? ちょっと待て。お前、今、ふたりって言ったか?」 


遅まきながら葉山の口にした言葉の意味に気が付いて慌てて周囲を見回すまでもなく、

陽乃「そうなの。でもあの子ったら、さっきからずっとあんな調子で」

葉山の代わりに答えるあねのんのチラリと目をくれた先は、―――― ふたりから少し離れてぽつんとひとり、まるで美しい壁の花の如く静かに立ち尽くす雪ノ下だった。


陽乃「今日はせっかく雪乃ちゃんの留学祝いも兼ねてたっていうのに、なんかお通夜みたいになっちゃって」

彼女にしてみれば余程それが面白くなかったのだろう。
でもだからってここぞとばかりに当てつけみたく俺に変なちょっかい出してくんのやめてくれませんかね。
んなことばっかりしてっから俺に対する世間の風評被害が絶えないんだってばさってばさ。
ただでさえ俺に対する世間の風当たりの強さときたら、もうそれだけで桶屋が儲かっちゃうくらい。

しかし、いつもならこんな時に真っ先に間に割って入るはずの雪ノ下が今日に限ってはなぜか微動だにしない。
寒さのためかそれとも別の理由からなのか、自分の体をかき抱くようにして片手を回したまま、頑ななまでに俺から顔を背け、目を合わせようともしなかった。

そんな妹の姿を見て、あねのんが俺の耳元でこしょりと囁く。

陽乃「あ、もしかして雪乃ちゃんたら今日の食事会に比企谷くん呼んでもらえなかったからって拗ねちゃったのかしら?」

八幡「 ……… 身内だけの集まりにひとりだけ俺みたいな無関係のぼっち同席させるとか、何の罰ゲームなんすかそれ」


陽乃「それで、私もちょっと飲み過ぎちゃったし、ここからだと家に帰るより雪乃ちゃんの部屋の方が近いから、今日はこのままお泊まりさせてもらおうかなって ――― 明日のこともあるし」

八幡「明日のこと?」

何かしら含みのあるそのフレーズに思わず反応した俺を陽乃さんは素知らぬ顔でさらりと流し、

陽乃「あ、そうだ。丁度良かった。比企谷くん、ちょっといい?」

止める間もなく、ごくさりげない仕草で俺の肩に手を載せたかと思うと、

陽乃「慣れない靴履いてきちゃったせいか、さっきからずっと踵が気になってて」

悪びれもせず言いながらひょいと片足立ちとなり、俺につかまる手でバランスをとりながら、ひとさし指の指先でくいとヒールの位置を直す。
その拍子に陽乃さんの身体がぐっと接近し、柑橘系の香水に仄かなアルコールの入り混じった甘い香りが鼻腔をくすぐる。

と、同時に服の上からでもそれとわかるほど暖かくしっとりと柔らかな重みが俺の腕のあたりにぎゅっと押し付けられるのを感じた。

陽乃さんは俺の反応を楽しむかのように、とろけるような悪戯っぽい笑みを浮かべ、俺の顔を下から覗き見て更にぐいとばかりに身体と顔を寄せて来たかと思うと、


陽乃「ねぇ、比企谷くん?」 

八幡「 ……… な、なんすか?」

陽乃「疲れちゃったから、おんぶ」 

八幡「 ……… いやそれ無理でしょ」

だからいきなり何言い出すんだよ、この人。

陽乃「あらそう、残念。じゃ、抱っこでもいいんだけど?」

八幡「 ……… いいんだけどって、なんでそこでハードル高くなってんすか」

ただでさえ人目を引く美人だってのに、公衆の面前で、しかも、それこそ抱き着かんばかりに身を寄せられてさすがにきまりの悪くなった俺が、

八幡「 ――― っていうか、今日はいつもみたく車じゃないんですか?」

いつものように話を逸らして煙に巻こうと、咄嗟に思いつきの疑問を口にすると、


陽乃「ふふ。だって、雪乃ちゃんたら、あれ以来、滅多にあの車に乗ろうとしないんだもの」

小さく笑みを浮かべて答えるあねのんの向こうで、雪ノ下が居心地悪そうにもぞりと小さく身じろぎするのが見えた気がした。


陽乃「 ――― ところで、そちらはどちら様なのかしら?」

まるで今初めて気が付いたかのように三浦へと向ける陽乃さんの瞳が、何か新しい玩具でも見つけた子どものようにキラキラと輝く。
あるいはこの場合、獲物を見つけた猫が舌なめずりするかのような、とでも形容すべきか。

そして笑顔のままくりんと首だけで俺に向き直り、

陽乃「――― こないだ連れてたのとは、また違う子みたいだけど?」

明らかに言わなくてもいいはずのひと言まで付け加える。

八幡「 ……… できればそういう誤解を招くような言い方するのやめてもらえませんかね?」

っていうかそれフツウに女連れに対して言ったら絶対あかんヤツやろ。


三浦「あ、あーしは、その、隼人の …… 友達って言うか」

生徒会主催の進路相談会やバレンタインのイベントで何度か顔を合わせているとはいえ、こうして陽乃さんから直接声をかけられるのはこれが初めてなのだろう。
相手が誰であれ憚ることのない三浦にしては珍しく、幾分気遅れでもしているかのようにおずおずと答えつつ、それでも何かしら期待するような目でチラリと葉山の様子を窺う。


葉山「 ――― 友達だよ。俺や比企谷と同じクラスの三浦優美子」

そんな彼女の気持ちを知ってか知らずか、ごくあっさりとした葉山の紹介に三浦の顔がみるみる失意と落胆に曇る。

陽乃「あら、そう。ふーん、隼人のお友達なんだ」

それを聞いた陽乃さんの反応は素っ気なく、なぜかそれきり三浦に対する興味を失くしたかのようだった。

陽乃さんにいったいどんな意図があったにせよ、“お友達”を強調したかのようなセリフが余程気に障ったのか、三浦の片眉がピクリと反応する。

それまでの借りてきた猫の皮のようなしおらしさはどこへやら、やおら腕を組み、ブーツのつま先でカツカツと硬い音を刻みながら憮然とした表情で言い放つ。

三浦「ちょっとちょっとー、前々から気になってたんですけどー。隼人隼人隼人隼人って隼人のこと気安く呼び捨てなんかしてー、隼人、この人いったい隼人のなんなわけー?」

いやいやいやいやいやいやいやいや、あーしさん、いくらなんでもそれ自分の事棚上げし過ぎでしょ。
伊東温泉のCMだってさすがにそこまでハヤト連発してねぇぞ。あれはハトヤだけど。


葉山「 ――― 優美子」


葉山に小さく諫められた三浦が拗ねたようにぷいとそっぽを向いてしまう。

ふたりの性格をよく知る葉山だけに、できるだけこの場を穏便にやり過そうとしたのかもしれないが、どうやらそれが却って裏目に出てしまったようだ。


陽乃「そんなこと言われても、隼人は小っちゃい頃からずっと隼人だし? 私にとっては可愛い弟みたいなものだから」

三浦の不躾な態度を気にするでもなく、陽乃さんが年上らしく余裕と鷹揚さを見せながら、「そうでしょ?」 と、ばかりに葉山に同意を求める。

葉山「 …… ああ、そうだね」

だが、答える葉山の反応は些かぎこちなく、気のせいか声も心なし不自然に硬く沈んで聴こえた。

三浦「ふ、ふーん。そ、そうなんだ」

だが、そんな葉山の様子に気が付くこともなく意外にも三浦もあっさりと矛を収める。

もしかしたら、今のふたりの短い遣り取りで、言外にとはいえ互いが恋愛の対象外であるという言質をとったことで幾分気を良くしたのかも知れない。
でも、あーしさんたら、ちょっとチョロすぎやしませんかね。

俺としても三浦がハンカチ咥えながら「キーッ!! この薄汚い泥棒猫ッ!」(死語)みたいなベタな昼ドラ的展開を期待していなかったと言えば嘘になるが、もしかしたら、いきなりこの場で修羅場でバトル!に巻き込まれやしないかと内心冷や冷やしていただけに、やれやれこれでひと安心と胸を撫で下そうとした、まさにその瞬間、


陽乃「 ――― あ、そうそう。でもそういえば、私、隼人からプロポーズされたことがあったかしら」


これ以上はないといえるくらいの絶妙なタイミングで、いかにもわざとらしく胸の前で掌をぽんと打ち合わせながらの爆弾発言。


三浦「え? や? ちょっ? はぁ?!」

不意を衝かれて目を白黒させんばかりの三浦を尻目に、


陽乃「 ――― もっとも、小っちゃい頃の話だから、隼人の方はもう覚えてないかも知れないけど」

殊更冗談めかしてはいるものの、この女性(ひと)のことだ、今のセリフがこの場でどのような効果をもたらすかを十二分に計算し尽くした上でのことだろう。


葉山「どうしてキミはいつもそうやって …… 」

深い溜息とともに咎めるような視線を向ける葉山に対し、当の陽乃さんはまるで素知らぬ顔。
美しいガラス細工を思わせるようなその冷たく透き通った美しい面(おもて)には微塵の揺るぎも見受けられない。

………なんせ、この人の場合、同じガラスでもメンタルは防弾ガラスばりだからな。


葉山「前にも話しただろ? 陽乃は本当にただの幼馴染だよ」

取り繕うかのように口にはしたものの、咄嗟にとはいえその名を呼び捨てにしてしまったことに気が付いたのか、すぐにきまりの悪そうな表情に変わる。

三浦「だって、隼人、あの時 ……… 」

当然納得のいかないであろう三浦が更に何か言い募ろうとはしたが、そこではたと思い止まり、気まずそうに口を噤んでしまう。

三浦の言わんとした“あの時”というのが、先日の踊り場での一件を指しているであろうことは、その場所に居合わせた俺にはすぐに察しがついた。

当然、葉山もその事には気が付いているのかもしれないが、まさか当人たちのいる目の前でその事に触れるわけにもいくまい。


「 ―――――― あの時?」


小さく首を傾げながら、今しがたの三浦の言葉をそのままなぞるように呟いたその声は、陽乃さんの口から発せられたものだった。

僅かに細められた目は冴え冴えとした冷気を湛え、その瞳から放たれる鋭い視線は ―――――― なぜか真っ直ぐ俺に注がれる。

心の奥底まで覗き込むような瞳に絡み取られる前にと、咄嗟に目をあらぬ方にへと逸らしはしたが、

陽乃「ふーん、なるほど。そういう事、ね」

僅かな顔色の変化から何を察したものか、陽乃さんの口角がすっと吊り上がるのが見えた。


陽乃「 ――― この子も、私達と隼人の家の関係を知っているんだ?」


誰にともなく独り言のように口にされ、それでいて明らかに断定するような問い掛けに、当然の如く答える声は皆無。

だが、言葉の余韻すらも残さずその場に落ちた沈黙こそが、そのまま彼女の求める答えとなっていることは誰の目にも明白だった。


陽乃「あはっ♪ そうだ。お姉さん、いいこと思いついちゃった♪」


それがいかなる状況であれ、この女性(ひと)が今のようにとびきりの笑顔を浮かべた場合、大抵は碌でもないことを言い出すに決まっていた。

その証拠に彼女をよく知る葉山がそっと眉を寄せ、雪ノ下も「またはじまった」とばかりに小さく頭(かぶり)を振りながらひっそりと溜息を吐く。

はたせるかな陽乃さんは常よりも紅く濡れたように艶を帯びたその美しい唇から、柔らかく、甘く、優しい声音で、喜々として残酷な言葉を紡ぐ ―――――


陽乃「 ――――― だったらいっそのこと、隼人がこの場で誰を選ぶか決めちゃえばいいじゃない」


2年振りの更新。7月より本社復帰。続きはまた来週。ノシ゛

おかへりおつ

>>592

ただいまあり

ただいまあり


行き交う人々の衣擦れや雑踏の音。絶え間なく流れるアナウンスの中で、俺達のいるこの一角だけが時の流れから切り離されでもしたかのように、全ての音が遠のき、あらゆる情景が色を喪う。

まるで空気が急に薄くなったような息苦しさを覚えたが、咳払いひとつ、身動ぎすらも許されない重苦しい雰囲気に包まれた。

先ほどの陽乃さんの発言から、いったいどれほどの時間が経過しただろうか。

葉山は彼女の真意を探るが如く、薄く笑みを浮かべたその顔を凝っと見つめ、そんな彼の姿を三浦が気遣わしげに見ている。


陽乃「 ――― それで隼人はどうするの? 誰を選ぶの?」

言葉こそ静かだが、一切の妥協も甘えも許さない声の響きから彼女が本気でこの場で葉山に選択を迫っているのがわかった。

そもそも陽乃さんが本当に酔っているのかどうかすら、かなり怪しいものがある。
常に誰よりも覚めた目で物事を捉える彼女にとっては、例え浴びるほどの量の酒を飲んだところで酔うことなどできようはずもなく、仮に酔ったにしても、そんな自分の姿さえ、一歩離れた位置から冷静な目で見つめているに違いない。


対して葉山の採った行動は、ただ貝のように固く口を閉ざし、沈黙を守るというものだった。

なるほど、あくまでここは公共の場だ。いつまでも膠着状態を続けるわけにも行くまい。
それに、とりあえずこの場さえ凌げば後はどうにかなる。そういう考えも働いたのかもしれない。

いつものことながら身内に対する単なる悪ふざけや嫌がらせというにはあまりにも度が過ぎている。

とはいえ、葉山とて彼女との付き合いは長いはずだ。
いもうとのんほどではないにせよ、陽乃さんから無理難題をふっかけられるのも何もこれが初めてというわけでもあるまい。

にも拘わらず、その顔に浮かんでいるのはいつものはぐらかすような苦笑ではなく、―――― なぜか、戸惑いの表情だった。


その時、何の脈絡もなく俺の脳裏に林間学校の夜の出来事が思い出された。

あの晩、就寝間際に戸部から好きな女性の名を訊かれた葉山はイニシャルでひと言“Y”と答えている。

それが名前か苗字かは定かではないものの、逆にその曖昧な答えのお陰で、俺はひとり悶々とした夜を過ごすハメになったわけだが、それはまぁいい。
ついでに言えば戸部の想い人が海老名さんだと聞かされたのも確かその時が初めてだったと思うが、それこそホントにどうでもいいや。だって戸部だし。

あの時俺の頭に浮かんだのは、由比ヶ浜結衣、雪ノ下雪乃、三浦優美子、その三人の名前だった。

だが、もうひとり、同じイニシャルにあてはまる女性いることに気が付いた。

それも今、目の前に、だ。

確かに以前から葉山の彼女に対する見る目や、その語り口には何かしら引っかかるものを覚えていたのは事実だ。
雪ノ下と葉山。小さい頃から同じ背を見て育ち、追いかけつつ、長じるに従い片や反発し、片や従う道を選んだ。

男であり、血の繋がりのない葉山の抱く感情が、いつしか淡い憧れから純然たる好意に変わったとしても、何ら不思議なことではないだろう。

そして、聡い彼女がそんな葉山の気持ちに気が付いていないはずはない。


「 ―――――― 随分と趣味の悪い冗談ですね」


敢えて場の空気を読もうともせず、無理矢理茶化すように口を挿んだのは他ならぬ俺自身だ。

俺は偶然この場に居合わせてしまっただけだ。
本来は他人の家の事情に口を挿む権利はなどあろうはずもなく、それを理由に一歩退いた位置から傍観者に徹することもできたはずだった。
事実、もしこの件に雪ノ下が絡んでさえいなければ、余計な首を突っ込むようなマネはしなかっただろう。

だが、この流れは変えなければならない。俺の第六感がそう叫んでいる。あるいはそれは俺のゴーストが囁いたのかもしれない。


陽乃「そうかしら。私は本気で言ってるつもりなんだけど?」

口調こそ柔らかいままだが、俺に向けたその目に宿るのは背筋も凍る剣呑な光。その目が余計なチャチャを入れるなと告げている。

八幡「本気で言っているなら尚更ですよ。それに、こんな場所でするような話でもないでしょ」

陽乃「 ――― やれやれ、キミはもっと面白い子だと思っていたのになぁ」

小さく首を振りながら、わざとらしく溜息を吐く。

八幡「そんな面白い男だったら、ここまでぼっち拗(こじ)らせてやしませんよ」

陽乃「比企谷くんだってこういう馴れ合いを蔑んでいたんじゃなかったのかしら?」

心外とでも言わんばかりに、小首を傾げて見せる。

確かに彼女の言う通りなのだろう。以前の俺であれば葉山のとるそうした態度をこそもっとも嫌悪し、唾棄すべき行為として無条件に断じていたはずだ。

陽乃「それとも、何かしら心境の変化でもあった ――― とか?」

まるで全て見透かしたようなその言葉に、俺だけではなく雪ノ下の肩がぴくりと反応を示す。しかしその表情からは何も読み取れない。


陽乃「あーあ、なんか白けちゃったなー」

やや間を置いて、溜め息とともに告げられたそのひと言で、限界まで張り詰めていた空気が緩む。

最初から俺などお呼びではなかったのだろうが、あっさり鼻先であしらわれると思いきや、彼女の興を削ぐことはできたようだ。

自分でけしかけておきながら既にその遊びにも飽いたのか、それとも単なるいつもの気紛れなのか、本当のところはいったい何を考えているのかわからない。
それともただ単に葉山を追い詰めることで懊悩する姿を見ていて楽しんでいたのだとすれば、とんだドSだ。


陽乃「雪乃ちゃん、そろそろ帰ろっか」

おいおい、それはいくらなんでも自由過ぎだろ。その前にどうしてくれんだよこの雰囲気。なんかここだけエアポケットが生まれてんぞ?

陽乃「あ、私たちはもういいから隼人は代わりにその子 ……… えっと、あーしさん ……… だっけ? を家まで送ってあげたら?」

しかも、もう用済みだとでもと言わんばかりに葉山に対してひらひらと手を振って見せる。

さんざっぱら晒し者にした挙句、最後は放置プレイとか、ホント容赦ねぇな。

つか、今更どの面下げてふたりだけで帰れると思ってんだよ。それこそ針の筵だろ。このひとってば、マジ性格悪いのな。


しかし、それよりも何よりも、俺にはしなければならないことがあった。今、この機会を逃せばチャンスは二度と巡って来ないかもしれない。


八幡「 ―――― 雪ノ下」


俺のかけた声に、こちらに背を向けていた脚がぴたりと止まる。



陽乃「 ……… 呼んだかしら?」

八幡「 ……… いえ、妹さんの方ですから」 


このタイミングでそれって、絶対わかっててやってんだろ?


やや間を置いて、おずおずと振り向いた彼女の視線は相変わらず俺に向けられることはなく、だが、その瞳が微かに揺れ動いているのがわかった。

いざ声をかけはしたものの、何をどう伝えたらいいのかすらわからない。中途半端に上げた手が行き場を失い、どこにもたどり着けぬまま悪戯に彷徨う。

それこそまるで夜空に浮かぶ月の影を素手でつかもうとしているようなものだった。

しかし、それでも俺は、――― 


陽乃「 ―――― だめだよ、雪乃ちゃん。あなたはまた友達を、―――― 今度はガハマちゃんを裏切るつもり?」


背後からかけられたあねのんの言葉に、雪ノ下がびくりと反応し、こちらに向けて踏み出しかけていた足が再び止まる。

由比ヶ浜の名を耳にした三浦がはっと目を瞠り、どういう意味なのかと探るように俺と雪ノ下の顔を交互に見る。

陽乃「今までもずっとそうだったでしょ。忘れたの?」

優しく諭すかのような声音に、そこにあるべき温もりはまるで感じられない。そしてその言葉は的確に妹の弱点を突く。


雪乃「わ、私は ……… 」

ただでさえ白い顔を更に蒼白にして、雪ノ下が今日初めて俺の前で口を開こうとした。

―――― しかし、その言葉は途中で飲み込まれ、胸の前で小さく握り締められた手は、やがて力なく体の脇に垂れ下がる。



「 ――――― はっ、あんたにいったいあの子の何がわかるって言うのさ」




その時、思いがけず声を上げたのは三浦だった。

義憤に駆られ怒りに燃える瞳は真っすぐに陽乃さんへと向けられ、その苛立ちに渦巻く黒く猛々しいオーラを身に纏った姿はまさに俺の知る獄焔の女王。


三浦「あの子は、 ――――― 結衣は強いんだよ、あんたなんかが思ってるより、ずっとね」


陽乃「 ……… へぇ。本当にそうならいいのだけれど。けれど最初はみんなそうでも、結局は ――― 」

目を細め、訳知り顔で嘲笑うかのように言いかけた陽乃さんの言葉を、

三浦「今まであんたたちが出会ったヤツがみんなそうだからって、なんであの子もそうだって決めつけるのさ」

鋭い一言で決然と跳ね付ける。明らかに格上のあねのんに対して一歩も引かぬ構えだ。

そのまま火花を散らしながら睨み合うこと暫し、胃がキリキリと痛むような一瞬即発の空気の中で、


雪乃「 ――― そうね。私も三浦さんの言う通りだと思うわ」


更に何か言いかけた姉を遮るようにして雪ノ下が一歩前に出る。

無限にヒートアップするふたりの注意を自分に向けてさせることで水を挿す、という狙いもあったのだろう。そしてそれは十分効果を発揮したようだ。

虚を衝かれたようにふたりの視線が互いから逸らされ、たちこめていた不穏な空気がゆらぎ、薄れてゆく。

雪ノ下雪乃とと三浦優美子 ――― 何かにつけ対立していた相容れないふたりではあるが、由比ヶ浜という存在を介していつの間にか何かしらの絆が生まれていたのかも知れない。

言葉数こそ少ないが、互いの言わんとしていることは十分に理解しているようだった。

しかし、考えてみればこのふたりを、しかも同時に手懐けちゃうとか、ガハマさんたらある意味最強なんじゃね? もしかして魔眼の猛獣使いなの?


三浦「あんた、いいの? ホントにそれでいいわけ? あの子だって、結衣だって絶対そんなの望んでいないし」

珍しく自分に向けられた慮るような言葉に、雪ノ下が儚げな笑みを浮かべて応える。

雪乃「ありがとう、三浦さん。でも、――― これは、私が、私が自分で決めたことなのだから」

その言葉を口にする雪ノ下の目に迷いはない。少なくとも俺からはそう見えた。そしてそんな彼女に対して俺はこの場でこれ以上かける言葉を見つけることができなかった。


雪乃「―――― 行きましょう、姉さん」

先程とは逆に、妹に促され再度俺達に背を向けかけた陽乃さんが、思い出したかのように、何も言わず立ち尽くす葉山の姿を一瞥してぽつりとひとつ小さな呟きを残す。



陽乃「 ――――― 結局、隼人も自分では何ひとつ決めることが出来ないんだね」



寒々とした空間に響くそれは、蔑むでも嘲るでもなく、まるで心底憐れむかのような口調だった。


短いですが、キリがいいのでこの辺りで。ノシ゛

できれば今週中にもう1回。


* * * * * * * * * *


三浦「はぁっ? それって、つまり振ったってこと? 結衣を? あんたが? 何チョーシくれてんの? バッカじゃないの?」


ひと際高い怒号が店内に響き渡り、思わず俺は亀のように首を竦めてしまう。

周囲の客が驚いて一斉にこちらを振り向くが、見せもんじゃないわよと言わんばかりの三浦のひと睨みで恐れをなしたのか、すぐに目を逸らしてそらぞらしく日常の会話へと戻っていく。

先程から新米らしいウェイトレスさんがひとり、オーダーを取りに来ていいものかおろおろと右往左往しているのが見えた。ホント、すんません、色々と。
つか、他人をバカって言う方がバカだって学校で習わなかったのかよ。先生も恐くてこいつには言えなかったのかも知れないけど。

三浦「ハァ …… 、結衣も姫菜もホンッと、男見る目ないっていうか、趣味悪すぎっだつーの」

八幡「ちょっと待て、由比ヶ浜はともかく、海老名さんは関係ないだろ?」

聞き捨てならないセリフについ口を挿んでしまう。それに彼女の趣味は悪いどころか既に腐ってると思いますけど? 

三浦は俺をまじまじと俺の顔を見つめていたかと思うと再度、今度は聞こえよがしに大きな溜め息を吐いて見せる。

……… いや、そんな世紀末覇王みたいな顔して世も末だと言わんばかりの表情浮かべられてもだな …… 。俺なんか変なこと言ったかよ。


八幡「それより、お前、葉山の事はいいのか?」

三浦「 …… とりあえずLINEしといたから」

スマホの画面を見ながら物憂げに呟くところを見る限り、返事はないのだろう。

三浦「あんたこそ、こんなとこで油売ってて大丈夫なの?」

八幡「 ……… お前がそれを言うか?」

葉山をひとりあの場所に残すのは多少気が引けたが、だからといって俺に何ができるというわけでもない。
それに、今の俺には他人にかまけているような余裕もなかった。

結局、葉山のフォローは三浦に丸投げする形で、そのまま黙って背を向けたのだが、改札を抜けたところでなぜか俺を追ってきたらしい三浦にいきなり捕まり有無を言わさず近くのファミレスに連れ込まれて今に至る、というわけである。

まぁ、いずれにせよ陽乃さんが一緒だとわかっている以上、俺も今は迂闊に動くこともできないことも確かだ。


時間が時間だったせいもあってか店内は混み合っており、暫く待って案内されたのはふたりがけの狭い席。
お互いの足がくっつきそうな距離で、しかもすぐ目の前にあるのが眉間に縦皺を寄せた三浦の顔とあっては寛げと言う方が無理な話である。

三浦は三浦で自分から強引に誘っておきながら、その後は何を話すでもなく、頬杖をつき手持無沙汰げに金髪ゆるふわ縦ロールをみゅんみゅんと引っ張りながら遠い目で窓の外を見るばかりだ。


八幡「 ……… なんか食うか?」

黙っているのもなんか気まずいので恐る恐る声をかけると、三浦がふるふると小さく首を振って応える。

八幡「 ……… とりあえず飲み物だけでも頼んどくぞ」

返事はないが一応断りを入れてからコールボタンを押し、ドリンクバーを二人分注文する。

ウエイトレスのお姉さんが心なし震え声で、それでも律儀にオーダーを復唱してからそそくさと下がるや否や、


三浦「あーし、カプチーノ」 やおら三浦が口を開いた。

八幡「 ……… は?」


いやお前三浦だろ? いつの間に名前変わったんだよ? それともあれか? いわゆるA.K.A.ってやつ? お前もしかしてラッパーだったの? 


三浦「カ・プ・チ・イ・ノ」

くるりとこちらに顔を向け、デコデコにデコった指の爪先でコツコツとテーブルを叩きながら不機嫌そうになおも同じ単語を繰り返す。

……… なるほど、どうやら俺にカプチーノを淹れてこい、ということらしい。うん、最初から知ってた。

しっかし、いるんだよなー、こんだけ男女平等が声高に叫ばれるご時世に、未だに女は男にかしずかれて当然みたいに考えている超勘違いタカビー女。
自分は指一つ動かさないくせして、それでいて男が何もしないでいると、やれ気が利かないだの、気が回らないだの言って文句垂れるんだぜ?
そんなにぐるぐる回ってたら溶けてバターになっちまうっつの。 

だが、進路希望調査票第一希望に堂々と専業主夫一択と書いて職員室に呼び出され、進路指導の先生から小一時間に渡り懇々とセッキョーかまされたうえに反省文まで書かされるほどの男女平等原理主義者の俺としては、例え目の前にいる相手が誰であれ、ここはひとつガツンと言っておかなければ気が済まない。

半ば席から腰を浮かせながら、テーブルに手をつき、上から見下ろす形で三浦に向けてきっぱりと告げる。


八幡「 ……… 砂糖はどうする? シナモンスティックないけど、いいか?」



ちょどその時、テーブルをふたつほど置いて向かい側の席で、先ほどからこちらの様子をチラチラと窺っていた客と偶然目が合ってしまう。

俺が気が付いたのを見て、その顔に驚きと共にぱっと明るい色が掠めたような気がしたが、すぐに恥じらうかのようにそっと目を伏せる。

そして目の前に座る相手 ―― ここからはよく見えないが、多分、年配の女性だろう ――― に何かしら小さく声をかけると、大きなグラスを手にすっくと席を立った。

そのままドリンクバーに向かうのかと思いきや、わざわざ大きく迂回して俺達のいるテーブルの前まで歩み寄り、無言のまま俺の前でぴたりと立ち止まる。

さらさらと音を立てそうな黒髪、年相応のあどけなさに、何かしら見るものを落ち着かなくさせるような少しばかり危うげな透明感をまとう美少女、―――――― 夏休みの千葉村キャンプ場やクリスマスの海総高との合同イベントでも一緒だった小学生、鶴見留美だ。


八幡「 ……… お、おう、なんだ、お前か」

思わぬところで思わぬ人物に出会ってしまったせいか、中途半端な姿勢のまま声をかけてしまう。


留美「 ……… お前、じゃない」

返って来たのはいつものごとく抑揚に乏しい小さな澄んだ声音。

え? 俺じゃないの? ってことは背後に誰か見えてる? もしかして死んだオヤジ? いやまだ死んでねぇし。

どうやらそういう意味ではなく、お前呼ばわりしたのが気に障ったらしい。

八幡「おっとそうだったな、えっと、……… るみるみ?」

留美「な、なにそれ。そ、そんな恥ずかしい名前のひと知らない」///

今度は少しだけむくれた顔をして、ぷいとそっぽを向いてしまった。やだなにこの子反抗期かしら?


八幡「ところで、こんなところで何してんだ?」

留美「セイフクのサイスン ……… の帰り」


……… セイフク? サイスン?

一瞬、言葉の意味がわからなかったが、脳内で咀嚼してそれが“制服の採寸”だと気が付く。 

そういやこいつ6年生だっけか。つまり4月からは当然中学に上がるわけだ。
ホント、余所のうちの子供ってやたら成長早いんだよな。うかうかしているとそのうちに追い越されるまである。いやさすがにそれはない。

見れば返事こそぶっきらぼうだが、少しだけ誇らしげで、それでいて照れているようにも見えないこともない。
そこらへんの思春期の女の子特有の複雑な感情の機微については妹の小町で既に十分慣れている、というか完全に慣らされている俺はシスター・マイスター略してシスマイ。


留美「八幡の ……… お友達?」

八幡「あん?」

小さく俺に向けて問いつつも、その大きな瞳がチラチラと遠慮がちに三浦へ注がれている。

三浦とは夏休みの林間学校の時に会ってるし、忘れたくても忘れられないどころか下手をするとPTSDになりかねないようなインパクトを受けてるはずなのだが、どうやらその事にはまるで気がついていないようだ。
それよりも今は別の事が気になってそれどころではないらしい。



八幡「 ……… や、友達の友達っていうか、なんつーか …… 」

三浦「 ……… あんた友達いないっしょ」

答えに窮して小学生相手にしどろもどろになる俺に対し、三浦がそっぽを向いたまま、ぼそりと鋭いツッコミを入れる。
 
八幡「ちょっ、おまっ、何てこと言うんだよ? こいつに俺がぼっちだってことがバレちまうじゃねぇか?!」


留美「 ……… そんなことない」

八幡「あん?」 

るみるみが静かに、だがきっぱりと言い切る。左右に振られた首の動きにつれて艶やかな黒髪がはらはらと揺れた。



留美「 ……… それはフツウに知ってるから」

八幡「 ……… だったら最初っから聞くんじゃねぇよ」



三浦「あんたの妹 …… じゃないよね? 前見たのと感じ違うし」

三浦も三浦で昨年の夏に一度会ったきりの小学生のことなんぞまるで覚えていないのだろう。
覚えていたらいたでいろいろと面倒臭いことになりそうなので、もっけの幸いではある。

しかし、どこかで見たことがあることに気が付いたのか、眇めた目で視線を向けられた、るみるみの身体が固く強張るのがわかった。


八幡「あー……、それで、こっちのお姉ちゃんは俺のクラスメート、な。 見た目はちょっと怖いかもしんないけど ……… 」

そこで少しだけ間を置き、できるだけ当たり障りのない紹介しようと三浦の顔色を窺いながら慎重に言葉ぶ。


八幡「 ………… 中身はもっと怖い」

三浦「ちょっと何よそれぇ?!」

八幡「おっとすまん、つい本音が」

三浦「あんた今、本音っつった? っていうか、それって全然謝ってなくなくない?」

八幡「わかった、わかったから、そんなに怒んなって、今、訂正するから、訂正。 えっと ……… 大丈夫だ安心していいぞ。 見た目ほどじゃないから、な?」

三浦「だからそれ全然フォローにもなってないしっ!?」

三浦の剣幕にたじろいだるみるみが俺の背後にそっと隠れながら半信半疑といった態で俺の耳元に小声で問うてくる。


留美( ……… ホントに? 八幡も怖くない?) ヒソヒソ

八幡( ……… いや実を言うと俺も本当は怖いんだけどね) ヒソヒソ

留美( ……… やっぱり) ヒソヒソ


三浦「 ……… あんた達、それ全然丸聴こえだし。っていうか、いい加減にしないとあーし、マジ怒るよ?」


留美「 ……… でも、きれいな髪」

溜息のともにるみるみが手入れの行き届いた三浦の金髪をうっとりと見つめる。

ふん、とばかりに小さく鼻を鳴らす三浦も褒められて満更でもなさそうで、これみよがしに指で髪を梳いて見せる。


留美「 ……… 八幡、いつも違う女(ひと)連れてる。それも綺麗な人ばっかり」

るみるみの小さな唇から淡々と漏れ出たセリフに少しばかり棘を感じるのは気のせいか。


留美「 ………… もしかして、デート中 ……… だった?」

いったい何をどう勘違いしたものか、るみるみが思いもよらないことを口にする。


八幡「や、そういうんじゃないから」

動転のあまり首がもげてあらぬ方へ飛んでいきそうな勢いで頭(かぶり)を振りながら全力で全否定すると、


留美「 ………… そう、よかった」

ほっとした表情でぽしょりと呟き、


留美「あ、違くて、そうじゃなくて」///

慌てるように打ち消すその姿がいつになく年相応に見えて微笑ましい。


八幡「わぁってるって。邪魔したんでなければよかったってことだろ?」

そんなるみるみに俺が苦笑混じりのフォローを入れてやると、


留美「 ……… やっぱり全然わかってない」

なぜか今度はふすっとふて腐れたように呟きながら、小さく口を尖らせてしまった。


……… なんかこの年頃の女の子って、やたらと理不尽なんだよな。



「もしかして、八幡さん ――― かしら?」


気が付くといつの間にか俺達の目の前に品のよい笑顔を浮かべた女性が立っていた。

年の頃はうちの母ちゃんよりいくつか若いくらい、くせのない黒い髪と涼し気な目許の辺りに、るみるみの面影が窺がえる。

八幡「 ……… え? あ、はい。 ええ、まぁ」

自分で答えておきながら、何が“ええ、まぁ”なのかよくわからない。

「娘がいつもお世話になっています」

ひとりでテンパってしまう俺に小さく頭を下げるその女性 ―― 留美母に、俺も礼を返そうとするが先程からの中途半端な姿勢なのでそれもままならない。

仕方なく今更のように腰を落ち着け、改めてぺこりと頭を下げた。


留美「べ、別にお世話になんかなってないし」///

慌てて抗議する娘にとりあわず、留美母が笑顔のまま言葉を継ぐ。

留美母「この子ったら、家ではあなたの話ばっかり」

留美「う、嘘だから。し、してないからっ! 全然してないからっ」///

良きにつけ悪きにつけ、俺の話題が他人の口に昇ることからして既に珍しい。
るみるみが家ではいったい親にどんな風に俺の話をしているのか気にならないといえば嘘になるが、母親の俺に対する態度や物腰からして、そう悪いものではなさそうだった。
それに、なんであれ気兼ねなく話せる親がいるということは、るみるみにとっても良いことなのだろう。


留美母「あらあら、この子ったら照れちゃって」

留美「照れてないんてないから。ホント、そんなことないから。ほら、お母さん、もう行こ」

真っ赤になってぐいぐいと身体を押す娘に、るみるみ母は苦笑を浮かべながらもう一度俺に向けて会釈すると、るみるみに急かされるようにしてその場を後にした。

そんな微笑ましい母子の姿を見送る俺の口許にも自然と笑みが浮かんでしまう。


―――― と、不意にるみるみがひとり、こちらに小走りで駆け戻ってきた。


八幡「ん? どうかしたのか?」

俺の問いに、しばらくは何も答えずひとりなにやらもじもじとしていたるみるみだが、やがて、


留美「 ………… から」

八幡「ん?」

留美「 ……… わ、私、八幡と同じ高校行くつもりだから」

顔を真っ赤にしながら、やっと聞こえるような小声でそう告げる。


八幡「お、おお、そうか。 ……… なんか知らんがとりあえず頑張れよ」

言うまでもないことだが、るみるみが入学する頃には俺など影も形もないだろう。逆にまだ居たとしたらそれはそれでかなり問題がある。

それでもその時のるみるみの口振りというか健気な雰囲気というかが、なんとはなしに小さい頃の小町に似ていたせいなのか、ついつい無意識のうちに妹にやるような調子で、頭にぽんと手を置いてしまう。

やってからしまったと思ったがもう遅い。

キモイとかいって怒られない内にその手を引っ込めようとしたのだが、ふとるみるみの顔を見ると照れながらも少しだけ嬉しそうに口許が綻んでいる。

完全にタイミングを失った俺がるみるみの頭に手を置いたままにしていると、しばらく目を細めてじっとしていたるみるみが、やがて思い出したように俺からすいと一歩離れ、くるりと身を翻して、再び小走りで母親の許へと走り去ってしまった。

去り際に俺にだけわかるよう小さく手を振って見せたのは、それが別れの挨拶だったのだろう。



三浦「 ――― ちょっとぉ、さっきの子、どう見たって中学生くらいじゃない。あんたもしかしてそういう趣味があるわけ?」

仄かに暖かい気持ちに浸りながらカプチーノを手に戻ってきた俺に対し、三浦が無遠慮な言葉を投げつけてきた。

その手にはなぜかスマホが握られている。

八幡「ん? お前どこに電話してんだ?」

三浦「アムネスティ」

八幡「ばっ、ちがっ やめっ、おまっ、何言ってんだよ! 天に誓ってもいいが、俺はシスコンであってもロリコンじゃねっつの」

三浦「なにそれ、あんたやっぱりシスコンだったの? 超キモいんだけど?」

八幡「おい失礼なこと言うな。言っとくけど別に全然キモかねぇぞ、俺の妹は」 むしろ可愛くて可愛くて仕方がないくらいだし。

三浦「 ……… あんたのことだってば」


三浦「それにしても、あんた年下からずいぶん慕われてるみたいじゃん」

八幡「ん? そうか? まぁ、なんか知らんが確かに子供と動物にだけは好かれるみたいだけどな」

その分なぜか同じ年頃の女子からは嫌われるんですけどね。 理由? 俺が聞きてぇくらいだよ。


三浦「そういえば、あのサッカー部のマネ ……… 一色だっけ? にも慕われてるみたいだし」

その目がますます疑い深く狭まる。

八幡「や、あれは好かれてるとか頼られてるとかそんな可愛げのあるもんじゃなくて、単に隙あらば都合よく俺を利用してやろうと狙ってるだけだろ」

何気に返した俺のその言葉に何か思うところでもあったのか、急に三浦がむっつりと黙り込んでしまう。そして、


三浦「 ……… 都合よく、か」


それきり何事か物思いに耽りながら、俺の淹れたカプチーノにそっと口をつけた。


このくだり、あとちょっとだけ続きます。長くなるので今日はこのへんで。

続きは近日中に。ノシ゛


カップを手にしたまま、三浦が少しだけ驚いたように目を丸くする。

そして、何かしら問いたげな視線をくれる三浦に、

八幡「淹れ方にちょっとしたコツがあるんだよ」

さりげなく、だが鼻につかない程度に自慢してみせる。

お湯を注いでカップを温め、その後にカプチーノを注ぐ。
最初に出てくるミルクは半分ほど使わずにそのまま捨て、シングルのエスプレッソをもう一度注ぐ。
たったこれだけのことなのだが、驚くほど味が良くなる、ドリンクバーだからこそできるテクニックである。

八幡「ちっとは元気出たか?」

三浦「別に落ち込んでたわけじゃないし」

僅かに唇を尖らせて抗議する素振りを見せるが、普段のありあまる覇気がまるで鳴りを潜めている。

三浦「っていうか、もしかしてあんたこういうの慣れてんの?」

こういうの、とはつまり女性の扱いとかそういう諸々の意味合いが含まれているのだろう。

更に俺くらいともなれば、その中に含まれる“全然そんな風には見えないんですけどぉ”というニュアンスまでわかってしまう。でっけぇお世話だっつーの。


三浦「 ――― あーし、隼人からどう思われてるんだろ」

不意に三浦がぽしょりと呟く。
それが俺に向けてのものなのか、単なる独り言なのかまではわからない。しかし、その意図するところは問うまでもなく明らかだ。

八幡「どうって、……… 何がだよ」

三浦「もしかしたらあーしも隼人からそんな風に思われてるだけなのかな」

自嘲気味に言いながらも、その声に微かな湿り気を帯びる。

そんな風とは、先ほど俺が口にした、“都合よく利用しようとしている”という言葉を示しているのだろう。

八幡「や、そんなこと …… 」

ないだろう、と言いかけてそのまま口ごもってしまう。あながち的外れとも言い切れないことに気が付いたからだ。

文化祭実行委員長であったあの相模南を例にとるまでもなく、三浦のポジションになり代わりたいと鵜の眼鷹の眼で狙っている女子はいくらでもいる。
だが、三浦が傍にいる限り、他の女子はおいそれと葉山には寄ってはこれない。
それはつまり、他人との間に常に一定の距離を設けようとしている葉山にとって格好の予防線の役割を果たしているということになる。

加えて、葉山が光輝けば光輝くほど、それだけ三浦に落ちる影、つまり彼女に対する嫉みややっかみは強くなる。

さすがに面と向かってということはないだろうが、見えないところで陰口や中傷、嫌がらせだってあるのかもしれない。
いかに気丈に振る舞ってはいても、そこはやはり年頃の女子だ。何も感じないということはあるまい。

果たして葉山がそこまで計算して三浦を傍に置いているのかどうなのかまではわからない。
しかし、時折垣間見せる葉山の冷淡さや酷薄さは、俺にとある女性を連想させることもまた、事実だった。

朱に交わればなんとやら。普通に考えて彼女から少なからぬ影響を受けてきたはずの葉山が、見かけどおり只の感じのいい好青年だけであるはずもない。


三浦「あのふたり、どういう関係なんだろ」

葉山の態度から、こいつも何かしら察していたのかも知れない。

八幡「まぁ、俺も詳しくは知らんが、なんでも親同士が古くからの知り合いらしくて、あの三人も小さい頃から姉弟みたく育ったって聞いてるぞ」

口ではそうは言ったものの、もちろんそれだけではないことは俺にもよくわかっていた。

三浦「ホントにそれだけなのかな?」

八幡「他人の家の事情なんてわからんし、それこそ憶測だけでどうのこうの言ったところで始まらんだろ」

まるで突き放すような言い方になってしまったが、事実その通りなのである。
どんなに相手に想いを寄せ、募らせていようとも、それはあくまでも自分の勝手な思い込みや独り善がりを押し付けているに過ぎない。

海老名さんではないが、相手によって引かれた線を踏み越える勇気がないのなら、やはりそれはそれまでのことなのだ。
そして、踏み込むと決めた以上は、当然相手に拒絶されることもまた覚悟の上でなければならない。

だが、三浦とて別に気の利いた答えを求めているわけではあるまい。つい思わず胸の内の呟きがポロリと漏れてしまったのだけのことなのだろう。
なまじ近しい人間なんかよりも、利害関係や後腐れがない分、むしろ行きずりの赤の他人の方にこそ本音を吐露しやすいという心理もあると聞く。

いや、よく考えたら俺も一応こいつのクラスメートだったはずなんですけどね。


気が付くと、窓の外を眺める三浦の頬を光るものが伝って落ちていた。そのうちにくすんとひとつしゃくりをあげる。

八幡「 ……… お前、結構よく泣くのな」

三浦「うっさい!」

返す言葉はいささか鼻声で、当然、いつものような迫力はない。先ほどの一件で余程気落ちしてるということなのだろう。

そんな三浦を見ているのに偲びなくなった俺は、少しだけ躊躇ったがそのまま黙ってハンカチを差し出す。

三浦「 ……… あんた、それ」

八幡「ちゃんと洗ってあるし、今日は一度も使ってない」

嘘ではない。最近は駅はもちろん大抵の店のトイレにもハンドドライヤーが設置されているので、ハンカチを持ち歩いていても使わずに済むことの方が多い。
そして、そのままズボンと一緒に洗濯機に放り込んでしまい、乾燥して固まった状態でポケットから出てきて母ちゃんに怒られるというのは年頃の男の子あるあるだろう。まぁ、妹に怒られるのは俺くらいかもしれないが。

暫く迷う素振りを見せていた三浦だが、結局あんがと、と照れたように小さく呟くと俺の手からそれを受け取り、


三浦「んぶっ、ち ―――――――――― ん」


……… だからなんで俺の周りってば、こんなヤツばっかりなんだよ。


八幡「だから言っただろ、葉山の相手は大変だぞって」

三浦「そんなことわかってるし。……… でも、しょうないじゃん」

好きになっちゃったんだから、と消え入りそうな声で呟く。

八幡「お前、あいつのどこがそんなに気に入ったわけ?」

まぁ、爽やかなイケメンでスポーツ万能、成績も学年トップクラス、父親は弁護士で母親が女医さん、しかも家はお金持ちとくれば俺だって嫁にもらってもらいたいぐらいだが。


三浦「 ………… ルックス」

八幡「って、即答だな、おい!?」

少しは考えるとかしたらどうなんだよ。色々とブチ壊しだろ。


三浦「それにイケメン連れてると、なんか気分いいし?」

八幡「 ………… いっそ清々しいほどだよな、お前って」 

おいおい、こんなメンクイ、ラーメン大好き小池さんくらいしか知らねぇぞ?


