晶葉「ああ、助手が普段どんな生活をしているのか気にならないか?」
泉「私は別に興味ないけど……急にどうしたの?」
晶葉「……去年、彼からアイドルにスカウトされてこれまで三人でやって来たのは泉もよく知っているはずだ」
泉「うん」
晶葉「だが、私たちと彼の溝はまだ埋まっていないと感じている」
晶葉「事務所では基本的に別行動。現に、今もこうして話しているのは私たち二人だけだ」
泉「でも、どこもそんなものじゃないの?」
晶葉「私の調査によれば、隣の事務所ではプロデューサーとアイドルのスキンシップは日常茶飯事だという」
泉「えっ、嘘、ほんとに?」
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晶葉「ああ。すべてはコレが物語っている」ペラリ
泉「写真?」
晶葉「よく見てみろ、四月に行われたピクニックの光景を写している」
泉「……へ~、みんな楽しそうだね」
晶葉「うちではこんな歓迎会など行われたこともなければ、日ごろから床に散らかってるのはジャンク品のパーツだらけだ」
泉「言われてみれば、味気ない気もするね……。あんまり気にしたことなかったかも」
晶葉「そこで、最初の話に戻るわけだ」
晶葉「統計的にPCの中身はその人物の人格を宿すと言われている」
晶葉「だとすれば、それを覗き見ることで助手の一部を知ることが出来る……泉もそう思わないか?」
泉「かなり暴論な気もするけど……」
晶葉「仮に、彼が女というX染色体を好まない人間だとしたらどうだ」
泉「どういう意味?」
晶葉「男でありながら、女という存在に興味がないのだとすれば、話は変わってくる」
晶葉「プロデューサーという職につきながら、私たちに接触をしようとしない――そうだな、助手がホモセクシャルであるという路線も考慮すべきだろう」
泉「……晶葉ちゃん、朝になに食べた?」
晶葉「コーンフレークとミルク、後はチョコレートをひと欠片だな」
泉「だいたい、そんなのどうやって調べようって言うの」
晶葉「いわゆるピンクなサイトに入った形跡を知ればいいだけの話だ。簡単だろう」
泉「言ってること、男子中学生そのものよ。それ」
晶葉「私もまだ14歳なんだ。年齢的には問題ないだろう」
泉「別にそういう意味じゃないんだけど……」
泉「というか、もしも本当にプロデューサーがホモだったらどうするの?」
晶葉「その時は私のガジェットで何とかしてみせよう!」
泉「なんだか説得力があるね……」
晶葉「とにかく、ハッキングだ! ハッキングをしよう!」グイグイ
泉「もー、わかったから。あんまり服を引っ張らないで」
泉「……んー。とりあえず、プロダクション内に飛んでる回線からセキリュティホールを探知してっと……」カタカタ
晶葉「なんだ、もうルート権限の取得が済んだのか?」
泉「まあね、ちょっと前に個人的にハックすることがあったから……」カタカタ
晶葉「ちなみにその時の目的はなんだったんだ?」
泉「……あー」
晶葉「なんだ、言いにくいことだったら無理に言わなくてもいいんだぞ」
泉「……自分のスリーサイズをいじってた」
晶葉「……」
泉「何か言ってよ」
晶葉「その、なんだ。わざわざ詐称しなくても、泉は胸元にいい脂肪を持ってるじゃないか」
泉「違うの、そうじゃなくて」
晶葉「?」
泉「……下げたのよ、載ってた数字から。……少しだけね」
晶葉「下げる? どうして、そんなことを?」
泉「……あんまり胸が大きいって友達とかに知られたくなかったし……」
晶葉「ふむ、なるほどな。泉は、自分が中高生から性の対象にされるのが嫌だったのか……」
晶葉「そう。性の、対象に!」
泉「テンション高いね」
