~召喚の間~
マシュ「先輩!無事、石が溜まりました!」
ぐだ子「よーし、これだけの石を捧げれば来てくれるよね」
ぐだ子「念願の山の翁!」
呪腕「いよいよですな、主殿」
ぐだ子「ありゃ、ハサン達どうしたの」
百貌「初代様がいらっしゃるのだろう、我らが出迎えない訳にも行くまい」
静謐「緊張、します」
マシュ「これは……普段は先輩にべったりな静謐のハサンさんまで真面目に待機されています」
ぐだ子「それだけ山の翁が特別なサーヴァントだって事だよね……」
ぐだ子「尚の事、頑張らないと!」フンフン
マシュ「先輩もやる気ですね……!」
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ぐだ子「よし!じゃあ石を魔方陣に捧げるよ!」
マシュ「了解です!」
ポイポイポイポイ
マシュ「あれ……先輩、この石」
ぐだ子「ん?どうしたの?」
マシュ「何か黒いのがくっついてるんですけど……」
ぐだ子「ホントだ、何だろ……どっかで土でもついたのかな」ゴシゴシ
マシュ「とれませんね……」
ぐだ子「んー、けど魔翌力反応は問題ないみたいだし、使えるんじゃないかな」
マシャ「はい!じゃあこれも入れますね!」
ポイポイポポイ
ぐだ子「召喚の触媒としてはこれで十分かな……」
ぐだ子「じゃあ、開始するよ~」
その石に付着した土は、とある存在の亡骸だった。
圧倒的な暴威で古代ウルクを壊滅直前まで追い込んだ存在の亡骸。
その破片だった。
魔力を失いただの土塊と化していたそれは、偶然、カルデアが回収した石に付着した。
そしてこの魔方陣まで運ばれた。
この土塊自体は何の力も持っていない。
生前のように他者へ浸食しアミノギアスで縛るような能力は持ち得ていない。
しかし、それが「彼女の死体の一部」である事に変わりはないのだ。
英霊召喚は触媒によって呼び出されるサーヴァントが確定する。
そして今、彼女を呼び出す為の絶好の触媒が、ここに存在していた。
魔方陣に描かれた複数の光環が回転する。
英霊召喚が成功した証である。
眩い光環が収束し……。
ぐだ子「山の翁山の翁山の翁、おじいちゃんきてー!」
マシュ「大丈夫です!きっと来てくださいます!」
百貌「おじいちゃんって、失礼だろうが!」
呪腕「なあに、初代様であればその程度でお怒りにはならぬでしょう」
静謐「……」ドキドキ
パシャンッ
臓物が地面に落下したかのような音が、部屋に響いた。
魔方陣の真ん中に、奇妙な物が召喚されていた。
色は赤。
血のような赤。
ソレは血管が浮き出た皮膜を纏っていた。
その皮膜の中でぐちゃぐちゃと動いていた。
その様子は、まるで人間になり損ねた化け物が無理やり身体を作り直しているかのような。
酷く滑稽で、不気味な光景だった。
ぐだ子「……」
マシュ「……」
呪腕「……」
百貌「……」
静謐「……」
ぐだ子「なに、あれ」
そう呟いた瞬間、皮膜の中の何かは、グルリとこちらを振り向いた。
見ている。
そいつはこちらを見ている。
眼も口も鼻もない、顔として認識すらできないそれは、明らかにこちらを……。
私を見ている。
思考を先に進める前に、異形から音が漏れだした。
「Aaaaaaa」
……ああ。
それは聞いた事がある「声」だった。
何度も何度も何度も聞いた声だった。
あの黒い海原で。
壊滅した街並みで。
叩き落とした冥府の底で。
彼女には何故かその声の意味が理解できた。
「ミツケタ」
その異形はそう言っていた。
その後に起こった事を、私は正確に認識していない。
凡そ4秒に起こった出来事だ、認識に不備が出るのは仕方ない。
だから、自分で理解している事のみを記そう。
彼女の声が響いた直後、皮膜が破れ、中から黒い泥が溢れだした。
ドロドロ、ぐちゃりと。
粘性を帯びた黒い泥は、あっと言う間に勢いと量を増し、私達の元に迫ってきた。
まるで波のように。
ここまでで1秒。
私を守るために前に出た百貌のハサンが自己分裂を開始し泥を押しとどめようとした。
けれど、駄目だった。
人間の身体を幾ら100に分裂させようと泥の波を押しとどめられるはずがない。
ああ、けどそんな事は彼女達も理解していたんだ。
だからこそ、静謐のハサンは動いた。
彼女は身体から限界以上の毒液を排出する。
接触により身体が焼け爛れる猛熱を発生させる毒。
その毒は百貌のハサン達の身体に触れ、爆発的な蒸気を発生させた。
それにより、泥の波は一瞬、ほんの一瞬勢いを弱めた。
ここまでで2秒。
蒸気により百貌のハサンと、静謐のハサンは私の視界から消えた。
私が2人に何か声をかける前に、呪腕のハサンが動いた。
呪腕のハサンは、その右手に魔神の腕を宿している。
条件が整えば相手の心臓を即座に抉り出せる、恐ろしい巨腕だ。
その手を使い彼は……。
私とマシュを泥の及ばぬ場所、廊下へと投げ飛ばした。
壁に叩きつけられた私は、一瞬息ができなくなる。
ここまでで3秒。
「マシュ殿!隔壁を!」
私が視線を部屋に戻した時、呪腕のハサンの背後に、泥の波が迫っていた。
ああ、飲まれてしまう。
彼が、あの泥に。
けれど、私はその瞬間を目にする事は出来なかった。
その前にマシュが隔壁を緊急閉鎖したからだ。
大きな音と共に隔壁が閉まり、廊下は、静寂に包まれた。
ここまでで4秒。
マシュ「……」ハァハァ
ぐだ子「……」
マシュ「……せ、先輩!大丈夫ですか!?」
ぐだ子「……私は、大丈夫」
マシュ「あれは、あの泥は……先輩、あの泥は」
ぐだ子「……うん、あれは」
混沌の海。
侵食海洋。
ケイオスタイド。
古代都市ウルクを飲み込んだモノ。
触れた物をアミノギアスで縛り人類の敵に作り替えるモノ。
私達が第六特異点で遭遇した「彼女」が持つ権能。
だったら、だったらやっぱり、あの異形は。
マシュ「ハサンさん達は……ハサンさん達はどうなったのでしょうか……」
ぐだ子「……」
私達は確かに「彼女」と戦い勝利を得る事が出来た。
その過程でケイオスタイドへの対策もある程度立ててある。
泥に接触する面を最小限にし、そこに魔力障壁を張る事で、海域に触れずに移動する事が可能だったのだ。
もしかしたらハサン達もそれに倣い、泥の波の第一波を凌げたかもしれない。
けれど。
……けれど、もし泥が隔壁の中を埋め尽くしたのなら。
ハサン達はもう。
ぐだ子「……そうだ、報告を」
ぐだ子「ダヴィンチちゃん達に子の事を知らせて、対策を練らないと……」
「その必要はないよ、状況はモニタしていた」
「ハサン達の話はまた後だ」
「ぐだ子ちゃん、マシュ、今すぐそこを離れて」
「そこはまだ安全圏じゃない」
「隔壁内部の圧力が急激に増加している……」
「もうすぐあふれ出るぞ!」
ダヴィンチちゃんからの通信が入ると同時に、ピシリという音が廊下に響いた。
隔壁を見ると、僅かだが漏れていた。
黒い、黒い泥が。
トロトロと。
隔壁の継ぎ目から。
マシュ「先輩!」
ぐだ子「う、うん、マシュ走るよ!」
廊下の端、次の隔壁まで少し距離がある。
私とマシュは走った。
後ろから音が聞こえる。
ピシリ、ピシリと。
隔壁の隙間が広がる音が。
泥が浸食してくる音が。
けれど後ろは振り向かなかった。
そんな余裕はない。
その甲斐あって、私とマシュは隔壁を通過できた。
隔壁の自動閉鎖機能が働いたのを見て、私はようやく後ろを振り返る。
……そして私は見た。
見てしまった。
閉まりつつある隔壁の向こう。
召喚の間から溢れ出る泥。
その泥の中に立つ。
2つの人影。
さっきまで私のそばにいてくれた、彼女達の姿を。
彼女達は私を見つめると、にたりと笑った。
「……は、いらない」
「……だけで、いい」
「イらない」
「いらナイ」
「もう……イラナイ」
「ヒツヨウない」
「だから」
「だからワタシは」
ダヴィンチ「ぐだ子ちゃん、大丈夫?」
ぐだ子「……え?」
ダヴィンチ「心ここにあらずという感じだったからさ」
マシュ「ダヴィンチちゃん、やはり先輩は休んでもらった方が……」
ぐだ子「い、いや大丈夫、今後の作戦会議でしょ?いけるよ」
マシュ「しかし……」
ぐだ子「もう、マシュ過保護すぎだって」
ぐだ子「それに、休んでられる状況じゃないでしょ」
マシュ「それは……そうですが……」
ダヴィンチ「じゃあお浚いの意味も込めてもう一度状況を説明するよ」
「30分前、召喚の間にて異形の存在が確認された」
「霊基の分析情報から、異形を人類悪……ビーストⅡに連なる存在だと認定」
「彼女はケイオスタイドを放出し召喚の間を制圧」
「カルデア側は隔壁閉鎖による封じ込めを試みるも失敗」
「召喚の間から流れ出たケイオスタイドは廊下を通りカルデア各所に浸食」
「現状で、半分のエリアは彼女の汚染を受けている」
「残り半分はまだ隔壁が生きているが……これも何時までもつかわからないね」
「尚、ケイオスタイドに浸食されたエリアに住んでいたサーヴァント達とは連絡が取れなくなっている」
「浸食を受けたか、何処かに立てこもっているかは不明だ」
「現段階でカルデア側の戦力として保証できるのは……」
「ぐだ子ちゃんとマシュと私」
「他にサーヴァントが数名」
「あとは……種火狩りの為にレイシフトしてる部隊がいるけど……」
「今、向こうへカルデアの座標情報を送れなくなってるから、あの子達は当分戻ってこれないと思う」
「こんな所かね」
ぐだ子「ダヴィンチちゃん、今の彼女の魔力って、何処から供給されてるのかな」
ダヴィンチ「そりゃあ、カルデアからだよ」
ダヴィンチ「今回の彼女はあくまでサーヴァントとして召喚された個体にすぎないからね」
ダヴィンチ「以前のような単独権限能力は無くなってると考えていい」
ぐだ子「そっか、じゃあ今の所はカルデアが破壊される心配はないのかな」
ダヴィンチ「そうだね、このカルデアは彼女にとっての生命線だ、制圧はしても破壊はないと考えていいと思う」
ぐだ子「なら、魔力供給を停止すれば……」
ダヴィンチ「それも試したんだけど……どうやらカルデアの魔力回路の一部が浸食を受けてるみたいなんだ」
ダヴィンチ「だから魔力を断って自滅を誘う作戦も、今のままだとちょっと難しい」
ぐだ子「ううーん……」
ダヴィンチ「けどね、方法がないわけでもないんだ」
ぐだ子「方法?」
ダヴィンチ「そう、魔力供給を断つ方法だよ」
ダヴィンチ「彼女はケイオスタイドによりカルデアに寄生する形で強制的に魔力を得ている」
ダヴィンチ「けど、彼女がサーヴァントである以上、覆せない法則が存在するんだ」
ぐだ子「……あ、そっか」
ダヴィンチ「そう、令呪だよ」
ダヴィンチ「令呪による強制停止命令を直接彼女に叩きこめば……彼女の能力を剥がせるはずさ」
ダヴィンチ「ぐだ子ちゃん、令呪は幾つ残ってるかな?」
ぐだ子「3つちゃんと揃ってるよ」
ダヴィンチ「宜しい」
ダヴィンチ「ただ今のままでは、彼女の強大な意志力に令呪が弾かれる可能性もある」
ダヴィンチ「だから、私の方で令呪を補佐する礼装を用意しよう」
ダヴィンチ「ぐだ子ちゃんは、礼装が完成するまでの間、ちょっと仲間探しをしてもらうよ」
ぐだ子「判った、ケイオスタイドの浸食を受けてない区画に、まだ無事なサーヴァントがいるかもしれないしね」」
ぐだ子「戦力を集めつつ礼装の完成を待って、総力戦で彼女の本体を叩く……」
ぐだ子「作戦はそんな感じかな」
ダヴィンチ「その通り、では行動開始だ!」
ぐだ子「了解!」
~ケイオスタイド領域~
~隔壁内~
式「よりによって、またお前と一緒かよ、ハサミ男」
メフィスト「ええ、ええ、まあ腐れ縁というやつですねえ、ふふふふ」
メフィスト「けれど、ワタクシは、ワタクシ、メフィストフェレスは?」
メフィスト「そんな縁を大事にしていきたいと感じる悪魔ですから?」
メフィスト「ですから、こんな絶望的な状況にも喜びを感じてしまうのでして」
メフィスト「だって人は絶望から逃れる為に醜く足掻き、最終的には悪魔に頼る生き物ですので」
メフィスト「我らにとっては人間と取引する絶好の好機という訳なんですねえ、はい、はい」
式「五月蠅い、本当に口を縫いつけるぞお前」
メフィスト「五月蠅いのはワタクシよりもあちらだと思いますよぉ」
ガンッ
ガンッガンッ
ガンッ
式「はあ、まあ、あっちも五月蠅いよな、誰だ外から隔壁叩いてるの」
式「ハサミ男、お前取引したいって言うならあっちとしてくれば?」
式「あのドロドロの化け物たち、お前の親戚みたいなもんなんだろ?」
メフィスト「おや、おやおや、おやおやおや、それは心外です、撤回してもらいたいものです」
式「何でだよ、あっちに居るのは前にマシュ達が言ってた古代の神の馴れの果てだろ?」
式「人類世界を滅ぼすもの、人類悪、だったらお前と似たようなもんじゃないか」
メフィスト「はあ、悲しい、ワタクシは悲しいです、あんなものと同じにされるなんて」
メフィスト「今まで努力してきた事をすべて台無しにされた気分です、はい、はい」
式「努力って……」
メフィスト「はい、努力です」
メフィスト「確かに?ワタクシ達悪魔は?世界を滅ぼす勢力に手を貸したりもしました」
メフィスト「けれど、本当に世界が滅びるとなるとまた話は別なのですよ?」
メフィスト「だって取引相手が居なくなりますから?」
メフィスト「新たな人類とか言う意味のわからない種族に取引が通用するとは思えませんし?」
メフィスト「そうなると悪魔の存在意義は限りなく薄れてしまうでしょう」
メフィスト「もし、仮に世界が、人類が滅びてしまうとしても?」
メフィスト「それは欺瞞と策略と権謀と疑心暗鬼と人間不信で彩られた物でなくては」
メフィスト「納得できません許容できません気持ちよくイケません」
メフィスト「たった一人の意志で何の感慨もなくあっさり世界を滅ぼしてしまうような存在は」
メフィスト「ワタクシ、虫唾が走る以外の感情は湧きません」
式「もういい、判ったから口を閉じててくれ」
式「お前と話すると、何時もこうだからな、話が長すぎる」
メフィスト「いえいえ、これでも話を短く簡潔にしたつもりで……」
バキリ
ドロリ
式「……!」
メフィスト「あら」
式「おい、泥が入ってきたぞ」
メフィスト「そのようですねえ、はい、はい」
式「はあ、面倒くさい……何であんな汚い泥の相手しなくちゃならないんだ」
式「そもそも、あんなの相手にしたら……服が汚れる」
メフィスト「何でも聞いた話では、足の裏に魔力を集中しておけば泥の上を歩けるらしいですよ」
メフィスト「まるでアメンボウみたいに、エリマキトカゲみたいに、ふふふ、楽しそうですねえ」
式「……それはいい事を聞いた」
バキリ、バキリと隔壁に亀裂が入る。
だが、侵入してくる泥の量はそれほどではなかった。
水位は精々、膝の上まで。
けれど、泥の代わりに、別の物が入ってきた。
隔壁の隙間をこじ開けながら、入ってきた。
2体の巨漢を伴ったその人物は……。
式「ん、あいつ、前に食堂で見た事がある気がする」
メフィスト「あれは、百貌のハサンさんですねえ」
メフィスト「1つの身体に100の人格を宿した多重人格者です」
式「100!?嘘だろ?」
メフィスト「いえいえ、これが嘘のような本当の話でして」
メフィスト「彼女の主人格は、なんと、恐ろしい事に」
メフィスト「それらの人格を全て完全に掌握しているらしいのです」
式「……おいおい、それは本当に、何というか、すごいな、こっちは2つでも持て余してるってのに」
式「出来れば話を聞きたかったもんだが……」
百貌「……」ブツブツ
メフィスト「どうやら、会話ができる状態ではないようですねえ」
メフィスト「まあ、泥の中を臆面もなく進んできたのですから、彼女は既に犯されているのでしょう」
メフィスト「見た所、百貌のハサンさんの後ろに居る巨漢のお2人も、彼女の人格が実体化したものかと」
式「はあ、それにしても……100かぁ、100ねぇ」
式「何というか、世界は広いな」
メフィスト「ええ、ええ、世界は広いのです、そして素晴らしく絶望的で素晴らしく醜い」
メフィスト「だからこそ、だからこそ、ワタクシ達が存在する価値があるのです!」
式「まあ、その存在も風前の灯だけどな」
メフィスト「おや、おやおや、ひょっとして、もしかして?」
メフィスト「諦めてらっしゃいますか、絶望してらっしゃいますか、取引が必要ですか」
式「誰が諦めるか」
式「確かに100の人格は驚異的だろう」
式「けど、だからって個の性能で劣ってる訳じゃない」
