八幡「やはり俺のアイドルプロデュースはまちがっている。」凛「その2だね」 (1000)

俺ガイルとモバマスのクロスSSです。

モバマス勢がメインなので俺ガイル側の出番は少ないです。

ヒッキーのこれじゃない感はご容赦を。

嫁ステマです。



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八幡「やはり俺のアイドルプロデュースはまちがっている。」
八幡「やはり俺のアイドルプロデュースはまちがっている。」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1374344089/)

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1377037014

スレ立てたのに更新出来ずに申し訳ないです……

最近ちょっと忙しかったので書く時間が無かっただけなんで、これからも問題無く投下しますゆえ。
そのおかげで7.5巻も読めてないけどな! そもそも売り切れで買えなかったよ畜生!

出来れば今夜中に投下、遅くても明日には投下しますのでー。

キタ━━━━━━┓    ┌─┐ にっぽん!.        ┌─┐       ┏━(゚∀゚)━━ !!!!!
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今夜いけそう! 1時半までには投下開始します。












俺が高校二年になる少し前の事だ。


いつも通りに朝起きて、いつも通り学校へ行く。
いつも通りぼっちで過ごし、いつも通り一人飯。

そしていつも通り、一人で帰る。

それが俺にとっての当たり前。
別に今更苦でもないし、家に帰りゃ小町が出迎えてくれる。それで充分。
そう思って、生活を送っていた頃の話だ。


今にして思えば、あん時は奉仕部へ入るなんて事も、アイドルのプロデューサーになるなんて事も、全く想像すらしていなかった。そりゃそうだ。

ジェットコースター人生とまでは言わないが、中々どうして、普通に生きてたら経験出来ないような人生を送っている。その内本でも出版してみようかね。


「割れ思う。故に我ぼっち。」


これは一時代築けそうだ。いやないか。


とにかくその時の俺は、ぼっちとして過ごす学校と、帰れば出迎えてくれる小町、そしてやや放任主義な家庭。それが俺にとっての世界であった。
別に俺はそれで良いと思っていたし、今でもそれは変わらない。ぼっち最強説は揺るがない。……けどそれでも、たまに泣きそうになる事もある。に、人間だもの。はちお


そしてそんな時、俺は現実逃避をした。


方法は様々だ。ゲームをするもよし、アニメを見るもよし、本を読むもよし。……あれ? 俺完全にオタクじゃ…いやいや、他にも色々やったぞ。小町とゲームしたり、小町と映画見たり、小町と買い物に行ったり…………シスコンだった。


とにかく、俺は現実逃避をした。


よく現実逃避してないで~なんて説教臭い台詞を聞くが、俺はあえて言おう。



現実逃避して、何が悪いと。



誰も彼もがそんなに強いわけじゃない。どうしたって逃げたくなる時はある。
どうしようもない現実に打ちひしがれて、変えられない現状に絶望して、自分の限界を感じてしまう。

そんな奴に、何故逃げるなと叱咤する事が出来ようか。何故逃げることが悪い事とのたまえるのか。
皆が皆、頑張れるわけじゃないのだ。


逃げるという事は、目を背けるという意味だけとは限らない。自分を守るという意味だってある。逃げる事で、自分を見つめ直すことだって出来る。

目の前の大きな強敵にボロッボロにやられて、このままじゃ死んじまうって時に、お前は逃げるなと言えるのか?


負けそうになって覚醒なんて、そんな事は現実には起きない。
一回死んで強くなるなんて、サイヤ人だけだ。


だから俺たちは逃げよう。


逃げて、助かれば、また戦えるから。
また、頑張れるから。



だからきっと、逃げる事は悪い事じゃない。



……けれど、その日はそれすらも出来なかった。

ちょっと学校で色々あって、トラウマが一つ増えちゃったのだが(内容は割愛。割愛ったら割愛)その日は小町が学校の行事で家を空けていて、もちろん両親もいない。要はアレだ、ホームアローンだ。いやエブリデイアローンだけど。

久しぶりの我が家に一人っきりだヒャッホーーう!!
なんて無理矢理テンションを上げてみようともしたが、それも何だか虚しくて。

ゲームもアニメも本も、見る気にはなれなかった。



そんな時だ。
一人寂しく小町の作っていてくれたカレーを食べながら、何となく音が欲しくなったので、俺はテレビをつけた。

丁度やっていたのは、とある音楽番組。
その番組内で、まだ有名じゃないアーティストを紹介するコーナーであった。

最初は何の気無しにテレビを見ていた俺だったが、いつの間にか、一人の少女に釘付けになっていた。




その少女は、アイドルだった。




俺は正直、アイドルという存在が好きではなかった。
笑顔を振りまいて、歌って踊るその様が、俺には媚びへつらっているようにしか見えなかったから。


でも、その少女は違った。違って見えた。


そりゃお前の好みだろと言われればそれまでなのだが、それでも、俺にはその少女の笑顔が眩しく見えた。


そこに、嘘なんてないように見えたんだ。


まぁぶっちゃけると、泣いた。
一人でカレー食いながらアイドルの女の子を見て泣くって……正直自分で自分に軽く引いてしまったが、溢れるものを堪え切れなかった。




『みんながこの曲を聴いて、頑張ってくれたらなーって! だから、私も頑張ります♪』




俺にとって、その時の画面に写っていた女の子。
その子が、その子の見せてくれた笑顔こそが、俺にとってのアイドルそのものだった。

765の曲は色々聴いたけど、その時聴いた曲が、今でも一番好きだ。


逃げて、嫌になって、もう一回向き合って、また、頑張ればいい。
だから、逃げた後はその曲を聴いて、頑張ろう。



彼女は、いつだって味方でいてくれるから。








八幡「……」


奈緒「比企谷? どうしたんだぼーっとして」

八幡「っ! いや、なんでもない」

奈緒「ならいいけどよ……もう少しで着くぞ」



神谷に促され窓の外を見れば、大きな白い建物が見える。言わずもがな、病院だ。


あの後、俺たちはてっとり早くタクシーで病院に向かうことになり、こうして移動している。本当は勿体無いと神谷に言われたのだが、俺が面倒だったのである。俺が金出すんだからいいんだよ。

けどラジオで流れている曲を聴いて、思わず昔の事を思い出してしまった。
まぁ、昔って言っても一年前の事なんだがな。


ホント、あの時は今みたいな状況になるなんて思いもしなかったな……


物思いに耽っているとタクシーは直ぐに病院前へと着く。
俺がタクシーの運ちゃんに金を払っていると、隣の神谷から視線を感じた。



奈緒「料金なら、私も出すけど」



律儀な奴であった。



八幡「別にいいよ。正直身に余る程の給料貰って使い道に困ってんだ。これくらい払わせろ」



これは本当である。俺もバイトした事はあるが、ぶっちゃけその比ではない。
初給料日とか「え? こんなに?」ってATMで思わず声に出してしまったほどだ。変な目で見られたのは言うまでもなし。降ろす前に給与明細見ようぜ、俺。



八幡「それに、こういうのもプロデューサーの勤めなんじゃねぇの? 知らんけど」

奈緒「……なら、いいけどよ」



俺がテキトーにあしらうと、素直に引き下がる神谷。

ふむ。どうやらプロデューサーという単語に弱いようだ。そんなにプロデューサーがついたのが嬉しかったんかね。
まぁ、それも考えてみれば当然か。
折角アイドルになれたと言うのに、やるのはレッスンばっかりで、何の進展もない。そんな生活が続けば嫌にもなる。

それこそ、身体が弱い奴なんて尚更、な。


その後俺たちは病院内へと入る。

まぁ、感想としてはアレだ、デカイ。戸部くん並に素朴な感想である。
いやしかしさすがは東京。立派だ。いや別に東京だからどうというわけではないんだろうけど。これ初めて来た奴とか絶対迷うでしょ。まぁ俺の事なんだが。
にしたって何故こんなに分かりにくいのか。神谷がいなかったら病室まで辿りつかるかも微妙であった。



奈緒「こっちの病室だ」



挙動不審にキョロキョロしている俺を先導してくれる神谷。迷いなく進むその様子から、どうやらお見舞いも数をこなしているらしい。……大丈夫だよね? 北条って子、ホントにヤバイ病気とかじゃないよね?

少しばかりの不安に駆られながらも、神谷の後を追い廊下をしばし歩く。
すると遠目に、一つの病室の前に立つ見慣れた黒髪を発見する。早いな……連絡したのついさっきだぞ。



凛「! 奈緒、プロデューサー」



こちらに気づき小さく手を振ってくる凛。
その手には大きな花束が抱えられている。たぶんガーベラだな。
しかし思いの外立派なの持ってきたな……俺が払うから良いやつ持ってこいとは言ったが、使い道が無いって言った側からちょっとお財布が心配になっちまったぞ。



八幡「早かったな。もう少しかかるもんだと思ってたよ」

凛「友達の一大事だもん。急がずにはいられないよ」



笑顔を作る凛だったが、それも何処か無理を感じる。
やっぱ、本気で心配してんだな。



奈緒「それはそうと、何で部屋の前で待ってるんだ? 中で待ってればいいのに」

凛「あー実は今……」




「ひゃあっ!」




八幡「ッ!」



凛が何かを言い終える前に、目の前の部屋から突然小さな悲鳴が上がる。
それに真っ先に反応したのは神谷だった。



奈緒「っ! 加蓮! どうした!?」ガラッ

凛「あっ」



間髪入れずに扉を勢いよく開く。そしてそれと同時に凛も僅かに声を上げる。しかしその声音はどこか、拙ったというニュアンスが感じられた。

その理由は、すぐ目の前にあった。



扉を開いたその先、そこにはーー






ベッドに腰掛ける上半身半裸の少女と、その背中を拭くナースの姿があった。






「……」


八幡「……」


「…………っ…!」カァァァ





瞬く間に紅潮し、少女が悲鳴を上げるその一歩手前。

その瞬間に俺の視界はフェードアウト。両サイドにいた少女によるバッグハンマー(ただの鞄叩き)でノックアウトされる。

俺が天井を仰ぎ見るのと重なるように、病院内を悲鳴が駆け抜けた。



……ちなみに前を病院服で隠していたので、俺は何も見ていない。ここ、重要な。



鍵かけろよ、看護婦さん……















それから程なくして、俺たち三人は病室内へと招き入れられた。
招き入れられたのだが……



八幡「……」

凛「……」

奈緒「……」

「……」



き、気まずい……

部屋へ入ってから5分程たつが、この空気はキツい。まだ教室でぼっちしている方が全然楽だ。


ふと、視線を向ける。
くだんの北条加蓮なる少女は、顔を未だに赤くしたままベッドに掛けている。

肩までかかる程のふわっとした明るい茶髪で、若干つり目。
指にはネイルを施しているあたり、女子高生らしい。
服はピンク色の病院服……だとは思うんだが、なんかパジャマに見えるな。
けど顔が赤いのも相まって、ザ・病人という感じだ。


恐らく顔が赤いのは、別に熱があるわけではないのだろう。当たり前である。お、怒ってる?
大体顔を赤くしてる奴に「熱でもあるのか?」なんて、ハーレムアニメの主人公でもない限り言えたもんじゃねぇよな。ああ……一度でいいから言ってみたい。

すると北条はこちらの視線に気づいたのか、一瞬だけ目を合わせる。しかしまたプイッと顔を背けてしまう。ぐふっ……! 顔を赤くしてその仕草とは、こいつ、やりおるな。


そんなアホな事を考えていたら、隣に座っていた凛が耳打ちをしてきた。近い!



凛「プロデューサーのせいだよ? 加蓮怒っちゃってプロデュースどころじゃないじゃん」

八幡「ちょっと待て。俺のせいだと?」



何を言うんだこの担当アイドルは。
こちとらこんなベタな青春ラブコメは望んじゃいないんだよ。



八幡「確かにタイミングが悪かったのは謝るが、不可抗力だ。それに扉を開けたのは神谷だろ」

奈緒「うっ!」ぐさり



俺が反対サイドにいる神谷を親指で指すと、痛い所を突かれたかのように顔をしかめる。



八幡「おまけに顔面にダメージまで貰っちまったしな。目が更に腐っちまったらどうすんだ」

凛「大丈夫だよ。それより下はないから」

八幡「なに俺の目ってもうそんなレベルまできてるの? 眼鏡必要ないくらい視力は良いのにどんだけの腐り具合だよ……」



むしろ視力は悪くないから眼鏡で誤摩化せないじゃないか。いや伊達眼鏡という手も……非論理的じゃないの?



奈緒「んな事はどうでもいいから、さっさと自己紹介しようぜ」



面倒になったのか、呆れ顔で場を取り締める神谷。
いや、元々お前が扉を不用心に開いたからこんな事になったんだが……
こいつはSAOやったら真っ先に死ぬタイプだな。ちなみに俺はソロを貫いて死ぬ。



奈緒「加蓮、こいつが凛のプロデューサーの比企谷だ」

八幡「……どーも」



かなりぞんざいな扱いだが、一応その通りなので俺もならって会釈する。
北条は視線だけをこちらに向けると、少し迷ったような素振りを見せた後口を開いた。



「…………北条加蓮。よろしく」



おお、ここまで端的な挨拶も久しぶりである。
この感じは昔を思い出さずにはいられないな……あれは中学二年のなt…おっと、危なくトラウマスイッチが発動する所だった。今はそれどころではない。

俺がアイコンタクトをすると、それを受け取った凛は頷いた後、切り出し始める。



凛「加蓮。今日プロデューサーを連れてきたのは……」





× × ×





加蓮「無理」



事情を説明し終えた後、最初に発した言葉がこれであった。

いや無理ってお前……



加蓮「……ごめん。凛と加蓮の気持ちは嬉しいけど、アタシはやっぱ無理だよ。体力無いし。それを補うくらいのやる気も、根性もない」



その声と、その目。そこには、何処か諦めの色が伺えた。



加蓮「だから……ごめん」



諦めたように言って、悲しそうに顔を伏せた。



奈緒「加蓮……」

凛「……」



そんな様子を見て、凛と神谷は言葉を発せずにいる。

本当はここで言い返したい気持ちもあるのだろう。けれど北条の気持ちも、二人には分かるのだ。
アイドルになって、それでも有名になるなんて程遠くて、身体が気持ちに追いつかない、その歯痒さが。
凛だって、今でこそ俺がプロデューサーとしてついているが、そうじゃない時期だって勿論あった。だからこそ、その時の辛さが分かるのだろう。

二人には、友人として何を言えばいいのか、分からないのかもしれない。



八幡「……今日はもう遅い。けーるぞ」


席を立ち、二人に帰るよう促す。
凛と神谷は最初戸惑っていたが、やがて静かに立ち上がった。



八幡「……北条」



部屋を出る際、背中を向けたまま言ってやる。



加蓮「……なに」

八幡「また明日な」



そのまま部屋を出て、答えを聞く前に扉を閉める。

別にそんなつもりは無かったのに、妙にカッコ良く退室してしまった。面と向かって言うのが恥ずかしかったからやったのに……これ逆に恥ずかしいな。



奈緒「……比企谷」



見ると、神谷が何やら申し訳なさそうな表情をしている。
そりゃそうだよな。プロデュースしてくれって頼んだのに、本人にその意志が無いんじゃあ意味がない。



奈緒「あー……その…」

八幡「凛」

凛「! なに?」

八幡「北条はあと何日くらい入院してるんだ?」



凛「えーっと、症状自体は疲労から来る風邪だったみたいだから、そんなに大事ではないみたいだよ。三日後には退院出来るってさ」



三日か……ま、そんくらいが妥当だな。



神谷「比企谷……?」

八幡「聞いての通りだ神谷」

神谷「え?」

八幡「北条が退院するまで、それまでは俺も待つ。それまでにアイツがプロデュースを望むって言うなら、俺はそれを引き受ける」



つまり、三日後がタイムリミットだ。
退院してもあいつがアイドルを続ける気が無いなら、そこで終わり。
しかし逆に言えば、入院している間は考える余裕がある。その間に説得するなりすればいい。



八幡「正直俺はどっちへ転ぼうが知ったこっちゃないが……お前等が説得するってんならそれを待つし、言われれば手伝ってもやる」



これも、奉仕部への依頼だからな。



凛「……ふふ」



笑い声が聞こえたので振り返ると、凛が口元に手をやって笑いを堪えている。いや堪え切れていないんだが。
なに、最近お前含みのある笑い多過ぎない?


俺のジト目に気づいたのか、慌てて弁解する凛。



凛「ごめんごめん、別にバカにしてるとかじゃないんだ。ただちょっと……ヒネデレだなぁと思って」



そしてまたクスクスと笑う凛。解せぬ。
つーかその呼び方やめてくんない? 俺はそんな簡単にデレたりしない。惚れっぽいラノベアニメのヒロインみたいなキャラになった覚えはない。たぶん。



奈緒「……確かに、奉仕部で聞いた通りだな」



今度は神谷まで笑いを零している。なんだと言うんだ! 何を言ったアイツら!



八幡「とにかくだ。北条が退院するまで。それまでにアイツを説得する手を考えろ」



ここで終わるのも後味が悪い。

“北条プロデュース大作戦”開始だ。
あ、あずきさんは結構です。











翌日。説得一日目。



奈緒「今回はアタシが作戦を考えたけど、いいのか?」

八幡「意義なし」

凛「期待してるよ」

奈緒「……自分で考えたのに不安になるな」



今俺たちは病室前にて待機中。
事前に作戦を立て、これから突撃隣の加蓮ちゃんである。



奈緒「やっぱり、自信をつけるのが一番だと思うんだ」



人差し指を立て、作戦内容を話し始める神谷。何故だか自然とヒソヒソ話しになる。
ちなみに病室前の廊下で三人輪を作って話しているので、通りかかる人からの視線が痛い。もう色々と遅いけどな。



奈緒「そこで単純だけど、褒めるってのが手っ取り早いと思う」

八幡「褒める、ね」

奈緒「そんなに露骨には褒めなくても、会話してる中でさり気なくアピールすれば」

凛「自信に繋がる、ってわけだね」



まぁ方法としては間違っちゃいないだろうな。アイドルとして自信は必須だ。それが無くちゃ、この業界をやっていけるわけがない。
けどなぁ……



八幡「確かに良いとは思うが、ちょっと気長過ぎないか? よいしょし過ぎるとかえって不快な思いをさせる事になるやもしれんし、バレない程度にやっても褒めてるのに気づかれない可能性があるぞ」

奈緒「そうは言うけど、他に良い案があるのか?」

八幡「……無いな」

凛「なら、とりあえずやってみるしかないね」



何故だか凛がやる気に満ちている。そりゃ北条の為ってのもあるんだろうが、それにしたってちょっと楽しんでないかお前?



奈緒「決まりだな。よし……行くぞ!」



「おー」と小さく手を挙げて、俺たちは病室へと突入した。もうどうにでもなれ。






× × ×





まぁ、そっから色々とあったんだが、言ってしまえばアレだ。中々思い通りにはならないよね。

一応会話の中にそういった要素を入れようと努力していたのは伺えたんだが、どうにもぎこちない。やはり関係の無い話から繋げていくのは難しいのだろう。
それでも無理に褒めようとすれば、逆にいやらしいしな。

そして不思議とそういう空気ってのは分かってしまうわけで……



加蓮「……さっきからどうしたの? 変だよ二人とも」



怪訝な表情で訊いてくる北条。やっぱバレますよね。
そして今の発言で分かるように、俺に違和感は感じなかったらしい。ふっ、見たか俺の演技力。……ごめんなさい単に会話に参加してなかっただけですはい。



奈緒「い、いやー別にそんな事はないぞ? なぁ凛?」

凛「う、うん。もちろん」



話を振られた際、第三者に同意を求めるのは動揺している証拠である。
むしろ第三者も動揺していた。



凛「だよねプロデューサー?」

八幡「え? あ、あぁ、おぅ…」



第四者も動揺していた。俺に振らないで!



