無尽合体キサラギ (639)

無尽合体キサラギのSSです
ボイノベ版未読Pも居るかも知れないので、
序盤は地の文変えたりストーリー補足したりはしてますがほぼボイノベ版の展開そのままです
劇場版キサラギの内容に入るのは後半からです

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1484913718

  『えー、突如現れた巨大な球体は、今のところ何も動きを見せてはおりません!
   目撃者の情報によると、月の裏側から落ちてきたとのことで――』

  『続いてのニュースです。世界各地に落着した黒い巨大球体について、
  アメリカ合衆国の○○研究所が会見を開きましたが、
  人工物であることは確実だが現時点では何もわからないとのことでした――』

  『あのー……“月の涙”ですか? 例のほら、謎の球体あるじゃないですか。
  私の周りでも、あれは地球崩壊の始まりだなんて言ってる人も居ましてね――』

  『巨大な球体“月の涙”の出現を受け、国防省は地球防衛軍の設立を発表しました。
  今後は日本も各国の防衛軍や研究機関と連携し“月の涙”の究明を進めるとともに――』

  『“月の涙”落着より半年以上が経過しましたが、
  いずれの研究機関もこれといった成果を出せていないというのが現状で――』




  『“月の涙”が現れてから今日で一年。
  日本に落ちた“月の涙”は、今どうなっているのでしょうか?』

  『はい観光です! “月の涙”、見に来ちゃいました!
  なんかカッコイイですよね! ストラップも買ったんですよ、可愛いでしょ?』

  『続いてのニュースです。○○動物園で、パンダの赤ちゃんが生まれました。
  昨日名前の募集中を始めたそうですが、園には既に100件以上の案が寄せられているとのことです――』

月が泣いた、と言ったのは誰であったか。
いつからか“月の涙”と呼ばれるようになったそれは、何の前触れも無く現れた。

それは完全な球体。
突如地球へと降り注いだ、月の裏側より出でた幾百もの黒い物体。
人工物であることは明らかだった。

世界各地に落着した球体を科学者たちは総力を挙げて分析しようと試みた。
が、すべては徒労。
あらゆるアプローチに対して球体は何の反応も返さず、
すべての科学者たちに、まさに謎の球体であると白旗を振らせた。
巨費を投じて研究機関に運ばれたものもあったが、
大半は落着した場所に放置されたまま、黙してただそこにあり続けた。

そして一年。
環境への影響もなく、それ自体が何も変化しないのであれば、
異物として日常に取り込まれていく。
地球崩壊の序章だと騒ぎ立てられたのも束の間、人々は球体の存在に慣れていった。
だが楽観的な適応能力は、ときに油断という後悔をもたらす。
宇宙規模の事象を前にして、それは人類にとっての命取りであった。




耳をつんざくような破壊音は、
のどかさを絵に描いたような郊外の学園の一画から響き渡った。
時は昼休み。
購買部に押し寄せていた生徒たちは本来の目的であるパンには目もくれず、
全員が大きな円を描いて、
破壊された長机とその上に倒れ込んだ巨漢を取り囲んでいた。

眠りから覚めたばかりの熊のようなうめき声を上げる巨漢は、
「番長」などという死語で呼ばれていながらもそれなりに恐れられている。
だがそんな男の前に、鼻唄混じりで進み出てくる二つの影があった。

左右対称の姿、左右対称のポーズ。
鏡写しのような二人は巨漢に対してあまりにも小さく、
しかしながら微塵も臆することなく高らかに名乗りを上げた。

マミ「天に聞け、地に聞け、人に聞け。悪は全員、私たちの歌を聴け!」

アミ「正義のアイドル! アミとマミ、颯爽と、登・場っ!」

どーん、と最後には効果音まで口を揃えて発し、
双子の二人――アミとマミは、また違うポーズを決めた。
ヒーローショーのごときイベントは日常茶飯事なのか、
取り囲んだ生徒たちの間からは歓声が上がる。

だがやがて起き上がって周囲をにらみつけた番長の姿に、
盛り上がった空気は一瞬にして冷めてしまった。
が、やはりアミとマミの番長への態度は変わらない。
ボキボキと指を鳴らして威圧する番長の鼻面に、
二人は同時にビシッと人差し指を突きつける。

アミ「お前の罪はただ一つ! やきそばパンの行列強制割り込み罪だ!」

マミ「やきそばパンはみんなが愛する昼休みの至宝!」

アミ「その聖なる争奪戦を暴力で汚す、お前の血は何色だぁーーーーっ!」

次の瞬間、聞く耳持たないとばかりに番長は怒号を上げて突進する。
長机の残骸を蹴散らして迫り来る巨漢に対峙する双子の構図は、
さながら巨大な熊に対する二匹の小動物のようである。

しかしアミたちは静かに半身を引き、迎え撃つ構えを取った。
猛獣ばりの突進がほんの数歩先のところまで肉迫した時、
二人は揃って拳を大きく振りかぶり叫ぶ。

アミ「やきそばパンに代わってぇ……」

マミ「オシオキだーーーーーーーーーっ!」




アズサ「――で、最終的には不人気ナンバーワンのミント納豆パンを、
    窒息寸前まで番長くんの口の中に押し込んだ、と」

アミ「だってあのダジャレみたいなパン、いつも大量に残っててもったいなかったんだもーん!」

マミ「購買のおばちゃんも、面白がって協力してくれたもんねーっ」

学園中の教師の視線が集まる職員室の中にあっても、
双子の姉妹はまったく悪びれる様子はない。
座った椅子のキャスターをコロコロ転がしながら笑う二人の姿に、
向かい合う担任教師は、頭を抱えて深いため息をついた。

アミ「アズサ先生、ため息つくと命を抜かれるよ?」

マミ「違うよアミ。お嫁に行くのが遅れるんだよ?」

アズサ「あなたたちはまったく、いつも他人事みたいに……」

お説教されているという自覚がまるでない二人を前に、
三浦アズサは教師ではなく気苦労の大きい母親のように、トホホと涙目になった。

昼休みの騒動から数時間、
放課後にあらためて呼び出されたアミとマミではあったが、
その態度が示すように、騒動を起こしたおおもとの原因については、
まったく反省するつもりはなかった。

騒動を起こしたことによって、昼食時間が短くなっちゃった生徒もいるのかな、とか、
長机を壊しちゃって申し訳なかったな、とか、
購買のおばちゃんやアズサ先生にもまた迷惑かけちゃったね、とか、
そういう類の反省はたくさんあるし、
職員室に入って、まず二人はそれをアズサに謝りもした。

しかし番長をぶっ飛ばしたことに関してだけは、あれは正義の鉄槌だと言って省みない。
どころか今後もそれは続けるとまで言ってのけ、
その頑なな正義感にアズサはため息をつくのだ。

アズサ「他の生徒に迷惑をかける番長くんを注意するのは立派だと思うわ。
    でもそのやり方が過激すぎると言ってるの」

マミ「殴られたり蹴っ飛ばされたりした子もいるんだよ!」

アミ「黙って見てることなんて……できないよ」

口を尖らせて、少し拗ねたような顔を見せるアミたち。
そんな彼女たちを見て、あずさはヤレヤレと苦笑する。
賑やかな騒動ばかりを起こす生徒だが、
この学園では二人のことを問題児扱いする人間は誰一人いなかった。
ぶっ飛ばされたあの番長でさえ、陰では「永遠のライバル」と認めているらしい。

騒動を起こしたことについては、教師という立場上アズサも注意せざるを得ない。
しかし騒動の根拠となるアミたちの「正義」には筋が通っているし、
何よりも、生徒たちはもちろん教師たちの間にもファンがいるほどである。
つまり自分たちで名乗ったように、アミとマミは「正義のアイドル」なのだ。
だからアズサは、注意をしながらも、
あからさまにその行動を制限することもできずに苦笑いするしかないのである。

アズサ「まぁ……今日はもういいわ。時間も遅いし、帰りなさい」

はーい、と明るく返事してアミとマミは元気に椅子から立ち上がる。
そのときペロッと舌を出したのは、いつもお世話をかけてごめんなさい、という
二人なりの合図だということをアズサはわかっている。
教師と生徒という間柄の中では気軽すぎるのかもしれないが、
アズサはそんなやり取りも嫌いではなかった。

アズサ「……って、あ、そうそう。忘れるところだったわ。
    あなたたちに手紙が届いてたの」

と、ふいに思い出し、アズサはアミたちを呼び止めた。
他の教師に挨拶しながら去ろうとしていた二人は、きょとんとして振り返る。

マミ「手紙……?」

アミ「学校に届いたの?」

アズサ「私も不思議に思ったんだけれど……」

引き出しから取り出された真っ白い封筒を、アズサはマミに手渡した。
はさみも使うことなく、マミが器用に封を切るのをアミが見守る。
中にあった便箋を広げ、文面に目を走らせる二人を、
アズサもなぜか少し緊張して見守った。
しかしすぐに二人の顔がパッと明るく綻ぶ。

マミ「爺ちゃんからだ! 放課後、研究室まで来い、だって!」

アミ「時間指定がピンポイントな手紙だね~。ひょっとしてこれはサプライズ?」

アズサ「サプライズ……?」

盛り上がる二人に対し、アズサは話が読めずに首をかしげる。
するとアミは鼻息荒く、マミはにんまりと口角を上げて、嬉しそうに声を揃えた。

アミマミ「今日は、私たちのバースデーなんだよ!」




夕暮れの山道。
山頂へと向かうバスの中で、アミとマミは隣同士の席に座り、
祖父からの手紙を嬉しそうに何度も読み返していた。

アミ「んっふっふ~。誕生日にわざわざ招待状とは、爺ちゃんも粋なことするね!」

マミ「マミ、プレゼントは超絶にレベル上げた人のフレンドコードがいいなぁ」

早くに両親を亡くしたアミとマミにとって、祖父は育ての親であった。
なぜか最近は世捨て人のように山奥の研究所にこもっており
会うのは本当に久しぶりで、だから照れくさくて手紙など寄越したのだろうと二人は思っていた。

『アミ、マミ、ワシの愛しき孫たちよ。
十三才を迎えた今日のよき日に、ワシは希望を託そう。研究所まで来るが良い』

アミ「RPGのプロローグみたいだね~」

“希望を託す”などという大仰な言葉に、アミたちの期待は膨らんでいく。
一体どんな誕生日プレゼントをもらえるのだろう。
まだ幼さの残る笑みを浮かべた二人を乗せたバスは、山道をどんどん進んでいった。

何度目かのカーブを曲がった頃、窓の外に黒く巨大な球体が見えてきた。
月の裏側より飛来して以来ただ黙して鎮座するばかりの、謎の巨大物体。
黒き月の涙と呼ばれるようになったそれは、
アミとマミが暮らすこの町にも落着していた。

マミ「不気味……というか、相変わらずまんまるくてワケわかんないね、アレ」

アミ「でもこの間、アレにショボーンな顔を描いたストラップ見つけたよ。
  チョーかわいいやつ! 今度ホントに落書きしてやろうよ!
  爺ちゃんにクレーン借りてさ! ……って、おや?」

マミ「どしたの、アミ?」

アミ「今なんか、光んなかった? あのまんまる」

マミ「まさかー、気のせいだよ。一年間ウンともスンとも言わなかったものが今更……」

だが、気のせいではなかった。
それは予兆なきはじまりであった。

長きに渡り周囲の風景を反射するのみであった球体の表面に、
今、光を放つ縦一文字の亀裂が生まれた。
初めは鋭利な切り口を思わせた裂け目であったが、
それは見る見るうちに広がり、ぽってりとした楕円状になった。
まるで球体が口を開いたかのように。

そして次の瞬間、球体と同じくぽっかりと口を開いていたアミとマミは、
顔をしかめて耳をふさぐ。
球体から尋常ならざる咆哮が、響き渡った。
機械音のようでもあり、振動音のようでもあり、
破砕音のようでもある不快な轟音。
それは球体が放つ、呪詛の歌声であった。

マミ「ナニこの音! ガキ大将のリサイタルでも始まったのー!?」

アミ「っ!? 見て! まんまるから……なんか出てくる!」

アミの指した先を見たマミはその途端、アミと同様に両手で耳をふさぐことを忘れた。
光を放つ球体の口腔に、人型を形成する影が現れたのだ。
それは、あまりにも巨大。
響き続ける轟音をまとい、まさしく巨人は、球体の中からのそりと進み出てきた。

マミ「ロボット!?」

反射的かつ直感的に発された言葉ではあったがそれは極めて的確だった。
四肢を持ち、髑髏のごとき頭部を戴き、
鍛えられた鉄板の色彩を持つ鎧に包まれた全身。
球体からこの地球へと第一歩を踏み出したのは、巨大な怪ロボットであった。

と、その時。
頭部に穿たれた虚ろな空洞――恐らく目の部分に、閃光が走り、
次の瞬間、周囲の山林が燃えた。
火山が噴火したかのように、突発的で爆発的な現象だった。
怪ロボットの熱線が己が威力を誇示したのだ。
その劫火は、少女たちが乗るバスの進行方向にも立ちふさがる。

アミマミ「きゃあああああーーーーーーーっ!」

悲鳴は、押し寄せる炎の中に飲み込まれていった。




   「ンフフフフ。始まりましたわ、ハルシュタイン閣下」

世界各地で活動を始めた怪ロボットの様子を伝えるモニターの前で、
《常勝の令嬢》は満足そうに笑っていた。

そして彼女の背後、黒衣をまとって玉座に座する人物は、
自らの名を呼ばれたことに対し、「ああ」と短く答えた。
月の裏側に、今、第二の月があることを人類は知らない。
それは怪ロボットを放った月の涙であり、いわば地球侵攻の最前線基地。
全宇宙の支配を目論む闇の覇王、銀河帝国軍総統ハルシュタインの現在の居城であった。

   「こんな辺境の未発達な惑星など、息つくいとまも与えず制してご覧にいれますわ」

少女は不満そうに眉根を寄せた笑みで、吐き捨てるように言った。
ハルシュタイン銀河方面軍の作戦司令という立場にありながら、
極めて小規模な侵攻作戦に召喚されたことを《常勝の令嬢》は怒っていた。

《常勝》とは困難な戦いを勝ち抜いてこそ輝く称号である。
勝利がわかりきった作戦など、彼女にとっては侮辱以外のなにものでもなかった。

ハルシュタイン「イオリ……。あの星を、甘く見ない方がいい」

ハルシュタインと呼ばれた少女は抑揚のない声で、
《常勝の令嬢》を称号ではなく名前で呼んだ。
皮肉ではない、真意だった。
あの地球という星には、宇宙開闢の謎にも匹敵するほどの神秘が眠っているかもしれないのだ。
しかしイオリは、やはり不満げに喉の奥を鳴らす。

イオリ「……私の力を、思い知らせてあげましょう」

それは辺境の惑星の住民に対する言葉だったのか、
ハルシュタインへの静かなる叛意の表れだったのか――

――山が燃え盛る炎に包まれる中、
アミとマミは煤だらけになりながらもようやく祖父の研究室にたどり着いた。
乗って来たバスは火災によって立ち往生し、二人は山の中腹から徒歩を強いられた。
その間にも怪ロボットは山を燃やし尽くしながら市街へと向かい、
混乱のエリアを拡大し続けている。

アミ「マズイよ~。爺ちゃんを連れて、早く避難しなくちゃ……!」

研究室は、祖父が買い取った古い洋館の地下にある。
階段を下りて暗い研究室に入れば、
怪ロボットが発する轟音も燃え盛る炎の灼熱も届いては来ない。
だが身の安全を脅かす恐怖が薄まることはなかった。
最低限の照明しか灯されていない中を、二人は祖父の姿を求めて駆け回る。

マミ「爺ちゃ~ん! どこ~?」

アミ「ここは危ないから逃げようよ~」

しかし答える声はなく、焦燥が、か弱い少女たちの心を苛む。

アミ「じいちゃ……」

もう何度目かわからない声を張り上げようとしたところで、アミがふいに言葉を止めた。
どうしたのかとマミは振り向こうとしたが、理由は聞かずともわかった。
二人の行く先に、淡く輝くものがあった。
祖父が、いつも機材に囲まれて頭を抱えていた大きなテーブル。
その上で、何やら光を放つものがある。

アミ「何……? セーブポイント?」

マミ「冗談言ってる場合じゃないっしょ!」

テーブルに近付くと、
そこには二つの腕輪のような装着具が置かれていた。
光を発していたのは、腕輪の手甲部分に取り付けられていた宝石のごときパーツである。

アミ「これ、爺ちゃんの忘れ物?」

マミ「それより爺ちゃん本人を探さなきゃ……」

二人が再び探索に戻ろうとしたその時、突如、宝石が発する光の光度が強くなった。
驚きに見開かれたアミとマミの目に映ったのは、
光の中に現れた蒼い鳥の姿であった。

マミ「鳥? 蒼い……鳥……」

魅入られたように見つめるアミの前で、
蒼い鳥は、小さなくちばしを開いた。

   『受け取れ、希望を。紡ぎ出せ、己が正義を』

マミ「鳥が喋った!? ていうかこれ、爺ちゃんの声!」

アミ「希望……? 今日もらった手紙にもあったよね? 希望を託そう、って」

マミ「じゃあ、これがサプライズ? この腕輪みたいなのが誕生日プレゼントってこと?」

祖父らしい仕掛けだと思う二人だが、もちろん今は喜んでいる暇などない。
かといってプレゼントを放っておくわけにもいかず、
二人はそれぞれ腕輪を掴み取ってから走り出そうとする。
すると、蒼い鳥が再び言葉を発した。

   『孫たちよ、ワシはこの日のために準備した。
   希煌石《キラジェム》の輝きに身を任せよ。怪ロボットを打ち倒すのだ!』

アミ「爺ちゃん! どこにいるの!?」

マミ「サプライズはもういいから逃げようよ!」

   『すまんが、ワシはもうここにはいない。次なる準備のために旅立たねばならぬのだ。
   だが希煌石がお前たちの手に渡ったのなら、
   ワシの仕事は99.999パーセントは成ったも同然!
   希煌石を装着し、叫べ孫たちよ! 目覚めよキサラギ、と!』

久しぶりに聞く祖父の声は、蒼い鳥のくちばしより、まくし立てるように再生され続けた。
アミとマミは呆然と立ち尽くす。

怪ロボットを打ち倒せ? 目覚めよキサラギ?
さっぱりワケがわからない。
これは誕生日の余興ではなかったのか?
まさか祖父はあの怪ロボットの出現を予測して、
だからこそ今日、自分たちをここへ呼んだとでもいうのか?
希煌石とは、キサラギとは、一体何なんだ!?

戸惑う二人を尻目に、ふいに蒼い鳥は飛び立ち、円を描いて旋回し始めた。
すると空中に厚さのないモニター画面が浮かび上がり、映像が映し出された。

  「!?」

その映像を理解した瞬間アミとマミは息を呑む。
それは、怪ロボットが町を焼き尽くす光景であった。
見慣れた町並みが、お気に入りだったあらゆる場所が、
火を噴く怪ロボットに蹂躙されている。
音声は再生されないが、破壊の爆音と、
逃げ惑う人々の悲鳴が耳に届いてきそうなほど、映像は生々しさに溢れていた。

アミ「そんな……これが今の町の様子だっていうの!?」

初めはただただ驚きと困惑に満ちていた二人の瞳。
しかしそこには徐々に、別の感情がふつふつと湧いてくる。

マミ「あの怪ロボットは……人類の……敵!」

   『そうだ。これを止めることができるのは、唯一キサラギの力だけ。
   そしてキサラギを操ることができるのは、唯一希煌石を持つ者だけ!』

  『ならばどうする孫たちよ! 希煌石は今、お前たちの手の中にあるのだ!』

マミが手にしていた腕輪を見る。
アミがそれに倣う。
希煌石と呼ばれた輝くパーツが、誘うように、発する光を揺らめかせた。

  『町を守りたくば叫ぶのだ。キサラギの名を!』

グッと、双子の姉妹は決心の顔を上げた。
地下の研究所より、その目は町を脅かす敵の姿をにらみつけていた。

マミ「やるしかないよ、アミ……キサラギが、一体なんなのかはわからないけど……!」

アミ「そうだね、マミ! 町が壊されるのを黙ってみてるだけなんてできない!」

お互いの顔を見つめ、二人はうなずき合う。
そして光を放つ腕輪を装着し、声を揃えて叫んだ。

アミマミ「希煌石全開! 目覚めよ――キサラギ!」

――町を破壊しながら進撃する怪ロボットに対し、
地球防衛軍の緊急即応隊(スペシャルタスクチーム)の対応は早かった。
戦闘ヘリ一個中隊はすでに攻撃を開始しており、
戦車大隊の現着も間もなくであるとの報ももたらされていた。
ヘリの三十ミリ短銃身の機関砲が火を噴き、怪ロボットを攻撃する。
しかしその銃弾は、ロボットの装甲を貫くどころか進撃の足を止めることさえできなかった。

別のヘリが前方に回りこみ、怪ロボットの頭部へ向け対戦車ミサイルを放つ。
成型炸薬弾が髑髏のごときロボットの顔面に着弾し、
たちまち炸裂するが、やはり傷一つ与えることは叶わなかった。

なす術なし。
だが攻撃隊の隊長に、
多くの科学者があの黒い球体の前に屈したような諦観した態度を取ることは許されなかった。
戦闘ヘリには目もくれずひたすら町の破壊に集中する怪ロボットに対し、
攻撃隊は体制を立て直して次の攻撃に移ろうとする。

そこに、重苦しい黒煙を切り裂き、飛来する巨体があった。

それは怪ロボットと同じ人型。
無骨ながらも、それでいて女性を思わせる流麗なラインをも兼ね備えるボディ。
カバーが取り付けられた関節部によってつながる手足は怪ロボットよりも細く、
巨大なスケールで展開されるであろう挙動を前に、
己が重心さえ保てるのだろうかと見る者を不安にさせた。

そしてその頭部。
目こそゴーグルのようなパーツで覆われているが、鼻があり、口があった。
頭頂部からは長髪を模したかのようなパーツがすっぽりと被せられており、
それが艶かしくも儚い人の顔面のような印象を際立たせている。

巨体は、怪ロボットの前に立ちはだかるようにして、着地した。
折れそうであった細い足は、驚くべきバランスを取って体が転倒するのを回避する。
金属と金属が擦れ合い激しい音を立てるが、
それはダメージによるものではなく、
音を発することで負荷を軽減するための仕様のようにも見える。

膝を曲げてショックを吸収した態勢から、やがて巨体はすっと立った。
その姿、毅然とした乙女のごとく。

   『くっ……!』

口からは、うめくような、しかし微笑むようでもある“声”が、漏れ出でた。

アミ「そこまでだ! 怪ロボット!」

マミ「これ以上はもうやらせないよ!」

アミマミ「じっちゃんの名にかけて!」

少女の声が響き渡る。
紛うことなき双子の声――アミとマミのものであった。
それは、巨体の頭部付近から聞こえた。
二人は頭部装甲に設けられたステアに掴まり、生身を外気にさらしていた。

その姿も先程までの制服姿ではない。
青とピンク、それぞれに特異なデザインの衣装を身にまとってい、
腕には希煌石の煌く腕輪が装着されていた。
怪ロボットを真っ直ぐに見据えつつ、腕輪に向かってアミが叫ぶ。

アミ「キサラギ! 怪ロボットを突き飛ばせ!」

   『くっ……!』

アミとマミが体を預ける巨体――キサラギが、
希煌石を介して命令(コマンド)を受領する。
巨大な両腕が一度後方に引かれ、
そして次には反動をつけて前方へと突き出された。

両方の平手が、怪ロボットの胸元にヒットする。
不意の攻撃に怪ロボットは防御する間もなく突き飛ばされ、
そのまま背中から地面へと倒れ込んだ。
だがその時、町のビルや道路、線路が下敷きとなる様子がマミの目にはっきりと見えた。

マミ「ダメだよ、アミ! もっと考えて攻撃しないと!」

アミ「装備とか何にもわかんないんだよ? 何をどう考えろって言うのよ!」

アミに言われ、眉根を寄せて少し考え込むマミ。
希煌石をかざし、今度はコマンドではなく質問を投げかけた。

マミ「キララギ、キミの武器は?」

    『くっ……!』

マミの声に反応し、キサラギは右腕を真横に振り上げた。
攻撃ではない、何かの予備動作のような挙動。
ピンと伸ばされた右腕の指先で、滞空していたのは防衛軍の戦闘ヘリだった。

と、そのヘリの目前でキサラギの右腕が音を立てて展開した。
外装を固定していた部品が弾け飛び、
バナナの皮を剥くように、装甲が四方へとめくれ上がる。
内部構造がむき出しとなった腕は、再び装甲が戻る際に、なんと戦闘ヘリの機体を巻き込んだ。

その光景は、腕が、まるで別の構造体を食したかのように見えた。
コクピットにいたパイロットは寸でのところで脱出したが、
その他、ヘリのすべては瞬時にしてキサラギの腕に取り込まれてしまったのだ。

マミ「キサラギの腕が……ヘリと融合する……?」

呟くようにそう言ったマミの前に、またしても蒼い鳥の姿が投射される。

   『融合? 違うな、これは無尽合体だ!』

マミ「無尽合体?」

  『希煌石の神秘なるパワーを糧にして稼働するキサラギは、
  あらゆる無機質との合体を果たし、その特性を己が武器とすることが可能なのだ。
  今、キサラギはヘリの戦闘力を手に入れ、右腕は巨大なミサイルとなった!』

マミは蒼い鳥を介して伝えられた祖父の声を確かめるように、キサラギの右腕を確認する。
それはもはや腕と呼べる形状を取ってはおらず、
祖父の言う通り巨大な兵器そのものに変化していた。
これがヘリとの合体の成果だと説明を受けたものの、
そんな単純なギミックによって実現するようなものでは決してないと、マミは思った。
やはり融合の方が表現として正しかったのではないだろうか……?

ただよくよく見てみれば、
ミサイルの所々にはヘリの見た目が申し訳程度に残されていた。
そういう意味でこの巨大な鉄塊は、ヘリ自体がミサイルに変形して、
キサラギの腕に“合体”したのだと言えなくもない。

   『くっ……!』

自らの左腕で右腕を支持し、怪ロボットに向けてキサラギは発射体勢をとる。
怪ロボットは倒れた状態から、ゆっくりと立ち上がるところだった。

アミ「マミ、やっちゃえ! これならきっと、怪ロボットもイチコロだ!」

マミ「でも……町中でこんなの爆発させちゃったら……」

凶悪なまでに巨大なミサイルの姿を目の前にして、
マミの逡巡は至極当然であった。

  『希煌石の力を侮るな。無尽の力は、無制限の破壊と同義ではない。
  キサラギの戦いは希望の前にあるのだからな!』

マミ「説得力ないよ、爺ちゃん!」

  『ならばどうする孫たちよ! 怪ロボットは目の前に迫っているのだぞ!』

立ち上がった怪ロボットは、腕の装甲がひしゃげたもののまだ動けるようで、
髑髏の眼窩に炎を宿しつつ歩み寄ってくる。
その姿はまるで無機質だが、
だからこそ静かな恨みに燃える復讐鬼の姿のように見えた。

アミ「やるしかないよ! 相手をやっつけなきゃ、それこそ町は壊滅だよ!」

マミ「町……私たちの町……」

今は信じるしかない。
キサラギと希煌石が、真に希望をもたらすものであるなら……。

マミの覚悟が決まった。
通じ合うように、アミが大きく頷く。
声を揃え、二人は希煌石に向かって命じる。

アミマミ「爆裂粉砕! キサラギミサイル!」

直後、キサラギの右腕から爆発的な噴射を伴って巨大なミサイルが撃ち出された。
ほぼ腕全体が切り離された状態となり、
キサラギの巨体があおりを食って大きく傾く。

アミとマミは必死にステアに掴まりながら、放たれたキサラギミサイルの行方を追った。
蛇行しながらも、ミサイルは怪ロボット目がけて突き進んでゆく。
怪ロボットは町を焼いた光線をミサイルに向けて発し、迎撃を試みた。
しかし双子の覚悟が乗り移ったかのごときミサイルは、
燃やし尽くされるどころか炎を切り裂いて突き進む。

そしてついに、キサラギの攻撃は相手を捉えた。
怪ロボットは腹部に命中したミサイルを両手で掴み、払いのけようとする。
だがその瞬間にミサイルは内部から炸裂、巨大な爆炎が巻き起こり、
怪ロボットは完全に飲み込まれて見えなくなった。

周囲の町並みを巻き込んでの大爆発、とアミたちは顔を背けたが、
次の瞬間、爆炎は逆回しのフィルムが再生されるかのように、己が中心に向かって収縮した。

そして一瞬後には爆発の衝撃も、粉砕されたはずの怪ロボットの体さえそこに飲み込まれ、
あとには何事もなかったかのような静寂だけが取り残される。
すべてはまぼろしだったかのように、怪ロボットの巨体はあっけなく消失した。
もはやその存在が現実であったと証明するのは、町中に残された破壊の爪痕のみ。

マミ「消えた……? ううん、確かに爆発はしたはずなんだけど……」

アミ「衝撃もろとも、飲み込んでいっちゃった……」

  『これが、キサラギの力だ』

まだ燃え盛る町の炎が、キサラギの巨体を照らし出す。
その頭部のステアに掴まったアミとマミは、
いまだ呆然と、その風景を眺めることしかできない。

そんな二人のもとから蒼い鳥が飛び立ち、
キサラギの頭頂部へと舞い上がっていった。
それを目で追い、アミとマミは、キサラギの顔を見上げた。
黙して動かぬその顔は、しかし今の二人には頼もしく、微笑む英雄のように見えていた。

今日はこのくらいにしておきます
アミとマミの口調やら一人称やらが時々亜美と真美と違うこともありますが、一応公式です
次は多分明日の夜投下します




怪ロボットを打ち倒すキサラギという巨人。
それを操る、神秘の希煌石。
地球という辺境の惑星で始まった力の解放は、
大宇宙から見ればささやかな現象にすぎない。
しかしたとえささやかではあっても、それは確実な異変であった。

蝶の羽ばたきが竜巻を起こすように、蟻の一穴が巨大な堤防を崩壊させるように。
さざ波は時空を超えて宇宙を渡り、大きなうねりを引き起こそうとしていた。
が、今その前兆に気付くものは居ない。
たとえ異変を知覚したとしても、
それが宇宙的規模にまで発展する変革の兆しであることを理解する生物はなかったのだ。

地球から遠く離れた緑の惑星に息づく、地球人類にも似た生命。
それもまた、敏感ではあるが未熟な生物の一つであった。

――誰かに呼ばれたような気がして、ヒビキは真っ青な空を見上げた。
真似るように彼女を取り巻いていた動物たちも顔を上げる。

地表の大半が深い緑で覆われた自然の星、惑星アニマ。
太古よりこの星を守護する巫女の家系に生まれたヒビキは、
朝の勤めのために神殿へと向かおうとしているだった。

ヒビキ「今の声、ハム蔵じゃ……ないよね?」

肩に乗る小動物に語りかけても、相手は小首を傾げるのみ。
ヒビキは尋ねるように周りの動物たちにも視線を送ってみたが、反応はハム蔵と同じ。
疑問は解決しなかったものの、そのかわいい仕草にヒビキは思わず顔をほころばせる。

人の手によって生み出された超進化生命体、ロボットアニマル。
それが彼らなのだが、いつも表情豊かに接してくれる姿はヒビキにとって親友同然、
面倒くさいお勤めも、動物たちと一緒だから欠かさず続いているのだ。

ヒビキ「確かになんか聞こえた気がしたんだけどなー?」

誰へともなくそう言って、今度はヒビキが首を傾げる。
巫女の血を引く彼女は、
普通の人間が感知できない気配のようなものを知覚するのは日常茶飯事だった。
天候変化の前触れだったり、
言葉を話さない相手の感情だったりがわかるというのも少なくないが、
普段ヒビキがもっとも耳にするのは、神殿に祀られている秘宝の“声”。

秘宝自体の姿はヒビキ自身も目にしたことはないので、
語りかけてくるものが果たしてどのような存在であるのかはわからない。
聞こえてくる声にしても、声、と便宜的に言ってはいるが、
明確な言語として伝わってくるものでもなかった。

それは、ある時はどこかの風景だったり、ある時はただの色だけだったり。
漠然としたイメージの奔流だけが、ヒビキの中に流れ込んでくるのだ。
つまりヒビキがいつも感じ取っているのは、そういった曖昧なものばかりだった。

しかしさっき自分を呼んだように思えた声には、もっとはっきりとした意志が感じられた。
叫び、焦り、こっちへ来いと強制するかのような声だった。
その感覚があまりにもリアルだったので、ヒビキは、
自分の周りの動物たちに声の出処を確認したのだ。

ヒビキ「まぁ、気のせいだよね」

その呟きにハムスター型のアニマルロボ、ハム蔵は、
ヒビキの右肩の上で短い腕を組み、コクリと頷く。
ヒビキはニカッと笑い、気分をリセットするように背筋を伸ばしてから、
再び神殿への道を歩き出そうとした。

が、真っ直ぐ進行方向を向いた視線の先――
緑の木々の向こうに垣間見える神殿の上空の空に、
いくつもの小さな影が浮かんでいるのがふと目に入った。

最初は鳥だと思ったヒビキであったが、すぐに認識を改める。
それら小さな影は、たとえアニマルロボであったとしても
決してあり得ない速度でこちらへと接近してきたのだ。

小さな影はあっという間にヒビキたちのすぐ目前の空にまで達した。
それは巨大な、飛行する円盤であった。
動物たちが一斉に声を上げる。

警戒と威嚇を込めた咆哮。
ヒビキを庇うように進み出て、謎の円盤を見上げて吠え続けた。
いざという時、たとえば今のような謎の脅威と相対した時、
彼らは身を投じてもヒビキを守るという使命を帯びているのだ。

だが、自らの安全のために友達が盾となる姿を、黙って見ているヒビキではなかった。
円盤が奇妙な動きを見せ、やがて高度を下げ始めたのを認めると、
手近な動物の首を抱えて大声で叫んだ。

ヒビキ「逃げるぞ、みんな!」

返事は聞かず、ヒビキは抱えた動物たちの体を力任せに引っ張った。
手段が乱暴すぎたのか、ワニ型と豚型のアニマルロボは悲鳴を上げる。
しかしそれが強制退去の合図となり、
他の動物たちも振り返って逃亡の態勢に入った。

その挙動を察したのか、再び円盤たちはこちらへの接近を開始した。
ヒビキは自分より足の速い動物を先に行かせて、
体の小さな動物たちは抱えられるだけ抱きかかえ、円盤に背を向けて駆け出した。

ヒビキ「森に入って! でも離れちゃ駄目だぞ、ひとかたまりで逃げるんだ!」

先頭を行っていた犬型、猫型、ウサギ型のアニマルロボが生い茂る下草の中に飛び込む。
空を飛べるものがそれに続き、
そして最後に、ヘビ型を首に巻きつけ、ワニ型とニワトリ型を両脇に抱え、
肩と頭にハムスター型とシマリス型を乗せたヒビキが、
豚型のアニマルロボを蹴飛ばしながら森へと飛び込んだ。

背の高い木々が生い茂る中では円盤のような飛行体は不利、
しかもこちらは地の利を知り尽くしている。
ほどなくして相手を振り切ることができる、とヒビキは踏んでいた。

だが、追手は手段を変えた。
円盤の底板が開き、中から人型をしたロボットたちが放出される。
それらは二階建てであったヒビキの家よりも背が高く、
しかも巨体に似合わぬスピードで歩行して、ヒビキたちを追跡し始めた。

木々を打ち倒し、下草を踏みつけて、
ロボットは傍若無人な振る舞いで森の中を進行した。
ヒビキの目に入ったのは、巣を破壊されて逃げ惑う動物たちの姿。
皆住み場所を奪われ、中には踏み潰されてしまった者もいるかもしれない。

カッと、ヒビキの髪が逆立った。
自分が愛してやまない森を、
そこに息づく命を蹂躙した相手に対する激しい怒りがこみ上げてくる。
逃げる足を止めて、ヒビキはロボットたちを振り返った。

ヒビキ「ハム蔵たちは先に行け!」

自分の体に乗っていた動物たちに声をかける。
しかし彼らは逃げるどころかヒビキと同じように怒りの視線でロボットを睨み、
そしていつの間にか犬型、猫型といった他のアニマルロボたちも、
ヒビキの周囲で足を止め、蹂躙者と退治していた。

ヒビキ「お前たち……」

心配するヒビキの声に返ってきたのは、怒りのこもった唸り声だった。
動物たちにしても、森を荒らされるのを許してはおけないのだ。

ヒビキ「ようし……! イヌ美とネコ吉はウサ江の指示で下から、
    他は木の上から攻めて、相手の気を引いて!
    自分たちは正面から! ハム蔵、振り落とされるんじゃないぞ!」

ぢゅっ、と、ヒビキの肩のハム蔵が敬礼で答える。
ヒビキが駆け出すと同時に、
他の動物たちは指示通り上下に展開してロボットに向かった。

森のみんなは自分の家族だ。
それを傷つけるヤツは、絶対に許せない。
全身から迸るヒビキの怒りに気付いたかのように、ロボットは顔を向ける。
と同時に、ヒビキは地面を蹴って大きく跳躍した。

対するロボットはその姿を“目”で追うが、その視界に、
木々の上から飛び出した小動物たちが割り込んでくる。
攪乱されたロボットは、一瞬、ヒビキの姿を見失った。
そのわずかなチャンスを逃すことなく、
ヒビキは空中で一回転して、見事、一体のロボットの肩に着地した。

ぢゅっ、と、ハム蔵がロボットの頭部の一部分を指し示す。
そこには透明のカバーで覆われた“目”があり、
内部の機械がヒビキの姿を探してグリグリ動いているのが見て取れた。

ヒビキ「このフリムーーーーーンっ!」

思わず口に出た喧嘩言葉の勢いとともに、ヒビキはロボットの“目”に蹴りを放つ。
荒れた道を歩くための頑丈な靴が、
敏捷性に富んだヒビキのしなやかな筋肉によって加速され、
狙い通り、パーツの中心部分に叩き込まれた。
甲高い音が鋭く響き渡り、ヒビキの一撃は、
カバーを割って内部の機械までをも破壊した。

姿勢制御のための重要なデータ取得を突如遮断され、
ロボットの巨体が大きく揺れた。
その足元に、森の中にあった長い蔦を咥えたイヌ美とネコ吉が迫る。

二匹はそれぞれ蔦の先を咥え、平行に並んで走っていた。
長い蔦はピンと一直線に引き伸ばされ、
やがてそれが、よろめいたロボットの足首に絡みつく。

先導していたウサ江が合図の声を上げると、
イヌ美たちは咥えていた蔦の先を器用に木々の幹に巻きつけた。
完全にバランスを失ったロボットの体が風きり音を上げて傾く。

ロボットはなんとか立て直すため周囲の木々を掴もうとするが、
森の地形は都合よくはできておらず、
むしろ森の木々自身がヒビキたちに加勢したかのように、
ロボットの手が当てにした先に生えている木はなかった。

轟音を立てて、ロボットは転倒する。
ヒビキは寸前でロボットの肩から飛び降り、軽やかに地面に着地した。
しかし気を抜くことなく次なる目標を見上げ、
再び跳躍のための態勢を取ろうとした。

と、その時だった。

   『待ってください。私たちは、戦いに来たのではありません』

機械的に拡声されたその声は、凛としたよく通る女の声だった。
出鼻をくじかれた形で、思わず跳躍を躊躇してしまったヒビキであったが、
対する人型ロボットたちもまたスイッチが切れたかのように動きを止めた。

森の中に訪れる、いつもどおりの静寂。
しかし耳を澄ませば機械的な飛行音が近付いてくるのが聞き取れる。
ヒビキが音の方向に目を凝らすと、
木々の間を縫って、一機の円盤がやってくるのが見えた。
飛行体での戦闘には極めて不利な環境にあえて分け行ってくるのは
先ほどの声の内容を裏付けるためであるのか。

ヒビキは警戒態勢を解くことなく、鋭い視線で円盤を見つめ続けた。
円盤は、やはりゆっくりとした速度を保ちながら、さらに近付いてくる。
拡声された声は、その間にも絶えることなく発せられていた。

   『私たちはあなた方と話し合いをするためにやってきたのです。
   アニマの巫女よ、どうか私たちにお目通りを――』




ヒビキたちに語りかけてきた声の主は、自らをタカネと名乗った。
大抵のことでは驚かない自信があったヒビキだったが、
着陸した円盤から降りてきた人物の姿を見て、
口をあんぐり開けたまま硬直し、
そのまましばらく動けなくなるほどの衝撃を受けた。

タカネと名乗った人物の正体は、
二足歩行をする人間と同じサイズをしたチョウチンアンコウ――
アンコウ人間だった。

多種多様な森の動物たちやアニマルロボを見てきたヒビキでさえ、
そんな特異な姿をした生物を見るのは初めてだった。
この世は広く、知っていることの何億倍も知らないことがあるのだと
教えてくれた先代巫女の言葉をヒビキは思い出していた。

しかしよくよく見てみれば、
アンコウ人間の皮膚は魚類であるにもかかわらず何やらモフモフと柔らかそうで、
しかも腕や足の関節部分では、その皮膚は不自然にダブついていた。
そして一際怪しさが感じられたのは頭部だった。

アンコウとしての目は人間でいう頭頂部に
チョウチン部分と一緒に二つ張り出しているはずなのに、
アンコウ人間にはもう一対の目があった。
正しくは、アンコウが大きく口を開いたその奥から
人間の顔がもう一つのぞき出ていたのだ。

つまり、驚くべきことにアンコウ人間の顔は二つ……
いや、ここまでくればヒビキも察しがついた。
アンコウ人間ことタカネは、
アンコウの着ぐるみを着込んでヒビキたちの前に現れたのである。

タカネ「お目通りを感謝します。
    つきましては、そのお礼も含めて私の船へと招待したいのですが」

怪しい姿のまま恭しく頭を下げるタカネに、
精一杯の警戒を示しながらも、正直ヒビキは戸惑った。
森を破壊した憎むべき相手には、なぜか敵意がまったく感じられない。
怪しくはあるが慣れてくれば面白い……というか可愛くさえ思えてくる。

着ぐるみに誤魔化されているだけなのかも知れないが、
それでもロボットを早々に撤退させ、護衛もつけず、
武器さえ手にした様子のない相手の態度は、
ヒビキが思い描く侵略者の姿とはあまりにもかけ離れていた。

まったくワケがわからない人間。
なら、その本性を自分の目で見極めてやろう――
星を守護する巫女としての使命感、そして興味本位を少しだけ潜ませて、
ヒビキは、あえてタカネの誘いに乗ってみることにした。

タカネが船、と呼んだ円盤の中は驚くほどシンプルだった。
白一色に統一されたドーム型の部屋には、
中心にある円形のテーブルとそれを取り巻く椅子以外には何もない。
外から眺めた印象からすれば、この一室だけで
円盤の内部すべてを占拠してしまっているんじゃないかと思えるほどの広さがある。

では操縦室やあのロボットを収める格納庫はどこにあるんだろう、
と疑問に思ったヒビキであったが、
部屋の真ん中まで進んだ辺りでそれは新たな疑問に上書きされた。

ヒビキ「なに? この匂い……」

思わず声に出し、ヒビキは大きく鼻で息を吸う。
そして吸った息を吐き出した頃には、ヒビキの顔はほころんでいた。
アニマルロボたちも匂いを察知して表情をうっとりさせている。
その時、ぐぅと鳴ったのは、ヒビキのお腹だった。

タカネ「せっかく招待したのですから、最高のもてなしをせねばと思いましたので」

いまだアンコウの着ぐるみを着たままのタカネは
テーブルの席をヒビキにすすめ、ぽふぽふと手を叩いた。

すると切れ込み一つ無かったはずの白い壁に突如扉が現れ、
音もなく開いたかと思うと、中から数人の人間が歩み出てきた。
それぞれ胸の前にトレイを持ち、
その上に乗せられた鉢のような食器からは湯気が立っている。

先程までは微かに感じられるだけだった匂いが、
扉が開いた途端、鮮烈にヒビキの鼻を刺激した。
ひたすら濃厚で、一歩間違えれば
悪臭に近くなってしまうのではないかというほどの強い香り。
だがそれは決して悪臭などであるはずはなく、
ヒビキは、舌の奥に痺れるように唾液が溢れてくるのを感じた。

タカネに勧められるままに座った椅子。
その目の前のテーブルに、鉢が静かに置かれた。
もうもうと沸き立つ湯気の向こう、透き通った褐色のスープの中に、
ヒビキが見たことのないクリーム色の細い束が沈んでいるのが見えた。

タカネ「どうぞ召し上がってください。私の、特製らぁめんです」

ヒビキの正面に向かい合って座ったタカネの前にも、同じ鉢が置かれていた。
ニッコリと、タカネは「さぁ」と手を差し出した。

タカネ「心配なさらず。毒を盛るような無粋な真似は決して……」

ヒビキ「いっただきまーっす!」

タカネの言葉が終わる前に、ヒビキは手を合わせて鉢に向かって元気に一礼、
添えられていた箸を手に取ってものすごい勢いで鉢の中身を口に運び始めた。

一口噛み締めた途端、ヒビキの目が驚きに見開かれる。
野菜のコク、そして恐らく動物性の何かに由来するであろう
味わい深い風味が口の中いっぱいに広がる。
まるで経験したことのない味だった。
その旨さに、ヒビキはひたすらに感動していた。

もしかすると動物性の風味には、
自分の後ろに控えるアニマルロボたちのモチーフとなった動物のものがあるかも知れない。

しかしものを食べるということはこういうことだ。
だからヒビキは食事をする前には必ず「いただきます」と感謝を語り、
美味しさを漏らさず噛み締めながら箸を進める。
ヒビキの正面では、タカネもまた箸を使って
らぁめん、と呼んだ鉢の中の食物を口にすすりこんでいた。

そうか、ああして食べるのか。
クリーム色の細い束をグルグルと箸に巻きつけて口に運んでいたヒビキは、
タカネを真似て、口を小さくすぼめ、そこから細い束を吸い込むようにしてみた。
しかし空気が流れ込んでくるばかりで肝心のスープや束はまるで口に入ってこない。
早々に諦めて、ヒビキはまた箸を回転させながららぁめんを食べ進めた。

タカネ「らぁめんは人そのもの……。
    らぁめんは文化、らぁめんは進化、らぁめんは可能性。
    私は人の文明とは食によって紡がれていくものだと考え、
    交渉の場にはこうして至宝とも言うべき絶品の味を用意させるようにしています」

ヒビキ「交渉……?」

ピタリとヒビキの箸が止まる。
そう言えば円盤に乗って現れたとき、
タカネは話し合いが何とかと言っていたことを今更ながらに思い出した。

タカネ「ああどうぞ。食べながら聞いてもらって結構ですよ」

微笑んだタカネに促され、どうせあと二、三口だ、
とヒビキはさらにスピードを上げて食を進める。
そして、

ヒビキ「ごちそうさまでした!」

あっという間に鉢をからっぽにした。
せっかくの気遣いも要らぬことだったかとタカネは少し苦笑いしたかのように見えたが、

タカネ「お粗末さまでした」

と、静かに言ってペコリと頭を下げた時には
既にこちらも鉢の中がすっかり空になっていた。

タカネがナプキンで口元を拭いている間に、
二人の鉢は、また音もなく現れた人間によって下げられていった。

タカネ「さて、食事も終わってしまったことですし、話し合いを始めましょうか」

ヒビキ「と言っても、自分に話すことなんて何にもないけどね」

タカネ「ですね。私もあなたの話を長く聞くつもりはありません。
    あなたはこの星を守護する巫女として、そしてこの星の代表者として、
    私の質問に『はい』か『いいえ』で答えるだけで結構です」

タカネの喋るトーンには何ら変わりはなかった。
しかしなぜか、背筋が寒くなるような気温の変化をヒビキは感じた。
後ろに控えるアニマルロボたちも、
リラックスしたモードから一転、警戒したように体を起こす。

タカネ「この惑星……アニマに伝わる宝を渡してください。
    速やかに、そして平和的に」

ヒビキ「神殿の宝を? まさか、そんなことできるわけないよ」

タカネ「それでもやってもらわないと困ります。
    高貴なるハルシュタインが、それを欲しているのです。
    拒否はできません、許しません、聞く耳さえもちません」

畳み掛けるようなタカネの言葉。
対するヒビキは、心底つまらなさそうに大きくため息をついた。

ヒビキ「お前……勝手だな。自分の嫌いなタイプだぞ。
    その着ぐるみはちょっと好きだったのに」

タカネ「……そうですか」

なぜか嬉しそうにタカネは微笑む。

ヒビキ「それにらぁめんも悪くなかった」

タカネ「もちろんです」

タカネの微笑みは一層深くなり、
張り詰めた空気さえなければ
その光景は二人の少女が友情を確かめ合った場面にも見えただろう。
しかし今は、お互いが放つ気配があまりにも剣呑すぎた。

ヒビキ「宝は渡せないよ、好き嫌いに関係なくね」

タカネ「宇宙文化開闢の地に住まう巫女だと思ったからこそ、
    ここまで礼を尽くしたというのに……すべては無駄だったのですね」

ヒビキ「割に合わないっていうなら、今度は自分がご馳走するぞ。
    アニマにも美味いものはたくさんある!」

タカネ「謹んで遠慮します。この星にあるものはみんな不衛生で……
    火でも通さないことには、とても口に入れる気にはなれませんから」

タカネは微笑を崩さず、ヒビキもまたそれに微笑みを返した。

ヒビキはもう一度「ごちそうさま」とだけ言い残し、
アニマルロボたちを促しながら部屋の壁へと進んだ。
まるで手がかりのない出入り口を探すのに手間取るかと、
密かに心配だったヒビキだが、
真っ直ぐ進めば丁度正面の扉がタイミングよく開いてくれた。
一度立ち止まり、ヒビキはタカネを振り向く。

ヒビキ「……残念だなあ。もしかすると気が合いそうだったのに」

タカネ「もしそうならば来世を期待しましょう。
    今日はわざわざ来ていただいて、すみませんでした」

ヒビキ「なんくるないさー」

快活な笑顔を残し、ヒビキは部屋から姿を消した。
微笑んだ表情をやはり少しも変えることなく、タカネはそれを見送り続けた。




ハルシュタイン「結果的に、アニマの秘宝の正体は分からずじまいか……」

ヒビキが去ったあとの部屋で、タカネは投影されるハルシュタインの姿と対していた。
通信機による映像ではない。
それは時間と時空を超越するハルシュタインという存在が成し得る幻影。
ここにあってここにない、
しかし厳然と宇宙に干渉する存在としてあり続けるもの――それがハルシュタインなのだ。

タカネ「最善の礼は尽くしたのだけれど……まったく残念なことだわ」

ハルシュタイン「らぁめん、か。銀河聖帝の至宝も、
      宇宙開闢の地の秘宝には敵わなかったというわけだな」

ハルシュタインらしくない冗談に、タカネは眉をピクリと動かした。

銀河聖帝――それは本来タカネが受け継ぐはずだった宇宙最高位の称号。
だがそれが今タカネの名の上に届かないのは、
称号が平安を約束するべき惑星がハルシュタインによって滅ぼされたからに他ならない。

タカネ「銀河聖帝の位も地に堕ちました。今や一軍を率いる将でありませんから」

ハルシュタイン「で、どうする」

タカネ「どうするも何も……あなたと考えは同じですよ、ハルシュタイン。
    甚だ不本意ですが、星ごと燃やし尽くして、
    そのあとに秘宝の正体を確かめることにします」

ハルシュタイン「そうか」

タカネ「ふふっ、ハルシュタイン軍の常套手段ですよ」

皮肉を込めてタカネは言った。
本来であれば宇宙の最高位に座するべき彼女である。
同位の口調でハルシュタインと会話し、皮肉でさえ言ってのけるのは、
生まれた星を奪われてなお
自分に流れる血は消えぬのだということを示し続けるためであった。

ハルシュタイン「しかし……イオリは面白いやり方を見せてくれているぞ」

タカネ「イオリ……? 確か、地球という辺境惑星を攻めていると聞きましたが……」

ハルシュタイン「自ら目覚めてくれるのであれば、
      わざわざ探し出して確かめる必要もないということだ」

淡々としたハルシュタインの言葉が、またもタカネの眉を動かした。
遠回しな表現で自分のやり方を馬鹿にされたことに対する怒りは、
タカネの中で、一瞬の稲光のように瞬いた。

しかし、その心はすぐに冷える。
怒りなどは何の意味も持たない。
今はハルシュタインの目指すところが
自分の到達すべき極みと場所を同じくしていると信じて、親愛の情を示すのだ。
仮初めであろうが、それが自分の心を誤魔化すための手段であろうが……。

今は、ハルシュタインの前で色のない微笑みを見せるタカネであった。




地球。
その一国である日本の地に突如降って沸いた厄災――
怪ロボットの襲来をキサラギが撃退したあの日から数日。
町の被害は甚大だったが、それでも中心部の損傷は極めて少なく、
人々の生活はほどなくして以前の様相を取り戻していた。
アミとマミが通学する学園にも被害が及ぶことはなく、
自宅が被害にあった生徒以外は、その日からの登校が推奨された。

アミ「チョー不良娘だったユイちゃんまで登校してきてるよ?」

マミ「みんなそんなに勉強熱心だっけ?」

アミ「巨大ロボット同士の格闘なんて突拍子もないことが起こったあとだから、
  みんな平凡な毎日のありがたみを再確認しちゃったのかもねー」

マミ「皮肉なもんですなぁ」

うんうん、と芝居がかった仕草でアミが頷くと、吹き出すようにマミが笑った。

前回の戦闘のあと、キサラギは暫定的に地球防衛軍の管理下に置かれることとなった。
蒼い鳥を介して祖父に相談すれば、
キサラギをいじくりまわされることは面白くないが、
実は置き場所にも困っているので好きにさせろ、との答えが返ってきた。

それについてはアミたちも全く同意であった。
事実、キサラギが開発されていた祖父の研究所は
怪ロボットが引き起こした山火事によって焼失してしまっている。
軍の提案がなければ今頃キサラギは野ざらしのままとなっていただろう。
それに‥…と、アミたちは自分たちのカバンの中の、
希煌石の付いた腕輪のことを思い出す。
初戦闘のあと、腕輪にはアミたちによって《キラブレ》との名前が付けられた。

キサラギは、キラブレがなければ起動しない。
一度起動してしまえばある程度自立した行動さえ取ることもあるキサラギだったが、
スイッチが入らなければ、その巨体はただの動かぬ人形である。
片腕を持ち上げるのでさえ、
大規模な土木工事を行うのと同程度の重機が必要となるのだ。

だから防衛軍に持って行かれたとしても、キラブレがアミたちの手にある限り、
キサラギが他の目的で使用されるような心配はまずないと言って良かった。
地球防衛軍の金の掛かった格納庫は、
アミたちに言わせれば豪華なガレージでしかなかったのだ。

マミ「また、キラブレの出番って、あるのかな?」

下足箱の前で呟くように漏れたマミの言葉を、
双子の妹は生徒たちの喧騒の中でも聞き逃すことはなかった。

アミ「爺ちゃんはあるって言ってたじゃん。
  それに怪ロボットは世界中に現れて、壊滅しちゃった都市もあるって……」

マミ「でもキサラギ一体で世界を守るのは無理だよ。
  怪ロボットも、マミたちがやっつけたの以外はどこかに消えちゃったって言うし、
  月の涙も粉々に砕けちゃったし……」

アミ「結局、敵についてはいまだに正体不明、だもんね」

はぁ……、と二人のため息が自然に重なる。
巨大ロボを操縦することについてはテンションも上がる二人だったが、
そこには現実的な問題が無数に関わってくることを知り、
その重圧に気持ちが重くなるのだった。

アミ「爺ちゃんも都合のいい時にしか喋ってくれないしさぁ。
  ていうかどこにいるんだよ爺ちゃん! 孫に戦わせといて、自分は何やってんの!」

マミ「教えてくれないもんねー、いくら聞いても。
  お前たちに危害が及ぶかもしれんから、とか言っちゃって」

アミ「む~っ、巨大ロボの操縦は、もっとスカッとすることばっかりだと思ってたのにー!」

積み重なったイライラを噴出させる二人であったが、
そこに平和な音色のチャイムが響き渡った。
聞き慣れたそのメロディに、何となく気勢も削がれてしまう。

アミ「行こっか……」

マミ「そだね……」

ゆるゆると歩き出す二人。
しかしそんな落ち込んだ様子も束の間、
教室までの道のりで多くの友人と顔を合わせるうちにいつもの気力が戻り始める。
そして教室のドアを開ける頃には、
「おっはよー、みんなー!」と、元気いっぱいな声を張り上げる二人だった。

四、五人ほどの空席はあるものの、
教室ではいつも通りのホームルームが開始された。

担任教師である三浦アズサもいつも通りを装ってはいるが、
必要以上に明るい話題を盛り込んでくるところを見ると、
当然ながら彼女も先日の事件を意識せずにはいられないのだろう。
それはアミたちを含むクラスメイトの、誰の目にも明らかだった。

アズサ「は~い、こんな時ではありますが、転校生を紹介したいと思いまぁ~す」

まったくもって唐突なその言葉ではあったが、教室に起きたざわつきはささやかであった。
退屈な日常が続く中での転校生というイベントなら
もっと盛り上がるべきなのだろうが、
マミに言わせれば平凡な毎日のありがたみを知ったばかりの生徒たちである。
この反応も無理はない。
怪ロボット以上のインパクトを持つ転校生など、
恐らくこの世には存在しないのだから。

アズサ「高槻さん、どうぞ」

アズサに促され、入ってきたのは背の低い少女だった。
頭の両側で束ねられた髪にはウェーブがかかっており、
歩くたびにふわふわと揺れている。
丸い大きな目はくりくりと動いて好奇心の強さをあらわにしており、
小さく閉じられた口元も、何か楽しそうに口角が上を向いている。

トータルとして、随分幼く見える子だな、
とアミとマミの第一印象は共通した。

転校生はあずさの隣に並び、
両手を後ろにはね上げた独特のポーズで、ぴょこんと頭を下げた。

ヤヨイ「初めまして、高槻ヤヨイですー!
    えーっとあの……よろしくお願いします!」

自己紹介のあと、ヤヨイと名乗った転校生は、もう一度頭を下げた。
ああいうテンションは嫌いじゃない、とマミがアミに視線を送ると、
同じようにアミもマミに目を向けており、グッと親指を立てる。

かくして、年度初めでも学期初めでもない中途半端な時期に、その転校生はやってきた。
怪ロボットに匹敵するインパクトはなかったとしても、
それでも興味を惹かれる対象であることは間違いない。
休み時間ともなればヤヨイの周りには生徒が集まった。
そしていつも真っ先に先陣を切るのは、誰であろうアミとマミの二人である。

アミ「新世界猿の中ではマーモセット派? リスザル派?」

マミ「納豆にかけるならバニラエッセンスとハバネロ、どっちが耐えられそうですか?」

他の生徒たちが「前に住んでいたところは?」や「SNSのIDは?」などの
無難な質問を投げかける中、
双子の突拍子もない質問に、ヤヨイは目をぱちくりさせて首を傾げるのみだった。

クラスメイトたちの質問攻勢はその後も休み時間のたびに続いた。
しかし昼休みとなり、アミたちが誰よりも早くヤヨイと
「一緒に昼食を食べる約束」を取り付けると、
早い者勝ちとばかりにそこに割って入って来ようとする者はいなかった。
おかげで昼食時間の間は、アミたちがヤヨイを独占することができた。

アミマミ「いっただーきまーす!」

購買部で購入した山盛りのパンを前に、双子の声が揃う。
先日の騒動で物流が滞り、現在はメニューが限定されているにもかかわらず
学食は満員御礼だったので、アミたちとヤヨイは、中庭で昼食を取ることにした。

パンの袋を開け、早速気持ちのいい食べっぷりを見せ始めるアミたち。
しかしそれとは対照的に、
ヤヨイは持参した弁当箱を隠すようにしながら箸を動かしている。
自己紹介の時のテンションと随分と違うな、とアミは首を傾げた。

アミ「どうしたの、ヤヨイっち? お腹でも痛い?」

背中を丸めた姿勢が、アミには体調が悪いせいに見えたらしい。

ヤヨイ「えっ! だ、大丈夫、そんなんじゃないから!」

アミ「じゃあこっち向いてお話しながら食べようよ!」

マミ「そっちの方が楽しいよ!」

ヤヨイ「う……うん……」

おずおずといった風にヤヨイは体を起こしてアミたちに向いた。
隠していた弁当箱の中身が、必然的にさらされる形になる。
その内容は、真っ白い米と敷き詰められたもやし。
なんとも彩に乏しい弁当であった。

マミ「うわ~、シンプル~」

アミ「栄養満点って感じだね!」

ヤヨイ「え、えへへ、おかしいでしょ? 女の子のお弁当なのに、こんなの……」

アミ「どして? 美味しそうだからいーじゃん」

マミ「ほほう、しかしよくよく見るとなにげにこだわりが……。
   こっちはおひたしで、こっちは炒め物。そしてこっちは卵とじ。
   もやしメニューにこんなバリエーションがあったなんて!」

アミ「料理上手なお母さんなんだ!」

ヤヨイ「ううん、このお弁当は、私が作ってるの」

マミ「ほほう! さらにほほう! ヤヨイっちは、よく出来た娘さんだねぇ~」

近所のおばさんのような口調になったアミに、ヤヨイの顔がほころんだ。

ヤヨイ「お母さんは毎日忙しいから、これくらいは自分でやりたいなーって」

ヤヨイ「え、えへへ、おかしいでしょ? 女の子のお弁当なのに、こんなの……」

マミ「どして? 美味しそうだからいーじゃん」

アミ「ほほう、しかしよくよく見るとなにげにこだわりが……。
   こっちはおひたしで、こっちは炒め物。そしてこっちは卵とじ。
   もやしメニューにこんなバリエーションがあったなんて!」

マミ「料理上手なお母さんなんだ!」

ヤヨイ「ううん、このお弁当は、私が作ってるの」

アミ「ほほう! さらにほほう! ヤヨイっちは、よく出来た娘さんだねぇ~」

近所のおばさんのような口調になったアミに、ヤヨイの顔がほころんだ。

ヤヨイ「お母さんは毎日忙しいから、これくらいは自分でやりたいなーって」

ヤヨイ「本当はもっとカワイイのにしたいんだけど、私もやし好きだし……安いし……」

アミ「うん! もやしは食材のエースだよねっ!」

マミ「うう……なんかそんなこと言ってると体がもやしを欲する体に……!
  ヤヨイっち、ちょっともらったりしちゃダメ?」

ヤヨイ「いいよ! 味見して?」

弁当箱を両手で持ち、ヤヨイは嬉しそうに差し出す。
先程まで隠すようにしていたことを考えれば180度の変化だが、
それは心の壁の一番外側が取り除かれた証拠でもあった。

しかし弁当箱と一緒に差し出したのが
自分の使っていた箸だということに気付き、あ、とヤヨイは動きを止める。
学食に行けば割り箸くらいは……と考え始めたヤヨイであったが、
そうしている間にアミは箸を受け取り、もやしを摘んでぱくっと口の中に入れた。

アミ「美味し~い! うおーっ、シェフを呼べ!」

マミ「私も私も!」

今度はマミが箸を受け取ってアミに倣う。

マミ「ホントだ、美味しい! うおーっ、ぜひ板長に挨拶を!」

同じようなコメントのあと、
最後に二人は「うおーっ」ともう一度声を合わせた。
耐え切れない、という風に、ヤヨイが転がるようにして笑った。
その様子を見て、アミとマミも顔を見合わせて微笑む。
ひとしきり笑ったあと、ヤヨイは弁当箱を受け取り、
涙を拭くような仕草をしながら居住まいを正した。

ヤヨイ「よかったぁ~。
    私、仲良くしてくれる子がいるかどうかって、ずっと心配だったの」

アミ「へ~、意外!」

マミ「ヤヨイっちなら、誰とでもすぐ仲良くなれそうなのに」

ヤヨイ「でも、転校してくる直前にあんなことがあったから……」

と、色々なことを思い出したかマミの顔が少しだけ曇り、
そんなマミを心配してアミも同じように一瞬だけ表情に影を落とした。
だがそれも本当に一瞬のこと。
ヤヨイを前にして、暗い顔などしてはいられない。

ヤヨイ「みんな大変だろうから、転校生なんて構ってられないと思ってたの。
    だから、ありがとう双海さん」

マミ「やだなぁ、私たちのことはアミマミでいいよ」

アミ「マミアミでもいいんだけど、なんか言いにくいしマイアミみたいだって
   言われたこともあるから、あまりオススメしないけどね~」

言いながらアミは両腕でバツ印を作る。
アミたちの言動が完全にツボに入ったのか、
ヤヨイはたったそれだけでも笑い転げるようになっていた。

マミ「まぁ確かに大変な状態になっちゃった子もいるみたいだけど、
   あんまり気にすることないと思うよ」

アミ「そうそう、結局町も学校もいつも通りだし、
   万が一怪ロボットがまた現れても、
   その時はキサラ……いやいや正義のロボットがまたやっつけてくれるって!

