ぐだ子「ジャンヌ・ダルクはかくありき」 (102)
~召喚陣~
ジャンヌ「裁定者、ジャンヌ・ダルクです」
ジャンヌ「宜しくお願いしますね、マスター」
ぐだ子「お、おおー!ジャンヌ・ダルクさん!有名な英霊さんが来てくれた!」
マシュ「やりましたね!先輩!」
エリザ「はー、これで少しは楽になるかしらね」
ぐだ子「うう、今まではマシュとエリザに頼りきりだったからねえ」
ジャンヌ「あの……」
ぐだ子「あ、ごめんね、私はマスターのぐだ子!宜しくね!」
ぐだ子「これから一緒に、頑張っていこうね!」
ジャンヌ「はい、精一杯お力になりますね」
そう言って、聖女様は笑ってくれた。
凄く頼りになりそうな笑顔だった。
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~1日目~
マシュ「先輩!敵増援が来ます!クラスは……セイバー!」
エリザ「あー、あいつら苦手なのよねぇ」
ぐだ子「ジャ、ジャンヌさん!助けて!」
ジャンヌ「任せてください!」
ぐだ子の要請に、ジャンヌは即座に動く。
旗で敵の剣を受け止め、鍔迫り合いで動きを封じる。
だが、敵は1人ではなく2人だった。
もう1人が、ジャンヌの背を剣で貫こうとした瞬間。
彼女のスキルが発動する。
ジャンヌ「神明裁決!」
ジャンヌが持つ擬似令呪が、敵の動きを封じる。
ぐだ子「流石ジャンヌさん!」
マシュ「凄いですジャンヌさん!」
ジャンヌさん!ジャンヌさん!ジャンヌさん!
ジャンヌ「もう!今は戦闘中ですよ2人とも!」
そう言いながらも、聖女様は嬉しそうだった。
~2日目~
~休憩室~
ぐだ子「うううー……」
ジャンヌ「どうしたのですか、ぐだ子」
ぐだ子「ああ、ジャンヌさん聞いてよ……」
ぐだ子「ダヴィンチちゃんがさ、昨日の戦闘の報告書を書きなおしてくれ……」
ぐだ子「折角、昨日頑張って書いたのに、全然足りないって……」
ぐだ子「最低でも10ページ分の情報は欲しいって……」
ぐだ子「けど、私、報告書作るのとか苦手で……」
ジャンヌ「そうだったのですか……きっと、彼女もぐだ子の事を思って厳しくしているのだと思います」
ジャンヌ「そうやって苦労する事は、ぐだ子の糧になるでしょうから」
ぐだ子「それは、そうだけど……はぁ……」
ジャンヌ「もう、仕方ないですね」
ジャンヌ「私もお手伝いしますから、頑張って仕上げてしまいましょう?」
ぐだ子「ジャンヌさん……」
ジャンヌ「どれどれ、見せてください」
ぐだ子「はい!」
ジャンヌ「ふむふむ……」
ぐだ子「まず、戦闘の時に消費した魔力量と、実際の戦果を比較する必要があるの」
ジャンヌ「はい」
ぐだ子「そこを比較すれば、どれだけの効率性を持って戦闘が出来たかが判る」
ジャンヌ「……はい」
ぐだ子「消費された魔力量は、サーヴァントの数とスキルの使用回数で割る必要があるから」
ジャンヌ「……」
ぐだ子「ここがこうしてこうなって、それで更にこっちの数字を加算して」
ジャンヌ「……」
ぐだ子「ジャンヌさん?」
ジャンヌ「え、あ、はい」
ぐだ子「けど、これだけ数字を出してもまだ足りないんだよね、戦闘時の私見とかもいれないと駄目だし……」
ジャンヌ「……」
ぐだ子「どうしたらいいかな」
ジャンヌ「ぐだ子、それはとても簡単な話です」
ぐだ子「え、ほんと?」
ジャンヌ「はい、こうすればいいのです」
ジャンヌは、報告書にサラサラと文字を書き込んでいく。
1枚、2枚、3枚。
9枚、10枚、11枚。
最後まで筆は止まらず、書きあげてしまった。
その間、ほんの数十秒。
流石である。
流石は、聖女様である。
ぐだ子「す、凄い!凄いよ聖女様!」
ジャンヌ「もう!今回だけですからね?次からは自分でやらないと駄目です」
ぐだ子「はーい!」
ぐだ子「よーし、じゃあ確認してダヴィンチちゃんに見せに行こうっと!」
ぐだ子は、報告書の中身を読んでみた。
1ページ目には、大きく「い」と書かれていた。
疑問に思いながら2ページ目を捲って見ると「っ」と書いてあった。
あっれー、おっかしいぞー。
最後まで読み進めた結果、疑問が解けた。
全ての頁を繋げると、こんな文章が出てくるのだ。
「い っ ぱ い が ん ば り ま し た」
ぐだ子はジャンヌの顔を見返してみた。
聖女様は、凄く得意げに微笑んでいた。
~3日目~
ぐだ子「あー、負けたー……」
マシュ「ふう、今回は勝つ事が出来ました」
ジャンヌ「おや、2人とも何をしているのですか?」
ぐだ子「あ、ジャンヌさん」
マシュ「先輩が持ってきてくれた、ショウギという盤上ゲームをしていたんです」
ジャンヌ「へぇ、何かチェスに似てる感じですね」
ぐだ子「ジャンヌさんは、チェスとか出来るの?」
ジャンヌ「いえ、まったく……ただ、軍を率いた経験はありますので」
ジャンヌ「少し興味は湧いてきます」
ぐだ子「おー、じゃあルール説明するから一緒にやろう?」
ジャンヌ「はい、いいですよ」
ジャンヌ「1回ずつ交代に行動」
ジャンヌ「そして駒はこの紙に書かれたようにしか動けない」
ジャンヌ「はい、ルールは何とか把握しました」
ぐだ子「よーし、負けないぞ~!」
対局が開始される。
慎重に陣形を整えるぐだ子。
それに対して、ジャンヌは突撃戦術をとっていた。
ジャンヌ「さあ、我が旗の元進むのです」
隊列を整え、進む歩の軍団。
その後ろを、うろうろする王将。
何とか前に出たいのだろう。
だが味方が邪魔になる。
そうしている内に、ジャンヌの歩はぐだ子に取られた。
ジャンヌ「くっ……犠牲が出てしまった、しかし私は止まりません」
ジャンヌ「前に進むと、そう決めたのですから」
ジャンヌ「例えこの身が血に塗れようと!」