泉「まあ、なんでもいいけど……ほら、終わったよ」
晶葉「おおー、これでプロデューサーの私生活が覗き見できるわけだな」
泉「んー、でもそんなに面白そうなもの見れなさそうだけど……」カチカチ
晶葉「ちなみに、ピンクなサイトを見ていた痕跡は?」
泉「今のところないね」
晶葉「そんな……」
泉「残念ながら、プロデューサーのホモ疑惑は晴れそうにない――」
泉「……ん?」
晶葉「……泉? どうしたんだ?」
泉「いや、ちょっと気になることが見つかって……」カタカタ
晶葉「気になること?」
泉「うん。ほら、ここ見て」
晶葉「……ふむ。意図的にセキリュティがかけられているフォルダがあるみたいだが……それがどうかしたのか?」
泉「それにしても、バカみたいに厳重すぎるんだよ」
泉「わざわざ海外のサーバーが立ち上げてるクラウドに繋げてあるし、そこに行くまでにも何層にもロックがかかってる」
晶葉「はっはっは! ということは、ついに尻尾を出したというわけか!」
泉「……ま、そんなところだね。待ってて、探り出してみるから」
晶葉「ちなみに泉は何が隠してあると思う? 賭けてみようじゃないか」
泉「んー、私は無難に“そういう”動画とか画像とかだと思うけど……」
晶葉「なんだ、それなら賭けにならないぞ」
泉「元から考えてることは同じでしょ」
晶葉「まあいい。フォルダを開いてみてくれ」
泉「ん、……ああ、やっぱり動画ファイルみたいだね。私の言った通りだよ」カチカチ
晶葉「…………」
泉「晶葉? どうかした?」
晶葉「……泉、そのファイル開いてみてくれないか?」
泉「えっ、でも、ここ事務所の中だよ?」
晶葉「……いや、私の思い違いかもしれないが」
泉「どういう意味?」
晶葉「……」
泉「まあ、別にいいけど……いい? 再生するよ?」カチカチ
プツン ザーーーー
泉「……なにこれ? 真っ暗な画面しか映ってないけど……」
晶葉「……」
キュルキュルキュル ザーーーーーー
泉「えっ……」
泉「………う、嘘、でしょ」
泉「女の子……腕が……」
ギリギリギリギリ プツン
◇
晶葉「泉、大丈夫か?」
泉「うん……。もう、平気」
晶葉「……半信半疑だったんだ、見たくないものを見せてしまって悪かった」
晶葉「――さっきのは、恐らく、スナッフムービーという代物だ」
泉「……なにそれ?」
晶葉「趣味の悪い映像だよ、人をばらしたりする所をああやって形にして残しているんだ」
泉「……ばらすって、そんな」
晶葉「ああ。私にも理解はできないし、したくもない……」
晶葉「ただそういうのを好む人種が蔓延っているのもまた事実ということなんだろう」
泉「だけど、なんであんなものがプロデューサーのパソコンの中に?」
晶葉「それは……わからない」
泉「……」
晶葉「だが、さっきの映像で分かったこともある」
泉「分かったこと……?」
晶葉「ああ。あそこに映っていたのは裸にされた一人の女の子と、若い男だった」
晶葉「いつも見ているから、間違えるはずもない。私も目を疑いそうになった」
泉「晶葉ちゃん……?」
晶葉「――泉、あの動画の中の男は、私たちのプロデューサーだったんだよ」
つづく
泉「嘘でしょ……?」
晶葉「この場面で、嘘を吐いても誰も得しないだろう?」
泉「……だって。私たちのプロデューサーが人殺しだったなんて信じられるわけないよ……」
晶葉「泉、あれはただの犯罪者じゃない……あれは、殺人鬼だよ」
泉「……」
晶葉「……ふう」ドサリ
晶葉「まさか、ちょっとした出来心から、こんなことが分かるなんてな」
泉「……女の子、今はもうこの世にはいないのかな」
晶葉「それは分からない。だけど、綺麗な髪の子だった、エメラルド色をしたな」