キサラギの名を思わず口にしそうになり、アミは慌てて取り繕った。
キサラギのことは友達には明かさないでおこうと
マミとの間で申し合わせていたのだ。

別に隠す必要もないのかもしれない。
しかし話してしまえばアレは何なんだとか、何で動いてるんだとか、
自分たちでも完全にはわかっていないことについて質問攻めにあいそうな気がしたので、
他人には言わないことと決めたのだ。

ヤヨイ「そう言えばあのロボット、すごかったよねぇ。軍隊のロボットなのかな?」

アミ「さ、さぁね~?」

意外なことにキサラギに興味津々な様子のヤヨイに、
ぎこちなくわからない振りをするアミ。
二人で申し合わせしたことをいきなり忘れそうになったアミを
マミは肘でつついて抗議し、すぐさま話題を変えた。

マミ「あ、それより! もやしのお返しに私たちのパンも食べてよ!」

アミ「でも、お米とパンの炭水化物二重奏は、乙女的にどうだろう……」

ヤヨイは誤魔化すようだったアミたちをしばらく見つめていたが、
すぐまた元の微笑を見せた。

ヤヨイ「ううん、もらうー! 私、そっちの甘いのがいい!」

アミ「そっか、これならデザートになるね!」

マミ「なんだか今日のお昼は豪華になったねー!」

三人の笑い声は、
明るい日差しに包まれた中庭の雰囲気そのままに、和やかに続いた。

だが、そんな束の間の平和の裏で、事態は進行していた。




アズサ「あなたたち……一体、何が目的なの……?」

震える声を必死に抑えて、
アズサは精一杯の厳しい顔つきで、相手をにらんでいた。
職員室では、勤務する教師たちが一箇所に集められている。
それを取り囲むのは、十数人の黒服の男たち。
それぞれの手には、一発で人間を殺傷できる武器が握られていた。

男たちの後ろから、リーダーらしき人間が進み出てくる。
こちらも黒服ではあったが、なんと女性であった。

  「私たちは《黒い月》。あるものを手に入れるためにやってきました。
  ただ残念ながら普通のやり方ではそれを叶えることは出来なさそうです。
  なので……」

女性は懐から他の男たちと同じ武器を取り出し、それをアズサに突きつけた。

   「先生方には協力をお願いします。
   必要以上に騒ぎ立てるつもりもありませんので、出来れば穏便に」

と、そんな女性の背後に進み出てくる黒服がいた。

黒服「……エージェントスノー」

小声でそう呼び、黒服は耳打ちするべくさらに近付こうとした。
しかしそれを、スノーと呼ばれた女性は声を出して拒否する。

スノー「そ、それ以上は近付かないで。報告は離れた位置からお願いします」

黒服「も、申し訳ありません。
   ……別班から連絡がありました。準備は整った、と」

スノー「そうですか……」

エージェントスノーは武器をしまい、黒服たちに手で合図する。
すると、取り囲んだ状態から、
今度は教師たちの後ろに回り込むように陣形が変化した。
黒い月を名乗る彼らは、教師をどこかへ連行しようとしているのだ。

スノー「では、お手数ですが移動していただきます。
    くれぐれも余計な気は起こさないように」

そう言って、回れ右して歩き出す。
武器で背中を押されるようにして、教師たちもそれに続くしかなかった。

今日はこのくらいにしておきます
続きは多分明日の夜投下します




昼食を終え、アミたちが戻った教室は、ざわざわと戸惑いの空気に満たされていた。
時計が午後一時をまわった現在になっても昼休み終了のチャイムは鳴らず、
午後の授業の担当教師も現れないのだ。
時間厳守が徹底されている校風なだけに、
教師自身が授業の開始に遅れることなどは滅多にない。

他の生徒に促されるようにして学級委員長がようやく席を立つ。
そうして職員室へと確認に行くべく教室を出ようとしたが、
その前に出入り口のドアが開いた。
やっと先生のお出ましか。
何人かの生徒の口から出かけた呆れと安堵の混じったため息はしかし、
彼らの喉元で止まった。

そこに居たのは見知らぬ黒服の男たち。
ドカドカと足を鳴らせて侵入してきた彼らの行動は機敏だった。
五人程度が教室に入ったところで、
二つある出入り口とベランダへの出口の前に一人ずつが立ち、
残った者は教壇と、教室の後ろに立った。
物々しい雰囲気に、小さく悲鳴をあげる女子生徒もいる。

アミ「サプライズの授業参観?」

マミ「……じゃ、ないよねきっと」

黒服たちをアミとマミが見渡していると、
突然、校内放送が流れ始めた。

スノー『全校生徒に伝えます。
    この学園は私たち黒き月よりの使者が占拠しました。
    以後は私たちの指示に従ってもらいます。
    まずは速やかに体育館に移動してください』

放送の声が終わるのを待たず、校舎全体がどよめきに揺れた。
悲鳴や怒声も、その中に少なからず混じっている。

スノー『静かに。以後、勝手に声を上げることは私たちへの反抗とみなします。
    反抗を確認した際は――』

いつの間にか、教壇に立った黒服の手に武器があった。
それが天井に向けられて、鋭い発射音が発せられる。
どよめきがピークに達する。
しかし次の瞬間には、沈黙が校舎全体を満たした。
武器は沈黙を強制するべく生徒たちに向けられ、
そして恐らく、この教室だけではなくすべての場所で行われたのだろう。

スノー『……理解を感謝します。では、移動を開始してください』

放送を受け、黒服が出口を一箇所だけ開けて移動を促す。
すぐには誰も動こうとしなかったが、
一番前の生徒が無理矢理立ち上がらされ、押し出すように教室の外へ出された。

黒服は、同じことをしろと言わんばかりに顎をしゃくり上げる。
そうして、生徒たちは恐る恐る立ち上がり始めた。
ヤヨイもそれに倣う中、すぐ隣ではアミとマミが何やら合図を送りあっていた。
それに気付いて振り向いたヤヨイに、
マミが唇に人差し指を置いて声を潜めることを求めてくる。

続いてアミから発せられた声は、
生徒たちが椅子から立ち上がる音で消されそうなくらいに小さかった。

アミ「階段降りるところで、私たち、消えるね」

ヤヨイ「……消える?」

アミ「んっふっふ~、死角があるんだよ~」

マミ「みんなのピンチは、私たちが何とかするから」

ウィンクしたアミとマミの精神の図太さに、
ヤヨイは目をぱちくりさせて驚くしかなかった。




体育館は静まり返っていた。
学園の職員、生徒ら全員が一箇所に集められたというのに、その静寂は異様だった。

千人を超える人数が床に座らされ、
周囲を黒服の男たちが取り囲むという状況の中、
息の詰まるような時間が刻々と過ぎていた。
実際に呼吸困難に陥る生徒もおり、
アズサや養護教諭たちは黒服たちの目を気にしながらも、その救護に追われていた。

体育館の正面の壇上には、エージェントスノーと数人の黒服たちが立っている。
黒服は小さなカメラのようなものを生徒たちに向け、
スノーは、携帯電話に向かっていた。

スノー「ライブ映像は届いていますか? これが学園の現在の様子です。
    ここにいるすべての人間の命を助けたいと思うのであれば――」

そこで一度言葉を切り、スノーは次の言葉を強調した。

スノー「『キサラギ』。
    私たちのロボットを破壊したあのロボットを、こちらに渡してください」

スノーが会話していたのは、
地球防衛軍総本部に設けられた対策室の一席に座る本部長その人だった。

突如現れた黒い月と名乗る一団からの要求に対し、総本部は混乱していた。
月の涙の落着をきっかけに慌ただしく結成されたものの、
怪ロボットの襲撃など夢にも思わなかった人々からは無用の長物と呼ばれていた防衛軍。
そんな彼らが、数日前には実際に怪ロボットとの交戦を経験し、
そして今はその襲撃の首謀者であると思われる者からの要求を受け、
一気に地球存亡の矢面に立つことになったのである。

この日が来ることを警告し続け、
限られた予算の中で準備を整えてきた自負はある。
しかしあまりにも早く加速度的な事態の変化は、
明らかに防衛軍の対応能力の限界を超えていた。

まず情報が決定的に少ない。
月の涙、怪ロボット、その目的、その性能。
そしてそれらの元締めとなる黒い月という者たちの正体とは一体――

スノー「私たち黒い月とは、ハルシュタイン閣下直属、
    地球制圧のための前線部隊だと理解してください」

防衛軍本部の疑問に答えるように、
エージェントスノーは携帯電話に向かって宣言した。

スノー「私たちの力は先日の攻撃によって明らかとなったはずです。
    言っておきますが、キサラギの戦闘を勝利と考えない方が賢明です。
    現にそれ以外の都市において、
    あなた方はなす術なく傍観するだけであったことを思い出してください。
    力の差は歴然です。要求に応じてください」

静まり返った体育館に、エージェントスノーの声はよく響いていた。
そしてアミとマミは、忍び込んだ体育館の屋根裏でそれを聞いていた。

マミ「地球制圧って……あいつら宇宙人なの?」

アミ「怪ロボットを操ってたのもあいつららしいし……」

キラブレを手に持ち、二人は狭い空間の中で身を寄せ合うようにしている。
すると目の前で希煌石が輝き、蒼い鳥の映像がまた現れた。

  『いかにもあいつらは全人類の敵だ。
  怪ロボットと戦闘までしておいて、今更何を言っておるか』

アミ「爺ちゃん! また都合のいい時だけ出てきて……」

マミ「今更って言うけど、怪ロボットと戦った時だって、
  地球制圧とかは何も説明してくれなかったじゃない!」

  『細かいことはいい。今はこの状況をどうにかすることに集中しろ!
  まかり間違って防衛軍がキサラギを差し出したりしては面倒だ』

アミ「わかったよ。じゃあキサラギを呼んで……」

言うが早いか、アミはキラブレを装着しようと手を掲げる。
しかしそれを慌ててマミが止めた。

マミ「ダっ、ダメだよアミ! ここで巨大ロボを使って暴れたりしたら、
  学園のみんなが危ないって!」

アミ「そこはこの間のキサラギミサイルみたいに、
  希煌石の力がうまくやってくれるんじゃない?」

  『アミ、なんでも都合よく解釈しておると、
  そのうちしっぺ返しを食らうことになるぞ?』

アミ「……なんか爺ちゃんに言われるイラッと来ちゃうなぁ」

  『まぁ心配するな。希煌石の力にはまだまだ面白い使い方がある。
  こういう時にうってつけの力もな!』

アミマミ「え……?」

スノー「さて……これでもう最後にしましょう」

体育館の壇上で、エージェントスノーはキッパリと言い放った。
要領を得ずいたずらに交渉の時間を
引き伸ばそうとする防衛軍本部長に対し、彼女は辟易していた。
しかしそれが言葉のニュアンスに表れなかったことこそ、
エージェントスノーがハルシュタイン軍作戦司令イオリの
最も信頼を置く人物である所以である。

スノー「次の回答で明確に恭順の姿勢が示されないのであれば、
    私たちは実力行使に出ます。
    ここにある命はすべて失われるものだと理解してください」

エージェントスノーの声に従い、
生徒たちを取り囲んだ黒服たちが手にした武器を構える。
地球における銃に似たその銃口が、鈍く光って無力な人質たちを狙う。
一人の女子生徒から悲鳴が上がり、恐慌が体育館を支配した。

スノー「さあ、最後の答えを聞きましょうか?」

   「待てーーーーーーーーーい!」

その声は、体育館の高い窓から聞こえた。
エージェントスノーが見上げると、そこには左右対称な二つの影。
背中合わせで、何やらポーズと取っている。

スノー「何者……!?」

アミ「愛と勇気とそこらへんを全部ひっくるめた双子の美少女ファイター!」

マミ「私たち、キラジェムーン!」

アミ「って違ーーーう! さっき決めたじゃん、私たちのユニット名!」

マミ「えー、キラジェムーンの方がカッコイイのにぃ」

アミ「いいから一緒に……さぁ!」

アミマミ「私たち、スター・ツインズ!」

声を揃えたのは、キラブレを腕に装着したアミとマミ。
彼女たちはキサラギを操った時と同じ、
ステージ衣装のような着衣で、体育館の窓際に立っていた。
しかし勇ましくポーズを取り名乗りを上げた二人に対し、
スノーの態度は冷ややかであった。

スノー「速やかに捕らえてください。
   子供の遊びに付き合っている暇はありません」

その指示に反応し、数人の黒服が動き出す。
アミとマミ、いやスター・ツインズが窓枠から飛び上がったのはそれと同時。
二人は驚くべき身体能力を見せ、華麗に体育館の床に着地した。

捕らえに行く手間が省けたとばかりに、そこに黒服が殺到する。
多勢に無勢、しかも少女二人に屈強な男たちが十数人。
決着は瞬時にして着くはずであった。

そしてその通りに、格闘の結果はすぐに明らかになった。
だが勝者だけが常識の予想を覆していた。
束になって沈められたのは黒服たちの側。
無傷で立っていたのは、スター・ツインズであった。

スノー「!? な、何をしているんです! たかが子供二人に!」

冷静さの仮面が僅かに剥がれ、エージェントスノーの声は叫びに近かった。
生徒たちを取り囲んでいた黒服たちが、大挙してスター・ツインズに襲いかかる。
男たちの怒声は、地鳴りのように響いた。

だが、スター・ツインズは微笑む。
戦いを前にして、戦意だけに翻弄される愚かな相手を笑っているかのように。

マミ「黒服は私に任せて! ツインピンクはみんなをお願い!」

アミ「オッケー! ツインブルー!」

マミことツインブルーの言葉に従い、
アミことツインピンクは踵を返して体育館の出入り口へと向かった。

希煌石、全開――
スター・ツインズが心の中で叫ぶと、
常識的には絶対不利の状況が一切逆転する。
それを成すのは、希煌石によって高められた二人の潜在能力だった。

まずは視界。
二人の目に、黒服の男たちの動きはすべてスローモーションに見えた。
大挙して四方八方から襲いかかられたとしても、
静止したも同然の相手に捕らえられることなどあり得ない。
ツインブルーは怒涛のごとく迫り来る黒服たちを鼻であしらい、
ツインピンクは立ちはだかる黒服たちを難なくかわして、体育館の出口にたどり着いた。

次に敏捷性、それをカバーする強靭な肉体。
スター・ツインズに変身することで、
二人の運動能力は感覚的に通常時の6600倍にも膨れ上がる。
指で軽く弾いただけで大の男は吹っ飛び、
軽く跳躍しただけで体育館の天井にまで達することができる。
ツインブルーは黒服たちを次々に伸してゆき、
ツインピンクは鍵がかけられた出口の扉を片手で吹っ飛ばした。

すべては一瞬。
刹那と見紛うばかりの一瞬で、片は付いた。
黒服たちはエージェントスノーの周囲に居た者たちを残してすべて倒され、
人質となっていた生徒や職員たちは、
ツインピンクが開け放した出口から外へと雪崩出てゆく。

スノー「そんな……。こんなことって……」

エージェントスノーの顔から、
もはや冷静さの仮面は完全に剥がれ落ちていた。
呆然と立ち尽くし、目の前の光景に対して何ら行動を起こすことができない。

対照的に満足気な表情を浮かべているのはスター・ツインズである。
二人は超人的な能力を実現する希煌石の力、
オーバードライブの実行を停止し、
今は感覚と運動能力を通常のものに戻していた。
オーバードライブには時間制限があり、
使いすぎると細胞レベルで身体が崩壊すると祖父に教えられていたためである。
今の彼女たちはスター・ツインズではなく、
普通の双子のアミとマミに戻ったのだ。

アミたちは出口から出ていく生徒たちを誘導していた。
と、アミが人の流れの中にヤヨイの姿を見つける。

アミ「ヤヨイっち! 無事? ケガなんかしてない?」

ヤヨイ「アミ……すごいよ! 本当に私たちをピンチから救ってくれた!」

アミ「へっへ~ん、だから言ったっしょ!」

ハイタッチをするヤヨイとアミ。
しかし、それをマミが急かした。

マミ「早く! あいつ、なんか企んでる……!」

マミが顔を向けた先は体育館の壇上。
エージェントスノーは傍らに居た黒服たちを下がらせ、
ゆっくりと階段を降りてくるところだった。

アミ「何する気?」

マミ「わかんない、でも注意して!」

エージェントスノーは、人質が去り、
黒服たちが横たわるだけの体育館の中心へと歩みを進め――
そして立ち止まった。
ヤヨイを先に行かせ、ほとんどの生徒と職員の避難が済んだところで、
アミたちはスノーと対する。

スノー「こんなことでは、黒い月に帰還したとしても、
    とてもイオリ様に顔向けできません」

うつむき、エージェントスノーは肩を震わせていた。

スノー「帰還できない私など……いっそ、
    ここに埋まってしまう運命を受け入れるしか……」

その時、まるでスノーの肩の震えに同調したように、突如体育館全体が振動を始めた。
堅牢であろうはずの鋼材が軋み、
天井からは雪のように細かい破片が舞い降りてくる。

そして――これもまたスノーの言葉に同調したように、
轟音を上げて、体育館の床が円形に陥没した。
スノーの体を、ここに埋めてしまわんとするかのごとく……。

スノー「ですが! ただ埋まってしまうだけでは報われません!
    私は……キサラギを道連れにして、それから逝きます!
    出でよ、怪ロボット!」

エージェントスノーが高らかに叫ぶ。
すると陥没した床のさらに奥から、巨大な影がせり上がってきた。
衝撃を伴い、轟音を伴い、
その影の登場は、やがて体育館を崩壊へと導いていった。

成り行きを見守っていたアミとマミは、
そこでようやく我に返って外へと逃げ出す。
体育館の完全崩落は、その数秒後のことであった。

学園のグラウンドまで駆け出てきたアミとマミは、振り返り、
体育館の地下から出現した巨大な物体を見上げたアミは、
思わず率直な感想を漏らした。

アミ「お地蔵……さん?」

現れたのは、手足のない丸みを帯びた鉄塊。
縦に長く、頭部と思しき部分の丸みが顕著で、
そこには小さな凹みが三つ並んでいた。
それを目鼻と見立てるなら、なるほど、地蔵のように見えなくもない。
だが当然地蔵などではなくそれこそがまさしく、

マミ「怪ロボット……」

アミ「そうだよね……やっぱり……」

怪ロボットは宙に浮いていた。
音もなく浮遊して、崩壊した体育館を尻目にグラウンドへと進んでくる。
と、怪ロボットから拡声された声が発せられた。
それは搭乗者の声……エージェントスノーの声であった。

スノー『さぁ来なさい、キサラギ!
    私を止めないと、被害は体育館一つでは済みませんよ!』

その大音量に顔をしかめるアミとマミ。
しかし表情は、すぐに輝きだす。

アミ「ご指名、かかっちゃったね」

マミ「ならば答えやろうじゃないの」

アミ「キサラギさんキサラギさん、五番テーブル~!」

軽口を叩き、顔を見合わせて笑う二人。
それが儀式だったのだろうか、次には声を揃え、

アミマミ「来い! キサラギ!」

二人は希煌石に向かって叫んだ。

すると間を置くことなく、彼方の空に鋭く輝く光が見えた。
それは圧倒的な速さで接近し、鈍色の輝きを放つ巨体をあらわにする。
キサラギが希煌石の呼びかけに応えて今、
アミたちのもとへと飛来したのだ。

   『くっ……!』

短く呻いて、キサラギがグラウンドに着地する。
そして頭を巡らせてアミたちの姿を発見すると、
腰を折って巨大な手を地面に差し出した。
その手を伝って、二人はキサラギの頭部へと駆け上がる。
キサラギの戦闘準備は、それで完了した。

アミマミ「砕け! キサラギ!」

   『くっ……!』

巨大な腕を振りかぶり、
身構えていた怪ロボットに向かってキサラギがパンチを放つ。

しかし拳が怪ロボットの装甲に触れると、
滑らかな曲面が攻撃の威力を受け流した。

アミ「なにぃぃっ!?」

スノー『今度はこちらの番ですよ!』

怪ロボットは前傾の姿勢を取り、体全体でキサラギに突進する。
大質量と運動エネルギーだけに頼った無骨な攻撃。
しかし威力は絶大であった。

キサラギの巨体が吹き飛ばされる。
アミたちはステアに掴まり、振り落とされないように衝撃に耐える。
学園の敷地を超え、近くを流れる一級河川を超え、
前回の戦いで破壊されてまだガレキの撤去も完了していない市街地跡まで、
キサラギは吹っ飛ばされ背中から叩きつけられた。

スノー『さぁキサラギ……。私と一緒に地下深くに埋まりましょう……』

怪ロボットは空中を高速で移動し、瞬時にキサラギの真上へと到達する。
エージェントスノーの言葉をそのままの意味で解釈するなら、
次なる攻撃は、巨体をキサラギの上に落下させ、
そのまま地面に潜り込んで行く死なばもろともの攻撃になるのだろう。

アミ「冗談じゃないって! 埋まるなら一人で埋まってよ!」

マミ「でもこのままじゃ……!」

アミ「合体! この前みたいに合体で切り抜けようよ!」

しかし、防衛軍の対応は遅れているようで、
今回は戦闘ヘリの姿も近くにはない。

アミ「!? マミ、アレ使えない!?」

マミを促しアミが指差した先には、
ガレキ撤去で使われていた工事用の重機があった。
鋭い爪が特徴の、資材運搬や廃材を掴み上げるのに使用される
巨大アームの姿が見て取れる。

マミ「キサラギ!」

マミのコマンドに反応し、キサラギが重機に向かって手を伸ばす。
だが、そうはさせじと怪ロボットも攻撃の手を早めてきた。

スノー『キーサーラーギーーーーーー!』

怪ロボットがキサラギの上に落ちていき……
激しい衝突音が辺り一帯に轟く。
市街跡に、爆発的な土煙が舞い上がった。
二体のロボットはその煙に呑まれ、傍目からは状況はすぐに確認できない。

しばらくの間を置き、やがて煙が晴れる。
そこで明らかになったのは、
腕に巨大なアームを装備したキサラギが、怪ロボットの巨体を受け止めている姿だった。

アームの爪が怪ロボットの体にガッチリと突き刺さっている。
先ほどパンチの威力を受け流した装甲も、鋭い爪の前には効力を失ったのだ。

スノー『そっ、そんなーーーーーっ!?』

マミ「キサラギ~~~ア~~~~ム……!」

力を込めたマミの声とともに、
怪ロボットを持ち上げるようにして立ち上がるキサラギ。
手足のない怪ロボットはもがくことさえできず、成すがままを受け入れるしかない。

そうしてキサラギが完全に立ち上がったところで、
アミが、マミのコマンドを引き継いだ。

アミ「アンド、キサラギスローーーーーーー!」

爪で怪ロボットを掴んだまま、
キサラギは体を捻ってアームを振りかぶった。

野球の投手を思わせるまさに“スロー”の体勢から、
その行為を完遂するべく、キサラギはアームを振り抜いた。
凶悪な速度で、怪ロボットの体が投擲される。

スノー『~~~~~~~っ』

もはや声にならないエージェントスノーの悲鳴を引き連れながら、
怪ロボットは高速で飛び、やがて落下し、
それでも勢いは止まらず地面を削りながら転がり続け……
そして最後には一級河川の川面に達して、
そのままあっけなく水没していった。

アミ「やっ……た……」

キサラギに、あまりにも大胆なアクションをさせたために
ステアに掴まるだけで全精力を使い切ったアミが放心して言葉を吐いた。

マミ「大丈夫? 結構いろんなところを巻き込んでなかった?」

心配そうに言ったマミの声も、やはり疲れきっていた。

アミ「一応、この間の戦闘で既に壊されちゃってたところと、
  畑とかが多い方向を狙ったつもりなんだけど……」

キサラギの頭部から怪ロボットを遠投した方を眺める二人だったが、
こればかりはすぐに確認することは叶わない。

巨大ロボの力を得た人間は、
神にも悪魔にもなれるとは、どこの偉人の言葉だったか。
キサラギの力は頼もしく感じるし、
巨大ロボを操って戦うとなると気勢が上がるのも事実。

しかしこうして勝利の光景を目にするとやはり痛感してしまう。
力を手に入れてしまった自分たちには、
大いなる責任が負わされているのだと。




ハルシュタイン「フ……フハハハハハハ……!」

ハルシュタイン軍の最前線基地、黒い月。
そこに今、ハルシュタイン本人の高らかな笑い声が響いていた。

玉座に座るハルシュタインの前で、
作戦司令のイオリはがっくりとうなだれる。
彼女は、自分が放ったエージェントスノーによる作戦の失敗を
ハルシュタインが責めているのだと理解し、打ちひしがれるしかなかった。

だが、そうではなかった。
ハルシュタインは嬉しかったのである。
嬉しくて、笑いを噛み殺すことができなかったのである。

未だに笑みをこぼしながら、
ハルシュタインはモニターに表示されたキサラギの姿に目をやる。

我が軍の怪ロボットを、二度も退けた「キサラギ」……。
間違いない、あれほどの力を持つ存在を御し得る力とは
大宇宙を探してもそうあるものではない。
地球にはあるのだ。
……希煌石が!
探し求めた究極の宝が、私の目の前に……!

ハルシュタイン「軍を進めるぞ、イオリ……」

イオリ「は……?」

ハルシュタイン「ハルシュタインの総力をもって、地球を、
      そして希煌石の力を制圧するのだ!」

今日はこのくらいにしておきます
この次からボイノベに無い補足した話が少し続きます
多分明日の夜投下します




アミ「う~ん、このサクサクとした歯ごたえ。懐かしいですなぁ~」

マミ「駄菓子屋さんとかで買ってたよねー!」

ヤヨイ「えへへ……。私、これ好きなんだー。安いのに結構大きくて美味しいから!」

楽しげに会話する三人、その背景の窓の向こうでは次々と景色が流れていく。
また彼女たちの周りでもいつにもまして賑やかな会話が、
どこか浮き足立ったような雰囲気の中ワイワイと聞こえていた。

マミ「んじゃ、今度は私たちのお菓子も食べて食べてー!」

ヤヨイ「えっ、いいの? ありがとう!」

アミ「いいってことよ。なんてったって、
   バスの中でのお菓子交換こそ旅行のお楽しみ第二弾だもんね!」

ヤヨイ「第二弾?」

マミ「第一弾は旅行の準備! お菓子買ったり、荷物をカバンに詰めたり、
  準備の段階から既に旅行は始まっているのだよヤヨイくん!」

きょとんとするヤヨイに向かって、マミはチッチッと指を振る。
どんなものでも楽しんでしまうアミとマミにとっては、
数日前から気分は“旅行”しているも同然だった。
と、そんな彼女たちの前の座席からひょこりと顔が覗く。

アズサ「旅行じゃなくて“合宿”でしょう?
    あくまで教育活動の一環だって話しておいたはずなんだけど」

マミ「あ~ん、アズサ先生! カタいこと言いっこなしなし!」

アミ「ほらほらアズサ先生もお一ついかが?」

アズサ「もう……」

しかし口調こそ叱責しているようではあったもののアズサの表情は柔らく、
アミの手からチョコレートを一つ受け取った。
アズサもまた、こうして例年通りに合宿を行うことができるのを嬉しく思っているのだ。

アミたちの通う学園で毎年行われる合宿。
林間学校、宿泊訓練、林間学習――学校によって呼び方は様々だろうが、
要は集団での宿泊を通して様々なことを学ぼうという学校行事の一つである。
アミたちは今まさに、その合宿所へと趣いているところだった。

“黒い月”を名乗る集団の、怪ロボットを使った侵攻が始まってから数週間。
件の学園襲撃事件以降にも散発的に怪ロボットは出現し、
そのたびに日本は巨大ロボ同士が争う戦場となった。
そんな中で社会は可能な限り平常に機能しようとはしていたが、
無論それまでの日常からまったく変化せずに済むなどということはない。

相次ぐ怪ロボットの襲撃を受けて世間には様々な変化が強いられ、
それはこの学園とて例外ではなく、合宿の実施の是非もその一つであった。
保護者から今年度の中止を求める声が上がることが懸念され、
職員会議の議題にあがったり、担当職員での会議も数度に渡り開かれたのだ。

いつ怪ロボットが襲い来るかも分からない状況で、
易々と我が子を遠く離れた地へ送り出せる親など、そう多く居るはずもない。
事実、怪ロボットが出現した当初は学園に登校させることすら反対する保護者も居たほどである。

が、繰り返し起こる怪ロボットによる襲撃が逆に、
人々の、主に学園に関わる者たちの考えを変えさせた。
襲い来る怪ロボットをそのたびに返り討ちにし、
また戦いを重ねるごとに対応力を上げて
被害を最小限に抑えていくキサラギと地球防衛軍の姿。
それを見て、人々は思った。

ひょっとすると、今地球上で最も安全な場所は、学園なのではないかと。
もっと言えば、キサラギのパイロットであるアミとマミの傍こそが、
怪ロボットの脅威から身を守れる最高の安全地帯なのではないか、と。

キサラギによる怪ロボットの撃退が日常化する中で
このような考えが世間に広がり始めたのも、ある意味では当たり前だろう。
結局、保護者から合宿中止を求められることはなかった。

そうして、生徒たちからの強い要望もあり、
場所が例年に比べかなり近場になりはしたが
それでも無事、今年度の合宿開催は決まったのだ。

マミ「今日はこのあと山登りでしょー。それから夜はみんなでご飯作ってー」

アミ「夜はテントで寝るんだよ! それからキャンプファイヤーも……。
  うぉーーーーっ! なんか今から燃えてきたぁーーーーー!」

おかしなテンションのアミに肩を揺らして笑いながら、
ヤヨイも手に持ったしおりを、頬を紅潮させてもう一度開く。
配布されたしおりには楽しげなイベントが目白押しで、
もう何度目を通したか分からない。
このイベントを、アミやマミ、
それにクラスの友達と一緒に楽しんでいる自分の姿を想像するだけで、
なんだか体が熱くなってくるような気がするのだ。

アミ「ねぇねぇヤヨイっち! ヤヨイっちは何が一番楽しみ?」

ヤヨイ「えっ、私?」

マミ「ヤヨイっちもこーいうお泊りしたこととかあんまりないっしょ?
  ヤヨイっちの中で絶賛話題沸騰中のイベントはー?」

窓際のアミと補助席のマミは、
さぁどうぞ、とマイクを差し出すジェスチャーで同時にヤヨイの口元に手を寄せた。
双子に挟まれてインタビューされ、ヤヨイは少し照れくさそうだ。

ヤヨイ「えーっと、私はねー、えっと……はんごうすいさんかな」

アミ「ほほう、はんごーすいさんですか!」

ヤヨイ「うん! みんなでカレー作るの、
   話を聞いたときからずっと楽しみだったんだ!」

マミ「うんうん、カレー美味しいもんね!」

アミ「でもカレーが一番楽しみなんて、そんなにカレー好きなの?」

ヤヨイ「カレーがって言うより、みんなと一緒に作るのが楽しみなの!
    お昼のお弁当は、最近はアミとマミと交換したりしてるけど、
    大体は自分で作って自分で食べてるから、
    美味しいけどちょっとさみしいかなーって……」

アミ「あー……なんか分かるかも。
  ゲームやっててめっちゃいいスコア出しても、一人じゃ嬉しさ半減だもんね」

マミ「だよねー。やっぱ協力プレイが楽しいよね!」

うんうん、と頷くアミとマミ。
料理をゲームに喩える双子に、一つ前の席でアズサは密かに苦笑いを浮かべる。
だが、ヤヨイの表情は満面の笑みだった。

ヤヨイ「でも、みんなで作ってみんなで食べたら、きっとすっごく美味しいよ!
    それに私、料理はいつもやってるから、今日は私がみんなの役に立てるかも!
    ……なんて、えへへ」

アミ「ヤ、ヤヨイっち……! なんていい子なのかしら!」

マミ「感動した! みんなで美味しいカレー作ろうね!」

大げさに両側から抱きつく双子にヤヨイは一瞬目を丸くし、
その後すぐ、アミにもマミにも負けないくらいの笑顔を返す。
アズサはそんな彼女たちの様子を背もたれ越しに、優しく見続けていた。

それからほどなくして、皆を乗せたバスは合宿所へと到着した。
荷物を置き、施設の説明を受けている間もアミたちは退屈することなく、
目を輝かせてすべてのスケジュールを心から楽しんでいるようだった。

そしていよいよ、合宿の初めのイベント、登山が始まった。
あらゆる場面を楽しんでいるアミたちからすれば
もはや第何弾のお楽しみイベントかは分からないが、
その張り切りようは他の生徒と比べても頭一つ抜けているように見える。

マミ「わぁーっ、見て見て! ここからだとめっちゃ遠くまで見えるよ!」

アミ「おおっ! こっちにはなんか面白い形の草を発見!
  爺ちゃんに見せてあげたら喜ぶかな?」

ヤヨイ「あ、キノコだ! これ食べられるのかな……?
    はっ……ダ、ダメダメ! キノコはシロートが取っちゃうと危ないんだから!」

自然の中では目に映るもの全てが新鮮で目移りし、
コースを外れることこそ無いが、
時折開ける視界に広がる景色や、足元に生えている植物などにも
アミたちはいちいち歓声を上げるのであった。

アミもマミも、この時ばかりは怪ロボットや黒い月のことなど忘れ、
ただの中学生として受けるべき楽しみを享受していた。
だが、忘れた時に限って事は起きるというのが、世の常である。

アミが何個目かの落ちている木の実をポケットに入れようとしたのと同時、
双子のカバンの中から同時にアラームが鳴った。

アミ「え、うっそ……」

マミ「うあうあー! なんでこんな時にぃ~!」

聞き覚えのあるその音にアミとマミは頭を抱え、ヤヨイは心配そうな目を向ける。
それは、怪ロボット出現を知らせるアラームであった。
嫌がる口調とは裏腹に、手早く携帯電話を取り出して情報を確認するアミとマミ。
出現位置は現在地より東の海上。
そして進行方向は西、つまり――

マミ「よりによってこっちに向かってきてるみたいだし!」

ヤヨイ「ええっ!? た、大変! 先生に教えなきゃ!」

アミたち三人は今、たまたま前後の集団から離れており、周りには人影は見えない。
しかし少し前を教師が一人歩いていたはずだ、とヤヨイは慌てて駆け出そうとする。
が、それをまた慌てた様子でマミが止めた。

マミ「待ってヤヨイっち! 先生には……ううん、他のみんなにも、
   怪ロボットが出たことは内緒にしておいて!」

ヤヨイ「え、でも……!」

マミ「怪ロボットが出たなんて知られたら、合宿が中止になっちゃうかも知れない!
   みんなすごく楽しみにしてたのに、可哀想だよ!」

そう言ったマミの顔は真剣そのもので、
本心から言っていることはヤヨイにもはっきりとわかった。
自分たちよりも、他の生徒たちが楽しめなくなることをマミは嫌がっているのだ。
アミも同じ考えのようで、マミとまったく同じ表情を浮かべている。

アミ「それにヤヨイっちだって、カレー楽しみにしてるんでしょ?
  ヤヨイっちやみんなが楽しみにしてたこの合宿を台無しにすることなんて、できないよ!」

マミ「ヤヨイっちはこのままなんにもなかったフリして山登り続けてて!
  だいじょーぶ! まだ距離はあるし、バレる前にあっという間に倒して来ちゃうから!」

アミ「私たちのこと聞かれたら、テキトーに誤魔化しといてね!」

ヤヨイ「あっ! アミ、マミ……!」

二人の名を呼んだヤヨイの声を置き去りに、
アミとマミはいつも通りの笑顔を残して木々の中へとあっという間に姿を消した。
既に誰もいない空間を見つめるヤヨイの目には、アミとマミの笑顔の残像が残り続ける。

いつもそうだった。
戦いの前には必ず笑顔を残していくのが、あの二人なのだ。
そして戦いの後にも、笑顔で帰ってくるのがあの二人なのだ。
しかしその笑顔、特に帰ってきた時の笑顔を見た時。
明るい太陽の端に僅かに雲がかかったようなその顔を見た時、
ヤヨイはほんの少しだけ、胸の中がざわつくのを感じるのだ。

自分はアミとマミの友達――少なくともアミたちはそう思ってくれている。
しかしアミたちが自分を助けてくれることはあっても、
自分がアミたちの助けになれるようなことはほとんどない。
これで本当に、対等な友達だと言えるのだろうか。

仮にアミたちにこんなことを言えば、きっと笑って、
そんなこと気にしなくていいよと言ってくれるだろう。
いや、もしかすると悲しそうな顔をするかも知れない。
アミとマミはそういう子だ。
付き合いこそ短いものの、自分にもそれはよくわかる。

だからヤヨイは、少し前から自分の心の中にうずまき始めたモヤモヤを、
外に出すことなく内側に抱え込み続ける。

無事に帰ってきますように。
そしていつか自分も、アミとマミの役に立てる日が来ますように。
胸に両手を添え今日もまたヤヨイは祈り、登山道を一人歩き始めた。




マミ「とどめだ! 行くよキサラギ!」

   『くっ……!』

巨大な水柱を上げて沖合へ着水した怪ロボットを、マミのコマンドを受けたキサラギは追う。
同じく水柱を上げて飛び込み、アミたちはステアに掴まったまま息を止めた。
スター・ツインズとなった二人はこのまま何分でも息を止めていられるだろうが、
アミもマミも、そんなに長く戦いを続けるつもりはない。

アミ(喰らえ! キサラギ~~~~スクリューーーーー……)

マミ(パァーーーーーンチ!)

ゴボゴボと水泡と共に発せられたアミとマミの掛け声。
それと同時にキサラギは港に停泊船と合体したことで
巨大なスクリューを得た腕を、怪ロボットに向けて振り抜いた。

キサラギの腕を起点にして海水は渦を巻き、
超大型の竜巻のごとくあっという間に怪ロボットを飲み込む。
怪ロボットは瞬時にコントロールを失い、
渦からの脱出どころか体勢を立て直すことすらできない。
やがてその機体は音を立てて強引に解体され、
渦が消える頃には、怪ロボットもまた海の藻屑となって消え去っていた。

アミ「ぷはっ……! よしっ、いっちょあがり!」

マミ「良かった……。場所が海だったから、今日はどこも壊してないね!」

キサラギと共に海面から顔を出し、
水飛沫を飛ばしながら二人はハイタッチする。

アミ「キサラギも、お疲れ様。
   錆びちゃったりしないように、ちゃんとメンテしてもらわなきゃね」

マミ「私たちもシャワー浴びないと、このままじゃベトベトになっちゃうよ。
   服は変身してるから大丈夫だと思うけど」

アミ「髪の毛も乙女的にちゃんとケアしとかなきゃだし!」

   『戦いのあとに身だしなみを気にするとは随分と余裕が出てきたのぉ』

アミマミ「爺ちゃん!」

また前触れなく現れた蒼い鳥の姿、
そこから発せられる祖父の声に、アミとマミは同時に声を上げた。

マミ「ふーんだ、別にいいっしょ? 私たちだってもう中学生だもん」

アミ「そーだそーだ!」

   『なに、悪いとは言っとらん。余裕が出るのは対応力が上がった証だからな』

アミ「ま、確かに最近は結構すぐ怪ロボットやっつけられるようになってきたよね!」

マミ「今日もだけど、町の中で戦う時も建物とか
   あんまり壊さずに済むようになってきたもんね」

   『だが油断は禁物だ。強力な怪ロボットが現れるかも知れんし、
    複数で同時に襲いかかって来ることもあるかも知れん。
    普段は構わんが、戦いの時は常に気を張っておくのだぞ』

マミ「もちろん、わかってるよ!」

アミ「希煌石とキサラギの力で地球を守るって、決めたんだから!」

ぐっと拳を握って力強く二人は言う。
そんなアミたちの様子を蒼い鳥は少しの間じっと見つめ、くちばしを開いた。

   『そうか。わかっておればよい。……成長したな、お前たち』

マミ「へっ?」

アミ「ごめん爺ちゃん、最後のよく聞こえなかったんだけど……?」

   『いいや、なんでもない。油断大敵、ワシの言いたかったのはそれだけだ。
   では合宿の残り、しっかり楽しんでこい。ハメを外しすぎぬようにな』

そう言い残し、蒼い鳥の姿はフッと消えた。
どこか疑問を残すような祖父の様子ではあったが、
合宿という単語を聞いてその疑問も吹き飛んだ。

悠長にしていては登山中の皆に、自分たちが居ないことに気付かれてしまう。
アミとマミはシャワーを諦め、
キサラギにほどほどの距離まで運んでもらい、大急ぎで登山ルートへと戻った。
そしてヤヨイと再会するころには既に汗だくで、
どの道シャワーなど浴びても無意味だったと、二人は顔を見合わせて苦笑いするのであった。

復帰が迅速であったこともあり、
幸いアミたちの不在は誰に気付かれることもなく無事に登山を終えることができた。
そうしていよいよ、アミたちの中で特に存在の大きかったイベントの一つ、
カレー作りが始まった。

アミ「あ、あれっ? 上手く切れない……えいやっ! うあうあー、全然ダメだー!」

ヤヨイ「ああっ、危ないよアミ! えっとね、野菜を切る時は――」

マミ「うあうあー! お鍋が吹きこぼれちゃったよー! ヤヨイっち助けてー!」

ヤヨイ「大丈夫! まずは落ち着いて火を止めて――」

登山中の出来事をヤヨイは知っていたため、
初めは胸の内に抱えたものが笑顔を僅かに曇らせていたようであったが、
その影もいつの間にかすっかり消えてしまっている。
同級生の中でヤヨイの料理の腕前は抜きん出ており、
アミたちのみならず、他のクラスメイトからも
ヤヨイの助けを求める声がチラホラと聞こえてくるほど。
そんな声に忙しく応じているうち、ヤヨイの表情はいつも以上に明るく輝きだした。

自分を呼ぶ声にあちこち動き回る単純な忙しさもあるが、
ヤヨイは自分が必要とされていること、誰かの助けになれていることが嬉しかった。
そして何より、仲のいい友達と一緒に料理をすることが楽しかった。

アズサ「はい、皆さん準備はできましたね~? では手を合わせて、いただきます」

アミマミ「いっただーきまーす!」

言うが早いか、アミたちはスプーンを掴み、
大きく口を開けてまず一口、カレーを頬張る。
かと思えば、

アミ「うぉーーーっ! このカレーを作ったのは誰だぁ! シェフを呼べー!」

マミ「料理長にぜひ挨拶をーーー! 間違いない、天才料理人だぁーーー!」

アミ「アミ的には、このゴロゴロおっきいニンジンが素晴らしいと思う!
  具材の一つでありながら自分が主役であると言わんばかりの存在感! 実に見事なり!」

マミ「マミ的には小さく切ることでルーに溶け込んだジャガイモこそがベストだと思う!
  メイン具材の一つでありながら完全に影に徹する姿こそ、真のヒーローではないだろうか!」

それらの野菜を切ったのはもちろんアミとマミ自身であり、
単に野菜をちょうどいい大きさに切ることができなかっただけなのだが、
それはヤヨイにとってもこれ以上ない最高の結果であった。
自分ひとりではない、友人と共に協力して作ったことである何よりの証なのだから。

ヤヨイ「えへへっ……アミが切ったニンジンも、
    マミが切ったジャガイモも、どっちもすっごく美味しい!
    私、こんなに美味しいカレー食べたの生まれて初めてかも!」

そう言って無邪気に笑うヤヨイに、
アミとマミは珍しく照れくさそうに顔を赤らめて笑った。
お世辞にも上出来とは言えない自分の料理を、ヤヨイは心から褒めてくれている。
そのことが面映くもあり、また嬉しくもあった。

ヤヨイにとってもアミたちにとっても、この合宿の思い出は、
共に作ったカレーの味は、決して忘れられぬ最高のものになるだろう。
三人は笑い合いながら、そう確信するのだった。

今日はこのくらいにしておきます
次も補足した話が続きます
多分明日の夜投下します




地球防衛軍本部。
《黒き月の涙》の落着より設立されたこの組織は、
球体から怪ロボットが出現してからの数ヶ月を経て急速に成長してきていた。
それは組織の規模という意味でもあり、危機に対処する能力という意味でもある。
怪ロボットという未曾有の脅威が資金を集め、
そして繰り返される襲撃が、防衛軍の対応力を着実に上げていった。

しかし彼らは今、限界を感じ始めていた。
確かに当初に比べれば自分たちの兵力も対応力も、
比べ物にならないほど成長している。
が、ここへきて防衛軍は大きな壁にぶち当たった。
それが、人材の不足である。

怪ロボットが出現して以来、当然ながら募集はかけ続け、
確かにそれなりに人員が増えはした。
その増えた人数分が、初期からの対応能力の伸びに繋がっていることも事実だ。

だが、足りない。
特にパイロットの数が圧倒的に不足していた。
人間の数を増やすだけなら来るものは拒まずの姿勢で居ればいい話だが、
危険も責任も伴うのがこの仕事であり、当然そういうわけにもいかない。
パイロットともなれば言わずもがなである。
ゆえにパイロットとしての適性をはかる素養テストは必須なのだが、
そのことがまた人材不足に拍車をかけていた。

危険な仕事であるため、素養テストの対象年齢は社会人以上に限定されている。
しかしその年齢で今更パイロットを希望する者が多くいるはずもなく、
希望した者もそのうちの何割かは素養テストで弾かれてしまう。

そういった現実的な問題があり、防衛軍には大きな変容が求められた。
いつまで続くか分からず、
これから激化することも考えられる怪ロボットの襲撃。
それに対応するための、組織の改革が検討され、
そして――

アズサ「――ニュースで知っているとは思いますが、
    パイロットとしての素養テストを、学生も受けられるようになりました。
    つまり、みなさんも受けることができます」

クラスが俄かに色めき立つ。
アズサの言葉通り大半の者はニュースなどで聞いてはいたが、
テレビの中でアナウンサーが話すのと、
こうしてホームルームで担任教師が話すのでは、現実感がまるで違う。
本当に自分たちも地球防衛軍のパイロットとして
戦う可能性があるのだということが今、ぐっと現実味を増した。

アミたちもまた、ざわつく生徒たちの一人だった。
キサラギのパイロットであるアミとマミはもちろん、
ニュースで話題になる前から素養テストの年齢引き下げについては知っていたのだが、
その時からずっとこの日が楽しみだった。

今まで大人ばかりだった防衛軍に、自分たちと歳の近い者が――
もしかしたら、この学園の誰かが入るかもしれない。
友達と一緒に戦えるかも知れない。
そうなればどんなに心強いだろう。

アミ「うちのクラスから誰かテスト受けてくれるかな?」

マミ「わかんないけど、そのための勧誘大作戦だよ!
  ホームルームが終わったら早速始動しよう!」

顔を寄せ合い、ヒソヒソと話すアミたち。
二人が真っ先に声をかける相手は既に決まっていた。
チラと同時に顔を向けたその先に居たのは、もちろんヤヨイだ。
しかしヤヨイは二人の視線には気付いていないのか、
机に目を落としてじっとしていた。
アミたちには見えなかったが、膝の上では拳をぎゅっと握っている。

アズサ「は~い、みなさん静かにしてください。
    今から希望調査票と保護者の方に書いてもらう承諾書を配りますからね」

パンパンと手を叩き、アズサは生徒たちの視線を自分に集める。
ざわつきが収まったのを確認して、アズサは用紙を配り、詳しい説明を始めた。
説明の内容自体は既にニュースで全国に報道されていたものと同じで、
特に目新しい情報も興味を引くような情報もなかった。
しかし生徒たちは、アミたちも含めて、
少し前までの浮ついた雰囲気が嘘のようにアズサの話を真剣に聞いていた。

アズサのいつもの優しく穏やかな口調の裏に隠された彼女の心情。
それは説明が続くうちにじわじわと生徒たちに伝播し、
そして最後にはもはやはっきりと、アズサの表情に、声色に、現れていた。

アズサ「地球を守る人は少しでも多いには越したことはありません。
    けれど重要だからこそ責任も重く……とても危険な仕事です。
    興味本位やただの憧れでテストを受けたりは、絶対にしないでください。
    申し込みの締切はまだ先ですから、じっくりと、よく考えてください」

厳しくも聞こえるアズサの口調はしかし、僅かに震えていた。
その表情もまた、よく見れば泣き出してしまいそうに見える。

アズサ「よく考えた上で、それでも入隊を希望するという人は……
    今配った希望調査票を、承諾書と一緒に提出してください。
    ……はい、これでホームルームを終わります~。号令をお願いします」

最後だけは、アズサはにっこりと笑顔を作って明るく締めくくった。
その後アズサが教室を出てから、クラスは再びざわつく。
しかしその雰囲気は前と違い、浮ついたものではない。
アミとマミもまた、しょんぼりと肩を落として顔を見合わせている。

アミ「アズサ先生、悲しそうだったね」

マミ「心配なんだよ……。クラスのみんなが戦うかも知れないっていうことが」

アミ「……勧誘大作戦、やめよっか」

マミ「そだね……」

友達と一緒に戦えるなら――
それは紛れもなくアミたちの本心であり、その思いが無くなったわけではない。
だがアズサの言葉で改めて、
地球防衛という任務の責任の重大さと危険性を再認識させられた。

ほんの僅かなミスが命に関わるのがパイロットである。
希煌石の力で肉体を強化させられる自分たちとは違うのだ。
そんな危険な仕事に、深く考えもせず友達を勧誘しようとした自分たちを、
アミとマミは深く反省した。
だがその時、二人の横から明るい声がかけられた。

ヤヨイ「ねぇアミ、マミ! 私、テスト受けてみるよ!」

えっ? と、双子の声が揃う。
不意に聞こえた声に顔を向けると、気合の入った表情で立つヤヨイがいた。

マミ「ダ、ダメだよヤヨイっち、よく考えなきゃ!」

アミ「そうだよ! アズサ先生も言ってたじゃん!」

ヤヨイ「ううん、考えてたの! 私、ずっと考えてたんだよ!」

マミ「ずっと考えてた……?」

ヤヨイ「うん! ニュースでこのことを聞く前から、ずっと!
   私もアミとマミの力になれたらって、
   アミとマミと一緒戦えたらって、ずーっと考えてた! だから私、受けてみたい!」

胸元でぎゅっと両拳を握るヤヨイの、その瞳からは、
揺るぎのない強い意志を感じる。
アミたちはそんなヤヨイを見て、なぜだか目頭が熱くなった。
鼻の奥がツンとし、じわりと涙が溢れそうになるのを堪え、
アミとマミはヤヨイの拳を同時に、しっかりと握った。

マミ「ヤヨイっち……キミの気持ちはわかった!
  そこまで言うなら、我々ももう何もいうまい!」

アミ「共に戦おうじゃないか!
  我々と共に、怪ロボットの魔の手から地球を守るのだ!」

ヤヨイ「うん! 一緒に頑張ろーっ!
   ……って、まだ決まったわけじゃないんだよね。まずはテスト頑張らなきゃ!」

アミ「あっ、そっか。でも勉強とかするようなものでもないし……」

マミ「だいじょーぶ! ヤヨイっちなら絶対、パイロットの素質アリアリだよ!」

ヤヨイ「そ、そうかな? うん……頑張るね! 私、きっと合格するから!」

そう言って再びぐっと拳を握るヤヨイに、
周りでやり取りを見ていたクラスメイトは
頑張ってね、応援してるよ、と口々に激励の声をかける。
それはつまり、そのクラスメイトたちはテストを受けるつもりは無いということであり、
そのことについて謝る声もあったが、
アミにとってもマミにとっても、それは全く気にすることではなかった。

応援してくれたり気にかけてくれたりするだけで、十分。
一緒に闘おうとしてくれる子が一人居れば、十分以上。
特にそれが親友のヤヨイともなれば、百人力なのだから。

翌日、ヤヨイは早速職員室に趣いた。
椅子に座ったアズサと、その正面に緊張した面持ちで立つヤヨイの姿を、
職員室の入口付近でアミとマミは遠目に見守っている。

アズサ「――そう。ご両親も、承諾されたのね……」

静かなアズサの声とは裏腹に、ヤヨイの鼓動は早い。
アズサが優しい先生であることはヤヨイにも十分わかっていたが、
その優しさゆえに、自分の身を案じてテストを受けさせてくれないのでは。
そんな不安が、ヤヨイの鼓動を早めるのだった。

だがアズサはふっと表情を柔らかくし、
机の引き出しから紙を数枚取り出してヤヨイに渡した。

アズサ「はい、どうぞ。記入例もあるから、それを参考にして、
    書き終わったら締切までに持ってきてね」

アズサ「……高槻さん? どうしたの?」

差し出された申込書や実施要項を目の前にして
きょとんとした表情を浮かべてただ立っていたヤヨイだが、
アズサの呼びかけでようやくハッと我に返って、慌てて受け取る。

ヤヨイ「ご、ごめんなさい! えっと、テストなんか受けちゃダメだって
    言われちゃうんじゃないかって思ってたから、ちょっとびっくりして……」

アズサ「あら、そうなの? でもどうして?」

ヤヨイ「その……『あなたは体も小さいし、運動神経もよくないからダメだ』って、
    そう言われるんじゃないかなーって……」

アズサ「あらあら……。私、そんなに意地悪に思われてたの?
    ちょっとショックだわ~……」

ヤヨイ「あっ! ち、違いますー! アズサ先生は優しいから、
    私のためにそうやって言うんじゃないかなーって、そ、そう思ったんです!
    アズサ先生は、全然イジワルなんかじゃありません~っ!」

誤解を解こうと慌てて弁解するヤヨイに対し、
俯いていたアズサはくすくすと笑った。
そして優しく微笑んでヤヨイを見上げる。

アズサ「確かに、あなたたちが怪ロボットと戦うことになるっていうのは
    すごく心配よ。考えただけでも怖くなっちゃうくらい……。
    でも、高槻さんならきっと決心するだろうなって、そう思ってたから」

ヤヨイ「え……? そうなんですか?」

アズサ「ええ。双海さんたちのために頑張りたいんでしょう?
    真剣に考えた本気の気持ちなら、私はしっかり応援するわ。それに……」

と、アズサは言葉を切り、
言いかけた言葉を飲み込むようにして、

アズサ「素養テスト、頑張ってね。私も応援してるから」

そう言って、ヤヨイの手を握った。

それから数週間後。
アズサから手渡された封筒を、ヤヨイは震える手で受け取る。
双子やクラスメイトたちの視線を一身に受けながら封を開け、
そこに書いてある文字を食い入るように見つめた。

アミ「ど、どうだったヤヨイっち!」

マミ「なんて書いてあるの!」

ヤヨイ「ま、待ってね、えっと、えっと……」

小難しい語句が並んだ固い文章を、
ヤヨイはすんなりと理解することができず手こずっているようだった。
だが読み進めるうちに、いくつかの単語から、もしかして、と思い始める。
数秒の間を開け、ヤヨイは顔を上げてアズサを見た。
そして不安と期待に満ちたその瞳に、アズサは心からの笑みを返した。

アズサ「パイロットの適性あり……。おめでとう、高槻さん。
    パイロット候補として、地球防衛軍への入隊が認められたわ」

ヤヨイ「う……うっうーーーー! やったぁーーーーーっ!」

アミマミ「ヤヨイっちーーーーーっ!」

両手を上げて大きく跳び上がったヤヨイの左右から、
アミとマミが勢いよく抱きつく。
周りを囲むクラスメイトたちも満面の笑みで拍手をし、祝福の言葉を送った。

アズサ「というわけで、高槻さん。
    詳しい手続きについて説明しないといけないから、また昼休みに職員室に来てね」

ヤヨイ「は、はいっ! アズサ先生、ありがとうございます!」

アズサ「あらあら。私はお礼を言われるようなことなんてしてないわよ。
    それじゃ、また昼休みに。昼食が終わったらでいいから、忘れないようにね」

何か急ぎの仕事でもあるのだろうか、
アズサは微笑みを残しながらも足早にその場を立ち去って行った。
しかし今のヤヨイにはそのアズサの様子を不思議に思う余裕もなく、
アミとマミ、クラスメイトたちの祝福を受けて、ただただ喜びに浸るのだった。

昼休みになり、ヤヨイは急いで弁当を完食して職員室へ向かった。
何も急ぐ必要はなかったのだが、自然と気が急いて仕方なかった。
もちろんアミとマミも学食のパンを胃袋に詰め込んだ後、
ヤヨイについて職員室の扉を潜ろうとしたのだが、
直接の用事のないものは外で待つように、と他の教員に入口で止められてしまった。

アミ「ちぇーっ、先生のケチンボ。ちょっとくらいイイじゃんか」

マミ「むう……しょうがない。また遠くから見守るとしますか」

ヤヨイが軍への入隊希望を申し出たあの日と同様、
アミたちは入口付近から、ヤヨイとアズサの様子を覗き込む。

アミ「うぬぬ……。やっぱ、流石に声までは聞こえないか……」

そんな二人の視線に気付いているのかは分からないが、
ヤヨイはアズサから渡された書類を手に、真剣な顔で説明を聞いていた。

アズサ「……うん、取り敢えず必要なことは全部話したかな。
    ちょっと難しいところもあったかも知れないけど、大丈夫?」

ヤヨイ「は、はい! なんとか!」

アズサ「もし何か分からないことがあればまた聞いてちょうだいね。
    とっても大事なことだから」

ヤヨイ「はい! ありがとうございます、アズサ先生!」

書類を胸元に抱え込み、ヤヨイはにっこりと笑ってアズサに礼を言う。
あとはアズサが一言返して、やり取りはそれで終わり……のはずだった。
しかし直後のアズサの反応は、その場の全員にとって意外なものであった。

ヤヨイの笑顔を見たアズサは
ほんの一瞬だけ唇を噛んで眉根を寄せたかと思うと、
ふいに立ち上がってヤヨイの頭を優しく抱きしめたのだ。

アズサ「お礼を言うのは、先生の方……。ありがとう、高槻さん」

アズサの体に顔をうずめたヤヨイには見えなかったが、
近くに居た他の教員たちは目を丸くして
アズサとアズサに抱きしめられるヤヨイの姿を見ている。
しかしそんなことなどお構いなしに、アズサはそのまま続けた。

アズサ「ずっと思ってたから。
    誰か、あの子達の助けになってくれる友達が居てくれたら、って……」

ヤヨイ「あの子達……。アミと、マミ……?」

ヤヨイがそう呟くと、アズサはそっと体を離した。
その目にはうっすらと涙を浮かべている。

アズサ「ごめんなさい、いきなり抱きしめたりなんかして。
    今朝、通知を渡した時は我慢できたんだけど……。
    私も実は、すごく嬉しかったの。高槻さんの願いが叶ったことももちろんだけど、
    双海さんたちの支えになってくれる存在ができたことが……」

ヤヨイ「……! 私、なれますか? アミとマミの支えに……」

アズサ「えぇ、きっと」

アズサの返事を聞き、ヤヨイの表情がパッと明るくなる。
そんなヤヨイに、アズサは優しい微笑を返し、そして顔を寄せた。

アズサ「でも、あなたも無茶をしてはダメよ?
    地球防衛軍の隊員である前に、私の生徒なんだから。
    ちゃんと元気に地球を守ること。いいわね?」

応援する気持ちや、心配する気持ち。
色々な想いを茶目っ気のある表情で覆い隠すようにして、アズサは言った。

もちろん、ヤヨイが軍のどこの配置になるかは分からないし、
アミたちと任務を共にすることが多いとも限らない。
しかしヤヨイは、アミとマミの助けになって欲しいというアズサの言葉と、
自分も含めて全員に無事でいて欲しいという想いを、しっかりと受け止めた。

ヤヨイ「はい、アズサ先生! 私、元気に一生懸命がんばりますっ!」

アズサ「……うん、よろしい! それじゃあ、もう行ってあげなさい。
   双海さんたちがあなたの帰りをお待ちかねよ」

ヤヨイがアズサの視線を追うと、
その先には頭に疑問符を大量に浮かべた双子が顔をのぞかせている。
ヤヨイは一瞬目を丸くしたあと、思わず噴き出し、
もう一度アズサに頭を下げて、親友の元へと走っていった。

職員室を出てすぐに、ヤヨイは質問攻めにあった。
質問の内容はもちろん、アズサの突然の抱擁についてである。
ヤヨイは初めは迷ったが、全て包み隠さずとはいかないまでも、話すことにした。
主に、アズサがアミとマミのことをずっと気にかけていたということについて。
それを聞き、アミとマミはじわりと滲みかけた涙を隠すようにぐいと袖で拭い去り、

アミ「頑張らなきゃ、だね!」

マミ「これからはヤヨイっちも一緒だもん。
  私たちきっと、今までよりもずっと頑張れるよ!」

よろしくね、ヤヨイっち! と、二人の声が重なる。
ヤヨイはその声に、満面の笑みで大きな返事を返す。
この時のヤヨイの目にもまた、うっすらと嬉し涙が浮かんでいた。

同時にその瞳には、これから先の未来が思い浮かぶ。
パイロットとして戦闘機を操縦し、キサラギの周りを飛び回る自分。
アミとマミとの連携で怪ロボットを撃退する自分……。

マミ「おやおや? ヤヨイっち、何やらニヤニヤしちゃってどうしたの?」

アミ「なに考えてんの? なんか面白いこと?」

ヤヨイ「ううん……えへへっ。なんでもないよ!」

都合が良すぎる想像だとは分かっているが、止められない。
だって、やっとなんだ。
これまで長かった……でも、やっと近付いた。
やっと、ずっと思い描いてきた理想に、現実が近付いたんだ。

これでやっと、アミたちの役に立てる。
パイロットとして、アミたちと一緒に戦える。
軍の一員として、アミたちを助けることができる。
これでやっと、

    キサラギに、近付くことができる

ヤヨイ「……え?」

マミ「? ヤヨイっち? ほんとにどしたの……? やっぱ何か考え事?」

ヤヨイ「あ、ううん! えっと……私、これから頑張らないといけないなーって!
    早く一人前のパイロットになって、アミとマミと一緒に戦えるように!
    それで、みんなで怪ロボットから地球を守ろーっ!」

アミ「おおっ、気合入ってるね!」

マミ「よーっし、それじゃあいっちょ、“アレ”やっちゃいますか!」

ヤヨイ「! うん! それじゃあ行くよー……。ハイ、ターッチ!」

アミマミ「いえーいっ!」

ほんの一瞬、胸の奥底にチラリと生じた違和感は、
気のせいだと思われることすらなくあっという間に忘れ去られた。

優しく友達思いの、小柄な少女。
パイロットとしての適性があること事態“意外”の一言で表現されるようなこの少女が、
さらに意外なことにキサラギ支援メカの専属パイロットに任命されるのは、
そう遠い未来のことではない。

今日はこのくらいにしておきます
次からまたボイノベにあった内容に戻ります
多分明日の夜投下します




果たして、黒い月とは何なのか?
今の地球において、その問いに答えられる者はいなかった。
人類の認識と分析の速度をはるかに超えて、
黒い月を名乗る侵略者たちは、
地球上のあらゆる地域を加速度的に制圧していった。

月の涙と呼ばれた巨大な球体から怪ロボットが出現し、
主要都市の破壊を始めたのがおよそ一年前。
その最初の攻撃で人類は圧倒的な科学力の差を思い知らされ、
ほぼ抵抗らしい抵抗を見せることもできず、
国土を焼き尽くされる前に敵の軍門に下るしかなかった。

もちろん、最後まで勇猛に戦った国もある。
だが彼らは格好の見せしめとばかりに執拗かつ徹底的な攻撃を受けることとなり、
結果、十日を待たずして地球上から数十カ国の国家が消滅した。

地球に君臨するのはもはや人類ではなく黒い月であり、
種族の絶滅さえ目前にあると、人々は打ちひしがれた。

しかし、各地域を制圧した後の侵略者の行動は奇妙だった。
抵抗する勢力を余すところなく駆逐して力を見せつけたその後も、
侵略者は、絶対的優位の象徴たる怪ロボットを大挙して送り込んでくるものの、
最初の攻撃以上の破壊活動を行うことはなかった。
送り込まれた怪ロボットは各国土のあちらこちらに
“置かれて”いるだけの状態となり、
威圧感だけをただ放ち続ける彫像となったのだ。

人類の常識が通じない、
これが宇宙からの来訪者の支配というものなのだろうかと、人々は困惑した。
新たなルールが与えられることもなく、
強制的な服従が押し付けられるでもない。
しかしだからと言って抵抗を再開することもできない日々が続き――
やがてそれは、日常となった。

釈然としない支配を受け入れ、人々は、
依然戸惑う気持ちを持ちつつも、かつての生活リズムを取り戻していったのだ。
そして、繰り返されるのが最初の問いである。

黒い月とは何なのか?
この漫然とした支配に、何の目的があるのか。
何度問われようとも、やはりそれに答えられる者は現れなかった。

ただ、ヒントだけはあった。
唯一、いまだ侵略者が支配することができずにいる国があったのだ。
それは巨大ロボット・キサラギが出現した国、日本。
初戦で勝利を収めたキサラギは、
以降も散発的に訪れる怪ロボットの襲撃をことごとく退け、
日本の国土を守り続けていた。

しかし、所詮はロボット一体である。
世界中に数限りなく怪ロボットを送り込んでいる侵略者からすれば、
戦力を集中するなどすればキサラギを殲滅することは決して不可能ではないはずだった。

だが、黒い月はそれをしない。
常に単機で怪ロボットを送り込み、
キサラギと一対一の対戦を試みるばかりであった。
つまり……侵略者の目的はキサラギにある。

ようやく人類は、不可解な蹂躙の理由を見つけたように感じた。
ならばキサラギさえ引き渡してしまえば、地球は支配から解放されるのではないか。
必定、そういう論調も湧き上がったが、その反面、
キサラギを失ってはもはや人類に対抗しうる力は皆無となる。
それはすなわち支配の完成であり、
事実上人類社会の滅亡を意味するのではないかという意見もあった。

結局、ヒントを得て予測を立てたとは言え確信するには情報が足らず、
地球の未来を保証することなど誰にもできないのだ。

だが、戦いの意味さえ懐疑的に論議されるそんな世情の中にあっても、
キサラギは、ただ一途に人類の勝利を信じて戦い続けていた。
今や、キサラギの存在は人類の意地そのものだったのだ。
一方的な支配に屈することなく、地球の住人たる矜持を示し続ける。
名誉のために戦った中世の騎士に似て、
キサラギの戦いとはつまり、人類の希望をつなぐための戦いだったのである。




地球防衛軍緊急即応隊、特設格納庫。
広さは十二分にあるが、
それはあるべき設備の供給がまるで間に合っていないからでしかない。
そこに収納されたキサラギの巨体は、
巨体であるにもかかわらず、どこかポツンと寂しげだった。

月の涙の落着と時を同じくして組織された地球防衛軍ではあったが、
以降しばらくは沈黙を続けた宇宙からの脅威に対して、
いつしか組織は形骸化、国際的な注目さえ失うまでに至った。

もとより月の涙は天文学的な自然現象でしかなく、
脅威などではないといった論客たちの主張のおかげで、
誕生から十分な予算を与えられなかった防衛軍である。
世論の後押しがなくなってしまえば、
必然的に囁かれ始めるのは無責任な不要論であった。
しかし解体とはいかないまでも
大幅な組織縮小案が議会を通過しようとしていたそんな矢先に、
怪ロボットは出現したのである。

黒い月の物量の前に、
どうにか解体を免れようかという組織の戦力など無きに等しかった。
地球防衛軍はその名に見合う働きを見せることなく、すぐに壊滅すると思われた。
だが、思わぬ形で組織は延命することになる。
それがキサラギの登場である。

未知のエネルギーで稼働し続けるキサラギではあったが、
戦闘を繰り返せばメンテナンスは必要であったし、
時には組織的で戦略的なサポートを受けなければ
怪ロボットと戦うことができないという事態もあり得た。

そこで必要となるのが軍隊との連携である。
防衛軍はそこに新たな存在意義を見出し、大規模な組織の改変を図った。
残存した戦力はすべてキサラギのある日本へと集められ、
あらゆる物資も、キサラギの保全を第一優先にして使用されることになった。

まさに決戦部隊。
それが現在の日本に展開する地球防衛軍であり、キサラギであったのだ。

マミ「でも地球の運命を握る最前線にしては、ここはあまりにも寂しすぎるよねーっ」

最小限の人員でメンテナンスを受けるキサラギの肩で、
マミは、わざと語尾を大声にして発した。
「ねーっ」という声が、がらんどうの格納庫に響き渡る。
連戦を強いる割には整備さえ満足に行き届かせてはもらえない
キサラギの気持ちを、マミは代弁したのである。

世界のほとんどが黒い月によって制圧されてしまった今、
物資も人でも潤沢に用意されることなどあり得ないと知ってはいたが、
それでもマミは不満を叫ばずにはいられなかった。

大体、世界が最初から地球防衛軍に対して本気の援助をしていれば、
もっとマシな準備も整えられていたはずである。
エライ人たちの見通しの甘さの割りを食うのがキサラギただ一体だというのは、
あまりにも可哀想だとマミは思っていた。

アミ「それでもキサラギは今日も頑張ってくれた。すごいよ、やっぱり」

マミの隣で、いたわるようにキサラギの装甲を撫でたのはアミだった。
マミの不満はアミにしてもまったく同意だったが、
しかし今更過去のことをとやかく言っても仕方がない。
自分たちにできるのは、
せめてキサラギにお疲れ様、と言ってあげることくらいなのだ。