三浦「 ………… だって、最初(はじめ)はみんなそんなもんでしょ?」

八幡「まぁ、そりゃそうなんだけどな」

確かにファーストインプレッションは重要だよね。人は見かけが八割ともいうし。
つまり逆を言えばそれだけの容姿を誇りながら第一印象が最低最悪というこいつや雪ノ下はいったいどんだけ中身がアレなんだよって気もするのだが。



八幡「んで、いつからなんだ、それ?」

頃合いを見計らって、先程からずっと気になっていたことを切り出すと、三浦が一瞬だけキョトンとした顔になる。


八幡「 …… 目だよ、目」

言いながらひ人さし指で自分の左右の目を交互に差してみせる。


三浦「気が付いたのはやっぱ最近 …… かな」

何か言い返しかけたが、結局、観念したように三浦が白状する。

本人は別に意図しているというわけでもないのだろうが、こいつが人や物を見る時に目を眇めるクセがあることには気が付いていた。
目つきが悪いのは元からなのかもしれないが、いや間違いなくそうなのだろうが、目が悪くなったせいで更に人相が凶悪になっている。

戸部ですらすぐにそうと気が付いた雪ノ下母の容姿や、一度は会っているはずのるみるみにそれと気が付かなかったのもそのためなのかもしれない。
それでいて遠目にも葉山だと気が付いたのは、やはり恋心のなせる業なのだろうか。 いや、よく知らんけど。


三浦の視力が悪化した原因は聞かずとも想像できる。

いかにもギャルギャルした見かけや言動にも拘わらず、由比ヶ浜や戸部と違って三浦の成績が悪いという噂はついぞ聞いたことがない。
かといって見てくれがいくら似てるからといって、まさかビリギャルのように地頭がいいとも思えない。

恐らくそれは外見のみならず中身も葉山に釣り合うようにと常日頃からよほど根を詰めて勉強しているのに違いない。

―――― それこそ、視力が落ちるほどに。

もしかしたら三年進級時の文理選択のみならず、その先までも見据えて葉山と同じ大学を受験することすら考えているのかも知れない。

そこまで想いを募らせながら葉山に対して今一歩が踏み出せないでいるのは、家同士の約定を楯に拒まれることを恐れての事なのだろう。

確かに、今のままでは例え三浦が葉山に想いの丈を告げたところで結果は目に見えていると言わざるを得ない。


八幡「 ――― ひとつだけ、あいつの本心を訊きだす手立てがないわけでもない」

三浦「 ………… え?」

そんなことができるのかと問う三浦の視線をそのまま見つめ返し、それが事実であることを伝えるためにゆっくりと頷いて見せる。

簡単なことだ。葉山から全ての虚飾を剥ぎ取り、一切の言い訳を奪い去り、完全に退路を断ったその上であいつの本音を引きずり出しさえすればいい。

しかし、問題があるとすればひとつ ――――

八幡「一応断っとくが、必ずしもお前の期待するような結果になるとは限らんぞ」

例えこれから何をするにせよ、伴うであろうリスクは正確に伝えておいた方がフェアというものだろう。

それに敢えて口にこそ出さなかったが、もし俺の勘が正しければ、そうなる可能性の方が高かった。 

なぜならば葉山は ――――― 


三浦「その時は …… その時じゃん」

俯く三浦の声が僅かに震える。だが、次の瞬間には強く固い決意を込めた目で俺を睨み付けながら、きっぱりと言い放つ。


三浦「それに、隼人がこれから先も同じ想いを抱えていくより、そっちの方がずっといいと思う」

なるほど、恐らく三浦にとって葉山こそが、かけがえのない唯一無二の“本物”なのだろう ――― 俺にとっての雪ノ下でそうであるように。



正直、三浦が葉山を落とすことが出来れば俺の仕事もやりやすくなる、そういう計算が働かなかったわけでもない。
何も知らない三浦を駒として利用するのは幾分気が引けたが、なにぶん、今回は相手が相手だ。手段なぞ選んでいられないし選ぶつもりも毛頭ない。

八幡「もう一度確認するが、お前は葉山の本心が知りたいってことでいいんだな?」

俺の問いに、三浦がこくんとひとつ頷いて答える。

その瞳が、何をするつもりなのか、と問うていたが無言でスルーする。誰であれ、今はまだ手の内を明かすわけにはいかない。

しかし、その代わりとでも言うように俺はきっぱりと断言した。


八幡「 ―――― そうか、わかった。だったらお前のその依頼は、奉仕部(おれ)が責任を持って引き受ける」


三浦「 ――― そういえば、結衣がさ、あんただったら何とかしてくれるかもって言ってた」

店を出て、寒さに白くけぶる息の向こう、数歩離れた位置から三浦が振り返りざまに俺に向けて声をかけてきた。

八幡「なんだそりゃ」

いくらなんでも買いかぶり過ぎだろ、と苦笑を浮かべる俺に、

三浦「あーしも最初聞いた時はそう思ったけど、結衣が信じるなら、あーしも信じていいかなって。 それに、今なら …… 」

不思議な色を湛えた瞳でじっと俺を見つめる。そして、


三浦「 ……… やっぱ、なんでもない」

なぜか怒ったようにそう言いながら、ついと俺から目を逸らす。



「 ……… 思ってたより、いいヤツみたい、だな」ボソッ



三浦「なっ? ちょっ? はぁ? だ、誰もあんたのことなんて、そんな風に思ってないし!?」


八幡「え? あ、や、お前のこと言ったつもりなんだけど?」

俺の独り言に反応して盛大に自爆したらしい三浦が真っ赤な顔で黙り込む。

そして、俺はそんな彼女に訥々と語り掛ける。

八幡「なぁ、三浦。これからも由比ヶ浜のこと、その …… 色々と助けてやってもらえるか?」

これから俺がしようとしている事で、俺たちの三人の関係は壊れてしまうかもしれない。少なくとも今までのままというわけにはいくまい。

そんな時に由比ヶ浜を支えてやれるのは、彼女のことをよく知るこいつしかいない。

それに、こいつは絶対に友達である由比ヶ浜を見捨てるような真似だけはしない。そう信じることができた。

欺瞞だろうが偽善であろうが、それでも自分の大切なものは守りたい、そんな思いが無意識に紡いだ俺の本心だった。

そんな俺に対し、三浦は少しだけ意外そうな表情を浮かべていたが、すぐに小さく頷く、―――― と思いきや、


三浦「はぁ? そんなことヒキオに言われるまでもないんですけど?」


いつものように勝気で、高飛車で、それでいて少し照れたような、はにかんだ笑みを浮かべて寄越す。


八幡「そりゃそうだ」 いかにも三浦らしい返事に俺も苦笑で応える。


八幡「じゃ、な」

三浦「 …… ん」


いつの間にか三浦との会話にかなりの時間を費やしていたことに気が付く。

三浦はああ言ってくれたが、俺にできることといえば、せいぜいその場凌ぎによる時間稼ぎで問題を先送りにするくらいのものだ。
詭弁を弄して小手先でごまかし、既存の枠組みを壊してしまう。結局のところ誰も幸せにはならないし、そもそも俺にそんなことはできやしない。

場合によっては時間が解決してくれることもある。だが、それは最初からなるべくしてそうなっただけであり、決して誰かのせい、ましてや俺の功績というわけではない。

他人が手を差し伸べなくとも、助かる者は勝手に助かり、そうでない者もいずれは自分の足で立ち上がらなくてはならない。

そして、幸福とは有限である。誰かが幸せになる一方で誰かが不幸になり、誰かが笑う影で誰かが涙し、誰がが得をする一方で、誰かが損をしている。

しかも、大抵の場合、損をするのも正直で善良な人間なのだ。つまり逆説的にいえば損ばかりしている俺は正直者で善人ということになるんじゃね? いや、ならないか。


いずれにせよ、誰もがみんな主人公なんて幼稚園でやる桃太郎の演劇みたいなことはありえない。

だから、みんなを救おうとするやり方では、自ずと限界が生じてしまう。事実、あの葉山でさえ、すぐ傍にいる三浦を救うことすらできないではないか。


だとしたら、

もし、本当にそうなのだとしたら、

みんながみんな幸せになる方法がないのだとしたら、



―――――― いっそのこと、みんな不幸になってしまえばいいのだ。


キリがいいので今日はこの辺で。

このまま週2くらいのペースで……できたらいいですね。ノシ゛



小町「 ――― お兄ちゃんどこ行くの?」


朝、出掛けに玄関の框(かまち)に腰掛けて靴の紐を結び直していると、背後からいきなり小町に声をかけられた。

自慢ではないが自他共に認める根っからの引きこもり体質であるこの俺が、わざわざ休みの日に、それも二日続けて朝から出かけるなんて滅多にあることではない。

いつも脳天気なお天気お姉さんが、もしかしたら今日は雪が降っちゃうかも知れませんねー、などと無責任なことを言っていたのも実は俺のせいなのかも知れない。


休みの日と言えばいつも昼近くまで惰眠を貪るような兄(つまり俺)と違って、小町はニワトリや年寄り並みに起きるのが早い。
三歩歩いただけで全て忘れるところもよく似ているので、もしかしたら前世は鳥だったのかもしれない。なにしろ俺もオヤジも揃ってチキンだし。

ニワトリといえば朝一番に鳴く鳥、というのが世間一般のイメージなのだが、殊、千葉市に限って言えば朝鳴く鳥といえばそれは即ちカッコウのことである。

毎朝きっかり7時に聴こえてくる鳥の声を何の疑いも感じることなく本物だと信じ込んでいたら、実は防災無線のチェックを兼ねた時報でしたなにお前そんなことも知らねぇのかよぷすーくすくすとか言われた時のショックは、ネイティブな千葉市民であれば誰しもが一度は経験する通過儀礼のひとつだろう。

ちなみに正午の時報はウェストミンスターの鐘、午後五時は夕焼け小焼けだ。なんだよその千葉のマメチ。


八幡「ん、まぁ、ちょっとヤボ用でな」

小町「 ……… ふーん、あっそ」

わざわざ呼び止めてまで訊いておきながら、あまりに素っ気ないその返事もどうかと思うが、変につっこまれても困る。

小町「御飯どうするの?」

八幡「いらね」

小町「いらないって ……… 」

少しばかり不機嫌そうになってしまった声に驚く気配が背中越しに伝わる。

八幡「や、なんつーか、今日は食欲ないんだよ」

慌ててフォローするように付け加えると、

小町「 ……… そうじゃなくって、今日はお兄ちゃんが用意する番なんだけど?」

見れば既に用意していたらしい茶碗と箸をこれ見よがしに持ち上げている。

八幡「って、そっちかよ。悪りぃけど忙しいんだ。冷蔵庫に昨日の晩飯の残りがあったろ? チンしとけ、チン」


小町「 >>お兄ちゃん ご飯まだぁ?」 チンチン

八幡「 ……… そうじゃねぇよ。レンジでチンしろってんだよ」


小町「ところで、お兄ちゃん」

八幡「あん?」

小町「もしかして小町に何か隠し事とかしてなぁい?」


……… あ、これあかんやつや。

どのようなシチュであれ、女が男に対してこのセリフを口にした場合、まず間違いなく何かしらの証拠を掴んでいると考えていいだろう。
それを敢えて遠回しかつ婉曲な訊き方をしてくるあたりに、中学生にして既に女性特有の底意地の悪さを感じざるを得ない。
兄としては妹の成長を喜ぶべきなのかもしれないが、男としては素直に喜べないものがある。

雪ノ下の留学に端を発する諸々の出来事は、遅かれ早かれいずれ小町の耳に入ってしまうことはそれこそ時間の問題だ。

だからこそ小町に見咎められない内にとさっさと家を出ようとしていたのだが、早くもその目論みが外れてしまった。

内心の動揺と焦りを押し隠すようにして、顔を逸らし、わざとゆっくり腰を上げる。
つま先で軽く床を蹴り、靴を足に馴染ませるふりをするその間も、絶えず俺の背中に小町の視線が突き刺さるように注がれている気がして振り向くに振り向けない。


八幡「 ……… んだよ藪から棒に」

ようやく返した言葉も、ついぶっきらぼうになる。

小町「 ……… 実は、さ、昨日の晩、結衣さんからこないだのお誘いの件で返事があったんだけど」

由比ヶ浜の名を耳にして反射的にぎくりとして振り向くと、案の定、小町が不機嫌そうに口をへの字にひん曲げていた。


八幡「お、おう、そうなのか。 ……… んで、なんだって?」

小町「“色々あって返事が遅くなっちゃってごめんね”って」

八幡「それだけか?」

小町「それだけ? ってことは、やっぱり他にも何かあったってこと?」

八幡「や、別にそういうわけでもないんだが」

ではなぜそんなことを聞くのかとツッコまれたらそれはそれでやはり返答に困ってしまう。どうやら藪をつついて出てきたのは棒ではなくてヘビだったようだ。


小町「色々ってなに? 雪乃さんとはどうなってるの? ふたりともちゃんと仲直りできたの?」

次々と質問が飛んでくる。でもお兄ちゃん聖徳太子じゃないんだから質問は一度にひとつにしてくれない?


八幡「 ……… コホンッ。 まぁ、とりあえずその件に関しては一応前向きに善処する方向で検討してはいる、かな」

小町「 ……… それってなんか政治家の典型的な国会答弁みたいだね、ダメな方の」



小町「 ――― あっきれたぁ。なんでそんな大事な事、今まで小町に黙ってるかなぁ」


仕方なく事情をかいつまんで話して聞かせると、小町がぷくりと頬を膨らませる。

それにしても怒らないから正直に言ってごらんと言われて正直に答えた時に怒られる確率の高さはやはりちょっと異常。
嘘つきは社畜営業の成れの果てって学校で習わなかったのかよ。俺も習ってねぇけど。


八幡「余計な心配かけたくなかったんだよ。ほら、お前も一応受験生なんだし」

他にも色々と事情はあるのだが長くなりそうなのでその件については触れないでおく。

小町「それはそうかもしんないけどさ」」

他意はなかったにせよ結果的にはひとりだけ除け者扱いされたことになるのだから、小町としても面白くなくて当然だろう。

小町「それにしたって何がショックって、家の中でさえいつもハブられてるお兄ちゃんにまでハブられたことが小町的には一番のショックだよ。ポイント低いよ」

八幡「 ……… お兄ちゃん的にはお前のその発言の方がよっぽどショックなんだけど」

そういやたまの休みの日とか俺がいない時に限って、みんなで出前とったり外食とかしてるよな。それも結構高いヤツ。



小町「それで、このままだと雪乃さん留学しちゃうかも知れないの?」

八幡「まだ完全にそうと決まったわけじゃないけどな」

小町「なるほど、色々ってそういうことだったんだね」

ふむふむと感慨深げに首肯する。

八幡「 …… まぁ、そうだな」

小町「雪乃さんは何て言ってるの?」

八幡「それが雪ノ下とは全然連絡がとれてない状況だからな」

そう言ってポケットからスマホを取り出しメーラーを立ち上げると、小町も俺の手元をのぞき込む。


小町「うわっ! 英語?! ってことは、もしかして雪乃さん、もう外国行っちゃったの?!」

八幡「 …… いやこれ、リターンメールだから」


実のところ昨晩から雪ノ下に連絡しようと試みてはいるのだが、いずれも不発に終わっている。
女の子にメールしてスルーされるのは初めてではないし、恐らくはこれが最後でもないのだろうが、とにかくこのままでは埒があかない。

直接会いに行くにしても、昨日の話では今日はあねのんと一緒のはずだ。さて、これからどうしたもんかと考えあぐねいていたところでもあった。


小町「リターンメール?」

なんぞそれ、とばかりに頬にひとさし指を当て、こればかりは俺とよく似たアホ毛をハテナマークにして首を傾げる。

八幡「よくあんだろ、ほら、"間違って"ドメインごとブロックされちゃったり、"ついうっかり"メルアド変えたのを伝え忘れちゃったり」

なんだそんなことも知らねぇのかよ、とばかりにお兄ちゃんぶって答える俺に、小町がますます首を深く傾げて見せる。


小町「小町、ないけど?」

八幡「 ……… マジかよ」


俺なんてメアド交換して最初に送ったメールがリターンしてくるなんてざらざらにざらだぜ? 女子にされるとホント凹むんだよな、あれ。期待してる分だけ振り幅でかいし。


小町「あ、でも雪乃さんに限ってそんなことするような人じゃないし、きっと何か理由があるんじゃないかな、お兄ちゃんの方に」

八幡「なにそれもしかして俺の方にはそんなことをされそうな理由があるとでも言いたいわけ?」


八幡「そんなわけでお兄ちゃん、悪いけど色々と忙しいんだよ。話の続きはまた後で、帰って来てからゆっくりな」

小町「あ、お兄ちゃん!?」

ちっ、仕方ない。ここはひとつ、奥の手を出すとするか。


八幡「あ ―――― っ! カマクラがタマゴ産んでる!」

小町「えっ? ホントっ?! どこどこ?」


……… いや、ふつうにネコ、タマゴとか産まねーし。だいいちカマクラはオスだろ。

なおもしつこく食い下がろうとする小町を半ば強引に振り切るようにして俺は玄関の扉を潜り抜けた。




「 ―――― あら、こんなところで偶然ね」


明るく柔らかく親し気とさえいえるはずなのに、その声を耳にした途端に背筋を冷気が這い上がるような気がしたのは何も冬の朝だからというだけではあるまい。

八幡「 ……… いや偶然て、ここ俺んちなんですけど」 しかも、こんなところて。

俺のツッコミをさらりと聞き流し、その声の主 ――― 陽乃さんは開け放たれた黒塗りのハイヤーの後部座席のドアからすらり優雅に降り立つ。

そんなさり気ない仕草も、この人の場合、まるで女優のように様になる。

見るとどうやら車に乗っていたのは陽乃さんだけの様子。だとすれば雪ノ下は今、あのマンションでひとりきりということなのだろうか。


ちょうどその時、俺の背後で今しがた締めたばかりの玄関の扉の開く音がした。

小町「 ――― あれ? お兄ちゃんどうかしたの ……… って、はわわわわ、陽乃さん?!」

振り返れば扉の隙間から外を覗く小町の目が驚きのあまり真ん丸くなっている。


陽乃「およ? 小町ちゃんだ。おはやっはろー! お久し振りだねぇ」

由比ヶ浜だとまるでトイレのLEDのように無駄に明るい挨拶も、陽乃さんがやるとあざとくも魅力的に見えてしまうから不思議な。

俺は一瞬だけ迷った後、すぐにくるりと回れ右して小町へと向き直る。


八幡「小町、スマンが俺ならいないと言っといてもらえるか?」

陽乃「 ……… そこまで堂々と居留守使われるのはさすがに私も初めてなんだけど」


小町「えっと、あの、今日はいったいどうされたんですか?」

陽乃「ええ。たまたまこの近くを通りかかって ――― あ、でも、ちょうど良かったわ。比企谷くんにちょっと訊きたいことがあったし?」

んなわけねーだろ、と喉まで出かかった悪態をかろうじて飲み込む。そんなタマタマ、サザエさんちにだっていやしない。


八幡「わざわざこんなところまで来ていただなくても、俺の連絡先はご存じのはずじゃありませんでしたっけ?」

もちろん俺が教えたわけはない。

横目でジロリと見ると、小町が目を逸らしながら窄めた唇からしきりにひゅーひゅーと掠れた音を漏らしている。もしかして口笛で誤魔化しているつもりかそれ?

陽乃さんは陽乃さんで、わざとらしく鼻にかかった甘い声を出しながら、しなりと身を寄せてくる。

陽乃「だってぇ、どうせ近くに寄るんだったら比企谷くんの顔が見たかったんですものぉ」


八幡「 ……… それって絶っ対、俺の嫌がる顔がって意味ですよね?」



* * * * * * * * * *



陽乃「 ―――――― あら、美味し」


コーヒーカップに口をつけた陽乃さんの形の良い唇に品の良い柔らかな笑みが浮かぶ。

寒い処で立ち話もなんですから、続きは中でいかがですか ――― 止める間もなく小町がそんな余計な事を言い出したせいで、結局のところ俺にとって極めつけの疫病神とさえいえる存在を家に招き入れることになってしまったわけである。

普段から何かと気のつく上に可愛くてよくできたどこへ出しても恥ずかしくないがどこにも出すつもりのない超自慢の妹ではあるのだが、こんな時ばかりはその性格が恨めしい。


八幡「すみませんね。うち、滅多に客とか来ないんでインスタントくらいしかご用意できなくて」

陽乃「いいえ、お気になさらず」

口に合うかどうかというよりも、雪ノ下の紅茶好きからしてあねのんも紅茶党なのかもしれないが、残念ながらうちの家族は揃いも揃って皆コーヒー党だ。

厳密にはその中にも更に派閥があり、小町はどちらかというとカフェオレ派だが俺はマッ缶原理主義。オヤジと母ちゃんに至っては嗜好品としてではなく気つけや眠気覚ましとしてカフェインを摂取するのが目的なので基本ストレートで砂糖もミルクも一切入れない。
ブラックなのは勤め先の会社だけにしとけばいいのに。



陽乃「こちらこそ、お休みの日にいきなりお邪魔しちゃってごめんなさいね」

小町「いえいえ、お邪魔だなんてとんでもない!」

応じながら小町が両手と首をぶんぶん振り、その拍子にアホ毛がぴょこぴょこ揺れる。

小町「それに休みの日といえばいつも家でゴロゴロしてて美少女アニメが始まるとテレビの下からスカートの中を覗こうと必死になって無駄な努力してる兄の方がマジでキモくてウザくて邪魔なくらいですから」

八幡「うんうんドサクサに紛れてお兄ちゃんの恥ずかしいプライバシー晒すのやめような?」


小町「あ、ところでお兄ちゃん、お茶請けのお菓子、切らしちゃってるみたいなんだけど?」

八幡「 ……… ん? お、そうか。じゃ、すまんが小町、コンビニまでひとっ走りしてもらえるか?」

小町「かしこまっ!」

横ピースとウィンクであざと可愛く答えながら、ちゃっかり反対側の掌が俺に向かって差し出される。
どうでもいいけど、こいつってばホンッと頭脳線が短いのな。

兄妹ならではの以心伝心といやつで小町の意図を察した俺は、とりあえず自分のサイフの中から千円札を一枚取り出し、その手の上に乗っける。

それをしばらくじっと見つめていた小町だが、その目を俺に向けるや今度は顎をしゃくりながら、ふんふんと二度ほど鼻を鳴らす。

どうやら足りないということらしい。

舌打ちを一つ、仕方なくもう一枚取り出して今度はやや乱暴に掌に叩きつけるようにして追加した。


陽乃「あら、全然お構いなく。用向きが済んだらすぐに御暇(おいとま)するつもりだから」

小町「いえいえ、ホントにすぐそこなんですけど、ここはやっぱり気を利かせてわざと遠回りしてきちゃいますから、後は若いふたりでごゆっくり」

口の端から尖った八重歯を覗かせて、にっしっしと気色の悪い笑みを漏らす。


八幡「 ……… いやどう考えてもこの中で一番若いのお前だろ」


陽乃「遠慮しないで座ったらどうなの?」

小町が姿を消して間もなく、陽乃さんがソファーを軽くぽんぽんと叩いて俺に促す。

いやだから遠慮するも何も確かここ俺の家だったはずなんですけどね。つか、なんでいつもさりげなく自分の隣勧めようとするかね、このひと。

陽乃さんはまるで自分の家であるかのようにいかにもといった感じにゆったりと寛いで見えるが、俺ときたらあまりの居心地悪さに文字通りホームなのにアウェイ。

互いの家に呼ぶほど親しい友達などいたことがないせいもあってか、他人が家にいる、というもうそれだけで何やらそわそわして落ち着かない。

それに俺の場合、立たされる事に関してはいつもなので特別苦にもならない。もっとも俺の場合、立たされるのは決まって矢面とか、苦境とか、窮地とかなのだが。


そうは言っても、お客様相手にいつまでも立ったまま相手をするのもさすがに失礼なので、テーブルを挟んで斜向かい、物理的に限界ギリギリまで距離をとり、半ば尻がずり落ちそうな見るからに不自然な姿勢で腰掛ける。


陽乃「そういえば、比企谷くんの家に来るのはこれが初めてね」

とりたてて広いともいえぬ部屋の中を興味深げにぐるりと見回しながら、陽乃さんが感慨深げに口にする。

当然である。招きもしないのにしょっちゅう押しかけられたのでは俺としても堪ったものではない。できれば最初で最後にして欲しいくらいだ。

陽乃「たくさん本があるのね。これ、みんな比企谷くんの?」

八幡「俺のもありますけど、ほとんどはオヤジのです」

ちなみに母ちゃんと小町は実用書以外の本は滅多に読まない。比企谷家における男系の遺伝なのだろう。

陽乃「全部読んだの?」

八幡「ええ、まぁ、一応、ひと通りは」

陽乃「へぇ、もしかして将来は作家にでもなるつもり?」 

八幡「まさか。単なる趣味っていうかヒマ潰しみたいなもんですよ」

小さい頃から両親共働きで家にいないことの方が多く、幼い小町ひとり残して外に遊びに出かけるわけにもいかなかった俺は、自然、家で過ごす時間の方が長かった。
殊更本が好き、という自覚はないのだが、活字に対する抵抗は少ない。
そのせいか同年代の子供たちよりも文字を覚えるのも早かったし、難しい漢字もいつの間にか読めるようにもなったのだから、決して悪い事でもないのだろう。
今でもどちらかというとアニメよりも原作のマンガやラノベの方が好きなのは、そのせいなのかも知れない。



陽乃「比企谷くんって確か大学は公立文系志望だったよね」

八幡「はぁ、まぁ、一応」

陽乃「だったら、やっぱり国語の先生目指してるのかな、静ちゃんみたいに?」

八幡「なんすかそれ」

いったい何がどう“やっぱり”なのかさっぱりわからないが、以前、平塚先生にも同じことを言われたことがあったっけか。

たまに呼び出されて顔を出すのさえ厭々だってのに、毎日職員室に通うだなんて想像しただけでもうんざりしてしまう。
間違いなく着任初日から登校拒否を起こすだろう。

それにとてもではないが俺のような人間に学校の先生が務まるとは思えない。もしできるとしたら、せいぜい生徒たちの反面教師が関の山だ。


陽乃「ところで、今日はご両親は? 」

八幡「え? ああ …… 。えっと、仕事です。年度末が近いせいか、なんか最近やたらと忙しいみたいで」

うちの両親は会社が繁忙期に入ると揃って終電か、そうなければタクシーで帰ってきて次の日も始発で出かけてしまうのだが、そんな時は寝室ではなく今俺たちの居るリビングのソファでゴロ寝して仮眠をとることが多い。

なんでも一度布団に入ってしまうとそのまま起きる気力がなくなってしまうからだなのだそうだ。
そんなおばあちゃんならぬ社畜の知恵袋みたいなマメチ要らないし、できれば将来的にも絶対役に立って欲しくない。

しかし、そんなまでしてブラックな会社にしがみついているのも、ひとえに大切な家族を養うためだと思えばこそなのだろう。

俺にも小町にも何かにつけクソミソ言われているオヤジだが、それなりに汗水たらして働いている。それ以上に愚痴や文句もたれてはいるが。

まぁ、オヤジの場合、窓際遥かに飛び越えて今やギリギリ崖っぷちだからな。そうでもして一生懸命会社のために働いていますアピールでもしなけば、首がいくつあっても足りないのかも知れない。



陽乃「 ―――― そう、大変ね」


その時かけられた陽乃さんの、ごくさりげない労いの言葉に何やら不穏な響きを感じ取った気がしたが、気のせいだと思い込むことにした。


陽乃「急に押しかけるような形になってごめんなさいね。もしかして今からどこか出かけるつもりだったのかしら?」

八幡「いえ、大した用でもないんで。あー……、それで俺に用って何なんですか?」

本当は訊きたいことは他にあるのだが、とりあえずは来客に対して訪問の理由を聞くのがマナーというものだろう。


陽乃「ええ、そのことなんだけど ――― 」

手にしたカップをソーサーに戻す磁器の触れ合う乾いた音が軽く耳を擦る。

少し間をおいて陽乃さんが目を細めながらゆっくりと口を開き、思いがけないセリフを俺に告げた。





陽乃「 ――― 今朝起きてから、雪乃ちゃんの姿が見えないの。比企谷くん、何か心当たりないかしら?」


では本日はこの辺で。続きはまた近日中に。ノシ



八幡「 ………… 正直、見当もつきませんね」


雪ノ下が姿を消したという事実を耳にして、驚きのあまり一方ならず動揺してしまう。
そしてそんな俺の様子を、陽乃さんが冷静な目で凝っと見ているのが分かった。

八幡「雪ノ下 ――― いえ、妹さんと連絡がとれないと何か困ることでもあるんですか?」

普通なら一時的に妹と連絡がとれなくなったという多寡がそれだけの理由で、わざわざ朝早く他人の家まで押しかけて来たりはすまい。いや俺ならするかも知れないけれど。

もしかしたら何かしら差し迫った事情でもあるということなのだろうか。


陽乃「そうね。……… 実は今日、あの子と一緒に、今住んでいるマンションの解約手続きをしに行くことになっていたの」

昨日、陽乃さんが口にしていた“明日の事”とは、つまりその事だったのだろう。しかし、

八幡「その手続きってのは直接本人がいなきゃできないもんなんですか?」

俺も詳しくは知らないが、建物自体は元々親の持ち物らしいし、単に解約するだけなら管理会社に電話一本で済みそうな気もするのだが。



陽乃「んー、別にそういう訳でもないんだけど …… 」

曖昧な言葉で濁しながら、彼女はそこで一旦言葉を切ったが、

陽乃「お母さんの反対を押し切って勝手にひとり暮らし始めたのは自分だから、最後まで自分でやるって言いだして」

次に口にしたその言葉に妙に納得してしまう。
なるほど、あいつだったらそれくらいのことを言い出しかねない。
もしかしたら雪ノ下にとってのそれは“けじめ”という意味も含まれていたのかもしれない。

陽乃「そうしたら、お母さんが“それならあなたも付き添ってあげなさい”って」

八幡「それってつまり、お目付け役ってことですか?」

途中で気が変わらないように最後まで見届けろ、ということなのだろう。

陽乃「嫌な言い方だけど、その通りね」 そう言って苦笑を浮かべて見せた。


八幡「でも、あいつが行きそうなところだったら、俺なんかより貴女(あなた)の方がよっぽど心当たりがあるんじゃないですか?」

それにもし仮に俺が知っていたとしても、絶対に教えるわけがないことだって百も承知だろうに。

しかしそれがわかっていながらも敢えてここまで足を運んだ、ということは、当然何かしらそれなりの思惑があってのことなのだろう。

いずれにせよ、雪ノ下の突然の失踪には今回の留学の件が絡んでいることは間違いあるまい。

まさか心変わりした、というわけでもないだろうが、もしそうだとしても、なぜまた今になって急に翻意したのかという疑問は拭い切れない。


陽乃「普通なら、そうね。でも今回は今までとはちょっと勝手が違うみたいなの」

八幡「何がどう違うんですか?」

陽乃「スマホの電源もずっと切ったままにしてあるみたいだし」

八幡「たまたまバッテリーが切れているとかじゃなくて?」

別に珍しいことではない。うっかり充電し忘れてしまうことだってあるだろうし、そうでなくとも古くなったスマホはいつの間にか勝手に電源が落ちていたりするからな。

もっとも俺の場合、スマホはコミュニケーションツールとしてではなく“今スマホしてるから話しかけないでくれオーラ”を演出するためのディス・コミニケーションツールみたいなものなので実際に電源が入っていようがいまいが別に困ることはないし、そもそもわざわざそんなこともしなくても最初から話かけてくる相手からしていないのだが、一応はぼっちの嗜みというやつだ。

陽乃「でも、バッテリーの残量はまだ十分残っているはずなの」

スマホを取り出し、何やらぽちぽちと弄りながら答える。

おいおい、今この女性(ひと)、しれっととんでもないセリフ口にしなかったか? なんでそんなことまでわかるんだよ。
本人の知らないうちに位置情報特定する違法なマルウェアとか仕込んでるんじゃねぇだろうな。カレログじゃなくてイモログ?
もしかしてあいつが電源切ってあんのもそれが原因なんじゃね?


ふと陽乃さんの視線が部屋の一点に注がれたまま止まる。

彼女の視線を追うと、そこはクリップポードに留められた家族の写真が数枚飾られている場所だった。

主に小町の写真がメインだが、申し訳程度に俺の写真も数枚混じっている。
家族のスナップ写真で俺だけ見切れているのが多いのは、クソオヤジが小町中心に写しているからだ。

陽乃さんが、「見ていいかしら?」と目で問うてきたので、特に断る理由もない俺は「どうぞ」と、浅く頷いて応える。

陽乃さんはすっと音もなく立ち上がると、俺のすぐ近くを横切り、立ったまま写真を眺め始める。

彼女が今、どのような表情をしているかまでは俺の座っている角度からでは見えない。


陽乃「そういえば比企谷くん、この間の校内マラソン大会の時、ゴール間際で転んだんだって?」

不意に陽乃さんが、それこそどうでもいいような話題を振って来た。もしかしたら小町の運動会の写真を見て思い出しでもしたのだろうか。

八幡「そんな話、いったいどこから聞いてきたんですか?」

まるで場違いな質問に多少面喰らいながらも、ついつい問い返してしまう。

陽乃「途中まで隼人と一緒だったんでしょ?」

八幡「ええ、まぁ」 どうやら話の出所は葉山らしい。

三浦に頼まれて文理選択の答えを聞き出そうという目論見があったとはいえ、普段から運動らしい運動ひとつしていない俺が現役サッカー部のエースと並走しようとは、我ながら無茶をしたものである。

学校の部活動はたいてい体育会系と文化系に分類されるものだが、俺の所属する奉仕部はどうかというと、当然、そのどちらでもない系である。

陽乃「相当派手に転んだって聞いてるけど?」

八幡「や、そんなたいしたもんじゃありませんよ。ちょっと膝を擦り剥いたって程度です」

陽乃「 ……… へぇ、そうなんだ」


陽乃「 ……… ねぇ?」

やや間をおいて継がれたその声には彼女としては珍しく、遠慮がちな響きがあった。

陽乃「それってやっぱりあの事故の後遺症のせいなの?」

八幡「 ………… 事故?」


気が付くと、いつの間にかすぐ目の前に立つ陽乃さんを俺が下から見上げる形になっていた。

本能的に身の危険を察知し、半ば腰を浮かせかけた俺の肩の辺りが、ぽんと軽く押される。


八幡「え?」


さして力を込めた様にも見えなかったが、絶妙なタイミングで押されたせいか簡単にバランスを崩してしまい、そのまま背中からソファーの上に倒れ込んでしまった。

起き上がろうとする俺の胸の辺りが、やんわりと、だが、有無を言わせぬ柔らかな重みに押し止められる。

この感触は、もしかして ……… ノー〇ラ?!


