安部菜々「二兎物語」 (112)
デレマスSSです。
書留あり。
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1
卯月「う~さみん!歌って踊れる声優アイドル目指して、うさみん星からやって来ました!永遠の17歳、安部菜々です!きゃは!」
会場が静まりかえる。
卯月「ああ~、ちょっと~引かないでください!みなさん声を合わせてくださいね!せ~の、う~さみん!はい!」
『う~さみん』
私のコールに対してあまりにたよりないレスポンスが返ってくる。
菜々ちゃんのファンは鍛えられているのではなかったのか……
ここはアイドル安部菜々のトークショーが行われる会場だ。
しかしステージに立っているのは安部菜々の変装をした私、島村卯月である。
なぜ今、私が菜々ちゃんのふりをして仕事をしているのか。
それを説明するためには1日前に起こったある事件を紐解く必要がある。
2
1日前
菜々「卯月と菜々の“うづみんの部屋”!」
卯月「今日はゲストは橘ありすちゃんと、鷺沢文香ちゃんです!」
ありす「橘です。今日はよろしくお願いします」
文香「鷺沢、文香です。本日はお招きいただきありがとうございます」
菜々ちゃんと私の元気いっぱいの導入に対し、ありすちゃんと文香ちゃんは清流のようにおだやかなあいさつで応える。
“うづみんの部屋”それは私、島村卯月とうさみんこと安倍菜々ちゃんが司会を務めるバラエティー番組だ。
毎回ゲストを呼んで、そのゲストの好きな物を掘り下げていくのが番組の趣旨である。
文香「ありすちゃん、安部さんに“あれ”渡さなくていいのですか?」
ありす「ちょ、ちょっと文香さん。まだ私、心の準備が……」
菜々「え!?ありすちゃん、菜々に何かプレゼントがあるんですか?」
卯月「何でしょう?気になりますね!」
ありす「え、あの……はい。私、菜々さんにモンブランを作ってきました。その……どうぞ」
私は橘ありすちゃんが、12歳という年齢の割にしっかりした子だと聞いていた。
でも照れくさそうにケーキを渡す姿に、年相応のかわいらしさを感じた。
文香「ありすちゃんは安部さんの大ファンで、メルヘンデビューも踊れるほどなんですよ。それにいつもこの番組を見ているんです。そして今日の安部さんは10段階評価でいくつだったか、番組が終わるたびに私に点数を教えてくれます」
卯月「ひょ、評価!?点数!?」
私は素っ頓狂な声を上げる。まるで評論家だ。ありすちゃんは菜々ちゃんの大ファンじゃなかったのか……
ありす「そうです。ファンだからこそアイドルの成長のために鬼にならなければなりません。菜々さんのファンは自分と、そして菜々さんを鍛えるのが使命ですから。」
横目で菜々ちゃんを見る。
水面付近の金魚のように口をパクパクしていた。
菜々「……は!いけない!意識が遠のいていた!で、でもありすちゃんは優しいですから、きっといつも高得点をつけてくれているはずですよね。菜々だけに7点とか!なんちゃって」
菜々ちゃんはなんとか持ち直そうとする。
ありす「はい、私がよくつけるのは“ミンミンミン!ミンミンミン!ウーサミン!”にあやかって3点です」
菜々「ぐは!」
ありすちゃんが菜々ちゃんにとどめを刺す。
ありすちゃんが菜々ちゃんの大ファンといのは、実は嘘なんじゃないかと私は思う
文香「私からは、卯月ちゃんにプレゼントがあります」
卯月「私にもですか!?な、なんでしょう?」
先ほどの菜々ちゃんの流れのせいで思わず身構える。
文香「チャールズ・ディケンズの『二都物語』です。全三巻」
文香ちゃんから小説を手渡される。よかった。普通で。
私ははじめて普通であることをよろこんだ。
卯月「でもどうして『二都物語』なんですか?」
文香「安部さんのウサミンと卯月ちゃんの卯でウサギが二羽。つまり『ニ兎物語』です」
ダジャレだった。
菜々「あ、あの!文香ちゃん、菜々、ずっと気になっていたことがありまして」
文香「なんですか?」
菜々「文香ちゃん、菜々のことを呼ぶときなんて言ってますか?」
文香「?……安部さんですが」
菜々「その、菜々のイメージ的に安部さんはちょっと~」
確かに私も気になっていた。
文香「では、安部ちゃん?」
……どこかの総理大臣みたいだ。