加蓮「……いいからね、そういう気遣いとか。アイドル向いてないのなんて、アタシも分かってるし」



嘆息しつう言う北条。

その顔は、またも諦めの表情を見せていた。
けれど何故だか、その顔は本人が一番納得していないようにも見えた。
少なくとも、俺には。



凛「そんな事ないよ。加蓮みたいに可愛い子そういないよ?」

加蓮「何言ってんの、凛は奇麗な黒髪で羨ましいよ。あたしなんか癖っ毛で…」

奈緒「そんな事言ったら、あたしの方が癖っ毛だっつうの!」

加蓮「でも奈緒のゆるふわが羨ましい子だって…」

八幡「あーはいさいやめやめ」



そんな議論をかわした所で、結局は好みで落ち着くだろうが。俺から言わせれば三人とも比べられないくらい可愛いよ。絶対言わないけど。



八幡「髪型とかそんな好みの分かれるとこよりも、もっと大多数の男に受けるポイントが北条にはあるぞ」



北条「え?」

神谷「お! 気になるな。どこだよ?」

凛「男受けの良い所かぁ……どういう所なの?」



興味心身といった様子で訊いてくる二人。
まぁ、俺にそれを言わせる事で作戦を遂行しようとしているんだろうが、単純に興味もあるようだ。
北条も、なんだかんだで気になるようでチラチラとこちらを伺っている。うむ。

俺は最高の決め顔で言ってやった。




八幡「俺はプロデュースの為に三人のプロフィールは読んでるんだがな。何を隠そう、北条がこの三人の中で一番胸がおおk…」




その瞬間、俺の視界はフェードアウト。両隣からのバッグハンマー改(鞄の中に参考書でも入っていると見た)が炸裂したようだ。床は相変わらず固い。

俺が天井を見上げるのと同時に「……バカ」という北条の小さな声が重なった。



……若干凛側からの打撃の方が強かったような気がしたが、言わぬが華だろうな。





一日目。作戦失敗。












更に翌日。説得二日目。



加蓮「あれ? 今日はアンタだけなんだ」



俺が部屋に入ると、不思議そうな顔で言ってくる北条。
最初の頃に比べれば、少しは印象は変わったらしい。



加蓮「…………襲ったりしないよね?」ササッ



どうやら、悪い方向に。



八幡「そんな蔑むような目で見てくんのやめてくんない? 俺は断じて変態なんかじゃない」

加蓮「その鼻の絆創膏が証拠でしょ」

八幡「……それに関してはぐうの音も出ん」



二度も顔面にダメージを喰らったせいで俺もこの病院のお世話になってしまった。まぁ二回目は完全に自業自得なんですけどね。
俺は据え置きの椅子に座りつつ、改めて北条に向き直る。



八幡「単刀直入に言うが、俺たち……正確には凛と神谷だが、あいつらはお前を説得しようとしている。それは分かるな?」

北条「そりゃあ、ね……」



やっぱ分かるよな。
なら、ここはあえて正面から行く他あるまい。



八幡「話が早い。そういうわけだから……こいつらの歌を聴けぇ!」

北条「え!?」



俺が言うや否や、突然扉が開き、颯爽と二人組が現れる。

その二人とは……!











凛・奈緒「「私たちの歌を聴けぇー!!」」どーん


加蓮「うん! だと思った!!」








これが凛の作戦、押してダメなら歌ってみろ作戦である。

二人が歌い、アイドルになりたいという北条の気持ちを刺激する……という作戦らしい。大丈夫なのか色々と!





凛・奈緒「「聴いてください! 潮騒のメモリー!!」」


加蓮「じぇじぇ!?」


凛・奈緒「「来~てよ♪ そ~の火を♪ 飛び越えt…」」





ナース「うるさぁぁぁぁあああああああああいいッ!!!!」





看護婦さんに怒られて、危うく出禁になる所でした。



二日目。作戦失敗。













加蓮「……今日は本当に一人?」

八幡「……おう」



そのまた翌日。説得三日目。

今日はホントに一人でやってきた。



加蓮「……」キョロキョロ

八幡「安心しろ。二人が待機してるとかはねぇから」



昨日しこたま怒られたしな。ホントに怖かった……
おもむろに注射器を取り出した時はどうしようかと思ったぜ。



八幡「今日は事務所で書かなきゃならん書類があるとかで遅れるそうだ。ほら」



鞄からクリアファイルを取り出し、北条に渡してやる。中身は今言った書類。



加蓮「……アタシは…」

八幡「一応持っとけ。あの二人のおかげで、気持ちが変わらんとも限らんだろ」



俺はまた椅子に腰掛け、のんびりと楽な体勢で背を壁に預ける。
ふと北条を見ると、不思議そうな表情でこちらを見ていた。



加蓮「……アンタは、私を説得しようとしないの?」

八幡「なんだ。してほしいのか?」

加蓮「いや別に」



どっちだよ……
思わせぶりな態度はやめろよな。そういう煮え切らない態度が多くの男子学生を陥れてきて……この話はよそうか。長くなる。



加蓮「じゃあ、なんでこんな事してるの? 理由は?」

八幡「頼まれたから」



理由を問われたなら、これに尽きるな。
他に理由なんて無い。



八幡「話しただろ、俺は奉仕部って部活に所属してて、シンデレラプロダクションではその支部を任された。だから依頼を受けたら引き受ける。そんだけだ。ぶっちゃければ、お前が辞めたいのを止める義理もないんだよ」



加蓮「……それじゃあ」

八幡「ん?」

加蓮「アタシが辞めたいって言ってる事に対して、アンタはどう思ってるの?」



どう思ってる……ときたか。
本当ならここは嘘でも続けた方が良いと言った方がいいんだろうが、生憎と俺は正直者なんでね。
はっきり言ってやる事にした。



八幡「別にいいんじゃねーの。辞めても」

加蓮「え?」

八幡「それがお前の意志なら、それを引き止めんのも変な話だろ。嫌々アイドルを続けさせた所で、上手くいかないのは目に見えてるからな」

加蓮「……」

八幡「……けどま、それも“本当に”辞めたいと思ってるならの話だがな」

加蓮「……どういう意味?」ピクっ



俺の発言に食いついてくる北条。
彼女なりに思う所があるのだろう。だが、それは俺も同じだ。



八幡「お前は、本心ではアイドル続けたいと思ってんじゃねーのかって、そう言ってんだよ」

加蓮「私は……!」

八幡「そう思うから、あいつら二人はお前を説得しようとしてんだろ」


俺でも分かるんだ。あの二人に分からないわけがない。
少しでもアイドルを続けたいと思っているなら、諦めてほしくない。
あの二人は、その思いで説得していたのだから。



加蓮「……無理だよ」



北条は、絞り出すように声を出す。



加蓮「体力無いし、根性無いし、才能も無い…」



その諦めた表情は、とても悲しそうに見えて、見てるこっちも悲しくなりそうで。



加蓮「だから……きっとアタシはアイドルになれない」



何故だか、無性に腹が立った。



八幡「…………なぁ北条」

加蓮「……」

八幡「お前、765プロで誰が好きだ?」

加蓮「…………え?」



俺の突然の問いに、面食らったように聞き返す北条。お前、今大分面白い顔してるぞ。



八幡「俺はな、やよいちゃんのファンなんだ」



別に答えを期待していたわけでもないので、そのまま話し続ける。



八幡「俺がどうしようもなく落ち込んでても、ブルー入ってても、やよいちゃんの笑顔を見てっとどうでもよくなる。たぶん俺にとってのアイドルってのは、やよいちゃんの事なんだろうな」

加蓮「……確かに、可愛いもんね」

八幡「だろ? けど、俺が言いたいのはそういうことじゃない」



実際、可愛いだけのアイドルなんていくらでもいるからな。



八幡「アイドルって不思議なもんだよな。こっちは何千何万人の単位で相手の事を知ってるのに、あっちは俺ら一人一人の事なんて知る由もない。……まぁコアな追っかけは知ってるかもしれんが、それでもほとんどのファンの素性なんて知らなくて当然だ」

加蓮「そりゃ、そうでしょ」

八幡「ああ。向こうは俺たちファンの事を知らない…………けど、確かに俺たちの味方なんだ」

加蓮「味方?」

八幡「味方だよ。知りもしない奴らの為に、歌って踊って、元気をくれる。だから俺たちは頑張れる」


これが、味方と言わずしてなんと言うのか。



八幡「本当は、俺らの事なんてどうでもいいと思ってるのかもしれない。裏じゃめっちゃ性格悪いのかもしれない。けど、それでもその笑顔に元気を貰える。アイドルってのは、信じてもらえるからこそ、輝ける。俺はそう思ってる」


加蓮「信じてもらえるから……輝ける」


八幡「だから、向き不向きなんて無いんじゃねぇの? あるとするなら、そりゃお前が本気かどうかだろ」



きっと、お前が本心から笑って、ファンに思いを届けようとすれば、それは届くのだろう。





あの日、俺がテレビに写る少女に、元気を貰えたように。





加蓮「…………ねぇ」



北条は、俯きながら俺に訊いてくる。




加蓮「……アンタが、アタシをアイドルにしてくれるの?」


八幡「お前がそう望むならな」


加蓮「……でも、アタシ特訓とか練習とか下積みとか努力とか気合いとか根性とか、なんかそーゆーキャラじゃなんだよね。体力ないし」


八幡「見りゃ分かる」


加蓮「……それでも……いい?」


八幡「普通はダメだろ」




そんなんでアイドルになれんなら、皆なってるよ。
例えばウチの奉仕部の二人とかな。


俺の答えに不服だったのか「ダメぇ?」と笑いながらぶーたれている北条。
もう、俯いてはいない。



諦めの色は、ない。




加蓮「……アタシでも、頑張れるかな」



シーツをぎゅっと握り、真っ直ぐに視線を俺へと向ける北条。

……ここはアレしかねぇな。


俺はゆっくりと立ち上がり、呼吸を整える。
目を瞑り、心を落ち着かせ、北条を見据える。


……行くぞ。



加蓮「? どうs…」



















八幡「私だけができるスマイル! めちゃめちゃ魅力でしょっ!?」





加蓮「」








八幡「ふう……ん? 大丈夫か?」



見事に固まっている北条。なんだ。ザ・ワールドでもくらったか?



加蓮「…………ぷっ」

八幡「ぷ?」

加蓮「ぷっくっくっく……くふっ……あ、アッハッハッハッ!!」



笑われた。それはもう大爆笑だった。
そんなに笑う事ないじゃん……へたくそだった?



加蓮「ひー…ひー……ど、どうしたの、いき…なり……くくっ」



笑うか喋るかどっちかにしろ。




八幡「……さっき言っただろ。アイドルはファンの味方だって」


加蓮「う、うん」


八幡「だから……プロデューサーはアイドルの味方なんだよ。きっと」


加蓮「!」




この先、きっといくつもの壁があるのだろう。
ボロボロになって、傷ついて、どうしようもない時がきっとくる。


だからその時は、逃げよう。

逃げて、また挑めばいい。



俺は、いつだって味方でいてやれるから。



だから、この言葉を送ろう。





八幡「MEGARE! 加蓮」


加蓮「! …………うんっ!」




最後に浮かべた、眩しいくらいのその笑顔。

その笑顔はきっと、アイドルのものなのだろう。


そう思えた。





× × ×





奈緒「ほ、ホントか加蓮!?」

加蓮「うん。アイドル、もう一度頑張ってみる」

凛「~~~!! かれーんっ!」ダキッ

加蓮「ちょっ、凛ったら…奈緒まで……!」



病室で仲睦まじく触れ合う三人。
昨日までとは違うその様子は、しかし三人にしてみれば、元に戻ったという事なのだろう。
ホント、世話の焼けることだ……



俺が少し離れた位置でニヒルに決めていると、奈緒が不思議そうに訪ねてくる。



奈緒「しっかし、どうやって説得したんだ? 比企谷?」

八幡「そりゃお前、アレだよ。…………人柄の成せる技?」

凛「ダウト」



ひでぇ…
何もそこまで否定せんでもいいんじゃないですかねぇ。



加蓮「やっぱりそれは……秘密だよ。ね、プロデューサー♪」

八幡「……おう」



なんだか、対応が目に見えて柔らかくなり過ぎて逆に怖いんだが。
今気づいたけど、コイツかなり可愛いんじゃ……?



奈緒「気になるなぁ……一体何したんだ?」

八幡「気にすんな奈緒」

奈緒「な、奈緒ぉ!?」カァァ



俺が名前で読んでやると、見事に赤くなっていく奈緒。
なにダメだった? なんかもうめんどくさいから、これからアイドルの事は名前呼びでいこうかと思っていたんだが。やっぱ馴れ馴れしいか。



するとふと、視線を感じる。
やはりというかなんというか、凛だった。



八幡「どうした?」

凛「……別に? 何も?」



別に何もなくはねぇだろ。
あからさま過ぎんぞオイ。



凛「さすがはプロデューサー、といった所だね」

八幡「どういう所だよ」

奈緒「し、下の名前って……!」カァァ

加蓮「~♪」ニッコニコ



賑やかに賑わう病室内。
その後また騒ぎを起こして看護婦さんに怒られる事になるのだが……

まぁ、今はこのひと時を楽しむ事にしよう。




この先、一緒に頑張っていかなきゃならんしな。

コイツらの、味方として。




今日はここまでっす!

初めて親愛度がMAXになったのが奈緒。初めて自力で手に入れたSレアが加蓮。そして嫁が凛。
何が言いたいかってーと、トラプリは最高って事ですね。うん。

次回は週末!

北条加蓮(16)
http://i.imgur.com/vucPbv0.jpg
http://i.imgur.com/9jDMCLk.jpg

三人並ぶと……
http://i.imgur.com/1gGGvLD.jpg

因みにどことは言わないが
加蓮:83(推定E)
奈緒:83(推定D)
凛:80(推定C)

すいません週末って言ったのに投下は無理そうです……

待っていた方がいたらホントにすいません!

皆さんの優しさが染み渡るなぁ。

あの花面白かったです。

ツンデレな皆さんおはようございます。

今夜は投下したいと思います(今の内に言っとけば来ざろうえなくなるから)。

毎度の事ながら遅くなってすいません。

投下していきますー。














加蓮の説得に成功した日の夜。


我が比企谷家では家族会議が行われていた。

まぁ、例によって兄妹のみの家族会議なわけだが。



小町「お兄ちゃん。詳しく聞かせてくれるよね?」

八幡「いや詳しくも何もなぁ……それより、先に飯にしないか?」

小町「そんな事は後でいーの! 小町としては、スルーせずにはいられない重要な事実を聞いてしまったんだよ!?」

八幡「いや知らんよ……」



こんな事になってしまったのは、つい先程見ていたテレビに原因がある。


内容は今時の若者を紹介するありきたりな情報番組。別に見たくて見ていたわけじゃないが、小町が飯の準備の前に何の気無しに見ていたので、俺も便乗しただけである。

その中で、携帯電話の電話帳登録件数に対する紹介コーナーがあったのだ。

なんでも、最近になるに連れて平均登録件数は上がっていってるらしい。
数年前までは高校生の平均登録件数は70そこらだったらしいが(この時点で俺にとっては未知の世界である)最近では100を超えるのもザラらしい。マジでか。


そんな中で、小町がふと発言した。




小町「へ~。お兄ちゃんはどれだけこの平均値を下げてるんだろうね」




効果ぁ抜群だぁーッ!!


思わず64時代のポケモンスタジアムの興奮が蘇ってきたようだった。

俺が心の中でポケモンセンターの音楽を流しているのも知らずに、小町は悪びれもせずテレビを見ている。
もう少し優しくできんのか。バファリンを見習ってほしい。あいつ半分は優しさで出来てるらしいぜ?


しかしこのまま言い返せないのも嫌なので、少しばかりの悪あがきをしてみる。



八幡「ふっ、まぁ確かに? この間まで俺の登録件数は余裕の一桁だったけど? しかし、今の俺は違う。プロデューサーになってからは10件も増えたからな!」



とドヤ顔で言ってやった。

しかもほどんどが女の子で、その上アイドル! ……まぁ、その全てが仕事関係というのが悲しいところだがな。社長と事務員がいるまである。
しかもそれでも総合で20いっていない。結局平均値を下げているままだった。


粋がってはみたものの、やっぱ鼻で笑われるかな? と思いつつ反応を待ってみるが、中々返ってこない。見れば小町は顔を下げ考え込んでいるように見える。え? そんな言葉を失うほど悲しい事言った俺?

しかし俺がそんな心配をしているのも束の間、すぐに顔を上げて真剣な表情を作る小町。



小町「お兄ちゃん」

八幡「ど、どうした?」

小町「その10件の内、何人が女の子なの?」

八幡「はぁ?」


女の子の人数だと? っても男が社長くらいしかいないから……



八幡「えーっと……9人(ちひろさん含む)?」

小町「きゅ、9人っ!?」ガガーン



俺が答えた瞬間に愕然とする小町。
相変わらずオーバーリアクションな奴である。



小町「…………お兄ちゃん」

八幡「え?」

小町「家族会議、だよ!」




そして今に至るわけだ。




小町「9人って、9人って! それ全員がアイドルなんでしょ!? 嫁候補って事なんでしょ!?」

八幡「いや違うけど」

小町「いやーまさかこんな事になっていようとは! 小町感激!!」

八幡「聞けよ」


まーだこんな事言ってんのかコイツは。
何故俺の知り合いの女の子=嫁候補になるんだ? どこのギャルゲーだよ。



八幡「あのなぁ、プロデュースする事になったってだけで、それで恋愛関係になるわけねぇだろ」



しかも一人は事務員だし。



小町「甘いなぁ、甘いよお兄ちゃん。チューペットより甘い!」



なんでだよ。チューペット最高だろ。
ジュースにもアイスにもなるとか、マジ開発した人天才。



小町「アイドルって事は、恋愛御法度なわけでしょ? その中で歳の近い男の人と一緒に仕事をするんだよ? そりゃ仲も深まるでしょ!」



八幡「甘ぇな。お前のが甘いぜ、小町。ねるねるねるねより甘い!」

小町「そ、それは中々甘そうだね……」



ごくりと生唾を飲み込む小町。
ちなみに俺はコーラ味が好きだ。



八幡「一緒に仕事をして仲が深まるだと? 確かにそれも一理ある。どこぞのプロダクションではあるのかもしれない。けどな小町…………俺だぜ?」

小町「な、なんという説得力!?」



なんかその反応もそれはそれで嫌だが、確かにこれ以上の説得力な無いだろう。
俺に限って、そんな青春ラブコメがあるわけない。



八幡「だからお前が期待するような事なんざねーから、諦めるんだな。……それよか早く飯をだな…」

小町「諦めない! 小町が諦めるのを諦めてお兄ちゃん!」

八幡「どういうことだってばよ……」



なんなんだこの妹様は。どうしてそこまで俺の嫁を見つけようとするの? 俺のプロデューサーになりたいの?




小町「こうなったら、会うしかない!」


八幡「は?」


小町「そのアイドルさんたちに会うんだよ! お兄ちゃん!」


















もちろんそんなイベントは起こらない。

うちの妹をアイドルたちに会わせるとか、そんな状況を想像しただけで冷や汗が出てくる。
これは少しでも情報が行かない注意せねばなるまい。



八幡「その内事務所に押し掛けてきたりしないだろうな……」

凛「何か言ったプロデューサー?」

八幡「いや何でも」



今俺たちは加蓮の入院している病院の玄関前にいる。
今日でめでたく退院という事で、要は出迎えだ。



奈緒「11時って言ってたから、そろそろだな」

凛「プロデューサー、この後どうするかは決めてあるの?」

八幡「まぁな」


一応病み上がりという事もあるので、今日一日は休みを取ってある。折角だから凛と奈緒もな。
ま、今日くらいゆっくりしてもバチは当たらんだろ(決して俺が休みたいわけではない。決して)。



凛「あ、来たみたいだよ」



凛に言われ玄関に目を向けると、丁度自動ドアが開き、加蓮が出て来た。
その格好は当たり前だが病院服ではなく、恐らくは私服だろう。

薄い緑のショートパンツに、白の、キャミソール? を着ている。
ちょっと露出高過ぎやしませんかねぇ……目のやり場に困る。

そして病室では降ろしていた髪をツインテールにしている。でもなんか巻いてんな。あれは何て呼べばいいんだろう。縦ロールとも違うだろうし……ツインロール? 教えてガハマさん!



加蓮「おまたせ。ゴメンねわざわざ出迎えまで」

凛「ううん。全然」

奈緒「気にすんなよ」

八幡「……」



しかしあれだな。こいつは……



八幡「……」

加蓮「ど、どうかしたプロデューサー? ……私服、変?」



思わずジッと見てしまったのか、加蓮が不安げな表情で聞いてくる。
いや服は別に似合っているんだがな。露出高い気するけど。



八幡「いや……ちょっとアニメのキャラに似てるなーって思っただけだ」

奈緒「あー……」



俺が思った事をそのまま言うと、隣で聞いていた奈緒が声を上げる。
そういや、お前アニメ好きだったな。



奈緒「比企谷も見てんだな。やっぱ似てると思うかぁ」

八幡「ああ。最初から何となくは思ってたんだよ。けど今の髪型見たらマジで似てると思った」



俺と奈緒はうんうんと頷き合う。
しかし当の本人と凛は何が何やらといった様子。どうやら知らないみたいだな。



加蓮「アニメのキャラ? 何てキャラなの?」

八幡「おまっ、それを俺に言わせる? 言わせんな恥ずかしい」

加蓮「なんで!?」



さすがの俺もそれは言えんよ。また鞄を顔面にもらうのは遠慮したい。
俺が口を閉ざしていると、凛が不思議そうに言う。



凛「奈緒、色々アニメ紹介してくれるけど、それは紹介しなかったんだ?」

奈緒「う……だってなぁ」



助けを求めるようにこちらを見る奈緒。俺にどうしろと。



奈緒「いやだって、自分に似てるキャラがああいう名前だと気まずいじゃん?」

八幡「まぁ気持ちは分かるがな」



俺だったら絶対紹介しない。

つーか、知人に紹介する時点で憚られるぞ。
まぁそもそも俺に紹介する相手なんていないんですけどね。



加蓮「……気になるなぁ」

凛「うん。気になるね」

奈緒「いや、アタシだってオススメしたいんだけどさ。映画だって一緒に見に行きたいし…」

八幡「あ、俺見に行ったぞ」

奈緒「ッ!?」



もの凄い反応を見せる奈緒。そ、そんなに驚く事か?