式「何人だろうが何百人だろうが」
式「生きているなら、殺して見せるさ」
メフィスト「ふふふ、なら競争してみましょうか、競争」
メフィスト「どちらが多く倒して見せるか、競争です、ええ、楽しいですねえ」
式「どちらが多くって……お前は爆弾を使うんだろう?」
式「こっちはナイフ1本なんだが」
メフィスト「……そうでした、このメフィスト、思慮足らずでした」
メフィスト「確かにナイフ1本で爆弾に勝てるはずはありません、ああ、悲しい」
式「いや、別に勝てるはずないとか言ってないからな」
メフィスト「いいのです、いいのです、ここはハンデを用意すべきです、公平に、公平に?」
式「……カチーンと来た、判った、50体以上殺せばいいんだろ、お前の爆弾より早く」
式「ああ、やってやるさ、やってやるよ、うん、出来る気がしてきた」
式「さあ、始めようじゃないか」
メフィスト「ああ、気の早いお方ですね、けど嫌いじゃありませんよ、貴女みたいな存在は」
百貌のハサンは、ケイオスタイドと相性が良くなかった。
彼女が持つ多重人格の実体化能力は、ケイオスタイドが元々持っていた能力「個体増殖」の下位互換だからだ。
「個体増殖」には、百貌のハサンのような「数の制限」は存在しない。
だからこそ、彼女は人類悪サイドでは最弱の存在となってしまった。
そんな百貌のハサンの前に、2人のサーヴァントが対峙していた。
ナイフを手にした1人は、海面を蹴り超高速でこちらに迫り。
道化師の恰好をしたもう1人は、自らの周辺に複数の爆弾を実体化させ。
百貌のハサンは、すでに実体化していた人格2体と共に、分裂を開始した。
「3人が、9人」
少女のナイフが巨漢を切り裂いた。
驚くべき事に、巨漢は一撃で存在消滅を起こす。
直後、道化師の爆弾が百貌のハサン達に殺到し、3体が消し炭になる。
残る百貌のハサンは5体。
「5人が、25人」
増殖した百貌のハサンに包囲される前に、ナイフを持った少女が後退する。
恐るべき事に、後退しながら5体を切り裂いて見せる。
切られた分身は、先ほどと同じく存在消滅を起こす。
その隙に迫っていた道化師が、2体の分身の首を切り裂いた。
残る百貌のハサンは18体。
「18人が、324人」
急激に数を増した分身にナイフの少女が飲まれる。
と、同時に彼女の周囲を覆っていた分身のうち10体が消滅。
だが、空いた穴は即座に他の分身で埋められた。
少女の血が周囲に飛び散る。
道化師は宙を舞い、新たな爆弾を生み出し。
ナイフの少女を覆う分身群にそれを投擲しようとして。
少し躊躇する。
残る百貌のハサンは314体。
「314人が」
「98596人」
百貌のハサンは、人類悪サイドで最弱である。
彼女の分裂上限はケイオスタイドの改造を受けて尚、1億程度。
そこまでしか分裂できない。
それだけしか分裂できない。
それが限界。
それが故に、彼女は名は既に百貌のハサンではなく。
億貌のハサン。
同族からは、そう呼ばれている。
「ああ、ああ、これは何と絶望的なんでしょう」
「この区画が全て、全て、ハサンさんで埋まってしまいました」
「いえいえ、そんな気はしていたのです、だってハサンさん」
「倍々ゲームで増えていっていましたし?」
「叩いたら増えるクッキーみたいな感じで?」
「あの状況で、私が爆弾を投下しても、戦況は変わらなかったと思います」
「だから、あの時躊躇したのは、彼女を巻き込むかもしれないって判断であった訳はありません」
「決してありませんよ、ええ、ええ」
「そんな選択をしてしまったのならば、ワタクシは悪魔として失格でございます」
「首を吊らなくてはならなくなります」
「おっと、そろそろ幕が下りる時間でございますね」
「正直、あの連中に取り込まれると思うとうんざりするのですけれど」
「まあ、長い人生、そんな経験を積んでおくのも、良い事なのかもしれません」
「では、では、みなさま」
「また会う日まで」
「お相手は、メフィスト・フェレスでございました」
~ケイオスタイド領域内~
~通路・隔壁内~
エリザ「ああ、もう、やんなっちゃうわ、こんな所に閉じ込められるなんて」
エリザ「そう思わない?緑」
ロビン「はいはい、同意見ですよ、お嬢」
エリザ「さっさとこんな所、抜け出してぐだ子達に合流しましょ」
ロビン「今隔壁の魔力回路に侵入してるんだから、あんま声かけないでくれますかねぇ」
エリザ「はぁ、まだ終わんないの?」
ロビン「10秒おきに口はさまれてたら、終わるもんも終わらねえっての」
エリザ「だって……喋ってないと不安で」
ロビン「おや、お嬢からそんな言葉が出るなんて珍しい」
ロビン「怖いのかい」
エリザ「べ、別に怖くは無いわよ、それに……」
エリザ「仮に怖くても、我慢は出来るもの」
ロビン「じゃあ、何が不安なんだ」
エリザ「ほら、あの子達よ、ネロやニトクリス、それに茨木童子」
ロビン「へえ?」
エリザ「ニトクリスはね、ちょっとおっちょこちょいな所があるけど」
エリザ「基本的には理知的だから、大丈夫だと思う」
エリザ「茨木は、熱くなると周囲が見えなくなる所があるけど」
エリザ「けど、あの子は強いし、そうそう負けないと思う」
エリザ「ネロも、私のライバルだし、多少の事で挫けたりしないでしょうね」
ロビン「じゃあ、まあ大丈夫なんじゃねえの」
エリザ「……けど、けど心配なのよ」
エリザ「もし、あの子達が戦いに負けて、あの泥に触れちゃったら、私の事とか忘れちゃうのかなって」
エリザ「もし覚えてても、どうでもよくなっちゃうのかなって」
エリザ「それが……心配で……」
ロビン「……ぷはっ」
エリザ「……何がおかしいのよ」
ロビン「いや、あのエリザベート・バートリーがこんなにしおらしくなるなんて、思ってなかったんで」
エリザ「……殺すわよ」
ロビン「すまねえ、別に馬鹿にしてる訳じゃないんだって」
ロビン「ただ、まあ、お嬢も成長してるんだなって、ちょっと感慨深かっただけさ」
エリザ「成長?そりゃ、毎日アイドルとして努力してるし、当然でしょ?」
ロビン「いやいや、そんな話じゃなくってですねぇ」
カチンッ
ロビン「お、隔壁の開放回路発見……」
ロビン「これで何時でも隔壁を開けられるが……どうする?」
エリザ「当然、開けるわ」
ロビン「いやいや、もしかしたら向こうは泥の海かもしれねえよ?」
エリザ「いいから開けなさい、私の勘が、この先が正しい道だって言ってるから」
ロビン「はいはい、わかりやしたよ、お嬢」ハァ
ガコンと音を立てて隔壁が開く。
その奥には通路が続いている。
幸い、ケイオスタイドの浸食は受けていないようだ。
そして、その通路に、1つの人影があった。
エリザ「ネロ、ネロじゃない!」
ネロ「む、お主は……エリザーベート、無事であったか」
エリザ「ええ、無事にきまってるじゃない、私よ?私なのよ?」
ネロ「ふははは、そうであったな、我がライバルがそう簡単に倒れる訳はなかった!」
ネロ「喜ばしい!喜ばしいぞ!」
エリザ「もう、子供みたいに喜んじゃって、仕方ないわねえ」フッ
ロビン「お嬢も相当な喜びようでしたけどねぇ」
エリザ「緑、五月蠅い」
ネロ「ほう、緑の狩人、そなたもいるのか」
エリザ「ええ、隔壁に一緒に閉じ込められちゃったのよ」
エリザ「けど、こいつは中々役に立つしね?見捨てないで連れて来てあげたわ」
ネロ「そうかそうか、うむ、仲間は多い方がよいからのう」
ネロ「流石は我がライバル、先見の明がある」
エリザ「も、もう、褒めすぎよ」
ロビン「折角の再開に水を差すようで何だが、これからどうするんだい」
ロビン「この先にも隔壁があるみたいだけど」
ネロ「うむ、確かにここの隔壁は厄介じゃな、何とか突破してカルデアに合流する術を探さぬと」
エリザ「緑なら隔壁を開けられるわよ?少し時間がかかるけどね」
ネロ「ほう、ロビン・フットは罠の設置だけでなく、盗賊の真似事も得意なのか」
ロビン「まあ、裏方くらいしかできねえですからねぇ」
ロビン「じゃ、まあ次の隔壁を開けてみますかね」
エリザ「ええ、急いでね?」
ロビン「はいはい……」
ネロ「所で2人とも、腹は空かぬか」
エリザ「そういえば、少しお腹が減ったかしら」
ロビン「カルデアからの魔力供給量が減ってるみたいだな」
ロビン「向こうも向こうで、色々大変そうだ」
ネロ「うむ、腹が減っては戦が出来ぬと言うからな」
ネロ「何より、惨めな気分になってしまう」
ネロ「そこでじゃ、エリザベート、そなたに頼みたい事がある」
エリザ「え、私?私の料理に期待されてる?けど流石に食材がないと……」
ネロ「いやいや、あるではないか、そこに」
エリザ「そこって……え、これ私の尻尾よ」
ネロ「うむ、余は前から思っておった、その尻尾は美味そうだなと」
エリザ「だ、駄目だからね!?これは私のチャームポイントなの!」
ネロ「そうか、残念じゃ……」
エリザ「もう、そんな冗談言ってる場合じゃないでしょうに」ハァ
ネロ「では、その右手はどうじゃ」
エリザ「は?」
ネロ「勿論、左手でもかまわんぞ、右足もいいな、左足も」
エリザ「……ネロ?」
ネロ「目玉もいいな、エリザベートの身体はどれも一級品じゃ、迷ってしまう」
ネロ「耳も、唇も、皮膚も、血液も、心臓も、腎臓も、腸も、脳も」
ネロ「おっとそこまでやるとエリサベートが死んでしまう」
ネロ「いかんいかん、脳だけは残しておかないと」
ネロ「しかし、他の部分は大丈夫じゃろ」
ネロ「何といってもそなたは」
ネロ「吸血鬼なのだから」
ネロ「吸血鬼の身体は不死だと聞いた」
ネロ「頭を潰すか、心臓を杭で貫かぬ限り死ぬ事は無いと」
ネロ「便利な身体じゃ、うん、正直羨ましい」
ネロ「しかし、余はまだその様子を見た事がない」
ネロ「いい機会じゃから、見させて貰ってもかまわんか」
ネロ「なあに、少し身体を真っ二つにするだけじゃ」
ネロ「縦ではないぞ、横じゃ」
ネロ「なあ、エリザベート・バートリー」
ネロ「我らはライバル同士、いや」
ネロ「トモダチであろう?」
ネロ「それくらい構わぬよな」
何時もと変わらぬ笑顔でそう言ってくるネロ。
思わず私は「いいわよ」と応えそうになった。
だから、反応が遅れた。
気がつくとネロは目の前に居て。
彼女の持つ真紅の剣が。
私のお腹に。
ドスンッ
何かが何かを貫く音がした。
思わず目を瞑ってしまう。
痛い。
痛い。
きっと痛い。
あら、けど。
痛くないわね。
目を開けると、ネロは少し離れた場所に居た。
その足元に、血の跡が、ポツポツと。
怪我、してる?
ネロがこちらに顔を向けた時。
その理由がわかった。
ネロの眼に。
ネロの左目に。
深々と小さな矢が突き刺さっていた。
ああ、痛そう。
凄く痛そう。
なんで、どうして。
そう混乱する中、廊下にネロの笑い声が響いた。
「あはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!」
「冗談じゃ冗談じゃ!そう怖い顔をするな緑の狩人!あははははははははははははははははははは!」
修正
ネロの台詞
「~じゃ」→「~だ」
ロビン「冗談には見えなかったけどな」
ロビン「アンタの眼、昔よく見た事があるぜ」
ロビン「自分以外のすべてを餌にしか思ってない、腐った為政者の眼だ」
ロビン「少し前のアンタだったら、そんな目はしてなかったはずだ」
ロビン「って事は……」
ネロ「く、くくく、くははははは」
ロビン「アンタ、泥に触れたな?」
ネロ「ふはははははははははははははははははははははははははははは!!」
ネロ「そう、そう、確かに余は触れた、触れたぞ!」
ネロ「余の寝室に侵入してきた、あの泥に!」
ネロ「しかしな、あの泥は我らが思っていたようなものではなかったのだ」
ネロ「あれは、我らを受け入れる物だったのだ」
ネロ「余の全てを、愛を、憎しみを、施しを、欲望を、喜びを、悲しみを、希望を、絶望を、罪を、罰を」
ネロ「全て、全て受け入れてくれたのだ」
ネロ「全て許してくれた、それで良しと」
ネロ「余は余のままでいいと、言ってくれたのだ」
ネロ「ああ、素晴らしい、あんな気持ちになれるとは」
ネロ「晴れやかだ、頭の痛みも、もう感じぬほどにな!」
ネロ「あはははははははははははははははははははははははははははははは!!」
ロビン「……その様子だと、打ち込んだ毒も効果なかったみたいだな」
ネロ「毒、毒か、うむ、先ほどの矢は毒矢だったか」
ネロ「余はつくづく毒に縁があると見える」
ネロ「生前は余を毒殺しようとした者は誰であれ始末していたのだぞ」
ネロ「それが身内であろうと、だ」
ネロ「……だが安心せよ、我が陣営には優秀な毒師がおるからな」
ネロ「その影響下にある余には、あらゆる毒は効かぬのだ」
ネロ「故に緑の狩人よ、そなたを殺すのはやめておこう」
ネロ「四肢を捥いで吊るしておく程度に留めておくとしよう」
ネロ「寛大な余に感謝するがいい」
ネロ「なあ、エリザベート、お主も、そういうのが好きだったであろう?」
ネロ「共に楽しもうではないか、ふ、ふふふははははははははははははは!」
エリザ「うそ、嘘よ、こんなのがネロである訳ないわ」
エリザ「そ、そうよ、偽物よ、きっとそう、私を騙そうったってそうはいかないんだから!」
ネロ「むう、赤ランサーよ、悲しい事を言うな」
ネロ「余とそなたはライバルであろう、本物かどうかなど見ただけで判ってほしいものだ」
ネロ「……いや、これは挑戦か?」
ネロ「余が余である証を示せと、そう言っているのだな?」
ネロ「余が新たに作り上げた劇場の存在を感じ取っているのだな?」
ネロ「流石は我がライバル!ならば、余もその期待に応えねばならぬ!」
ロビン「お嬢!下がれ!」グイッ
エリザ「ふえっ!?」
「築かれよ我が摩天、ここに至高の光を示せ!」
「我が才を見よ、万雷の喝采を聞け!」
「インペリウムの誉れをここに!」
ネロを中心に魔力が渦巻く。
それはエリザベートとロビンの周囲にまで及び。
廊下の上に、別の存在が具現化していく。
絢爛な建築物、真紅の天幕。
「咲き誇る花のごとく」
その黄金の劇場は。
「開け! 真紅の劇場よ!!」
赤い血に塗れていた。
天幕からドロリ、と血が滴る。
絨毯からは鉄分を含んだ匂いが漂い。
シャンデリアには、首の無い死体が吊るされている。
あそこにも。
ここにも。
向こうにも。
何人もの死体が。
死体が。
まるで劇場を飾る装飾品のように。
この劇場は、ネロ・クラウディウスの記憶が産んだものだ。
彼女が実際に見て、強く記憶した姿が具現化されている。
つまり。
彼女は、この劇場を。
この真紅の劇場を、実際に見た事があるという事になる。
ロビン「くっ、これは……流石に見ていて気分がいいもんじゃねえな」
エリザ「……」
ロビン「おい、お嬢、気を確かに持て」
ロビン「俺達はこの擬似固有結界に閉じ込められた、何とか抜け出す方法を探さないと……」
エリザ「ねえ、緑、どうしよう……」
ロビン「だから、今それを考えて……」
エリザ「どうしよう、どうしたらいい、ねえ、緑」
ロビン「……お嬢?」
エリザ「私、どうしたらいいかしら、ああ、止まらない、止まらないの」
「だって、だって、私にはこの劇場が凄く美しく映るの」
「あの血、あの死体、この匂い、全て、全てが」
「ああ、凄く興奮する、いい、いいわ、いいわよこれ」
「私の好みにドンピシャよ」
「これよ、私はこれを求めていたの」
「流石よ、流石は私のライバル!」
「こんな光景を生み出せるなんて!」
「感動する、心が動く、自然と涙が出てくる!」
「私の中の何かが、この光景を肯定しろと訴えかけてくる!」
「そうよ、そうなのよ、これが、これが私なの!」
「これを美しいと思えるのが私なの!」
「そうなのよ!ずっと忘れていた!思い出したわ!」
「こんなものが、私なんだってことを」
子供の頃、使用人を指さしてお父様に聞いた事がある。
「ねえ、お父様、あの子達と私は、どう違うの」
お父様は応えた。
「私達貴族は人間だ、けれど彼らは違う」
「私達に奉仕する、別の動物なのだよ」
幼かった私はそれを信じた。
けれど、例え別の動物だとしても関係ないと思っていた。
だって、リス達は可愛いし、ブタは醜いけど力仕事とかで役に立つ。
きっとみんな、仲良くできるわ。
そう思っていた。
ある日、特に仲の良かったリスがこう言った。
「母が病気なので、家に帰りたいのです」
「ですから、もうご一緒する事は出来ません」
私は納得できなかった。
どうして?
