貴音「麺たりずむ」 (64)

『うっうー!うっうー!』


仕事終わりの帰途を千早ちゃんと取り留めのない会話で埋めていた時、携帯の着信音が耳朶に触れた。


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千早「携帯のバイブがなっているわね。春香のかしら」

春香「千早ちゃんさ、いつもバイブと言い張るけど、明らかにこれやよいの声だよね。絶対おかしいよ」

千早「え、高槻さんの声に聞こえたかしら?やったわ声帯模写成功ね……は!いや、これはバイブよ」

春香「いやいや、もう取り消し不可能なとこまで言っちゃってるから!私、とことん引いてるからね!」

千早「……春香が何をいっているのかわからないわ」

私の何度目かの指摘を千早ちゃんは馬耳東風に聞き流し、メールの確認を行っている。

本当にわからないという顔をしていた。

次の現場でもスタッフのドン引きした顔を見ることになりそうだ。

春香「誰からのメール?貴音さんかな?」

千早「え、どうしてわかるの!?」

春香「メンタリズムですよ。メンタリズム!」

千早「メンタリズム?春香はそんなの使えないでしょ?」

春香「はは、まあ私と千早ちゃんは親友だからね。勘でわかっちゃうんだよ」

千早「親友なら……しょうがないわね//」

実は相手がわかったのには理由がある。

千早ちゃんがメールをするのは765プロの人だけだ。

以前こんなやり取りを見たことがある

私と貴音さんが事務所への階段を上ると、扉の向こう中から奇妙な声が聞こえてきた。

千早「うっうー!響さん、楽しそうですねー!何してるんですかぁ?」

響「お!千早、やよいの物真似か?全然似てないな!」

千早「くっ!」

私たちはドアの外で聞き耳を立てることにした。

響「これはな、沖縄の友達とメールしてたんだよ。何か面白いことがあるとみんなで共有するようにしてるんだ」

千早「それは楽しそうね。私もやってみたいわ」

響「うんうん。やってみるといいさー」

千早「それじゃあ、ちょっと私に我那覇さんの携帯を貸してくれないかしら?」

響「ああ、いいぞ……って、え?」

千早「良いネタがあるのよ。今度出演するドラマの脚本の話なんだけど」

響「やめろ!自分の携帯で機密漏えいするつもりか!」

千早「冗談よ」

響「……前、貴音とも同じやりとりをして、自分人間不信になりかけてるぞ」

春香「え、貴音さんも響ちゃんの携帯で何かやろうとしたんですか?」

貴音「響も春香も誤解をしています!私はただ、響の携帯でねっとしょっぴんぐに挑戦しようとしただけなのです!

春香「誤解もなにも真っ黒じゃないですか。銀色の女王なのに真っ黒ですよ、真っ黒!」

貴音「では次から漆黒の女王と呼んでください」

春香「やめてください、神崎蘭子ちゃんじゃないんですから!」

響「あのな、千早、こういうのは自分の友達とするから楽しいんだよ。千早は千早の友達とやってみたらきっとわかるって」

千早「自分の友達と……ごめんなさい我那覇さん」

響「どうしてあやまるんだ?」

千早「私、765プロ以外に友達がいないのよ。」

響「……」

千早「近所でも、学校でも、私は昔から自分の殻に閉じこもってきたから。友達を作る機会なんて今までいくらでもあったかもしれないのにそのほとんどを無駄にしてきたの。これからだってきっと――」

響「以前現場でさ、スタッフの人に聞かれたんだ」

千早「……」

響「最近千早がとても明るくなったけど何かあったのかって」

千早「それは、皆が私を変えてくれたからで」

響「皆も同じことを聞かれるみたいなんだって。そして皆同じことを答えるんだ」

千早「……」

響「千早が変わろうと努力してるからだって。」

千早「努力……」

響「そうだ。千早はこれから自分の力で沢山の友達を作れると思うぞ。だから心配する必要なんてない。それに楽しい話なら自分たちとすればいいんだよ」

千早「でも、我那覇さんにはメールの相手が」

響「自分、いつも思うんだ。メールじゃなくて直接会って、顔を見て話したいって。だって、楽しい話をしてるんだから」

千早「我那覇さん……」

響「だからいっしょに喋ろう、そのほうがよく伝わるさー。自分千早の楽しい話を聞きたいぞ」

千早「ありがとう、我那覇さん」

響「うん」

千早「……それじゃあ話すわね。なんだか緊張するわ」

響「うんうん」

千早「でも私、良いネタがあるのよ。」

響「うんうん……ん?」

千早「今度出演するドラマの脚本の話なんだけど」

響「まずはそこから離れろ馬鹿―!!」

春香「響ちゃん、とってもいい子ですね」


貴音「ふふ、そうでしょう」


春香「でも千早ちゃんだって負けてませんからね!」


貴音「わかっていますよ春香」

千早ちゃんがメールをするのは765プロの人だけだ。

千早ちゃんはメールを読んだ後、わからないという表情をしていた。

765プロの中でそんな解読不能のメールを送ってくる筆頭は、貴音さんなのだ。

亜美真美も難解だが、解読の余地はある。

しかし貴音さんにはそれがない。

春香「それでなんて書いてあったの?」

千早「一言だけ『らぁめん』と」



春香「貴音さんらしいワードだね」

『うっうー!うっうー!』

千早「またバイブが鳴っているわ」


春香「もうそれでいいよ。で、誰から?」

千早「四条さんね。えーと、


『先ほどのメールを見て、あなたはらぁめんを食べたくなってはないかとお見受けします』


とあるわ」

春香「確かに食べたくなってるかも」
千早「確かに食べたくなってはないわね」


春香・千早「「え?」」

『うっうー!うっうー!』

2人してきょとんとした顔をしていると再び着信音が鳴り響いた。

千早「……四条さんからだわ。えーと


『これが麺たりずむです。らぁめんだけに』

春香「いや、これは……」


文面上どちらの意味にもとれる。貴音さんの勝ち誇った顔が頭に浮かんだ。

千早「


『追伸。もし当たったなら罰として今から事務所に来て下さい。今日あった楽しい話をしたいのです。響もおりますよ』


ですって」

春香「どうする?千早ちゃん?」


私は返答が決まりきった質問をする

千早「ふふっ、すっかりしてやられたわね!行きましょう、私たちの事務所に」

春香「……そうだね!行こうか、事務所に」


千早「ええ!」

千早ちゃんがメールをするのは765プロの人だけだ。

でも千早ちゃんの楽しそうな横顔を見ると、私も楽しくなる。

事務所への道のりを私たちは取り留めのない会話で埋める。

千早「そういえば春香、実は私もメンタリズムを使えるのよ」


春香「え、そうなの?」

千早「メンタリズムといえば心理学よね、心理学といえばユング。ユングといえば?」

春香「ユングといえば……コンプレックス?」

千早「今あなたの頭の中でBEMYBABYが流れているでしょう。これがメンタリズムです」



そこには貴音さんに勝るとも劣らぬ、勝ち誇った千早ちゃんの顔があった。(完)

以上で簡潔です。

ありがとうございました。


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