【デレマスSS】南条光「ジャスティスグレイス」 (59)

・アイドルマスターシンデレラガールズのSSです

・越境ネタを多少含んでいます

・年内完結を予定。がんばります

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「クリスマスパーティ?」

事務所の休憩所、その一角にある掲示板に一枚の紙が貼り出されていた。

「そうです~。せっかくのクリスマスなので~」

雪のように白い髪をなびかせて、イヴはそう答えた。

「今年のクリスマスは、社長さんのおかげで盛り上がれそうです!」

「ああ……そうだな、社長のアレのおかげで……」

俺の勤める芸能プロダクションには、業界でも悪my……有名な名物社長がいる。
業界のしがらみに囚われず、かといって業界全体を敵に回すこともせず、御自ら営業に出向きプロダクションを導く社長は、
時折周りを振り回すようなことを言ってのける。
ほんの一週間前に、社長はこんなお触れを出していたのだ。


『12月24日~25日は、18歳以下の全アイドルに休暇を与える』


……当然、社長の言葉は絶対である。
そうであるが、アイドルたちの休暇を最終的にスケジューリングするのは我々プロデューサーである。
社長の謹言を満たすべく、ここのところ俺も同僚たちも根回しに東奔西走していた。
結果、奇跡的にすべてのアイドルの休暇を昨日までにおさえることができた。
来月の残業手当が楽しみでならない。

「……ところで、パーティは女子寮で?」

「そうですよ、寮の宴会場を借りてのパーティーを予定してます~」

わたしは参加できませんが……と彼女は少し残念そうに続けた。
19歳のイヴは、12月24日も仕事が予定されていた。
……というより、24日から25日の大仕事に関しては、たとえ彼女が18歳以下だったとしても外されることはなかっただろう。
彼女はサンタクロースである。

「あ、そういえば光ちゃんのお話を聞きましたよ。特撮ドラマ?でしたっけ。この前収録があったとか……」

「ああ。ようやく特撮の番組にあいつを出すことができてな。つい先日撮影したんだ」

「私、特撮にはあまり詳しくないのですが、よくプレゼントにベルト?みたいなおもちゃが欲しいって子たちがいますねえ」

「変身ベルトってやつだな。確かに俺も昔遊んでたなあ……」

光ちゃん、とは、俺の担当するアイドルのひとり、南条光のことだ。
ヒーローを敬愛し、ヒーローアイドルを志し、ヒーロー然とした生き方を貫く14歳の女の子。
アイドルとして彼女をスカウトした日から俺は彼女に特撮関係の仕事を持ってってやりたかったが、
気運と俺の実力不足が原因か、なかなかそういう仕事に巡り会えなかったのだ。
今回ようやく、セリフ量も多くない役どころではあるが彼女とヒーローを引き合わせることができたということだ。

「……まあ、ともかくあとは実際の放映日を待つのみってことだ」

たぶん2ヶ月後ぐらいかなあ、とぼんやり思いながら、俺はいつの間にか足元に佇んでいたトナカイのブリッツェンの喉元を撫でてやった。
と。

「……あ、いたいた。プロデューサーさん!」

休憩所の入口に事務員のちひろが立っていた。険しい表情の彼女の手には紙切れが握られているのが見えた。

「ちょっと、ちょっとこっちへ!」

「え、なんですか……あ、イヴ、ブリッツェン、またな」

「はい~」

ふんす、とブリッツェンは鼻息を鳴らした。



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「クリスマスパーティ?」

女子寮の共用スペース、その一角にあるお知らせボードに一枚の紙が貼り出されていた。

「そうですよ、光ちゃん」

後ろから声がしたので振り向くと、そこにはまゆさんが立っていた。

「せっかくのお休みを頂いたんですし、せっかくのクリスマスイヴですからね」

「パーティって、ここで?」

「ええ。寮の宴会場を使って、寮の子たちも、そうでない子たちも集まって、みんなでお祝いするんですよ」

「そうなのか……。へえ、パーティか……」

今の今まで知らなかった。
アタシ、南条光はアイドルデビューしてからずっと、この女子寮に住んでいる。
ただ、ここのところずっとお仕事とレッスン、それと自主練に注力していたから、
寮の中のことなんてまったく気にも留めていなかった。

