大石泉「ロジカルな夢と未来と焼肉」 (25)

「プロデューサーちゃんプロデューサーちゃん」

「どうした、亜子」

「いずみ、どこにいったか知らん?」

「泉?」

「ケータイにかけても出んし、さくらも何も聞いてないらしいし。行方知れずなのよ」

「そうなのか。俺も特に何も聞いていないが……いや、ひとつ、心当たりはあるな」

「ほんと!? どこ?」

「ちょっと探してくるよ。亜子はこれからレッスンだろう」

「あー、そうやった。頼んだよ、プロデューサーちゃん!」

「ああ」

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――その日の空は、あいにくの曇り模様だった。
10月も中ごろにさしかかり、秋が深まるにつれて気温が下がってくる時期。天気が悪いと、昼間も肌寒くて過ごしづらい。

「はーっ……さすがにまだ、息は白くならないか」


それなのに、わざわざ外に出て原っぱに腰を下ろしているのは、あまり論理的じゃないのかもしれない。

「ふう」

レッスンとレッスンの間の休憩時間。事務所から少し離れたところにあるこの河川敷は、ふらっと訪れるにはなかなか適しているスポット。
緩やかに流れる川と、せわしなく鉄橋を行き来する電車。対照的なふたつの景色をぼんやり眺めるのが、なんとなく好きだったりする。

「なに、書こうかな」

両手で広げて眺めるのは、一枚の原稿用紙。
まだほとんどのマスが空白だけど、一番右の行だけは、埋まっている。

「将来の夢、か……」

とりあえず、これから二行目にクラスと名前を書いて。
それから。

それから……

「――学校の宿題か?」


唐突に背後から声をかけられる。でも、私は特に驚きはしなかった。
ひとつは、それがとても聞きなれた、安心できる声だったから。
もうひとつは、その声がもうすぐ聞けるんじゃないかって、前もって予測していたから。

「うん。気分を変えて、外で考え中」

「そうか。それは結構だけど、亜子が心配していたぞ」

「亜子が?」

「電話しても出ない、行方不明だって」

「嘘。電話がきたら気づくはず……」

ポシェットに入れていたスマホを取り出す。
そこで私は、致命的なミスを犯していることに気づいた。

「……充電、切れてる」

まだお昼過ぎなのに。
どうやら昨日の夜、充電し忘れたらしい。そのことに朝から気づかず、いつの間にか電源が落ちてしまっていたんだ。
予備のバッテリーだって持ち歩いているのに、完全に宝の持ち腐れだった。

「珍しいな。泉がそんなうっかりをするなんて」

「不覚だったわ……」

「いや、珍しくもないか。この前も原っぱで居眠りしてレッスンに遅れたことが」

「そ、その話は掘り返さないで!」

今でも思い出すと恥ずかしいんだから。あの時の自分の言い訳といえば、下手なことこの上なかった。

「確か、『遅刻したのは、うっかりスリープモードに入ってしまったといいますか……』とかなんとか、なぜか敬語で」

「プロデューサーっ」

「はは、ごめんごめん」

私が睨みつけると、彼――プロデューサーはニコニコ笑いながら川のほうへ視線を移した。反省は……どう見てもしていない。

「って、反省するのは私のほうか。亜子とさくらに謝らないと」

「さくらにもか」

「ええ。亜子が探していたってことは、当然さくらにも声かけてるはずだから。だからあの子にも心配かけちゃってる」

「なるほど。それは確かに」

私がモバイルバッテリーをスマホにつないでいる横で、納得したようにうなずくプロデューサー。

「やっぱりお前たちは、一心同体というかなんというか。今さら言うのもなんだけど、仲良しだな」

「本当に今さらね」

ええと、今は午後2時……亜子もさくらもレッスン中か。とりあえず、LINEで一言だけ謝っておこう。
私のボーカルレッスンは3時からだから、遅刻は免れた。ほっと一息。

