一ノ瀬志希「マーキング」 (22)
昼を過ぎ、そろそろ夕方に差し掛かろうとする時間帯。
本来であればまだ仕事に没頭するはずの時間だが、パソコンの前に座る男の手は止まっている。
腕を組み、過度なストレスから貧乏ゆすりをしてまでいる。
男はある理由で仕事に手がつかないでいるのだった。
「はぁ……全く、あいつ何やってんだ……」
ため息を吐き、悪態をついて男は頭を抱える。
何故、こんな事になっているのか……実は男には待ち人がいるのだ。
そしてそれが来ていないのである。だからこそ、イライラとしている。
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前日に来る時間帯、それと場所の連絡をして万全の状態であったにも拘らず、その相手は来る気配が無い。
しかも連絡してあった時間は昼前。かれこれもう何時間も男は待っている事になっている。それでは怒りが湧かない方がおかしいだろう。
「あの……プロデューサーさん、大丈夫ですか?」
そんな男を心配してか、事務員の千川ちひろが声を掛ける。
「……これが大丈夫に見えるとでも?」
ちひろは怒りを向ける矛先でも無いにも係わらず、男は睨んでそう答える。
男の顔には青筋が立っていて、今にも爆発寸前だった。
下手に刺激すれば爆発し兼ねないが、事務所の空気がこれ以上悪くならない様にと、ちひろは出して男と相対する。
「そ、それにしても……志希ちゃんどうしたんですかね? いくら何でも遅すぎじゃ……」
「多分、もう来ないぞ。あいつ。最近ずっとこんな感じだからな。はぁ……」
男は乱雑に髪を掻き乱し、もう一度重くため息を吐く。
この男……プロデューサーのKはこの事務所のアイドルである一ノ瀬志希の担当ではあるが、志希の度重なる自由気ままな行動ぶりに辟易としていた。
元々失踪癖のある志希だが、この頃もレッスンを入れても無断で来なかったりして、その行動は度を越えているのだった。
「あいつもそれなりに売れてて、逃げられたら困ると思って今までは大目に見てきたが……今日ばかりはもう我慢の限界だ」
そしてKは立ち上がると外行きの鞄を取り出して、外出の準備を始める。
携帯、財布、スケジュール張等の必需品を全て詰め込むと、椅子に掛けてあったコートを羽織って出口に向かって早足で歩いていく。
「今から寮に行ってくる。悪いが後は頼むぞ」
「ちょ、ちょっと待って下さい!」
早急に出て行こうとするKをちひろは慌てて呼び止めた。
呼び止められたKは後ろを振り返り、不機嫌そうにちひろを見つめる。
「何だ、千川。俺は急いでるんだ。用があるなら後にしてくれ」
「そういう事じゃなくて……その……志希ちゃんが悪いのは分かりますが、今から女子寮に突撃するのはちょっと……」
「これからのプロデュースに係わる大事な用件なんだよ。四の五の言ってられっか」
ちひろの言い分などまるで聞く耳持たず、扉に手を掛けて開け放つ。そしてそこから出て行こうとするK。
「そ、それなら私も随伴しますから。ちょっと待ってて下さい」
「は? 何でお前が一緒に来るんだよ」
「男性のあなたを一人で女子寮に上げる訳にはいきませんから。それぐらい、分かって下さい!」
「ちっ……だったら、早くしろ。もたもたするとあいつに逃げられるかもしれんぞ」
「はいはい、直ぐに支度しますから」
そしてちひろも外出の準備を終えると、二人は事務所を出て女子寮にへと急いで直行するのだった。
数十分後。女子寮に辿り着いた二人は他には全く眼を向けず、志希の部屋にへと真っ直ぐ向かう。
そして志希の部屋の目の前に到着すると、Kは扉の横に備え付けられてるインターフォンを人差し指で軽く押す。鍵は当然閉まっているので、入る手段はこれしか無い。
押した後にチャイムがなり、部屋の主に来客が来た事を知らせる。が、中で人が動く様な気配はしない。