菜々「どこかの総理大臣みたいじゃないですか!まずは安部から離れてください~!」
3
おみやげコーナーであたたまった場の空気は、メインのトークコーナーでも会話に膨らみを与えてくれた。
そして番組は終盤へ
「ぴにゃこら太の冒険」という私が主人公であるぴにゃこら太の声を担当しているショートアニメが流れる。
今回は、ぴにゃこら太が自身の名前について悩む話だ。
ありすちゃんが恨めしそうな目で私を見ているのを、私は背中で感じた。
ありすちゃん……恨むなら脚本家を恨んでください……
なんで自分はぴにゃこら太なのか、もっと普通の名前でもよかったのではないか。
悩み悩んだ末、ぴにゃこら太は名付け親に自分の名前の意味を聞いてみることにした。
すると名付けの親はこう答える。
「お酒の名前を付ければ、コナンとコラボできると思ってな」
次回「黒く染まるぴにゃこら太」
お楽しみに
最近は声優のお仕事が増えた。
どうやら私には声優の才能があるらしく、今ではいろんな役を演じさせてもらっている。
菜々ちゃんが羨ましそうな目でこちらを見ているのを私は背中で感じた。
……
菜々「楽しい番組もお別れの時間がやって来ました。ありすちゃん、文香さん!今日はありがとうございました。そしてテレビの前の皆さん、明日は菜々のトークショーがあります!私は、みなさんに会うのがとっても楽しみです!ぜひきてくださいね!」
最後は菜々ちゃんの告知で番組を締める。
番組は大成功と言っていいだろう。
今日の収録でひとつ驚いたのが文香ちゃんと度々目が合うことだった。
そして積極的に話に加わろうとしていた。私は、文香ちゃんは
トークが苦手だと聞いていたがその評価は覆えざるを得ないようだ。
収録後帰り際にありすちゃんは菜々ちゃんに今日の番組での評価を伝える姿が見えた。
菜々ちゃんに、何点だったのか聞いてみると、今回は菜々だけに7点だったらしい。
いつも3点なのを考慮すると、2倍以上だ。
たぶんありすちゃんにとっては100点以上の点数なんじゃないだろうか
そう伝えると菜々ちゃんは嬉しそうに
菜々「やっぱり菜々のファンは良い人ばかりです!明日がたのしみだな~」
と笑顔で答えた。
ちなみにありすと文香2人はこのあとなか卯でご飯を食べるらしい。
……うさぎだけに
文香ちゃんにもらった本を抱えて事務所に帰るとプロジェクトルームで杏ちゃんがうさぎの縫いぐるみを枕にソファーで寝ていた。
杏「んぁ、卯月ちゃんお疲れ~」
卯月「杏ちゃん、お疲れ様です!」
杏「うう~寝すぎて頭が痛い……こう太陽が出てぽかぽかだとつい昼寝しちゃうよね~」
あれ?杏ちゃんは確かスケジュールだとさっきまでレッスンだったはずじゃ
卯月「杏ちゃん、もしかしてさぼ――」
杏「卯月ちゃんはさ、太陽の年齢って知ってる?」
はぐらかされた。
しかし太陽の年齢か……
卯月「確か46億年前に太陽ができたはずですから、46億歳ですか?」
杏「うん。人間にとってみればそうなるね。でもさ、太陽にとっては自分の年齢は23歳なんだ」
卯月「え、23歳!?どういうことですか?」
若すぎる。それでは青年じゃないか
杏「1年ってさ、杏たちにとっては地球が公転して太陽を中心にその周りをぐるっと一周する期間のことだよね」
卯月「はい」
杏「一方太陽は銀河系を中心に毎秒217キロで一周する。」
卯月「毎秒217キロ……?」
速度を言われてもピンとこない
杏「つまり一周するのに2億年かかるんだ。太陽にとっては2億年ごとに一周して1つ年をとる。だから46億÷2億で23歳になるんだよ。」
卯月「なるほど」
なるほど。
しかし杏ちゃんは太陽の年齢の話をして何がいいたいのだろう
杏「その本さ、チャールズ・ディケンズだよね」
杏ちゃんは私が抱えている本を指して言う。
卯月「はい。文香さんにもらいました」
杏「ディケンズはこういったんだよ
『今日できることを明日にしてはいけない。遅延は時間の盗人だからだ』
でもさ太陽の気持ちになってみれば、今日できることを明日やっても大して変わらないと思わない?だって年を1つとるのに2億年もかかるんだからさ」
卯月「そうかもしれませんが、レッスンをさぼるとトレーナーさんに叱られますよ」
杏「その時は太陽の年齢の話をするよ」
本気か冗談かわからないトーンで杏ちゃんは答える。