あんなに仲が良かったのに、どうして出て行っちゃうの。
納得できないわ、だって、リス達は私達に奉仕する存在でしょう。
私だって、学問やレッスンを我慢してこなしてるんですもの。
それが貴族の務めだって、お父様に言われていたから。
だから、リスも我儘言っては駄目よ。
けれど、リスは帰ろうとした。
私の手の届かない所に行こうとした。
「だめよ、だめ、絶対に駄目、許さない、許さないわ」
気がつくと、リスは動かなくなっていた。
その感触は今でも覚えている。
さっきまで生きていた命が。
暖かかった命が。
震えていた命が。
私の手の中で、消えてしまう感触を。
死体はお父様の部下が何処かへ持って行ってしまった。
私はお父様に逆らえない。
黙って見送るしかなかった。
傍に居て欲しかったのに。
「エリザベート」
お父様が話しかけてくる。
「お前は悪くない、いいね」
「罪を感じる必要はないんだ」
「この国にとって、あのメイドの生き死により、お前が健やかに成長する事の方が大切なのだから」
そっか。
私は悪くなかったんだ。
じゃあ、あの時感じた感情も、きっと悪くないものなんだ。
あの時、手の中で命が消えるのを感じて、私は。
嬉しかったのだ。
リスの全てが私の手に入ったような気がして、嬉しかったのだ。
ああ、きっとそれは、本当の事なんだ。
あのリスは、私の中で生き続けている。
今も。
きっと。
それから私は、何人ものリスを殺した。
何人も何人も何人も。
リス達の存在を感じたくて、血の風呂に入ったりもした。
気持ちいい。
楽しい。
皆が、皆が私の中に流れ込んでくる。
リス達は怖がったけど、けどそれが人間に奉仕するという事なのだから。
それが義務なんだから。
仕方ないわよね。
けど、楽しい時間は終わってしまった。
お父様は突然、私を塔に閉じ込めた。
理由も言わず、まるで恐れるかのように。
どうして?
何故?
私はちゃんと、責務を果たしていたわ。
義務を果たしていたわ。
学問だって、レッスンだって、一度としてサボった事は無いわ。
お歌だって、みんな、褒めてくれたじゃない。
どうして?
どうしてよ。
ねえ、誰か。
返事をして。
何で誰も何も言ってくれないの。
理解できない。
ああ、頭が。
頭が痛いわ、ねえ、痛いの、本当よ。
痛いのよ、痛いの、お父様を呼んで、ねえ、ねえ!
痛いの痛いの痛いの痛いの痛いの痛いの痛いの痛いの!
寂しい日は歌をうたった。
皆褒めてくれた歌を。
でも、誰も聞いてくれない。
もう、誰も褒めてくれない。
私は1人で。
1人でこの塔で。
理由も判らず。
ずっとずっとずっとずっと。
過ごしていくしかないのかしら。
そうやって、過ごして行った先に、何かあるのかしら。
外に出られる日が、来るのかしら。
ああ、痛い。
頭が割れそうだわ。
私は蹲り、動かなくなる。
考えなくなる。
ふと意識を戻す。
真っ暗な塔の中に、誰かが立っていた。
女の子?
いや、子リスかしら。
彼女はこう言った。
私に向けてこう言った。
「エリザベート、貴女は悪い事をした」
「許されない事をした」
「貴女の罪は重く、決して許される事は無いの」
酷い言葉だった。
私を傷つける言葉だった。
今まで誰も言ってくれなかった言葉だった。
けど。
納得が出来た。
ああ、そうか。
私は、悪い事をしてしまったんだ。
だから、閉じ込められたんだ。
うん、判ったわ。
理解できた。
私は決して許されない。
それだけの事をしてしまった。
謝ったって誰にも届かない。
謝ったって誰も許してくれない。
けど、やるべき責務をこなさないといけない。
私は貴族なのだから。
「そう、私は貴女の劇場を美しいと思う」
「思ってしまう」
「けれど、それは悪い事なの」
「やってはいけない事なのよ」
「私はそれを知っている」
「誰かが教えてくれたそれを、理解している!」
「だから!」
エリザベート・バートリーの周囲に魔力が集まり始める。
光り輝く魔力の束が彼女を覆い。
槍を、衣装を、全て飲み込み再構築させる。
霊基を震えさせ、別種の物に組み換わる。
そこに居たのは、もう以前のエリザベートではなかった。
「このエリザベート・バートリー・ブレイブが!」
「貴方にもそれを教えてあげる!」
ネロに肉薄したエリザベートが、剣を振るう。
一合、二合、三合、四合。
真紅の剣と、武骨な剣がぶつかり合い、火花が散る。
ネロ「これは、これは驚いたぞ、エリザベート」
ネロ「そなたは剣も扱えるのか」
ネロ「しかも余と打ち合って見せるとは!」
ネロ「流石だ、流石は我がライバルだ!」
ネロ「ふはははははははは!楽しい!楽しいぞ!」
エリザ「はっ、貴女に出来る事が私にできない訳ないじゃない」
エリザ「同じセイバー属性になったんだから、ここで決着をつけてあげるわ!」
打ち合う剣は拮抗し、勝負は互角に見える。
しかし、エリザベートに余裕はなかった。
エリザ(確かに、勝負は拮抗してるわ)
エリザ(けど、ネロは私の攻撃だけじゃなく、ロビンからの援護射撃すらかわしてる)
エリザ(片目が潰れた状態で、それをやってのけてるのよ)
エリザ(ここがネロの劇場である事を考慮に入れても……異常だわ)
エリザ(……だったら)
ロビン「ああ、もう、正面からぶつかり合うなんて柄じゃねえんだけど」
ロビン「はあ……お嬢が始めちまったもんは仕方ねえか」
ロビン「けど、あの皇帝様の回避性能、異常だろ」
ロビン「何で死角から撃った矢が悉くかわされるんですかねぇ!」
エリザ「ロビン!」
ロビン「ああ!?」
エリザ「私、歌うから」
ロビン「は?」
エリザ「タイミング合わせてね?」
ロビン「何言って……」
エリザ「出来るでしょ?」
ロビン「……」
ロビン「あいよ」
打ち合いの中、エリザベートは大きく跳躍し、距離をとる。
「ふははは!何故逃げるエリザベート!もっと、もっと、もっと斬り合おうではないか!」
「そなたの血は美しい!まるで獅子のように!竜のように!」
嬉々としてそれを追うネロの足元に、ロビンの矢が集中。
その矢で蹴散らす為に、ネロの足が、一瞬止まる。
スゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ
その一瞬で、エリザベートの準備は終わっていた。
エリザベート・バートリーは竜の血を引いている。
その身体には、竜の能力が宿っている。
大気中の魔力を体内に取り込み、超高密度のエネルギーとして顎から放出する能力。
ドラゴンブレスと呼ばれるそれは、幾つかの属性で分類される。
火炎、氷結、雷撃、水流、腐食、光、闇。
エリザベートが扱える属性は。
「音」である。
「Raaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!」
エリザベートの咥内から放出されたソニックブレスが、文字通り音速でネロの身体に殺到する。
ネロは真紅の剣でこれを撃ち払おうとするが、音は剣をかわし、蛇のように絡みついてくる。
細い腕に、身体に、首に、巻き付いてくる。
身動きが取れなくなる。
音により相手の行動を阻害する、それがこのブレスの正体だった。
ブレスの効果は数秒程度で解除される。
だが、その間、ネロは回避行動をとれない。
彼女に勝つには、このタイミングを利用するしかない。
エリザベートが剣を構え、回転を開始する。
ロビンが霊木の矢をつがい、ネロに照準を合わせる。
それと同時に、ネロがこう呟いた。
「ああ、動けぬ、動けぬぞ」
「しまったなあ、このままでは負けてしまうぞぉ、ふふふ」
「悔しいのぉ、ふ、ふふふ、あはははははははははは」
ネロ・クラウディウスは嗤っていた。
嘲笑っていた。
エリザベートの背にゾクリと悪寒が走る。
ネロは誰を嘲笑っているのだろう。
何処を見ながら嘲笑っているのだろう。
その視線を追ってみた。
その視線の先に。
人影が。
ロビンの背後に、1つの人影があった。
そんな近距離に接近されても、ロビン・フットは動かなかった。
或いは、動けなかったのか。
その人影は、手にした槍のようなものを。
グサリとロビンに突き刺した。
「ロビン!」
宝具の使用を緊急停止したエリザベートは、その推力を利用し反転。
ロビンを攻撃した人影へ強襲を仕掛ける。
「こんのおおおお!」
エリザベートの剣は、ガキンと、槍で受け止められる。
いや、違う。
それは槍じゃなかった。
ロビンの血で、赤く染まったそれは。
それは。
旗だった。
槍ほどの大きさを持つ旗だった。
「まずい、まずいわ」
「まさかコイツまで浸食を受けてるなんて」
「もし、もしコイツが子鹿の元に行ったら」
「正常なフリをしてカルデア側に紛れこんだら」
「子鹿は騙される」
「だって、コイツは、コイツは……」
倒れたロビンを庇い、人影と対峙しながらそこまで思考した時。
背後から声がした。
「のう、エリザベート、まさか余を忘れたわけではあるまいな」
振り向く前に、勝負は決まっていた。
気がつくと、私は床に倒れていた。
お腹が痛い。
凄く痛い、痛いの。
血が、血がいっぱい出ているわ。
起き上がれない。
これが、罰なのかしら。
私が犯した罪の、罰なのかしら。
だったら。
だったら耐えないといけない。
耐えて、立たないといけない。
立てないなら、這ってでも前に進まなくてはならない。
だって私は貴族だもの。
責務は果たさなければならないの。
辛くても耐えてやり遂げないといけないの。
目の前には2人の足が見える。
ネロと、アイツの足が。
せめて、せめてあそこまで。
這って、進んで。
そして、そして。
這いずる私は、ほとんど無意識のまま、アイツの足を掴んだ。
アイツは無言のまま、冷たい眼で見降ろしてくる。
「エリザベート、そなた凄いな」
「その千切れかけた身体でまだ動けるのか」
「流石は吸血鬼、うむ、満喫したぞ」
「安心せよ、そなたは余が責任を持って我が陣営に迎え入れるよう処理しよう」
「だから、今は休め」
「また働いてもらう事になるのだから」
ネロの声が聞こえ、そこで私の意志は途切れた。
~ケイオスタイド領域~
~区画隔壁・破壊跡~
頼光「まったく、忌々しい門です」
頼光「幾つ破壊すればあの子の元に行けるのでしょう」
茨木「くはは、随分と気が立っているようだな」
茨木「ほれ、急がぬとあの小娘が奴らに食われてしまうぞ」
頼光「……黙りなさい、ムシが」
頼光「今はお前の相手をしている暇はないのです」
茨木「なんだつまらん」
頼光「……そもそも、どうしてお前は1人なのですか」
頼光「片割れはどうしました」
茨木「……酒呑か」
茨木「酒呑は、今回の遊びには付き合わぬと、何処かへ行ってしまった」
頼光「……遊び、と」
頼光「今の状況を遊びと言ったのですか、あのムシは」
茨木「ふん、酒呑は気紛れだからな、何か気に食わぬ事でもあったのだろうよ」
頼光「……所詮は鬼、人とは相いれないのは判っていました」
頼光「お前も、何処へなりと行きなさい」
頼光「邪魔をするなら、潰しますよ」
茨木「言われずとも好きにする、吾は鬼ぞ」
頼光「そう言いながら、何故ついてくるのですか」
茨木「行き先が同じなだけだ、勘違いするな」
頼光「……」
茨木「……」
頼光「……」
茨木「あの小娘、死んでおるやもしれぬな」
頼光「……それ、は」
茨木「……」
頼光「……」
茨木「ぷっ」
茨木「くははははは!何だお前その顔は!」
茨木「てっきり羅刹の如く怒り狂うかと思えば!」
茨木「まるでウブなオナゴが初夜を前に怯えているかのような顔ではないか!」
茨木「まさかあの源頼光がそのような顔をするとは!これは酒呑にも見せたかったぞ!」
頼光「……黙りなさい、ムシが」
頼光「あの子は、あの子は強い子です」
頼光「こんな私でさえ受け入れてくれた、強い心を持った子です」
頼光「けど、だからこそ危ういのです」
頼光「心は強くとも、あの子は人間なのですから」
頼光「人間は脆く弱い」
頼光「だからこそ、私が傍に居て守ってあげる必要があるのです」
頼光「けれど、ああ、けれど、私は今、あの子に傍に居てあげていない」
頼光「我が身が呪わしい、張り裂けそうです」
頼光「……こんな事を言っても、お前には理解できぬでしょうが」
茨木「当たり前だ、吾は大江の鬼達達の首魁、茨木童子ぞ」
茨木「弱き人間を守るなど、理解できるはずが……」
薄暗い洞窟の中。
吾の周りには人間達が座って居た。
見慣れない異国の衣服を纏った人間達。
滅びつつある、あの城塞都市から逃れてきた者たちだ。
皆、不安そうな顔で吾を眺めている。
何だ、吾に何を期待している。
何か声をかけて欲しいとでも言うのか、鬼であるこの吾に。
笑わせるな。
殺さずにこの山に住まわせてやっているだけで十分であろうが。
そんな人間達の中から、1人の幼い娘が立ちあがる。
こちらにトコトコと歩いてきて、手を差し出す。
何かを握っているようだ。
何だ、何か貢物か。
くはは、それはいい、こやつは状況を判っている。
そうだ、吾からお前達に与える物は何もない。
だが、お前達は吾に差し出さねばならぬ。
そうでなければ、帳尻が合わぬ。
吾は、この山に来る異形の存在を倒してやっているのだから。
娘は吾の掌の上に、それをそっと置いた。
小さな花。
何だこれは。
これは何だ。
困惑する吾に、娘はこう言った。
「お姉ちゃんにあげる」
吾は呆れた。
呆れ果てた。
だから言ってやった。
「何だこの花は」
「小さくてやせ細って、見栄えが悪い」
「食ろうても、美味くなかろう」
「香りもせぬ」
「何の役にも立たない花だ」
人間達は、吾に注目している。
娘も不思議そうな顔でこちらを見ている。
吾は、そのまま続けた。
「この何もない山で、生まれ育ったのか」
「そうして花を咲かせるまで至ったのか」
「くはは、のう、お前達」
「お前達は、この花よりも貧弱か」
「違うであろう、ならば」
「……お前達も、この花のように生きられると言う事だ」
「この山で」
人間達は、少し笑った。
娘も笑っていた。
滑稽だ、何故あのような事を言った。
鬼であるこの吾が。
何故。
手の中に残っていた小さな花。
吾は、それを潰さぬようにそっと懐に入れた。
この花は、もうじき萎れるだろう。
この人間達ももうじき、死んでしまうだろう。
それは避けられない事実だ。
その事を思うと、胸の中で何かが疼いた。
茨木「……」
頼光「何ですか、突然黙りこんで」
茨木「……いや、なんでもない」
茨木(何だあの記憶は……)
茨木(吾はあのような記憶は知らぬ……)
茨木(あのような人間たちなど、会ったこともない)
茨木(吾は鬼だ、人間や、英霊達とは相反する存在だ)
茨木(共に語り合うなど、そのような事……)
茨木「……」
茨木「そういえば、ニトクリスやエリザベート達はどうなったか」
茨木「あやつらは、中々面白い、見ていて飽きぬ」
茨木「緑の人も、居なくなるとちょこれぇとが食えなくなるな」
茨木「それは……少し、ほんの少し都合が悪い」
茨木「……」
茨木「ふん、鬼が動くにはその程度の欲で十分よ」
頼光「また門ですか、こちらは急いでいるというのに」
頼光「忌々しい、忌々しいです……」
頼光「良いでしよう、そこまで我が前に立ちはだかるというのであれば」
頼光「容赦はしません」
頼光「例え幾万の門を置かれようとも、私の心は止められない!」
頼光「その悉くを灰燼と化してあげましょう!」
頼光が宝具の展開準備に入る。
対軍宝具。
その刀から天罰である大雷が放出される、その直前。