「光ちゃん、お仕事で忙しかったんでしょう?アニバーサリーパーティの前にはフェスがあって」

「うん、いろいろ準備とか大変だったけど、楽しかったよ。ファンのみんなと一緒に盛り上がれたし!」

プロダクションマッチフェス。
複数のプロダクションが協賛して行われる、アイドルたちのお祭り。アイドルたちの戦い。
メインステージに立つ権利を与えられたアタシは、あの日、あの時をプロデューサーと共に戦い抜いた。
心に正義の炎を灯して。

「ええ、プロデューサーさんから聞いていますよ。それに、そう。今度ドラマにも出るんですよね?」

「ああ!『ドラスターズ』の特番の撮影をつい昨日まで演ってたんだ!」

まゆさんは嬉しそうに微笑んだ。アタシもその表情につられて気持ちが高ぶっていくのを感じる。

「確か、315プロのアイドルさんが出てるヒーローショー、でしたっけ」

「そうそう。あれがさ……」

「光!ああ、やっと見つけたわ!」

と、大声でアタシの名前を呼ぶ声が聞こえた。あの声は……。

「麗奈?」

「麗奈?じゃないわよ。アンタのこと、アイツが探してるから早く行きなさい」

「あいつ?……プロデューサー?」

「そう、なんか緊急らしいわよ」

緊急……?

「……いいからとっとと行く!事務所のアイツのデスク!」

「わ、わかった!行くよ……」

麗奈のただならない剣幕に気圧され、アタシはプロデューサーの元へ向かうことにした。



「……麗奈ちゃん、何かあったの?」

「知らないわ。でも、アイツがいつになく『この世の終わり』って顔をしてたから、きっとヤバいことなのかもね」

「……」

「さすがにあの顔を見せられてイタズラしてやろうとは思えなかったわ……はあ」

「……プロデューサーさん、何かあったのかな……」



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プロデューサーは麗奈の言う通り事務所の中にいた。
自席に座っていたは良いものの、机に突っ伏して唸り声をあげていた。

「……プロデューサー?」

アタシは恐る恐る声をかけてみた。
プロデューサーはアタシの声を聞いたからか即座に跳ね起きた。

「ひ、ひかる……」

その顔は、なんというか、言葉にできないほどくしゃくしゃだった。

「ど、どうしたんだ?」

「……ドラマ、無くなるかもしれない」

ドラマ……?

「……まさか」

「『ドラスターズ』の特番が、無くなるかもしれない」

落ち着きを取り戻したプロデューサーに話を聞いてみれば。
出演者の一人がプライベートでトラブルを起こしたらしく、所属事務所自体が関係するドラマ作品の放映自粛を要請しているらしい。
しかも……。

「ほら、あの人だよ。悪の組織の科学者役だった……」

「えっ?それって……え?」

アタシも知っている、特撮関係ではベテランの俳優さんの名前をプロデューサーから告げられ、言葉が続かなかった。

「じきに、ニュースにもなるはずだ。何しろ初報も初報、ほんの数十分前にちひろさんから聞いたニュースだもんなあ……」

「……」

「……315さんとこも、まさか別事務所のキャストが起こしたトラブルで仕事を潰されるとは思っちゃいなかったらしくてさ。今、スポンサーのところに行って今後のことを話し合ってるらしい」

