【ガルパン】紗希「……パパ、3万円」 (97)
※オリキャラ(紗希パパ)注意
―4年前 大洗 丸山家―
ガチャ パタン
紗希「…………」
紗希「…………」
紗希「…………」スタスタ
紗希「…………」
紗希「…………」チラッ
――――――――――
紗希へ
今日は帰りが遅くなるから早く寝なさい。
冷蔵庫におそば入ってます。
――――――――――
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1479352043
紗希「…………」スタスタ
紗希「…………」キィ
紗希「…………」スッ
Circle K Sunkus
【新そば】北海道産玄そば使用 ざるそば
369円(税込398円) エネルギー:316kcal
紗希「…………」
紗希「…………」ビリッ パカッ トポポ
紗希「…………」チュルチュル
紗希「…………」ゴクン
紗希「…………」ピッ
TV『なんでやねん! アハハハ――』
紗希「…………」ピッ
TV『続いてのニュースです――』
紗希「…………」ピッ
TV『このウサギたち、野生化していてとっても狂暴――』
紗希「…………」
紗希「…………」
ガチャ バタン
丸山父「ただいま……って、紗希。まだ起きてたのか」
紗希「…………」コクッ
丸山父「ご飯は食べたのか? お風呂は?」
紗希「…………」コクッ
丸山父「そうか。洗濯はしておくから、紗希はもう寝なさい」
紗希「…………」コクリ
紗希「…………」スッ
丸山父「ん? ああ、連絡帳とプリントか。わかった」
紗希「…………」スタスタ ガチャ パタン
丸山父「…………」
――――――
れんらくちょう
紗希ちゃんのお父様へ
以前よりご相談させていただいておりました面談の件ですが、以下の日程で調整ができましたのでよろしくお願いします…
――――――
――別の日 小学校――
担任「ご足労いただいて申し訳ありません」
丸山父「いえ、先生もお忙しいでしょうから。それで、紗希について何か?」
担任「紗希ちゃん、何かにのめり込む、ということが苦手みたいでして」
丸山父「…………」
担任「お友だちと遊んでいても、うさぎ小屋の掃除をしていても、授業中でも、すぐに上の空になってしまうんです」
丸山父「そうでしたか……」
担任「人の話はしっかり聞いてくれているのですが、自分で考えて何かをやる、ということがなかなか無くて」
丸山父「はい」
担任「おうちでもそういう感じですか?」
丸山父「……仕事が忙しくて、なかなか紗希のことを見てやれてないんです」
丸山父「私も、紗希が何を考えてるのか、よくわからなくて……」
担任「そうでしたか……」
担任「たしか、進路希望は大洗女子でしたよね」
丸山父「あ、はい」
担任「これはお父様から?」
丸山父「……はい」
担任「やっぱり。いえ、紗希ちゃんも納得しているなら良いと思いますよ」
担任「あそこなら自主独立の精神を鍛えるのに最適です。紗希ちゃんのためにもなるでしょう」
丸山父「そうですか」
担任「丸山さんのお宅は父子家庭でなにかと大変かもしれません」
担任「心配事は多いかもしれませんが、紗希ちゃんを信じてあげてましょう」
丸山父「……はい」
―3月 丸山家―
ガチャ パタン
丸山父「ただいま。紗希、居るか?」
紗希「…………」
丸山父「今日の卒業式、行けなくてごめんな。どうしても仕事が外せなくて」
紗希「…………」フルフル
丸山父「いよいよ来月から中学生か。中高一貫の大洗女子に入学できて良かったな」
紗希「…………」コクッ
丸山父「今日はお祝いだ。せっかくだし、外食でもどうだ?」
紗希「…………」フルフル
丸山父「いいのか?」
紗希「…………」コクッ
丸山父「そうか……」
―別の日 丸山家―
丸山父「忘れ物は無いな? 女子寮に送り忘れたものも無いな?」
紗希「…………」コクッ
丸山父「一人暮らしで困ったら友達や大人を頼るんだぞ?」
紗希「…………」コクッ
丸山父「もし何かあったらすぐパパに連絡しなさい。学園艦まで泳いでいくから」
紗希「…………」フルフル
丸山父「ハハッ、冗談だよ。紗希は紗希で自由にやりたいだろう」