まぁ例によって一人見てきたんだけどな。
ほら、泣き顔とか見せられないし?



八幡「いやーホント感d…」

奈緒「ふんっ!」バックハンマーⅢ

八幡「むぅえんまッ!?」



いきなりの側頭部への奇襲に、なす術も無く倒れふす俺。
良かった、シャワーで洗えるスーツだから汚れても家で……ってじゃなくて!



八幡「何すんだいきなり!?」

奈緒「いや、ネタバレするもんなのかと……」

八幡「するわけねーだろ…」



アニメ好きとしてそこは守る。
ネタバレダメ! 絶対!

皆も映画館で見ようぜ!



凛「ほら、二人ともそろそろ行こ?(映画やってるんだ)」

加蓮「アタシお腹すいちゃった(それならかなり絞れるはず)」



何故だか二人から不穏な気配を感じるが、まぁいいか。
自己責任である。



八幡「んじゃとりあえず、飯にするか。加蓮、何か食いたいもんあるか?」

加蓮「え?」



俺が振ると、予想外だったのかキョトンとする加蓮。



八幡「一応、退院祝いだからな。飯くらい奢ってやるよ」

加蓮「で、でも悪いし…」



困ったように笑いながら手を振る加蓮。
別にそんな遠慮する事ないんだが。



八幡「気にすんな。中には遠慮もしないキノ子もいるからな」

奈緒「キノコ?」

凛「……」カタカタ



おっと、思わず凛のトラウマを掘り起こしてしまった。え? 大した事ないだろって? 察してやれ。純真無垢な笑顔でキノコ食い放題に誘われるんだぞ……大体二日置きに(凛談)。



加蓮「……ホントに良いの?」

八幡「おう」

加蓮「……それじゃあ、お願いしちゃおっかな? 食べたいのがあるんだよね」



おずおずと申し出てくる加蓮。
まぁ余程お高いものでなければ、大丈夫だろ。

さて、加蓮のリクエストはこれいかに。
















八幡「ホントにこんなんで良かったのか?」

加蓮「うん。良かったよ」ニッコニコ



場所はとあるショッピングモール。
東京では珍しくもなさそうなその広い店内で、フードコートに俺たちはいた。

四人がけのテーブル。
そこに座る俺と加蓮。

横に座る加蓮の手には、ハンバーガー。


そう。言わずと知れたマク○ナルドさんである。



八幡「もうちょっと高いのでも良かったのによ。俺に気ぃ遣ってんのか?」



なんならモ○バーガーのがお高いぞ? 俺はどっちも好きだが。



加蓮「まさか。単にこーゆーのが好きなの」



笑って否定した後に、ポテトを一本口に入れる。あ、今のなんか女子高生っぽい。



加蓮「ジャンクフードとか、好きなんだ。入院してた頃の反動かなー…」

八幡「へぇ、なんか意外だな」

加蓮「そう? 入院してるとさ、やっぱりこういうの食べたくならんだよね。病院食って、アタシはまだ平気だったけど、人によっては薄過ぎて不味いって言うし」

八幡「ああ、それは分かるな」



かく言う俺も去年入院してたしな。まぁたった一週間程だが。
確かにメシはお世辞にも美味いとは言えなかった。それを考えりゃ、ジャンクフードが食いたくなるのも頷ける。



八幡「けど、もっと栄養のあるもんも食えよ? 体力つけねーと、この先大変だぞ」

加蓮「ん……分かってるよ。けど、プロデューサーこそちゃんと食べてるの? お世辞にも健康そうには見えないけど」


お返しとばかりに俺へ矛先を向けてくる加蓮。
ふっ、何を言う。その点に関しては問題などあるわけがない。



八幡「甘く見るなよ。俺は毎日手料理を食べてるからな。妹の」

加蓮「い、妹さんいるんだ……」



あ。やばい。これ若干引いてるな。
やはりこういうネタはもう少しお互いの事を知ってからじゃないとダメらしい。



八幡「冗談だ。半分は自炊してる。親がいる時は普通に作ってくれるしな」



でも最近はプロデュース業に疲れてあまり自分で作ってないな。
そんな時、小町は文句も言わずに用意してくれる。……感謝しねーとな。
だから俺のVitaちゃんを早く返してくれませんかね。



加蓮「プロデューサー、自炊出来るの?」



加蓮が割とマジで驚いた顔をしている。失礼な奴だな。そんな出来るように見えない?。見えないか。



八幡「まぁ人並みに。なんせ、俺の将来の夢は専業主夫だからな。これくらいは必須スキルだろ」

加蓮「へぇ……専業主夫、ね」


何か含みのある言い方に違和感を感じて見ると、加蓮は少しだけ考え込む素振りを見せている。
何か思う事でもあんのかね。俺は手持ち無沙汰になったので、手元にあるコーラを啜る。





加蓮「確かに、専業主夫なら奥さんがアイドルでもやっていけるもんね」


八幡「ブフォッ!?」





あまりの不意打ちに、思わず吹き出す。
いや、お前……



八幡「えほっ、えほっ!」

加蓮「ちょ、大丈夫? ほらティッシュ」

八幡「お、お前なぁ……! いきなり何言い出すんだ!」



ティッシュは貰うがな!



加蓮「アハハ、まさかそんなに取り乱すとは思わなかったからさ。……でもそんなに慌てるって事はやっぱ、プロデュースしたアイドルの中にそういう相手…………いるの?」

八幡「いない。断じていない。いるわけがない」


THA・即答。

即答してやった。それはもう悲しくなるくらいに。
何故俺は独り身である事をこうも威張っているのか……



加蓮「ふーん。そうなんだ…………ふふ」



しかしその答えで加蓮は満足したようだった。
なに、そんなに俺が彼女いないのが面白いの? 泣いちゃうよ?


俺が若干拗ねながら吹き出したコーラを拭いていると、向こうから凛と奈緒がやって来るのが見えた。
やっと来たか。チキンナゲットなんか頼むから時間くうんだよ。

男は黙ってチーズバーガー。



凛「ごめんね、遅くなって……あれ?」

奈緒「なんだ、まだ食べてなかったのか?」

八幡「コイツが一緒に食べたいんだと」

加蓮「もうポテトは頂いちゃってるけどね」

>>184

スペル間違ってる…こんなん間違えるとか恥ずかし過ぎる……


ニコニコと笑う加蓮。
ハンバーガー一つでそんな喜んでくれんなら、ドナルド・マクドナ○ドさんも嬉しいだろ。


その後雑談も程々に食事を澄ませる。
やっぱハンバーガーとかって、たまに食うとスゲェ美味いよな。あ、でもアップルパイには気をつけて。熱いから。

んで食休みをしていた時だ。それは突然やってきた。



凛「ご飯は食べたけど、この後はどうするの?」

八幡「あー……何も考えてなk…」トントン



ふと、肩を叩かれる。


俺はその瞬間、猛烈に嫌な予感に襲われる。

この感じ、間違いない。
いやむしろ間違いであってほしい。頼むから。


恐る恐る、振り返る。

そこにいたのは雪ノ下でも、由比ヶ浜でも、アイドルたちでもない。







小町「お兄~ちゃん☆」










我が愛する妹だった。



八幡「………………なぜいるんでげすか」

小町「いやー今日午前授業だったんだよね。んでんでんで、なーんか小町センサーが東京のショッピングモールに来いって言うから、来てみたんだよ。そしたらお兄ちゃんがいる! びっくり!」


八幡「で、本当の所は?」

小町「事務所に電話したらここだって事務員のお姉さんが」




ちひろさぁぁぁんッ!!!!??

ホント期待を裏切らないな! あの人は!!




凛「プロデューサー……? もしかしてその子が…」

小町「あぁ! あなたが兄の担当アイドルの凛さんですね!? 兄がいつもお世話になっておりますぅ、妹の小町です!」

凛「え? あ、あぁ、こちらこそ、よろしく……?」


あまりの勢いに凛が押されている。無理もない。あれに対抗出来るのは由比ヶ浜か晴乃さんくらいのものだ。



小町「やや! それではこちらのお二方は!? まさか、例の臨時プロデュースしているというアイドルなんですか!? それなら、お二人もお兄ちゃんの嫁k…」

八幡「小町、一旦落ち着け」グワシッ

小町「ふみゅっ!」



小町の頭を掴み、動きを止める。
ここまで暴走状態の小町も久しぶりに見たな……



小町「いやーごめんごめん、お兄ちゃんがこんなに可愛い方たちを三人も連れてるから、嬉しくなっちゃって♪」

奈緒「か、可愛いって……!」カァァァ



ほら、不用意にそういう事言わない。ゆでダコみたいになってんでしょうが。



八幡「んで? 結局お前は何がしたかったんだよ?」

小町「いやー、聞く所によるとこれからどうするか悩んでいるご様子でしたから……ウチに来るのはどうかなと?」

八幡「はぁ?」


ウチに来るって……俺の家の事か?
そんなん嫌に決まって…



凛・加蓮「「行きたいっ!」」



決まってなかった。



加蓮「プロデューサー、料理出来るんでしょ? なら折角だから、ごちそうしてほしいなーなんて」

凛「私も、興味あるかな。プロデューサーのお家」

八幡「えー……」



何なんだこの流れは……はっ!



小町「……」にやり



見ると、小町がいかにもな感じでほくそ笑んでいる。まさに計画通りといった表情だった。
くっ……! ホントなんでこういう事には頭回るのかね。勉強に活かせないの?



八幡「……お前は?」



一応最後の希望として、さっきから黙りこくっている奴にも聞いてみる。




奈緒「……ま、まぁ、皆行くって言うなら、行ってやってもいいぜ……?」



どうやら逃げ場は無いようだった。


小町「それじゃあ決っまりー! シンデレラプロダクションのアイドルの皆さんをー、比企谷家へご招待ぃー!イエーイ♪」

八幡「俺は別に招待してないんだが……」



しかしこうなってしまっては、もう止められまい。
とりあえず冷静になって、今すべき事を考えろ。

……色々隠しておかなきゃマズイな(ご想像にお任せします)。



かくして、意図せずしてのお宅訪問が始まる。
まさか本当にイベントが起きるとはな……


果てしなく、嫌な予感しかしなかった。




なんと今日はここまで! 短い! やっぱ見切り発車はするもんじゃないな……

あと、登録件数の一人ですけど貴音さんではありませんのであしからず。後のお楽しみという事で。

殺伐としてる中、1参上!

……すいません調子のってました。更新するから石を投げないでください。


7.5巻も読んで俺ガイル成分は補充した。
プロダクションマッチフェスはボロボロだ。

つーわけで投下します!














場所は変わって比企谷家。

ウチの家は二階にリビングがあるので階段を上り、三人を招き入れる。
……しかしアレだな。よくよく考えてみると、知り合いを家に上げるなんて初めてじゃないか?


由比ヶ浜が家に来た事があったが、あれもサブレを引き渡すのと引き取る時で、玄関に入っただけだったからな。

もっと言えば、家族以外で俺の部屋へ入った奴など今までいない。
……なんだ! この緊張感!!


とりあえず、アレだ。絶対に部屋へ通すわけにはいかない。
三人をリビングへ留めておいて、小町にお茶でも出してもらう。そしてその間に俺は自分の部屋へと行き、隠すものを隠しておく。これだ。この作戦なら完璧だ。


これぞ、”聖書を司る神作戦(オペレーション・エロース)”!!


健闘を祈る(自分に)。エル・プサイ・コn…








小町「ここがお兄ちゃんの部屋になりまーす♪」


凛・奈緒・加蓮「「「おー」」」


八幡「ちょっと待て」







いきなりである。
いきなりリビングを素通りしての、突撃隣の俺の部屋。何故!?

そして何を良い笑顔で部屋へ招き入れてんだ妹よ!?



凛「へー思ったより奇麗にしてるじゃん、プロデューサー」キョロキョロ

加蓮「ここがねー」キョロキョロ

奈緒「(だ、男子の部屋とか初めて入った……!)」オドオド


八幡「やめろ。そんなに眺め回すな」



ちくしょう……まさか初っぱなからここへ招いてくるとは……
我が妹ながら恐れ入る。



八幡「これが、運命石の扉の選択か……」

奈緒「え!? 世界線でも変わったのか!?」ビクッ

凛「え? アインシュタイン?」



この反応の違いが一般人かそうでないかを語っているな。いや単に知らんだけかもしれんけど。



八幡「とにかく、頼むからあんま詮索せんでくれよ」



特にベッドの下とかベッドの下とか。あとベッドの下とかな。



加蓮「ふーん。何か見られて困るものでもあるの?」ニヤニヤ



と、何やら嫌な笑みを浮かべながら見てくる加蓮。

ええそらありますとも。え? むしろ無いと思ってるの?
思春期の男子を舐めるな。別に舐めてないだろうけど。

仕方ねぇ。ここはちょいと脅しておくか。



八幡「茶化すなよ。下手に家捜しでもしてみろ、ただじゃすまなくなるぞ」

凛「具体的には?」

八幡「机が燃えます」

奈緒「お前デスノート持ってんの!?」



正確にはお宝本だがな。あれが見つかるくらいなら、小火騒ぎになった方がいい。
……いや、さすがに冗談だよ?

つーか奈緒がいると、こういうネタが通じるからいいな。ボケ甲斐がある。



小町「まぁまぁ皆さん。今小町がお茶を用意して来ますので、ゆっくりくつろいでいてください♪」

八幡「ここ、俺の部屋なんだけど。つーかくつろぐならリビングの方が広い…」

小町「では!」



俺の説得虚しく、バタンと扉を閉じて出て行く小町。
あの、俺の意見は……



八幡「……とりあえず、テキトーに腰掛けてくれ」


ここまで来たらもう仕方ないので、流れに身を任せよう。その内流水制空権とか使えるようになるかな。

と、ここで気づいたのだが、俺の部屋には座布団もクッションも無い。いや正確には一つある。俺専用クッション(ニャンコ先生)が。あとは机と椅子、ベッドが座れるか。
まぁ当然である。基本俺の部屋には誰も招き入れないのだから、客人用のクッション等置いていよう筈がない。ここ、泣くとこじゃないぞ。


一応カーペットは敷いてあるが、女の子に直接床に座れって言うのもなぁ……

俺はここまでの思考を0.5秒で済ませ、最善の案を仕方なく選択することにした。



八幡「よっと……」



俺、床にあぐらをかく。
三人、不思議そうな顔で俺を見る。

……いや、そんな立ちっぱなしで見られると、見下ろされてるみたいで卑屈な気分になるんだが。



八幡「……何つっ立ってんだよ。早く座れって」



俺は端に置いてあったニャンコ先生を引っ掴んで、近くに置いてやる。
後は椅子とベッドがあるから、足りるだろ。

俺の意図は察したのか、三人はお互いを見て、困ったような顔をする。……え? 俺のベッドとか座りたくねーよって事? そうなの?



凛「いやでも、プロデューサーが座りなよ。私は床でも気にしないし」



躊躇いがちに言う凛。どうやら部屋の主である俺に気を遣っているらしい。
良かったー。危なく死んじゃうとこだった。



八幡「気にすんな。むしろお前らが地べたに座ってる方が気にする。プロデューサーの気持ちくらい汲んでくれ」



まぁこんな小さい事でプロデューサーうんぬん言うのもどうかと思うがな。こう言った方がコイツらには効くだろ。



凛「……そっか。なら、遠慮なく」



そう言って俺のベッドに思いっきりダイブするように座る凛。
ちょっ、スカート、気をつけて。マジで。

それを見て折れたのか、程なくして二人も座った。


余談だが、加蓮がニャンコ先生に手を伸ばしたのを見て、奈緒が若干残念そうに椅子に座っていた。



奈緒「ニャンコ先生……」



お前、俺と趣味合い過ぎでしょ。















八幡「んで? 俺の家に来て、これからどうすんだ?」

凛「……え? なに?」

八幡「……」



俺の部屋へ入って15分程。
はっきり言って、三人とも驚く程馴染んでいた。


奈緒は椅子に座ったまま漫画を読んでいるし(もちろん俺のだ)、加蓮はメールでもしているのかケータイを弄っている。つーかお前ニャンコ先生抱いてるけど、それ俺が貸した意味ないよね?

そして凛は凛でベッドに座ったまま壁に寄りかかって、俺の枕をぎゅっとしている。そしてぼーっとしては、キョロキョロと部屋を眺め、またぼーっとしている。お前そんなキャラだっけ?


つーか、その人の枕を弄ぶのをやめて頂きたい。なんなの? そーゆーのって彼女が彼氏の家でやるもんなんじゃないの? 俺を恥ずか死させたいの?



八幡「お前ら、何しに来たんだよ……」

奈緒「え? あ、あぁ、悪い悪い。これまだ読んでなくってさ。面白いな」



たははと笑いながら持ってる漫画を見せてくる奈緒。そら面白いだろーよ。公生くんのおかげでちょっとクラシックに興味出ちゃった程だ。

すると加蓮も顔を上げて、会話に入ってくる。



加蓮「あはは、ゴメンね? なんか、友達の家に来たのって久しぶりだから、ついついのんびりしちゃって」

八幡「は?」



友達の、家?



奈緒「そうそう、やっぱ友達ん家に来たら、漫画読むよな」

加蓮「えー? それは奈緒が読みたいからでしょ。あ、でも卒業アルバムは見たいかも」



ありがちな事を話しながら、笑い合う奈緒と加蓮。

友達の家……か。


正直、そんな発想はちっとも無かった。
確かにある程度仲の深まった奴らを招き入れたという自覚はある。

けどそれでも、まさか向こうが友達の家に来ていると思っているとはな。



凛「……なんか、落ち着くんだよね」

八幡「あ?」

凛「なんか、無理しなくていいって言うか、肩肘張らなくていいっていうか……」



凛はぼーっと虚空を見つめた後、俺の顔を見て笑いながら言う。



凛「……上手く言えないけど、とにかく落ち着くんだよね」

八幡「なんだそりゃ」

凛「あはは、分かんない。……でもたぶん、プロデューサーの部屋だからかな」



そう言って、また微笑む凛。

……やめてくれ、これ以上俺のSAN値を削るな。その恥ずかしがって枕に顔を埋めるのやめてくれ!!



なんかもう気恥ずかしくて、早く帰ってくれないかな? もう俺が部屋から出て行こうかな? と思っていた時だった。




小町「小町、参上!」ババーン



扉はゆっくり空けなさい。あと、お盆。落としたらどうすんだ。



八幡「また随分とお茶を用意するのに時間がかかったな」

小町「まぁお茶と言ってもカルピスだけどね。水1:カルピス4の黄金比!」



そして氷は3個。これが比企谷家のカルピス黄金比率である。
え? あぁ、どうでもいいですね。はい。



小町はテーブルにカルピスを置き終えると、クローゼットから俺の毛布を引っ張り出し、俺の隣に積み上げる。そしてそれに座る。

見ろ三人共、これがホントの遠慮無しというものだ。少しは見習うんだな。……いや見習われても困るけど。
これが妹クオリティである。



小町「それでお兄ちゃん、何してたの?」

八幡「見たまんまだ」


漫画読んで、ケータイ弄って、ぼーっとしてる。
……なんか、図らずも奉仕部での日常に似ている気がするな。



小町「んもう、こんな機会中々無いんだから、グイグイ行かなきゃダメでしょ!」

八幡「何をグイグイ行くんだよ。なんだ? スマブラでもやるか? 言っておくが、俺はかーなーりつy」

小町「いーよ今はそんなの! そもそもお兄ちゃん私以外と戦った事ないんだから、強さなんて分からないでしょーが!」



その通りだった。
べ、別に一人でも楽しめるし? CP9LV余裕だし?
それにしても「俺スマブラつえーよ?」のそうでもなさは異常。



八幡「んじゃ、折角だし今後の仕事についてでも話しておくか。明日からレッスンだしな」

小町「えー……つまんな」



なにこの子、テンション下がり過ぎでしょ。
一体何をすれば満足するというのか。



八幡「そんなら、これから進めていく方針のアドバイスでもしてくれ。そういうのも必要だろ」

凛「確かに、一般の人からの意見っていうのは貴重かもね」

小町「今後の方針かー……ふむふむ成る程……それも面白そうだね……」


何やら考え始める小町。今、面白そうとか言わなかった?



