ほむら「Enemy=Me」 (35)




・魔獣編、叛逆の物語を前提とした叛逆後のまどほむ

・一つ一つ短編だか中編だかわからないけど、とにかく全部で三編構成予定

・大雑把にしか決めてないが多分長くなる
 一応、のんびりやったのに今年中に完結出来たじゃん、が理想

・地の文はかなり多い

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M=f H=t



 私は、ほむらちゃんに飼われている。

 例えば、リードのついた首輪を取り付けられているわけでもなく、
玄関に続くレンガ敷きの小径とその脇を埋める芝生に面した前庭の掘っ立て小屋をねぐらとして与えられているわけでもなく、
ちゃんと人間的な扱いを受けた上で。

 それが、ひとりの人間を飼う、ということなのだ。
犬や猫、その他の生き物ではなく、ひとりの人間を。
たとえ飼われているのが、人間の真似事のための存在でしかないのだとしても、事情は全く変わらない。
 人間として、飼おうとするならば。
 ひとりの人間の、代わりとして。
 私はそのためにこの世に生を受けた。

 今日も緩みきった朝に目覚めた。
 夢を見ることはなかった。
 いつも通りの朝。
 以前、ほむらちゃんに訊いてみたことがある。

「どうして、私は夢を見ないの。私が、本物の人間じゃないから?」

 ほむらちゃんは、

「だって、夢を見る必要がないから」

 と答えた。


 窓辺に置いたクロッカスの鉢植えに育つ色の濃い緑葉が、今はきらきらと光の加減で萌黄色に輝いて見える。
ついこのあいだ落とした老いた遅咲きの花の面影なんて、微塵も感じさせぬ堂々とした佇まい。

 薄い乳白色のカーテンは目一杯に開かれていて、それが私の奥底に沈殿した記憶を不意に揺り起こした。
指先の記憶。朝、ママを起こしに行ったときにカーテンを引いた、あの手触り。

 本当は私自身が感じたわけではない、遥か遠くに隔たる記憶。

 私は、観音開きの扉の陰に身を屈めてクローゼットの中身をあれでもないこれでもないとまさぐったあと、
ようやく納得した一着に昨日の夜が染みついている気がするパジャマから着替えながら、ふとした拍子にベッドを振り返る。

 さざ波のように掛け布団が皺を寄せている。
 そこには痕跡がある。
 私と、ほむらちゃんの痕跡が。
 ほむらちゃんは眠る。私も眠る。同じベッドで。手と手を繋いで。
 たまに思う。
 夢を見ないなら、見る必要がないなら、私たちはなんで眠る必要があるのだろう、と。


 部屋を出ると、廊下までウインナーと目玉焼きのおいしそうなにおいがわずかに届いており、思わず鼻をひくつかせる。
 私はひとりで笑う。自分の仕草を。
 なんだか、まるで犬のようだ。

 既に開けてあるドアを通り抜けて、ダイニングキッチンに入る。

 ログハウスを意識して造られたこの部屋は、その目論見通りログハウス風とでも呼ぶしかない雰囲気に満ちている。
木のにおい。木の温かさ。
丸太を縦に敷き詰めたような一面の壁と、滑らかに磨かれたウッドデッキめいた質感のフローリング。
天井ではプロペラがボール型のLED照明を中心にクルクルと回っている。

 入ってすぐ左に広がるキッチンに目を向けると、
ほむらちゃんが長くてつややかな黒髪をピンクのふわふわしたシュシュで後ろにまとめてひとりで立っている。

 私の視線の真正面にある壁、天井近くの透明な採光窓が、真っ青な空を四角く透かしている。
その壁から何歩か離れたところで、ほむらちゃんはウインナーと目玉焼きをフライパンで焼いている。
エプロン姿。鼻歌を奏でている。いったいなんてタイトルの曲なんだろう。

