二人のマリア(8)
2002年9月の事
武蔵国は江戸、夏の終わりをつげるような少し冷めた雨の降る日
遠くない未来に、この国の運命を左右する1800gの少女の種が
その小さな体からは想像もできないような
けたたましい鳴き声とともに命を芽吹かせた。
2016年7月
マリア「ねえねえソウエモン」
ソウエモン「どうしました?マリア」
マリア「イエシナおじちゃんが、私たちを呼んだ理由ってなーに?」
ソウエモン「もう…昨日伝えたじゃないですか。こけら落としの儀です」
マリア「コケっ…えーっと…それってなんだっけ?」
ソウエモン「こけら落としの儀です。巫女であるマリアが、神の実を受け入れ、原初神ゆかりの地への奉納…」
マリア「ストップ!ストップ!もっと簡単にかみ砕いて」
ソウエモン「はあ…えー…マリアが大人になったから神様に報告の旅に行くんです。そこで18代様が頑張れーしてくれるって行事です」
マリア「あー…お赤飯の日にバーヤが言ってたやつだ」
ソウエモン「今日はオフィシャルな行事ですからイエシナおじちゃんはやめてくださいね」
マリア「ほいほい、まかせといてよ」
『ソウエモンの手記』
私が18代様に直接召し抱えられたのは14年前の9月だそうです。
14年前というと私も生まれたばかりだったので、当然記憶はありません。
一番古い記憶は、声と赤
「ソウエモーン」と私を呼ぶ、同じくらいの年の少女のキンキンとした高い音
それの近くには、どこだったとか、何時頃だったとか、色々な情報の付随した映像があったはずですが
それは思い出せません。
たった一つ覚えている映像は、鮮明な赤、ぶんぶんと振り回されている、真っ赤な真っ赤な少女の右腕だけです。」
御用取次「…と読み上げさせてあい頂きました通り、神宿りの巫女マリアは成熟を果たしました」
イエシナ「うむ」
御用取次「何も、綻びなければ、奉納の旅へ、巫女マリア及び巫女守ソウエモンを遣わせとう存じます」
イエシナ「うむ」
御用取次「…いかがいたしましょう。将軍様」
イエシナ「うむ」
御用取次「…ゴホン…えーいかがいたしましょう。」
イエシナ「うむ」
小姓「殿、うむではなく、そうせい、と言わないと追われませぬ」ヒソヒソ
イエシナ「あ、そうだ、そうせい」
御用取次「は、おありがとう存じます」
ソウエモン「ははあ」
マリア「ははあ」
ソウエモン「ああ、疲れましたね」
マリア「へへ、おじちゃん、めちゃめちゃ緊張してたね」
ソウエモン「ですね、民主政治を中心においてからは、格式ばった儀式なんて18代様も殆ど執り行ってませんから、しかたないんですが」
マリア「儀式の時は寝るなとか偉そうなこと言ってる癖にセリフ忘れちゃってさ、クク」
イエシナ「儀式中寝ないのは常識だろ」
ソウエモン「じゅ、18代様、お疲れさまです。」
マリア「ねえ、おじちゃんも儀式とか嫌いなんでしょ、これもぶっ潰してよかったんじゃないの」
イエシナ「そりゃ、潰そうと頑張ったぞ、頑張ったけど、元老院にどやされた」
ソウエモン「ええ、まだあるんですかアレ」
イエシナ「まだあるんですよアレ、めんどくさい、あのじじい共、俺が若いころからじじいだったのに」
ソウエモン「流石に代替わりはしてますよ」
マリア「旅なんてだるいなあ、旅だけでもぶっ潰せない?」
イエシナ「ぶっ潰せないし、俺がぶっ潰させない」
マリア「ええー、そこは味方してよ」
イエシナ「そういわずに、国の安全を守るための仕事だから」
マリア「迷信とかめんどくさい儀式嫌いって言ったくせに」
イエシナ「自分に都合のいい迷信は好きだよ、それに…迷信じゃないと思うしさ、その腕」
マリア「勘違いだと思うけどな、あたし腕が赤いだけで超能力とか使えないし」
イエシナ「まあ、いいじゃないか、旅行できるんだし、前の巫女様は大変だったんだぞ、蝦夷まで歩きなんだし」
ソウエモン「今は新幹線に飛行機があるから楽ですよね」
マリア「楽って言ったってお尻痛くなるよ」
イエシナ「どうしてこんなワガママな子になったんだろう」
ソウエモン「18代様が甘やかすからです」
イエシナ「ええーおれー?」
『引継ぎ資料第29巻884項 7章 奉納の儀について』
前章で記述した巫女(以下乙)が成熟(初潮を迎える事)した場合
将軍(以下甲)は13日以内に天下りの旅立ちの儀をなさねばならない
この儀は、甲乙及びに第一取次役、守り人、立会人を含めた12人でおこなわなければならない
段取りは、最初に乙が大広間に入り、中央に置かれた座布団の隣に座り、頭を垂れ、
その後に甲と第一取次役以外の9名が大広間に入り、乙の後ろに座る
次に第一取次役が大広間に入り
次の項に続いている
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