マミ「今日もすごかったよねぇ~!
   三位一体攻撃の怪ロボットを相手に、新幹線と合体した超特急攻撃だもん!」

アミ「いやぁ~、ニチアサの人気者になっちゃうかもだねぇ~」

あははは、と陽気に笑う二人の声はやはり格納庫に響いたが、
ようやく本格化したメンテナンス作業の騒音がそれをかき消した。
その喧騒の中、二人は腕に装着した希煌石が輝いて
蒼い鳥の姿が投射されたことに、すぐ気付くことができなかった。

  『まったく、相変わらず緊張感が無いのう、お前たちは』

アミマミ「爺ちゃん!」

突然声をかけられ二人は驚き、
アミに至っては危うくキサラギの上から転げ落ちそうになった。

アミ「う~、やっぱりまだ慣れないや。
   可愛い小鳥から発せられる爺ちゃんのしゃがれ声」

マミ「電気切れ直前のおしゃべり人形みたいだもんね」

  『ヒドイ言い方をしよる……』

やれやれといった風に、蒼い鳥はマミの肩にとまった。

  『しかしキサラギもそうだが……アミ、マミ。
  お前たちも本当によくやってくれている。ワシには感謝の言葉もない』

アミ「へ……?」

マミ「や、やだなぁ、爺ちゃん。今日は急にどしたの?」

  『……これならもう、任せても良いのかも知れん。
   ワシの役目も、そろそろ終わりだ』

不意に沈み込んだように聞こえた祖父の声。
それに反応したのか、投射された蒼い鳥の姿にザザッとノイズが走る。

アミ「爺ちゃん!」

  『よく聞け、孫たちよ。
  お前たちに語りかけるこのワシは、もう、この世の者ではない。
  黒い月の侵攻が始まったあの日に、既に命は途絶えておったのだ』

アミ「っ!?」

マミ「そんな……っ」

  『希煌石の力を使い、こうして思念を遺したのは、
  キサラギを、確実にお前たちに託したかったからに他ならない。
  すまん。真実を偽り、お前たちを後戻りのできないところにまで巻き込んでおいて、
  今更こんな言い草など……本当にすまん』

祖父の言葉に、アミとマミは凍りついたように動けなかった。
作業音が響き渡る中、沈黙はしばらく続いたが、

マミ「見守って……くれてたんだよね? 私たちと、それからみんなを。
  爺ちゃんは、地球のためを思って、それで……」

  『マミ……』

アミ「大丈夫。アミたちのことは心配しなくていいよ。
  今までありがとう、爺ちゃん……」

  『アミ……』

アミたちの視界の中で、蒼い鳥の姿はどんどん薄らいでいく。
希煌石に遺された思念が尽きようとしているからなのか、
それとも、溢れてくる涙を止めることができなかったからなのか。

  『希煌石の輝きが、必ず守ってくれる。恐れず進め、お前たちらしく』

アミ「……うん」

  『ワシはいつでも見守っておる。お前たちの行く先を……
  この先も……ずっと照らし続けて……』

フッ、と……。
日が陰って自分の影が見えなくなってしまう時のように、
蒼い鳥の姿はアミたちの目の前から消えてしまった。
依然、メンテナンスの作業音がうるさく鳴り響く中、
双子の姉妹は固く目を閉じ、引き絞った口元を震わせていた。

マミ「爺ちゃん……私たち、怪ロボットなんかに絶対負けないから……」

アミ「爺ちゃんみたいに強くなってみせるから、みんなを守ってみせるから!」

涙を拭い、二人は誓うように表情を引き締めて、
自分たちの頭上を見上げた。
そこにあったのはキサラギの顔。
表情もなく、今はただ黙して虚空を見つめている。
二人はそこに祖父の面影を重ねた。
そして自らが誓った言葉をもう一度反芻する。

絶対に負けない――守りきってみせる。
声にはしないものの二人の思いは重なり、
キサラギは、やはり黙ったままでそれを受け止めているかのように見えていた。




ハルシュタイン銀河帝国軍、
地球方面隊最前線基地――通称、黒い月。

地球を攻撃する怪ロボットは、
ここから“月の涙”にパッケージングされて送り込まれる。
その作戦を指揮するのは、
誉れ高き《常勝の令嬢》の二つ名を持つイオリ司令。
だが今、彼女は屈辱にまみれ、黒衣の総統の前に跪いていた。

ハルシュタイン「イオリ、お前には失望したよ。
      ……いやこの気持ち、絶望に近い。どう償うつもりだ」

イオリ「……ハッ」

冷たく感情のない黒衣の総統ハルシュタインの声に、
イオリはなお深く頭を垂れた。

キサラギ殲滅作戦の度重なる失敗……その事実に対し、
情報の不足やなぜか厳命された単機での直接攻撃など、
彼女に弁明の余地はいくらでもあったのかも知れない。
だがハルシュタインの前で、弁明や言い訳などはすべて反逆行為となる。
それにもとより、ハルシュタインを神と同位の存在と崇拝するイオリである。
懺悔こそあったとしても、見苦しい自己弁護などはプライドが許さなかった。

イオリ「私に最後の――最後のチャンスをください」

ハルシュタイン「ほう、自ら最後を口にするか」

イオリ「はい。そうせねば覚悟は示せぬと悟りました」

フッとハルシュタインの口元がゆがみ、
珍しく表情らしきものが垣間見える。

ハルシュタイン「わかった、その意気を買おう。
      キサラギに対する攻撃の制限も、今回は特別に解除してやってもいい」

イオリ「ハッ――」

決然とした顔を上げ、イオリはすっと立ち上がった。
その姿を見て、ハルシュタインが小さく鼻を鳴らす。
微かな違和感に、イオリの眉根が少し動いた。

ハルシュタイン「ま、思う存分やるがいい。
      たとえ過ちが繰り返されたとしても、私には次の一手の用意がある」

イオリ「――っ!」

小気味良い靴音が聞こえ、ハルシュタインの背後から人影が進み出た。
黒く軽やかな短髪、
強い意志と理性を感じさせる涼やかな目元、
痩身にして性別を超えた美貌を備える麗人が、イオリの前に姿を現した。

イオリ「マコト……」

ハルシュタイン近衛師団長の名をイオリは口にした。
そして瞬時に理解する。
自分が宣言するまでもなく、
ハルシュタインは次の作戦こそがラストチャンスだと決めていたことを。
こうして事前に後釜まで用意し、
それでいて笑って予想通りの自分の出方を見ていたことを。

マコト「イオリ、君は本当によく戦った。恥じることは何もないよ」

外見と同じ涼やかな声で発せられたマコトの言葉に裏はない。
彼女は心からそう思っているのだ。
しかしだからこそイオリは耐え難い怒りに身を震わせる。
勝利を得ずに恥じずにいろ、など、侮辱も甚だしい。

マコト「イオリ――」

イオリ「喋るな! それ以上喋ると私はお前に殺意さえ抱きかねない。
    私にまだ少しでも友情を感じるのなら……沈黙しろ」

マコト「……」

言を継げずに立ち尽くしたマコトから目を背け、
イオリは、ハルシュタインに向かって銀河帝国式の敬礼をする。

イオリ「私はこれより最後の作戦に向かいます。
    誓って、勝利を総統閣下のもとにお届けいたします」

ハルシュタインは答えない。
しかしイオリは満足したように背を向けてその場を去った。
どこか優雅にさえ聞こえる足音が遠ざかり、やがて聞こえなくなる。

マコト「……ハルシュタイン閣下。あなたは一体、何を考えているんです」

ハルシュタイン「お前と一緒だよ、マコト。イオリはよく戦った。
      だからもう好きにさせてやろうというのだ。私の思惑の外で、な」

冷たく響くハルシュタインの声を、
マコトはイオリを見送ったままの姿勢で、背中で聞いた。

銀河帝国の支配者の思惑は計り知れない。
しかし、人知を超えたその極大の意志に寄り添うことで、
自分もまた強大な権力を手に入れたのだ。
今更采配に人並みの情を込めよなどとは言えるはずもなかった。

それはイオリとて同じはず。
だからハルシュタインを非難することも、イオリを止めることもできないのだ。
静かに目を閉じ、せめてもと、マコトはイオリの勝利を願うのだった。

今日はこのくらいにしておきます
続きは多分明日の夜投下します




静岡県、浜松基地。
航空自衛隊発祥の地として名高いこの場所が、
キサラギ専門のメンテナンス基地、
および地球防衛軍の人員養成機関として再編されたのは、
黒い月から最初の侵攻を受けてほどなくしてからのことであった。

敷地内には全長2550メートルに及ぶ滑走路を中心にして各種施設が点在し、
その片隅には高射教導隊から発展した養成学校の校舎がある。
今その後者の窓には訓練生たちが張り付くように並んで、
目の前で繰り広げられるアニメかマンガのような光景に歓声をあげていた。
キサラギが滑走路を使い、新たに製造された支援機との連携訓練を行っていたのだ。

マミ「ヤヨイっち、もう一回! キャッチ&ゴー!」

ヤヨイ『りょ、了解!』

滑走路を疾走するキサラギの頭部ステアに掴まりながら、
マミがインカム越しに叫ぶと、
必死すぎていっぱいいっぱいの声が返ってきた。
マミは同じようにステアに掴まるアミと目を合わせてから、心配そうに上空を見上げる。

キサラギの頭上には、奇妙な形をした巨大な航空機が旋回していた。
幅広の前進翼が特徴的なその機体は、
機首部分が極端に短く、一見すると回転せずに飛翔するブーメランのように見える。

“IMRS―01ベローチェ・ローダー”。
キサラギの支援を目的として造られたこの機体は、
キサラギを係留して運搬できることが最大の特徴である。
またある程度兵装もされているので、単体での支援攻撃も可能だった。

輸送機と戦闘機を合わせたようなそれを、
アミたちは“キサラギ・ウイング”と呼びたがった。
だが、専属パイロットであるヤヨイは“ベロチョロ”という
少し訛った略称で呼び、基地ではそちらの方が広まっていた。

キサラギ運搬は、ベロチョロの機体下部に取り付けられたグリップを
キサラギ自らが掴み、そのままぶら下がるような状態を保って行われることになる。

したがって、離陸時からキサラギを係留することはできず、
ベロチョロは一度飛翔してから低空に入り、
疾走するキサラギと速度を合わせて姿勢を維持。
キサラギはタイミングを計って、
高速で平行移動するグリップを掴み取るという芸当を見せなくてはならなかった。

いわゆるキャッチ&ゴー。
そのサーカスじみたアクションを常に成功させるためには、
気の遠くなるほどの反復練習が必要だった。

アミ「ヤヨイっち、もう少し下! あと60センチ!」

ヤヨイ『えぇぇぇっ!? そんな細かいの、無理だよぉぉ~っ』

ヤヨイの声が震えるのも無理はなかった。

人材不足の防衛軍がパイロットの素養テストを
学生にまで引き下げて実施したのが数ヶ月前。
ヤヨイが適正アリと見込まれて軍に入隊し、
そしていきなりキサラギ支援メカの専属とされ、
本格的な訓練を始めたのがほぼ一ヶ月前のことなのだ。

キサラギが浜松基地の配備になるのと同じくして、
アミとマミも基地内の養成学校に転校することになったのだが、
ヤヨイもまた支援機のパイロットとして随伴を余儀なくされた。
親友であるアミたちと一緒に居られることをヤヨイは喜んだが、
訓練漬けの毎日だけにはいい加減参っていた。

確かに地球を守る仕事を手伝うことには誇りを感じるし、
適性を認められたがゆえの手応えを感じることもある。
しかし急激な環境の変化に、
体も精神も追いついていないのもまた正直なところなのだ。

マミ「OK、ヤヨイっち! そのままの姿勢を維持して!」

ヤヨイ『了解……!』

アミ「よぉーしっ……今度は完璧に決めるぞ~~っ」

疾走するキサラギの振動に耐えながら、
アミは唇を湿らせ目の前を飛ぶベロチョロのグリップを見据えた。
が、しかし。

マミ「アミ! 前! 前ぇぇぇ~~っ!?」

アミ「……え? って、うあうあ~っ!
  キサラギ! ストップ! スト~~~ップ!」

キサラギの前方、百数メートルのところに、扉を開けた巨大な格納庫が迫っていた。
ベロチョロばかりに気を取られて、
いつの間にか訓練コースを大きく外れてしまっていたらしい。

アミ「どわわわわ~~~っ!」

ヤヨイ『アミ! マミーーーーっ!』

マミ「ヤヨイっち! 私たちはいいから回避して!」

ヤヨイ『でも!』

マミ「いいから早く!」

ヤヨイ『いーーーーやーーーーーーーーーっ!
   つっこんじゃうよおおおおおーーーーーーーーっ!』

ベロチョロは急上昇して格納庫を回避。
だがキサラギは、急制動をかけたものの間に合わず、
その姿は疾走したまま格納庫へと吸い込まれていった。

格納庫内の内容物によっては壊滅的な大爆発さえ起こりかねない状況。
ヤヨイは上空から息を呑み、
そしてキサラギとともに突っ込んだアミたちも、
ただステアにしがみついて目を閉じるしかなかった。

格納庫の中、キサラギは体勢を崩して前のめりに倒れそうになる。
そこがもし火薬庫でもあって、そのまま転倒したなら、
巨体は爆発物を押しつぶして格納庫を跡形もなく吹き飛ばしていただろう。
たとえそうではなかったとしても、
建造物の中でキサラギが派手に転がれば構造材の耐久力など紙にも等しく、
どのみち大崩壊は免れなかったかもしれない。

だが、そうはならなかった。

アミ「……あ、あれ?」

来るべき衝撃に備えて体中をこわばらせていたアミは、
いつまで経ってもそれがやって来ないので、恐る恐る目を開けた。
最初に目に入ったのはキサラギの巨大な顔。
次に、左右対称の向こう側の頬に取り付けられたステアにしがみついているマミの視線。
同じようにしてこちらを見つめている。

マミ「倒れて……ない?」

それどころか、キサラギは不自然な前傾姿勢でガッチリと停止していた。
恐るべき姿勢制御の技術……いや、そうではない。
キサラギの巨体は、自らと同じ程度の全高を持つ巨人によって支えられていたのである。

片膝をつき、胸部を抱きかかえるようにキサラギを受け止めた巨人は、
キサラギと同じ、巨大ロボであった。

無骨な素材感を残したままの外装、
巨体にしては頼りなくも細長いように見える四肢。
そして鼻と口があり、
目の部分は眼鏡のようなパーツで覆われている顔面を有する頭部。
格納庫の中、キサラギを転倒から救った巨大ロボは、
実にキサラギと似通った見た目をしていた。

  『危ないの! 気付くのがもう少し遅れてたら、
  ミキ、ぺっちゃんこになっちゃうところだったの!』

巨大ロボから声が聞こえた。
厳つい姿とは対照的な、朗らかで明瞭な少女の声だった。

キサラギを支えたまま、ロボの頭部がガクン、と動く。
ステアにしがみ付くままだったアミとマミは、
そこで巨大ロボの最大の特徴に気が付いた。
確かにキサラギによく似た頭部には、しかし確実に、
キサラギにはない巨大なパーツがひと組取り付けられていた。

それは人間で言うと“おさげ”のように頭部の両側から垂れ下がっていた。
連なる長いチェーンの先には、重々しい鉄球が繋がっている。
頭部が動いたことで、二つの鉄球は揺れるように微動した。

  「もお……せっかくコクピットで気持ちよく寝てたのに……あふぅ」

巨大ロボの頭部が動いたのは、そこがロボの運転席、
すなわちコクピットであったからのようで、額の部分のハッチが開き、
そこからキラキラと輝く頭髪が美しい少女が這い出てきた。

顔をしかめ、口を尖らせて不満の色を隠すこともなく姿を見せた少女だったが、
目の前に迫っていたキサラギの顔を見て、
「あれ?」と間の抜けたような声を発した。
しかし次には、その顔が見る見るうちに綻んでくる。
うわ、笑顔が可愛い、とアミたちは素直に感心した。

  「これ……キサラギなの! ってことは、あなたたちがアミとマミ?」

キラキラと輝く目を向けられて、なぜか愛想笑いを浮かべるアミとマミ。

マミ「ありゃー? 私たちってばいつの間にか有名人?」

アミ「そういうキミは何者なのだ? それにこの巨大ロボ……」

ミキ「キミ? キミってミキのこと? ミキはミキなの!
   このロボットはリッチェーン。
   今日ロールアウトしたばかりの、ピッカピカの最新型なの!」




浜松基地には、防衛軍の正規隊員が使用する食堂の他に、
養成学校校舎内にも広い食堂があった。
どちらも味やメニューについては基本的に同じだが、
後者は開放的なテラス造りになっており、
一応学生食堂となっているにもかかわらず、
昼時などには隊員たちの姿があるのも珍しくなかった。

基地の中にあってここだけは、
若者たちの声が響くリラックスした空間であることが許されていた。
そしてまさに今、食堂の一画からは、
地球防衛の最前線にはあまりにも似つかわしくない賑やかな笑い声が聞こえている。

アミ「アッハハハハハッ! いーよそれ! 超いい!」

マミ「ミキミキって面白いこと考えるねー!」

ミキ「え~、そうかなー? 誰でも普通に考えることだと思うな☆」

食堂の中でも西日がきつくて人気のない席で盛り上がっていたのは、
アミ、マミ、ヤヨイ、ミキの四人だった。
数時間前に初対面したばかりにもかかわらず、
一同は幼馴染のように打ち解け合い、昼食を共にしていた。

ミキ「モーニングスターにトゲトゲを付けた上に、
   自分で噴射して飛んでいけるようにすれば、もっと攻撃力は上がるはずなの!」

熱弁するミキに、アミたちは拍手して賛同する。
かれこれ一時間、一同はリッチェーンの頭部に装備された打撃武器
ダブルモーニングスターの強化について盛り上がっていた。

食堂に来る前、ミキは防衛軍即応隊所属のパイロットだと自らを紹介していた。
それを聞いたヤヨイが
「今ウワサのエースパイロットだよ!」と付け加えたので、
アミとマミは心底感心したものだが、
会話を重ねるうちにミキの斜め上を行く思考が明らかとなり、
感心は確かな共感に取って代わった。

マミ「んじゃ、このハイパーモーニングスター(仮)計画は、
  然るべき時が来るまで私たちの機密とする!」

アミ「ヤヨイっちもいーよね!」

ヤヨイ「え? う、うん……」

会話を振られ、ヤヨイは曖昧な返事をする。
皆と食事をする楽しい時間。
しかしヤヨイの心は晴れなかった。

気持ちを重くしているのは、他でもない、
いつまで経ってもベロチョロの操縦が上達せず、
アミたちの足を引っ張っている自分自身の不甲斐なさだった。
まだ本格的な訓練を受けて一ヶ月、などというのは言い訳にならない。
アミたちは、ぶっつけ本番でキサラギに乗り、怪ロボットを撃破したのだ。

盛り上がるアミたちに合わせて笑顔を作ってはいるものの、
ヤヨイは密かに、今日何十回目かのため息をついていた。

マミ「でも、新型機を乗りこなした上に武器の強化案まで考えてるなんてすごいよね!」

アミ「ミキミキって、リッチェーンの開発時からパイロットやってたの?」

ミキ「ううん、アミたちと一緒だよ。今日会ったのが初めて」

えええぇっ!? と、アミとマミの声が揃った。
ヤヨイも目を見開いてミキを見る。
しかしこちらは驚きと言うより、何かそれ以上の感情が表情に満ちていた。

アミ「今日初めて乗ったのに、あんな上手にキサラギを受け止められたの!?」

ミキ「上手じゃないの。お昼寝の最中じゃなかったら、
   もっと早く対応できてたって思うな。即応隊だけに!」

ミキの言葉にアミたちはまたケラケラと笑うが、
本人は大真面目だったらしく「本当なの!」と頬を膨らませてむくれてしまった。

学生食堂にあっても一際騒がしく、
そんなやり取りを続ける一同は否応なく目立っていた。
しかし声の主がアミたちだとわかると、他の者たちは、
いつものことか、と苦笑いで自分たちの食事に戻る。

仲の良いアミたちが大騒ぎする光景は、
ともすれば殺伐とする基地内での日常において好意的に受け入れられている。
アイドル視されていると言えば言い過ぎになるが、
マスコット的な存在として、アミたちは密かな人気があるのだ。

そういう現状をなんとなく嬉しく思っていたのはヤヨイだったが、
今、その表情はやはり晴れることはなかった。

ミキ「アミたちだって、初めて乗ったキサラギで怪ロボットをやっつけたんでしょ?
   それに比べたらミキなんてまだまだなの!」

アミ「やー、私の場合は希煌石のおかげってゆーか」

マミ「爺ちゃんが造るもののクセを知ってたからってゆーか」

ミキ「すごいことに変わりはないの! ミキ、尊敬してるの!」

アミ「そ、そんなステキ笑顔で正直に言われると、悪い気はしませんなぁ」

マミ「マミたち、最強のチームを組めそうだよね!
  マミたちとヤヨイっち、それからミキミキの四人で!
  んーと、チーム名は何がいいかなぁ?
  ヤヨイっち、なんかユカイなアイデアは……」

ヤヨイ「ごっ、ごめん、私! ちょっと……」

話を振られたヤヨイだったが、それを遮って大きな音を立てて席を立ち、
アミたちから顔を背けるようにして駆け出した。
危うくぶつかりそうになった他の訓練生に頭を下げながらも、
それでも駆け足を緩めることなく、ヤヨイは食堂を出て行ってしまった。

アミとマミは咄嗟に立ち上がった姿勢のまま、
声を掛ける間もなく去っていったヤヨイの残像をただ眺めていた。

マミ「あ、あれれ……?」

アミ「どうしたのかな……ヤヨイっち。気分でも悪いのかな……?」

心配そうに顔を見合わせるアミとマミ。
少し不安な表情も混じっているのは、
ヤヨイの行動が逃げるようであったため
自分たちが何か気に障るようなことを言ってしまったのではないか、
という気持ちもあったからだ。

騒がしい食堂の中で立ち尽くすアミたち。
そんな二人の傍らで、食事を終えたミキは椅子に深くもたれかかって、
うつらうつらと幸せそうな寝息を立て始めていた。

駆け込んだトイレの中、
ヤヨイは洗面所の流し台に手を付いて鏡を見つめていた。

吐きそうな気分になったのは本当だったはずなのに、
いざ洗面所を前にしてみれば、空咳しか出てこない。
気分の悪さは、あの場所から立ち去る言い訳を欲しがっていた自分に、
無意識に体が反応しただけのことだったのだ。

どうしてそんなことが……。
自問するも、答えは既にわかっていた。
自分はミキに嫉妬して、不甲斐なさにいたたまれなくなって逃げ出したのだ。

一ヶ月訓練してもベロチョロを乗りこなせない自分と、
アミたちのように、今日初めて乗り込んだばかりにもかかわらず
巨大ロボを乗りこなしたミキ。
防衛軍に――アミたちにとってどちらが必要とされるのかは明白だ。

居場所が奪われてしまった。
ヤヨイは、そう感じてしまったのだ。

ヤヨイ「……」

頬を引きつらせて眉根にしわを寄せた鏡の中の自分。
なんて酷い顔、とヤヨイは悲しい気持ちでため息をついた。
食堂の喧騒もここには届かず、ため息は、意外なほど大きく響いた。
だがその虚しい響きに、ヤヨイではない、もう一つの声が被った。

  「――闇の天使ともあろう者が、随分と情けない表情だな」

ヤヨイ「っ!?」

振り返ったヤヨイのすぐ目の前に立っていたのは、
つい先程までは影も見えなかったはずの黒衣の少女。
短く切り揃えられた髪と、
その一部を左右で束ねるリボンが可憐な印象を与えるが、
少女の表情はまるで老人のように枯れ果てていた。
世の中のすべてを知り、絶望し、馬鹿にしている、
色のない表情だった。

ヤヨイ「だっ、誰……!?」

   「すぐにわかるさ、すぐに記憶を呼び戻してやる。
   闇の天使――ハルシュタイン近衛隊、ヤヨイとしての記憶をな」

ヤヨイ「闇の天使……? ハルシュタイン……?」

   「さぁ、任務を次の段階に進めようか」

黒衣の少女は、ヤヨイの目の前に細く尖った指先を突きつけた。
ざわめくように空気が震え、
それは波動となり、ヤヨイの顔に照射される。
警戒して体をこわばらせたヤヨイだったが、それも一瞬のこと。

見開かれた目は金縛りにあったかのように黒衣の少女の指先を見つめ、
目に見えてその表情が異質なものへと変貌してゆく。
やがてゆっくりと、ヤヨイの口が微笑むように開かれた。

ヤヨイ「……ハルシュタイン……親愛なる……我らの支配者……よ……」

今日はこのくらいにしておきます
続きは多分明日の夜投下します




アミ「遅いね、ヤヨイっち……」

昼休みの時間もそろそろ終わろうという時間になっても
戻ってこないヤヨイに、アミたちは顔を見合わせていた。
ミキはテーブルに突っ伏していよいよ本格的な睡眠に入ろうとしている。

マミ「マミ、様子を見てくるよ。アミはそろそろミキミキ起こしといて」

アミ「うん」

椅子を引いて立ち上がるマミ。
しかし直後、突然鳴り響いた警報にマミは動きを止める。
次いで天井のスピーカーに目を向けた彼女たちの耳に届いたのは、
怪ロボットを確認、総員第一種戦闘配備、とのアナウンスだった。

アミ「怪ロボット!?」

思わずアミも立ち上がって声を上げた。
警報はけたたましく続き、食堂に残っていた僅かな人間も、
食器の片付けをスタッフに任せて飛び出して行く。

マミ「ミキミキ! 起きて! 怪ロボットだよ!」

ミキ「……あふぅ」

眠い目を擦るミキを強引に立たせて、アミたちも自らの配置へと急ぐ。
ヤヨイのことを気にしつつも、
しかし戦闘配備ならすぐに同じ配置につくはずなのだからと、
彼女たちは任務を優先した。

アミたちがキサラギの格納庫へと急ぐ頃、
地球防衛軍即応隊司令本部には、絶望的な報告が届けられていた。
衛星軌道上に突如確認されたおびただしい数の怪ロボットは、
日本列島を取り囲むようにして次々と降下し、
沿岸への着水を果たしたものだけでもその数300。
すべては一様に、キサラギのいるこの浜松基地へと進攻しているというのだ。

単機での襲来が常態化していただけに、
この突然の大攻勢に司令部は困惑した。
今回ばかりは敵はキサラギ単体ではなく、基地そのものを……
いやもしかすると、日本の国土そのものを侵略すべく
進撃は開始されたものと分析することができる。

短い議論の後、司令部はキサラギと新型機のリッチェーンを
東西二つに分けて配置することを決定、
まずは上陸した怪ロボット軍を殲滅せよとの指令を出した。
南北の防衛は通常戦力に任せることになるが、
太平洋側には大国の主力艦隊が待機しているし、
北側は幾分険しい地形が敵の侵攻を鈍らせてくれるだろうという算段があった。

しかし相手は300……万全には程遠い。
結局は、いまだ未知なる部分が多いキサラギの潜在能力と、
地球の技術の粋を集めキサラギに似せて造られたリッチェーンの
未知数の力に頼り切った拙い作戦であることは誰の目にも明らかだった。

だが、それでも勝利を信じないことには、
人類は謎の侵略者に対する抵抗の気力など維持することはできないだろう。
武器を取って戦う人間の勇気は今や、
そんな淡い希望らしきものによって支えられているのである。

航空機用の滑走路に立ち、アミとマミはキサラギの上から、
出撃していくリッチェーンを見送った。
轟音を響かせ、
頭部から吊り下がったダブルモーニングスターを振り回しながら、
リッチェーンは姿勢のいいスプリンターのように駆けて行く。

希煌石の神秘の力を借りることもなく
純粋な操縦技術によってそれをやってのけるミキの才能に、
アミたちは舌を巻いた。
キサラギならば「走れ、キサラギ」で済むアクションを、
ミキは何工程もの作業の果てに一瞬で再現しているのだから。

やがてリッチェーンは滑走路の果て、西側へと見えなくなる。
リッチェーンとは反対側、東側の守りを任されたキサラギも出撃を急がねばならない。
しかし、アミたち自身の準備は完了しているにもかかわらず、
キサラギはいまだ滑走路に立ち尽くすしかなかった。
キサラギを目標ポイントまで運搬する支援機、
ベロチョロのパイロットがまだ到着していないのである。

キサラギも、リッチェーンのように駆け足で出撃したり、
あるいは自身の力で飛行したりすることは可能ではある。
だが既に作戦はベロチョロによる支援を想定した上で開始されているのだ。
ここに及んでの作戦変更は、
後々致命的な不都合を生み出すことになりかねない。

ヤヨイっちは? と、
アミたちが何度目かの質問を管制スタッフに投げかけようとしたその時。
数瞬早く、パイロット搭乗、ベローチェ・ローダー出撃します、との報が入った。
アミとマミは頷き合い、「行くよ、キサラギ!」と声を揃えた。

   『くっ……!』

耳に馴染んだ“声”が響き、
キサラギの巨体は全速力で駆け出す。
滑走路に沿って、ひたすら真っ直ぐに激走するキサラギ。
するといつもの訓練通り、ほどなくして頭上にベロチョロが飛来した。

ヤヨイ『アミ、マミ……遅れてごめん……』

風を切る音とキサラギが疾走する音。
そんな轟音の中、インカム越しにヤヨイの声が届いた。
いつもと雰囲気が違う感じがするのは、
辛うじてしか声が聞き取れない今の環境のせいだろうかと、
マミはわずかに眉根を寄せた。

アミ「気にしないで、ヤヨイっち!」

マミ「それより体は大丈夫?」

ヤヨイ『……うん』

アミ「よーし! じゃあキサラギ、ベロチョロ合体だ!
   今度は成功させよーねっ!」

ヤヨイ『……了解』

疾走するキサラギの進行方向に、ゆっくりとベロチョロが降下してくる。
キサラギが掴み取るべきグリップが機体下部より現れ、
それが目の高さまで来ると、ベロチョロの高度はピタリと固定された。

マミ「ヤヨイっち、カンペキ! すごーい!」

アミ「キサラギ! グリップを掴んで!」

   『くっ……!』

疾走の速度を維持したまま、キサラギがグリップへと手を伸ばす。
今や互いの速度は完全に同調している。
やがてキサラギは、いとも容易く、ベロチョロのグリップを両手で掴んだ。

アミ「キサラギ! グリップのホールド完了!」

ヤヨイ『上昇します』

グン、っとアミたちは一気に体が浮き上がるのを感じた。
ベロチョロがキサラギを吊り下げて、上空へと舞い上がったのだ。

一定の高度まで上昇すると、ベロチョロは速度を上げた。
キサラギの頭部で生身をさらしているアミとマミに、
容赦のない風圧が襲いかかってくる。
しかし希煌石の力でスター・ツインズとなっている今の二人には、
外部からのあらゆるダメージに対する耐性が備わっている。
アミたちは高速の中でも涼しい顔をしてステアに掴まっていた。

アミ「行っけー! このまま、作戦ポイントまでひとっ飛びだーっ!」

マミ「ヤヨイっち、敵の状況は? 現着までの時間を教えて!」

ヤヨイ『……』

インカム越しにヤヨイに語りかけたアミたちだったが、応答がない。
あれ? と二人は首を傾げ、
インカムのマイクを叩いて故障の恐れを確認するが、
どうやら問題はないように思える。

アミ「ヤヨ……」

アミがもう一度語りかけようとした時、
クククク、と何か酷く冷たい感じのする声がインカムから流れ出てきた。
それがヤヨイ本人の発した笑い声であると気付くまで、
アミたちはしばらくの時間を要した。

マミ「ヤヨイっち……?」

ヤヨイ『ククククク、敵の状況? 現着だと?
    じょーだん、お前らの指図など受けたりしないよ』

マミ「え……?」

アミ「ヤヨイっち……なに言ってるの……?」

ヤヨイ『ハルシュタイン近衛隊、裏切りと策謀の闇の天使。
    このヤヨイ様が、どうしてお前ら辺境最低生物の言うことを
    聞かなきゃいけないのかなーって、そう言ってんだよぉぉぉ!』

紛うことなき、それは確かにヤヨイの声であった。
だが、まるで悪魔に取り憑かれたかのように声はかすれ、
聞くに堪えない威圧的な口調には、
あの優しい笑顔を見せていたヤヨイの印象は欠片も残されていなかった。

ヤヨイ『アッハハハハハハハッ! 耐えられないよ!
   ハルシュタイン閣下が脅威と認めたキサラギを操るヤツが、
   こんなにマヌケな甘ちゃんだったなんて!
   なんのギャグ? 笑いが止まらないかも!』

アミ「ヤヨイっち……」

ヤヨイ『うるさい! ふざけた呼び方するんじゃねぇよ!』

ガクン、といきなりベロチョロが高度を下げた。
丁度小高い山を飛び越えようとしていたところ、
吊り下げられたキサラギの足が林立する木々に激突して巨体が激しく揺さぶられる。
思いがけない衝撃に、アミたちは悲鳴を上げてステアにしがみついた。

ヤヨイ『ほらぁ、しっかり掴まってないと振り落とされちゃうよ!』

キサラギをいたぶるように、もはや進路などは完全に無視して、
ベロチョロは滅茶苦茶な蛇行を繰り返した。
そのたびにキサラギは煽られ、
時には一際背の高い大木に激突し、耐え難い衝撃が幾度となくアミたちを襲う。

それでもスター・ツインズとなった双子は
人間離れした身体能力を発揮し、なんとかキサラギにしがみ付き続ける。

ヤヨイ『チッ……! しぶといヤツらだ……。
    なら、とっととフィナーレにしようか』

蛇行していたベロチョロが突如姿勢を戻し、安定飛行に入った。
地上と平行を保ち、速度がぐんぐんと上がり始める。
だがその向かう先は作戦に従ったポイントではなく、
まったくの逆方向であることがマミの確認で判明した。
キサラギとベロチョロは、高速で基地への帰投コースへと乗ったのだ。

アミ「どういうこと……!?」

マミ「ヤヨイっち! 何をする気!?」

ヤヨイ『うっうー! ベロチョロの自爆装置を発動させて、
   キサラギごと基地に突っ込んでやる!
   おっと、グリップから手を離して離脱しようとしても無駄だ。
   接続はこっちでロックしてあるからね』

アミたちは息を呑む。
その間にもベロチョロは速度を上げ続けた。

アミ「ヤヨイっち……ヤヨイっちは、アミたちの、敵、だったの……?」

ヤヨイ『ハァ? 何今更なこと言ってんだよ。
   この状況をまだドッキリか何かだと思ってるのか? とんだ甘ちゃんだよね!』

マミ「だって! 初めて会った時から、私たち、あんなに仲良く出来たじゃない!」

ヤヨイ『私は裏切りと策謀の闇の天使だ。
   それくらい偽ることなど、呼吸をするよりカンタンにやれるんだよ。
   まぁ今回は念を入れて、私自身の記憶まで封印して完璧を謀ったけどね』

アミ「全部……全部ウソだったの……?」

ヤヨイ『ああそうさ! お前らなんか、ウゼー以外の何ものでもなかったよ!』

聞いていられないというように、アミは顔をしかめてうつむいた。
マミも同様の表情を浮かべたが、
うつむくことはせずに頭上のベロチョロを振り仰ぐ。

マミ「ヤヨイっちーーーーーーっ!」

ヤヨイ『お疲れ様! 甘ちゃんたち! アッハハハハハハーーー!』

ベロチョロのコクピット部分が跳ね上がり、
緊急脱出用の小型艇となって本体から切り離された。
キサラギを吊り下げたままのベロチョロは加速を続けて突き進み、
小型艇は見る見るうちに後方へと遠ざかっていく。

ヤヨイ『裏切られた絶望と甘ちゃんだった後悔にまみれながら吹っ飛びなーーー!』

アミ「……ウソだよ、信じない!」

ヤヨイ『あン?』

希煌石の力をもってしてもなお耐え難い衝撃が襲い来る中、
それでもアミたちは必死に叫んでいた。

アミ「裏切りなんて絶対信じないよ!
   だって……だって私たち、友達だったじゃない!」

ヤヨイ『まだ言うか!? お前たちと友情ごっこをしたのも、
    すべてこのタイミングを得るためと、キサラギの情報を得るためだったんだよ!』

アミ「それでも信じない! 今は裏切られたとしても……」

マミ「友達だったあの時間までは嘘にならない!
   私たちは、絶対に友達なんだ!」

ヤヨイ『ハ……ハン! ワケわかんないよ……』

アミ「ヤヨイっちーーーーーーーっ!」

ヤヨイ『うるさいうるさいうるさぁぁぁいっ!
    その呼び方はやめろって言ってるだろーがぁぁぁぁっ!』

脱出用の小型艇はくるりと旋回し、
キサラギに背を向けて急速に飛び去って行く。
完全に自らの策にはめたはずであるのに、
その行動はむしろ逃げ出すような、敗走の光景にも見えた。
そこには一滴の感情らしきものを残していったようにも思える。

しかしベロチョロとの接続を解除することもできず
超光速に煽られるだけのキサラギにしがみついていたアミたちに、
そんな感情の残滓を感じ取るようなことはできなかった。

アミ「基地までは? あとどれくらい!?」

マミ「およそ十キロ! キサラギ! やっぱり離脱できない!?」

   『くっ……!』

ベロチョロの暴走を止めることもできず、
その暴走自体から離脱することもできず、アミたちにはなす術がなかった。

突然訪れたヤヨイとの別離が暗く尾を引く中、
それでも様々な策を講じ、諦めることだけはしない。
だが状況を覆すことは叶わず、やがて――

アミ「マミ! 基地が見えたよ!」

進行方向に、ついさっき飛び立ったばかりの滑走路が見えてくる。
もはや時間はなく、このままではキサラギはベロチョロごと基地に突っ込み、
すべてを巻き込んで大爆発を起こしてしまう。

マミ「……マミ、基地に連絡する。
  私たちごと、ベロチョロを撃ち落としてって」

マミの言葉に、一瞬肩を震わせたアミだったが、

アミ「そうだね……もう、それしかないよね……」

基地を守る唯一の手段、それはベロチョロをキサラギもろとも撃墜すること。
いかにスター・ツインズであろうと、それを受けて無事でいられるとは到底思えない。
仮にキサラギを置いて飛び降りたとしても、
この高度からの落下に耐えられるとも考え難い。

いやそれ以前に、そんなことをしたくはなかった。
祖父の遺したキサラギを、
これまで自分たちと共に戦ってくれたキサラギを見捨てるような真似が、
アミたちにできるはずもなかった。

双子は、覚悟を決めて前を見た。
そんな数瞬の間にも、基地の光景は見る見る近づいてきている。
今や、注意書きのマーキングやコースを表すラインなどまでが
はっきり見えるようになった滑走路。
ほとんどの兵力は怪ロボット迎撃のために飛び立って閑散としたアスファルトの地面。

しかしそこに、ポツンと一人きりで立っている巨大な姿が目に入った。

マミ「あれは……!」

アミ「リッチェーン!」

キサラギとは逆の西方向に向かって出撃したはずの巨大ロボが、そこにいた。
リッチェーンは顔を上げてこちらを見つめている。
そして頭部から吊り下がったダブルモーニングスターのチェーンを
それぞれ片腕で掴み、その先の鉄球をグルグルと回転させていた。
どこかの原野で生活する狩人が、
あんな感じの道具で狩りをする場面を見たことがある、とアミは思った。
だが今はそんな回想をしている場合であるはずもなく、

アミ「ミキミキーーーーっ!」

マミ「逃げてーーー! ミキミキまで巻き込んじゃうよぉぉぉ!」

ミキ『大丈夫! ミキが絶対助けるの!』

リッチェーンは目前にまで迫ったキサラギに向かって、
振り回される鉄球の遠心力を利用して大きく体をひねった。

リッチェーンの体が、一度大きく体が沈み込む。
そしてモーニングスターの鉄球が描く弧のラインをなぞるようにして、
巨体は再び伸び上がった。

キサラギとは逆の西方向に向かって出撃したはずの巨大ロボが、そこにいた。
リッチェーンは顔を上げてこちらを見つめている。
そして頭部から吊り下がったダブルモーニングスターのチェーンを
それぞれ片腕で掴み、その先の鉄球をグルグルと回転させていた。
どこかの原野で生活する狩人が、
あんな感じの道具で狩りをする場面を見たことがある、とアミは思った。
だが今はそんな回想をしている場合であるはずもない。

アミ「ミキミキーーーーっ!」

マミ「逃げてーーー! ミキミキまで巻き込んじゃうよぉぉぉ!」

ミキ『大丈夫! ミキが絶対助けるの!』

リッチェーンは目前にまで迫ったキサラギに向かって、
振り回される鉄球の遠心力を利用して大きく体をひねった。

リッチェーンの体が、一度大きく体が沈み込む。
そしてモーニングスターの鉄球が描く弧のラインをなぞるようにして、
巨体は再び伸び上がった。

驚くべき柔軟性、驚くべきバランス力。
そして驚くべき、ミキの操縦技術。
ハンマー投げのごとく、リッチェーンは鎖につながれた鉄球を投擲した。
鉄球は見事なカーブを描きながらキサラギに向かい、
それに合わせて鎖も伸び続ける。

ぶつかる……!

迫り来る鉄球の迫力に目を閉じるアミとマミ。
だが鉄球はキサラギに激突することなくその背中に回り込んだ。
軌跡を描くように伸長されていた鎖は当然、
キサラギの体に絡みつく形になり――

マミ「え……?」

ぐるぐると、リッチェーンの放った鉄球はキサラギの周囲を回って、
鎖がその体に何重にも巻きついていく。

ミキ『アミ! マミ! キサラギにしっかり掴まってるのーーーーーっ!』

鎖の先を掴んだリッチェーンが、
全身の関節を軋ませて最大パワーを解放する。
鎖の伸長がピタリと止まり、当然そうなることで、
リッチェーンは高速で飛行するキサラギとベロチョロに引っ張られる形になる。
しかしなんとリッチェーンは、両足を大地に踏ん張ってそれに耐えた。

ミキ『うおおおおおーーーーーーーっ!』

拡声されたミキの声が周囲の空気を震わせ、
それに伴いベロチョロとキサラギは急降下を始める。
あらゆる関節から火花を迸らせ、リッチェーンは掴んだ鎖をさらに引いた。

その先で鎖に拘束されたキサラギの体が悲鳴を上げる。
頑丈なキサラギの体はそんな破壊的な負荷にもよく耐えた。
だが、繊細な作業を行うためのパーツであるマニピュレーター、
すなわち手の部分は例外で、
やがて手首の部分からキサラギの腕は引きちぎられてしまった。

しかしそれこそミキが狙っていたこと。
キサラギの手がグリップにロックされているのであれば、
そこさえ切り離してしまえば離脱することができると考えたのだ。

ミキ『アミーーーーーっ、マミーーーーーーーーっ!』

切り離されたベロチョロはもとの進路を逸れ、
大きく旋回して滑走路の先へと急降下していく。
対してキサラギは鎖を巻きつけたまま垂直に落下した。

そんなキサラギに向かってリッチェーンは駆け出す。
両腕を前に突き出し、ミキはキサラギを受け止めるつもりだった。

間に合うか……。
ギリギリのタイミングで突っ込むリッチェーン。
為す術なく自由落下に身を任せるキサラギ。
肉薄する二つの巨体の行く末は、
彼方で爆発したベロチョロの輝きの中にシルエットとなり――

滑走路の真ん中で、リッチェーンはキサラギの下敷きになり、地面にめり込んでいた。
しかし、二体の巨大ロボの損傷はいずれも軽微。
自爆装置を起動されてしまったベロチョロは滑走路の先に墜落、
大爆発を起こしたが、基地や周辺施設への被害はほぼ無かった。

だが、状況は進行中であり、しかも最悪の方向に向かっていた。
開け放たれたリッチェーンのコクピットの中からは通信が流れている。
怪ロボットが各防衛ラインを突破して侵攻を続け、
数十分後には基地からも目視できる距離にまで到達する、と。

キサラギとリッチェーンにも戦線復帰の命令が出ていたが、
それに応えることもせず、ミキは、
キサラギの肩で泣き崩れている双子の傍で膝を折っていた。

アミ「もう……もう、やだよ……。爺ちゃんが居なくなって、
  大事な友達まで居なくなっちゃった……。
  なんでこんな思いまでして戦わなくちゃいけないの……?」

キサラギの装甲に手を付いて、
アミは肩を落とし、うな垂れていた。
いつもならそれを励ますはずのマミも、
アミの隣で膝を抱え、その中に顔を埋めて動こうとしない。

ミキ「しっかりするの! 戦いはまだ続いているし、ピンチなの!」

マミ「……いつ終わるの? この戦い。
   どれだけ戦ったら、もう戦わないで済むようになるの?」

どこか棘のあるマミの声がミキに投げかけられる。
戸惑いが溢れ、ミキは泣きそうな表情を浮かべた。

ミキ「わかんないよ……わかんないけど……」

マミ「私たちは本当に勝てるの!?」

アミ「こんな辛い思いしても結局勝てないんじゃ……
   戦わずに何もしてない方がマシだよ!」

ヤヨイの裏切りがあげた効果は絶大であった。
育ての親である祖父との死別に、はからずも重なった親友の裏切り。
アミとマミは、まだ年端も行かぬ少女である。
常に戦いの場に身を置き続けていたことは、
自覚のあるなしに関わらず二人の幼い心に確実に負荷をかけ続けていた。
そして一年に渡って少しずつ積み重なったそれが今、
大切なものを立て続けに失ったことで爆発したのだ。

ミキ「アミ……マミ……」

泣きそうだった表情が更に歪み、ミキは立ち尽くした。
あれだけ明るかった二人の打ちひしがれた様子に言葉も出せず、
絶望的な気持ちが伝染してくる。

ミキは反論したかった。
しかし言葉は何一つ浮かんでこない。
もどかしさに拳を握り締めるしかできないことに、
ミキは初めて自分自身が嫌いになりそうになっていた。

フッと、出し抜けに空が翳ったのはそんな時だった。

明るい陽光が降り注いでいた周囲の大地が、
突然真っ黒な影に覆われてしまった。
天候が急変したのかと空を見上げるミキ。
だがそこにあったのは――
巨大な、黒い月だった。

  「――っ!?」

異変に、アミとマミも顔を上げた。
かつて学校を襲ったエージェントが名乗った“黒い月”。
月の裏よりやって来る“月の涙”の出処であると噂されるものの
望遠鏡でも確認できずに存在自体が仮説とされてきた“黒い月”が、
今は疑いようのない現実的な光景として、
威圧的に巨大な姿を地球の空に晒していた。

今日はこのくらいにしておきます
次の投下で多分ボイノベの内容は終わると思います
明日は東京に大事な出張があるので、日曜か月曜の夜に投下します




イオリ「ハルシュタイン閣下! これは一体どういうことなのです!?」

鎮座する黒衣の少女と、その傍に控える美貌の麗人の前に
駆け込んできたのは《常勝の令嬢》イオリだった。

イオリ「私の作戦は進行中です! なぜ黒い月本体を降下させたのです!?」

ハルシュタイン「……いい加減、私は飽きてきた。加速度的な展開を望んだまでだ」

イオリ「ですが、地球の、あの巨大ロボの本拠地は、もう攻略間近なのです!
    どうかあと少し! あと少しだけ私にお任せ下さい!
    必ずや勝利を御前に……」

ハルシュタイン「もう良いのだよ、イオリ。もう良い……」

イオリ「ハ……ハルシュタイン閣下ぁーーーーーーっ!」

絶叫するイオリから無表情な顔を背け、
ハルシュタインは玉座の手元にあるスイッチを押した。
一息ついて、ハルシュタインは片側の口元を上げたあと、ゆっくりと言葉を発する。
それは黒い月の中心だけではなく、
同時に地球全土に送り届けられる音声となった。

ハルシュタイン『私はハルシュタイン。全宇宙の神となるべき者だ。
      地球人よ……私を畏れ、ひれ伏し、崇め奉るがいい――』

ハルシュタインの声は映像を伴って、
今はすべて黒い月の支配下にある地球の衛星放送網を通じて全世界に届けられた。
あらゆるメディアを介して人類は初めてハルシュタインの姿を見ることになったが、
唯一黒い月が直接降下してきた日本の国土に住む人々だけは、
黒い月の表面に浮かび上がった巨大なハルシュタインを目撃した。
同時に、それが有無を言わせぬ降伏勧告にほかならないのだと、
誰もが瞬時に理解した。

ハルシュタイン『地球上の全生命は今、私の手中にある。ならばどうする?
      貴様らはまだ抵抗を続けるのか……
      それとも跪き、額を地に擦り付け、服従するのか。
      防衛軍とやらの対応を見て判断させてもらうことにする』

アミとマミ、そしてミキは、
変わらず滑走路に横たわるキサラギとリッチェーンの上に立ち、
上空のハルシュタインの姿を見上げていた。
両者の表情は対照的であった。
気力のすべてを抜かれたようなアミたちに対してミキは、
怒りに歯を食いしばり、肩を震わせていた。

ミキ「バカにするな! 地球防衛軍は、決して降伏したりしないの!」

そのミキの声が聞こえたわけではないのだろうが、
黒い月は、その返事とも取れる挙動を示した。

黒い月の表面に、火花が走った。
稲妻のようでいて、しかしあまりにも巨大なので太陽フレアのようにも見えた。
そしてパァッと、一瞬、辺りを真っ白に染め上げる強烈な光が照射された。

無音……しかし、それを意識する間もなく、地球を揺るがす爆音。
破壊の輝きが、地球の表面を舐めた。
それは日本の中部地域から日本海を渡り、
大陸に達して最終的には北極海にまで達する“傷”を穿った。

それは黒い月によるあまりにも大規模な攻撃であり、
怪ロボットによる散発的な攻撃などは、
序章にも満たない稚戯のごときものであったことの証明であった。
我々が本気になれば、地球をあっという間に消し去ることも可能だと、
ハルシュタインは示して見せたのだ。

  「あ……あ、あぁあ……」

大地が激震し、大気が焼き付き、
黒い月に覆われた空さえも赤く燃え上がる終末の光景……。
ヘタヘタと、アミとマミはキサラギの肩の上に座り込んでしまった。
すでに戦いを投げ出そうとしていた自分たちだが、
ここまでの力の差を見せ付けられると、
自分たちが戦うとかどうとかいう問題など
大局にはまったく意味のないことであったと思い知らされる。

なんだ。
私たちの戦いなんて、最初からどうでもいいものだったんだ。

アミとマミの顔に、呆けたような笑いが浮かんでくる。
だが……そんな二人の隣で、
ミキは怒りの炎を消すことなく、それどころか更に激しく燃え上がらせていた。

ミキ「行くの! アミ! マミ!
  キサラギとリッチェーンで見せてやるの! 地球を舐めるな、って!」

……しかし、アミたちが立ち上がることはなかった。
言葉さえ返さず、目さえ合わせず、
座り込んだまま、顔を上げることさえ、ない。

ミキ「アミ! マミ!」

アミ「無理だよ……勝てるわけない……」

マミ「最初から勝てたのに、あいつらは地球をいたぶって楽しんでるだけなんだよ。
  私たちが、何をしても……無駄なんだよ……」

くぅっ、とミキが歯軋りを声に変え、
そしてはっきりとした勇気と意思を喉の奥からの言葉にした。

ミキ「そうなの! 無理なの! 無駄なの! そんなのわかってる!
   でもミキは嫌なの! 何もせずに諦めるのは絶対に嫌いなの!
   無理とか無駄とか、やってみてから口にするのと
   やる前に口にするのは、全然意味が違うの!」

アミたちを怒鳴りつけるミキの目には輝くものがあった。
それを見られることを嫌うようにミキは背を向けて、
リッチェーンのコクピットへと駆け出す。

ミキ「ミキは一人でもやるの!
   後悔したくないから、無理でも無駄でも、ミキは飛ぶの!」

コクピットにミキが飛び込むと同時にハッチが閉まり、
リッチェーンの目が鋭く光る。
ゆっくりとキサラギの体を押しのけるようにして立ち上がり、
黒い月を見上げるリッチェーンの体には、力がみなぎっているように見えた。

足の裏から噴射し、キサラギに似せて造られた地球防衛軍初の巨大ロボは、
大きく振動しながら巨体を舞い上がらせた。
ロケットエンジンが放つおびただしい煙が膨れ上がり、轟音が地面を震わせた。
加速を得て、リッチェーンの体はぐんぐんと上昇していく。

黒い月に向かって真っ直ぐに飛んでいくその姿は、
あまりに小さく、無力に見えた。
しかし決してそのスピードは緩むことなく、
巨大な敵に向かって唯一放たれた鋭い矢の一撃のように、
絶望の空を突き進んでいく。
アミは、座り込んだままでその光景を見上げ、
マミもまた、恐怖に自分の肩を抱いた姿勢を空を見上げていた。

黒い月が放った破壊の輝きによる地球へのダメージは大きく、
地鳴りのような轟音が絶えずまだ鳴り響いている。
焼けた大気も、焦がされた空もそのまま、
終末の光景はどのような希望の兆しも見せずアミたちの周囲を覆い尽くしている。

軍の索敵システムと連動しているインカムが二人の耳に警報を鳴らした。
怪ロボット接近――
遠方に目を凝らしてみれば、
迫り来る黒い影がついに視認できるところまで接近してきていた。
だがそれでも、アミたちは立ち上がることができない。

悔しさはある。
何とかしなくちゃいけないとも思う。
しかしまた戦いの中で、自分の目の前で、
かけがえのないものを失うのが怖かった。
失ってから後悔するのが怖かった。
何もせずにいれば、せめてこんな苦しみからは逃げられる。
そんな思いを、ぬぐい去ることができずにいた。

その時。

   『くっ……!』

アミたちは、キサラギの声を聞いた。

キサラギの声の正体は謎に包まれている。
それはパーツ同士が軋み合う音だとも、
通信系統の混線によるものだとも、色々な憶測が語られていた。
しかしアミたちは、キサラギの心が発するものだと信じていた。

だから……今は答えを求めるように二人はキサラギの顔を振り仰ぐ。
もしかすると、キサラギだけは私たちを許してくれるのではないかと、
そんな希望を持って顔を上げた。
だが――

アミ「キ……キサラギ……」

マミ「キサラギが、泣いてる……」

ゴーグルのようなパーツでキサラギの目の部分は覆われている。
その機械的なゴーグルのおかげで普段のキサラギからは、
表情めいたものが感じられることはない。。
しかし今、そんなゴーグルと頬の部分が触れるパーツ同士の隙間から、
液体が、止めどなく溢れ出していた。

マミ「やだ……どうして泣くの……?」

アミ「キサラギ……キミは……」

キサラギの涙は止まらない。
そしてその現象とともに、
どこからか場違いな“音”が聴こえてくる。
遠くからではなく……ひどく近くから。
音は、キサラギの口元から流れてくるようだった。


 泣くことなら たやすいけれど
 悲しみには 流されない
 恋したこと
 この別れさえ
 選んだのは
 自分だから

ノイズにまみれた、それは歌だった。
甘くて悲しい、恋の歌。
放送電波と混線したのだろうか?
それとも、誰かが悪戯に取り付けた機能が、
何かの拍子に起動したのだろうか?

原因は様々考えられるものの、しかし一番の問題は、
それが今この瞬間に流れ始めたという事実。
打ちひしがれて立ち上がることのできないアミとマミに、
語りかけるように歌が流れているという現実。

アミ「キサラギ……!」

 群れを離れた鳥のように
 明日の行き先などしらない
 だけど傷ついて
 血を流したって
 いつも心のまま
 ただ羽ばたくよ

駆動音がアミたちの体に響いてくる。

アミ「え……?」

マミ「キサラギ……」

アミたちのコマンドもなく、キサラギは、
ひとりでにシステムを再起動したのだ。
目の部分からはいまだ涙が溢れており、口元からは歌が流れ続けている。
その中、キサラギはやがて腕を持ち上げ、空に向かって高々とそれをかざした。

アミたちの腕に装着された希煌石が輝く。
戦いの最中に力を発する時のようなまぶしいばかりの輝きではなく、
淡い朝焼けのような優しい輝き。
そしてその輝きの中から、懐かしい姿が羽ばたき出てきた。

アミ「爺ちゃん……!?」

希煌石の中から現れたのは蒼い鳥。
しかしかつてのように言葉を発することはなく、
ただ懸命に羽ばたいてキサラギが掲げた腕に沿って舞い上がっていく。
歌が、その姿を後押しするように流れ続けていた。

 蒼い鳥
 もし幸せ
 近くにあっても
 あの空へ
 私は飛ぶ
 未来を信じて

 あなたを忘れない
 でもきのうにはかえれない

蒼い鳥の飛翔に促されるように、まずアミがゆっくりと立ち上がった。
呼応するように、一拍置いてマミも立ち上がる。
二人の心音に同調するように脈打つ希煌石。
その輝きに包まれて、アミとマミは祖父の言葉を思い出していた。

  『希煌石の輝きが必ず守ってくれる。恐れず進め、お前たちらしく』
  『ワシはいつでも見守っておる。
  お前たちの行く先を、この先もずっと照らし続けて……』

キサラギが突き上げた腕の先、
ベロチョロからの離脱の折に手のパーツは引きちぎられてしまっていたが、
確かに大空を指し示すようなその先で、
蒼い鳥は星のように輝き、そして弾けるようにして消えた。

それは希煌石に残っていた祖父の思念の欠片だったのか、
それとも希煌石の意志そのものだったのか。
いずれにせよ、言えることは一つ。
蒼い鳥はアミたちを導こうとして今一度ここに遣わされたのだ。
その事実が、アミたちの心を熱くする。
心音のドラムが、打ちひしがれた気持ちを煽るように
高鳴り始めているのを二人は感じていた。

マミ「後悔するのは怖い……後悔するなら、何もしない方がマシ……」

  『でもミキは嫌なの! 何もせずに諦めるのは絶対に嫌いなの!』

つぶやいたマミの声に答えるように、
今度はミキの言葉が蘇ってくる。

アミ「無理だとわかってるもん。後悔するのはわかりきってるもん……」

  『無理とか無駄とか、やってみてから口にするのと
  やる前に口にするのは、全然意味が違うの!』

今度はアミのつぶやきに、ミキが答えた。

マミ「やってみたら無理じゃなかった……やってみたら全然無駄じゃなかった……」

アミ「うん……そーいうことって、あるよね」

そして今は、互いのつぶやきに互いが答える。

アミマミ「結果オーライ、大逆転……。そうだよ、私たちには……」

希煌石がある!
二人揃ったその声は、
掲げられた希煌石から溢れる光の奔流の中に飲み込まれた。
太陽が堕ちてきたかのような輝きの中で、
二人はなお一層高く希煌石を掲げて、更なる大声で叫ぶ。

アミマミ「希煌石、全開! 飛べ! キサラギ!」

あらゆるパーツが軋み合う駆動音も猛々しく、
キサラギが大きな予備動作と共に立ち上がる。
首が振られると流していた涙は振り払われ、
そして口から流れ出る歌はさらに高鳴った。

膝を曲げて体を沈め、そして足裏からの噴射と共に体を伸ばし、
キサラギは、空へと舞い上がる。
黒い月が支配する空へと、一直線に……
キサラギが、決意の歌とともに飛翔した。

 蒼い鳥
 自由と孤独
 ふたつの翼で
 あの天空へ
 私は飛ぶ
 遥かな夢へと
 この翼もがれては
 生きてゆけない私だから




一際巨大な飛行怪ロボットにしがみついて、
リッチェーンは襲い来る飛行怪ロボット軍団と激しい戦闘を続けていた。
ロケットエンジンの燃料を使い尽くしてたどり着いた高高度。
しかしあともう一息というところで黒い月の表面に取り付くことはできず、
あえなく落下するしかないとなった時、
ミキは対峙していた巨大怪ロボットにダブルモーニングスターを絡ませて
上空での戦闘を続けるという芸当を見せた。

敵である怪ロボットを命綱にして、
雲霞のごとく押し寄せる怪ロボットを蹴散らしていく。
そんなサーカスじみた戦闘などリッチェーンの開発者は
想定どころか妄想することさえなかっただろうが、
それをやってのけるのがミキという不世出のパイロットだった。

だがそれもそろそろ限界だった。
いや、もともと限界などとうに超えてしまっていた。
滞空能力を持たない機体が成層圏以上の高度にとどまって戦っていること自体が異常なのだ。

さすがのミキのテクニックも、
科学と物理学に支配された自然法則を覆すことはできなかった。

ミキ(あいつら……リッチェーンじゃなくて
   巨大怪ロボットの方を攻撃してる……!)

リッチェーンが滞空するための足場としている怪ロボットに向かって、
味方であるはずの他の怪ロボットが攻撃を集中し始めた。
当然、足場を失ってしまえばリッチェーンとてあとは落下するのみである。

ミキは周囲を索敵して新たな足場になりそうな機体を探した。
コンピューターはいくつかの候補をはじき出すも、
どれに取り付くにしてもかなりの無理を覚悟する必要がありそうだった。
それに、ミキが次のターゲットを絞った瞬間に、
怪ロボットは先にその機体を破壊してしまうかも知れない。
ミキというパイロットの戦い方は、敵も嫌というほど思い知らされたはずなのだから。

そしてこの一瞬の迷いが、ミキにほんの僅かな隙を作った。
死角から数機の怪ロボットが急速に接近し、
一撃離脱の攻撃を連続してリッチェーンに命中させた。

ミキ「しまっ……」

リッチェーンを、爆炎が包み込む。
リッチェーンの機体が爆発したわけではない。
取り付いていた巨大怪ロボットがついに破壊されたのだ。

地上ほどは激しく湧き上がることもない黒煙を絡みつかせて、
リッチェーンの体が真っ逆さまに墜落していく。
放っておいてもリッチェーンの完全破壊は間違いなかったが、
それでも飛行怪ロボット軍団は、武器を乱射しながら追撃してくる。

リッチェーンのコクピット内のモニターには、
見る見る遠ざかっていく黒い月が映し出されていた。
やっと玄関先にまでたどり着いたと思ったのに……。
雨のように振り注ぐ攻撃の中、
回避もままならず好きなように攻撃を受けて落下することしかできない
自らの不甲斐なさに、ミキは心の中でリッチェーンに詫びた。

こんなところまで連れてきちゃってごめん、
無理させてごめん、
あなたの勇姿を誰かに語って聞かせられなくなりそうなのもごめん。

それは生存を諦めたがゆえの遺言ではない。
やれることはやる、と言ったミキである。
謝りながらもミキは諦めるつもりなどはなかった。
そう、やれることがあるうちは諦めることはない。
逆に言えば、諦めなければきっとやれることは見つかるはずなのだ。

そう言えば……
リッチェーンと共に空へと舞い上がる前、
自分がずっと持ち続けていた信念のようなものを言葉にしてぶつけた、
あの双子はどうしているだろう?