「プロデューサーも、ありがとう。私のこと、探しに来てくれたんでしょう?」

「いいよ、このくらい。むしろ合法的にデスクから離れる理由になったからな」

「……感謝する気がちょっと失せた」

「それは困った」

冗談なのか本気なのか、プロデューサーの言葉は時々よくわからない。
それは、私がまだ子供で、人の気持ちを推しはかるのが苦手だからなのかもしれない。

「でも、一心同体か」

私とさくらと亜子。いつも一緒で、せーので並んで、アイドルの世界に踏み込んで。
けれど最近は、それぞれが違う仕事を別々にやる機会も多くて。
それでも私たちは、一心同体……だよね

「それで、宿題の進捗はどんな感じなんだ」

「宿題?」

「だから、将来の夢の作文」

「あ、うん……まあまあ、かな」

なんとなく、正直に答えられなくてお茶を濁す。
けれどプロデューサーは、そんな私の考えなんてお見通しのようで。

「詰まってるみたいだな」

「どうしてわかったの?」

「そうだなあ。泉は、どうしてだと思う?」

「うーん……」

草を指でいじりながら、少し考えてみる。

「私の心のパターンの分析ができているから」

「なるほど」

「なんだかんだ、付き合いも長いし。プロデューサーは大人だから、私の気持ちもある程度は解析できているのかなって」

「そうか。でも褒めてくれているところ悪いが、正解は泉が感情そのまま顔に出るタイプだからだ。それだけ」

「真面目に考えたのがちょっと恥ずかしいんだけど」

「残念だったな、はは」

「プロデューサー。ちょっとプログラミングでわからないところがあるんだけど」

「やめろ、俺に理解不能の文字列を見せるな」

おもむろにPCを取り出そうとしたら、プロデューサーが青い顔をして2,3歩後ずさった。
ニヤニヤ顔を崩すことができたので、ちょっと満足。
普段からよくからかわれているから、このくらいじゃ仕返しにはならないかもしれないけど。
いつか、もっと大きな仕返しをしてやりたいな、なんて。

「ふふ」

「くそ、俺が理系に弱いことを突いてきたな」

「たまには、私があなたをからかってもいいでしょ。それより、私ってそんなに顔に出るタイプかな」

「俺はそう思うけど。最近は特に、いろいろ感情が表に出てくるようになった」

「そう……」

最近は特に、か。アイドル活動を続けていくうちに、変化が起きたのかな。





少し時間が余っていたから、プロデューサーの提案で川辺を散歩することに。


「将来の夢か。俺なんて、毎度毎度テキトーに書いてそのまま提出してたな」

「テキトーって、何書いてたの?」

「芸能界のドンになりたいって」

「で、現実は?」

「お偉いさんに頭を下げる日々だな」

なんだかんだ、仕事は楽しいけどな、とおどけるプロデューサー。
今の言葉は、冗談じゃなくて本音だといいな。

「美少女に囲まれる職場なんて俺は恵まれている」

「すけべ」

訂正。間違いなく本音だ。

「けど、泉はテキトーに書くつもりじゃないみたいだな」

「まあ、ね。もういい歳だし、真面目に考えてみようかなって」

小学生の頃は、なんて書いたんだっけ。忘れちゃった。さくらか亜子なら覚えているかな。

「でも、考えれば考えるほど、わからなくなってきた」

「わからなく?」

「うん」

私が足を止める。プロデューサーもそれにならう。
川辺の空気は、さっきよりも冷たく感じられた。

「短期的な目標なら、見える。みんなと一緒に、アイドルを頑張りたい。あなたの期待に応えるためにも」

歌うことはとても楽しくて、手ごたえがある。ダンスはまだまだ苦手だけど、そのぶんやりがいがある。
だから私は、きついレッスンにも耐えられる。まだまだ前に進んでいける。

けれど、その先は?

トップアイドルがゴールだとして、トップアイドルの定義は? 仮にそうなれたとして、その後私はどうする?

