嘘刀語 (6)
真庭忍軍。
時代の裏で権力者たちの下、その鍛え上げた技で歴史を積み上げてきた忍者の中でも暗殺を専門とする特異な忍軍。その凶悪な性質と確かな実力でもって長い歴史を積み重ねることが出来ている強大な組織でもある。
十二頭領というその名のごとく十二人の頭領の下に統率されると言う奇異な組織体制の下に構成された忍軍は、その手柄の末に天下を握った尾張幕府と密な関係を持つに至った。それは忍軍としては安泰が約束されたようなものだ。
だがこれらの情報は全て過去形で話すべきだろう。
何故ならばよりにもよって、天下の尾張幕府を裏切ったのだ。
里を引き上げて、忍軍総出で抜け忍になった。
本来この様な事はある事ではない。
あって良い事ではない。
だが、それでもソレは起きてしまったのだ。
真庭忍軍に所属するある一人の忍が、尾張幕府家鳴将軍直轄預奉所軍所総監督と共に遂行したある任務が切っ掛けだった。あるいはもしもこの世界に歴史を築き上げようと心血を注いでいる者が居たとしたら、それは仕掛けだったのかも知れない。
いずれにせよ、起こってしまったものは覆しようが無い。
ならば問題はこの後どうするのか、だ。
成立してしまった歴史に対して、これからどのような歴史を積み上げるかだ。
これに関しては互いに迅速だった。
裏切られた者はすぐさまに次の手を打ち……また裏切られていた。
そして、裏切った側は……。
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テスト
「キャハキャハ、いくらおれたち真庭忍軍が抜け忍には寛容だからつってもよぉ、まさか里全部が抜け忍になる日が来るなんて思いもしなかったよなぁ。 ま、おれが言っちゃあ世話無いけどよ」
耳障りな甲高い声でその男は言った。
黒い袖無しの忍装束。腕に巻かれた鎖。一般の忍装束とは乖離した変体忍装束は彼が真庭忍軍の忍である証だ。
そして彼こそが里ごと幕府を裏切り抜け忍になる切っ掛けとなった任務をこなした忍だ。
真庭忍軍十二頭領が一人、獣組真庭蝙蝠。
軍所総監督奇策士とがめにある刀の収集を命じられ、見事その任務を果たし――その刀を持ったまま逃走した。
忍者なんていうのはどれだけ技術を磨こうとも忍術を極めようとも雇われの身である。いくら卑怯卑劣が売りの暗殺集団だとは言え、信用を失えば雇われ先を失う。主君を裏切るなど信用をどん底に落とすような真似は御法度などという生易しい話ではない。禁忌だ。普通思いつきすらしない。魚が陸上で日向ぼっこをしようと言い出すようなものだ。
「まあおれは獣組であって魚組じゃねぇんだけどよ」
その組み分けに関してはかなり怪しい部分が多いのだが。
組み分けの詳しい内容に関しては、6月の物語にて。
話が横にずれたが蝙蝠が、そして真庭忍軍がそんな危険を冒してまで幕府を裏切ったのかと言えば、そこはいかに忍者らしからぬ裏切りという行為を働いた割りに忍者らしかった。
金のためだ。
先に述べたように忍者は雇われの身だ。
雇われてその腕を振るう以上は見返りを要求するのは至極当然のこと。
得られる報酬とは何だ?
卑怯卑劣が売りな忍者が名誉など求めるわけが無い。
雇われ使われる身で天下など手に入れられるわけが無い。
もちろん報酬と言えば金である。
金のために技を磨き、金のために雇われ、金のために殺し、金のために裏切る。
そこには一部の矛盾も一瞬の後ろめたさも存在しない。
しかし、ならばこの時代において最大の顧客であるはずの幕府を裏切ったのは何故か。
いや、何故かも何もすでに述べたように金のためなのだが、この時代この国に幕府以上に金を出して雇ってくれるような所はないはずなのだ。どう考えても割に合わない。利益とリスクが折り合わない。
その答えが先の任務で収集した刀にある。
四季崎記紀。
戦国の世を支配したとさえ言われる伝説的な刀鍛冶。その彼が打った刀の総数は千本と言われているが、中でも別格とされる十二本の刀がある。否、その十二本のために他の刀を打ったとさえ言われているくらいの格別だ。
その内の一本こそが先の任務で真庭蝙蝠が刀。
決して折れず曲がらず傷つかず何時までも良く斬れる。頑丈さに主題を置いて打たれた刀。
『絶刀・鉋』。
刀としての機能はさて置いても美術品としてのその価値は、一国が買えるほどとすら言われている。
言われてるだけで十分だ。
言われてるほどで十全だ。
幕府を裏切り、里ごと抜け忍なるのには事足りる。
「全部集めりゃ、国が十二個買えちまうって訳だ。 キャハキャハ! いくら幕府つったってこれ程の報酬をくれねぇもんなぁ。 それだったら全部横取りして売っぱらっちまうってのは至極当然のことだ」
キャハキャハ、とやはり聞く者を不快にさせる甲高い笑い声を上げる。
真庭忍軍十二頭領という立場にいる人間にしては随分と人格に難があるように思えるが、それは何も蝙蝠だけに限った話ではない。真庭忍軍に所属する者で人格に難がない、精神が破綻していない忍など皆無だ。十二頭領ともなればその際どさが極まった際物揃いだ。ひょっとしたらキャラの濃さで選出したのではないのかと邪推してしまいたくなるような面子だ。まるでそうでもしないと歴史に介入できないとでも言うように。まるっきりそうでもなければ物語に登場できないとでも言うように。
「しかしあの奇策士の子猫ちゃんには感謝しなきゃいけねぇのかな? おれたち真庭忍軍を恐れ知らずにも利用しようなんて思ってくれちゃってありがとうってよぉ。 キャハキャハ! お陰でこんな儲け話にありつけたんだからな」
だけども、それでも――。
蝙蝠は今までの甲高い笑いとは違う静かな、しかしそれこそが本質だと言わんばかりの暗い笑みを浮かべる。
「あの女に感謝する気なんて、いくら金を積まれようとも起きねえがな」
あの奇策士の目的を知った以上、あの女の異常な正体を知ったならば、とりたてて特別な感情ではない。
蝙蝠は確信していた。卑怯卑劣が売りな蝙蝠だからこそ確信していた。
この世にそれらを知ったうえで協力しようなどと言う物好きは、好き好んで利用されようと言う奴は一人だっていやしない。
あの女を好きになるような奴など絶無だ。
「キャハキャハ! あんたもあの女に利用される所だったんだぜ、危なかったよなあ」
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