出会ったばかりだったけれど、アミとマミ、
あの二人のことは大好きになれそうだった。
あの時は怒鳴りつけたみたいになっちゃったけれど、
ミキのこと、嫌いにならないで欲しいな……。

ミキは明るい双子の笑顔を思い出して、
こんな時であるにもかかわらずどこか気持ちが朗らかになるのを感じていた。

  「ミキミキーーーーーーーーーっ!!!!!!!!」

最初、ミキはそれが記憶の中の声が聞こえただけだと思った。
だがそうではなかった。
その双子の声は、リッチェーンの通信回路の中に現実に飛び込んできたものであった。
サブモニターが、接近する機体の望遠映像を表示する。

ミキ「キサラギ!」

雲海を割って真っ直ぐに突き進んできたのは、
頭部の左右に双子の少女を乗せた巨大ロボ……
このリッチェーンのオリジナルとも言うべき最強の存在、キサラギであった。

キサラギは恐るべき速度で接近し、
やがてぶつかるようにしてリッチェーンと接触。
リッチェーンの自由落下を押し留め、
しかもその巨体を掴み取ったままさらに上昇を始めた。

追撃してきた飛行怪ロボット軍団も流石に驚いた様子で、
自分たちに向かって突っ込んでくる二体の巨大ロボに対して
一瞬だけ攻撃の手を緩めてしまった。
その隙を逃さず、アミとマミは輝く希煌石を頭上高くかざした。

アミ「今だ!」

マミ「無尽合体、トリニティ!」

それからの出来事を、リッチェーンのコクピットからミキは見続ける。
まるで夢の中で見るような光景を観察することとなった。

アミたちの手から発した眩いばかりの光は、
キサラギとリッチェーンを包み込み、
そして勇敢にも単機で襲い来た飛行怪ロボットをも包み込んだ。

光の中で、三体の巨大ロボットは一気に分解された。
破壊されたわけではない。
未知の力によって、それぞれパーツ単位にまで整然と“分けられた”のだ。
そして次の瞬間、それぞれのパーツは
まるでブロックが組みあがっていくかのように再構成されていく。

腕であったパーツが足につき、
噴射ノズルであったものが武器らしきものの先端に組み込まれ……
その再構成は一見無秩序にも見えたが、
しかしそれこそが、無尽合体の真骨頂。
既存のパーツを複雑に掛け合わせるこの方法で、
単なる足し算以上の性能が実現されるのである。

アミ『ミキミキ! 遅れてごめん!』

マミ『私たちとキサラギが来たからには、もう大丈夫だよ!』

呆然と無尽合体の成り行きを見守っていたミキの元に、双子の声が届く。
ミキは満面の笑顔になり、
自然と声が弾んでしまうのを止めることができなかった。

ミキ「ホント……遅いの! ミキってば、もうボロボロなんだからぁ!」

そんなミキの声に、明るい笑い声のハーモニーが帰ってくる。
そして――
リッチェーン、飛行怪ロボットとキサラギの無尽合体は、完成した。

胸にリッチェーンの頭部を抱き、
その他のパーツは脚部として再構成され、
今、キサラギの足は通常の二倍ほどにまで伸張していた。

特徴的な武装であったダブルモーニングスターにはトゲが生え、
噴射ノズルまでが加わって腕に装着されている。
飛行怪ロボットは巨大な翼のような形に再構成されて、キサラギの背に付いている。
これにより、キサラギの巨体をしてこの高高度での滞空が可能となった。
武器を強化し、滞空能力を手に入れたキサラギの姿。
その名も……

アミマミ「無尽合体完了! スターキサラギ! 完! 成!」




マコト「スターキサラギ……? あれが、ここに突っ込んでくると言うのか……」

黒い月内――脱出艇の係留所で、
マコトはモニター越しに迫り来るスターキサラギの姿を見ていた。
彼女の傍らには、自ら歩くことさえままならないほどに衰弱したイオリがいる。

マコト「あれがあなたの求めるものの力なのだとしたら……
    今度はこんな戯れのような作戦ではなく、
    もっと勝利にこだわった作戦で挑みたいものですね、ハルシュタイン……」

マコトは宇宙の深淵を見つめるかのような遠い目で一人呟き、
手近の脱出艇にイオリの体を押し込む。

マコト「元気を出して……イオリ。
    キミの力は、まだ僕たちには必要なんだから」

自らも脱出艇に乗り込み、マコトはゆっくりとハッチを閉めた。




アミマミ「ハイパーリッチェーンハンマーーーーっ!」

無尽合体によって強化された
リッチェーンのダブルモーニングスターの威力は桁外れだった。
ひと振りすれば数体の怪ロボットが吹き飛び、
巨大な相手であっても、タイミングを合わせてダブルで命中させれば
相手の体はただの鉄くずのようにひしゃげて爆散……
キサラギは今、無敵の武器を手に入れたと言ってよかった。

ミキ『マミ、あそこ! 怪ロボットが出てくるハッチみたいなのがあるの!』

合体したスターキサラギの中で、ミキは索敵や情報収集の役割を担っていた。
ミキが示したのは黒い月の一画。
なだらかで継ぎ目一つ無いように見える表面に、
よく見ればかすかなディテールが浮き上がっているのが確認できた。

アミ「あれか! よーし……スターキサラギ、フルパワーーーーー!」

しつこく襲い来る飛行怪ロボット軍団を蹴散らし、
背中に合体した怪ロボットの翼から噴射して、
スターキサラギは黒い月へと直進した。

マミ「ハイパーリッチェーンハンマー、ダブルインパクトーーーーー!」

自ら噴射して、ハンマーが二つ同時に月の表面にえぐりこまれる。
爆発が起こり、これまでどんな攻撃も受け付けなかった漆黒の曲面に、
ついに小さな穴が穿たれた。

マミ「突っ込め! スターキサラギ!」

アミ「最終ステージ……ラスボス戦だーーーーー!」

   『くっ……!』

スターキサラギの巨体に対して、決して大きくはない僅かな穴。
しかし構わず、アミたちはスターキサラギをそこに飛び込ませた。
大きく展開していた怪ロボットの翼が外壁に接触して吹き飛んだが、
勢いを緩めることなくスターキサラギは前進する。
ハイパーリッチェーンハンマーを振り回し、
入り組んだ構造物を破壊していくその姿は阿修羅のごとく。
そこに、アミとマミの裂ぱくの気合が伴った声が乗る。

アミマミ「行っっけぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーっ!」

外の激しい攻撃が嘘のように、
黒い月の中において敵ロボットの抵抗は皆無に等しかった。
最初こそ構造物を薙ぎ払いながら
鬼の進撃を見せていたスターキサラギであったが、
一度大きな通路に出てしまうと、
あとはハンマーを振り回す必要さえなく深部へと進行することができた。

ミキ『なんか……誘われてるみたいなの……』

アミ「それならそれでいーよ!」

マミ「うん、たとえ罠だったとしても、
   結局ラスボス部屋に行かなきゃゲームクリアにはならないしね!」

通路をひたすら真っ直ぐに進んでいくキサラギ。
と、突然、目の前に広い空間が現れた。
ハッチや扉などは無く、
通路の行き止まりがそのまま巨大な部屋になっているようだった。
スターキサラギの中で現在位置を分析していたミキは、
そこが黒い月の中心だとアミたちに告げる。

マミ「ここが……?」

アミ「ラスボスの部屋にしちゃ、面白みに欠けるってゆーか……」

アミが呟いた通り、そこはシンプルを通り越して“何もない”部屋だった。
しかし薄暗い中を目を凝らすと、ぽつんと一つだけ、
床に出っ張りが生えているのが見つかる。
それは非常に小さく、丁度、
人間一人が腰掛けられるくらいの椅子にも見えて――

ミキ『っ!? アミ! マミ!』

インカム越しに、驚いた様子のミキの声が伝わってくる。
何かの脅威を発見したのか、それとも……

マミ「だ……誰……?」

唯一発見された椅子には、何者かが腰掛けていた。
目視では、すぐに気付けなかった。
特殊なセンサーで見ていたミキだから、
アミたちよりも先にその存在に気づいたのだろう。

しかし、アミはその人影に奇妙な印象を持った。
まるで気配が感じられなかったのである。
宇宙に近い位置に浮かぶ巨大な人工物の中、
自分たちでさえスター・ツインズになっていなければ呼吸できるかも怪しい環境下で、
人間の気配などというものを語るのもおかしい話だ。
だがそれにしても存在感がなさ過ぎる、とアミは首を傾げるのだった。

  「来たか、キサラギ。希煌石を宿す辺境宇宙の蛮族よ」

椅子から立ち上がり、暗く奥まった場所から、人影は進み出てきた。
広く無機質な空間の中で巨大なロボットと対したのは、黒衣の少女だった。

アミ「女の子……?」

マミ「いや、あれって確か……ハルシュタインって……」

黒い月が降下してきた際、
全世界に向けて声明を発表した人間の姿を、マミは思い出していた。

ハルシュタイン「いかにも、ハルシュタイン……それが私の名だ」

マミ「お前が……悪の総元締め……!」

アミ「ラスボス!」

巨大な刺付きの鉄球を携え、
少なからず凶悪な姿をあからさまにしているスターキサラギに対して、
それでもハルシュタインは余裕の微笑さえ見せた。
スターキサラギを見上げ、その顔は満足そうですらある。

ハルシュタイン「素晴らしい……素晴らしい姿だ、キサラギ。
      希煌石の力をこれほどまでに体現するとは……」

アミ「希煌石のことを知ってる……?」

マミ「ハルシュタイン! あんたって一体何者!?」

ハルシュタイン「私は全宇宙の神となるべき存在……。
      そのために、希煌石を求める者……」

アミたちの目に、ギラリとハルシュタインの眼が光ったように見えた。
巨大なロボの上にありながら、思わずアミとマミは後ずさる。
それほどまでに、ハルシュタインの視線には底知れない力が感じられた。

ハルシュタイン「地球人、私は満足しているよ。私が与えた脅威を幾度となく退け、
      希煌石が本物であると証明し続けたお前たちには、尊敬の念すら覚える。
      ありがとう、私は本気になることができる新たな目標を得た」

ハルシュタインは饒舌に語り続ける。
その内容をほとんど理解できないアミたちだったが、
何やら邪な感情が根底に流れていることだけは本能的に感じていた。

間違いない、コイツは悪だと、アミたちは心の中で判断を下していた。
そしてそれはミキにしても同じだった。

ハルシュタインがまた一歩踏み出そうとした時、
突然、スターキサラギが大きく挙動した。

ミキ『こいつをやっつければ、すべてが終わるのーーーーーー!』

操縦系統をマニュアルに切り替えて、
ミキはハイパーリッチェーンハンマーをハルシュタインに向かって振り下ろした。
本能が鳴らす警鐘に、ダイレクトに反応するのがミキである。
そう訓練されて、彼女は天才パイロットと呼ばれるまでになったのだ。

人間大の目標に向かって、
明らかに大げさなスターキサラギの一撃が炸裂した。
巨大なハンマーは、広間の床ごとハルシュタインの体を押しつぶす。
しかし、

ハルシュタイン「残念だった。私はここにいて、ここにはいない。
      もはや私の存在は、人を超えた宇宙的現象に過ぎないのだから」

打ち下ろされたハンマーの上に、ハルシュタインの姿が現れた。
そこでようやくアミは理解する。
目の前のハルシュタインの姿にまるで存在感を感じなかった理由を。
全宇宙の神を名乗る敵は、わざわざ自ら僻地におもむくことはせず、
どこか宇宙の深遠――
恐らくハルシュタインが率いる宇宙規模の軍隊の本拠地に、その実体はあるのだと。

そう、今回の地球侵攻に、ハルシュタインはまるで本気ではなかったのだ。

ハルシュタイン「いずれまた会おう……。
      その時、お前たちが目の当たりにする破壊は、こんなに生易しいものではない。
      絶望よりも深い完全なる無を、知ることになる」

言葉が終わると同時に、黒い月全体が激しく揺れた。
スターキサラギがいる広い空間の床にも亀裂が走る。
それは、突発的な崩壊の訪れであった。

ハルシュタイン「さらばだ……。
      宇宙の真理のきざはしにさえ触れたことのない愚かな蛮族よ」

スターキサラギの前から、ハルシュタインの姿が掻き消えた。
崩壊はその間にも進み、がれきの雨がスターキサラギに降り注ぐ。

ミキ『マズイの! 脱出するの!』

ミキの声を受けて、アミたちは希煌石に向かって叫ぶ。

アミマミ「スターキサラギ! 緊急退避!」

   『くっ……!』

動き始めるスターキサラギの巨体。
しかしそこに一際大きな構造物が、
頭上から真っ直ぐスターキサラギ目がけて落下してくる。
アミたちがそれに気付いた時、落下物の影は、
すでに見上げる少女たちの顔に落ちるまでに迫り来ていた。

  「え……?」

あっけないほど気の抜けた声が、轟音の中にかき消された。




大気圏の中での黒い月の崩壊は、地上に甚大な被害をもたらした。
しかしそれが地球文明を壊滅させたかと言えばそうではない。
人類はしぶとく生き延びた。

日本を取り囲み、浜松の地球防衛軍基地を襲っていた怪ロボット軍団は、
その大半が黒い月の崩壊と共に活動を停止したが、
残った戦力も、防衛軍の通常戦力によって駆逐された。

人類は、ひどく手痛くやられはしたが、勝利したのだ。
多くのものを失い、今は絶望を感じる人もいるだろう。
しかしこの勝利という実感こそが希望を生み、
そしてまた襲い来るであろう脅威に対抗しようとする、
未来への意志を育むことになるのだ。

南海の孤島。
その波打ち際に、大破して分離したキサラギとリッチェーンの巨体が横たわっていた。
黒い月の崩壊からなんとか脱出し、
アミとマミは希煌石の力のリミッターを解除して、
地球への帰還コースを最低限確保することに成功した。

結果、キサラギとリッチェーンはボロボロになり、
アミたちにしても心の奥に残しておいた最後の胆力のようなものを
根こそぎ持って行かれたような気がしたが……。
それでも無事に、アミ、マミ、ミキの三人は今、
確かに地球の空気を吸っていた。
キサラギたちと同じように、波打ち際に座り込んで空を仰いでいた。

急激に押し寄せてくる夜の気配が染め上げる紫色の空と、
いまだ落下してくる黒い月の破片が造る流星群を見るその表情は、
どこか晴れやかでもあり……それでいてどこか痛々しいようでもあった。

アミ「終わった……? ううん、何も終わってないよね、きっと」

マミ「でも……私たちはやったよ。後悔しないように……やりきったよ?」

ミキ「うん……アミとマミは、本当にスゴイの。ミキ、超リスペクトなの……」

アミマミ「ミキミキ……」

アミとマミが同時にミキを振り返る。
するとミキは、砂浜に寝転がったまま、すぅすぅと寝息を立て始めていた。
顔を見合わせ、アミとマミが笑う。

ありがとう、ミキミキ……!

言葉にせずとも、二人の気持ちはハーモニーを奏でるように重なった。

これでボイノベ版キサラギの内容はおしまいです
ここからが劇場版キサラギの内容にあたる展開になります
多分明日の夜投下します

毎日この分量書いてるのか
それとも書き溜めを少しずつ放出か
よくまあ書けるもんだと思うよ

俺氏、今日はまだ20行すら進んでない模様




マコト「……ほら、イオリ。立って」

イオリ「……」

いまだぐったりと虚脱したままのイオリの腕を肩に回し、マコトは脱出艇を降りる。
月よりさらに地球から遠く離れた宇宙空間内に位置する、
いわば銀河帝国軍太陽系支部とでも言うべき巨大な宇宙船へと、彼女たちは降り立った。

イオリ「ハル……シュタイン……閣下……。ハルシュタイン……閣下……」

マコト「イオリ……」

虚ろな目でうわ言のように主君の名を繰り返す友を、
マコトは憐憫の情を込めた目で見つめる。
だがその視線は、ふと聞こえた足音へ向けて逸らされた。

ハルシュタイン「ご苦労だったな、マコト」

マコト「……ハルシュタイン閣下」

その声に、イオリの肩が跳ねる。
が、顔を上げることはなく、うな垂れたままで歩み寄る足音をただ聞いていた。
しかしその耳に次に届いた言葉に、イオリは目を見開く。

ハルシュタイン「イオリも、ご苦労だった。今まで本当によくやってくれたよ」

イオリ「……まだ、これ以上の罰をお与えになるのですね。
    閣下から見限られたことこそが、私にとってはこれ以上ない苦痛であるというのに……」

ハルシュタインの労いを嫌味と受け取ったのだろう。
がくりと膝を折ったイオリの口からは、反抗とも取れる言葉が漏れ出す。
だがハルシュタインはそんなイオリを前に、微笑を浮かべて言った。

ハルシュタイン「見限ってなどいない。最後のチャンスは、まだ続いているのだから」

イオリ「え……」

ハルシュタイン「嬉しいのだよ、イオリ。
      私が心の底から、これほどまでに渇望するものが今まであっただろうか……。
      私は、希煌石が欲しい。だからこそ本気になることができる」

高揚した様子のハルシュタインの声に、
恐る恐るといった様子でイオリは膝をついたまま顔を上げる。

ハルシュタイン「イオリよ――《常勝の令嬢》を冠していた者よ。
      お前の功績も実力も、私は認めていた。
      しかし今、その信用は地に堕ちた。それは自覚しているな?」

イオリの表情が、酷く歪んだ。
対照的にハルシュタインは微笑を崩さぬまま、
どこか満足げに、イオリを見下ろし続けている。

ハルシュタイン「私はこれから地球へと向かう。我が銀河帝国軍、最大の兵力を率いてな……。
      だが、もしお前が私の到着を待たずしてキサラギを打ち倒したならば、
      お前は再び、失われたものを手にすることができるだろう」

イオリ「――っ! で、では」

ハルシュタイン「ただし」

目の色を変えたイオリの言葉を遮るように、
ハルシュタインは目を細めて続ける。

ハルシュタイン「お前自らが単機でキサラギに挑むのだ、イオリ。
      希煌石の力を相手にしては有象無象の怪ロボットなど
      ただの鉄屑同然であることは既に証明されているからな。
      お前には我が軍有数のロボットを一機、授けてやろう。
      その機体でキサラギを打ち倒し……失ったものを取り戻してみせよ」

光を失ったイオリの目が今一度輝き出した。
立ち上がったその姿には失われた気力がみなぎっていた。
イオリが失ったもの。
今、イオリが欲してやまないもの。
それは――

イオリ「お任せ下さい……必ずや。必ずや! 勝利を!
    そして親愛なる総統閣下の信頼を! 再び手に入れてみせましょう!」




ハルシュタインの降伏勧告から数ヶ月が経過した。
一時は絶望を味わわされたあの未曾有の大規模攻撃を乗り越えた経験を経て、勝利を得て、
人々は懸命に前を向いて生き続けた。
大きな爪痕は残っているが、終末を思わせたあの光景は、
再建を目指す地球人たちの活気溢れる光景へと色を変えていた。

防衛軍に対する非難の声は、意外なほど少なかった。
予想されたものとしては、まず一つに黒い月の崩壊がもたらした被害についての非難。
地上へと降り注いだ黒い月本体の残骸は、決して少なくない損害を日本各地に与えた。
その件について、主にキサラギとリッチェーン、
そしてパイロットであるアミたちが糾弾される可能性が懸念されていた。
またそれ以外にも、大量に出現した怪ロボット群から守りきれなかった地域からの
批判も、防衛軍はある程度覚悟していた。

だが、そういった批判的意見をすら消し飛ばしてしまったのが、
崩落前に見せたあの圧倒的な攻撃であった。

地球に巨大な傷を穿ったあの攻撃が、
「アレを二度も三度も喰らうよりはずっとマシ」と大半の地球人類たちに思わせたのだ。
つまり皮肉にも、地球に最悪のダメージを与えたあの攻撃が、
結果的にはアミたちを批判の声から防ぐ壁となったのである。

人々は過ぎたことを嘆くよりも、希望を胸に未来へ向かうことを選んだ。
そのおかげで地球防衛軍もまた、彼らのなすべきことに集中することができる。
いつまた始まるか分からないハルシュタインの地球侵攻に備え、
防衛軍の人員は忙しく立ち回るのであった。

マミ「――っていうのに、私たちこんなことしてていいのかなぁ」

ミキ「仕方ないって思うな。だってキサラギもリッチェーンもまだ修理中だし」

アミ「っていうかマミだって結構普通に楽しんでるじゃん」

マミ「それはそうだけど……」

苦笑いして決まり悪そうに頬をかくマミ。
その反対側の手には今、大きな買い物袋が下げられている。

そんなマミにと並んで歩くアミの片手にも
もちろんマミと同じように袋が下げられており、
ミキに至っては両手が大量の荷物で塞がっていた。

瓦礫撤去や大規模な工事が日本中で行われている今、
本来であればキサラギやリッチェーンは全国各地から引っ張りだこであっただろう。
しかし先の戦いで二機は大きな損傷を負った。
次にいつ怪ロボットの襲撃があるか分からない中で、
地球防衛軍の主戦力である二機の巨大ロボの修理は
最大の人員、資金を注ぎ込んで最優先で行われていた。

しかしそれでも、巨大かつ精密な造りの二機である。
日本中が忙しく働きまわる中、
巨大ロボの操者である少女たちが買い物袋をぶら下げて
繁華街を歩き回っている光景から分かるように、
未だにキサラギとリッチェーンは完全復活を待つ身のままなのだった。

ミキ「マミの気持ちも分かるけど、あんまり気にしない方がいいって思うな。
  隊のみんなも言ってたの。休むのも仕事の内だよって。
  たまにはこーやってリフレッシュしないと病気になっちゃうってカンジ」

アミ「そーそー。もう学校もフツーに始まってるんだし、
  勉強も任務もない日くらいは楽しまなきゃダメだよ!」

ミキもアミも決して無責任なことを言っているわけではない。
キサラギとリッチェーンが修理中だからと言って任務や訓練がなくなるわけでもなく、
寧ろ大規模攻撃に関する事後処理を含む諸々の影響を受け、忙しさは増していた。
難しいことはすべて大人に任せたいというのが
まだ中学生である彼女たちの本音ではあったが、当然そういうわけにはいかない。
黒い月本体の内部を知るのも、ハルシュタインと話を交わしたのも、アミたちだけなのだ。

そんなわけで、ミキとアミが説く休暇の必要性はまず間違いなく事実であり、
それでも自分たちが休んでいることに僅かながら罪悪感を抱くマミを、
二人は案ずるのだった。

だが、マミにとってもやはり久しぶりのショッピングは楽しく、
抱いていた罪悪感も本当に僅かなものであったようで、
苦笑いはすぐに、混じりけのない無邪気な笑顔へと変わった。

マミ「んー……ま、そだね! 二人の言うとおり、楽しめる時には楽しんどかなきゃね!」

アミ「そーこなくっちゃ!」

ミキ「うんうん。と、いうわけで、早く次のお店に行くの!
   ミキね、ずっと気になってるブティックがあったんだ!」

マミ「あっ、ちょっと待ってよミキミキー!」

アミ「っていうかミキミキ、まだ買うの?
  もう今の時点でアミたちの二倍くらい買ってるよね!?」

ミキ「まだまだ、こんなんじゃ満足できないの!
  今日は今月のお給料ぜんぶ使っちゃうつもりなんだから!」

両手に繋がる巨大な塊を振り回しながら走り去るミキの後ろ姿を見て、
まるでリッチェーンのダブルモーニングスターのようだとアミたちは感嘆のため息をつく。

マミ「す、すごいねミキミキ、あんな大荷物抱えて……
  しかもお給料ぜんぶ使っちゃうって。
  本当に全力フルパワーでリフレッシュする気なんだね」

アミ「よ……よーし、私も負けてらんない!
  ミキミキ、どっちがリフレッシュするか勝負だー!」

ミキ「あはっ☆ のぞむところなの!」

マミ「う、うおぉぉーーーっ! 私だって負けるかぁーーーーー!
  今日はパーっと行ってやるぜぇーーーーーー!」

――それから数時間後。
繁華街から少し外れた公園のベンチには、
大量の袋に囲まれてぐったりと座る三人の少女の姿があった。

アミ「燃え尽きたぜ……真っ白な灰にな……」

マミ「ふっ……こんな熱いリフレッシュは初めてだったよ……」

ミキ「ミキもなの……。さすがはアミとマミってカンジ……」

ベンチの背もたれに寄りかかって天を仰ぐ彼女たちの顔には、
どこか満足げな笑みが浮かんでいる。
全身を包み込む暖かな陽の光、優しく髪を撫でる風、木々の葉が擦れ合う音。
心地よい疲労感の中にぼんやりと沈み込む三人の心に、

  (リフレッシュって、こういうのだっけ……)

ふとそんな思いがチラリとよぎったが、今の彼女たちには瑣末な疑問であった。

マミ「うん……よくわかんないけど、今日はすごくリフレッシュできた気がする」

アミ「取り敢えず楽しかったし、それでいいよね」

ミキ「ミキ的にも今日は満足できたってカンジなの」

背もたれから体を起こして笑い合う。
本人たちが満足したのであれば、
熱く燃え尽きるリフレッシュもたまにはいいのかもしれない。

それから少しの間を空けて、ふと思い立ったように、
アミがミキの足元に置かれた大量の戦利品を指差して言った。

アミ「ねぇねぇ、ミキミキはどんなの買ったの?」

ミキ「色んなもの、たくさんだよ。見てみる?」

アミ「うん、見せて見せてー!」

マミ「そんじゃ、お互いに戦利品の確認と行きますか!」

そうしてアミたちは互いの買い物袋を空けて、中身を一つ一つ取り出して確認をする。
そのたびにコメントを言い合う光景はさながら品評会のようだ。

ミキ「あはっ☆ このアクセかわいーの! アミに超似合うってカンジ!」

アミ「んっふっふ~。このアミのセンスをなめてもらっちゃあ困りますなぁ。
  そういうミキミキだって……。この下着!」

マミ「うあうあー! ミキミキ超セクシー!」

ミキ「イヤ~ンなの! こんなとこで下着出しちゃ、ヤ!」

女三人寄ればかしましいとはよく言ったもので、
女子中学生らしくはしゃぎながら会話する三人の姿を見ると、
確かに見事、リフレッシュには成功したと言えるだろう。

しかし、ミキが取り出したいくつ目かのアクセサリーが、
ふいにその会話を止めた。

ミキ「あっ、このシュシュも可愛い! でも意外なの。マミもこんなの付けるんだ?」

ミキが掲げたそれは、ふわふわとした装飾の、どこか幼い印象を放つ髪飾り。
それまでにミキが確認したマミの戦利品とは明らかに雰囲気を異にしている。

とは言え、それをマミが着けること自体はあり得るだろうし、
着ければそれはそれで似合うだろう。
だがミキが不思議に思ったのは、その髪飾りが“二つ”あったということだ。
普段のマミの髪型を考えればミキが違和感を覚えるのも当然のことだった。

マミ「あー、えっと、あはは。まぁ、ね」

そしてマミの様子も明らかに変わった。
どこかバツの悪そうな、ごまかすような反応を返したマミに
きょとんとした表情を向けるミキであったが、
その横からアミが薄く笑って答えた。

アミ「えっとね……それ、ヤヨイっちに似合うと思って買ったんだ。アミとマミで、一個ずつ」

ミキ「……そっか。ヤヨイのためのプレゼントだったんだね」

マミ「うん……。だってホラ、仲直りのきっかけになるかも知れないでしょ?」

だがそう言ってアミとマミが浮かべている笑顔は、
ヤヨイとの仲直りを楽観的に考えているようなそれではない。
ただ、二人は信じたいのだ。
実際に買って手元に置いておくことで望む未来が現実になるんじゃないか、
そんな半ばお守りのような気持ちで、二人は髪飾りを購入したのだ。

ミキ「……そうだね。きっと仲直りできるって思うな」

その言葉に、アミたちは思わずミキに顔を向ける。
ミキの口調は軽かった。
しかしミキは上辺だけの慰めを言うような性格ではないと、
これまでの付き合いを通してアミたちもよく知っている。
だからこそ二人は黙ってミキの言葉を待ち、
ミキはそれに応えるように、手元の髪飾りに目を落としたまま微笑んで続けた。

ミキ「ミキ、ヤヨイのことはあんまりよく知らないけど、
  でもヤヨイが二人のこと大好きだったのは知ってるよ」

アミ「ミキミキ……」

ミキ「だからアミとマミなら、また友達になれるの。
  ヤヨイだってきっと、またアミたちのこと好きになってくれるよ。
  一回アミとマミの友達になったら、嫌いになるなんて絶対にあり得ないの」

ミキは顔を上げ、二人に向けて笑顔で言い切った。
本当に心の底からミキはそう思っているのだ。
アミたちにはそれが分かり、溢れそうになる涙を堪え、そして満面の笑みを返した。

マミ「だよねだよね! マミたち、超人気者だし!」

アミ「なんてったって学園のアイドルだもんねー!」

ミキ「あはっ☆ でも人気ならミキだって負けてないの!」

憂いを帯びた双子の表情も、今は明るく輝いている。
ヤヨイの裏切りによって心に深く刻まれた傷はまだ、消えていはいない。
しかしその傷の痛みを、アミとマミは未来へ進む糧とする。
いつかこのことも思い出話として笑って話せる日がきっと来ると、そう信じて。




片手で雑に掴んだ衣服を、少女は目を細めて見下ろす。
その目に宿る感情は、
幼い少女の見た目からは想像もつかないほど黒く、そして複雑だった。

少女は表情を変えぬまま、無造作に衣服を暗い穴へと放り込む。
かつて彼女が着用していたそれは、
瞬く間に深い闇へと飲み込まれ、やがては宇宙の塵となって消え去った。

踵を返して部屋の出口へと向かう。
扉を抜け、薄暗い廊下をしばらく歩いた先に、少し大きめの扉が見えた。
前に立つと静かな音を立てて扉は開き、
まず初めに目に入ったのは、広い空間とそこに立つ巨大ロボット。
そしてそれを黙って見上げる、気品漂う後ろ姿。
少女はそれまで色のなかった表情にフッと薄い笑いが浮かべ、
歩み寄りながらその背に向かって声をかけた。

ヤヨイ「団長」

マコト「ああ、ヤヨイ……待っていたよ」

ヤヨイ「お待たせしてごめんなさい。処分し忘れていたゴミが溜まっていて」

マコト「そうか」

マコトは一言そう返して再び眼前に立つ大きな影に向き直った。
それに倣うようにし、ヤヨイも隣に並んでその巨大ロボを見上げる。

その怪ロボットのシルエットのうち最も目に付くのは、
西洋の悪魔を想起させる禍々しい巨大な翼。
一目見て飛行怪ロボットであることを理解させるその両翼が生えている本体は、
目立つ翼とは対照的に、余分な機能を一切取り払ったシンプルな形をしていた。
コクピットにあたる上部に最低限の武装を残した紡錘形を取る本体は、
丸みを帯びた部分と尖った部分が、まさに操者の二面性を表しているようである。

マコト「懐かしいだろう? 君の専用機だ。もうメンテナンスは完了しているよ」

ヤヨイ「それじゃあ、私の出撃はもうすぐ?」

マコト「いいや。君の出番はあくまで“次の一手”。イオリが失敗した時のね」

マコトは巨大ロボを見つめ続ける目を僅かに細める。
それは相変わらずのハルシュタインの周到さに笑みを零したようにも、
挽回のチャンスを与えられながら
やはり保険をかけられるイオリを哀れんでいるようにも見えた。

ヤヨイ「そうでしたか……。私はそれでも構わないですけど、イオリ司令はそのことは?」

マコト「わかっているはずだよ。だからこそイオリは本気だ。
   今度こそ本当に、失敗すれば次はないと思っているからね」

ふーん、とヤヨイは興味なさそうに鼻を鳴らした。
ヤヨイはイオリのことを嫌っているわけではないし、寧ろ好ましく思っている方ではある。
だが、それだけだった。

ハルシュタインへの敬愛を除いて、ヤヨイは他者との関係に感情を持ち込まない。
しかしそれゆえに好ましい関係を築き上げることも容易く、
築き上げた関係をなんの未練もなく打ち壊すこともできる。
そしてそのことに、ヤヨイは至上の喜びを感じるのだ。
そういう意味では、“他者との関係に感情を持ち込まない”というのは適当ではないとも言える。
ズタズタに引き裂かれた関係にこそ、ヤヨイは多大なる感情を覚えるのだから。

一見すると幼く無垢な顔を持つこの少女が《裏切りと策謀の闇の天使》の名を冠せられ、
ハルシュタインから一定以上の信頼を得ているのには、こうした理由があった。
マコトもまた、ハルシュタイン近衛師団長として、
部下であるヤヨイの働きには一目を置いている。

ヤヨイ「まあ、失敗したらしたで私が頑張ればいいだけのことですよね? マコト団長?」

マコト「……そうだね」

ヤヨイ「あー、早く出撃したいなぁ。
    さっさとキサラギをぶっ潰して、本部に帰りたいかなーって!」

そう言って不敵に笑うヤヨイであったが
その横顔を見ながらマコトは、数ヶ月前の彼女の表情を重ねた。
キサラギのパイロット、アミとマミを裏切った直後のヤヨイの様子には、
明らかにそれまで覚えたことのない違和感があった。
ヤヨイ自身もそのことは自覚しているはずだ。
それを思えば、好戦的なヤヨイの言葉も、字義通りには聞こえない。

そしてこのマコトの洞察は――見事、ヤヨイの内面を捉えていた。
あの双子と別れてから自分の心にしつこくへばり付く訳の分からない気持ち悪さを、
ヤヨイは少しでも早く削り落としてしまいたかった。

地球などという辺境の惑星に居た時の持ち物は全て廃棄した。
下らない記憶を想起させる邪魔な異物はもう一つとして残っていない。
頭の中に残ったものも徐々に薄れつつある。
あとはキサラギを打ち倒すことでおしまい。
アミとマミを始末して関係を完全に断ち切ることで、きっと何もかも元通りになる。
闇の天使としての自分を取り戻すことができる……。

ヤヨイはそう信じ、一刻も早い出撃を願うのだった。

今日はこのくらいにしておきます
続きは多分明日の夜投下します

>>260
もう少し先の分まで書き溜めてるのを放出してます
追いつきそうになったらペースが落ちると思います




マミ「よーし、キサラギ! 次はあの瓦礫の山を向こうに運んじゃおう!」

アミ「いやぁ、労働で汗を流すのは気持ちがいいねぇ」

  『くっ……!』

コマンドを受け付けたキサラギの声が
特に汗を流しているわけでもないアミに対するツッコミのように聞こえ、
その可笑しさにアミとマミはケラケラと笑い合った。
笑いが止まぬうちに、キサラギはマミの示した場所へたどり着き、大量の瓦礫を運び出す。

待ちに待ったキサラギの修理が完了したのが昨日のこと。
メンテナンスも全て終え、今日から早速、
最終チェックも兼ねて瓦礫撤去の手伝いを始めたのだ。
作業開始からそれなりの時間が経つが、
何も問題なくキサラギは以前のように立派に働いてくれている。
そんな相棒の姿にアミとマミはなんだか嬉しくなって
いつもより更に饒舌に、冗談を言っては機嫌よく笑い声を上げるのだった。

ミキ『オーライオーライ、そのままでオッケーなのー』

マミ「はいよ、ミキミキ!」

アミ「瓦礫大盛り一丁!」

アミとマミがキサラギのパイロットとして復帰を果たした一方、
ミキはインカム越しに二人に指示する役目を務めている。
件の戦いで負った傷はリッチェーンの方がキサラギよりも酷かったこともあるが、
希煌石という神秘の力に頼ることのできないリッチェーンの修理には、
より長い時間がかけられていた。

ミキ『二人とも大丈夫? 休憩しとかなくてもいい?』

アミ「ううん、平気! この調子でちゃちゃっと終わらせちゃうよ!」

マミ「ありがと、ミキミキ!」

ミキ『ミキも一緒に手伝えれば良かったんだけど……。
   まったくもう、リッチェーンだけちょっと修理に時間かかりすぎだって思うな!』

アミ「まあまあ、抑えて抑えて」

マミ「ミキミキとリッチェーンがそれだけ頑張ってくれたってことなんだから」

ミキはもちろん、リッチェーンの修理を担当している作業員たちに
文句を言っているわけではない。
ただ、パイロットとしての役目を果たすことのできないこの時間にヤキモキしているのである。
そんなミキの気持ちはアミたちにもよく分かり、
遠く離れたミキを、身振り手振りを加えつつなだめるのであった。
そしてミキはそんなアミたちの言葉に対し、

ミキ『むー。じゃあそういうことにしといてあげるの』

とわざとらしく拗ねたような声をインカム越しに聞かせながらも、直後にその口元を緩ませる。
ミキにとってリッチェーンの損傷が大きかったことは、
マミの言う通り、自分とリッチェーンが頑張ったことの証であり、
アミとマミとの三人で勝ち取った勝利の証でもある。
そのことがミキは密かに、少しだけ誇らしく感じるのだった。

しかしその誇らしさも束の間、
笑顔とともに影を潜ませ、歯がゆさへと変わった。

前回の大規模攻撃――黒い月本体の降下から今日まで。
キサラギとリッチェーンという主戦力の穴を補うべく様々な対応策が練られる中、
あるいはこのまま平穏が続くのではないかと錯覚するほどに、
怪ロボットの襲撃はその兆候すら見せることはなかった。
しかしその泡沫のような、願望に近い錯覚から今、人々は目覚めることになる。

  「――っ!」

手元の端末から、インカムから、
前触れ無く流れたアラームにアミたちは同時に息を呑んだ。
次いで音声が流れ出る。

怪ロボット出現、第一種戦闘配備。

続く詳細な情報をアミたちは一つとして漏らさぬよう集中して聞く。
数は一機、現場はここから離れた山中。
今のところ目立った破壊活動はせず、
今自分たちが居るこの場所へと進行中、とのことだった。

アミ「行かなきゃ、だね」

互いに見合わせて頷く双子の表情は少し前までとは打って変わり、
地球防衛軍隊員、キサラギのパイロットとしてのそれとなっている。

マミ「行ってくるね、ミキミキ! すぐ戻ってくるから!」

ミキ『……うん、頑張って! ミキ、応援してるね!』

インカム越しのミキの声と遠く離れた本人の姿に、
アミとマミは大きなガッツポーズで応えて見せた。
そしてキサラギの体は唸りを上げて走り出し、
見る見る小さくなっていくその影を見送るミキは、ただ黙って拳を握る。

――今は、今の自分にできることをやろう。
やがてきゅっと唇を結び、ミキは踵を返して防衛軍本部へ向けて走り出した。




風を切る轟音の中、周辺住民避難完了の報がアミたちの耳に入った。
二人は安堵の吐息を漏らしたがすぐに表情を引き締め、しっかりと前方を見据える。

アミ「マミ、現着まであとどれくらい?」

マミ「もうすぐのはず。多分そろそろ見えるよ!」

やがて、キサラギが市街地へと入って更に少し進んだ頃、
マミの言葉通りにそれは姿を見せた。
キサラギを一度立ち止まらせ、アミたちはよく目を凝らして敵の状況を確認する。

立ち並ぶビルよりも一際高い巨大な影が、
一歩一歩こちらへ向かって歩いてきている。
紛う事なき怪ロボットの姿が、そこにはあった。

アミ「良かった、まだ建物はほとんど壊されてないみたい!」

目立った破壊活動をしていないと初めに受けていたが、
確かに怪ロボットは、建物の合間を縫うようにしてただ歩いているだけだった。
これなら物的被害すらほとんど抑えられるのではないか、
とアミたちは思ったが……直後にそれがあまりに楽観的な考えであったことを知る。
それまで歩みを進めるだけだった怪ロボットは不意に立ち止まり、
まるでアミとマミに見せつけるように、
すぐ横にある低めの建物を踏みつけ、粉砕した。

アミマミ「キサラギ!」

ほとんど反射に近い速度で、二人は同時に叫ぶ。
その短い言葉をキサラギはコマンドとして受け付け、関節を軋ませて猛然と走り出した。
無人の建物の合間を縫って真っ直ぐに突き進んでくるキサラギに気付いたか、
怪ロボットは次の破壊対象と定めていたビルへ振り上げた腕を、
目の前に肉薄したキサラギに向けて振り抜いた。

しかしキサラギはそれを直前で回避し、
勢いを落とさぬまま怪ロボットの胴体へと体当たりする。
両足が浮くほどの衝撃を受け、怪ロボットは背中から地面に叩きつけられ、

アミ「やっちゃえ、キサラギ!」

マミ「正義の鉄拳だぁぁーーーーー!」

その倒れた怪ロボットの胸元に、キサラギは全重量を乗せた拳を打ち込んだ。
鉄拳は見事装甲を貫き、胴体に深々とめり込む。
怪ロボットは最期のうめき声のごとき駆動音を鳴らして僅かに両腕を掲げた後、
そのままピクリとも動かなくなった。

まさに瞬殺。
数ヶ月のブランクなどものともせず、
寧ろ大きな戦いを経たことで成長さえ感じさせる戦いっぷりに、
もしこの場に観客が居たとすれば拍手喝采が上がっただろう。
その代わりにアミとマミは互いに片手を上げ、音高くハイタッチを交わすのであった。

だがこの時、実は居たのだ――
キサラギの復帰戦を観戦し、その活躍に胸を高鳴らせた者が、一人だけ。

先に気が付いたのはアミだった。
地鳴りのような、しかし一定のリズムを刻んで徐々に近付くそれは、足音。
アミが音の方へ顔を向け、マミも一瞬遅れて音に気が付き、
アミに倣うようにして同じ方向を見据える。

アミ「怪ロボット……!?」

市街地内の遠方から、両腕を振るって高速で駆けてくる怪ロボットの姿が、
アミたちの目に飛び込んできた。
これにアミたちは眉をひそめ、顔を見合わせる。

もう一体怪ロボットが居るなんて聞いていない。
今新たに出現したのだとしても、
それを知らせる警報が鳴らないなどということは今まで一度だってなかった。
索敵システムが機能していないのか、インカムの故障か、あるいは――

とアミたちが考え始めたのはしかし、一瞬のこと。
二人は即座に思考を切り替えた。
考えても分からないことを考える暇があるよりも、
今まさに迫り来る怪ロボットへの対処を優先させるべきである。

マミ「迎え撃て、キサラギ!」

  『くっ……!』

両腕を胸の位置まで上げて片足を後ろに引き、
ファイティングポーズを連想させる構えを取った。
体当たり、あるいは打撃に備えての構えである。
怪ロボットとの距離は残り数キロメートル、
今やその外見がはっきりと目視できる距離にまで接近している。

ここでアミたちは、ふと違和感を覚えた。
それはこちらへ走り寄る怪ロボットの外見――
巨体を支えていることが意外に思えるほどの細い四肢、
目、鼻、口の揃った頭部に被せられた、頭髪を思わせるパーツ。

……それはまさしく、キサラギやリッチェーンと酷似していた。
この怪ロボットは、何か違う。
軍の索敵システムに反応することなく現れたこともあり、
アミとマミは警戒心を最大に引き上げた。
そうこうするうちにその距離も縮まっていき、
互いの間合いの内に入ろうかというところまで迫った、その時。

攻撃の初動を見逃すまいと怪ロボットを凝視するアミたちの視線は、
顔ごと上へ、そしてキサラギの背後へと向いた。

怪ロボットは猛然と駆けた勢いそのままに跳躍し、
キサラギの頭上を超えて背後に着地したのだ。

アミ「嘘ぉ!?」

マミ「キ、キサラギ! ガード!」

その全く想定していなかったアクロバティックな動きに辛うじて反応できたのは、
直前に警戒心を強めていたからだと言う他ない。
キサラギは体を反転させ、不完全な姿勢ながらもギリギリで、
怪ロボットの強烈な蹴りを両腕で受けることに成功した。
衝撃で数百メートルほどアスファルトを削りつつ、キサラギは後退する。
と、目をつむりステアにしがみついていたアミたちの耳に、拡声された音声が届いた。

  『フフフフフッ……! さすがはキサラギ。
  このくらいの攻撃には対応するとは思っていたけれど、予想通りで嬉しいわ……』

その声質から恐らく少女であることが窺えるが、同時にアミたちは確信した。
やはり、ただの怪ロボットではないのだ。
中には搭乗者が居て、そしてそれは間違いなく、
ハルシュタイン軍の幹部に近い実力者であろう、と。

イオリ『私のことが気になるでしょう? いいわ、教えてあげる。
    私はハルシュタイン軍作戦司令、イオリ。
    キサラギのパイロット――アミとマミ、
    お前たちを始末するために、ハルシュタイン閣下から遣わされたの』

アミ「作戦司令……? それって、後ろの方から指示とか出す人のことじゃないの?」

マミ「なんで司令なんかがこんな直接、しかも一人で……」

イオリ『……フン。そんなこと、お前たちが気にすることではないわ』

呟いただけのアミたちの疑問に、数百メートル先のコクピット内のイオリが返答する。
まさか聞こえているとは思わなかった二人は目を丸くしたが、
その表情が見えたか、フッと吐息のような笑い声のあとにイオリは続けた。

イオリ『こちらも防衛軍やキサラギの情報はある程度得ている……。
    さらに私たちの技術をもってすればインカムへの干渉など容易いこと。
    そのおかげでこの私と直接の会話が成り立つのだから、光栄に思うことね』

アミ「っ……お前たちの目的は一体何なの!?」

イオリ『知れたことを……。我らの意志は、閣下の御意志。
    親愛なるハルシュタイン閣下を全宇宙の神とすることこそが、私の目的……』

マミ「全宇宙の神……そう言えばそんなこと言ってたけど……」

アミ「そんなのになってどうするの!」

イオリ『説明したところでお前たちのような下等な辺境民族に、
    閣下の崇高な御意志が理解できるはずもないわ。だけど……』

アミ「! キサラギ!」

不意に言葉を切るや否や、イオリの操る怪ロボットは足を踏み出し、
巨大な腕を横殴りにキサラギの即頭部めがけて振った。
いち早く反応したアミのコマンドで、キサラギはその腕を顔の横で受け止める。
しかし直後、怪ロボットは殴りかかった腕でキサラギの頭を鷲掴みにし、
ぐいと自らの顔へと引き寄せた。
思わぬ挙動にアミとマミは驚いてステアにしがみついたが、この時になってようやく、
怪ロボットの額の装飾の向こうにコクピットが見えることに気が付いた。

アメジストのような宝石を思わせる紫色の半透明のカバーの向こう側に、
悠然と操縦席に座る少女の姿を、アミたちは見た。
不敵な笑みを浮かべたその少女は品定めするように双子の顔を交互に見て、

イオリ『アミとマミ……希煌石の持ち手、キサラギのパイロットよ。
   お前たちの力は認めている。あのハルシュタイン閣下でさえね……。
   だからこそ待った……待った甲斐があった。
   今こうして、ここに完全に復活したお前たちを打ち倒すことで、
   この私は再び閣下のお隣に返り咲くことができる……!』

興奮の色を隠すこともなく発されたこの言葉で、アミたちは理解した。
ここ数ヶ月間、怪ロボットが現れなかった理由を。
敵は待っていたのだ。
キサラギの修理が終えるタイミングを待ち、
そして完全な状態のキサラギに勝利することを、このイオリという少女は望んでいるのだ。

マミ「ふ……振り払え、キサラギ!」

   『くっ……!』

頭を掴む腕をキサラギは振り払おうとしたが、その前に怪ロボットは距離を取った。
離れたことでイオリの顔は再び見えなくなったが、
恐らく変わらず不敵な笑みを浮かべ続けているのだろう。
それ対し、アミとマミは険しい表情で敵を睨みつける。

アミ「お前たちに認めてもらったって、これっぽっちも嬉しくないよ!」

マミ「何考えてんだか知らないけど、お前は今ここで私たちが倒す!
  キサラギの修理完了まで待ってたことを後悔させてやるんだから!」

イオリ『フッ……ええ、そうね。後悔させてみなさい。
   そのくらいでなければ倒す意味もないもの……』

アミ「行くよキサラギ! あいつを倒せば中ボス撃破だ!」

マミ「私たちの力、見せつけてやろうじゃないの!」

アミたちの声に答えるように、キサラギは呻く。
そして怪ロボットに向け唸りを上げて足を踏み出した。

今日はこのくらいにしておきます
続きは多分明日の夜投下します

――《常勝の令嬢》と呼ばれ始めたのはいつ頃からだったろうか。
難攻不落と謳われた大国の要塞を落とした時だったか。
与えられた僅かな戦力のみで、その数倍の数を誇る軍勢を打ち倒した時だったか。

作戦司令としての地位も受ける賞賛も、望みうる最高のものを手にしていた。
だがそれも、“あの時”まで。
地球などという辺境の星への侵攻を命じられた時……
思えばあの時から、自分は試されていたのかも知れない。
信頼を寄せる相手に足るか否か、
あの方は地球侵攻の結果を見て判断しようとしていたのだ。
あるいは自分の忠誠心の真贋を見極めようとしていたのか……。

否、それも今となってはどうでもよいこと。
自分がなすべきことはただ一つ、主に報いること。
信頼を我が手に。
勝利を我が主に。
そう。
例え命に代えてでも……。

アミ「――今だ! キサラギ~~~……」

マミ「ナックルーーーーーーー!」

イオリ『っ……!』

キサラギの強烈な一撃をガードした怪ロボットの巨体が数百メートル後退する。
二体のロボがぶつかり始めてから既に数分が経過し、
アミとマミはこの段階で二つのことを確信した。

まず一つは、やはり防衛軍はこの敵の存在に気付いていないということ。
軍は、キサラギが瞬殺した怪ロボットの出現しか把握しておらず、
もう戦闘は終了したと思っているのだ。
そうでなければ増援の戦闘機がとっくに到着、
そうでなくても連絡くらいは来ているはずである。

防衛軍の索敵システムは優秀ではあるが、
それゆえに信頼を置きすぎていることが現状を招いていた。
ここから更に数分も経過すればさすがに異変に気付くだろうが、
その頃にはもしかすると戦闘は終わっているかも知れない。
もちろんアミたちはこちらからの通信を試みたが、
イオリの仕業であろう、それも不可能だった。

だがアミたちはこれをさほど大問題とは捉えていなかった。
その余裕とも取れる現状の認識は、二人が確信した点の二つ目に起因する。

二つ目とはつまり、イオリの操る怪ロボットよりもキサラギの方が強いということだ。
初撃こそ予想外の動きに驚かされたが、
冷静に対処すればさほど脅威に思うものではない。
確かに他の怪ロボットに比べればその動きは桁違いではあるが、
スピードもパワーもキサラギの方が優っていた。

キサラギと似たタイプのロボットだからこそ、性能の差がそのまま勝敗に繋がりやすい。
これなら味方の支援はなくとも、希煌石の力でより速く力強く動けるキサラギの方が勝つ。
アミとマミはこれまでの経験からそう判断していた。
またこの判断によって、助けを期待することより目の前の敵への集中力が高まったこともあり、
ほぼ互角であった戦況は今や、キサラギに傾いていた。

マミ「見たか! これが私たちの力だ!」

アミ「さっさと降参したらどう! 負けを認めるなら今のうちだよ!」

イオリ「……流石ね。戦ってみてよくわかるわ。キサラギの――希煌石の力が。
   この私から、何もかもを奪っただけのことはある……」

イオリのこの呟きは拡声されてはおらず、インカムに届いてもいない。
だから当然アミたちに聞こえるはずはなく、
二人にはただイオリが沈黙したようにしか思えなかった。

キサラギの拳で後退したまま何も言わない敵を見て、
もしかすると本当に降参する気になったのかもしれない、
とアミたちが思った、その直後。
怪ロボットは拳を握った両腕を胸の前で開き、肘を直角に曲げたまま静止した。

マミ「……降参のポーズ、じゃないよね?」

アミ「まだ何かする気だ……。キサラギ、構えろ!」

   『くっ……!』

次の攻撃に備え、キサラギも肘を直角に曲げて両腕を掲げる、
キサラギ独特のいわゆるニュートラルポーズを取った。

イオリ『見せてあげるわ……。“アズサイズ”の本当の力を』

その言葉にアミたちが疑問を持つ間もなく、それは始まった。
怪ロボット――アズサイズの、キサラギとの大きな相違点であった胸部の二つの突起。
それが突然二つ同時に飛び出した……いや、発射された。
瞬時にアミたちは、この二つの突起がミサイルであり、
巨大な二つのミサイルが自分たちに向かって飛んできていることを理解する。
が、うろたえはしなかった。

アミ「本当の力って、そのミサイルのこと? だったらザンネンでした!」

マミ「キサラギの胸の装甲は、そんなの弾いちゃうんだもんねー!」

二人は迫り来るミサイルを臆することなく見つめ続け、
その言葉通り、ミサイルは微動だにせず立ち続けるキサラギの胸部に触れた瞬間、
表面を滑るかのように逸れてキサラギの眼前で爆発した。

アミマミ「やーいやーい、つるぺたバンザーイ!」

   『くっ……!』

敵の切り札もキサラギには通じなかった。
アミとマミは勝利を確信し、笑みを浮かべて爆煙が晴れるのを待った。
もはや中ボス撃破は目前、イオリを倒せば人類は勝利に向けて大きく前進する。

煙が晴れて視界が広がり、アミたちは倒すべき敵を見据えようとした。
しかし、その視界に映ったのは、

アミ「え……?」

マミ「き……消えた!? なんで……!」

ただの街並み……。
煙と共に、怪ロボットまでがアミたちの眼前から姿を消したのだ。

全く想定外のことに混乱する二人を強い衝撃が襲い、
視界が反転したのは、それとほとんど同時であった。

キサラギの巨体が吹き飛び、アミたちは悲鳴を上げてステアにしがみつく。
背後から蹴り飛ばされたのだと二人が気付いたのは、
地面を転がったキサラギが静止してからだった。

倒れたキサラギのステアに掴まり、アミたちが顔を向けた方向に居たのは、
まごうことなく一瞬前まで前方に居たはずの怪ロボット、アズサイズ。
それが何故か、いつの間にか自分たちの背後に回り込んでいた。
ミサイルの爆発する音に紛れたのだとしても、
巨大ロボがそれほどの速さで駆ける音を聞き漏らすはずはない。
音もなく瞬時に移動するなどと、そんなことが――

イオリ『驚いたかしら? これがアズサイズの本当の力。
   高度なステルス性と併用することで絶大な効果を持つ特殊機能――“瞬間移動”よ』

アミ「瞬間移動……!?」

まさか、と思ったのは一瞬だけで、アミたちはすぐに思い至った。
防衛軍に一切気付かれることなく突如現れたという事実……。
それが瞬間移動によるものであったと考えれば合点がいく。
ステルス性については言うまでもない。
ミサイルはただのめくらましで、
これこそがイオリの、アズサイズの真骨頂だったのだ。

イオリ『ふふふ……このアズサイズは閣下より賜った対キサラギ用の決戦兵器。
    《常勝の令嬢》と謳われたこの私から全てを奪ったキサラギ……。
    この宇宙から塵ひとつ残さず消し去ってくれる!』

マミ「! た、立て、キサラギ!」

   『くっ……!』

だが、遅かった。
アズサイズは再び姿を消し、立ち上がりかけたキサラギはまたしても倒れ伏す。
振り返って姿を確認したかと思えばまた消え、別方向から衝撃が襲う。

そこからは、ただただ一方的だった。
敵の姿を目視できるのは、攻撃を食らった直後のみ。
アズサイズは瞬間移動を使って巧みにアミたちの死角へと周り、
まともに立ち上がることさえ許さない。
アミとマミも、もはやステアに捕まり続けることで精一杯だった。

イオリ『さあどうするキサラギ!? このまま一方的に嬲られ続けるだけかしら!?』

返事をすることもできず、アミたちはただただ歯を食いしばって、
振り落とされないようにステアにしがみつき続ける。

圧倒的な戦力差に、二人は絶望こそ感じては居ないが
正直なところ勝つ算段が全く思い浮かばなかった。
瞬間移動などという超特殊能力を相手にどう戦えばいいというのだ。
こんな能力ズルすぎる、とまで思った。

しかしアミたちは知る由もない。
この瞬間移動という能力を使いこなすのに
求められる操作技術が生半なものではないということ。
アズサイズの性能がキサラギに劣っていたように見えたのは、
この能力に大半のエネルギーを割かれていたためであるということ。

つまり真に驚異的なのは、
劣った運動性能でキサラギとほぼ互角に肉弾戦を繰り広げ、
瞬間移動をこれほどの高レベルで使いこなすイオリの操縦技術なのだということを。

もはや数えることもできなくなったほどに
地面を転がされたキサラギではあるが、機体への損傷はほぼない。
これはアズサイズのパワー不足によるものだが、
今のアミとマミにはそんなことに気付く余裕があるはずもなく、
圧倒的優位に立った敵が少しずつ自分たちをいたぶっているものだと思い込んでいた。

当然、イオリもまたそのことは織り込み済みである。
だからこそ、殊更に高笑いして見せ、
弱者を見下す強者という自分を演出し続けるのだ。
そしてそんなことを繰り返されれば、
さすがのスター・ツインズとて、抵抗の心は弱まっていく。
まだ完全に折れては居ないが、肉体の疲労に伴って、
諦観が少しずつ無自覚のうちに二人の心を侵食し始めていた。

イオリ『フン……他愛のない。だから出来れば瞬間移動は使いたくなかったのよ。
    これを使えば勝利が容易くなってしまうから……』

仰向けに倒れたキサラギと、
額に玉のような汗を浮かべ肩で息をしているアミとマミを、
対照的に涼しい顔と冷徹な瞳で見下して言い放った。

イオリ『まあ、いいわ。そろそろ終わりにしてあげる』

次のアズサイズの挙動を見て、
アミとマミは頭の片隅で不思議と冷静に、なるほどそういうことか、と思った。
アズサイズの外見のうち、これもまたキサラギとの大きな相違点であった――
額から前方に曲線を描いて垂れ下がるように生えた、巨大な刃物。
“アズサイズ”というその名の通り、まさにそれは巨大な鎌(サイズ)であった。

アズサイズが両手でその鎌を挟み込むようにすると、
ジョイントの外れる音がし、巨大鎌は額から取り外された。
更に、機体内部に格納されていたのであろう、
同じように巨大な柄が取り出され、刃部分と接続される。
その一連の動作もやはり高度な操縦技術をもってなされ、
ひと呼吸を置く間もなく、アズサイズ特有の武器が完成された。

この巨大鎌はアズサイズの攻撃力不足を補うためのものであり、
鋭く研ぎ澄まされた刃は、いかに強靭なキサラギの機体であろうと、
容易く真っ二つにしてしまうほどの切れ味を誇っている。
アミたちにも、イオリが“トドメ”としてこの武器を出してきたことから、
その破壊力の高さは察しがついた。

両断を防ぐには、本来であれば今すぐにでも
何らかの対処を打たなければならないのだろう。
しかし疲労と酸欠で頭は鈍り、
また「何をしても瞬間移動で対応される」との無意識的な諦観から、
アミも、マミも、キサラギにコマンドを出すことができなかった。
自らの無力さに、悔しさに顔を歪め、振り上げられる鎌をただ見つめることしかできない。

このまま何もなければ、
今イオリがその瞳に思い描いている通りの未来が待っていただろう。
だが――

イオリ『マコト、ヤヨイ……ふふっ。お前たちには悪いけれど、私が終わらせてしまうわ』

笑みを含んだその言葉の直後に振り下ろされた鎌は、
切っ先すらキサラギに触れることはなかった。

イオリ「!? 嘘っ、アズサイズの鎌が……!」

巨大鎌の刃の側面を、キサラギの両掌が挟み込むように抑えている。
それまでのキサラギを遥かに上回る速度でのその動きにイオリの表情は驚愕に染まった。
そしてキサラギは、そのまま捻るように両腕を動かし、
自らを両断するべく振り下ろされた刃を、見事に断ち割った。

イオリ「ぁあっ!?」

手に入れかけた勝利が急に霞と消え、イオリは令嬢らしからぬ声をあげる。
そんなイオリを下方から見上げる、四つの瞳。
その瞳には今や、疲労も諦観も、露ほどにも見えない。
あるのはイオリの発したたった一言によって取り戻された、熱く燃える思いだけである。

アミ「そうだよ……私たちは、こんなところでやられるわけにはいかないんだ……!」

マミ「まだ、仲直りしてない……! ヤヨイっちに会うまでは……!
   もう一度友達になるまでは、絶対に諦めたりなんかするもんか!」

イオリ『ヤヨイ? 友達だと……!? フ……アハハハハハ!
    愚かな! まだそんなことを言っているのか!
    あいつは裏切りと策謀の闇の天使!
    仲間の私のことさえあいつは心から信頼などしていない!
    そのヤヨイがお前たち辺境民族ごときに友情を感じることなど――』

マミ「うるさい! お前にヤヨイっちの何がわかる!」

アミ「ヤヨイっちを……悪く言うなぁぁぁぁぁぁ!」

二人の怒りに呼応するように、キサラギはアズサイズを吹き飛ばす勢いで立ち上がる。

アミ「瞬間移動がお前の武器なら……」

マミ「キサラギにだって、超強力な武器はある!」

アミマミ「行くよキサラギ! 無尽合体!」

瞬間、キサラギの腕が展開し、
同時にその手に持ったアズサイズの鎌がバラバラと崩れるように分解していく。
それから数秒を待たず、イオリの眼前には、
腕に巨大な刃物を宿したキサラギの姿が立っていた。

イオリ『……! これが、無尽合体……!』

武器を奪われ、初めこそ怒りに歪んでいたイオリの口元が、ニヤリとくだける。
無尽合体――それこそが、自分の地位を貶めたキサラギの真の力。
イオリの浮かべた笑みはそれを打ち砕けることへの……
あるいは主の求める希煌石の力を再確認したことへの、喜びか。

イオリ『来い……キサラギよ! お前の持つその力を……
    いずれ閣下の手中に収まる、強大な力を! 私に示してみろ!』

その声を合図に、キサラギは真っ直ぐに足を踏み出す。
一気にアズサイズとの距離を詰め、一際大きく一歩を踏み込んだと同時に、
相手に背が見えんばかりに上体を捻る。
その姿はさながら居合の構えを取る侍のごとく――

アミ「一刀両断!」

マミ「サラギソーーーーーーーード!」

真横一文字に振り抜かれたキサラギの刃は、
受け止めようと掲げられたアズサイズの残された鎌ごと、見事上半身と下半身を真っ二つにした。

イオリ『……素晴らしい……。これが、無尽合体の力……。
   キサラギの、希煌石の力は、これほどまで……』

ぐらりと揺れ、上半身が落下していく。
これ以上ないほどの敗北を喫したイオリの表情はしかし、
歓喜の笑みを残し続けていた。

マミ「やった――」

喜びの声とともに勝利宣言をしかけたマミの声は、そこで止まった。
二つに分かれ、あとはただ地面に落ち行くのみであったはずの、アズサイズの上半身。
それが突然、姿を消したのだ。
しまった、と思った次の瞬間、キサラギの全身が揺れる。

イオリ『捕まえた』

クスクスという押し殺したような笑い声の後に聞こえたその一言……
まさにそれが表すとおり、キサラギの背後に瞬間移動したアズサイズの上半身は今、
しなやかな両腕をキサラギの上体へと絡ませ、がっちりと捉えて離さなかった。
どういうつもりだとアミたちが当然感じる疑問に、イオリは嘲るような声で答えた。

イオリ『自爆装置を発動させたわ。
    このまま私と一緒に、宇宙の塵となって消えましょう、キサラギ。
    安心しなさい。逃げられないように最後まで私も付き合うわ……』

その声色に、アミたちは思わずぞっとした。
狂気を孕んだその声はハッタリでもなんでもない、
本気で心中をはかるものであることをはっきりと告げていた。

だが、アミたちは冷静だった。

アミマミ「キサラギ!」

   『くっ……!』

同時に揃った声に応えるように、キサラギは両腕を掲げた。
そして刃となっていない方の腕で自身に絡みつくアズサイズの腕を掴んだかと思えば、
その腕が展開し、また刃と合体した方の腕も同様にバラバラと分解していく。
その様子を、イオリはコクピットから見ていた。
キサラギは腕だけでなく、全身が展開し始め……
そして、アズサイズの機体までもが分解され始めた。

そう――無尽合体である。
敵の機体を取り込み自身の一部とする無尽合体は
既に起動した自爆装置をも無効化することに、アミたちは直感的に気付いていたのだ。
ヤヨイに裏切られ、ベロチョロもろとも
自爆させられかけたあの時には、思い付かなかった手である。

親友の裏切りに心を乱したあの時とは違う。
生きてもう一度親友に会いたいというその思いが
アミたちの思考を冴え渡らせ、即座に最適の行動を取らせた。
そうしてみるみるうちに二機は分解されていき、
瞬く間にアズサイズの機体はキサラギに取り込まれ、キサラギの一部となった。

アミ「もう何をしても無駄だよ! 動きはぜーんぶこっちで制御しちゃってるんだから!」

コクピット内のイオリに向け、アミは通信で呼びかける。
だがインカムの向こうから返ってくるのは静寂のみ。
それから数度呼びかけてもやはり返事はない。
返事をする気力すら失ったか、それとも聞こえていないのか。

キサラギの腹部にはめ込まれるようにして合体したアズサイズのコクピットの様子は、
アミたちの居る場所から見ることはできない。
一度腹部あたりまで降りて直接確認しなければ……。
二人はそう思い、コクピットのハッチを開放するようキサラギにコマンドを出そうとした。
しかしその声は、突如インカムから発された警報にかき消された。

アミ「何!? これ、まさか…‥!」

それはキサラギの機体に何か異常が発覚した際、それを知らせる警報であった。
機体が大きく損傷した時くらいにしか聞いたことのなかったその音が
今突然鳴った理由は、一つしか考えられない。

マミ「ちょっと、何をしてるの!? キサラギに何かしてるでしょ!?」

マミはインカムを耳に当て、血相を変えて叫ぶ。
すると先ほどまで頑として静寂のみを返し続けていたイオリが、
クク、と歯の隙間から漏れ出すような笑い声を返した。
その笑い声以降、やはり何も答えることはなかったが、
自分の仕業であると宣言したも同然である。

二人は即座にステアから手を離してキサラギの腹部まで降り、
アズサイズのコクピットを覗き込んだ。
大きく見開かれたアミたちの目に映ったのは、
何か手元で小型の端末のようなものを操作するイオリの姿。
端末から伸びたコードはコクピット内の機器に接続されており、
これがキサラギが感知した異常事態の原因であることは明らかだった。

アミとマミはハッチに手をかけて強引にこじ開け、
転がり落ちるように中に入り、イオリの持っていた端末を奪いコードを引き抜く。
そうして液晶を確認した二人の表情が驚愕に歪んだ。

アミ「こ、これ、キサラギのデータ……?」

そこにあったのは、大量のキサラギに関する記録、情報。
これが敵の持つ端末に表示されているということが何を意味するのか、
理解できないアミたちではない。

イオリ「……お前たちが考えている通り。送信させてもらったわ。
    その情報すべて、私たちの基地に居る仲間にね……」

マミ「ま……まさか初めから、これを狙って……?」

マミの言葉に、イオリは不敵に目を細める。
それを見てアミたちは、自分たちの取った“無尽合体による無力化”という対応が、
イオリに誘導されていたものだったと知った。
自爆で心中できれば良し。
無尽合体で対応されても、それはそれで良し。
これがイオリの、“作戦”だったのである。

イオリ「私を誰だと思っている?
    全宇宙を統べるハルシュタイン軍、作戦司令イオリ。
    ただ敗北するだけの結末など、受け入れるはずはない……!」

アミ「――っ!?」

つう、とイオリの口端から一筋、血が流れた。
イオリの眉が、苦痛を堪えるように歪む。
しかしその目と口元には、変わらず笑みをたたえ続けている。

イオリ「……お受け取り、ください。ハルシュタイン閣下……。
    どうか、勝利を貴女の……手に。そして、願わくは……
    私の、心だけは……貴女の、御側、に…………」

最後まで笑みを崩さぬままに、イオリはがくりと頭を垂れた。
アミとマミは恐る恐る声をかけ、肩を揺するが、
それ以降、彼女が口を開くことも、目を開けることもなかった。

キサラギの情報を奪い、同時にイオリは自らの情報の全てを封じた。
イオリはこの結末を自分の敗北だと語ったが、アミたちには到底そうは思えなかった。
死後もなお主の勝利を願う笑みを残しまま、常勝の令嬢は静かに眠り続けた。




ハルシュタイン「期待していなかったとは言え、こうなるとやはり失望は深いな」

微かな吐息のあとに言い放たれた言葉を、マコトは目を伏せて聞く。
玉座に座ったハルシュタインは肩肘をつき、
イオリから送信されたキサラギの情報を斜に眺めていた。

ハルシュタイン「結局、イオリは最後まで私の信頼を回復させることはできなかったというわけか」

マコト「……残念なことです」

涼やかにそう言ったマコトの表情もまた、一切の感傷を感じさせない。
戦いに身を置く者として常に死と隣り合わせであることは重々承知しており、
イオリがこのチャンスに命を賭けていたことも分かっていたからだ。

ハルシュタイン「まあ良い……。このキサラギのデータがあれば、
      もはや希煌石は手に入れたも同然。そうだな?」

マコト「おっしゃる通りです。閣下のご到着までに機体への入力を済ませ、
    いつでも出撃できるよう整えておきましょう」

ああ、と短く返答したハルシュタインに敬礼を返し、マコトは背を向けて退室する。
すると扉の前で待機していたヤヨイが、待ちかねたというように隣に寄ってきた。

ヤヨイ「団長、やっと私の出番ですか? 出番ですよね?」

マコト「……ああ。もう少し準備が必要だけどね。整い次第出撃してもらおう」

ヤヨイ「はい! イオリ司令が死んじゃったのは残念ですけど、
    私、司令の分まで頑張りますから!」

マコト「そうだね、期待しているよ。僕も、ハルシュタイン閣下も」

ハルシュタインの名を聞き俄かに明るくなったヤヨイの表情を一瞥し、
マコトはすぐにまた正面を向いて歩き出す。
ヤヨイにとってはこれから行われる自身の戦闘は、
イオリの弔い合戦などではなく、敬愛するハルシュタインのための戦いなのだ。
そんなヤヨイの心情を思いつつ、マコトは同時に、ハルシュタインの心情を思った。
キサラギのデータというイオリの戦果を認めつつ、
一方で失望したと冷たく言い放つハルシュタインが胸のうちに抱えていたもの。
それはあるいは――

もしそうであるならばイオリの忠誠も報われていたのかもしれない。
そんな願望に近い考えを、マコトは涼やかな表情の裏にしまい込むのであった。

今日はこのくらいにしておきます
続きは多分明日の夜投下します




イオリの襲撃により、地球における束の間の平和が終わりを告げたその頃。
時を同じくし、地球から遠く離れた地では
また違う形で惑星存亡の危機が訪れようとしていた。

ヒビキ「……今、なんて言った……?」

既に日も暮れた真っ暗な空に浮かぶ円盤。
そこから響く拡声された音声は、確かに地上に届いていた。
しかしヒビキは自身の耳を疑い、思わず聞き返す。
呟くように放たれたヒビキの問いが円盤まで届くはずはないのだが、
直後に丁寧に繰り返された言葉が、
無情にもそれが聞き間違いでもなんでもない、確かな現実であると突きつけた。

タカネ『繰り返します。これが最終勧告です。この星に伝わる秘宝を渡してください。
   さもなければ星ごと焼き尽くすことになります。
   従う意思があればその場に跪いてください。
それ以外の行動はすべて叛意と見なしますので、どうか慎重な判断を』

唖然として円盤を見上げ続けるヒビキを囲んで、
アニマルロボたちも唸り声を発しながら上空を睨みつける。
タカネの声以外は一切の音もなく、円盤は空中で静止するように浮遊していた。
と、その円盤に動きがあり、ヒビキは反射的に片足を引いて警戒の構えを取る。
円盤はやはり音もなく、ゆっくりと高度を下げ、
ヒビキたちの頭上数十メートル――恐らくはヒビキの声が届く距離にまで降下してきた。
タカネの声が再び、夜の静寂に包まれた地表に静かに響き渡る。