 ほむらちゃんが、フライパンの上から私に視線を移す。

「あら、ちょうどよかった」

 彼女がそう言ったちょうどその瞬間に、チン、とトースターが音を立てる。


「そこのお皿に、盛り付けをしておいてくれるかしら。
冷蔵庫に、お徳用のチーズが残り四ピース入ってるから、それを二つ。
あと、プチトマトとサニーレタスを。もちろんバターをパンに塗って」

「うん。わかった」

 頷いた私は、ほむらちゃんの後ろを横になって通り過ぎて、壁と隣り合った冷蔵庫を目指す。
ほむらちゃんも、私が通り過ぎる瞬間、すっ、とお腹を引いてキッチンにくっつくことでスペースを空ける。
冷蔵庫から私がチーズとプチトマトとサニーレタスのパックとパターとついでに苺ジャムを取り出して戻るときに、またもう一度お腹が引っ込む。
用意してあった二枚のお皿の上に、バターと苺のジャムを塗ったトーストとそれ以外をそれぞれ均等になるように乗せる。
その頃には目玉焼きとウインナーが完成していて、ほむらちゃんはそれらをフライパンからお皿の上に移す。

 私が二皿をダイニングのテーブルに運んでいるあいだに、ほむらちゃんは冷蔵庫から牛乳パックを取り出して、コップに注ぐ。
それからテーブルに持ってくる。

「いただきます」
「いただきます」

 何もかもがおいしかった。
 おいしい、と口にする。目玉焼きのほどよい塩加減を褒める。
 ほむらちゃんは、

「ありがとう」

 と微笑む。
 私は、こんな時間がずっと続けばいいのに、と思う。


2
 ほむらちゃんはたまに外出をするけれど、毎日の時間の大半を私とお家で過ごしている。
 今はちょうど、たまに外出をする、の方だ。
 だから私はひとりぼっち。

 ひとりだからって、寂しくはない。でも、することがない。

 そういうとき私はよく眠る。ほむらちゃんと共用のダブルベッドで。
目覚めると、ほむらちゃんがいつの間にか帰ってきているときがある。
そういうときは、安心する。
目覚めてもまだ帰ってきていないと、なんだか不安になるときもある。

 今日は生憎、眠ろうといくら頑張っても眠くならなかった。

 ダイニングで、TVのリモコンをポチポチと操作して次々にチャンネルを変える。どれもつまらなかった。
ニュースや、バラエティ番組。こんなの見てもしょうがない。
だって私は、この家から出ないのだから。
ほむらちゃんに、あなたは、この家をずっと守っていてね、と言われている。

 それが、ほむらちゃんが望むこと。
 だから私は、それを守る。どこまでも、忠実に。
 でも、早く帰ってこないかな。
 本でも、読もうかな。


 繰り返しチャンネルを変えているうちに、ちょうど映画が始まったチャンネルを見つけた。
見たことのない映画。これはどういうジャンルの映画だろう。

 私は静かにじっと映画を鑑賞する。
 一時間くらいが経った頃、玄関で人の気配がする。
 私は急いで立ち上がって、ペタペタとはだしでフローリングを蹴って、迎えに行く。
 玄関ではほむらちゃんが靴を脱いでいて、上がり框と接した二つの大きなビニール袋が土間のいくらかを無造作に埋めている。

「おかえり、ほむらちゃん!」

 ほむらちゃんは、備え付けの靴箱にローファーをしまったあと、振り向いて言う。

「ただいま」
「荷物、一個持とうか?」
「そうね。ありがとう。シンクのそばまで、持っていってくれる?」
「うん!」

 私は、ビニール袋を運ぶために彼女に近づく。
こっちが、今日と明日のぶんのご飯。あっちは日用品。
今日はどんなご飯が食べられるのかな。


 ご飯の方のビニール袋をキッチンまで運んで、
この食材はほむらちゃんの手でどんなご飯に変わるのだろう、
と一々想像しつつのんびり冷蔵庫にしまっていると、早々と着替えを終えたほむらちゃんが姿を見せる。