味方戦線に空いた穴を、王将が埋める。
ぐだ子の歩を撃破する。
だがジャンヌの顔に喜びは無い。
神経な顔で、駒を進める。
駒を進めるたび、彼女は真剣に反応を返した。
ジャンヌ「馬鹿な!貴方ほどの駒が裏切ったと言うのですか!?」
ジャンヌ「いいえ、責めません、きっと何か事情があったのでしょう」
ジャンヌ「お互い譲れぬものがあるというのであれば、後は剣を交えるまでです!」
ジャンヌ「貴方は……私を助けてくれるのですか」
ジャンヌ「敵であった、この私を」
ジャンヌ「そう、ですか、判りあえたのですね、貴方と私は」
ジャンヌ「であるならば、共に進みましょう!この旗の元!」
ジャンヌ「くっ、消耗が大きい……いいえ、いいえまだいけます!」
ジャンヌ「敵将を抑える事が出来れば!この戦いは終わるのです!」
ぐだ子「王手」
ジャンヌ「あ……」
ぐだ子「どう、します?」
ジャンヌ「……まだ、まだ負けていません」
ぐだ子「けど、ここから盛り返す手はもう……」
ジャンヌ「……私は、負ける訳にはいかないのです」
ジャンヌ「盤上で散って行った彼らの為にも」
自分の王将を指で押さえたまま、ジャンヌは苦しそうにそう呟く。
だが、何処へ進んでも未来は無い。
周囲は包囲されているのだ。
ぐだ子の軍勢によって。
そう、包囲しているのはぐだ子の軍勢なのだ。
なら。
ぐだ子「……そう、ですね」
ぐだ子「これは私の軍勢です」
ぐだ子「だったら、戦い方だって、私が決めていいはず」
ジャンヌ「ぐだ子?」
ぐだ子「最後は、最後のぶつかり合いは……」
ぐだ子「兵ではなく、将同士で行うべきでしょう!」
そう、ジャンヌの反応は、見ていて楽しかった。
駒の動き一つにも感情移入し、言葉を漏らすジャンヌを見ていて。
ぐだ子も、感情移入してしまった。
今まで自陣に潜んでいた、ぐだ子の王将が前に出る。
ジャンヌがこの対局で行っていたように。
前へ。
前線へ。
ジャンヌ「ぐだ子、貴女は……貴女という人は……!」
ぐだ子「さあ、決めましょう!戦いの推移を!私達で!」
ジャンヌ「さあ、追い詰めましたよ、ぐだ子……降伏しなさい、悪いようにはしません」
ぐだ子「ふふふ、ジャンヌさん、私にはまだ退路はある……こうすれば、どうです」
ジャンヌ「馬鹿な!そこはもう盤上の外!貴女は国を捨てると言うのですか!」
ぐだ子「国の外からでも、政をする事は出来るのですよ」
ジャンヌ「くっ……今、彼女を逃せば国は乱れる」
ジャンヌ「それを許容する訳にはいきません!」
ぐだ子「ははは、追ってきますか、全てを捨てて!」
ジャンヌ「待ちなさい!」
エリザ「ねえ、貴女達、廊下に座り込んで何をやってるのかしら」
ぐだ子「え、将棋だけど」
エリザ「将棋」
ぐだ子「うん」
ジャンヌ「捕まえました!ほらぐだ子!捕まえましたよ貴女の王将を!」
ジャンヌ「長い旅でした、部屋を抜け、食堂に向かい、そしてこの通路に至る」
ジャンヌ「しかし、これで全て終わるのです、これで国が、盤上が平和に……」
エリザ「ねえぐだ子」
ぐだ子「え?」
エリザ「この聖女、ちょっと……」
ぐだ子「うん、思ったより可愛い子だねえ」
~4日目~
ジャンヌ「ぐだ子、次の特異点がフランスだというのは本当ですか」
ぐだ子「うん、けど今はまだ戦力整ってないし、私もまだ未熟だから」
ぐだ子「ダヴィンチちゃんと相談して、少し訓練期間を設けようって事になってるの」
ジャンヌ「そうですか……」
ぐだ子「ジャンヌさんは、フランスの英雄だよね」
ジャンヌ「はい、私はフランスで生まれ育ちましたが……何だか不思議な気持ちです」
ジャンヌ「私の記憶にある事柄は、今のぐだ子にとって遠い過去の歴史なのですよね」
ぐだ子「だね、私にとっては当時のフランスの暮らしとかちょっと予想付かないや」
ジャンヌ「ならば、少し模擬訓練してみますか?」
ジャンヌ「私が知っている限りの事を教えられると思いますよ?」
ぐだ子「模擬訓練かぁー」
ぐだ子(確かにそれはいいかも、当時の風習とかよく知らない訳だし)
ぐだ子(土着の風習とか、地形とかを聞いておけば役立ちそう)
ぐだ子「うん、お願いするよジャンヌさん」
ジャンヌ「判りました、では私の部屋でやりましょうか」
ジャンヌ「マシュも誘いましょう、数は多い方がいい」
ぐだ子「はーい!」
~ジャンヌの部屋~
ジャンヌ「ぐだ子、ぐだ子、起きなさい、ぐだ子」ユサユサ
ぐだ子「う、うーん、もう朝?」
ジャンヌ「ええ、今日は羊の毛を刈るお手伝いをする日ですよ」
ぐだ子「もう少し寝たーい」
ジャンヌ「駄目です、約束は破ってはいけないのです」
ジャンヌ「神様に怒られてしまいますよ」
ぐだ子「うう、判ったよ、ジャンヌさん」
ジャンヌ「……」
ぐだ子「ジャンヌさん?」
ジャンヌ「……」
ぐだ子「ジャンヌ……お姉ちゃん」
ジャンヌ「はい、良くできましたぐだ子」ニコリ
ジャンヌ「いいですか、今の貴女は私の妹役なのです、それを忘れてはいけません」
ぐだ子「う、うん」
ぐだ子「お父さんとお母さんは?」
ジャンヌ「もう仕事に出かけてしまいました、他の兄弟達もです」
ジャンヌ「ぐだ子だけですよ、寝坊してしまったのは」
ぐだ子「ごめんね、お姉ちゃん」
ジャンヌ「いいのです、妹は姉に迷惑をかけるのが仕事みたいなものですから」
ジャンヌ「私が兄弟達に迷惑をかけていたように、です」
ぐだ子「う、うん」
ジャンヌ「さあ、ご飯を食べてから羊の毛を刈りに行きましょう」
ジャンヌ「今日も忙しい日が始まりますよ!」
マシュ「めー」
ぐだ子「……」
マシュ「めー」
ジャンヌ「どうしたのですか、ぐだ子、羊の毛の刈り方が判らないのですか」
マシュ「めー」