3人一緒にいるために、3人一緒にアイドルになった。でもきっと、いつまでもこのままじゃいられない。関係が切れることはなくても、変化は確実に訪れる。
その時、私はどうしているのだろう。

「前に、聞いたことあるよね。『アイドルは、私の人生を捧げる価値があるものなのか』」

「ああ」

「プロデューサーは、『ある』と答えた。私はその言葉を信じた……ううん、今でも信じてる」

人を信じるのが苦手だった私が、あなたのことは信じられた。だから今、私はここにいる。

「でも、それだけじゃダメだと思ってるんだ。プロデューサーの答えじゃなくて、私自身の答えをはっきりさせたい」

私なりの答えを。私なりのロジックを。

「けど、これが全然うまくいかなくて。ちょっとだけ、自己嫌悪モードかも」

苦笑いを浮かべてみる。
昔より笑顔は上手になったけど、こういう笑い方までうまくなっているとは。

「提出期限はまだ先だけど、それまでに完璧な答えが出せるかどうか……うーん」

「泉」

「ん……あいてっ」

うつむいていた顔をあげたら、額を指で小突かれた。
そんなに痛いわけじゃないけど、反射で声が漏れる。

「少し硬く考えすぎかもしれないぞ」

「……そうかな」

「ああ」

小石を拾い、横投げで川へ放るプロデューサー。
水面に着弾したそれは、3回ほどバウンドしてから沈んでいった。

なんとなく真似して、水切りに挑戦してみる。

「ふっ!」

――ぽちゃ。

「一度も跳ねなかったな」

「次やるときは、いろいろ計算してから挑むわ」

ちょっと悔しかったから、心の中でリベンジを誓った。

「まあ、水切りは置いといて。泉にひとつ提案がある」

「提案?」

首をかしげて、言葉の続きを待つ。
プロデューサーは、フッと悪戯っぽく笑って。


「今度の休み。俺とデートしようか」

「………は?」


冷たい秋風が吹き抜ける中、私は寒さも忘れて呆然としていた。

翌日。

「うーん……」

「泉さん。何か考え事ですか」

事務所でうんうんうなっていると、とことこと小さな人影が近づいてきた。

「ありすちゃん。そうね、少し考え中」

橘ありすちゃん、12歳。彼女も私と同じで論理的に思考をすすめていく傾向があって、勝手に親近感を抱いている。
向こうも、ある程度は私のことを慕ってくれている……はず。