小町「いよーし! それじゃあ凛さん奈緒さん加蓮さんの、今後のアイドル活動決議を行いたいと思います! イエーイ♪」

凛・奈緒・加蓮「「「お、おー」」」



いや、別に乗らなくてもいいからね?



凛「とりあえず、何から決めればいいの?」

八幡「……そうだな。基本的にはお前らがレッスンなりなんなりをしている間に、俺が仕事を探してくるんだが、その系統を決めてもらいたいな」

凛「系統?」

八幡「まぁ、要はどんな仕事を取って来てほしいかって事だ」



一口に仕事と言っても、色々とある。
それこそ雑誌の収録だったり、キャンペーンガールだったり、ライブだったりな。



八幡「俺らはぺーぺーの素人だし、碌な仕事も取って来れないだろうが、それでも何を中心に営業を回るかは決められる」


ホントなら色んな仕事を片っ端から営業に回ればいいのだろうが、俺の体は一つだ。自然と回る箇所は絞られてくる。



小町「つまり、お兄ちゃんに取って来てほしい仕事を提案しろって事だね」

八幡「まぁ希望の仕事を取ってくるなんて基本無理だろーがな。そんな上手くいくわけねぇし。……けど、それでも系統くらいは絞れる」



そこを中心に営業に回っていけば、少しはマシだろうという魂胆だ。



奈緒「なるほどな。系統か……」

加蓮「……」

凛「うーん……」



考え込む三人。



八幡「なんか思いついたか?」



奈緒「……撮影系は無理だな。恥ずかしい」

加蓮「体力使うのは、絶対無理」

凛「演技、とかはちょっと厳しいかな……?」



小町「……これもうほとんどの仕事が無理なんじゃ…」

八幡「言うな。そんな事は分かってる」



我がままなお嬢さんたちであった。



八幡「お前らな、そういう時ってのはやりたい仕事を言うもんじゃないのか?」



やりたくない事から上げていくとか、気持ちが分かるだけにどうしようもない。
俺も営業行きたくないです。



小町「それなら小町が提案! 握手会は? なんか最近流行ってるし!」

八幡「どこの48だよ。そもそも、あれはある程度の知名度が無いと出来んだろ」



いきなり握手会なんて開いても「え? 誰この人?」で終わるだろうが。
でも可愛い子と合法的に握手出来るんだよな……いやいや変態しか集まらねーって。



小町「じゃあじゃあ、サイン会は!?」

八幡「それ、ほとんど変わっとらんぞ……」



いやでも、可愛い子のサインが合法的に…………いらねぇな。



小町「んーダメかぁ……あ! 路上ライブとか?」

凛「! ライブ、かぁ……」


小町の発言に、何やら反応を見せる凛。



八幡「ライブ、やりたいのか?」

凛「うーんと、やりたいというか……憧れみたいなものはあるかな?」

八幡「憧れ?」

凛「うん。何て言うか、アイドルと言ったらライブって感じがするし」

奈緒「あぁ、それはなんか分かる気がする」



見ると、奈緒も同意するように頷いている。
その顔は自然と綻んでいた。



奈緒「やっぱ、ステージに立ってこそアイドル! って感じがするよな。……恥ずかしいけど」



そしてまた顔を赤くする。……こいつはこういう所を治さなきゃダメだな。
まぁ、そこが魅力でもあるんだろうが。



加蓮「……私も、ライブはやってみたいかも」

八幡「体力保つのか?」

加蓮「そこは頑張るの!」



プンスカと反論してくる加蓮。なんか今の由比ヶ浜ぽかったな。



加蓮「……昔テレビで見てたアイドルって、ライブで歌って踊ってる姿だったから」

小町「分かります分かります。やっぱりアイドルはそうですよねー」

八幡「ライブ、ね」



しかしそれは難しいだろう。
確かに知名度を上げるのには打ってつけだろうが、如何せんステージが無い。



八幡「路上でやるのは、効果は薄いだろうな」

小町「なんか良い場所とか無いの? 武道館とか!」

八幡「無茶を言うな……」


ほとんど無名の俺たちにそんな所借りられるわけがない。つーかそんな費用もない。



八幡「そもそもやったとして、客が来ないだろうが」

小町「あ、そっか」



ファンがいるからこそライブは成り立つ。
逆に言えば、ファンがいなければライブは成り立たないのだ。それこそ、やる意味が無い。



八幡「まぁ、そういう意味では路上ライブは良いんだけどな。新しくファンを作るって意味で」

小町「だよね! だったらやろうよ!」



なんでお前がそんなに推すんだよ。
なに、お前も歌うの? そういや前に歌って戦えるとか言ってたな確か。



八幡「路上ライブか……もっと注目の集まる良い場所があれば良いんだけどな」



どっかのステージを借りれば金がかかるし、借りたとしても人が集まらない。
路上でするにしても、注目がいまいち。

……どうしたもんかね。



小町「ライブと言えば、文化祭の時の結衣さんたちを思い出すねー」

八幡「!」



文…化祭……?



凛「結衣さんがどうかしたの?」

小町「そう言えばお知り合いなんでしたっけ? 結衣さんたち、バンド組んで文化祭で演奏したんですよ。小町は見てないんですけど、その後もう一度演奏して貰って……凄かったな~」

加蓮「奈緒知ってる?」

奈緒「アタシ、その時クラスの出し物手伝ってたから見てないんだよなぁ」


八幡「……」


小町「? どうしたのお兄ちゃん。いきなり黙りこんじゃって」


訝しむように俺を見る小町。

なるほどな、これは盲点だった。



八幡「……でかしたぞ小町」

小町「へ?」

八幡「その案、頂き」



ぽかんとした表情の小町。
見れば、他の三人も似たような顔だ。

どうやら俺の意図に気づいていないらしい。



八幡「ライブをやる良い場所、あったじゃねーか」

小町「え!?」

凛「良い場所って、どこ?」


興味心身といった様子で訊いてくる凛。
それこそ、さっき小町が言った所だ。

場所を借りるのに金がかからず、かつ注目をある程度は得られるステージ。





八幡「総武高校だよ」


凛・奈緒・加蓮・小町「「「「…………えぇぇえええ!!??」」」」





かくして、今後のアイドル活動決議は終了。

次の仕事は、我が母校、総武高校でのライブに決まったのだった。





……やらせてもらえっかな?





今回はここまで!

あれ? 今日何時間もかけて書いたのに、短い……? あれ?

久しぶりですいません! 1です!

めちゃくちゃ更新したいんですけど、ちょっと最近ガチで忙しくて、初の12連勤を経験中です……
なので今週末までは正直厳しいかなと。

絶対に完結はさせるつもりなんで。
というか最後までの構想は出来てるんで。フラグじゃないよ?
気長に待ってもらえると助かります。

あー更新したい……したいんだ……本当なんだ……でもマジで忙しいんだ……
申し訳ない、もう少し気長に待ってくらさい……

あと凛ちゃんの蒼穹は最高でした。

sageってどうやんだよ!(半ギレ)

sageってどうやんだよ!(半ギレ)

sageってどうやんだよ!(半ギレ)

湯けむり凛ちゃんキターーーーー!!!!

こ、これは俺にスレを更新しろというちひろさんのおつげなのか……? いや違うか。
けどちょっとガチで頑張ります。どうにか近日中には絶対更新出来るよう頑張ります!

だからお願いだからちひろさん俺にガチャ運をくださいいやマジで。

すいませんお待たせしました! 本当に申し訳ない……
番外編ですけど、ちょっどだけ更新したいと思います。

続きを期待していた方はごめんなさい、もうちょっと待っていてください!






番外編

八幡「やはり俺の休日は普通に終わらない。」









休日。


学生であれば一週間に二日は与えられているその時間を、今になってありがたみを実感出来る。いや、俺だってまだ学生なんだが、半分社会人みたいなもんだからな。半分マンである。

それにプロデュース業をやりだしてからは、どうも休みが不定期だし、中々ゆっくり休む事もままならない。土日に休みを取れる事なんてザラだ。

だからこそ、久方ぶりの休みは貴重。そして今日はその久々の休日だ。


……休日、なのだが。









八幡「何故いる」

凛「え?」



まるで訊かれる事が意外だという表情で言葉を漏らす、黒髪の美少女。

普段ならばあの小町ですらも介入を制限されている不可侵入区域。つまりは俺の部屋に、我が担当アイドル渋谷凛はいた。



凛「だって、プロデューサーがお休みだから、私も仕事無いし。今日はレッスンも入ってなかったから」

八幡「から?」

凛「そりゃ、遊びに来るよ」



なにその方程式。アイドルの法則?
やよいちゃんも当て嵌まるのなら全俺が泣く。


話す事はもう無いとばかりに、手元のケータイに視線を戻す凛。
いや、それで説明終わりなんかい。



今俺たちはこたつを挟んで丁度向かいに座っている。
察してはいるだろうが、俺の部屋である。

え? こたつがあるって事は冬なのかって? ナンノハナシカサッパリデスネ。



こんな状況になったいきさつについては、面倒なので三行ですませる。


小町に起こされ
凛が来て
仕方がないのでお茶を出す。


ホントにこれだけだった。



八幡「……折角の休みだったんなら、友達と遊べば良かったんじゃねーの?」



当然の疑問を口にしながら、ノートパソコンを機動させる俺。建造はどうなったかな。



凛「卯月と未央はそれぞれ予定が入ってるんだってさ。加蓮は定期の検診で、奈緒は……なんかのイベントだってさ。詳しくは教えてくれなかったけど」

八幡「さいですか」



ケータイから目を離さずに答える凛。
たまにケータイの持ち手を替えては空いた方の手をこたつに入れている。

今気づいたが、そういえば凛ってガラケーだったんだな。今時珍しい。




凛「そう言うプロデューサーは?」

八幡「は?」



いきなりの返しに、思わず変な上ずった声を出してしまう。
見ると、いつの間にか凛がこちらに顔を向けていた。



凛「プロデューサーは、その折角の休みなのに部屋に一人でいたけど」

八幡「……」

凛「……」

八幡「……やっぱ俺は金剛姉妹の中では、榛名が好きだな」

凛「何の話!?」



思わぬ答えに驚く凛。こういう所は由比ヶ浜っぽい。いや金剛姉妹の話じゃなくね?



八幡「あのな、俺たちもそう短い付き合いじゃないんだ。その質問が意味を為さない事ぐらい分かるだろう? それくらいは察してほしかったな」

凛「嫌な信頼だね……」



思わず苦笑いを浮かべる凛。

しかしこれくらいで呆れて貰っては困る。
ぼっちの全ては語り尽くせない。



八幡「俺の担当アイドルなんだ。もっと覚えて貰わなくちゃならん事は沢山あるぞ」

凛「た、例えば?」



おそるおそる訊いてくる凛。そうだな、例えば……



八幡「『趣味は?』とかは訊くな」

凛「? 何で? 結構普通の質問だと思うけど」

八幡「ま、詳しくは原作小説7巻のぼーなすとらっく、もしくは限定版ドラマCDを聴いてくれ」

凛「宣伝だった!?」



7.5巻も好評発売中! 8巻が待ち遠しいね!




そんなこんなで雑談しつつ時間を潰していると、不意に凛が小さく声を上げた。



凛「……あ」

八幡「どうかしたか?」



すると凛は持っていたケータイの画面を俺に向け、困ったように言う。



凛「電池切れ。最近直ぐに無くなるんだよね」



確かにケータイの画面は真っ暗で、何も表示されていない。
こうして見てみると、所々傷がついていて、長く使用していた事が伺える。



凛「そろそろ替え時かなー。周りもどんどんスマホになってくし」

八幡「今時じゃ、ガラケーの方が少ないもんな」



ちなみにガラケーはガラパゴスケータイの略らしい。
意味は……前になんかで見たけど忘れたな。



凛「プロデューサーはiPhoneだよね? 5S?」

八幡「いや、普通の5。まだまだ使えるし、当分替える気は無いな」



ポケットから出し、凛に手渡す。

ちなみに色は白。今思えば、黒でも良かったかなーという気もする。
まぁ青色のカバー付けてるから別に良いんだけどね。

俺のiPhoneを手に取り眺めながら、やがて凛はぼそっと呟いた。



凛「……変えようかな」

八幡「え?」

凛「ケータイ、変えようかな」



言うや否や、こたつから出て立ち上がる凛。
俺がぽかーんとしながら見ていると、凛は身支度を整えながら、言ってきた。



凛「ほら、プロデューサーも行くよ」

八幡「は? 行くって……まさか、おい」

凛「うん」



私服用のダッフルコートを羽織ると、凛は笑いながら言った。



凛「ケータイショップ」













家を出る時いつも以上に小町がうるさかったが、そこは俺。見事なステルスヒッキーを発動しての総スルーで何とかやり過ごした。

ただまぁ「デートなの!? プロデューサーと担当アイドルが休日に秘密のデートなのお兄ちゃん!?」とか言ってたせいで凛が終始顔真っ赤だったけどな。照れ凛かわいい。


そら俺だって女の子と二人きりでお出かけとか、何も思わないわけがない。だからこその無心。無我の境地である。You still have lots more to work on…



八幡「そういや、凛ってどこの会社使ってるんだ?」

凛「……プロデューサーと同じソフトバンクだよ。アドレス交換したのに覚えてないの?」



俺が訊くと、あからさまに不機嫌な様子で答える凛。

そ、そうだったけか? けどアドレスなんて一回交換したらそう見ないからな。電話帳には名前しか表示されんし。



八幡「そ、そうか。んじゃ、俺と凛はタダともなわけだ。……一回も電話した事はないが」



実際、俺がケータイを買う時にソフバにしたのはこれが理由にある。
当時の俺は「え? 連絡先交換しただけで友達になれんの? なにそれスゴい」と思って疑わなかったからな。まず連絡先を交換する事が無いという罠。最初に気付けよ俺ェ……



凛「タダとも、ね……」



ぽつりと言葉を漏らした凛を見てみると、何やら真剣な表情で俯いている。

な、何か拙い事言ったか俺?



凛「……ねぇ、プロデューサー」

八幡「ん?」

凛「タダともって、恋人同士でも“タダとも”なのかな?」





八幡「…………は?」



一瞬、発言の意味が分からなかった。
つまりはアレか? 恋人同士ならタダともじゃなくてタダカプじゃないか? という意味か?



凛「……っ……な、なんでもない。忘れて」



言った後、顔を赤くしたと思ったら早足で先に行ってしまう凛。

……いったい何なんだったのだろうか。





程なくして近所のケータイショップに着く。
ソフトバンクに来た事から、どうやら会社を変えるつもりは無いらしい。

店内に入ると、色とりどりのケータイが目に入る。
どれもスマホばかりで、やはりガラケーは少なかった。



キョロキョロと辺りを見回す凛の横に立ち、訊いてみる。



八幡「何するかは決めてあるのか?」

凛「うん。一応ね」



やけに即答だな。
さっき機種変を決めたあたり、まだ考えてなかったと思ったんだが。


すると凛は、店内で一番スペースを取っている機種のコーナーまで歩いていく。
俺も使っている機種。ご存知iPhoneである。

やはり最近5Sが出た事もあってか、大々的に取り上げられているようだ。

そのコーナーの前で、ジーっと眺めている凛。



八幡「なんだ、お前もiPhoneにするのか?」

凛「うん。そうしよう、かな」



なるほど。大方さっき俺と話をしていて決めたのだろう。それなら即決にも納得出来る。
しかしそれにしたって中々の行動力である。見習いたいものだ。



八幡「羨ましいな。まだ在庫あるっぽいし、丁度良かったな」

凛「え? 何が?」



きょとんとした顔で訊いてくる凛。いや何がって……



八幡「5Sにするんだろ? 今は売り切れも多いみたいだし、在庫あって良かったなって言ったんだよ」



さっきは5で充分とは言ったが、それでもやっぱり最新機種は羨ましいからな。後でどんな感じなのか感想でも聞こう。



凛「あー……」



しかし凛はと言うと、特に嬉しそうといった反応でもない。



凛「私は、プロデューサーと同じのでも別に……」

八幡「あ?」

凛「何でもない!」



店内の音楽でよく聞き取れなかったが、とりあえず何でもないというのは分かった。



凛「あ、ねぇプロデューサー。これは?」



取り繕うように凛が指を指して問いかけてくる。
そこに配置されているのはiPhoneの中でもひときわカラフルなもの。



八幡「あぁ、5cだな。いわゆる廉価版だよ」

凛「廉価版?」

八幡「俺も詳しくは知らねぇけど、スペックは5と同じくらいで安く買えるらしい。あと、色がカラフル」



我ながら小学生並みの説明である。
いや持ってるわけじゃないんだから仕方ないだろ?



凛「ふーん……あ、ホントだ。外側がプラスチックみたいなんだね」



ふむふむと眺め回しながら品定めしていく凛。
俺はてっきり5Sにするもんだと思っていたが、凛はそのつもりでもなかったようだ。



凛「……決めた。これにする」



そう言って手に持っていたのは、水色の5c。



八幡「いいのか? 5Sにしなくて」

凛「うん。色が可愛いし、それにプロデューサーと同じような感じなんでしょ?」



まぁ正確には違うがな。
大体は一緒らしい。……たぶん。



凛「なら、私はこれでいいよ」

八幡「……お前が良いなら、止めはしねぇよ」



青って所も、お前らしいしな。




その後機種変の手続きを済ませ、新しいケータイを手に店を出る。
しかし思いつきでケータイ変えちゃうんだもんな……これが女子高生か。

あと、妙に受付から戻ってきた凛の顔が赤い。どうしたと言うのか。



凛「……受付の女の人がね」

八幡「おう」

凛「…………お連れの彼氏さんと、カップル割りはどうですかって」



おぅふ……
やってくれるぜ店員さん……!

そして言いながらも、更に顔を赤くしていく凛。
やべぇな、こりゃ俺も絶対赤くなってる!


何とも気恥ずかしくなってしまい、顔を背けつつ早足で歩いてしまう。
しかし凛が着いてくる気配も無いので、不振に思い振り返ろうとした時だった。




『永い間 雨に打たれ過ぎたーー』



不意に、ケータイの着信が鳴る。

ポケットから取り出し画面を見ると、表示されているのは“渋谷凛”の文字。
電話には出ないまま、振り返る。

すると凛は、買ったばかりのiPhoneを耳に当てつつ、期待するような表情でこちらを見ていた。



八幡「……はぁ」



仕方がないので、出てやる。



八幡「……なんだ」

凛『もしもし、プロデューサー?』



受話器越しの凛の声と、目の前の凛の声が重なる。



八幡「この状況で俺じゃなかったらおかしいだろうが」

凛『あはは、確かにそうだね』



楽しそうに笑う凛。
俺としては、ものスゴく恥ずかしいのだが。



八幡「ケータイ変えてはしゃいじゃってんのか? まぁ気持ちは分かるがな」



俺もsiriを使えるようになった時は一人でよく遊んだものだ。
同時に死にたくもなったがな。



凛『いいじゃん、折角のタダともなんだし。それに……』



ちょっとだけ躊躇った後、微笑みながら言う。



凛『最初は、プロデューサーに電話したかったからさ』

八幡「……」



……こいつは、ホントにずるいよなぁ。



八幡「……ちっ」

凛「あ、ちょっ、何で切っちゃうの!?」

八幡「なんか悔しくなったから」



顔が熱くなるのを誤摩化すように、足早にその場を後にする。
その横に凛が追いついて来たが、顔は向けない。向けられない。



凛「もう、まだ言いたい事あったのに」

八幡「まだあったのか……」



勘弁してくれ。
どれだけ俺のSAN値を削る気だ。



凛「さっきプロデューサーが言ってた、付き合ってく上で覚えていて貰いたい事。私にもあるんだ」

八幡「……一応、聞いておこうか」



果てしなく嫌な予感しかしないがな。
仕方ないので、一瞬だけ、顔を向けてやる。





凛「お休みの日にヒマな時は、私に連絡すること。……分かった?」





八幡「…………おう」



俺がそう言うと、彼女は満足そうに微笑んだ。





隣を歩くこの少女。

この少女が、俺の担当アイドル。渋谷凛。
どこまでも真っ直ぐで、いつだって優しい。


だから、非常に癪だが、覚えていてやるか。
ほんとぉーーーにヒマな時は連絡してやるよ。



幸い、電話はタダみたいだしな。







終わり



というわけで番外編でした!