「今後……?」

「どうにか、ドラマを放映させてくれないかって直談判してるらしい。仕事が早すぎるよ、あそこのプロデューサーは」

ま、315さんとこも相当力を入れていたようだし……と、プロデューサーはため息交じりに呟く。

「……単なる端役だったら、最悪編集で何とかなる。これまでもそういうことは何度かあったしな。ただ……」

「……『ユーベル博士』は、ダブルデビル復活のカギを握る重要人物……」

「そうだ。決して存在を消すわけにはいかない。ストーリーが崩壊する。だが、登場させるわけにもいかない、代役を立てる時間だって……無い」

プロデューサーはここで大きなため息をつく。
そしてそのまま、少しの間黙っていた。
アタシの、はじめての特撮ドラマ出演が……なくなる?
耐え切れず、声を絞り出す。

「……プロデューサー、どうするんだ?」

「……俺も、行く。せっかくの機会を失うわけにはいかない。315さんとこが頑張ってるなら、黙ってるわけにはいかない」

プロデューサーは立ち上がり、机上の書類をまとめた。

「光、俺は帰りが遅くなりそうだから、いつものレッスンが終わったらそのまま寮に帰って……」

「……プロデューサー!」

じっとしていられなかった。このままプロデューサーの帰りを待っていることなんて、できない。

「アタシも、アタシも一緒に行きたい。」

「……」

プロデューサーは荷物をまとめる手を止め、少し考えているようだった。
そうして、アタシに振り返り、右手を差し出した。

「……行こう」

「……ああ!」

アタシは何のためらいもなくその手を握りしめた。



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※いったん中断。再開は一両日中を予定しています。

※再開。



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女子寮の宴会場。
この日は壁一面に赤や緑や白の装飾が輝き、
畳の間に置かれたテーブルにはオードブルやお菓子、ジュースにお茶などいろいろな食べ物や飲み物が置かれている。
宴会場の中央に、ひときわ存在感を放つクリスマスツリーがある。
星や雲、ベルに鈴にあんきもくんが飾られたあのツリーはまるで……。

「……なんであんなもん飾ってんのよ」

誰が飾ったかなんてアタシでもわかる。
それにしても……。

「……まったく!光のプロデューサーは無能ね!こんな日に仕事を入れるなんて……」

「仕方ないですよ、麗奈ちゃん。光ちゃんもお仕事行きたいって言ってましたし」

そう答えたのは柑奈だった。
いつも持っているギターを背中にかけ、柑奈は左手に持った紙皿にお寿司をいくつか取っていた。
いる?と差し出してきたが、お菓子をたんまり食べてしまったので断った。

「それに…何処にいたって今日という愛と平和に満ち溢れた日を祝うことが出来るのですから」

「そういう問題じゃないわよ…もう」

なんというか、アイツに似てオメデタイやつだわ、とは口にしなかった。

「それとも、光ちゃんがいなくて寂しい?」

「ちがうわよ……」

ふうん、と柑奈は少しとぼけた表情を見せる。否定するのも面倒なので、見なかったことにする。

「……光ちゃんのドラマ出演、無くならなくて良かったですね」

「……そうね。あんな事故で出番を奪われちゃ、やってらんないわよ」

光が出演予定の特撮ドラマは、出演者の一人が不祥事を起こしつつも、放映取り止めは免れたらしい。

「プロデューサー、光を連れてスポンサーのところへ直談判したって……ねえ、じかだんぱんって何?」

「相手に直接お願いすることです。ただ、実際は315プロのプロデューサーが主導で交渉してたみたいですが」

「ふうん……」

よくわからないが、つまり……、

「つまり、カチコミ?」

「うーん、それは違いますね……」

違うらしい。巴はそう言ったと思ってたけど。

「と、とにかく。ドラマを放映してくださいってお願いしたということです」

ただ……と柑奈は続ける。

「……まさか、編集用の追加シーンを撮影しなければならなくて」

「それがよりにもよって今日ってねえ……」



あの日、いつの間にかプロデューサーと外に出てた光は夜になって女子寮に戻ってきたらしい。
翌日、朝ご飯を食べに食堂に行ったとたん、アタシは光に出くわした。アイツは開口一番に、

「ごめんレイナ!クリスマスパーティ、出れないや!」

と、あっけらかんと言ってのけたのだ。
約束も何もしていないアタシになぜ声をかけたのか、何がゴメンなのか、まったく意味がわからなかったが、問いただす気もまったくなかった。


