男「君は大切な家族だ」(19)
父の訃報が届いた。最後に連絡があったのは4,5年前だっただろうか。元気か?とかのようなたわいのない会話だったのを覚えている。大学を卒業した年だった。
父と母が離婚したのは俺が中学に上がる前だった。
育ててくれた母も俺が教員になってすぐに病で亡くなった。
葬儀は終わっているようだった。
父は離婚した後、再婚したようだったのでその家族が済ませたのだろう。
連絡は父の同僚からであった。
父との思い出は特には無い。
仕事人間な男で酒癖が悪かった。帰れば酒の臭いを纏わせながら母に罵声を浴びせ、俺には暴力を振るうようなろくでなしだった。
男(この右目だけが思い出か…)
ある日酔った父に顔を殴り飛ばされ、転倒した際に机の角に右目をぶつけた。
気絶し、気づいたら病院だった。泣く母が居た。
父は居なかった。
そこで右目が見えなくなったのが分かった。
その事件以来、父の姿は見ていない。
ちなみにその事件以来俺の右目は義眼である。
ツギハー ○○、 ○○
トゥルルルル
男(大分遠くで暮らしていたんだな)
待ち合わせは父が暮らしていた土地の最寄駅の喫茶店だった。
そこで父の同僚から何か色々と遺品を受け取る約束だった。
男(ここか。さっさと受け取ってさっさと帰ろう)
カランコロン
イラッシャイマセー
男「あの…父の○○の同僚の方でしょうか?」
同僚「やぁどうも、この度は…」
男「いえいえ、こちらこそ父がお世話になりました」
同僚「とりあえずはまず何か飲みましょう」
男「そうですね」
同僚「君は何を飲みたいかな?」
女「…」
男「……?」
父の同僚の隣にはまだ高校に上がったばかりくらいの少女がうつむいて座っていた。
同僚「タバコを失礼…で、君の父親についてだが…」
男「私が小学生の頃に離婚したきり会っていません。特に受け取るものは無いと思いますが」
同僚「それがね…」チラッ
少女「……」
同僚「…これを」 スッ
男「これは? 」
同僚「…君達の父親の骨だよ」
男「君達…?」
同僚「君達の父とは良く飲んでいてこの子とも良く顔を合わせていてね…。まさか離婚した父子家庭で、この子に身寄りが無くて、さらに他に息子が居るとは知らなくてね」
同僚「君達の父はくも膜下出血で家で倒れたらしくてね…。この子が泣きながら私の電話に掛けてきたんだ」
同僚「親友のよしみで色々手助けはできる限りしたつもりだ。ただこれ以上は私にはできない」
同僚「君の連絡先もようやく見つけたんだ。一応、他にも通帳ともろもろの書類はこのファイルにある」
男「ちょ、ちょっと待ってください。娘?父子家庭?…じゃあこの子は…」
少女「……」
同僚「妹…と言うことになるね」
父の同僚に礼をし、別れた。その後、俺の妹らしい少女に案内され父との住まいだったアパートに足を運んだ。
アパート
ガチャッ
妹「……どうぞ」
男「お邪魔します…」
部屋は2人で暮らすには充分な広さだった。
写真たてには父と娘とが一緒に写っていた。
妹「……」
男「君、母親はどうしたんだ?」
妹「……」フルフル
男「居ないのか?葬儀には来なかったのか?」
妹「そ、そ、葬儀は…し、し、してないです…」
男「してない?…そうか…じゃ無縁仏か…」
妹「…」
男「…」
男「お父さん、酒癖悪かっただろ。ひどい事はされなかったか?」
女「…? い、い、いいえ?」
男「?…そうか…なら良かったけど…」
男(あの親父がねえ…)
ミス
女→妹
妹「お、お、お父さんは凄くい、いいお父さんで、でした…ほ、ほんとうに…」
妹「お、お兄ちゃんが、い、居ることもお父さんからき、き、聞いてました…だ、だからあ、会えてう、うれ、うれしい………」
男「吃音か?…」
妹「あっ、あう、あっ、あ、」
男「ごめん、悪かった」
男(妹か……)