今回は私の不用意な発言で期待を裏切ってしまい申し訳ありませんでした。
次の更新はいつになるかまだ分かりませんが、ちゃんと目処が立ってからお知らせするようにします!

感想などあれば、嬉しくなって調子に乗って頑張るかもしれないので、よろしくお願いします!

突然だけど、更新するよ!
短いけど勘弁してくださいね。












思い立ったが吉日とはよく言ったもので、例の総武高校ライブを決めた翌日、俺は早速我が母校、総武高校へと交渉へ向かう事にした。もちろん内容は、ライブを行うにあたっての学校側の許可である。


ちなみに凛たちは今頃レッスン中。
俺がいなくても平気だろうか。いやむしろいない方が捗っているまであるかもしれん。
よく考えたらレッスンに付き添って何事も無かった記憶が無いもんな(主にキノ子絡みだが)。

加蓮の体力も考えて今日は軽めの内容にすると言っていたが……いささか不安も残るな。まぁ、杞憂であることを祈ろう。

それよりも、心配しなければならないのはむしろ俺の方である。

正直、今回のライブの許可なのだが、厳しいのではないかと俺は予想している。



何故かと言われれば、それは学校側に特にメリットが見受けられないからである。


学校としては文化祭も終わり、体育祭も終わり、修学旅行も……あれ? 修g…うっ、頭が!

ま、まぁとにかくだ。色んなイベントを経て、これからはやっと落ち着いて勉強に集中出来るという時期に、更に急遽イベントを持ってくるのだ。


場所と時間、更には費用だってかかる。全てうちのプロダクションで賄うわけにもいかないからな。
そうまでしても内容は言ってしまえば娯楽程度。生徒に喜ばれる事はあっても、教員連中にとっては良い話でもないだろう。


それに何よりも、圧倒的に知名度が無い。



勿論それを良くする為の学校でのライブなのだが、そのせいで断られてしまってはどうしようもない。

そりゃ知りもしないアイドルにライブやらせてくれなんて言われても困るだろうな。俺だって困る。ってか困ってる。


しかしそうも言ってはいられまい。
一応交渉材料も用意してはいる。が、それでも上手く事が運ぶは微妙だろうな。

まぁうだうだ言っていても仕方がない。ここは、一番交渉を持ち込みやすいあの人から攻めてみることにしよう。というかあの人以外に交渉出来ない。



……て、鉄拳の一発や二発は覚悟しているさ(E4突撃スマイル)。















平塚「いいんじゃないか? やってみるといい」



総武高校の職員室の奥。
パーテーションで区切られた応接スペース。そこで我が担任、平塚先生はなんの気も無しにそう言った。



八幡「……は?」

平塚「私から上に掛け合ってみよう。それほど大きな規模のライブでなければ、許可くらい降りるだろうさ」



いやいやいや、いいんじゃないかって、え?
そんな簡単に許可出しちゃっていいの?

まさかこんなに簡単に了承されるとは思ってもいなかったので思わず唖然としてしまう。

そんな俺の反応が面白くなかったのか、ムッとした表情で俺を見る平塚先生。



平塚「何だその顔は? まさか君は、私が許可を出さないとでも思っていたのかね?」



図星だった。



八幡「いや、まぁそう言われるとそうなんですけど……」

平塚「見くびってもらっちゃ困るな比企谷。生徒の頼みに首を縦に振らない教師がどこにいる?」



ま、内容にもよるがね。と付け加え、苦笑しながら煙草に火を灯す平塚先生。
やだカッコいい。またもや惚れそうになっちゃったぜ。なんで結婚出来ないんだろう。今更か。



八幡「けど俺が言うのもなんですけど、そんな簡単に許可って出るもんなんすか?」



勿論こちらとしては大助かりなのだが、それでもここまであっさりと許されると逆に恐い。
すると平塚先生は嫌な笑みを浮かべ、こんな事をのたまった。



平塚「言っておくが、私が上に掛け合うのはあくまで”学校でライブをやる許可”だぞ?」

八幡「は?」

平塚「だから何も、授業を割いたり、場所を提供するとまでは誰も言っていない」



え? それってつまり……どゆこと?




平塚「さすがに授業を中断するのは無理だからな。そうなれば放課後が妥当だろう。しかし放課後は部活動がある。ライブの出来る体育館やグラウンドを使うには、体育館やグラウンドを使用する格部の部長や顧問に許可を貰わないといけないな。その辺は私にはどうする事も出来んよ」



やれやれといった様子でかぶりを振る平塚先生。
なるほどな、平塚先生が許可を貰えるのはあくまでライブ自体の許可。場所や時間は自分にどうにかしろって事か……マジか。

くそっ! さっきのときめきを返せ! だから結婚出来ねぇんだよ! 今更か。



八幡「あーつまり何ですか。要は自分でライブを出来るように交渉して頼んで回れと」

平塚「これも営業、だろう? 良かったじゃないか。本番前の予行練習が出来て」



良くない。全然良くない。
他に比べれば楽に仕事を取って来れると思ってやって来たのに、これでは意味がないではないか。



八幡「はぁ……仕事したくねぇなぁ」

平塚「おい。一応キミは今営業に来てるんだろうが。得意先に本音を零してどうする」



平塚先生は呆れたようにそう言うと、灰皿へ煙草を推し当て、腕を組む。



平塚「そこまで悲観する事もあるまい。相手は級友と教師だよ」

八幡「俺にとっちゃ、それは赤の他人と同義ですよ」



まぁ教員たちは分からんが、生徒からすれば間違いなく誰お前状態だろうな。
それに知っていたら知っていたで、逆に印象が悪くなるまである。もしかしたらそれこそ知らぬ仲の方がマシかもしれない。



八幡「それに、問題はまだあります」

平塚「問題?」

八幡「出来る事なら、俺がプロデューサーをやっている事を知られたくないんですよ」



悪名轟くグレン団! なんて自惚れちゃあいないが、それでも少しは俺の事を知っている奴はいる。それも悪い噂を。
そんな奴らからすれば、俺がプロデュースしてるってだけで、アイドルの印象が悪い方へ行くかもしれない。そんないらんトラブルは避けたいのだ。



八幡「ただでさえ噂になってるんすから、これで俺が頼みに回ったら自己申告してるようなもんですよ」



教員たちには学校の関係上、俺がプロデューサーをやっている事は知られている。なので顧問にのみ交渉を持ち掛ければ問題は無いのだが……しかし教員連中はこちらの事情を知らない。

もし顧問に交渉を持ち掛けて「生徒たちに任せるから、直接聞いてみてくれ」なんて言われたら詰みだ。

最初に平塚先生に申し出たのも、その辺を請け負ってくれるかなーなんて期待もあったのだが……



平塚「身から出た錆だ。自分で何とかしたまえ」

八幡「さいですか……」



この通りであった。



平塚「……まぁ、もしもの時は」



平塚先生は悪戯っぽく微笑んだ後、ゆっくりと立ち上がる。



平塚「私が顧問をしている部活を訪ねてみるといい。あそこには、頼れる子たちが揃っているよ」



背中を向け立ち去っていく平塚先生。


「ま、今は一人休んでいるせいか、少しもの寂しいがね」


そう言い残していく後ろ姿を、俺は黙って見送っていた。



……ったく、どいつもこいつも素直じゃねぇな、ホント。
















場所は変わって奉仕部。
かつては嫌々通っていたこの部室も、今となっては懐かしさを感じてしまう。

かすかに漂う紅茶の香りが、何故だか、酷く尊いものに感じられた。


と、別に干渉に浸る為に奉仕部を訪ねたわけではない。
理由はさっきの平塚先生との会話の通り。交渉に当たっての相談である。



雪ノ下「つまり、比企谷くんの代わりに私たちが場所を提供して貰えるよう頼み込んできなさいと、そういう事で良かったかしら?」

八幡「……言い方がどこか辛辣だが、まぁそういう事だ」



顎に手をやり、いつのも澄ました表情で俺を見る雪ノ下。
相変わらず俺への対応は冷たい。俺の悪事が完全ホールドされそうだ。いや相模の話はしてないです。

そして考え込む雪ノ下と違って、妙に嬉しそうにしているのが由比ヶ浜。



由比ヶ浜「なるほどねー、じゃあじゃあ、あたしも仲良い子の部活回ってみるよ! 部長やってる子はそんなに知らないけど、その子から頼んでもらえるかも!」

八幡「いや、頼むのは体育館とかグラウンドを使ってる部活だけで良いんだよ。ライブ出来そうな場所を探してるわけだしな」

由比ヶ浜「あ、そっか。そうなるとー……うーん……隼人くん?」

八幡「グラウンドは諦めるか」

由比ヶ浜「即決だ!?」



あーそういや葉山ってサッカー部の部長やってたんだったな。忘れてた。
いやしかしそうすると、それって決行ラッキーなんじゃないか?

あいつは俺がプロデューサーをやっている事を知ってるし、頼めば恐らくは許してくれるだろう。


……けどなぁ。



八幡「あいつに頼むのはなんか嫌だ」

由比ヶ浜「何で!?」



何故だろう。負けた気になる。



八幡「けど真面目な話、俺はどちらかと言えば体育館でのライブをやりたいと考えてる」

由比ヶ浜「え? どうして?」



キョトンした表情で?マークを頭上に浮かべる由比ヶ浜。
それに対して答えたのは雪ノ下だった。



雪ノ下「ステージの有無、ね」



Exactly、その通りである。



八幡「ライブをやるんなら、やっぱステージは必要になるからな。体育館は元々粗末ではあるが、ステージは設けられているし、証明や音響もある程度は揃ってる。準備にはそれほど手間取らんだろ。けどグラウンドは別だ」

由比ヶ浜「あーそっか。色々準備しなきゃいけなくなるんだね」


そう、グラウンドは基本更地。そこに仮設のステージやら照明やら音響機材やら、言ってしまえば1から形作らなければならない。そういった面で見れば、体育館は圧倒的にライブに適した環境なのだ。



八幡「それにそれだけ用意をすれば、費用もかかる。うちのプロダクションも、まだ名の売れてないアイドルに金を出す程お優しくもないだろうし、出来れば低コストで進めたい」

由比ヶ浜「世知辛いね……」



神妙な顔つきで唸る由比ヶ浜。
そういやコイツ、妙に主婦っぽい所があったな。



八幡「ま、別にそこまできっちりやる必要はないかもしれんがな。どっかのスクールアイドルだって最初はグラウンドで歌って踊ってたし」

雪ノ下「けれどそれにしたって、音響は最低限必要になるわ。まさか地声でライブをするわけにもいかないわけだし」



それこそ、路上ライブと大差ない。
やっぱ体育館での方がいいんかねぇ。



雪ノ下「……というか、何故私たちが手伝うという話で進んでいるのかしら?」



見ると、雪ノ下はこちらを睨むように見据えている。やめろよ。石になったらどうすんだ。



雪ノ下「元々は、あなたが自分を顧みない手法を取ったのが原因でしょう。それならば、平塚先生が言ったように自分で責任を取るのが筋じゃないの?」

八幡「うぐっ……」

由比ヶ浜「ゆ、ゆきのん! で、でもさ、ヒッキーがこうして頼んでるんだし……ね?」



雪ノ下を宥めるように、肩に手を置く由比ヶ浜。



由比ヶ浜「……あたしね、この間ヒッキーが頼むって言ってくれた時、嬉しかったんだ」

八幡「……」

由比ヶ浜「ヒッキーいつも勝手やっちゃうしさ。あたしたち、ううん、あたしって頼られてないんだって、そう思ってた」



ぽつりぽつりと言葉を零す由比ヶ浜
小さく笑ってはいるが、その言葉と表情には、悲しみの色が伺える。



けれどそれも一瞬で、俺に向き直った由比ヶ浜は、いつもの屈託のない笑顔を浮かべていた。



由比ヶ浜「だから嬉しかったんだ。私も、奉仕部の一員なんだって思えて」



純粋なその笑顔を向けられ、思わず目を反らしてしまう。
……別にそこまで考えて言ったわけじゃねーよ。



由比ヶ浜「ね、ゆきのんもそうでしょ?」

雪ノ下「わ、私は……」



由比ヶ浜に急に振られ、雪ノ下は少しだけ驚き、そして少しだけ言い淀んだ。



雪ノ下「……私は、さっき言った事が本音だし、撤回する気も無いわ。けれど…」



今度は、雪ノ下が俺を真っ直ぐに見つめる。
その、嘘の無い瞳で。



雪ノ下「これは神谷さんから奉仕部への依頼。その上で、確かにあなたがプロデューサーだという事が知られれば依頼へ支障をきたすのも事実。……だから、今回は手伝ってあげるわ」



最後の方だけ若干恥ずかしそうに言い、そしてすぐに目を逸らしてしまう。

僅かに頬を、紅潮させて。



雪ノ下「べ、別にあなたから頼まれてから引き受けたわけではないわ。あくまで依頼だからよ」

由比ヶ浜「……」

八幡「……」



何となく、由比ヶ浜と目が合ってしまう。
そして、思わずお互いに吹き出してしまった。



雪ノ下「……あなた達、その反応は馬鹿にしていると取っていいのかしら?」



見るとジト目でこちらを睨んでいる雪ノ下。
いやだってなぁ?

もう、ツンデレ乙としか言いようが無い。



由比ヶ浜「ゆきのんは可愛いな~♪」

雪ノ下「ちょ、由比ヶ浜さん? 頭を撫でるのはやめてちょうだい……!」



楽しそうにじゃれ合う二人を見て、思わず頬が緩む自分がいる。
この光景も、また懐かしいと思う時が来るのだろうか。



大切なものほど側に置いてはいけないと、どこかで聞いた事がある。

遠距離恋愛の方が実は長続きするとか、無くして初めて大事だったことに気付くとか、確かそんな風な話だった気がする。

離れているからこそ、その尊さを、儚さを実感出来る。


もしも俺が、プロデューサーをやっていなくて、未だこの奉仕部に残っていたら、どうなっていただろうか。
……いや、それは考えるだけ無駄だろう。


俺は、もう選択したのだから。
人生にセーブポイントなんて無いし、戻る事だって出来やしない。



雪ノ下「比企谷くん、ニヤニヤしてないで、交渉内容について話し合いあいましょう。気持ち悪い」

八幡「ちょっと? そんな物のついでみたいに罵倒を付け足すのやめて貰える?」

由比ヶ浜「ほらほらいーから、早く考えよ!」



もしも、あの時別の選択をした俺がいたのなら、それはその時の俺に任せよう。

俺は俺で、この選択を選び抜こう。



いつか、間違いでなかったと言えるように。






今回はここまでになります!

俺ガイル勢だけは何気に初かな? まぁ8巻発売記念という事で!
一応ネタバレはしない方向で行こうと思いますのであしからず。

やっぱ俺ガイル面白い(8巻読んで)。

速報:凛ちゃんが動いた。可愛い。

いやホント筆が遅いわ内容短いわで申し訳ないんですけど、どうか気長に待ってくださると助かります。
それと断言しますが、今週末は更新します。ちひろさんに誓います。だからみんな穏便にね!

あと、今日はモバマスの二周年記念日。この良き日くらいは仲良く好きな子でも語り合ってもらえると嬉しいです。
トラプリにキノ子もCD化クルー?とか、嫁が動いてくれなかったーとか、アイプロの凛ちゃん可愛いーとか。ま、俺は今の今まで仕事だったけどな!

シンデレラガールズ二周年おめでとう!

え、ってか今気付いたんだけど、俺のアイオライト凛ちゃんにボイス追加されてる? マジで!?
うおおおおおおおおおおおおおおおおおおめちゃくちゃ嬉しいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!

最初から読み直してたらワロタ

39: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/07/21(日) 04:30:37.50 ID:Tj8frYOI0

八幡「……俺は」

社長「まぁ急に決めるのは難しいだろう。会社の電話番号と住所は名刺に書いてあるから、気軽に連絡してくれたまえ」

八幡「え? いやちょっ……」



「む、そこのキミぃ! ちょっといいかい?」
「なんだよ。あたし早く帰ってチバテレビでアニメ見たいんだけど」
「ティンときた! アイドルをやってみないかね?」
「は、はぁ!? あ、アイドルなんて、興味、ねぇ…し!」



行ってしまった。
どぉすんだこれ……

さぁ! 投下の時間だ!

いや遅くなってすいません。私の中で週末は日曜までなので……










奉仕部で(主に雪ノ下と)今後の取り組み方を考慮した結果、主に次の三つが挙げられた。


1、放課後に体育館を使わせてもらう為の許可。

2、衣装、舞台装置等の準備。

3、ライブを執り行うに当たっての宣伝。


まぁ細かく言えば他にも色々と準備しなければならない事はあるが、大きく分ければこんな所だろう。
そして問題なのは、これらを行う手段だ。

最初に懸念していたように、俺は下手に大っぴらに動けない。
俺がプロデューサーとバレる事で、アイドルたちに迷惑がかかる可能性が出てくるからな。


……まぁ、最悪それを逆手にとる方法もあるにはある。
当たり前だが出来るだけ使いたくはない。あくまで最後の手段だ。

この制限がある中で交渉を進めるには、やはり癪だが、雪ノ下たちの手を借りるしかない。

しかし実際、まだ問題はあるようだ。





八幡「費用が降りない……?」



あまりに状況の良くない報せを受話器越しに聞き、思わず低い声を出してしまう俺。
相手はご存知シンデレラプロダクションの事務員、ちひろさんである。



ちひろ『し、仕方ないじゃないですか~、これでも私も掛け合ってはみたんですよ?』



俺が怒っているように聞こえたのか、弱々しく返してくるちひろさん。
とりあえず威圧感を与えないよう、自分を落ち着かせ問い返してみる。



八幡「やっぱり、名が売れてないのが一番問題なんですか?」

ちひろ『そうですねぇ、やはりそれが大きいと思います。けど、社長だって手を貸してはあげたいみたいなんですよ?』



そう言われて思い出すのは、あの真っ黒な社長(意味深)。



ちひろ『出来るだけの要望は叶えてあげたいそうなんですが、如何せんアイドルの数が数ですからね。贔屓には出来ないそうです』



確かにな。今回のライブは殆ど自主的なモノだ。ギャラだって出やしない。
そんなあくまで宣伝目的のライブに金を使ってしまったら、他のアイドルの子達にも同じ扱いしなくてはいけなくなるのだろう。



ちひろ『申し訳ありませんけど、私たち会社側からしてあげられる事はあまり多くはありません……けどもちろん、宣伝は出来るだけしますよ! 広告とか大々的な事は無理ですけど、ホームページや関係者に紹介するくらいなら!』



明るくそう言ってくれるちひろさん。

本当なら、こうして1プロデューサーが事務員さんに協力を仰ぐ時点であまり褒められた手段ではないのだが……
それでも、ひちろさんは手伝ってくれる。

事務員という公平でなければならない立場で、出来るだけの協力をしてくれる。
デレプロ奉仕部顧問というあって無いような役職を、全うしようとしてくれている。

……本当にお人好しな人だよな。



八幡「……ありがとうございます。それだけで、充分ですよ」



思わず口の端が上がるのを自覚しつつ、一応電話越しにお礼を言っておく。
たぶん直接面と向かっては言えない事を。

だがちひろさんは良く分かってはいないようで、まだ喋っている。



ひちろ『いやいや良いんですよ! 本当ならもっと私も手伝ってあげたいんですけど、最近は事務仕事も増えてきたし、それに私三ヶ月以上も出番が…』



と、何やら余計な事まで言い始めたので電話を切る。
ほんの5日ほど前まで一緒に仕事していたというのに、何を言っているのやら。

そしてふと視線を感じて振り返ると、雪ノ下があまり宜しくない表情をしている。
そういや、今奉仕部の部室にいるんだった。



雪ノ下「予算、降りないのかしら?」

八幡「ああ。やっぱ新人にそこまでの事は出来んらしい」


考えてみれば当たり前の事なんだがな。
けどそれでも、少なからず期待してしまうのが人間というものだ。
だから、戸塚が実は女の子なんじゃないと思ってしまうのも仕方が無い。



雪ノ下「そうなると、益々体育館でのライブが好ましくなってきたわね。グラウンドはあくまで保険といった所かしら」

由比ヶ浜「で、でも、それでも他にもお金が必要になってくるんじゃない? ほら、衣装とか」

八幡「衣装か……」



そこでふと思い出すのは、一人の少女。
あいつならそういった事は任せられるかもしれんが、協力してくれるかどうか。



八幡「……」

雪ノ下「何か、思い当たる人でもいるのかしら」

八幡「! いや、ただの思いつきだ。どうせ無理だろうよ」



不意に話しかけ、ジッと俺の様子を見る雪ノ下に驚きつつも返す。つーか何で人って分かったんだよ…
だが、その言葉はあまり好ましくなかったらしい。

雪ノ下にも、由比ヶ浜にも。



雪ノ下「ハァー……」

八幡「な、なんだよ」

雪ノ下「比企谷くん、あなたって人は本当に…」

由比ヶ浜「ダメダメだね」



うぐっ……!
まさか由比ヶ浜にまでそんな事を言われてしまうとは。

やめろ! そんな雪ノ下みたいに見下したような目で見つつ溜め息を吐くな!
雪ノ下からのそれは慣れてはいるが、由比ヶ浜にやられると、なんかホント落ち込んでしまうから不思議である。泣きたい。