タカネ『さあ、アニマの巫女よ。返事をお聞かせください。
    貴女の判断が互いにとって良きものであることを祈ります』

ヒビキ「っ……」

ヒビキは即座に答えを出すことはできなかった。
至宝を渡すわけにはいかない、それは分かっているし、
数ヶ月前にタカネに答えた時と気持ちは変わらない。
だが、タカネの言葉がただの脅しでないならば――

しかしヒビキの逡巡は、耳元で発せられた鳴き声によって終わる。

ヒビキ「……ハム蔵……」

鳴き声の主の名を、ヒビキは呟いた。
ぢゅいぢゅい、とハム蔵はヒビキに向けて鳴き続ける。
それに続くように、周りのアニマルロボたちも、唸り、吠え、鳴き、ヒビキに語りかける。

ヒビキ「お前たち……」

ヒビキは暫時、自分に向けられるたくさんの視線を、
そこに込められた思いを受け取るように見つめ返した。
強い意志のこもった視線を受け、ヒビキの瞳にもそれが伝播する。
ヒビキは黙って頷き、そして、

タカネ『迷っている時間はありませんよ。決断するなら今すぐ――』

ヒビキ「みんな、走れ! 森に逃げるんだ!」

タカネの言葉を最後まで聞くことなく、ヒビキは円盤に背を向けて走り出した。

向かう先は、秘宝の眠る神殿。
覚悟はたった今決まった。
自分の役目は、宝を守ること。
それがアニマの巫女の使命なのだから。

タカネ「……真、残念なことです」

走り去るヒビキたちの背を上空から見下ろしながら、タカネは誰へともなく呟く。
直後、大地を揺るがす轟音が辺り一帯に響き渡った。
ヒビキは思わず足を止めて振り返り、そして目を見開いた。

森の木々をまるで小枝を踏み折るかのようになぎ倒す、巨大な人影。
以前円盤から放出された人型のロボットが小人に見えるほどの超巨大ロボが、
一歩ごとに地面を揺らしながら、こちらへ歩み寄ってきていた。
その両腕は肘から先が円錐の螺旋状になっており、
一目見て対象の穿孔、掘削、破砕を目的とした兵器であることが分かる。

そして頭頂部には、巨大ロボ以上の存在感と威圧感を放ち、
眼下に広がる矮小な生命たちを冷たい瞳で見下ろす操者の姿があった。

タカネ「あくまで意思を変えぬと言うのであれば、仕方ありません。
    宣告した通りこの星を滅ぼさせていただきましょう。
    我が星の持つ最大戦力――このユキドリルを以て」

そのあまりの巨大さに、ヒビキは僅かの間ながら息をするのも忘れた。
しかしすぐに再び踵を返し、全速力で森の中を駆ける。
それと同時に、後方からヒビキの耳に不吉な音が届いた。
見れば以前タカネが来訪した際にも現れたロボット群が、
森の中に炎をまき散らしながら侵攻している。

自分の愛した森が、仲間たちの済み場所が、見る見るうちに焼かれていく。
ヒビキは歯を食いしばり、目には涙すら浮かべ、
しかしながら駆ける足を止めることなく神殿へと向かい続けた。
そうしてようやく森を抜け、視界が広がる。

その先に立つ、明らかに異彩を放つ建造物こそが、
この惑星に伝わる秘宝――希照石《テラジェム》の眠る神殿である。
ヒビキは息を切らせて扉の前に立ち、
目を閉じてアニマの神に神殿への立ち入りを告げる。
数瞬後、ヒビキは目を開いて扉に手をかけ、生まれて初めて……
いや、先代から聞く限り何十年、何百年と開かれていない扉を開放した。

瞬間、ひんやりとした空気と同時が流れ出ると同時に、
異質な空間が目の前に広がったのをヒビキは感じ取った。
ヒビキは息を呑み、扉をくぐる。
星の光も月の光も届かぬ神殿内部はもちろん深い闇に包まれ、
狭い入口から僅かに入り込む光を頼りにしても十歩と進めないほどである。
しかしヒビキはその暗闇を、昼間の我が家を歩くように一切の迷いなく進んでいった。

“声”が、ヒビキを誘っていた。
それまで巫女としてヒビキが聞いていたものよりも鮮明に語りかける声が、
ヒビキを真っ直ぐに秘宝のある場所へと誘導していた。
やがてヒビキは神殿の最奥へとたどり着く。
すると、声がぴったりと止まった。
それは誘導が終わったことを示しており、ヒビキもそれはすぐに理解した。

暗闇の中、一箇所だけがぼんやりと淡く光っている。
近寄るとそこにあったのは、輝く石。
秘宝を直接見たことも無ければ、形も知らないヒビキであったが、
その光り輝くその石を見て、無意識的に呟いた。

ヒビキ「……これが、希照石……」

とその時、ヒビキは弾かれたように顔を後ろへ向ける。
その先に広がるのは闇ばかりであるが、
ヒビキは希照石を掴み、駆け出した。
アニマルロボたちの吠える声……。
ヒビキの耳に届いた切迫した家族たちの鳴き声が、ヒビキを神殿の出口へと走らせた。

希照石の声はもう聞こえない。
ヒビキは幾度となく体を壁にこすらせながらも暗闇を駆け、
やがて出口の光が見えてきた。
その先から感じる異様な気配に、ヒビキは全身の産毛が逆立つのを感じる。
直後に扉を抜けたヒビキの眼前に広がった光景は、
森の入口を塞ぐようにして立つ巨大ロボ、それに対峙して吠え続けるアニマルロボの姿であった。
だがヒビキの目線はすぐに巨大ロボを通り過ぎ、遥か遠くの空へと向いた。

夜の闇の一部が、うっすらと赤く染まっている。
燃えているのだ。
自分の故郷が、森が、天を焦がすほどに炎に焼かれているのだ。
その凄惨な光景に、ヒビキは全身が震えるのを感じた。
怒りとも恐怖ともつかない感情が膨らんでいく。
だがそんなヒビキに届いたのは、ただただ冷たい、無感情な声であった。

タカネ「その石が、アニマの至宝ですか?」

囁くような声であるにもかかわらず、
それは巨大ロボの頭部に立つタカネから、地上のヒビキへはっきりと届いた。
ヒビキは手に持った希照石をタカネから隠すように胸元に抱き、
冷たく見下ろすタカネを睨みつける。
そのヒビキの視線を受け、タカネは変わらず冷静に口を開いた。

タカネ「ご安心を。もし今すぐにそれを渡して頂ければ、
    これ以上の破壊活動は行いません。すぐにこの星を後にします。
    炎は辺り一体を焼き尽くすでしょうが、いずれは鎮火しましょう。
    ですがこれが正真正銘、本当の最終勧告です。
    もし断れば、貴女の命と共にその石を奪うことになります。
    あと十秒以内に決断してください」

静かに、淡々と告げるタカネ。
だがヒビキの気持ちは変わらない。
目に涙を浮かべ、唸るように歯の隙間から声を漏らした。

ヒビキ「許さないっ……お前だけは絶対に許さない!」

怒りを顕にして抵抗の意志を持ち続けるヒビキではあったが、
宝を守るための手段は既に皆無と言って良かった。
アニマには巨大ロボと戦えるだけの戦力も無ければ、
逃げるための術もヒビキは持ち合わせていない。
つまり降参しようとしなかろうと、至宝は奪われることはほぼ確定している。
ただ唯一、僅かな可能性に賭けるとすれば……

ヒビキ「逃げるんだ、みんな! どこでもいい、とにかく隠れろ!」

侵略者が諦めるまで、逃げ隠れ続けること。
僅かな可能性、という言葉ですら誇大な表現となるほどの幻想のような道筋。
だがヒビキは諦めなかった。
ヒビキの心を支えたのは怒り、そしてアニマの巫女としての使命感。
文字通り死んでも渡さないという強い意志がヒビキの心には宿っており、
その意志がはっきりと現れた目を、踵を返して走り去る直前に、タカネは見ていた。
そしてその背を見て初めて、タカネは冷然として動くことのなかった眉をひそめる。

タカネ「……宝を守るなどと、くだらぬことに執着を……」

タカネ「良いでしょう。それならば、永遠にここに居なさい。
    お望み通り貴女の愛するこの星に……穴掘って、埋めて差し上げます!」

瞬間、耳をつんざくような轟音が大気を切り裂き、震わせる。
まだ炎の侵食を受けていない森へと逃げ込もうとしたヒビキだが、
その音を聞き顔を向けるよりも先に、バランスを崩して地面に倒れこんだ。
こんな時に地震か、と思ったがすぐにそうではないと気付く。

タカネの操る怪ロボット、ユキドリルが、その右腕を地面に突き立てていた。
回転するドリルが大地を揺るがせ、
すべての生き物に立ち上がることさえ許さない。
全宇宙の頂点、銀河聖帝への敬意を全身で示すがごとく、地に伏せてその姿を見上げるのみ。

タカネ「さようなら。アニマの巫女、ヒビキよ。
    来世では違う出会い方をすることを願っています」

我が身めがけて振り上げられたドリルを見、ヒビキは思わず目を瞑る。
回転音が周囲を満たし、破砕の一撃がヒビキに向けて一直線に放たれた。

痛みに備えてヒビキは身を固くする。
が、代わりに届いたのはドリルの回転による風圧と、回転音に重なる何かの音。
そして異変に気付き目を開けたヒビキの目に飛び込んできたのは――
身を挺して主人を守る、アニマルロボたちの姿であった。

ヒビキ「っ……!?」

強大な破壊兵器にまったく臆することなく、
高速で回転するドリルに食らいつくアニマルロボ。
彼らの体は特殊な金属で出来ており、パワーも並みの動物とは比べ物にならない。
だが、それを踏まえた上でもあまりに無謀であった。
痛々しい音とともに火花が散り、
コンマ一秒ごとに機体は削れ、激しい振動で全身が損傷していく。

ヒビキ「お前たちっ……! もういい! よすんだぁぁぁ!」

ヒビキは悲鳴にも似た叫びを上げるが、
アニマルロボたちはドリルを離そうとしない。
自分たちの仲間を、故郷を、大好きなヒビキを傷付ける存在を、決して許しはしない。

しかしやがて、限界は来る。
力の弱い者から順に、一体ずつ破壊され、弾き飛ばされ、そして――

ヒビキ「あ、ああっ……!」

一番小さな体で最後まで食らいついたハム蔵が、
部品を撒き散らしながら弾き飛ばされた時になって、ようやくドリルの回転は止まった。
ヒビキは周囲に無残に散った破片をかき集めるが、ボロボロと崩れていく。
気付けば辺り一帯は燃え盛る炎に囲まれ、近辺の森すべてが焼き尽くされている。
友を失い故郷を焼かれたヒビキは、溢れる涙を止めることなく、
すべての元凶たる敵を見上げて叫んだ。

ヒビキ「よくもアニマを……よくもハム蔵たちをーーーーーーっ!!」

これほどの絶望的状況に置かれてもなお、ヒビキは抵抗する心を失わないでいた。
タカネはそんなヒビキを見、呆れたように呟く。

タカネ「愚かな……たかが石ひとつのために」

ヒビキ「希照石は絶対に渡すもんか!
    希照石とアニマを守るのが自分の役目なんだ! 絶対にお前なんかに……」

しかしその瞬間、ヒビキの言葉は呼吸とともに喉元で詰まった。
体が金縛りにあったかのように硬直する。
タカネの瞳に映った感情が、ヒビキの体をその場に縛り付けたのだ。

タカネ「それが愚かだと言っているのです。
    宝だ、星だなどと、瑣末なことに執着するがゆえに、
    本当に大切なものを失う……真、愚かしいこと……」

それまで多少の機微は見せようとも、
決して大きく波打つことのなかったタカネの感情。
しかし常に冷然としてヒビキを眺めていたその瞳は今、
尋常ならざる敵意に……いや、殺意にも近い憎悪に満ちていた。

タカネ「大人しく降伏さえしていれば失うこともなかった。
    引き際もわきまえず意地を張り、
    下らぬものばかりを守ろうとする、救いようのない愚か者が……!」

呪いの言葉のようにタカネはつぶやき続ける。
怒りが、憎しみが、言葉の端々から伝わってくる。
しかし不意にタカネは目を閉じ、

タカネ「……もう、おしまいにしましょう」

そう言って再び目を開いた時には、元の冷静な瞳に戻っており、
ゆっくりと、もう一度ヒビキに向けてドリルをかざした。

もはやこれまでかとヒビキは目を強く瞑り、
胸元に隠した希照石を抱きかかえるように両手を当てた。
しかしその時、ヒビキの目がハッと驚いたように開かれ……
次の瞬間。

タカネ「!? これは……!?」

ヒビキの居る地面が突然大きく盛り上がり、タカネは咄嗟に距離を取る。
盛り上がった地面はヒビキを乗せたまま上昇し、とうとう宙へ浮いた。
流石のタカネも突然の現象に面食らったが、
パラパラと余分な土が落ちていくのを見て気付いた。
それは、地中に埋まった小型の宇宙船であった。
大きさから見て恐らく一人か二人程度の乗船を想定したものであろう。

こんなものを隠し持っていたのか、とタカネは一瞬思ったが、
タカネ以上に困惑したような表情を見せるヒビキを見て、
ヒビキにとってもこれは想定外の事態であることを理解した。

タカネの洞察の通り、ヒビキがこの宇宙船の存在を知ったのは、
数秒前に“声”を聞いた時が初めである。
それは古代の巫女の残した、アニマの秘宝を守るための最終手段。
アニマの正統な巫女が希照石を手にした時に限り、希照石の力でのみ動く宇宙船であった。
伝承では、希照石の力が希照石を守るとだけ伝えられていたのだが、
それはこういうことだったのか、とヒビキは混乱する頭の片隅で納得していた。

ヒビキ「わっ!?」

と、前触れ無く船体の上部が開き、
ヒビキは短く悲鳴をあげて船内に落ちるようにして乗り込む形となった。

タカネ「おのれ……!」

その瞬間にタカネは小型宇宙船へ向けてドリルを振り抜いたが、一手遅かった。
ヒビキを乗せた宇宙船は急発進し、
あっという間に怪ロボットの手の届かぬ場所にまで離れ、夜の空へと消えた。
タカネは歯噛みし、あとを追うべくすぐさま自分の宇宙船へと向かった。

ヒビキは少しの間、遠ざかる怪ロボットを振り返っていたがそれもすぐに見えなくなった。
やがて自分の故郷の星の全体像が見えた頃になって、
ようやくヒビキは先程から聞こえる“声”の内容を整理し始めることができた。

ヒビキ「……きっとすぐに追ってくる。
    でも本当に、そこに行けば希照石を守ることができるの?」

希照石に問いかけるように、
あるいは自問自答するように、ヒビキは呟く。
“声”は、こちらの問いかけに答えてくれるような便利なものではない。
あくまでも漠然としたイメージとして語りかけてくるのみである。
だがそのイメージは今、宇宙船内部に明確な言語として表されていた。

惑星アニマに似た、命溢れる星。
そこに住む若き戦士たち。
彼女たちの居るその星こそが、宇宙船の向かう先であり、
そして希照石を、いや、全宇宙を守る希望の星なのである。

ヒビキ「だったら行くしかないよね。希煌石のある、“地球”に……!」

悲しみをうちに秘め、決意を新たにしたヒビキの言葉に答えるように、
希照石は淡い光を放ち続けるのだった。




タカネ「申し訳ございません、ハルシュタイン。
   貴女の望むものを手に入れるのはもう少し先になりそうです」

ハルシュタイン「……」

タカネ「ですがご安心を。標的は補足しておりますから、いずれ――」

タカネの乗った円盤の一室で、
ハルシュタインの幻影は玉座に座ったまま、手元に目を落としている。
その手元にホログラムのように映し出された文字列は、
惑星アニマに残留している人型ロボから送信されたもの。
アニマの建造物内から発見された書物の内容であった。

肩肘をつきその文字を目で追うハルシュタインの表情からは、
標的を取り逃がしたタカネに対する怒りや失望などは読み取れない。
相も変わらず心の内の読めない宇宙の支配者ではあったが、
タカネは顔色を伺うような様子も見せず、余裕の表情さえ浮かべて報告を続けている。
しかしその報告を、ハルシュタインは吐息混じりに遮った。

ハルシュタイン「まさか、アニマの秘宝が三希石のうちの一つだったとはな」

タカネ「……“三希石”?」

聞きなれない単語を確認するように復唱したタカネに、
ハルシュタインは目線を上げて口元に僅かに笑みを浮かべた。

ハルシュタイン「知らないのであればこれを読んでみるといい。
      私の口から説明するより、その方が理解も早いだろう」

小馬鹿にしたようにそう言い放たれたその言葉にタカネが何か反応を返すよりも速く、
ハルシュタインは手元の小型の機械を無造作にタカネに投げて渡した。
タカネは胸元でその機械を受け取った後、数瞬の間を空けて、穏やかに笑った。

タカネ「後ほど、熟読させていただきます。
   ではこの件に関しては引き続き私にお任せいただくということで、よろしいですか?」

ハルシュタイン「ああ、良い。次は途中経過ではなく、結果の報告を期待することにしよう」

そうして嘲るような表情を残し、ハルシュタインの幻影は姿を消した。

マコト「――行き先は地球、ですか」

時を同じくし、マコトはハルシュタインに静かに尋ねる。
ハルシュタインはタカネの前から姿を消した時の表情そのままに答えた。

ハルシュタイン「ああ、都合のいいことにな」

ヤヨイ「でも本当に私たちは出なくてもいいんですか?
    あんなの一人に任せるのはちょっと不安かなーって。
    銀河聖帝だかなんだか知りませんけど、
    結局は私たちに星を滅ぼされた負け犬ですよね?」

ヤヨイの言葉に他意はなく、ただただ思ったことをそのまま口にしているだけである。
だからこそヤヨイの持つ純粋な悪意に、ハルシュタインは満足げに目を細めるのだ。

ハルシュタイン「そう言えばお前は、タカネの戦いを一部しか見ていないのだったな」

ヤヨイ「? はい、閣下が相手をしてあげてるところしか見てないです。でもそれが何か?」

マコト「キミにはそうは見えなかっただろうけど、彼女は強いよ。
   正面から戦えば僕でもそう簡単には勝てはしないだろう」

ここで初めてヤヨイの目が興味深げに見開かれ、マコトに向けられた。
しかしマコトは自分に注がれる視線など意に介さず、
瞳を閉じたまま落ち着いて続けた。

マコト「もっとも、その程度の強さを持っていなければ
   銀河聖帝の名を引き継ぐ資格などあるはずもないけどね」

ヤヨイ「へぇー。でもそれが本当なら、
    私の出番はなくなっちゃうんじゃないでしょうか……」

ハルシュタイン「まぁ、な」

ただ一言答えたハルシュタインだが、それが単に肯定を意味するものではないことは、
意味ありげな笑みを浮かべた表情から明らかであった。
すべてを見透かし未来をも見通しているようなその微笑に
ヤヨイは小首を傾げるばかりであり、マコトもまた、
到底理解の及ばぬハルシュタインの思惑にただ恭しく頭を垂れるのみ。
ただ一つだけ分かることは、
これもまたハルシュタインの手のひらの上での出来事に過ぎないということであった。

ハルシュタインの思惑を、銀髪の少女は僅かでも理解できているだろうか。

――幻影が嘲笑を残して消え去った後、
タカネはひと呼吸置き、がらんとした殺風景な部屋を後にした。
静かに開いた扉を抜けた先には、
先ほどの空間とは打って変わって人間らしさを感じる部屋があった。
地球のものとは少し形が異なるが、
最低限の家具の揃ったその部屋こそが、いわばタカネの自室である。

使いやすく配置された家具の一つに近付き、表面に触れる。
するとその部分が静かに口を開けた。
そっと手を差し入れ、ちょうど手のひらに乗る程度の一枚の紙を中から取り出す。
それは、地球で言うところの写真であった。

タカネ「……きっと、もうすぐだから……」

そこに映った人物の笑顔を見つめるタカネの表情、
それはハルシュタインに付き従う従属者でもなく、宝を奪う侵略者でもなく、
高貴なる銀河聖帝でもない、ただ一人の――

今日はこのくらいにしておきます
続きは多分明日か明後日の夜投下します


>>1はスパクロは見たのかな?




ミキ「あっ、居た居た! アミ、マミー!」

賑やかな食堂の中でもはっきりと聞こえた声に釣られるように、
アミたちも表情を明るくして、ミキミキ、と同時に名前を呼び返す。
手を振って駆け寄ったミキは空いた席に着くなり、
打って変わって気の抜けた声を出しながらぐってりとテーブルに崩れ落ちた。

ミキ「ふえ~~~疲れたぁ~~~~!
   リッチェーンまだ直ったばっかりなのに、いきなり飛ばしすぎだって思うな!
   ぐわぁーんとかばびゅーんとかやらされて、もうヘロヘロってカンジ!」

マミ「お疲れ、ミキミキ。なんか分かんないけど、めっちゃ大変だったんだね」

アミ「リッチェーンはミキミキが自力で操縦してるんだもんねぇ」

ミキ「本当、大変だったの!
   ミキ的にはもうちょっと段階を踏んでからリハビリして欲しいの!」

マミ「でもミキミキのことだから、いきなりでもちゃんと完璧にできたんでしょ?」

アミ「うんうん。なんせ防衛軍のエース・オブ・エースだもんね」

ミキ「むー……。確かにできたけど、それとこれとは話が違うの!」

可愛らしくむくれるミキの様子にアミとマミはケタケタと笑い、
ミキもまた、少し疲れた表情ながらも顔をほころばせた。

ミキ「でも二人が元気そうで良かったの。
   さっき見た時、なんだかあんまり元気じゃなさそうだったから」

えっ、思わず声を揃えるアミとマミ。
唐突なミキの言葉にどう返答するか、少し言いよどんだ二人だが、
ミキは薄く笑ったまま続けた。

ミキ「もしかして、この間のハルシュタイン軍の人のこと? イオリ、だっけ?」

マミ「……うん」

アミ「あのイオリって子が悪者で、私たちの敵っていうのは分かってるんだよ。
   でも……やっぱり、目の前で死なれちゃったらショックが大きいっていうか」

マミ「別にマミたちのせいじゃないって、他のみんなは言ってくれてるんだけど……」

ミキ「ミキもみんなの言う通りだって思うな。
   口の中に隠した毒なんて絶対気付くわけないの。
   だからアミもマミも、そんなの全然気にする必要なんてないよ」

アミ「うん……。だからアミたちも、自殺を止められなかったことについては
   あんまり気にしないようにしようとは思ってるんだ。
   でも……もう一つ、どうしても考えちゃうことがあって……」

ミキ「考えちゃうこと?」

マミ「……なんで、あのハルシュタインって奴のためにそこまでできるのかな、ってさ」

イオリの、ハルシュタインに対する徹底した忠誠心。
それは情報を与えぬための自害の他にも見て取れた。
残された怪ロボット、アズサイズは防衛軍の戦力として利用されぬよう、
アミたちやキサラギが近付けば自動的に攻撃するようプログラムされていたのだ。

当然、防衛軍の技術者たちは全力を尽くしてプログラムの消去を試みているが、
幾重にも施されたプロテクトを突破するのは困難を極め、未だ解決の兆しすら見えていない。
そこにアミとマミはイオリの執念を感じ、
最後にイオリが見せた笑みがいつまで経っても瞼の裏から消えずに残っているのである。

マミ「それってやっぱ、自分が死んででも夢を叶えてあげたいくらい
   ハルシュタインのことが大好きだったってことでしょ?
   だからなんていうのかな……敵ながらすごいな、って」

視線を手元に落としながらも、複雑そうな笑顔を作るマミ。
アミもまた同様の表情を浮かべ、
もう中身も僅かなコップを握り締める両手に力が入っているのが分かる。
ミキはそんな二人の様子を少しの間だけじっと見つめた後、すっと目を閉じた。

ミキ「そうかもしれないね。でも、ミキはイオリじゃないからよく分からないの。
   それに……もしそうだったとしても、それはミキたちだって同じでしょ?」

アミ「……私たちも、同じ?」

ミキ「あいつらはハルシュタインの夢を叶えたいのかも知れないけど、
   ミキたちは、地球のみんなの夢を叶えたいの。みんなの未来を守りたいの。
   だから、戦ってやっつけるしかないんだよ。あいつらはそれを壊そうとしてるんだから」

ミキの瞳は瞼に覆われていて見えない。
しかしその声の響きからははっきりと熱い意志が伝わってきた。
ミキの持つエースパイロットの素養の一つが天性の操縦技術であることは言うまでもないが、
もう一つがこの、敵と認めた者に対して抱く闘志。
これこそがミキを防衛軍のエースたらしめている大きな要素である。

アミたちは時折ミキが放つ闘志を頼もしく感じ、同時に少し怖くも感じる時もあった。
しかしこの時ばかりは、ミキの言葉は二人の心に火を灯すことに成功した。

アミ「……そうだよね。私たちにだって、守りたいものはあるんだ」

マミ「この町を、地球を――ここに住むみんなを、守らなきゃいけないんだ」

忘れていたわけでは、当然ない。
しかし敢えて確認するように、アミとマミは自分の意志を口に出す。

マミ「あの子を止められなかったのは悲しいし、
  次に同じようなことがあったら、その時は絶対に止めたい。
  でも、終わったことでもう悩んだりしない!」

アミ「悩んでたら力なんか出ないし、私たちらしくないもんね!」

マミ「うん、元気出てきた! ありがとう、ミキミキ!」

ミキ「……ミキは何もしてないの」

そう言ってあふぅ、とあくびをしたかと思えば、ミキはそのままの体勢で寝息を立て始めた。
アミとマミは顔を見合わせて苦笑いした後、
決意を新たにするようにぐっと笑顔を引き締めて、互いの拳をこつんと合わせた。

それからどれほどの時間が経ったろうか。
窓から差し込む暖かな陽の光と気持ちよさそうなミキの寝息に誘われるように、
アミとマミもまた、椅子に腰掛けたままうつらうつらと船を漕ぎ始めている。

――けたたましい警報が食堂の空気を一変させたのはちょうどその頃だった。
アミとマミは椅子から跳ねるように立ち上がり、
ミキも今日は珍しくすぐに目を開けた。
また怪ロボットか、と構えたアミたちであったが、
警報とともに流れたアナウンスは、これまで聞いたことのないものだった。

未確認飛行物体を二体確認。総員第二種戦闘配備。

アミ「未確認飛行物体? 怪ロボットじゃないの?」

マミ「しかも二体って……」

ミキ「なんか、ただ事じゃないってカンジだね」

未確認とアナウンスは告げているが、これがハルシュタインと無関係であるとは到底思えない。
初めての事態に三人は怪訝な表情を浮かべつつも、
自らの持ち場へと足早に駆けていった。




地表の大半が水に覆われた星、地球。
アニマを緑の惑星と称するならば、青の惑星となるであろうその星だが、
二つの飛行物体は上手く陸地へと降り立った。

いや、二つのうち小型の方に限っては、降り立ったというよりは不時着に近い。
黒煙を上げて木々にぶつかりながらも
辛うじて大破を免れたその機体から、小柄な影がよろよろと這うようにして出てくる。
小さくうめき声を上げるその少女の見上げる先から、
大きな円盤が悠然と後下してきた。

タカネ『さて、そろそろ希照石とやらを引き渡す気になっていただけましたか?』

ヒビキ「……っ」

静かに響き渡る声に少女は――ヒビキは歯噛みし、踵を返して走り出す。
しかしその足取りは、アニマの自然の中を
自由に駆ける本来の姿が見る影もないほどに重い。
不時着のための姿勢制御に要した神経と体力、
また全身を襲った衝撃は並大抵のものでなく、ヒビキは完全に疲弊しきってしまっていた。

ちょうど地球の大気圏へと突入しようという頃、
それまで一定の距離を置いて追跡してきていた巨大な宇宙船が突然攻撃してきた。
その場で機体がバラバラにされるような
強力な攻撃ではなかったが、恐らくそれも敵の計算の内。
広大な宇宙空間や地球上空で機体を爆散させれば、
目的の希照石を探すのが多少面倒になる。
そうなるよりは、不時着させて所有者本人から奪い取る方が確実と、
敵はそう考えたのだろうとヒビキは推察した。

今にも膝から崩れ落ちてしまいそうな体に鞭打ちながら、ヒビキは更に考える。
希照石の声を信じるならば、この星のどこかに希煌石を持つ戦士がいるはず。
一刻も早くその者に合わなければならない。
可能な限りのコントロールはしたものの、
不時着したこの場所は、希照石に導かれ向かっていた位置よりかなり外れてしまっている。
宇宙船が破壊されてしまった以上、自分が走らなければ――

しかしそんなヒビキの懸命な抵抗を嘲笑うかのように、
揺れた地面が彼女の足を取り転倒させた。

それはアニマを襲った怪ロボット、
ユキドリルが、円盤から地表に降り立った振動であった。
ドリルが起こす地震にも等しい揺れに比べれば些細なものであったが、
今のヒビキにはそれすらも耐えることができない。

絶望を突きつけるように、ユキドリルが一歩足を踏み出すごとに、
体の芯まで響くような振動がヒビキを襲う。
しかし巨大な影が目の前に迫ってなお、ヒビキはその目の抵抗の炎を絶やすことはなかった。

タカネ「私は無益な殺生は好みません。
    大人しく宝を渡して頂けるなら、命までは取るつもりはないのですが……」

そこでタカネはひと呼吸置いて自分を睨みつけるヒビキの瞳を見つめ返し、
浅くため息をついた。

タカネ「どうやら、これ以上言っても無駄なようですね」

ヒビキ「どうして……どうしてお前は、そこまでして希照石を狙うんだ」

タカネ「言ったはずです。ハルシュタインがそれを欲している、と」

ヒビキ「それはお前の意志じゃないだろ!?
   なんでタカネは、ハルシュタインとかいうやつに従ってるんだよ!」

タカネ「……命乞い、ではなさそうですね。では時間稼ぎでしょうか。
   “希煌石”とやらがあるこの星に、助けを期待しているのですか?」

希煌石を知っているのか、とヒビキは僅かながら驚く。
それが表情に出ていたのかは分からないが、
タカネはヒビキが言葉を発する前に続けた。

タカネ「貴女の問いに答える理由はありませんし、助けなど期待しても無意味ですよ。
   いずれにせよ、希煌石もハルシュタインの手中に収めるべきもの。
   仮にその持ち主が助けに来たとすれば、それはそれで――」

瞬間、突如として聞こえた空気を切り裂く音がタカネの言を遮った。
間髪入れず、金属同士がぶつかり合う轟音が大気を揺らし、
その音と風圧に思わずヒビキは頭を伏せるようにして身を縮める。
そして恐る恐る顔を上げたその先には、
鎖に繋がった巨大な鉄球を受け止めたユキドリルの姿があった。

タカネ「――好都合、というものです」

アミ「怪ロボット確認! 一般人が襲われてる!」

マミ「どうしよう、ミキミキ! 先にあの子を逃がしてあげた方がいいかな!?」

飛翔するキサラギのステアに掴まり、アミたちはミキに判断を仰いだ。
同じくロケットエンジンを噴射して飛んでいたリッチェーンは、
伸ばした鎖をぐっと掴み、砂塵を巻き上げて地面に降り立つ。
それに倣い、キサラギもリッチェーンの隣に降り立った。

ミキ『そうだね。じゃあミキが怪ロボットの相手をするから、二人はあの子を……』

しかしミキが言いかけた言葉は、喉元で止まった。
瞳は大きく見開かれ前方に釘付けになっている。
その先に居たのは、リッチェーンの攻撃を受け止めた怪ロボット。
ハンマーを防ぐために掲げられた巨大なドリルがゆっくりと下げられ……
その頭頂部に立つ者の姿が見えた瞬間、ミキの本能が警笛を鳴らした。

ミキは鎖を引いてリッチェーンのハンマーを回収し、
直後、膝を曲げて着地した姿勢そのままに、上半身を大きく捻る。
そして遠心力に任せて巨大なハンマーを振りかざし、
怪ロボット、ユキドリルへ向けて真横に振り抜いた。
ユキドリルはまたも両腕のドリルでハンマーを受け止めてみせたが、
勢いは止まらずにそのまま数百メートルほど押される。
だがその攻撃に驚いたのは、何よりすぐ隣で見ていたアミとマミである。

アミ「ミ、ミキミキ!? そんないきなり……!」

ミキ『ごめん、そこの人! ミキたちが戦ってる隙に自力で逃げて!』

マミ「ちょ、ちょっとミキミキ!?」

ヒビキに向けて発された無責任とも取れる言葉に、
二人は困惑の表情でミキの名を呼ぶ。
だがミキは一点、怪ロボットのみを見据えたまま、
ミキらしからぬ切迫した声で、唸るように言った。

ミキ『……ダメなの。あいつは、二人で戦わないとダメ……!』

それは天才であるがゆえの勘であろうか。
理屈を超えた野生の獣のような直感が、ミキに告げていた。
この敵は桁外れに強い、と。

ミキ『うおおおおーーーーーーーーっ!』

渾身の叫びを上げ、ミキはもう一つ残されたハンマーを
先ほどと同じようにユキドリルへ向けて振り抜く。
その衝撃を受け、ユキドリルは更に数百メートル後退した。

ミキ『アミたちも手伝って! 早く!』

この時になってようやくアミたちは、
ミキが怪ロボットと一般人の距離を離そうとしていることに気が付いた。

ようやく、とは言っても決して遅すぎたわけではない。
寧ろ言葉にしていないミキの意図をこの段階で読み取っただけでも、
コンビネーションとしては十分だと言える。
しかしそれでも、遅かった。

ミキ『っあ……!?』

了解、とアミたちが返事をするより一瞬早く、リッチェーンの巨体がふわりと浮き上がる。
ユキドリルが両腕のドリルを器用に使い、
リッチェーンのハンマーに連なる鎖を思い切り引き寄せたのだ。
キサラギやリッチェーンと同じような細身の機体からは想像もできないパワーにより、
引き寄せられるようにユキドリルへと向かい飛んでいくリッチェーン。

アミマミ「ミキミキ!」

だが、ミキの表情が驚愕に彩られたのは束の間、
瞬時にミキは目にも止まらぬ速さで手元を操作し、崩れた体勢を空中で整えた。
そして引かれた勢いに落下のエネルギーを乗せ
巨大ロボとは思えぬ見事な動きで放たれた回し蹴りは、
その勢いの衰えないままに轟音を立ててユキドリルに向けて振り抜かれた。

リッチェーンの回し蹴りはユキドリルの機体を、
防御のために上げられた腕ごと吹き飛ばすはずであった。
しかし……

アミ「え……!?」

マミ「な、何!? なんで……!?」

直後に地面に叩きつけられたのは、ユキドリルではなくリッチェーン。
蹴りの勢いを増幅されたかのごとく、
リッチェーンは山を削りながらおよそ数km以上も転がされた。
何が起こったのか理解できず混乱するアミたちの頭に、タカネの冷たい声が響く。

タカネ『なるほど、頂いた情報に違わぬ見事な操縦技術……。
   まだ若いでしょうに、素晴らしき才能を持っているようです』

さて、とここで言葉を切り、
タカネは彼方まで吹き飛ばされたリッチェーンからキサラギへと視線を移す。

タカネ『貴女方はどうでしょうか。
    キサラギとそのパイロット、アミとマミ。
    希煌石によって動くその機体は、さぞ見事な動きを見せてくれるのでしょうね』

タカネ『順番が変わってしまいましたが、
    まずは貴女方の持つ希煌石から奪うことと致します。
    その後に予定通り希照石を奪い、二つ揃ってハルシュタインへの手土産としましょう』

マミ「希照石《テラジェム》……!?
   じゃあさっき女の子を襲ってたのは、それが狙い!?」

アミ「そんなこと、させると思う!?」

タカネ『そちらがどう思おうと関係ありません。
    すべては高貴なるハルシュタインの意志のままに実現されるのです』

ミキ『……実現なんて、されないの。
   ハルシュタインの意志なんか、ミキたちが打ち砕いてやるんだから!』

起き上がったリッチェーンから発せられたミキの言葉が、力強く空気を震わせる。
アミとマミはその振動を肌で感じ、
また共鳴するように自分たちの鼓動が早まるのを感じた。
自分に向けられる熱のこもった視線を受けたタカネは、やはり冷たく言い放つ。

タカネ『良いでしょう……。ではかかっておいでなさい。
    ただし時間はかけたくありません。二体揃ってお願いします』

今日はこのくらいにしておきます
続きは多分明日か明後日に投下します

>>347
スパクロ見て、ボイノベで出てなかった設定を知って、
今必死こいて書き溜めた部分に追加修正してるところです
設定や展開を合わせられるところは合わせますが、
既に修正不可能になってるところはそのままでいきます

マミ「そうやって余裕ぶっていられるのも今のうちだよ!
   私たちのコンビネーションをなめないでよね!」

アミ「行くよミキミキ、キサラギ!」

   『くっ……!』

ミキ『ラジャーなの!』

アミの合図でキサラギとリッチェーンは関節を唸らせ、
悠然と構えるユキドリルに向けて駆け出した。
それぞれ異なる方向から疾走する二体はユキドリルへと全く同時に到達し、
キサラギは拳を、リッチェーンはハンマーを振り抜く。
そのタイミングも全くの同時であり、
合図を発することなくここまで息を合わせられるのは
マミの言った通り見事なコンビネーションと言う他ない。

しかしタカネは、二方向から同時に襲い来る一撃必倒の攻撃に微塵も臆することなく、
ユキドリルのドリルをすっと掲げた。

マミ「そうやって余裕ぶっていられるのも今のうちだよ!
   私たちのコンビネーションをなめないでよね!」

アミ「行くよミキミキ、キサラギ!」

   『くっ……!』

ミキ『ラジャーなの!』

キサラギとリッチェーンは関節を唸らせ、
悠然と構えるユキドリルに向けて駆け出した。
それぞれ異なる方向から疾走する二体はユキドリルへと全く同時に到達し、
キサラギは拳を、リッチェーンはハンマーを振り抜く。
そのタイミングも全くの同時であり、
合図を発することなくここまで息を合わせられるのは
マミの言った通り見事なコンビネーションと言う他ない。

しかしタカネは、二方向から同時に襲い来る一撃必倒の攻撃に微塵も臆することなく、
ユキドリルのドリルをすっと掲げた。

一度目は何をされたか理解できなかったミキだが、
今度ははっきりと見ることができた。
またアミたちもスター・ツインズの動体視力を以てようやく理解する。

タカネはアミたちの攻撃がドリルに触れた瞬間、その速度に合わせてドリルを回転させた。
同時に僅かにドリルをずらして攻撃の軌道を逸らし、勢いとドリルの回転を利用して――
次の瞬間には、アミたちの視界は反転し、
浮遊感を感じる暇もなく地面に叩きつけられていた。

言葉で説明すれば単純ではあるが、一朝一夕で再現できるものであるはずもない。
アミとマミは衝撃によって明滅する視界の中、
いつか読んだ格闘漫画に登場する合気道の達人の姿を思い起こしていた。
流麗な舞のごとき動きはまさに達人のそれであり、
仰向けに倒れたキサラギとリッチェーンを振り返ることもなく
凛として佇むその背は神々しくさえ見えた。
それが自分たちへの脅威となるものでなければ、アミたちは歓声すら上げたであろう。

だが現実はそうではない。
抱きかけた憧憬にも近い思いを振り払うようにアミとマミが上げた叫びは
図らずもミキと重なり、二機は地に倒れたまま今一度ユキドリルへの攻撃を試みた。

ミキ『まだまだぁーーーーーっ!』

アミマミ「やれ! キサラギィーーーーー!」

キサラギはユキドリルの足元へ、リッチェーンは頭部へ、
上下への同時攻撃を放った。
が、タカネはそれを肩ごしにチラと振り返ったかと思えば表情一つ変えることなく、
大きく弧を描くようにドリルを動かし、
キサラギの足とリッチェーンのハンマーをまたも受け流した。
しかも今度はただ受け流しただけでなく、

ミキ『うあぁっ!?』

アミマミ「ぶ、ぶつか……!」

二機の巨大ロボは浮き上がり、空中で衝突する。
タカネは、受け流す方向までもコントロールしてみせたのである。
折り重なって地面に落下するキサラギとリッチェーンを
冷徹な眼差しで見下すタカネは静かに口を開き、やはり冷たい声色で告げた。

タカネ『希煌石による運動性能も、
    純粋な技術でそれに並ぶことのできる才能も、大したものです。
    しかし修練が足りません。貴女方が私の力をどう見積もっていたのかは知りませんが……
    “なめるな”と言いたいのはこちらの方です』

アミたちは、その静かではあったが重く響く声色の奥に、微かに灯る焔を感じ取った。
それは赤く激しく燃え盛る炎ではなく、青く、しかし何より熱く燃える炎。

タカネ『二体揃ってかかって来いと言ったはずです。
   お見せなさい。キサラギの――希煌石の、本領を。
   このままでは私の眉一つ動かすことすら叶いませんよ』

それは挑発か、宇宙最高位に立つべき者としての矜持か。
だがいずれにせよアミたちにはそれ以外の道は残されていない。
この圧倒的な力の差を埋める方法はただ一つ――

アミ「わかったよ……そこまで言うならやってやろうじゃないの!」

マミ「行くよミキミキ!」

ミキ『もちろん、準備オッケーなの!』

アミマミ「無尽合体! ハイパーキサラギ!」

揃った声を合図に、キサラギとリッチェーンの体が展開する。
瞬く間に二機の巨大ロボは合体していき完成したその姿は、
黒い月本体に攻め入ったスターキサラギとほぼ同じ。
違いはただ飛行怪ロボットの翼が無いという点のみで、
並み居る怪ロボット達を蹴散らした最強の武器はそのままに再現されている。

手加減は無用。
ハイパーキサラギはユキドリルに向けて両手を構え、

アミマミ「ハイパーリッチェーンハンマーーーーーー!」

タカネ「――っ!」

超高速で放たれた強化ダブルモーニングスターに、
タカネの表情が初めて色を変える。
先程までと同じように攻撃を受け流そうと、ドリルを掲げるタカネ。
だがハンマーに触れたドリルは次の瞬間、凄まじい音を立てて弾かれた。

マミ「やった……! 今度は効いてる!」

アミ「どうだ見たか! これが私たちの本当の力だ!」

ミキ『今のうちにどんどん追撃するの!』

放たれたハンマーを回収し、再び攻撃を繰り出すハイパーキサラギ。
タカネは瞬時に反応し辛うじてそれを防いだが、
またも威力を殺しきれずに大きく体勢を崩す。
速度、威力ともに跳ね上がったダブルモーニングスターの猛攻撃に、
もはやタカネは防戦一方であった。

だがアミたちは気付いていた。
タカネの瞳に燃える炎は消えていない。
どころか更に熱く燃え、逆転した戦況を再び覆す機を伺っている。
それを分かっているからこそここで一気に勝負を決めるべく、
アミとマミは攻撃を絶やすことなく追撃し続けた。

しかししばらく攻撃を続けるうちにアミたちは違和感を覚え始めた。
確かに敵は今や防戦一方であり、それに違いはない。
が――終わらないのだ。

何度強力な攻撃を浴びせようと、どれだけ体勢を崩そうと、クリーンヒットは一つもない。
敵はこちらの攻撃の威力を殺しきれていないとは言っても、
致命的な隙を生む一歩手前で踏みとどまってギリギリのところですべて捌かれている。

そして決めきれない焦りからか、
少しずつアミたちの攻撃が雑になってきていることにミキは気付いた。
それはミキの鋭い感覚がなければ気付けないほど僅かではあったものの、
決して無視することのできない変化。
だからミキはそれをアミたちに忠告しようとした。

しかしその直前、
ユキドリルがこれまでで最も大きく体勢を崩し、初めて膝をついた。

アミ「! 今だ! 食らえーーーーっ!」

マミ「これでトドメだぁーーーーー!」

この機を逃すわけにはいかないと、キサラギは一際大きく足を踏み込む。
そしてユキドリルの頭部目掛け勢いよくハンマーが振り下ろされた刹那、
キサラギの腹部に組み込まれたコクピットから、ミキは見た。
上から見下ろすアミとマミからは死角になって見えていないであろうタカネの目が、
飛び込んできた獲物を捕捉するようにギラリと光っているのを。

ミキ『待って二人共――』

だがその声がアミたちに届くよりも、ユキドリルが動く方が先だった。
ユキドリルは片方のドリルを回転させ、それまでと同じようにハンマーの軌道上に掲げる。
直後、ハンマーが触れ……今度はドリルが弾かれることはなかった。

アミマミ「っ……!?」

がくん、とハイパーキサラギの上体が揺れて前のめりに傾く。
そして攻撃を受け流されたのだとアミとマミが理解した時には既に、
もう片方のドリルがハイパーキサラギの胸部目掛けて振り抜かれていた。

やられた――
アミたちはカウンター気味に食らうであろう衝撃を覚悟し、咄嗟にステアを握り締める。
だがそのドリルの切っ先は、胸部の装甲に触れる直前で止まった。
見ればハイパーキサラギの両手がドリルをがっちりと押さえ込むように掴んでいる。
それはアミたちのコマンドではなく、ハイパーキサラギが自動で防御したものでもない。

ミキ『なんとか、間に合ったの……!』

アミマミ「ミキミキ!」

あの切迫した状況で即座にマニュアルに切り替えたミキの判断力、
そして瞬時に防御をやってのける操縦技術にアミとマミは歓声を上げた。
そんな彼女たちに、拡声された声が届く。

タカネ『……真、素晴らしき才能です。
   無尽合体の力も、私の想像を遥かに超えておりました。
   既にあれほどの力を持つハルシュタインが何故、
   希煌石などという石一つにこだわるのか理解できた気がします』

その言葉は心からの賞賛、あるいは降伏しているようにも聞こえた。
しかしアミたちは次の瞬間、ほんの一瞬でも気を抜いたことを後悔する。

タカネ『惜しいものです。もし貴女方があと数年早くこの力を手にし、
    更なる修練を積んでいれば、それを失うこともなかったでしょうに』

瞬間、ユキドリルの、ハイパーキサラギに抑えられていない方の腕が大きく挙動する。
そしてアミたちがそれに気を取られた瞬間、
抑えていたドリルが高速で回転を始めた。
その回転速度は、これまでのドリルがまるで
子供の玩具であったかと思うほどに桁外れであり、
両掌との摩擦で激しく散る火花を見てミキは呻き声を漏らした。

ミキ『ダメ……マニュアル操作じゃ抑えきれない! アミ、マミ! お願い!』

アミ「わ、わかった!」

マミ「キサラギ、ドリルを抑えろ! 全力を振り絞って!」

  『くっ……!』

キラブレが光り、希煌石の力をフルに使ってハイパーキサラギはドリルを抑え込む。
すると徐々に飛び散る火花は少なくなり、ドリルの回転速度は目に見えて落ちていった。
ドリルよりもハイパーキサラギのパワーが上だ、これなら行ける。
アミたちはそう思い、またそれは間違いなく事実であった。
だが、彼女たちは失念していた。
ユキドリルの――タカネの恐ろしさは、パワーなどではないということを。

決して警戒を怠っていたわけではない。
今必死に抑えているものの他、もう一つドリルは残されており、
そちらがきっともう間もなく攻撃に使われる。

だからそのドリルがこちらに向かって振りかざされた時、反応はできた。
右手で一方のドリルを抑えつつ、左手でもう一方のドリルを掴むことができた。
しかしその直後、アミたちは、
目の前の景色が真横にぶれるのを見た。
同時に体がステアから引き剥がされそうになるのを感じ、
声を上げる暇すらなく全身全霊でしがみつく。

何が起こったのか一瞬遅れて気が付いた。
ハイパーキサラギの巨体が空中で、
強制的に宙返りでもさせられているかのごとく高速回転しているのだ。

それは時間にすれば数秒にも満たない僅かなものであっただろう。
だがその僅かな時間に何度天地が入れ替わっただろうか。
スター・ツインズとなり強化された身体能力で
辛うじて吹き飛ばされずに済んでいるアミとマミであったが、
解体されんばかりの勢いで高速回転する機体はやがて地面へ落着、衝突する。
その瞬間に加わった衝撃と慣性は、
アミの身体をステアから引き剥がすのに十分以上の威力を発揮した。

アミ「きゃああああーーーーーーーーーっ!!」

マミ「アミ!」

大地を揺るがす轟音に混ざって遠ざかっていく悲鳴を聞き、マミは妹の名を叫ぶ。
悲鳴の先に目をやると、くらむ視界の中に空高く放り出されたアミの姿が見えた。
直後、未だに覚束無いマミの五感のうち、聴覚がはっきりと覚醒する。

タカネ『……まずは、一人』

またも回転を始めたドリルの音と共に発せられたその声に、
マミは心臓が跳ね上がり、同時に血液が一気に冷えるのを感じた。

今日はこのくらいにしておきます
続きは多分明日か土日のどっちかくらいに投下します


そういえば三希石って何て読むんだっけ

だがタカネはマミの様子など意に介さず、
冷たい視線は無防備に宙を舞うアミに固定されている。

アミは空中で身動きの取れない中、巨大な武器が自分に向けられているのを見た。
強化された肉体とは言え、あんなものを食らえばひとたまりもない。
痛みを感じる間もなくこの体は塵と消えるであろう。
アミは覚悟を決めたようにぎゅっと目を瞑る。

……が、目を閉じたアミは次の瞬間、
ドリルとは全く違う衝撃を感じて思わず声を上げて目を開ける。
大きく見開かれた瞳に映ったのは、迫る巨大ドリル、
そして――ドリルに背を向けて力強く自分を抱きしめる、マミの姿であった。

アミ「マミ!? なんで……!」

自分を庇う姉の姿にアミが驚いたのは言うまでもない。
しかしこの時、アミ以上に表情を変えた者が一人。
アミを始末するためにドリルを構えていたタカネの目が、
驚愕に……いや、それ以上の感情に見開かれていた。

タカネ「っ、あ……」

薄く開かれた唇から、吐息とも喘ぎともつかない声が漏れ出す。
地球はもちろんアニマでも見せたことのなかった表情を浮かべたタカネは、
ユキドリルにドリルを構えさせたまま、
ピッタリと動きを止めている。

しかしそれも一瞬のこと。
タカネは唇を噛み、眉根を寄せて全身に力を入れる。
苦痛に呻くようなその顔は、今にも泣き出しそうにも見えた。

直後、アミたちは何かを振り払うような叫びを聞いた気がしたが、
それはユキドリルの機体が再び駆動した音にかき消される。
だが悲鳴のような唸りを上げて改めてアミたちに迫ったドリルは次の瞬間、
真上から振り下ろされた巨大ハンマーにより地面へと叩きつけられた。

ハンマーに連なる鎖の先に居たのは、立ち上がったハイパーキサラギ。
直前の回転によりコクピットの中で激しく叩きつけられたせいで
一時的に意識が混濁していたミキが今、目を覚ましたのだ。

ミキ『そうは、させない……!』

タカネ「ぐっ……この……!」

ユキドリルの腕は地中深くめり込み、膝をついている。
だがすぐさまドリルを回転させて周囲の土を削り、
数秒も経たずにめり込んだ腕を引き抜くことに成功した。
そしてその引き抜いた勢いのままに、
リッチェーンハンマーの鎖へ切断すべくドリルを振りかぶる。

しかしその時、タカネは俄かに背筋が粟立つのを感じた。
反射的に動きを止め、再びハイパーキサラギへと顔を向ける。

厳密に言えば、タカネが見たのはハイパーキサラギではない。
その腹部に組み込まれたコクピット……
そこに座る、一人の少女であった。

瞬間、残されたもう一方のハンマーがユキドリルへと襲いかかる。
タカネは迫るハンマーを見据え、
もはや完全に合わせられたタイミングで見事ハンマーの軌道を逸らした
――はずであった。

タカネ「……!?」

ユキドリルの腕はハンマーに触れた途端、
それまで聞いたことのないような音を立て大きく弾かれたのだ。
そしてリッチェーンハンマーは、そのままガラ空きの胴体へ向けて直進する。

直撃。
タカネの脳裏をすら一瞬よぎったその言葉であったが、
紙一重で左腕でのガードが間に合った。
当然それまでのように威力を殺すことはできずに宙を舞うユキドリルの巨体。
しかしユキドリルは吹き飛ばされる瞬間に脚を蹴り出し、
相討ちのような形でハイパーキサラギの頭部へと蹴りを食らわせる。

その後タカネは空中でバランスを立て直し、なんとかユキドリルを両の足で着地させた。
対して、カウンター気味に蹴りを食らったリッチェーンは、
バランスを崩してよろめき、尻餅をつくようにして倒れる。

が、そんなリッチェーンへ向けられたタカネの表情は、驚愕に彩られていた。

なぜ、自分は今の攻撃を受け流すことができなかったのか。
タカネにはその理由が分かっていた。
分かっていたからこそ、驚いていた。

ミキはつまり、ドリルの回転と逆方向に、ハンマーに回転を加えていたのだ。
そして逆回転だから、弾かれたのだ。
……言葉にすれば実に単純な理屈である。
しかしそれでもミキがそれをやってのけたという現実は、タカネの理解の範疇の外であった。

あれは、そのような単純な理屈で実現できるものではない。
ドリルの回転速度や、ハンマーとドリルが触れる角度など、
あらゆる要素を完璧に計算しなければ実現し得ないはずだ。
“計算しなければ”?
否、計算などできるはずがない。
つまりこれは、本能、直感……そういった天賦の才によるものに他ならない。

自分は、このミキという少女の才能は認めていた。
ハルシュタインから受け取ったデータから分かっていたことだし、
実際にリッチェーンの動きをこの目で見ても、
確かに紛うことなき天才であると、そう認めていたのだ。

だが、今の技術はなんだ。
この距離から感じる鮮烈な気配はなんだ。
天才という言葉ですら表現しきれない何か別種の力が、
間違いなくこのミキという少女の体の中には秘められている。

タカネ「……あなたは、もしや……」

脳裏を一つの可能性がよぎり、操縦桿を握る手に力が入る。
もし本当に『そう』だとすれば、この少女は近いうちに必ず、
より大きな障害となって自分の目の前に立ちふさがる。
放っておくわけには行かない。
今ならまだ自分の方が実力は上。
ならば今ここで確実に――

しかしそこに考えが至ったと同時、タカネは背後にまた別の気配を感じた。
ユキドリルの機体に何かぶつかるような音が連続して聞こえ、
ふっと差した影に振り向くと、そこには――

ヒビキ「希照石開放! でぇりゃぁぁぁぁーーーーーー!」

高く跳躍し、蹴りを放とうとするヒビキの姿が、見開かれたタカネの瞳に映る。
タカネは意表を突かれ一瞬身を固くした。
が、生身であっても並外れた身のこなしを持つタカネである。
一直線に振り抜かれたヒビキの脚は、一瞬前までタカネが居た場所をただ通過した。
そして空振りした直後のヒビキの体に
しなやかな手がそっとあてがわれたかと思えば、
次の瞬間にはヒビキは思い切り、ユキドリルの機体に背中から叩きつけられていた。

ヒビキ「が、はっ……!」

受身を取ることもできずに直に受けた衝撃は肺に達し、
一時的な呼吸困難に陥ったヒビキは敢え無く横たわる。
その胸元からは見覚えのある光が漏れ出しているのが見えた。
巨大なユキドリルの機体を生身で駆け上った身体能力が、
希照石の力によるものだったことは明らかである。
だが自身の求めた宝を前にして、タカネはそこから視線を逸らさずにはいられなかった。

ミキ『ハイパーリッチェーンハンマー……ダブルインパクトーーーーーー!!』

こちらに向けて放たれた巨大なトゲ付きダブルモーニングスターを、
タカネはまっすぐに睨みつける。
その表情にはもはや冷徹さなど欠片も残されていない。

しかし闘志を顕にし、ドリルを構えようとしたタカネの顔は
先ほどとはまた違う驚愕に彩られた。
手に力を入れた途端、
二つある操縦桿のうちの一つが音を立てて真っ二つに折れたのだ。

タカネ「まさか……!」

タカネが足元に目線を落とすと、
そこに倒れたヒビキの口元が、苦痛を堪えつつもニヤリと笑っているのが見えた。

あの蹴りは、初めから自分を狙ったものでなかった――。
歯を食いしばり、タカネはもう一度前を見据える。
ユキドリルはキサラギと同じく、ある程度の自立した行動と言語による操作が可能である。
しかしそこにタカネの操縦技術が加わってこそ、ユキドリルの本領は発揮されるのだ。
操縦桿が折られた今、ハイパーキサラギに勝つ見込みなどあるはずもない。
しかしタカネは全身に力を入れ、
すべての仮面を脱ぎ捨てて声の限り叫んだ。

タカネ「絶対に……諦めて堪るものかぁぁぁぁーーーーーーーーーっ!」

タカネの叫びに呼応し、ユキドリルが大きく挙動する。
そして、ハンマーとドリル、全力を込めた攻撃同士が正面からぶつかり、
周囲一帯に衝撃波が広がった。

アミ「うあっ!?」

マミ「っ、ミキミキ……!」

少し離れた位置に着地した後、急いで駆け付けようとしていたアミとマミは、
枝葉が折れ大きく揺れる木々に囲まれ、吹き飛ばされぬよう互いを支え合う。

やがて衝撃波が収まり、辺りには静寂が戻った。
ミキは息を荒げ、コクピット内からユキドリルの様子を注視する。
巻き上がった砂塵の晴れた先に見えたのは、操縦桿が完全に破壊されたユキドリル。
その頭頂部で気を失い、ヒビキに抱きかかえられたタカネの姿。

透き通るように白いタカネの頬は、閉じられた瞳から流れる一筋の雫に濡れていた。




――目を開けると、真っ先に青い空が目に入ってきた。
同時に記憶が蘇る。
タカネはゆっくりと上体を起こし、
自分を見つめる四人に向けて静かに言った。

タカネ「……私の隙を突いた、見事な連携でした。真、天晴れです。
    どうか誇ってください。そうすれば私も、少しは浮かばれますから……」

どこか悲しそうな、浮かない表情のアミたちに、タカネは穏やかに微笑む。
だがアミはそれに微笑みを返すことなく、口を開いた。

アミ「どうして……あの時、攻撃を止めたの?
   もし止めてなかったら今頃アミは……」

タカネ「済んだことを話しても、詮無きことですよ」

タカネ「貴女方は勝ち、私は負けた。
    結果がすべて……それで良いではありませんか」

これ以上何も答えることはないというように、タカネは目を伏せる。
しかしその肩が、ヒビキの言葉でぴくりと動いた。

ヒビキ「もしかして、キミがさっきうわ言で言ってた名前と関係あるの?」

タカネ「……はて、なんのことでしょう」

ヒビキ「誤魔化さないで欲しいんだ。
    『ごめんなさい』『もう一度会いたい』って……。
    何度も、何度も繰り返してた。
    もしかしたら、それがハルシュタインなんかに従ってる理由じゃないのか……?」

タカネ「だとしたら何だと言うのです。
    仮に今貴女が想像しているような理由があったとして、
    私が貴女の星を焼き、仲間を破壊した仇であることには変わりありません。
    それとも、理由を話せば私を許すとでも?」

早口気味に発せられたタカネの言葉には、明らかな拒絶の意思があった。
だがヒビキには、それは『許される』こと自体を拒絶しているように聞こえた。

ヒビキ「……理由を聞いたからって、許せるかどうかは分からない。
   でも、知りたいんだ! だって、眠っている時のタカネはずっと泣いて……」

タカネ「関係のないことです。さあ、早く私を防衛軍とやらへ連れて行ってください。
   私は地球を侵略せんとするハルシュタインの一味。受けるべき罰があるはずです」

ヒビキから視線を外し、タカネはアミたちの目を見てはっきりとそう言った。
その視線に、勝者であるはずのアミとマミは思わずたじろいでしまう。
しかしミキはその視線を真っ直ぐに見つめ返す。

ミキ「もちろん連れて行くけど、ミキ的には早く理由を話して欲しいってカンジ。
  っていうか別に話さなくても、どっちにしろ軍の人たちに色々調べられちゃうと思うよ。
  だから早く喋っちゃった方が気が楽だって思うな」

アミ「ちょ、ちょっと、ミキミキ……」

ミキ「だって本当のことでしょ?
  自分で言ってる通りタカネは地球の敵だったんだから、
  宇宙船の中とかもぜーんぶ調べられちゃうの」

マミ「それは……そうかもだけど……」

ミキ「それにミキだって、
   タカネが困ってるんだったら助けてあげたいって思ってるんだよ?
   まあ、もし本当に悪い人じゃなかったら、だけど」

ミキはそう言って、じっと品定めするような視線をタカネに注ぐ。
その視線からタカネは、敵意や警戒心に近いものを感じた。
同情心のようなものとはかけ離れたその感情はしかし、
逆にタカネの表情を和らげたようだった。

タカネ「敗者には隠しだてをする権利もなし、ということですね」

目を閉じて呟いたタカネに、そんなつもりじゃ、とアミたちは慌てる。
そして純粋に心配する気持ちを伝え直そうとしたが、
タカネはそれを遮るようにして続けた。

タカネ「残された唯一の肉親である妹と再会するため……。
    そのために私は、ハルシュタインへ従うことを誓ったのです」

それからタカネはポツリポツリと語り始める。
自分の故郷がハルシュタインによって滅ぼされたこと。
最後まで抵抗を続けた自分に付き添い、ギリギリまで星に残り続けた妹が居たこと。
そして彼女が乗り込んだ脱出艇がハルシュタイン軍の追撃を受け、
宇宙の闇の中へと消えていったこと……。

タカネ「……まさに、絶望でした。私はすべてを失ったのです。
   銀河聖帝を継ぐ者としての誇りを守るため、
   ハルシュタインの狙う我が星の軍事力を守るため……
   そうして戦った結果、失わずに済んだはずの妹まで……。
   私は憎みました。ハルシュタインを、ではありません。
   誇りだの、軍事力だの、そんなものを守るために本当に大切な物が何であるかも忘れ、
   失ってから初めて気付いた愚かな私自身を……殺してしまいたいほどに、憎みました」

この時ヒビキの脳裏に蘇ったのは、アニマで自分が見たタカネの表情と言葉。
そして気付く。
殺意と憎悪に満ちたあの目は、ヒビキを通してタカネ自身に向けられていたのだと。

タカネ「しかしそんな折に、ハルシュタインは囁いたのです。
   『私に従い私が望むものをすべて得られれば、妹と再会させてやろう』、と」

タカネ「ハルシュタインの持つ、時空と時間を超越する力……。
    それが完成されればまさに全知全能、それこそ神の如き力となり得るでしょう。
    『死者をも蘇らせることができる』とさえ、彼女は言ってのけました。
    その言が真か、それとも私を従わせるための嘘かは、わかりません。
    それでも私には……すがり付くしか、道はありませんでした。
    妹に会いたい、せめて一言謝りたい、
    愚かな私のために死んでしまったのなら、蘇らせたい……。
    そんな身勝手な願いを叶えるために私は、泡沫のような可能性に賭けるしかなかったのです」

話す内容はあまりに酷であったが、
それとは裏腹にタカネの表情は穏やかに微笑みをたたえている。

タカネ「ですがその可能性も、露と消えました。
    ハルシュタインは二度と私に会おうとはしないでしょう。
    でも、それで良かったのかも知れません。
    ただ愚かであるばかりか悪に手を染め、罪を償うために罪を重ね続けた私には、
    家族との再会を願う権利などありはしないでしょうから……」

どこか吹っ切れたような、憑き物の取れたようなその顔が、
恐らくは本来のタカネに近いものなのだろう。
しかしその場に居た者は皆、
その穏やかな表情の裏に秘められているであろう悲哀を想い、
口を閉じて目を伏せることしかできなかった。
ただ……一人を除いて。

ヒビキ「なんでっ……なんで言ってくれなかったんだよ!」

タカネの隣についた膝の上で、ヒビキは拳を握って叫んだ。
その両目には涙が溢れ、強い怒りに歪んでいる。

ヒビキ「初めてアニマに来た時に言ってくれれば……
    あんな、酷いことする前に!
    もっと早く言ってくれれば、あんな思いをすることもなかったのに……!」

タカネ「……申し訳ありません。貴女には本当に辛い思いをさせました。
   貴女の仲間と星にしてしまったこと、貴女に与えた苦痛。
   それはこれから先、どれだけの年月をかけても償いきれるものでは……」

犯した罪を責めるヒビキの言葉に、
タカネはほんの一瞬だけ苦痛を堪えるように表情を歪め、
その表情を隠すように、顔を伏せて謝罪の言葉を口にする。
だが、続くヒビキの言葉はそんなタカネの謝罪を遮った。

ヒビキ「違う! 自分のことじゃない、タカネのことを言ってるんだよ!
   タカネは、あんな辛い思いをする必要なんて絶対になかったんだ!」

予想しなかったその言葉にもう一度ヒビキの方へ向いたタカネの顔。
しかし今度は反対に、ヒビキが顔を伏せてしまう。
ヒビキは握った拳にボロボロと大粒の涙を落とし、嗚咽を漏らしている。

タカネ「やりたくもないことをやらされて、タカネはすごく、辛い思いをっ……!」

それは、アニマの巫女であるヒビキだから感じ取ることのできた、タカネの感情。
冷徹な仮面の下で自らを苛み続けた思い――
仇に従属しなければならない苦痛や
罪のない者を傷つける度に感じた胸を掻き毟られるような罪悪感。
タカネが堪えてきた感情が希照石を介してヒビキに伝わり、
そのすべてを今、ヒビキは自分自身のことのように感じていた。
そしてそれは、実直なヒビキにはほんの僅かも
堪えることすらできないほど深い悲哀に満ちていたのだ。

タカネ「……貴女は、心優しき方なのですね。
   仇であるはずの私のために涙を流すなど……」

涙を流し嗚咽を漏らすヒビキに、タカネは微笑みを向ける。
しかしそこにはやはり、ある種の諦観めいた感情があった。

タカネ「ですが貴女に話したところで……何も変わりはしなかったでしょう
   貴女方や多くの無辜の民を傷付け、ハルシュタインに従い続けていたでしょう。
   私は身勝手で愚かな女です。それが悲願を叶える唯一の方法である以上、やはり私は……」

すべてを諦めた、もうどうしようもないという
悲しい薄氷のような笑みが、タカネの表情には張り付いている。
だが次の瞬間、素顔を覆い隠すその笑みが初めて、ほころびを見せた。

ヒビキ「違う! 方法はあるんだよ! 自分ならできるんだ!」

タカネ「……え?」

聞き間違いではないか。
あるいは、何か自分が勘違いしているのではないか。
そんな考えが渦巻くタカネの頭に、ヒビキの心からの叫びが、再び割って入る。

ヒビキ「自分なら、タカネの妹を探すことができる!
    もし……もし死んじゃってても、魂を呼んで話をさせてあげられる!
    色々と難しい条件はあるけど、できるんだ! それがアニマの巫女の力なんだから!」