「プログラミングのことですか」

「ううん、今日は違うの。ちょっと、服選びで悩んでいて」

「服? どこかお出かけするんですか?」

「うん。プロデューサーにデートに誘われちゃって」

――ピシっ。

私がその言葉を口にした瞬間、空気が凍ったような気がした。

「で、デデデ……?」

「……大王?」

「違います!」

ありすちゃんの怖い顔をなんとかしようと思ったんだけど、やっぱり私にジョークは向いていないみたい。

「デートって、デートですか」

「う、うん」

「………私、誘われたことないのに」

ぼそりとつぶやいたかと思うと、ソファに座って近くにあったクッションをぎゅーっと抱きしめるありすちゃん。

「そりゃあ、泉さんは美人ですし、体つきもセクシーですし、頭もいいですし、私も憧れるところではありますけど……ぶつぶつぶつ」

「ありすちゃん? デートといっても、そんな本格的なものじゃないというか、ね?」

「……本格的じゃない?」

「そうそう。私がちょっと悩んでいたから、気分転換に遊びにいかないかって誘ってくれただけ」

だいたい、アイドルとプロデューサーが本格的なデートをするって結構問題だし。
そこのところは、ちゃんとありすちゃんに説明しておかないと。

「………」

しばらく無言で私の話を聞いていた彼女は、大きく息をひとつつくと、

「そういうことなら、まあ……セーフです」

こくりと小さくうなずいて、どうにか納得してくれた。
……この子がプロデューサーのことを大好きなの、改めて実感させられた。

「それで、デートに着ていく服を悩んでいたんですか」

「うん。家族以外の男の人と遊びに行くなんて、今までなかったから。どういう恰好すればいいのかなって」

最近になってオシャレに関心が出てきたので、こういうところはビシッときめていきたい。
決めていきたいけれど、圧倒的に知識と経験が不足しているのもまた事実で。

「なるほど……」

机に置いてあった自前のタブレットを手に取り、いそいそと操作を始めるありすちゃん。どうやらネットで調べてくれているらしい。
こうやって自然と私の悩み解消を手伝ってくれるあたり、やっぱりいい子だ。

「ふむふむ……やっぱり、相手の男性の好みに合わせることが大事なようです」

「好み、か」

もちろん私もネットで検索はしたので、その手の意見が多かったことは把握している。
プロデューサーの好みの服装……どんなのがいいんだろう。

「………ペロ」

「え?」

ふたりで腕を組んで考え事をしている間に、作戦会議のメンバーがひとり増えていることに気づく。
青みがかった長い髪をふわりと揺らしながら、彼女――佐城雪美ちゃんは、自分の飼い猫をすっと抱き上げた。

「P……ペロ……好き」

「うん。それは知ってるけど……」

「泉……ペロを被る……きっと似合う……」

そう言って、グッと親指をたてる雪美ちゃん。気のせいかもしれないけど、ペロも同じようなポーズをとっているような。

「ペロを被る……つまり、これのことですか」

タブレットを操作していたありすちゃんが、画面をこちらに向ける。

「く、黒の猫耳付きフード……?」

「これとか、安いですよ」

い、いやいや。さすがにこれを街中で見せるのは、私のキャラじゃないような……

「泉……ペロ、好きじゃない……?」

「んぐっ」

不安げな表情。狙いすましたかのような上目遣い。
こんな顔をされたら、私……

――そして、迎えた次のオフ。


「まずは言い訳させてほしいんだけど、これはあくまで変装の一環であって、決して私が好きだからこういう猫耳フードを着てきたわけではないといいますか」

「似合ってるぞ。かわいい」

「……あ、ありがとうございます」

結局、他にいい案もなかったので着てきてしまった。
プロデューサーは気に入ってくれたみたいだから、とりあえず雪美ちゃんとありすちゃんには感謝かな……

「しかし、お互い待ち合わせ時間5分前ぴったりだったな」

「あんまり早く来すぎると、相手にプレッシャーになるかも……そういう意見があったから。このくらいかな、と」

「きっちりしてるなあ」

微笑むプロデューサーを見て、ひとまずここまでの選択は間違っていないと確信。よし、と小さくガッツポーズ。

「うまく変装できてると思う?」

「いいんじゃないか? 普段の泉のイメージとは違う服だし、眼鏡もかけてるし」

「そう。ならよかった」

これで安心してデートに集中できる。
そう。周囲の目を気にせず、ふたりきりの時間を――

「………」

「泉?」

「あ、えっと。その」

……どうしよう。

さっきまで、ずっと服が似合っているかどうかだけ気にしていて、すっかり意識から抜け落ちていたけど――


「デートって、恥ずかしい……かも」

私だって、男女の恋愛沙汰に興味がないわけじゃない。同級生やアイドルのみんなとおしゃべりしていると、自然にそういう話題になるときはあるし。

亜子やさくらだって、


『やっぱ逆玉の輿は誰もが憧れる女の夢やね!』

『わたしは、ほら。なんか、ふわふわーっといい感じの人ならいいかなぁ』


……な、内容はともかく。恋愛や結婚に興味はあるみたいだし。
とにかく、私もそういうあれやこれやは考えたことがあって、そういうそれそれにはデートという行為が必要不可欠であり、それはつまりデートという行為の意味がそれそれの要素を多分に含んでいるということでありすなわち――