由比ヶ浜「ヒッキー」



すると今度は、珍しく真面目な表情で俺を見つめてくる由比ヶ浜。



由比ヶ浜「ヒッキーは、いつだって自分の事をそうやって低く見るけどね……きっと、そう思わない人だって沢山いるよ」

雪ノ下「沢山は言い過ぎよ。由比ヶ浜さん」

由比ヶ浜「す、少しはいるよ! ……と、思う」



なんなのお前ら。ホントに励ましてくれようとしてくれてる?
根拠の無い励ましは脅迫に似ている。誰かが言ってたのを思い出してしまった。



由比ヶ浜「だ、だからね。そうやって諦めないで、面と向かって頼んでみたら良いと思うんだ。きっと、手伝ってくれる人はいるよ」

「私たちみたいにさ」と言って笑う由比ヶ浜と、「私は依頼だから違うけれどね」と笑わない雪ノ下。

そんな二人を見て、そんな奇特な奴らがいるだろうかと、思い返す。



…………。



いや、いないな。うん。普通に考えていないわ。

……まぁでも、そこまで言うんだ。
やるだけ、やってみるとしますかね。



八幡「……由比ヶ浜、雪ノ下」

由比ヶ浜「! なに?」

雪ノ下「何かしら?」

八幡「体育館でのライブ許可、校内での宣伝活動を頼みたい。……いいか?」



俺が恐る恐るそう言い、二人の反応を伺ってみる。
見れば、二人はお互いの顔を見合わせ、笑いながらこう言った。



由比ヶ浜「任せて!」

雪ノ下「任せなさい」



……どうやら平塚先生の言う通り、頼れる連中が揃っていたようだ。

俺がここにいた頃じゃ、絶対に分からなかったな。
誰かに対する頼もしさなんて。



雪ノ下「体育館での許可については私の方からアプローチをかけてみるけれど、グラウンドはどうするの?」

八幡「そこは保険として、俺の方から交渉してみる」



幸い、二人ほど心あたりがいるからな。



雪ノ下「分かったわ。それじゃあ宣伝は由比ヶ浜さんにお願いしてもいいかしら?」

由比ヶ浜「うん! ビラとか作ったり、友達に話して回ったりしてみる!」



ならば、残る不安材料は衣装や小道具か。
これも、さっきの通り一人心あたりがいる。頼んでみるしかあるまい。



雪ノ下「私たちに出来るのはここまでね。後は、あなたと渋谷さんたち次第よ」

由比ヶ浜「頑張ってね、ヒッキー!」



それはあいつらに直接言ってやってくれ。
やっぱ一番大変なのは、ライブをやる本人たちだろうからな。

……けどここまでお膳立てしもらうんだ。やっぱ言っといたほうがいい……よな。



八幡「……あ、…ッ……」

由比ヶ浜「? ヒッキー?」

雪ノ下「一体どうしたの? まさか死んだ魚のような目のせいで、呼吸まで出来なくなったのかしら」



酷い言い草である。

ええいこっちの気も知らずに!
もうヤケだ!





八幡「…………あ、ありがとな…」





俺のようやく絞り出したその言葉に、二人は最初目を丸くしていたが、その後は嫌になるくらい笑っていた。
くそっ、人がお礼言ってんのに笑うって何事だよ。

……まぁでも、その笑顔を見ていたら、割とどうでもよくなった。


なんだか頑張れるような気がしたのは、きっと気のせいなんだろう。











その後進めていくやり方を細かい所まで話し合い、お開きとなった。そしてこれが重要なのだが…



ライブの決行は一ヶ月後。



それまでに、出来る準備をしていく事になった。

学校での事は雪ノ下たちに任せて、俺は俺の出来る事をやっていく。
まぁ、主にアイドルたちの事だがな。

しかし、これが思った以上に大変そうだった。というのも……



奈緒「なー比企谷ー。ホントにやるのかー? 別にうちの高校じゃなくってもいいだろー?」

八幡「もう決めた事だ。諦めろ」カタカタ ←活動報告書作ってる

奈緒「いやでもさぁ、自分の学校でライブとか……恥ずかし過ぎるだろぉ?」

八幡「お前だって、あの時は乗り気だったじゃねぇか」カタカタ

奈緒「いやそりゃあん時はテンションが上がってたっつーか、言い出せないノリだったし…」

八幡「そういや、加蓮はどこいったんだ?」カタカタ

凛「そこのソファーでダウンしてるよ」

八幡「……」



こんな感じであった。
お前ら本当に大丈夫なのか……



俺たちは今、お馴染みの事務スペースにいる。

ちひろさんの前に俺、俺の両隣に凛と奈緒。加蓮はソファーでダウン。
つーか奈緒よ、わざわざ椅子持ってきてまで俺の隣にこなくてもいいんじゃないですかねぇ……



ちひろ「今日のレッスン、そんなに大変だったんですか?」

凛「いや、普通にストレッチして、軽く走って、後は簡単なダンスレッスンだったけど……」

ちひろ「思った以上に加蓮ちゃんの体力が落ちていた、と……」

凛「みたいですね」



苦笑いを浮かべる凛。
まぁそんな表情にもなるだろうな。こればっかりは仕方が無い。



加蓮「大丈夫、だよ……」



と、そこにフラフラとおぼつかない足取りで加蓮がやってくる。
心無しか顔色も悪い。大丈夫? 死なないよね?



加蓮「明日から少しづつレッスンの時間増やして、頑張るから…あっ」



ちょっとした段差で軽くこけ、地面にぺたんと座り込む加蓮。ぺたん娘である。ただし胸はry



奈緒「ちょ、大丈夫か加蓮?」

加蓮「あはは、少し躓いただけだから、へーきへーき…」



そこで加蓮が前を向く。
目線は丁度俺の足下。つまりはデスクの下。






輝子「フヒ……けが…無い……?」


加蓮「きゃあぁぁぁああああッ!??」






バタンキュー。
まさにその言葉がぴったりなほど奇麗にパタリと倒れる加蓮。



奈緒「うおぁびっくりしたぁ! って、加蓮!? かれーーんっ!?」



慌てて加蓮に駆け寄っていく奈緒。



凛「もう、驚かせたらダメだよ輝子」

輝子「め、面目ない……」



めっ、と叱る凛にショボーンとする輝子。



八幡「…………」



一言で言おう。

不安だ。



ちひろ「あ、スタドリセットいかがです?」

八幡「いりません」カタカタ

ちひろ「(´・ω・`)しょぼーん」












あれから一週間。
なんだかんだと三人は順調にレッスンをこなしていっている。

まぁ奈緒はいまだにやめないかと言ってくるし、加蓮はレッスンが大変そうだけどな。

前にレッスンに付き添った時に、「ちょっと、プロデューサー、疲れ、ちょっとぉ……」と言いながらベテラントレーナーさんに引っ張られていった時は、さすがに可哀想になった。まぁ何もせず見送っていたんだが。


さて、そして今日は俺が可哀想になるかもしれない。
残る問題の一つである、衣装についてだ。

さすがに買ったり、プロに頼んだりは出来ない。となると、やはりコチラ側で用意するしかない。
そこで頼めそうな人物を探す。と言っても、俺の周りでそんな奴はあいつしかいない。


そう。ご存知、川なんとかさんである。知らねぇじゃねぇか。


まぁ悪ふざけは止めにして、今回は衣装方面をクラスメイトの川崎沙希に頼む事にした。
あいつは裁縫が得意だし、文化祭の時もクラスに貢献していたからな。人材のチョイスとしては申し分無いだろう。


が、引き受けてくれるかは正直怪しい。というか断られる可能性の方が高い。
そこで、少しでも可能性を高める為にこんな場を用意する事にした。





川崎「話は分かった。衣装が必要だって事も」

八幡「そうか。引き受けてくれるか?」

川崎「その前にまず、訊きたいんだけど」



テーブルをコツコツを指で鳴らしながら、川崎は相変わらず不機嫌そうな顔で隣を見る。



川崎「なんでこの二人もいんの?」

小町「あ、小町の事は気にせず、続けてください」ニコニコ

大志「そうだよ姉ちゃん。お兄さんの話を聞かなきゃ」



向かい会う俺たちの隣には、我が妹小町と、川崎の弟の大志がいた。まぁ大志も川崎だが。つーかお兄さんって呼ぶな。

まぁ川崎にアプローチをかけるにあたって、この二人はどうしても必要だったのだ。

まず、川崎の連絡先を俺は知らない。
そうすると必然的に小町から経由して、大志、川崎と連絡を取ってもらう必要があったのだ。

学校に行って直接話すという手もあったのだが、そちらだと色々と面倒だからな。
それに何より、弟も同伴の方が川崎の機嫌が良い。
上手いこと姉を誘導してくれよ。でなければ呼んだ意味が無い。というかホントは呼びたくなかった。


川崎もあまり深くは突っ込む気が無かったのか、今度は違う質問を出して来た。



川崎「じゃあ、なんでサイゼ?」

八幡「俺の趣味だ」



学生の天国、サイゼリアの空気が川崎の良心を掻き立ててくれるだろうという、俺の采配だ。
いや、俺が好きなだけなんですけどね。



川崎「まぁいいや……衣装を用意する事自体は別にいいよ。あんたには借りもあるしね」

八幡「ホントか?」



あまりにあっさりと了承してくれた為、俺が思わず聞き返すと、川崎はぷいっと顔を背ける。



川崎「別にそんな、大した事じゃない。こういう作業も嫌いじゃないし……けど」



そこで川崎は真剣な表情になると、俺に面と向かって顔を向けてくる。
やべぇ怖い……キルラキルされそう……



川崎「もう一個だけ、訊かせてくれる?」




八幡「なんだ?」

川崎「あんたはさっき言ってたように、プロデューサーやってる事をバレたくないんだよね」

八幡「ああ」

川崎「じゃあなんで、あたしには教えて良いと思ったわけ?」



どうして自分には教えてくれたのか。
何を訊いてくるのかと思えば、問いかけられたのはそんな事だった。



川崎「別に衣装を作って貰う理由なんて、誤摩化す方法はいくらでもあったでしょ。あんた口は達者そうだし」

八幡「それって褒めてんのか…」

川崎「そうせずにわざわざ事情を話してくれたのは、なんで?」



真っ直ぐに見据えてくる川崎。
その視線に、思わず気圧されそうになる。

まぁ、正直その手もあったかという気持ちだったが、川崎なら話しても良いと思ったのも事実。
何故かと言えば…






八幡「川崎なら(誰にも言わないと)信用してるからだよ」

川崎「っ……はぁ!?」カァァ



小町「ほうほう!」キラキラ

大志「姉ちゃん、頑張れ!」


顔をみるみる赤くしていく川崎。

そんな変な事言ったか俺? なんか外野も騒がしいし。
川崎ならどうせ誰も言う相手がいないと思っての発言だったんだが。



川崎「な、何バカな事言ってんだか……!」



そしてまたもぷいっとそっぽを向く川崎。
気をつけて。ポニーテールが揺れてドリンクに付きそう。



八幡「川崎?」

川崎「う、うるさい! 仕事は引き受けるから!」



良かった。やっぱりやめるとか言われたらどうしようかと思った。
これで衣装は何とかなりそうだ。

俺がほっと胸を撫で下ろしていると、やっと落ち着いたのか、川崎が言ってくる。



川崎「けど、今からじゃ時間も金もない。古着屋でテキトーに見繕って、後は私がリメイクするくらいになるよ」

八幡「それでいい。充分だ」

川崎「なら、そのアイドルたちの採寸を測りたいから、一度会って……」



その後小一時間ほど打ち合わせをし、これからの行程を決めて行った。
これで衣装は任せられる。


残る問題は……











あれから二週間。

ライブに向けての準備は順調に進んでいる。


凛たちのレッスンも本格的になってきた。
最近ではマスタートレーナーさんにも協力してもらい、ライブでやる曲やダンスの打ち合わせまで行っている。

いまだに奈緒は恥ずかしい恥ずかしいと言っているがな。ちなみに加蓮は二重飛びが出来るようになったと喜んでいた。俺は笑ってやる事しか出来なかった。なお胸がry ←見ていたら凛にグーで殴られた。


雪ノ下は体育館でのライブ許可を何とか貰うことが出来たようだ。

まぁ元々あいつは有名人だったしな。そんな奴にいきなり頼まれたら断れんだろう。
それに交渉術にも長けているしな。……やっぱあいつがプロデューサーやればいいんじゃねぇ?


由比ヶ浜はビラとポスターを自作し、校内に張ったり、配ったりしているらしい。
“今話題のシンデレラプロダクションのアイドルによるライブ!”
その宣伝効果もあってか、まずまずの反響を見せているとか。


そして何より、あのトップカーストグループが手伝ったりしているらしい。



ここは、由比ヶ浜の強みだな。
それだけやれば、校内に広まるのも遅くはない。


噂は噂を呼び、いずれは学外まで。
料金も取らずに見れるとあれば、近い学校の生徒くらいは呼び込めるだろう。

何でも城廻先輩にも頼んで、総武高校のホームページでも宣伝して貰ったらしい。
あの人の事だから、心よく引き受けてくれたんだろうな……


ここまで、順調に進んできている。
順調過ぎて、怖いくらいに。






八幡「直前で、何かトラブルでも起きなきゃいいけどな」



もうすっかり日も暮れ、夕闇に染まっていく街並み。

一人ごちながら、レッスンスタジオへと俺は歩いていた。

なんでも、レッスンが終わっても凛たちは自主的に練習に励んでいるらしい。
なのでまぁ、いわゆる差し入れというものを買いに行っていたのだ。


階段を上り、レッスン場の扉の前までやってくる。

しかし、ドアノブに手をかけるその直前で、声が聞こえてきた。




奈緒「……あたし、ホントにライブ出来るかな」




その不安そうな声に、思わず手を止めてしまう。
別に盗み聞きしようとしたわけではないが、何故か歩を進める事が出来なかった。



凛「奈緒……」

加蓮「……」



どうやら凛と加蓮もいるようだ。
しかしその声の様子は、いつもの明るいものではない。



奈緒「ごめん、情けないよな。ここまで頑張っておいて、こんな事言うなんてさ。……でも、どうしようもなく恥ずかしくて…………自信が出ないんだ」



いつもより弱々しく、そのか細い声が、どうしようなく耳に残る。



加蓮「……アタシだってそうだよ」

凛「加蓮……?」

加蓮「アタシだって、自信が無い。ううん、怖いんだ」



加蓮の声が震えているのが分かる。
ただ黙ってその会話を訊いている事が、まるで懺悔されているようで、俺は息を止める事しか出来ない。



加蓮「どれだけレッスンしても、上手く踊り切る事が出来ても、それでも、不安が消えない。本番で倒れちゃうんじゃないかって、緊張でダメになっちゃうんじゃないかって、怖いんだ」



気持ちは分かる。

いや、俺にそんな残酷な事は言えはしまい。
結局の所、他人の気持ちなんて分からない。どれだけ共感した所で、それは他人事。自分ではない。
俺はアイドルもやっていないし、ライブなんてする機会も一生やってはこないだろう。

だから、俺には彼女たちの苦悩が分からない。

そんな俺に、彼女たちにかける言葉があるのか……?



八幡「………」



俺はーー















凛「それがどうしたの?」










八幡「ーーっ」



思わず、目を見開く。

その澄んだ声に、射抜かれたような気がして。




奈緒「り、凛……?」

凛「……二人とも聞いてくれる? 今から話すのは、私の友達のお兄さんの話なんだけどさ」

加蓮「ちょ、ちょっと凛、どうしたの?」



いきなりの話の展開に、困惑した声になる二人。
おいおいホントにどうしちゃったの? 俺の真似?



凛「いーからいーから。その人はね、本当にどうしようもない人なの」



言い聞かせるように続ける凛。
少しだけ嫌な予感がした。






凛「その人は、シスコンなの」






やだ、仲良くなれそう。
つーか俺だよね凛ちゃんんんんんんんんんっ!!??


俺の心の声も虚しく、話を続けるリンちゃんなう。



凛「なんでもね、その妹さんが小さい頃、舞台で歌を歌う事があったんだって」

奈緒「舞台?」

凛「うん。まぁ小学校低学年の頃だったから、そこまで大きなものでは無かったみたいだけど。とにかく、その妹さんは嫌だったみたい」

加蓮「緊張しちゃってたって事?」

凛「うん。そこでそれを知ったお兄さんは、どうしたと思う?」



あー俺知ってるわー何故かその後の展開が読めるわー。
つーか、言わないでくださいお願いします。






凛「一緒に、歌って踊ったんだって」


奈緒・加蓮「「…………は?」」






いや懐かしい。
あん頃は色々無茶したなぁ。会場もビックリしてたよ。
ま、そりゃ舞台袖から女装少年が出て来たらびっくりもするわな。あっはっはっは。
凛ちゃーーーーんッ!!??



凛「そんなお兄さんを見て、緊張してる自分がどうでもよくなった妹さんは、今では歌って戦えるようになりましたとさ」

加蓮「めでたしめでたし、なのかな……?」

奈緒「どこのプリキュアだよ……」



呆れた声の二人。そらそうだわな。
何故俺は自分の知らない所で黒歴史を語られているのか。恐らくというか絶対小町のせいだな。



凛「……そのお兄さんはさ、無理をさせようとはしないんだよ。絶対」



今度は打って変わって、穏やかな言葉で語りかける凛。
その声には、どこか優しさが含まれていた。



凛「その時だって、『一緒に踊ってくれる?』って妹さんに頼まれたから歌ったんだって。もし妹さんが絶対に出ないって言ったら、お兄さんは止めなかったんだよ」



八幡「……」



凛「いつだって隣にいてくれて、いつだって引っ張ってくれて、背中を押してくれる。でも、突き放すような事はしないんだ」

奈緒「なぁ、凛…」

加蓮「そのお兄さんって……」



凛「だからさ」




いつもよりも元気に、明るく凛は言う。
まるで、自らを勇気づけるように。

二人に、言葉を投げかける。



凛「私たちは、私たちに出来る事をしよう? 本当に嫌で、本当に無理だと思うなら、プロデューサーはその選択も受け入れてくれるよ」



ーーきっとね。

そう言って笑う凛。
その言葉を聞いて、二人を何を思うのか。



奈緒「……ふっ」

加蓮「…あはは」

凛「? どうしたの?」



え? 何で笑うの? 俺に対しての笑いなのそれ? 泣くよ?



加蓮「いや、なんか、バカらしくなっちゃってさ」

奈緒「確かに、プロデューサーに比べたら、全然だね」



誰も俺だって言ってないから。凛の友達のお兄さんの話だから。
まぁ俺なんだけどさ。



奈緒「……頑張ってみるか」



さっきとは違い、どこか力を感じる奈緒の言葉。
それに対し、加蓮も応える。



加蓮「うん。やれるだけ、ね」



先程の不安はどこへやら。
聞こえてくるのは、立派なアイドルの声だった。



凛「……大丈夫だよ。私たちなら」



その言葉を最後に、俺は差し入れをドアノブにかけ、レッスン場を後にする。
さすがに、ここで邪魔するのは野暮というものだろうからな。

……頑張れよ。






× × ×






それから、一週間。
やれる事はやってきた。後は、本番を残すのみ。



総武高校でのライブが、始まる。





というわけで今回はここまで!

奈緒を総武高校の生徒にした理由の一つに、当時まだ制服姿が無かったからってのがあるんですけど、出ちゃったというね。
ま、そら三ヶ月もたてばな! ガッハッハ! ごめんなさい!


次回いよいよ、本当にいよいよライブ!

モバマスはいろんなキャラがいて可愛いけど、やはり一周して凛ちゃん可愛いになる。

>>890 分かる。

お久しぶりです1です。私めのせいで皆様にご迷惑をおかけして大変申し訳ありません……
今夜投下します! ただ日付は確実に変わると思いますので、その辺はご容赦ください。

さぁ、そろそろ投下します!




