「萩原雪歩は、塩対応で有名だ」 (15)
萩原雪歩は、塩対応で有名だ。ネガティヴな意味でなく、それが彼女のキャラクターなのだ、と私は思っている。
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4月にデビューした彼女は、その頃「あの美少女は誰だ」と話題になった緑茶のCMに始まり、着々とスターの階段を登ってきた。
私が彼女を好きになったのは、夏の終わり頃。
もともと可愛いものや可愛い女の子が好きなので(同性愛者ではない)CMの時点で気にはなっていたのだけれど、1stシングルに見事にやられた。
特にB面の「my best friend」が良いのなんの。この子と同じ高校に通えてたらなぁ、という通勤中の妄想のおかげで、今年の繁忙期は何とか修羅場を乗り切れた。
話が脱線しかけた。
そんな彼女に「塩対応」のあだ名がついたのは、ファーストシングル発売記念の握手会イベントがきっかけ。
それ自体は極々平凡な握手会だったのだが、目立ったのは彼女の塩対応っぷり。
それならば納得できる。
私にも真逆の”神対応”だった。ネイルを褒められたことをハッキリと覚えている。
察するに、萩原雪歩は男性恐怖症なのだ。
そんなことを考察しながら仕事にあたっていると、威勢の良い声が飛んできた。
「クリスマスセールのポスター、デザインどう?」
「っ!…はい、希望の納期よりも早く上がりそうです」
「そっか、流石!いつも助かります!」
「そう言ってもらえると、ありがたいです。」
私は大きな声が苦手だ。
営業さんはいい人なんだけど、声を掛けられるといつもびっくりしてしまう。
踏み込んで言ってしまうと、男性特有の雑さ、無遠慮さ。昔からそういうのが苦手。
雪歩ちゃんも、もしかしたら私と同じなのだろうか。そう思うと、少しだけ嬉しかった。
「あと、来月のクリスマスイブに独身会のメンバーで飲み会やろうって話が出てるんですけど、空いてます?」
「えっと、24日には予定が入ってまして…」
「おっ!卒業ですか?」
「いやいやそんなのじゃなくて、趣味のイベントというか……クリスマスライブに行くんです。」
「へぇ、クリスマスライブ!楽しんできてください!」
独身会というのは、社内の独身者がいつのまにか加入している飲み会集団で……というのは置いておこう。
こんな私でも飲み会に誘ってもらえるのは正直ありがたいが、今回はパス。
その日は「萩原雪歩バースデーイベント」が控えているのだ。
トークにミニライブ、そしてクリスマスプレゼントと称したサインと握手会。
イベントのおかげで厳しい年末進行もなんとか耐えられている。
師が走ると書いて師走。
12月は瞬く間に過ぎていき、あっという間に街はクリスマスモード。
12月24日18:00、イベント会場の前には人だかりができていた。
パッと見ると、女性もちらほら。
見た目こそ可愛いけど、キャラクター的には女性にそこまで好かれそうに無いイメージだったから、ちょっと意外だった。
グッズを買い、着席。
SNSに投稿し、ひとしきり投稿をおいかけたあたりで聞こえ始める拍手と歓声。イベントが始まった。
出てきたのはサンタクロースのようなコスチュームを着た雪歩ちゃん。天使か。
トークコーナーでは、司会の人が雪歩ちゃんに質問を振っていって、新曲収録のウラ話についてや、事務所で仲がいいアイドルの話など。
言ってしまえばありがちな内容で進行していった。
「さて、萩原さんの誕生日は12月24日ということですが、何か誕生日についての思い出とか、そういうのはありますか?」
「あ、その……誕生日っていうことで、一つ言いたいことがあって……」
おおっ?
「私、ブログをやっていて、ネットもよく見るんですけど、自分の名前で検索してみたりして。それで、ファーストシングルのイベントのことも見たんです。」
司会者の気まずそうな顔を見るに、アドリブのようだった。
「実は、私は男の人が苦手なんです。私のプロデューサーもそのことを踏まえて、このイベントもトークとミニライブだけの予定だったんです。」
言った。アイドルが、男性ファンの前で。
会場に困惑混じりのざわめきが広がる。
「でも!」
会場が静かになった。
すぅ、と雪歩ちゃんが息を吸う音が聞こえる。
「私のワガママなんですけど、今年の誕生日は新しい私の、アイドル萩原雪歩の誕生日なんです。だから、苦手でも頑張りたいんです。アイドルとして。」
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あのイベントから一日、いや、そんなに経ってもいない。
雪歩ちゃんの発言は、今度はネットの片隅でではなく、ちょっとした炎上案件としてニュースになっていた。
反応はさまざま。しかし、今この瞬間に「萩原雪歩」に対するイメージが変わっていっているのは確かだ。
可愛いだけの愛玩動物だと思っていた。内に秘めた若さと真っ直ぐさを、侮っていた。
苦手なものを勝手に共有して、言い訳をしていた自分が少し恥ずかしかった。
……などと、職場でいろいろと考えながらパソコンに向かっていたら、営業さんが声をかけてきた。
「お疲れ様です!」
「!!……お疲れ様です!」
「おっ、今日はなんだか元気ですね?」
「ええ、イベントで元気をもらったといいますか……」
「それはよかった!こっちも盛り上がりましたよ!」
メッセージアプリの共有フォルダに投稿されていた写真を見るに、忘年会はなかなかの盛り上がりだったようだ。
「それで新年会の話も出たんですが、よかったらどうですか?」
「ええ、参加させてもらいます。なにかお手伝いできそうなことってありますか?」
「おぉ、乗り気っすね!」
我ながら現金だとは思うけど、雪歩ちゃんと一緒に苦手なものにも挑戦していきたいと思った。
昨日はトークに感銘を受けて言えなかった「誕生日おめでとう」を、来年の誕生日イベントでは胸を張って言えるように。
以上でおしまいです。ありがとうございました。
ファンの目線からの小説でした。
なんとか誕生日に間に合わせようと駆け足の投稿になりましたが、後日pixivに同タイトルで加筆修正版を投稿予定ですので、似たような小説があってもパクリとかではございません。
雪歩、誕生日おめでとう。
過去作品
? http://touch.pixiv.net/novel/show.php?id=7452508?
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