ぐだ子「マシュじゃん」
ジャンヌ「羊です」
マシュ「めー」
ぐだ子「マシュ・キリエライトじゃん」
マシュ「めー、めー」
ジャンヌ「羊です、フカフカの羊です」
ジャンヌ「いいですかぐだ子、確かに羊は可愛らしいですが」
ジャンヌ「毛を刈る時は容赦してはいけません」
ジャンヌ「少しでも手を緩めると、逆に蹴り飛ばされてしまいますから」
ジャンヌ「当たり所によっては、大怪我をする可能性もあるのですよ?」
マシュ「めー」
ジャンヌ「ぐだ子、手順を教えますから、実践してみてください」
ぐだ子「う、うん」
マシュ「めー」
ジャンヌ「まず、羊の首を抑えます、こう、脇で」
ぐだ子「脇で……」グッ
マシュ「ひゃっ!?」
ジャンヌ「そのまま、地面に押し倒します」
ぐだ子「押し……倒す」ゴロン
マシュ「せ、せんぱい……」
ぐだ子「ご、ごめんねマシュ」
マシュ「……め、めぇ///」
ジャンヌ「ここからが重要です、自分の足を、羊の手に絡めて抑えます」
ジャンヌ「そう、体重をかけたまま、手を束ねるかんじで……」
ぐだ子「こ、こう、かな」
マシュ(ああ、何だか不思議な気持ちです)
マシュ(守るべき相手である先輩に、逆に組み伏せられている)
マシュ(身体が密着して、先輩の体温が、熱が感じられて)
マシュ(う、ううう……)
マシュ「めぇぇ、めぇぇぇ///」ジタバタ
ぐだ子「わわ、どうしたのマシュ……じゃなくて羊さん」
ジャンヌ「大丈夫です、組み伏せられた羊は大体そんな反応を示します」
ジャンヌ「けれど、羊の手はぐだ子の足に抑えられて抜け出せません」
ジャンヌ「この隙に、毛を刈るんです」
ジャンヌ「まずは、難易度の高いお腹や胸の毛から」
ぐだ子「あ、良く考えたらハサミが……」
ジャンヌ「あくまで模擬訓練ですし、ハサミを使うのは危ないでしょう」
ジャンヌ「休憩所にあったこれで、代用しましょう」
ジャンヌ「現在社会では、これに似た物で毛を刈っていると聞きました」
ジャンヌ「便利な世の中になったものですね」
ジャンヌが差し出した代用品。
手持ちサイズの棒状の機器。
その先端に取り付けられたゴム部分は。
何故かブルブル振動していた。
それは電動だった。
電動マッサージ機だった。
肩に押しつけて振動でコリを解す製品だった。
ご家庭に1つはあるであろう、ポビュラーな電気製品だった。
ぐだ子「え、と、これを使って」
ジャンヌ「はい、お腹や胸の毛を刈ってみてください」
ジャンヌ「今のぐだ子なら、出来るはずです」
ジャンヌ「勿論、マシュに毛はありませんから、押しつけて這わすだけでいいかと」
マシュ「めー!?」
ぐだ子「うん、ハサミじゃなくてコレなら危険は無いよね」
ぐだ子「これって電動バリカンみたいだし」
ぐだ子「よし、マシュ動かないでね」
ジャンヌ「いえ、動いてもらった方が模擬訓練としては正しいのです」
ジャンヌ「羊は、容赦なく抵抗してきますから」
ぐだ子「あ、そっか」
ぐだ子「じゃあ、マシュ、いっぱい抵抗してね」
マシュ「め、めぇ、めぇぇぇぇ……」
「めぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
マシュは何度もビクンビクンと痙攣した。
けど、最後まで羊の鳴き真似をやり通した。
やり通したのである。
マシュ「はぁ、はぁ、はぁ……」
ぐだ子「羊さん、凄い汗かいてるけど……」
ジャンヌ「ええ、毛刈りは人間と羊との死闘です」
ジャンヌ「今回は1時間で終わりましたが、実際は慣れていても数時間かかります」
ジャンヌ「長期戦になりますが、決して油断はできないのです」
ぐだ子「勉強になるなあ」
ジャンヌ「私も、お役に立てて嬉しいです」
ぐだ子「けど、これって実際の戦闘とかの役に立つのかな」
ジャンヌ「いえ、人間同士の戦闘と羊との戦闘は全く違う問題です」
ぐだ子「だよね」
一見無駄だったように思える、この模擬訓練。
この時の経験は、後の古代ウルクにて役立つ事になるのであった。
流石は聖女様である。
~5日目~
~食堂~
ジャンヌ「ぐだ子、貴女も今から食事ですか」
ぐだ子「うん、ちょっと戦闘訓練してて食べ損ねたから」
ジャンヌ「では、ご一緒しましょう」
ぐだ子「いいよ~」
モグモグモグ
ぐだ子「それにしても……」
ジャンヌ「はい?」
ぐだ子「ジャンヌさんは、沢山食べるね」
ジャンヌ「う……あまり褒められた事ではないのは判っていますが、裁定者は燃費が悪いので……」
ぐだ子「いや、見てて気持ちいい食べ方だし、いいと思う」
ジャンヌ「そうですか?」
ぐだ子「私も、もう少し大きくなりたいし……もっと食べようかなあ」
ジャンヌ「そうですね、食べなければ成長はあり得ません」
ぐだ子「だよね……あれ?」
ジャンヌ「ん?」
ぐだ子「ジャンヌさん、マントの端が破れてるよ」
ジャンヌ「あら、本当ですね……何時の間に」
ぐだ子「ここ最近はジャンヌさんも忙しかったし、どこかに引っかけたのかもね」
ぐだ子「そういえばこのマントは、ジャンヌさんの魔力で作られてるの?」
ジャンヌ「鎧を魔力で作っている方もいらっしゃいますが……私のマントは違いますね」
ジャンヌ「通常のマントに魔力コーティングして強化してあるだけですから」
ジャンヌ「破れた物を直すには、何らかの物理手段が必要となります」
ぐだ子「じゃ、縫わないとだね」
ジャンヌ「ふふふ、その必要はないのですぐだ子」
ぐだ子「え?」
ジャンヌ「私は裁縫がそれほど得意ではないのですが、これを直す方法は持っているのです」
ジャンヌ「これです」
コトン
ぐだ子「こ、これは……」
[瞬間接着剤]
ジャンヌ「これを使えば、大半の物は元に戻せるのです」