「……プロデューサーさん、ここのところお疲れでしたねえ」

「ふん、自分から疲れに行ってるようなものでしょ。社長の言葉も守らずアイツにお仕事入れてるんだもの」

「でも、社長さんも了承してくれたって聞いてますよ」

「社長室で必死に土下座してお願いしたってもっぱらのウワサよ」

「プロデューサーさんも、光ちゃんにドラマ出てほしいって思ってたんよ、ね」

「……そう、ね……」

……やっぱり、柑奈って。

「オメデタイわね……」



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『ふふっ、その娘を守りながら一兆度の業火を喰らうがいい!』

『くっ…このままでは、この子まで巻き添えに…どうすれば』

『レ、レオドラスター…』

「…カット!」

監督の声が光のセリフを遮った。

曇天の空の下、事務所から車を運転して約1時間半。
星降ヶ丘(ほしふりがおか)と呼ばれる山間の街。
その街の一角、廃工場の中で、追加シーンの撮影は続けられていた。

スポンサーとの協議は、意外なほどスムーズに「自粛の取り止め」へと傾いた。
というよりも、大体の調整を315プロのプロデューサーが済ませていたらしい。
俺と光が会議室に入った時には既に、和やかな歓談が行われていたほどだった。
……ただ、問題はここからだった。
それは……。

「……シナリオの辻褄合わせに、まさか光の役を変えるとはなあ……」

俺達が協議に参加してからの議題は、ドラマのシナリオについてだった。
メインキャストの一人、それも、物語の根幹を握る「双子の悪魔を復活させる科学者」を失った今、
ドラマを無事放映させるためには、どうにか科学者を出さずとも辻褄を合わせられるようにシナリオを修正しなければならなかった。
はじめこそ代役を立てることも視野に入れていたが、
キャストの選定から実際の収録などを考慮すると、放映時期を1クォーター分ずらさなければ間に合わない、と制作側の代表が訴えたのだ。
放映時期の変更は、スポンサーも、315プロも、当然うちも、望んではいなかった。
光に理由を聞かれたが、「大人の事情」としか答えられなかった。俺もよくわからないのだ。
ともかく、最終的には『撮影した部分を流用し、修正したシナリオに合わせて再構成する』という結論に落ち着いた。
スポンサーからは不安の声も挙がったが、最終的に合意に導いたのは、他ならない光の存在だった……。

「……君のところのアイドル、よくやってくれているな」

収録の最中、ベースのテントで寛いでいると、315プロのアイドルが声をかけてきた。主役の一人だ。

「あいつは、やると決めたらとことんやるタイプなんです。今回の撮り直しも、あいつがいなければこんなにスムーズに進まなかったはずです」

「噂は我々のプロデューサーからも聞いている。あの一件から再構成されたシナリオ……。『悪の科学者』が受け持っていた役目を、『悪魔に囚われる少女』だった彼女に引き継がせるとはな」

「ああ。『無意識のうちにダブルデビルに操られた少女』ってところが肝でしてね。思いのほかすんなりと修正できたんじゃないかと」

「彼女の案、だったか」

「そう、光が発案したんです。スポンサーさんも物怖じしない彼女を気に入ったのか、太鼓判を押してくれてね」

「光ちゃん、いい子ですよねえ」

後ろからもう一人、今回の主役を張るアイドルが顔を出してきた。

「今のニチアサのこと、俺以上にめちゃくちゃ知ってて、勉強になりましたよ」

「柏木、お前な……」

柏木と呼ばれたアイドルは笑って受け流した。

「……それにしても、二人とも、申し訳ない。まさかクリスマスイヴの日に撮影が入ってしまうとは……」

「仕方がないだろう。トラブルがトラブルだったわけだからな。それに……これがアイドルの仕事だからな。世間は休暇でも、こっちが休みとは限らない」

「そうですね。あと、うちのプロデューサーさんも相当張り切っていたし……ファンの皆もかなり待ち望んでいるようだし」

あとスタッフさんもね、と彼は付け加えた。
……確かに、監督をはじめ撮影スタッフは、突然の予定変更にも二つ返事で引き受けてくれていたようだ。
中には妻子持ちのスタッフもいるはずなのに……。