卯月「ところで杏ちゃん、ご飯はたべましたか?よかったら一緒になか卯に行きませんか?」
うさぎだけに。私は杏ちゃんの下敷きになっている兎に目を遣る
杏「……なか卯の卯って、本当はうどんの‘う’から来てるんだけどね」
卯月「何か言いました?」
杏「ううん、支度するからちょっと待ってて」
4
なか卯で食事を終えると、杏ちゃんは自宅に直帰した。
ありすちゃんたちとは入れ違いになったのか会うことはなかった。
私は再び事務所に戻ると、そこには緊張した面持ちで忙しなく動く人々の姿があった。
その中に文香ちゃんの姿を見つける。
卯月「文香ちゃん!いったいどうしたんですか?」
文香「ああ、卯月ちゃん。それが、どうやら安部さんが食あたりで倒れたそうなんです」
卯月「食あたり?」
文香「ええ、貝に当たったそうです。もしかして、ありすちゃんの作ったモンブランが原因かもしれません」
卯月「え、なんで貝にモンブランが絡んでくるんですか?」
文香「実はあのモンブラン、いちごクリームパスタで作ったモンブランなんです」
卯月「いちごクリームとパスタで作ったモンブラン?」
おいしそうに聞こえるけど
文香「分けるところが違います。いちごとクリームパスタです。」
卯月「はあ」
文香「クリームパスタにミキサーでペースト状にした苺を加えて、麺をモンブラン上に成形したものが、いちごクリームパスタでつくったモンブランです」
卯月「よくわかりませんが、もしかしてそのクリームパスタに貝が?」
文香「入ってます」
なんてことだ
卯月「あの、ありすちゃんは今どこに?」
文香「幸いにも、なか卯で食事を終えた後に帰宅しました」
卯月「それは良かったです。」
ありすちゃんが聞けばきっと責任を感じることだろう
文香「ええ、本当に」
卯月「でも、明日の菜々ちゃんのトークショーはやはり中止でしょうか?」
私は菜々ちゃんが明日のトークショーをとても楽しみにしていたことを思い出す。
文香「残念ですが。仕方ないでしょう」
『その時空から、不思議な光が降りてきたのです。それは……』
携帯から聞きなじんだ声が聞こえてきた
卯月「!……菜々ちゃんから電話だ!」
私は通話ボタンを押す
菜々『もしもし……卯月ちゃんですか?』
卯月「はい!島村卯月です!菜々ちゃん、大丈夫ですか?」
菜々『……大丈夫です。大丈夫ですが、大丈夫ではありません。』
……菜々ちゃんの声は涙混じりで、震えていた。
卯月「菜々ちゃん?」
菜々『ごめんなさい卯月ちゃん、こんなことを頼めるのは今卯月ちゃんしかいなくて!申し訳なく思っています。でもやっぱり菜々はファンをがっかりさせたくないんです!』
菜々ちゃんの悲痛の叫びが鼓膜を通じて、私の心臓まで振動を伝える。
菜々ちゃんが何で悲しんでいるのか。何を言おうとしているのか。
私にはすぐに検討が付いた。
卯月「……明日のトークショーのこと、だよね?」
菜々『はい。お願いです、卯月ちゃん辛い役目を押し付けることになりますが……明日のトークショー、私の代わりに――』
卯月「わかりました、菜々ちゃん。私、明日菜々ちゃんの代わりにステージに立ちます」
菜々『卯月ちゃん……ごめんなさい』
卯月「菜々ちゃん、気にしないでください!それに今からやろうとしている事は、今までの人生の中の何よりも意味のあることだから……」
菜々『ありがとう、卯月ちゃん。明日、よろしくね』
卯月「はい!島村卯月、頑張ります!」
私は電話を切る。
文香「卯月さん、明日は安部さんの代わりに出ることにしたんですね」
卯月「……どうしよう」
文香「え?」
卯月「2つ返事でO.K.しちゃいましたけど、明日はみんな菜々ちゃんのファンしかいませんよね。それなのに私が出てきて、かえってがっかりさせないかな」
私は急に不安になってきた。
さっきまではドラマに出てくるヒーローになったような熱い情念につき動かされていたが、自分は無策であるという現実に私はたった今気付いた。
文香「……私に考えがあります」
卯月「考え?」
文香「ニ都物語ですよ」
卯月「二都物語?どういう意味ですか?」
文香「今日私が卯月ちゃんに渡した本です。まだ読んでないんですか?」
咎めるような視線で文香ちゃんは私を見る
いや、3冊もこんな短時間で読めませんって!