「……今日、暑いね」

「順調に冬へ向けて冷え込んでいるが」

「………ばか」

ぽす、と彼の脇腹にジャケット越しにパンチ。

「それはちょっと理不尽じゃないか」

「正当な論理に基づいた怒りです」

ぷい、と意地悪なプロデューサーから顔をそむける。
こっちの言いたいこと、わかっててからかうんだから。
いじわる、いじわるだ。

「そんなに難しく考える必要ないって。今までだって、二人きりの時間はあったじゃないか」

「……そうね。意地悪なプロデューサーのおかげで、いろいろ吹っ切れそうだし」

こうなったら、とことん好きなように遊んでやればいい。

「デートプラン、任せてくれって言ってたけど?」

「ああ、バッチリ用意してきた。まずは映画だ」

「よし。そうと決まれば、はやく行こう」

ぎゅっ。

プロデューサーの右手を握りしめ、勢いよく足を前へ。

「お、おうっ」

驚いている彼の顔を見て、私はウインクをひとつ、飛ばしてあげた。

「エスコートよろしく。私のパートナーさん」

曇り模様の空から、少しだけ太陽が顔をのぞかせていた。

プロデューサーがあらかじめチケットを買っていた映画は、最近世間で話題の感動スペクタクルものだった。
適当にポップコーンとジュースを買って、劇場へ。席についてほどなく、上映開始の時刻になった。

さて、どんなものかしら……なんて品定めする気持ちでいたのも開始10分ほど。
さすがに各地で絶賛されているだけはあり、私はどんどん物語に引き込まれていき。

「………」

クライマックス。ハッピーエンドで終わるのか、そうでないかの瀬戸際のシーン。
ドキドキして、何かを握りしめたい気持ちにかられる。

「………」

ちらりと横目で隣の様子をうかがう。
プロデューサーはスクリーンに集中していて、その手はひじかけの上に置かれていた。

「………」

そろそろ。
そろそろ。

少しずつ、そっちへ手を伸ばしてみる。
あともうちょっと。あと数センチ。

「ん」

あ……見つかった。

「………」

「………」

ぎゅっ。

「あ」

数センチを、一気に向こうから埋められた。

「ふふっ」

なんとなく、笑みがこぼれる。
それは向こうも同じらしくて、やわらかい笑顔を浮かべていた。

……プロデューサーの手は、ほどよい温かさで、ずっと握っていたいと思えるものだった。

「評判通り、いい作品だったね」

「だな」

映画館の近くにあった喫茶店に入り、お互いの感想を語り合う。
良いと思った点に細かな違いはあっても、総合的に『良作』という評価は一致しているようだった。

「二回目見てもいいと思えたから、次はさくらと亜子を連れて3人で見ようかな」

「いいんじゃないか」

「うん……あ、このパンケーキおいしい」

ちょうどお昼時だったから、ランチも兼ねてお腹が太りそうなものを頼んだんだけど。
メニューでおすすめされていただけはあり、生地の柔らかさとシロップの甘さが絶妙にかみ合っていた。

「これは、食にうるさい亜子に食べさせてみたいわ。なんて言うかな」

「んまーーい!! とかじゃないか」

「ふふっ、ちょっと似てる! じゃあ、さくらは」

「うまぁい!」

「あははっ、さくらは『うまい』なんて言葉使わないよ!」

プロデューサーの声真似が妙にツボに入っちゃって、笑いが止まらなくなる。

「二人をここに連れてきて、答え合わせをしたいね」

「ははっ。泉は本当に、さくらたちのことが好きなんだな」

「もちろん」

アイドルになってから、たくさんの子たちと仲良くなったけど。

「あのふたりは、私にとって唯一だから」

ふたりだけど、唯一。
ちょっと言葉はおかしいかもしれないけど、それが偽らざる本心。

「……そうか」

私の言葉を聞いて、プロデューサーは優しく微笑んだ。
理由を尋ねたら、答えを教えてもらう代わりに頭をなでなでされた。
跳ねのけようかとも思ったけど、好きにさせてあげた。