 ゴシックな感じのする黒いワンピースだった。
結構な頻度で、これを着ているのを目にする気がする。
ほむらちゃんはこういう服が好きなのかもしれない。

「今日のご飯は何?」
「メインはマーボー豆腐とチンジャオロースよ」
「やった!」
「……そういえば、なんだけど」
「何?」
「何か、私に買ってきて欲しいものって、あったりしない?」
「何かって?」
「なんでもいいのよ。それかネットショッピングのアカウントが必要なら、作ってあげるけど」
「ううん。大丈夫だよ。だって、欲しいものは、もう全部あるんだもん」
「全部?」
「うん。全部」


 私は頷く。
 そう、全部。
 私と、ほむらちゃん。
 ただそれだけ。
 だからこれ以上欲しいものなんて、私には何一つない。
 必要ない。
 私には、今というこの時間が続いてさえくれれば、それで十分なんだよ。ほむらちゃん。

今日はここまで
久しぶり過ぎて、何文字書いてきたら一回の更新に丁度良いのか完全に忘れてしまっていた
多分3000~8000くらいだな

一編目はまどかの記憶を埋め込んで作られた魔獣マドカ×悪魔ほむらです


3
 耳を澄ましても、澄まさなくても、私は存在しない音を聞くことがある。
それもただの音じゃなくて、多分誰かの声なのだろう。
だって私のことを呼んでいるから。

 その声はどこにも存在しない音だから、その声らしきものに音節の区切りはない。
そもそも音らしい意味での音ではない。
例えば、両手で自分の耳を塞いで、海浜のさざめきに似た音がそこから聞こえたとする。
貝殻の虚ろな中身を思わせる響き。
その音を、段々どこまでも小さくしていって、
手のひらと鼓膜を隔てる空気に残された微弱な波紋――そのような残滓の響きがもたらす、音に最もよく似た無音の語り。

 偽物の音
 寄せては返し、寄せては返し、次第にどこまでも伝わっていって、何かをどこかへ連れ帰ろうとする呼び声。
それだけのために生まれた音。耳では聞こえない音。どこにあるわけでもない音。

 そんな音。
 それが、私を呼ぶことがある。
 呼ばれるたびに私はそっと息を潜めて、小さくなって、誰のものかもわからないその声から身を隠そうとする。
 どこから聞こえる音なのだろう。
 きっとその音は、この世界が生まれた瞬間から、何かを求めて広がり続けている。


4
 ほむらちゃんが、手芸道具一式をサプライズで買ってくれた。
ほむらちゃんから買ってもらえればなんでも嬉しいのはもちろんだけど、私は手芸が好きだから、特に嬉しかった。

 生まれてはじめて、縫い針に糸を通した。

 まずはアップリケから始めよう。
 ほむらちゃんのために、かばんとかを作ってみるのも悪くはないけれど、とりあえずはぬいぐるみをたくさん作ることを目標とする。
 この寝室を、ぬいぐるみでいっぱいにするんだ。
 あの部屋みたいに。
 鹿目まどかが暮らすのに、ふさわしい部屋。ふさわしい寝室。ふさわしい空間。
 そうしたら、ほむらちゃんは喜んでくれるに違いない。
 褒めてくれるかもしれない。
 想像するだけで、うきうきと楽しくなってくる。


 ベッドの端で足をぶらぶらと前に投げだして、素材の生地と生地をちくちく頑張って縫い合わせている私の後ろで、
ほむらちゃんは赤ん坊がおんぶされるような恰好で私を抱きしめている。

 私の肩甲骨の辺りで交差した彼女の腕は、それぞれその先で適当な安住の地を得ていて、
どちらの指先もじっと動かぬながら、手遊びに興じたいとうずうずして見える。

 退屈の症状。
 構わずに作業を続ける私の背中にかかる体重が、少しだけ圧力を増す。
 構え、と言外に告げている。
 それでも要請を無視していると、ほむらちゃんの指がもぞもぞと動き出した。

