超天才「1+1は2だ」周囲「キャーキャー!」 (30)


我が国で一番といわれる研究所――

ここに入ることが許されるのは、ごく一握りの天才のみ。
天才の巣窟といっても過言ではない。



そんな天才の巣窟の頂点、天才の中の天才≪超天才≫が、今私の目の前にいる。

この研究所から生み出された素晴らしい発明品の数々は全て彼の発案によるものであり、
はっきりいってしまえば彼以外の天才は彼の手足といっても過言ではない。

東奔西走し、さまざまな人間を取材してきた私も、さすがに緊張していた。


「本日はよろしくお願いします」

「こちらこそ」


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彼から話を聞くこと、およそ数十分。

私はこの超天才に、ある一つの感情を覚えていた。

それは――



落胆。



期待に比べて、あまりにもつまらないのだ。

確かに発明の才があることは認めるが、それ以外に関しては凡人もいいところ。
会話が全く盛り上がらないし、もっと聞きたいという気分にもならない。

こんな人間が、この天才の巣窟で本当にトップに立てるものなのか。
私は疑問を抱き始めていた。


程なくして、私の顔色を察したのか、


「私と話しててもつまらないでしょう?」

「あ、いや……そんなことは」

「無理することはありません。私は確かに発明の発想に関しては非凡なものを持っていますが、
 それ以外はてんでダメ。自分でもそんなことは分かっているのです」


彼はやや自嘲気味にこう漏らした。


「で、あなたはこう思っているでしょう? どうして私のような人間が、
 この研究所でナンバーワンになることができたのか、と」


私が答えるより先に、彼は立ち上がった。


「その理由を、今からお見せしましょう」


彼は私を連れ、近くの研究室に入った。

中では白衣を着た研究員らがせっせと実験に励んでいた。
おそらく、次の発明品につながる実験なのだろう。

彼は大きな声でこういった。


「1+1は2だ」


小学生でもできる計算である。

にもかかわらず、研究員たちは口々に、この超天才を称え始めたのである。
すごい、さすがだ、あなたは天才だ、と。

1+1=2を数学的に証明するのには複雑な手順がいるというのを聞いたことがあるが、
そういう方面から褒めているわけではないことは明らかだ。


呆気に取られる私を尻目に、超天才は次々と教えを授ける。


「寒い時は上着を着なさい」

「雨が降ったら傘を差しなさい」

「家を留守にする時は戸締まりをしっかりしなさい」


超天才が言葉を発するたび、白衣たちはすごいすごいと褒め称える。
どう考えても大したことはいってないのに。

なぜだ、いったい何がどうなっているのだ。


この現象は、他の部屋でも同様だった。

彼が何かを話すたび、研究員たちは天才だの、頭がいいだのと、彼を持てはやす。


「ま……こんなところでしょうか。戻りましょう」

「はぁ……」


わけが分からないまま、私は先ほどの部屋に戻り、再び彼と一対一になった。


「いかがでしたか?」


私は言葉に詰まった。
しかし、取材者として疑問はしっかり伝えなければならない。


「なんというか……あえてオブラートに包んだ表現はしませんが、
 まるで、あなた以外の人は、無知というか、頭が悪いというか……」

「そうです、そうなのです!」

「えっ」


超天才は目を輝かせて、両手に抱えられるほどの大きさの装置を運んできた。


「これです」

「なんですか、これ?」

「あなただけにお教えしますが……これは私の周囲の人間の知能を低下させる装置です」


私は絶句した。


「なぜ、こんなものを……」

「かつて私は、この研究所では落ちこぼれでした。
 周囲から己との差を絶えず見せつけられ、打ちひしがれていた。
 当然です。ここは天才の巣窟……私のような発明の才だけの男が、通用する環境ではありません」


超天才の目がギラリと光る。


「だから、私は作ろうと決心したんです。
 自分がこの研究所の頂点に立つための装置を……超天才になるための装置を!」


目には暗い情念を具現化したような光が宿っている。


「猛勉強の末、私はついにこの装置を完成させることに成功したのです。
 この装置から発せられる電波は、この研究所内にいる人間の知能を低下させます。
 その結果、彼らは私のいうことならなんでも天才の言葉だとでも思ってしまう。
 研究所の中では、私の指示通り作業や実験をするしかないマリオネットになり下がるのです」