ジャンヌ「私はこれを愛用しています、砕けてしまったカップや、お皿も元通りです」
ぐだ子「ここに来てまだ1週間も経ってないのに、そんなに壊したんだ」
ジャンヌ「ち、違うのですぐだ子!それは、あの……」
ジャンヌ「先日、ぐだ子から映画のデータを頂きましたよね……」
ジャンヌ「あれは、凄く楽しかったのですが、見ていて力が入ってしまって……」
ジャンヌ「その時握っていたカップを、バキリ、と……」
ジャンヌ「不覚に思い、ちゃんとダヴィンチに報告しました」
ジャンヌ「そうしたら彼女が、これを使えと」
ぐだ子「ああ、あの映画は面白かったかねえ」
ジャンヌ「ええ、あのような娯楽は初めてでしたので、熱中しました」
ぐだ子「じゃ、今度また別の映画データを渡すね」
ジャンヌ「ありがとうございます!」
ぐだ子「……けど、マントをそれで直すのはちょっと」
ジャンヌ「駄目、ですか?」
ぐだ子「駄目じゃないけど、ちょっと可愛くないよ」
ぐだ子「私、ジャンヌさんには、やっぱり可愛くあってほしいし」
ジャンヌ「ぐ、ぐだ子……」
ぐだ子「はい、じっとしててね、ジャンヌさん」
ジャンヌ「は、はい」
ぐだ子「~♪」チクチク
ジャンヌ「……上手いものですね」
ぐだ子「ふっふっふっ、私も良く服を破いちゃう方だったし」
ぐだ子「自然と直す方法も身についちゃって」
ジャンヌ「そうでしたか……」
ぐだ子「はい、完成……と」
ぐだ子「うん、目立たないし、可愛いジャンヌさんの出来上がりだ」
ジャンヌ「……私は、その、可愛くは無いでしょう」
ジャンヌ「自分でもわかるのです、少し、大雑把だなと」
ぐだ子「えー、ジャンヌさんは可愛いよ?」
ぐだ子「真面目で、一生懸命で、ちょっとした事でも感情移入して」
ぐだ子「負けず嫌いで、物を捨てられなくて部屋にため込んで」
ぐだ子「大食いで、すぐお腹がすいて、裁縫がちょっと苦手で」
ぐだ子「想像していたジャンヌさんとは全然違ってたけど」
ジャンヌ「うぅ……」
ぐだ子「けど、そんなジャンヌさんが、凄く可愛く思えるよ」
ジャンヌ「ぐだ子……」
ジャンヌ「ありがとうございます、思えば私は可愛いと言われる事が少なかった」
ジャンヌ「無論、両親や兄弟にそう言われた事はありました」
ジャンヌ「けど、それ以外だと……」
ジャンヌ「綺麗と言われる事はあった、清楚と言われる事も」
ジャンヌ「鉄みたいな女だとも」
ジャンヌ「けど、ある時からは、聖女としか呼ばれなくなった」
ジャンヌ「私はそれを聞いて、何時も思っていました」
ジャンヌ「自分は、そんな大層な物ではないのだと」
ジャンヌ「小娘にしか過ぎないのだと」
ジャンヌ「では、私はどう言われたかったのでしょう」
ジャンヌ「……」
ジャンヌ「その答えは、ええ、貴女が言ってくれたそれこそ」
ジャンヌ「私の求めていた物なのかも、しれません」
ジャンヌ「私は、ただの娘として、ごく普通に」
ジャンヌ「そう、言われたかったのかも……」
ジャンヌ「英霊と化してしまった今では、当時の私がどう考えていたのか、思い出せはしませんが……」
~6日目~
~深夜~
ぐだ子「zzz」
ジャンヌ「ぐだ子、起きてください、ぐだ子」ユサユサ
ぐだ子「ふえ、あ、あれ、ジャンヌさん……」
ジャンヌ「聞いてください、ぐだ子」
ぐだ子「ど、どうして私の部屋に?あれ?扉のロックは?」
ジャンヌ「ロックは、何かガチャガチャしていたら開きました」
ジャンヌ「それよりも、ぐだ子、あれは、さっきの映画データは」
ぐだ子「ああ、うん、寝る前に映画のデータ幾つか送っておいてあげたけど……」
ジャンヌ「あれは、あれは酷いです、あんなのは可哀想です」
ジャンヌ「いっぱい頑張ってきたのに、主人公が1人で取り残されるなんて」
ぐだ子「ああ……なるほど、あの映画見ちゃったのか」
ジャンヌ「しかも、主人公が1人残った後に助けが来てしまう」
ジャンヌ「これでは、これでは死んでしまった子供は一体何の為に……」
ぐだ子「うん、あれは可哀想だったねえ……」
ジャンヌ「私は、嫌です」
ジャンヌ「犠牲が出るのは、避けられないかもしれません」
ジャンヌ「他の仲間を前に進ませる為に、自分が犠牲になる事も、場合によってはあり得るでしょう」
ジャンヌ「けれど、その犠牲が全て無意味だったという結末は……」
ぐだ子「……」
ジャンヌ「嫌なんです……」
ぐだ子「じゃあさ、続きを考えてみようよ」
ジャンヌ「続き?」
ぐだ子「うん、続き」
ぐだ子「生き残った主人公は、どうなると思う?」
ジャンヌ「それは……思い悩むでしょう、後悔もすると思います」
ぐだ子「そうだね、自暴自棄になって、酒に溺れて」
ジャンヌ「けど、それでは犠牲になった子供が浮かばれません」
ぐだ子「うん、だからきっと、主人公は立ち直る」
ジャンヌ「立ち直れるでしょうか……」
ぐだ子「そりゃあ、立ち直るよ、犠牲になった子供の命を背負ってるんだもん」
ぐだ子「主人公なら、最終的にそう言う結論に至るはずだよ」
ジャンヌ「……ええ、そうです、あの主人公ならきっと」
ぐだ子「そして、子供を失った主人公の手は、今、空いてる」
ぐだ子「だったら、もし同じ状況が発生してしまった時」
ぐだ子「助けが必要な他の誰かの手を掴んで……引き起こす事も、できるはず」
ジャンヌ「……ああ、そうです」
ジャンヌ「誰も生き残らなかった訳では、ないのです」
ジャンヌ「なら、後悔を糧にして、先に進む事も……」
ジャンヌ「……」
ジャンヌ「けれど、やはりあの子供には、生き残ってほしかった」
ジャンヌ「救えるのであれば、救われてほしかった……」
ぐだ子「ようし、じゃあ私のお勧めの映画を見せちゃおうっかな」
ジャンヌ「救われない物は避けたいです」