熱く湿った吐息が顔にかかるほど近く、お互いの鼻が触れ合わんばかりに迫る陽乃さんの顔に、ちょっとしたパニック状態に陥る。


陽乃「どれどれ、その傷とやら、お姉さんにもちょっと見せてごらんなさい」


八幡「やっ、ちょっ、なっ?!」

泡喰って抵抗しようにも、この状況で変に押しのけようとして当たったり触ったりしたらかなりマズいものがある。

陽乃「うふふ、よーいではないかぁ♪」

必死に後ずさろうとする俺に、陽乃さんがとろけるような熱っぽい目で這い寄ってくる。しかもこの角度だと胸の圧迫感というか迫力がマジパない。


“それは 胸というにはあまりにも大きすぎた 大きく 柔らかく 重く そして豊満過ぎた それは 正に肉塊だった”


思わず脳内ナレーションが流れてしまう。しかも石塚○昇ボイスで。


八幡「全然よくありませんってば! って、なにどさくさに紛れて上まで脱がせようとしてるんですか?!」

陽乃「ついでよ、ついで。いいじゃない、別に減るもんじゃあるまいし。あら、意外と引き締まってるのね」

八幡「だからそういうことされると俺の神経がゴリゴリ擦り減るんですってば!」

陽乃「ほらほら、すぐに終わるから、あなたは大人しく畳の目でも数えてなさい」

八幡「でもこの部屋フローリングなんですけどっ!?」

陽乃「えいっ」 はむっ


いやぁああああああああ! やめてぇええええええええ!! 耳はらめぇええええええええ!!!


かたんっ


その時、不意に部屋の外から小さな物音が響いてきた。

陽乃さんがすぐにその音に反応して動きを止め、それでもきっちりマウントをとった状態のまま何かしら問うような視線でじっと俺を見下ろす。


雪乃「おやおや、比企谷くんのおうち、大きなネズミでも出るのかしら?」

八幡「 ……… いえ、ネズミじゃなくてネコだと思います」

陽乃「ネコ? …… へぇ、ネコなんて飼ってたんだ? ネコ、好きなの?」

八幡「ええ。ネコは好きですよ。さすがに貴女(あなた)の妹さんほどじゃありませんけど」

今更言うまでもないことだが、雪ノ下のネコ好きはまさに超合金Zかガンダニウム並みの筋金入りだ。


陽乃「 ……… そうね。でもあれは一種の代償行為みたいなものだから」

ごくさらりと陽乃さんが口にした言葉が耳にとまった。


八幡「代償行為? それってあの ……… ?」

陽乃「そ、さすがによく知ってるわね」

全てを口にするまでもなく陽乃さんが俺の考えを読み取る。

陽乃さんの言う代償行為とは、何らかの原因によって欲求が満たされなかった場合に、それに代る行為で代替えしようとする心理行動のことである。


俺の言葉を裏付けるようにして、扉の隙間から飼い猫のカマクラが顔をのぞかせ、そのままのそのそと部屋に入って来た。

冬なのにわざと扉を少し開けておく習慣はネコを飼っている家あるあるだ。
もっともこの場合はネコのためというよりも、いちいち戸を開け閉めするのが面倒だという飼い主側の事情によるものが大きいのだが。

ここで犬ならばまず間違いなく飼い主の危険を察知して即座に駆け寄ってくるところなのだろうが、部屋に入って来たカマクラはこちらを一瞥したきり後は見向きもしない。

別に俺が嫌われているとか、家族のヒエラルキーの中でも一段低く見られていると言うわけでもないし、できればそう思いたい。
ネコはイヌと違って多分に野生が残っているらしく、例え相手が誰であろうとまるで気兼ねすることなく勝手気儘、悠々自適に振る舞う可愛らしくも憎たらしい生きものなのである。


陽乃「名前はなんていうの? あ、あなたじゃなくてもちろんネコの方ね?」

八幡「 …… いちいち断らなくてもそれくらいわかりますから。えっと、カマクラです」

陽乃「ふーん。カマクラ、ね。おいで、カマクラ」

カマクラは陽乃さんに名前を呼ばれると甘えた声でにゃあとひと鳴きし、そのままとことこソファーまで近づいてきてごろんと横になる。
あまつさえ撫でれとばかりに腹まで見せやがった。

おいおい、お前の野生の矜持と飼い主である俺の立場はいったいどこにやったんだよ。 



陽乃「私はてっきり比企谷くんは犬派だとばかり思ってたんだけどなー」

ソファーから乗り出すようにして俺の身体越しにカマクラの腹をふにふにもふもふと撫で摩りながら、陽乃さんが問うともなしに問うてきた。
カマクラが気持ち良さそうにごろごろと喉を鳴らす。

八幡「別に犬も嫌いってわけじゃありませんけど。でもどうしてそう思ったんですか?」

陽乃「そうね、犬好きの匂いがするっていうか?」

八幡「犬好き?」

思わずくんくんと袖の匂いを嗅いでみる。なるほど、確かに負け犬の匂いならプンプンしてるかしれませんけど? しかも血統書付き。

陽乃「だって、あの時もあんな必死になって車に飛び込んで来たじゃない?」

八幡「 ……… あの時?」

さきほどからの話の流れもあって、それが高校入学初日に起きたあの事故のことを意味しているのはすぐにわかった。
しかし、まるでその場で見ていたかのような口ぶりに違和感を覚え、つい同じ言葉で聞き返してしまう。


陽乃「あら、言ってなかったしら?」

言いながら、陽乃さんは今度は俺の耳元に睦言のようにそっと囁く。


陽乃「キミが事故に遭った時、私も雪乃ちゃんと一緒にあの車に乗ってたんだよ?」


驚きのあまり思わずがばりと半身を起こすと、バランスを崩した陽乃さんがわざとらしく嬌声を上げる。

カマクラがビクリと跳び退き、そのままソファの陰へと逃げ込んでしまった。

陽乃「もしかしてやっとその気になったのかしら?」

八幡「なってませんて。じゃなくて、そんなこと今まで一度も言ってませんでしたよね?」

陽乃「そうだったかしら。それに、わざわざ話すようなことでもないでしょ?」

八幡「でもそれだとまるで、あなたは最初から全部知ってたみたいじゃないですか」

陽乃「もちろん全部というわけじゃないんだけどね。お父さんの立場もあるからって、キミのことは何も教えてもらえなかったし」

そういえば、あの事故の事後処理は弁護士を通じて内々のうちに示談で済ませたと聞いている。
元はと言えば勝手に路面に飛び出した俺が悪いわけであって、うちの親も恐縮しきりだったらしいが、結局のところ押し切られる形で治療費は全額負担してもらっているはずだ。
別に俺が文句を言えるような立場でも筋合いでもあるまい。


その時、閃きにも似たある考えが俺の頭に浮かぶ。

八幡「もしかして、あの時、間に入った弁護士さんって ……… 」

陽乃「そ。お父さんの会社の顧問弁護士。つまり、隼人のお父さんよ。といっても、普段は交通事故の示談なんかは扱ってないみたいだけど」

八幡「ってことは、葉山も事故のことを?」

陽乃「 ……… そうね、知っていたとしても不思議はないかもしれないわね」

そんな素振りを露ほども見せなかったのは、父親の仕事とはいえ、やはり依頼人に対する守秘義務があったからなのだろうか。

陽乃「あ、それから」

八幡「 ……… まだ何かあるんすか」

陽乃「ちなみにあなたの運ばれた病院、あれ、隼人のお母さんのところよ」

当たり前のような顔で、とんでもないことを言ってのける。

さすがにそれはできすぎだろう ……、と言いたくもなるところだが、必ずしもそうとは言いきれないないところに逆に怖いものを感じる。
当初から示談に持ち込むことを念頭に置いていたのだとしたら、その方が色々と都合がよかったことだろう。

サブレの飼い主である由比ヶ浜、庇って車に跳ねられた俺、跳ねた車に乗っていた雪ノ下、示談の間に立った弁護士と俺の運ばれた病院の女医さんの息子である葉山。

なんの因果なのか、どうやら俺達は運命の糸というやつで最初からがんじがらめに縛られていたらしい。


陽乃「雪乃ちゃんもあの事故のことはずっと気にしてて」

八幡「ああ、あいつもアレでいて案外、気にしぃなところがありますからね」

完璧主義故の潔癖症なのだろう。他人にも厳しいが自分にも厳しい。そしてなぜか俺に対しては一番厳しい。それってなんかおかしくね? 普段の俺に対する言動の方をもっと気にしろよ。


陽乃「あの子もあの子なりに色々と手を尽くして調べていたみたいなんだけど、あの事故のことはおろか、あなたの存在すら誰も知らなくて」

そこで陽乃さんはなぜか改めて俺の顔をまじまじと見つめる。


陽乃「 ……… あなた、いったい何者?」

八幡「 ……… いや、ただのぼっちなんですけどね」


陽乃「それにしても、ほとんど諦めかけてたから、まさかあんな形で再び会うことになるとは思いもよらなかったわ。今だから言うけど、初めてキミが雪乃ちゃんと一緒にいるのを見た時は、ホントびっくりしたものよ」

そうは見えなかったが、このひとのことだ。気がついても素知らぬフリをするくらい雑作もないことなのだろう。

陽乃「 ……… てっきり雪乃ちゃんに先を越されたのかと思ったんだけど」

八幡「先を越すって ……… 何がですか?」

俺のその言葉を陽乃さんは曖昧な微笑(えみ)を浮かべて誤魔化した。


八幡「ところで、貴女はどうしてそれが俺だとわかったんです?」」

陽乃「私は静ちゃんから聞いたの」

なるほど、被害者と加害者が共に学校の関係者であるならば、当然学校側があの事故のことを把握していたとしても何ら不思議はあるまい。
本来ならもっと大騒ぎになってもおかしくないはずなのだが、相手が県議とあって学校側も色々と忖度したのやも知れない。

だとすると、もしかしたら俺があの部室の連れて来られたのも、決して単なる偶然なんかではなかったということなのだろうか。

全てを知っていながらも敢えて事故のことを俺たちに黙っていたのも、平塚先生なりに何かしら思うところがあったのかも知れない。
自ら抱える悩みや問題を自力で解決させることが奉仕部の主旨であるとするならば、それは自ずと部員にも適用されるということか。

いかにもあの先生の考えそうなことではある。


陽乃「 ――― さっきの話の続き、なんだけど」

あねのんの言葉にふと我に返る。

陽乃「実はあの子はね、昔はどちらかというとネコよりもイヌ好きだったのよ」

八幡「それが ――― どうしてあんなに苦手になったんですか?」

陽乃「なぜだと思う?」

八幡「小さい頃あなたが面白半分にイヌをけしかけた、とか?」

陽乃「あ、惜しい! ……… でも、確かにそんなこともあったかしらね」


…… あったのかよ。嫌味で言ったつもりだったのに。いや、この人ならマジでやりかねないから怖いんだよな。

獅子は千尋の谷から我が子を突き落とすというが、あねのんなら教育的指導とかいう名目で更にその上から平気で岩とか投げ落とすまでしそう。
もうシゴキとか体罰っていうレベルじゃねぇだろ。虐待だ虐待。児童相談所何やってたんだよ。

そう考えると雪ノ下の抱える幼少期のトラウマの八割方はこの姉のせいなのかもしれない。もちろん血筋もあるが、あの加虐的な性格も多分に影響を受けているのだろう。


陽乃「昔、ふたりでお父さんにおねだりして仔犬を買ってもらったことがあってね」

そのまま語り続ける陽乃さんの声が、いつの間にかいまだかつて聞いたことのないよう湿り気を帯びる。

陽乃「とても可愛がっていたんだけど、その犬が私たちの見ている目の前で車に轢かれちゃって」

八幡「 ……… 」

陽乃「あの子、その犬を抱えたまま、ずーっと泣いててね。あれ以来、犬、それも小さな犬は特に苦手みたい。多分、あの時のことを思い出しちゃうからじゃないのかな」

遠くを見るような目で何もない空間を見つめながら小さく付け加える。

陽乃「雪乃ちゃんが他人、それも男の人に対してあそこまで関心を持つなんて珍しいな、って思ってたんけど」

そこで言葉を切り、再度俺に顔を向ける。

陽乃「見ず知らずの犬を庇うために車の前に身を投げ出されちゃっりなんかしたら、例えガハマちゃんじゃなくってもキュンってしちゃうのは当然なのかも知れないわね」


八幡「あの、ひとつ聞いていいですか?」 

陽乃「何かしら?」

八幡「由比ヶ浜の父親が務めている会社のことなんですけど」

陽乃「 ……… 驚いた。そんなことまでいったいどこから訊いてきたの?」

余程意外だったのだろう、一瞬だけだが素で驚いた表情を浮かべる。

俺はその問いには答えず、質問を続けた。

八幡「雪ノ下にはそのことを?」

陽乃「いいえ。私からは何も伝えてないわ。もしかしたらそのことでガハマちゃんと何かあったのかしら?」

八幡「由比ヶ浜とは昨日直接会いましたけど、そんな話はしてませんでしたから、多分それはないはずです」

万が一耳に入っていたとしたら、あいつの性格からして話がもっとややこしくなっていたことだろう。


陽乃「ふぅーん、お休みの日に、ふたりで? それってもしかして、デートってことかしら?」

意地悪な笑顔を浮かべたかと思うと、素知らぬ顔でいきなり俺の太腿のあたりを抓る。

八幡「ってててて! そ、そんなんはありませんてば!」

陽乃「あらら、な―んだ、つまんない。それじゃあ、いったい何をしていたの? 正直にいってごらんなさい?」

八幡「や、なにって、……… 単にふたりで映画見て、メシ食って、街をぶらぶらして、お茶して、ポートタワーから夜景眺めただけですけど」


陽乃「 ……… 比企谷くんは知らないかもしれないけれど、それを世間一般ではデートって言うんだよ?」




陽乃「それで、雪乃ちゃんは昨日キミがガハマちゃんと会ってたことは知ってるの?」

八幡「ええ、その事は由比ヶ浜から直接伝えたって聴いてます」

陽乃「 ……… ふーん。なるほど、ね。 それで、か」

何やらひとり得心がいったようにふむふむと頷いたかと思うと、

陽乃「やれやれ、今更逃げたところでどうにかなるってわけでもないのにね」

呆れたようにそう呟く。

八幡「逃げる? あいつが? 何からですか? 別に逃げてるってわけじゃないんじゃないですか」

逃げるという言葉があまりにも雪ノ下に似つかわしくなかったせいもあるが、俺よりも彼女をよく知るはずの相手なのに、それでもつい庇うような口調になってしまう。

陽乃「そうかしら? 私はそうは思わないけど」

そういうところはちっとも変わってないのよね、と、ひとりごちるように付け加えた。


陽乃「さて、と、コーヒーご馳走様」

訊きたい事は全て聞き出したのか、それともこれ以上ここに居たところで何も得るものはないと判断したのか、陽乃さんがあっさりと俺の上から身を離す。

八幡「無駄足踏ませてしまったようですみませんね」

陽乃「あら、なんのことかしら?」

俺の精一杯の皮肉に、あねのんは毛一筋すらも動かすことなく素知らぬ顔で応えた。


陽乃さんを玄関先まで見送ると、ちょうど、帰って来た小町に出くわす。

小町「あれ、もう帰っちゃうんですか?」

その両手には菓子類の詰まった大きなコンビニの袋。こいつ、俺の金だと思っていったいどんだけ買い込んできたんだよ。


陽乃「ごめんなさいね、また今度時間のある時にゆっくり寄らせてもらうから」

小町「どうぞどうぞ! 陽乃さんなら、いつでも大歓迎です!」

陽乃「ふふふ。ありがと。小町ちゃんたらホントに可愛いわね。もう、食べちゃいたいくらい」

言いながら両手の塞がった小町をそのままぎゅっと胸に抱き寄せる。

小町可愛いという点においては俺も激しく同意せざるを得ない。
もはや国民的妹と言っても過言ではない小町を育てたのは実はワシなんじゃよガハハハとか言って自慢したくなるレベル。
もっとも、育てたのは俺ではなくて親なのだが、俺の記憶している限り小さい頃からほとんど手のかからない子だったのでそれすらも怪しい。

それにしても実の妹に対しては苛烈なまでに厳しいくせに、他人の妹にはやたらと優しいのな。

もしかしたら、ある意味それが彼女自身の代償行為なのかも知れない、――― ふとそんな考えが脳裏を過る。


小町「あわわわ、可愛いだなんてそんな正直な! あ、でも食べるんなら兄の方が超おススメですよ。もう目のあたりから腐りはじめてますけど、お肉は腐りかけが一番美味しいっていうし、今だったら消費期限ギリギリアウトです」

八幡「なんでアウトなんだよ」


小町「それに、今度はうちの両親揃っている時に来てもらえたりするとポイント高いですよ!」

陽乃「そうね、私も常々是非一度、比企谷くんの親の顔が見てみたいと思っていたところなの」


八幡「 ……… それ、明らかに違う意味で言ってますよね?」


陽乃「じゃ、比企谷くん、もし、雪乃ちゃんから何か連絡があったら教えてね。決して悪いようにはしないから」

八幡「ええ、覚えておきます」

陽乃「あ、それから」

片目を瞑り、艶っぽく付け加える。

陽乃「さっきの続きはまた次の機会に」

八幡「 ……… それだけは絶対にありえませんから」

雪ノ下の名前を耳にした小町が何かしらもの問いたげな表情を浮かべてそっと俺の顔を窺がう。

俺は迷った挙句、無駄だとはわかりつつも既に背を向けている陽乃さんに声を掛けた。

八幡「あの、余計なお世話かもしれませんけど、いくら妹だからってあまり干渉し過ぎるのも却って逆効果なのかもしれませんよ」

扉に手をかけていた陽乃さんが、ふとその動きを止めたが、振り返ることなく答える。


陽乃「 ――― 私にはこんなやり方しかできないの。知ってるでしょ?」


外の世界と家の中を隔てる玄関の扉が、いつもより少しだけ長く、もの悲しい音を曳いて閉まる。

ややあって、隣に立つ小町がくいくいと小さく袖を引きながら、俺に向けてそっと呟いた。



小町「 ……… お兄ちゃん、それって特大のブーメランだと思う」


では、本日はここまで。ノシ

やっと終わりが見えてきました。今しばらくお付き合いください。


まぁ、他にも色々とあるんですが、ここだけ修正しときます。

>>614 6行目


そこで少しだけ間を置き、できるだけ当たり障りのない紹介しようと三浦の顔色を窺いながら慎重に言葉ぶ。
                      ↓
そこで少しだけ間を置き、できるだけ当たり障りのない紹介しようと三浦の顔色を窺いながら慎重に言葉を選ぶ。


>>673 10行目

八幡「ってててて! そ、そんなんはありませんてば!」
           ↓
八幡「ってててて! そ、そんなんじゃありませんてば!」


転章なので今回は短めです。


小町「そう言えば、お兄ちゃん、どこか出かけるんじゃなかったの?」

陽乃さんが去った後、小町が思い出したように話しかけてくる。

八幡「いや、予定変更だ」

先ほど家に招き入れた際、陽乃さんは玄関先でごくさりげなくだが靴を物色していた。
リビングでも一見寛いでいるようでいて、実は家の中に他に人の気配がないかと耳を欹(そばだ)てていたことにも気が付いている。

ということは、彼女が俺の家まで来た理由はひとつ ――― 雪ノ下がここにいないかと勘繰ってのことなのだろう。

俺に変なちょっかいをかけてきたのも、妹を誘き出そうとしてのことだとすれば十分頷ける。

もっともあの女性(ひと)の事だ。
もしかしたら単に俺に対する嫌がらせのためだけにわざわざ家まで押しかけて来たという可能性もなきにしもあらずなのだが。
何といっても目的のためなら手段を選ばないどころか、手段のためなら目的すら選ばないところまであるからな。


八幡「あー…、それより小町、悪いけどちょっと金貸してもらえないか?」

昨日の由比ヶ浜とのお出かけと先程のお茶請けの菓子代で、ただでさえ乏しい俺の軍資金は既にほぼ底を尽きかけている。
どこへ行くという宛てがあるわけでもないのだが、いざという時に今手持ちの金だけでは少しばかり心許ない。

小町「またぁ? 小町だって今月は結構ピンチなんだよ?」

八幡「や、ほら、倍にして返すから ……… 宝くじで三億円当たったら」

小町「 ……… 三億円当たっても倍にしかならないんだ。っていうか、お兄ちゃん宝くじなんて買ってないじゃない」

八幡「いや、買ってるだろ、オヤジが」

小町「こんな時まで親の脛齧るつもりなんだ!? 地道に働いて自分で返すつもりがない時点でお兄ちゃん人として始まる前にもう終わってるよ?!」

八幡「よしわかった。そこまで言うんなら体で返す」

小町「 ……… それってクズ男が女からお金をせびる時のテンプレ文句だってば。 っていうかいらないしマジいらないしホントいらない」

八幡「なにをうっ! お兄ちゃん、お前をそんな薄情な子に産んだ覚えはないぞっ?!」

小町「 ………… 小町だってお兄ちゃんに産んでもらった覚えないけど」


小町「やれやれ、でもそういうことなら仕方ないか」

ちょっと待ってて、と言い残して姿を消したかと思うと、しばらくして年頃の女の子にあまり似つかわしくない地味な茶封筒を片手に戻ってくる。

小町「はいこれ」

俺に向けて差し出された封を受け取って中を覗くと、そこにはピン札が数枚。

八幡「何これどうしたんだ?」

小町「ん? ヘソクリ」

ドヤ顔でいかにも得意げに胸を張って見せるが、残念ながらその手のマニアでもなければ腹と胸の区別すらできない。

八幡「いいのか、こんな大金?」

小町「雪乃さんのためなんでしょ? だったら小町だって、ひと肌もふた肌も脱いじゃうよ」

うんうん、やはり持つべきはよくできた可愛い妹だな。でもとりあえずお前も年頃の娘なんだから、脱ぎ散らかした下着は自分で洗濯カゴに入れるくらいしような?

小町「それに、お兄ちゃんのためでもあるもんね。あ、これって小町的にポイント高いかも」

八幡「 ……… 小町」

ポイント云々はともかく、感動のあまり思わず目を潤ませる俺に、小町が後ろ手を振りながら当たり前のような顔で付け加える。


小町「あ、利子はいいからね。それ、お父さんのだし」



* * * * * * * * * *




小町「 ―――― で、結局もう諦めて帰ってきちゃったの?」


ソファーにぐったり凭れかかるようにして仰向けになる俺に、小町が呆れ顔で声をかける。

八幡「 ……… いや、捜すにしたって、千葉、広過ぎだろ」

県外にお土産として持ってくと湿気ていると勘違いされてしまいがちな銚子の濡れ煎でさえ平気で食べることのできるほど千葉愛に満ちた俺としては、誇らしいと思う反面こんな時ばかりはやはりげんなりしてしまう。
ちなみにフツウの煎餅は湿気ると柔らかくなるものだが、濡れ煎は湿気ると逆に固くなる。一応これも千葉のマメチな?

小町「そのへんブラブラしてて、どこかで偶然ばったりってことはないの?」

八幡「 …… なんだよそのベタな展開」

生まれながらにして神懸かったアンチ恋愛体質の俺のことだ。例えトーストを咥えて交差点で飛び出したところで、せいぜいまた車に轢かれるのが関の山だ。

それどころか下手をすると当たり屋と間違えられて警察に捕まるかもしれない。


小町「雪乃さんが行きそうな場所とかわかんないの?」

八幡「さっき陽乃さんにも同じこと聞かれたけど、正直言ってホントに見当もつかん」

小町「 ……… お兄ちゃんって、ホント使えないね。知ってたけど」

八幡「使えない言うな」

同じ学校、同じ学年とはいえ本来、代議士の娘である雪ノ下と社畜の息子に過ぎないこの俺とでは天と地ほどの差がある。
活動範囲どころか住む世界からして既に異なる。
あたかもロミオとジュリエットのようだと言えば聞こえがいいが、要は格差社会のモデルケースみたいなものだ。

八幡「だいたい、千葉にいると限ったわけでもないだろ。さすがに車はないにしても電車とか …… 青春18きっぷ一枚でどこまで行けると思ってんだよ?」

小町「でも雪乃さん、まだ17歳じゃなかったっけ?」

八幡「一応言っておくが18きっぷは年齢に関係なく買えるからな?」

しかしよく考えてみれば罪つくりなネーミングだよな。

みどりの窓口で、もじもじしながら小声で「せ、青春18きっぷ下さい」とか口にしている平塚先生の姿が目に浮かぶようだ。

小町「あ、だったら想い出の場所とか、どう?」

八幡「想い出の場所?」

知り合ってまだ一年に満たない俺達に、想い出の場所などあるだろうか?

メッセ、ららポート、千葉村キャンプ場、修学旅行で訪れた奈良京都の名刹、東京ディスティニーランド、幕張のコミュニティセンター、…… 結構あるもんだな。

さすがに遠方はないだろう。あいつ、人込み苦手だし方向オンチだし。初見の場所では予めパン屑でも捲いておかない限り戻って来られそうもない。

しかしそうなると、直近でしかも近場と言えば奉仕部の部室くらいしか思いつかないが、さすがに休みの日に特別棟には入れないはずだ。


ガラスに映る俺の姿を見た雪ノ下の顔に驚きの表情が広がる。


雪乃「 ……… どうして、ここだとわかったの?」

振り返ることもせず、努めて淡々と問う声にも明らかな狼狽の色が滲む。

八幡「正直、ここしか思いつかなかったんでな」

最寄りの駅からここまで走って来たせいで弾む息を抑えながら、そのまま彼女の傍らに並ぶようにして立つ。

葛○臨海水族館 ――― 先日、俺と雪ノ下、そして由比ヶ浜の三人で初めて訪れた場所である。

もし雪ノ下に心残りがあるとするならば、あの時自らの願いを口にすることの叶わなかったこの場所をおいて他にあるまい。
それにここは彼女の住まうマンションから目と鼻の先でもある。

いつぞや聴いた雪ノ下のスマホの着信音 ――― パンダのパンさんのテーマを耳にして、もしや、と思ったのだが、いつもはつれない運命の女神も、どうやら今回ばかりは俺に向けて微笑んでくれたらしい。


雪ノ下の視線が水槽の中を悠々と泳ぐ魚の姿を追う。先日見た赤い魚とは違う別の魚だ。

雪乃「きっと、あの魚にはここは狭すぎたのね」

ガラスの表面をなぞるように指先で触れながら、寂しそうにぽしょり呟くのが聴こえた。

八幡「そうとも限んねぇんじゃないのか? 単に見つけられないだけなのかも知れんぞ。 ほら、赤いのは三倍速いって言うしな」
 
彼女の声の響きに居た堪れないものを感じた俺は、根拠もないままついまぜっ返してしまう。

雪乃「 ―――― 相変わらずそういう嘘は下手なのね」

そんな俺に、雪ノ下が小さく笑い、でもありがとう、と付け加えた。それがいったい何に対する礼なのかは俺にも解らない。



雪乃「 ……… あなた、ひとりなの?」

何かしら意を決したかのように短い問いを口にする。

八幡「ここに来たのは俺ひとりだ」

気の利いた言葉を添えようと思ったのだが、すぐに無駄だと気が付いて諦める。

今ここには由比ヶ浜はいない。どのような理由があるにせよ、その現実が今更のように重くのしかかる。

雪乃「 ………… そう。でも、いいの?」

初めて俺に向けられた瞳が、水槽の照り返しを受けて薄暗がりの中で複雑な色を孕んで揺らぐのが見えた気がした。

八幡「 ―――― ああ。最初(はじめ)っから俺にも選択肢なんてもんはなかったんだ」

考えるまでもなく俺の出すべき答えは決まっていた。
いずれその答えを求められる日が来ると知りつつも、変化を恐れるあまり、敢えて見て見ぬふりをして先送りにしていた。
ただ単に、それだけのことなのだから。


八幡「どうするつもりなんだ、これから」

留学のこと、葉山とのこと、そして俺達のこと。全てを含ませた上での俺の問い。

雪乃「正直、どうしたらいいのか、私にもわからないの」

雪ノ下が小さく首を振りながら答える。

雪乃「どうしようもないことなの」

明確に応えることができない、その苦し気な胸の内を吐露するかのように付け加えられた言葉は、まるで自分自身に対する言い訳のように聞こえた。

八幡「お前らしくないな」 

自分でも思いがけずその言葉が口を衝いて出る。
俺の知る、いや、少なくとも知っているはずの雪ノ下は、誰の前であっても決してそんな弱音を口にすると考えもしなかったからだ。


雪乃「あなたの言う私らしさって、何?」

間髪入れず返されたその問いが、行き場を喪い力なく宙に霧散する。

そしてその声の響きは、以前、俺に対して同じセリフを口にした、とある少女を思い起こさせた。

今となっては彼女たちに対する俺の認識も、全て単なる思い込みや、勝手な理想の押しつけに過ぎなかった、ということなのだろうか。


八幡「 ……… そうだな。悪かった」

自己嫌悪に囚われ、ただありきたりな言葉でしか謝罪することのできない俺に、雪ノ下は少し困ったような表情を浮かべ、


雪乃「 ―――― 出ましょうか」

静かにそう促すと、返事を待つことなくしずしずと出口に向けて歩き始めた。



いつの間にか、外は白い雪が舞い始めていた。


薄暗い屋内にいたせいもあるのだろう、鉛色の雲に覆われた空の色でさえ沁みるように眩しく感じられる。

振り向けば今出て来たばかりの建物の上に覆い被さる半円形のドームが地平線に埋もれた月の骨のように見えた。

周囲は他に目立った建物や他の人影もなく、その寒々とした景色は、あたかも別の星にふたり、ひっそりと取り残されたような錯覚すら覚える。

白くけぶる息を身に纏わりつかせようにしながら音のない世界を宛てどもなく歩き続け、舞い散る雪の中に霞む彼女の姿は、手を伸ばせば届く距離だというのに、まるで今にもどこか遠くに消え失せてしまうのではないかと思われるほど切なく儚げに見えた。


八幡「 ――― どこ行くつもりなんだ?」 

行きたい処があるの、少しだけつきあってもらえるかしら ――― 水族館を出る時に、それだけしか聞かされていない。

俺の声に気が付いた彼女は、僅かに歩調を緩めたが、振り返りもせず答える声だけが風に乗って届く。

雪乃「ごめんなさい。もう一度あれに乗ってみたくて」

言いながら仰ぐ雪ノ下の視線を追う俺の目に映ったものは、あの日、三人で乗った大観覧車だった。




ゆっくりとはいえ、常に回り続ける観覧車に乗り込むタイミングというのがこれでいてなかなか難しい。

地方から出てきたお年寄りがエスカレーターに乗る時のおぼつかない感覚も恐らくはこんな感じなだろう。

ついそんな余計なことを考えていたせいか、


八幡「ほら」

先に乗り込んだ俺は、無意識のうちにいつものクセが出て、妹に対してやるような調子で雪ノ下に向けて手を差し延べてしまう。

目の合った瞬間、相手が小町ではないことを思い出し、少しばかりバツの悪い思いをしながら、慌てて手を引っ込めようとすると、

雪乃「 ……… ありがとう」

呟くような小さな礼とともに、小さく冷たく、まるで氷のように滑らかな感触が俺の掌の中にすべりこんできた。


雪乃「 ―――― どういった風の吹き回しかしら?」


斜向かいの席に腰を下ろして程なく、雪ノ下が静かに口を開く。

手にした半券に目を落としているのを見て、それが観覧車のチケットを購入する際に俺が黙ってふたり分払ったことを意味していると気が付く。


八幡「 …… ん? ああ。こんな時は黙って男の方が出すもんだって、小さい頃からよく躾けられてるんでな」

雪乃「随分と古風なご家庭なのね。それとも、もしかしたら妹さんがいるせいなのかしら?」

八幡「いや、俺をそう躾けたのは小町なんだけどね」

雪乃「いつもふたこと目には“金がない、金がない”ってまるで口癖のように言っていたと思うけれど?」

多少押しつけがましいかとも思ったのだが、俺を見るその目が悪戯っぽく笑っているのを見る限り別に気分を害しているというわけでもないらしい。

しみったれた男だと思われるのもなんかアレな気がしたので少しばかり見栄を張る。


八幡「そのことだったら心配すんな。どうせ金の出処は隠してあった親父のヘソクリだし」

雪乃「 ……… 心配するなと言われてもそれを聞かされたら余計に心配になるのだけれど」


そんな他愛のない会話を交わしているうちに、ふつりと会話が途切れてしまう。


八幡「あー……、お前のマンションって、確かあっちの方だったっけ?」

ゴンドラ内を漂う微妙な空気を誤魔化すようにして、朧げな記憶を頼りにツインタワーの方角を示す。


雪乃「そうだったかしら。ここからじゃよく見えないわね」

形ばかりに窓の外を一瞥しただけで返って来たそっけない返事は、この間とは座っている位置が違うからなのだろう。

だが、ゴンドラの高度が上がるにつれ、ただでさえ白い顔が更に色を失くしてゆくのを見て、そういえばこいつが高い処を苦手としていたことを思い出す。

恐いんならわざわざ乗らなきゃいいだろ、と言いたくもなるのだが、女子って恐い恐いとかいいながら遊園地の絶叫マシンとかにも率先して乗りたがるのな。
嫌よ嫌よも好きのうち、とは女性心理の不可解さを表す常套句ではあるのだが、俺の経験からしてマジで嫌われているだけ、という可能性の方が高いので決して鵜呑みにしてはいけない。


雪乃「良かったら、もう少し端に寄ってもらっても構わないかしら?」

八幡「ん?」

背後の窓越しに何か見えるのかしら、と振り返りながらも言われるがままに尻の位置をずらす。
すると、雪ノ下が無言のまま立ち上がり、くるりと体の向きを変えたかと思うと、すぐさま、すとんと俺のすぐ隣に腰を下ろす。


雪乃「隣に誰かいるだけでも少しは違うから」

消え入るような小さなその声は後からついてきた。

八幡「お、おう。そ、そか」

すぐ近くに感じる雪ノ下の体温のせいか、ゴンドラ内の空調は変わらないというのに、急に頬が火照り始めたような気がした。


リハビリを兼ねて少しだけ更新。近日中にまた。ノシ゛


今日は生憎(あいにく)の空模様だが、日本最大級を謳うだけのことはあり、晴れた日の観覧車の窓からは東京都庁やスカイツリーはもちろん、房総半島や海ほたる、遠くは遥々富士山さえも望むことができるらしい。

実は富士山くらいなら総武線沿線からでも日常的に目にすることができる、というのが千葉市民の数少ない自慢のひとつだったりするのだが。

ちなみに現在のところ日本最大の観覧車は大阪エキ〇ポシティのレッド〇ースオーサカホイールなんだそうだ。
高さ123m、72基あるゴンドラは床面は全てクリア素材で、しかも一周するのに18分もかかるとあっては、高所恐怖症の人間にしてみれば絶叫マシンどころか、まさに拷問部屋に等しいとすらいってもいいくらいだ。
わざわざそんなものに、しかも金払ってまで乗りたがるヤツなんて、せいぜいバカとハサミくらいのものだろう。何か違うか。


そういや前回この観覧車に三人で乗った時、由比ヶ浜が「観覧車の頂上でキスしたカップルは永遠に別れないんだって」とかなんとか、どこかで聞き齧ったような頭の悪そうなジンクスをさも得意げに披露してたっけか。

あの時は「いやそれ単なる吊り橋効果なんじゃねぇの?」と、鼻先で嗤って軽く聞き流していたのだが、改めて狭い空間にこうしてふたり、肩が触れ合わんばかりの距離で座っていれば嫌でも意識してしまう。

さすがに少しばかり居心地の悪くなった俺が、さりげなく座る位置をずらそうと膝の上で組んでいた手を解いて脇に下ろすと、偶然、雪ノ下の手に軽く触れてしまった。

八幡「や、すまん」

あたふたと謝り、慌てて離そうとした俺の小指に、先ほどから黙りこくったまま俯く雪ノ下の小指がそっと絡みついてきた。

ふと見れば、艶やかな黒髪の隙間から覗く彼女の耳が微かに赤く染まっていることに気が付く。

結局、俺はそのまま何も言わずに視線だけを窓の外へと逃した。


雪乃「 ……… ごめんなさい。あなたの期待に沿えなくて」

窓の外を眺める俺に耳に、雪ノ下がぽしょりと呟く声が届いてきた。

八幡「 ―――― 期待?」 

その言葉の意味を理解することができず、思わず聞き返してしまう。

雪乃「そう。あなたが求めていたのは"本物"だったのでしょう?」

雪ノ下が目を伏せたまま薄く微笑む。

雪乃「でも、私は違う。少なくともあなたの求めている“本物”ではないの」

訥々と語る、いつもとは異なるその声の響きが俺の胸に深く突き刺さる。

八幡「本物 …… じゃない?」

雪乃「ええ、そう。あなたがどう思っているのかは知らないけれど、本当の私は、いつも姉の影に隠れて母に怯えているだけのただ臆病で小さな子ども。姉さんの真似さえしていれば、いつかはあの人のようになれると堅く信じ、そう錯覚していたの」

そこで言葉は途切れ、ゴンドラを流れる音楽とアナウンスの声がふたりの間に落ちた束の間の沈黙を埋める。

雪乃「でもそれは違った。気がついたら、私は自分では何も決められない人間になっていたの。中身のない、意思のないただの人形。目を固くつむり、耳を塞いでじっとしてさえいれば、いつの間にか嵐は過ぎ去ってくれる。ずっとそう思っていたの。ほんと、そんなところは昔からちっとも変わっていないのね」

乾いた声で自嘲気味にそう告げる雪ノ下の横顔は、俺の目からはまるで姉と瓜ふたつに映って見えていた。




雪乃「けれど、あなたは本物。私には決してないものを持っている。揺るぎのない信念と、自己犠牲を厭わない高潔さ。そして最後には誰でも救ってしまう優しさ」

八幡「そ …… 」

そんなことはないだろ、と、否定しかけた俺の言葉を雪ノ下が被せるようにして遮る。

雪乃「 …… だから、あなたを見ていると自分がとてもちっぽけで取るに足らないみじめな存在に思えてしまうの」

俺は改めて隣に座る雪ノ下をまじまじと見つめる。

そこには俺の憧れる完璧超人の姿はなく、ただひとり、自信を失い、怯え、疲れて、うちひしがれた俺と同じ歳の等身大の少女の姿があった。

もし、彼女の言葉が真実だとするならば、皮肉なことに俺の求めていた本物が彼女の中にあったように、彼女の希(こいねが)う何かもまた、俺の中にあったということなのだろうか。



―――――― いや、多分それは違う。


彼女も俺と同様、自らの追い求めてやまないが、決して手にすることのできない“本物”の幻想を、他人の中に投影しているだけなのだ。

そして今のこのような状況に追い込まれたことで冷静な判断力を失い、自分が負の感情による自己嫌悪のスパイラルに陥っている事に気が付いていないだけなのだ。

だが、それと同時に、彼女の思いつめた表情を見て、俺はもうひとつ、この件を通じて自分が大きな勘違いを犯していたことに気が付く。


昨年の夏休み明け、俺が入学式初日に巻き込まれたあの事故で、雪ノ下ただひとりがいち早く被害者と加害者という俺達の関係性に気が付いていながらも、ずっとそれを黙っていた事、そしてそれがあくまでも結果論に過ぎないとはいえ、彼女が俺たちに嘘をついていた、ということに対し、勝手に幻滅し、あまつさえ彼女を責めるかのような態度さえとってしまったことがある。