卯月「そ、それでどんな話なんですか?」
文香「フランス革命の時代。ルーシーという女性と彼女を愛する2人の男性、チャールズとカートンがいました。実はその2人の男性、外見がそっくりだったんです」
卯月「外見がそっくりな2人の男性に1人の女性。」
そうなると2人の男は中身やほかの部分で勝負するしかない。
文香「外見がそっくりでも、カートンは酒浸りでした。そのためルーシーはチャールズと結婚します」
卯月「酒浸り……」
文香「しかし、ルーシーと結婚したチャールズは一族が犯した罪によって死刑囚として投獄されてしまいます。」
卯月「そんな、幸せになる一歩手前だったのに」
文香「しかしチャールズを救ったのはカートンでした。彼は愛していたルーシーのためにチャールズに変装して彼を救い出したのです」
卯月「なるほど、つまり文香ちゃんの作戦って……」
文香「卯月ちゃんが安部さんに変装してステージに立つんです」
卯月「いやいや無理ですよ!絶対ばれますって!」
文香「でもファンをがっかりさせないためにはこれしか方法がありませんよ。それに安部さんだっていつもバレバレな嘘をついているではありませんか」
後半はともかく、前半は否定のしようがない
卯月「でももしばれたら……」
文香「大丈夫です。絶対にばれません」
文香ちゃんは断言をする。どうしてそう言い切れるのだろう
卯月「どうしてそう思うんですか?」
文香「『今からやろうとしている事は、今までの人生の中の何よりも意味のあることだから』」
……それは、私が菜々ちゃんに言った言葉だ
卯月「その言葉に何か意味が?」
文香「意味はありません、でも卯月ちゃんが言ったその言葉、実は過去に同じことを言った人がいるんです。そしてその人は使命を果たすことができました。だから卯月ちゃんも大丈夫です。」
卯月「それは、いったい誰なんですか?」
文香「二都物語のカートンです」
5
トークショー当日
ステージが始まる10分前。
今日、この会場には文香ちゃんの他に杏ちゃんにも事情を話して来てもらっていた。
杏ちゃんの知恵が必要だと思ったからだ。
杏「それにしても卯月ちゃん、無茶するよね」
卯月「うぅ……やっぱり無茶だと思いますか?」
杏「思う」
卯月「……そうですよね」
私は泣きたくなる
杏「『誰のためであれ、人生の重荷を軽くしてあげる人であれば、その人は無用の人ではない』」
その言葉は、最近聞いたことがあった。
卯月「良い言葉ですよね。杏ちゃんの言葉ですか?」
杏「いいや。ディケンズの言葉だよ。この言葉だけはお気に入りなんだ。まあ……杏が言いたいのはね、卯月ちゃんを応援しているってことだよ」
卯月「杏ちゃん……ありがとう」
文香「卯月ちゃん、そろそろ時間ですが作戦は頭に入っていますね。」
卯月「はい!」
文香「私と杏ちゃんが力になれるのは実質ここまでです。」
文香ちゃんと杏ちゃんは何かあったときのみスタッフに指示を出しに行くことになっている。
文香「ですので最後に私からも卯月ちゃんに言葉を贈ろうと思います。」
卯月「文香ちゃん……」
普段からたくさん本を読む文香ちゃんの事だ。きっと私に力を与える名言を贈ってくれるにちがいない。
文香「こほん……では言います。
『とにかく顔をあげて』
……です」
え?
それだけ?