紗希「…………」
丸山父「大洗女子で、たくさんのものを学んでこい」
紗希「…………」コクッ
―今年4月 丸山家―
ガチャ バタン
丸山父「ただいま……」
シーン…
丸山父(まあ、元より返事は無いんだが)
丸山父(今年から紗希は高校生だ。学園艦のことだから心配は少ないか……)
prrr prrr
丸山父(ん? 紗希から電話? 珍しいな)ピッ
丸山父「もしもし? 紗希か? どうした?」
紗希『…………』
丸山父「なにかあったのか?」
紗希『…………』
丸山父「紗希……?」
紗希『……パパ、3万円』
丸山父「ど、どうしたんだ? 生活費が足りなくなったのか? 寮費はちゃんと払っているが――」
紗希『……戦車道』
丸山父「せ、戦車道? 紗希が?」
紗希『…………』コクッ
丸山父(そう言えば、大洗女子学園はかつて戦車道の伝統校だったという話を聞いたことがある)
丸山父「戦車道の授業を取ったのか。それでお金が?」
紗希『…………』コクッ
丸山父「そうか、紗希が戦車道を……。そうか……」
丸山父(あの紗希が、戦車道を……)
丸山父「だったらもっとお金が必要だろう。紗希の口座に10万円振り込んでおくから、自由に使っていい」
紗希『……!?』
丸山父「大丈夫。こういう時のために貯めておいたんだ。戦車の塗装にでも使いなさい」
紗希『…………』アセッ
丸山父「戦車道ってことは、友だちがたくさんできただろう。仲良くやってるか?」
紗希『…………』コクッ
丸山父「そうか」ホッ
丸山父(良かった……本当に良かった……)
―大洗女子学園 生徒会室―
prrr prrr
桃「はい、こちら大洗女子学園生徒会。……はい、そうです。……少々お待ちを」
桃「会長」
杏「どした?」
桃「丸山紗希の父親から電話です」
杏「保護者から直接か~」
柚子「この学校、職員室から生徒会に電話が回ってくるんですよね」
杏「かぁしま、代わって」
桃「はい」
丸山父『会長さん、お忙しいところ申し訳ありません。戦車道関係の方と連絡を取る方法が他になかったもので』
杏「でしょうね。戦車道を復活させたのは今年度からですから」
丸山父『そうでしたか』
杏「本来はこちらからご連絡差し上げるべきところ、遅くなってしまってご心配おかけしました」
丸山父『いえ。それよりもうちの紗希が皆様にご迷惑をおかけしていないかと思いまして』
丸山父『なにせ、紗希はいつもボーッとしていますから……戦車道で足を引っ張ってしまわないかと』
杏「そんなことないですよ。1年生チームは良い子たちばかりです」
丸山父『そうですか……』
杏「今度の日曜、陸の大洗で練習試合をするので、良かったらお父さんも見に来ませんか?」
杏「それでは失礼します――――ふぅ」ガチャ
柚子「お疲れ様です、会長」
桃「過保護ですね」
杏「いや、丸山ちゃんの場合は特殊でしょ。あれで親が心配しないほうがおかしいって」
柚子「戦車道をやめさせろ、って言われなくて良かったですね」
桃「ただでさえ人員が不足しているのに、保護者からクレームでも入ろうものならたまったものじゃない」
杏「ま、勝てばいいんだよ」
―大洗 対聖グロリアーナ女学院戦車道親善試合 アウトレット観覧席―
ワイワイ ガヤガヤ
丸山父(まるでお祭りだな)
丸山父(場所が大洗でよかった。街中に交通規制が敷かれていることを言い訳に仕事を午前休にできた)
丸山父(あの大型スクリーンに紗希が……。たしか戦車はM3リー……って、あのショッキングピンクか!?)
丸山父「ふふっ……楽しくやってるみたいだな」
「はじまったー!」
「うごいたー!」
丸山父(紗希、大丈夫だろうか……)
ドォン! ズバァン! ドカァン!
丸山父(おおっ、すごい迫力だな。しかし……)
丸山父(敵車両に一発も当たってない……)
丸山父(紗希は副砲の装填手だそうだが……)
ドォン! ズバァン! ドカァン!
「聖グロの反撃だ!」
「あちゃぁ……」
丸山父(M3リーに当たるな、M3リーに当たるな……!)ゴクリ
「あれ!? M3リーから人が!」
「女の子たち逃げちゃった?」
ズバァン!