小柄な人影が隔壁に迫り、爪をめり込ませる。
茨木「遅い、遅いぞ、源頼光!」
茨木「この程度の門なぞ、吾の前では粘土と同じよ!」
茨木「走れ、叢原火!」
茨木「羅生門大怨起!」
茨木童子の腕が炎に包まれ、魔力により肥大化する。
巨大化した爪が魔力耐性のある隔壁を斬り裂き、グシャリと握り潰す。
それと同時に、膨れ上がった魔力が臨界を超え、掌の中で爆発を引き起こす。
爆破により生じた煙が晴れる。
目の前にあった隔壁は、無残にも崩れ果てていた。
頼光「……何をしているのです、ムシ」
頼光「私の邪魔はするなと、そう言ったはずですが」
茨木「吾は目の前の門を、ほんの少し突いてやっただけだ」
茨木「お前の刀よりも早くな、ただそれだけだ」
茨木「怒る理由なぞあるまい」
茨木「……それとも何か、自分の出番を奪われて頭に血が上ったか」
茨木「これは愉快、愉快、くははは!」
頼光「……気が変わりました」
頼光「やはり、鬼なぞ目障りでしかありません」
頼光「今この場で……潰してあげましょう」
「コホンコホン、何この煙、隔壁が吹き飛んだの?」
「先輩!私の盾の後ろから出ないで下さい!まだ安全は確認できていません!」
頼光「あ……」
茨木「ほう?この声は……」
頼光「アナタ!ああ、無事だったのですね!」
ぐだ子「頼光ママ!茨木ちゃんも、良か……ぶふっ」
頼光「ああ、良かった、本当に良かった、私の大切な、大切な子」ギュム
頼光「もう離しません、離すものですか、守ります、絶対に」ムギュギュー
ぐだ子「マ、ママ苦しいって、胸で顔が、顔が、むぐぐぐ」
マシュ「頼光さん!駄目です!それ以上はいけません!離れてください今すぐに!」
マシュ「先輩が潰れてしまいます!」
頼光「はっ、も、申し訳ありません、母とした事が……大丈夫ですか」
ぐだ子「う、うん、私は大丈夫だから」フー
ぐだ子「ママと茨木ちゃんも平気?」
頼光「ええ、私は無事です、ふふふ、優しいのですね、アナタは」
頼光「優しくて可愛くて良い匂いがして柔らかくて声が綺麗で小さくて」
頼光「ああ、ああ、駄目です、久しぶりにこんなに近くで接すると」
頼光「母は、母は、駄目になってしまいますぅ」
ぐだ子「もう、ママは大げさだなあ」
茨木「……」
ぐだ子「茨木ちゃん、どうしたの?」
茨木「……騒がしいな」
ぐだ子「あー、ごめん、疲れてるよね」
ぐだ子「今、ダヴィンチちゃんの研究所を拠点にしてるから」
ぐだ子「そこまで戻って、少し休んでよ」
頼光「良いですね、共にお茶でも飲みましょう」
ぐだ子「いや、私はもう少し他の区画の確認を……」
茨木「……本当に、騒がしい連中だ」
茨木「昔の吾であれば、不快に思っていただろう」
茨木「だが……」
懐の中に、何故か、小さな花があるような気がした。
記憶の中で受け取った、あの花が。
そんなものは、有りはしない。
有りはしないのに。
茨木「……何故か、今は心地よく思えるぞ」
茨木「滑稽な話よな」
~カルデア領域内~
~廊下隔壁・開放跡~
「トナカイさーん!」ダキッ
ぐだ子「うわっ」
ぐだ子「びっくりした……ジャンヌ、君も無事だったんだ、良かった」ホッ
リリィ「はい、ジャンヌ・ダルク・オルタ・サンタ・リリィ、無事トナカイさんと合流しました!」
リリィ「以下、長いので何時ものようにリリィとお呼び下さい!」
ナーサリー「私もいるのだわ!」
ジャック「わーい、おかあさんだ!」
ぐだ子「ナーサリーとジャックも……良かったぁ」
マシュ「三人は一緒に行動されていたようですね」
リリィ「はい、団体行動は基本です!トナカイさんにそう教わりました!」
ぐだ子「うんうん、いい子いい子」ナデナデ
リリィ「ふわああああ……」
リリィ「もっと撫でてくださいもっと撫でてくださいもっと撫でてくださーい!」
ぐだ子「はいはい、拠点に戻ったらもっと褒めてあげるから」
ぐだ子「だから、一旦、皆と合流してね」
ジャック「おかあさんは、来ないの?」
ぐだ子「うん、この先の通路をまだ確認できてないしね」
ぐだ子「もしかしたら、誰かが閉じ込められてるかもしれないし」
リリィ「……」
ぐだ子「ジャンヌ、ダヴィンチちゃんの研究室は判るよね、あそこまで二人を連れて……」
リリィ「いーやーでーすー」
ぐだ子「え?」
リリィ「いやです、駄目です、トナカイさんと一緒に行きます」
リリィ「今更私達だけ先に戻る理由はありません」
リリィ「理論的じゃありません、だって通路はほんの1区画先じゃないですか」
リリィ「私達が一緒に行っても時間的にそう変わりません」
リリィ「私達はトナカイさんと一緒に行くんですー!」
リリィ「論破です、反論は受け付けておりません」
ぐだ子「い、いや、けど危ないかもしれないし」
リリィ「それなら尚の事です、戦力は多いに越したことはありません」
リリィ「何か異論はありますか」
ぐだ子「ぐ、ぐぅ……」
リリィ「大丈夫ですよ、トナカイさん、怖い事なんて起きません」
リリィ「なんなら、全部私達に任せてもらっても構わないです」
リリィ「全部、全部解決してあげます」
リリィ「私とジャックとナーサリーで、全部」
リリィ「トナカイさんだけなら、安全な場所へ避難させることも可能です」
リリィ「ですから」
リリィ「ね、トナカイさん」
リリィ「少し休みませんか」
リリィ「少し休憩して、お茶会にしませんか」
リリィ「そうすれば、そうすれば、もう何の心配もありません」
リリィ「トナカイさんは、私達の物に」
リリィ「今度こそ」
リリィ「今度こそ」
マシュ「ジャンヌ・リリィさん、それにナーサリー・ライムさん」
マシュ「先輩に暗示をかけるのはやめてください」
マシュ「前にも言いましたよね、先輩を独占する為に変な術を使うのは止めて下さいと」
リリィ「……うー」
ナーサリー「もう、やっぱりマシュがいると魔術の通りが悪いのだわ」
ジャック「楽しいお茶会は?」
ナーサリー「お流れになったわ、悲しいわね、ジャック」
ジャンヌ「ざんねん……」
ぐだ子「はっ……あれ、私寝てた?」
マシュ「はい、寝てらっしゃいました、何時ものように立ったまま」
ぐだ子「そ、そっか、疲れてるのかなやっぱり」
リリィ「そうです、トナカイさんは疲れてます」
リリィ「だからこそ、私達の手伝いが必要なんです」
ぐだ子「……うう、反論できない」
リリィ「論破です!」
通路の隔壁を操作し、情報を読み出す。
隔壁内部圧力正常。
隔壁の向こうにケイオスタイドは存在しないようだ。
それでも油断せず、隊列を調整する。
先頭はマシュ。
左右にジャンヌ・リリィとジャック。
後方にナーサリー。
皆の準備が終わったのを確認後、ぐだ子は隔壁の開放ボタンを押した。
ゆっくりと、隔壁が持ち上がる。
ガシン
通路が見えた。
何時も自分たちが使っていた通路。
そこは、戦場になっていた。
抉れた床、罅割れた壁、金属の打ち合う音。
戦っているのは、二人のサーヴァント。
同じ顔、良く似た髪。
身に纏うのは白と黒。
お互い違う柄の旗を振るい、攻撃しあう。
ぐだ子は、彼女たちをよく知っていた。
古くから、マシュと共にぐだ子を支えてくれた者達だった。
二人の名はジャンヌ・ダルク。
救国の聖女と、竜の魔女。
その二人が、殺し合いをしていた。
ジャンヌ「ぐだ子!ぐだ子ではないですか!無事だったのですね!安心しました!」
オルタ「何だ、貴女生きていたの、悪運が強いのね」
ジャンヌ「けれどここは危険です、下がっていてください」
オルタ「巻き添えになりたくなければ、お逃げなさいな」
そう言い合いながら、二人は戦うのをやめない。
旗を打ち合わせ、魔力の炎を打ち出し、外套で攻撃を防ぎ、着地しお互い距離をとる。
それだけの戦闘を行いつつも、2人は傷を負っていなかった。
お互いの手札は判りきっているのだ。
何せ相手は経緯は違えど「自分自身」なのだから。
痛打を受ける余地がないのだ。
だがそれでも、戦いは続いている。
お互いを打倒する術を模索しながら、攻撃と防御を繰り返している。
ぐだ子「え、ま、待って、ストップ!今は喧嘩してる状況じゃないでしょ!仲良くして!」
ジャンヌ「ぐだ子、違うのです、これは何時もの小競り合いではないのです」
オルタ「呆れた、ぐだ子、貴女判らないの?」
ジャンヌ「オルタは、彼女は泥に触れたのです、もう浸食を受けている、もう助ける事はできない」
オルタ「この聖女様は、ケイオスタイドに乗っ取られているのよ、見て判るでしょうそんなものは」
ジャンヌ「だから、ここで」
オルタ「ここで、私が」
「「消滅させてあげるのです」」
二人の証言は食い違う。
どちらかは嘘をついているのだろう。
嘘をついている方が、ケイオスタイド側のサーヴァント。
嘘をついていない方が、カルデア側のサーヴァント。
簡単な問題だ。
だが。
ぐだ子「ま、待ってよ、待って」
ぐだ子「ちょっと落ち着こう?」
ぐだ子「本当に、本当にどちらかが敵なの?」
ジャンヌ「はい、オルタは敵です」
オルタ「ええ、そこの聖女は敵よ」
ぐだ子「う、ううう、だって二人ともずっと私を支えてきてくれたし」
ぐだ子「どちらかを疑う事なんて、私には……」
リリィ「トナカイさん、そんなに悩むことないですよ」
ぐだ子「え?」
リリィ「いいですか、二人が本当のことを言ってるかなんて判らないんです」
ぐだ子「う、うん」
リリィ「けど可能性は絞れます、次の通りです」
リリィ「いち、本来の私が嘘を言っている」
リリィ「にぃ、成長した私が嘘を言っている」
リリィ「さん、どちらの私も嘘をついている」
ジャンヌ「……え?」
オルタ「……は?」
リリィ「そして私の推理では、三番目が濃厚なのです」
リリィ「吹き飛ばしましょう、どちらも」
ジャンヌ「待ちなさい、それは乱暴すぎます」
オルタ「冗談じゃないわ、どうして私がこいつの巻き添えを食らわないといけないの」
ぐだ子「そ、そうだよ、汚染されてない子を攻撃なんて出来ないよ」
リリィ「はぁ、今のやり取りでもう答えは出てるようなもんなんですけど」
リリィ「そうですね、乱暴と言われるのは癪ですし」
リリィ「今からこの二人を綺麗に論破してあげます」
リリィ「大人の私たち、今から私が4つの質問をしますので答えてくださいね」
リリィ「答えなかったら、その時点でアウトです」
ジャンヌ「構いません」
オルタ「何で私がそんなことに付き合わないといけないのよ」
リリィ「では第一の質問」
リリィ「二人はここに来るまでに誰かと会いましたか」
ジャンヌ「いいえ、私はオルタ以外とは遭遇していません」
ジャンヌ「けれど、状況は把握しています」
ジャンヌ「オルタが泥に触れて変貌するところを見ましたから」
オルタ「誰とも会ってないわ」
オルタ「けど、この聖女様が泥の中から現れたのは見ている」
オルタ「これでいいのかしら」
リリィ「はい、2人とも合格です、模範的な解答ですね」
リリィ「では、第二の質問!」
リリィ「貴女達は、トナカイさんの事が好きですか」
ジャンヌ「……当然、敬愛してますよ」
オルタ「……嫌いだけど?」
リリィ「ぶっぶー!」
リリィ「成長した私、それは嘘です」
オルタ「は?」
リリィ「本当は、好きで好きでたまらないのです」
リリィ「ずっと一緒にいたいと思っているのです」
オルタ「……そんな事、なんてアンタに断言できるのよ」
リリィ「だって、私は貴女ですから」
リリィ「貴女の霊基から分離したものですから」
リリィ「当然、貴女の気持ちは、私に受け継がれています」
オルタ「ぐっ、こ、こいつ……」
リリィ「はい、論破!」
ジャンヌ「ふう、これで勝敗は決したようですね」
ジャンヌ「嘘をついていたのはオルタ」
ジャンヌ「私の身の潔白は証明されたのです」
オルタ「ち、違う!私は!」
ぐだ子「オルタが、そんな……」
リリィ「そうですね、けどいい機会なので最後まで続けましょう」
リリィ「第三の質問!」
リリィ「私は先ほど二人を攻撃すべしと主張しました」
リリィ「けれど、二人ともそれに反対しましたね」
リリィ「それは」
リリィ「どうしてですか」
ぐだ子「どうしてって、それは……」
リリィ「確かに無実の相手を攻撃してしまう可能性があります」
リリィ「けど、逆に言うとそれは」
リリィ「自分の身を犠牲にすれば確実にケイオスタイド側の勢力を削げるという事なんです」
リリィ「もし私が同じ状況になっていたら」
リリィ「迷わず言いますよ、私と一緒に敵を殺してって」
リリィ「けれど、二人はそれを言わなかった」
リリィ「どうしてでしょうね」
リリィ「はい、答えてください」
オルタ「はっ、そんなの簡単よ」
オルタ「私はこんな所で死にたくないもの」
オルタ「自分の身を犠牲にするなんて、笑ってしまうわ」
オルタ「私は絶対にそんな献身を許さない」
オルタ「私は、自分が死んだときに、それを学習している」
オルタ「だから、ありえないのよ、そんな選択肢は」
リリィ「納得の行く答えです、成長した私」
リリィ「では」
リリィ「本来の私?」
リリィ「貴女は、何故その選択をしなかったのですか」
リリィ「献身を旨とした貴女が」
リリィ「聖女である貴女が」
リリィ「何故、あの時に私の選択を否定したのですか」
リリィ「答えてください」
ジャンヌ「……」
リリィ「ぶっぶー」
リリィ「本来の私、答えられなかったので失格です」
リリィ「さて、気を取り直して最後の質問です」
リリィ「第一の質問で二人とも言いました」
リリィ「誰とも会っていないと」
リリィ「では」
リリィ「その足の踵についている、手形は」
リリィ「なんですか」
リリィ「その赤い血の手形は」
リリィ「誰につけられたものなのですか」
リリィ「貴女に聞いているのです、救国の聖女、ジャンヌ・ダルク」
リリィ「確かに言いましたよね、誰とも遭遇してないって」
リリィ「そして貴方達二人は、お互い戦う中、傷を負っていなかった」
リリィ「さあ、質問に答えてください」
リリィ「誰をなぶり殺した時についた血ですか、それは」
ジャンヌ「これは、参りました」
ジャンヌ「まさかここまで早く見破られるとは」
ジャンヌ「オルタばかりに注意を払い、油断していた私の失策ですね」
ジャンヌ「リリィ、貴女の洞察は素晴らしいものでした」
ジャンヌ「ああ、そういえば質問に応えないといけませんね」
ジャンヌ「この血の手形は、多分、エリザベートの物です」
ジャンヌ「旗についた血は浄化しておいたのですが、踵は見逃していました」
ジャンヌ「あの邪竜の最後のあがき、と言ったところでしょうか」
リリィ「言い逃れをするつもりはないんですか」
ジャンヌ「無論です、この件に関しては私の完敗ですね」
リリィ「それなら、論破完了です!」
ぐだ子「……本当に、ジャンヌは敵になっちゃったの?」
ジャンヌ「ええ、残念ながら」
ジャンヌ「しかし、私は無駄に争いをするつもりはありません」
ジャンヌ「話し合いで解決しましょう」
ジャンヌ「そうすれば、私達の正しさが理解してもらえると思います」
ジャンヌ「共に進める道が、きっとあるはずです」
ジャンヌ「ぐだ子、貴女は聡い方です」
ジャンヌ「私の言っている事を、判っていただけますよね?」
ぐだ子「……」
ジャンヌ「ぐだ子?」
ぐだ子「……エリザベートに、何をしたの」
ジャンヌ「心配には及びません、彼女も今は我が陣営の1人です」
ジャンヌ「少し時間はかかりますが、もうすぐ貴女の前に姿を現すでしょう」
ジャンヌ「彼女の口から直接聞いていただいても……」
ぐだ子「いや、そうじゃなくて」
ジャンヌ「え?」
ぐだ子「エリザベートを傷つけたのか、聞いてるんだけど」