ぐだ子「了解了解、じゃあ最後は主人公とヒロインが新天地へ旅立つやつにしておくね」
ジャンヌ「いいですね、新たな地での生活、憧れます」
ぐだ子「では、スタート!」
映画が始まる。
登場人物が増えていき、また消えていく。
舞台も、ビルから屋外へ、そしてショッピングモールへと移行していく。
私が、何度も何度も繰り返し見た作品だ。
よそ見していても展開は判るし、台詞だって頭に入ってる。
だからだろうか、少し眠くなってきた。
ふと、横を見るとジャンヌが食い入るように画面を見ていた。
彼女は常に真剣だ。
この映画は彼女の要求とは違い、少しバッドエンドな内容ではあるのだが。
それでも、目を逸らさずにストーリーを追い続けている。
想像していた聖女様とは、少し違う。
けど、私はこの方が、好きだな。
瞼が落ちそうになる。
いけない、本当に眠くなってしまった。
映画を止めるのは、ジャンヌさんに申し訳ない。
このまま、寝てしまおう。
ふと、ジャンヌさんの太ももが目に入る。
怒られるかな。
これくらいなら、許してくれるよね。
眠さで朦朧としながら、そんな事を考えていた記憶がある。
それ以上の思考はもう、続かずに。
私は倒れ込むように、眠ってしまった。
~?日目~
ジャンヌ「ぐだ子、起きてください、ぐだ子」
ぐだ子「ん、んぅ……あれ、私は確か、ジャンヌさんと映画を見ていて……」
ジャンヌ「もう!寝ぼけていますねぐだ子」
ぐだ子「あれ、ここは……休憩所?」
ジャンヌ「はい、ぐだ子が少し休憩したいと言うので膝を貸していたのです」
ぐだ子「あー、そっか、確か特異点へ行く前に少し緊張をほぐそうとして……」
ジャンヌ「緊張は取れましたか?」
ぐだ子「うん、久々にジャンヌさんに膝枕してもらったしね」
ジャンヌ「それはよかった」
ぐだ子「……それにしても」
エレナ「フランちゃんの宝具は反動が大きいわね、敵が集中する後半戦まで温存しておくべきかしら」
フラン「ウゥゥ」
エレナ「良くってよ、魔力は私が供給してあげる、だから次は……」
茨木「のう、緑の人よ、今日は持っておらぬのか、ほれ、あの黒くて甘い」
ロビン「あー、今日は持ってねえですよ」
ロビン「あれだ、ナーサリーのお嬢ちゃんが幾つか持ってたはずだぜ」
茨木「ふん、あの小娘か、脅せばあっさりと差し出しそうだな」
ロビン「それはやめときなって」
オルタ「はっ、何なのかしらあの2人、膝枕なんてしてデレデレと」
オルタ「恥ずかしくないの?こんな公衆の面前で?有り得ないわね」
オルタ「もし私がするのなら、もっと、2人っきりになれる場所とかで」
オルタ「……いいえ、しませんけど、しませんけども」
ぐだ子「随分と、増えたなあ……あの頃は、私とマシュとエリザとジャンヌだけだったのに」
ジャンヌ「ええ、皆さん頼りになる仲間達です」
ジャンヌ「ですから、ぐだ子」
ぐだ子「ん?なあにジャンヌさん」
ジャンヌ「もし、第一特異点……フランスで危険な事に遭遇したとしてら、すぐに私達を呼んでください」
ジャンヌ「短期召喚であれば、私達も向こうへ駆けつける事が出来ます」
ぐだ子「ん、判ったよ、ジャンヌさん」
ジャンヌ「忘れ物は、ありませんね?」
ぐだ子「はい!」
ジャンヌ「では、いってらっしゃい、御武運をお祈りしておきます」
ぐだ子「ありがとう、ジャンヌさん」
こうして私は、マシュと共に第一特異点へと旅立った。
その旅先で、とんでもない事態に遭遇するのであるが。
それはまた、別のお話。
~X日目~
戦闘訓練用のレイシフトが終了した。
成績はC+。
及第点ギリギリといったところか。
つまらない。
とてもつまらない。
だから私はこう言った。
「訓練はもう終わったのでしょう、私は部屋に戻るわ」
踵を返し、訓練室の出口へ向かう私を。
ぐだ子が呼びとめた。
「待ちなさいジャンヌ・ダルク・オルタ、話があります、残ってください」
ため息が出る。
またか。
またなのか。
最近のぐだ子は、ずっとこうだ。
私はぐだ子の言葉を半ば無視して、扉の開放ボタンを強く叩いた。
「私は、部屋に戻るって言ってるのよ」
廊下に出て、閉鎖ボタンを押す。
閉まる扉の向こうで、ぐだ子が何か叫んでいるが。
聞く必要はないと思った。
自室に戻り、楽な格好に着替える。
冷蔵庫の中から、冷えた缶を取り出す頃になって。
扉のブザーが鳴った。
誰かが、扉の外からブザーを鳴らしているのだ。
それは誰か。
考えるまでもない。
ぐだ子だ。
ぐだ子が、私を追いかけてきたのだろう。
本当に、面倒くさい。
ため息をつきながらも、私は扉を開ける。
あれでもマスターなのだから、最低限の敬意は払わなくてはならない。
無視する事は出来ないのだ。
扉を開けると、ぐだ子が居た。
真剣な顔でこちらを見ている。
「ジャンヌ・ダルク・オルタ、話があります」
「……どうぞ、中に入ったら?」
「訓練で貴女の態度に問題があったから詰問に来たのです」
「決して他の理由で貴女の部屋に入ろうとしている訳ではないのです」
「……いいから入りなさいって」
ぐだ子は、ひょいひょいと私の部屋に入ってくる。
私はというと、廊下に誰も居ないか見張っていてあげている。
言い訳を用意はしているが、誰にも見つからないに越した事は無いのだ。
本当に、面倒くさい。
部屋に入ると、ぐだ子はやっと緊張を緩めた。
「はー、つっかれたぁー」ノビー
「貴女、いい加減にしなさいよ、何であんな隠語を使うの」
「えー、判りやすいじゃない」
つもりこう言う事だ。
「話があるから残れ」とは、こっそり私の部屋に遊びに来るための合図なのである。
そんなにまでして、私の部屋に遊びに来たいだなんて。
マスターも堕ちた物よね?