卯月「え、それだけですか?」
文香「それだけです。」
それだけなのか。
私は力が抜ける。
でもいったい誰の言葉だろう
文香「これは私たちのプロデューサーの言葉です。」
文香「私がはじめてバラエティーのアシスタントに挑戦したときに、プロデューサーさんがその言葉を私に送ってくれました。ですので今度は私から卯月ちゃんにと思いまして」
そうか、文香ちゃんと昨日の収録で度々目が合った理由が今やっとわかった。
プロデューサーの言葉、それはこの世の誰の言葉より、私たちに力をくれる。
私はきっと頑張れる。
卯月「ありがとう、文香ちゃん。島村卯月、行ってきます!」
6
卯月「う~さみん!歌って踊れる声優アイドル目指して、うさみん星からやって来ました!永遠の17歳、安倍菜々です!きゃは!」
カツラとメイクと衣装。そして声優の仕事で鍛えた演技力で私は安部菜々を演じる。
会場が静まりかえる。だがそれも想定内だ。
卯月「ああ~、ちょっと~引かないでください!みなさん声を合わせてくださいね!せ~の、う~さみん!はい!」
『う~さみん』
私のコールに対してあまりに頼りないレスポンスが返ってくる。
菜々ちゃんのファンは鍛えられているのではなかったのか……
今日のこの会場は、1階席が客席、2階席がカメラ用となっている。
2階席に人が入っていない分、声が小さいだけだと私は自分に言い聞かせる。
司会「あの~菜々ちゃん?ちょっと聞きたいんだけど」
卯月「どうしました?司会者さん、きゃは?」
司会「今日の菜々ちゃんさ、なんか大きく見えるんだけど気のせいかな?」
卯月「え?大きいですか?気のせいだと思いますよ?」
体格の違い。
確かに私と菜々ちゃんは身長にして13cmもの差がある。この差は変装をするうえでネックになってくる問題だ。
だがその質問はちゃんと対策済みだ
卯月「みなさ~ん!今日はスペシャルなゲストに来てもらっていま~す!どうぞ!」
きらり「にょわ~!諸星きらりだよ~!今日は菜々ちゃんのトークショーに呼んでくれてありがとうだにぃ!」
『うわ~諸星きらりちゃんだ!初めて生で見たけど、本当に大きいんだね!」
『最初は菜々ちゃんが大きくなったかと思ったけど、やっぱ菜々ちゃんは小さいね。きっと貫禄が原因かな』
卯月「ノー!そこ!聞こえてますよー!」
私は文香ちゃんたちとの作戦会議を思い出す。ステージが始まる30分前のことだ。
……
杏「卯月ちゃん、人は物事の大小を何かと比べることでしか判断できない生き物なんだよ。」
文香「そして過去の記憶よりも頼りにならない比較対象は存在しないのです」
杏「きらりと隣り合って立てば、たった13cmの差なんて霞んで見えるよ。きらりには既に杏から頼んでおいたから、卯月ちゃんは安心してステージにたっていいよ」
卯月「……」
きらりちゃんは身長にコンプレックスを抱えていたはずだ。
それなのにきらりちゃんの身長をこんなことに利用していいのだろうか。
私は自分がひどく醜い生き物であるように思えた。
私の脚は自然と、きらりちゃんが控えているゲストルームへと向いていた。
きらり「卯月ちゃん。きらりはね、頼ってもらえてとってもうれしいんだよ。」
卯月「嬉しい?」
どういうことだろう?
きらり「『誰のためであれ、人生の重荷を軽くしてあげる人であれば、その人は無用の人ではない』」
初めて聞く言葉だ
卯月「それは、誰の言葉ですか?」
きらり「杏ちゃんの言葉だよ。きらりが身長の事で悩んでいた時、杏ちゃんはいつもこういってくれたんだ。」
杏ちゃんが……私は杏ちゃんがきらりちゃんにその言葉を語りかける姿を思い浮かべる。
きらり「その言葉に、きらりはいっつも元気を貰えるの」
そうか、だからきらりちゃんはこんな頼みも快く引き受けてくれるのか
卯月「優しくて、杏ちゃんらしい言葉ですね」
本当にそう思う
きらり「うん、きらりもそう思う」
……
杏ちゃんときらりちゃんの絆は最強だ。
そしてその2人が私を支えてくれている。
私は今日を乗り越えられる気がしてきた。
きらりちゃんを迎えたゲストトークで会場の空気が暖かい熱を帯びる。
司会「さて、ゲストトークも盛り上がってきたところで、菜々ちゃんに質問コーナーに移らせていただきます!ここに会場の皆さんから事前に寄せられた質問葉書が入った箱があります。その中からランダムに選ばれた物を菜々ちゃんに聞いてみたいと思います!」