少し待った後、Kはもう一度インターフォンを押すがこれもまた反応が無い。
「……出ませんね」
「……ちっ」
ただでさえここに来る前からイライラしていたのに、中で一向に動きが無い事に更にイライラが募り、Kの怒りが限界に達する。
「おい、志希! いるのは分かってんだ!! 早く開けろ!!!」
怒ったKは部屋の扉を強く叩き、呼び出そうとする、その姿は宛ら借金取りの様であった。
「ちょっとプロデューサーさん、落ち着いて! 寮には志希ちゃん以外にもいるんですよ!」
「開けろ!! 志希!!」
ちひろの声を無視し、何度も何度も扉を叩くK。すると、内部で始めて動きがあった。
中で誰かが廊下を歩く音が聞こえ、そして扉に掛かっていた鍵が開く。
「はいはーい。どちら様ー?」
そして中から外の空気を完全に無視した様相の志希が扉の隙間からひょっこりと顔を覗かせる。
その格好はタンクトップにホットパンツ。その上に白衣を羽織っていてアイドルらしさは皆無だった。
「あれー? 何だ、キミかー。それにちひろさんまでどーしたの? あたしに何か用ー?」
「何か用……じゃない。お前さ……今日の昼に事務所に顔出せって言ってあったよな?」
怒り心頭のまま、志希を睨みつけてKはそう言った。
「んー……そーだっけ? 忘れちゃった♪ にゃはは♪」
しかし、志希はそれすら意に介さずにそんな事を言う始末。
「あっ、そうそう♪ 実は~キミに見せたいものがあるんだ~♪」
それに加えてマイペースこの上ない発言まで飛び出てくる。
「あのな、志希……今はそれ所じゃ……」
「今日できたばかりの最新作なんだー♪ だから、早くこっちおいでよ~♪」
そう言って志希は部屋の奥にへと行ってしまう。
残された二人は立ち尽くしている訳にもいかず、渋々部屋の中にへと上がっていった。
部屋に入ると中は薬品の匂いで満たされていて、とても快適とは言えない環境だった。
「それで……見せたいものって何だ? もしかして……それ作ってて最近サボってたとか……そんな事言わないよな?」
「おー大正解~♪ まさにその通りー!」
志希の回答を受けて、Kの顔にまた青筋が浮かぶ。だが、何とか堪えて早く用件を終わらせようと志希の動向を待った。
「それでー見せたいものっていうのはーこれこれ♪」
そう言って志希は机の上に置いてあったあるものを取り、それを二人に見せる。
「じゃーん♪ 志希ちゃん特製の新作パヒューム~♪」
それは香水だった。小さめのスプレー容器の中に、妖しげなピンクの液体が入っている。どうみても香りしかしない。
「これはー前に作ったやつを改良したものでー効力は……まー試してみれば分かるかな~」
そう言うと志希はスプレーを前に掲げ、噴出口をKにへと向ける。
「は?」
「それ~♪」
そしてKの了承を得ずに、その香水をKに噴出したのだ。
「わっ!? お前、何するんだ!?」
「にゃははは♪ 良い感じでしょー」
香水を吹き付けられたKは直ぐに掛けられた部分の匂いを嗅ぐ。仕事用で使うスーツに変な匂いを着けられては問題所の騒ぎでは無い。下手をすれば信用問題に係わってしまう。
しかし、その箇所からは匂いはしなかった。それ以外の部分を嗅いでみても匂いは一切しない。
するのは、スーツに元々着いていた匂いだけだった。
「何なんだ、一体……」
Kが怪訝そうに言った……その時だった。
「うっ……」
Kの背後で呻き声が聞こえ、直後にドサッと何かが倒れる音がした。
何事かと思い、Kが後ろを振り返る。するとそこには後ろに立っていたはずのちひろがうつ伏せで床に倒れ込んでいるのだ。
「千川!? おい、どうした!?」
Kは慌ててちひろの傍に駆け寄り、仰向けにしてその容態を確認する。
先程までは正常でいたちひろは白目をむき、何故か気絶していたのだ。
「どういう事なんだ……」
一瞬の内に何が起こったのか分からないKは混乱して、思考が止まってしまう。