「それで、他の連中はどうしたの」
「あー、うん、訓練は終わったしお開きになった」
「で、貴女だけこちらに来たと」
「だってー、皆と一緒だと、アレが飲めないんだもん」
「マシュもジャンヌさんもエレナさんも頼光ママも、みんな飲んじゃ駄目って言ってくるし」
「はっ、まあ連中はそう言うでしょうね」
「けど、任務終わった後はやっぱり飲みたいしさ」
「つまり……貴女は、コレが欲しくて邪悪な魔女の元を訪れた、という事よね」
コトリと、彼女の前に冷えた缶を置く。
それを見て、彼女は眼の色を変えた。
「それそれ!それ欲しい!オルタちょーだい!」
「待ちなさいな、その前にやる事があるでしょう」
「私はこれを用意して貴女に渡す、その代わり貴女は、ある行為を私に対して行う」
「それが約束……いいえ、契約だったはずよ」
「うんうん、覚えてるって、今やるからっ!」
そう言うと、ぐだ子は四つん這いになった。
その光景を見ると、私は何時も高ぶる。
あのぐだ子が、私の足元に居る。
聖女達に、愛され慕われているマスターが。
私の足元で四つん這いになっているのだ。
凄まじいまでの征服感。
いや、それ以上に……。
「わんわんっ!」
「わんわんわんっ!」
「くるくるくるー」
「わんわん!」
「はい、終わったよ、オルタ」
そう、あの契約は、ぶっちゃけて言うと悪ふざけで言っただけだった。
三遍回って、ワンと言え。
古くから伝わるテンプレ的な煽り文句を言ってみただけなのだ。
けど、このマスターは恥かしげもなくそれをこなした。
悲壮感や羞恥心がまるでない様子で。
そう、まるで演劇で犬の役が回ってきたからやってみた、と言うような感覚で。
出来るだけ可愛く、出来るだけ犬っぽく、ぐだ子は楽しげに演じて見せた。
その様子は、何というか。
端的に言うと。
「……今日も可愛いわね」
「わん?」
「な、何でもないわよ、ほら、お飲みなさい」
「わぁい♪」
「いえ、そんな事ないわよね」
「そうよ、気のせいよ」
「もう一度、もう一度顔を合わせれば」
「ちゃんと、話しさえすれば」
コンコンッ
「……」ドキドキ
「……」ドキドキ
「……」ドキドキ
ザザッ
扉に取り付けられた、通信機が反応した。
ランプが赤く点灯する。
室内からの音声を伝えるシステムが稼働したのだ。
ああ、そうか、顔を合わせるのが照れくさいのね。
ほんっと、仕方ないマスターね。
けど、まあ、私にも大人げない所があった訳だし。
今回は謝ってあげても。
「ごめんね、オルタ」
「今、ぐだ子ちゃんは話するの無理みたいだから」
「パイは、扉の前に置いておいてくれるかしら」
通信機から聞こえたのは、ぐだ子の声ではなかった。
別人の声だった。
この通信は、室内から出ている訳で。
つまり、室内にはぐだ子以外に誰かいる訳で。
先ほど、扉が開いた時には室内の照明は殆ど消えていた訳で。
そんな真っ暗な中で、2人で何かしていた訳で。
「……判ったわよ、パイ、扉の前に置いておくから」
「温かいうちに食べなさいよ」
私は、パイをそっと扉の前に置くと、そのまま部屋の前から立ち去った。
スタスタスタと、立ち去った。
スタスタスタスタスタ。
ドーン。
リリィ「い、痛いです!誰ですかちゃんと前を見て歩かない人は!」
オルタ「……子供の私じゃないの」
リリィ「はい、ジャンヌ・ダルク・オルタ・サンタ・リリィです」
リリィ「以下、リリィと呼んでください」
リリィ「成長した私、前を見て歩かないと事故の元です、大人ならちゃんとしてください」
オルタ「……」
リリィ「聞いてますか?」
オルタ「相変わらずうるさいわね、貴女は」
リリィ「う、うるさいとは何ですか、私は正論を言ってるだけです―!」
リリィ「論破です!」
オルタ「貴女は、その論破って言葉、どうして使うのかしらね」
リリィ「ど、どうしてって……」
オルタ「理由を教えてあげましょうか、それは蹂躙したいからよ」
オルタ「相手の反論が来る前に圧倒的な結論を叩きつけて話を終わらせたいからよ」
オルタ「貴女にとっての論破って言葉は、その為の単語」
オルタ「凄いじゃない、アウトローの考えよそれは、流石は子供の私」
リリィ「ち、違います!私は別にそんなつもりじゃ……」
オルタ「あら、嘘をつくのね、そう」
オルタ「ねえ、子供の私、貴女はあの聖女様みたいになりたいんだってね?」
オルタ「けど、こんな所で嘘をついてるようじゃあ、無理な話よね」
オルタ「貴女の将来はね、私みたいになるの」
オルタ「皆に嫌われて、怯えられて、1人で生きていく事になるの」
オルタ「良かったじゃない、ジャンヌ・ダルク・オルタ・サンタ・リリィ」
オルタ「その名前が伊達じゃないって事が証明できて」
リリィ「ふえぇぇぇ……」
スタスタスタスタスタ。
ドーン。
頼光「まあ、危ないですよ?」
オルタ「ええ、危なかったわ、危うく引き殺される所だった」
頼光「はい?どういう意味でしょうか」
オルタ「だって、貴女みたいな体格の者に体当たりされたら、小柄な者は普通吹き飛ばされるでしょう」
頼光「……何を仰ってるのか意味が判りませんが」
オルタ「ほら、身体の大きさの話よ、重さの話と言ってもいいわね」
オルタ「だって、貴女の身体、私が最初に見た時よりも大きくなってるわよ」
オルタ「局地的な話になるけど、もう少し自重した方がいいと思うわ」
オルタ「実際、体重も増えてるんじゃないの?」
オルタ「え、計った事がない?」
オルタ「あっ、ごめんなさい、この話は忘れて」
オルタ「いいのよ、貴女はそのままでいいと思う」
オルタ「だって母なのよね貴女は、なら包容力をつけるべきだわ」
オルタ「気にしないで、ただ、貴女の身近な人がこう呟いてたのを聞いただけだから」
オルタ「大将って昔はもっと小柄だった気がするんだけどなあ……って」
頼光「ふえぇぇぇぇぇ……」
スタスタスタスタスタ。
ドーン。
静謐「い、痛い、です」