トークショー最大の関門が来た。でも身長を誤魔化すことに成功した私には怖いものなどなかった。
司会「それでは、せっかくですからきらりちゃん!お願いします!」
きらり「了解だにぃ~ドゥルルルルルルルルルるるるる」
きらりちゃんが、がさごそと箱の中をかき回す。
きらりちゃん、頼むから簡単な質問を引いて!と願うべきなのかもしれないが、自信からか私はきらりちゃんの巻き舌がかわいらしい、などとぼんやり考えていた。
きらり「これだゆ!」
司会「え~と、なになに?ストロベリーTさんからのお便りです。
『菜々さんは、自身をウサミン星人と呼んでいますね。宇宙人の存在を否定することはできませんから、これは問題ありません。
しかし自分のことを永遠の17歳と言っていますが、これはどういうことですか?時間がループしているとでも言うのですか?論理的に説明してください!』
……だそうです」
会場が凍りつく。
私も凍りつく。
司会「ま、まさか永遠の17歳に論理的説明を求めてくる人がいるとは思いませんでした。あの、菜々ちゃん、大丈夫ですか?別に無理して答えなくても……そうだ、次の質問に移りますか?」
司会の人が気を使ってくる。
菜々ちゃんだったらどうするだろう。次の質問に移るのだろうか。
いや、この手紙はファンが菜々ちゃんに宛てて書いたメッセージだ。
ファンを大事にする菜々ちゃんのことだ、次に移るなんてことはしない。
きっと何とか答えようとするはずだ。
私は今菜々ちゃんを演じている。
だからわたしは悪あがきをすることにした。
私はきらりちゃんにアイコンタクトを送る。
卯月「皆さんは、太陽の年齢をご存知ですか?」
私は賭けに出た。
きらり「太陽?確か46億年前にできたんだよね。だから46億歳?」
きらりちゃんがこちらにアイコンタクトを送ってくる。
私は心の中でガッツポーズをする。
きらりちゃんは私の意図していることをわかってくれたようだ。
卯月「確かに人間にとってはそうですね。でも太陽にとっては自分の年齢は23歳なんです。」
きらり「23歳!?それってどういうことだにぃ!?」
欲しいと思った通りの反応が返ってくる。
卯月「1年とは、私たちにとって地球が公転して太陽を中心にその周りをぐるっと一周する期間のことですよね」
杏ちゃんの眠たそうな声が耳の奥で蘇る。
きらり「うん」
卯月「一方太陽は銀河系を中心に毎秒217キロで一周します。つまり一周するのに2億年かかるんです。太陽にとっては2億年ごとに一周して1つ年をとる。だから46億÷2億で23歳になるんです。」
きらり「なるほど!太陽が23歳なのはわかったにぃ。でもそれと永遠の17歳、なんの関係があるの?」
きらりちゃんが私の解説にうまく道筋をつけてくれる。
卯月「菜々が住むウサミン星も、銀河系をゆっくり一周します。それこそ1つ年を取るのにも気が遠くなるほど。だからウサミン星人の菜々は永遠の17歳なんです」
きらり「え、でもそれじゃあ、菜々ちゃんは地球時間で17億歳以上……?」
卯月「ノー!それ以上はいけませーん!」
私ときらりちゃんの掛け合いで会場に笑いがおこる。
そうだ、菜々ちゃんはきっとこう落ちを持ってくるはずだ。
私は杏ちゃんがきらりちゃんにも太陽の年齢の話をしていると信じることにした。
2人は最強なんだから当然だよと杏が自信満々に答える姿が目に浮かんだ。
その後も質問も奇問・難問揃いだったが、私は何とかすべての質問に菜々ちゃんの回答をすることができた。
質問者の名前が呼ばれるたびに会場に喜色に満ちた声が響いていて、私はその声を聴くたびにこのコーナーに立ち向かう決断ができてよかったと強くに思った。
7
司会「楽しい時間もすぎるのが早いもので、このトークショーもお別れの時間となってまいりました。きらりちゃん、菜々ちゃん、今日の感想をどうぞ」
トークショーもいよいよ幕引きの時間がやってきた。
私は昨日文香ちゃんと交わした会話を思い出していた。
……
私は気にかかっていた質問を文香ちゃんにした。
卯月「文香ちゃん、二都物語のカートンはチャールズを救った後、どうなるんですか?」
文香「カートンは死刑囚のチャールズと入れ替わりによって救い出します。そしてその後はチャールズに代わって死刑になります。」