しかし、それとても本当のところは、俺の理想であり憧れでもある完璧超人であるはずの雪ノ下雪乃でさえも嘘をつくという、ごく当り前の現実を俺自身が認めたくなかったという、ただそれだけの理由に過ぎない。

そして、今度は俺の固執していた“本物”という言葉だけが、俺の知らないところで勝手に独り歩きを始め、いつしか意図せずして雪ノ下を圧迫し、無意識のうちに彼女を苦しめるようにさえなっていたに違いない。

つまるところ、雪ノ下に留学を決意させるまで追いつめたもの。それは、母親への畏怖でも、姉への劣等感でも、葉山との婚約でも、由比ヶ浜との友情でもなく、


―――――― 他でもない、彼女に寄せていた、俺自身の勝手な思い込みのせいだったのだ。


短くてスミマセンが、本日はこんなところで。

次回はもう少し早くなると思います。ではでは。ノジ


雪乃「 ―――――― どうか、したの?」


気が付くと、俺の顔色の変化を察したらしい雪ノ下が心配そうに顔を覗き込んでいた。

雪乃「大丈夫? 顔色が悪いわよ? もしかして気分が優れないのかしら?」

その声にも気遣う気配が色濃く滲む。

八幡「あ、や、何でもない。えっと、すまん。黙ってたけど、実は俺も高いところがちょっと苦手だったりするんだ」

ともすれば押し潰されそうになる罪悪感を気(け)取られまいと、へどもどしながらも咄嗟の言い訳を口にする俺に、雪ノ下が心底意外そうな顔をする。


雪乃「そうなの? 私はてっきり、あなたは高いところが好きなのだとばかり思っていたのだけれど」

八幡「 ……… もしかしてそれ暗に俺がバカだっていいたいわけ?」


つか、なんでそこで超可愛らしく首傾げてんだよ。


雪乃「そういえば、昨日は三浦さんと一緒だったみたいだけれど?」

少し気づまりになった空気を換えようとするかのように、雪ノ下の方から違う話題を振ってきた。

八幡「 ……… ん? ああ、言わなかったか? 偶然あそこでバッタリ出会っちまったって」

そのことは葉山にも伝えてあったはずなのだが、恐らく少し離れていたこいつの耳にまでは届かなかったのだろう。

雪乃「 ……… そう」

ぼんやりとした返事が返ってくる。

八幡「確か、三浦の方は海老名さんと遊びに行った帰り、とか言ってたけどな」

何の気なしにそこまで付け加えたところで、ふと気が付く。

昨日、俺が由比ヶ浜とふたりで会っていたことは雪ノ下も本人から聞いて知っているはずだ。
だとしたら、今のはもしかして、由比ヶ浜はどうしたのか、という彼女からの遠回しの問いかけなのだろうか。

どうやら知らずボールは俺の手に渡されていたようだ。


雪乃「 ―――― 海老名、さん?」

だが、その名前を耳にした途端、雪ノ下が反応を示す。

八幡「あいつがどうかしたのか?」

俺的にはむしろどうかしてるのはあいつの頭の方なのではないかと思うのだが。


雪乃「実はあなたに話しておきたいことが、もうひとつだけあるの」

暫し口を噤み、何かしら躊躇うかのような素振りを見せていた雪ノ下だが、やがておずおずと口を開く。


雪乃「修学旅行での嵐山のこと、覚えているかしら?」

俺はその問いに黙って頷いて見せる。

あの時、俺は海老名さんに対する戸部の告白を未然に防ぐため、雪ノ下と由比ヶ浜の前で彼女に嘘の告白をしている。

それもこれも、それが欺瞞であり、ぬるま湯に浸かる行為であると知りつつも、変わらぬ関係の継続を願う葉山達に、柄にもなく俺自身が共感を覚えてしまったからに他ならない。


八幡「あの時は、その、悪かったな」

当時のことを思い出すと、今でも忸怩たる思いとともに、胸の奥が締め付けられるようにきりきりと痛む。
俺の軽率な行動のせいで、そうとは知らず危うくかけがえのない大切なものを喪いかけたのだ。

雪乃「私の方こそ、あなたには酷いことを言ってしまって ……… 」

ごめんなさい、と言いながらしおらしく頭(こうべ)を垂れる。

あの時、俺は雪ノ下から、あなたのそのやり方はとても嫌いだと言われている。

それも当然なのだろう。あれが決して褒められたやり方ではないことは俺自身がよくわかっていた。
だが、その事で雪ノ下と由比ヶ浜に呆れられるようなことはあったとしても、まさかふたりからあのような反応が返ってくるとは予想だにしていなかった。

しかし、当時はわからなかったふたりの気持ちも、今は痛いほど理解できる。
もし、あれが逆の立場であったなら、やはり俺も彼女達と同じように考え、同じように傷ついたことだろう。

いつぞや平塚先生にも言われた通り、俺には他人の心理を読み取ることはできても、その感情までは理解できていなかったのだ。


雪乃「でも、別にあの時の事であなたを責めているわけではないの」

ふるふると小さく首を振ると、その艶やかな黒髪がさらさらと揺れ、まるで雪の結晶のような光が弾けて空気に溶ける。


雪乃「私は、例えそれが嘘だとわかってはいても、彼女が、海老名さんのことがとても羨ましかった。そして、―――― それ以上に妬ましかった」

いいえ、それも違うかもしれないわね、と、今、自分が口したばかりの言葉を否定する。


雪乃「 ――――― あの時、私は、あなたに対する本当の気持ちに気がついてしまったの」


そこで彼女は言葉を切り、それ以上は何も言わず、その代わりに俺の肩に暖かな重みが遠慮がちに加わるのを感じた。

このままずっと時間が停まってしまえばいい。生まれて初めて俺の中にそんな感情が生まれた。


八幡「 ……… なぁ、ひとつだけ聞いていいか?」

緊張のあまり掠れた声で問う俺に、雪ノ下がこくんと小さく頷いて返す。


八幡「この前、ここで言いかけた、お前の願いって、いったい何だったんだ?」

ゆっくりと雪ノ下が顔を上げ、深く濃く昏い色を湛えた美しい瞳が俺の目を真っすぐに覗き込んだ。


雪乃「そうね。それももう、今となってはどうでもいいことなのかもしれないけれど、 ―――― 」

それまで触れるままにしてていた俺の小指に、雪ノ下の小指の力がきゅっと加わる。


雪乃「今は、ずっとあなたとこうしていたい、かしら」



気が付くとゴンドラは観覧車の頂上へと差し掛かっていた。



彼女に向けられた視線を逸らすこともできず、熱にうかされたように頭の中心が痺れたまま、ゆっくりと、まるで吸い寄せられるように互いの顔が近づく。

そして、ふたりの唇が重なるかと思われた、まさにその瞬間、




雪乃「 ―――― ねぇ、比企谷くん?」


それまでとはうって変わって地の底から響いてくるような、低くくぐもった声が俺の耳へと届いてきた。





雪乃「 ……… 気のせいかしら。なぜかあなたから姉さんの香りがするみたいなのだけれど?」




* * * * * * *


雪乃「 ―――― そう、姉さんがあなたの家に。あの人の考えそうなことだわ」


雪ノ下が深々と溜息を吐きながら首を振る。

しどろもどろの釈明に追われているうちにいつの間にか観覧車は一巡を終え、今、俺達がいるのは再び地面の上だ。

俺のたどたどしい言い訳でもなんとか納得してもらえたのは、俺が信用されているというよりも、むしろ好むと好まざるとに関わらず彼女が姉の行動パターンを熟知しているが故だろう。



八幡「一応、お前のこと心配してってことなんじゃないのか?」

雪乃「そうかしら」

いもうとのんの方は半信半疑といった様子だが、普段の行いがアレなだけに、こればかりは何と言われようとも仕方あるまい。


―――― と、その時、急に雪ノ下の身体がびくりと強張る。


明らかに何かに怯えるような彼女の視線を辿って首を巡らせば、

そこにはどこからか現れた白と黒と茶の混じった仔犬が一匹、こちらに向けて一目散に駆け寄って来る姿があった。

何が嬉しいのか空気なんぞお構いなしとばかりにひゃんひゃん吠えながらまとわりついてくる犬に対し、雪ノ下の方は俺を盾にしながらくるくると逃げ惑う。


雪乃「ひ、比企谷くん、そ、その子、な、なんとかしてくれないかしら」

これが大型犬だったらさすがに俺も腰が引けてしまうところだが相手は小型犬、しかもまだ仔犬に過ぎない。

苦笑しながらも、しゃがんで手を差し出すと、せわしなく尾を振りながら、ざらざらした長い舌で嬉しそうに俺の掌をぺろぺろと舐めはじめた。

雪乃「か、飼い主はどうしたのかしら」

俺の背後に隠れたままの雪ノ下が覗き込むようにしながら、こそっと口にする。

八幡「さぁ、な。大方、はぐれでもしたんだろ」

仔犬の頭を撫でながらあたりを見回すが、それらしき姿はどこにも見えない。

確かこの公園はペット同伴の散歩も許可されていたはずだ。首輪もしているし、毛並みも整っているところを見る限り野良犬というわけでもあるまい。


雪乃「 ……… そう、この子も迷子、なのね」

迷子の仔犬の姿が今の自分の境遇と重なりでもしたのか、複雑な表情を浮かべてしんみりと呟く。どうやら警戒レベルも少しだけ下がったようだ。


八幡「そういやこないだ、お前の姉ちゃん、犬を飼うみたいなこと言ってたぞ?」

先日ミスドで出くわした折に陽乃さんと交わした会話を思い出す。

雪乃「昨日の晩も、あの後、部屋に帰ってからお酒を飲みながらそんな話をしていたわ」

言いながら小さく肩を竦めて見せる。

八幡「 …… まだ飲んでたのかよ」

つか、よく考えたらあのひとまだ未成年だろ。お酒は夫婦かハタチになってからって、学校で習わなかったのかよ。

雪乃「姉さんはいつもそう。私の嫌がることばかりするの」

拗ねたように恨みごとを口にする。

八幡「お前んちでも昔、犬飼ってたことがあったんだって?」

雪乃「 ……… 驚いた。そんな話までしたの?」

素で意外そうな顔をする。

一見サバけているようでいて実のところ本心では何を考えているのかわからないあのひとのことだ。
例え話の流れとはいえ、他人に対して自分のことを話すこと自体、そうそうあるものではないのかもしれない。


八幡「だったらお前も今のうちに少し慣れといた方がいいんじゃねぇのか? どうせ家に帰ったら嫌でも顔を合わせることになるんだし」

雪乃「それはそう ……… なのかも知れないけれど」

その様子からすると、どうやらまだ及び腰のようだ。

八幡「まだ …… 恐いのか?」

雪乃「こ、恐くないんかないわ」

少しばかりむっとした様子で応じる。
陽乃さんから色々と事情を聴いている俺としては気を遣って言ったつもりだったのだが、雪ノ下の方はどうやらそれを挑発と受け取ったらしい。


雪乃「で、でも、ただ、ちょっと、なんていうか、その …… か、咬んだりしないかしら?」

しかし威勢がよかったのは最初だけで、言葉尻にかけて次第に声が不安げに窄まる。


八幡「大丈夫だろ、多分。―――― いや、よく知らんけど」

俺の言葉に、そっと伸ばしかけていた手がぴたりと止まる。


雪乃「 ……… あなたって、こんな時にまで随分と無責任なことを言うのね」


呆れたように小さく首を振りながら、それでも彼女自身も何かしら思うところでもあったのか、覚悟を決めるかのような吐息をひとつ漏らし、おずおずと、いや、明らかに恐る恐るといった態で仔犬に向けて再び手を伸ばす ――― と、


雪乃「ひゃうっ!?」


ぺろりと指先を舐められた雪ノ下が手を引っ込めながら、すっとんきょうな声を上げる。

八幡「って、お前いったいどっから声出してんだよ?!」

雪乃「し、仕方ないじゃない。びっくりしたのだから」

だが、戸惑いながらも先程よりも幾分落ち着いた様子でそっと頭に手をやり、仔犬の方も今度は大人しくされるがままになっている。


雪乃「 ―――― 昔、姉さんとふたりでお父さんにおねだりして仔犬を買ってもらったことがあったの」

犬の頭をそっと撫でながら、遠い目で、独り言のようにぽつぽつと語り出す。

雪乃「でも、その子が私たちの見ている目の前で車に轢かれてしまって……」

その話なら姉のんからも聞いていたが、敢えて口を挟むような野暮な真似はせず、黙って耳を傾けながら頷いて見せる。


八幡「ショック、だったんだろうな」

まるで初めて聞きでもしたかのように相槌をうつ。

雪乃「ええ。もちろん私もショックだったのだけれど、姉さんたら、その仔犬抱いたまま、ずっと泣いてて。あんな姉さん、初めて見たわ」


……………… ん? 


ちょっと待て。何か俺の聞いた話と若干食い違うような?



雪乃「 ……… どうかしたの?」

思わず反応してしまう俺に、雪ノ下が怪訝そうな表情を浮かべる。

八幡「え、あ、いや、それって ……」


ン・ヴヴヴヴ、ン・ヴヴヴヴ ……


と、ちょうどその時、間の悪いことに俺のポケットでスマホのバイブ音が響き始めた。

どうせまたいつものダイレクトメールか何かだろ、と、そのまま放置しておいたのだが、なかなか鳴り止む気配を見せない。

八幡「すまん、ちょっといいか?」

スマホに気をとられるあまり、返事を聞かないうちに雪ノ下に仔犬を押し付ける。

雪乃「え? や? ちょ、ちょっと、あ、あの、ひ、比企谷くん?」

手にした仔犬を明らかに持て余し、わたわたと慌てる雪ノ下を他所に、未だ鳴り続けるスマホを取り出して着信画面を見ると、――― そこには“由比ヶ浜”の文字。

そういえば雪ノ下がスマホの電源は切られたままだったはずだ。
ということは、多分、連絡が取れない事を心配するあまり、由比ヶ浜は迂回して俺のところに電話をしてきた、といったところなのだろう。

出るべきものかどうなのか、それ以前に着信相手が由比ヶ浜であることを知られていいものか逡巡しながら、そっと雪ノ下の顔を窺う。


雪乃「もしかして、……… 由比ヶ浜さん ………?」

俺の様子を見て何かしら察したのだろう。やはりというかなんというか、勘が鋭い。


八幡「 ……… うん、まぁ、そうだな」

ここで嘘をついても彼女に通じるとも思えない。素直に告げる。その間もスマホのバイブは鳴りっぱなしだ。


雪乃「出なくて、……… いいの?」

八幡「 ……… 今は、いいだろ」


ふたりの間に落ちた沈黙とは対照的に、スマホのバイブ音だけが、まるで責めるかのようにやけに大きく鳴り響く。

やがて、その音も唐突に途絶え、後には息苦しくなるような重い沈黙だけが残された。


それでは、本日はこれにて。ノジ


ちょっとだけ更新のついでにちょっとだけ訂正。辻褄が合わんかったぞなもし。

>>727 1行目

呆れたように小さく首を振りながら、それでも彼女自身も何かしら思うところでもあったのか、覚悟を決めるかのような吐息をひとつ漏らし、おずおずと、いや、明らかに恐る恐るといった態で仔犬に向けて再び手を伸ばす ――― と、

              ↓

呆れたように小さく首を振りながら、それでも彼女自身も何かしら思うところでもあったのか、覚悟を決めるかのような吐息をひとつ漏らし、おずおずと、いや、明らかに恐る恐るといった態で、俺の抱き上げた仔犬の頭に向けて再び手を伸ばす ――― と、


あれほど怖がっていた仔犬を手にしたまま物思いに佇む雪ノ下の顔には隠しようのない翳りが浮かんでいた。

彼女が今、心に抱いているそれは、ここにこうして俺とふたりだけでいることに対する後ろめたさ、――― 罪の意識なのだろう。

普段は滅多に感情を面に露わにすることのない雪ノ下だが、今の俺にはその気持ちが手に取るようにわかる。

なぜならば俺もまた、ここに来るまで、そして、ここに来てからも彼女と同じ想いをずっと胸に抱え続けていたのだから。

同じような完璧超人でありながら雪ノ下にはあっても葉山にはない弱点、それは由比ヶ浜という存在である。

それは彼女がこれまで生きてきた十七年の人生の中で、唯一、心を許した友達だからこそのなのだろう。

そして、立場や形こそ違えど俺にとってもそれは同じだった。


―――――――――― 恋愛と友情。


本来は天秤にかけるようなものではなないはずのものなのに。

譲ったり、譲られたりする類のものではないはずなのに。

頭ではわかっていながらも、彼女のその誠実さと優しさが、たったひとりの友達の心を傷つけてまで自らの望みを叶えることを頑なに拒んでいた。

それがわかっていながらも、いや、わかっているからこそ、どうすることもできない俺がここにいる。

そんな自分の無力さ、不甲斐なさがいつになく――――― 腹立たしい。

しかもそれは、いずれこうなると薄々感づいていながらも見て見ぬふりを続け、いつの間にか袋小路に迷い込ませ、追い込んでしまった俺自身の責任でもあるのだ。

誰も傷つけることなく、誰ひとり傷つくことなく全てを丸く納める。そんなご都合主義な解決方法など、どこを探しても見つかりはしない。

例えここで全てを投げ出し、全てを忘れるとことにして逃げ出したとしても、それは近い将来必ず俺達三人の心に深い影を落とすことになるだろう。


雪ははらはらと静かに舞い降り、運命の瞬間は刻一亥と迫りつつあるのが分かった。

振る雪は止まらない。決して時間が止まらないように。


やがて、彼女は浅く噛みしめていた美しい唇を解く。


雪乃「 ……… 今日、あなたに会えて本当に良かったわ」

努めて明るい口調だが、そこには惜別の悲しみが滲む。


雪乃「 ……… あなたに対する気持ちは本当よ。それは決して嘘ではないの」

こみあげてくる何かを無理やり飲み下し、震え声で絞り出すように一語一語をはっきりと告げる。

全てを聞くまでもなく、彼女が何を言わんとしているか察した俺の胸の奥で何かが押し潰され、外気の寒さとは違う理由で身体が震え始める。


雪乃「 ――― でも、」


やめてくれ。それ以上は何も聞きたくない。頼むからその先は言わないでくれ。


雪乃「それでも私は、やはり友達を ――― 由比ヶ浜さんの気持ちを裏切ることはできない」


深い悲しみと、それ以上に固い意思の宿るその瞳を見た瞬間、どれほど言葉を尽くしたところで彼女の決意を覆すことなどできはしないと悟っていた。


ではでは。ノジ


ぽっかりと空いた胸の穴に冷たい空気が流れ込む。

こうなるであろうことはある程度予期していたはずなのだが、いざそれが現実と重なると思考に感情がうまく追いつかない。

失意のあまりその場に立ち尽くす俺の耳に、どこか遠くで誰かを、或いは何かを呼ぶような声が聴こえた気がした。

男なのか女なのか、子供なのか大人なのか。もしかしたら空耳だったのかも知れない。それに今はそんなことはどうでも ――――

だが、それまで大人しく雪ノ下の腕に抱かれたままだった仔犬の垂れ耳がぴくりと動き、もたげた首をあらぬ方向へと巡らす。

そして次の瞬間、いきなり小さな身体をめいっぱいくねらせ彼女の腕から抜け出たかと思うと、短い脚を目いっぱい動かしながら一目散に走り出した。


雪乃「 ――――― え?」


咄嗟の事に何の反応もできず、言葉を喪ったまま茫然と仔犬の走る姿を目だけで追う ―――― と、

間の悪いことに、ロータリーの周辺に植えられた街路樹の陰、ちょうど俺達の死角になる位置から、音もなく一台の車が滑るように侵入してきた。



―――――――――― マズい。



考えるより早く体が動く。


ヘッドライトに照らされ驚きのあまり車道の真ん中で竦む仔犬に覆い被さるように抱きかかえ、そのままの勢いでつんのめるようにして反対側まで走り抜けた後、足が縺れて無様にすっ転んだ。

冷たいアスファルトの感触、空気を切り裂くブレーキの音、目まぐるしく回転する景色、網膜に焼き付く眩いばかりのライトの輝きが、時系列をまるで無視して立て続けに俺の脳裏に混然一体となって押し寄せる。


そして、一瞬の後に訪れた静寂の中で、俺は泥まみれ擦り傷だらけになりながらも、なんとか自力で身体を起こすことができた。


普段の運動不足が祟ったのだろう。急激な動きに耐えかねた身体の節々は悲鳴を上げてはいるものの、幸いなことに仔犬も自分も大した怪我はなさそうだ。

車の運転手にどやされる覚悟でいたが、一度止まった車は再びゆっくりと動き出し、申し訳程度に小さくクラクションをひとつ鳴らすと、そのまま俺の脇をのろのろと通り過ぎて行ってしまった。

スモークガラスのせいで車内の様子を窺うことはできなかったが、こちらに向けて注がれる視線のようなものを感じた気がした。


とりあえずは大事に至らず安堵の溜息を漏らす。

余程驚いたのか、腕の中で身じろぎもしなかったが仔犬も、甘えるように小さく鼻を鳴らすとぺろりと俺の顔を舐め上げた。


八幡「 ……… ほらよ」

苦笑しながら仔犬を地面に下すと、小さな尻を振り振り先ほどの声のしたであろう方向にそのままとことこと駆け去ってしまった。


ふと目を向ければ車道の反対側で、蒼白な表情を浮かべ手で口を覆った姿で固まっている雪ノ下に気が付く。

照れ隠しに軽く手を挙げて無事を伝えると、まるで何かの魔法でも解けたかのように、こちらに向けて小走りで駆け寄って来る彼女の姿が見えた。


 ぱんっ


八幡「 ―――――― てっ!?」


服についた汚れを払い、立ち上ろうとするや否や、いきなり左頬を張られた。

訳が分からず、頬を押さえつつも、ただただ茫然として俺を叩いた雪ノ下の顔を見つめてしまう。


 バキッ


八幡「あがっ」


今度は左のフック。しかも腰の入ったいいパンチ。恐らくは世界を狙えるまである。

もしかしたら車に跳ねられた方がまだマシだったかもしれない。

っていうか、二度もぶった!? オヤジにもぶたれたことないのに!?



八幡「って、ちょっ、おまっ、女がグーで殴るかよフツウ!?」

俺の抗議する声も聞かず、雪ノ下がたて続けに殴ってこようとするのを見て、咄嗟にその細い手首を掴んで止める。

単純な腕力のみに限って言えば、男である俺の方が強いはずだ。

だが、それでも雪ノ下は腕を掴まれたまま全力で抗い、その動きを止めようとしない。


………… やばい。なんかフツウに力負けしそうなんですけど。


八幡「いい加減に ……… 」

さすがに堪りかねて声を荒げると、雪ノ下は俺の手を振り解き、今度はまるで子供のように握った拳で俺の胸を叩き始めた。


雪乃「 …… て …… は」

身の内から溢れ出る何かに耐え切れないないかのように意味を為さない言葉を漏らすが、顔を伏せているせいでその表情までは見えない。


雪乃「 ………… どうして、あなたは、いつも、そうやって」

いつもは冷静沈着な雪ノ下のここまで取り乱した姿を見るのが初めてだったせいもあり、驚きのあまりされるがままになってしまう。

雪乃「平気で自分を …… 傷つけようとするの …… 私の …… 気持ちも …… 知ら …… ない …… で …… 」

顔を俯けたまま、しゃくり上げながら途切れ途切れに言葉を継ぐ。その形の良い頤から伝い落ちるのは、溶けた雪の滴 …… ではないのだろう。


雪乃「 ……… どうして? どうしてなの? あなたはどうして ………」

まるで幼子のように同じ問いを何度も投げかける雪ノ下に、


八幡「 ………… それは、多分、俺が俺だからだろ」

俺は無意識のうちに、呟きで答える。


恐らく、彼女の聞きたい答えは別にあったのだろう。俺の言うべき言葉も他にあったのだろう。

だが、俺にはそれに応える術がない。

ずっと答えを出す事を先延ばしにしていたのは俺なのだから。変化を恐れて逃げていたのも俺なのだから。

できればふたりとは今までのような関係でいたい。しかし、今となってはそれも叶わぬ夢なのだろう。

だとしたら、例え三人の関係がこれで終わってしまうにしても、せめてこれ以上ふたりを悲しませるような真似だけはしたくなかった。

この期に及んでなお、自分の気持ちを偽っているのは百も承知だ。嘘に嘘を重ねてきたせいで、いつの間にか自分でさえも真実が見えなくなる。

自分に対してだけは決して嘘はつかない。そう心に決めていたはずなのに。それはいったいなんのためだろうか。誰のためなのだろうか。


雪乃「 ……… そうね。あなたはそういう人だものね」 

雪ノ下が諦めたように涙声で呟く。

雪乃「だから、だから私は ……… 」

そして、彼女は顔を上げ、涙で濡そぼってなお吸い込まれそうなほど美しい瞳で俺を真っすぐに見据えながらこう告げる。


雪乃「 ……… あなたのことが …… 大嫌い」


それは、俺の憧れであり、理想であるはずの雪ノ下の口から初めて聞く、―――― 自らの意思で吐いた“嘘”だった。



雪はいつの間にか糸のように細く冷たい雨へと変わり、ふたりの上にぱらぱらと降り注ぐ。


八幡「 ………濡れちまうぞ 」

ともすれば、感情の波に呑まれて彼女の身体を掻き抱いてしまいそうになる気持ちに抗い、ゆっくりと引き離そうとする。

ここ数日、いや、それ以前からずっと悩み続けていたのだろう。元々線の細い雪ノ下だが、その肩は触れただけで折れてしまいそうなほど華奢だった。

八幡「それに、 ……… お前も汚れちまうだろ」

ひび割れ、掠れた他人のような声が俺の耳に届く。

嫌われ者は俺ひとりでいい。汚れ役も俺ひとりでいい。

誰かが汚れ役をやらねばならないなら、それが結果として大切な何か、かけがえのない誰かを守れるなら、本当の本物が守れるなら、俺が喜んでその役を引き受けよう。

そのためだったら俺はどんな犠牲だって払うし、どんな道化だって演じて見せる。

だからこそ、今の俺にできることといえば、せいぜい自分の気持ちに蓋をして、どちらも選ばないという選択肢しか思いつかなかった。

雪ノ下にこれ以上負い目を感じさせないため。彼女たちふたりの関係を守るために。


しかし、その一方で、俺の頭の片隅で覚めた声が囁きかけてくる。

だとしたら、もしそうなのだとしたら、俺の求めて続けてたいた"本物"とは一体何だったのだろうか、どこにあるのだろうか。


だが、雪ノ下がいやいやするかのように首を振り、そのまま俺の胸に顔を埋める。

そして、俺の自らに対する全ての問いかけを否定するかのように、くぐもった震え声が耳朶をうつ。



雪乃「もう、いいの。構わないわ …… あなたと一緒なら …… 」





「 ―――――――――――― あらあら、文字通り濡れ場、ね」




八幡&雪乃「 ――――――― ?!」


突如としてかけられた聞き慣れた声にふたりして愕然と振り向く。


「それにしても比企谷くんったら、うちの車に何か怨みでもあるのかしら?」


そこには、いつの間にか俺たちのすぐ傍らで、こちらに向けて傘を差し出しながら呆れ顔で立つ ―――― 陽乃さんの姿があった。


では本日はこんなところで。ノジ



* * * * * * *




雪乃「 ―――――― お母さんに直接会って話をしようと思うの」


開口一番、雪ノ下が真っ直ぐに話を切り出した相手 ――― 陽乃さんがまるで至近距離から豆鉄砲食らった鳩、というか、陽電子砲を喰らった使徒みたいな顔になる。どんな顔だよ。

場所は雪ノ下が住むマンションのすぐ近くにある喫茶店。あの後、ここまで車で送ってくれたのも陽乃さんだ。

毎度のことながらいくらなんでもタイミングが良過ぎだろ、と思ったら案の定、道すがら本人の口から悪びれもせずに俺を囮に使ったと聞かされた。

雪ノ下が姿を消したと知れば必ず俺が探しに行き、そして十中八九見つけ出すであろうと予測した上でのことらしい。

買い被りもいいところなのだが、「事実そうなったでしょ?」と言われては、さすがに返す言葉もない。

それ以上突っ込んだ話はしなかったが、もしかしたら俺のスマホにもいつの間にか怪しげなマルウェアがインストールされているのかも知れない。

だとすれば必ず共犯者がいるはずだ。

一瞬、頭をコツンとやりながら、てへぺろしている小町の姿が頭に浮かんだ。


陽乃「 ……… ふーん。いったいどういう風の吹き回し?」

陽乃さんがなぜか妹ではなく、隣に座る俺の顔をまじまじと見つめる。

陽乃「おやおや、もしかしたら、お赤飯でも炊いた方がいいのかな?」

からかうような露骨な言い回しに、思わず自分の顔が赤くなってしまうのがわかった。

雪乃「ふ、ふざけないで」///

雪ノ下が姉に向けてぴしゃりと言い放つが、その頬もまた赤く染まっているせいか迫力は半減以下だ。


陽乃「別にふざけてなんかいやしないわよ。それにしても、まさか雪乃ちゃんに先を越されるとはねぇ」

やれやれ、と軽く肩を竦め、深々とした溜息混じりに呟いたかと思うと、


陽乃「 ……… やっぱりあの時、ひと思いに押し倒してしまえばよかったかしら」

聞こえよがしにぼそりと不穏なセリフを付け加える。

雪乃「 ……… あの時?」

雪ノ下がきょとんとした表情を浮かべ、次いで突き刺すような視線で俺を睨み付ける。おいよせやめろこっち見んな。

思い当たる節があり過ぎるほどある俺は反射的に顔を背けてその視線から逃れようとはしたものの、


八幡「 ……… ってっ!」

何か言う代わりに思いっ切り太ももをつねられてしまった。しかも姉と同じ場所。姉妹揃って手加減なし。絶対、痣になってんぞこれ。


陽乃「 ……… ま、いいわ。帰ったら、ひとまず“あなた達”がお母さんと会えるように私の方でセッティングしといてあげる」

突然の思いも寄らない申し出に、ふたりしてまるでキツネにつままれたような顔を見合わせてしまう。

しかも“あなた達”と口にしているのを聞く限り、どうやら俺達の意図は正確に見抜かれていたらしい。

雪ノ下ひとりなら母親に会うためにわざわざアポなどとる必要はない。だが、どこの馬の骨ともわからぬ男が一緒となれば話は別だ。

いきなり押し掛けたところで門前払いされるのは目に見えているし、かといって彼女ひとりに全てを任せるわけにはいかない。

勝ち目があるなしに関わらず、これは俺の責任でもあるのだから。


陽乃「 ――― ただし、ひとつだけ条件があるわ」

そう言って、陽乃さんが、なんとも形容し難い笑みを浮かべて妹と俺の顔を交互に見る。

そらきた、とばかりに身構える俺達に、蠱惑的な笑みを更に深くしながら涼し気に言葉を継ぐ。


陽乃「その時は私も同席させてもらうってことで、どう?」

雪ノ下が面食らったような表情を浮かべ、次いで何かを探るかのようにまじまじと姉の顔を見つめていたが、やがて、どうかしら、とばかりに俺に目で問うてきた。


八幡「なぜ ――― ですか?」


当然の質問だ。相手は俺達を合わせたよりも更に一枚も二枚も上手な陽乃さんだ。

それにこのひとの性格からして、ただの好意だけでそんなことを言い出すはずもない。


陽乃「 ――― あら、だって面白そうじゃない」

聞いたところで素直に答えてくれるとも思わなかったが、意外にもあっけらかんとした表情で至極あっさりと言ってのける。しかも面白そうて。

どうやらこの女性(ひと)にとっては、これもまた座興のひとつに過ぎないということなのだろう。相変わらずまるで掴みどころがない人である。

しかし、一緒にいたところで助けになるとは決して思えないが、かといってあの母親のいる手前、いつものように悪戯に引っ掻き回すような真似もできまい。

それでも姉の真意が掴めず態度を決めかねているらしい雪ノ下に黙って頷いて見せると、


雪乃「 ――― わかったわ」

深く濃い諦観の滲んだ溜息をひとつ吐き、渋々といった感じで姉の出す条件に応じる。

その時の陽乃さんの顔に浮かんだ何やら怪しげな笑みが少しばかり気にかかったものの、とりあえず今は肯(よし)とするしか他に方法はなかった。


陽乃「ところで、私は今日はもう家に帰るつもりなんだけど、あなたたち、――― 」

交渉は終わり、とばかりに席を立つ陽乃さんが、テーブル越しに乗り出すようにして俺たちに顔を寄せ、いつになく真面目な口調で切り出す。


八幡&雪乃「 ―――― ?」 


陽乃「まだ高校生なんだから、ちゃんとヒニンくらいはした方がいいわよ?」

言いながら左手の人差し指と親指で作った輪に、右手の人差し指をすこすこと出し入れする仕草をする。


八幡&雪乃「し・ま・せ・ん !」


陽乃「あら、しないの? ま、大胆!」


口に手を当て、大袈裟に驚いた素振りが超わざとらしい。


八幡&雪乃「 ……… だから」「 ……… そうじゃなくて」


頭痛と眩暈を一緒くたに覚え、思わずふたりしてこめかみを手で押さえてしまう。



陽乃「ま、もっとも例えあなたたちがいくら既成事実を作ったところで、それだけでお母さんを説得することは不可能なんだけどね」


八幡「 …… どういう …… 意味ですか?」

既成事実云々はともかく、何かしら含みのあるそのセリフを聞き咎め、思わず問うてしまった俺に、

陽乃「わからない? 例えキズモノでもコブツキでも構わないから雪ノ下(うち)とお近づきになりたいって考えている輩は掃いて捨てるほどいるってことよ」

まるで出来の悪いに生徒に接する教師の如く懇々と諭す。

なるほど。県内有数の建築会社を経営し、県議会議員も輩出した“雪ノ下”の看板には当然それだけの価値がある、という意味なのだろう。



陽乃「 ――― ああ、それと」

雪乃「まだ何かあるの?」

いささか棘と倦怠の器用に混じりあった妹の口調を気にも留めず、あねのんが俺に向けて話しかける。


陽乃「この場合、もうひとり役者が必要ね」

そう言って、そうでしょ? とばかりに俺の目を真っすぐ覗き込む。どうやら考えていることは同じらしい。


雪乃「 ――― もうひとり?」

訝し気な顔をする雪ノ下にも聞こえるように、俺はきっぱりと断言する。


八幡「ああ。今回の件については、もうひとり同席してもらうつもりだ」

もし、イヤだとぬかそうものなら、無理やりにでも引っ張り出すつもりだった。


短いですが、本日はこれにて。ノジ



* * * * * * *


店を出て陽乃さんが立ち去ると、残されたふたりの間には先程とはまた違った意味での何やら不自然で、少しばかりそわそわするような沈黙が落ちた。

雪は積もるほど降る前に雨へと変わり、それすらもいつの間にか上がってしまったようで、濡れた路面が街灯を受けて黒々とした光を放つ以外、その痕跡すら残っていない。


雪乃「 ――― 結局、私の家の事情にあなたまで巻き込むことになってしまったわね」

俺の傍らに立つ雪ノ下が申し訳なさそうに呟く。

八幡「 ……… いや、まぁ、あれは俺が勝手に言い出したことだからな」

事前にふたりで示し合わせていたというわけでもないのだが、雪ノ下もあの場で異を唱えるようなことはしなかったのだから、事後承諾みたいなものだろう。

成り行きとはいえ乗りかかった舟だ。既に腹は括っていた。それに策も ――― ないこともない。



八幡「さて、明日は学校だし、俺もそろそろ …… 」

昨日今日と急な展開で疲れ果てていたし、ラスボス戦に向けて今のうちに英気を養っておく必要もある。

多少、後ろ髪を引かれる思いはしたが、それでも努めてさりげない風を装いながら駅の方角に向けて歩き出そうとすると、


雪乃「 ―――――― お待ちなさい」 


いきなり雪ノ下に引き止められてしまう。

雪乃「 ……… 服、濡れたままじゃない。その格好で帰るつもり? 風邪を曳くわよ」

八幡「や、ほら、水も滴(したた)るいい男って言うだろ? それに、俺にとっては濡れ衣を着せられるのだって毎度のことだからな」 

言った途端にクシャミが出てしまう。


雪乃「ほらごらんなさい。言わないことじゃない。大丈夫?」

いつになく優しく気遣うような態度に、俺としてもどう反応していいものか困ってしまう。

八幡「や、心配すんなって。 これくらいで風邪曳くほど ―――

雪乃「そうではなくて、私に感染(うつ)らないかって意味で聞いたのだけれど?」

八幡「 ……………… ああ、そうだろうよ」


雪ノ下がくすりと笑い、俺の口の端も自然に綻ぶ。

まだ少しぎこちないものがあるが、それもおいおい慣れるだろう。手探りで距離を確認しながら、ゆっくりと縮めていけばいい。

互いの事など何も知らずにただただ反発しあっていたあの頃に比べれば、それは遥かに容易(たやす)いことのようにさえ思えた。




雪乃「 ……… 私の家、すぐそこだし、乾燥機もあるから少し寄っていったら?」

雪ノ下が目を伏せながら、それとなく申し出る。

八幡「あ、や、さすがにそれは ……… 」

わざわざ時刻を確認するまでもなく、世間一般の常識に照らし合わせても、男がひとり暮らしの女性の部屋を訪れていい時間帯ではなくなっていた。

いつぞやのように管理人に見咎められる危険性もさることながら、それ以上に陽乃さんが余計なことを言ったせいで、実は先ほどから変に意識してしまっているのは思春期全力真っ盛りのどうも俺です。

だが、途中で邪魔が入ったお陰で色々と中途半端な状態になってしまったこともあり、このままでは何やら決まりが悪いのも確かだ。

ちらりと様子を窺えば、雪ノ下がそわそわと俺の返事を待っているのがわかった。


仕方なく、照れ隠しに頭をガシガシと掻きながら口を開く。


八幡「 ……… あー…、そういやさっき、お前、自分が本物じゃないみたいなこと言ってたけど ……… 」

雪乃「 ………そうね。残念だけれど、私はあなたの求めている本物には程遠いわ」

目を伏せたまま肯い、その黒い髪と白い息をさらうようにして冷たい風が吹き抜ける。


八幡「 …………… だったら、俺は本物なんていらない」


俺の言葉に、雪ノ下が驚いたように目を瞠る。そして俺はそんな彼女を真っすぐに見つめながら続けた。


八幡「 ……… 例え本物でなくても、俺は、お前が欲しい」


今ならはっきりとわかる。俺が欲しかったのは本物ではない。
いや、そうではない。例え完璧でなくとも、あるがままの雪ノ下こそが俺にとっての唯一無二の“本物”だったのだ。

もし俺の理想であり、憧れでもある雪ノ下が本物ではないのだとしたら、俺の求める本物など、この世界のどこを探しても存在しないということになってしまうのだから。


雪ノ下が俺から目を逸らし、夜目にも明らかに寒さとは違う理由で頬が朱を帯びる。もじもじと身を捩るその仕草が普段の凛とした姿のギャップと相俟って妙に可愛らしい。


雪乃「………… あの、それって ………… もしかして、今すぐってことかしら?」


八幡「 ………… ん?」


想定外の返事に、今、自分が口にしたセリフを脳内再生し、すぐにあらぬ誤解を抱かせてしまった事に気が付いた。

八幡「あ、や、違っ、そうじゃなくて、今のはアレだ、なに、その、言い方に語弊があったっていうか言葉の綾波レイっていうか?」 

何だよそのヱヴァ〇ゲリオン。


雪乃「でも、ごめんなさい。私、今までそういう経験がないものだから何の準備もしてなくって。だから、その …… 急に言われても、困るというか …… 」

雪ノ下が真っ赤になりながらわたわたと言葉を連ねる。しかもどさくさに紛れてなんか凄いことカミングアウトしてるし。



どうやら俺の不用意な発言のせいで雪ノ下に変なスイッチが入ってしまったらしい。

恐らく彼女の言う“準備”とは、陽乃さんが口にしていたアレのことなのだろう。
こいつってば、そっち方面の免疫とかまるでないくせに、知識だけはやたらと豊富だからな。

っていうか、いくらなんでも色々すっ飛ばして性急過ぎるでしょ。それこそ性的な意味で。
そういうのはちゃんとした段階を踏んでするもんだろ? そうだな、とりあえず先ずは交換日記あたりから? なにそれどこの昭和だよ。


それに、例え俺にそんなつもりがあったにしても、当然のことながらそんなものを都合よく持ち合わせているわけがない。

いざとなれば近くのコンビニで買うという選択肢もあるのだろうが、いくら年齢確認が不要とはいえ俺のような健全な高校生にはあまりにもハードルが高過ぎる。

しかも、もし、レジの店員さんが若い女性だったりなんかした日には、難易度ドン、更に倍、で巨泉さん並みの倍率のミッション・インポッシブルだ。



~♪♪~♪~♪~♪~♪ ~♪♪~♪~♪~♪~♪


そんな事を考えながらひとり勝手にテンパっていると、不意にどこからか耳慣れた曲が流れてきた。

既にスマホの電源を入れ直していたのだろう、音の出所は雪ノ下のスマホからだ。


―――――――― もしかして、由比ヶ浜?