オルタ「静謐、静謐のハサンじゃない、良かったわ、探してたのよ」
静謐「え、私を……ですか?」
オルタ「ええ、そうよ」
静謐「私、何かを、ですか?」
オルタ「そうだって言ってるでしょ、ぶち殺すわよ」
静謐「ひっ……」
オルタ「実はね、貴女に渡したいものがあったの」
静謐「渡したい、もの?」
オルタ「ええ、これよ」
静謐「これは……?」
オルタ「消臭スプレーよ」
静謐「……」
オルタ「どうしたの」
静謐「わ、わたしは、匂いますか」
オルタ「いえ、別に、けど貴女は毒を出すらしいじゃない」
オルタ「私、心配になったのよ、もしかしたら将来的に貴女から変な匂いが出る事があるんじゃないかって」
オルタ「硫黄みたいな」
オルタ「カルデアは皆、そういう事を正面から言わないみたいだし」
オルタ「念の為に持っておいた方がいいと思うのよ」
オルタ「寧ろ、常に吹きつけておいた方がいいんじゃない?」
静謐「……」
オルタ「ほら、吹きつけてあげるわ」
シュッシュッシュッ
静謐「ふえぇぇぇぇ……」
スタスタスタスタスタ。
ドーン。
オルタ「以下略」
清姫「ふえぇぇぇぇぇ……」
ジャンヌ「ジャンヌ・ダルク・オルタ!」
オルタ「あら、聖女様じゃないの、私に何か用かしら」
オルタ「今の私は機嫌がいいの、少しくらいならお話してあげてもいいわよ」
ジャンヌ「……これは、思っていたよりも酷いみたいですね」
オルタ「なにが?」
ジャンヌ「苦情が入ってます、貴女から酷い事を言われたという苦情が、幾つも」
オルタ「何時もの事じゃない」
ジャンヌ「ええ、何時もの事です」
ジャンヌ「しかし、貴女の眼は何時もと同じでありません」
ジャンヌ「それは、何かを諦めてしまった者の眼です」
オルタ「……」
ジャンヌ「ついてきて下さい」
オルタ「はあ?何で私が貴女何かに」
ジャンヌ「いいから、ついてきなさい」
オルタ「……」
~鍛錬場~
「ここは……」
「ここは鍛錬場です、サーヴァント同士が組手や修練を行う為の、道場ですね」
「はっ、ここで仲良く修行でもしようって言うの?」
「いいえ、今回は組手です」
聖女様はそう言いながら、旗を突きつけてきた。
その目は、本気だった。
「ジャンヌ・ダルク・オルタ、今の貴女は心と体のバランスが崩れた状態です」
「心ばかりを働かせて、体がそれについてこれていない」
「結果的に、正常な思考ができなくなり、自暴自棄になってしまっているのです」
「では、どうすればいいか」
「簡単です、心と同じくらい、体を酷使すればいいのです」
「そうすれば、バランスが戻って正常な思考ができるようになるでしょう。
こいつ、馬鹿じゃないの。
「はっ、そんな事の為にわざわざここに呼んだワケ?」
「付き合ってられないわ」
私は廊下に引き返そうとした瞬間。
宙を舞った聖女が、旗を叩きつけてきた。
咄嗟に、自分の旗を具現化させて受け止める。
ガツンッ
旗を経由して、伝わってくる。
聖女の。
ジャンヌ・ダルクの強い力が。
思わず、カッとなる。
闘争心に火がつく。
こいつは今、私を殺そうとしたのだ。
だったら、報いを受けさせなければならない。
それが。
それが、復讐者としての私の本性だ。
「ええ、いいわ、いいわよ、貴女がやる気なら付き合ってあげる」
霊基が魔力を量産させる。
魔力が身体を駆け巡る。
復讐の炎が、手足に灯る。
手足の指が、浮くような感覚。
漲っていく、全てを、全てを焼き尽くす憎悪が。
その憎悪は言っている。
目の前の、聖女に。
怒りをぶつけろと。
「炎よ!」
私の手から、黒い焔が放たれる。
合計3発。
ジャンヌはそのうち2発を回避し、1発をマントで受け止めた。
その隙に私は肉薄し、懐の剣で斬りかかる。
ジャンヌが持つ旗は長すぎて、この距離では捌ききれまい。
そう思っていた私の頭に、ガツンと痛みが走る。
頭突きだ。
あの聖女、インファイトで頭突きをかましてきたのだ。
ああ、けど、そうね、良く考えたら。
同じ状況になったら、私もきっと、同じ事をするだろう。
だから。
ニ発目の頭突きを私に食らわせようとしていたジャンヌに、カウンター気味で決めてやった。
頭突きを。
ガツン。
先ほどよりも大きな音がした。
だが、今度のダメージは向こうの方が大きいだろう。
距離をとる為に跳躍したジャンヌの額から、血が流れている。
その様子を見て、無性に可笑しくなってきた。
「あはははは、無様ね、聖女様ともあろうものが額から血なんて噴き出して」
「貴女も出てますよ、血」
額に手を当てると、言われたとおり出血していた。
それもまた、可笑しい。
ガツン、ガツン、ガツン。
旗と旗を、打ち合わせる。
その衝撃が手に伝わる。
その轟音が耳に届く。
その美しい火花が視界に入る。
本来、裁定者は復讐者と相性が悪い。
だが、この女は。
ジャンヌ・ダルクは。
悠々と私とやり合って見せる。
私の攻撃を、復讐を、キッチリと受け止めてくれる。
ああ、こいつの言っていた意味が、少し、少しだけわかった。
打ち合って行くたびに、悩み凝り固まっていた私の思考が、晴れていく。
そうだ、私なら。
私なら、思い悩む前に。
もっと強引に、行動して良かったのだ。
あそこで。
あの扉の前で、引いてやる必要なんて、無かったのだ。
だったら、私は。
私のすべきなのは。
その時、私の後ろから声がした。
「かいたい」
ゾクリ、と背筋に寒気が走る。
「する」
その声には聞きおぼえがある。
だが、意味がわからない。
何故私の後ろにソイツがいるのか。
何故私が攻撃されそうになってるのか。
その意味が。
……あ。
「よ」
ジャック・ザ・リッパーの宝具が発動する直前、私は思い至った。
そうか、こいつは。
ジャンヌ・ダルク・オルタ・サンタ・リリィの友達だったはずだ。
なら、理由は判る。
リリィを苛めた私に、仕返しに来たのだ。
だって、友達ってそういう物でしょ。