「お、やきいもの屋台が出てるぞ」

「本当ね。せっかくだし、買っていく?」

「そうだな。ゲーセンで遊んで、いい具合にまたお腹が減ってるし」


ゲームセンターで1時間ほど遊んだあと、散歩をしているとやきいもの屋台と出くわした。
今どき珍しいといえば珍しいので、いい機会だと思って食べることに。

「どこで食べる?」

「そうだな……ちょうどこの前の河川敷のところまで来てるし、ベンチまで歩くか」

「了解」

少し歩いて、空席のベンチを発見。並んで腰を下ろして、手を合わせる。

「いただきます」

「いただきます……あ、飲み物買ってきたほうがいいな。泉、何かリクエストは」

「あったかいお茶」

「わかった」

近くの自販機へ飲み物を買いに行くプロデューサー。その背中をぼんやり眺めつつ、私は今日の出来事を振り返る。

「はじめはどうなることかと思ったけど、楽しかったな……」

なんというか……うん。いつもと違う楽しさがあった。
どのあたりが、いつもと違うのか。考えてみると、おぼろげながら答えが浮かんでくる。

「隙あり」

ぴとっ。

「わひゃぁ!?」

「あはははっ! すごい声でたな~」

振り返ると、いつの間にか戻ってきていたプロデューサーが、私の首筋にあたたかいお茶入りのペットボトルを当てていた。

「もう、子供みたいなことして……」

「ごめんごめん。ぼーっとしているのを見たら、ついやりたくなった」

「まあ、映画がおもしろかったから許してあげる」

「ありがとう」

プロデューサーがベンチに座るのを待ってから、改めていただきますの挨拶をする。

「はふっ……はふっ」

まだまだ熱気をたっぷり含んだやきいもを、やけどしないようにゆっくりと口に含む。
もぐもぐと咀嚼すると、口の中に熱さと甘さがぐわっと広がった。

「うん……熱いけど、おいしい」

「あっつ! あっつ!」

「なにしてるの、プロデューサー」

「猫舌なんだよ」

舌がひりひりしているのか、口をおさえてうなっている。
仕方ないなあ。

「ほら、貸して」

左手にあったやきいもを奪い取り、強く息を吹きかける。

「ふーっ、ふーっ、ふーっ。……はい、このくらいでいいんじゃない?」

「ありがとう、悪いな」

「ううん、このくらいなんてことないから」

もう一度やきいもにかぶりつくプロデューサー。今度はやけどすることなく食べている。

「あ、でも。かわりってわけじゃないけど、これ食べたら川辺まで歩かない?」

「うん?」





「それっ!」

何度もシミュレートした動きで、小石を川へ向けてサイドスロー。
勢いよく飛び出して、3度跳ねてから水中へ沈んでいった。

「おお、やるな」

「ふふ、どう? あれから練習したの」

「水切りはコツをつかむまでが結構大変だけど、よくやったなあ」

感心したようにうなずくプロデューサーに、思わず自慢げに語ってしまう。

「前にも言ったでしょ。私、あきらめが悪いの」

「そうだったな」

小さく息をついて、彼は手ごろなサイズの石を拾う。

「ふっ!」

びゅっ! と投げ出された弾が、ぴょんぴょんと面白いように跳ねていき。

「おー、8回か。今日は調子がなかなかいいな」

投げた本人は、ひょうきんな表情を浮かべていた。

「……プロデューサー」

「ん?」

「前回、手加減してた?」

「べつに手加減ってわけじゃないさ。ただ、本気出さずに軽く投げただけ」

「むう」

頬を膨らませて無言の抗議。するとプロデューサーはぷっと噴き出して。

「珍しい顔が見られたなあ」

なんて、うれしそうに言う。

「珍しい?」

「ああ。だって、さくらはともかく、泉が頬をぷくーと膨らませるなんて初めて見たかもしれない」

「そんなこと……」

そんなこと………あった、かもしれない。
思い返してみると……私、頬を大きく膨らませる怒り方、めったにしない。
なら、どうして今。

そこまで考えて、ひとつの答えにたどりついた。

「そっか。そういうことなんだ」