同じことを考えていたのか、雪ノ下に緊張が走る。

だが、スマホの着信画面に目を走らせた顔に、たちまち安堵の表情が広がるのが見えた。



雪乃「 ………… 何かしら?」


通話モードにするや否や、そのあからさまに突慳貪(つっけんどん)な、それこそまるで赤穂の特産品みたいな塩対応からして、どうやら相手は先ほど別れたばかりのあねのんのようだった。


「 ―――― ○%×$★♭♯▼!」


漏れてくる声は俺にも聞こえるが、何を言ってるのかまではさっぱりわからない。何か言い忘れた事でもあったのか、それとも ―――――


「 ―――― ◆%×☆$、♭♯▲!※%△♯?%÷&@□、■&○%$■☆♭*!:」


雪乃「 ………… え?」 雪ノ下の顔色が変わる。


「 ―――― ※%△♯?%★$♭♯▲÷&@□」


雪乃「なっ? い、いつの間にっ?! ちょっ、姉さん?!」

 
「 ―――― ●%△♯?%◎★&@□!」


唖然としながらまじまじとスマホの画面を見る様子からして、一方的に言いたい事だけ言ってそのまま切ってしまったに違いない。
いかにもジーニアスハイテンションにしてゴーイングマイペースなあの人らしい。




八幡「姉ちゃんから、 ……… か?」

雪ノ下が無言でこくんと頷く。

八幡「んで、 ……… なんだって?」

何も答えないところを見る限り、急に気が変わった、とかそんなところなのだろうか。

例えもしそうだとしても、それならそれで仕方あるまい。多少遠回りになるかも知れないが、ははのんに会うためには何か別の方法を考えればいいだけだ。

いずれにせよ、今日はもう遅い。この件については改めて仕切り直しということになるのだろう。

残念なような、それでいて少しほっとしたような複雑な心境だった。


雪乃「 ……… 違うの。そうじゃなくて」


俺の考えを察したらしい雪ノ下が、逸らせた視線を昏いアスファルトに落としたたまま、ふるふると首を振る。


雪乃「 ……… 姉さんが」

八幡「姉ちゃんがどうかしたのか?」


よほど言いにくいことなのだろう。何を言われたものか先程より更に朱を深くし、しかもよく見れば少しばかり涙目になってる。

そしてそのまま待つこと暫し、やがて消え入りそうなほど小さな声で続ける。



雪乃「 ………… リビングの引き出しに入れてあるから、ちゃんと使いなさい ……… って」


ではでは。ノジ



* * * * * * *



一色「 ―――――― あ、先輩!」


次の日の放課後、グランドの端に立つ俺の姿に気が付いた一色が手を振り、俺も軽く手を挙げてそれに応える。

拝み手を切るような仕草で他のマネージャーに断りを入れると、一色はすぐさま俺に向かって小走りで駆け寄って来た。

一色「珍しいですね。今日はどうしたんですか? 」

軽く息を弾ませ、頭の天辺から爪先まで俺の姿をつぶさに見ながら訊ねる。

俺と言えば授業中でもないのに上下ともジャージ姿だ。不思議に思われても仕方あるまい。

八幡「ああ、ちょっと大事な話があってな」

一色「 …… え? 大事な話? それって …… 私に …… ですか?」

八幡「ん? あ、いや …… 」

そうじゃなくてだな、と続けようとした刹那、「やべっ!」という声とともに、いきなり俺達の居る場所に向けて放物線を描きながらサッカーボールが飛んで来た。


小さく悲鳴を上げ、首を竦める一色の前に出た俺は、反射的に胸でボールをトラップし、そのまま膝と足を使って数回リフティングすると一番近くにいた部員に向けて正確に蹴り返す。

以前かなりやり込んだことがあったせいか、身体の方が勝手に反応してしまったらしい。


一色「 ……… え?」


ざわっ


だが、次の瞬間、サッカー部の間に静かなざわめきが走り抜け、当然のように俺と一色にその視線が集まる。


「今の見たかよ?」 「誰よ、あいつ?」 「素人の動きじゃねぇべ」



…… つーか、戸部。なんでお前まで混じってんだよ。一応クラスメートなんだから顔くらい忘れんなっつの。




「 ―――――― テニスだけじゃなくて、サッカーもうまいんだな」


俺の蹴り返したボールを手にした葉山がゆっくりとこちらに近づいてくる。

八幡「言ってなかったか? お前や雪ノ下ほどじゃないにせよ、基本俺はそこそこのスペックホルダーなんだぜ?」

顔立ちだってそれなりに整っている方だし、成績だって現国は常に学年3位をキープしている。見ての通り運動神経だって決して悪くない。
目が死んでることと働いたら負けだと考えているという欠点にさえ目をつぶれば申し分なしだ。まぁ、目をつぶったら何も見えなくなってしまうわけだが。

葉山「 ……… そうだったね」

相手が相手だけに、それこそ鼻先であしらわれるかと思いきや、あっさりと肯定されて逆にきまりが悪くなる。

葉山「よかったら一緒にプレイしてみないか?」

しかも冗談か本気かそんな事まで言い出しやがった。

八幡「断るに決まってんだろ。なんでわざわざお前の引き立て役なんかしなきゃならねぇーんだよ」

俺はヒキタニであってヒキタテじゃねぇっつの。いやホントはヒキガヤなんですけどね。


葉山「もしかして、俺に何か用でも?」

いつもの爽やかな笑みを浮かべ、それとなく俺に水を向けてくる。

八幡「用もないのにわざわざこんなところまで来るとでも思ってんのか?」

思わず憎まれ口を叩いてしまったが、正直自分で言っておきながらなんだかツンデレっぽいなこれ。

し、仕方なく会いに来てあげただけで、べ、別にあんたのことなんて、[ピーーー]ばいいのに、くらいにしか思ってないんだからねっ!


葉山「 ……… それもそうだな」 苦笑を浮かべながら頷き、

葉山「いろは、すまないがちょっと頼まれてもらってもいいかい?」

気でも利かしたつもりなのだろう。さりげなく人払いするために一色に声をかけはしたものの、当の本人からの返事が、 ――――― ない。

葉山「 ――― いろは?」

再度、葉山が声をかける。つられて隣に立つ一色に目を遣ると、なぜか呆けた表情でじっと俺の顔を見つめている彼女と目が合った。


一色「え? あ? はへ?」


我に還ったらしい一色に、葉山が再び同じ言葉を繰り返し、ひとことふたこと簡単に指示を付け加える。

一色は慌ててコクコクと頷きながら、再度チラリと俺を見て、すぐにその場から離れていった。



八幡「 ――― 雪ノ下の家に話をつけに行くつもりだ」

一色の背中を見送りながら、十分な距離をとった頃合いを見計らって俺から話を切り出す。


葉山「 ……… そうか」

多少なりとも驚いた様子を見せないところからして、やはり俺がここに来た理由を最初から察していたのだろう。

八幡「で、お前はどうする?」

葉山「 ……… どうするって、何をだい?」 

八幡「このままでいいのか?」

葉山「 ……… このまま?」

敢えてなのだろうが、その白々しいまでの落ち着き払った態度がいつになく癇に障り、自然、俺の口調も荒く尖ったものへと変わる。

八幡「これからもずっとそうやって親や家のせいにしながら、自分の責任から逃がれ続るつもりなのかってことだよ」



俺の発した問いには応えることなく、葉山は手にしたボールをじっと見つめている。
元は白かったのだろうが今は泥に汚れ、ところどころけばだったそれは練習の激しさを物語っていた。

スポーツ万能にして頭脳も明晰、成績は全科目常に学年トップクラス。人並み以上の才能に恵まれながらも決してそれに溺れることなく努力も惜しまない。

それもこれも、唯ひとりの女性に“弟”ではなく“男”としてと認めてもらいたい、というのがその動機であるとするならば、それも頷ける。
そして、それが今の葉山隼人という、一見して完全無欠ともいえる人間を形成してきたのだろう。

例えその結果、相手からは“面白くない”と言われようとも、葉山は葉山なりに、常にその時点で一番ベストと思われる方法を模索し、選択し、実践してきたに違いない。


葉山抜きで練習を再開したサッカー部の動きは先程よりも明らかにキレが悪く、メンタルでもフィジカルでもその存在の大きさを感じさせた。

総武高校もお題目として文武両道を校訓に掲げてはいるが、県内有数の進学校だけあって真剣に部活動に打ち込む生徒の数は少ない。

一見真面目そうにやっているような連中でも、実のところではせいぜい内申点稼ぎが目的の場合がほとんどだ。

そんな中にあってもサッカー部は県大会で上位に食い込むほどの実績を残している。それもひとえに葉山の持つカリスマ性やリーダーシップによるところが大きいのだろう。



葉山「 …… お前にいったい何がわかる」

俺の耳に、ぼそりと呟く声が聴こえた。恐らくこれがこいつ本来の声なのだろう。そう思わせるような錆の含まれた低い声音だった。

いつもの快活で爽やかな外見そのままに、中身だけが入れ替わる薄ら寒い感覚に襲われる。朱に交わってなんとやら。そんなところはやはりあの女性(ひと)と同じだ。

目には見えないが明らかに俺に向けて放たれた圧に対し、いつもであればあっさりと屈してさっさと逃げを打つところなのだが、今回ばかりはそうもいかない。

八幡「はぁ? 甘えてんじゃねぇよ。お前の気持ちなんざこれっぽっちもわからねぇし、わかりたいとも思わねぇーっつーの」

だが、俺の返す憎まれ口に、葉山はまるで反応を示さない。ならばとばかりに、

八幡「 ………… ま、勝手に親の敷いたレールの上を走っているだけで黙ってても好きな女が手に入るかも知れないんだ。タナボタもいいところだけどな」

続けて放ったそのひと言で、予想通り葉山の顔色が変わった。



胸倉に伸びてくる手を最小限の動きで捌いて躱(かわ)す。

こいつのこの動きは文化祭の時にも一度見ている。あの時はわざと譲ってやったが二度目はない。自称スペックホルダーの本気の逃げ足の速さ嘗めんなよ。

別にずっと根に持っていたというわけでもないのだが、ついでとばかりに足も引っ掛けてやった。わざとじゃないよ。じょうけんはんしゃ。だから、ふかこうりょく。

いつになく頭に血が上っていたらしい葉山はものの見事に俺の策略に嵌り、前のめりに倒れてがっくりと手と膝をついた。

滅多にない醜態を晒した羞恥のためなのか、俺を振り仰ぐその目に明確な殺気が宿る。いや、それは殺意とすらいっていいかも知れない。

ゆっくりと立ち上がる葉山の拳は白くなるほどきつく握り締められていた。


……… あー、さすがにちょっとやりすぎたか。これはもうダメかもわからんね。



「 ―――――― ダメっ!」


殴られるのを覚悟して目をつぶった刹那、俺と葉山の間に素早く割って入る小さな影があった。

恐る恐る目を開けると、両手を広げて俺を庇うようにして葉山の前に立ちはだかる ――― 小刻みに震えた一色の華奢な背中が見えた。


一瞬、葉山の顔に驚きの色が浮かび、すぐに気まずそうに目を逸らし、固く握りしめていた拳を解いて力なく身体の脇へと垂らす。


八幡「来るか来ないはお前の勝手だ。自分で考えて決めればいい。強要はしない」

だがな、と、続ける。一色の背中越しというのが今イチ格好つかない。


八幡「雪ノ下がこうなった責任の一端はお前にもあるはずだ。それはわかってるんだろ?」

俺のその言葉に葉山が驚いたように目を瞠り、次いでその顔が苦し気に歪む。



“ ―――― もしかして俺のせいかも知れない。”

先日の踊り場の一件で、葉山は自らそう告白している。
その時の俺は、それを両家の間で交わされた約定のことだとばかり思い込んでいたし、事実、葉山もそのように仄めかしていた。

だが、陽乃さんの口から今回の雪ノ下の留学を決めたのが彼女達の母親であり、その直接の原因となったのは俺が文化祭準備期間中に彼女のマンションを訪れたことだと聞かされた時から俺の中にはある疑念が生じていた。

四六時中母親の監視下に置かれているならともかく、あの時に限ってたまたま目撃されるという偶然があるものだろうか、と。

それがもし単なる偶然ではないのだとしたら、恐らくはあの日、俺が彼女の処に行くことを母親に知らせた人間がいたはずだ。

それが誰であれ、その目的は、雪ノ下の周りに男の影があることを匂わせ、彼女を貶めることで、“誰か”或いは“何か”から排除しようとしていたのに違いない。

もしかしたら、雪ノ下の父親が倒れた事も、タイミング的に今回の件と全く無関係というわけではないのかも知れない。

いすれにせよ、俺が彼女の見舞いに行くことを知っていた人間はごく限られている。 そして、あの時、俺をそう仕向けたのは ―――――――― 、



葉山「―――― 俺を脅しているつもりか?」 

抑揚を抑えた静かな声に僅かだが動揺の色が混じる。そのひと言で俺の憶測はある程度の確信へと変わった。

八幡「どう取ろうがそれはお前の勝手だけどな」

敢えて核心に触れずにおいたのは、一色のいる手前、葉山を庇おうとしたわけではなく、仄めかす程度に留めておいた方がより効果的だと判断したからに過ぎない。

葉山「俺がお前の脅しに屈するとでも?」

八幡「俺にとって一番大切なものを守るためだ。手段は選ばないし、選ぶつもりもない」

不穏な空気が流れる中で、俺と葉山の間に睨み合うかのような硬い視線が交錯する。



葉山「 ……… やっぱりキミとは何があっても友達にはなれそうにないな」 

俺を睨みつけたまま、葉山が苦い物でも吐き捨てるかのように呟く。

八幡「 ……… そうだろうよ。前にも言ったろ? 俺はお前のことが大っ嫌いだからな」

葉山「ああ、そうだったね」


八幡「それに ――――― 、」

俺の口から最後に零れた言葉に、葉山が怪訝そうな表情を浮かべる。



―――――――― “友達”だったら、もう十分間に合ってる。



その時、俺の脳裏を過ったのは、とある少女が浮かべた寂しそうな笑顔だった。



それではでは。ノジ


葉山が無言で俺に背を向け練習へと戻って行くと、それまでの緊張が一気に解けたものか一色がその場にへなへなとしゃがみ込んでしまった。

八幡「葉山から頼まれた仕事はもういいのか?」

俺が声をかけてもしばらく心ここにあらずといった様子だったが、やがて思い出したように首だけ回して俺を見上げる。

一色「え? あ、はい。さっきのあれならちゃっちゃと …… 」

八幡「済ませたのか? 随分と早いな」

日頃いい加減な姿ばかり目にしているが、もしかして実はこいつ思いのほか有能だったりするのかも知れないと、見直し ………

一色「いえ、全部、戸部先輩におっつけてきちゃいました」 

八幡「 ……… って、またかよ」

こいつ生徒会やマネージャーの仕事もそうだけど、それ以上に戸部の扱いがどんどんぞんざいになってきてねぇか? まぁ、仕方ねぇか、戸部だし。



一色「そ、そんなことより」

ぐいぐいと強引にジャージの袖が腕ごと下に引っ張られ、俺の頭ががくがくと揺れる。

八幡「って、お前、ひとの話全然聞いてねぇだろ」

一色「ダイジョブです! いつものことですからっ!」

八幡「 ……… いつもなのかよ。つかそれ全然大丈夫じゃねぇやつだろ」

一色「それより先輩って、もしかしてサッカーとかやってたんですかっ?!」

八幡「はぁ? んなわけねーだろ」

個人競技ならそこそこいけるつもりだが、団体競技はからっきしである。
運動神経は決して悪くはないとは自負している。しかしいかんせん、チームプレイと名の付くものが超苦手なのだ。そもそも仲間に混ぜてすらもらえない。

俺がいる、というもうそれだけでなぜかチームの輪は乱れるわ、凡ミスも増えるわで、場の雰囲気がどんどん悪くなり、モチベーションもだだ下がりとなる。

我ながらこれほど敵に回して頼もしく、味方に回して恐ろしい相手もそうはいないだろう。


一色「で、でも、さっき、なんか、こう」

そういってむんとばかりにない胸を無理に張ってみせる姿が妙に痛々しい。無い袖は振れないって言うけど、無い胸も張れないのな。

っていうか、お前一応サッカー部なんだから、いい加減トラップとかリフィティングって用語くらい覚えたらどうなんだよ。

八幡「あれはみんなで遊んでても俺だけ声かけてもらえなかったんで、気を引こうとして公園の隅でずっとやってたらいつの間にかうまくなってたんだよ …… って、言わせんな、恥ずかしい」

一色「うわー…、確かに死ぬほど恥ずかしい過去ですね、聞いてる方が」

八幡「うるせーよ、ほっとけ」

一色「あ、でもそれって、いわゆる"昔掘った貝塚"ってヤツですか?」

八幡「それはもしかして"昔とった杵柄"って言いたかったのか?」

いるんだよなぁ、聞きかじりの難しい言葉使おうとしてスベるヤツ。はい俺のことですね。

一色「え? えっと、やだなぁ知らないんですか? 最近はみんなそう言うんですよ?」

八幡「 …… 言わねーし、聞いたこともねーよ」 



一色「えっと、それで、あの、その、さ、さっきはありがとうございました」

いきなり、一色が小さくぺこりと頭を下げる。

八幡「あん? いや、どっちかっつーと礼言わなきゃならんのは俺の方だろ?」

一色「そ、そんなことないです!」

両手と首をぶんぶん振りながら俺の言葉を否定する。

八幡「まぁ、あわよくば暴力沙汰にして、それをネタに葉山を強請(ゆす)ってやろうとした俺の目論みは外れちまったけどな」

一色「 ……… うっわー、先輩ってホンットいい感じに性格が歪んでますよね」

俺としても「なるほど、その手があったか」などとブツブツ言いながら真剣な顔で考え込んでいるこいつにだけは言われたくない。


一色「それと …… ちょっとだけカッコ良かったです。あ、ホントにちょっとだけですけど」

人差し指と親指でほんの僅かな隙間を作って見せながら付け加える。

八幡「 ……… いや別にわざわざ二回言わなくてもいいから」

一色「やだなぁ、ですからほんのちょっとだけですってばぁ」

八幡「だからって何も三回も言うこたぁねぇだろっ!!! 」

しかも、さっきよりだんだん指の間隔が狭くなってねぇかそれ?


まだ何か言いたいことでもあるのか、一色が口をもにゅもにゅさせながら俺の顔をじっと見つめている。

それでいて先程からずっと気になっているくせに葉山との間に何があったのかストレートに聞いてこないのは、やはりこいつなりに遠慮しているのだろう。

八幡「………んだよ。俺の顔に何かついてんのか?」

少しだけ面映ゆくなった俺が誤魔化すように嘯くと、

一色「あ、はい。土がちょっとはねてます」

そう言って手にしているタオルではなく、わざわざポケットから取り出したきれいなハンカチで俺の顔についた土を拭おうとした。

八幡「い、いいよ、汚れんだろ」

傍から見たらまるで彼女のような甲斐甲斐しさに照れ臭くなり、思わず避けようとすると、


一色「そんなの全然気にしないでください。それにこれ、どうせこないだ先輩からもらったハンカチですし」

八幡「 ……… お前はそういうところを少しは気にした方がいいんじゃねぇのか?」


一色「えっと、それから ……… 」

手にしたハンカチをぐしゃりと握りしめながら、俺から目を逸らす。だからそれ俺のやったハンカチだろ。

一色「私、あれからひとりで色々と考えてみたんです」

八幡「ん?」

一色「それで、あの、やっぱり、その、わ、私、先輩のこと ……… 好き ……… みたい ………… です」

言葉尻にかけて次第に声が小さくなり頬が微かに染まる。その言葉の意味が頭に浸透するまで少しだけ時間がかかった。

一色「だって、先輩が卒業するまでまだ一年もありますし、こういうのって断られてからが勝負だって言うじゃないですか」

俺が何か言おうとする前に、まるで照れ隠しするかのように早口で捲し立てる。

八幡「 ……… いや、断られてからが勝負って、それ営業の話じゃね?」

しかもブラック企業の社畜営業が初日から繰り返し繰り返し叩き込まれるという例のアレ。
でも俺の経験上、キッパリと断られてからいくらしつこく食い下がっても印象悪くするだけなんだよなぁ。下手すると警察呼ばれるまであるし。

一色「それに私の一番好きなマンガでも、あきらめたらそこで試合終了だって」

八幡「だからお前一応サッカー部なんだよな?」

なんで一番好きなマンガがバスケなんだよ。そこはとりあえずキャプテンなにがしとか、ジャイアントなんちゃらとかにしろよ。他にもいろいろあんだろ、俺もよく知らんけど。


八幡「っていうか、ちょっと待て。さっきからお前、先輩、先輩って言ってるけど …… 」

一色「あ、ごめんなさい。もしかして、また勘違いさせちゃいました?」

顔を上げ、にやぁっと、それこそ腹の底まで透けて見えそうなほど真っ黒な笑みを浮かべる。
どうやらこの期に及んでまでまだ俺をからかっていたらしい。

八幡「いいか、一色。ごめんなさいで済んだら第三者委員会も報告書格付け委員会もいらないんだぞ?」

一色「でも、私が葉山先輩に振られたのだって元を正せば全部先輩のせいじゃないですかっ? だったら先輩が責任取るのが筋ってもんじゃないですか?」

八幡「どうしてそうやってありもしない責任の所在を無理やり俺に押しつけようとするわけ?」

一色「それが無理だったら、せめて代わりにいい男子(ひと)紹介するくらいしてください!」

八幡「アホかっ! 俺に他人を紹介できるほど人脈あるわきゃねぇだろ!?」

一色「そんなこと、最初から知ってますぅ~」

下唇をつきだし、変顔で返してきやがった。 先生、こいつ殴っていいですか?


……… でも、正直変に猫かぶっているよりか、こいつのこういう強(したた)かなところ、決して嫌いじゃないんだよなぁ。


八幡「あ~、先輩ならなんでもいいんだったらアレなんかどうだ、アレ?」

たまたまタイミングよく視界に入った校門に向かう後ろ姿に向けて顎をしゃくって見せる。

一色「えっ?! いたんですか、知り合い?!」

八幡「いや、いくらなんでも知り合いくらいいんだろ」

一色「先輩は知ってても向こうは先輩のことなんか知らないかもじゃないですか」

ぶつぶつ文句を言いながらも、俺の示す方向を目で追う一色。

しかし、その姿を一瞥するや否や速攻で、

一色「 ……… ごめんなさい。さすがにあれはいくらなんでもムリです、死んでも」

八幡「 ……… 酷ぇ言われようだな 」

一色「あ、でも、死んでもっていうのは、もちろん私がじゃなくって、あの人がってことですよ?」

八幡「 ……… そっちの方がもっと酷ぇだろ」


へぇぶしっ


ちょうどその時、件(くだん)のそれ、トレンチコートを羽織った人影から放たれた盛大なクシャミが遠く俺たちの耳にまで聞こえてきた。


八幡「さて、と。じゃ、部活中なんでそろそろ戻るわ。その話はまたいつか、そのうちてきとーにな」

俺がそう告げると、意識の顔を少しだけ寂しそうな表情が掠める。


一色「わかりました。約束ですよ? それじゃ、また。―――――― 比企谷先輩」

背後からかけられたその声に、ふと足が止まる。俺は少しだけ躊躇ったが、結局、振り返ることもなく応じる。


八幡「おう、またな、―――――― いろは」


その瞬間、小さく息をのむ気配が伝わってきた。そして ――――――


一色「はっ!? 後輩女子に告られただけで名前呼び捨てとかもしかしてもう彼氏面ですか? 別にイヤというわけじゃありませんが都合のいい女とか思われるのは私のプライドが許さないのでやっぱりごめんなさい!」

立て板に水とばかりに一息に捲し立て、慌ただしくぺこりと頭を下げる気配も続く。


八幡「 ……… いや、だからもうそういうのいいから」


では続きはまた明日にでも。ノジ



雪乃「 ―――――― 遅かったわね。たかがお遣いごときにいったい何時間かかるのかしら?」


部室に戻るや否や、聞き慣れた罵倒が俺を出迎える。

雪ノ下と由比ヶ浜が揃って俺と同じ恰好、つまりジャージ姿なのは、久しぶりに部活を再開する前に一度みんなで部室を掃除しようということになったからだ。


八幡「悪りぃ。途中でちょっと一色につかまっちまってな」

言いながら机の上に校内の自販機で買ってきた飲み物を並べる。

少し前にちょっと休憩しようかという話になり、俺が自分から買い出し係を買って出たのである。

パシリならまかせとけ。慣れたもので、ふたりが午後茶なのは今更聞くまでもなかったし、俺がマッ缶であることはそれこそ言うまでもない。

ついでといっては何だか、途中で寄り道して、“ちょっとした用事”も済ませてきた。

だから別に嘘はついていない。ただ単に全てを口にしなかっただけの話だ。


それぞれが俺の買ってきた飲み物に手を伸ばし、思い思いの場所で一服する間、それとなく雪ノ下と由比ヶ浜の様子を窺う。

今朝早く家に帰ってから(小町に見つかってしこたま怒られた)、登校するまでの間に由比ヶ浜にはひと言“任務完了”とだけメールしてある。

早朝だというのにすぐに返信があり、そこには“ありがとう”の文字。

俺と雪ノ下のことについては薄々察しているのだろうが、あえて聞いてはこなかった。

ふたりだけで話したい事もあるだろうと、わざと気を利かせて席を外したのだが、ぱっと見、ふたりの様子は今までとさほど変わりない。

しかし、それは俺が気が付かないだけであって、良くも悪くも今回の件がふたりの関係に大きく影響したことは確かだった。

だが、それはあくまでもふたりの問題である。俺がしゃしゃりでる幕ではないのだろう。

三浦ではないが、友達だからといって変に遠慮することなく、言いたいことをはっきりと言い合える仲になってこそ、正しい人間関係と言えるのだから。

もっとも、雪ノ下や三浦のように思ったことを全てズケズケ言ってたら友達を作るよりも失くす方が早いと思うのだが。

それでも、もし、それで壊れてしまうようならば、それはやはりそれまでの関係に過ぎなかった、ということになるのかも知れないが、このふたりならば多分、大丈夫だろう。

俺はふたりを信じているし、ふたりは俺を信じてくれている。とりあえず今はそれだけで十分だった。


結衣「ところで、いろはちゃん、ヒッキーに何の用事だったの?」

由比ヶ浜が午後茶に口をつけながら、思い出したように俺に尋ね、

雪乃「もしかして、何か頼まれごとかしら? また生徒会絡み?」

暖をとるように両手で缶を持つ雪ノ下がその話に加わる。

動いている最中はさほど気にはならないが、換気のために開け放たれた窓からは、時折カーテンを揺らして冷たい風が舞い込んでくる。


八幡「ん。あー、ほら、また、なに? その、いつものアレっつーか ……… 」

あまり深く突っ込まれても困るので、曖昧な言葉で誤魔化す。

ひとつ嘘を吐くと、その嘘を糊塗するために別の嘘を吐くことになり、更にその嘘を隠すためにまた新たな嘘を吐く。
こうしてどんどん雪だるま式に嘘が増えていき、最後はにっちもさっちもいかなくなるので、嘘を吐く時はいつでも言い逃れができるように適当に暈(ぼか)しておくに越したことはない。

だが、ふたりは俺の言葉に疑問を挟むことなくそのまま納得してくれたようだった。


雪乃「あなたに頼るなんて ……… あの子、よっぽど友達がいないのね」

雪ノ下が心底気の毒そうに言いながら、小さく首を振って見せる。


八幡「 ……… だからそうやって話の腰を折るついでにさりげなく心まで折りにくるのマジでやめてもらえませんかね?」


結衣「それで、ヒッキーは、またひとりで手伝うつもりなの?」

由比ヶ浜がおずおずと問うてくる。その顔には心配している様子が窺えた。

八幡「ん? あ、や、今回は大した依頼でもないし、あいつにはちょっと個人的に借りもあるんでな」

雪乃&結衣「 ……… 借り?」

八幡「あー……、ま、とりまひとりでやってみるつもりではいるんだが」

チラリとふたりの様子を窺いながら、照れ隠しに人差し指で頬を掻く。


雪乃&結衣「 ――――― ?」

揃って不思議そうな表情を浮かべ、俺の次の言葉を待っているのがわかった。


八幡「もし困ったら、そん時はお前らも力を貸してもらえる ……… か?」


「うん!」 「やれやれ仕方ないわね」


やや間をおいて、異口同音に答えるふたりの顔には、いつもの見慣れた、柔らかな笑みが浮かんでいた。



短いですが、本日はここまで。

次回いよいよラスボス戦です。申し訳ないですが今のところ更新時期は未定。
予想を覆し、期待を裏切るクライマックスに向けて、がんがりますです。ではでは。ノジ

乙です。
完結まで頑張ってください!

>>808 あざーす!

スミマセン、いつもの訂正です。油断するとすぐコレだ。

>>795 三行目

っていうか、お前一応サッカー部なんだから、いい加減トラップとかリフィティングって用語くらい覚えたらどうなんだよ。
                        ↓
っていうか、お前一応サッカー部なんだから、いい加減トラップとかリフティングって用語くらい覚えたらどうなんだよ。


>>801 二行目

俺がそう告げると、意識の顔を少しだけ寂しそうな表情が掠める。
              ↓
俺がそう告げると、一色の顔を少しだけ寂しそうな表情が掠める。



そして、いよいよ当日 ―――――――



雪ノ下の実家は市街地から程よく離れた郊外にあるらしく、バスや電車だとあまり便が良くないというので陽乃さんが手配してくれた車で向かうことになった。

指定された場所に着くと、待ち合わせの時間にはまだ間があるというのに既に黒塗りのハイヤーが停車しており、後部座席ではひとり雪ノ下が俺を待っていた。

八幡「すまん、待たせたか?」

俺が声をかけると雪ノ下は黙したままふるふると首を振る。

そしてそのまま彼女の隣の席に乗り込むと、


雪乃「 ――――――― 出して頂戴」

慣れた調子で雪ノ下が運転手に声をかけ、車は静かに動き始めた。



先程から彼女がいつになくピリピリしているのが伝わって来てはいるのだが、何分これから会おうとしている相手が相手だ。その気持ちも決してわからんこともない。

かといって到着までずっとこのままふたりして黙って座っている、というのも俺的にはなんかアレなので、何かしら会話の糸口はないかと考えていると、


雪乃「今日はネクタイ、してるのね」

ぽつりと雪ノ下の方から話しかけてきた。

八幡「あ、や、まぁ、一応、な」

学生の正装と言えばやはり制服だろう、ということで、今日の俺は休みの日であるにも関わらず制服姿だ。しかも普段はしないネクタイまでしている。

ウチの学校は、本来であれば校則で男子のネクタイ着用を義務づけているはずなのだが、夏場はクールビズで免除されているということもあり、そのままなし崩し的に年間を通して着用せずに済ませてしまう生徒も多い。

県内有数の進学校だけあって、それで著しく風紀が乱れるようなこともないせいか、余程だらしない恰好でもしていない限り学校側も黙認しているような状況だった。


雪乃「少し曲がってるわよ」 

いきなり雪ノ下に指摘されてしまう。

八幡「おっと、そりゃすまん」

だが、そうは言われても普段あまりネクタイをする習慣がないだけに、うまく結び直すことができない。そもそも、ネクタイなんぞ一生せず済めばそれに越したことはないだろう。

雪乃「仕方ないわね。ほら、かしてごらんなさい」

俺がもたついているのを見かねた雪ノ下が溜息交じりに手を伸ばし、丁寧に結びなおしてくれる。

本人は特に意識していないのかも知れないが、あの晩以来、彼女の何気ない所作の中にも今までにはなかった艶のようなものを感じる事が増えた気がする。

しかも、こうしてふたりきりで会うのも久しぶりである。


雪乃「 ――――――― できたわよ」


そんな事を考えていたせいか、雪ノ下が手を止めて顔を上げるまで、互いの顔がすぐ近くまで寄っていたことにさえ気がつかなかった。

目の合った瞬間、それまでは白かった彼女の顔が急に赤くなる。多分、俺も似たようなものなのだろう。



雪乃「 ……… こほん。 比企谷くん、服装はともかく、そのだらしない顔と腐った眼はなんとかならなかったのかしら?」

照れ隠しなのか、俺のネクタイを結び終えた雪ノ下が顔を背け、躙(にじ)るようにして少しだけ距離をとる。

八幡「 ………… 今更無茶言うなよ」

生まれて此の方ずっとこの顔で生きて来たんだから、文句があるなら親に言っとくれ。

雪乃「それと、姿勢が悪いわよ、姿勢。猫背 ……… なのは、えっと、まぁ、いいとして」

八幡「お前、ほんと猫ならなんでもいいのな」

雪乃「それより、今からでも遅くないから斎戒沐浴精進潔斎して身を清めて邪心を祓ったらどう?」

八幡「いいから少し落ち着けって」

雪乃「 ………… ごめんなさい。つい緊張してしまって」

言いながら雪ノ下が萎れたようにして項垂れる。

雪乃「 …… それに、あなたから邪心を祓ってしまったら後には何も残らないんですものね」

八幡「うるせーよ。つか、お前、今からそんな調子で、本当に大丈夫なのかよ?」

雪乃「私の方は全然問題ないと思うのだけれど、あなたの方こそ随分と心配性なのね。そんなんじゃ将来きっとハ〇るわよ?」

八幡「おい〇ゲとか言うな、ハ〇とか。失礼だろ! 髪の毛の不自由な人と言えっ!」

言いながらも、思わず髪の生え際を確認してしまう。

雪乃「でもあなたの場合、どちらかというと不自由なのは髪の毛ではなくて、頭の中身の方じゃないのかしら?」

八幡「 ………… いいよ。わかったから、お前もう帰れよ」

雪乃「あら、もう忘れてしまったの? 今から向かってるのが私の実家なのだけれど」


そんな感じで、三、四十分ほど車を走らせた辺りからだろうか、目的地が近づくに連れて道沿いに同じような白い壁がずっと続いていることに気が付いた。

聞いた話だが、雪ノ下の家はこの辺の大地主であり、少し離れているが最寄りの駅から家まで歩いたとしても、自分の土地以外に足を踏み入れることなく辿り着けるらしい。

そうこうするうちに、やがて車は減速し、大きな屋根と袖のついた腕木門の前で音もなく停止した。


雪乃「 ―――― 着いたわよ」

彼女がそう告げると同時に後部座席のドアが、がちゃりと音を立てて開く。

雪乃「ありがとう。ご苦労様」

車を降りた雪ノ下が労いの言葉をかける。運転手は無言で頭を下げ、そのまま何処へともなく走り去ってしまった。
料金を支払った様子はないのだが、どういうシステムになっているのかは俺にもわからない。


振り向いて見上げれば、門の上に覆いかぶさるように松の枝が伸びている。これがいわゆる迎えの松というやつなのだろう。

門扉は大きく開け放たれたままになってはいるが、正門はそれなりの身分のある者しか通ることが許されなかったと聞く。

DNAレベルにまで刻みこまれた先祖代々由緒正しい庶民生まれの俺としては、とりあえず袖にある小さな通用口の潜り戸からそろりと入ろうとすると、


雪乃「 ―――― 何をしてるの、こっちよ」


当たり前のように正門の前に立つ雪ノ下に手招きで促される。

こうなってしまった以上は仕方あるまい。だが、こんな時の正しい作法も一応は心得てはいる。俺はやおら息を大きく吸い込むと、


八幡「たのも …… 」

雪乃「いいから、早くなさい」


言いかけてる最中に強引に袖を引っ張られてしまった。



やれやれ、―――――――― “汝等こゝに入るもの、一切の望みを棄てよ”、か。



俺は再度その大きな門を見上げ、改めて覚悟を決めると、黙って雪ノ下の後に従った。


門を抜けると、そこには散策どころかちょっとしたピクニックまでできそうな日本庭園が広がり、遠く母屋と思われる屋敷まで白い石畳の道がずっと伸びている。

庭には天に向けてうねる松の木が植えられ、ハンマーで殴っても壊れそうにない石橋の架かった池には、うちのカマクラくらいはある錦鯉が何匹も泳いでるのが見えた。

いずこからともなく聞こえてくるカポーンという音は、間違ってもここが銭湯だからなのではなく、恐らくは鹿威(ししおど)しなのだろう。時代劇かよ。

しかし、金ってのは、あるところにはやっぱりあるもんなんだな。



俺の予想に反して、母屋は日本家屋ではなく瀟洒な赤煉瓦の洋風造りだった。

この分だと、地下にはワインセラーどころか核シェルターくらいがあっても不思議ではない。

そして体温の低い覗き見が趣味の家政婦とか、沈黙した執事が数えているうちに眠くなってしまうほど雇われているのだろう。
しかもメイド長は“なんちゃらの猟犬”とか渾名される元凄腕のテロリストだったりして。
さすがに冥途・イン・ジャパンだな。

雪ノ下の話では、旧宅は海外の著名な建築家のデザインだったらしく、国だか県だかの重要文化財に指定するだのされるだのという話が持ち上がっていたのだが、先代の時代にさっさと壊して建て替えてしまったらしい。

文化財に指定されれば、修繕や改修する際に補助金が出るのだが、その度にいちいち申請が必要で、それはそれで色々と面倒臭くて不便なのだそうだ。

災害時でもないのに修繕するだけで金がもらえるなら少しくらいの不自由は我慢してもよそうなものなんだが。なるほど、金持ちの考えることはよくわからん。


そのまま雪ノ下に付き従って玄関までたどり着くと、まるで俺たちの到着を待ち構えていたかのように中から扉が開けられ、陽乃さんが出迎えてくれた。

陽乃「いらっしゃーい。比企谷くん、遠路はるばるご苦労様」

今日は普段着らしく、胸元の開いたざっくりとしたセーターといういつもよりずっとラフな恰好に加え化粧も控えめだったが、元の素材が素材だけに、そのままファッション誌の表紙を飾ってもおかしくないくらい魅力的に見えた。