「ということは、私も……?」

「ああ、ご安心下さい。この装置が効くのは、ある種の脳みそを持った人間だけ。
 あなたの脳も、取材前に検査しましたが、この装置が効く脳みそではありません。
 ちなみに、この研究所の研究員の脳は全て、その“ある種”に属しています。
 今のメンバーが維持されている限り、私はずっと超天才で居続けられるというわけです」


やっと合点がいった。


彼が天才の中の天才≪超天才≫になった方法――それは。
周囲の知能を下げ、相対的に天才になることだったのだ。

むろんこれは、彼が発明に関してだけは非凡な才を持っていたからこそできた芸当なのではあるが。


してやったりといった表情を浮かべる彼に、私はなんともいえない気持ちになった。


超天才と別れ、もやもやした気持ちを抱えながら、私は研究所内を歩いていた。


すると――
研究員たちがなにやら会話をしている。

その内容は知的で、とても先ほどの装置で知能を下げられた人間とは思えなかった。



今の彼らは知能が低下しているはずなのに、なぜ……?

私が彼らを注視すると、彼らはみな、首筋に銀色のシールのようなものを貼っていることに気づいた。


研究員たちも私に気づく。


「取材が終わったんですか。お疲れ様です」

「え、ええ」

「あの……皆さん、頭に銀色のシールを貼りつけていますが、これはいったい……?」

「ああ、これですか。これは、彼が作り上げた知能低下装置を無効化するためのものです」

「え……!?」


私は崖から突き落とされたような気分だった。


「どういうことでしょう? お話しいただけないでしょうか」

「いいでしょう、ただしオフレコでお願いしますよ」


集団のうちの一人が語り始めた。


「あなたが取材した彼は、たしかに発明家としては非凡な才を持ってました。
 その一点では、他の研究者でも敵わないほどに。
 しかし、自身の才能にうぬぼれ、努力を怠っていた。そこでみんなで一計を案じたんです」


研究員は淡々とした口調で話を続ける。


「我々は示し合わせ、彼を徹底的に落ちこぼれ扱いしました。
 すると彼はそのショックから、猛勉強し、周囲の知能を低下させる装置を作り上げました。
 そのおかげで彼の才能は真の開花を迎えたのです」


この研究所の彼以外の人間は、全員グルだったのだ。


「ですが、彼が発明以外については凡庸未満だというのはあなたもおそらくご存じでしょう。
 我々は知能低下装置の設計図をあっさり盗み取り、それを無効化するこのシールを作った。
 ゼロから何かを発明する才は彼に劣りますが、
 我々とて元があればそれぐらいのものは作れますからね」


全ては彼の才能を有効活用するために。


私は頭の中を整理してから、


「つまり、こういうことですか。あなたがたは彼の発明の才能を開花させるため、
 彼が猛勉強するように仕向け、そして今も知能が低下したフリをして、
 彼をおだてて、その才能を最大限に発揮できるようにしていると……」

「その通りです。我々が太鼓持ちを続けていれば、彼はどんどん新しい発明品を思いつきますから。
 ただし、その他のことに関しては本当に凡庸ですから、我々のサポートは欠かせませんが。
 むろん、彼に本当は知能低下してないとバレないように……」


超天才は、自分の発明で周囲が無能になったと思い込み、
自分が超天才だという自負を糧に、次々と新しい発明のアイディアを生み出し続ける。

周囲の天才たちは、こうした彼の性質を理解した上で、彼の才能を最大限に生かすため、
全員で演技をしつつ彼を手助けする。

持ちつ持たれつの関係。

天才とは一体なんなのか。私はよく分からない気持ちになった。


ただし、この研究所が今日の名声を獲得できたのは、
これらの仕組みのおかげであることは紛れもない事実だ。


研究所を出てから、私は喫茶店で一息つく。

私は数々の新事実を入手したわけだが、むろんこれらを明るみにするわけにはいかない。
あの超天才が真実を知ってしまったら、この研究所が機能しなくなる恐れがある。
それは確実に我が国にとって損失となる。

かといって、記事を作らないわけにもいかない。私にも生活というものがある。


このさじ加減が非常に難しいところなのだが、まあ大丈夫だろう。


私もまた、公にできないような話題を、無難な記事に仕上げる天才といわれているのだから。







― 終 ―

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