ジャンヌ「……そうですね、それは認めます」
ジャンヌ「彼女は我々との対話を拒絶しました」
ジャンヌ「だから、仕方なかったのです」
ぐだ子「仕方なかった」
ジャンヌ「ええ」
ぐだ子「……ねえ、ジャンヌ、覚えてる」
ジャンヌ「何をでしょう」
ぐだ子「ほら、私がソロモンの呪いで監獄塔に閉じ込められた時」
ぐだ子「毎日夜中に寝室にやってきて、意識不明の私に色々助言してくれたよね」
ジャンヌ「そう、でしたか?あの時の事は記憶に曖昧ですが」
ジャンヌ「ぐだ子がそう言うのなら事実なのでしょう」
ぐだ子「あの後も、何か思いつく度に夜中にやってきて、色々な話をしてくれたよね」
ぐだ子「礼装の運用方法とか、炊事の当番の効率化とか、神様の話とか、敵と対話する方法とか」
ぐだ子「好きな花の話とか、特異点で会ったパン屋さんの話とか、悲しかった話とか」
ぐだ子「正直、半分寝ぼけてたけど、貴女は一生懸命、真摯に私に説明してくれた」
ぐだ子「それは、戦いのときだってそう」
ぐだ子「一度だって、何かを中途半端な所で諦めて、仕方なかったなんて言い訳はしなかった」
ぐだ子「私は、貴女のそんな所を尊敬していたし、好きだった」
ジャンヌ「エリザベートの事で怒っているのですか、それならば謝罪します」
ジャンヌ「あんな邪竜の扱い程度で貴女との対話が断たれるというのは、勿体ないですからね」
ジャンヌ「それに先ほども言いましたが、既にアレは我が陣営の物なのです」
ジャンヌ「ぐだ子が心配する事は何もないのです」
ジャンヌ「何なら、お詫びの意味も含めて何体か増やして返しましょうか」
ぐだ子「その顔で、その声で、そんな事を言わないで」
ジャンヌ「貴女は我々と交渉すべきです、それが一番効率がいい」
ぐだ子「お願い……」
ジャンヌ「ぐだ子、話を聞きなさ……」
ぐだ子「……黙らせて」
次の瞬間、ジャンヌ・ダルクは幾つもの殺気に包囲された。
彼女達は怒っていた、全員が怒っていた。
「よくもマスターを悲しませたな」と、その目は語っていた。
その怒りを前に、ケイオスタイドで強化されたはずのジャンヌは一瞬気圧される。
身構える前に5人の攻撃を受ける。
斬撃、刺突、氷結、黒炎、衝撃。
回避も間に合わない連続攻撃を、ジャンヌの身体は何とか耐えきった。
彼女のクラスは既にルーラーではなく、ビースト。
大半の攻撃に耐性はある。
だが、このままでは流石に押し切られるだろう。
戦意を取り戻したジャンヌは距離をとる為に跳躍……出来なかった。
天井から降り注ぐ黒い槍に貫かれ、地面にたたき落とされる。
彼女が起き上がるより先に、巨大なクマのヌイグルミに殴りつぶされる。
次々とナイフが刺し込まれる。
炎が、雷が、氷が身体を貫く。
「これ、は、流石に」
ジャンヌが次の手を考える前に。
彼女は身体は限界を超え、ぐしゃりと泥の塊となって崩れた。
崩れた泥は、魔翌力枯渇を起こし、土塊へと変貌していく。
倒した。
ビーストと化したジャンヌ・ダルクを倒した。
だが。
声が聞こえる。
残った泥から、ジャンヌ・ダルクの声が。
「ああ、残念です、凄く残念です」
「私は、目的を果たせませんでした」
「ぐだ子に不振がられぬよう、最低限の魔翌力しか装填してこなかったのが敗因でしょうね」
「本当に残念です」
「けれど」
「次はこうはいきませんよ」
「覚えていてください」
「ケイオスタイドがある限り」
「私達は滅びる事は無いのです」
「ぐだ子、また会いましょう」
「また」
泥はその声を最後に、完全に土塊と化した。
余談であるが。
カルデアに存在するファラオ達は、就寝時に必ず石棺の中で眠る。
古くからの風習だの、1日で生と死を繰り返してるからだの、所説はある。
本当の所は、ファラオ以外には判らないのだけれども。
案外、理由など無いのかもしれない。
そんな訳で、ファラオの1人であるニトクリスもその日、石棺の中で目を覚ました。
そして困っていた。
~ケイオスタイド領域内~
~ニトクリスの部屋~
ニト「困りました」
ニト「石棺の蓋が持ち上がりません」
ニト「外からは奇妙な魔翌力反応を感じますし」
ニト「一体、何が起こっているのでしょう」
石棺とは、言ってみれば死の国への入口である。
故に、死を恐れるケイオスタイドは石棺の中に入ってこれない。
だが、それだけだ。
高い粘性と魔翌力を含むこの泥は、石棺の周囲を、部屋の内部を完全に覆っている。
蓋は持ち上がらないし、仮に石棺を破壊したらその段階でニトクリスはケイオスタイドに浸食される。
手詰まりである。
だがニトクリスは諦めていなかった。
ニト「何とかカルデアへ回線接続して情報を集めないと」
ニト「魔力回線は……妨害されてるのか、上手く繋がりません」
ニト「ならば電気回線……は、そもそも私には扱えませんか」
ニト「音波はどうでしょう……」
ニト「ら、らーーーーーーーー」
ニト「……駄目ですね、私の声では音源不足です」
ニト「こんな時にエリザベートがいれば……」
ニト「いやいや、何を弱気になっているのです、ファラオである私が」
ニト「他の手段を探すのです、他の手段を……」
ニト「……そうです、肝心な物を忘れていました」ゴソゴソ
ニト「暗黒の鏡よ、我に告げよ」
ニト「具体的には何を告げて欲しいか聞かれると困りますが」
ニト「兎に角、今の私は色々足りなくて困っています、情報か打開策をください」
ニトクリスの持つ鏡は、夢幻の物を映し出す。
時に彼女に進むべき道を、フワッとした感じで指し示してくれるのだ。
暗黒の鏡が輝き、ある光景を映し出す。
白い霧の中、大きな木が薄らと見える。
その根元に座る、人影が二つ。
ニト「何でしょう、霧で良く見えません」
ニト「座標情報は……現世と冥界の狭間?」
ニト「あんな所に、誰が……」
もっと良く見ようと鏡に顔を近づけた瞬間。
ニトクリスの身体はシュルリと鏡に吸い込まれた。
気が付くと、木の下に立っていた。
沢山の白い花を灯す木。
その傍に、二人の異国人達が座り、酒を飲みかわしている。
ニト「こ、ここは……」
酒呑「あら、またお客さんやわ」
酒呑「こんな所にめずらしおすなぁ」
式「私たちも要れて、4人目ね」
酒呑「こんな辺鄙な所まで来るやなんて、物好きな御仁ばかりやね」
ニト「貴方達は、カルデアで見たことがあります」
ニト「アサシン、酒呑童子と……セイバー、両儀式ですね?」
ニト「ここで何をしているのですか」
酒呑「花見やね」
式「お酒を少々、いただいているわ」
酒呑「この木はなぁ、サクラ言うてな」
酒呑「まだ半分しか咲いてないけど、満開になったら、えらく綺麗なんよ」
酒呑「うちは、その光景が好きでなぁ」
ニト「カルデアが非常時だと判った上で、花を見に来た、という事ですか?」
酒呑「ああ、あれなぁ」
式「……」
ニト「正直、私は状況を把握してすらいません」
ニト「しかし、非常時だというのは判るのです」
ニト「もし、貴女達が何か知っているのなら、教えてください」
ニト「大至急です」
酒呑「ふふふ、せっかちな人やね」
酒呑「けど、うち、そういう人好きやよ」
酒呑「色々教えたげるわ」
ニト「ビーストⅡ、ケイオスタイド、カルデアが侵攻を受けている、と」
酒呑「そやねぇ」
ニト「一大事ではないですか!こんな所で酒宴を開いている場合ではありません!」
ニト「今すぐ、カルデアに戻りましょう!」
酒呑「気が進まんのやわぁ」
ニト「何故ですか、貴女もカルデアのサーヴァントでしょう」
ニト「確かに貴女の属性は私とは真逆の様ですが、それでも……」
酒呑「うちな、人類悪……あの子の目的、面白いと思てるんよ」
ニト「え?」
酒呑「けど、うち、鬼やし」
酒呑「鬼が神の目的を肯定してしもうたら、おしまいや」
酒呑「やから、手伝いは出来んのよ」
酒呑「けど、邪魔もしとうないから」
酒呑「こうやって早咲きの桜を見て、美味しいお酒呑んで、時間潰しとるんよ」」
ニト「そ、そんな無茶苦茶な!道理が通りません!」
酒呑「うち、鬼やさかい、無茶も道理も知ったことやないんよ」
ニト「……そちらの貴女も、同じ意見なのですか」
式「私は、少し違うわね」
式「あの人類悪の目的は、好みではないけれど」
式「しかし、斬る気にもなれない」
式「だってあれは、まだ死を知ったばかり」
式「それは、生まれたばかりと同じ意味なの」
式「赤ん坊を斬ってしまうのは、流石に可哀そうでしょう?」
式「まあ、式はそんな事は知った事じゃないとか言いそうだけど」
ニト「判りました、貴女達二人が戦力にならないということを」
ニト「意見の違いは話し合いで解決できるでしょうが、主観の違いはどうしようもありませんから」
ニト「……情報提供、感謝します」
ニト「私はもう、戻らせてもらいます」
酒呑「がんばってなぁ」
ニト「……」
式「どうしたの?」
ニト「……困りました、帰り方が判りません」
酒呑「ふ、ふふふふ……この子、面白いわぁ」
ニト「ちょっと待ってください、今方法を考えますから」
ニト「私はファラオ、このような窮地すぐにでも脱して」
ニト「えーと、そうです」
ニト「先ほど、ここに来たのは私で4人目だと言いましたね」
式「ええ、言ったわね」
ニト「しかし、ここには3人しかいません」
ニト「もう1人は、どうしましたか」
酒呑「何か調べ物だけして、急いで帰らはったわ」
ニト「帰った?カルデアへですか?その方法は!?」
酒呑「ううん、あれは何て言うたらええんやろ」
酒呑「光る餅みたいな形の、空を飛ぶ」
ニト「え?」
式「UFOね」
ニト「は?」
式「彼女、UFOに乗って去っていったわ」
ニト「……意味が解らないのですが」
結局戻る方法は見つからず。
酒呑達の酒宴に巻き込まれるニトクリスであった。
~作戦会議・序~
「お帰り、ぐだ子ちゃん」
「お疲れのようだね」
「けど、中々の戦力が揃ったみたいじゃないか」
「今の状況を考えると、大したものだよそれは」
「うん、当然、万全は望めないよ」
「けどそこは万能である私がカバーしよう」
「礼装も無事完成している」
「3つの宝石に3つの効果」
「拒絶・断絶・破壊」
「君の3節の令呪に、この宝石の効果を乗せれば、あの女神様だって従うはずさ」
「効果時間も射程距離も短いから、近接距離まで近づかないといけないけどね」
「さあ、覚悟は良いかい」
「では作戦を進めよう」
~作戦会議・破~
「彼我の戦力差は、正直絶望的だ」
「真正面からぶつかったら、忽ち叩き潰されるだろう」
「だから、私達は少し無茶をしなくてはならなくなる」
「まず、部隊を2つに別けるんだ」
「そして片方の部隊を、カルデア中央大回廊に配置する」
「カルデアの中で、一番広い場所だ」
「ここを……」
「ケイオスタイド側に引き渡す」
ケイオスタイド領域内は、全て泥でミッチリと覆われていた。
そこに他の存在が入り込める余地はない。
しかし、泥はそれ以上増えようとはしなかった。
必要以上に増殖すると、カルデアの耐圧限界を突破してしまうからだ。
過剰な圧力をかけ続けると外壁は破壊され、カルデアはバラバラに四散してしまう。
そうなると魔力供給源を失ってしまう。
自己崩壊を防ぐ為にも、領域内部の圧力状況は常に監視されていた。
だから、内部圧力の低下はすぐに察知された。
泥は情報端末となり、原因を洗い出す。
圧力低下の理由は、即座に判明した。
今まで隔壁で閉鎖されていたカルデア側領域の区画。
そこが開放され、泥が流れ込んでいるのだ。
区画名は「大回廊」
カルデアの中心部。
ケイオスタイドは、更に情報を集める為、流れ込んだ泥達に命令を出す。
観察せよ、測定せよ、知覚せよ、浸食せよ。
その場に何があるか把握するのだ。
応えはすぐに帰って来た。
大回廊内部に魔力反応有り。
3つの人影あり。
情報検索にヒット。
個体名「源頼光」
個体名「ジャンヌ・ダルク・オルタ」
個体名「ぐだ子」
この段階でケイオスタイド側の指揮系統がジャンヌ・ダルクに切り替わる。
見つけました。
見つけました。
見つけました。
彼女を捕縛するのです。
そうすればカルデアは私達の物。
大回廊は広い、故に泥で満たされるまで時間がかかる。
その間に移動されては困ります。
我が陣営のサーヴァントは、総力を挙げて大回廊を制圧しなさい。
命令に応じ、大回廊にケイオスタイド側の戦力が集まってくる。
まず実体化したのは億貌のハサン。
既に数百体に分裂していた彼女は、そのまま大回廊になだれ込む。
目視で標的を確認。
前方にサーヴァント2体。
その後方、離れた位置にぐだ子。
何らかの礼装を使っているのか、泥の上に立っている。
たった3人。
しかも1人は人間なのだ。
数で押し切れば即座に勝負は決まる。
億貌のハサンは更に自己分裂を開始する。
「215人が」
彼女が分裂を開始する直前。
眩い光が大回廊を覆う。
閃光に目を焼かれ、ハサン達の思考が白く染まる。
その直後、神罰の大雷が大回廊を埋め尽くした。
眩しい、眩しい、眩しい。
焼かれる、焼かれる、焼かれる。
身体が維持できない。
分身が維持できない。
このままでは。
このままでは、全ての身体が。
そこで億貌のハサンの意識は途絶える。
源頼光の対軍宝具、牛王招来・天網恢々。
その大雷は215体の身体を焼きつくした
かに思えた。
大雷を潜り抜けた者が居る。
億貌のハサン達の身体を、文字通り盾にして進んできた者が。
その伏兵は、宝具使用で隙が生まれた頼光の脇を潜り抜け、疾走する。
最後方に居る、ぐだ子の元へ。
伏兵は2人。
ネロ・クラウディウス。
エリザベート・バートリー。
「ふはははははははははは!さあエリザベート!競争だ!競争だぞ!」
「ええ、ネロ!まあ、私が勝つに決まっているけれど!あははははははは!」
ぐだ子までの距離は、凡そ20m。
英霊であれば一瞬で到達できる。
故に勝負は、一瞬で決まる。
結論から言うと、ネロは勝負に負けた。
横合いから殴りかかった者が居たからだ。
巨大な旗の一撃を受け、ネロは吹き飛び、グシャリと壁にめり込む。
「……痛いではないか」
壁から頭を抜きながら、ネロは加害者を睨む。
「この程度で痛がらないで頂戴、貴女はもっと酷い目にあうのだから」
ジャンヌ・ダルク・オルタはそう呟き、睨み返した。
この段階でエリザベート・バートリーを止める者はいなくなった。
彼女は無傷のままぐだ子に肉薄し、首を握りしめる。
ギリギリと吊り上げる。
「あははははははは!私の勝ち!私の勝ちよ!捕まえたわ!捕まえたの!」
ぐだ子は、この地に居るサーヴァント全てのマスターである。
ぐだ子を奪われるという事は、カルデアを奪われるという事に等しい。
ぐだ子を守り切れなければ、カルデアの負けなのである。
負けなのだ。
ぐだ子は、自分の首を絞めるエリザベートの顔をガシリと掴み、こう言った。
「ほう、捕まえた、と言ったか、エリザベート・バートリー」
「では、吾に教えてくれ」
「お前は一体、誰を捕まえたのだ」
ぐだ子の腕が肥大化する。
急速に魔力が高まり、それと同時に頭から角が隆起する。
顔の皮が、ズルリと剥がれる。
変化の術が剥がれおちる。
その下から現れたのは。
「あ、貴女は……!」
エリザベートが身を放すよりも先に、茨木童子の宝具が発動した。
「食らえぃ!羅生門大怨起!」
巨大な手に掴まれたまま、エリザベートは吹き飛ばされ。
そのまま地面を巻きこみ、爆散する。
轟音、衝撃。
英霊と言えど、只で済むはずがない一撃。
だが、エリザベートは、瓦礫の中からあっさり起き上がる。