陽乃「あら、ふたりだけ?」

小さく首を傾げる様子からして、どうやらもうひとりの来訪が予定されていた人物、つまり葉山はまだここには来ていないらしい。

ちゃんとした約束を交わしたわけでもなし、今日ここに現れるかどうか確率は五分五分だったが、来ないなら来ないでそれは仕方あるまい。

陽乃さんの方も特に気にした風でもなく、それ以上は何も聞かずに俺たちを中に招き入れてくれた。

玄関をくぐるとそこはちょっとしたホールになっており、吹き抜けから下がる年代物のシャンデリアから透明な宝石のように上品な輝きが放たれている。

見回せばそこかしこに、いったい何に使うのかわからないほどでかい壺やら畳一畳分はありそうな絵画が飾られ、素人目にもかなり高価なものであることがうかがえた。

思わずそのうちのひとつふたつを手に取って、ルーペでも使いながら「いやぁー、いい仕事してますねー」とかやりたくなるのをぐっと堪(こら)える。


陽乃「お母さんなら、今、書斎よ。すぐに来ると思うから、少し掛けて待ってて」

雪乃「 ―――― また、書斎?」

雪ノ下が形の良い眉を顰め、そんな妹を見る陽乃さんの口許にも苦笑が浮かんでいる。

陽乃「小さい頃、家で隠れんぼしてて勝手にあの部屋に入った時、お母さんからものすごく叱られたの。だからちょっとしたトラウマになっているのよ」

俺の考えを察したのか、陽乃さんが教えてくれる。

雪乃「私の方は専ら姉さんのいたずらに無理やりつきあわされて、その度にとばっちりを受けていただけだと記憶しているのだけれど?」

いもうとのんの異議申し立てに、あねのんの方はどこ吹く風だ。

そのまま応接間らしい部屋に通され、陽乃さんが手ずから淹れてくれた紅茶を前に、ふかふかのソファーに座ったまま待たされること暫し、やがてどこか遠く離れた場所から微かに扉を開け閉めする音が聞こえた気がした。


―――――――― どうやら、いよいよお出ましらしい。


俺と雪ノ下が緊張した面持ちで、じっと母親の登場を待ち受ける中、



♪ ♪ ♪~♪ ♪♪♪♪~♪~♪ ♪ ♪ ♪~♪ ♪♪♪♪~♪~♪~ 


ただひとり陽乃さんだけは面白がって、呑気にも鼻歌でスター・ウォーズの“帝国のマーチ”を奏でている。 


……… って、 ははのん、ダース・ヴェイダーかよ。




「 ――――――――――― お待たせしてしまって、ごめんなさい」



静かだがよく通る声音、髙く結われた髪、凛とした佇まい、目の前の姉妹の面影を色濃く宿す美貌。

たかが娘の友人である高校生に面会を求められただけにも拘わらず、一部の隙も見せることない厳かな風格の漂う和服姿。

廊下から続くアーチ状の開口部に落ちる影を抜けて俺達の前に姿を現したのは、



あねのんをも遥かに凌ぐであろう最強のラスボスにして最後の黒幕 ――――――――――― 雪ノ下母であった。




では、また。ノジ



雪ノ下母「ヒキタニくん ―――――― と言ったかしら」


言いたいことを全て言い終えて言葉が途切れると、それまで黙って俺の話に耳を傾けていた雪ノ下母が静かに口を開いた。

特に高圧的、という訳でもないのだが、泰然たる居住いもそのまま、表情の読めないどこか造り物めいた美しい顔と、色素の薄い鳶色の瞳から放たれる鋭い眼光に射すくめられるような気がして知らず委縮してしまう。

名前を間違えられる事に関しては既に慣れてはいたはずなのだが、それを正すのも何かしら憚られるような雰囲気だった。


八幡「あ、いえ、はい、あの、比企谷 ……… 八幡です」


既に一度告げてはいるのだが、ここで改めてもう一度、今度はフルネームで名乗る。


雪ノ下母「 ―――――――― 比企 …… 谷?」


呟くように小声で口にしながら、ほんの僅かに眉を寄せる。それはつい先程ではなく、もっと以前、どこかしらで聞き覚えがある、そんな風情だった。

しかし、すぐにゆっくりと頭(かぶり)を振るようにして、

雪ノ下母「ごめんなさい。あまり人の名前を覚えるのが得意ではないものですから」

無論それは、嘘 ――――― なのだろう。仮にも議員の妻ともあろう者が、他人の名前を覚えるのが苦手で済まされる訳がない。

つまりそれは、遠回しに“取るに足らぬ相手の名前など覚える価値もない”と言っているに等しいのだろう。


雪ノ下母「陽乃からは、どうしても会わせたい男性(ひと)がいるからと聴かされていたのだけれど ――――― 」

八幡「 ……… はい?」

もちろん、初耳である。つか、何てこと言ってんだよ。いくらなんでも、もっと他の言い方があんだろ。

当惑と共にあねのんに向けた視線は、当然のごとく澄まし顔で黙殺されてしまう。


雪ノ下母「いずれにせよ、貴方(あなた)のおっしゃりたいことはよくわかりました」

ここに至るまでに、俺が雪ノ下と同じ学年で彼女が部長を務める部活動に所属している事、今回の留学が彼女の本意ではなく、また、本人の気持ちを無視して親同士の決めた約束が、彼女にとってどれだけ精神的な負担を強いているかについて恐れながらと訴えている。

ははのんの方も時々小さく頷いて見せながら、一切口を挿むこともせず最後まで俺の話に聞き入ってくれてはいたが、実際のところ、どれ程の効果があったかはわからない。

だが、その口ぶりからして、どうやら俺の意図するところは十分伝わっている様子だった。


これはあくまで俺の推測に過ぎないのだが、今回の件については、雪ノ下の父親が倒れたことで両家の縁談の話が早まったのではないかと睨んでいた。

そして、陽乃さんも言っていた通り、このままでは葉山の婚約相手が雪ノ下になってしまうことも、まず間違いないと見ていいだろう。

しかし、密かに陽乃さんに思いを寄せている葉山にとって、それは本意ではないはずだ。

かといって今まで決して親の期待を裏切ることなく、家庭でも学校でもずっと優等生を演じ続けてきた葉山にとって、今更自分の我がままで親同士が決めた約定を反故させるようなことなど言い出せなかったに違いない。

婚約を破棄させることが不可能である以上、葉山にできることといえば、例えそれがその場凌ぎに過ぎないにしろ、一旦この話を棚上げさせる以外にない。

そうなると、母親が勝手に決めた雪ノ下の留学も、願ったり叶ったりということになる。

葉山とて決して最初から意図していたわけではないのだろうが、今までもそれとなく雪ノ下を自分の婚約相手から排除する方向に働きかけていたはずだ。

あいつをこの場に同席させたかったのも、どこぞの馬の骨とも知れぬ俺なんぞよりも、当事者である本人の口からはっきりと雪ノ下との婚約が意に添わぬものであることを伝えた方が効果的だと考えたからなのだが、未だに姿を現わさないところを見る限り、どうやら俺のその目論見は外れてしまったらしい。



雪ノ下母「娘の事をそこまでご心配いただいて、親として本当に感謝しています」

八幡「あ、いえ、そんな、こちらこそ ………… 、」

目上の女性にいきなり深々と頭を下げられて恐縮してしまい、それが正しい作法なのかわからないまま、それでも慌てて俺も頭を下げて返す。


雪ノ下母「お話を伺う限り、私も娘に対して親として至らない部分も多々あったかと思います」

顔を伏せたまま、ははのんが申し訳なさそうに言葉を継ぐ。

八幡「 ………… えっと、あの、それじゃあ」



雪ノ下母「 ―――――――――― ですが、これはあくまでも当家の問題です」



それまでの慇懃な態度から一変、再び身体を起こし、ぴしりと伸ばした背筋から、まるで見下ろすかのような眼光で俺を見据える。

雪ノ下母「当家のことは当家で解決させていただきたいと思います」

つまり、お前には関係ないことだ、青臭い正論を振りかざして他所の家の事情にまで嘴を突っ込むな、と釘を刺されたのだ。


雪ノ下母「本日は娘のためにわざわざ越しいただいてありがとうございました」

ははのんが再び腰を折るようにして、優雅な仕草で、ゆったりと頭を下げる。

敢えて言葉の続きこそ口にしなかったが、話は終わったからどうぞお引き取りを、とでも言わんばかりだった。


八幡「あ、いえ、でも、まだ ……… 」

陽乃「 ――――― 比企谷くん、往生際が悪いわよ」


既に勝敗の趨勢が見えていたにも関わらず、それでもなお食い下がろうとする俺を陽乃さんがぴしりと諫(いさ)める。

その目は、これ以上みっともない悪足掻きはやめなさいと告げていた。


雪ノ下母「雪乃、あなたには少しお話があります。 今日はこちらに泊まって行きなさい」

言葉こそ柔らかいが、娘に向けたそれは明らかに命令である。


雪乃「お母さん、私 ――――

それまでずっと黙っていた雪ノ下が初めて口を開く。母親に対する口答に慣れていないのだろう、縋るかのようなその声は震えを帯びていた。


雪ノ下母「 ――――― 雪乃。これ以上、お母さんを困らせないで頂戴」


そんな娘に対し母親は一顧だにせず冷たく言い放つ。そして、未だ席を立とうともしない俺に対し、

雪ノ下母「申し訳ないのですが、この後も所用があるものですから。もし差し支えなければ、帰りのお車はこちらでご用意をさせて ―――― 」



「 ―――――――――――――― どうかしたんですか」


知らぬ間に部屋の入り口に立つすらりとしたシルエット ―――― 葉山隼人の姿を目にした瞬間、俺は思わず抱きついて快哉を叫びたくなってしまった。

慣れない長広舌を振るってまで時間稼ぎをした甲斐あって、どうやらやっと待ち人が現れてくれたらしい。


葉山「もしかして、お取込み中だったかな?」

部屋の中をぐるりと見回し、いかにも何気ない調子で誰にともなく尋ねる。

八幡「遅かったじゃねぇか。もう来ないんじゃないかと思ってたところたぜ」

半ば諦めかけていただけに、つい漏らしてしまう俺の恨み節にも、

葉山「どんな時でも、必ず期待に応えるのが俺だからね」

嫌味のない爽やかな笑みを浮かべながら応じる。

だが、憎たらしいことに、こいつがここにこうして遅れて登場して来てくれたおかげで、演出効果は弥(いや)が上にも高まっていた。

葉山が来ることまでは聞かされていなかったのだろう、虚を突かれたのものか鉄壁とさえ思われたははのんの顔にも少しばかり戸惑いの表情が浮かぶ。 

認めるのも癪に障るし悔しいが、やはりこいつは俺なんかとは違って根っからの主人公体質というヤツなのだろう。



雪ノ下母「あら、隼人くん、いらっしゃい。気にしなくていいのよ。丁度お客様もお帰りになるところだったから」

ははのんが葉山に優しく声をかける。猫可愛がりというのは本当らしく、声まで猫撫で声だ。

この機に乗じて体(てい)よく俺を追い払おうという魂胆なのだろうが、そうはいかない。俺も黙ってこのまま立ち去る気などまるでなかった。

それどころか、新たに手にした切り札を前に、内心密かにほくそ笑む。


当たり前のように俺の隣に腰を下ろす葉山と素早く小声で言葉を交わす。

葉山( ……… それで、俺はいったい何をすればいいんだい?)

八幡(いや、お前がここに来てくれただけで十分だ。後は黙って俺に任せてくれればいい。悪いようにはしない)


雪ノ下母「隼人くんもお知り合いなの? もしかして、お友達だったのかしら?」

そんな俺たちの様子を目敏く見つけたははのんが、すかさず葉山に尋ねる。


葉山「いえ、比企谷とは同じクラスですけど、別に友達というわけではありません」

馴れ合いではないのかという誤解を与えぬよう、あくまでも素っ気ない返事をする葉山に、

陽乃「そういえばこないだ私も“これ以上はないくらい赤の他人だ”って言われたっけ」

聞かれもしないのに、なぜかあねのんまで、それもわざわざ皆に聞こえるように吹聴する。あ、これ絶対に根に持ってるやつだ!



八幡「 ……… こほん。さて、こうして葉山も来たことですし、申し訳ありませんが、もう少しだけお時間をとらせていただいてよろしいでしょうか?」

開き直ったかのように居座る俺に、さすがにははのんが少しばかり面食らった顔となる。

雪ノ下母「それは構いませんが ……… できれば手短に」

溜息混じりに告げるその面(おもて)からは、これ以上まだ何か言いたいことでもあるのか、と辟易した様子が垣間見えた。

だが、僅かな表情の変化から相手の考えを読むのは俺の得意とするところだ。
それに親子だけあって、クールビューティーなところも雪ノ下とそっくり同じだから、慣れさえすれば却ってわかりやすいとさえ言えた。


俺は勿体をつけるようにして、膝の上で指を組み合わせ、体を前のめりにして乗り出す。

八幡「実は今日、俺がここに来た理由は他でもありません。この葉山のことで、まだお伝えしていなかった話があるからなんです」

俺のその言葉に、雪ノ下母だけではなく、当然のように隣に座る葉山も反応する。


葉山「比企谷、お前、まさか ……… 」 

ああ、もちろん、そのまさか、だ。




陽乃さん、雪ノ下、そして葉山。

この三人は親同士が旧知なせいもあって、幼い頃から姉弟のように育てられた間柄だと聞いている。

だが、その割に葉山の陽乃さんに対する態度はどこかよそよそしく、雪ノ下の葉山に対する態度も、まるでわざと距離を置いているかのように他人行儀に見える。

恐らく、この三人の間に、陽乃さんを頂点とする何かしら酷く歪(いびつ)な力関係が働いている事は傍から見ても感じ取ることができるだろう。

男ひとりに女ふたり ――― その部分だけのみ言えば、俺と雪ノ下、由比ヶ浜の関係にも通じるものがあるかも知れない。

だが、明らかに違う点があるとすれば、それはひとつ。

それは、この三人の間に、最初から親同士の決めた婚約という取り決めがあったことだ。

そこに本人たちの意志が介在しない以上、それはある意味で、不健全で不安定な関係だということができる。

しかし、もし、ここに雪ノ下という存在がなければ話はもっと簡単だったはずだ。

そして葉山もまた、親の言いなりになるのではなく、自分の意思で相手を選ぶべきだったのだ。

自分で選ぶことができなかったのではなく、選ぶことをしなかったのは、雪ノ下のみならず、葉山もまた一緒だった。

陽乃さんが常にふたりの事を気にかけつつも、時として突き放すような態度をとってきたのも、恐らくはそのことと深く関係しているのだろう。

ならば、今こそこの俺が、三人が囚われ続けてきた呪縛から解き放ってやろう。

御行奉為(おんぎょうしたてまつる)。真の意味でのカタルシスというヤツを、ここでとくと味わうがいい。


八幡「 ――――――― おかしいとは思いませんでしたか?」

俺は言いながら、先程とは逆に、雪ノ下母の目を真っ直ぐ見つめ返す。


雪ノ下母「何が、かしら?」

主語のはっきりとしない俺の曖昧な問いかけに、雰囲気に呑まれでもしたのかははのんが応じてしまう。


八幡「葉山隼人と言えば、近隣でも名の通った好青年で、スポーツ万能、成績も優秀で常に学年トップクラス、そして教師受けもいい」

雪ノ下母「何が言いたの?」


八幡「そんなこいつに、なぜ今まで浮いた話ひとつ流れなかったと思いますか?」

雪ノ下母「それは …… 」

思い当る節でもあるのか、咄嗟に反駁しかけたははのんが口を噤み、その瞳がごく微かに揺れる。


八幡「こいつには、―――― 葉山には、誰にも言えず、ずっと心の奥底に秘めていた悩みがあるんです」


―――― 簡単な話だ。俺という存在が、外部から僅かな力を加える、ただそれだけで今までの関係は破綻し、終焉を迎える。


八幡「でもそれは、親同士が決めた約束が枷となって、今まで誰にも話すことができなかったんです」


―――― しかもそれは、たったひと言で済むはずだった。


八幡「実は葉山が、ずっと好きだったのは、 ――――――――――――――― 」

俺は皆の注目を集めるように芝居がかった仕草でわざと間を稼ぐ。


雪ノ下母は目を細めたまま、身動(みじろ)ぎもせず俺の次の言葉を待ち、

葉山は床に拳を固く握り、視線を床に落としたまま、黙って唇を噛み、

雪ノ下は未だ俺の意図を図りかねるかのように、こちらをまじまじと見つめている。

そして、陽乃さんは、これから俺の言わんとする事など最初から判り切っていたかのように、ひとり優雅な仕草でティーカップを口へと運ぶ。

その場に居合わせた三人のその様子を視界に収めながら、俺はハッキリと告げた。



八幡「 ―――――――――――――――――――― “男”なんです」



続きは近日中に。ではでは。ノジ

いかんな。少し雑になってきたぞなもし。

>>831 6行目 

雪ノ下母「何が言いたの?」
     ↓
雪ノ下母「何が言いたいの?」


同じく、17行目

葉山は床に拳を固く握り、視線を床に落としたまま、黙って唇を噛み、
            ↓
葉山は拳を固く握り、視線を床に落としたまま、黙って唇を噛み、



んぶっ



その瞬間、陽乃さんが口から盛大に茶色い液体を吹き出し、そのまま暫くの間、ゲホゲホと咳込み、咽せ返す。

暫くしてそれも収まると、後には部屋の隅に設えた古風な柱時計が正確に時を刻む、こつこつという音だけが地獄のような静寂に包まれた空間で大きく響き渡っていた。

思い出したかのように様に、遠く庭のどこかから、カポーンという鹿威しの間の抜けた音が聞こえてくる。

誰ぞ身じろぎでもしたのか、不意にぎしりと椅子の軋む音したかと思うと、――――――――――

今度は、くつくつと、まるで喉の奥が引き攣るかのような奇妙な声が聴こえてきた。

だがそれも束の間、やがて我慢の限界に達したのか、


陽乃「あ、あははははははははははははははははっ、バカだっ、バカだっ、ここに真性のバカがいるぅ~~~~~~~~~~~~!」


堰が崩れるかのように、陽乃さんの哄笑が広い部屋の中、所狭しとばかりに響き渡る。

そればかりか文字通り腹を抱え、脚をバタバタと振りながら涙まで流している。


雪乃母「 ―――――― 陽乃」

そんなあねのんの姿を無表情に眺めつつ、母のんが静かに窘(たしな)める。


陽乃「だって、だって、だ、だめ、も、もうホント限界っ、あはははははははははははははははははははははははははは、ひーっ、ひーっ、ひーっ」



発作のような爆笑が収まり、それでもまだテーブルに突っ伏しながら、けくけくと苦しそうに引き攣るお腹を押さえる長女を尻目に、ははのんが口を開く。


雪ノ下母「 ―――― それは本当なの、隼人くん?」

当然のことながら、息子同然に接してきた葉山に対して向ける目は明らかに懐疑的だ。

しかし、俺の衝撃的とも言える発言に対して、まるで動じた素振りは見せない。例えそれが演技だとしても見事なものだった。


陽乃「ちょっと、お母さん、まさか」

正気を疑うかのような目は、一笑に付すとばかり思ってでもいたのだろう。ははのんの予想外の反応に、あねのんの方が逆に慌てている。


葉山「あ、いや、俺は ………… 」

言葉に詰まりながらも、いったいどういうつもりなのかと葉山が困惑した視線を俺に投げかける。


八幡「 ―――― ええ、そうなんです。俺はこいつから熱い胸の内を打ち明けられ、そのまま黙って見過ごすことができなかったんです」

葉山がボロを出す前にと、素知らぬ顔で付け加えた。


雪ノ下母「ご両親には話したの?」

当然のことながら葉山は何も答えることができず、ただただ恨みがましい目で俺を見るばかりだ。

今、ここでムキになって否定しないのは、俺を信用しているわけでは決してなく、下手に弁解すれば逆に深みに嵌るとわかっているからなのだろう。



確かにひと昔前までならば、ふざけた話だと一笑に付されたかも知れない。

だが、今のこのご時世、性的少数派に対する世間の理解は、以前とは比べ物にならないくらい急速に広まっている。

しかし、ある程度はオープンになってきたとはいえ、一部ではまだまだマイノリティに対する差別や偏見の意識は根強い。

それは日本社会で少数派、つまり異分子を排斥しようとする保守的な考え方が未だ色濃く残っているからなのだろう。

そういった土壌で、しかも世間体という厚い壁のある以上、いざカミングアウトしようとしても、それなりの勇気と覚悟が必要とされることに変わりはない。

しかし、まさか葉山もこのような展開に自分が巻き込まれるなどとは予想だにしていなかったことだろう。災難だったな。俺のせいだけど。


実のところ、雪ノ下母の反応については俺にとって意外でもなんでもなかった。

雪ノ下の父親は県議会議員の中でもかなり先進的な会派に属している。

その会派では、男女平等参画やジェンダーフリーのみならず、いち早く性的少数派に対する差別撤廃や、同性同士の事実婚を認める、同性パートナー支援制度の制定と導入推進についてもマニュフェストに掲げて取り組んでいた。

性的少数派、つまり、――――― いわゆるLGBTやジェンダー・マイノリティである。

ははのんも議員の妻という立場上、その手の研究会や意見交換会等に有識者として参加し、あるいは団体推薦を受けて理事としても名簿に名を連ねているらしく、そのあたりの事情は、ちょっとネットでググりでもすれば、すぐに情報を掻き集めることができた。

もちろん、いくつかは単なる団体の箔付けのための名義貸しに過ぎないのかもしれないが、少なくともそれがどのような団体で、どういった主旨でどんな活動をしているのか知らないわけではあるまい。

そんなははのんだからこそ、例え相手が小さい頃から我が子同然に接してきた葉山と雖も、それを頭ごなしに否定することができないのも当然だった。

ちなみに俺個人としては性的少数派に対する差別意識は全くといっていいほどないといっていい。
なぜならば、人間とはすべからく二種類に分類されるというのが俺の信条だからだ。 即ち、ぼっちかぼっちでないか、だ。

そして、マイノリティ(ぼっち)はマイノリティ(少数派)を知るものなのである。


雪ノ下母「担任の先生からも、あなたがそんな風に悩んでいるだなんて話は聞いていないのだけれど」

それでもまだ納得いかないものか、ははのんが困惑気味にそっと呟くのが聞こえた。

なるほど。どうやら俺たちの担任と通じているというのは本当の事らしい。

三浦は先日ははのんが学校を訪れた際、ふたりが随分と親し気な様子だったと語っていたし、平塚先生からも、うちの担任が以前、陽乃さんのクラスを受け持っていたことがあると聞かされている。

今は直接繋がりはないとはいえ、ははのんが葉山のことを気にかけて連絡を取り合っていたとしても、それは別に不思議ではない。

だが、これ以上葉山にあまり突っ込まれた質問をされでもしたら俺としても都合が悪い。もともと穴だらけの計画だ。ここはやはり早急に幕引きを図った方が得策なのだろう。

とりあえず今は雪ノ下の留学を阻止することが最優先課題である。そのためにも、まずは両家で交わされた婚約話を解消する方向にもっていくことが先決だ。

その後の事については、それからまた考えればいい。


♪♪♪♪♪♪♪♪ ♪♪♪♪♪♪♪♪


と、その時、不意にどこからかケータイの着信音が流れて来た。

今更言うまでもなく俺のスマホは常時マナーモードだし、雪ノ下の着信音はパンダのパンさんだ。そして反応を見る限りでは、葉山でも陽乃さんでもないようだった。


雪ノ下母「 ―――――― 失礼。こんな時にごめんなさい」


ははのんが幾分決まり悪げに軽く断りを入れ、おもむろに取り出したスマホを片手に席を立つ。

戸惑いがちに画面に向けて走らせた目が、驚きに少しく見開かれるのが見えた。

そして、躊躇うことなくその場ですぐに通話ボタンに指を伸ばす。


雪ノ下母「 ―――――― もしもし? ご無沙汰ね。この間は急な事でゆっくりとお話もできなくてごめんなさい」

よほど親しい間柄なのだろう、およそ先ほどまでの冷たくよそよそしい態度と打って変わり、口元には笑みが広がり、話し方も随分と砕けた調子に変わる。

そのまま、ふた言み言、いかにも親し気に挨拶を交わしていたかと思うと、


雪ノ下母「 ―――――― 丁度良かったわ。ちょっとあなたに訊いておきたいことがあったの」

チラリと意味ありげな視線を送って寄越し、あたかも意図的にこちらに聴かせるかのように、声のトーンが少しだけ高くなった。


雪ノ下母「 ―――――― あなたのクラス、確か2年F組だったわよね?」



そのセリフを耳にした途端、驚きと絶望のあまり、思わず喘ぎ声を漏らしそうになってしまう。

会話の内容から察するに、電話の相手は、ほぼ間違いなく、うちのクラスの担任 ―――――― なのだろう。

俺の計画に瑕疵があることは承知していたが、休みの日に、それもまさかこの最悪のタイミングで電話がかかってくるなど誰が予想できよう。

俺は臍を噛む思いで会話に聴き耳を立てながら、それでも何か言い逃れはできまいかと、目まぐるしく頭を回転させる。

だが、悔しい哉、焦れば焦るほど考えは纏まらず、打開策は何ひとつ浮かんでは来なかった。

そして、その間も絶えることなくふたりの会話は進む。


―――――――――― どうやら万事休す、か。


俺の焦りを見てとったのか、ははのんの顔に、勝ち誇ったかのような笑みが浮かび、声もひと際高くなる。


雪ノ下母「ええ、そうなの。 実はあなたのクラスの葉山隼人くんのことなのだけれど、ちょっと気になる噂を耳にして ―――――――――― え?」





雪ノ下母「 ……………………………………… ハヤハチ? マストゲイ?」





手にしたスマホの画面を、それこそ信じられないものを見るかのような目で、暫し食い入るように見つめるははのん。

それはまるで、見えるはずのない相手に向けてその真偽の程を問うているかのようであった。


雪乃母「 …… そ、そう、あ、ありがとう。いえ、なんでもないの。あまりのことにちょっと取り乱してしまって。ごめんなさい。ちょっとビックリしたものだから」


ははのんは簡単に礼の言葉を述べ、ここからでもはっきりとわかるほど震える指でそっと通話ボタンを切る。

そしてスマホを手にしたまま、暫く何やら考え込んでいるかの様子だったが、朱の引かれたその唇からは、


雪ノ下母 「 …… 友達じゃない …… 熱い胸の内 ……… 打ち明け …… る?」


声にもならぬ微かな呟きが漏れていた。


やがて、何を思ったのか、不意にはっと目を瞠る。


雪乃母「 …………………… そう。そうだったのね」


葉山と俺に向けた目が妙に熱を帯びて潤み、その頬が火照ったように赤らんで見えるのは気のせいか。


……………………… おい、ちょっと待て。 いったい“なに”が“そう”なんだよ。



雪ノ下母「 …… こほん。 えっと、ヒキタニくん、だったかしら? もう大丈夫。何も心配しなくていいのよ」

その顔には先程までと異なり、まるで慈愛に満ちた聖母のような笑みが浮かんでいる。

雪ノ下母「あなたの気持ちは、今度こそ本当によくわかったから」

八幡「あ、いや、俺ではなくて葉山 ……… 」

雪ノ下母「いいのよ。こう見えて私、そちらの方面には多少理解がある方なの。 私たちの頃は“お耽美”と言ってね、あらやだ恥ずかしい」

俺の言葉になどまるで耳を貸さず、少女のように赤らめた頬を手で押さえ、くねくねと身を捩る様には、つい先程までの威厳に満ち溢れた姿の面影はミジンコほども見受けられない。

雪ノ下母「あなたたちがそういう関係なのだとしたら、こうはもう仕方ないわね」

いやいやいやいやいやいやいやいやいやいや、やっぱり何か勘違いしえねぇかこの人。


雪ノ下母「こほん。今日は色々あって疲れたでしょう? もう遅いから、ふたりともよかったら泊まっていきなさい。急なことで客間に寝具は一組しか用意できないけれど、もちろん構わないわよね?」

敢えて窓の外を見るまでもなく、日はまだ高く、午後の日差しは燦々と差し込んでいる。


雪ノ下母「あ、もしよかったらちょっと私の書斎覗いてみない? もしかしたら色々と捗るかも知れないわよ?」

……… なるほど。もし子供の頃の雪ノ下達が母親の書斎で蔵書を目にしていたら、間違いなくトラウマになっていたことだろう。今度は違う意味で。


ふと見ると、ひとりだけ話の展開から取り残された状態の雪ノ下が、茫然としながらも目で俺に説明を求めているのがわかった。

俺はただでさえ腐った目を更に腐らせて首を横に振る。世の中には知らない方がいいこともあるんだよ?

ところで腐女子ってまさか遺伝したりしないよね?


葉山「比企谷、ちょっと話があるんだけど、いいかい?」


幾分引き攣った笑顔で俺の肩に置かれた葉山の手には、なぜか必要以上の力が込められていた。

八幡「お、おい、ばかっ! 今は止せって!」

この状況で、これ以上変な誤解が生じたらどうすんだっての。俺はすぐさまその手を邪険に振り払う。

だが、その瞬間、それまで俺たちふたりに熱い視線を送っていたはずの雪ノ下母の顔色がさっと変わる。

そして、解せないわ、とばかりに首を傾げたかと思うと、再びスマホを手にそそくさと立ち上がった。


雪ノ下母「あ、もしもし? 度々ごめんなさい。決してあなたの言ってることを疑っているわけじゃないのよ。でも念のためにどうしても確認はしておきたいことがあるのだけれど ……… 」


躊躇いがちに言葉を切り、俺たちの方をチラリと盗み見る。






雪ノ下母「もしかして、“ハヤハチ”じゃなくて“ハチハヤ”、の間違いじゃないのかしら?」





葉山&八幡「 ……………………… そうじゃねぇーだろ」




俺と葉山のツッコミが、奇跡的にホ〇 …… いや、ハモった瞬間だった。


まだ少し続きますが、今日はこの辺で。ではでは。ノシ



* * * * * * *




「何でもは知らないよ。知ってることだけ」


―――― とは、海老名さんご本人の弁である。

セリフこそ同じだが、どこぞの委員長と腐女子とでは、似てるところと言ってもせいぜいメガネくらいしかないだろう。しかもコイツの場合は単なるエロメガネだし。

場所は、事の発端となった例の校舎最上階にある踊り場。集まったのは俺の他に海老名さん、三浦、由比ヶ浜の3人だ。


あの日、雪ノ下母に電話をかけてきたのは、やはりうちの担任 ――― などではなく、海老名さんだった。

海老名さんの話によれば、雪ノ下の母親とは同人サークルを通じて知り合った腐女子仲間なのだそうだ。
もっとも、例え同じサークル仲間であってもプライバーは遵守され、互いの素性はあまり詮索しないのがマナーとされるのだが、海老名さんの方はあの通りオープンな性格だし、ははのんのことも、ちょっとした会話の中から断片的な情報を寄せ集めた結果、彼女が雪ノ下の母親であることに気が付いたらしい。

決め手となったのは、やはりあのミスドでの邂逅だったようだ。

つまり、あの時ははのんが頭を下げた相手は俺などではなく、海老名さんだったというわけだ。


海老名「でも実際は、娘が友人関係に悩んでいるのを見かねて、気分転換に短期留学でもしたらどうか、っていう心づもりだったみたいだよ」

あの後、海老名さんが直接ははのんに聴いたらしく、そこで得た新たな情報を詳らかに披露する。

ははのんの言葉も足りなかったのだろうが、いつの間にかそれに色々と尾鰭がつき、様々な条件やそれぞれの思惑もあり、誤解に誤解が重なった結果、今回の騒動にまで発展してしまった、ということらしい。

いざ蓋を開け終わってみれば何のことはない、単なる取り越し苦労どころか骨折り損のくたびれ儲けもいいことろだ。

それでも結果オーライなのだから、それはそれでよしとするしかないのだが、もしかしたらまたいつもの如く陽乃さんにいいように操られただけの話だったのかも知れない。


今回の件で唯一の収穫といえば、雪ノ下家と葉山家の縁談話が正式に破談になった事だ。

雪ノ下母の働きかけによるものだが、そもそもこの話に一番ノリ気だったのもははのん自身だったようである。

破談にするにあたって父親の方は何も言わなかったのかと思ったが、実のところ雪ノ下家の事実上の主は父親ではなく、ははのんの方なのだそうだ。

なんでも雪ノ下家は代々女系の家系で、県議を務める雪ノ下の父親も入婿とのことらしい。
父親の実家もやはりそれなりの名家なのだが、本来家督を継ぐべき長男を婿養子として迎えたくらいのなのだから、その力関係は推して知るべしというヤツなのだろう。



しかし、いくら婚約の話が失くなったとは言っても、葉山も決して陽乃さんの事を諦めたわけではないだろう。
三浦にしてみればあくまでもスタートラインに立ったに過ぎない。

八幡「言っとくが、お前の相手はあの陽乃さんだ。正直、勝率はかなりのところ低いと思うぞ」

なんせ地上最強どころか史上最高の強化外骨格を纏っているからな。
しかも超がつくほどの美人でスタイルも抜群、幼馴染で、お姉さんキャラで、元許嫁候補のひとりとか、いったいひとりでどんだけフラグ立てまくりなんだよって感じだ。

三浦「だから、そんなこと今更ヒキオに言われるまでもないんですけどぉ?」

いつもの女王様気質を取り戻したのか、積まれた机に尻を乗せ、超高度な上から目線でさして身長差のないはずの俺をぐっと見下ろす。

だが以前とは違って、そこにはなにかしら親しみのようなものを感じるのは気のせいかだろうか。


結衣「ねぇ、ヒッキー、なんか優美子が勝てるような作戦とかないのかな?」

相変わらずこいつもこいつで、自分の事より友達の事ばかり心配しているようだ。
俺に接する態度も今までとなんら変わりない。まぁ、それも由比ヶ浜らしいといえば由比ヶ浜らしいか。

八幡「 ……… まぁ、ないこともない、かな」

結衣「へ? あるの? それってどんな?」

俺のその言葉に三浦もピクリと反応し、

三浦「へ、へぇ。そ、そうなんだ …… 」

しげしげとネイルを見つめるふりをしながらも、明らかに続きを催促している様子が窺えた。

八幡「そうだな、例えば ……… ふたりだけになったところでいきなり強引に押し倒して無理やり既成事実を作る、とか …… ?」

結衣「 …… キセイジジツ?」

由比ヶ浜がきょとんとするその一方で、

三浦「はぁっ?! なっ? ちょっ? そっ? はぁっ?!」

いち早くその意味を察したらしい三浦が、ぽしゅっと音がしそうなほどの勢いで顔を赤らめる。あーしさんてば肉食系のわりには案外純情なんですね。

そんな彼女を見て、つい不覚にも、可愛いな、等と思ってしまった俺がいたりする。


八幡「つか、男の俺なんぞに聞くよりも、そういうのなら女子の方がよく知ってんじゃねぇのか?よくわかんねぇけど、なんていうか、こう、傍から見てるだけで胸クソ悪くなるような頭の悪そうなイチャコラのシチュエーションとか」

海老名「 ……… 酷い言われようね。比企谷くん女子に対して偏見持ちすぎだってば。でも、男子の好きそうなシチュかぁ」

目をつむり、頬に指を当てて考える姿が様になりますね。中身は相当腐ってますけど。世のため人のためにもやっぱり一生黙ってた方がいいんじゃないですかね、この子。


海老名「あ、はい! 私こう見えて男子がぐっときそうなシチュだったらいくつかいいアイデアがあるかも?」

海老名さんが小さく挙手して名乗りを上げる。

いや、こう見えてって、お前、誰がどこからどう見たって腐女子以外の何者でもないだろ。それにこいつの場合、シチュっていっても、どうせあっち方面だよな。



海老名「うん、そうだ、よしっ」

なにが閃いたのか、ささやかな胸の前で手を打ち合わせると、

海老名「ヒキタニくん、ちょっと協力して。そこに立ってもらえるかな? そうそこ」

ちょいちょいと俺を手招きし、次いで何もない壁の一角を指す。

俺としては嫌な予感しかしなかったが、三浦と由比ヶ浜の期待するような目に促されるまま、仕方なく言われた通りに壁の前に立つ。

すると、俺の目の前に来るや否や、海老名さんはその小柄な体を精一杯背伸びさせ、伸ばした両腕の間に俺の頭を挟み込むようにして両手を壁に突く。
しかも片膝を俺の足の間に入れているせいで、動きは完全に封じられた形だ。やだなにこれ逃げ場ない。

海老名「クックック、ヒキタニ、俺のモノになれ ……… 」

鬼畜な笑みを浮かべて俺の目を見つめ、低く渋い声でそう告げると、ゆっくりと顔を近づけてきた。


まぁ、なんて男らしいのかしら。ホレちゃいそう。てか、ホラれちゃいそう。



………… って、そんなわけなかとです。


八幡「あほかお前は」

海老名「ぶベらっ」

顔面を手で押しやると、海老名さんの口から女の子らしからぬ声が漏れ出た。

海老名「ひっどーい、ヒキタニくんたら、かよわい女の子になんてことするのよ! もうっ、いいところだったのにっ!」

可愛らしく唇を尖らせてぶーぶーと抗議の声をあげる。

八幡「どこがだよっ! かよわいところも、いいところも、いちミリだってなかったじゃねぇか!?」

一瞬マジで貞操の危機すら感じたし。こいつマジこえーよ。あと怖い。

危なくお婿に行けなくされちゃうところだったぜ。そしたらもう責任取って海老名さんに養ってもらうしかない。

はっ?! もしかしてここで既成事実を造るつもりだったの?
 


そんな俺達を三浦は呆れ顔で、由比ヶ浜は苦笑いしながら見ている。

まぁ、いずれにせよ、恐らくはあれで一応、三浦の依頼も果たしたことにはなるのだろう。
それに卒業までまだ一年ある。もしかしたらその間に三浦にもワンチャン巡ってくるかも知れないしな。


海老名「ふふふ、それにしてもヒキタニくん、今回の件で私に借りをつくるだなんて、自らおケツを掘ったわね」

ずれた眼鏡を直しながらドヤ顔で言い放つ海老名さんに、

八幡「いや、それ言うなら墓穴だろ」

すかさず入れたくもないツッコミを入れてしまう。でも、彼女の場合あながち間違いとも言えないかも知れない。穴だけに。

しかし今回の件では実際のところかなり海老名さんに助けられたのも事実だ。いずれ何らかの形で礼をしなくてはならないのだろう。気乗りはしないが。

そんな俺の考え見透かすように、海老名さんがピンクフレームの眼鏡のレンズを輝かせながらニッコリと微笑む。そして、

海老名「この借りはいつか必ず返してもうらうからね ……… カラダでっ!」


ぱこんっ


海老名「って、だから女の子相手にグーはやめようよっ!!!!!?」



次回、ラストです。更新時期は今のところ未定ですがエピローグなのでまったり行きましょう。ではでは。ノジ


* * * * * * *


一抹の不安を残していた小町の受験も、いざ蓋を開けてみればそれこそ拍子抜けするほどあっさりと合格が決まり、四月からは晴れて兄妹そろって総武高校に通うこととなった。

ちなみに小町からは早くも「兄妹だと思われると恥ずかしいから学校では絶対話しかけないでね」と笑顔で釘を刺されている。
それを言うなら、お兄ちゃんだって超恥ずかしいんだからね、妹と比べられるのが。

ついでと言ってはなんだが、残念ながら大志のヤツも総武高に受かってしまったらしい。
入学してから小町に変なちょっかいを出さないように、今のうちからあいつにもよく釘を刺しておかねばなるまい。もちろんこの場合は藁人形に五寸釘という意味だが。

そういや合格発表当日、掲示板の前でどこか見覚えのある坊主頭の隣で、歓声を上げながら飛び跳ねてるポニーテールの後ろ姿も見かけたっけ。
周囲が引くほどのはしゃぎっぷりに、声をかけるべきかどうか躊躇うものがあったが、ブラコン拗らせるのも大概にしといた方がいいと思うよ?
なんかキャラもブレてたし。


そんな感じで、世は全て事もなし、俺の人生にもやっといつもの通り平穏が戻った ―――― かに思えた春休み前のある日の休日。

ベッドの上で何をするでもなく天井を見上げ、ひたすらひとりだらだらごろごろと寝転ぶ俺の耳にメールの着信を告げるバイブ音が響いた。

たまたま耳元でスマホ充電したという事もあるのだが、例え気が付いたにしても普段であれば間違いなくスルーしているところだ。
気紛れで手にとったのは、もしかしたら何かしら虫の知らせというヤツだったのかも知れない。

惰性でメーラーを立ち上げ、何気に文面に目を走らせた俺は一読して驚きのあまり身を起こす。


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差出人:由比ヶ浜

件 名:ゆきのんが大変なの!

本 文:

今日の飛行機で外国に行っちゃうって!

ヒッキー、ゆきのんを止めて! お願い!