審判『大洗女子学園チーム、M3中戦車リー、走行不能!』
丸山父「…………」
審判『大洗女子学園チーム、全車両走行不能。よって、聖グロリアーナ女学院の勝利!』
・・・
スピーカー『アアアン アアアン アンアンアン――』
・・・
丸山父「…………」ピッ
prrr prrr
丸山父「もしもし。紗希か?」
紗希『……?』
丸山父「試合、お疲れ様」
紗希『……!?』
丸山父「時間があるようなら、アウトレットで食事でもしないか?」
丸山父「もちろん、友だちと動きたいならそれで構わないが」
紗希『…………』
―アウトレット レストラン―
紗希「…………」モグモグ
丸山父「高校生活、楽しくやってるか?」
紗希「…………」コクッ
丸山父「友だちもできたんだな」
紗希「…………」コクッ
丸山父「戦車道、大変じゃないか?」
紗希「…………」
紗希「…………」フルフル
丸山父「そうか……」
丸山父「パパな、今日初めて戦車道の試合を観戦したよ。あんなに迫力があるものだって知らなかった」
紗希「…………」
丸山父「正直言って、紗希がなにかやらかすんじゃないかと心配してたんだが……」
紗希「…………」
丸山父「まさか逃げちゃうとはな。でも、怪我が無くて良かった」ハハ
紗希「…………」
丸山父「なあ紗希」
紗希「…………」
丸山父「つらいなら、辞めてもいいと思うぞ」
紗希「…………」
丸山父「紗希は顔に出ないタイプだから、紗希が何をどう考えているかはわからないけど」
丸山父「始めたことが思ってたものと違うことだってあるだろう」
丸山父「そういう時は、逃げたっていいと思うんだ」
紗希「…………」
丸山父「無理することは無い。紗希には紗希のペースがあるんだから」
紗希「…………」
丸山父「それとも、戦車を続けたいと思ってるか?」
紗希「…………」
丸山父「さっきの試合で、少しでも悔しいと感じたか?」
紗希「…………」
紗希「…………」コク
丸山父「そうか……」
丸山父(紗希がそんなことを思う日が来るなんて……)
丸山父「悔しいってことは、もう一度チャンスが欲しい、ってことだ」
紗希「……!」
丸山父「だったら、あの隊長さんに謝らないとな」
紗希「…………」コクッ!
丸山父(これでよかったんだろうか……)
丸山父「ほら、お前の友だちが外で待ってるぞ。早く行ってあげなさい」
紗希「……?」クルッ
桂利奈「わっ! 見つかっちゃった」
紗希「…………」トテトテ
梓「お父さんとのお食事、邪魔しちゃってごめんね」
紗希「…………」フルフル
あゆみ「何か言われた?」
優季「怒られた?」
あや「やっぱり私たちが逃げ出したから……」
紗希「…………」フルフル
あや「えっ? お父さん、怒ってなかったの?」
あゆみ「私たち逃げ出しちゃったのに?」
紗希「…………」コクッ
優季「でも、逃げちゃったのは悔しいかも」
梓「そうだね。先輩たち、あれだけ善戦してたもん」
桂利奈「かっこよかった!」
あや「私たちもあんな風になれるかな」
あゆみ「なる?」
優季「なっちゃう?」
紗希「…………」コクッ
梓「それじゃ、まずは先輩たちに謝らないとね」
丸山父(早くレストランの出口から移動してくれないかな……)
―別の日 大洗 本屋―
丸山父「すいません、これください」
『月刊戦車道』
店員「3000円になります」
丸山父「『全国大会出場校一覧』……大洗女子、か」ペラッ
丸山父「大洗で試合をしてくれれば見に行けるんだが、1回戦の会場は……」
丸山父「遠くの島か。これじゃなあ」ハァ
丸山父「…………」
丸山父(紗希が皆さんに迷惑をかけなければいいが……)
送信者:パパ
件名:
本文
自分のペースでいいからな。
無理だけはするなよ。
試合、楽しんでこい。
一時中断します
―別の日 大洗 本屋―
丸山父「はぁっ……はぁっ……」タッ タッ
丸山父「――すいませんっ! これ、ください!」バンッ
『月刊戦車道 号外』
店員「……3000円になります」
丸山父「『大洗女子 初戦突破』……よしっ!」グッ
店員「っ!?」ビクッ
丸山父(勝ったっ! 紗希が勝ったぞ! まぐれだとしても信じられない!)
丸山父(いや、それはニュースで見たから知ってるんだが、大事なのはM3リーの活躍だ)ペラッ
丸山父(……『サンダースは無線傍受によりM3リーの場所を特定していた』!? 卑怯だぞっ!)
丸山父(『シャーマン6両に包囲され集中砲火を浴びるも援軍と合流し正面突破』……いいぞっ!)
丸山父(『無線傍受を逆手に取った作戦に出た大洗女子がサンダースを追い詰めるが』……)
丸山父(『サンダースの名狙撃手ナオミ選手の乗るファイアフライがM3リーに引導を渡す』……くぅーっ)
丸山父(だが勝った! 紗希の乗る戦車が勝利に貢献したんだ!)
丸山父(すごいぞ、紗希……!)