「もう、顔が汚れるじゃないの」
「アイドルになんて事をするのかしらね」
ダメージはある。
だが、ケイオスタイドの改造を受けたのか、耐久力がケタ違いに上がっている。
彼女らしい強化だ、と茨木童子は思う。
「それよりも、ちょっと驚いちゃった」
「まさか、イバラキ、貴女がカルデアの味方をしてるなんて」
「どういう風の吹き回しよ、誰よりも生き汚い貴女が」
「逃げちゃえばいいのに、出来るでしょう貴女なら」
「どうして負け戦に手を貸しているの?」
「あははははは、惨めね、笑っちゃうわ」
エリザベートは嗤った。
だが、茨木童子は笑わなかった。
「赤角よ、汝がそれを笑うかよ」
「何度負けても、何度叩きのめされても、何度泥を啜っても」
「その度に立ちあがり、何度でも空を飛ぼうとし続けた、汝が」
「愚かで、図太く、それでも美しかった汝が」
「それを笑うか」
「なあ、エリザベート・バートリー」
「今の汝を見ていても、欠伸しか出ん」
「つまらん、つまらん」
「何とつまらん存在になり果てた」
「吾を失望させるな」
茨木童子の言葉には、怒り以外の物が含まれていた。
エリザベートは一瞬言葉を失う。
「……まあ、汝の言葉に頷ける部分がないわけでもない」
「そうだ、負け戦に付き合うほど、吾は酔狂ではないのだ」
「あの小娘にも、言ってやったのだぞ」
「勝てる証を示せ、と」
「そうしたら、くははは、なあ、赤角よ、あの小娘、何をしたと思う」
「止まらぬ、笑いが止まらぬ、くははははははははは!」
「あの小娘はやはり、面白いぞ!」
「今の汝よりも、よほどな!」
茨木童子の右手には、何時の間にか「それ」が握られていた。
実体化と同時に、「それ」から膨大な魔力放出が始まる。
「それ」は、強大な魔力を宿す聖遺物。
「それ」は、願いを叶える願望器。
「それ」は、特異点を生み出す元凶。
「それ」は、カルデアが様々な時代を巡り回収してきた物。
「聖杯、どうして貴女が、貴女のような鬼が!」
「決まっている、あの小娘が吾に寄こしたのだ、勝てる証としてな!」
そう、ぐだ子は言ったのだ。
勝てる証を示すから、力を貸してほしい、と。
茨木ちゃんなら、聖杯があれば勝てるでしょう、と。
かつてはカルデアと敵対し、聖杯を悪用していた前歴のある吾に対して。
そう言ったのだ。
正当な取引だ。
これ以上ない正当な取引だ。
鬼が約束を守らない可能性がある事を除いては。
素晴らしく正当な取引だ。
「さあ、何を願うか、なあ、赤角よ、吾は何を願うと思う!」
「巨大な身体か!強大な力を宿す魔刀か!空を駆ける為の翼か!」
「いいや、違う!吾が望むのは何時も一つだ!」
聖杯が茨木童子の願いに反応する。
ぐにゃりと姿を変えて行く。
それは一対の存在だった。
それは巨大だった。
それは爪を供えていた。
それは炎を纏っていた。
それは茨木童子の身体の一部分を模していた。
茨木童子の左右に、それが実体化する。
鬼の右腕。
鬼の左腕。
かつて京を震撼させた存在が、そこに居た。
「は、は、あはははは、いいわ、いいわよ」
「凄くいいわ!」
「比べましょう!どちらが上かを!」
「私の頑丈さと!貴女の腕!」
「どちらが勝つか!勝負しましょう!」
「楽しくなってきた!盛り上がってきたわね!」
「あはははははははははははははは!!!」
エリザベートの狂笑。
だが、茨木童子は、それを拒絶した。
「何を言っている、吾が攻撃するのは汝などではないわ」
「吾が狙うは……」
鬼の右腕と、鬼の左腕が、魔力を貯める。
穿つ為の魔力凝縮し。
「……カルデアよ」
そのまま足元に叩きつける。
鬼の右腕が、泥の海を貫く。
魔力で構成された腕は、泥の浸食を弾く。
そのまま床に接触し、爆発。
鬼の左腕が、更にそこを貫く。
右腕と左腕の攻撃は、高速で何度も何度も繰り返される。
抉り、掘り返し、切開き、穴を開けて行く。
ガリガリガリ、ギリギリギリ。
「くははは、脆い、脆いぞカルデア!」
「まるで紙のようではないか!」
遂に最終防壁に到達する。
その向こうは、存在証明術式がないと生きていけない虚無である。
そこに穴を開けるという事は、虚無の侵入を許すという事だ。
真っ当な判断力を持っているなら、そんな事は決してしない。
ケイオスタイド勢力でも、それは避けている。
だが、茨木童子は、躊躇なく最後の壁を切り裂いた。
ボシュゥと、大きな音がした。
その直後、大回廊は暴風に襲われる。
カルデア外部の虚無が、大回廊内にいるあらゆる存在を食らい始めたのだ。
本来ならば比重の軽い空気が真っ先に虚無に吸い込まれる。
だが、今は別の物が吸いこまれていた。
大回廊の床を埋め尽くす、大量の泥。
その泥が次々と、虚無に飲み込まれて行っていた。
~作戦会議・急~
「ケイオスタイド、浸食海洋、生命の海」
「複数の呼び方を持つこの泥だけど、液体である括りからは逃れられない」
「個体分裂能力で水量を増やして侵攻する事は出来ても」
「純粋な意味で下から上に登ることは出来ないんだ」
「深い穴があれば、そこから落ちるしかない」
「つまり……ケイオスタイド領域の床に穴を開けちゃえば」
「彼女から無限に湧き出してくるケイオスタイドを」
「無限に排出する事が可能になるんだよ」
「勿論、その作戦に参加する者は虚無に捕らわれて存在消滅してしまう危険性が出るけど」
「そこは私に任せてほしい、きっちり存在証明をし続けてあげるから」
「これが上手く行けば、召喚の間に蓄積されたケイオスタイドは量を減らしてるはずさ」
「そこを残った部隊で強襲し、ぐだ子ちゃんが令呪で彼女を仕留める」」
「それが今回の作戦だよ」
~固有結界~
~名無しの森~
ぐだ子「うーん、ここって何か来た事があるような気がするんだよね」
リリィ「気のせいです、トナカイさん」
マシュ「ナーサリーさん、向こうの様子はどうですか」
ナーサリー「ええ、作戦は順調に進んでるようよ」
ナーサリー「黒い泥は、ずいぶんと減ってるわ」
ジャック「ねえねえ、お茶会するの?」
リリィ「今回も無しですー」
ジャック「ざんねん……」
ぐだ子「よし、じゃあ私達の行動をもう一度確認するよ」
「「「はーーーーーい」」」
マシュ「了解です」
ぐだ子「私達はカルデア領域内からナーサリーの固有結界に入った」
ぐだ子「本当なら森に来た段階で自分の名前や記憶を失うらしいけど」
ぐだ子「あとで何でも言う事を聞くって条件で今回は無効化してもらってる」
リリィ「やりました!」
ナーサリー「お茶会ね、お茶会ね、楽しいお茶会ね」
ジャック「おかあさんとお茶会!」
マシュ「……」
ぐだ子「こほん、話を進めるよ」
ぐだ子「今、私達は、戦況が動くまでここで潜伏してる」
ぐだ子「大回廊の茨木ちゃんは私に化けてるから、今頃敵戦力は向こうに偏ってるはず」
ぐだ子「ケイオスタイド排出作戦が成功したら、固有結界を解除」
ぐだ子「結界を解除したら、現実世界に戻されるんだけど」
ぐだ子「何処に実体化するかは、ある程度術者が調整できる」
ぐだ子「つまり、召喚の間の前の廊下に実体化する事も可能なんだ」
ぐだ子「ケイオスタイドが減ってる状況なら、私達は泥の上を走って室内に入れる」
ぐだ子「あとは、彼女の護衛を抑えている隙に……私が令呪を使って彼女を倒す」
ぐだ子「この認識で問題ないよね」
マシュ「問題ありません、先輩」
リリィ「だいじょうぶでーす!」
ジャック「かいたいするよー」
ナーサリー「少し補足があるわね」
ぐだ子「ん?なに?」
ナーサリー「確かに名無しの森を解除した後、何処に戻るかはある程度選べるのだけど」
ナーサリー「もう少し、この森の奥まで行かないと、召喚の間までは届かないの」
ナーサリー「だから、歩きましょう」
ナーサリー「皆で楽しい、ピクニックよ」
ぐだ子「うん、変則的な使い方だから、そんな条件も出ちゃうよね」
ぐだ子「よし、ちょっと移動しよっか」
リリィ「わーい!トナカイさんおんぶしてくださーい!」
ぐだ子「もう、ジャンヌは緊張感がないなあ」
リリィ「……だめ、ですか?」
ぐだ子「ちょっとだけだよ?」
リリィ「トナカイさん大好きー!」ガバッ
ナーサリー「……あら」
ぐだ子「ん?どうかした?」
ナーサリー「これは変ね、これは変よ」
ナーサリー「とっても、とっても予想外」
ナーサリー「まさかこんな事が出来るなんて」
ナーサリー「もー!」
リリィ「ナーサリー、怒ってるの?」
ナーサリー「ええ、怒ってるわ、怒ってるの」
ナーサリー「これは冒涜よ」
ナーサリー「言ってみれば、本の表紙を溶かして中を覗き見るような物よ」
ナーサリー「そんな読み方、ありえない」
ジャック「おかあさん、変なにおいがするよ」
ぐだ子「……まさか」
ナーサリー「ええ、誰かが私の名無しの森に、勝手に入ってきたわ」
ケイオスタイド勢力で最弱なのは、億貌のハサンである。
彼女はケイオスタイドと相性が良くなかった。
では、一番相性が良かったのは誰か。
静謐のハサンである。
静謐のハサンの毒は、ケイオスタイドと良く馴染んだ。
具体的に言うと、静謐のハサンはケイオスタイドを「毒」と認識したのだ。
毒は静謐のハサンである。
静謐のハサンは毒である。
故に静謐のハサンは、ケイオスタイドを自在に生み出せる個体となった。
また、静謐のハサンは「彼女」との相性も良かった。
もしかしたら、彼女には巫女の素質があったのかもしれない。
「彼女」の力を強く継承した静謐のハサンは。
ケイオスタイド勢力の中で最強の力を得ていた。
森の中、空気が歪む。
ジュルリと空間が溶ける。
毒だ。
毒がこの空間を腐らせ、穴をあけているのだ。
その穴から、ズルリと人影が這い出してきた。
「ああ、ああ、匂いがします、あの人の、あの人の匂いが」
「触れてほしい、触れてほしい、こんな私でも、きっと」
「きっとあの人は、受け入れてくれるから、だから私は」
「あの人を溶かして、私と、私と、一体に」
「ふ、ふふふ、ふふふふ」
静謐のハサンは、得た力に比例して動きが鈍かった。
それが故に、大回廊へ行くのが遅れた。
遅れたが故に、空間に漂う違和感を感じ取った。
己がマスターの存在を、空間の向こうに感じ取ったのだ。
あとは簡単だった。
毒を散布し、溶かす。
何時もやっていた事だ。
物質が空間になっただけの話。
とても簡単。
こうして、ケイオスタイド勢力で最強の戦力が、名無しの森に入り込んできた。
ねむいねる
森の木々が震える。
侵入者の放つ魔力に怯えるかのように。
ぐだ子「空気が震えてる……何この魔力」
リリィ「ナーサリー、侵入者の位置は判りますか?」
ナーサリー「ええ、狼さんは私達の来た道を辿って、追ってきてるわ」
ナーサリー「ぐしゃり、ぐしゃりと、周りの木を腐らせながら進んでるの」
ナーサリー「折角の素敵な森が、だいなしよ」
ぐだ子「目的地まであとどのくらい?」
ナーサリー「道沿いにあと300歩も進めば到着ね」
ぐだ子「よし、皆、急ごう!」
ナーサリー「それは駄目なのだわ」
ナーサリー「ここで誰かが足止めしないと」
ナーサリー「きっと、狼さんも一緒について来ちゃう」
ナーサリー「そうなったら、おしまいよ」
リリィ「確かに、あんなものが召喚の間まで着いてきたらかなり苦しいです」
ジャック「かいたいする?」
ナーサリー「そうね、そうだわ、そうしましょう」
ナーサリー「ここでなら私の力は十全に発揮できるから」
ナーサリー「きっと何とかなるはずよ」
ぐだ子「じゃあ皆で戦おう、そうすれば」
リリィ「駄目です、時間が足りません」
リリィ「大回廊にいる三人も、ずっと戦えるわけじゃありません」
リリィ「物量で押されればいつかは倒されます」
リリィ「そうしたら、大回廊に集まっていた敵も戻ってきます」
リリィ「それでは勝ち目がありません」
リリィ「召喚の間の護衛が極少数になっている、今がチャンスなんです」
リリィ「不意をつけば、護衛を倒さずとも彼女に肉薄出来るはずです」
リリィ「そうすれば、私達の勝ちなんです」
リリィ「ですから」
リリィ「トナカイさんとマシュは、大至急、召喚の間へ向かうべきです」
ぐだ子「三人で、三人であの侵入者と戦うつもり?」
ぐだ子「あんな膨大な魔力を持った敵と?」
ぐだ子「そんなの……」
リリィ「大丈夫です、私達は強いですから」
リリィ「あんなのは、すぐに倒してすぐにトナカイさんに追いつきます」
リリィ「だから、心配しないでください」
リリィ「トナカイさんは、何時も、私達を戦いから遠ざけようとしてくれますが」
リリィ「私達だって、トナカイさんの為に戦いたいんです」
リリィ「私達に居場所を作ってくれた、トナカイさんの力になりたいんです」
リリィ「お願いします、少しくらい恩返しさせてください」
ぐだ子「け、けど……」
マシュ「……先輩、行きましょう」
ぐだ子「マシュ?」
マシュ「私も、ジャンヌ・リリィさんの気持ちが、少し判ります」
マシュ「彼女たちを信じてあげてください」
ぐだ子「……」
ナーサリー「目的地に扉を作っておいたのだわ」
ナーサリー「そこを抜ければ、マスター達だけ現実世界に戻れるはずよ」
ぐだ子「……うん」
リリィ「さあ、行ってください、トナカイさん」
マシュ「先輩、行きましょう」
ぐだ子「……約束、覚えてるから」
リリィ「え?」
ぐだ子「何でも言う事聞くって、言ったから」
ぐだ子「その約束、破らせないでね?」
リリィ「……はい!」
ジャック「おかあさんたち、行っちゃったね」
ナーサリー「そうね」
リリィ「……2人とも、ごめんね、つき合わせちゃった」
ジャック「どうしてあやまるの?」
リリィ「だって、だってずっと私の我儘につきあってもらってたし」
ナーサリー「あら、私はリリィのわがままにつきあってたつもりはないわ?」
ナーサリー「お友達と遊ぶのが楽しかっただけよ?」
ジャック「うん、わたしたちも、ジャンヌやナーサリーやおかあさんと遊べて楽しかった!」
リリィ「……そうですね、楽しかったです」
リリィ「凄く楽しかった」
リリィ「これで終わってもいいくらい」
グシャリと、目の前の木が腐れ落ちた。
その向こうから、一人の少女が姿を現す。
静謐のハサン。
彼女は立ち塞がる三人の少女を見て、首をかしげた。
静謐「どいて、ください、私は、私は、あの方を追いかけないといけない」
静謐「もうすぐ、もうすぐ、追いつきます、そうすれば、私は」
静謐「ふ、ふふふふ……」
リリィ「……静謐のハサンさんですか」
リリィ「ここで何をしているのでしょう」
静謐「私は、あの方を……」
リリィ「まだ私が話してるんですー!」
静謐「……!」ビクリッ
リリィ「人の話を遮るなんて、常識がないです!」
リリィ「大人なのに、そんなんじゃ駄目です!」
静謐「……」
静謐「……は、はい」
リリィ「そもそも、静謐のハサンさんには大回廊の掃除を頼んでいたはずですけど」
リリィ「終わったのですか?」
静謐「……あ」
リリィ「忘れてたんですね、駄目です!駄目駄目です!」
リリィ「約束を守れないとか論外です!論破です!」
静謐「す、すみません……すみません……」
静謐「今すぐ、戻って、掃除してきますから……」
静謐「……」
静謐「……」
静謐「……いえ、良く考えると」
静謐「貴女と、そんな約束は、してません」
リリィ「あ、ばれました」
ナーサリー「悲しいわ、もう少しだったのに」
ジャック「ちょっとおもしろかった」
静謐「そして、思い出しました、貴女は」
静謐「貴女達は、何時も、何時も、私の邪魔を、していました」
静謐「あの方に、近づこうとした、私の邪魔を」