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当然そんな話は何も聞かされていない。

昨日の帰りも、雪ノ下はそれらしい素振りは全く見せていなかったはずだ。

いつものように校門の前でふたりに別れを告げ、俺はそのまま自転車に跨り ―――――――― いや、待て。

そういえばあの時、雪ノ下は俺に何か言いかけていたのではなかったか。
だが、ちょうどそのタイミングで由比ヶ浜に声をかけられたせいで結局有耶無耶になってしまったのだ。

葉山との婚約が破棄されたことで当然留学の話も立ち消えになったものとばかり考えていた。
しかし、考えてみれば人一倍責任感の強いあいつのことだ。一度は同意したことをそう簡単に反故するとも思えない。
もしかしたら学校や留学先に迷惑はかけられないからとか、そんな理由に拘っていたのかも知れない。



短期留学 ――――― 真っ先に思い浮かんだのは、以前、海老名さんが口にしていたその言葉だ。

だとすれば、それほど心配する必要はないのかも知れない。

だが、もしそうだとしても、俺や由比ヶ浜に何も言わずに去らねばならない理由などないはずだ。
何か俺達に言えない事情があったとしか思えない。考えれば考えるほどネガティブな思考の沼に嵌ってしまう。

雪ノ下を疑うわけではないのだが、彼女どころかまともに友達すらいた事のなかった俺に無条件に他人を信じろという方が無理な話だった。



それでもやはり何かの勘違いであって欲しい。

そんな思いが先に立ち、すぐに雪ノ下に電話をかけてはみたものの、数回コールしただけでじきに留守番電話へと切り替わってしまう。

無機質に尾を引く電子音声を耳にして、とてつもなく嫌な予感に襲われ、口の中を苦い味がじわりと広がる。

伝言を残すのももどかしく通話ボタンを切ると、即座に身支度を整え始めた。

行先は、―――― とりあえず今は空港くらいしか思い浮かばない。

行ったところでフライト時間までに間に合うとは限らないし、それ以前に、あの頑なな雪ノ下を俺が説得できるかどうかすらもわからない。

だが、自分が今、どうすべきかははっきりとわかっていた。

今日は珍しく両親共に休みで家に居るのだが、昨日も帰りは揃って午前様だ。恐らく昼までは死んだように眠りこけていることだろう。

小町に声をかけておくべきかどうか迷ったが、下手に話せば心配して絶対ついてくると言い出すに決まっている。
それに、合格祝いを兼ねてみんなでどこかへ遊びに行くという計画を喜々として語っていた姿を思い出すと居たたまれない気持ちになってしまう。

合格が決まって以来、何かとドヤ顔で、常に変なテンションの超ウザ可愛い妹であるのだが、世界一妹を愛する兄を自負する俺としては、小町の悲しむ顔だけは見たくなかった。

暫く悩んだ挙句、どのような結果になるにせよ報告は後回しにすることに決め、俺はそのまま上着の袖に腕を通しながら階段を駆け下り、つっかけるようにして靴を履くと慌ただしく外へと飛び出した。


―――――――― と、


歯の浮くようなブレーキ音と共に、俺のすぐ目の前で派手な深紅のスポーツカーがスピンしながら急停止する。

自称大都会、首都圏の一角を自負する千葉でもそうそう滅多にお目にかかることのない、だが、確かにどこかで見覚えのある流線型をした優美なフォルム。

車種は確か、そう ―――― アストンマーティン・ヴァンテージ ――― だったか。


「 ―――― 急いでいるのだろう? 乗りたまえ」


運転席の窓から覗くレイバンのサングラスに驚きに目を瞠る俺の顔が映し出される。

無造作に靡かせた黒く長く癖のない艶のある髪、スッキリと通った鼻筋、英国車なのにわざわざ左ハンドルを選ぶヒネた拘り。

いつもの見慣れた白衣姿ではなかったせいか、ほんの一瞬気が付くのが遅れてしまったが、それは紛れもなく奉仕部の顧問、平塚静先生だった。



偶然と呼ぶにはあまりにも出来過ぎている気もするが、渡りに舟とはまさにこの事である。
それに、今の口振りからして、なぜか今俺が置かれている状況も把握しているらしい。

それにしてもやっぱカッコイイよな、この先生。俺がもし後10年早く生まれていたら、今の登場の仕方だけでまず間違いなく100回は惚れていたことだろう。

そんなことを考えながらもふと見れば、その奥に何やらやたらと不吉な負のオーラを漂わせた影がもうひとつ。

八幡「って、なんでお前までいるんだよ?!」

平塚「 ……… どうしても連れて行けと言って聞かなくてな」

いかにも申し訳なさそうに肩を窄めて見せる先生の傍らには ―――――― 、

なぜかさも当たり前のような顔で、材木座がふんぞり返るようにして居座っていた。


材木座「ゴラム、ゴラム!何をか言わんやある。八幡の行く処、常に我あり。お主のためとあらば例え火の中、水の中。何処へなりとも馳せ参じようというものぞ!」

相変わらず無駄に良い声が車内処狭しと響き渡る。

八幡「 ……… お、おう、そ、そうか。なんか知らんがとりあえず狭いところだけは勘弁な」 暑苦しいし鬱陶しいから。


平塚「信号待ちの所でばったり出食わしてしまってな」

知らぬ仲というわけでなし、うっかり声を掛けてしまったのが運の尽きということらしい。

平塚「それに、ここに来るまでの間に聞いた限りでは、どうやら彼も最近キミの様子がおかしいことに気がついていたらしいぞ」

八幡「あん?」 言われて思わず材木座の顔を見る。

一見していつものように何も考えていないような呆けた面にしか見えなかったが、よくよく見てもやはり何も考えてないとしか思えない安定の間抜け面である。

でもそういやこいつ、普段は何かにつけウザいほど俺に絡んできやがるくせに、最近はとんと俺の前に姿を見せなかったな。

確かに、他人が悩んでいるのを見て親切ごかしに手を差し伸べるだけではなく、敢えて距離を置くのもまた、ぼっち流の優しさというヤツなのかも知れない。
もしかしたら、こいつはこいつなりに俺に対して気を遣っていたのだろうか。

平塚「実はこう見えて案外、友人想いの良い男なのかも知れんな」

そんな俺の考えを読んだかのように平塚先生がさりげなく言い添える。っていうか、あんたぼっちの心理に詳し過ぎだろ。

そのらしからぬ心遣いには確かに多少感じ入るものがないではなかったが、今更こいつのことを認めるのも何か癪に障るので、ついいつもの調子で憎まれ口を叩いてしまう。 

八幡「いえ、間違ってもコイツとだけは友人でもなんでもありませんから」

なんなら赤の他人どころか青の祓魔師でも黒の契約者ですらない。それによく考えてみたら四六時中、素で様子がおかしいのはむしろコイツの方だし。



材木座「ぶほむ。照れるではないぞ八幡よ、我とお主の仲ではないか。今からでも素直に友達申請すれば特別に承諾してやらぬこともないのだぞ?」

そんな俺の心中を知ってか知らずか、意味不明の上から目線と煽るような態度が余計に腹立たしい。いっそ誰でもいいからコイツをリアルでブロックする方法とか教えてくんない?

八幡「いやだから俺としてはお前と知り合いだと思わるだけでも超いい迷惑なんだけど?」

材木座「なぬっ? せっかくお主を案じてここまで来てやったというのに、なんたる言い草! 然らば八幡よ、この際であるから汝に問うが …… 」

八幡「んだよ。今、忙しいんだから後にしとけ」

いい加減こいつの戯言(たわごと)につきあわされるのも面倒臭くなった俺が冷たく鼻先であしらうと、材木座はそのでかい図体を縮込ませ、ひとさし指をいじいじとつきあわせながら上目遣いに俺を見る。

材木座「わ、我らはいったいどういう関係であるのかのう?」

八幡「 ……… ホントマジ頼むから今ここでそういう面倒臭い女みたいなこと訊くのやめてもらえる?」


八幡「ところで先生はどうして俺が急いでるって知ってたんですか?」

ちょっとしたすったもんだの挙句、材木座に代わって助手席に乗り込んだ俺は先程から気になっていたことを尋ねる。

平塚「 ……… うむ、実はつい先程、陽乃から別件で電話があったのだが、妹の見送りで空港まで来ていると聞かされてな」

先生の語るところによれば電波の状態が悪かったのか唐突に通話が途切れてしまったのだそうだ。
暫く待ったが折り返し何の連絡もなし、俺ならば何か知っているのではないかと思ったらしい。

八幡「それだけの理由でわざわざ休みの日にここまで?」

平塚「生徒指導や部活動の顧問に限って言えば二十四時間三百六十五日、休みなどあってなきに等しいからな」

達観していると言えば聞こえがいいが、なんか社畜サラリーマンの不幸自慢を聞いているようで痛々しい。
やっぱり、教師にだけはなるもんじゃねぇな、と、改めて堅く心にそう誓う。

安定した地方公務員と言えど、学校の先生に限って言えば完全週休二日制、定時帰宅なんぞ夢のまた夢、山のあなたの空遠く、それこそ都市伝説のごときものなのだろう。

やれやれ、そんなブラックな仕事に、しかも好き好んで就く物好きの顔が拝んでみたいもんだぜ。いや目の前にもひとりいるんですけどね。


平塚「 ……… もちろん電話やメールで済ませてもよかったのだが」

俺の不遜な考えを察したかのように、平塚先生がチラリと横目で見ながら恨みがましく付け加える。

平塚「それだとキミ場合、また無視をされる可能性があるからな」

あー……、そう言われて見ればそんなこともありましたっけね。っていうか、いつまで昔のこと根に持ってんだよこの先生。


平塚「 ――――― それに、陽乃づてにだが雪ノ下からのキミへの伝言らしきものも預かっている」

不意に声の調子がいつになく真面目なトーンへと変わり、俺の心臓がひとつ大きく脈打つ。


八幡「俺に? 伝言? 雪ノ下から?」


続きを促す俺の目を避けるかのように、暫しハンドルに乗せた両手をじっと見ていた先生だが、やがておもむろに口を開く。



平塚「ああ。 ――――― “奉仕部のことをよろしく” ――――― とな」


スミマセン、もう少しだけ続きます。ではまた近日中に。ノジ

誰が諦めたと言った?(・`ω・´)シャキーン


* * * * * * *


千葉市内から成田空港まで車で向かうには、稲毛の穴川ICから入り、東関道を北上して宮野木ジャンクションを経由して新空港道を使う道が一般的らしい。
道路の混雑具合にもよるのだろうが、空港までだいたい1時間半といったところか。もちろん俺は車の運転などしたことがないので、全て平塚先生の受け売りである。

市街地ではまるで示し合わせたかのように行く先々で信号に捕まってしまったが、さすがに高速のゲートを潜ってからはそれもない。

互いに何か話を振るでもなく、微かなタバコの残り香のこもる車内に、低く唸るようなエンジンの音だけが不自然な沈黙を埋めていた。


平塚「 ――― どうした? 賢者タイムかね?」

先程からむっつりど黙りこくったままの俺に平塚先生が話しかけてくる。
どうでもいいですけど、こんな時にまでウケ狙いでさりげなく下ネタぶっこんでくるのやめてくれませんかね。

平塚「黙っていないで何か話したらどうかね。仮にも現国学年三位なのだろう?」

八幡「 …… コミ障の陰キャに何ムチャ振りしてんすか」

っていうかそれ、思いっきりブーメランだろ。

八幡「そう言う先生こそ現国教えてるくらいなんだから、何か気を紛らわせたり、間を保たせるような気の利いた話とかできないんすか」

平塚「キミは現国の教師をコンパの盛り上げ役か何かと勘違いしてないか?」

言語野の発達とコミュニケーション能力にまるで関連性がないことは既にパリピ共が実証済だ。
あいつらときたら何かにつけウェイウェイ言ってるだけで会話が成立してるみたいなところがあるからな。


八幡「 あー… それよりもっとスピード出ないんですか」

あまり変わり映えしない景色につい焦れてしまい、意味がないとわかっていてもつい車の中で足踏みしたくなってしまう。

俺の予想では高速に入った途端それこそメーターがぶっちぎれるほどスピードを出すかと期待していたのだが、どうやら当てが外れてしまったようだ。
でもいるよね、ハンドル握った途端に性格が変わるヤツ。

平塚「無理を言うな。制限速度いっぱいだ。これでも一応、教師なのだぞ?」

苦笑を浮かべながら平塚先生が宥(なだ)めるかのように応じる。

喫煙者の常として、手持無沙汰になったらすかさず一服点けるかと思ったが今のところそれもしない。
恐らく、隣に未成年がいるので遠慮しているのだろう。
たまにポンコツな面も覗かせることがあるとはいえ、そのあたりはさすが教育者然としている。

平塚「まぁ、それに、どんな時でも規則を遵守するのもまた世界に誇る日本人の民度の高さというもの ――― 」


「 ―――― もの申しさぶらわむ」


その時、不意に背後からくぐもった声が聞こえてきた。

そういや途中からすっかり失念していたが、平塚先生の愛車はツーシーター、つまり二人乗りなので、あぶれた材木座は無理矢理トランクルームに押し込められてたんだっけ。

八幡「んだよ、トイレだったらそのへんに転がってるペットボトルにでも ――― 」

平塚「 ……… キミは私の愛車をなんだと思っているのかね。もう少し先にサービスエリアがある。そこまで我慢したまえ」

俺の言葉を遮るようにして先生がとても嫌そうな顔で割って入る。そのセリフの前半は俺、後半は材木座に向けたものだろう。

材木座「いやいや、そうではござらぬ。今、先生殿は日本人の民度が高いと申されたようだが、某(それがし)はそうは思わないでござるよ」

平塚「ほう、何やらキミなりに一家言ありそうだな。続けたまえ」

よせばいいのに先生が面白がって続きを促す。でもこいつ、ウンチク語り出すとやたら長いんだよな。

材木座「ぶほむ。然らば申し上げるが、我が思うに日本人が規則を守るのは民度が高いからなどではなく、常に周りの人の目を気にしておるだけではないかと思うておる」

おいおい、ついさっき置いてかれそうになった途端に人目も憚らず道の真ん中で寝転んで駄々捏ねてたのどこのどいつだよ。

八幡「お前の持論はともかくとして、その無駄に高い洞察力はもっと自分の人間関係とかに活かしたらどうなんだ?」

平塚「 ……… その点に関して言えばキミも大概だと思うのだが」


八幡「んで、結局何が言いてぇんだよ?」

材木座「うむ。実は先程も赤信号の横断歩道で、見たところ車が一台も通らぬというのに誰も渡ろうとせぬので、試しに我ひとりで渡り始めたのじゃが」

八幡「 ……… ほーん。したら連られて周りのヤツらもみんな渡り始めたってか?」

まぁ、よくある話ではある。赤信号みんなで渡れば、という集団心理が働きでもしたのだろう。

材木座「否! そうではない」

八幡「あん? ならどうしたってんだよ」

材木座「いやそれがのう、危うく先生殿の車に轢かれそうになってしまったぞなもし。ガクブル」

八幡「 ……… いやそれ民度関係ねぇじゃねぇか」

ふと見れば、ハンドルを握る平塚先生がまるで大量の苦虫でも噛み潰したような顔になっている。

なるほど、もしかしたら今日に限って制限速度を気にしてるのはそのせいなのかしらん。

……… ったく、何が日本国民の民度の高さだよ。

そう考えると、先生に向けた俺の言葉が、つい咎めるような口調になってしまったのも仕方あるまい。


八幡「 ……… なんでその時ブレーキじゃなくてアクセルの方を踏まなかったんですか」

平塚「 ……… 奇遇だな。私も今、同じことを考えていたところだ」


そうこうしているうちにやがて車は本線から逸れ、次第に減速し始める。
道路の標識を見る限り、どうやらサービスエリアに向かっているらしい。

特に何の説明もなかったし俺も敢えて聞きはしなかったが、恐らく先程の話の流れからして、お花摘みか何かなのだろう。

俺としては雪ノ下のフライト時間に間に合わせるよう、少しでも先を急ぎたいという気持ちが強かったが、乗せてもらっている身分で文句を言うのもなんかアレだし、理由を問うのはもっとアレな気がしたので黙って従うことにした。

俺の経験上、こういったケースで下手にトイレ云々を口にしようものなら、即座に女性に対するデリカシーのないと断罪されかねない。
最近は小町もお年頃なのか何かにつけセクハラだのモラハラだのうるさいのだが、こないだもトイレットペーパー切らしてたから注意したら「妹はトイレにいかない」とか言いやがった。
今時、ドルヲタだってんな都市伝説信じてねぇぞ。

っていうか、何でもかんでもハラハラつけりゃいいってもんでもないだろ。
そうやっていちいち騒ぎたてること自体、もう、ハラスメントによるハラスメントじゃねぇのかよ。いや自分でも何言ってんのかよくわかんねぇけど。


そんな事を考えていると予想通り先生の車はパーキングエリアへと入り、タイミング良く空いたスペースに車を停める。

平塚「ふぅ、ひとまずここでトイレ休憩にしよう。まだ先は長いぞ。どうかねキミも?」

うん、知ってた。先生ってば、こういう人だったよね。

まるでカ○オを野球に誘うナカ○マのようなノリに、脱力のあまりぐったりとシートに凭れかかったまま黙って首を横に振って応える。

平塚「そうかね。ならば待ってる間に何か飲み物でも買ってきたまえ」

慣れた仕草で財布から抜き出した札を指に挟み、俺に向けて差し出す。

平塚「そうだな。せっかくだから自販機ではなくスタバで頼む。私はアイミティだ。ああ、もちろんガム抜きでな」

ビシッと効果音のつきそうなキメ顔で言い放つ先生に対し、

八幡「 ……… は? アイミ?」

聴き慣れない単語に思わず伸ばしかけた手が途中で止まる。


平塚「 ……… こほん。すまん、アイスミルクティーのことだ」

つい昔のクセが出てしまってな、と、決まり悪るそうにボソボソと付け加えた。

八幡「え、や、あ、でも、なんか言い回しがそれっぽくてちょっとカッコいいスね、はは、ははは」

平塚「ん? あ? そ、そうだろう、そうだろう。 ほら、アレだアレ、私の若い頃に流行ったトレンディドラマでそういうセリフがあってだな、ハハ、ハハハ」

………あーあ、自分で“若い頃”とか言っちゃってるよ。もうどうにもフォローのしようがねぇだろ。

平塚「ああ、狭いところに押し込められてさぞかし窮屈な思いをしているだろう。彼にも何か飲み物でも買ってきてあげたまえ」

さりげなく話題を変えるようにして、先生が背後のトランクシートに振り返る。閉じ込めたのはあんただけどな。

八幡「だってよ材の字、聞こえてっか? 感謝しろよ、俺の金じゃねぇけど。んで、お前は何にするんだ?」

俺が声をかけると、打てば響くようにくぐもった声が返って来た。

材木座「うむ。心遣い忝(かたじけ)のうござる。然らば我はカツカレーをば所望いたす。カツ抜きでな!」

八幡「 ……… いやそれだとフツウにカレーだろ」

あと一応ついでに言っとくが、カレーは飲み物じゃないからな?


久し振りの更新なので、肩慣らしに今日はこんなところで。ノシ゛



* * * * * * *


レジで支払いを済ませ、飲物の入った袋を片手に店を出ると、喫煙所でいかにも気持ちよさそうに一服している平塚先生の姿が目に入った。

普段は教壇に立つ姿を自席から見上げていることが多いので、つい忘れがちだが、先生の身長は俺とほぼ同じくらいだ。
女性にしては背が高く、スタイルもいい。一見してパリッとした美人だけに、どこにいても結構目立つんだよな。

ヘビースモーカーという欠点はあるにしろ、見てくれはあのとおり、性格はサバけていて気さくだし、仕事に至っては安定の親方日の丸公務員だ。
明らかにコスパの良い優良物件なはずなのに、どうして未だ浮いた話ひとつ流れてこないんだろ?

遠巻きに送る俺の訝し気な視線に気がついたものか、慌てて煙草をもみ消し、何食わぬ顔をして出てきた先生に袋から取り出したカップと釣銭を無言で手渡す。

平塚「うむ。すまん」

一周回って既に落ち着いた俺としては別に咎めるつもりなどなかったのだが、先生の方はそうでもないらしく、少しばかりバツが悪そうな顔で受け取った。

平塚「身体に悪いとわかってはいるのだが、なかなかやめられないものでな」

……… いや、さすがに今、気にするとこ、そこじゃねぇだろ。



平塚「それにしてもタバコに限らずアルコールやら高カロリーの食事やら、身体に悪いものほど美味しく感じてしまうというのも実に困ったものだな」

まるで困った風でも悪びれた様子もなく、あたかも他人事のようにいけしゃあしゃあと嘯(うそぶ)いてみせる。
おいおい、こんなにシャアシャアしてるのなんて機嫌の悪い時のカマクラかジオンの赤い彗星以外見たことねぇぞ。

別に同意を求めている訳でもないのだろうが、とりあえず空気を読んで話を合わせておくことにする。

八幡「まぁ、確かに身体に良いとされるものに限って大抵は不味いと相場が決まっていますからね、トマトとか」

平塚「それは単なるキミの好き嫌いの問題ではないのかね?」

八幡「そうやっていきなり素に戻って正論で殴りつけるのやめてくれません?」

平塚「なんにせよ、好き嫌いはよくないぞ。あんな美味い物を食わないなんて、人生半分損しているな」

……はい、出た。出たよ、出ましたよ。

トマトガチ勢のやつらに限って絶対にそう言いながらマウントとってくるんだよな。

だいたいトマトひとつ食えないくらいで半分損するとか、いったいどんだけ底の浅い人生送ってんだよ。

健康にいいと言われもてるせいか最近は何でもかんでもトマトを入れたがる傾向にあるが俺に言わせれば上等の料理にハチミツをぶちまけがごとき行為に等しい。
普段食ってるカレーや味噌汁にまでトマトなんか入れられた日には、地上最強の生物だってブチキレて地下闘技場に乱入するだろう。

八幡「それを言うならタバコ吸う方がよっぽど身体に悪いんじゃないですか」

平塚「なるほど、これは一本とられたな」

わざとらしく大声で笑いながら背中を豪快にバンバン叩かれ思わず覆わず咽(むせ)返してしまう。なんなら中身が出るまである。

強引な力技で誤魔化そうとするあたり、ノリは完全に体育会系教師だ。
この先生、案外、白衣よりもジャージの方が似合ってるじゃねぇのか、キャラ的に。


八幡「 ―――― あー…、そんなことより、あいつの、雪ノ下の留学の話は取り止めになったんじゃなかったんですか」

そのままふたりして車へと戻りながら、車内ではつい話しそびれてしまっていた話題をそれとなく切り出す。

平塚「その様子からすると、やはりキミも彼女からは何も聞かされていなかったようだな」

八幡「 ……… いえ、はい。特には、何も」

俺の歯切れ悪い返事に、先生は何かしら推し量るような間を置く。しかしやがて、

平塚「キミの話を聞く限りでは、私もそうだとばかり思っていたのだが」

と短く前置きし、

平塚「理由はどうあれ、一度、公(おおやけ)に動き始めてしまったモノを止めるというのも、これでなかなか難しいものがあるからな」

言いながら、サングラスの隙間からそっと気遣わし気な視線を送って寄越した。


今回の留学は雪ノ下の母親が校長に直談判してまで強引に捻じ込んだという経緯もある。
そのとばっちりを受けて手続きや調整、準備のために奔走するハメになった職員も少なからずいたはずだ。
本人の気が変わったからといって“はいそうですか”では済まされない状況になっていたのかも知れない。

八幡「雪ノ下の件は職員室でも話題になったりしなかったんですか」

なにしろ全科目、常に学年トップをキープしているほどの才媛だ。当然のことながら進路についても教師の間では注目の的だろう。

平塚「同じ学年とはいえ国際教養科の生徒は扱いがまた別だからな。普通科のキミが知らなくて当然だが、この時期の急な留学も決して珍しいものではない」

確かに先だっての留学騒ぎも、海老名さんから聞かされなければ俺の耳にまで届いてこなかった可能性が高い。
それに最近は生徒の個人情報の扱いについても何かとうるさいと聞く。
前回の情報漏洩の件から考えると、学校側のガードも固くなっていて当然だ。
今からでも平塚先生の伝手(つて)を頼って片端から知り合いの教師に電話で確認してもらう、という手も考えたが、そうなると有益な情報は得られないとみていいだろう。

その時、ふと喫煙所にいた先生の手にスマホが握られていた光景を思い出す。
口にこそしないが、もしかしたら先生も俺と同じことを考えていたのかも知れない。
先程のセリフが幾分言い訳じみて聞こえたのも、先生もまた学校側の事情をよく知る立場の人間だからこそなのだろう。


八幡「先生もあいつからは何も聞かされてなかったってことですよね?」

俺はともかく、今まで散々世話になった恩師にひと言もないというのが少しだけ引っかかった。
無論、先生の口から俺に伝わるのを避けたとも考えられるのだが。

平塚「留学の件もそうなのだが、殊、話題がキミの事に及びそうになるとなぜか露骨に話を逸らされてしまってな」


……………… なるほど。あいつってば基本、嘘の吐けない性格だからな。

俺と違ってテキトーぶっこいて煙に巻くとか、そういう芸当もできなそうだし、そりゃそうなるか。

ちなみに俺と雪ノ下の関係を知っているのは今のところ由比ヶ浜だけである。
別に隠すつもりなどないのだが、雪ノ下は自分からわざわざそういうことを口にするタイプではないし、俺に至っては単に伝える相手がいないというだけの話だ。
もしかしたら陽乃さんや葉山あたりは薄々感づいているかも知れないが、あのふたりが他に触れ回るようなことはないと考えていいだろう。

ふと気がつくと俺の顔をしげしげと覗き込む平塚先生の顔がすぐ目の前にあった。
雪ノ下のサボンとも、由比ヶ浜や陽乃さんのフローラル系とも異なるタバコと香水の入り混じった甘い大人の香りが漂う。

って、近ぇよ。親しき仲にもソーシャルディスタンスって言うだろ。え? 言わない? いつの話だよそれ。


平塚「もしかして ……… 雪ノ下との間に何かあったのかね?」

八幡「や、何かって、何がですか?」

咄嗟のことに我ながら白々しく答えるが、逸らしたはずの目が意に反して勝手に泳ぎ出す。

平塚「それは明らかに何かあった人間のセリフと態度だぞ」

そらっとぼける俺を見る先生の口許に苦笑が浮かぶ。

平塚「それにキミの方こそ、彼女と毎日部室で顔をつき合わせていたのだろう? それこそ訊く機会はいくらでもあったはずではないのかね?」

先生の言う通り、確認しようとすればいつでもできたはずだ。それを怠っていたのは他ならぬ俺自信の責任である。
今更聞くまでもないと多寡を括っていたというのもあるが、彼女の口から自分にとって不都合な真実を聞かされるのが怖かったという気持ちも多分にあった。

都合の悪い現実から目を背け、見て見ぬふりを続けた挙句に、最後の最後で詰めの甘さが致命的な失敗へと繋がる。
これまでの人生の中でも幾度となく苦い経験をしてきたはずなのに、俺はまた同じ轍を踏んでしまったというのだろうか。


平塚「いくらなんでも彼女の気持ちくらいはちゃんと確認してあったのだろう?」

俺が答えられずにいるのを見て先生が更に畳みかけてくる。幾分面白がっているように見えるのは気のせいか。

そういやこの先生、前にも雪ノ下が俺に好意を寄せてるみたいなこと言ってたっけか。

八幡「えっと、まぁ、それは …… こないだふたりで会った時に」

不意を衝かれたせいもあり、しどろもどろのうちについ口を滑らせてしまう。

平塚「ほう。ふたりで会って話をしたのかね? それは初耳だな」

ごにょごにょと歯切れの悪い俺の答えに何をか察したらしい先生が、やたらと”ふたりで”の部分を強調してくる。

八幡「や、別にそんなんじゃありませんから」

そんなんじゃないならどんなんだよとか聞かれてもそれはそれで返答に困るのだが。

だが、そうは答えつつも、自然とあの日のことが思い出されてしまう。
勝手に火照り出す顔を必死に背けながら、空いている方の手をぶんぶん振って否定と同時に必死になって甘い記憶を打ち消す。

平塚「しかし、ふたりで会ったということは、つまりはそういうことなのだろう? 何かね? デートでもしたのかね?」

うりうりと小さく肘で小突いてくる仕草が激ウザい。わざと狙っているのかいないのか脇腹の急所に的確にえぐってくるので無視するわけにもいかない。

精神的にも肉体的にも切羽詰まった俺は、たまりかねて強い調子で遮った。

八幡「いやだから単にふたりして〇西〇海〇園の水族館で魚見て、大観覧車乗って、ぶらぶらと公園を散策したって、ただそれだけの話ですから」


平塚「 ……… 自覚がないのかも知れんが比企谷。世間一般ではそれをデートというのだぞ?」


平塚「それみろ。なんやかんや言いつつ、結局のところふたりで乳繰(ちちく)りあっていたのではないか」

けっ、リア充が、爆発しろ、と吐き捨てる。 冗談のつもりかも知れないがアラサー女子が口にするとリアル過ぎてちょっと笑えない。
つか、いったいナニをどう聞いたらそういう結論になるんだよ。

八幡「今時、乳繰りって、さすがにちょっとオッサン臭くありません? 年齢がバレますよ?」

平塚「やかましい! そんな言葉を知ってるキミの方だって大概だろう。恋バナがしたいんだったら他でやりたまえ。聞いているだけで耳からゲップがでそうだ」

言いながら大袈裟に肩を竦め、うへぇとばかりに口をへの字にひん曲げる。いや話振ってきたのそっちだろ。なんなのこの超理不尽な会話。


平塚「ま、ともかく、それはそれとしてだな、」

恐らく俺を励ますためなのだろう、今度はわざと明るい声を出しながら、さりげなく背中に回した手で優しく肩を叩く。

平塚「とにかく、今はまだ雪ノ下が留学すると決まったわけでなし、そう悲観的になることもあるまい」

八幡「そりゃそうなんですが … 」

そうは言われても、先生ですら何も知らされていないという事実が改めて俺の心に重く圧し掛かかる。
もとより、ポジティブとは縁の遠い性格だ。
楽観的に構えてていきなり突き落とされるより、最悪の事態を想定していた方が、いざという時に落差が少ない分、精神的ダメージも少ない。
どうしても悪い方へ悪い方へと思考が突き進んでしまうのも、ある意味仕方ないと言っていいだろう。


平塚「 ――― それに、な、比企谷」

弱音を吐きかけた俺の言葉を遮るようにして、それまでとは明らかに違うトーンで静かに切り出す。
その声の響きには、ともすれば塞ぎ込んでしまいそうになる今の俺でさえ、つい耳を傾けざるを得ない響きがあった。

平塚「今回の件に限らず、生徒の個別の案件に対して校長が最終的にどのような判断を下したかまでは、私のような下っ端 ……… いや、若手にまでは知らされないことも多いのだよ。ふふ」

八幡「 ……… この状況で、わざわざ言い直してまで若手強調する必要性がどこにあるんですかね」

しかもなんでちょっと嬉しそうなんだよ、この人。


幸いなことに途中で事故渋滞やトラブルに巻き込まれることもなく、俺たちを乗せた車はほぼ予定通りに空港の駐車場まで辿りつくことができた。

車が停止するや否や、シートベルトを外す手ももどかしく、急いで降りようとする俺の背中に落ち着いた声がかかる。

平塚「 ―――― さて、残念だが比企谷、私がキミに手を貸すことができるのもここまでだ」

八幡「え?」

その予想外の言葉に、ドアノブに手をかけたまま俺の動きが止まる。

ここまで来て先生が車から降りない理由。もしそんなものがあるとするならば、それはひとつしか考えられない。

俺はサングラスに隠されたままの先生の目をじっと見つめながら、恐る恐る口を開く。

八幡「 ……… もしかして、成田離婚のジンクスとか気にしてるんですか?」

まだ結婚もしてないのに? いくらなんでも気が早すぎじゃね? そういうことはせめてちゃんとした相手見つけてからにしましょうよ?

平塚「そうではない!」

八幡「え? なら春休みに海外旅行に向かうイチャコラバカップルを目にするのがイヤだとか?」

気持ちはわからないでもないが、今はそんなこと言ってる場合じゃ ……

平塚「それも違う! これはキミが抱える問題だからこそ、最後は自分自身の手でキッチリとカタをつけた方がいいだろうと、そう言っているのだ!」

あ、なるほど、そういうことね。

それにしても千葉って成田空港に限らず、成田山とか東京ディスティニーランドとか、カップルで行くと破局するってスポット、結構多かったりするんだよな。

でも小町も言ってたけど、別れるカップルは何もなくてもさっさと別れちゃうから、ジンクスなんてあまり当てにならないらしいよ?


平塚「どうしたのかね、今更気遅れしたというわけでもあるまい」

ドアノブに手を掛けたまま、暫し躊躇する俺の姿を見て、平塚先生が促すように声をかける。

八幡「わかりました。後は俺自身でなんとかしてみます」

小さく溜息をひとつ。一瞬の後には覚悟を決めた俺の口からは、自然とそんな言葉が滑り出ていた。

平塚「ほう、少しはゴネるかと思ったが、今日はやけに素直だな」

いつになく神妙に頭を下げる俺に対し、先生は揶揄うように云いながら口角を緩める。

正直、俺に雪ノ下を説得できなくても、先生と一緒ならなんとかなるかも知れないという皮算用が働かなかった訳ではない。
恐らく先生も当然俺のそんな考えを見透かしていたに違いない。
だが、やはりこれは俺がひとりで解決すべき問題なのだろう。なぜならば、俺が自ら課した、自分自身への依頼なのだから。

平塚「まぁ、不安になる気持ちもわからんでもないが」

俺の気持ちを察したのか、それ以上は何も言わなくてもいいとばかりに鷹揚に頷いて見せる。

平塚「私は普段は妙にヒネていて、どこか達観しているようなキミが時折見せる、そういう年相応の脆さも含めて十分好ましく思っているぞ」

何気なく付け加えられたそのひと言で、なぜか狭い車内が妙な空気に満たされる。

八幡「 ……… は?」

平塚「あ、いや、別に深い意味ではなくてだな、その、もちろん教師としてだ」

急いで顔を背け、げふんげふんと空咳を吹かしながら必至に誤魔化そうとする。

いや別に誰もそんなことまで聞いてませんけど? 自分で言っといて意識し過ぎだろ。ここに来て変なフラグ立てないでくれません?

平塚「ああ、それから言い忘れていたが」

気を取りなおすように空咳をひとつ、先生が俺の肩に優しく手を置く。

平塚「例の"勝負"に関しては、今のところキミと雪ノ下は全くの互角だ ―――― せっかくの機会だ、さっさとキメてきたまえ、比企谷」

ドアを開け、背中越しに無言で力強く頷く俺に対し、先生も莞爾として笑って返す。


材木座「八幡!八幡! 我も、我も好きであるぞっ!」

その時、再び背後のトランクルームをがたがたと揺らしながら負けじとばかりに材木座の声が聞こえて来た。
お陰で先程までの妙な雰囲気もたちまちのうちに雲散霧消する。

八幡「だからお前の意見なんざ誰も聞いてねぇっつの。つか、俺の方は全然そうでもないんだけど?」

材木座「あれれー? なんか我の扱いだけ違くないー? あれれー?」


八幡「 ……… 先生、少し遠回りになりますけど、こいつ帰りにコンクリ詰めにでもして東京湾に沈めてもらっていいですかね?」

平塚「 ……… 気持ちはわからんでもないが比企谷、産廃の不法投棄は犯罪だぞ」


あと2回の更新で終わりです。ではではノシ゛


成田国際空港は一日10万人の旅行客が利用し、空港関係者だけでも4万人の従業員がいるらしい。
空港のある成田市の人口が約13万人だそうだから、乱暴に言えば空港の敷地内には地方の中核都市の人口を越える人間がいる計算だ。
普通に考えても、その中からたったひとり、しかも俺のことを避けているかもしれない人物を見つけ出すというのは至難の業と言えた。

以前、俺も親に海外旅行へ連れて行ったもらった経験があるが、確か出発の一時間前にはチェックインを済ませておく必要があったはずだ。

一度セキュリティゲートを潜ってしまえばロビーには引き返せない。

――― つまり、その時点でゲームオーバーということになってしまう。もちろん、リトライもコンティニューもなしの一発勝負ということになる。


空港ビルに足を一歩踏み入れた瞬間、空気が変わるのを肌で感じた。

清潔でモダンな内装。明るく柔らかな暖色系の照明に覆われた空間。磨かれた床に落ちる人々の影は常に忙(せわ)しなく行き交っている。
外国語と日本語を交えたアナウンスの反響する広大なロビーは、どこにいても異邦人といえる俺のようなぼっちでさえ、まるで遠い異国の地にひとり迷い込んでしまったかのような心細さと無力感を覚えさせた。

出発ロビーは吹き抜け構造で、上からなら広範囲に渡って周囲を見渡すことができたはずだ。
俺は上階に向かうエスカレーターを目指し、エントランスからホールを小走りに駆け抜けた。



「 ―――― ふぅむ。ここに来るのも小学校の社会見学以来かのう」

気が付くと俺の背後には、材木座がさも当たり前のような顔をして、ひっそり、いや、のっそりと付き従っていた。

空調が効いているはずなのに、いやに暑苦しいわけだ。
そろそろ国連もSDGsの18番目の目標として材木座の対処方法を真剣に検討すべきだろう。
こいつが息をするだけで地球温暖化が環境破壊レベルで促進されている気さえする。
ネットの検索画面で“地球温暖化”とキーワードを入れた途端、すかさずサジェストで“材木座”と表示される日もさほど遠くないだろう。


材木座「見よ、八幡。人がまるでゴミのようではないか」

人目も憚(はば)らず高笑いを始めやがった。はいはい、他人他人。
どうやら高いところに立つと気が大きくなるタイプらしい。なるほど、バカは高いところが好きってのは本当なのな。

八幡「ゴミカスワナビなのはお前だろ。っていうか、何で俺についてきてるわけ?」

材木座「ぶほむ。八幡よ、我が来たからには安心するが良い ……… 何かは知らぬがの」

八幡「 …… だからその根拠のない自信はいったいどこからきてるんだよ」

やれやれ、どうやら平塚先生も扱いに困って俺におっつけたらしい。
自分で拾ったんだから最後までちゃんと面倒見るか元あった場所に戻してきなさいって母ちゃんいつも言ってるでしょ!