男「これからどうするんだ?…」
妹「………」
男「頼るところはあるのか?」
妹「……」フルフル
男「…そうか」
男(仮にも血を分けた兄妹らしいからな…義理はあるだろう…)
男「一緒に暮らすか?」
父と妹の住まいの引き上げには思ったより時間が掛かった。
父が亡くなったと言うことで職場の取り計らいもありしばらく休暇扱いとしてくれた。遺品や相続については特に問題は無かった。
男「荷物はこれくらいか…」
妹「………」
男(ずっと写真見てるな…荷物は全部揃ったかどうか…)スッ
妹「ひっ!!」ビクッ
男「うわっ!」
妹「あ、あ、あ…」ビクビク
男「驚かせて悪い、荷物はもうまとまったか?」
妹「あ、は、は、はい…だ、だ、大丈夫ですっ…」
男「? そうか。じゃ、そろそろ向かうぞ」
家までは友人から借りた車で向かった。初めて免許を取得した時は義眼でも取れるものなのかと驚いた事を思い出した。
それにしても長時間の運転は骨が折れた。一旦地元に車を借りに引き返し、妹を迎えに行き、さらに引き返す道程を思うとそれだけでも疲れた。
男「名残惜しいか?」
妹「………だ、大丈夫です」
男「そうか。俺の家は一人暮らしにしちゃあ広いから、まあくつろげる筈だぜ」
ブォン ブルルルル
男「…」
妹「あ、あ、あの」
男「ん?」
妹「ほ、ほ、本当に私のっ、お兄ちゃんなんですよね?」
男「うーん…どうやらそうらしいぞ?」
妹「………」
男「これからが大変だ。お互い頑張ろう」
妹「…………」
お父さんはいいお父さんだったのかは分かりません。ですが、死ぬまで人並みの生活をさせたくれたので世間的にはいいお父さんなんだと思います。
お父さんはお酒を飲むと大変な人でした。
殴られたり、蹴られたりしました。外ではそうではないらしいですが私やお母さんには違いました。
そんな父親に嫌気がさしたのか私がまだ小さい時に出ていきました。
父親は酔いが覚めると私に悲しいくらいに謝りました。私もそれを許してきました。どんなに酔って暴力を振るわれたりしてもそれを見ると許してしまいたくなるのです。
暴力だけじゃありませんでした。色々な罵声も浴びせられました。
母の子だ。今に風俗嬢になるぞなんかは今でも忘れられない言葉です。
お父さんが亡くなった夜は特にひどい酔い方でした。帰って早々私の顔を叩きました。私を押し倒して、服を剥ぎ取ろうとしました。その時、父は悶えて倒れたのです。父は重かったです。私はパニックになって電話を探して何故か履歴の1番上の同僚の方に電話をしてしまいました。
同僚の方は駆けつけてくれました。救急車が来た後は覚えていません。
父はいつの間にかお骨となっていました。
同僚の方は色々と手助けしてくれました。私はお父さんが亡くなったショックからなのか茫然自失でした。
同僚の方は私のお兄ちゃんに連絡を取ってくれました。お兄ちゃんの存在はお父さんからよく聞きました。
お前は俺のバカ息子にそっくりだ!!と酔った時の罵声でよく聞いたからです。
私にとって家族はお父さんしか居なかったので、お兄ちゃんという存在は憧れでした。
今はまだ顔も知らないけど私に優しくて強くてカッコよくてこんな私を守ってくれるそんな人だと夢想していました。
そんな夢にまで見たお兄ちゃんがついに現れました。
ああこの人が私を守ってくれるお兄ちゃんなんだととても嬉しかったです。
ただ私は吃音です。人と喋る事が苦手です。
そのせいで今の学校で友達もおりません。
しかし私のお兄ちゃんは想像に違わぬ優しい人でした。これからこの人と暮らす事になります。
夢にまで見たお兄ちゃんです。それを考えるだけでもとても幸せな気持ちになります。
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