俺はある大手電子部品メーカーに勤める、入社五年目の会社員だ。
自分でもいうのもなんだが、会社には尽くしてきたつもりだ。
同期の中では優秀な方だと自負している。
つい先日も競合に打ち勝ち、最新型の液晶テレビに自社製品が採用されることになった。
五年間無遅刻無欠勤、多少の熱でも病院など行かず、会社へ行くことを優先する。
頼まれれば休日出勤は必ずするし、急な呼び出しや飲み会の類も断ったことはない。
そんな俺が、有給休暇を取ろうと決心した。
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思い立った理由はいくつかある。
単純に疲れが溜まってきたというのもあるし、
頑張った自分へのご褒美、という意味合いももちろんある。
しかし、一番の理由は、今このタイミングで有給休暇を取らなければ、
俺は一生休暇を取れない気がしたからなのだ。
もし、ここで取らなければ、おそらく俺は無遅刻無欠勤記録を伸ばしたくなってしまう。
たとえるなら皆勤賞に固執する児童のように。
さらに、会社や同僚も「こいつは休まない人間」と判断するだろう。
それが俺にはイヤだった。
いわゆる「社畜」にはなりたくない。
休みたい時には休める人間にならなければ……という思いが俺にこの決心をさせた。
さて、有給休暇を取る上において、考慮しなければならないことが二つある。
一つは「いつ休むか」、そしてもう一つが「休む理由」だ。
いつ休むか――既に社内や取引先での予定が入っている日は論外だし、
色々とドタバタする週明けも避けたい。
週末に休めば本来の休日と合わせて連休にすることができるが、
休んだ状態で週末に突入すると、不安のせいで休日を満喫できなくなるかもしれない。
これもやめておいた方がいいだろう。
以上の理由により、俺は木曜日に休むことにした。
今日は火曜日、ターゲットは明後日の木曜日だ。
次に考えなければならないのが理由だ。
休みの理由として最もポピュラーなのが、病気であるが――
「明後日の木曜日、病気になるので休んでもいいですか?」
こんなもの、ギャグにもならない。
俺はどこの予言者だ。
他にありがちな理由としては、「法事」であるが、
法事ならかなり前から予定が分かっているはずであり、二日前に休みをもらう理由としては不適当だ。
それに「法事で一日潰れることはないだろ。半休にしろ」と返されるおそれがある。
これもやめておいた方がいいだろう。
俺が悩んでいると、同じ課の先輩が話しかけてきた。
「なに悩んでんだ? トラブルか?」
「トラブルか?」の声がなぜかちょっと楽しそうだ。
二歳年上のこの先輩は、世話焼きでおしゃべり好きで、たまにうっとうしいと感じる時もあるが、
基本的にはいい人である。
俺のミスで客先を怒らせた時、自分は関係ないのに一緒に謝りに行ってくれたこともある。
この人の後輩になれてよかった、と思える人物なのは間違いない。
少し悩んだが、俺は胸の内を打ち明けた。
「バッカ、んなもん“私用”でゴリ押せばいいんだよ」
「そんなもんですか」
「そんなもんだよ」
先輩はあわただしく出かけていった。
私用でゴリ押せ。先輩らしい答えであった。
事実、先輩は半年に1~2回ぐらいの割合で有給を取っている。
だが、俺の場合、「私用」が通用するだろうか。
先輩は「遠慮なく有給を取る人」としてキャラクターが確立されているからいいが、
俺の場合、そうではない。
入社以来、というか生まれて初めて取る有給、きっと課長は「なんで?」と思うことだろう。
私用でゴリ押そうとしても、「私用ってなんだよ」と切り返される可能性が高い。
その時、俺は上手くかわせるだろうか。
……出来る気がしない。
そこで先輩なら「プライベートなことなのでいえません」ときっぱりいえる人だし、
課長も「こういう奴だもんな」と認識してるから、話はそれで終わる。
ところが、俺の場合はそうもいかないだろう。
「私用ってなんだよ」
「プライベートなことなので……」
「いいじゃないか、教えろよ」
「えっ、あの、その」
脳内でシミュレートしただけで、胃に縮み上がる。
これもやめといた方がよさそうだ。
ならば、私的な用事をでっちあげるのはどうか。
たとえば、旅行とか――
いや、だめだ。
休んだ後、「旅行はどうだった」みたいな話を振られるのは確実、
お土産買わなきゃならない流れになるかもしれない。
有給休暇取るだけで精一杯なのに、これ以上余計なものを背負いたくない。
よって、これも却下。
いっそ、なにもかもブチ撒けてしまうか。
五年目だし、リフレッシュ休暇の一つや二つ欲しかった、と。
課長からはどういう返事が来るだろうか。
課長は決して部下に理解のない人間ではない。
案外、「リフレッシュ? いいじゃないか、休め休め」と快くオーケーしてくれるかもしれない。
だが、一方で課長は「社会人とはかくあるべき」と説教じみたモードになることがある。
他の課で入社したての新人がすぐに辞めた時、
「今の若いのはこらえ性がねえな」なんてこぼしてたこともあった。
課長がリフレッシュ休暇という考え方に対してどう反応するか……読めない。
これもやめておくのが無難だろう。
考えれば考えるほど、思考の袋小路にはまっていく。
立案、シミュレート、破棄を繰り返し、仕事が全く手につかない。
時間もどんどん過ぎていく。
いかん、このままでは、と俺はついに席を立った。
課長は自分の席で、たどたどしい手つきでノートパソコンに向かっていた。
「課長!」
「ん……どうした?」
「実は明後日、休暇をいただきたいのですが」
「今は忙しくないし、かまわんが……一応理由を聞かせてもらえるか」
「はい、どうやって有給休暇を取るか、一日家でじっくり考えてみたいと思いまして……」
― 終 ―
このSSまとめへのコメント
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有給は欠勤にならないんですけど…こいつ仕事やってないな?