丸山父「いやーしかし、相手の無線傍受を逆利用したとはいえ大洗女子が駒を進めるとはなぁ~」ニヤニヤ
丸山父(正直勝つとは思っていなかった。西住みほという娘さんの采配のおかげらしい)
丸山父(もしかしたら次の試合も……? いやいや、さすがにそれはないか)
丸山父(紗希にとって良い思い出になるだろう……なってほしい)
丸山父(ん? 本屋にDVDコーナーが……『戦車特集』?)
丸山父(『鬼戦車IS-2』、『レマゲン吊橋』、『ジョージ大戦車軍団』、『バルジの大作戦』……)
丸山父(それと、『戦略大作戦』か。どれも古そうな映画だ)
丸山父(そう言えば紗希は映画が好きだったな……)
丸山父(…………)
丸山父「あの、すいません」
店員「はい」
丸山父「これ、全部ください」
―別の日 大洗 本屋―
丸山父「すいませんっ!」
『月刊戦車道 別冊』
店員「はい、3000円になります」ニコ
丸山父「『大洗女子 準決勝進出』……よぉぉぉしっ!!」グッ
丸山父「だが下馬評では相手校はそんなに評価が高くなかったんだよな。大洗は評価さえ無かったが」
丸山父「で、M3リーは……『試合終盤、2つの砲身を使い誤差調整し冷静にセモベンテM41を1両撃破』。おおっ!」
丸山父「道中は副砲で敵車両をけん制してたことだろう。紗希、ゆっくり休んでくれ」
丸山父「『さらに最終局面でもう1両のセモベンテM41を撃破』……大活躍じゃないか!」
丸山父「しかし、次戦は前回の優勝校か……」ブツブツ
店員「ふふっ」
―別の日 大洗 本屋―
丸山父「すい――――」
『月刊戦車道 特別号』
店員「ご用意してありますよ」ニコ
丸山父「『大洗女子 決勝進出』……ぃよっしゃぁあああっ!!!!」グッ
店員「おめでとうございますっ!」パチパチ
丸山父「あ、ありがとうございますっ!! それで、紗希は、紗希はどうなった!?」ペラッ
丸山父「『前半、囮作戦に釣り出されピンチに。M3リーは主砲を破壊される』……なにっ!?」
丸山父「となると副砲の紗希がメインに……」ゴクリ
丸山父「『M3リーはフラッグ車八九式を守る形でノンナ副隊長が駆るIS-2により撃破された』……かぁーっ!」
丸山父「だがフラッグを守り抜いたんだ。重要な仕事だ」ウンウン
丸山父「ついにここまで来たか。正直、信じられない……夢じゃないよな……」ドキドキ
丸山父(いや……。紗希は私が思っている以上にしっかりしていた、ということか……)
―大洗 丸山家―
prrr prrr
丸山父「もしもし、紗希か? 決勝進出おめでとう」
紗希『…………』コクッ
丸山父「何か必要なものはないか? パパができることなんて無いかも知れないが」
紗希『…………』
丸山父「そう言えば、前に戦車映画のDVDを買ったんだ。紗希も見るか?」
丸山父「まあ、戦争と戦車道は違うだろうから関係ないか」ハハ
紗希『…………』フルフル
丸山父「み、見たいか? なら、郵送するぞ」
紗希『…………』コクッ
丸山父「わかった! すぐ送るからな!」ピッ
丸山父「えっと、どこにしまったかな……」ガサゴソ
丸山父(紗希は涙もろいから、映画を見たら泣いちゃうかもな)フフッ
丸山父「ん? このノートは……」
『にっき まるやまさき』
丸山父(紗希の日記か。それも小学生の頃のだ)
丸山父(こんなところに置いて、向こうに持っていくのを長いこと忘れてたのか)ペラッ
―――――
〇月×日 はれ
今日は パパの かえりが おそかったです。
パパは 早く ねなさいって 言うけど
パパに おやすみの あいさつを したいから 起きてました。
おそばを 食べました。
うさぎさんの テレビを 見ました。
れんらくちょうには 先生から パパに 書いて ありました。
パパ おこられるのかな。
ごめんなさい。
――――――
―――――
〇月×日 くもり
今日は 小学校の そつぎょう式でした。
パパは お仕事が いそがしくて 来れませんでした。
みーちゃんの ママは わたしの パパのことを ひどい親だと 言ってたそうです。
でも パパは がんばっているので ひどくないです。
パパを こまらせているのは わたしの方です。
パパは ちょ金してるので 外食は ことわりました。
―――――
―――――
〇月×日 雨
明日は 大洗女子学園の 女子りょうに 引っこす日です。
パパと はなれて 一人ぐらしは 不安だけど
支えんせい度が しっかりしてるから 安心らしいです。
パパを 安心させて あげるためにも
しっかり者に なろうと 思います。
この日記は 戸だなの おくに 置いておきます。
いつの日か パパが これを 読んで
わたしが 昔より しっかり者に なったなぁと
思ってもらう ためです。
その時は むねをはって
パパに ただいまって 言いたいと 思います。
―――――
丸山父「…………」
丸山父「…………」スッ
丸山父「…………」prrr
丸山父「お疲れ様です、丸山です。実は有休を頂きたく――」
丸山父「――問題が生じることはわかっています。後始末はすべて私がなんとかします」
丸山父「なので行かせてください。私は、これ以上後悔をしたくない」
丸山父「――はい、それでは失礼します」ピッ
丸山父「…………」
丸山父(クビか左遷か減給か……)ハァ
―決勝戦当日 東富士演習場 観覧席―
丸山父(こっちの応援席が大洗側か)
丸山父(エプロンの夫婦に、和服の奥様と若い男……口調からして使用人かな?)