「ふだんは頑固で無口って噂の監督さんも、休憩時間に光ちゃんといろいろお話してたみたいでしたよ」

「それは知らなかったです。へえ……」

「うちのプロデューサーは別件でここにはいないが……彼女にありがとうと伝えてほしい、と」

「いや、あなたのプロデューサーさんには今回ずいぶん助けられました。ホント、こちらがお礼を言いたいくらいで……」

事実、今回の一件では関係各所への取次ぎを一手に担ってもらったといっても過言ではない。
……数多くのアイドルを受け持つ人とは思えない手際の良さに、正直憧れすら抱いてしまうくらいに。

と。

「……お、撮影、上手くいったみたいですね」

いつの間にか撮影が終わっていたようだ。光やヒーローを務めたアイドル、それにスタッフがこちらに向かってくる。
光は監督と何か話をしている。しきりに腕を大きく振って何かのジェスチャーをしているようだ。
監督はそれを見て肩を揺らして笑っている。
俺が思うに、あれはきっと……。

「怪獣談義、かなあ」



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撮影は、予定した時刻を少し越してしまったが、滞りなく終了した。
挨拶もそこそこに、俺と光は足早に現場を後にした。
315プロのプロデューサーから食事でもと誘われたが、またの機会にと断った。
なぜなら……。

「今ならまだ、最後の最後には間に合うかもな……クリスマスパーティ」

さっき、女子寮にいるまゆに連絡を取ったところ、「光ちゃん用のクリスマスケーキと一緒に待ってる」との返事をもらった。
現在時刻を確認し、大体22時前には着くことをまゆに伝える。
プロデューサーさんの分もありますからね、という一言を残し彼女は電話を切ったが、彼女なりの冗談か何かだろう。おそらく。
とにかく、今は光を送り返すことが先決だった。

「……」

「……」

助手席に座る光は一言も話さず、ぼんやりと外の景色を見ているようだった。
街には色とりどりの明かりが灯り、そこかしこで紅白の帽子を被った若いカップルが白い息に顔を曇らせていた。
カーステレオはローカル局のラジオを流し続けている。
軽快な口調のパーソナリティが、10年前の自分の悲恋を楽しげに語り、ゲストが大げさに相槌を打つ。


『さて、ここまでお送りしてきましたこのラジオも、そろそろお別れの時間がやって参りました……』

ふと、カーナビの地図を見る。
最短距離は、このまままっすぐ。なるべく早く帰るとまゆにも言っているが、この信号を右に曲がれば……。

「……なあ、光」

「なに、プロデューサー」

「ちょっと、寄り道しようか」

俺は光の返事を待たず、ハンドルを右に切った。

「え、ぷ、プロデューサー?」

カーナビの音声案内が心なしか不機嫌そうに経路修正を促す中、俺はカーナビの地図に見つけたある場所に向かう。
それは……。



「……わあ、きれい……」

星降ヶ丘の開けた展望台には多くの観光客が詰め寄っていた。
そのほとんどは若いカップルで、街灯りが輝く街の景色を見て楽しむというよりは、互いが互いを見つめることに夢中なようだった。
そのおかげと言えばよいのか、ヒーローアイドルが展望台の最前、木製の柵の前ではしゃいでも、誰も気に留めることなどなかった。