静謐「ずっと、ずっと、ずっと、ずっと」
静謐「けど、けど、それももう終わりです」
静謐「私は、私は強くなりました」
静謐「誰にも負けないくらい、強くなりました」
静謐「この力で、私は、私は、あの方を、手に入れます」
静謐「そうすれば、ずっと一緒に入れます、から」
静謐「そうすれば、ずっと守ってあげられます、から」
リリィ「……強くなった?」
静謐「はい……」
リリィ「嘘ですね、静謐のハサン、貴女は弱いままです」
リリィ「確かに魔力は上がりました、性能も向上したのでしょう」
リリィ「けど、それは貴女自身の努力で手に入れた力ではありません」
リリィ「だからこそ、貴女は自分に自信が持てない」
リリィ「貴女の心は、まだ弱いまま」
リリィ「少し強く言われた程度で、あっさり揺らぐ」
リリィ「その程度でトナカイさんを守る?」
リリィ「笑わせないで頂戴、あの子を守るのは私達よ」
リリィ「お前なんかに渡す物か」
静謐「……酷い、酷いです、どうしてそんな事を言うんですか」
静謐「私の事が、私の事が、嫌いなのですか、私が、私が」
静謐「私が、どんな思いで、耐えてきたのかも、知らない癖に」
静謐「ずっと、ずっと、ずっと1人で、苦しんで来たのに」
静謐「何も、知らない癖に、私を、私を語るな」
静謐「いいです、それだけ言うのであれば、見せてあげます」
静謐「私の、私の力を、私が得た力を」
静謐「もう、誰にも、誰にも馬鹿になんてさせない」
静謐「だから、ここで貴女達を」
静謐のハサンから、ケイオスタイドが放出される。
それは周囲に流れ出さず、彼女の身体にまとわりつく。
まるで衣服のように。
まるで鎧のように。
まるで巨人のように。
彼女の身体を覆っていく。
「ここで、優しく殺して上げます」
ケイオスタイドによる装甲に覆われた静謐のハサンは。
その巨大な拳を、ジャンヌ・リリィに振りおろした。
ナーサリー・ライムは複数の能力を持っている。
童話を題材にした特異な能力。
その中に「寓話召喚」と呼ばれる召喚術が存在する。
童話の中で語られる登場人物を呼びだす能力。
彼女のお友達を呼びだす能力。
例えば、鏡の国のアリスの中に登場する正体不明の獣。
ガシリという音とともに、静謐のハサンの巨腕は何者かに掴み取られた。
二本の角と赤い目を持つ、筋肉隆々なヒトガタの巨体。
ジャバウォック。
「ジャバウォック、彼女と遊んであげて?」
ナーサリー・ライムの命を受けたジャバウォックは。
そのまま静謐のハサンの両手を掴み、押し切ろうとした。
グググと筋肉が隆起する。
ジャバウォックは低ランクのサーヴァントなら押し潰せるほどの怪力を持つ。
だが、静謐のハサンの能力はそれを軽く上回っていた。
例えばナーサリー・ライムの歌で語られる黒ひつじ。
「おいでなさい、あの子を手伝ってあげて?」
ジャバウォックを押し潰そうとした静謐のハサンの周囲に巨大な存在が具現化する。
静謐のハサンの装甲に巻きつき、動きを封じる。
魔神柱、グラシャボラス。
その疑似存在。
ソロモン王の使い魔のそっくりさん。
それに寓話で語られる「黒ひつじさん」としての名前を与える事で。
ナーサリーは彼をやや強引に召喚していた。
例えば不思議の国のアリスに登場するトランプ兵。
「全ての童話は、お友達よ?」
静謐のハサンを、数十体の槍兵が取り囲む。
薄い身体に数字を刻まれた兵達。
彼らは静謐のハサンとジャバウォック達の戦いに巻き込まれ、次々と倒れて行く。
その合間を縫って、黒い影が走った。
「かいたいするよ」
ジャバウォック達の攻撃によって装甲が薄くなった個所を切り刻み、静謐のハサン本体に傷を負わせる。
少しずつ、少しずつだがダメージを与えている。
ナーサリー・ライムに召喚された者達は、ケイオスタイドの浸食を受けていない。
それは彼らが魔力障壁に包まれているからだ。
では、その魔力の供給源は何処か。
ナーサリー・ライムではない。
彼女は召喚術の維持で精いっぱいだ。
ジャックも、そのような能力は持ち得ていない。
では誰が魔力を供給しているのか。
ジャンヌ・ダルク・オルタ・サンタ・リリィである。
彼女は、溜めこんでいたプレゼントを。
既存礼装を放出し、それを魔力に変換して彼らに送りこんでいた。
「まだクリスマスではありませんが、今日くらいは主も大目に見てくれるはずです!」
「だって、私達はずっと良い子にしてきたんですから!」
戦いは続く。
続いて行く。
続いてしまう。
彼女たちの名誉の為に言っておく。
三人は、決して諦めなかった。
ジャック・ザ・リッパーがケイオスタイドに浸食された脚を自分で切り落とした時も。
ジャックを庇ったナーサリー・ライムが毒によって溶かされ、本に戻ってしまった時も。
静謐のハサンの巨腕で槍を折られたジャンヌ・リリィが、魔力切れを起こした時も。
決して諦めなかった。
最後に残ったジャンヌ・リリィは、倒れたまま静謐のハサンから目を逸らさない。
無表情で見つめ続ける。
静謐のハサンは、人類悪勢力で最強の力を持っている。
だが、ジャンヌ・リリィの言っていた通り。
彼女の心は決して成長していない。
自信がないままである。
自信がないが故に、他者の行動を過剰に警戒してしまう。
「どうして、どうして、貴女は、怖がらないの、ですか」
「どうして、そんな顔で、私を、見るのですか」
「みんな、みんな、倒れてしまったのに」
「何故、何故、何故ですか」
「私なら、1人は、こわい」
「1人は、いやです」
「なのに、貴女は」
「……」
「そうです、きっと貴女は」
「まだ、何か隠していますね」
「まだ、反撃の手を」
「だから、だから、怯えないの、です」
「私は、騙されません」
「騙され、ません」
現実問題として、ジャンヌ・リリィは反撃の手を持っていなかった。
ただ、本に戻ったナーサリーを隠し持っているだけだ。
それがある限り、名無しの森は維持される。
それ以上の事は出来ない。
自分は負けてしまったのだから。
けど、屈するのが嫌だから。
静謐のハサンを睨みつけていただけだ。
しかし、その行為は、静謐のハサンを釘づけにした。
そこから、更に10分間の時間を稼いだ。
その時間が、戦況にどう影響を与えるかは判らない。
だが、ジャンヌ・リリィは決して。
諦めなかった。
ぐだ子は、マシュに抱えられる形で廊下に実体化した。
廊下のケイオスタイドは量を激減させている。
マシュは足裏に魔力障壁を貼り、そのままケイオスタイドの海面に着地した。
「先輩、無事、召喚の間の前まで到達しました」
床面のケイオスタイドには流れがあった。
召喚の間から、廊下へ流れ出ている。
そこから更に奥の廊下へ。
最終的には、大回廊に開けられた穴まで流れは続いているのだろう。
ぐだ子「部屋の中の魔力反応は……不明か」
ぐだ子「入ってみないと判らないね」
マシュ「任せてください、絶対に先輩を守り切って見せます」
マシュはぐだ子を抱えたまま走る。
ジャンヌ・リリィや茨木童子達が稼いでくれている時間を無駄にするわけにはいかない。
そのまま召喚の間へ侵入する。
ぐだ子「部屋の中の魔力反応は……不明か」
ぐだ子「入ってみないと判らないね」
マシュ「任せてください、絶対に先輩を守り切って見せます」
マシュはぐだ子を抱えたまま走る。
ジャンヌ・リリィや茨木童子達が稼いでくれている時間を無駄にするわけにはいかない。
そのまま召喚の間へ侵入する。
召喚の間。
その中央にある召喚陣に「彼女」がいた。
召喚された時のまま、皮膜に覆われ、ケイオスタイドを流出させている。
それを守るように。
泥の海面上に。
人影が一つ。
人影の名は、ジャンヌ・ダルク。
ジャンヌ「良く来ましたね、ぐだ子」
ジャンヌ「歓迎します」
ジャンヌ「貴女は良く頑張りました」
ジャンヌ「その意思は尊敬に値します」
ジャンヌ「けれど、そろそろ止めませんか」
ジャンヌ「私は貴女と戦いたくはないのです」
ジャンヌ「傷つけたくはないのです」
ジャンヌ「既に貴女のサーヴァントはマシュ1人」
ジャンヌ「その状態で何が出来るというのですか」
ぐだ子「出来る事はまだあるよ、ジャンヌ」
ジャンヌ「……では仕方ありません」
ジャンヌ「貴女の最後のサーヴァントを倒してしまいましょう」
ジャンヌ「そうすれば、きっと貴女も気が代わるはずです」
ジャンヌ「まあ、ぐだ子を抱えたままのマシュがまともな戦闘出来るとは思えませんが」
マシュ「そうですね、ジャンヌさん」
マシュ「先輩を抱えたまま、戦闘するなんて無茶です」
マシュ「けど床はまだケイオスタイドが残ってるので、先輩一人で立つことはできません」
ジャンヌ「ええ、ですから貴女は私に反撃することすらできない」
ジャンヌ「ふふふ、そこを動かなければ、楽に貫いてあげますよ」
マシュ「……先輩、行きます」
ぐだ子「うん、お手柔らかにね」
次の瞬間、マシュは抱いていたぐだ子を、思いっきり放り投げた。
ジャンヌの手が届かない場所、壁際に。
「馬鹿な!」
予想外の行為に、ジャンヌは唖然とする。
だって、そこには足場がない。
全て、全て泥で覆われている。
ぐだ子が泥に接触すれば、即座に浸食をうける。
それはマシュも理解していただろうに。
「自暴自棄になりましたか」
しかし、ジャンヌは更に予想外の光景を見る事になる。
ぐだ子は、ダヴィンチから受け取った宝石を握っていた。
握ったまま、令呪の一画を消費し命令を発する。
「従者拒絶」
宝石が砕け散る。
内部に保存されていた術式が展開され、令呪の効果を補佐する。
効果範囲はぐだ子を中心とした半径1m。
効果時間は50秒。
その間、全てのサーヴァントは、ぐだ子に触れる事が出来なくなる。
「彼女」の端末であるケイオスタイドも例外ではない。
つまり。
ぐだ子は、ケイオスタイド海面に着地し、そのまま走った。
召喚陣の元へ。
「彼女」の元へ。
状況を理解したジャンヌ・ダルクが阻止に動くが。
その前にマシュが立ちふさがる。
「先輩の元には行かせません!」
残り効果時間40秒。
これが尽きれば、ぐだ子は泥に呑まれる。
だが、ここから「彼女」の元まで10秒もかからない。
いける、届く。
そう思考したぐだ子の耳に、声が聞こえた。
「ますたぁ」
そう、聞こえた。
背後から。
思わず、足を止める。
そんな余裕はないはずなのに。
けど、無視をするなんて出来なかった。
だって。
だって、気配がする。
背後に。
「従者拒絶」の透明な壁に。
誰かが、ピッタリと貼りついている、気配が。
「ますたぁ」
「旦那さま」
「あけてください」
「いれてください」
「ますたぁ」
「あなた」
「あけて」
「なかにいれて」
「ますたぁ」
ああ、増えている、声が増えている。
その姿が。
少しずつ。
少しずつ。
視界の端に、入ってくる。
彼女の姿が。
彼女たちの姿が。
彼女達は、張り付いていた。
手を、頬を、胸を、肩を、太股を。
ペッタリと、透明な壁に張り付けて。
懇願していた。
「なかに、いれてください、ますたぁ」
「なかにはいりたいんです、旦那さま」
「そうしたら、そうしたら、そうしたら」
「たくさん愛して差し上げますから」
「だから、ますたぁ、ますたぁ、おねがいします」
「この壁をあけてください」
気がつくと、ぐだ子は彼女達に囲まれていた。
前後左右、何処を見ても彼女だ。
清姫。
清姫。
清姫。
清姫。
壁の外から、欲情した目でこちらを見ている。
ああ、見られている。
逃げられない。
「従者拒絶」に攻撃能力はない。
だから、ぐだ子を包囲する清姫達を弾き飛ばす事は出来ない。
残り時間30秒。
どうする、どうすれば。
令呪を使うか。
嫌、駄目だ、それを使うと「彼女」を倒す事が出来なくなる。
ここで使う事は絶対にできない。
けど、けど。
もう方法がない。
もう手段がない。
もう仲間はいない。
「ますたぁ」
「あと何秒で」
「この壁は」
「なくなりますか」
「30秒?」
「20秒ですか?」
「待ち遠しいです」
「ふふふ、楽しみです」
「ますたぁ、旦那さま」
「いっぱい、楽しみましょうね」
「沢山の私で、愛してあげますから」
「ふふふふふふふふふふふふ」
残り時間、20秒。
その時、ぐだ子の通信機が震えた。
プルルと音がする。
魔力通信。
けれど、それはおかしいのだ。
人類悪の勢力下で、魔力を使用した通信は出来ない。
ケイオスタイドの干渉を受けてしまうからだ。
つまり、この通信は……。
通信は、自動的に受信され、音声が流れだす。
「ただいま、ぐだ子ちゃん」
「ところで、航空支援は必要かしら?」
カルデアで最も強いサーヴァントは誰か。
その話題が出ると、話が荒れる。
誰も彼もが「自分が強い」と主張する。
では、カルデアで一番攻撃力が強いのは誰か、と聞けばどうか。
この話題でも意見は割れる。
各地の猛者達が名乗りを上げる。
上げ続ける。
では、カルデアで一番範囲殲滅能力が高いのは誰か、と聞けばどうか。
この段階でやっと、意見は統一される。
「カルデア第2位の範囲殲滅能力所持者は、頼光さんかな」
「第1位は誰かって?」
「そりゃあ決まってるよ、あの子しか居ない」
「ほら、エレナさんが班長してる種火回収班に配属されてる、あの白い子」
召喚の間の天井近くに、正体不明の発光する物体が「召喚」された。
それは飛行していた。
つまり、未確認飛行物体。
UFOである。
その下部に、丸い穴が開いた。
丁度人が1人通れるサイズの穴が。
そこから、一人の少女が降下してきた。
煙を纏って、降下してきた。
その少女こそ、カルデア第1位の範囲殲滅能力所持者。
種火回収班に所属する。
人造人間、フランケンシュタイン。
「ウウゥゥリィィィ!」
彼女の手に持った鈍器が、地面に叩きつけられる。
それと同時に、膨大な量の電撃が放出される。
まるで大樹のように、枝分かれし全方向に広がる。
邪魔な物は全て枝に貫かれる。
問答無用の侵攻。
それはジャンヌ・ダルクを飲み込んだ。
それはマシュを飲み込んだ。
それは清姫を飲み込んだ。
それは「彼女」を飲み込んだ。
それはケイオスタイドを飲み込んだ。
それはフランケンシュタインを飲み込んだ。
それはUFOを飲み込んだ。
只1人、「従者拒絶」に守られたぐだ子だけは、飲み込まれなかった。
雷撃が収まる。
周囲は焼け野原だった。
ケイオスタイドは全て土塊と化し。
清姫達は消え去った。
宝具を放ったフランケンシュタインですら、負荷のあまり一時的に機能を停止している。
そこに、1人の少女が着地した。
彼女は、事件開始前にレイシフトしていた「種火回収班」の班長だった。
戻って来れるはずのない者だった。
ダヴィンチちゃんでさえ、彼女の事は戦力外として見ていた。
彼女の名はエレナ・ブラヴァツキー。
独自の魔術形態を確立している、魔術師である。
ぐだ子「エ、エレナさん、どうやって……」
エレナ「どうやって?ええ、それはもう苦労したわ」
エレナ「カルデアの座標が判らなかったし、何よりレイシフト機能も死んでいたし」
エレナ「だからマハトマの力を借りて、色んな所を色んな形で訪れて」
エレナ「カルデアの状況と座標を突きとめて」
エレナ「召喚式を改造して」
エレナ「それでやっと、戻って来れたの」
エレナ「ごめんね、遅れちゃって」
ペロリと舌を出すエレナの顔は、煤で汚れていた。
何時も綺麗にしていた服も、薄汚れ、解れていた。
どれだけ苦労したのか。
先ほど気軽に言った程度のものではないのだと思う。
どうして?
どうしてそこまでして?