丸山父(それに白髪のお婆様まで……きっと大洗女子のご家族の方々だろう)
ヒュー パンッ!
アナウンス『試合開始です!』
ワー ワー
丸山父(頼む、紗希が足を引っ張るようなことだけは……)
『紗希ちゃんを信じてあげてましょう』
丸山父(……いや、信じる。そうだ、私は紗希を信じる)
丸山父(父親の私が信じないでどうするって言うんだ!)
丸山父(紗希なら大丈夫だ、紗希なら……!)
審判『大洗女子学園、三式、走行不能!』
丸山父(ひぇぇ~……肝が冷える……)ヘナヘナ
新三郎「大洗が高地に陣を取りましたよ、奥様っ!」
百合「そうね! 新三郎!」
ズバンッ! シュポッ!
丸山父「よしっ! 黒森峰を一台破った!」
新三郎「いよっ! お嬢っ! 日本一っ!」
淳五郎「カメラ、カメラ!」パシャ! パシャ!
丸山父(なんとか大洗が優勢……いや、黒森峰は重戦車を盾に進撃!?)
新三郎「大洗が囲まれ始めた!?」
丸山父「あ、あれ? 黒森峰の陣が崩れていく?」
淳五郎「あれは大洗のヘッツァーが陣をかき乱してるんですよ!」
丸山父「ははあ、なるほど」
新三郎「なんと! お嬢たちが包囲を脱出しましたぁ!」
丸山父「しかし、追いかけられてますね……これはマズイのでは?」
淳五郎「いや、見ていてくださいよ……ほら!」
新三郎「あれ? 敵さん、勝手にエンコしてらぁ」
淳五郎「黒森峰の重戦車は足回りが弱いのが欠点! これを狙ったんでしょう!」
丸山父「いやあ感服です。しかし、随分戦車にお詳しいですね」
淳五郎「いえね、妻に勉強しろとケツを叩かれまして。ははは!」
好子「お父さん?」
淳五郎「あ、はい」
淳五郎「不思議なもんです。戦車趣味なんて娘の勉学の妨げにしかならないと思っていましたから」
百合「わたくしも、嫌いだったはずの鉄と油のにおいですが、これがどうして」
丸山父「本当ですね。なんと説明すればいいか、自分でもわかりませんが」
久子「……ただ娘たちを応援したい。それだけでいいじゃないかい」
丸山父「……そうですね」
新三郎「あ、あれ? 川を渡る途中で一台止まった?」
淳五郎「こんな時にエンストかぁーっ!」
丸山父「一台って、どの車両です?」
淳五郎「あれは……M3リーですね」
丸山父「え、M3リーッ!?」ガタッ
丸山父(そんな……っ! 紗希、紗希……っ!)プルプル
淳五郎「も、もしかして、あんた……」
丸山父「……はい。M3リー搭乗員、丸山紗希の父親です」
淳五郎「そうでしたか……いやはや」
丸山父「……この場合、戦術的にはどうなりそうですか?」
淳五郎「そうですねぇ。このまま全車停止していれば、黒森峰に追いつかれて試合終了です」
淳五郎「普通なら、M3リーを見捨てるしか……」
丸山父「そんな……!?」
丸山父「川のど真ん中なんですよ!? 動けなかったら、川に押されて横転するかも知れないんですよ!?」
淳五郎「お、落ち着いてください、お父さん!」
丸山父「…………」
丸山父「いや、おっしゃる通り、M3リーを見捨てるべきです」
淳五郎「お、お父さん?」
丸山父「やっぱり紗希は人の足を引っ張ってしまった……」
丸山父「他人に迷惑をかけてはならないと思ってやってきたのに……!」プルプル
丸山父「西住さんッ! M3リーのことはいいッ! 早く川を渡ってくれッ!」
丸山父「これで負けたら目も当てられないッ! 紗希のためにも、早くッ!」
淳五郎「…………」
新三郎「くそぅ! エンジンの野郎、かかりやがれってんだ!」
百合「落ち着きなさい新三郎! 画面をよく見るのです!」
新三郎「あ、あれ? みほさん、外に出ていったい何を……跳んだぁ!?」
丸山父「っ!?」
淳五郎「M3リーにワイヤーを取り付けて……!」グスッ
淳五郎「仲間を、助けるために……!」ポロポロ
久子「危ない真似を……」
新三郎「なんまんだぶなんまんだぶ……!」
好子「みほちゃん、がんばってー!」ニコニコ
丸山父(なんてこった……これじゃ、大洗が負けてしまう……!)