 私が今着用しているカットソーは、全体が黒と白のボーダー柄で、
ほむらちゃんは、その黒の線をゆっくりゆっくり一本また一本となぞってゆく。


 人差し指で、下から始めて、一段一段、階段を踏みしめるように上へと向かう。
同じところを何度か執拗に往復したりもして、
まるで絵筆が白いカンパスに決められた色をちょっとずつ落としてゆくみたいに、丹精に肉体の輪郭を描く。

 指が上に進むにつれて、私はこそばゆくなる。
ついには短くて荒い吐息が漏れる。
そして、自らの間欠的な声の反応を予期する。
私の声。ほむらちゃんの色に、染められた声。

 彼女の指は、私にとって特別だ。
指だけではない。何もかもがそう。
ほむらちゃんは私の全て。彼女が私という存在の全てを、この世界に描き出したのだから。

 無視なんて、できるわけがない。
 だけど私も意地になって、裁縫を止めようとしない。
 何の意味もない幼稚な抵抗に過ぎないけれど、ほむらちゃんがそれを喜んでいるのを私は肌に感じる。
指から服へ。服から肌へ。


 やがてほむらちゃんが、耳元に熱っぽい声で囁いてくる。

「こっちを見なさい」

 密着していた二人の身体が、少しだけ遠ざかる。
 私は、縫い針も生地も何もかもを脇にのけて、身体の向きを横に捻じって、両足をベッドに乗せる。
わずかに沈みこむスプリング。布団で深みを増す皺。私たちの痕跡。

 ほむらちゃんが私の肩にしがみついてきて、反対側の肩に腕を回し、その細くてすらっとした足を私の腰に絡めてくる。
顔が限界まで近づき、私の視界に彼女の両目がすごく大きく広がる。

「こっちを見なさい」

 また、同じ言葉。
 私は、ほむらちゃんを見つめている。
 幸福に痺れながら。
 見なさいと強いられるのは、求められているということでもある。


5
 夜遅くに帰宅したほむらちゃんは、玄関で突然泣き出した。
大号泣だった。玄関へ迎えに出た私を一目見て。
私は、何かあったのか、知らないあいだに私が悪いことでもしたのか、と訊いた。

 なんでもない、と彼女は震えるか細い声で応じた。
 なんでもない。
 なんでもないわけがない。
 だけどその場は、それで納得したふりをして、寝室に連れていった。
優しく抱きしめて、背中をとんとん、としばらく叩いていると、
いくらか落ち着きを取り戻したらしく、まなじりを溢れる涙は止まっていて、お風呂を済ませてくる、とほむらちゃんは寝室を出た。

 いくらか落ち着いたとはいえ、いまだ心ここにあらず、といった酷い様子だったから、
ひとりでお風呂に入らせるのは心配だったが、ひとりにして欲しい、と言われた私はそれを尊重した。

 部屋でひとりになって、私は考えるしかなかった。
 どうしてほむらちゃんが泣いていたのか。
 いったい何が、あそこまでほむらちゃんの心をかき乱したのか。
 心当たりは、一つしかない。

 ――本物の、鹿目まどかに会ってきたんだ。

もうちょっと今日で進めるつもりだったけど、予想以上に書き進まないので、今日の投下はここまでにしておきます

今後は「恋敵は――本当の、私!?」みたいな展開になってゆく
多分

年末からFGO始めたり、風邪ひいて寝込んだりしてたら、色々と吹っ飛んだのでもうちょっと更新停止します
プロット作ってから帰ってくる予定なので、二月はじめくらいからの再開になりそう、多分
(そういえば一か月誰も書き込みなかったら落ちるルールって今もあったら落ちるじゃん、と気づいてレスしにきました)

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