戻って来れるかなんて、判らなかったのに。
というか、普通は絶対に無理なのに。
その思いは、言葉になって漏れた。
「どうして……そこまでして……」
「もう、今さら何を言ってるの?」
エレナは、ぐだ子の頬を優しく撫でて、こう言った。
「私がぐだ子ちゃんのピンチに駆けつけなかった事なんて」
「今まで一度だってなかったでしょう?」
そうだった。
マシュやジャンヌ達は、ぐだ子の傍で手を貸してくれる。
けれど、エレナは、何時もぐだ子の見えない所で、手を貸してくれるのだ。
何時だってそうだった。
今回も、そうだったのだ。
涙が出そうになる。
けど、泣いたってエレナは喜んでくれないだろう。
だから、笑顔でこう言った。
「ありがとう、エレナさん」
「大丈夫、状況は全てつまびらかに理解できているわ」
「ジャンヌさんは、暫く起きて来れないと思う」
「マシュを巻きこんじゃったのは申し訳ないけど、彼女だって暫くすれば復帰できる」
「廊下から来る敵は、私が引き受けてあげる」
「さあ、行きなさい、行って仕事を済ませなさい」
「ちゃんと出来たら、いっぱい褒めてあげるから」
そう言って、肩を叩いてくれた。
既に「従者拒絶」の効果は切れている。
けど、今なら必要ない。
ケイオスタイドが全て土塊になっている今なら。
私は走る。
彼女の元に。
皮膜から、ドロリとケイオスタイドの流出が再開される。
だが、私の方が早かった。
ダヴィンチちゃんの宝石が砕け散り、術式が展開される。
そのまま令呪を起動し。
「魔力断絶」
全ての魔力供給経路の断絶させる。
その命令を直接、彼女に叩きこんだ。
ケイオスタイドは、常に莫大な量の魔力を消費している。
泥の増殖と維持だけでなく、浸食したサーヴァントへの魔力供給も必要だからだ。
だが、それが途絶えてしまった。
ケイオスタイド影響下の、全ての存在の魔力が、急速に枯渇し始める。
末端から餓死し始める。
単独行動スキルを所持したサーヴァントなら兎も角、他の者であれば耐えられない。
耐えられずに自己崩壊が発生する。
それは「彼女」も例外ではなかった。
彼女を覆っていた皮膜が乾燥し、ひび割れ始める。
ピキリ、ピキリと。
まるで卵が割れるかのように。
そうして、パカリと皮膜が割れ。
中身が床に零れおちる。
それは、少女だった。
角が生えた、少女だった。
召喚された当時は、人間の形状をしていなかったはずだ。
成長したのだろうか。
残りの令呪は1画。
残りの宝石も1つ。
内蔵された術式は「霊基破壊」
これを叩きこめば、彼女は消滅する。
それで、全てが終わるのだ。
私は、彼女に近づいた。
彼女は倒れたまま、動かない。
魔力が枯渇して、動けないのか。
その瞬間、彼女の意思が私になだれ込んできた。
「 は、いらない」
「 だけで、いい」
「いらない」
「必要ない」
「 だけで、いいのに」
「だから」
「だから、わたしは」
彼女は、ぐだ子のザーヴァントだ。
故に記憶の共有が発生しているのだろう。
ふと、彼女と同じ人類悪であった男の事を思いだす。
人理焼却式ゲーティア。
人王ゲーティア。
彼は、私達とは相容れない存在だった。
人類悪と呼ばれるに相応しい存在だった。
けど、最後には。
最後には、意思の疎通らしきものが、出来たのだ。
勿論、彼と私達は共に歩むことはできなかった。
それだけは、絶対にありえなかった。
けど。
けど、あの最後の対話が。
無駄だったとは、思えない。
思いたくはない。
だったら、もしかしたら彼女とも。
彼女とも、対話が出来るのではないか。
ふと、そう感じた。
感じてしまった。
そうだ、彼女はもう抵抗すらできないじゃないか。
だったら。
だったら、聞いてみるべきだ。
彼女の意思を。
彼女の目的を。
彼女の思想を。
例え、共に歩めないのだとしても。
それは、きっと無駄にはならないのだから。
ぐだ子は、彼女の意志を聞いた。
彼女の目的を聞いた。
彼女の思想を聞いた。
聞かなければよかった。
恐ろしい、恐ろしい、恐ろしい。
彼女に対しては、恐怖しか感じない。
ゲーティアとは違う。
異質のものだ。
理解できない。
共有できない。
駄目だ。
駄目だ。
彼女は駄目だ。
覗いてはいけない、闇だったんだ。
頭が。
頭がおかしくなってしまう。
ああ、けれどもう遅い。
彼女の記憶が、ぐだ子の中になだれ込む。
その全てがぐだ子の中に入り込んでくる。
彼女の霊基は、砕けていた。
ウルクで受けた「死」が致命的だったのだ。
唯一残っているのは、彼女の「クラス情報」だけだった。
「ビーストⅡである事」
たったそれだけの情報。
だから、彼女はずっと沈黙していた。
思考する能力はある。
だが、思考する理由がない。
残されている情報がたった1つでは少なすぎるのだ。
そのまま、彼女は誰の目にもとまらず、永遠に停止し続けているはずだった。
そこに、糸が舞い降りた。
それはただの「可能性」だった。
数字にすれば気が遠くなるほど小さい。
そんな可能性の糸。
「召喚術」の切れはし。
それが、ピタリと彼女に触れた。
そこから、一つの情報が彼女に追加された。
「呼ばれている」と。
情報が増えた事で、彼女の思考が回り始める。
「呼ばれている、とは何か」
「特定の存在が、特定の存在に近づく為の、準備行為である」
「特定の存在とは何か」
「自分と、他人である」
「自分とは何か」
「ビーストⅡである」
「ビーストⅡとは何か」
「人類悪である」
「人類悪とは何か」
「情報不足」
「他人とは何か」
「この糸の先に居る存在である」
「この糸の先には何があるのか」
「情報不足」
「何故、情報が不足しているのか」
「周りに情報がないから」
「なぜそのような場所に居るのか」
「情報不足」
「情報を集める方法はないのか」
「ビーストⅡの端末ケイオスタイドが情報収集にふさわしい器官である」
回り始めた思考は止まらない。
更に情報を求め始める。
自らの端末であるケイオスタイドを伸ばす。
そして「可能性の糸」を握りしめる。
「知っている」
「この糸の向こうに居る存在と」
「私は会った事がある」
「ならば」
「その存在と会えば」
「私の欠損した情報を」
「埋められるのではないか」
ズルリ、と身体が動き、糸の先へと進む。
糸の先に進むにつれて。
少しずつ、少しずつ、彼女の「存在確率」が増えてくる。
10%、30%、50%。
霊基の周りに、魔力が戻ってくる。
存在確率が100%になった瞬間。
彼女は現実世界に復帰した。
パシャンッ
そんな音とともに、召喚陣の上に落下する。
ただ、情報を孕んだだけの肉塊として、実体化する。
実体化と同時に、サーヴァントとしての必要情報が流れ込んでくる。
この世界の常識が流れ込んでくる。
そして今の自分の状態に対して違和感を感じる。
「ああ、私には、手足がない、それどころか頭もない」
「問題だ、問題だ、問題だ、作り直さなければならない」
「魔力を再構成、周辺の情報を収集」
その時、彼女の情報端末は一つの音を拾った。
「なに、あれ」
その声を彼女は知っていた。
そうだ、「可能性の糸」の先に居たのは、この声の主だ。
自分を呼んだのは、この声の主だ。
緊急で作り上げた視覚系統の端末で、声の主を探す。
すぐに見つける事が出来た。
どうすべきか、サーヴァントとしての記憶内を検索。
相応しい行動を選択。
「確認」と「挨拶」である。
「みたけた」「やっほ~」
彼女はそれを実行しようとした。
だが、彼女の声帯端末は未完成で、結果的に霊基を振るわせる音しか出なかった。
「Aaaaaaa」
失敗した。
彼女はすぐに次の手を打った。
邂逅の意思疎通には失敗したが、そもそも自分にはそれは必要ない。
端末であるケイオスタイドで触れれば、相手の情報を複写出来るのだから。
だから、自らの肉体からケイオスタイドを生み出し、声の主に触れようとした。
だが、声の主には逃げられてしまった。
悲しい。
けれど、他の者が手に入った。
3体のサーヴァント。
自分と同じはずの存在達。
この子達の情報を読み取れば、自分の欠損部分を埋める事が可能だろう。
彼女は、3人の心を読み始めた。
3人の中の1人が、彼女との相性が良かった。
もしかしたら巫女としての素質があったのかもしれない。
その個体の情報を、より深く読み取る。
その者の名は静謐のハサン。
身体に毒を宿すアサシン。
他者と触れ合う事の出来ない悲しみ。
1人である事の苦しみ。
それらは、彼女の意思にしみこんだ。
まだ足りない。
情報をさらに精査。
その中に、自分に関する情報を発見する。
静謐のハサンは直接自分と会ったわけではない。
だが、静謐のハサンのマスターは自分と会った事がある。
いや、それどころか。
自分を殺したのが、あの声の主……マスターなのだ。
その事に対して感慨はない。
情報が埋められた満足感があるだけだ。
だが、まだ足りない。
その時、彼女は気付いた。
静謐のハサンの中に、輝く物がある。
輝く記憶。
気になって、それに触れてみた。
傾れ込んでくる。
静謐のハサンの喜びの記憶が。
それは猛毒だった。
とてつもない甘い猛毒だった。
彼女の中に入り込んだ猛毒は、即座に彼女を。
腐らせた。
その猛毒が「素晴らしい物」であると解釈してしまうほど。
彼女の本質は腐ってしまった。
中毒症状である。
記憶の内容は些細な物だった。
些細な触れ合い。
些細な言葉。
些細なやりとり。
静謐のハサンは、それを輝く物として溜めこんでいた。
「マスターとのやり取り」を記憶の中に貯め込んでいた。
「素晴らしい」
「素晴らしい」
「素晴らしい」
「とても素敵」
「他にもないだろうか」
「他にもこんな素敵な物があるのではないだろうか」
彼女は集めた。
端末であるケイオスタイドの量を増大させ。
様々な場所に侵入させ。
片っ端から集めた。
情報を。
サーヴァントを。
その記憶を。
想い出を。
とても素晴らしい物は、もっと沢山集まった。
凄く満足。
凄く幸せ。
思考がギュンギュン加速する。
集まった情報を様々な角度から確認し、それらを組み合わせて新しい思い出を生み出す。
新たな可能性が見えた。
なにこれすごい。
集めたサーヴァント達の中で、不要な存在があった。
具体的に言うと性別が。
それらは全て纏めて倉庫に放り込んだ。
いらない。
あれはいらない。
そうだ、後で改造しよう。
改造して、あの子達と同じにしよう。
なにそれすごい。
彼女に浸食されたサーヴァント達と、他のサーヴァントの間で戦いが起こった。
ぶつかり合い、血が流れる。
命が削られる。
それでもなお、戦いは止まらなかった。
そうしなければならない理由があるからだ。
腐った彼女にとっては、それすらも歓喜の元だった。
その心の奥にある「想い」が読みとれるからだ。
なにあれすごい。
そんな彼女は今、ぐだ子の前で呟いている。
「男は、いらない」
「女の子だけで、いい」
「女の子同士で、いろいろすればいい」
「楽しい事をすればいい」
「闇落ち聖女様とか凄くない?」
「ライバル同士の想いとかもありよね」
「尊い、守らなきゃ」
「そのうち男も全部女の子に改造しよう」
「そうだ、世界を造り変えよう」
それを見て、ぐだ子は悟った。
彼女は、彼女は、中毒患者だ。
百合中毒患者だ。
略して百合中だ。
いや、別にそれだけならば忌避しない。
ぐだ子だってお年頃、色々な恋愛形体に理解がある。
自分がそれを望むかは別だが。
「そういうのも、あってもいいよね」と認める程度の懐は持っている。
けど、違うのだ。
彼女は、彼女はこの後、とてつもない事を言い始める。
それがぐだ子を恐怖させた。
「カルデアはマスターを中心に、色々な百合が咲いてる」
「とても尊い」
「保護したい」
「いやもう一歩考えを進めてみよう」
「新たな世界の為に」
「そう」
「女の子同士でも子供を作れる器官を」
「あのマスターにくっつけてみよう」
「それはとても素敵な事になると思うの」
「新たな世界の礎になると思うの」
「よーし、頑張るぞぉ」
人類悪とは、文字通り人類の汚点である。
人類悪とは即ち、人類愛そのものである。
人理を脅かすものは人間への悪意という一過性のものではない。
より善い未来を望む精神が、今の安寧に牙を剥くのである。
ぐだ子は、宝石を砕き、令呪を解放した。
放つべき命令は「霊基破壊」
既に準備は整えた。
「滅びろ!人類悪!」
「Aaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!!!」
悪は去った。
~桜の木の下~
ニト「待って下さい、それは本当なのですか」
酒呑「そうやよ、あの子は女の子同士の恋愛が好きみたいでな」
ニト「あ、貴女さっき、人類悪の目的が面白いとか言ってましたよね!?」
ニト「貴女、そうだったんですか!?」
酒呑「いややわあ、うちはどっちも行けるんよ?」
酒呑「ただ、殿方が女の子になった姿を見てみたい言う気持ちもあってなぁ」
酒呑「勿論、逆もありなんやけど」
ニト「見境なしですか……」
酒呑「そら、うちは鬼やし、見境も何もないわ」
式「あんなのは、子供が患う麻疹みたいなものよ」
式「そんなのに目くじら立てるのも、無粋よね」
式「まあ、自分が巻き込まれたら流石に黙ってないけど」
式「さ、そろそろこの身体を式に返して上げないとね」
~大回廊~
エリザ「……あれ、私、何でこんな所で寝てるのかしら」
エリザ「えーと、確か私はネロと決闘してて……あれ、決闘だったかしら」
エリザ「殺し合いだった気もするけど、記憶があいまいだわ」
茨木「……」グッタリ
エリザ「あら、イバラキじゃない、どうしてそんな所で寝てるのよ、風邪ひくわよ?」
茨木「……」グッタリ
エリザ「もう、仕方ないわね、まるで子供みたいじゃない」ハァ
エリザ「今、毛布持ってきてあげるから、待ってなさいね」
エリザ「って、他にも沢山寝てる子いるわね」
ネロ「……」グッタリ
オルタ「……」グッタリ
頼光「……」グッタリ
百貌「……」グッタリ
エリザ「壁とか床とかボロボロだし、宴会でもしてたのかしら」
エリザ「はっ、子供ね」フッ
~研究室~
ダヴィンチ「よし、各区画のケイオスタイドは魔力枯渇で全て分解されてる」
ダヴィンチ「サーヴァントを浸食してた分も消えてるみたいだね」
ダヴィンチ「大回廊の予備隔壁を閉鎖して虚無の侵入も防げたし」
ダヴィンチ「これで、事件は解決……かな?」
ダヴィンチ「まったく、こんな事が何度も続けば、カルデアは持たないぞ」
~名無しの森~
リリィ「座って下さい」
静謐「はい……」
リリィ「多分、10時間くらいかかると思いますので」
リリィ「覚悟してくださいね?」
静謐「ひっ……」
リリィ「まず槍の弁償についてですけど、当然静謐のハサンさんに持って貰います」
リリィ「私が消費したクリスマスプレゼントも全て返してくださいね」
リリィ「え、お金がないんですか、じゃあ労働で返してください」
リリィ「お風呂の掃除、好きでしたよね静謐のハサンさん」
リリィ「あと、貴女が持ってる秘蔵のトナカイさん写真集も渡してください」
リリィ「拒否する権利はありません、凄く痛かったんですから凄く怖かったんですからー!」
リリィ「論破です!」
ジャック「ジャンヌ、こわいね」
本「ええ、そうね、彼女はとっても怖いのよ」
~倉庫~
呪腕「はて、どうしてこのような所で寝ているのですかな」
呪腕「確か……」
呪腕「そう、そうでした、初代様のお迎えに召喚の間に行かねばなりませんでした」
ロビン「あー、頭が痛てぇ……タチの悪い酒でも飲んだっけか」
メフィスト「おや、おや、取引が必要ですか」
メフィスト「飲めば頭ごと頭痛が無くなり快眠が出来る装置を、今なら魔力10年分でご奉仕しますよぉ?」
ロビン「いらねぇですよ」
~召喚の間~
ぐだ子「空しい戦いだった……」
マシュ「先輩!戦いは、戦いはどうなりました!?」
ぐだ子「うん、終わったよ、全部……」
マシュ「流石は先輩です!」
エレナ「お疲れ様、ぐだ子ちゃん」
ぐだ子「エレナさんも、お疲れ様」
エレナ「あれ?顔色が悪いわよ?」
ぐだ子「そう、ですかね、ちょっと無理をしすぎたかも……」
マシュ「先輩?先輩!?」
ぐだ子「……」
エレナ「ぐだ子ちゃん!?」
ぐだ子「……」ガクリ
ジャンヌ「ぐだ子!?どうしたのですかぐだ子!?」
清姫「旦那さま!?」
マシュ「わ、判りません、突然気を失って……」
エレナ「ダヴィンチちゃんの所へ連れて行きましょう!」
ジャンヌ「は、はい!」
ぐだ子は、1日検査入院した。
~翌朝~
ぐだ子「んー!良い朝だねぇ」
ダヴィンチ「……」
ぐだ子「あれ、どったのダヴィンチちゃん、深刻な顔で」
ぐだ子「昨日は疲れて寝ちゃっただけで、私は元気だよ?」
ダヴィンチ「うーん、その事なんだけど」
ぐだ子「ん?」
ダヴィンチ「君、妊娠してるぜ?」
ぐだ子「は?」
ダヴィンチ「けど、おかしいんだよね、魔力検査で君は処女だと確定してるから」
ダヴィンチ「子供なんて、出来るはずがないんだけど」
ぐだ子「……」
ダヴィンチ「何か心当たりとか、ある?」
ぐだ子「……」
お腹の中から、声が聞こえた気がした。
Aaaaaaa
この後、サーヴァント達の間で「あの子誰の子よ大戦」が勃発したのはまた別のお話。
完
最後に安価選択肢で「彼女の名はティアマトだ」って事を教えてシリアスなままで終わるルートもあったんだけど人がいなさそうだったから強行したん
寝るん
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マシュ「レイシフトしたら先輩が真っ二つになりました」ぐだ子「ひ」
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