丸山父(M3リーのせいで……!)
丸山父(やめろ……やめてくれ……! 紗希のせいで負けるなんて……!)
丸山父「…………」
丸山父「…………」グッ
丸山父「―――いいぞーッ!! 頑張れーッ!!」
どうしてかはわからない。
気付いたらそう叫んでいた。
紗希。
良い仲間を持ったな。
淳五郎「みんなでM3リーを引っ張ってますよ!」ウルッ
百合「なんとか川を渡れそうですね」ホッ
新三郎「おおっ! M3リーのエンジン、動き出したみたいです!」
丸山父「よ、よかったぁ……」ヘナヘナ
好子「紗希ちゃんのお父さん、良かったですね」ニコ
丸山父「は、はは……」
久子「まったく。若いもんが情けないよ」
丸山父「いや、これは失敬……」
丸山父(しかし、あの状況……本人たちはどれだけ怖かっただろう)
丸山父(戦車に閉じ込められ、川に阻まれ、後ろからは敵が……)
淳五郎「娘たちが最後まで諦めなかったのだと思うと、感無量です」グスッ
丸山父「……本当ですね」
丸山父「なんとか市街戦に持ち込めましたね」
新三郎「あれは……な、なんだあのデッカイ化け物はっ!?」
淳五郎「ま、マウスだ! 超重戦車の!」
丸山父「なッ!? 反則じゃないんですか!?」
淳五郎「え、ええ。一応、ルールとしては問題ないです、が……」
好子「……大洗の砲じゃ、普通はあの装甲を抜けないわ」
丸山父「そんな……」
丸山父「いや、でも……っ」
丸山父「彼女たちなら……!」
淳五郎「ヘッツァーがマウスに潜りこんだ!?」
丸山父「って、M3リーがマウスを挑発!? 危ない危ない!」
ズバァン!
丸山父「マウスの一撃を避けた……ひぇぇ……」プルプル
淳五郎「で、ですが、おかげでマウスの砲塔が回って……」
観客「「「八九式がマウスに乗っかったーっ!?」」」
新三郎「その隙にお嬢が高台からマウスを狙って……!!」
ズバァン! シュポッ!
新三郎「抜いたーーっ! 奥様っ! お嬢がやりましたぁっ!!」
百合「ええ! 新三郎!」
淳五郎「よしっ! よくやった優花里っ!」パシャ パシャ
好子「優花里、すごいわ!」パチパチ
丸山父「ホントに、すごい……!」
丸山父「車両数は4対11。だが、なぜか負ける気がしない……!」
新三郎「当たり前ですよ! なんてったって、うちのお嬢がいるんですから!」
丸山父「……そうですね!」
淳五郎「相手を狭い道へと誘い出しましたよ!」
丸山父「M3リーは待機か……」
丸山父「あ、あれ? どうして黒森峰の先頭はⅣ号のフラッグを追わないんですか?」
淳五郎「うーん?」
好子「あれはね、ポルシェティーガーと八九式が邪魔で、Ⅳ号が角を曲がったのが見えなかったんですよ」
丸山父「ははあ、なるほど。分断作戦だったんですね」
淳五郎「おっ! M3リーが相手の最後尾のエレファントに食らいつきました!」
丸山父「小型砲塔の副砲が活躍している……!」ウルウル
新三郎「M3リーは敵さんの挑発ですかい! ですが、街路をぐるぐる周って一体何を?」
丸山父「あ、あれは……」プルプル
丸山父「―――『戦略大作戦』ッ!!!」
ズバァン! ズバァン!
淳五郎「ああっ! 惜しい! 主砲副砲同時でも抜けないか!」
丸山父「ああああッ! 紗希ぃぃぃッ!! 頑張れぇぇぇッ!!!」
ズバァン! ズバァン!