卯月「え」
やっぱり出るのやめようかな……
……
きらり「今日は皆さんとお話しできてとっても、と~っても楽しかったにぃ!菜々ちゃん、呼んでくれてありがとうごまいましゅ!今日私を見て諸星きらりに興味が出た方は、私と杏ちゃんが歌う新曲『あんきら!?狂騒曲』もよろしくおなしゃ~っす!」
カートンが死刑になったと聞いたときは私はやっぱり無理なんじゃないかと思った。
でも実感はないが、私はなんとかここまで役目を果たすことができたようだ。
司会「ではお次は菜々ちゃん!」
卯月「はい!皆さん、今日は菜々のトークショーに――」
『うさみん歌ってー!!』
卯月「え?」
会場から子供たちの声が飛んでくる。
宇佐美歌ってと聞こえた気がする。
お客さん、宇佐美はサッカー選手でしょと私は心の中で突っ込みをいれる。
『うさみん歌ってー!!』
違う、宇佐美じゃない、“うさみん”だ。
今日何度も呼ばれた言葉。
聞き間違えるはずのない言葉を聞き間違えたのは、私がこのあとの展開を知っているからだ。
『ミンミンミン!ミンミンミン!ウーサミン! ミンミンミン!ミンミンミン!ウーサミン!』
うさみんコールが会場に響き渡る。
今日はトークショーじゃなかったのか。いや、そんなことはもはや関係ない。
菜々ちゃんはいつもこのコールに答えてきた。
しかし今回は菜々ちゃんはここにいない。
いるのは菜々ちゃんに扮した島村卯月という別人だ。
トークならまだ対応できた。
しかし歌となると話は別だ。今回はあまりに準備期間が少なすぎた。
歌を歌うことはできる。しかし問題はダンスだ。
私はメルヘンデビュー!の振り付けを全くと言っていいほど覚えていない。
『ミンミンミン!ミンミンミン!ウーサミン! ミンミンミン!ミンミンミン!ウーサミン!』
このまま感想を言い終えて、トークショーを終了すれば確かに私が菜々ちゃんではなく、実は島村卯月であることはばれないだろう。
しかしそれは菜々ちゃんがファンの期待を裏切ることを意味する。
同時に今日私が菜々ちゃんに変装して、多くの人の助けを借りて、この場に出て来た意味そのものがなくなる。
つまり私は歌うしかないのだ。たとえダンスが無くても。
文香『カートンはチャールズに代わって死刑になりました』
文香ちゃんが語る二都物語の結末を思い出す。
いや、駄目だ。そんなことを考えちゃいけない。
私はかぶりを振って頭に浮かぶ言葉を打ち消す。
文香ちゃんが私に言ってくれたのはもっと別の言葉。私に力をくれる魔法の言葉だったはずだ。思い出せ、思いだせ!
文香『とにかく顔をあげて』
プロデューサーさんが、そして文香ちゃんが言っていた言葉を思い出した。
そうだ、私は顔をあげなくちゃ!
私は俯きそうになる気持ちをぐっと押さえて前を見る。
私はスタッフの中に紛れている、ある人物の姿を見つけた。
文香ちゃんだ。
文香ちゃんは文字が書かれた大きな白い紙を私に見えるように掲げていた。
そこにはこう書かれている
『暗転後、下手にはけて歌を歌ってください』
数秒後、ステージのライトが落ちる。
私は文香ちゃんの指示通りにステージ下手にはけ、そしてあの歌詞を口にする。
卯月『その時空から不思議な光が 降りてきたのです』
客席2階、現在はカメラ席として使われているところに一筋の光が降りる。
そこにはうさみみを付けた2人目の兎の姿があった。
『あ、あれは誰だー!誰だー!誰なんだー!』
いったい誰だろう
卯月『それは…ナナでーっす☆』
いや菜々ちゃんではない、もし菜々ちゃんなら私が歌う必要はどこにもないからだ。
しかしその謎の人物は完璧にふりつけをマスターしているようだ。
思案しながら、歌詞の続きをうたいあげる私の元に文香ちゃんがやってきた。
手には例のカンニングペーパーが抱えられている。
私はそこに書かれた文字に目を通す。
文香『おつかれさまです、卯月ちゃん。』
文香ちゃんがページをめくる
文香『今2階席で卯月ちゃんの代わりに踊っているのは誰だと思いますか?』
文香ちゃんがもったいつける。杏ちゃんかと思ったが、文香ちゃんはここにいるということは、杏ちゃんが現在スタッフに指示を出しているはずだ。
文香ちゃんがページをめくる
文香『それは、ありすちゃんです』
ありすちゃん?