だが、考えてみれば材木座も雪ノ下の顔を知っているはずだ。
例えこんなヤツでもいないよりかはいた方がなんぼかマシなのだろう。
人手は多いに越したことはない。今はそれこそ猫の手だって借りたいし、なんなら猿の手に願うまである。ナニ物語だよ。


材木座「ときに八幡よ、風の噂で耳にしたのじゃが、お主、ここに誰ぞ人を探しに来たのであろう?」

八幡「 ……… まぁ、そうだな」

吹き抜けから周囲を見渡し、それらしい人影を探しながら、うわの空で返す。

つか、いくら友達がいないからって風となんか会話すんなよ。
ただでさえ怪しい風体なのに、その上ひとりでブツブツ独り言呟いてたりしたら、それこそどこから見ても完全にアウトだろ。

それにしても、ある程度予想はしていたとはいえ、いくらなんでも人が多すぎる。
絶望的な気分に浸りながら、これからどうしたもんかと考えあぐねいていると、

材木座「なに、心配無用。人探しなど、この剣豪将軍の眼力をもってすれば、びふぉーぶれっくふぁーすとぞ」

八幡「もしかして朝飯前とか言いたいのか? あのな、国際空港だからって何も英語で話さなくていいんだぞ?」

材木座「いえすいえすおふこーす」

八幡「 ……… なんだよその昭和のJ-POP」

発音からして既にネイティブ・ジャパニース・イングリッシュ。純和製英語だし。


材木座「されば八幡よ、これを機に我の秘密の一端を垣間見せるがゆえ、慄(おのの)いて平伏すがよい。実はこの伊達メガネ、伊達ではないのだ」

言いながら、メガネのブリッジを中指でくいと持ち上げて見せる。

八幡「な、何ぃ。伊達メガネなのに伊達ではない …… だと…… ?」

っていうか、それ伊達メガネだったのかよ。マジな話ならそっちのほうがよっぽどびっくりだぜ。

材木座「左様。この眼鏡型デバイスは我が千里魔眼を封じるための拘束具 ……… という設定なのだ」

八幡「 ……… 自分で設定とか言っちまうのかよ。つか、どうでもいいけど、それ今度は何のパクリ?」

材木座「無礼者! パクリなぞではない! あくまでもインスパイアを受けた作品に対する愛のあるリスペクトである!」

八幡「わかったわかった。でも、ちゃんと許諾とってあるのか? 裁判沙汰になると色々と面倒らしいぞ?」

材木座は俺のツッコミを無視し、芝居がかった仕草ですちゃりと眼鏡を外すと、小さいが意外に鋭い目で素早く四方を見回した。

――― そして、

材木座「ふっ、なるほど。我の思った通りである ……… 」

眉間に縦皺を作り、両腕を組んだまま、ぼそり、と、いかにも意味ありげなセリフをつぶやいた。

八幡「って、まさかとは思うが、お前、もしかして ……… 」

材木座「うむ、……………… やはり眼鏡がないと何も見えん」


八幡「 ……… お前が量産された暁には連邦などそれこそあっという間だな」


八幡「よし、んじゃ、とりあえずふたりで手分けして探すぞ。見つけたらすぐに俺のスマホに連絡 …… 」

非日常的な空間のせいかテンション爆アゲで厨二病全開の材木座を適当にいなし、本来の目的に取り掛かろうとポケットをまさぐる俺の手がそこではたと止まる。

……………… 不味い。

どうやら家を出る時に別の事に気をとられ、不覚にもスマホを置いてきてしまったらしい。
これでは雪ノ下に連絡することも、材木座と互いに連携をとることもかなわない。

ここにきて致命的ともいえるミスをしでかしてしまったことに気がつき、思わず溜め息とともに天を仰ぐ。すると、


材木座「いや、暫し待つのだ八幡よ。我が考えるに、ただ闇雲に探し回るよりも、もっと良い策があると思うのじゃが」

何かしら考えがあるのか、材木座がそんな事を言い出した。

八幡「 ……… あん? そりゃどういう意味だ?」

材木座「やれやれ、お主ともあろう者がそんなことすら気が付かぬとはのう。少しは一般常識でモノを考えたらどうなのだ」

八幡「いや俺としても普段から非常識がトレンチコート羽織ってるようなお前にだけは言われたくないんだけど? つか、急いでんだから、もったいぶってないでさっさと言えよ」

材木座「まだわからぬか。相手を見つけるのができぬなら、逆に相手にお主を見つけさせればよいではないかと言うておる」

八幡「はぁ? だからどうやったらそんなことが ……… 」

材木座は俺の言葉を聞き流すようにして、伸ばした指でロビーの天井をさす。

材木座「されば八幡よ、今こそ天の声に耳を傾けるがよい」

おいおい、風の噂の次は天の声かよ。やっぱこいつ、一度じっくり医者に診てもらった方がいいんじゃねぇのか?
耳鼻科じゃなくて脳神経外科な? もしかしたら変な電波受信してるかもしれねぇぞ、バリ3で。

だが、その瞬間、今の今まで無意識に閉ざされていた耳が初めて周囲の音を認識し、同時に俺の頭に閃くものがあった。


―――― なるほど、ロビーのアナウンスか! 


物心ついた頃から何かにつけ携帯電話で連絡を取り合っているようなご時世だ。
焦りのあまりテンパっていたとはいえ、そんな方法があったことすら、すっかリ失念していたぜ。

それに、もし雪ノ下が俺を避けていたとしても、こちらの名前を告げることなくして呼び出してもらうことができるので尚更好都合だ。


八幡「材木座、てめぇ、考えたな! 珍しくまともなこというじゃねぇか! 珍しく! 少しだけだけど見直したぜ! 少しだけ!」

大事なことなのでそれぞれ2回ずつ言ってみました。


材木座「うむ。自慢ではないが我はこう見えて昔から“自称やればできる子”と言われておるからの」

八幡「 ……… 自称なのかよ」


材木座「ともかく、お主は大人しく体育座りでもして待っておるがよい! ここは我の庭みたいなものであるからな。先に行って直々話をつけてきてやろうぞ」

八幡「いや、お前さっきここに来たのは小学校の社会見学以来だとか言ってなかったか?」

しかし、相変わらず人の話を聞かない材木座は、俺が止める暇もあらばこそ、ドタドタと何処とも知れぬ方向に駆けて行く。
その無駄に広い背中が今日ばかりはやたらと頼もしく見えるのは気のせいか。


……… でも、そういや俺、あいつに誰を探してるのかちゃんと伝えてあったっけ?


そんな一抹の不安を抱きつつ、待つこと暫し。やがて ―――――


……… ピンポンパンポーン。迷子のお知らせをいたします。千葉市からお越しの比企谷八幡様、千葉市からお越しの比企谷八幡様、お連れ様が ………


うんうん、やっぱりそうなるよね。さすがは材木座。相変わらず期待を裏切らない期待の裏切り方だぜ。

あいつってば、ここぞという時に限ってホント役に立たねぇのな。知ってたけど。




しかし、今のアナウンスで俺が空港内にいることが彼女にバレてしまった可能性がある。
そうなると、雪ノ下も警戒して呼び出しに応じてくれないかも知れない。

いっそこのままひとりで雪ノ下を探し続けるか、それともその前に材木座を回収すべきか迷っていると、


「 ―――――――― え? もしかして、比企谷 …… くん?」


不意に背後からいかにも恐る恐るといった態で声がかかり、気がついた俺が反射的に振り向く。

すると、そこには今の今まであれほど必死になって探そうとしていた相手 ―――――――― 雪ノ下がすぐ目の前に立っていた。

俺の姿をそうと認めた途端、それまでの不安げな表情が一変、華やいだ喜びの笑みへと変わる。
普段はまるで氷の如く冷たく覚めた顔をしているだけに、不意に見せるそのギャップがやたらエグい。

雪乃「今、アナウンスであなたの名前を聞いた気がして、まさかとは思ったのだけれど ……… ここにいるってことは」

声も心持ち弾んで聞こえる。しかし、俺の方はと言えば驚きの方が先に立ち、ただただ茫然と立ち尽くしてしまう。


雪乃「 ……… 国外逃亡? 今度は何をしたの?」

八幡「 ……… ちげーよ」


つか、今度はって何だよ今度はって。



雪乃「冗談よ」

目を細め、くすりと小さく笑う雪ノ下。そのいつもと変わりない態度を見ただけで、こんな状況であるにも関わらず安堵の吐息を漏らしてしまう。


八幡「それにしてもこの人込みの中でよく俺だってわかったな」

何を言っていいものか分からず、とりあえずは真っ先に思い浮かんだことを口にすると、

雪乃「それはもちろん ………」

雪ノ下も何か言いかけたようだが、急に口を噤み、目を逸らしながら小さく咳払いする。

雪乃「後ろ姿がやたらと不審な人がいたから、すぐにあなただとわかったわ。でも、やっぱり正面から見た方がずっと怪しいわね」

八幡「うるせーよ。ほっとけ」

まぁ、俺が挙動不審なのはいつものことだけどな。おかげで普段からひとりで街中歩いているだけで10m置きに職務質問の嵐だ。
しかもデフォで受け答えがキョドってるせいか、余計に怪しまれるので、おちおち身分証不携帯で出歩けやしない。
こうしてふたりで立ち話をしている間も、時折こちらに向けられる視線のほとんどは雪ノ下に対するものだが、残りは明らかに俺、それも空港の警備員さんのものだ。


雪乃「どうかしたのかしら?」

いつもと変わらない態度に却って釈然としない俺を見て、雪ノ下が小首を傾げる。

八幡「あ、いや、いつものお前なら“はっ、こんな処まで私を追いかけてくるなんて、あなたもしかしてストーカー? 社会的に抹殺されたいのかしら?”くらいの事は言いそうなものなのになって」

雪乃「 …… 全然似ていないのだけれど、微妙に似せてくるところが見ていてちょっとイラっとするわね」


雪乃「ところであなた、こんなところで …… その …… いったい何をしているの?」

なにかを期待するような目でじっと見つめられ、急に落ち着かない気分になってしまう。

八幡「何って……そりゃ、…… お前こそ、いったいどこに行くつもりなんだよ?」

雪乃「 ……… え? どこって、それは」

つい、怒ったような声で問い返すと、雪ノ下にしては珍しいことに目を泳がせながら言い淀む。

そんな彼女の態度がもどかしくなった俺は、黙ってその細い肩を掴んで引き寄せた。

さほど力を込めたつもりはないのだが、弾みで雪ノ下が前によろめいたせいか、意図せずしてまるで抱きしめるような形で受け止めてしまう。


雪乃「え、あ、や、その、あの、ひ、比企谷くん? そ、その、み、みんなが見ているのだけれど」

慌ててはいるようだが、嫌がる様子は見えない。


八幡「 ―――― 行くな」


黒い髪の間から覗く、桜貝のような小さな耳に向かって囁くと、雪ノ下がびくりと体を強張らせた。

雪乃「い、行くなって、いきなりそんなこと言われても、わ、私としても、こ、困るというか …… 」

それでも抗うそぶりは見せず、俺の肩に頭をもたせかけたまま、か細い声で応える。

八幡「親がどうしてもって言うんだったら、家なんか捨てて、うちに来い」

雪乃「い、家を捨てて、う、うちにこいって。それって、あなた ……… 」

今度は少しだけ身体を離し、驚きと戸惑いに揺れ動く美しい瞳を真正面から見つめながら俺は、はっきりと告げた。

八幡「ああ、そうだ。今すぐは無理かもしれない。でも、いずれは俺が、俺が、俺がきっとお前のことも養って ……………… もらえるようにうちの親を説き伏せてみせるから」

雪乃「 ………… って、そっちなのね」


雪乃「 ………… もう。たかが数日の間だけなのに、随分と大袈裟なのね」

恥ずかし気に俯き、再び俺の胸にもたれかかる雪ノ下の口から、切なくなるような湿った溜息とともに思いも寄らない言葉が漏れ聞こえてきた。


八幡「 は ………? 」

雪乃「 ……… え? 」


その瞬間、俺の頭の中が膨大な数の疑問符に占められる。

戸惑う俺から雪ノ下が一歩離れ、まじまじと俺の顔を見つめる。

雪乃「ええっと……、私はこれから留学予定だった学校やホームステイ先にお詫びの挨拶回りに行く ……… つもりだったのだけれど」

俺の様子を見て、雪ノ下が、おずおずと付け加えた。

八幡「え、や、で、でも由比ヶ浜が、お前が大変だって」

雪乃「由比ヶ浜さん? 由比ヶ浜さんにはそのことはちゃんと伝えてあったはずなのだけれど」

解せないわ、とばかりに首を傾げ、どこかで見たようなピンクのシュシュに束ねられた黒髪が肩先から胸元に向けてさらりと滑り落ちる。

八幡「それに、お前のスマホに電話したけど、すぐに留守番電話に切り代っちまって …… 」

雪乃「あ、ご、ごめんなさい。スマホは荷物と一緒に預けてしまったの。タブレットもあるし、いずれにせよフライト中に通話はできないから」

八幡「じゃ、じゃあ、陽乃さんからの、奉仕部をよろしくって伝言は?」

雪乃「それは、“部長である私のいない間、奉仕部をよろしくね”って意味だったのだけれど ……… 」

そのまま少しばかり困ったような表情を浮かべ、暫く俺の様子を窺っていた雪ノ下だが、不意に何かに気がついたように目を見開く。


雪乃「もしかして、あなた、私がまた留学してしまうんじゃないかと勘違いして?」

八幡「 ………… え? あ、や、うん、いや、まぁ、そ、それはアレだ、ほら、アレがアレしてナニだから」

図星を衝かれ、めまぐるしく目を泳がせながら必死に誤魔化そうと考えを巡らせるが、いつもはいくらでも思いつくはずの適当な言い訳がこんな時に限って何ひとつ出てこない。

雪乃「それで、私を止めようとして、わざわざここまで?」

そんな俺に対し、雪ノ下が詰将棋のように淡々と逃げ道を塞いでゆく。

もうやめてっ! 俺のヒットポイントはとっくにゼロなのよっ! 



雪乃「そう …… まったく」

やがて、どうやら全てを察したらしい雪ノ下が呆れたように小さく首を振る。

理由はどうあれ、結論からすれば彼女を信じ切れていなかったという事実に変わりない。
当然のことながらその事で責められるか、そうでなくとも愛想を尽かされるものとばかり思っていたが、


雪乃「 ……… 最後まで由比ヶ浜さんには敵わないわね」

思いがけず彼女の唇から零れ出たのはそんなセリフだった。


八幡「あん? 由比ヶ浜? それって ……… 」

どう言う意味なんだ、と問いかけたその刹那、俺の脳裏に可愛らしくアカンベをしている由比ヶ浜の顔がまざまざと浮かんだ。


あいつ ……… 一杯食わせやがったな ……… 。


雪ノ下の語るところによれば、由比ヶ浜は俺と一緒に見送りに来たい、と言っていたのだが「どうせまたすぐに会えるのだから」と固辞したらしい。

由比ヶ浜はそれを自分に対する遠慮と捉えでもしたのだろう。

あれ以来、部室でのふたりに対する俺の態度も以前のそれと変わりない。
それは誰かに対する、ましてや由比ヶ浜に対する遠慮などではなく、それこそが俺の望んだ俺達の本来の姿であり、自然体だと思ったからに過ぎない。

八幡「まさか、あいつがいくらアホの子だからって、自分が邪魔者だとでも勘違いしてたのか?」

人一倍空気を読むことに長けた由比ヶ浜のことだ、それもありえない話ではないのかも知れない。

雪乃「まったく見当違いもいいところね。もしあの部屋に邪魔なものがあるとすれば、それは比企谷くんの存在以外ありえないのに」

八幡「うんうん、だからそうやって隙あらば俺をディスろうとするのやめような」

っていうか、アホの子は否定しないのかよ。

ちなみに最近めっきり物腰が柔らかくなったと評判の雪ノ下だが、遠慮がなくなった分、俺に対する当たりは以前よりも強くなっている。
それこそ人当たりがよくなったのではなくて、八つ当たりが酷くなったんじゃないかってレベル。

八幡「でも確かにあいつってば、ああ見えて結構強引だし、変に押しの強いところもあるからな」

もしかしたら、そんな俺達がもどかしくなって、あいつなりに背中を押してくれたつもりなのかも知れない。
そう考えれば、騙された事にも腹は立たず、知らず俺の口にも苦笑が浮かんでしまう。

雪乃「ふふ。そうね。でもそういえば由比ヶ浜さん、この間、私にこんなことも言っていたわ」


“ ―――― あたしは好きな人にフラれちゃったけど、その代わりに大切な友達がふたりもできたから、それでいいの”


なるほど。いかにも俺たちの知る由比ヶ浜の言いそうなセリフではある。
らしいとか、らしくないとかを超えたところで、由比ヶ浜はやっぱり由比ヶ浜なのだから。

そして結局俺たちはまた、いつものようにあいつの前向きな明るさに救われたことになるのだろう。


八幡「あー…、もしかしたら、あいつもしばらくとはいえお前に会えなくなるのが寂しかったんじゃねぇのか?」

俺達に対するちょっとした悪戯を兼ねたサプライズ、みたいなものなのだろう。
色々な誤解も解け、少しだけ気持ちに余裕が生まれた俺が何の気なしに口にしたそのひと言に、

雪乃「あら、寂しがっているのは由比ヶ浜さんだけなのかしら?」

挑発的な笑みを浮かべながら俺の顔を覗き込むようにして切り返す。

雪乃「それに勘違いとはいえ、ここまで私を追いかけてきた比企谷くんとしては、今のうちに私に何か言っておくべきことがあるのではないかしら?」

八幡「えっと …… いってらっしゃい気をつけて、とか?」

雪乃「処置なしね」 呆れ顔でばっさりと切り捨てる。

八幡「や、でも、そういうのはアレだ、強要されて言うもんでもねぇだろ」

雪乃「確かにそれもそうね。……… だったら自発的に言わせてみせればいいのかしら、無理矢理にでも?」

八幡「だからそれを“強要”と言うんだ、日本語で」

雪乃「そう。ごめんなさい。 私、こういうのは初めてだから、その、うまく言えないのだけれど …… 」

八幡「お、おう」

雪乃「私の事が好きなら正直にそう言った方があなたの身のためよ?」

八幡「なんで脅迫みたいになってんの?」 殺し文句じゃなくて脅し文句だろそれ。

雪乃「でも、もし私が本当に留学するつもりだったとしたら、あなた、いったいどうやって引き止めるつもりでいたの?」

八幡「あん? それは、その、えっと、ほら、色々あるだろ ……… いざとなったら強引に」

雪乃「強引に?」

八幡「土下座とか?」

雪乃「 ……… さすがに国際空港で土下座されても私としては困るのだけれど」

八幡「や、心配すんな。慣れてるから」

雪乃「心配するなと言われても安心できる要素が何ひとつ見当たらないわね。むしろ土下座慣れしていると公言して憚らないあなたの将来が心配になるくらいよ」

やれやれといった感じに首を振る。


八幡「えっと …… とりあえず、まぁ、そういうことだから。邪魔したな」

何がそういう事なのか自分でもよくわからないが、居心地の悪くなった俺は、しゅたっと手をあげ、できるだけさりげなくその場から立ち去ろうとすると、

雪乃「お待ちなさい! 話はまだ終わっていないわよ」

いきなり上着の衿をぐいとつかんで引止められ、反射的に仰け反ってしまう。と、


―――― ぽとん


その途端、俺の上着のポケットから紺色の小さな手帳のようなものが床に落ちた。

慌てて拾い上げようとする俺より早く、雪ノ下がそれを手に取る。


雪乃「これって …… 」


降り注ぐ照明に踊る菊の紋と金色の文字を目にした彼女の瞳が大きく見開かれ、同時に息を呑む気配が伝わってくる。

次いで俺に向けられたもの問いたげな視線に、どんな反応を示していいかわからず、つい明後日(あさって)の方向に目を逸らす俺。


ややあって、拾った手帳をこちらに差し出しながら、雪ノ下が心持ち上ずった声で告げた。


雪乃「 …… きょ、今日のところはこれくらいで勘弁してあげるわ。お、覚えていなさい」

八幡「 …… だからなんで悪役の捨て台詞みたいになってんだよ」



八幡「って言うか、そういうお前だって、本当のところ少しは寂しいんじゃねぇのかよ?」

雪ノ下から受け取った手帳を上着のポケットに無造作にねじ込みながら言い返す。
我ながら少しだけ怒ったような口調になってしまったのは多分、単なる照れ隠しだ。


雪乃「 ―――― あら、当然ね」

しかし、何の衒(てら)いもなく雪ノ下に即答され、却って俺の方が慌ててしまう。

雪乃「だって、由比ヶ浜さんは私にとってたったひとりの大切な友達だもの。寂しいと思うに決まっているでしょう?」

それがどうかしたのか、とでも言わんばかりに一点の曇りもない目で俺を見返す。

八幡「 ……… いや、だからそうじゃなくてだな」

お前、それ絶対わかってて言ってんだろ。

八幡「それに、お前、今、たったひとりって言ったけど、一応、俺も …… その …… お前の友達 …… みたいなもんだろ? 違うのか?」

ここぞとばかり強く出るつもりが、ヘタレな俺はつい言葉尻にかけて日和ってしまう。

雪乃「 ―――――――― 友達? あなたと私が?」

だが、そのひと言を耳にした途端、雪ノ下が心外ね、とでも言わんばかりに片方の眉を大袈裟に吊り上げて見せた。

八幡「俺と由比ヶ浜が友達なんだから、友達の友達であるお前と俺も友達ってことにならねぇか?」

雪乃「いかにももっともらしいことを言っているつもりなのかも知れないけれど、友達の友達なんて赤の他人よ」

バカバカしい、とばかりにあっさりと俺の意見を全否定する。

雪乃「それに前にも言わなかったかしら。何があっても私とあなたとお友達になるなんてことは絶対にありえないって」

八幡「まぁ、そりゃそうなんだが ……… 」

だが、あの時と今とでは事情が違うはずだ。俺の中では共有していたとばかり思っていた認識が脆くも崩れ去る音が聞こえてきた。

雪乃「それにもし仮に中学時代の私のクラスに比企谷くんみたいな人がいたとしても、決してお友達にはなれなかったと思うわ」

何を言い返す間もなく畳みかける。

八幡「それは前に葉山からも言われたよ。っていうか、お前、ホントに俺のこと好きなわけ?」

思わず口を衝いて出てしまった言葉は自分自身でも驚いたが、それは雪ノ下も同じだったらしく、ぽかんとした表情に変わる。

しかしやがて、少しだけはにかんだような笑みを浮かべたかと思うと、おずおずと口を開いた。


雪乃「 ……… ええ、そうね。多分、なのだけれど」

八幡「多分?!」


思いがけない返事に軽くショックを受ける俺に向けて、雪ノ下がくすりと小さく笑いながら、ごく自然な感じで軽く一歩踏み出し、ふたりの距離を詰める。

その途端、俺の周りを嗅ぎ慣れたサボンの香りがひときわ強く、ふわりと舞った気がした。


雪乃「 ―――――――― あなたが思っているより、ずっと、ね」


囁くように耳元でそう告げ、軽く背伸びしながら、ぎこちなく、それでいて優しく、羽毛のように柔らかな唇を俺の唇にそっと押し当てた。

そして呆気にとられ口を半開きにしたままの俺からすいと離れると、スカートの裾を優雅に翻して背を向け、こう付け加える。



「それに、私達はもう友達じゃなくて、恋人同士 …… でしょ?」


いやはや、さすがはクール・ビューティー(笑)雪ノ下さんだな。
帰国子女だけあってキスのひとつやふたつ日常朝飯前なのだろうが、俺としてはなんか悔しい。負けた気さえする。

こちらを振り向くこともせず毅然とした足取りで去ってゆく、すらりと伸びた背を目で追っていると、ちょうどその反対方向からやって来た陽乃さんの姿が見えた。

ふたりは立ち止まって言葉を交わしていようたが、姉に反対方向を指された雪ノ下がくるりと向きを変え、そそくさと立ち去る。

………… どうやら方向音痴は相変わらずのようですね。

もしかしてここで偶然出会ったのも、どこへ行くつもりかと聞かれて言葉を濁していたのも、迷子だったからですか?

日本国内の、しかも空港内でさえこれなのにひとりで外国なんか行かせて本当に大丈夫なのかよ?

そんな妹の後姿を暫く不思議そうな顔をして見送っていたあねのんだが、やがて俺の姿に気が付くと、小さく手を振りながらこちらにやって来た。

陽乃「あら、比企谷くんも雪乃ちゃんのお見送り?」

八幡「 ……… えっと、ええ、まぁ。ははは」

咄嗟に俺の口からは乾季のタクラマカン砂漠を吹き抜ける風のように乾き切った笑いしか出て来ない。
まさか由比ヶ浜に唆されてのこのこ空港までやって来ましただなんて俺の口からはとてもではないが言えない。もちろん他人の口からも聞かせられないが。

陽乃「おやおや、熱いねー。あ、もしかして静ちゃんと一緒だったりして?」

八幡「え? あ、はい。そうです。よくわかりましたね。 …… って、そういえばさっき、急に貴女と連絡がとれなくなった、みたいなこと言ってましたけど?」

陽乃「そうそう、そうなの。実は今日のお見送り、珍しくお母さんも一緒だったんだけど」

八幡「げっ、そうなんすか?」 咄嗟に周囲を見回す。

陽乃「それがね、ほんのちょっと目を離した隙にいつの間にかはぐれちゃったみたいで。ほら、ここって広いし人も多いから探すのが大変だったのよ」

深い溜息をつきながら、やれやれといった調子で肩を竦めて見せる様子からは、いったいどちらが保護者なのかわからない。
案外、こう見えてこの人も苦労人なのかも知れないな。

八幡「それで、見つかったんですか?」

恐る恐る問う俺に、陽乃さんがふるふると首を振って答え、二人同時に溜息を吐く。

陽乃さんは呆れ混じりの、俺の方はもちろん安堵の溜息だ。


陽乃「 ―――― あ、ねぇねぇ。ところで雪乃ちゃん、どうかしたの?」

ふと何かしら思い出したかのように陽乃さんが俺に尋ねる。

八幡「 ……… え? 何がですか?」




陽乃「 ―――――――――― だって、さっき会った時、あの子の顔、真っ赤だったわよ?」



次回、最後の伏線を回収して完結です。ではではノシ゛


****** エピローグ ******


陽乃「 ―――― それにしても、まさかあの子のお父さんが会社で不正を働いていたとはね」

誘われるがままついてきた展望デッキで離着陸する飛行機を眺めながら、陽乃さんが思い出したように話を振ってきた。

高校時代、陽乃さんの親友だった女子生徒の父親が転勤した理由については由比ヶ浜の父親から事情を聞いており、そのことは既に陽乃さんにも伝えてある。

あくまでも会社の上層部で内々で処理されたという噂に過ぎないが、と前置きされた上でのことだったが、信憑性はかなり高いはずだ。

不正を働いた父親が会社をクビにされることなくに単に左遷で済んだのも、上司の命令というやむを得ない理由があったことや、会社が大きな損失を被る前に発覚したということもあるが、それ以上に雪ノ下母からの口添えが大きかったかららしい。

今考えると、一見して裕福な家庭にありがちだと思われた母のんの過干渉も、真相を知らされることで必要以上に娘が傷つかないようにという配慮だったのかも知れない。

八幡「処分が軽過ぎるんじゃないかって社内でもかなり反発があったと聞いてますけど?」

雪ノ下の父親の経営する建設会社は一部上場の大手だったはずだ。社長の奥さんってだけで人事にまで介入できるような強い権限があるものだろうか。

俺の疑問に対し、陽乃さんはそれが至極当たり前のことでもあるかのように、さらりと答える。

陽乃「そりゃ、うちのお母さん、お父さんの会社の筆頭株主だからね」


陽乃「でもホント、今回の件でキミには随分と助けられたし、感謝もしているんだよ。まぁ、やり方は私の思っていたのとはちょっと …… いえ、かなり違ってはいたけどね」

何を思い出したのか、くすりと小さく笑う。

陽乃「お陰で肩の荷が下りた気分だよ」

独り言のように呟きながら自らの肩をトントン叩いて見せるそのおどけた仕草に、心なし彼女の本音が垣間見えた気がした。

八幡「もしかして今回の件って、全て妹さんのために仕組んだ事だったんですか?」

思い切って聞いてみたのも、まるで根拠がないというわけではないからだ。

あの晩、雪ノ下の部屋に寄った際、すぐにでも引き払うような様子は窺がえなかったし、彼女もそんな話は一切していなかった。
それによく考えてみたら親の持ち家なのにわざわざ不動産屋に解約手続きに出向くというのもやはりおかしな話だ。

となると、雪ノ下の引越しの話自体、実は陽乃さんが俺に仕掛けたブラフであったという可能性が高い。

陽乃「あら、仕組んだなんて随分と人聞きが悪いことを言うのね」

しらっと答えつつも、決して否定しないところがいかにもこのひとらしいのな。

八幡「あの時、葉山が現れるように仕向けたのも貴女ですよね?」

あの時、というのは言うまでもなく、俺が雪ノ下の実家を訪れ、母親と対峙した時のことだ。

俺から発破をかけはしたものの、実際のところ本当に葉山が来るか来ないかは五分五分、出たとこ勝負だったはずだ。
それがああも都合よく現れたのも、やはり何らかの形で陽乃さんが裏で手を回していたに違いない。

そういや、母のんが「陽乃がどうしても会わせたい人がいると言うから」とかなんとか言ってたっけか。
それが母のんの口から葉山にも伝わっていたのかも知れない。あるいはそのように仕向けたか。
どっちにしろやっぱり策士だな、この人。


結果的に葉山に全ておっ被せる形になってしまって、正直、多少なりとも後味が悪い。
もちろん、それ以上にざまぁという気持ちもないわけではないのだが。
少しだけオブラートに包みながらも俺がそう口にすると、

陽乃「いいのいいの。この際だから隼人にはキツくお灸を据えておかなきゃって、思ってたところだし」

八幡「 ……… お灸、ですか? 葉山に?」

陽乃「そ。比企谷くん、あなた、隼人からずっとヒキタニって呼ばれてたんでしょ?」

八幡「え? ええ、まぁ …… つか、何でそんなことまで知ってんですか?」 

俺の問いには答えず、陽乃さんが重ねて問うてくる。

陽乃「それって、おかしいって思わなかったの?」

八幡「いや、ここいらでは比企谷って名前自体珍しいし、人の名前を間違えることくらい誰でもあるじゃないですか」

そもそも俺なんてクラスメートから名前覚えてもらえないことの方がよっぽど多かったし。

陽乃「あの隼人がクラスメートの名前を間違えて覚えると思う?」

八幡「そりゃ…」

言われてみれば確かにその通りかも知れないが、俺はてっきり葉山のグループの誰か、―― 恐らく戸部あたり ―― が間違えて覚えたのがそのまま定着してしまったのだろうくらいにしか認識していなかった。

そうでなくとも、あいつらってばヒキタニだのヒキオだのヒッキーだの好き勝手呼びやがって、最初っからまともに覚えるつもりがあったのかと勘繰りたくもなってしまいたくなるくらいだ。いくらなんでも人の名前を雑に扱い過ぎじゃね? 俺も川なんとかさんに対しては人のこといえないけど。

陽乃「 ―――――― わ・ざ・と・よ」

八幡「 ……… は?」

陽乃「私たちがあなたのことを探してるって知ってて、同じクラスにいたのに、わざとずっと知らないふりをしていたの」

八幡「なんでそんな真似を?」

陽乃さんはやはりその問いにも答えず、代わりに俺を見る目を僅かに細めただけだった。



陽乃「でも、あの子たちもこれでやっと私の影から卒業できるかも知れないわね」

自分の背中を追いかけてばかりいた妹達の成長を喜ぶような、それでいて少し寂しそうな表情が掠める。

このひとくらいの才覚があるのなら、例え相手が身内であろうと、もっと穏便な方法で、良き姉としてそつなく振る舞うことだってできたはずだ。

時折雪ノ下に対して見せる、あの苛烈なまでに冷酷で、まるで突き放すような態度も、妹の自立と成長を促すための試練であり、敢えて憎まれ役を演じていたとしか思えない。

しかし、それも裏を返せば、それだけ身内に対して情が深い証左でもあるのだろう。

母のんもそうだが、何でも人並み以上にそつなく熟(こな)すクレバーな女性なくせに、どうして身内に対する愛情表現だけはこうも不器用なのだろう。
そう考えると可笑しくなると同時に、少しだけ悲しくなってしまった。

八幡「ずっと誤解されたままでいいんですか?」

陽乃「 ……… 比企谷くん、前にも言ったと思うけど、私、勘のいいガキは嫌いよ?」

まるで俺の心の動きを読んだかのように、やんわりと牽制してきたが、その目はいかにも愉し気に細められている。

あくまでも俺は部外者に過ぎない。姉妹の間に割って入ることなどできやしないし、しようとも思わない。

だが、余計なお世話と言われようが、俺としてはこの姉妹が一日でも早く本当の意味で和解できる日が来てくれることを願ってやまない。

なんせ間に挟まれた人間は堪らったもんじゃないからな。誰とは言わないが特に俺とか。


陽乃「それに、私ね」

彼女は再び俺から目を逸らし、どこか遠く、ここではない宙の彼方を見る凪のような穏やかな顔で静かに言葉を継ぐ ――――― 


陽乃「悔しくて涙目になってる雪乃ちゃんの顔が大好物なの」

八幡「 ……… そういうとこだと思いますよ?」



陽乃「まぁ、それはそれとして」

その話はもう終わりとばかりにさっさと話題を切り替える。

陽乃「雪乃ちゃんから聞いてはいたけれど、キミって本当に最後には誰でも救ってしまうんだね」

八幡「そんな大それたことなんてしてやしませんよ」

他人を救うだなんて烏滸がましい。
今回の件だってそうだ。何だかんだ言いつつ、結局はまたいつものように、ある意味既存の枠組であった雪ノ下家と葉山家の婚姻関係をブチ壊してしまったというだけの話だ。
例えそれで誰かが救われたのだとしても、それはあくまで結果論に過ぎない。
いずれにせよ、救われた人間も、そうでない人間も、そのうちにまた収まるところに収まるのだろう。
だが、そこまでは俺の関知するところではない。アフターケアまでは奉仕部の活動の範疇にないのだから。

陽乃「でもハッタリとはいえ、うちのお母さんとあそこまで渡り合えるなんて大したものよ」

その声に珍しく掛け値なしの讃嘆が混じるのを聞いて、少しだけ面映ゆくなってしまう。

陽乃「私の高校時代にも比企谷くんみたいな子がいたら、きっともっと面白かったかも知れないわね」

八幡「いえ、既に十分過ぎるくらい我が世の春を謳歌してたって聞いてますけど?」

陽乃でなければ人でなしっていうくらい。いやむしろ陽乃さんだからこそ人でなしなのかも知れないが。

陽乃「ね、比企谷くんって案外、学校の先生なんかよりも政治家の方に向いているんじゃない?」

八幡「なんすかそれ」 

いきなりそんな風に言われ、思わず苦笑してしまう。そもそも端(はな)から学校の先生になるつもりすらない。

それにもし仮にこんなヤツが政治家に立候補しても多分誰も投票しない。俺だってしない。
なんなら立候補する前に全会一致で辞職勧告が可決されリコールが成立するまである。

陽乃「さすがに国会議員までとは言わないまでも、もしかしたら県議会議員くらいなら務まるかもしれないわよ?」

八幡「 ……… とりあえず貴女は今すぐプ〇ティ長嶋さんに謝ってください」



陽乃「実はね、うちのお父さん、次の選挙で国政に打って出るつもりでいるらしいの」

八幡「 ……… へぇ、そうなんですか。―――― って、え?」

話の流れなのだろうが、さりげなく口にされた話題にしては結構重い。知らず彼女の美しい横顔を二度見してしまう。

陽乃「それで今のお父さんの地盤はそのまま私が引き継ぐことになりそうなんだけど」

八幡「ってことは、もしかして大学卒業したら県議に立候補するつもりなんですか?」

陽乃「そ。とりあえず、それもいいかなって」

軽っ! え? そういうもんなの? 議員に立候補って、とりあえずとかそんなサラリーマンが居酒屋で最初に生ビール注文するみたいなノリでするものなの?

陽乃「 ……… で、ここから本題なんだけど」

思いがけず声の調子が真面目なものに変わったせいもあり、いけないとわかっていながらも、ついついその巧みな話術に惹きこまれてしまう。

陽乃「もしその気があるのなら、だけど、比企谷くん、将来のことを考えて今からうちで秘書みたいなことやってみない?」

八幡「秘書 …… ですか?」

陽乃「うん。最初は私のマネージャーっていうか、簡単な雑用係みたいなものなんだけど。比企谷くん、そういうの得意そうだし?」

八幡「 ……… ふぅ。いいですか? 雑草という名の植物が存在しないように、雑用という名の仕事も存在しないんですよ?」

昨年の文化祭の時も雪ノ下から記録雑務の雑務という名目で際限なく仕事を振られ続けた俺が言うのだから間違いない。

陽乃「もちろん、大学に通いながらでも全然構わないし、ちゃんとそれなりのお給料も支払うわよ?」

冗談めかしながら「どう?」とばかりに問うてくるその目が全く笑ってないのが逆にヤバい。

八幡「え、あ、や、その、そりゃ、もちろん ……… 」

陽乃「え? 本気?」

自分から誘っておきながら陽乃さんの方が驚いた顔をする。


八幡「 ……… お断りするに決まってるじゃないですか」

陽乃「 ……… だと思ったわ」


まるで最初から俺がそう答えるのを予期していたかのように、陽乃さんが小さく溜息交じりに呟いてみせる。そして、



「でもホントはそういう意味で誘ったんじゃないんだけどな」

小さく口を尖らせ、つまらなそうにぽしょりと口にするその声は、離陸する飛行機のエンジン音に掻き消されて俺の耳にまでは届いて来なかった。

陽乃「あ! あれ、雪乃ちゃんの乗った飛行機よ」

まるで何かを誤魔化すかのように、わざとらしくはしゃいで見せながら指さす方向に目を向けると、ちょうど飛行機が一機、滑走路から空に向けて飛び立つところだった。


八幡「 ……… "本物"ってあるんですかね」

ふと口を衝いて出たのは単なる独り言に過ぎなかったのだが、そんな俺の横顔を、なぜか陽乃さんは黙って凝っと見つめている。

しかしやがて、

陽乃「そうね。比企谷くんが本物だと信じているなら、それが本物なんじゃないかしら?」

あまりにも漠とした問いにふさわしい、答えともいえない答えはまるで哲学か禅問答のそれだ。

だが、確かにその通りなのかもしれない。

本当の本物。そんなあるかどうかもわからないものをずっと追い続けた俺は、ある意味、幸せの青い鳥を探して旅していた、あの兄妹のようなものだったのかも知れない。

苦労して追い求めていたはずのそれは、実は手を伸ばす勇気さえすればいつでも届くところにあったのだ。

手にした葡萄が甘いか酸っぱいかは些細な問題に過ぎない。

自分が心から欲し、希(こいねが)うものを自分自身の手で掴み取るために、気持ちを行動に移す事こそが大切なのだから。

そして、その過程で失敗することや間違いを犯すことも決して悪い事ではないのだろう。

なぜならば、数え切れないほどの失敗と、数えるのもイヤなるほどの挫折を積み重ね、黒歴史の上に更なる黒歴史を厚く塗り重ね、トライ・アンド・エラーどころかエラー・アンド・エラーを繰り返してきた俺だからこそ、今はこうして自分だけの“本物”を手にすることができたのだから。

甲高いエンジン音の尾を引きながら、機体は徐々に高度を上げて行き、何もない虚空の彼方へ吸い込まれるように消えて行く。

春に向けて日に日に長くなる太陽は既に傾きはじめ、気がつくと午後の斜陽があたりを黄金色に染め始める。

やがて太陽は水平線に姿を消し、明日の朝には再びその姿を現す。

泣こうが喚こうが常に地球は回り、人々は日々途切れることなく生活を営む。


そして、―――― これからも俺の青春ラブコメは間違い続ける。







                俺ガイルSS 『(やはり)俺(に)は友達がい(ら)ない』了




* * * * * * *


もしもし? お母さん? もう、探したわよ。今どこにいるの? え? 案内所? そこで何してるの?

面白いものを見つけた? ほっぺがもちもちで、お腹がぷにぷに? 

家に連れて帰りたい? ダメよ。うちでは飼えないって言ってあるでしょ。元あった場所に戻してきなさい!







……… ちまん? 八幡? 八幡? どこにおるのだ? …… 我を、我を助けるのだあああああああああああああああ!!



無事、完結しました。いずれどこかでまたお会いしましょう。ノシ゛

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2017年07月21日 (金) 12:35:59   ID: Hghb56Eg

由比ヶ浜にやった事の責任を取らせろよ
雪乃が不利な状況で抜け駆けという最低な行為までやっておいて、このまま八幡や雪乃と人間関係を続けるとか都合が良すぎるだろ

2 :  SS好きの774さん   2019年02月15日 (金) 19:47:14   ID: yiAivc2a

結局エタんのかい
壁ドンからどうしてこんなことに

3 :  SS好きの774さん   2019年12月09日 (月) 23:06:20   ID: rlii6J6i

気持ち悪いなw由比ヶ浜が一番人間らしいじゃないか。由比ヶ浜にやった事の責任って、何の?不利な状況で抜け駆けって普通じゃねぇかww
まぁ、好感は持たないし、人間関係を続けるとか都合が良すぎるのはその通り過ぎるけどな

4 :  MilitaryGirl   2022年04月21日 (木) 08:41:38   ID: S:6_SFuN

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