シュポッ!
丸山父「やった……撃破した……」ワナワナ
新三郎「よっしゃーっ! でも、どうして2撃目は装甲を抜けたんですかい?」
好子「あれはエレファントの装甲の薄いところを集中砲火したんですよ。薬莢、捨てるとこ」
淳五郎「すごい頭脳プレイだ! 咄嗟に思いつくもんじゃないよ、丸山のお父さん!」
丸山父「そ、そうですね……! すごい……!」
好子「装填速度も良かったですね。黒森峰を混乱させたのもありますが、時間が空いていたら逃げられてました」
丸山父「そうですか……装填速度が……」
丸山父(紗希……! かっこいいぞ、紗希……っ!)
淳五郎「M3リー、早速次の獲物に食らいついたようですよ!」
丸山父「まるで猛獣だ……!」
新三郎「おおっ! 敵の待ち伏せをかわした!」
丸山父「よしっ!」
淳五郎「いや、これはマズイですよ。逆に追われる形になりました」
丸山父「うぬううっ!!」
新三郎「逃げながら戦車を敵にくっつけた!? そうか、相手は砲身が長いから!」
淳五郎「これで撃たせまいとしているのか! いやはや!」
丸山父「紗希ーっ!! やれーっ!! やっちまえーっ!!」
ズバァン! シュポッ!
丸山父「うわあああやられたあああッ!!!!」
淳五郎「ですが相手のヤークトが用水路に落ちます!」
ズガガガ! ドカン! シュポッ!
丸山父「うおおおっ!! 刺し違えたぁーッ!!!」
丸山父「紗希ーッ!! すごいぞ紗希ーッ!!」ポロポロ
久子「さっきからなんだってんだい! もっと声を張り上げな!」
淳五郎「いやでもホントあそこでヤークトを抑えられたのは大きいですよ! Ⅳ号を守ったわけですから!」
新三郎「丸山の旦那ぁ! あとはⅣ号に任せてくだせぇ! バトンは受け取りましたぜ!」
丸山父「頼みますっ!! 勝ってください、頼みますっ!!」ヒシッ
好子「まったく、戦ってるのは娘たちですよ」ハァ
百合「うふふ」
淳五郎「おおっ! 敵フラッグ車を学校の敷地に閉じ込めた!」
新三郎「隊長車同士の一騎討ちだぁーっ!」
好子「でも、たしか黒森峰の隊長って……」クルッ
しほ「…………」
百合「ええ。西住流の長女です」
丸山父「えっ!? ということは、姉妹対決なんですか!?」
好子「あちらにお母さんが座っておられますよ」
丸山父「あれが母親……」
丸山父(いったい、どんな心境でこの試合を見守っているんだろうか……)
新三郎「両者、動きが止まりましたね……」ゴクリ
淳五郎「頼むぞ優花里……!」
丸山父(……おや?)
丸山父(巨大モニターの前に居るのは紗希じゃないか。そうか、回収車と一緒に帰ってきたのか)
紗希「…………」
丸山父「お疲れ様、紗希……」
丸山父「西住さん、頼んだぞ……!」
丸山父「紗希たちが繋いだこの一戦、モノにしてくれ……っ!」
新三郎「―――動き出したッ!!」
ズバァン!
ズバァン!
新三郎「惜しいですお嬢っ!」
百合「華さん……!」
淳五郎「次弾装填急げぇっ!」
好子「優花里なら大丈夫!」
久子「麻子……」
丸山父「神様、神様、神様……っ!」
ズバァン! ズバァン!
新三郎「相撃ち!?」
丸山父「どっちだ……!?」
新三郎「黒煙が晴れますっ!!」
淳五郎「勝ったのは……!?」
審判『黒森峰フラッグ車、走行不能!』
審判『――よって、大洗女子学園の勝利!』
丸山父「う……」
新三郎「うお……」
淳五郎「うおお……」
観客「「「うおおおおおおおおおおおおおっ!!!!!!!」」」
新三郎「いよっしぁぁぁっ!!!」
百合「うふふっ」ホロリ
淳五郎「」パシャパシャパシャパシャ!