さっき、おぼろげだけど出かかっていた答え。それが今、はっきり形になった気がする。

「今日のデート、ずっとプロデューサーとふたりきりだった。だから、私」

私にとってプロデューサーは、家族と同じくらい信用できる唯一の大人。
だから。

「私……甘えることができたの」

私、不器用だから。同い年の親友相手だと、なかなかそういうことができなくて。
けれど、年上のプロデューサー相手だと、勝手が違ってくるみたい。

「……単純に、環境を変えるために遊びに連れだしたんだが。俺、思っていた以上に評価高いんだな」

照れくさいのか、頬をかきながらつぶやくプロデューサー。
そのしぐさを見て、私は先日のありすちゃんとのやりとりを思い出していた。



『ありすちゃんは、将来の夢ってある?』

『夢、ですか?』

『答えたくないなら、もちろん秘密でいいから』

『そうですね……二つあります。ひとつは、たくさんの人の心を響かせられるような、そんな歌を作りあげることです』

『作り上げる? 歌う、じゃなくて?』

『そう、ですね。詳しいことは、今はまだ決まっていません。だから、ただ歌い続けるだけです』

『はっきりと決まっていなくても、その夢を追いかけているのね』

『はい。だって、私は歌いたいんです。だから、歌います』

『歌いたいから、歌う……そっか』

『はい』

『ちなみに、もうひとつの夢は?』

『もうひとつは……絶対秘密です』




――あの時のありすちゃんも、頬をかきながら私の質問に答えていた。しかも、顔を赤く染めるおまけつきで。

「歌いたいから、歌う」

ありすちゃんも、私も、歌に魅入られている。
だから、体中に熱を灯して、声を張り上げる。

「プロデューサー。歌っても、いい?」

「……ああ」

誰もいない川へ向かって、歌を口ずさむ。

その時、心の中には『具体的な将来の夢』なんて存在しなくて。

ただ、『歌声を届けたい』。きっとその想いだけが、胸にある。

「………」

突然始まった私のステージ。唯一の観客であるプロデューサーは、静かに耳を傾けてくれていた。

「難しく、考えすぎていたのかも」

一曲歌い終えて、私はすっきりした気分になっていた。
デートを通して、凝り固まっていた心がほどけて。思いのままに歌ったことで、私の中で何かがかちりとハマった気がした。

「決まったのか、将来の夢」

「……ううん」

プロデューサーの問いに、ゆっくりと首を横に振る。

「これ、正直な話、回答の放棄だから」

「放棄?」

そう、放棄だ。

「具体的な形は、まだいらない。私はただ、みんなと一緒にアイドルをやりたい」

それで十分だと、思えてしまった。
こんなの、まったくもって論理的じゃない。こんな答えに落ち着くなら、ここ最近の悩みはなんだったんだ、と思っても当然。

でも、私の心が納得してしまった。
逃げでもなんでもなく、それが正しいと感じてしまった。

「……私、なんだか変ね」

「そうかもしれないな。けど、俺はそれでいいと思う。ごちゃごちゃ難しいことを考えるのは、俺達大人の仕事だ」

だから任せとけ、と親指で自分を指すプロデューサー。それを見て、私は微笑んだ。

「俺じゃ力不足か?」

「ううん、そんなことないよ。だから、改めて言わせて」

風が強く吹いている。
彼らが厚い雲を吹き飛ばしたのだろうか。気づけば、空は真っ青に照らし出されていた。

「私たちのアイドル生命、あなたに預けたから」

「……ああ、わかった」






「久しぶりのニューウェーブのライブをいずみの誕生日に合わせるとは、やるねプロデューサーちゃん!」

「それ、もう10回聞いたぞ」

「何度ほめてもいいくらいだからいいんじゃないかな。ね、イズミン♪」

「ふふ、そうかもね」


11月11日。
その日は私の誕生日であり、3人一緒に踊るライブの本番当日でもあった。
亜子もさくらも、プロデューサーの意図を把握して、レッスンの時からやる気満々だった。
もちろん、私もだけど。