タカネ「本当、に……?」

掠れた、ほとんど吐息のような声を漏らしたタカネ。
しかし直後、自らを戒めるように唇を引き結び目を伏せる。

タカネ「……おやめなさい、ヒビキ。私が、貴女にしたことを……思い出すのです。
   仮に……仮にそれが真であっても……私は、貴女に……」

だが、ヒビキの意志は変わらない。
呟くようなタカネの言葉を、強い意志のこもった叫びが遮った。

ヒビキ「関係ない! 確かにタカネは酷いことをした!
   その罪は償わなくちゃいけない! でも、それとこれとは話が別だ!」

ヒビキ「タカネはすごく苦しんでるし、反省してる!
    罰だって受けようとしてる! だから自分はもう、タカネを責めない!
    苦しんで、罰を受けたら、今度は救われたっていいはずでしょ!?」

侵略者から秘宝を守ろうとした時と同じように、
一度守ると決めたものに対しては絶対に諦めないのが、ヒビキという人間であった。
そしてヒビキは今、決めたのだ。
自分がこのタカネという少女の心を、絶対に救うのだと。

ヒビキ「今の自分はタカネのことを助けたいって思ってる!
    だから、タカネ……! もう二度と、あんな悲しそうな顔しないでよ!
    自分にタカネのこと、助けさせてよ!」

懸命なヒビキの訴え。
それにタカネが返事をすることはなかった。

返事の代わりに聞こえたのは……泣きじゃくる声。
顔を覆った両手の隙間から大きな泣き声が涙と共に溢れ出す。
ただただ子供のように、ひたすら声を上げて泣き続ける。

そこに居たのはハルシュタインに付き従う従属者でもなく、
宝を奪う侵略者でもなく、高貴なる銀河聖帝でもない、
ただ一人の、家族を想う少女であった。

今日はこのくらいにしておきます
続きは多分今週中には投下します

>>382
希石は「きせき」です
三希石は三つの希石という意味で「さんきせき」です




タカネの身柄は到着した地球防衛軍により確保され、
この度のキサラギとリッチェーンとの交戦について裁定が下された。
亜美たちの懸命な訴えにより幾分か罪は軽くなったものの、
それでもハルシュタインの仲間として希煌石を奪おうとした事実が消えることはない。
また本人が防衛軍への協力を拒否したこともあり、しばらくは牢で生活することが決定した。

アミ「――ねーお姫ちん、どうしてもダメ?」

マミ「一緒に戦うって約束すれば今からでも出してあげられるかもって、
   偉い人たちは言ってるんだよ……?」

タカネ「……真、申し訳ありません」

タカネの処分が決まってから少しばかりの時を経て、
アミたちはガラス越しではあるがタカネとの面会が叶った。
ミキは一歩引いた位置で後ろ手に手を組んで立ち、
アミとマミは顔がつきそうなほどにガラスに顔を寄せている。

マミ「ヒビキンが妹のこと探してくれるんだったら、
  もうハルシュタインの言うことなんか聞かなくていいでしょ?」

アミ「だからさ、私たちと一緒に戦おうよ。ね!」

アミとマミは先の戦いでタカネの強さを身を以て知り、
また性根が悪からは程遠いということを知った。
だからこそ二人は、タカネを仲間に勧誘することに一生懸命になっているのだ。
しかしタカネの答えは変わらない。

タカネ「本意ではなかったとは言え、一度は彼女に従属を誓った身ですから……。
    私にできるのは、ユキドリルを戦力として提供するところまで。
    それ以上約束を違えて裏切るような真似は、相手がハルシュタインであろうと致しかねます。
    何より私は罪人……。犯した罪に相応しい罰は、必要です」

アミ「そんなぁー……」

ミキ「ふーん……なんだかよく分かんないけど、タカネって真面目なんだね」

マミ「マジメ過ぎるよー。せっかく味方が増えたと思ったのにー!」

タカネ「そう気を落とさないでください。ユキドリルは我が星の最高戦力……
    ハルシュタインの万の軍勢を相手にほぼ無傷で戦い抜いた、素晴らしき機体です。
    それに、私がユキドリルに搭乗して戦うよりも、
    無尽合体の相手として使っていただいた方が、戦力としては上でしょうから」

アミ「そういうことじゃないんだよー!
  仲間と一緒に戦えるっていうのがアミ的には嬉しいの!」

タカネ「……仲間、ですか。身に余る言葉です」

アミとマミに対するタカネの様子は、
まるでダダをこねる子供をなだめる母親のように見える。
牢の中にあっても失われることのない気品や、
本来の心根である慈しみに溢れた表情が、タカネをそう見せるのだろう。
そんなタカネを相手にしてアミとマミは、
共に戦えず残念に思う気持ちの裏で密かに、
自分もこんな大人になりたい、と憧れを抱くのだった。

このまま何もなければ、恐らくアミとマミは10分でも20分でも、
タカネの勧誘を続けていたであろう。
しかし、ミキの口から不意に発せられた問いが空気を一変させた。

ミキ「ねぇ、ちょっと気になったんだけど……。
   なんでタカネ、ハルシュタインに負けちゃったの?」

アミ「えっ……? ちょ、ちょっとミキミキ!」

マミ「いきなりそんなこと聞いちゃう!?」

突然タカネの古傷を抉るような質問を投げるミキを
アミたちは顔を青くして止めようとしたが、
当のミキはそれを無視し、真剣な顔で続けた。

ミキ「さっき言ってたよね?
  ハルシュタイン軍を相手にほとんど無傷で戦った、って。
  タカネがすっごく強いのはミキも知ってるし、
  そのことは全然不思議に思わないんだけど……なのに、なんで負けちゃったの?」

このミキの表情を見てアミとマミはその胸中を察し、また共感した。
あれほどの強さを持っていたタカネが、なぜ負けてしまったのか。
それは聞きづらいことではあったが、知っておかなければならないことでもあるのだ。
ハルシュタインは、いずれ自分たちの戦う相手なのだから。

アミ「そ、そんなの、ハルシュタインがヒキョーな手を使ったに決まってるよ!」

マミ「そーだそーだ! 普通に戦ったんじゃ敵わないからって、ずるい奴!」

そう言って怒りをあらわにするアミとマミ。
しかしそんな二人のガラスを挟んだ向かい側で、タカネは唇を噛み、目を伏せた。

タカネ「いえ……。ハルシュタインは、卑怯な手など一切使ってはおりません。
    寧ろその逆――彼女は自軍の兵が私に敵わぬと見るや、
    その軍勢を退けさせ、私との一騎打ちを申し出ました」

その言葉に、三人は驚いてタカネに目を向けた。
今まさに彼女の脳裏には、焼き付けられた当時の映像が再生されているのだろう……
伏せられたタカネの目には、畏怖の念が浮かんでいる。

 巨大な飛行艇の開くハッチ。
 その隙間から覗く明らかに異質な怪ロボット。
 ぎらりと光るゴーグルの先に見えるハルシュタイン達の姿。
 笑顔と形容するのも憚られるほどのおぞましい表情……。

  『畏れ、ひれ伏し……崇め奉りなさい!』

その言葉が、自分が敵として聞いたハルシュタインの最後の言葉だった。
タカネは鼓動を抑えるようにゆっくりと呼吸し、微かに震える手を胸元で握る。
そして顔を伏せたまま呻くように言った言葉は、
アミたちが無意識に抱いていた期待を無残にも打ち砕いた。

タカネ「そして私は彼女との一騎打ちを受け……為すすべもなく、敗北したのです」

アミ「う……嘘。だってお姫ちん、あんなに強いのに……?」

マミ「私たち、ハイパーキサラギでもお姫ちんにかなわなかったんだよ!?
   勝ったって言っても、実力はお姫ちんの方が私たちよりずっと上でしょ!? なのに……!」

タカネは俯いたまま答えない。
だがその沈黙こそがタカネの言葉にこれ以上ない説得力を持たせた。
リッチェーンと無尽合体したキサラギですら及ばなかったタカネ。
しかしそのタカネが、ハルシュタインには惨敗したのだという。
今タカネを襲っているであろう畏怖の念が、アミたちにも伝播し始める。
が、それを断ち切ったのは、タカネ本人であった。

タカネ「ハルシュタインは、遥か高みに居ます。私よりも……今の貴女たちよりも。
    しかし私は、貴女たちが勝てないとは思いません」

そう言ってタカネは、ゆっくりと顔を上げる。
そして、一点をじっと見つめた。
アミとマミの背後に立つ、ミキの顔を。

ミキ「……もしかして、ミキなら勝てるって言いたいの?」

タカネの視線を追ってアミたちが振り向いた先で、
ミキは怪訝な表情を浮かべてタカネに質問を投げた。

ミキ「タカネだってわかってるよね? ミキもまだまだ、タカネより弱いんだよ?」

タカネ「しかしハルシュタインを倒す切り札になりうるとすれば、
   それは恐らく星井ミキ、貴女です」

と、不意にタカネはミキから視線を外す。

タカネ「……アミ、マミ。申し訳ありませんが、
    少し彼女と二人にしてはもらえませんか? 伺いたいことがあるのです」

唐突な申し出にアミとマミは顔を見合わせ、そして再びミキを見る。
ミキは三人の視線を受け、暫時沈黙した後、アミとマミに向けて言った。

ミキ「二人とも先に訓練場に行ってて。ミキもすぐに行くから」

初めはやはり困惑の色を浮かべていたアミたち。
しかしミキの目を見て、次第に表情が引き締まっていく。

マミ「……わかった。行こ、アミ」

マミは短く答えそれ以上は何も聞かず、アミも黙って頷く。

アミ「じゃあねお姫ちん。またお話しにくるからね」

タカネ「ええ、お待ちしております」

マミ「ミキミキも、またあとでね」

ミキ「うん、またね」

簡潔に別れの挨拶を交わし、アミとマミは面会室を出て行った。
ミキは扉に向けて手を振った後、タカネに向き直る。

ミキ「それで、何の話なの? あんまり長い話だと、ミキ寝ちゃうかもよ」

タカネ「では単刀直入にお伺いします。
    星井ミキ、貴女は……“アルテミス”という星に聞き覚えはありませんか?」




訓練場にぽつんと一つ佇む巨大な影。
その巨大ロボの肩に、操縦者である双子は並んでいた。

アミ「ミキミキ、どんな話したか教えてくれるかな?」

ブラブラと所在無げに動かす足に視線を落としてアミは呟いた。
隣のマミは後ろに手をつき、斜め上の空を見上げている。

マミ「どうだろ……わかんない」

アミ「こういうのって、聞いたりしない方がいいのかなぁ。
  わざわざ二人で話すってことは、内緒にしたいってことだよね?」

マミ「そりゃ、あんまりしつこく聞くのもダメっぽいけど、
  でも全然聞かないっていうのもなんか変な気がするよね……」

これが日常の中の出来事であれば、
アミもマミもここまで頭を悩ませることはなく、
話を終えて帰ってきた相手に気軽に質問していただろう。

だが状況が状況である。
話の内容は恐らく地球の運命に関わるものであり、
にもかかわらずタカネは、キサラギのパイロットである自分たちにそれを伏せたという事実。
しかも「ミキと二人で話したい」とはっきり告げられたこともあって、
そのことがアミたちを悩ませるのだった。
しかしそんな二人の悩みは、そう長く続くことはなかった。

ミキ『アミ、マミ、お待たせなのー!』

ぷつっ、とどこかに繋がった音がインカムから聞こえたと思えば、
次いでいつもと変わらぬミキの明るい声が流れ出てきた。
間を開けず、格納庫の扉からリッチェーンが歩み出てくる。
そうしてリッチェーンはそのままキサラギの正面まで歩み寄り、コクピットのハッチが開いた。

ミキ「ごめんね、待たせちゃって!」

マミ「ミキミキ! もういいの? お姫ちんとの話は?」

ミキ「うん、終わったよ。でもなんかよく分かんない話だったの」

このミキの言葉にアミとマミは小首をかしげ、
ミキは二人が抱いているであろう疑問に答えるべく続けた。

ミキ「昔ハルシュタインに滅ぼされたっていう星のこととか、そこに住んでた人たちのこととか。
   なんでミキにその話するの? って聞いたんだけど、教えてくれなかったの」

マミ「ハルシュタインに滅ぼされた星の話……。
  それが、ハルシュタインを倒す手がかりになるっていうことなのかな?」

ミキ「ミキもそうなのかなって思って色々考えたんだけど……。
   でも、やっぱりよくわからなかったの。
   タカネも、“分からないなら分からないままでもいい”とか言っちゃうし」

先程まで頭を悩ませていたことが嘘のように、
ミキの口からすんなりと、タカネとの会話の内容を教えてもらえた。
しかしそのことが逆に新たな謎を生んでしまったようだ。
またそれはつまり、今アミたちが抱える最も大きな悩みも、
解決には至らなかったということでもあった。

マミ「それじゃあ、ハルシュタインに勝つ方法は、
   やっぱり自分たちでなんとかしなきゃダメってことだよね……」

アミ「そう……だね。あのお姫ちんより
   ずっと強いハルシュタインに、勝たなきゃいけないんだ」

ミキ「ミキ的には、強くなるしかないって思うな。
   ハルシュタインが来るまでいっぱいいっぱい特訓して、
   それで今のミキたちよりもずっと、ずーっと強くなるの!」

マミ「……うん、そうだよね!」

アミ「ここまで来たらもう、頑張るしかないよね!」

ミキのあくまでポジティブな姿勢に、アミたちは暗くなりかけた心が晴れるのを感じた。
だがこの時、二人に向けた明るい顔の下で
ミキが汗を閉じ込めるように拳を握っていたのを、
アミもマミも気付いてはいなかった。

ちょっと少なめですが今日はこのくらいにしておきます
続きは多分明日投下します




ミキ「はあっ、はあっ、はあっ……!」

駄目だ。
こんなんじゃ、まだまだ足りない。
速さも精度も、もっと、もっと上げないと。

あの時みたいに……タカネのドリルを弾いたあの時みたいに、
もっともっと感覚を研ぎ澄まして、
考えなくても動けるくらいじゃないと駄目なんだ。

あの時はすごかった。
目はタカネの髪の毛一本一本が見えるくらいによく見えて、
耳は息遣いが聞こえるくらいによく聞こえて、
何をどうすればいいのか全部わかって、体が勝手に動くみたいだった。

でも分からない。
どうして自分があの時、あんなことができたのか……。
どうやったのか、全然思い出せない。
それにもしハルシュタインとの戦いで
もう一回あの力を発揮できたとしても……多分、勝てない。

じゃあ、もう無理なんじゃないか。
ハルシュタインに勝つことなんて初めから無理だったんじゃないか。

そうかも知れない。
でも……関係ない。
無理でも、無駄でも、やるしかないんだ。
ハルシュタインに勝たなきゃ、地球は終わりなんだ。
勝たないと地球のみんなを守れない。
大好きな人たちを、守れない。

今、何時だろう?
……何時だっていい。
もっと、練習しなきゃ。
もっと、もっと、もっと……。




ミキ『――まだまだ! もう一回行くの! せーのっ……』

アミ「ちょ、ちょっと待ってミキミキ! ストップ!」

マミ「そ、そろそろ終わりにしようよ! 
   もう時間も遅いし、マミたちの体力も限界だよ……!」

訓練場でリッチェーンに向かい合って立つキサラギの頬で、
アミとマミは必死にインカムに向かって叫ぶ。
ここでようやくミキは、滝のような汗を流しながら肩で息をする二人の姿に気が付いた。

ミキ『ん……そうだね。終わろっか』

そうして格納庫へと向かって歩いて行くリッチェーンの背を見て、
アミたちはふうと安堵の吐息をつき、同じように歩き出した。

タカネとの面会以降、アミたちは訓練の時間を大幅に増やした。

自分たちはタカネと戦った時、キサラギとリッチェーンの二体がかりでも全く敵わなかった。
無尽合体後も一時は優勢に立ったものの、結局はあちらが一枚上手。
タカネが攻撃の手を止めなければまず間違いなく敗北していた。
しかしそんなタカネが、ハルシュタインには手も足も出なかったという。

現時点では、自分たちよりハルシュタインの方が圧倒的に力が上。
タカネの言葉の通りであるならば、無尽合体を使ったとしてもまるで歯が立たないだろう。
この力の差を少しでも埋めるためには、訓練しかないのだ。
次にハルシュタイン軍が攻めてくるのがいつになるか分からない以上は、
アミたちは必要最低限な時間を残して一日の大半を訓練に費やさざるを得なかった。

そんな長時間に渡る訓練の終了を申し出るのは、いつもアミとマミが先であった。
だがそれは決して二人のやる気が足りないということではなく、
いつ敵が襲って来るか分からないからこそ、
その時のための体力は残しておかなければならないとアミたちなりに考えてのこと。
寧ろ現状においては、明らかなオーバーワークを続けようとしているミキの方が、
平静さ、適切さを欠いているのだ。

マミ「ミキミキ、もしかしてこの後もまた一人で……?」

ミキ「うん、練習するよ。まだスピードが足りないから、
   もっと早く動けるようにならなきゃいけないの」

食堂でおにぎりを頬張りながら、ミキはマミと視線を合わせることなく答えた。
その頭の中では既に次の特訓のシミュレーションが始まっているのかも知れない。
そんなミキを見て、アミとマミは不安げな表情を浮かべる。

アミ「ねぇミキミキ、本当に大丈夫なの?」

アミ「焦る気持ちはアミたちもわかるけど、でも無理しちゃダメだよ。
  最近寝る時間も少なくなってるでしょ……?」

ミキ「……ちょっとくらい大変でも関係ないの。
   ミキはずっと前から、地球を守るためにやれることは全部やるって決めてるんだから。
   これでもまだまだ足りないくらいなの」

ミキはアミたちとの合同訓練以外にも、
朝は早朝から、夜は深夜まで、一人で訓練を続けている。
それこそ食事と睡眠以外の時間はすべて訓練に費やしていると言っても過言ではない。

自分たちとハルシュタインとの実力差はそうやすやすと埋まるものではない。
それに敵はハルシュタインだけではなく、
少なくともヤヨイと、恐らくは更に数人の実力者が居るだろう。
タカネに匹敵するレベルの者も居るかも知れない。

いくら訓練しても足りない……。
それはアミとマミも重々承知している。
だがそれでも、近頃のミキの様子は痛々しくさえ見えた。

マミ「やっぱり……ダメだよミキミキ。このままじゃきっと、いつか倒れちゃうよ」

アミ「夜中とか朝とかの練習に私たちを誘わないのって、
   ミキミキもそれがすごく大変だって思ってるからでしょ?」

マミ「ミキミキが私たちに無理して欲しくないって思ってるのと一緒で、
   私たちだって、ミキミキに無理して欲しくないんだよ……」

ミキ「……あはっ☆ 二人共、とっても優しいの」

茶化すようなミキの態度に、
アミたちは改めて真剣に自分たちの思いを言葉にしようとする。
しかしミキは微笑み、

ミキ「じゃあ今日は、ご飯食べてお風呂に入ったらすぐ寝ちゃうね。
  明日も久しぶりに、朝はちょっとだけゆっくりするの」

これを聞いて二人はパッと顔を明るくする。
と、それと同時に同じく明るい声が、聞き慣れない挨拶と共に聞こえてきた。

ヒビキ「はいさーい! 三人とも何してるんだ?」

マミ「あっ、ヒビキン!」

聞き慣れない挨拶に笑顔を携えてにひょっこりと現れたのは
“怪ロボットに襲われている一般人”として先日出会った少女、ヒビキ。
ヒビキはテーブルまで駆け寄って、空いた席に座った。
まだ出会って数日ではあるが、そこは流石アミたちである。
もう既に、気兼ねなく話せる友人として四人は打ち解けていた。

アミ「なんか久しぶりじゃない? 確か最後に会ったのって、
  私たちがお姫ちんとお話する前の日だったよね?」

ヒビキ「お姫ちん……ああ、タカネか。あははっ!
    最初に聞いた時も思ったけど、結構面白いあだ名考えるよね。
    自分そのセンス結構好きだぞ!
    ……ってそれより、なんで最近全然居なかったの?
    自分も取り調べとか事情聴取とかであんまり自由な時間なかったけど、
    それにしたって会えなさすぎだぞ!」

ケタケタと笑ったかと思えば、次の瞬間には頬を膨らませてぷりぷりと怒り出すヒビキ。
表情がコロコロ変わってなんだか面白い、とミキは思った。

アミ「あー、ごめんごめん。最近はずっと訓練場の方に居たからねぇ」

ヒビキ「えっ、そうだったの? 道理で会えないはずだぞ。
    自分、そっちの方には行っちゃダメだって言われてるからなー……。
    でも大変だね。ほとんど一日中訓練してるんじゃないか? いつもこんな感じなの?」

マミ「そういうわけじゃないんだけど……。
   ハルシュタインに勝つにはやっぱり訓練しかないかなって」

ヒビキ「そっか、ハルシュタインに勝つために……。
    でも、キサラギには無尽合体っていう必殺技があるんでしょ?
    この前はリッチェーンだけだったけど、今はタカネのユキドリルだってあるんだし、
    いっぱい合体すればハルシュタインもやっつけられるよね!」

目を輝かせてそう言ったヒビキだが、
対してアミとマミが返した顔は意外にも苦笑いだった。
そんな二人の反応に首をかしげるヒビキに、少し困ったようにミキが答えた。

ミキ「ミキだってそうだったらいーなって思ったよ。
  でもそう簡単にいかないから、頑張って特訓してるの」

ヒビキ「えっと……それって、合体してもまだまだハルシュタインの方が強いってこと?」

マミ「それはわからないけど……。
   キサラギが合体できるロボの数って、実は限られてるんだよ」

ヒビキ「へっ……?」

マミの言葉はヒビキにとってあまりに意外で、思わず間の抜けた声を出してしまう。
“無尽合体”と言うからには制限なくいくらでも合体できるものと、
そう思い込んでいたのだ。
そんなヒビキの胸中を察したか、マミたちは続ける。

マミ「正確には、『やろうと思えばできるけどやったらヤバイ』って感じかな?」

アミ「キサラギを作った私たちのじいちゃんに聞いてみたことがあるんだ。
   百体とか二百体とかの怪ロボットと無尽合体すれば超超ちょー最強になれるんじゃないかって。
   そしたら教えてくれたんだけど――」




   「――“オーバーマスター”?」

   『そうだ。キサラギの限界を超えた無尽合体を、わしはそう呼んでおる』

何体目かの怪ロボットを倒した後の町中で、
同時に復唱されたその言葉に、蒼い鳥の姿をした祖父は答えた。

   『無尽合体とはその名の通り、合体の対象を選ぶことはなく、数にも限りがない。
   数が増えれば増えるほどその力は増し、お前たちの言う通り、
   その気になれば全宇宙の何物にも負けることのない、まさに最強の力を得ることも可能だろう』

アミ「だったらやっぱ、合体しまくった方がお得じゃん!」

マミ「なのになんであんまり合体しちゃダメなの?」

   『それを制御するだけの力が、キサラギには無いということだ。
   一時的には最強の存在となり得るだろうが、それが最後。
   限界を超えたキサラギの機体は崩壊を始め、やがては完全に崩れ去り、
   もう二度とこの世に蘇ることはない』

アミ「え……! そ、そんな!」

   『だがそれでもまだいい方だと言えよう。
   最悪の場合、まともに力を発揮する前に崩壊してしまうかもしれん。
   だからアミ、マミ。無尽合体を行う際にはそのことをゆめゆめ忘れぬことだ』

マミ「そういうことはもっと早く言ってよ!
  もし言われる前にやっちゃってたらどうするの!
  大事なことに限って言うのが遅いんだから!」

アミ「そーだそーだ! っていうか制限ありだったら全然“無尽”合体じゃないじゃん!」

   『もしやろうとしていたらその前に止めておったわい。
   それにやろうと思えばやれるのだから“無尽”には違いなかろう』

アミ「ぶーぶー! ヘリクツだ!」

マミ「じゃあ結局、何体まで合体していいの!?」

   『有象無象の怪ロボットであれば、十体程度は問題ない。
   だが、仮にキサラギと同等の性能を持つ怪ロボットが相手となれば、
   恐らくは二体が限度だろう』

   『しかしそれでも相当な負担になる。合体する相手によっては、
   崩壊とはいかないまでも大きな傷を追ってしまうかもしれん。
   余程のことがない限り、強力なロボットとの無尽合体は一体までにしておくべきだ』

マミ「一体まで、かぁ……。なんか全然無尽って感じしないね」

アミ「でも、キサラギが壊れちゃうのは嫌だし……しょうがないよね」

祖父から知らされた思いもよらない真実に、
アミとマミは一応の納得の姿勢は見せたものの落ち込む表情は隠せない。
そんな二人を見かねてか、祖父は呟くように言った。

   『……オーバーマスターに耐える方法が、無いこともないのだがな』

えっ? とアミたちは同時に、蒼い鳥に目を向ける。

   『実はキサラギは、今が完成した姿ではない。更なる進化の可能性を秘めておる。
   キサラギの力を目覚めさせるもの……それが“三希石”だ』

マミ「三希石……」

アミ「それって何なの、じいちゃん!」

   『お前たちの持つ希煌石《キラジェム》の他に、
   希照石《テラジェム》、希魂石《スピリジェム》と呼ばれる神秘の石が、
   この宇宙のどこかにある。その三つが揃った時、キサラギは真の力を発揮し、
   いかなる強力な無尽合体にも耐えうる無敵の力を手にすることができるのだ』

どうしてそういうことを今まで黙っていたのか。
だったらすぐに探そう。
そう言いかけたアミとマミを制するように、
強めの語気で、だが、と祖父は続ける

   『探そうと思って見つけられるものではない。
   それに見つけたところで……お前たちが手に入れられるとは限らんしな』

アミ「? どういうこと……? 猛獣の巣の中だったり、熱々のマグマの中にあるとか?」

   『いずれ分かる時が来る。しかし案ずることはない。
   希石の力は正義の力。お前たちが諦めず戦い続ける限り、
   三希石は自ずとお前たちの元に集うだろう――』




アミ「――ってわけで、今はまだ二体以上の無尽合体、オーバーマスターは使えないんだ」

マミ「でもヒビキンが来てくれたおかげで、一歩近付いたんだよ!」

ヒビキ「……そっか。そうだったんだね……」

胸元から取り出した希照石を見つめて呟くヒビキ。
今は光を放っておらずただの宝石のように見えるその石を
しばらく見つめたのち、ヒビキは顔を上げた。

ヒビキ「実は自分も、三希石を揃えなきゃいけないんだ。
    巫女の力でタカネの妹を探すためには、希照石だけじゃ足りないから……。
    今は希煌石と希照石の二つが揃ったけど、
    希石の本当の力を発揮するには三つ揃えないといけない……そうだよね?」

アミ「うん、じいちゃんもそう言ってた。二つだけだと、一つの時とほとんど変わらないって」

ヒビキ「うちに伝わる書物にもそう書いてあったから、多分それは本当なんだと思う。
    だから自分、探してみるよ! 三希石の最後の一つ、希魂石を!
    みんなは特訓で忙しいだろうから、自分に任せて!」

マミ「えっ……? でも探すってどうやって?」

アミ「じいちゃんは、探そうと思って探せるものじゃないって……」

ヒビキ「まあ、占いみたいなものだから絶対できるとは言い切れないんだけど……。
    でもやってみせる! 実は、自分をアミたちのところに導いてくれたのは希照石なんだ!
    たぶん希照石も、希煌石や希魂石に会いたがってるんだと思う。
    だから今ならきっと、希照石もたくさん声を聞かせてくれるはずだぞ!」

それを聞き、アミたちの目に希望が宿る。
希照石はたまたま見つけられたものの、
祖父の言葉から、最後の一つ希魂石をこちらから探すのは不可能なのだろうだと半ば諦めていた。
しかしヒビキの言葉が本当であるなら、
これも祖父の言う通り、悪を打ち倒すために三希石が集ってきてくれるのかもしれない。
そうなればあのハルシュタインに勝てる希望が出てくる。

と、ここでヒビキが、ふと表情を改めて右手をすっと前へ差し出した。
その手には希照石が握られ、ヒビキは真っ直ぐに三人を見つめて言った。

ヒビキ「でもそのために、キミたちにお願いがあるんだ……。
    自分がここに居る間、希照石を預かっててもらえないか?
    他の希石の近くに置いてた方が、声もよく聞こえると思うから」

マミ「え……でもこれ、大事なものなんでしょ?」

アミ「そ、そうだよ。ヒビキンの星の、大事な宝物だって……。
   そんなの、私たちが持ってていいの?」

ヒビキ「なんくるないさー! 自分はロボットも飛行機も操縦できないし、
    三人に持っててもらったほうがきっと安全だぞ!
    声を聞くだけなら直接持ってる必要はないし……だからお願い!
    しばらくの間だけ、自分の代わりに希照石を守っててくれ!」

しかしアミとマミは差し出された希照石を前に、まだ少し迷っているようだった。
ヒビキが希照石を、文字通り命懸けで守ろうとしていたことは知っている。
それゆえに、はいわかりましたと易々と受け取ることはできないでいるのだ。

だがそんな二人の背中を押すように、
あるいは宝を託すヒビキの思いを汲むように、
ミキはヒビキの手を取ってはっきりとした声で言った。

ミキ「わかった、預かっておくの。
  ちゃーんと守ってあげるから、安心して!」

それからミキは、
驚いたように目を丸くしているアミとマミに視線を移す。

ミキ「希照石と希煌石は近くに置いてた方がいいってヒビキも言ってるし、
   ミキ的には、アミたちが持ってた方がいいと思うんだけど……。
   どうする? ミキはどっちでもいいよ」

その言葉を聞き、アミとマミは呆けたような表情を同時にぐっと引き締めた。
そしてミキに向かって、二人重ねた手のひらを上に向けて差し出し、

マミ「ううん、大丈夫……。どっちにしろキサラギのパワーアップには必要なんだから、
   私たちがちゃんと責任持って預かるよ!」

アミ「それにその方がヒビキンが希魂石を見つけられる可能性が高いっていうんなら、
   私たちが持ってるしかないでしょ!」

ミキ「あはっ☆ それでこそアミとマミなの!」

アミ「その代わりヒビキン、きっと希魂石を見つけてよね!」

ヒビキ「もちろんさー! 見つかったらすぐに教えるから、楽しみにしててよね!」

四人はテーブルを囲み、気合の入った笑顔を向け合う。

果たして訓練だけでハルシュタインに勝てるのか。
希照石は見つかったものの、希魂石は見つかるのだろうか……。
そんな不安は、少し前までには確かにあった。
だがそれも今の彼女たちの瞳からは微塵も感じ取れない。
輝く八つの瞳は、未来への希望に満ち満ちている。

ミキ「それじゃ、お願いね二人共!」

そう言ってミキは、アミとマミの手のひらに希照石を乗せる。
二人の手に希照石と、ミキの指先が触れた。

……その時だった。

  「――っ!?」

四人は同時に、息を呑んで目を見開く。
それは本当に突然のことだった。
希照石が、そしてアミとマミの持つ希煌石が、
眩いばかりの光を放ち、四人を飲み込んだのだ。

アミ「なっ、え……!?」

マミ「な、何これ、どうなってんの!?」

突然のその現象に、アミとマミはただ目を白黒させるばかり。
光は周囲のものすべてを覆い尽くすほど強烈であるにもかかわらず、
なぜか希石本体ははっきりとその存在を瞳に映し続け、
眩しさに目を眩ませることもなくただただ輝き続けている。

が、始まりがそうであったように終わりもまた唐突であった。
何が何だか分からないうちに強烈な光は消え、
希照石と希煌石は再び、綺麗な宝石としてそこにあった。

アミ「……なんだったの、今の……?」

マミ「わ、わかんない……」

二人はキョロキョロと辺りを見回すが、そうしたところで謎が解決するはずもない。
それどころか、食堂に居た他の人間たちは、
ほんの二、三人がきょとんとした顔でアミたちを見ているが
他の者は何事もなかったかのように食事や談笑を続けており、
更なる不可思議さを増すばかりであった。

マミ「もしかして今の光、マミたちにしか見えてなかったの……?」

アミ「そうみたい……。ねぇ、ミキミキとヒビキンには見えた?」

と、アミは今の現象についてミキとヒビキに確認を取る。
しかし、ミキたちはその問いに答えを返さなかった。
まるでアミの声自体が聞こえていないかのように、
呆然とした表情で、テーブルの上をじっと見続けている。

マミ「ミキミキ、ヒビキン……?」

アミ「ねぇってば! ちょっと、二人共!」

ミキ「あっ……え、ご、ごめんなさいなの。な、何……?」

マミ「何って、さっきの光だよ! 二人には見えた? 見えたよね?」

ヒビキ「あ……あぁ、うん……。見えた……けど」

アミの呼びかけにようやく顔を上げ返答したものの、
ミキとヒビキの様子は明らかにおかしい。
しかしアミたちがそのことについて更に質問する前に、唐突にミキが立ち上がった。

ミキ「ごめん……ミキ、もう寝るね。ちょっと疲れちゃって……」

アミ「え? ミキミキ……?」

マミ「どうしたの? もしかして、さっきの光が何か……」

ミキ「なんでもないの。本当に疲れちゃっただけだから。
   ……おやすみなさいなの」

マミ「ま……待って、ミキミキ!」

立ち去るミキの背を見たアミたちの脳裏によぎったのは、かつてのヤヨイの姿。
あの時のヤヨイも様子がおかしく、そして突然、行ってしまった。
それが友人としてのヤヨイの最後の姿だったのだ。
ミキも同じように自分たちの敵になるとは考えたくないが、
それでもアミとマミは、去っていくミキを追うために立ち上がらざるを得なかった。
しかしそんな二人の肩が、背後から強い力で押さえつけられる。

ヒビキ「ダメだ……今は、そっとしておいてあげて」

どうして、と言う前に、ヒビキは二人の前に回り込む。
そして優しく微笑んで言った。

ヒビキ「自分が人の感情とかが分かるの、知ってるでしょ?
    ミキは今、本当にすごく疲れてるんだ。
    たぶんさっきの光でびっくりして、溜まってた疲れが吹き出たんだと思う」

アミ「え……そ、そうなの?」

ヒビキ「うん。でも本当にそれだけで、他には何も心配いらないぞ。
   だから今は放っておいて、ゆっくり休ませてあげて」

アミとマミはそれ以上何も言うことはなかった。
ヒビキが感情を読み取る力を持っているのは事実だし、
またミキが疲れを溜めているのも恐らくは事実。
少し引っかかるところはあったものの、
今はヒビキの言うことを信じることにした。
ヒビキは二人が納得してくれたと見て、にっこりと笑う。

ヒビキ「それじゃ、自分ももう戻るね。
    さっきの光についてはまたミキと一緒に考えようよ。
    それまで自分も、考えておくからさ」

アミ「……うん」

マミ「本当に……本当にミキミキ、大丈夫だよね?
  明日にはいつものミキミキになってるよね?」

ヒビキ「もちろんさー! だから二人も早く寝て、しっかり疲れを取らなきゃダメだぞ!
    寝不足だったり疲れてたりしたら、ミキに笑われちゃうからね!」

それじゃあおやすみ、と言い残し、ヒビキは二人に手を振りながら食堂を出て行き、
アミとマミも笑顔を作り、手を振ってそれを見送った。




食堂を出たヒビキは、アミとマミの姿が見えなくなったのを確認して走り出す。
向かう先は、自分に与えられた部屋ではない。
少し駆けて曲がり角に出た時、ヒビキは目的の人物の名前を呼んだ。

ヒビキ「ミキ!」

その声に立ち止まり振り向いたミキに、
ヒビキは駆け寄るが早いか、真剣な顔で言った。

ヒビキ「一つだけ、確認させて欲しいんだ……。希魂石のことについて」

ミキ「……やっぱり、ヒビキも聞こえたんだね」

それを聞いてヒビキは確信した。
自分と同じようにミキもあの光の中で希石の“声”を聞き、
そして――希魂石の正体を知ったのだと。

ヒビキ「っ……ごめん、ミキ。自分も、知らなくて……。
   まさか希魂石が、こんな……!」

ミキ「どうしてヒビキが謝るの? ヒビキは何も悪くないの」

ヒビキ「だ、だって自分、あんなに張り切って、
    希魂石を見つけ出すだなんて言っちゃって……!」

ミキ「……全然、悪くないよ。だってヒビキは、
  ミキたちのために一生懸命になってくれてたんだから」

ミキの声は、涙声のヒビキとは対照的に落ち着いている。
なぜそんな風に冷静でいられるのかヒビキは分からず、伏せていた顔を上げた。
だがそんなヒビキの目に映ったのは……

ミキ「ミキね、嬉しいんだよ。だって自分が、地球のみんなを守れるかも知れないんだもん。
  今までなんかよりずっと、アミたちの力になれるかも知れないんだもん……。
  そのことはすごく嬉しいの。だけどね……」

閉じられた瞼から、一筋の雫が流れ落ちる。
それは微笑みを伝い、床に落ちた。

ミキ「やっぱり、怖いの。ちょっとだけ……怖いの。
  だから一晩だけ……心の整理をさせて。そしたらミキ、もう大丈夫だから。
  みんなのために、地球のために……これ、あげられるから」

そう言って、震える両手を胸の中心で握り締めるミキに、
ヒビキは何も言うことはできず、ただ俯いて涙を流すことしかできなかった。

今日はこのくらいにしておきます
続きは早ければ明日投下します
無理ならまた何日か後になると思います




タカネ『――星井ミキ、貴女は……“アルテミス”という星に聞き覚えはありませんか?』

聞いたことがない。
そう思ったけど、念の為に記憶を探ってみた。
わざわざアミとマミを追い払ってまで話すからには、
きっと大事な話なんだと思って。
だけど、やっぱり結果は変わらなかった。

ミキ『何それ? ミキ、そんなの聞いたことないよ』

タカネ『かつてハルシュタインに滅ぼされた数多の星のうちの一つです。
   そしてその星と共に滅ぼされたのが、ナノ族という民族でした』

ミキ『ナノ族……?』

よく分からない。
どうしてタカネはそんな、
どこかの星のどこかの民族の話なんかを始めたんだろう。

タカネ『私の故郷とアルテミスとは親交があり、
    ナノ族とも数度お会いしたことがあります。
    彼らは戦闘に長け、少数民族ゆえに他の星々から狙われることもあったようですが、
    そのたびに敵を退けるうちに、畏れられ敬われるようになりました』

ミキ『……それで、ハルシュタインに狙われちゃったってこと?
  ナノ族は戦いが強くて邪魔になるから?』

タカネ『それもあるかも知れません。
    しかし恐らくハルシュタインには別の狙いがあったのです。
    ナノ族の……生命に宿る、神秘の力を手に入れるという狙いが』

ミキ『生命に宿る……? どういうこと?』

やっぱり分からない。
タカネが何を言いたいのか、このことを話してどうするつもりなのか。
このまま聞いていれば分かるのだろうか。
でもタカネは不意に黙って目を閉じて、それから少し間を置いて、

タカネ『……これ以上は、やめにしましょう。
   私にそれを提案する資格も強要する権利も、ありはしないのですから」

ミキ『え……? 話って、もう終わり? ミキ、まだ何もわかってないんだけど』

タカネ『分からないなら分からないままで良いのです。
    私の思い過ごしならそれまで。
    それに分かったところで、事態が好転するとも限りません』

ミキ『じゃあなんで、ミキにこの話したの?』

タカネ『……一種の、賭けのようなものですよ』

ミキ『……?』

本当に何も分からない。
なんだか話せば話すほど分からないことが増えるような気がする。
だからってわけじゃないと思うけど、
タカネは目を開けて薄く笑って、

タカネ『さ、話はもうおしまいです。付き合っていただき、ありがとうございました。
    もう行ってください。友人たちが、貴女の帰りを待っているはずです』

ほとんど無理矢理に話を終わらせて、それ以上は何も言ってくれなかった。




いつの間にか、カーテンの隙間から太陽の光が差し込んでる。
結局ほとんど眠れなかった。
意外だったのは、昔の思い出なんかはあんまり浮かんでこなかったこと。
こういう時って、家族だったり友達だったり、
そういう今までの人生のことを思い出すものだと思ってた。

でもそうじゃなかった。
思い出したのは、タカネとの会話の内容くらい。
それ以外に頭の中でずっとぐるぐる回ってたのは、これからのことばっかりだった。
あの子達になんて説明しようかな、とか
きっとすごくびっくりして泣いちゃうんだろうな、とか
その後のみんなは、どんな風になっていくんだろうな、とか。

そういうことをずっと考えてたら、不思議と楽になった。
そうだ、自分が考えなきゃいけないのは過去のことじゃない。
未来のことを考えるんだ。
今までの自分は、これからの未来のためにある。
みんなの未来のためにある。
だから、最初に決めたんだ。
その気持ちは今も変わらない。

だから会いに行こう。
優しくて元気な、あの子達に。
そして話すんだ……ミキのこと、ミキが知ったこと、全部。

マミ「――ミキミキ、大丈夫かな?」

アミ「ちゃんと来てくれるよね……?」

いつもの待ち合わせ場所に立つアミとマミは、
不安な表情を隠すことなく廊下の曲がり角へと何度も視線をやる。

約束していた訓練の時間まではまだ少しある。
普段はもっと時間ギリギリに来る双子だが、
今日はやはり気が急いて、いつもよりもずっと早く到着してしまった。
ただ待っているだけだと、この待ち時間が余計にもどかしい。
いっそ迎えに行ってしまおうかとも思ったが、
行ってもし居なければと考えると怖くてそれもできなかった。

だが、きっともうすぐだ。
もうすぐあの曲がり角から、ひょっこりとミキが現れ元気な笑顔を見せてくれるに違いない。
そう信じていたアミたちであったが、
突然鳴ったアラームにその肩が大きく跳ね上がった。

マミ「うあっ!? び、びっくりした……!」

アミ「な、何いきなり!」

心臓の鼓動を抑えつつ、まだアラームが鳴り続けている端末を
怒り混じりに取り出した二人ではあるが、次の瞬間、表情が変わる。

マミ「緊急呼び出し……!? 何かあったんだ! すぐ行かなきゃ!」

アミ「で、でもミキミキが……」

マミ「ミキミキも多分呼び出されてるよ! だから早く!」

アミ「っ……うん!」

二人は急いで駆け出し、呼び出しのあった司令室へと全速力で向かった。
緊急の出動要請なら今まで幾度となくあったが、
司令室への呼び出しなど少なくとも記憶にない。
何かは分からないが、怪ロボットの出現とはまた別の異常事態が発生したのだ。

やがて二人は司令室へ着き、自動ドアが左右に開く。
息を切らせて駆け込んだ二人の目に初めに映ったのは、
同じように息を切らせたミキの姿だった。

ミキミキ! と思わず叫んだ二人を振り向き、ミキもアミたちの名を呼ぶ。
そんな三人に歩み寄ったのは、地球防衛軍総本部の本部長。
以前アミたちが通っていた学園が黒き月の一団に占拠された際、
エージェントスノーと電話と通してやり取りをした、その人である。
挨拶もそこそこに本部長は、まずはこれを見て欲しい、とモニターを指し示す。
数秒後、誘導されるままに視線を向けた先に現れた人影を見て、三人は同時に声を上げた。

  「ハルシュタイン!」

そこに居たのはまさしく、地球侵略を目論む悪の元締め、ハルシュタイン。
直後、玉座に座り笑みを浮かべるハルシュタインの声が司令室に響き渡る。

ハルシュタイン『……ご機嫌よう、地球の諸君。私のことは覚えてくれているだろうか』

アミ「忘れたくても忘れられないよ!」

マミ「何の用!? こっちにはお前と話すことなんて何もない!」

ミキ「っ……アミ、マミ。これ、多分録画だよ。話しかけても意味ないの……」

アミたちは一瞬だけミキを振り向いたが、
すぐにまた悔しそうな怒りの表情でモニターを見つめる。
するとハルシュタインはこちらの反応を予想しきっていたように、
マミの言葉に対する返答を口にした。

ハルシュタイン『残念だが、貴様らに用があるのは私ではない。
     私が地球に着く前に、どうしても用事を済ませておきたいという者が居てな』

その言葉にアミたちは怪訝そうに眉根をひそめる。
すると、ハルシュタインの背後の闇からおもむろに人影が歩み出てきた。
ハルシュタインと比べても小柄なその人物の顔がモニターに映った途端、
アミとマミは思わず息を呑んだ。

ヤヨイ『うっうー! 防衛軍の皆さーん! 
    私のこと、覚えてくれてますかー? お久しぶりですー!』

服装こそ違えどその姿はまさしく、アミたちの知っている高槻ヤヨイであった。
屈託のない満面の笑みに、二人はかつてのヤヨイと過ごした時を思い出す。
しかし独特のお辞儀で勢いよく下げられた頭が上がった時には、
既にその顔から“高槻ヤヨイ”は姿を消していた。

ヤヨイ『間抜けなお前らのおかげで、たーくさんキサラギの情報を集められたんですよー?
    クククッ……本当にありがとうございまーっす!
    で、時間がもったいないから早速本題に入らせてもらいますけど……。
    キサラギのパイロット、今そこに居ますかー?」

アミ「え……?」

ヤヨイ『えーっと、名前は確か……よく覚えてないですけど、
    私そいつらに用事があるんで、居なかったらさっさと呼んできてくださーい』

アミとマミの頭はもはや、この状況に追いつけているかどうかも怪しかった。
ヤヨイが現れたこと、そのヤヨイが自分たちに用事があると言っていること……。
飛び込んできたあらゆる情報に対し、
アミたちの脳はどういった感情を選択すればいいのか混乱してしまっていた。
だが映像の中のヤヨイはそんなことなど気にかけず、
歪んだ笑みを浮かべたまま続ける。

ヤヨイ『聞こえるかい、甘ちゃん達? 要件だけ伝えるからよーく聞きな。
    お前らと私だけで話をしようじゃないか。そっちだって私に会いたいんだろ?
    ならこの映像が届いた日のちょうど日没の時間に、キサラギに乗って二人だけで来るんだ。
    場所はどこでもいいけど……じゃあお前らがイオリ司令と戦った町にでもしようか』

ヤヨイ『いいか? くれぐれもキサラギとお前ら二人だけで来るんだよ。
    もし他の奴らが一人でも居ればその時点で私は帰るからね。
    約束……守ってくれるよね?』

有無を言わさぬ笑顔でそう締めくくったヤヨイの言を、
うすら笑いを浮かべたハルシュタインが継ぐ。

ハルシュタイン『……とのことだ。まあ、来なかったところでいずれにせよ、
     私はあと一週間ほどで地球に到着する。その時にはヤヨイとも会うことになるだろう。
     尤も、会話ができるかは知らないがな。
     では地球の諸君、また一週間後に会おう』

そこで映像は途切れ、司令室には静寂が流れる。
そんな中、ぽつりと呟いたのはミキだった。

ミキ「……こんなの、罠に決まってるの。
  話をするのにキサラギに乗ってこいなんて、おかしいもん……」

アミ「ミキミキ……」

ミキ「行くことないよ、二人共!
   それよりミキと一緒に、ヤヨイのことやっつけちゃおう!
   話なら捕まえたあとでもできるでしょ? 絶対そっちの方がいいの!」

懸命に話すミキの言葉は至極もっともであり、
こんな誘いに易々と乗る方がどうかしているのは、
アミとマミを含むその場の全員が理解している。
しかし二人は俯いたまま、ミキと目を合わせなかった。

マミ「……でも、それじゃ約束を破ることになっちゃう……」

ミキ「約束って……あんなの、ヤヨイが勝手に言ってるだけなの!
   全然約束なんかじゃ……」

マミ「わかってるよ! だけどこれがヤヨイっちと話せる最後のチャンスかも知れないんだよ!
   マミたちだけで行かないと、きっともう、二度と……!」

アミ「ごめん、ミキミキ……ごめんみんな……!
   私たちを行かせて……。ヤヨイっちのところに、二人だけで行かせて!」

ミキ「ア……アミ、マミ……」

アミとマミは、深く頭を下げて懇願する。
ミキはそんな二人を見て、アミたちの中でどれほどヤヨイの存在が大きいかを改めて知った。
微かに震えるアミたちの体を、頭を、ミキはただ泣きそうな顔で見つめ、
それ以上何も言うことはできなかった。

その後すぐ、アミたち三人を含めて緊急会議が開かれた。
そうして出た結論は、
リッチェーンなど他の戦力の戦闘配備を完了させた状態で、
キサラギを単機で向かわせるというもの。
つまり、敵の要求を飲んだということだ。

この結論に至ったのにはアミとマミの強い要望も影響したが、
何より要求に応じなかった場合、
以前地球に大きな爪痕を残したあの大規模攻撃が来るのではという懸念が大きかった。
もちろん、本気でそうするつもりなら初めからそう言っているだろうが、
万が一の可能性も捨てきれない。
その“万が一”が起きた時は、地球が終わる時なのだ。

よってここは相手の要求を飲み、十中八九そうであろうが罠だった場合、
増援の到着までキサラギに持ちこたえてもらう、
ということに落ち着かざるを得なかった。

時は刻々と流れ、やがて日没が近づく。
ヤヨイの指定した付近は既に無人となっており、あとは出動を待つばかりとなった。

アミ「それじゃあ、行ってくるよ」

マミ「ミキミキも、そろそろ配置に付かなきゃ。
   ま、話をするだけなんだから別に必要ないとは思うんだけど一応ね!」

そう言ってマミが浮かべた表情が作り笑いであることはすぐわかった。
同じ表情を作っているアミをちらと見て、ミキは静かに言った。

ミキ「危ないと思ったらすぐ行くから。
   ちゃんとそれまで持ち堪えられるようにアミたちも頑張らないとダメだよ」

マミ「うん。ありがと、ミキミキ。でも本当に大丈夫だよ」

アミ「そうそう。ちょっと話をするだけなんだからさ」

あくまで自分たちはヤヨイと対話しに行くのだと、
アミたちは自らに言い聞かせるように繰り返しそう口にする。
ミキは彼女たちの心情を慮り、それを否定するようなことはもう言わなかった。
その代わり二人の目を見つめ、

ミキ「帰ってきたら、ミキも二人に話したいことがあるの。
   だから、ちゃんと無事に帰ってきてね」

アミ「……わかった、ちゃんと無事に帰ってくる」

マミ「それじゃ、またあとでね!」

そう言って笑顔を残し、アミとマミはキサラギの待つ格納庫へと消えていった。

ちょっと少なめですが今日はこのくらいにしておきます
続きは多分明日投下します




まだ傷跡の残る町に巨大な影が伸びる。
だがそれもやがて、大きな闇にとっぷりと飲み込まれた。

日は沈んだ。
微かに残る夕日の残滓を山際に見ながら、アミはぽつりと呟く。

アミ「プレゼント……置いてきちゃったね」

マミ「……仕方ないよ。取りに戻る暇なんてなかったんだから」

以前、ヤヨイにと買った二つの髪飾りは、
可愛らしく包装されたままアミたちの部屋に置かれている。

マミ「今からちゃんと話をして、それから渡そう。
  それでまた、もう一度、ちゃんと友達になろうよ」

アミ「……うん」

それから経過した時間は、
アミたちにとっては数時間にもあるいは数分程度にも感じた。
明かりの消えた町中では、星がよく見える。
空を見上げながら、二人は合宿所でヤヨイと共に見た星空を回想した。

と、その時、星が点滅した。
消えては光り、光っては消えるいくつかの星。
しかしアミたちはすぐに気が付いた。
星たちは点滅しているのではなく、巨大な飛行体の影に見え隠れしているのだと。

アミマミ「ヤヨイっち!」

飛行する怪ロボットを認めた瞬間、反射的に二人は叫ぶ。
人型とは違う、シンプルな構造をした怪ロボット。
見たことのない機体だったが、そこにヤヨイが居るのだと確信していた。
そしてこの確信はまさに的中していた。

ヤヨイ『クク……アッハハハハハハハハハ! まさか本当にお前らだけで来るなんてね!
    あまりに甘ちゃん過ぎて笑いが止まらないよ! アハハハハハハッ!』

拡声され町中に響き渡るヤヨイの笑い声に、二人の心は酷く締め付けられる。
しかしアミもマミも、目を背けることはしなかった。

マミ「ヤヨイっち! 私たち、ちゃんと約束守ったでしょ!?」

アミ「キサラギには乗ってきたけど、戦ったりなんかしないよ! だから話を……」

ヤヨイ『ああ、だろうね! お前らは私とは戦わない……
    そう思ったから、わざわざキサラギに乗ってくるように指示したんだよ!
    お前らごとキサラギをぶっ潰すためにねぇ!』

アミ「ッ……! キサラギ、避けて!」

   『くっ……!』

アミたちの言葉を遮るように、あるいは嘲るように、
怪ロボットの機体からキサラギに向けて火炎が噴射された。
辛うじてキサラギはそれを躱したが、炎が止まることはない。
怪ロボットは照準を変え、避けたキサラギを追うように炎を噴き続けた。

ヤヨイ『アハハハハ! いいねぇ面白いよ! 逃げな逃げな!
    でもそうやって逃げれば逃げるほど町は燃えていくわけだけど、それでいいんだ!?』

ヤヨイの言うとおり、キサラギが通った軌道に沿って町が焼かれていく。
だがそれに対しアミたちが対応を考えるよりも先に、ヤヨイは火炎の噴射を止めた。

ヤヨイ『なーんて、もう遅いけどね。ほら、周りを見な! とっくに町は火の海だよ』

マミ「っ……!」

燃え盛る町が二人の瞳に映る。
人間こそ居ないが、そこに住んでいた人々の大切な思い出が残されているであろう町が
焼き尽くされていくその光景に、アミたちは泣き出しそうな表情を浮かべた。

アミ「ヤヨイっち、なんで……なんでこんな……!」

ヤヨイ『チッ……うっさいなぁ。そのふざけた名前で呼ぶなって言わなかったっけ?』

マミ「呼ぶよ! 何回でも呼ぶ! 
  ヤヨイっち、私たちと話をしに来てくれたんでしょ!?
  だってそうじゃないと、ヤヨイっちだってここに一人で来たりなんかしないもん!」

アミ「そうだよ……話そうよヤヨイっち! いっぱい話して、また友達になろうよ!
  お昼ご飯一緒に食べたり、休みの日はお出かけしたり……!」

マミ「すごく楽しかったじゃない! 思い出してよ! またそうやって遊ぼう!?
  あのね、私たちの部屋にプレゼントがあるの! だから……!」

怪ロボットのコクピット内に向かって、アミたちは涙ながらに必死に訴え続ける。
思い出して、と何度も何度も叫ぶ。
だが、違うのだ。
ヤヨイはアミたちとの思い出を忘れているわけではない。
初めて出会った日から共に過ごした日々を、はっきりと自分の記憶として認識している。
そしてだからこそヤヨイは今、ここに居るのだ。

ヤヨイ『……さっきから聞いていれば、バカなことをさえずりやがって……。
   そっちが勝手に思ってるだけで、
   私はお前らみたいな最低生物と友達になった覚えなんかねぇんだよ!
   ここへ来たのは、お前らをぶっ潰すため……。それから確認と精算のためさ!』

アミ「確認と、精算……? ど、どういうこと?」

マミ「ヤヨイっち、何を……」

ヤヨイ『ここ最近、ずーっと最悪な気分だったよ!
   こんな辺境の星なんかで一年以上も過ごしたせいでね!』

ヤヨイ『特に最悪なのは、お前らのムカツク顔が頭にチラつく時さ!
    バカみたいなマヌケ面で私の名前を呼びやがって……!
    初めは滑稽で笑えたけど、今じゃただただイラつくだけだ!』

アミ「……ヤヨイっち……」

ヤヨイ『だからそれを終わらせに来たんだ!
    お前らを潰せばこの胸糞悪さも消えるはずだ、ってね……。
    そしたら……思ったとおりだったよ!
    さっきお前らをいたぶってる時は、サイコーな気分だった!
    逃げ回るお前らの姿は本当に笑えたよ! アハハハハハハッ!」

マミ「や……やだよ、信じない……。そんなの、絶対……!」

ヤヨイ『じゃあ勝手に思い込んでな! けど事実だ!
    いいか、私はお前らの友達なんかじゃないし、話をしに来たわけでもない!
    ただ残ってるゴミを片付けに来ただけなのさ!』

その時、ヤヨイの乗る怪ロボットが挙動し、
機体の一部から何か巨大な飛来物がこちらに向けて射出されたのをアミたちは見た。
それはキサラギの腕ほどもある巨大なニードル。
咄嗟にガードしたキサラギであったが、
その威力にバランスを崩して尻餅をつくように後ろに倒れてしまう。

ヤヨイ『このまま遊んでやってもいいんだけど、
    そろそろお仲間が駆けつける頃だろ? さっさと掃除を終わらせなきゃね!』

今度こそトドメを刺すため、キサラギに再び照準が向けられた。
だがキサラギは地面に座り込み力なくうなだれたまま動こうとはしない。
反撃はおろか、回避も防御も今のアミとマミの頭にはなかった。

アミ「だってあの時、ヤヨイっちも友達になれて嬉しいって……。
   それなのに……! 嘘だと言ってよ! ヤヨイっち!」

マミ「マミたちのこと忘れちゃったの!?」

ヤヨイ『あれは希煌石を奪うために作ったニセの人格だって言ったろ!』

それは何度もヤヨイが言っていたこと。
今のヤヨイが記憶を失っているのではなく、
寧ろあの時のヤヨイが本来の記憶を失っていたのだと、アミもマミも頭では理解している。
だが二人は叫ばずにはいられなかった。
それでも自分たちは友達だった、思い出して欲しい。
交わした会話を、過ごした毎日を、三人で作った、最高の思い出を……

マミ「合宿所で一緒に作ったカレーの味……」

アミ「思い出してよーーーーーッ!」

――気が付いたのは、アミとマミが先だった。
ヤヨイと直接対話をするため、希煌石の力をフルに使って強化した視力で、
常にヤヨイの顔を正面から見つめ続けた二人だったから、気が付いた。

遅れてヤヨイが気付く。
初めは頬に何かゴミでも付いたのかと思った。
顔に何かが触れる……いや、伝う感触に、それを払おうと手を伸ばした。
だが、その指が触れたのはゴミではなかった。

ヤヨイ「え……? 何コレ……」

雫が、頬を伝っていた。
次いでその雫が自分の目から流れ落ちていることに気が付く。
謎の現象にヤヨイの笑みは消え、眉根を寄せて困惑する。
止まらない。
自分の意思とは関係なく溢れ出す雫に、ヤヨイはただただ戸惑う。

……まさか、いや、そんなはずはない。
私はハルシュタイン近衛隊、
裏切りと策謀の闇の天使、ヤヨイだ。
その私が……まさか……

マミ「ヤヨイっち……! 思い出してくれたの!? そうでしょ!?」

アミ「ほ、ほら! アミがニンジン切って、マミがじゃがいもを……」

ヤヨイ『うるさいっ……! うるさいうるさいうるさぁぁぁぁいっ!
   お前らはここで死ぬんだよぉぉぉぉーーーーーー!』

ヤヨイは頭に浮かんだ考えを振り払うように叫び、引き金にかけた指に力を入れた。
だが動かない。
まるで金縛りにでもあったかのように、ヤヨイの指はぴくりとも動かなかった。

ヤヨイ「っ……なんで……! 違う、私は……そんな……!」

その時、戸惑いに表情を歪めるヤヨイの耳に、異質な音が届いた。
大気を震わせるその音に目をやると、
そこには猛然と駆けてくる巨大ロボ、リッチェーンの姿があった。

ミキ『アミ! マミーーーーーっ!
  このぉっ……! 二人から離れるのぉーーーーーーーー!』

リッチェーンはモーニングスターの鎖を掴み、
走る勢いそのままに体を回転させて、鉄球をヤヨイに向けて放った。
だがヤヨイは、少し前まで動かなかったとは思えない速度で手を動かし、
辛うじてその鉄球を躱す。
そしてそのまま背を向けて、夜の闇へと消えていった。




報告を終えアミたち三人は廊下へ出る。
いつもなら、あの時の技がどうだったとか、
次はもっとこうしようだとか、わいわいと反省会をしながら食堂へ向かっているところだろう。
だが今日は、三人とも一言も話さない。
ミキが一人先頭を行き、アミとマミが並んでその後ろをついて歩く。
重苦しい沈黙の中、足音だけが廊下に響いている。
その後しばらく続くと思われた沈黙であったが、
振り返ることなくミキが発した短い言葉で、それは終わった。

ミキ「まさか、『邪魔した』なんて言わないよね?」

二人はぴくりと肩を震わせる。
その後、小さな声で答えた。

マミ「言わないよ、そんなこと……。ミキミキが来なかったら、危なかったと思うから……」

アミ「その……ありがとう、ミキミキ」

ミキ「……だったらいいの」

それからまたミキは黙ってしまう。
そんなミキの背中に、マミが恐る恐る声をかけた。

マミ「……やっぱり、怒ってる?」

ここでようやくミキは足を止め、二人も慌てて立ち止まる。
そして少しの間を空け、ミキはやはり前を向いたまま言った。

ミキ「怒ってないよ。怒ったってしょうがないことだもん。
  でも、次は気を付けて欲しいの。ヤヨイと戦いたくない気持ちは分かるけど……」

アミ「ご……ごめんね。アミたち、
  ちゃんと持ちこたえられるように頑張るって、そう言ってたのに……」

と、ここで不意にミキが振り返り、アミは謝罪の言葉を中断した。
振り返ったミキは、優しい笑顔をにっこりと浮かべていた。

ミキ「もー、だから怒ってないってば。ちょっと色々考え事してただけなの!
  ミキの方こそ、なんか怖がらせちゃってごめんね。あはっ☆」

マミ「そ、そうなの? 本当に怒ってない?」

ミキ「怒ってないよ。怒ってるように見える?」

アミ「……見えないけど……。じゃあ、考え事って……?」

ミキ「もちろん、これからの特訓のことなの。
   ハルシュタインが攻めて来るのは一週間後だって分かったんだから、
   色々と計画も立てやすくなったでしょ?
   あと一週間でできるだけ力を付けるためにはどんな特訓がいいかなーって考えてたの。
   というわけで、今から一緒に考えるの! 食堂、行こ!」

そうしてミキはアミたちの手を取って走り出した。
二人は驚きに声を上げたが、引かれるままにミキについて走る。

マミ「えっと、それじゃミキミキ、出動前に言ってた話したいことっていうのは……」

ミキ「それももちろん、このことなの!
   あ、もしかして昨日の、石が光ったこととか、
   その後ミキがすぐ帰っちゃったこととかの話だと思ってた?」

アミ「そ、そりゃあそう思うよ。特に後半部分!」

マミ「私たち、心配したんだよ? ミキミキに何かあったのかなって……」

ミキ「そっか……やっぱり二人とも優しいの☆
  でも昨日は本当に疲れちゃってただけだから心配ないよ。
  それに光のことは、ミキたちが考えたってわかりっこないの。
  多分、三希石が二つ揃ったから光ったとか、そんなカンジだって思うな!」

これを聞き、事実“光”についてはアミとマミも
似たような結論しか出せていなかったこともあり、それ以上言及することはなかった。
が、妙に明るいミキの様子は恐らく空元気であろうと、
口に出すことはなかったが二人とも考えていた。
ハルシュタイン本人の襲来まで、考えていたよりずっと時間がない。
残り一週間で出来ることなどたかがしれているはずだ。

しかしミキは諦めていない。
あの時と同じだ。
無理だと分かっていても、無駄だと分かっていても、やるだけのことはやる。
それがミキなのだ。

だからアミもマミも何も言わず、
それから遅くまで食堂でミキと共に一週間の訓練予定を考えた。
ヤヨイのこともこの時間だけは努めて考えないようにし、
僅かな希望に賭けて、行動を始めることにした。




ミキ「――じゃあね、二人とも! 明日寝坊しちゃダメだよー!」

アミ「えー? ミキミキがそれ言うー?」

マミ「ミキミキこそ、寝坊しないようにねー!」

笑顔で手を振り、アミたちと別れた。
寄り道せず真っ直ぐに自分の部屋へと戻る。

部屋に着き、電気を付けてまず洗面所へ向かう。
鏡を見る。

……少し、わざとらしかったかも知れない。
だけどそのおかげで上手く誤魔化せた。
わざとらしいくらいに明るくしないと、多分隠せなかった。
アミもマミも、作り笑顔には気付いてて、合わせてくれてたんだと思う。
でも、本当のところは、ちゃんと誤魔化せたはずだ。

  あの二人は、優しすぎる。

堪えていた感情が吹き出す。
自分の顔を見たくなくて、ごつん、と鏡に頭をぶつけて下を向く。

ヤヨイと対峙するアミとマミの様子を見て確信してしまった。
あの子達は、友達に対して“優しすぎる”んだ。
一度でも気を許してしまえば、その相手からどんなに酷い言葉を投げられようと、
どんなに酷く傷つけられようと、敵として見ることができない。
相手のいいとこばかりを見て、信じようとしてしまう。
だから一度だって、ヤヨイに攻撃することはなかった。
そしてそれは多分……自分に対しても同じだ。

駄目だ。
そんな二人にあの話を――『頼みごと』をしたところで意味なんてない。
あの『頼みごと』を聞いて実行してくれるには、アミとマミは優しすぎる。
ならどうする。
諦めてたかだか一週間の訓練にすべてを賭けるか?
いや、そんなわけにはいかない。
考えるんだ。
なんでもいい、何か別の方法を……!