好子「わぁ」パチパチ
久子「……ふんっ」
丸山父「ありがとうございますっ! ありがとうございまぁすっ!!」ペコリ ペコリ
・・・
アナウンス『優勝、大洗女子学園!』
淳五郎「優勝旗が夕日に輝いて美しい……」パシャパシャ
百合「おめでとう」パチパチ
新三郎「おっじょーーっ!!」ポロポロ
丸山父「うちの紗希は左上を見上げて、何をしているんだ……」
丸山父(こんな時でもマイペースなのか。全く、大したやつだよ)フフッ
丸山父(肝の座ってるところは、ママに似たのかな――――)
淳五郎「明日は大洗を挙げての祝勝記念パレードをやるらしいですよ」
丸山父「それは是非行かないとですね。何、1日休んだら2日も3日も変わらんでしょう」ハハ
丸山父(紗希も一旦我が家に寄るだろう。そうだな、何か準備して―――)
ポロロン♪
??「戦車道には人生の大切な全てのことが詰まってる」
丸山父「え……?」クルッ
??「でも多くの人がそれに気付かないんだ」
丸山父「貴女は……」
??「今日の風は、どんな風だったかな?」
丸山父「風……」
丸山父「それは、人生で、とても大切な瞬間でした……」
??「……そう」ポロロン♪
丸山父「あ、あのっ! これから私は、やり直せるでしょうか―――って、あれ?」キョロキョロ
淳五郎「どうされました、丸山さん」
丸山父「いや、えっと、さっきまでここに女の子が……?」
淳五郎「ははあ。それはもしかしたら、戦車の妖精かもしれませんな」
丸山父「妖精……」ポカン
丸山父「ふふっ。妖精ですか……」
丸山父(妖精だってなんだっていい。私はようやく本当の紗希を見つめるキッカケを手にしたんだから)
丸山父(紗希……気付かせてくれて、ありがとうな……)
―翌日 大洗 丸山家―
紗希「…………」
丸山父「おかえり、紗希」
紗希「…………」コクッ
丸山父「祝勝パレードで街の人みんなが見てたな」
紗希「…………」テレッ
丸山父「なんでも廃校の危機だったんだって? それを救ったなんてかっこいいじゃないか」
紗希「…………」テレッ
丸山父「乗船まではまだ時間があるんだから、自分の家でゆっくりしていきなさい」
紗希「…………」コクッ
丸山父「今日はお祝いだ。せっかくだし、紗希の好物を取り寄せたぞ」
紗希「……!!」キラキラ
丸山父「きんつば、昆布茶、それから日本そば……渋いチョイスだな、はは」
丸山父「ほら、手を洗ってきなさい」
紗希「…………」トテトテ
紗希「…………」モグモグ
丸山父「いやーしかし、紗希は大活躍だったな」
紗希「……?」
丸山父「パパ、決勝戦、見に行ったんだ」
紗希「……!?」
丸山父「M3リーの『戦略大作戦』! 重戦車キラーって感じでイカしてたぞ!」
紗希「…………」ポカン
丸山父「あ、あはは……。あれからパパも少し戦車を勉強したよ」
丸山父「紗希の見ていた世界は、とても広かったんだな」
紗希「…………」
いつからだっただろう。
紗希の見つめているものを、見ようとしなくなったのは。
紗希の目に映る世界から、目を背けていたのは。
でも。
今は紗希しか見えない。
丸山父「ホントにパパな、紗希が頑張ってるのを見て、感動した」
丸山父「いやあ、我ながら月並みな感想しか出てこないもんだな、ハハ」
丸山父「紗希。感動をありがとう」
紗希「…………」テレッ
丸山父「パパ、今まで紗希のことをちゃんと見てやれてなかったな」
丸山父「これからは世界一の紗希の応援団になるから……いや、ならせてくれ。頼む」
丸山父「紗希の進んでいく道が楽しみでしょうがないんだ」
紗希「…………」
紗希「……パパ」
丸山父「なんだ? おかわりが欲しいか? 今用意して―――」
「……ただいま」
私は年甲斐もなくわんわんと泣いた。
紗希を困らせてしまったかな。
紗希……。
紗希がパパの娘で本当に良かった。
―大洗港 波止場―
丸山父「忘れ物はないか? 財布は? ケータイは?」
紗希「…………」コクッ
丸山父「なら、早く行ってあげなさい。みんなが紗希を待っているんだろう?」
紗希「…………」コク
丸山父「これからも仲間たちと仲良くやるんだぞ」
紗希「…………」コク
丸山父「身体には気をつけてな。お金が足りなくなったら言いなさい」
紗希「……3万円?」
丸山父「ふふっ。そうだったな」
丸山父「思えば、私の戦車道は3万円から始まったんだった」
丸山父「それじゃ、紗希」
丸山父「いってらっしゃい」
紗希「……いってきます」
――――――――――
―――――
――
―それから 大洗 丸山家―
丸山父「そうか。大洗がまた廃校か」
紗希「…………」コクッ
丸山父「それじゃ、パパは文科省の役人をボコボコにしてくるからな」ニコ
紗希「……!?」
おわり
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