私には、そんなものはいないけど。
ああ、もう。
なんて羨ましいんでしょ。
ジャンヌとオルタの戦いには、見物客達が居た。
最近娯楽が少ないのだ、これを見逃す手は無い。
2人が喧嘩するのは、何時もの事だ。
何時もの事であるが故に、2人とも引き際を弁えている。
一部サーヴァント達のように「死ぬまで戦う」という事態にはならないだろう。
安心して楽しめる試合と言う事だ。
だが、ジャックの乱入で、少し風向きが変わった。
ジャックはどちらかと言うと「やると決めたら最後までやる」タイプだ。
場合によっては第三者の手で制止する必要も出てくる。
ジャックの宝具は、結局発動しなかった。
直前になって、ジャックの頭を、ガシリと掴んだ者が居たからだ。
赤い軍医服を着たその女性は、こう言った。
「ジャック・ザ・リッパー、消毒していないメスで遊ぶのは止めなさいと言ったはずです」
因みに、彼女、ナイチンゲールは「最初から全力で戦闘に突入してくるタイプ」である。
この時点で、見物人の一部は逃走を開始した。
これに対してジャックはどう返したかと言うと。
「お医者さん、嫌いだよ」
躊躇なく、自分の頭を掴むナイチンゲールの右手を。
切断した。
ボトリと右手が地面に落ちる。
直後、ナイチンゲールはジャックの足に向けて発砲。
1発、2発、3発。
ジャックは不規則な動きでそれを回避しながら距離を取る。
ここで、見物人達は目を見張る。
先ほど切断されたはずの右手が、ナイチンゲールの腕に装着されていたのである。
既に、接木と包帯で固定してある。
何時の間に?
左手には銃が握られていたのに?
誰の目にもとまらずに?
どうやって?
判らない、判らないが。
「彼女」なら、そんな治療も可能だったのだろう。
フローレンス・ナイチンゲール。
その名前は、それくらいの説得力を持っていた。
戦闘の主役は、ジャックとナイチンゲールに切り替わった。
見物人達は、固唾を飲みながら観戦する。
そこに新たな乱入者が現れた。
「あら、私の大切なお友達を苛めるのは、誰かしら」
「くはは、中々に面白い見せものではないか、ナーサリーよ、洋菓子を寄こすなら手伝ってやるぞ」
「あら、イバラキが戦うなら私も手伝うわよ、とっておきのナンバーでイカせてあげるわ?」
「いいえ、ハロウィン勢の方の力は借りません、ここはクリスマス勢だけで十分です、というか邪魔です」
「何を言うのです!ファラオが手を貸すと言っているのですから、頭を垂れて従うべきでしょう!」
「私、臭くない、ですよね、大丈夫、ですよね、消毒は、ちゃんとしてます、毒を殺す毒も出せます、から」
収拾がつかなくなった。
そこら中で、関係ない戦闘が始まる。
ジャンヌ「こ、こら!貴女達!喧嘩は止めなさい!」
オルタ「貴女がそれを言っても説得力がないんじゃない」
ジャンヌ「し、しかし誰かが止めなければとんでもない事になります!」
オルタ「確かにそうね、既に流血沙汰になってるし」
ジャンヌ「ああ、もう、こんな時にぐだ子がいてくれたら……」
オルタ「……」
ジャンヌ「ぐだ子が、居てくれたら助かるのですが」
オルタ「……」
ジャンヌ「私が呼びに行きたいところですが、彼女達を止める必要もありますし」
オルタ「……判ったわよ、いけばいいんでしょ」
ジャンヌ「ええ、お願いしますね、オルタ」
聖女様は、にこりと笑ってそう言った。
~ぐだ子の部屋~
「絶対嫌われた」
「呆れられた」
「こんなんじゃマスター失格だと思う」
「オルタは凄いよ、あんなに怒ってたのに」
「翌日にはもう、普通に話しかけてくる事が出来るんだもん」
「しかも手土産にパイまで持ってくる気づかいまで見せて」
「大人だよ、オルタは」
「それに比べて私は駄目だ、駄目駄目だ、ちゃんと話出来なかった」
「緊張して、言葉が出なかった」
「仲直りの文章とか考えてたのに、全部頭から吹き飛んじゃった」
「オルタの顔見てると、不安で、思わず扉閉めちゃった」
「もう駄目だよぉ」
「エレナさんもそう思うよね」
「ええ、そうね、駄目だと思えちゃうわよね」
「けど、今の状態が駄目だとわかってるなら、後は簡単じゃない?」
「その駄目な部分を、改善していけばいいんだから」
「よくって?世の中には、何が駄目なのかすらわからない人だっているの」
「そんな人達に比べたら、ぐだ子は大したものよ?」
「ううう、そうかな」
「ええ、そうよ」
「私にできるかな」
「ぐだ子は何時だって、自分の中の感情に負けずに、頑張ってきたじゃない」
「今回だって、出来るわよ、保障してあげる、この私が」
「……うん」
「ほら、布団から出てきて、さっきね、マハトマに聞いてみたの」
「もうすぐ、オルタが来てくれるって」
「ほんと?」
「ええ、私は嘘なんて言わないわ」
「来るって判っちゃえば、心構えは出来るでしょ?」
「うん」
「よし、じゃあ、頑張って」
ジャンヌ・ダルク・オルタが部屋のブザーを鳴らすまで、あと50秒。
2人が仲直りするまで、あと100秒。
こうして。
2人のジャンヌ・ダルクの日常は。
ぐだ子と共に、進んでいくのでした。
おしまい
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ぐだ子「あー、うん、私がコーラをオルタのベットにこぼしちゃって」
オルタ「あ……」
エレナ「へえ、コーラ飲んじゃったの」
ぐだ子「あ、ち、違うの、ちょっとだけ、ちょっだけだって」
エレナ「けど、ぐだ子ちゃんはコーラで酔っ払っちゃう性質でしょ」
エレナ「だから、禁止したはずなんだけどなぁ、おかしいなあ」
ぐだ子「う、うう、ごめん、許して、見逃してエレナさん」
エレナ「……だーめ!」
ぐだ子「ひゃっ!」
この後、2人はいっぱい怒られてしましましたとさ。
完!
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