「……もっと、仕事しなきゃなあ……」

正直、複雑な気分だが、それはすべて私自身に突き刺さる。
明日から一段と頑張らねば。

「プロデューサー、何か言った?」

「いや、なんでもない。……それにしても、これで天気が良ければ星も綺麗だったろうな……」

星降ヶ丘に向かうときからずっと、空は分厚い雲に覆われている。

「仕方ないよ、こういう日もあるって」

「そうだな」

「……ねえ、プロデューサー」

光は問う。

「ドラマ、ちゃんと放映されるよね」

「……正直、まだわからない。315プロが手を回してくれているけれど、こういうのはいつどこで誰かの気が変わって放映中止になってもおかしくない」

「……」

「世の中ってのは、正義と悪じゃ割り切れなかったりするものでな。現場の人間がOKを出しても、上のほうの人間がNOと言えばNOでしかない」

以前の苦い経験が頭をよぎる。あまり思い出したくない類の記憶。俺はかぶりを振る。

「ただ、そこまで最悪ではないはずだ。315プロの方々、スタッフ、それにうちの上層部も含めて、みんなあのドラマを放映させようと頑張ってくれている」

俺にはよくわからないけどね、と付け加える。

「そうか……」

光は眼下に見える街の景色を見つめながらそう呟いた。

「……一つ言えることは」

光の肩に手を置く。光はすこし驚いたのか、見開いた目でこちらを見つめた。
俺もまた、光の煌めく瞳から目を離さない。
やや間を置いて、一言。

「光、今日もよく頑張ったな。お疲れ様」

「プロデューサー……なんか、照れるよ」

光は落ち着かない様子で顔をかいた。

「……でもさ」

「ん?」

「アタシも、ファンや事務所のみんな、スタッフさん、そしてプロデューサーがいてくれるから、みんなが一緒だから、頑張れるんだよ」

光は自分の肩に置かれた俺の手に反対側の手の平をかぶせ、握りしめる。

「プロデューサー。アタシ、これからもっともっと頑張るよ。応援してくれるファンのために、アタシも精一杯、みんなを応援したいんだ。どこにいても、何をしていても、アタシはみんなの笑顔を守りたい」

「……ああ」

「これからも、アタシと一緒に来てくれるか……?」

「……ああ、もちろんだ」

それは、心からの本心だった。

「……さて、そろそろ出よう。みんなが待ってるはずだ」

「うん!」

そう言って俺たちが車のほうに戻ろうとしていたとき。

「……?」

鼻先に冷たい雫が落ちた感覚を覚える。雨?

「……」

立ち止まって空を見上げる。相変わらずの曇天。でも、よく目を凝らすと……。

「……雪だ」

暗く淀んだ鈍色の空は、いつの間にかこなあああああああああああああああゆきいいいいいいいいいいいいいいいいいに覆われていた。

「え、雪?」

俺の声を聞いたからか、光も空を見上げる。

「……ホントだ、雪だ!」

「……雪だ」

暗く淀んだ鈍色の空は、いつの間にか粉雪に覆われていた。

「え、雪?」

俺の声を聞いたからか、光も空を見上げる。

「……ホントだ、雪だ!」

「……今年は、ホワイトクリスマスか」

最近の忙しさに天気予報すらろくに見る気も失せていた自分を顧みる。
目の前に山積みだった仕事に忙殺され、こうして間近で光の姿を見るのも、今思えば久しぶりだったかもしれない。

「……光」

光は両手をいっぱいに広げ、突然の空からの贈り物にはしゃいでいる。
ちらほらと、しかし止めどなく降り続ける雪が、満面の笑みをたたえた光の頬を赤くする。
……あの笑顔を、もっとたくさんの人に見てもらいたい。
小さな英雄の姿を、無限大の夢を秘めた少女の心を、もっともっと知ってもらいたい。
彼女がみんなの味方でいられるように。正義の炎を絶やさぬように。
俺は彼女を、南条光を応援し続けたい。

「……光。俺は君のために、何をしてやれるのだろうな……」

南条光、彼女に正義の加護があらんことを。
雪の舞う聖なる夜に、俺はまずひとつの祈りを捧げることにした。

「ジャスティスグレイス」おわり

拙い、荒い、時期を微妙に外してるSSですが、なにがしかの思いを受け取って頂けると幸いです。

どうか皆さん、南条光をよろしくお願いします。

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