ありすちゃんには入れ替わりのことは伝えていないはずだけど。
それにありすちゃんの体格では……いや、だからこその2階席か。ありすちゃんは距離を稼いで身長を誤魔化したんだ。
文香『ありすちゃん、昨日菜々ちゃんにモンブランの感想を聞きたくて、何度も電話をかけたそうなんです。でも何度かけても菜々ちゃんは出なくて』
菜々ちゃんは昨日病院で横になっていたから。電話には出れないはずだ。
文香『心配になったありすちゃんは、今日出演者控室へ直接菜々ちゃんに会いに行ったそうです。その時、今日の作戦を話す私たちの会話を聞いてしまったと言っていました。そして開幕後、私にこうなった理由を問いただしてきました。』
そっか……ありすちゃんには隠しておきたかったけど、駄目だったか。
私は暗い気持ちになる
文香『でもその時、私の携帯に安部さんから着信がありました』
……
舞台袖で卯月ちゃんを見守る私の携帯に、安部さんから着信があった。
文香「もしもし、鷺沢ですが」
菜々『文香ちゃんですか?菜々です!今どうなってますか?問題とかは起こってませんか?』
文香「問題は起こって――いえ、すいません。ありすちゃんにばれてしまいました。」
ありす「……」
ありすちゃんを横目で見る。彼女は泣きはらした瞳を拭きもせず、嵐が過ぎ去るのをただ待つかの如く小さく座り込んでいた。
菜々「文香ちゃん、ありすちゃんに代わってもらえますか?」
私はありすちゃんに携帯を差し出す。
ありすちゃんに罪はない。
なぜならありすちゃんの行動の裏にある優しい気持ちを私は知っているからだ。
しかしありすちゃんは私の話を聞いても自分を許そうとはしなかった。
でも安部さんなら。
文香「ありすちゃん、安部さんがありすちゃんと話をしたいそうです」
ありすちゃんは苦しそうに携帯を受け取る。
安部さんと話すのが辛いのだろう。
ありす「はい、橘です……」
菜々「ありすちゃんですね?」
ありす「ごめんなさい、菜々さん。私のせいで……せっかく今日のトークショーを楽しみにしていたのに」
菜々「何をいってるんです?ありすちゃん。菜々は、ちゃんと今日ステージに立ってますよ。」
ありす「え?菜々さんは今病室にいるんじゃ……」
菜々「そこからステージが見えますか?よ~く見てください。何が見えますか?」
ありすちゃんがステージに立つ卯月ちゃんに視線を移す。
私も同じように卯月ちゃんの姿を視界にとらえる。
そこには何度もピンチに陥りながらも、ファンのために必死で道を切り開く
“いつものうさみんの姿”があった。
ありす「……うさみんです。いつものうさみんがそこにいます!」
菜々「はい、そこにはうさみんがいます。ありすちゃん、お願いがあります。どうかうさみんの力になってあげてください。うさみんに1人じゃないと教えてあげてください。だってうさみんは寂しくなると死んでしまいますから!兎だけに!」
ありす「……はい!」
……
そうか菜々ちゃんが、“ファンである”ありすちゃんを元気にしたんだ。
私は歌いながら2階席で踊るありすちゃんに目を遣る。
小さな体を目いっぱいに動かし完璧に振り付けを再現するその姿が、私には、“いつものうさみんの姿”と重なって見えた。
菜々ちゃん、やっぱりあなたのファンは鍛えられています。
『ミンミンミン!ミンミンミン!ウーサミン! ミンミンミン!ミンミンミン!ウーサミン!』
ファンも一緒になって歌を響かせる。
卯月『ウサウサウサ ウサミン!!』
8
ステージが終わって、私はありすちゃんに今日の点数を聞いてみることにした。
卯月「ありすちゃん、今日の点数は何点だった?卯月だから4点かな?」
ありすちゃんはこう答える。
ありす「私も出たのにそんなに低いわけがありません!そうですね、今日の点数は『ニ兎物語』にちなんで、にと、にかけるとう、2×10で20点でどうでしょうか」
卯月「え、10段階じゃなかったの?」
ありす「いいんです。」
良いのか。
きらり「みんな!今日の打ち上げはどこですゆ~?」
きらりちゃんが打ち上げの場所を聞いてくる
卯月「きらりちゃん、実はもう打ち上げ場所は決まっているんです。ね、皆?」
文香「決まってます」
ありす「はい、決まってます!」
杏「え~杏はあん肝が……いや、決まってるよね」
きらり「え?いったいどこだにぃ~」
『なか卯です!兎だけに!』
みんなの声が重なった。
(完)
これにて完結です。
ありがとうございました。HTML化を依頼しておきます。
よろしければ過去作もご覧になってください。
貴音「麺たりずむ」
http://456p.doorblog.jp/archives/49201040.html
「ベル凛の壁」
http://456p.doorblog.jp/archives/49212153.html
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