泉「うん、アイドルをしていてもおかしくないだろうね……」
晶葉「……そうだな」
泉「……ねえ、これからどうする?」
晶葉「それは、どういう意味だ?」
泉「私、もうプロデューサーと上手く話せる自信ないよ。あんなの見ちゃったから……」
晶葉「泉……」
泉「晶葉ちゃんは、なんとも思わないの……?」
晶葉「……」
泉「プロデューサーがどういう意図で私たちに接触しようとしなかったのか、今ならなんとなくわかるよ」
泉「あの人は、あんな後ろめたい過去があったから、私たちから距離を取ってたんだよ……」
晶葉「――ひとつ、提案がある」
泉「……?」
晶葉「泉。私も、泉と同じ気持ちなんだ」
晶葉「正直なところ、あの動画を見たことで助手という存在が余計に分からなくなった」
晶葉「あのスナッフビデオを撮るまでに、助手に何があったのか、そしてどうして今私たちのプロデューサーをしているのか」
晶葉「それを知ってしまった以上、今現在、私たちの未来もまた変わろうとしている」
泉「……どういうこと?」
晶葉「こっちへ来てくれないか、見せたいものがある」
◇
泉「……いつの間に、こんな部屋作ってたの?」
晶葉「事務所の使われていなかった空き部屋を改良した。少し手狭だが、作業にはこれくらいがちょうどいい」
泉「それにしても、仕事場を作り変えるなんて……」
晶葉「研究者にとって、隠し部屋というのは一種のロマンなんだ。それくらいは許してもらわないとな」
泉「それで、私に見せたいものってなんなの?」
晶葉「ああ、それはコレのことだ」
泉「これって……」
晶葉「タイムマシン、と言えば分かってもらえるか?」
泉「それって、四次元空間を経由できる装置のことでしょ……?」
晶葉「ああ、アイドル業の片手間に作ってたんだ。これはその試作品ということになる」
泉「……正直、そう言われても信じられないんだけど」
晶葉「詳しい話はまた今度でいいだろう。それよりも今大事なのは、これを使う目的についてだ」
泉「目的……?」
晶葉「混乱を招かないように、ホワイトボードを使って順に説明しよう」
晶葉「まず、現時点で私たち二人が共有しているのは“あの動画を見た”という事実だ」
泉「うん。私がプロデューサーのパソコンをハッキングして、私たちはそのことを知った」
晶葉「そう。私がその話を持ち掛けた。そして、それが明るみに出たことで私たちは助手に対して確かな不信感を覚えた」
晶葉「ならば、これを全てなかったことにしたとしたらどうだろう?」
晶葉「私たちは何も見なかった、そして知らなかったとすれば、この事態は起きなかったことにならないだろうか?」
泉「……晶葉ちゃんが言いたいこと、なんとなく分かった気がするよ」
晶葉「それなら話は早い――要するに、私たちに必要なのは“あの動画を見た”という事実を“消し去る”ということだ」
泉「そのために、私はタイムマシンを使って数十分前の世界に戻る……ってことだよね」
晶葉「……その通りだ」
晶葉「現状、私が考えられる手はこれくらいしかない。どうだろう?」
泉「……うん、悪くないね」
晶葉「それじゃあ、決まりだな。早速、準備に取り掛かろう」
ガチャガチャガチャ ブスンブスン
泉「ねえ、晶葉ちゃん。これ本当に動くの?」
晶葉「タイムマシンはまだ試運転の段階だ、私にも未知数なところは多々ある」
泉「言ってくれたらシステム面で少しは手伝ったのに」
晶葉「そうだな、次からは相談するとしよう」
晶葉「よし、セットアップが完了した。泉、もういいぞ」
泉「うん、わかった……よいしょ、っと」