× × ×








シンデレラプロダクション。

その、事務スペースの一角。



八幡「……はぁ」



特にどういった意味も無いが、俺は深々と溜め息を吐いた。
ゆっくりと伸びをし、椅子の背もたれへと体を深く預ける。


何となく回りを見渡してみれば、いつの間にやら人がいない。


目の前の位置で、いつも仕事をこなしている事務員も。

何が面白いのか、いつも俺の作業をただジッと見ている隣の担当アイドルも。


誰も、いない。



八幡「…………」


「ふひ……」


八幡「ッ!」ビクッ



っくりしたー……
んだよいるじゃねぇか。


俺は平静を装いつつ、少しばかり椅子を後退させ、デスクの下を覗き込む。


そこには、星輝子がいた。



八幡「……何やってんだ?」

輝子「フフ……いつも通り、トモダチのお世話」

八幡「ああ、キノコね……」



相変わらず陰鬱そうな雰囲気を見に纏い、しかしどこか嬉々としながらキノコを育てている。

……キノコって、湿気が大事なんだよな?
なに、もしかして俺の足下がジメジメしてるから場所に適してるわけ? 軽くショックだ。



輝子「は、八幡は、まだ帰らないの……?」



見ると、いつの間にやら輝子がこちらをジッと見つめていた。うぅむ。こうして真っ正面から見る分には美少女だわな。その手に抱いたキノコさえなければもっと良かったが。



八幡「まぁな。生憎と、まだ残ってる作業があるんだよ」



我ながら殊勝な心がけである。あれだけ働きたくないと言っておきながら、いざ始めてみればこれだ。いや、俺だってやらなくて良いんならやらないよ? だって目の前の鬼がね。言うんだもの。やれって。

まぁ、そろそろ休憩でもしようと思っていた所だ。どうせだから、飲み物でも買ってきますかね。


俺は椅子から立ち上がると、外の自販機へ行く為ドアへと向かう。
しかし2、3歩ほど歩いた所で、何やら気配を感じたので振り返ってみる。

見れば、トコトコとキノコの植木鉢を抱えながら輝子が着いてきていた。



八幡「……なに? なんで着いてくんの?」

輝子「は、八幡が、歩き出したから……帰るの?」

八幡「いや、飲み物買いに行くだけだよ」



帰るんなら、そこに置きっぱのノーパソと鞄も持ってくわい。
それに最後は戸締まりもしないと、ちっひーに怒れられるしな。



輝子「なら、着い…てく」

八幡「……どーぞご勝手に」



それだけ言ってドアを開け、階段を降り、喫茶店前に備え付けてある自販機の前まで歩いていく。その間も、輝子はトコトコと後を着いてくる。なんだこれ。ドラクエごっこ? やべぇ初めてやったよ……今までパーティ役してくれる相手いなかったし。勇者ロンリーである。


自販機の前に立ち、迷わず小銭を投入する。買うものは既に決まっているからな。やっぱこれだね。MAXコーヒー。

ボタンを押し、落ちてきた缶を取り出した所で、チラッと隣を見てみる。
そこには、無表情の輝子。ジッと俺が飲み物を買う所を見ている。もしかして飲みたいの?



八幡「……どれがいいんだ?」

輝子「っ……え?」



一瞬ぴくっと反応し、不思議そうに首を傾げながら俺を見る輝子。

その反応を見る限り、別に飲み物を欲しがっていたわけではないらしい。
まぁでも言っちまったしなぁ。



八幡「ジュースぐれー奢ってやるよ。ほら」


百円玉を一枚、輝子に差し出してやる。いや、別に百円ジュースに限るとか、そういう意味じゃないよ? ただ手元にある小銭がこれしか無かったのである。



輝子「い、いい……友達に買わせるの、わ、悪いし……」



困った顔でふるふるを首を振り、差し出した俺の手を押し返そうとする輝子。
しかし俺は俺で、不意に輝子の発した言葉を聞き、小銭を握った手から力を抜いてしまう。

結果、百円玉はチャリーンと小気味良い音を立てて、地面に落ちてしまった。



輝子「あっ……!」



それを見て慌てて屈み、植木鉢をゆっくりと降ろし、百円玉を拾う輝子。
人のお金だからだろうか、その表情はほっとしているように見えた。

しかし当の俺はそんな事よりも、先程の単語が気になって仕方が無かった。



八幡「……まだそんな事言ってんのか?」

輝子「え……?」

八幡「友達って、今言っただろ」



別にそんなつもりはないのに、自然と声が冷たいものになってしまう。
違う、別に俺は、そう呼ばれる事を嫌がってるわけじゃない。むしろーー



輝子「八幡は、わ、私と友達じゃ……いや?」



輝子は、酷く哀しそうな表情で俺を見る。
これじゃあまるで俺が悪役みてぇだな。



八幡「別に、嫌ってわけじゃない」

輝子「じゃあ……なんで?」

八幡「なんでって言われてもな……」



きっとこれは、ある種の怯えなのだろう。

昔の出来事は、嫌な事ほど頭の奥にこびり付く。
嫌な事ほど、忘れられない。

それらの体験が、今の俺の気持ちを形作っている。
まぁ、具体的になんと言えばいいのかも分からないがな。



八幡「たぶん、デフォで疑心暗鬼になっちまってんだろ」



そうなるくらいには、色んな出来事を体験してきた。
必ず、裏があるのではないかと疑ってしまう。

この気持ちは、同じぼっちであった輝子にも分かるだろう。


俺はこの話はもうお終いとばかりに手のMAXコーヒーを数回振る。
プルタブを開け、一口飲む。うむ、甘い。この甘さが俺を癒してくれる。

しかし俺がコーヒーを飲んでいる間、輝子がやけに静かなので見てみると、何やら俯いている。



八幡「……どうした?」



俺が思わず訪ねると、輝子は顔を上げる。
その顔は、いつになく真剣な表情であった。

俺が何も言えずたじろいでいると、輝子はキョロキョロと辺りを見渡し、やがて自分の手の平を見つめる。
そこには、俺がさっき渡した百円玉があった。

すると輝子は何を思ったのか、おぼつかない手つきでコインを弾き、それをたどたどしく両手でキャッチする。
そして、丁度上下で挟み込むようにして俺に向けて指し出す。これは……



輝子「お、表と裏、どーっちだ?」

八幡「……」



やっぱりか。何をするかと思えば、ベタな遊びをしてきたものだ。昔飽きるくらいやったっつーの。一人で。



八幡「なんだよいきなり……」

輝子「い、いいから……どっち……?」

八幡「…………はぁ…………裏」



俺は思わずやれやれと言いそうそうになりながらも、渋々付き合ってやることにする。
しかし俺が答えたというのに、輝子は一行に手を開こうとはしない。



輝子「……どうして、裏だと思った…?」

八幡「は? いや、どうしてって……テキトーだけど」



ホントにテキトーである。俺には透視能力も無いし、ムサシノ牛乳も好きではない。



輝子「り、理由とか、無いの?」

八幡「理由も何も、二分の一の確率だろ? そんなのどっちだってありえるだろーが」

輝子「……そう。じゃあ」



そこで、輝子は俺の目を真っ直ぐに見て。


今までに聞いた事の無いような透き通る声で。


俺に、言った。













輝子「私は、八幡を“友達”だと思ってる」









その声が、その真っ直ぐな瞳が。





輝子「……私の言葉、表と裏……どっちだと思う?」





何故だか、酷く脳裏に焼き付いた。



結局俺は、その時に答えを返す事が出来なかった。

あの時、輝子の握るコイン。あのコインはーー



表と裏、どっちだったのだろうか。
















総武高校体育館。


時間は正午をまわった所。ステージ裏にある音響兼小道具部屋で、俺たち元祖奉仕部三人は顔を付き合わせていた。
いや、正確にはもう一人いる。

今回のこの依頼の最初の依頼者とも言える人物。

臨時担当アイドル、神谷奈緒であった。



雪ノ下「……これは、まずい事になったわね」

由比ヶ浜「ヒドい……」



雪ノ下と由比ヶ浜が見ているのはパソコンの画面。
映し出されているのは、とある総武高校の生徒がやっているツイッターであった。

内容は、有り体に言えば誹謗中傷。


そしてその対象は、今目の前にいる神谷奈緒の事であった。



奈緒「…………」



奈緒は俯いたまま何も言わない。
その様子は、哀しさよりは悔しさを感じさせるような気がした。



この事態に気付いたの少し前。

由比ヶ浜が友達経由で教えてもらったのが原因で、事に気付くことが出来た。
由比ヶ浜の情報網を考えれば多少遅いくらいだったが、俺と雪ノ下ではまず気付かなかっただろうから何も言えはしまい。


今、凛と加蓮はステージでリハーサルをして貰っている。
奈緒は、出来る事であればこの件を二人には伏せたいらしい。



雪ノ下「これを見る限り、こういった悪評を故意に拡散させているのは、3~4人といった所かしらね」



雪ノ下の言う通り、個人ではなく複数の生徒が総武高校の生徒を中心に情報を流しているように思える。
と言っても、その情報こそ根も葉も無い噂を言いふらしてるわけなのだが。


「勘違い女(笑)」だの「枕アイドル」だの「自称・カワイイ」だのな。

……あれ、最後なんかどっかで見た事あんな。まぁどうでもいいか。



由比ヶ浜「しかも、本名出さないでユーザー名で言いたい事言いまくってんのがムカつく! なんなのもう!」

八幡「アホ。匿名だからこういう事言えんだよ。本名晒してたら、はなから言わんだろ」

由比ヶ浜「分かってるよそんなこと!」

八幡「す、すいません」



おお……由比ヶ浜がプンスカどころか結構マジギレしている。
なんか普通に謝ってしまった。



雪ノ下「しかも、タイミングも最悪ね。ある意味では完璧とも言えるのかしら」



そう言って顎に手をやり、難しい顔をする雪ノ下。
あれですか、西門さんですか? ごちそうさん。……割とマジでふざけてる場合じゃねぇな。


雪ノ下が言う通り、この情報が流れ出したタイミングが不味かった。
恐らくは昨日の晩から拡散を始めたのだろう。今日、今は昼休みだが、その頃にはもう総武高生のツイッターをやっている生徒ほとんどに流れてしまっているようだった。高校生の情報網早過ぎんだろマジで。


そして問題なのは……今日が、ライブ当日ということだ。



八幡「もう少し日があれば、パソコンの大先生にでも協力してもらってデマの収束を見込めたんだがな。さすがに時間が無さ過ぎる」

由比ヶ浜「パソコンの大先生?」

八幡「そこは気にするな」



おっと。これは別の世界線での話だったな。うっかりうっかり。



雪ノ下「さすがにこれを見て全て鵜呑みにはしないでしょうけれど……それでも、少なからず影響は出るでしょうね」

八幡「だろうな。最初の印象が悪けりゃ、ライブの見方も変わってくる。そもそも見に来なくなるまである」



学生の怖い所は、驚くべきその伝達率だ。何か少しでも話題性のある話が舞い込めば、あれよこれよと、直接口でも画面の向こうだろうと、どんどんと広がっていく。しかもその度に内容に齟齬が出てくるのだから手に負えない。



八幡「……この噂を流してる奴ら、知ってっか?」

奈緒「っ!」



ビクッと一瞬肩を震わせる奈緒。
さっきから何も喋らないが……その反応じゃ、やっぱりか。



八幡「大方、クラスの女子数人って所だろ」

由比ヶ浜「どういう事?」

八幡「簡単に言や、奈緒に対する妬みだよ」



同じクラスの可愛い女子がアイドルで、今度ライブをやるらしい。
そんだけの理由で妬むのは、何も不思議な事じゃない。

ある意味では、自然とも言える。



雪ノ下「なるほどね……」



見れば、雪ノ下が妙に納得したような表情をしている。お前、まだ西門さんポージングしてたの?



雪ノ下「この頭の悪そうな発信源を見て、どうにも既視感を覚えていたのだけれど……なるほど。この人たち、中学生の頃の彼女たちにそっくりだわ」



雪ノ下の言う“彼女たち”というのは、恐らく雪ノ下を妬んでのいじめ集団の事だろう。いや、それじゃ語弊があるか。結果的に返り討ちにされたのだからいじめられっ子と言えるかもしれない。ほら、なんか雪ノ下さん笑ってるよ。怖い。



雪ノ下「本当、いつの時代もこういう人たちっているものなのね」フフフ……

由比ヶ浜「ゆ、ゆきのんが何か怖い……あ、じゃあさ! なおちんはクラスの誰か心当たりがあるんだよね?」

奈緒「……」こくん



由比ヶ浜の何か閃いたかのような質問に、神妙な顔で頷く奈緒。



奈緒「……アタシがアイドルやってるのが、前々から気に入らなかったみたいでさ。嫌がらせってほどじゃないけど、何かとちょっかいを出してくる奴らはいたよ。……たぶん、そいつらだとは思う」

由比ヶ浜「それなら、その人たちに会いに行って止めさせてもらえば……!」

八幡「無理だろうよ」



俺が割り込むと、キッとして俺に振り向く由比ヶ浜。いや、ちょっと落ち着いて。なんか今にも噛み付いてきそう。



八幡「た、例え今から止めたとしても、もう流れちまった情報は戻らない。拡散した噂が消えて無くなるわけじゃない」

雪ノ下「それに、その人たちが件の人物という証拠も無いわ。証拠も無く問いつめるのは些か問題ね」



本当はこういう時は、時間が解決してくれるのが一番良いんだけどな。
どんな噂でも、時の流れと共に過ぎ去っていってしまうから。
まぁ、それが出来ないから困っているんだが。



雪ノ下「まぁ、その人間的に腐っている人たちを追いつめるのはライブを終えた後という事にして、今は現状の解決を最優先に考えましょう」

由比ヶ浜「追いつめるのは確定なんだ……」アハハ



引きつった笑顔で空笑いを漏らす由比ヶ浜。
幾分周囲の温度が下がった気がしたが、恐らく気のせいだろう。というかそう信じたい。



由比ヶ浜「でも、どうすれば解決できるのかな? もうライブまで時間も無いし……」



ライブの決行は夕方5時から。
正直、今から出来る事など殆ど無いと言える。



雪ノ下「原因である生徒に然るべき対処を取り、その上でデマを流しましたと公表させるのが最適でしょうけれど、今からでは間に合わないでしょうね。その話が知れ渡るのにも時間はかかるでしょうし」

由比ヶ浜「な、なら、思い切って今回は見送るのは? 誤解が解けてから、また改めてライブするとか…」

奈緒「それはダメだ!」



由比ヶ浜が言い終える前に、決死の表情で異を唱える奈緒。
しかし直ぐに俯き、呟くように言葉を吐く。



奈緒「このライブは、アタシだけじゃない。……凛と加蓮、二人のライブでもあるんだ」



悔しさを滲ませたその声は、ぽつりぽつりと出て行く。



奈緒「そのライブを、アタシのせいで中止にするなんて……アタシがアタシを許せない……!」


その言葉は、まるで悲痛な叫びのようだった。

実際には、今回の件に奈緒に非など一切ない。自分のせいだと言うその言葉は誤り。

しかしそれでも、彼女は自分自身を責めずにはいられないのだろう。


もっと上手くやっていれば、もっと注意していれば、こんな事にはならなかったのではないか。

そう思わずには、いられないのだ。



八幡「……けど確かに、ライブを先延ばしにするのは俺もあまり好ましくはない」

由比ヶ浜「え?」

八幡「このタイミングでライブを中止にすれば、それこそまるで後ろめたい事があるように思われる可能性があるからな。それに先延ばしにして誤解が解ける保証もない」



ならばいっそ、思い切って実行した方がいいとさえ俺は思っている。逆にライブで評価をひっくり返せる可能性もあるしな。しかしそれにしたってイチかバチかにはなるだろうが。



奈緒「……」



奈緒は変わらず俯いたままだ。
何も出来ない現状に、歯痒さを感じているようにも見える。


さて、どうする。

この問題を治める、方法はーー





八幡「……まぁ、方法が無い事も無い」


奈緒「っ!」



俺が静かに放った言葉に、顔を上げ反応する奈緒。



由比ヶ浜「ヒッキー、それホント!?」

雪ノ下「……」



笑顔を見せて言う由比ヶ浜に対し、俺を見る雪ノ下の表情は暗かった。どこか睨んでいるようにすら見える。
しかし俺は気にせず、言葉を続ける。



八幡「要は、今奈緒に向けられている悪評や批判を解消させればいいんだ」

由比ヶ浜「でも、それが出来ないから困ってるんでしょ?」

八幡「そうだな。けど、別に何も解消させなきゃいけないわけじゃない」

由比ヶ浜「?? どういう……?」



何を言っているのか分からないという表情で首を傾げる由比ヶ浜。



八幡「簡単な事だ。その悪評を、別の対象に逸らせばいい」

雪ノ下「ッ! あなた、まさか……」



俺の考えに思い至ったのか、雪ノ下が鋭い視線を俺へと向けてくる。



由比ヶ浜「え、どういうことなの、ゆきのん?」

雪ノ下「……恐らく、比企谷くんがプロデューサーである事を公表する、という事なのでしょう?」

八幡「ああ」



俺が頷いてみせると、由比ヶ浜もやっと察したように表情を曇らせる。しかしこの場で奈緒だけは、俺の意図に気がついていないようだった。



奈緒「? どういう事だよ。比企谷がプロデューサーだってバラすのが関係あんのか?」

八幡「そういや、お前は知らなかったんだったな」



あの文化祭の時の出来事。相模を引きずり出す為に俺がやった事を、奈緒が偶然か知らないでいた。



八幡「俺がぼっちなのは知ってるだろうが、その上ここ最近じゃ何かと評判も悪いんだよ俺は」

雪ノ下「そうやって自分に悪意を集めて、状況を緩和させようと? そんなの無理に決まっているわ」



俺の態度が気に入らないのか、真っ向から反対意見をぶつけてくる雪ノ下。



八幡「そうでもねぇよ。俺が無理矢理アイドルをこき使ってるクズプロデューサーだという事実を公表すりゃ、俺に対する悪評と一緒に、アイドルたちへの対応も少しは変わるだろ」



そんな境遇にありながら、懸命に活動を行うアイドルたち。
その肩書きだけで、評価はガラリと変わるものだ。その感情が同情に近いものだというのが、皮肉なものだがな。



八幡「元々ある俺の評判が良くないものなんだ。信じる奴らは結構いるだろーよ。そうだな、ライブ前にプロデューサーの挨拶って事でスピーチでもするか。一発最悪なのを構せばいい」

由比ヶ浜「そ、そんなの、ダメ! そんな事したら、プロデューサーだって続けられなくなるかもしれないんだよ!?」



つかつかと近くまで来て怒鳴る由比ヶ浜。
しかしその怒気の声とは裏腹に、顔にはどこか悲しみの色が伺えた。



八幡「……そん時は、それも仕方ねぇよ」



正直、ここまで上手くやれていたのが不思議なくらいだったのだ。
ここいらが潮時というのも、納得出来る。



奈緒「……んはどうするんだよ」


八幡「あ?」


奈緒「凛は、どうするんだよ!?」



殆ど叫びに近いくらいの声で、俺に言葉をぶつけてくる奈緒。
恐らく、本気で怒っているのだろう。



八幡「……」

奈緒「こんな、こんな事で、プロデューサー辞めて、凛はどうするんだよ!」



思い出されるのは、いつも隣にいた笑顔。
いや、まだ会って半年もたっていないというのに、いつもと言うのは言い過ぎか。


……ホント、毒されたってレベルだわ。


俺は踵を返し、部屋の出口へと向かう。



奈緒「比企谷ッ!」

八幡「……なら、何か他に良い方法でも考えるんだな。それが無けりゃ、俺は実行に移る」



迷いなど無い。

これが、今の俺に出来る事なのだから。



扉を締める瞬間、奈緒の俺を呼ぶ声が、ひと際大きく聞こえた。














ステージ横を歩きつつ、今後の事を考える。

確かちひろさんの話では、少数だが取材陣も来るという話だった。宣伝活動に力を入れたのが功を奏したらしい。

しかしその前で道化を演じるのであれば、念入りに内容を考えねばならない。
下手にゲスいスピーチをすると、シンデレラプロダクションに迷惑がかかるからな。上手いこと線引きするのが重要だ。