「ソロの仕事やらなにやらで経験値アップしてきたみんなの力! 今こそひとつにするときや!」

「ニュー・ニューウェーブのお披露目でぇす!」

「うん。出し切ろう、全部」

最近、こんなことを思う。
ずっと一緒にいるだけの存在は、ユニットじゃなくて、ただの親友同士。

みんながそれぞれの経験を通して、新たなデータを収集する。そしてそれらを集合させ、進化させる。
……まるで、プログラムのよう。それこそが、ニューウェーブというユニットなんだって、そう思う。

プログラマーとしての私の目標は、このニューウェーブというプログラムを、みんなで最高のものに仕上げること……なんていうのは、ちょっと強引すぎるかな。

「終わったらみんなで泉の誕生日パーティーだ。奮発するからな」

「奮発!? それってもしかして焼肉!?」

「待て亜子。なぜ焼肉に飛んだ」

「プロデューサーさんのおごりで焼肉ですかぁ? やったー♪」

「ゴチになるわ、プロデューサー」

「お前らなあ……わかったわかった! 成功したら焼肉パーティーだ! もちろん俺のおごり!」

半分やけになったプロデューサーの一声で盛り上がる私達。

「カルビ!」

「ロース!」

「ハラミ!」

「おい、欲にまみれた掛け声でステージに出ようとするな!」


――ああ、楽しい。

さくらと、亜子と、事務所の仲間と。
そして、プロデューサーと。

計算通りにいかないこの世界を、前へ前へと切り開いていこう!






ライブも焼肉パーティーも盛況に終わり、プロデューサーの懐は寒くなった日から数日後。


「この前、私の作文を手伝うために亜子が教えてくれたんだけど……私の小学生の頃の夢、なんだったと思う?」

「なんだったんだ」

「プログラマーのドン」

「ははっ、なんだそりゃ」

たまたま夕方に事務所でふたりきりになったため、私はプロデューサーと軽くおしゃべりしていた。
彼の小学生の頃の夢が『芸能界のドン』だったことを考えると……私達、妙なところで似ているのかもしれない。

「芸能界のドンより、意味の分からなさでは上だぞ。ははは」

「ふふ、そうね。昔の私、何を考えていたんだろう」

「ドン大石だな。泉が遅刻した時はこう呼ぶことにしよう」

「またそうやってからかうネタを増やすんだから」

冗談だ、とケラケラ笑うプロデューサー。こういうところは相変わらずだ。
たまには、私が大きな仕返しをするべきではないかと思う。

「プロデューサー。ちょっとでいいから、じっとしていて」

「え?」

言われるがまま動きを止めるプロデューサー。こういうところは素直だ。
だから私は、安心して仕返しを行う。
素早く彼の隣に陣取って、

「いつか、あなたを撃ち抜くロジック、組み立ててみせるから」

――感づかれる前に、その頬に唇を重ねた。

「へ?」

「それじゃ、また明日!」

何か言われる前に鞄を肩にかけて、そそくさと部屋から退散。
出る瞬間、ちらりと彼の様子をうかがうと……びっくりするほど呆けた顔をしていた。

「ふふっ」

やった、仕返し成功だ。私が負けず嫌いなこと、改めてプロデューサーは感じたと思う。

「………」

ちなみに、仕返しは仕返しだから、それ以上の意味は特にない。
……ない。

だから、帰ろう。プロデューサーが追いかけてくる前に。



「今日、暑いな……」

曇り空を見上げて、私は自然とそんなことをつぶやいていた。
11月は、もうじき下旬に入ろうとしていた。

おわりです。お付き合いいただきありがとうございます。
大石泉はいいぞ

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