ヤヨイ「あ、あの! ごめんなさい、ハルシュタイン閣下!
    私、今度は絶対、ちゃんとやりますから!
    ですから、次も私を出撃させてください! お願いします!」

ハルシュタインの足元にすがるように、ヤヨイは謝罪と懇願を繰り返す。
ハルシュタインはそんなヤヨイをしばらく見下ろし、一言呟いた。

ハルシュタイン「……マコト」

名を呼ばれ、マコトはハルシュタインの隣より歩み出る。
そしてヤヨイの腕を掴み、強引に引き起こした。

マコト「こっちへ来るんだ、ヤヨイ。いつまでも閣下の足にすがり付くなど、無礼だろう」

ヤヨイ「わ、私っ……! ごめんなさい! でも、でも……!
    ハルシュタイン閣下ぁーーーーっ!」

引きずられるようにして部屋の外へ連れ出されるヤヨイが最後に目にしたのは、
退屈そうにため息をつくハルシュタインの顔だった。

ヤヨイ「――……もう離してください。逃げたりなんかしませんから」

廊下を少し歩いたところで、ヤヨイは顔を伏せたまま唸るように言った。
しかしマコトはそれを無視して歩き続け、
やがてヤヨイの自室の前に到着してから掴んでいた腕を解放した。

マコト「しばらく中で休むといい。いつものキミに戻るまでね」

ヤヨイ「『いつもの私』……!? あんたまで何を言ってるんだよ!
    私はいつも通りだ! 意味のわからないことを言うんじゃねぇよ!」

静かに囁いたマコトの声に、ヤヨイは食ってかかるように怒鳴った。
今にも掴みかからんばかりのその勢いに、
マコトは眉一つ動かすことなく応じる。

マコト「そうかな。いつものキミなら笑って受け流すところだと思うけどね」

ヤヨイ「っ……あなたが、あいつらみたいなことを言うからですよ。
    ほんっとーにムカツクなぁもう……!」

マコト「『あいつら』……キサラギのパイロットのことかい?
    どうもキミは彼女たちのことになると熱くなるようだ」

ヤヨイ「イライラしてるんです……。
    本当なら今すぐもう一度出撃して、今度こそ宇宙のゴミにしてやりたいくらいですよ」

マコト「できるのかい?」

ヤヨイ「できます! さっきは、ちょっと失敗しちゃっただけです!」

マコト「……そうか。ならそのつもりでいなさい。一週間後に備えてね」

その途端、ヤヨイの目がらんと輝く。
あと一歩でキサラギを破壊できるというところまでいきながら失敗してしまった自分に、
ハルシュタインは完全に失望したのだと思っていたからだ。

マコト「もとより閣下は、キミが一人でキサラギを倒せるとはお思いではなかったようだよ。
   思いのほか上手くいきそうで、寧ろ驚かれていたくらいだ」

ヤヨイ「つまり……最初から期待はされてなかったってことですね。
   それでもいいです。次のチャンスで、絶対にやってみせますから……!」

マコト「ああ、そうなることを僕も願ってるよ。ただし、次は僕も同行するけどね」

ヤヨイ「なっ……! 必要ないです! 私一人で十分ですから!」

マコト「そうは行かないよ。同行し、その上で僕の指揮に従ってもらう。
    これが二度目のチャンスを与える条件だ。
    拒否するなら、キミにはキサラギとまったく関係のない地域に出動してもらう。
    ハルシュタイン閣下もそういうことで納得してくださっている」

ハルシュタインの名を出されヤヨイはぐっと言葉を飲み込む。
下げた腕の先で拳を握り締め、渋々頷いた。

ヤヨイ「わかりました……。じゃあ、おとなしく従います。
    でもマコト団長が行くんじゃ、あいつらもいよいよおしまいですね。
    団長、私の仕事まで取らないでくださいよ?」

吐き捨てるように言い残してヤヨイは自室へ入り、扉が閉まった。
マコトはその扉をしばらく見つめた後に呟く。

マコト「……貴女はどこまで見通しておいでなのですか、ハルシュタイン閣下。
   僕には分かりません。ヤヨイの心も……貴女の御心も」

今日はこのくらいにしておきます
続きは多分明日か明後日くらいに投下します




ハルシュタインからの宣戦布告を受け、地球防衛軍はあらゆる対策を練った。
恐らくはこれが地球の存亡をかけた正真正銘の最終決戦となる。
ハルシュタインの言葉を信じるなら、運命の日までに残された猶予は僅か一週間。
この期間にできることは限られているがしかし、
防衛軍はできる限りの手を尽くして決戦に備えた。

勝つための作戦、戦力の増強、想定しうる限りの場面に対するシミュレーション……。
地球を守るためあらゆる方策が練られたが、
当然その全ては地球最大の戦力を要に据えられたものである。
IMR―765―S キサラギ、そしてIMR―765―N リッチェーン。
地球の命運はこの二つの巨大ロボに……
つまりはそのパイロットである10代の少女たちに託されたと言っても過言ではない。

そのことは、少女たちも自覚している。
だからもちろん努力した。
寝る間も惜しんで少しでも自分たちの力を上げるために体を使い、頭を使い、
この一週間、地球上の誰よりも努力した。

だが、僅か一週間である。
七日間という期間で埋められた彼女たちとハルシュタイン軍との力の差は当然、
それ相応のものでしかなかった。

――少女は目を開け、ゆっくりと体を起こす。
気だるさはなく、頭も冴えている。
顔を洗い鏡を見ると血色も良い。
体調は万全だ。
だから、あとは覚悟だけ。

目を閉じて今まで繰り返した思考を、至った結論を、反芻する。
大丈夫、自分ならやれる。
上手くいくかはきっと賭けになるだろう。
不自然かも知れないし、無理もあるかも知れない。
だけどやるしかない。

自分は決めたんだ。
無理だとわかっていても、無駄だとわかっていても、絶対に諦めない。
やれることは全部やるって、決めたんだ。
でも、信じてる。
これは決して無駄なことなんかじゃない。

  「……行ってきます」

少女は一人、誰もいない部屋に向かって呟いた。
そして歩き出す。
自分が守るべき景色を……最後になるであろう景色を、目に焼き付けながら。

ヒビキ「――ごめんね。結局自分、なんの役にも立てなくて……」

出動の直前、見送りに立ったヒビキは消え入りそうな声でそう言った。
だがそれに対してアミとマミはにっこりと満面の笑みを返す。

アミ「そんなことないよ! ヒビキンだってずっと頑張っててくれたじゃん!」

マミ「そうそう。なんか分かんないけど、
  部屋にこもって祈ったりとか儀式っぽいことやってたりしたの知ってるんだからね!」

ヒビキ「それは……そうだけど、でも自分……」

チラと、ヒビキは俯き気味にミキに視線をやる。
その視線の意味をアミとマミが考え始めるよりも先に、ミキは薄く笑って言った。

ミキ「アミたちの言う通りなの。ヒビキは頑張ってくれたんだから、気にしちゃダメ。
  それよりミキ的には、そんな暗い顔で見送られたらテンション下がっちゃうってカンジ」

ヒビキはそのミキの目を少しの間じっと見て、
そして、悲しげながらもなんとかして笑顔を作った。

ヒビキ「そう、だよね。悪かったさー。
    自分は戦えないけど、でもここから応援してる!
    だから三人も頑張るんだぞ! 希照石も預けたままにしとくから、
    全部終わったらちゃんと返してよね! 約束だぞ!」

マミ「もちろんだよ! 借りたものはちゃんと返さなきゃね!」

アミ「ヒビキンに負けないくらい、私たちも頑張るよ!」

そう言ってアミたちは笑い合い、笑顔を残して出発した。
ヒビキは三人の姿が見えなくなるまで手を降り続ける。
そして廊下に一人残されたヒビキは、

ヒビキ「……短い付き合いだったけど、自分絶対に忘れないから……。
   だからミキ……頑張って」

伝えたくて伝えられなかった言葉を、
一筋の涙と共にぽつりと呟いた。




  『――衛星軌道上、怪ロボット多数確認。
  総員直ちに出撃し怪ロボットの迎撃を開始せよ』

  『キサラギとリッチェーンは現場にて待機。作戦を続行』

  『巨大宇宙船接近。大気圏突入まで、残り10分。
  繰り返す。巨大宇宙船接近。大気圏突入まで、残り10分――』

夕日が赤く照らす無人の町中で聞こえるのは、インカムから流れるアナウンスのみ。
慌ただしく伝わる報告や指示はまさに、
ついに最終決戦が始まったことの証であるとアミたちは実感した。

アミ「いよいよ、だね」

マミ「……やれるだけのことはやったよね。あとは、最後まで諦めずに頑張るだけ……」

キサラギの頬から空を見上げる二人の顔は緊張で強ばってはいたが、
その中にある種の達観のような感情も垣間見える。

防衛軍の通常戦力は各地に出現した怪ロボットへ対応。
キサラギとリッチェーンは、敵の本艦が大気圏へ突入したと同時に直接攻撃を仕掛ける。
それが作戦の一つであり、そのためにアミたちはこうして、予測地点で待機している。
そしていよいよ、出発の時が近付いてきた。

アミ「大丈夫、あんなに練習したんだもん。
  コンビネーションだってもう完璧だし! ね、ミキミキ?」

ミキ『うん……そうだね』

マミ「ちょっとちょっと、ミキミキ暗いよー!
  正義のヒーローは元気でいなくちゃダメなんだよ!」

アミ「そうそう! さっき自分でヒビキンに言ってたじゃん!
  戦いの前はグーンとテンション上げていかなくちゃ!」

不自然なほどに明るい二人の声と表情は、
緊張や不安を吹き飛ばそうとしているものであろう。
やれるだけのことはやったという自負は確かにあるが、
だからと言って不安を感じないほど能天気なアミとマミではない。
当然ミキもそのことはわかっているし、
今までのミキなら二人の心情を慮って話を合わせていただろう。

だが、明るく笑うアミとマミの声にインカムを通して返ってくるのは沈黙のみ。
二人はそんな沈黙に対して、少し困ったような笑顔を浮かべた。

マミ「ミキミキ……朝からすっごく真剣な顔だったよね。
  ミキミキがこの戦いのために一番頑張ってたから
  真剣な気持ちもわかるし、私たちだってもちろん真剣だよ……」

アミ「でも、あんまり思いつめちゃダメだよ。
  練習通りの力を出すには、リラックスして……」

ミキはきっと思いつめすぎて固くなっているんだろう。
そう思ったアミたちは緊張をほぐすために声をかける。
が、その言葉を遮るように、ミキの声がインカムから発せられた。

ミキ『ねぇ、一回基地に戻らない? ミキ、もうちょっと練習したいことがあるの』

まったく想定外だったその言葉に、
思わずアミとマミは同時に呆けたような声を出す。
しかしすぐに我に返り、

マミ「れ、練習したいこと? でももう行かなきゃ作戦通りに攻撃できないよ」

アミ「そうだよミキミキ……。練習って、ここでやっちゃダメなの?」

ミキ『ダメ。ここじゃ敵に見られるかも知れないから一回戻って練習したいの』

この期に及んでのミキの言葉に、アミたちは今度ははっきりと困惑した表情を浮かべた。
不安を残したまま戦いに赴くというのは確かに出来る限り避けたいが、
戻って練習する時間など無いに等しいのも事実。
二機揃って基地に戻りなどすれば、
まず間違いなくハルシュタインの大気圏突入に間に合わなくなってしまうだろう。

アミ「や……やっぱり無理だよ。
  少なくともキサラギかリッチェーンのどっちかはここに居ないと」

マミ「どうしても不安だったら、私たちが先に行ってなんとか時間を稼ぐから、
  その間にミキミキは練習する……くらいがギリギリだよ」

ミキ『……』

インカムの向こうのミキの表情は分からない。
これはかなりの譲歩案なのだが、それでもミキは納得していない……。
アミたちはそう思い、続けて声をかけようとした。
しかしそれは再び遮られる。

ミキ『そっか……じゃあ、仕方ないね』

良かった、わかってくれた――
しかしアミたちがそう表情を緩めたその刹那、

アミマミ「っ!?」

強い衝撃が二人の体を襲った。
次いで全身を襲った浮遊感に、二人は慌ててステアにしがみつく。
アミもマミも、何が起きたのか理解できなかった。
一瞬遅れ、再びの強い衝撃でキサラギが地面に倒されたのだと気付いてから、
ようやく理解した。
キサラギは足をすくわれて後方に倒されたのであり、
その元凶となったのが……リッチェーンであるということを。

マミ「ミキミキ、どうして……!?」

当然発せられたその問いに対し、リッチェーンは――
ミキは、これが答えだと言うようにキサラギに馬乗りに伸し掛かる。
そしてインカム越しに、ミキの叫びが聞こえてきた。

ミキ『先に行くなら、このミキを! 倒してから行くのーーーーっ!!』

理解が追い付かない。
ミキは何を言っているのか、なぜキサラギを転倒させたのか、
何がなんだかさっぱり分からない。
分からないまま、ミキは考える時間すら与えてくれなかった。

言葉を言い終わらないうちにミキは、
リッチェーンのダブルモーニングスターを左右から何度も打ち付ける。
キサラギの両手はがっちりとホールドされており、
馬乗りの状態から振り下ろされる二つの巨大な鉄球は、
アミとマミに当たりはしていないもののキサラギの頭部を何度も直撃する。
その衝撃にアミとマミは必死に耐えるが、このままではいつまで経っても埓があかない。

アミ「キ、キサラギ、脱出だ!」

   『くっ……!』

キサラギはうめき声を漏らし、リッチェーンに掴まれた手をぐいと横に振る。
それに伴ってリッチェーンの体は傾き、
何度目かの直撃へ向けて振られた鉄球はキサラギの鼻先を通過した。
勢いのままにリッチェーンの頭部も大きく揺れ、僅かにバランスを崩す。

その隙にキサラギは転がるようにして距離を取り、
片膝を付いてリッチェーンに向き直った。

ミキ『あの状態から抜け出すなんて……流石だね、アミ、マミ』

リッチェーンは挙動して戦闘の構えを取る。
明らかに自分たちと戦う意思を持っているミキに対し、アミとマミは慌てて叫んだ。

マミ「ま、待ってよミキミキ! なんでこんなことするの!?
  ミキミキを倒せって、どういうこと!?」

アミ「も、もしかして、ミキミキもヤヨイっちと同じなの……!?
  本当はハルシュタインの仲間だったの!?」

ミキ『違うよ。ハルシュタインなんかの仲間なわけないの。
  ミキは今でも、ハルシュタインを倒すために戦おうとしてるよ』

アミ「じゃあどうして……!」

ミキ『“だから”だよ。ハルシュタインを倒すために、アミとマミと戦うしかないの。
  だって気づいちゃったんだもん。二人には、本気であいつを倒す気なんかないんだって』

マミ「なに、言ってるの……? そんなことないよ! 私たちだってミキミキと一緒だよ!」

アミ「なんでそんなこと言うの!? ミキミキ!」

ミキ『だって倒すつもりなら、あの時ヤヨイと戦ってはずだよね?』

マミ「それはっ……。で、でも、今はあの時とは違うよ!
  ヤヨイっちとは仲直りしたいけど、でもちゃんと戦う!」

ミキ『それだけじゃないの。
  二人とも……本当に今のミキたちが、ハルシュタインに勝てると思ってる?』

静かなこの問いに、アミとマミは返答に詰まってしまう。
だがその僅かな沈黙がまさに二人の答えだった。

ミキ『だよね……そんなはずないの。
  はっきり言って、タカネにだってまだ勝てるかどうか分からない。
  それなのに戦ったって、意味なんてないよ。絶対に無駄なの』

アミ「そんな……! ミキミキ言ってたじゃん!
  無理とか無駄とか、やってから言うのとやる前に言うのとじゃ意味が違うって!」

マミ「私たち、あの時のミキミキの言葉があったからこの一週間がんばれたんだよ!?
  確かに勝てないかも知れないけど、それでも諦めずに戦うって!」

ミキ『でも、本気で勝てると思ってないなら諦めてるのと同じなの。
  “負けるかもしれないけど、精一杯やろう”“やるだけのことはやったから”って……。
  まだ、やれることはあるのに』

アミ「え……?」

“まだやれることはある”。
ミキの言葉は、混乱と困惑にかき乱されたアミたちの頭にもすっと入ってきた。
自分たちはこの一週間でやれることはすべてやった……
逆に言えば、もうやれることはないと、
ミキの言うとおり確かにある意味では諦めに近い感情を持っていたのかもしれない。
だがミキはまだやれることがあるのだと言う。
二人は黙して、ミキの言葉を待った。
しかし次いでインカムから聞こえた言葉は、アミたちの心をより強くかき乱した。

ミキ『少なくともあと一週間……。基地の地下に隠れて、特訓を続けるの』

ミキ『そうすればきっと、ミキたちはもっと強くなれる。
  あと一週間あれば……』

マミ「ま……待って! 一週間地下に隠れるって、じゃあその間はどうするの!?」

アミ「ハルシュタインたち、もうすぐそこまで来てるんだよ!?
  今から一週間も放ったらかしにしたら、地球のみんなが……!」

ミキ『仕方ないの。確かにたくさんの人が傷つくだろうし、
  地球もボロボロになっちゃうと思う……。
  でもハルシュタインを倒すにはもうこれしかないの』

この瞬間、アミとマミは今まで経験したことのない心のざわつきを覚えた。
インカム越しに聞こえる落ち着き払ったミキの声と対照的に、震えた声でマミは問う。

マミ「それって……地球の人たちを、犠牲にするってこと?
  地球を守ることをやめて、ハルシュタインを倒すことだけ考えるって……。
  ミキミキ、そう言ってるの?」

ミキ『そうだよ。だってもう、それしかないよね?』

アミ「……そんなの、できるはずない」

ぽつりと呟いた声は、ミキに届いただろうか。
だがミキはそれ以上は何も言わなかった。
アミとマミの意思を確認するように黙っている。
そして二人はそれに応えるように、はっきりとインカムに向かって叫んだ。

アミ「地球のみんなを見殺しにするようなこと、できるはずないよ!」

マミ「ミキミキは間違ってる! 私たちは絶対に、そんなことやりたくない!」

ミキ『……そういうと思ったよ。実にあなたたちらしいの』

言い終わるが早いか、リッチェーンは上体を大きく捻った。
それを見たアミとマミは咄嗟にコマンドを出し、キサラギに腕を上げさせる。
瞬間、伸長した鎖に連なる鉄球が、その腕に轟音を上げて激突した。

アミ「っ……ミキミキ……!」

ミキ『どうしても今ハルシュタインと戦いたかったら、ミキを倒してから行くの!
  その代わり、ミキが勝ったら一緒に地下に逃げてもらうから!!』




マコト「我々を誘い出すための罠……というわけではなさそうですね。
   いかがいたしましょう、ハルシュタイン閣下」

冷然として尋ねるマコトと同じようにハルシュタインもまた、
一切の感情を読み取れない暗い瞳でモニターを眺めている。
そこに映っているのは、衛星から届いたキサラギとリッチェーンが戦う姿。

ヤヨイ「そんなの決まってます! 仲間割れしてるんだったら
    どう考えたって今がチャンスじゃないですか! すぐ出撃しましょう、マコト団長!」

マコト「キミは僕に指示できる立場ではないはずだよ、ヤヨイ。わきまえなさい」

ヤヨイ「っ、でも……!」

冷たく見下すような視線と言葉に、ヤヨイは歯噛みする。
ハルシュタインはそんな二人のやり取りを一瞥した後
もう一度モニターへと視線を戻し、言った。

ハルシュタイン「いずれにせよ、結果は同じだ……。
      今すぐ出撃しようとこのまま見物しようと、な」

それは意見を求めた自分に対し、お前が決めろと暗に言っているのだとマコトは受け取った。
しばらくモニターを見つめた後、マコトはハルシュタインに向き直り敬礼した。

マコト「ヤヨイと共に出撃します。
   閣下はもうしばらく、ここで悠然とお待ちになっていてください」

そう言って踵を返して歩き出し、
ヤヨイは俄かに目を輝かせてその後を追う。
マコトの後ろを足早について歩きながら、ヤヨイは拳に力が入るのを感じた。
この一週間、アミとマミのことがずっと頭から離れなかった。
幻影のように浮かぶ二人の姿は目を閉じても瞼の裏に焼き付くようにして消えることはない。
ヤヨイは、今度こそ精算したかった。
闇の天使ヤヨイとしての自分を取り戻すため、
忌々しい辺境民族を、この宇宙から記憶ごと消し去ってしまうのだ。

一週間前のあれは、何かの間違いだったんだ。
敬愛する主人から得ていた信頼も半ば失いかけてしまっている。
それを今から取り返そう。
ハルシュタイン近衛隊としてのヤヨイを、証明しよう。
あいつらを消すことで、かつての自分を、閣下の信頼を、取り戻すんだ。

今日はこのくらいにしておきます
続きは多分土日のどっちかくらいに投下します




アミ「お願い! やめてよミキミキ!」

マミ「こんなことしてる場合じゃないよ! ハルシュタインがもうすぐ――」

金属と金属のぶつかり合う音が、マミの言葉を遮る。
アミとマミは必死に説得し、それを妨げるようにミキが攻撃する。
もう何度繰り返したか分からない。

ミキ『だったら本気で攻撃して!
   守ってばっかり、避けてばっかりじゃいつまで経っても終わらないよ!』

アミ「で、できないよそんなの! ミキミキに攻撃なんて……!」

ミキ『ほらやっぱり! アミもマミもハルシュタインを倒す気なんてないんだ!
   本気で倒すつもりなら、それを邪魔するミキのことだって倒せるはずでしょ!?』

マミ「ミキミキ、なんでっ……!」

先程から何度も警報が鳴り、ハルシュタイン軍の乗る巨大な宇宙船の接近を知らせている。
だがミキはそれを完全に無視して、
アミたちへの攻撃を僅かも止めようとはしなかった。
もう二人もとっくに分かっている。
ミキは、本気だ。
本気で自分たちを倒そうと襲ってきているのだ。
今まで怪ロボットに向けられていた敵意が今、自分たちに向けられている。

アミとマミはどうすればいいのか分からずに、
今にも泣き出しそうな顔でミキの猛攻をひたすらに凌ぎ続けることしかできない。
だがそれも、永遠には続かない。
それまで鳴っていたものとはまた別のアラームが三人の耳に入る。

アミ「!? これ、もしかして……!」

ミキ『っ……』

それは怪ロボットの接近を知らせる警報。
見れば巨大宇宙船に先んじて、一機の飛行怪ロボットがこちらに向かって接近している。
まずい、とアミとマミは焦りに満ちた視線を互いに交わした。
敵は間違いなく自分たちの仲違いに気付いている。
だからこそ、その隙を討つために怪ロボットを出撃させたのだ。

  「ミキミキ――」

怪ロボットを迎え撃たなくては、とどちらからともなく発された言葉はしかし、
それまでと同じように轟音によって中断された。
視線を戻したアミとマミの視界に入ったのは、迫り来る巨大な鉄球。
体勢を崩しつつも辛うじてガードしたアミたちの耳に飛び込んできた言葉は、
アミとマミの表情を更に酷く歪めた。

ミキ『ほら、もう時間がないよ! 決着をつけるの!』

アミ「なん、で……!? ミキミキ、本当にどうしちゃったの!?」

すぐそこに怪ロボットが迫っているにも関わらず、
戦いは何事もなかったかのように再開された。
いや、寧ろそれまでよりも更にミキの攻撃は激しさを増している。

おかしい、絶対におかしい、ワケが分からない。
このミキは本当にミキなのか?
何者かに操られているのか?

襲い来るミキの猛撃と、迫り来る怪ロボットによる焦燥。
板挟みになったアミたちの頭と心はより強くかき乱される。

その混乱のせいだろうか、
あるいは危機がいよいよ差し迫ったからであろうか。
ここで初めてキサラギは、それまで見せたことのない動きを見せた。

マミ「お、お願い、止まってよ! ミキミキーーーーーっ!」

ミキ『……!』

リッチェーンが遠心力をフルに使って蹴りを放った、その瞬間。
それまで防御にしか使われなかったキサラギの腕の拳が握られ、
向かってくるリッチェーンの脚へと振り抜かれた。
瞬間、轟音と衝撃が大気を震わせる。
それはキサラギが初めて味方へ向けた拳であった。

が、それでも。

ミキ『……やっと反撃したと思ったら、その程度? こんなのじゃ、全っ然足りないの!!』

ぶつかりあったまま止まっていたリッチェーンの脚が加速し、
拳を弾かれたキサラギはバランスを崩す。
そこへ一回転したリッチェーンの蹴りが追撃し、
あえなくキサラギは背中から転倒した。

初めの不意打ちから数えて、二度目のキサラギの転倒。
これを高みから直接見下ろしていたのが、マコトとヤヨイである。
アミたちの争う様子をしばらく静観していたマコトだが、
倒れたキサラギにリッチェーンが再び馬乗りになろうとしたところで、
初めてヤヨイに指示を出した。

マコト『今だ、ヤヨイ』

ヤヨイ「わかってます!」

聞くが早いか、待ちかねたとばかりに急降下を始めるヤヨイ。

どちらかが明らかに優勢になったと同時に劣勢になった側の機体を破壊し、
直後にもう一体も破壊する。
無尽合体の猶予を与えないよう手早く、徹底的に……。

そう予定していた計画を遂行すべく、ヤヨイは今動き出した。
この機を逃す手はない。
できればキサラギを先に破壊したいと思っていた自分たちにとって、
これは好都合以外の何ものでもないのだから。

みるみるうちに地上との距離は狭まり、
キサラギとリッチェーンはあっという間にヤヨイの操る怪ロボットの射程圏内に入った。
既にリッチェーンはいわゆるマウントポジションに入っており、
仰向けに横たわるキサラギを見下ろしている。

ヤヨイはリッチェーンの背後から、キサラギの頭部へと照準を定める。
大丈夫、自分はいつもの自分だ。
引き金を引けないことなど、もう二度とあるはずはない。
無意識下ではあったが、ヤヨイはそう言い聞かせて引き金に指をかけた。
しかし、ぐっと力を入れようとしたその瞬間。

ミキ『邪魔しないで!!』

拡声されたミキの声が、ヤヨイの指を止めた。
そしてそれに対しヤヨイが何か反応を返す前に、

ミキ『攻撃するのは決着がついてからでいいでしょ!?
  今はミキが戦ってるんだから、お前たちはただ見てればいいの!』

言い終わると、ミキはまるでヤヨイたちなど居ないかのように、
キサラギに対しての攻撃を開始した。

その様子をマコトは微かに眉根を寄せて見下ろす。
アミたちだけではない、マコトにとってもミキの意図するところは不明であった。
それは当然ヤヨイも同様である。

しかし、ミキの言動を受けてヤヨイが抱いたものは疑問だけではない。
言いようのない何かが胸の奥底をじわりと締め付けたのを、ヤヨイは感じた。

ヤヨイ『おい、無視してんじゃねぇよ! 大体どういう意味だ!?
   邪魔するなだと!? そんな指示を受けるいわれはないね!』

ミキ『いいから邪魔しないで! ミキがアミとマミの相手をしてるんだから!』

まるで口喧嘩のように言い合っているこの間にも、
ミキはキサラギへの攻撃を止めようとはしない。
そして自分を全く相手にしようとしないミキの態度を見て、
ヤヨイの感じる締めつけは更に強まっていく。

自分を無視しようとする相手への苛立ち。
それは確かにあった。
しかしかつてのヤヨイであれば、ミキの言葉など無視して直ちに攻撃していただろう。
そして相手の愚かさを笑っただろう。

が、今のヤヨイの頭にはその選択肢そのものが無かった。
何か黒く複雑なものが、胸の中央からヤヨイの内蔵を圧迫する。
ただ当のヤヨイはその感覚と単なる苛立ちとの違いには気付かずに、
昂ぶる感情のままに言い合いを続けようとする。

ヤヨイ『ハン! 何を馬鹿なことを言ってんだ!
    勝手に仲間割れを始めたお前に、こっちは親切にも力を貸してやろうと……』

しかし次の瞬間――
ヤヨイの言葉を遮って発せられたミキの声が聞こえた瞬間。
酷く濁った、酷く純粋な感情が、ヤヨイのすべてを飲み込んだ。

ミキ『ヤヨイの力なんか必要ない! だからすっこんでて!』

   “お前は必要ない”

ミキの口から出たこの言葉は、
一瞬の間にヤヨイの頭の中を何度も、何度も駆け巡った。

   『でも、新型機を乗りこなした上に武器の強化案まで考えてるなんてすごいよね!』

   『ミキミキって、リッチェーンの開発時からパイロットやってたの?』

   『ううん、アミたちと一緒だよ。今日会ったのが初めて』

頭が痛い、気分が悪い、吐き気がする。

   『今日初めて乗ったのに、あんな上手にキサラギを受け止められたの!?』

   『上手じゃないの。お昼寝の最中じゃなかったら、もっと早く対応できてたって思うな』

ミキは初めて乗った機体をあんなにも完璧に乗りこなした。
さすがは期待のエースだ、本当にすごい。
もうすぐにでも十分以上にアミたちの手助けができるだろう。
きっとアミとマミも、ミキの助けを必要としてる。
そう、ミキの力を、みんな必要としてる。
でも、それじゃあ…………

    “お前は必要ない”

――ぷつりと、何かが切れる音がした。

ミキ「っあ……!?」

瞬間、異常音と同時に激しい衝撃がリッチェーンを襲った。
コクピット内の計器が光と音を発し、危険を知らせる。
だが知らされるまでもなく、ミキはその目ではっきりと見た。
リッチェーンの胸部の突き出た巨大な二本のニードルを。
それは背後から突き刺さり、そして装甲を貫いたものであった。

アミマミ「ミ……ミキミキ!」

目の前でその瞬間を見たアミたちは同時にミキの名を呼ぶ。
しかしミキがその呼びかけに反応するより先に、
あらゆる負の感情に満ちた叫び声が大気を震わせた。

ヤヨイ『……っざけるなぁぁぁぁぁぁぁ!!』

直後にリッチェーンは、真横から凄まじい勢いで吹き飛ばされた。
それが怪ロボットの体当たりによるものだと、アミとマミは遅れて気付く。
そしてビルを破壊しながら転がり力なく横たわるリッチェーンを、
元凶たる怪ロボットは全身から唸り声のような駆動音を響かせて見下ろしていた。

ヤヨイ『私が必要ないだと!? ふざけるんじゃねぇよ!
    私の方が上だ! 上なんだよ! お前なんかより私の方が上なんだ!
    誰がお前なんかにっ……お前なんかに負けてたまるかぁぁぁぁぁぁぁぁ!!』

我を忘れたように絶叫しながら、ヤヨイは倒れたリッチェーンに向けて火炎を撒き散らす。
あまりに単調な攻撃であったが、リッチェーンは僅かに体を起こすばかりで、
その場から動くこともできずに炎の熱に耐えることしかできない。
それを見てアミとマミは、胸部を貫くニードルによって
リッチェーンの機体のうち駆動を司る部分が大きく損傷してしまっていることを知った。

マミ「ヤ……ヤヨイっち、やめて!」

アミ「助けに行かなきゃ……! キサラギ!」

   『くっ……!』

先ほどまでの争いなどなかったかのように、アミたちは友人を助けに向かおうとする。
しかし起き上がったキサラギが一歩踏み出した直後にマミが叫んだ。

マミ「!? キサラギ、止まって!」

マミがキサラギを止めた理由を、アミは聞かなかった。
聞くまでもなく気付いたからだ。
キサラギが踏み出した足から前方数十メートルの地点に、誰か居る。
すっと背筋を伸ばして佇む姿。
美しく整った涼やかな顔立ち。
そして全身に纏う雰囲気に、
アミたちは一目見てそれが逃げ遅れた一般人などではないことに気付いた。

マミ「誰!? ハルシュタインの仲間!?」

アミ「そうでもそうじゃなくても、そこをどいて! 踏み潰されても知らないよ!」

こうしている間にも、ミキはヤヨイによって痛めつけられている。
だが焦りを隠さないアミたちに対して、その麗人は、静かに口を開いた。

マコト「どくわけにはいかないよ。無尽合体でもされれば面倒だからね」

やはりハルシュタインの仲間だった。
アミたちは眼下に立つ美しい少女に、改めて敵意を込めた瞳を向ける。
すると少女はその敵意に応えるように、

マコト「ハルシュタイン近衛師団長、マコト。
   君たちの相手は僕が引き受けさせてもらう」

そう言って片足をすっと引き、格闘家のような構えを取った。

アミとマミは、そんなマコトに眉をひそめて怪訝な表情を向ける。
この敵は何をしているんだ?
どう見ても生身だし、武器を持っているようにも見えない。
見た目にはただの人間だ。
にもかかわらず、巨大ロボに対して格闘の構えを見せるなど、ふざけているとしか思えない。

マミ「どかないならまたいで行っちゃうからね!」

アミ「私たちを止めたいなら怪ロボットに乗って出直してきて!」

二人の意思を受けて、キサラギはマコトの頭上を越えようと大股に脚を踏み出す。
しかし次の瞬間、
踏み出した足裏に強い衝撃を受けて弾かれ、キサラギの体がぐらりと揺れた。
思わず声を上げてステアにしがみついたアミたちの目に、信じがたい光景が映る。

アミマミ「え……!?」

ちょうどキサラギの脚が弾かれた辺りに、マコトが片足を上げて浮遊している。
いや、正確には浮遊というよりは、跳躍したその名残で宙に留まっていたのだ。
まるで、自らを踏み越えようとしたキサラギの脚を蹴り上げたかのように。

だが直後にアミたちは、その“まるで”が現実であったことを知る。

落下し始めたマコトは空中で姿勢を変えたかと思えば、後方へと脚を蹴り出した。
すると、大地を蹴ったかの如くマコトの体がキサラギに向かって急加速した。

アミ「!? キ、キサラギ!」

   『くっ……!』

咄嗟にアミはキサラギにガードの体勢を取らせる。
同時に凄まじい音と衝撃がアミたちを襲い、キサラギの巨体は宙を舞って地面に激突した。
マコトの二度目の蹴りが、キサラギを吹き飛ばしたのだ。

マコト「……戦場で僕の姿を見た者の反応は、二種類に分かれる。
   武器を持たない僕に油断するか、君たちのように怪訝に思うか。
   だけど今まで一度だって、僕が生身で居る理由を初見で見抜いた者は居ない」

軽やかに着地したマコトは燃え盛る街並みを背にして、
仰向けに倒れたキサラギと、アミたち向けて歩みを進める。
これまで戦ったどの敵よりも小さいその姿から、
しかしどの敵よりも恐ろしい威圧感をアミたちは感じ取った。

マコト「僕が武器も持たず怪ロボットにも乗らない理由はただ一つ……。
    こうして僕自身が戦った方が強いからだよ」

マコト「さて、念のため聞いておこう。キサラギのパイロット、アミとマミ。
   今ので力の差が分からないほど君たちは愚かではないはずだ。
   大人しく希煌石と希照石を渡してはくれないか?
   もうこうなった以上、『命だけは助けてやる』なんてわけにはいかないけど、
   抵抗をやめるなら安らかに眠らせてあげることを約束しよう。
   女の子が苦しむ姿を見るのは、あまり好きじゃないんだ」

マコトの言うとおり、
これまで積み重ねてきた戦いの経験がアミたちに教えていた。
この敵はまず間違いなく、キサラギ単機で勝てる相手ではない。
タカネを柔とするならばマコトは剛、
戦い方は違えど、強さの度合いのみをはかるなら恐らくタカネと同格……。
いや、タカネをすら上回るかも知れない。

自身が戦い、そして勝つことでその地位まで上り詰めたであろう実力を、
アミたちはたった二発の蹴りで十全に理解した。
だが、それでも……二人の瞳に灯った炎が消えることはない。

マミ「敵のくせに、なかなかカッコイイ台詞、言ってくれるじゃない……」

アミ「でもそっちだって、私たちの返事が分からないほどバカじゃないよね……!」

マコト「……そうだね。君たちがもう少し賢いことを願っていたけれど……残念だよ」

マミ「希石は渡さないし、私たちはヤヨイっちを止めなきゃいけないんだ!」

アミ「お前のこともハルシュタインのことも、私たちが倒してやる!
  それで、全部終わらせる! これが最後の戦いだ!」

やはり涼やかな表情を崩さないマコトを睨みつけ、二人は体に力を入れる。
それに呼応するように、キサラギが挙動する。

アミ「希煌石全開!」

マミ「行っけぇぇぇぇぇぇ!」

アミマミ「キサラギィーーーーーーーー!!」

   『くっ……!』

キラブレを掲げた二人の叫びを引き連れ、キサラギは立ち上がる。
そして握りこんだ拳をマコトに向けて、力の限り振り下ろした。

それを見て、マコトは初めて表情に戦意を宿す。
希煌石の輝きを見、迫る拳を見……
マコトがキサラギを “敵”として認識した瞬間であった。

マコト「はああああっ!」

悠然と構えた先ほどとは違う、
空気の震えがアミたちにまで伝播するほどの掛け声と共にマコトは半身を引いて拳を握る。
そして自身に迫り来る巨大なキサラギの拳に向けて真正面から正拳を突いた。

瞬間、衝撃は周囲の大気が瓦礫を吹き飛ばし砂塵を巻き上げる。
だがキサラギの挙動はそれだけで終わらない。
間髪入れずもう一方の拳を振り上げ、

マミ「吹き飛べぇーーーーーーっ!!」

衝撃の止まぬ内に、横殴りにマコトの体を打ち付ける。
そうして、瞬きする間もなくマコトは数10メートルの距離を飛び、
既に外壁の崩れたビルへと勢いよく突っ込んだ。

アミ「今だ!」

直後にキサラギは、ミキとヤヨイのもとへ駆け出した。
奇跡的にマコトの隙を付けたが、あれで決着がついたはずもない。
全力の拳が直撃した以上ダメージはあるだろうが、まだ敵は動けるはずだ。
そして間違いなく、もう二度とこう上手くはいかない。
これが二人のもとへ駆けつける最初で最後のチャンス。
ヤヨイを止めてミキを助け、リッチェーンと無尽合体をしなければ。

……二人は決して油断していたつもりなどない。
マコトの実力を認めていたからこそ、ミキたちの元へ向かうことを優先したのだ。
だがその直後にアミたちは思い知る。
その判断こそがまさに、“油断”であったのだと。

  「――っ!?」

マコトから視線を外し僅か数歩を踏み出した直後、
キサラギの体はまたしても宙を舞った。
自ら飛翔したわけでは、もちろんない。
胸部の装甲がひしゃげ、ひびが入る音を聞きながら、
アミたちはキサラギと共にまたも地面に激突した。

マコト「なるほど……確かにイオリから受け取ったデータの通りだ。
   キサラギの出せるパワーは、操者の精神状態で大きく変動するらしい」

肩についた埃を払いながら話すその姿を見て、アミたちは愕然とした。
マコトはまだ動けるどころか、ダメージらしいダメージをほとんど受けていなかったのだ。
と、表情から二人の心情を察したか、マコトは淡々と続ける。

マコト「ああ、自信を失うことはないよ。
   希煌石の力は我が主君でさえ認めている素晴らしい力だ。
   それに正直に言ってパワーの振れ幅は予想以上だった。
   仮に直撃していたなら僕も無傷というわけにはいかなかっただろう」

……つまり、キサラギの拳は直撃などしていなかった。
完全に不意をついたと思った攻撃も、対処されていたのだ。
目に見えぬほどの速さで防御したか、それとも自ら跳んで威力を殺したのか……
何をされたのかは分からないが、ただ一つはっきり言えることがある。

マコト「君たちは、吹き飛んだ僕に追い打ちをかけるべきだった。
   そうすればまだ、万が一にも僕に勝てる可能性はあったかも知れない。
   だけどたった今……その僅かな可能性も消えた」

絶望が具象化したかのような漆黒のオーラを身に纏ったマコトの姿。
それが、アミとマミが鮮明に覚えている彼女の最後の姿となった。

今日はこのくらいにしておきます
続きは多分明日か明後日くらいに投下します




ヤヨイ「――はあ、はあ、はあ……! ククッ、アハハハハハ……!」

呼吸を整えようともせずヤヨイは笑い声を漏らす。
その視線の見下ろす先にあるのは、燃える町に横たわるリッチェーン。

ヤヨイ『ざまぁみろ……! どうだよ、ホラ! 私の方が上じゃないか!
    何が防衛軍期待のエースだ、笑わせてくれるよ!』

戦いという名の一方的な蹂躙のさなかずっと続いていた
ヤヨイの挑発じみた叫びは、今もまだ終わることはない。
心の中に蓄積された毒をすべて吐き出すように、ヤヨイは叫び続けている。

ヤヨイ『ちやほやされて調子に乗りやがって!
    でもこれでわかったろ!? 私の方が――』

ミキ『やっぱり……ミキの、思ってた通りなの』

ヤヨイ『……あン?』

消え入りそうなミキの声であったが、それははっきりとヤヨイの耳に届いた。
この状況に似つかわしくない、
まるでこうなることを見透かしていたとでも言うようなミキの発言に、ヤヨイは眉根を寄せる。
だが発言の意味を問おうとしたヤヨイを遮るようにミキは続けた。

ミキ『ヤヨイは、ミキのことが嫌いなんだよね?
  でも、どうしてそんなに嫌いなの……?』

ヤヨイ『ハッ、何を言うかと思えば……。さっきから言ってるだろ!
   エースパイロットだかなんだか知らないが、
   お前が私より上の立場で居るつもりなのが気に食わないんだよ!』

ミキ『どうしてミキより上で居たいの?
   ミキよりも強かったら、どんないいことがあるの?』

ヤヨイ『はぁ? そんなの……』

そこでヤヨイの口はぴたりと止まった。
そうだ……どうして自分はこれほどまで、ミキよりも強いことに固執しているんだ?

敵対する相手よりも強くありたいという気持ちは、これまでも当然あった。
しかし今の自分の感情はそれとはまた違う。
『敵より強い』ことを望んでいるんじゃない。
『星井ミキより強い』ことを、今の私は望んでいるんだ。
どうして?
ミキより強いことに何の意味がある?
どうしてミキへの対抗心をこれほどまでに燃やしているんだ?

ミキ『……ほらね。ミキの思った通りだったの』

ヤヨイ『何、を……』

ミキ『でもね、ミキだって負けてないよ。負けるつもりなんてないの』

ヤヨイ『は……はぁ!? な、何言って……まだ自分の方が強いって言いたいのか!?
   どう考えたって私の勝ちだろうが!?』

ミキが言っているのはそういうことではない。
そのことはヤヨイも分かってる。

ヤヨイは……既に気付いていた。
ミキが言おうとしていること。
自分の胸を締め付ける感情の正体。
全て気付いていた。

ヤヨイ『い、意味がわからないね! お前が何を言ってるのかさっぱりだ!
   勝負は私の勝ちさ! 今更お前が何を張り合ってるのか、さっぱりわからないよ!』

だがそれでも気付かないふりをヤヨイは続ける。
認めたくないからだ。
それを認めてしまえば、それまでの自分を捨ててしまうことになる。
ハルシュタイン近衛隊としての自分、裏切りと策謀の闇の天使としての自分を、
捨て去ってしまうことになる。

だからヤヨイは気付かないふりをする。
しかし、次いで静かに紡がれたミキの言葉は、
決してそれを許しはしなかった。

ミキ『ミキ、負けないよ。だってミキもヤヨイと同じくらい、
   ううん、それよりもっともっと――』

――ミキの言葉を聞き、目を見開いて硬直するヤヨイ。
しかし直後、その耳に破壊音が届いた。
ヤヨイは反射的に背後を振り向いて音の正体を確認する。

それは、キサラギが打ち倒された音だった。
まず瞳に映ったのは仰向けに横たわるキサラギの姿。
そしてそれを踏みつけるようにしてヒビの入った装甲の上に立つ人影。
その人影は両腕に何か大きなものを持ち、掲げていた。
自分の体ほどもある大きなそれは……

アミ「あ、ぐぅ……」

マミ「……っ、ぁ……!」

喉元を掴まれて持ち上げられたアミとマミ。
スター・ツインズとして超人的な身体能力を手にしたはずの二人が
まるで赤ん坊のように完全に無力化されている。
そんな目を疑うような光景を実現しているのが、
他でもない、ハルシュタイン近衛師団長マコトであった。

マコト「チェックメイトだ……終わらせよう」

そう呟いてマコトはアミとマミの体を軽々と空中へ放り、
なすすべなく落下する二人を見据えて構える。
痛みを感じる間もなく絶命させられるほどの一撃を放つために。

……しかし、その一撃が双子の命を絶つことはなかった。

マコト「っ!?」

マコトの体が一瞬で姿を消し、
誰も居ないキサラギの装甲の上に、アミとマミはただ落着した。
直後二人の耳に、ただでさえ曖昧な意識をさらに遠のかせるほどの、
頭が割れそうな轟音が響き渡る。
だが実際にはその音はアミたちの意識を遠のかせることはなく、はっきりと覚醒させた。

アミ「えっ、な、なに……!?」

しかしそれでも二人には状況が理解できなかった。
ぼんやりとした意識の中で見たあの瞬間が見間違いでないならば……
いや、見間違いではない。
現に今、それを証明する光景が目に映っているのだから。

マミ「ヤ、ヤヨイっち!? 何を……!」

そこにあったのは、ニードルを連射するヤヨイの姿。
そう、つまりマコトを吹き飛ばしたのはヤヨイの射出したニードルであり、
ヤヨイは今もマコトに猛追をかけているのである。

時間にすれば僅か数秒の出来事ではあったが、
その間に発射されたニードルの数は数え切れない。
やがて全ての弾を撃ち尽くしたか、
ヤヨイの乗る怪ロボットは宙に浮いたまま沈黙し、周囲を束の間の静寂が包んだ。

マミ「ヤ……ヤヨイっち、もしかして助け……」

ヤヨイ『ぼさっとしてんじゃねぇよ! 目が覚めたならさっさとキサラギを起こしな!』

アミ「えっ……?」

ヤヨイ『いいから早くしろ! マコトがあの程度で――』

瞬間、砂塵の中から小さな影が飛び出し、
今度はヤヨイの機体を真横に吹き飛ばした。

マコト「……どういうつもりだい、ヤヨイ。言い訳は用意してるかな?」

吹き飛ぶ機体に取り付き、
穏やかな声と表情の中に怒りを宿して問いかけるマコト。
そんな彼女に対し、ヤヨイは不敵に表情を歪めた。

ヤヨイ「おかしなことを聞くね……!
   私は裏切りと策謀の闇の天使! 言い訳なんてそれで十分だろ!」

マコト「そうか……。なら、閣下に裁定を下してもらう必要はないな」

長らく宙を舞っていたヤヨイの機体はやがて建造物をなぎ倒しつつ地面に落着した。
マコトはハッチを踏みつけて足元のヤヨイを見下ろす。
対するヤヨイはコクピット内からマコトを見上げたまま、不敵な笑みを崩すことなく言い放った。

ヤヨイ「ハン……! 無理するんじゃねぇよ、団長様。
   お前の強さはよく知ってるけど、私のニードルだってそう安くはない。
   外面は相変わらずキレイなままだが、中身はそうはいかないはずだよ!」

マコト「……そこまで分かっているなら、
   現状キミが僕に勝てる可能性がどれほどかも分かってるんじゃないかな?」

次の瞬間、マコトの貫手がハッチのガラス部分を貫いた。
そして金属が擦れ合い砕ける嫌な音と共にハッチが機体から引き剥がされ、
コクピットが外気にさらされる。

マコト「弾を撃ち尽くした怪ロボットに乗った裏切り者一人、
   今の僕でも屠るのは容易いよ」

今や両者の間に隔てるものは何もない。
マコトはむき出しとなったヤヨイの体に向けて、拳を握り込んだ。
遠くから、アミたちの叫びとキサラギの足音が聞こえる。
だが双方、互いから目を離すことはない。
この後の未来はもはや確定しており、
そこにアミとマミの介入する余地はないと知っているからだ。

かつてヤヨイは、マコトと互角以上の力を有していたこともある。
だがそれは過去の話。
近衛師団長としての地位を築き上げたマコトの力は既にヤヨイの遥か上を行き、
そんなマコトの拳が今、振り抜かれようとしている。
それはまさしく、はっきりと形を持って現れた“死”であった。

だが、そんな脅威を目の当たりにしてもヤヨイの表情はピクリとも動かない。
ただただ不敵な笑みを浮かべ、マコトを見続けている。
この表情を見て、マコトは察した。
自分と相手が思い描いている未来が違うということを。

マコト「……まさか」

その一言は、爆発にも似た怪ロボットの駆動音にかき消された。

地表のすべてを置き去りにし、
ヤヨイの乗る怪ロボットは凄まじい速度で上昇を始める。
その勢いに然しものマコトも体勢を崩し、
機体に片手をかけて振り落ととされぬようしがみついた。

ヤヨイ「さすが……! 私の狙いに気付いたみたいだね!」

マコト「ヤヨイ、キミは……!」

ヤヨイ「ああそうさ! このまま本艦に突っ込んで自爆してやる!
   巻き添えが嫌なら逃げな! 別にお前の命が目的じゃないからね!
   それに私を殺しても無駄だよ! もう誰にも止められやしない!」

しかしヤヨイは、マコトが決して逃げないことを知っていた。
なぜなら自分の目的は、本艦の格納庫。
つまりハルシュタインの専用機“ハルカイザー”の破壊であるからだ。

一度ハルシュタインが搭乗すれば無敵の機体となる巨大ロボも
無人のままではただの鉄の塊となんら変わりなく、
ヤヨイの自爆による破壊は可能である。
そしてマコトはそれに気付いているからこそ、絶対に逃げない。

ヤヨイ「ごめんなさい、閣下……。今回は、今回だけは……地球を諦めてください」

呟いたヤヨイの声は、ハルシュタインに届くことはない。
同じくマコトにも、ハルシュタインが今ハルカイザーに搭乗しているか、
自爆による攻撃を防ぐ手段はあるか、確認する手段は無い。

いや、仮にあったとしても、
文字通りすべてのエネルギーを燃やし尽くしながら推進するヤヨイの機体は、
本艦への激突までにそんな僅かばかりの猶予すら与えなかった。
ヤヨイの目的が成るまでの秒数を数えるのに、今や片手の指すら余る。

ハルカイザーが破壊されたからと言って、そのまま敗北につながるわけではない。
それ以外にも無人怪ロボットの軍勢を率いているし、
そうでなくとも一度退いて機体を作り直しさえすれば地球侵攻の継続は可能である。

だが、マコトの忠誠心はハルシュタインの勝利に傷が付くことを許さなかった。
主の分身とも言える愛機が破壊されることを知りながら、
我が身可愛さに背を向けて逃げ出すことを、決して許しはしなかった。

マコト「そうは……させるかぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

凛とした涼やかさという仮面の下に潜んでいた激情が、
主君の誇りが傷付けられようとしている現実に際し、吹き出した。
急上昇により全身にのしかかる重力を振り払うようにマコトは立ち上がる。
そしてヤヨイの機体に向け、横側から全力の蹴りを放った。

ヤヨイ「うあっ……!」

その衝撃に、ヤヨイの体は大きく揺さぶられる。
だがそれで終わりではない。

マコト「はああああああああああああっ!!」

二発、三発、四発と、次々と蹴りが繰り出され、
その威力は全エネルギーを以て突き進む巨大ロボの軌道を、少しずつ変えていった。
しかし、巨大ロボの片翼が折れ、本体にヒビが入り、
もはや破壊直前となった頃……マコトの表情が苦痛に歪んだ。
いつからか、口の端からは血が流れ始めている。
そしてその僅かな隙を、闇の天使は見逃さなかった。

ヤヨイは機体に残されたもう一つの翼を操り、
マコトの体を抱きかかえるようにして捕捉する。

ヤヨイ「どうやら私が思ってたより、ダメージは大きかったみたいだね……!」

そして二人はそのまま、怪ロボットごと本艦の外壁へと激突した。
衝撃を受けてコクピット内に体を打ち付けられ、
マコトと同じように痛みに顔を歪めるヤヨイであったが、それでも口角が下がることはない。

ヤヨイ「元々の軌道からはかなりそれちゃったけど、まぁいいや……。
    お前を道連れにできるんなら、悪くない」

マコトの目に映ったその笑顔は今まで彼女が見せたことのないものだった。
それは目の前に居るマコトではなく、
遠く離れた誰かに向けられているような、そんな笑顔で、

ヤヨイ「……じゃあね」

その一言を最後に、ヤヨイの笑顔は光と爆炎に包まれた。

ちょっと少なめですが今日はこのくらいにしておきます。
続きは多分今週中には投下します。

飛翔したキサラギよりなお高い遥か上空での爆発が、
大きく見開かれたアミとマミの瞳に映った。
遅れて爆音が耳に届く。
その時になって、二人はあの爆発の意味するところを理解した。

間に合わなかったのだ。
多分……いや間違いなく、ヤヨイは自分たちのことを助けてくれた。
だからすぐに、マコトに反撃されたヤヨイを助けに行こうとした。
でも、間に合わなかった。

ヤヨイの自爆は格納庫の破壊には至らなかったものの、一定以上の効果は上げていた。
巨大な宇宙船は黒煙を上げながら高度を下げていく。
地表へと侵攻すべく自ら降下していた先ほどまでとは違う、
明らかに飛行機能を失っての墜落であった。

だが今のアミとマミには、それを喜べるはずもない。
ヤヨイを救えなかった自らの無力に、
アミはステアに額を押し付けて涙を流し、
マミはただ呆然と爆煙を眺め続けることしかできなかった。

しかしその時、マミが声を上げた。

マミ「ア……アミ! あれ!」

ただならぬ声色がアミの顔を上げさせる。
するとマミの視線と指の指し示す方を見たアミの表情が、がらりと変わった。
崩落する宇宙船の外壁に混じって何かが落下している。
二人はそれが小型の脱出艇であると一目見て理解した。
あの黒煙から現れた脱出艇に乗っている人物と言えば、一人しかいない。

アミマミ「ヤヨイっち……!」

同時に叫んだ二人は、互いの意思を確認する必要すらなかった。

アミ「キサラギ! すぐにあそこに行って!」

マミ「ヤヨイっちを助けるんだ!」

   『くっ……!』

空中で静止していたキサラギは、コマンドを受けて猛然と飛翔する。
小型艇はただ落下するばかりで、
搭乗者が少なくとも操縦可能な状態にはないことは明らかである。

キサラギと小型艇、両者の距離はみるみる縮まり、
接触の直前でキサラギは空中でブレーキを踏むように急停止した。
そして落ちてきた小型艇を、衝撃を加えぬようそっと両手で掴み取る。
見ればハッチは開け放たれており、
コクピットにぐったりと座り込んでいた人物はまさしく、ヤヨイであった。

マミ「ヤ……ヤヨイっち! 大丈夫!?」

アミ「怪我してる……! 待っててね、今救助隊の人たちを呼ぶから!」

キサラギをゆっくりと下降させつつ、
アミとマミはヤヨイをコクピットの外へと運び出す。
ヤヨイは、爆炎による火傷や
飛び散った破片による傷を負ってはいたものの、いずれも軽微。
気を失っているようだが呼吸は落ち着いており、
素人目には命に別状はないように見えた。

奇跡的に脱出が間に合ったのか、
それとも本当に奇跡が起きて偶然助かったのかは分からない。
だがとにかくヤヨイは生きていた。
ヤヨイの生存を確認したマミは、次いでインカムに向けて話しかける。

マミ「ミキミキは大丈夫!? 怪我してない!?」

ミキ『……うん、平気だよ』

アミ「良かった……! すぐ行くから、もうちょっとだけ待っててね!」

ヤヨイもミキも、無事であった。
その事実にアミとマミは嬉し涙を滲ませて顔を見合わせる。

やがてキサラギはゆっくりと地面に降り立つ。
ちょうどそれと同時に、アミからの救助要請を受けた防衛軍の非戦闘機が現着した。

マミ「救助隊のみんなにはマミが説明しとくから、
  アミはキサラギと一緒にミキミキの様子を見てきて!」

アミ「わかった! 行くよ、キサラギ!」

  『くっ……!』

キサラギがミキのもとへ走り去るのを見送るマミの背後から、
担架を持って下りてきた隊員たちが駆け寄る。
そして要救助者の顔を見て、隊員たちは目を見開いた。
そこに居たのはかつて自分たちを騙した、ハルシュタイン軍の一員だったからだ。

そんな隊員たちにマミは必死な表情で、
ヤヨイが敵に歯向かって自分たちの命を救ってくれたことを訴える。
だが隊員たちの反応は、マミの予想の外であった。
彼らは訴えを最後まで聞くことなく、ヤヨイを担架に乗せ始めた。
つまり、敵であるヤヨイの救護へと即座に動き出したのだ。

それは敵であろうと救える命は救いたいという救助隊員としての使命からかも知れないし、
ヤヨイに捕虜としての価値を見出したのかも知れない。
細かな心情や理由は分かりかねるが、
ともかくも隊員たちがヤヨイを治療してくれることを知り、マミは安堵の表情を浮かべる。
しかし当然安心している場合などではない。
事態は今も進行中なのである。

マミ「アミ、ミキミキはどんな――」

緩みかけた表情を引き締め、インカム越しに状況を問おうとした。
が、マミの言葉は、その続きが出ることはなかった。

マミ「っ!? うそ、なんで……!?」

マミを襲ったのは突然の衝撃と轟音。
思わず閉じた目を開いた先に居たのは、地面に倒れ伏したキサラギの姿であった。
そして……離れた距離に立っているリッチェーン。
キサラギがリッチェーンによって吹き飛ばされたのだとマミが理解するまで、
多くの時間は要さなかった。

マミ「み……みんな、早く行って! ここはマミたちがなんとかするから!」

マミは救助隊員たちを振り返って叫び、
隊員たちが駆け出したのを確認したのち、倒れたキサラギに向けて跳躍する。
そしてステアに掴まり、リッチェーンを見据え続けるアミに問いかけた。

マミ「アミ、どういうこと!? ミキミキ、まだおかしなままなの!?
  っていうか、リッチェーンはもう動けないんじゃなかったの!?」

アミ「そんなのアミだって聞きたいよ!
  近付いた途端、いきなり立ち上がって攻撃されて……!」

マミと全く同じ混乱の色を浮かべるアミ。
と、インカム越しにミキの声がぽつりと聞こえた。

ミキ『……なんで、あの子のこと助けたの?』

マミ「え……? あ、あの子って、ヤヨイっちのこと?」

ミキ『ヤヨイはハルシュタインの仲間なんだよ? 人類の敵なんだよ?
  ミキだって、こんな酷い目に遭わされたのに……なんで助けたりなんかしたの?』

アミ「で、でも、もう違うよ! ヤヨイっちは、もう人類の敵じゃないんだよ!」

ミキ『まだそんなこと言ってるの!? 前だってそう言って裏切られたのに!?』

マミ「今度こそ本当だよ! ミキミキだって見てたでしょ!?
  ヤヨイっちは私たちのことを助けてくれたじゃない!」

ミキ『そんなの、信用できないよ……!
  防衛軍を油断させるための作戦かも知れないし、また裏切るかも知れないの!』

アミ「そんなことない! ヤヨイっちはもう、私たちを裏切ったりなんかしないよ!」

侃々諤々、両者は互いに一歩も譲らずに激しく主張をぶつけあう。
だが、次にアミたちのインカムから流れたのは、
唐突に消沈したような、呟くようなミキの声だった。

ミキ『……そっか、わかったの』

一瞬、アミたちはミキが理解してくれたのだと思った。
しかし次の瞬間に、それはあまりに楽観的な思い込みであったのだと、
二人は考えを改めることとなる。

ミキ『アミも、マミも……人類の敵だったんだね』

マミ「ちっ……違うよ! お願いミキミキ! 私たちを信じて!」

アミ「ヤヨイっちも私たちも、敵なんかじゃ……」

と、アミの言葉は詰まった。
不意にリッチェーンの顔が、アミたちから視線を外すように動いたのだ。

二人は反射的にその視線を追う。
するとその先にあったのは――ヤヨイを乗せて飛び去るヘリだった。

ミキ『……人類の敵は、みんなまとめてミキが倒すの』

聞こえたその声に、二人は全身の産毛を逆立たせてミキを振り向く。
見れば、いつの間にかリッチェーンの巨体が見たことのない光に包まれていた。
そしてそれは徐々に、リッチェーンが構えたモーニングスターへと集約されていく。

アミ「な、何……? 何をする気なの、ミキミキ!?」

その声にミキは答えない。
だが答えずとも、アミもマミも既に理解していた。
リッチェーンは伸長した鎖を掴み、その先に連なる巨大鉄球を揺らす。
振り子のように揺れる鉄球はやがて、唸り声のような轟音を立てて回転を始めた。
眼前に立ちはだかる敵と、逃げ去る敵を打ち砕くために。

マミ「ま……待ってよミキミキ! あそこには防衛軍の人も居るんだよ!?」

アミ「今攻撃したらあの人たちまで巻き添えになっちゃうよ! ねぇミキミキ!!」

しかしやはりミキは答えない。
どころか回転はますます勢いを増し、光は強度を増していく。
このパワーが攻撃として放たれた時、
ハンマーはキサラギの体を粉砕し、そのまま後方を飛ぶヘリもまとめて破壊してしまうだろう。
この時、アミとマミの脳裏に、ミキの言い放った言葉が蘇った。

   『少なくともあと一週間……。基地の地下に隠れて、特訓を続けるの。
   そうすればきっと、ミキたちはもっと強くなれる』

   『仕方ないの。確かにたくさんの人が傷つくだろうし、
   地球もボロボロになっちゃうと思う……。
   でもハルシュタインを倒すにはもうこれしかないの』

ミキは、ハルシュタインを倒すためには人類の犠牲も厭わないと言った。
そして今その言葉通りに、罪のない隊員も搭乗するヘリを、
自分たちごと撃墜しようとしている。
ハルシュタイン軍の一員である、ヤヨイを始末するため……。

それはアミたちからすれば、あまりにも歪んだ正義感。
かつて地球を守るためハルシュタインに命をかけて立ち向かったミキの姿とは
似ても似つかないその姿に、二人は胸を強く締め付けられる。

宇宙を支配せんとするハルシュタインを倒すために、
有象無象の惑星の一つに過ぎない地球を犠牲にするのはやむを得ないと言う考えもあるかも知れない。
しかしいつだったかミキは言った。
自分は地球のみんなを守りたいのだと。
みんなの未来を守り、夢を守りたいのだと。
そう言ったミキの瞳は熱く燃え、そこに宿るミキの正義は、
何よりも強く気高く、格好よく見えた。

だがその正義が今、歪に形を変え、敵ではない者にまで振りかざされようとしている。
これがなされてしまえばもう、取り返しがつかない。
かつて自分たちに勇気を与えてくれたあの時の正義が、
友人や罪のない人の命と共に、消え去ってしまう。

ミキ『じゃあね……。バイバイ、みんな』

光をまとった鉄球が、キサラギと、ヘリへと向けて放たれた。

マミ「やめて……! やめてよミキミキーーーーーーっ!!」

アミ「関係ない人たちを……ヤヨイっちを傷付けないでーーーーーーーっ!!」

瞬間、泣き声にも似た二人の叫びが響き渡る。
だがそれは決して泣き声などではなかった。
叫びに呼応して、キサラギは大きく挙動した。
唸りをあげて全身を捻り、そして……鉄球へ向けて拳を振り放ったのだ。

ミキ「っ……!」

それを見て、ミキは目を見開いた。
キサラギの放った拳は、彼女が今まで見たどんな一撃よりも、
速く、重く、強い意志の込められた一撃であった。
罪のない人を守るため、自分たちを救ってくれた友を守るため、
そして、共に戦った親友の正義を守るため。
キサラギは――アミとマミはこの時初めて、
仲間に対して全身全霊で拳を振るったのだ。

アミとマミは来たる衝撃に備え身を固くする。
が、拳と鉄球が触れ合ったその刹那……
リッチェーンの発する光が衝撃ごと三人を飲み込んだ。




ミキ『――全部、わかったよ。タカネが言ってたこと。
  なんでミキにあの話をしたのかも、全部……』

タカネ『……そうですか』

ミキ『ミキはナノ族の生き残り。
  そして、ミキの中に宿ってるのが……希魂石《スピリジェム》」

タカネ『……』

ミキ『タカネは、知ってたんだね。だからそのことを教えようとして……。
  でも、教えられなかったんだね。希魂石を使うっていうことは、
  ミキの命を使うっていうことだから。……タカネって、優しいんだね』

タカネ『優しい、などと……そのようなことはありません。
    忘れているのならあわよくば思い出しはしないかと……
    そんな打算のもとに、私はアルテミスの話を持ち出したのですから』

ミキ『でも、タカネがミキのことを心配してくれたことには変わりないの。
   ありがとう、タカネ』

タカネ『星井ミキ、貴女は……』

ミキ『大丈夫。もう覚悟は決まったから。ううん……本当は最初から決まってたの。
  だってミキは、地球を守るために命をかけるって、決めてたんだもん。
  だから怖くなんかないよ。
  それにミキはこれからも希魂石として、ずっとアミたちと一緒に居られる。
  そうやって考えたら、ただ戦って死んじゃうよりずっといいの』

タカネ『……真、強き方です。私は貴女のことを心より、尊敬いたします』

ミキ『あはっ☆ ありがとうなの。ただ……できれば、祈ってて欲しいな。
  ミキ、これから色々アミとマミに酷いことしちゃうと思うから……。
  演技とか、ちゃんとできるように祈ってて』

タカネ『はい……。精一杯、祈らせていただきます』

ミキ『うん。……それじゃ、もう行くね。さよならなの』




光は、目を焼き尽くさんばかりの強烈さと、暖かく体を包み込む優しさを以て、
アミたちの視界を覆い尽くした。
それはあの時と同じ……食堂で希煌石と希照石が発したものと同じ光だった。
だが今回は、あの時とは違った。

アミとマミは、すべて理解した。
この光の正体を。
ミキがこれまで抱え続けていた想いのすべてが、
光の中から直接、二人の意識の中へと染み入ってきた。

やがて光は収束を始め、アミたちの眼前へと光球となって浮遊する。
二人の腕に装着された希煌石は淡く煌き、
マミが懐から取り出した希照石は、辺りを優しく照らし出す。
そして彼女たちの眼前に浮かぶ光球は二つに分かれ、
アミとマミの胸の内へ吸い込まれるように入っていった。

抱えきれなかった光が漏れ出すかのように、二人の体がぼんやりと光る。
しかしやがてその光は徐々に薄れ、そして消えた。
いや、消えたのではない。
光は今や、アミとマミのものになり、彼女らの内側に完全に収まったのだ。

ミキ『……やっぱり、二人とも優しいね』

その声に我に返り、二人は目の前のリッチェーンへと目を向ける。
インカムから聞こえた声は消え入りそうな、
しかし二人のよく知るミキの声であった。

ミキ『誰かをやっつけるためじゃなくて、
  誰かを守るために、本気を出せる……。実に、アミとマミらしいの』

ぐらりと、リッチェーンの体が揺れた。
そして力尽きたように腰から崩れ落ち、
尻餅をついてそのまま背中から地面に倒れた。

アミマミ「ミキミキ!」

コクピットを覗き込むように、キサラギはリッチェーンの横に膝をつく。
眼鏡を模したパーツの向こう側にミキの姿が見える。
体のあちこちに擦過傷を作り、衣服も破れてボロボロになったミキは、
それでも優しい笑みを、アミとマミに返した。

ミキ「ごめんね……。ミキ、考えるのってあんまり得意じゃないから、
  こんな方法しか思いつかなくて……本当に、ごめんね……」

謝るミキに、アミもマミも何も返すことはできない。
問いかけることもできない。
すべて理解していたから。
ミキのこれまでのすべてを、理解していたから。

ミキ「三希石最後の一つ希魂石はミキの命そのもの……。
  これでキサラギは真の力を発揮できるの……」

……希魂石は、希石同士のぶつかり合いを経て具現化される。
希魂石の力を用いるには、全力で力をぶつけ合う必要があった。
だが、優しいアミとマミは、自分に対して本気で攻撃することなどできない。
ならばどうするか。

演じるのだ。
悪を、敵を、狂気を、全力で演じ、アミとマミにぶつけるのだ。
そうでもしなければ、この力を二人に授けることはできない。
そうでもしなければ、二人を守れない。
そうでもしなければ……ミキの大好きなものを、守れない。

ミキ「……あなたたちに地球の運命は……託したの……」

いつしかキサラギはリッチェーンを抱き抱えていた。
アミとマミはコクピット内に入り、ミキの手を握っている。

ミキはもう、動かなかった。
優しさと強さをたたえた笑みを浮かべたまま、
ともに戦った相棒の中で眠っていた。

相棒とは、リッチェーン。
そして、アミと、マミ。
二人は今確かに、自身の中にミキを感じていた。
そしてそのことが厳然たる事実として伝えていた。
ミキが文字通り命をかけて、自分たちにすべてを託したことを。

きっとミキなら、自分など放っておいてすぐに戦いに行くべきだと言うだろう。
悲しんでいる暇などないと急かすだろう。
でも、今この時だけは。

アミとマミは親友の手を握り、名を叫んだ。
両眼から溢れる涙を止めることなく、一切の感傷を吐き出すように。

今日はこのくらいにしておきます。
続きは多分日曜日に投下します。
無理なら月曜か火曜に投下すると思います。




天井や壁は崩落を始め、どこか遠くから、近くから、爆発音が聞こえる。
周りを囲むすべてが激しく揺れ動き、
もはや墜落が時間の問題であることは火を見るより明らかである。