俺が考えに耽っていると、足音が聞こえてくる。

見れば、リハを終えたのか凛と加蓮が丁度やって来ていた。



凛「プロデューサー、お疲れさま」

八幡「おう。お疲れさん」



話しかけてきたので俺が言葉を返すと、凛は歩みを止め、黙ったままこちらを見つめ始める。



八幡「……? どうした?」



俺が不審に思って聞くと、凛は無表情で話す。



凛「プロデューサー、何かあった?」



八幡「っ!」



す、鋭い。
いや鋭すぎねぇ? 何こいつサトリなの? もしくは俺のサトラレ説。



八幡「別に、なんもねぇよ。急にどうした」

凛「……まぁ、プロデューサーがいいんならいいけどさ」



言うと凛はスタスタと横を通り過ぎ、飲み物でも買いに行くのか裏口の方へと歩いていく。



凛「言う必要が無いのなら聞かないよ。信じてるから。プロデューサーも……奈緒も」



そう言い残して、凛は出て行った。
何なのあいつ。いちいちかっけぇ。



八幡「……」



俺が出口の方を見送っていると、後ろから露骨な溜め息が聞こえてくる。
まぁ分かってはいるが、加蓮のものだった。



八幡「なんだよ」

加蓮「いや、敵わないなーと思ってさ」



加蓮はタオルで汗を拭いつつ、壁にもたれ座り込む。
俺が見ると、少しだけ悔しそうに笑っていた。



加蓮「そりゃね、あたしたちだって付き合いもそれなりに長いし、何かあれば気付く自信はあるよ。奈緒とか結構露骨だもん」



やっぱあいつバレてたか。
ま、そりゃあんな暗い顔してたらなぁ。俺でも気付く。



加蓮「でも、やっぱプロデューサーの事は凛が一番分かってるみたい。そこに気付くとは、やはり天才かって感じ」

八幡「それ、誰に教わったんだ?」

加蓮「奈緒」



ですよねー。
まさかあいつ、ネラーとかじゃないよな? 絶対違うと言えないのが悲しい。



加蓮「あ、でも、凛の指摘が図星だったのにはあたしも気付いたよ? プロデューサー、一瞬だけ表情固まったもん」

八幡「さてね。なんのことやら」



俺がそう嘯くと、加蓮がアハハと笑った後、膝に顔を埋めるようにして言う。



加蓮「でも、凛も言った通り、あたしも二人を信じてるからさ」



笑ってはいるが、少しだけ哀しそうに。



加蓮「……ありがとね、八幡さん」



思わず、目を見開いてしまった。
いや、いきなりだったからな。な、名前呼びとな。



八幡「どうしたいきなり……」

加蓮「ふふ、言ってみただけ」



あん時、奈緒が取り乱しまくってた気持ちがちょっと分かったな。
なんというか、こそばゆかった。


どうして、こいつらはこうも俺を惑わせるのだろう。


少しだけ、気持ちが揺らぐ。

けど、それでも俺がやる事は変わらない。



俺はーー

















現在時刻、4時半。


既に会場には数百人の観客が訪れている。
見る限りでは、ざっと300人程度か。総武高生徒が8割。外部の人間2割といった所。

ほぼ無名に状態を見れば、上々の結果と言えるだろう。


しかしそれでも、やはり噂の影響は出ているようだ。
さっきからざわざわと雑談が絶えず、中にはヤジを飛ばしてくる者までいる。

ここにいる大半の連中は、興味本位で足を運んでいるのだろう。
そこに純粋な楽しみなど求めている方が少ない。それは当たり前だ。


それに加えてあの悪評の拡散である。
精々話題に乗っかろうという気持ちで来ているのが関の山だ。


……だからこそ、俺の挨拶が効くんだろうがな。


凛たちはステージ裏の部屋で待機してもらっている。

挨拶の途中で止められでもしたら面倒だからな。雪ノ下と由比ヶ浜も納得はしていないようだったが、他に名案が無い以上、俺の案で行くしかない。


……そろそろ行くか。
出来るだけ余裕をもっていた方が、何かあった時の為になる。


俺は舞台袖から幕の外へ出るため、ゆっくりと歩きーー







そして、その先へ歩むことが出来なかった。



その理由は、俺が躊躇ったからではない
原因は、俺の手を握る彼女。






八幡「……なんの真似だ?」



奈緒「……やっぱり、ダメだ」





神谷奈緒が、俺を行かせはしないと、手を掴んでいた。





奈緒「比企谷が、泥を被る必要なんて、自分を犠牲にする必要なんて、ない!」




そのあまりの剣幕に、俺は思わず顔をしかめる。
奈緒の手を振り払い、向き合う形で見据える。




八幡「犠牲にしてるだと? それこそふざけるな」




俺は、今自分に出来る最適な方法を選んでいる。
俺がやる事で上手く治める事が出来るから。だから俺は行動している。


それを、犠牲だなんて絶対に言わせない。




八幡「これが一番可能性のある解で、それを出来るのが俺なんだよ。誰の為でもねぇ、俺は最適なプロデュースをしてるだけだ」




これが俺のプロデューサーとして出来ることだし、これしか、俺に出来ることは無い。

なら、俺は躊躇わない。





奈緒「……っちの台詞だ…カ…」


八幡「あ?」


奈緒「ふざけんなは、こっちの台詞だバァカッ!!」




今まで一番の怒声。


そのあまりの迫力に、思わず足が後ろに出てしまった。
お前、外の観客に聞こえるぞ……!




奈緒「最適なプロデュース……? なら言ってやるよ、そんなのは間違ってる!」




一歩ずつ、言葉を発しながら近づいてくる奈緒。俺は、後退しないように構えるだけで精一杯だった。




奈緒「お前がそうする事で、悲しむ奴らが、何かを失う奴らが居るのを分かってんのか!?」




真っ直ぐに、奈緒の視線は俺を捉えて離さない。




八幡「……仮にそんな奴ら居たとして、それでも俺にとっちゃ関係ねぇよ。俺は俺の為にやってんだ」


奈緒「それならアタシは、アタシの為にお前を止める! お前の考えなんて認めねぇ!」





八幡「ッ……!」




なんで、なんでそこまで認めようとしない? 怒りを見せる?

俺には分からない。いや、分からないんじゃなくてーー




ふと、いつかの記憶が頭をよぎる。





「……私の言葉、表と裏……どっちだと思う?」





彼女の瞳が、重なって見えたような気がした。




八幡「っ……なんでだよ……なんで、そこまで……!」


奈緒「なんで、なんでだと? そんなの……!」




一気に俺まで距離を詰め、眼前へと躍り出る。

俺の胸ぐらを思いっきり掴み、奈緒は、叫んだ。





















奈緒「“友達”だからに、決まってんだろッ!!!」






八幡「ーーーーーーっ」

















瞬間、俺は、呆然と目を見開く事しか出来なかった。

ただただ、彼女の顔を見つめるのみ。




やがて戻って来たのは、いくつもの感情。



女子に胸ぐらを掴まれるという情けなさ。

何も言い返せなかった悔しさ。

それからいくつもの形容しがたい感情が流れ込んでくる。




八幡「……ハハ…」


奈緒「…? 比企谷?」





思わず、笑いが零れた。


色んな感情が渦巻いて。

何が何だか分からなくなって。


けどーー




八幡「……そっか」




そんな事がどうでもよくなるくらい。



彼女の言葉が、嬉しかった。






いきなり笑い始めた俺を不審に思ったのか、奈緒は手を離すと、困惑したように話しかけてくる。



奈緒「ど、どうした比企谷? ついにおかしくなったか?」

八幡「どういう意味だそりゃ。俺は至って普通だ」



襟元を直し、一度大きく深呼吸をする。

その様子を奈緒は黙ってジッと見てた。



八幡「……悪かった。少しばかり意固地になってたみたいだ」

奈緒「! じゃ、じゃあ!」

八幡「けど、俺がプロデューサーだって事は公表する」

奈緒「な、お前……!」

八幡「まぁ待て」



また感情をむき出しにしようとする奈緒を制し、ゆっくりと話す。



八幡「お前の言うような、自分を貶めるような事は言わない。それでかつ、悪評をどうにかする」

奈緒「で、出来るのかそんなの?」

八幡「分からん」

奈緒「おい」



呆れた顔で突っ込んでくる奈緒。
しかし、こればっかりは今思いついた事だし、正直五分五分だ。ほとんど元の作戦と変わらないしな。

けどそれでも、決定的に違う事もある。



八幡「信じてくれ」

奈緒「!」



俺が真っ直ぐにそう言うと、奈緒は一瞬驚いた顔を作り、そして可笑しそうに微笑んだ。



奈緒「へっ……まさか、比企谷にそんな事言われる日が来るとはな」

八幡「うるせぇ」




自分でもびっくりだよ。
やっぱり、毒されたレベルじゃねぇな、こりゃ。




奈緒「……頼んだぜ、プロデューサー」


八幡「……ああ」




その言葉に背中を押されるように、俺は幕の向こう側へと足を踏み出した。

何故だか、さっきよりも軽くなったように感じる。



……これじゃあ、どっちがプロデュースされてるか分かんねぇな。
















平塚「いやー伝説に残る挨拶だったよ。最高だった」



俺の隣で快活に笑いながら言う女教師。
というか、俺の決死のスピーチはキングクリムゾンされてしまったわけ?

……いや、その方がありがたいんだがな。



平塚「いやーほん…と……っぷ、くく……! 最高だったよ……!」

ちひろ「ちょっと平塚先生、笑っちゃ……ふふ……失礼、ですよ」



いやあんたもしっかり笑ってんじゃねーか。
本当にこのコンビは、小町と陽乃さん並にヤバイと思います。



ちひろ「いやでも、最初は本当に良いスピーチでしたよ?」

平塚「ええ。まさか、アイドルたちの魅力を直接紹介し始めるとはね」



そう。今回俺がやった事は、ただ単純にアイドルを紹介しただけ。
あんな誰が言ったかも分からないような噂ではなく、近くに居た俺だから言える、本当の彼女たち。


もちろんそんな事は観客の人たちは分からないし、俺の言葉に耳を貸さない奴らだっていただろう。
けどそれでも、俺は1ファンとして、彼女たちの魅力を語った。

そりゃもう、恥ずかしくなるくらい語った。



平塚「くくっ、あの『プロデューサーの一番の特権を教えてやろうか? それはアイドルのファン第一号になれる事だ! りっんりんりー!』は名言として録音しておきたいくらいだったぞ?」

ちひろ「あはは。その後乱入した凛ちゃんにドロップキックされてましてけどね」



まさか凛たちが聞いてるとは思わなかったなぁ。
というかいちいちほじくり返すな。ホントにやめてよね! 泣きそう!



ちひろ「結果的に、妄信的にアイドルを愛する変態プロデューサーみたいなキャラになっちゃいましたね」

平塚「まったく、キミの評価が悪くなってるようでは、結局変わらんではないか」

八幡「すいませんね……」



まぁでも、と平塚先生は腕を組むと、片目を閉じて悪戯っぽく笑った。



平塚「今回は、次第点はくれてやるとしよう」

八幡「……そりゃ、どーも」



中々厳しい採点ですこと。
あれだけやってようやく次第点なのかよ。



ちひろ「でも、比企谷くんのスピーチのおかげでアイドルへの印象は大分良くなったと思いますよ。最後のはいらなかったと思いますけど」

八幡「ほっといてください。少しでも俺へのイメージを悪くしとかないと、あいつらへの“可哀想、応援したくなっちゃう”感が薄れると思ったんですよ」

平塚「そんな事言って、本当は照れ隠しだっだんじゃないのかね?」うりうり

八幡「……ノーコメントでお願いします」



だから頼むから、このコンビをどうにかしてくれ。
どれだけ俺をイジり倒せば気が済むのやら。



ちひろ「あ、そろそろアンコールが始まりますよ」



ちひろさんに言われステージを見ると、遠目に黒い衣装を来た三人が見える。

しかし、あれでリメイクだってんだから川崎の裁縫技術は凄いな。今度何かお礼をしないとな。むしろこのまま専属のメイク小道具さんになってくれると助かる。



ちひろ「いやーでもあの三人のsecret baseは凄い良かったですね~。思わず鳥肌立っちゃいましたもん」

平塚「しかし10年以上前の曲をチョイスするとは、キミも渋いな」

八幡「え? あぁ、はい」



そういや原曲ってそんな前だっけか。その頃を当然のように知ってるって、やっぱこの人たち……いや、皆まで言うまい。



ちひろ「それはそうと、こんな後ろじゃなくてもっと前で見なくていいんですか?」



気遣うように言うちひろさん。
今俺たちは体育館のステージから丁度逆側の、最後尾に立っている。



八幡「いいんすよ。昔からこういう時は一番後ろで見るって決めてるんです。……それに」

平塚「?」

八幡「ここの方がアイツらも、アイツらを見る観客も、良く見えますから」



この光景も、きっとプロデューサーの特権なのだろう。
なら、目に焼き付けておくのも悪くない。



平塚「……フッ」

ちひろ「クスッ、比企谷くんも、もう立派なプロデューサーですね♪」

八幡「んな事ないっすよ。今回だって奈緒に助けられましたし」

ちひろ「それも含めてですよ。支え合ってこそのアイドルとプロデューサーなんですから」



そんなもんなのかねぇ。



ちひろ「そう言えば、アンコールの曲ってな…」





『私だけができるスマイル めちゃめちゃ魅力でしょーー♪』





ちひろ「に……」



おお、やっぱ良い曲だわ。



ちひろ「ひ、比企谷くん!? なんで765プロの曲を歌ってるんですか!?」

八幡「え? 俺の趣味ですけど」



なに、ダメだった? iなら良かったんですかね?



ちひろ「765プロは商売敵ですよ!? いくらカバーだからって、ライバルプロダクションの歌はダメでしょう!」

八幡「いーじゃないっすか。あ、宣戦布告って事にしときます?」

ちひろ「なっ……比企谷くんがいつになく強気です……!」



そう言うちひろさんも妙にテンション高いな。
いや、この人は元からこんなんだっけか。


気を取り直してライブを見ていると、不意に視界の片隅にアホ毛が見えた。項垂れたあのアホ毛は……



八幡「何してんだ輝子」

輝子「っあ……はちま~ん」



コチラに気付くやいなや、輝子はトコトコとこちらに駆け寄ってくる。



輝子「り、凛ちゃんのライブ見たくて……でも、人が多くて……酔いそう」グデーン

八幡「……お前、それアイドルとしてどうなの?」



半ば呆れていると、輝子は俺の顔をジッと見つめてくる。
それ、癖がなんかなの?



輝子「八幡、何か……良い事あった……?」

八幡「へ?」



いきなりの問いに、思わず変な声を出す。

良い事……ね。





八幡「……コイン」

輝子「え?」

八幡「コインがよ。なんつーか、あー……表だったみたいだ」





俺は何となく気恥ずかしくなりながら、明後日の方向を見つつそう言った。

輝子はそれを聞くと最初はポカンとしていたが、やがて微笑む。




輝子「そっか……それはラッキーだったね。フヒヒ」




まるで、自分も嬉しいかのように。




八幡「……おう」




そして俺も、静かに笑うのだった。

















紅茶の香りが漂う、奉仕部の部室。


俺は雪ノ下の淹れてくれた紅茶を一口飲み、ゆっくりと息を吐いた。
やっぱ美味いな。一体何が違うのだろう。葉っぱ?


そんな俺を横目に見ているのは由比ヶ浜。



由比ヶ浜「今日はスーツで来たんだね。もう隠さないの?」

八幡「隠すも何も、完全に公になっちまったからな。もう気にせん」



今日だってライブの後片付けで学校に来たが、路往く生徒の視線がヤバかった。
ある意味じゃ奈緒よりも有名人になってしまった気がする。



雪ノ下「まぁ、あんなスピーチをすればね。自業自得というものよ」



手に持っていた本を置き、俺に視線を向ける雪ノ下。



雪ノ下「まぁでも、最初の下らない作戦よりはマシだったわね」

八幡「……そんあ大差は無いだろ」

雪ノ下「あるわ。あの時のあなたのスピーチ。あそこに嘘は無かったもの」

由比ヶ浜「全部ヒッキーの本音だったもんね~」



静かに微笑む雪ノ下に、嬉しそうに笑う由比ヶ浜。
……ホント、なんでもお見通しってわけかい。



八幡「はっ、何とでも言え」



なんか、最近周りの俺を見る目が生暖かくて気色が悪い。
まぁそれ意外の奴らの目が基本冷たいからイーブンって所だが。



由比ヶ浜「まぁまぁ。あれ? そう言えば今日はなおちん達は?」

雪ノ下「そう言えば姿が見えないわね」

八幡「あいつらなら、今こっちに向かってるらしいぞ。なんでも奉仕部の部室に遊びに来たいんだと」



俺がそう言うと、由比ヶ浜が慌てて立ち上がる。



由比ヶ浜「ええー! ちょっとヒッキー、早くそれ言ってよ! 何も準備してないじゃん!?」

八幡「いや何を準備するんだよ……」



その辺をウロウロと歩き始める由比ヶ浜を見て、雪ノ下が仕方なしといった具合に溜め息を吐く。



雪ノ下「落ち着いて由比ヶ浜さん。紅茶は用意出来るし、お菓子も少しはあるのでしょう?」

由比ヶ浜「そうだけどさー、遊びに来てくれるんなら、何か準備したいし!」

雪ノ下「なら私は席を用意するから、由比ヶ浜さんは黒板にイラストでも描いたらどうかしら。少しなら飾り付けも出来るのだし」



雪ノ下の言葉になるほど! と納得すると、由比ヶ浜は早速いそいそと準備を始める。
さすがは雪ノ下。由比ヶ浜の扱いに慣れているな。本人に言ったら怒られそうだが。



雪ノ下「では比企谷くんは、三人の出迎えに行ってちょうだい」

八幡「えー、別にいいだろ。奈緒は部室分かるだろうし」

由比ヶ浜「ヒッキーお願い! 少しでも時間を稼いで! その間に準備するから!」



言いつつも由比ヶ浜の手は止まらない。しょうがねぇな……



俺は渋々部室を出ると、廊下をゆっくりと歩いていく。

玄関へと向かう途中、生徒の話し声が耳に入ってきた。内容は、先日のライブの事。




「そうそう、マジ可愛かったよね~」


「なんつーんだっけ? トライアド・プリムス? またライブやってくんないかな~」






そう。会話の通り、何故かは知らないが凛たち三人は『トライアド・プリムス』というユニット名で呼ばれている。
なんでも、観客の中にいた外人のイケてるお姉さんがそう呼んだのが発端だとか。かっけぇなオイ。ちなみにそのお姉さんはウチの社長にスカウトされたとか何とか。


しかし正直な話、臨時プロデュースは今回のライブまで。この先またあの三人がユニットを組めるかは微妙な所だ。
もしかしたら、あのライブが最初で最後だったかもしれないというのもあり得る。

そうやってユニット名を付けて噂になって貰えるのは嬉しいが、どうなる事やら。






八幡「ん、来たか」



校門前に立ち、待つ事数分。
遠目に、あの三人組が見える。



……けどま、確かに“最初で最高の三人組”だよ。



仲睦まじく、眩しいくらいの笑顔で歩く三人を見て。

柄にも無くそんな事を思ってしまった。



三人の元へ向かおうとした時。
ふと、ポケットに手を突っ込んだ瞬間何かに触れる。

見れば、それは一枚の百円玉だった。




八幡「……どうせなら、表を信じるのも悪くない、か」




確率は、二分の一だしな。


俺は一人静かに笑うと、ポケットの中でコインを握りしめる。

緩やかな風邪を切り。



俺はまた、歩き出した。






以上、これにてトラプリ編は完結です! もちろんまだ続きますよ。

相変わらず更新は遅くなりそうですが、暖かく見守って頂ければと。


いつも楽しみにしてくださり、ありがとうございます!

あと、次スレ立てておきました。こっちはあと一回番外編くらいはいけるかなー


八幡「やはり俺のアイドルプロデュースはまちがっている。」凛「その3だよ」
八幡「やはり俺のアイドルプロデュースはまちがっている。」凛「その3だよ」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1387391427/)




【mail@ 総武校←→某中学校】



 小町 >>[今、ライブ中? どんな感じ?]


八幡 >>[すげぇ恥ずかしかった。脇汗ヤバイ。]


 小町 >>[お兄ちゃんのコンディションなんて聞いてないよ……何やらかしたの。]


八幡 >>[聞かない方が身の為だぞ。きっと、俺の妹だと公言したくなくなる。]


 小町 >>[それは元々ですかなー。]


八幡 >>[泣いていいか?]


 小町 >>[文面でならどうぞ。小町も生徒会なかったら行けたんだけどな。]


八幡 >>[今だけは生徒会に感謝せねばなるまい(泣)]


 小町 >>[それで、お兄ちゃん的に結局どんな感じなの?]


八幡 >>[まぁあれだな。一言で言うと、八幡的にポイント高い。]



*One day, Hachiman and Komachi*


番外編とも呼べないけど、ちょっとだけ投下。

こっちは埋めちゃってオッケーですよー。

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2013年12月12日 (木) 00:43:38   ID: Dnew7-Qt

ナニコレ……。
面白すぎるッ!

2 :  SS好きの774さん   2013年12月22日 (日) 00:26:16   ID: wQNoyFRn

続き期待

3 :  SS好きの774さん   2013年12月24日 (火) 01:19:51   ID: qL-0FZUX

八幡とアイドルたちのイチャイチャ
が、見たい

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