「ふふーん。効果抜群だねー♪ というか、効き目強過ぎちゃったかなー?」
そんな光景を目にしても、軽口を叩く志希。しかも何かを知っている様な口ぶりでもあった。
「おい、志希! これはどういう事だ!!」
「どういう事ー? 見て分からないかなー?」
あざ笑うかの様に志希はKを見て、くすくすと妖しく微笑む。
「まー特別に教えてあげるけど……ちひろさんはキミについた匂いを嗅いで気絶した……そういう事なんだよー♪」
「匂いだと……」
しかし、Kはそう言われても合点がいかない。先程自分でも嗅いだがそれは無臭で何も匂いはしなかった。
それなのに、目の前で倒れているちひろはそれを嗅いで気絶したというのだ。
ますます理解の及ばない事にKは頭が痛くなる様だった。
「でもね、キミには無害だから大丈夫ー♪ 害があるのは……キミに近付く女だけ~♪」
「はぁ? そんな事……できる訳が無いだろ」
「できるよー? だってーそういう風に調合してあるんだー♪ それにー現にそうやって倒れてる訳だしね」
志希はそう言って無惨に倒れているちひろを指差した。
「ここまで辿り着くのに苦労したんだよ~? 失敗失敗大失敗の繰り返しだったしー♪」
「な、何でそんなものを作ったんだ」
「何で? 決まってるじゃーん♪ 全ては~キミを私だけのものにする為~♪」
Kは志希の瞳を見てギョッとする。その目には光が一切入っておらず、黒く淀んでいた。
「これがあれば~キミには邪魔な女は寄ってこない。キミに近付いて、触れて、そして愛せるのはあたしだけ~♪ にゃはっ、にゃははははははははははは♪」
狂い咲いた様に笑った後、志希はKに近寄ると、再びスプレーを向けて香水を1回、2回と更に吹き付ける。
「こうやってー吹き掛ける毎にキミは私の色に染まっていく。それってとても素敵な事じゃない?」
そして用が無くなったのか、志希は手に持つスプレー容器を乱雑に放り投げると、そのままKの胸に向かって抱きついた。
タンクトップに白衣という薄着が故に、志希の柔らかな感触が肌を通じてKに伝わる。
「あれあれー? 普段は強気なキミがーこうなったら何も出来ないんだねー? 少し以外♪」
Kが抵抗しない事が分かった志希は、Kの体に自分の匂いを擦り付ける様に動き出す。
志希が動く度に彼女の着る少し大きめのタンクトップが肌蹴そうになり、その下が顕わになろうとするのが見え、Kは固唾を呑んだ。
「ちょっとは興奮してきた? まぁーやっぱりキミも雄だから仕方ないよね♪ ちなみにあたしは~さっきから興奮しっぱなし! もうアドレナリンがドバドバだから!」
そう言った後、志希はとどめとばかりに抱きついていた腕を離すと、Kの肩に触れて力を込めて押し倒す。
そして倒れたKが起き上がれない様に、志希はKの腹の上に跨り、優位な体勢を取った。
「さぁ……もっと凄いヘンタイごっこ……しよ? それこそキミの匂いとあたしの匂いが交じり合うくらい、激しく……ね?」
もうKに抵抗らしい抵抗はできない。恐怖や混乱で体が思うように動いてくれない。最早なすがままとなるしか無かった。
ちょっと素行に関して注意しようとやってきただけだったのに、何故こんな事になったのか……。
Kは心の中でそう後悔しながら、その身を志希の思うがままに蹂躙されていくのであった。
終わり
乙、ラスト早足?
以上、駄文失礼しました。
公式の劇場でそんなタイトルを見かけてムシャクシャしてやりました
やっつけだから穴だらけかもしれない。推敲って大事だね
ここまで読んでくれた方、ありがとうございました
>>17
ろくにプロットも立てずに書いたからこそのこの始末
衝動的にやるもんじゃないね、全く
一応、前に書いた作品
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このSSまとめへのコメント
なんでKなんですか、Pじゃ駄目なんですか!?