そんな巨大宇宙船内部を、点々と赤い雫を残しながら歩く人影があった。
脇腹を抑え、脚を引きずり、それでも彼女は歩みを止めない。
そうしてたどり着いた先に、黒衣の少女は立っていた。
色のない表情でモニターを眺める黒衣の少女は、背後の気配にゆっくりと振り返る。

二人は目が合い、崩落の音をすら上塗りするほどの沈黙が流れる。
だがその沈黙を、黒衣の少女の静かな一言が破った。

ハルシュタイン「マコト……イオリ……。お前たちの忠誠に敬意をもって応えよう」

マコト「ハルシュタイン閣下……」

この場に居ないイオリの名を出したのは、自身が口にした通り敬意の表れであったのか。
しかし変わらず表情らしい表情を見せないハルシュタインと向き合い、
対するマコトの表情は色を変えた。
それは懺悔とも、後悔とも見える、どこか穏やかな顔。
だがその顔はハルシュタインにはほんの一瞬しか見えず、

マコト「唯一の心残りは、宇宙の闇より深いあなたの孤独を……
    癒せなかった……こと……」

片膝をつき、視線を落としたマコトは、そう言い残して倒れ伏した。
じわじわと広がっていく血だまりを、ハルシュタインは一言も発さずに見下ろし続ける。

ハルシュタインは、何を考えているのだろう。
これも彼女の見通した通りであったのか。
ヤヨイとマコトを出撃させなければ、この結果は訪れなかったのだろうか。

  『いずれにせよ、結果は同じだ』

あの時ハルシュタインが言い放った言葉の真意は、今となってはもはや知る由もない。

イオリの放った使者は捕らえられ、イオリ自身は自害した。
タカネも敗れ、ヤヨイは裏切り、マコトもたった今、絶命した。
この本艦もそう長い時を経ずに墜落する。
今や自分に残されたのは怪ロボットの軍勢と、愛機ハルカイザーのみ。

――充分だ。

倒れたマコトから目を逸らし、踵を返したハルシュタイン。
その口元は、笑っていた。

何も変わりはしない。
宇宙を支配すれば、全てが我が手中に収まるのだ。
戦力をいくらか失ったところでさしたる問題ではない。
そうだ、私は全宇宙の神となるべき存在、ハルシュタイン。
私以外の存在など、取るに足らぬ有象無象に過ぎないのだ。

だがそんな私でも希石は欲しい。
私の目的を前にして立ちふさがることは、何人たりとも許さない。
だからこそ、何度でも言おう。

ハルシュタイン「芥の如き地球人どもよ……。
      畏れ、ひれ伏し、崇め奉りなさい!」

――拡声されたハルシュタインの声は、地表の二人の少女にはっきりと届いた。
そして同時に、巨大宇宙船の一部が爆発を起こし、
中から大量の飛行怪ロボットが放たれる。
その数は十や二十では済まされない。
幾百もの軍勢が今、あらん限りの破壊を尽くそうと空を覆い尽くそうとしていた。

地上は荒れ、空は赤く燃え上がり、
圧倒的な戦力を見せつけられた終末の光景……。
そこに響き渡る支配者の声。
そして、それを見上げる双子の姿。

以前にも似た光景があったかも知れない。
だが、その時とは明らかに異なるものが一つ。
二人の見上げているものが黒い月ではなく、怪ロボットの軍勢であること?
違う。
金髪のエースパイロットとその愛機が居ないこと?
違う。

以前訪れた終末の光景との最も大きな違い、それは……
見上げる戦士たちの表情であった。

  風は天を翔けてく
  光は地を照らしてく
  人は夢を抱く
  そう名付けた物語
  行こう arcadia・・・

語りかける二人にキサラギが返したのは、“歌”だった。
かつて涙を流した時と同じように、キサラギの口から歌が流れ出てくる。
だが以前のような悲しげな歌ではない。
二人の……否、三人の想いに応える、熱く、烈しい歌。
アミとマミは天空を仰ぎ見て、怪ロボットの軍勢を睨みつけた。

アミ「受け取ったよ、ミキミキ……。これが、ミキミキが感じてた想いだったんだ」

悲しみはもう無い。
あるのはただ一つ、闘志のみ。
大切なものを守る優しさだけではなく、
大切なものを傷つける敵を打ち倒す、強い意志。
心の奥底から燃え上がる熱情を、アミとマミは今確かに感じていた。

マミ「でも分かってるよね、アミ……このままじゃ勝てないって」

アミ「マミだって分かってるよね? じゃあどうすればいいかって」

マミ「わかってるよ……。ミキミキは、そのために私たちに力を託してくれたんだ!」

あ、すいませんレス一個飛ばしましたやり直します

アミ「……待っててね、ミキミキ。
  すぐ戻って、もっと綺麗でのんびりできるところでお休みさせてあげるから」

マミ「だからそれまで……ここで私たちの戦い、見ててね」

そう言い残して、二人は地面に横たわるミキの元を離れた。
跳躍し、瓦礫の上へと着地する。
そのすぐ背後にはビルに背を預けて腰を下ろすキサラギの姿があり、

マミ「……また、泣いてるんだね」

ゴーグルの隙間から、あの時と同様に液体が流れていた。
その液体の色は、炎の色を反射してか赤く染まっているように見える。

アミ「今度は私たちにも分かるよ……。悔しいんだよね。
  あいつらに好き勝手にされて、悔しくて泣いてるんだよね……!」

マミ「勝ちたいよね、キサラギ……!」

二人は顔を見合わせ、頷き合う。
そしてキラブレを掲げて叫ぶ。

マミ「あいつらを倒す方法はただ一つ……! オーバーマスターしかない!」

アミ「見せつけてやる! 私たちの力を……地球の力を!」

地響きが轟いてきたのはその直後であった。
二体の巨大ロボがこちらへ向けて真っ直ぐに駆けてくる。
基地のある方向から迫るそのロボは、アズサイズとユキドリル。
全力のキサラギすら上回りかねないほどの速度であったが、
距離を考えれば、基地を発ったのはもっと前だろう。
恐らくは三希石が揃い、アミとマミの心に闘志が灯った頃には既に、
二機はキサラギの元へと駆け出していたのだ。
希石の力と、アミたちの意志に引き寄せられるように。

アミとマミは同時に瓦礫の上から跳び、向かい合わせに降り立つ。
そして二つのキラブレを合わせるように互いに手を取り、

アミ「これが……」

マミ「キサラギの……!」

アミマミ「最終形態ぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!!」

キサラギのゴーグルがぎらりと光り、
アミとマミを持ち上げるように地面ごとすくい上げる。
その挙動に同調するように、リッチェーンが立ち上がった。
巨大な機体が瞬時に展開され、互いのパーツ同士が組み合わされる。
一瞬後に完成したのは、
かつてのハイパーキサラギとはまた異なった形状のキサラギであった。

だがそれも今は途中経過に過ぎない。
次いで肉薄するのはアズサイズ。
イオリの残したプログラムにより、
怪ロボットであるにも関わらず敵意を顕にした表情でこちらへ向かってくるアズサイズに、
キサラギは勢いよく片手を伸ばす。
また同様にもう一方の手をユキドリルに向けて伸ばし、
それぞれの手が触れた瞬間、勢いよく展開され、組み合わされる。
敵だったもの、味方だったもの、全てを自らの糧としていく。

――これこそが無尽合体。
三希石によりキサラギの真の力が今、解放される。
右肩に全てを貫くドリルを、左肩に全てを切り裂くサイズを、
そして両腰に、全てを打ち砕くハンマーを。
最強の力を得た“オーバーマスター・キサラギ”が今、完成した。

アミ「希煌石! 希照石! 希魂石! 全ッ! 開ッ!」

マミ「いっけぇぇぇぇ! キサラギィーーーーーーーー!」

瞬間、キサラギの左肩から生えるように突き出た複数の刃が音を立てて射出される。
天に向かって放たれたその攻撃、
標的はもちろん、今まさに破壊活動を始めた飛行怪ロボットの軍勢である。

そして……その瞬間を、ハルシュタインは目撃していた。
自分の周囲を飛ぶ怪ロボット達が回転する刃によって両断され、一気に爆散した瞬間を。

ハルシュタイン「!」

同時にハルシュタインにも刃が襲いかかるが、
ハルシュタインの搭乗する怪ロボット“ハルカイザー”は、
空中で体を捻り紙一重でそれを躱した。
躱された刃は弧を描いて、主の元へと帰還する。

全ては僅か数秒の出来事。
幾百もの怪ロボットの軍勢は既になく、
そこにはただ二機の巨大ロボが相対するのみとなっていた。

ハルシュタイン「ククッ……フハハハハハハ……!」

だが、自軍を壊滅させられたハルシュタインの表情は
これ以上ない愉悦に歪んでいた。
堪えきれないというように喉奥から漏れ出した笑い声は、
標的である希石が揃って目の前に現れたことへの喜びゆえか、
それとも本気で戦うことのできる相手を見つけたことへの高揚ゆえか。

ハルシュタイン『素晴らしい……待っていたぞ、キサラギ!
      三希石の常軌を逸したその力……! それがもうすぐ私の手に入るのだ!』

マミ「馬鹿言わないで! この力は、正義の力だ!
  みんなが託してくれた、大切なものを守るための力だ!」

アミ「お前なんかが使っていい力じゃない!
  私たちは、この力でお前を倒す! ハルシュタイン!!」

ハルシュタイン『クククッ……そうでなくては面白くない。では、戦いの準備と行こう……!』

言い終わると、ハルカイザーは背中の両翼を勢いよく広げる。
攻撃が来る、とアミたちは身構えたが、
次いで聞こえたのは意外な言葉だった。

ハルシュタイン『慌てるな、“準備”と言ったろう? 場所を移そうじゃないか。
      この星が傷つくことを気にしてはお前たちも本気が出せまい」

これを聞き、アミとマミは思わず眉根を寄せる。
罠か、あるいは侮られているのか、その両方か。
いずれにせよ、この提案に素直に従ってよいものか、アミたちははかりかねた

ハルシュタイン『罠ではないし、お前たちを侮っているわけでもない。
      寧ろ逆だ……尊敬しているんだよ。ゆえに、私は本気のお前たちと戦いたい。
      当然今ここに居る私も幻影などではない、私自身だ。
      全身全霊、全てをかけて戦うことを私は望んでいる』

まるで心を読んだかのようなハルシュタインの言葉に、
アミたちは驚いて目を見開いた。
しかしすぐに表情を改め、最大の警戒心を込めた声色で答える。

マミ「……それ、信じられると思ってるの?」

ハルシュタイン『信じられないというのならそれでいい。
      その時は我々の戦いに巻き込まれ地球が破壊されるだけだ。
      尤も、お前たちが敗北すればいずれにせよ破壊は免れんがな』

ハルシュタイン「さぁどうする、キサラギのパイロットよ。
      この私が最大限の敬意を表したのだ。そろそろ答えを聞かせてもらうぞ」

待ちきれないというように返答を促すハルシュタイン。
アミとマミはちらと互いに目配せする。

確かにハルシュタインの言う通り、ここで戦えば地球そのものが巻き込まれてしまう。
たとえ罠であったとしても、今はハルシュタインの言葉に従わざるを得ない。
しかし根拠はないが、ハルシュタインが今発した言葉は全て本心であると、
二人の判断は共通していた。

マミ「わかった、信じるよ。場所を移そう……私たちが、本気で戦える場所に」

ハルシュタイン『ああ、それでいい……』

満足気な声が響き、同時にハルカイザーは急上昇を始める。
それは巨大宇宙船へ向けて突進するヤヨイに匹敵する速度であったが、
今のキサラギは容易にハルカイザーの後ろへ付け、同じ速度で上昇していった。

二機の巨大ロボはあっという間に大気圏を突破し、地球の重力を脱出した。
コクピット内のアミとマミは、モニターに映し出された地球の姿を見る。
赤く燃えていた終末の光景がまるで夢の中のものであったかのように、
地球は青々と美しくそこにあった。

だが、夢ではない。
この地球の一部には今もなおあの光景が広がっている。
そして自分たちがハルシュタインに負ければ、
それがこの美しい星を覆い尽くしてしまうのだ。

マミ「ハルシュタイン……一つだけ聞かせて。
  お前はどうして全宇宙の神なんかになりたいの?
  宇宙を支配して、どうしたいって言うの?」

アミ「たくさんの人を傷付けてまで、そんなことをしなきゃいけない理由があるの?」

対峙するハルカイザーに向かってアミとマミは静かに問いかける。
これは、二人にとってのラストチャンス。
争わず平和的に事態を解決するための、最後の機会。
この機を逃せば、後に残されるのは戦闘による解決のみである。
ゆえにアミたちは、最後の最後に僅かな希望をかけて問いかけた。

だが、それで解決できるのなら事態はここに至ってはいない。
インカム越しに聞こえたのは当然、アミたちの言葉を嘲笑う声であった。

ハルシュタイン『今になってそんな瑣末なことを知ってどうする?
      しかしまあ、教えてやらないでもない。私に勝てば……な』

キサラギは地球を、ハルカイザーは月を、それぞれ背にして対峙する。
宇宙の無重力空間内においてはもはや上下など無いに等しいが、
それでもハルシュタインは愉悦に歪んだ笑みを浮かべ、キサラギを見下ろしている。
そんなハルシュタインを見上げ、アミとマミは最後の覚悟を決めた。

アミ「わかった……。じゃあ、お前を倒してゆっくり聞かせてもらうことにするよ!」

マミ「行くよキサラギ……! 希煌石全開!!」

  『くっ……!』

宇宙空間にあっても、キサラギの“声”は二人の意志を受け止めて力強く響き渡った。
希石が輝きを増したのを見、ハルシュタインは歓喜に打ち震える。

ハルシュタイン『さあ、始めようか……。宇宙の命運をかけた闘いを!』

そうしてハルカイザーは光剣を出現させ、
それを合図に戦いの火蓋が今、切って落とされた。




ヤヨイ「……」

初めに目に映ったのは真っ白な天井。
視線を横にずらすと、白い壁。
大きな窓と、その向こうの部屋。

体を起こすとふと手首辺りに違和感を覚える。
視線を落とした先にあったのは、
何かベルトのようなものが付けられた自分の手首。
ベルトの先はベッドに繋がっている。

この辺りで、ようやく事情が掴めた。
自分はどういうわけかあの自爆から生還し、
そして地球防衛軍に保護されたのだ。
多分そこには、あの二人が一枚噛んでいるに違いない。
自分を助けたか、防衛軍に自分の保護を要請したか、あるいはその両方か。

しかし、ということは自分は目標を達成できたわけだ。
取り敢えずマコトの手からアミとマミは逃れることができ、生存したのだ。
その事実にあからさまに安堵してしまう自分が居る。
だがもう否定しない。
自分はあの二人を助け、そして、助けられたことに喜んでいる。

  『……ほらね。ミキの思った通りだったの』

ミキの言葉が蘇る。

  『でもね、ミキだって負けてないよ。負けるつもりなんてないの』

  『ミキもヤヨイと同じくらい、ううん、それよりもっともっと――』

あの時のミキが何を言っていたのか。
ああ認めるよ、否定のしようがない。
そうさ、お前の言うとおりだ。
私は……

  『アミとマミのことが大好き。一番の親友で居たいって、思ってるの』

と、視線の端に何かが見えた。
無機質な机の上に置いてあったそれはあまりにもこの場に不似合い。
カラフルな装飾に彩られた小さめの紙袋が、ぽつんと置いてある。
その横には小さな、メッセージカードが二つ。

  “ヤヨイっちへ”

丸みを帯びた文字が目に入り、それが何なのか察した。
大方、防衛軍の誰かに頼んでここへ届けさせたんだろう。
目が覚めた自分がすぐ見つけられるように。
少しでも早く、これを自分に届けられるように。

ヤヨイ「……ほんと、笑えてくるよ」

誰へともなく呟き、ヤヨイは目を閉じる。
それからゆっくりと開かれた瞳には、静かな炎が灯っていた。

こんなところで休んでいる場合じゃない。
命があるならやれることがある。
やるべきことが、自分にはまだあるのだ。

今日はこのくらいにしておきます。
変なミスしてすみませんでした。
続きはできれば金曜までには多分投下します。




マミ「――いっけぇぇぇぇ! ハイパーユキドリル・ストリーーーーーーーム!」

アミ「まだまだぁ! ハイパーアズサイズ・サイクローーーーーーーン!」

  『くっ……!』

二人のコマンドを受け、キサラギは双肩からドリルと刃を射出する。
ドリルの回転は竜巻のごときエネルギーを発生させ、
その奔流にアズサイズの巨大鎌を複数乗せて放たれる複合技――
一度飲み込まれれば粉微塵に切り裂かれる暴風はうねりを上げてハルカイザーへと向かっていった。
しかしハルカイザーはそれを、まるで初めからわかっていたかのように易々と躱し、
かと思えば凄まじい機動でキサラギへと斬りかかる。
そしてその斬撃を、キサラギも即座に防ぐ。

もはや何度繰り返されたか分からない攻撃の応酬に歯噛みするアミとマミ。
対してそんな二人の耳には、興奮を隠そうともしないハルシュタインの声が聞こえ続けている。

ハルシュタイン『素晴らしい、素晴らしいよキサラギ……。
      我がシュタインソードをこれほどまでに受けきった者は初めてだ……!」

ハルシュタイン『これこそが希石の力……! これがどれほどのことか理解しているか、地球人よ!
      三希石が揃えばこの私に匹敵することができるのだ。
      だからこそ、全力を以て求める価値もあるというもの……!』

しかし昂揚するハルシュタインに対し、アミとマミの表情は強ばっていた。
機体の力では間違いなくこちらの方が上。
であるにもかかわらず、有効な攻撃を一度たりとも与えられていない。
いやそれどころかこの戦いの中でアミたちの攻撃はハルカイザーに、
全く、かすりさえしていなかった。

ハルシュタイン『フ……攻撃が当たらないのがもどかしいか?』

アミマミ「……!」

ハルシュタイン『当然だろう。今のキサラギの攻撃は
      ハルカイザーの防御をすらいとも容易く打ち破る。避ける以外に手はあるまい。
      つまり、貴様らは誇るべきなのだ。この私に回避という選択を取らせていることをな』

やはり高みからキサラギを見下ろし続けるハルシュタインではあるが、
アミたちにはそれを気にする余裕はない。
少し前から浮かび上がり始めた一つの懸念が、今まさに確信に変わりつつあった。

口に出していない自分たちの心情にハルシュタインが反応するのは、これが初めてではない。
そして、今やハルカイザーを凌ぐスピードを持つはずの
キサラギの攻撃がまるで当たらないという事実。
このことから考えられる可能性、それは……

マミ「多分、間違いないよアミ……。ハルシュタインは……人の心が読めるんだ」

アミ「っ……だから、攻撃も全部よけられるってこと……!?
  そうなの、ハルシュタイン!?」

ハルシュタイン『さあ、どうだろうな。それを知ったところで何か変わるのか?』

アミマミ「ッ! キサラギ!」

と、ハルシュタインは言葉を言い終わらないうちに突如挙動し、
超高速でキサラギに肉迫して斬りかかる。
だがそれにアミたちは対応し、リッチェーンハンマーで斬撃を受け止め、弾いた。

ハルシュタイン『そう……何も変わりはしない。私はお前たちの攻撃を全て躱し、
      お前たちは私の攻撃を全て防ぐ。その繰り返しだ」

ハルシュタイン『だがこれで理解しただろう……今お前たちが手にしている力の素晴らしさを!
      この私と互角に戦えていることが、どれほどのことなのか!』

ハルシュタインの言う通り、アミとマミは改めて、
三希石によって目覚めたキサラギの力を実感していた。
ハルシュタインが読心能力を持っていたとして、
それを最大限に生かす操縦技術と機体性能を、彼女とハルカイザーは備えている。
そんなハルシュタインと対等に戦えているのは、
希石とキサラギの力のおかげと言う他ない。
そしてその実感は、これはハルシュタインが意図したことだろうか――
アミとマミの闘志を、更に激しく燃やすこととなった。

マミ「……そうだね、よく分かったよ。
  私たちは、ますます絶対に負けられないっていうことが……!」

アミ「じいちゃんがくれたキサラギと希煌石、
  ヒビキンが預けてくれた希照石、ミキミキが託してくれた希魂石……!
  みんなの力のおかげで、今の私たちがあるんだ!」

マミ「だから負けない……! 私たちは、絶対に負けたりなんかしない!!」

アミ「お前が心を読めるって言うんなら、読めないようなことをしてやる!
   読まれたって反応できない攻撃をしてやる!」

アミ「今は互角だって言うんなら、私たちはその上を行く!
   どれだけ時間をかけても、絶対にお前を倒す!」

ハルシュタイン『ククッ、ハハハハハハハハ! そうか、ならば超えてみせろ!
      この私の力を……お前たちの全てを懸けてな!』

次の瞬間、ハルカイザーが今までにない動きを見せた。
光剣シュタインソードを消失させ、
力を込めるように空いた両腕を胸の前で交差させる。

アミ「何……? 何をする気!?」

マミ「わかんない! でも気を付けて!」

何らかの攻撃に備え、アミとマミはハルカイザーを凝視する。
するとハルカイザーは交差させていた両腕を勢いよく開き、
同時に胸元辺りから、漆黒の球体が飛び出てきた。

アミ「……黒い、月……?」

自分たちとハルカイザーとの間に浮かぶ、
全てを飲み込む黒さと完全なる球形を持ったそれは、
かつての“黒き月”や“月の涙”を彷彿とさせた。
しかしサイズはそのどちらとも明らかに異なり、ハルカイザーの頭部ほどしかない。
ハルカイザーよりふた回り以上大きい今のキサラギからすれば更に小さく感じる。

ハルシュタイン『――行け』

と、その黒球が突如動いた。
キサラギの頭上を越え、少し離れた背後でぴたりと止まる。
つまりキサラギは、ハルカイザーと黒球に挟まれる形となった。

マミ「アミ!」

アミ「わかってる!」

マミの合図で、アミは手元を操作すると同時に視線をモニターに向ける。
そうして、マミはハルカイザーを、アミは黒球を、
それぞれ分担して注視し続けた。

だがそんな二人に届いたのは、やはり意外な言葉。

ハルシュタイン『心配せずとも私はもう何もしない……。
      お前たちは、あの黒き球にのみ気を付ければ良いのだ』

マミ「何……?」

ハルシュタイン『“どれだけ時間をかけても倒す”とお前たちは言ったな。
      しかし生憎、私はあまり気の長い方ではない……。
      いつだったかと同じだよ。加速度的な展開を望ませてもらおう』

先ほどまでと違う、微かにではあるが息を切らしたようなハルシュタインの声に、
アミとマミは様子を伺うように目を細めて眉を潜める。
しかしそれも束の間。
二人の目は驚愕に大きく見開かれた。

アミ「!? なっ……!」

マミ「なに、これ……!?」

黒球が、突然膨張した。
人型怪ロボットの頭部ほどの大きさであったそれは、
一瞬のうちにオーバーマスター版キサラギすら軽く超えるほどのサイズに膨らんだのだ。
アミたちの目には、まるで宇宙空間内にぽっかりと巨大な穴が空いたように見えた。
だが二人が真に驚いたのはその膨張にではない。
膨張の直後、キサラギの機体が大きく揺れ、
真っ黒な穴に吸い込まれるように動き始めたのだ。

ハルシュタイン『そう、まさしく“穴”だよ……!
      その空間は私とハルカイザーの全エネルギーを以て生み出した、
      一度飲み込まれれば私自身でさえ脱出のかなわない重力のるつぼだ!』

キサラギごと引きずり込まれる二人の耳に、
これまでで最大の昂揚を見せるハルシュタインの声が響く。
モニターに映し出された空間の内部では、
黒より更に深い闇を纏った数多の奔流が触手の如く、獲物を捕らえようとおぞましく蠢いていた。

ハルシュタイン『キサラギの機体が重力の奔流に引き裂かれた時、私は空間を解除しよう。
      そうして、残された希石をお前たち諸共回収させてもらおう!
      だがもし脱出が叶った時は、それはお前たちが私を上回った時……!
      さあキサラギ、脱出してみるが良い! 私の力を超えるのだろう!?』

ハルシュタインが全精力を注ぎ込み作り出した、闇の渦巻く空間。
光をすら捻じ曲げるというブラックホールの如き深淵。
そのあまりに深い闇はアミたちだけでなく、地球からも確認できるほどであった。
目で、または全身の感覚で、地表の者は闇の出現を感じ取り、上空を見上げる。
そしてその闇が今、地球の希望を飲み込もうとしていた。

マミ「キ……キサラギ! 脱出だ!」

アミ「希煌石全開!!」

   『くっ……!』

コマンドと共にアミたちは操縦桿を倒し、全力で闇の重力から逃れようともがく。
だが、止まらない。
ほんの僅かに減速するばかりで、キサラギの機体は後退を続ける。
渦巻く闇が、怨嗟の声を上げてキサラギを取り囲もうとしていた。

空間内部では、重力そのものが具象化したのだと感じるほどの
エネルギーの塊がうねり、猛っている。
それは直接触れても居ないのに常軌を逸した力でキサラギを空間の中心へと引きずり込んでいく。
直接触れ、捕まってしまえば、ハルシュタインの言う通り、
荒波に飲まれた小舟さながらに引き裂かれてしまうだろう。
アミたちは声を上げて必死に力を振り絞った。
しかしついに、キサラギの大きく突き出た両肩の先、
つまりアズサイズとユキドリルによって主に構成された部分が、奔流の一部に捉えられた。

がくん、と機体が大きく揺れる。
同時に危険を知らせる警報がコクピット内に響き渡った。

アミ「こ、このっ! 離せ! 動け……!」

マミ「駄目っ……このままじゃバラバラになっちゃう!
  無尽合体を解除するしかないよ! アズサイズとユキドリルを切り離そう!」

アミ「え!? で、でもそれじゃ、キサラギのパワーが……!」

マミ「このまま解体されちゃうよりはずっといいよ!」

こうしている今も、キサラギの両肩、またそれに連なる腕はミシミシと悲鳴をあげている。
マミの言う通り、このままでは解体は必至であった。

アミ「っ……キサラギ! 無尽合体解除! リッチェーンだけを残して!」

   『くっ……!』

キサラギが“声”を上げ、機体が展開する。
そしてそれと同時に、猛獣の群れに放たれた餌のように、
解放されたアズサイズとユキドリルの巨体は重力の波に飲まれ、闇へと消えていった。

こうしてキサラギは、リッチェーンと無尽合体した姿であるハイパーキサラギの形態となり、
アミとマミはリッチェーンのコクピット内に収まる形となった。
大きく突出した部分を切り離したことで、うねる奔流に捕まりづらくはなっている。
だが当然ではあるが、アミが懸念した通りパワー自体はぐっと落ちることとなる。
ハイパーキサラギはそれまでを上回る速度で、空間の深奥へと引きずり込まれ始めた。

パワーの落ちたキサラギがこのまま闇への飲み込まれるのはもはや必定。
外から眺めるハルシュタインでなくとも、誰しもがそう思うであろう。
しかし、アミたちは諦めなかった。
眉間に皺を寄せ、歯を食いしばり、
激しく揺れる機体の中、ただ真っ直ぐに前方のみを見据え続けている。

マミ「私たちは負けられないんだ……! このまま飲まれたりなんか、するもんか!」

アミ「諦めない! 絶対にっ……!」

だがそれでも、ただ諦めないだけでなんとかなる状況では、既にない。
こうしているうちにもハイパーキサラギは後退を続け、確実に終焉へと向かっている。
もはや周囲に光はほぼなく、完全なる闇に囲まれつつあった。

しかし、その時。

アミマミ「え……!?」

マミの体が強い輝きを放った。
いや正確には、その輝きはマミの懐から放たれていた。
それは、希照石の光。
そのことに気付いたと同時に、アミとマミの頭に、“声”が届いた。

 ヒビキ『お願いだ、希照石……。アミたちに、力を貸してあげて……!』

それは、希望を託してくれた者の声。

 タカネ『どうか、お願い致します。
    地球に勝利を……彼女の覚悟に見合う成果を、どうか……』

かつて敵であった者の祈る声。

ヒビキやタカネだけではない、
これまでアミたちが出会った者や、会ったことのない者まで、
地球人類たちの全ての“声”が、二人の頭に、心に響く。
そして希照石の光は二人の体を包み、キサラギの機体を包み込んだ。

希照石は、声を伝える希石。
その神秘の力がアニマの巫女ヒビキの祈りを受け、
他の希石と共鳴して力を増幅させていった。
力とは地球人類たちの声であり、想いであり、夢であり、未来であり、希望である。

希照石の放つ眩い希望の光は周囲の闇すらも照らし、
空間を抜けてハルシュタインの目にまで届いた。
光を目にした彼女の表情に浮かんだ色は、如何なるものであったか。
しかし今のアミとマミはそのようなことは気にも留めていない。
希照石の光に包まれた二人の心にあったのは、ただただ希望と、感謝の一念であった。

アミ「ありがとうヒビキン……ありがとうみんな……!」

マミ「希照石も、ありがとう……! 私たち、力出てきたよ!」

アミ「行けるよね、キサラギ! これで百人力……ううん、百億人力だ!」

   『くっ……!』

アミマミ「希照石全開!! 進めぇぇぇぇ!! キサラギィーーーーーーーー!!」

光を纏ったハイパーキサラギの後退の速度が、見る見るうちに現象していく。
抗うことすらできないと思われた凶悪な重力から、アミたちは確かに逃れ始めていた。
そうして遂にハイパーキサラギの機体はぴたりと静止し、
それから徐々に、前進を始めた。

ハルシュタイン「……希照石が、他の希石の力を引き上げている……」

空間の外で、誰へともなく呟くハルシュタイン。
先ほどのように重力の渦に捕らわれれば容易く止められてしまうような、
そんな辛うじての前進であったが、
ハルシュタインはハイパーキサラギから一瞬たりとも目を離そうとはしなかった。
ユキドリルとアズサイズを失ったキサラギが、
そうであるにもかかわらず、失う前以上のパワーを発揮しているのだから。

アミ「これが私たちの、力だ……! 地球のみんなの力だ!」

マミ「そこで待ってろ、ハルシュタイン! 
   こんな空間、すぐに抜け出してやる……! そうなれば、私たちの勝ちだ!」

少しずつ、しかし確実に、
空間の出口までの距離と共に勝利へと近付きつつある。
目前の勝利へと手を伸ばすように
アミとマミはハルシュタインに向けて言葉を投げた。

……が、その時。

アミマミ「っ……!!」

ハイパーキサラギの機体が揺れた。
伸ばした手が背後から掴まれたような感覚に、アミたちは息を呑む。
咄嗟にモニターを確認すると、
そこに映っていた光景は二人の表情を強く歪めさせた。
ハイパーキサラギの下半身――
リッチェーンの機体が組み込まれている部分が、
脱出目前というところでまたも重力の触手に捕らえられてしまったのだ。

ハルシュタイン「勝利を口にするには……少し早かったな」

ぐんと機体が引かれ、ハルシュタインとの距離が再び遠のいた。

アミ「そんな……!? せっかくここまで来たのに……!」

マミ「このままじゃ、また引きずり込まれちゃう……!」

オーバーマスター版のキサラギを以てして逃れ得なかった、重力の触手。
希照石により力が増したとは言え、直接捕らわれてしまえばやはり抗いようはない。
逃れるためにはただ一つ、ユキドリルやアズサイズと同様に、
リッチェーンも切り離してしまうより他に方法はない。
だが、一度目には即座に決断したアミとマミは、苦悩に顔を歪ませた。

二人は迷っていた。
リッチェーンは、キサラギと共に戦い続けた言わば戦友であり、相棒である。
何よりミキの亡き今、彼女が地球のために戦ったことの証明であり、象徴でもある。
そんなリッチェーンを捨石のように切り離すことに、
アミとマミは強い抵抗を感じていた。

迷っている暇などない。
切り離すのなら今切り離さなければ、キサラギが引き裂かれてしまう。
だが、コクピット内が警告灯の明かりと警報で満たされる中、
二人は未だ決断できずにいた。

アミ「嫌だ……! できないよ、リッチェーンを捨てるなんて!
  そんなの、ミキミキを捨てちゃうみたいなものだもん……!」

マミ「お願い、頑張ってキサラギ! なんとか脱出して!
  ミキミキのためにリッチェーンを守って! お願い……!」

ミキを失った悲しみを一度は乗り越えたアミたちではある。
しかし今の二人にとって、リッチェーンを失うことは
もう一度ミキを失ってしまうこととほとんど変わりはなかった。
だから彼女たちは、リッチェーンを捨てようとはしない。
なんとしてもリッチェーンを地球に返すのだと、必死に抗った。

しかしそんな二人の祈りを嘲笑うかのように、
触手の如き重力の奔流はずるずるとキサラギの機体を空間深奥へと引きずり込む。
いや、その前に他の触手に捕まり、無残に解体されてしまうだろう。
もはや希照石の放つ光も虚しく、闇の中へと葬り去られようとしていた。

――“声”が聞こえたのは、その時だった。

  《大丈夫。ミキならもう、あなたたちと一緒に居るわ》

アミマミ「え……?」

静かであったが、警報にかき消されることなく聞こえた。
それは、聞いたことのない声。
二人は始め、また先ほどと同じように、
地球の誰かの声が希照石を介して伝わってきたのかと思った。
だがそれともまた違う、
どこかすぐ近くから囁いてくるかのような、そんな声であった。
そして次の瞬間、アミとマミは困惑と驚愕の色を浮かべる。

アミ「っ!? え……!?」

マミ「ま、待って! なんで……!?」

コマンドを出しておらず手元の操作も一切行っていないにもかかわらず、
ひとりでに、キサラギが無尽合体を解除したのだ。

アミとマミは、単体となったキサラギのステアに掴まり、
後方のリッチェーンを振り返りつつ困惑する。
希石の光が体を包み込み、地球外での生存を可能にしていたようではあったが、
今の二人にはそれすらも気にする余裕はなかった。

突然の声と、まるで自ら意思を持ってなされたかのような、
キサラギとリッチェーンの合体解除。
全くの謎の現象に二人の頭は混乱で満たされていたが、
その時、ふと一筋の光のような直感がアミたちの脳裏をよぎった。

二人は目を見開き、一方向を見つめる。
視線の先にあったのは、脚を闇に捕らわれながらも
支えるようにキサラギに手を添えた、リッチェーンの姿。
リッチェーンの顔は目の部分が眼鏡のようなパーツで覆われており、
普段は表情のようなものを見せたことはない。
しかしこの時……その口元が優しく微笑んでいるように見えた。

まさか、いや、そんなはずは……
よぎった直感に、アミたちは半信半疑であった。
だがそんな二人の耳に、もう一度、はっきりと聞こえた。

  《ほら、行きなさい。背中は押してあげるから》

パイロットが不在のはずのリッチェーンの腕の関節が曲がり始める。
いや、パイロットは居るのだ。
“彼女”の言う通り、今確かに、この場に共に居るのだ。

アミマミ「……っ」

それは幻聴だったのだろうか。
あるいは希照石が届けてくれた声だったのだろうか。
だがアミとマミは既に確信していた。

二人は、ただ黙って前方へと向き直った。
もう決して後ろを振り向きはしなかった。
滲みかける涙を堪え、言葉を胸にただ真っ直ぐに前を見据える。
そして受け取った全てに報いるために全力で、力の限り叫ぶ。

アミマミ「希魂石!! 全ッ! 開ぁぁぁぁぁぁいッ!!」

瞬間、キサラギは力強く前へ進む。
キサラギの力、希石の力、自分たちを支え、後押ししてくれる全ての力――。
今や彼女たちの周りに闇はなかった。
希望の光が周囲を照らし、闇をかき消す。
それでもなお逃すまいとうねる渦の隙間を縫い、猛然と突き進む。

そうしてとうとうキサラギの頭部が、ハルシュタインの作り出した空間を抜ける。
次いで胴体、脚部が抜ける。
全貌を顕にした希望の光が太陽光の如く地球に注ぐ。

間近に迫る光に目を細めるハルシュタインの表情は、
苦痛を堪えるようにも見え、笑っているようにも見えた。
だが決して目を離そうとはしなかった。

それこそが、ハルシュタインの矜持であり敬意。
ハルシュタインは目に焼き付けた。
自らが求めてやまなかった希石の光を。
如何なる困難にも屈することなく力を証明し続けたキサラギを。
そして――
自分に敗北をもたらした、勝者たちの姿を。

アミマミ「行っっけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ! キサラギぃーーーーーーーーー!!」

ハルシュタイン「……見事だ」

光を纏ったキサラギの全身が、ハルカイザーの機体を貫き砕いた。

今日はこのくらいにしておきます。
次の投下で多分終わります。
ただ、それまで少し日にちが空くかも知れません。
可能なら来週中には投下したいです。

>>1です
予想に反して書き溜めが進んだので、今日の夜投下します
この投下で最後まで行きます

数秒後、アミとマミは衝突の瞬間に思わず閉じていた目を開き、
ハルカイザーの姿を確認する。
圧倒的強者として高みに立っていたハルカイザーは既になく、
上半身、それも頭部と右半身のみを残して、
機体の四分の三近くは修復不可能なほどバラバラに砕かれていた。
そして自分たちを苦しめた闇の空間も急速に収縮を始め、やがて元の漆黒の球体へと戻った。

アミ「……勝っ、た? 私たち、勝ったの……?」

少し前までは必死さが勝り、ひたすら無我夢中であったアミたちだが、
唐突に訪れた静寂がそんな二人を現実感のない現実に引き戻す。
と、インカムからノイズ混じりに聞こえた声が、
ぼんやりとしたアミたちの意識をはっきりさせた。

ハルシュタイン『何を呆けている……誇るがよい。お前たちの勝ちだ、地球人よ』

マミ「……ハルシュタイン……」

ハルシュタイン『さて、約束だったな。
      お前たちが勝てば、私が宇宙の支配を目論んだ理由を話すと』

アミ「! そ、そうだ、教えてよ!」

マミ「どうしてお前は、宇宙の神なんかになりたかったの!?」

あまりに必死で忘れかけていたのであろうか、
二人はたった今思い出したかのように慌てて問い直す。
対してハルシュタインは、ふっと息を吐いて静かに答えた。

ハルシュタイン『とは言っても……特に目的があって始めたわけではない。
      支配とはさだめ。力を持つ者の、宿命だ……。
      だから支配しようとした。それだけのことさ』

マミ「さだめ……? 宿命って……な、何それ?」

アミ「そんなの、わかんないよ……。
  宿命だからって、いろんな人を傷付けたっていうの!?」

マミ「辛い思いや苦しい思いをさせるのが、宿命って……。
  ハルシュタインは、そのことがおかしいとは思わなかったの!?」

理解できないことへの困惑と、怒りと、悲しみ。
様々な感情が、勝者であるはずのアミとマミの心をかき乱し、
取り乱したようにハルシュタインに言葉をぶつけさせる。
しかしやはりハルシュタインは、ボロボロの機体の中で落ち着いた様子を崩さない。

ハルシュタイン『思わなかったな。そう思うには、私は多くのことを知りすぎた』

マミ「何……どういうこと?」

ハルシュタイン『……その前にもう一つ、お前たちの質問に答えておこう。
     心が読めるのか、とお前たちは私に聞いたな』

アミ「聞いたけど、それが何……!?」

ハルシュタイン『私はそんな力は持っていない。あれは単なる予測と洞察だ。
      ただし、人の及ばぬ尋常ならざる量の経験と知識によって精度は上がっているがな』

今になって明かされた事実に、アミとマミは目を丸くして驚く。
ハルシュタインが読心能力を持っていなかったこともだが、
何より、“人の及ばぬ量の経験”という言葉が、二人に驚愕と疑問を与えた。

それが時空と時間を超えるハルシュタインの能力によるものなのか、
あるいはまた別の要因によるものなのか、それは分からない。
その疑問を口にしようとしたアミたちであったが、
それをまたも洞察したか、制するようにハルシュタインは続けた。

ハルシュタイン『さあ、ここで一つ今度は私から聞いてみよう、キサラギのパイロットよ。
     予知の如き予測と読心の如き洞察を可能にするほどの経験は、
     果たして何を生み出すと思う?』

唐突なハルシュタインからの質問に、アミとマミは眉をひそめて顔を見合わせる。
そんなことを想像したこともなければ、
しろと言われてできるようなものでもなく、答えられるはずもなかった。
しかしハルシュタインはそれも分かっていたように、
数秒の間を空けたのち、

ハルシュタイン『……絶望だよ。私は理解したのだ。希望とは“無知”の中にこそ宿るものだと。
     全てを知り尽くした私は、この世界そのものに、絶望した。
     如何なる奇跡も宇宙的事象から見れば些事に過ぎず、
     世界の全ては取るに足らぬ、路端の石とまるで変わりはないのだとな』

アミ「そ……そんなことないよ! 世界に絶望しかないだなんて、そんな……」

ハルシュタイン『ああ、お前たちにとってはそうだろう。地球人の寿命は長くても百年程度。
      その程度の寿命であれば、お前たちの生は最後まで無知に満ちたままだ。
      だが私は違う。長きを生きるうちに、私はいつしか色を失った。
      今にして思えば……私は、色を探していたのかもしれんな』

マミ「色……?」

ハルシュタイン『色とは、混ぜすぎれば行き着く果てはただの“黒”。
      多くを知りすぎた私の生はまさしく黒一色に染め上げられていた。
      だが、もし宇宙の全てを支配し、この手中に収めることができたならば、
      黒すら塗り替える色に出会うことも可能だったかも知れない。
      ……などと、今となってはそれも夢物語だがな』

自嘲するように吐息混じりに聞こえた言葉に、アミとマミは何も言えなくなる。
仮にこのハルシュタインの心情が戦いの前に吐露されていたならば、
自分たちに何かできただろうか。
ハルシュタインの言う『絶望』を塗り替えることができただろうか。

ハルシュタイン『まあ……それでも考えようによっては、目的を全く果たせなかったわけではない。
      動機が“色”の追求だとするならば、確かに出会うことができたのだからな。
      希石という、私の予測を超えた神秘の力に』

と、ハルシュタインがそれまでと変わらぬ調子で話を続ける中、
アミとマミは目を見開いた。
収縮したまま静止していた黒球が、突然移動を始めたのだ。

マミ「ハルシュタイン、何を……!」

思わず声を上げたマミを無視するように、
黒球は移動を続け、そして、ハルカイザーの背後でぴたりと止まる。

ハルシュタイン『感謝しよう、キサラギのパイロットよ。
      お前たちは、一部ではあるが“黒”に彩りを加えてくれた。
      希煌石の発見から始まり、覚醒したキサラギとの戦いまで……心躍ったよ。
      敗北した以上満足とは言えないが、楽しかった。
      僅かでも色の残っているうちに、私はこの生に終止符を打たせてもらう』

その言葉の意味をアミとマミが理解するより先に、
ハルカイザーの背後に、あの空間が再び口を開けた。

ハルカイザーの機体が空間へと吸い込まれ始めるのを見て、
アミとマミの理解はようやく追いついた。
ハルシュタインはあの闇に飲み込まれることで、自らを葬り去るつもりなのだと。

ハルシュタイン『案ずるな。私が消――ば、この空間も自然と消滅――。
      お前たちや地球――害を及ぼすこ――ない』

重力の影響か、ノイズに混じって途切れ途切れとなった
ハルシュタインの声がインカムから流れる。
そのことがまた、二人にハルシュタインという存在の消滅を強く実感させた。
ハルカイザーの砕けた部分は既に空間に飲まれ、闇に消えている。
ハルシュタイン本人が同じ道をたどるまで、残り数十秒もないだろう。

アミマミ「っ、……!」

そんな自ら死ぬゆく敵の姿を見て、アミとマミの脳裏にかつての出来事が蘇った。
それは、目の前で自害したイオリの姿。
そしてその後に決意した自分たちの想いを、アミたちは思い出した。

アミマミ「ハルシュタイン!!」

二人は同時に叫び、それに呼応してキサラギが動く。
空間に吸い込まれていくハルカイザーに向かって。

ハルシュタイン「……!」

こちらに手を伸ばしながら接近するキサラギを見て、
ハルシュタインはその表情に初めて見せる感情を浮かべる。
目を見開いたのち、眉根を寄せ、そして叫んだ。

ハルシュタイン「この私に情けをかけるつもりか……!?
     下がれ! 不愉快だ! 敵に救われることなど私は求めていない!」

ノイズにまみれた怒りの言葉は、アミたちに届いたであろうか。
しかし届いていても、いなくても、二人の心は変わらない。

アミ「お前がどう思おうと関係ない……! 私たちが決めたんだ!」

マミ「あの時……! もし次に同じようなことがあったら、絶対に助けるって!
  だからお前のことも助ける! こっちに来い、ハルシュタイン!」

もはやハルカイザーには、如何なる抵抗の力も残されてはいない。
闇の重力には引かれるがままであり、
またキサラギに腕を掴まれれば、それもまた引かれるがままであっただろう。
が、キサラギにとってそれはあまりに危険であった。

ハルカイザーの頑強な機体を打ち砕くほどの突進は、
希石の力に強化されていたとは言えキサラギ本体にも相応のダメージを与えていた。
また、今やコクピットに守られておらずステアに掴まるのみのアミとマミである。
そんな状態で再び重力のるつぼに飛び込んでいって、
無事で居られると断言できるはずもない。
更に、キサラギ単体が脱出するのと、
ハルカイザーを連れて脱出するのでは、それもまた大きく異なる。

つまり最悪の場合、アミたちはここでハルシュタインと共に心中してしまう。
いや、寧ろその危険性の方が高かった。

しかし二人は構わずに前進を続ける。
危険など考えなかった。
ただ、自身が決めた覚悟を裏切りたくない一心で、
敵対者であるハルシュタインに向けて手を差し伸べ続けた。
ハルカイザーの全身は既に空間内部に完全に取り込まれている。
キサラギもあと数秒もすれば突入してしまうだろう。

だが、次の瞬間。

アミマミ「ぅあっ!?」

突然キサラギの機体が強い衝撃を受け、前進の軌道が大きく逸らされた。
二人は声を上げてステアに掴まり、その衝撃の正体を確認する。
それは、複数の怪ロボットであった。
どこからか現れた怪ロボットたちが、キサラギに取り付いて進行を阻んでいるのだ。

マミ「な、何、これ!? どいてよ、邪魔しないで!」

アミ「キサラギ! 全部壊し……」

しかし次の瞬間、アミたちの口がぴたりと止まった。
インカムから聞こえた声に、
邪魔された怒りと焦りで乱れた心すら一瞬、静まり返った。

ヤヨイ『……つくづく甘ちゃんだよね。
    ここまで来ると笑いを通り越して呆れてくるよ』

そこにはヤヨイが居た。
姿は見えない。
しかし確かに、今キサラギに取り付いている怪ロボットのうちいずれかに、
ヤヨイが搭乗しているのだ。

アミ「ヤ……ヤヨイっち!?」

マミ「なんで!? どうして……!?」

ヤヨイ『ハッ……この私を誰だと思ってるんだ?
   あの程度の監視と拘束を抜け出すことも、
   怪ロボットのプログラムを弄って操作することも、朝飯前なのさ!』

マミ「違うよ! そうじゃなくて……!」

アミたちが問うたのはそういうことではないと、ヤヨイもわかっている。
だが答えなかった。
答える時間をヤヨイは、目的を成すための行動に使った。
キサラギの胴体に組み付いていた怪ロボットの背後から小型艇が飛び出す。
そしてその小型艇は真っ直ぐに、
ハルカイザーを飲み込んだ空間へと飛んでいった。

アミ「!? ま、待ってよヤヨイっち! 何を……」

ヤヨイ『決まってるだろ? 私は閣下と共に行く。
   せっかく助けてくれたけど、お前たちとはここでお別れだ』

マミ「そんな……! どうして!? そんなの嫌だよ!」

アミ「キ……キサラギ! 怪ロボットを壊して! 早く!!」

しかし怪ロボットたちは巧みにキサラギの四肢に絡みつき、易々と破壊させてくれない。
数秒の猶予すらないこの状況では、
ヤヨイとハルシュタインの救出が叶う可能性はもはや絶望的であった。

ヤヨイ『無駄さ。悪あが――やめな。もう間に合わ――』

インカム越しのヤヨイの音声にノイズが混じり始める。
それはまさしく、ヤヨイの死が形を持って現れたことに他ならない。

マミ「や……やだ! 待ってヤヨイっち!! お願い!!」

アミ「離してよ……! 離せ、離せぇぇぇぇ!!」

アミたちは焦燥から目に涙すら浮かべ、
自らも怪ロボットを殴り、蹴り、必死で引き剥がそうとする。
ノイズの混ざったヤヨイの声を聞きたくないとばかりに、抵抗の叫びを上げ続ける。

しかし、その叫びと抵抗を、静かな短い言葉が止めた。
もはや聞き取ることすら困難なほど雑音にまみれた言葉が、
それでもアミとマミの耳に、心に、一瞬にして深く深く届いた。

ヤヨイ『……アミ、マミ』

二人の名を呼んだ、それはまさしく“ヤヨイ”の声。
共に笑い、幸せを共有し、裏切られ、戦い、そして救われた、
他の何者でもない、本当のヤヨイの声。
アミとマミは、時が止まったかのように静止する。
そしてノイズすら掻き消えたかのような静寂の中、

ヤヨイ『野菜くらい……ちゃんと切れるようになりなよ?』

その言葉を最後に、もう二度と、
インカムから音声が流れてくることはなかった。
闇の蠢く空間はハルシュタインとヤヨイを飲み込み、
そして、消滅した。




ハルシュタイン「……裏切り者が、なんのつもりだ」

重力のるつぼを抜けた先、
一切何もない闇の中で低い声が静かに響く。
そして間近から、幼さを感じさせる声が返る。

ヤヨイ「ごめんなさい、閣下……。でも、このままで居させてください」

ヤヨイは、ハルシュタインに正面からしがみついていた。
どちらかと言えば抱きついていたという方が正しいかも知れない。
ハルシュタインの胸元に顔をうずめるようにして、
子が親に甘えるように、ぴったりとくっついて離れようとしなかった。

ハルシュタイン「なんのつもりだ、と私は聞いたのだ。答えろ。
      この私を裏切り、かと思えばこうして心中しようとする……。
      答えなければ、今ここで私自らお前を始末してやろう」

平常のヤヨイであれば、この言葉に身を震わせ、
必死に弁明を始めていたところであろう。
しかし今のヤヨイは全く動じない。
ハルシュタインに抱きついたまま、落ち着いて答え始めた。

ヤヨイ「裏切ったのは……アミとマミを、あの場で死なせたくなかったからです。
   地球の侵攻をあと何十年か遅らせて欲しくて、裏切りました……ごめんなさい」

ハルシュタインは黙って続きを待つ。
裏切った理由については分かっていた。
記憶を失わせたことでアミたちに情が沸いてしまったのだと、察しはついていた。
だがそこから先が理解できなかった。
なぜヤヨイは自分を追ってこの闇の中へ飛び込んだのか……

ヤヨイ「私が閣下に付いてきた理由は……貴女が負けたからです」

ハルシュタイン「何……?」

ヤヨイ「私、決めたんです。閣下がアミとマミに勝てば、
    私は合わせる顔がないからもう会わないでおこうって。
    でももし閣下が負けたら……私も一緒に居ようって」

ヤヨイの話した内容を聞きハルシュタインは眉をひそめた。
理由を聞いてはみたものの、やはり分からなかった。

ハルシュタイン「理解できんな……。
      勝者に擦り寄るなら分かるが、なぜ死を待つばかりの敗者に付く必要がある?
      そんなことをしても得るものはない」

ヤヨイ「そうかも知れません。でも私……閣下に、一人で死んで欲しくなかったんです」

ハルシュタイン「……なんだと?」

ヤヨイ「勝ったら、閣下にはたくさん仲間ができると思います。
   でも負けちゃったら、閣下は一人です。それは私、嫌なんです」

そう言ったヤヨイの腕が更に強く自分の体を抱き、
顔が強く押し付けられるのをハルシュタインは感じた。
そしてヤヨイはそのまま、

ヤヨイ「だって私、ハルシュタイン閣下のこと、大好きですから」

  “敬愛するハルシュタイン閣下”
  “親愛なるハルシュタイン閣下”

そんな言葉は今まで幾度となく聞いてきた。
しかしそれはどれも、勝者としての自分に向けられる言葉だった。
自分の力を畏れ、寄り添うことで自らの平穏を得ようと、
そうやって口にされる“愛”は、これまで飽きるほど聞いた。

……だが、今のは違う。
確かにヤヨイはこれまでも“大好き”などと言ったことはあったかも知れない。
だが、違うのだ。
この者は今、敗者である自分に、この言葉をかけたのだ。

何度も聞いたはずの言葉が、まるで初めて聞いたことのように響き、染み入ってくる。
言葉だけではない。
全身に感じる感触から、体温から、体中に行き渡る感覚さえ覚える。

ヤヨイ「大好きだから、一緒に居たいんです。私だけじゃありません……。
    マコトとイオリも、閣下のことが大好きでした。
    だから、ずっと一緒に居ようとしたんです」

瞬間、ハルシュタインの脳裏に蘇る。
散っていった二人が残した言葉、そして表情……。
それまで何の感慨もなく素通りしていたものが今、
改めて自身の体を巡っていく。

   『――例え敗北なさったとしても、私の貴女への気持ちは変わりません』
  
   『僕たちは、ずっと閣下の御側にいましょう。
   貴女の孤独が癒えるまで……いえ、それからもずっと』

それは、闇が生み出した幻であったのだろうか。
しかし確かに、ハルシュタインは感じていた。
長らく忘れていた感情と、感覚を。
それはなんと呼ばれるものだったか……もう忘れてしまった。
だがそれが今ここにある。

敗北して初めて気付くことができた。
そう……“色”はあったのだ。
自分が見ていなかっただけ、見ようとしていなかっただけで、常にすぐそばに……。

ヤヨイ「ですから、閣下。ずっと一緒に居てもいいですか?」

ヤヨイの問いに、ハルシュタインは答えなかった。
沈黙が続き、ヤヨイは顔を上げて改めて声をかけようとする。
しかし、それは叶わなかった。

ハルシュタイン「……好きにしろ」

その言葉と共に、ヤヨイの頭は押さえつけられる。
静かに発せられた声から伝わる感情と、
後頭部に触れる手の感触と、
顔に伝わるぬくもりと、
そして少しばかりの息苦しさを感じながら、

ヤヨイ「はい、ハルシュタイン閣下」

優しく答え、ヤヨイは目を閉じる。
そうしてハルシュタインたちは、暖かな闇の中へと深く、深く沈み込んでいった。




ハルシュタインは消えた。
怪ロボットたちも、動きを止めた。
地球に脅威をもたらしたものが全て、今この瞬間に、力を失った。
ハルシュタイン軍の脅威は完全に消え去った。
人類たちがそれを確信するのはもう少し先のことであろう。
だが、確かな事実。
地球は勝利したのだ。

希煌石《キラジェム》、希照石《テラジェム》、希魂石《スピリジェム》という、
神秘の力を持つ三つの石。
多くの怪ロボットを打倒した、キサラギとリッチェーン。
そのパイロットであるアミ、マミ、ミキ。
そして、彼女らをサポートした地球防衛軍と協力者たち。

彼らのことを地球人類たちは決して忘れないだろう。
ハルシュタインを倒した双子のことを忘れないだろう。
アミとマミは今日この日、英雄となったのだ。

だが、地球へ帰還し、多くの人々に賛辞を送られる二人の笑顔、
その奥底に秘められた心情に気付いた者が果たして何人居るか、それは定かではない。

  「――ただいま」

自室に帰ったアミとマミは、誰も居ない部屋に向かって呟く。
マミの手には、小さな紙袋が端を摘まれるように持たれていた。
それを無造作に机の上に置き、二人は同時にベッドに倒れ込む。
アミはうつ伏せに枕に顔をうずめ、マミは仰向けにぼんやりと天井を眺める。
そのまましばらく経った後、マミがぽつりと言った。

マミ「……これ、どうしよっか」

その声に、アミは首を少し動かして横目に紙袋を見る。
そして目を逸らし、

アミ「知らない……。ヤヨイっちが居ないんじゃ、もう意味ないもん」

そのまま再びまくらに伏せてしまった。
マミはそんなアミを一瞥し、紙袋に視線を戻す。

基地に帰還し、自室に戻ろうとする二人にその紙袋は――
ヤヨイへのプレゼントは手渡された。
開封されておらず、
感じる質量から考えて中の髪飾りは恐らく入ったまま。
ヤヨイへ届けてもらう前から変わらない状態でそれは戻ってきたのだ。

結局ヤヨイにはプレゼントを受け取ってもらえなかった。
しかしそのことを知った二人は、特に気を落とすことはなかった。
と言うより、気持ちが上下するような精神状態ですらなかった。

地球を救えた喜び、ハルシュタインやヤヨイを救えなかった悲しみ、
そういった感情ですら、今の二人の心をほとんど揺さぶりはしない。
全てが夢の中の出来事であったかのような、
今も夢を見続けているような、
そんなぼんやりとした中に二人の気持ちは覚束無く浮いていた。

だがその時、紙袋を眺めていたマミはふと違和感を覚えた。
ゆっくり体を起こし、手に取ってみる。
そして、寝ぼけているようだったマミの目が、大きく開いた。

マミ「アミ……アミ!」

アミ「……何? どうかした?」

名前を呼ばれ、アミは気だるそうながらも体を起こしてマミの隣へ移る。
しかし次の瞬間、マミと同じように目を見開いた。

マミ「これ見て! シールを剥がした跡がある!」

アミ「ほんとだ……。じゃあ、一回剥がして、貼り直したってこと……!?」

マミ「多分そうだよ! ヤヨイっち、開けてくれたんだ!」

アミ「でも……中身、入ったままだよね? それじゃあ結局……」

確かにマミの言う通り、紙袋に封をしていたシールは端が僅かに折れており、
一度剥がして封をし直した痕跡があった。
だが、これもまたアミの言う通り、中身は入ったままであり、
ヤヨイがプレゼントを受け取らなかったことには変わりはない。
ただしそれは……『中身がヤヨイへのプレゼントのままであれば』の話だ。

マミ「……開けて、確かめよう」

宣言するように呟き、マミはシールに爪を立てる。
引っ張ると、やはり一度剥がされていたらしく、あっさりと剥がれた。
そして折られた口を開き、二人は中身を見た。

そこにあったのは、二つの髪飾りであった。
しかし、アミとマミがヤヨイのために買ったものとは、違うものだった。
黒い、すこし大人びた雰囲気を放つそれをマミは取り出し、片方をアミに手渡す。
二人はその髪飾りに見覚えがあった。

それは、ヤヨイが着けていたもの。
記憶がなかった頃のヤヨイではなく、
記憶を取り戻してハルシュタイン軍へと帰ったヤヨイが着けていた、髪飾りであった。

アミたちが贈った髪飾りが無く、
代わりにヤヨイが身に着けていたものが入っていたということ。
それは、何を意味しているのか。

アミ「……ヤヨイっち、プレゼント受け取ってくれたんだ」

マミ「うん……」

アミ「喜んでくれたかな? ヤヨイっち、喜んでくれたのかな……?」

マミ「……うん……」

アミはベッドに腰掛け、髪飾りを両手で握り締める。
マミはそんなアミの肩を、優しく抱きしめる。

アミ「仲直り、できたんだよね……? 私たち、もう一回友達になれたんだよね……?」

マミ「うん、うん……!」

アミ「友達で居てくれたんだよね……!
  最後まで……最後まで、ヤヨイっち……ぅああぁ、うあぁあぁあぁああぁあん!!」

表出することのなかった感情が、堰を切って溢れ出す。
喜びが、悲しみが、全てが涙と泣き声になってとめどなく溢れ出す。
アミは髪飾りを抱いて泣いた。
マミはアミを抱いて泣いた。
泣いて、泣いて、そして二人は手を繋いで眠った。
繋がれた手には、ヤヨイの髪飾りがしっかりと握られていた。

二人は同じ夢を見ていた。
実現しそうで、実現し得なかった夢。
四人でテーブルを囲み、楽しく笑い合う、そんな夢を。

目覚めた時にその夢がもたらすのは、実現しなかったことへの悲しさだろうか。
それもあるだろう。
だが決してそれだけはなく、そこにはあるのは――




タカネ「……おや、もう時間ですか」

足元から聞こえた鳴き声に、タカネは額に浮かぶ汗を拭って答える。
そうして、走り去る鳴き声の主を追うように歩き出した。
やがてその先から漂ってきた香りが鼻腔をくすぐる。
初めて嗅いだ匂いであったが、タカネは口内に唾液が溢れるのを感じた。

ヒビキ「あっ、来た来た。ほら座って、準備はできてるぞ!」

タカネ「ええ、ありがとうございます」

ヒビキ「ハム蔵も、タカネを呼んで来てくれてありがとね!」

ぢゅっ、とハム蔵は誇らしげに敬礼を返し、自分の餌のある場所に移動する。
他のアニマルロボたちは既に自分の席についており、
ヒビキはそれを確認して、号令をかけた。

ヒビキ「よしっ。それじゃあいただきまーす!」

地球から遠く離れた緑の惑星、アニマ。
その一画で今、賑やかな食事が始まった。
星を襲撃したもの、されたもの。
機体を破壊したもの、されたもの。
全てが一様に同じ食卓を囲むこの光景には、
見る者によっては違和感を覚えるだろう。

破壊されたアニマルロボの機体は、
地球とタカネの星の持つ技術によって修復された。
そしてアニマルロボたちの記憶は、全て希照石に残されていた。
その記憶をヒビキの巫女としての力で機体に与え、
無事にアニマルロボたちは復活を遂げたのだ。

また、タカネがこの星へ移り住み労働を始めてから、一週間が経つ。
焼いた土地を再生させるため、せめてもの償いのためにと、
一生をアニマで過ごす心づもりで自ら望んでのことだった。
そんな彼女を、アニマルロボたちは恨もうとはしなかった。
主人と同じように、タカネという存在を皆受け入れたのだ。

ヒビキ「そう言えば、タカネがここに来てから今日で一週間だよね。
    妹のこと、本当にいいのか? 自分は別に、無理して居てもらわなくても……」

タカネ「ヒビキ。そのことについては、もう散々話し合ったはず。
    元気にやっていることさえ分かれば、今はそれでよいのです」

ヒビキ「ん……でも、会いたい気持ちには変わりないんでしょ?」

タカネ「それはもちろんその通りです。ですが今はまだ会えません。
    いつしか私が、胸を張って会える日が来るまでは。
    それにそうでないと、叱られてしまいますから」

ヒビキ「……そっか。タカネの妹って、怖い子なんだな」

にっこりと笑うヒビキに、タカネも微笑みを返す。
と、ここでタカネは視線を落とし、話題を変えた。

タカネ「ところでヒビキ……。この料理は、なんというのですか?」

らぁめんとは全く異なった料理。
わかるのは米と野菜と肉で、
白い米とコントラストなす半液体状の何か。
まだ数口食しただけであるが、辛味の中に内包された豊かな味わいに、
タカネはもうすっかりこの料理が気に入ってしまっていた。

ヒビキ「ああ、これ? 実は自分も初めて作ってみたんだけど、
    『カレー』っていうらしいぞ。アミとマミに教えてもらったんだ」

タカネ「かれぇ、ですか。ヒビキも知らなかったということは、
    地球の料理ということになるのでしょうね」

ヒビキ「うん。それでアミたちが言うには、
    この『ニンジン』はゴロゴロに大きく切って、
    こっちの『ジャガイモ』は溶けちゃうくらい小さく切るのが美味しく作るコツ……
    らしいんだけど、よく分からなかったからこれは食べやすい大きさで切ったんだよね」

タカネ「ふむ……なるほど」

ヒビキ「っていうか、多分こっちの方が美味しいと思うんだけどなぁ。
   アミとマミって実はちょっと変わった味覚してたりするのかな?」

タカネ「……食とは文化であり、人を表すものでもあります。
   その人の経験や思い出によって、美味と感じる味は変わってきますから……。
   きっとアミとマミにとっては、大きなにんじんと小さいじゃがいもが、
   彼女たちの人生の中に大切なものとして刻まれているのでしょう」

ヒビキ「そういうものなのかな……。まあ、そういうものなのかもね。
    あ、そうそう。カレーもいいけど、こっちの『サラダ』もちゃんと食べてね。
    カレーにはこういう生の野菜が合うんだって。どれもアニマで採れた……」

と、ここでヒビキはふいに言葉を切る。
疑問に思ったタカネが小首をかしげると同時に、
いたずらっぽくヒビキは笑った。

ヒビキ「あー、でもタカネ、前に言ってたよね。
    『この星にあるものはみんな……』なんだっけ?」

その言葉にタカネは、少しの間を空けたあと困ったように笑う。
そしてヒビキを見つめ、優しく微笑んで言った。

タカネ「この星にあるものはみんな新鮮で瑞々しく、食欲をそそるものばかりですよ」

その答えにヒビキは吹き出し、タカネも釣られるように肩を揺らして笑いあった。




マミ「ほらアミ、早く走って! 急がないとお昼休み終わっちゃうよ!」

アミ「うあうあー! 待ってよマミー!」

マミ「おのれー、鬼教官めー!
   ちょっと冗談言ったくらいであんなに怒んなくたっていいじゃんか!」

アミ「そーだそーだ! いっつも怒ったような顔してるから、
  笑わせてあげようと思ったのに!」

賑やかに駆けていく双子に、
すれ違う者、追い抜かれる者、皆例外なくにこやかな視線を送る。
地球を救った英雄とは思えないほどに無邪気でハツラツとした姿は、
復興を目指す人々にとって何よりの活力であった。

そうして、なんとか休憩の終わりまでにいつもの昼食場所に着いたアミとマミ。
そこで二人は包みを広げて弁当箱を取り出し、元気よく手を合わせた。

アミマミ「いっただきまーす!」

おにぎりにかぶりついたマミも、
もやしの豚肉炒めを口に入れたアミも、幸せそうな笑顔を浮かべて頬張る。
口の中のものを飲み込んだあとは互いの顔を見て、

マミ「んっふっふ~。なかなか腕を上げましたなアミさん。
  このおにぎり、絶妙な塩加減よ」

アミ「マミさんこそ、もやしのシャキシャキ具合が見事ですなぁ」

にやりと笑った後、耐え切れないというように同時に吹き出す。
それから双子は腹ごしらえを済ませて、
背負ったカバンに弁当箱をしまい込んで立ち上がった。

アミ「さて、と」

マミ「今日も行きますか!」

そう言って取り出したのは、煌く石を携えた腕輪。
装着すると石は輝き、二人の服装が変化した。
腕にはキラブレと呼ばれる、ヒーローの装飾品のような腕輪。
衣服はステージ衣装のような可愛らしい青とピンクの装い。
髪を束ねるのは、少し大人びたお気に入りの黒い髪飾り。

手作りの弁当で体に力はみなぎり、気力も充実している。
いつも通りの絶好調だ。
ステアに掴まり、二人は天を見上げた。
晴れ渡り、天気もまさに絶好のパトロール日和。
二人はもう一度笑顔を見合わせて、空に拳を掲げる。

アミ「今日も元気に、希煌石全開!」

マミ「行っくよー! キサラギーーーー!」

   『くっ……!』

“声”を響かせ、アミとマミ、そしてキサラギは、
今日も勢いよく空へと飛び立った。

これで終わりです。
付き合ってくれた人ありがとう、お疲れ様でした。

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