晶葉「泉がヘッドセットを装着してから、私が外部で空間制御システムを操作する。高負荷がかかると思うが、我慢してくれ」
泉「ちなみに過去に戻ったら、どうなるの?」
晶葉「理論上、泉はその時間軸に“ふたり”存在することになる」
泉「……なるほどね、そういうこと」
晶葉「泉が過去に向かった時点で、すべての事象の書き換わりが発生すると思ってくれて構わない」
泉「私は元の世界に戻って来れるの?」
晶葉「ああ。泉が“タイムマシンに乗り込んだ時間”になった瞬間に、再び世界の時間軸は元に戻るはずだ」
泉「ならいいけど……ちょっと不安だな」
晶葉「そろそろ、始めよう。泉ヘッドセットを」
泉「うん、わかった」カチャカチャ
晶葉「過去の世界に戻るというリスクを背負う以上、何が起こるかは分からない」
晶葉「だが、泉ならやってくれると信じているよ」
泉「……また、プロデューサーと一緒に仕事をしたいって気持ちに戻れるのかな……?」
晶葉「そのために、過去を変えるんだろう?」
泉「……うまくやるよ、だから祈ってて」
晶葉「あいにく、神様は信じていないんだ。これでも科学者だからな」
晶葉「……だから、私は私の意志で泉を信じてる」
泉「ふふ、いじわるだね」
晶葉「ああ、そうかもな」
キィィィィン
晶葉「……それじゃあ、後はよろしく頼んだ」
泉「うん、それじゃ……また」
バタン
泉(……私はこれから過去に戻り、観測したという事実を揉み消さないといけない)
泉(……大丈夫、うまくやるよ)
泉(……大丈夫だから)
――――
――
―
◇
泉「……はっ」パチリ
泉「……ここは」キョロキョロ
泉(見慣れない景色、ここはどこかの路地裏……?)
泉「――って、そっか。私タイムマシンに乗ったんだっけ……それじゃあ、ここは過去の世界なんだ……」
泉「……でも、どうしてこんな場所に? 晶葉ちゃんは、数十分前に戻るって言ってたはずなのに……」
泉「ん? 足元に、雑誌が落ちてる……」スッ
泉「えっと、なになに……新潟県中越沖地震の発生? iPod touchの発売が決定?」
泉(ハニカミ王子に、ホームレス中学生? ……なにこれ、ずいぶん古い記事が書かれてない?)
泉「今いつだと思ってるのよ……今年はもう2017年……」チラッ
泉「――うそ……この雑誌の日付……2007年になってる」
泉「……ちょっと待って、一旦落ち着こう」
泉(私は、数十分前の過去に戻るはずだったのよね?)
泉(なのに、この雑誌の日付は2007年になってる)
泉(それじゃあ、私の今いる世界は――本来の世界から10年巻き戻ってるってこと?)
晶葉『泉が“タイムマシンに乗り込んだ時間”になった瞬間に、再び世界の時間軸は元に戻るはずだ』
泉「ど、どうしよう……私、違う時間に来ちゃったんだ……」
泉(元の時間に戻る術もなければ、この世界には“大石泉”がふたり存在していることになっている)
泉「だとしたら――私はこれからどうやって生きていけばいいの……?」
泉「……」
泉(正直なところ、客観的に見ても、事態は絶望的だと思う)
泉(未来からやって来たなんて、誰が信じてくれるだろう? それを知ってるのは10年後の晶葉だけだ)
泉「……はー」
泉(この先のことを考えるだけ無駄、か……)
「あの、こんな所でどうかしましたか?」
泉「……?」
「すいません、突然話しかけてしまって……」
「でも、なんだか、困っているように見えたので……ついほっとけなくって」
「中学生、ですよね? 私もおなじなんです。学校で言われてましたよ、この辺りに不審者が出てるって」
泉「……」
泉(この子、どこかで見たことある)
泉(……………この髪色に、目元の黒子。それとオッドアイ)
泉(――ああ、そっか)
泉(あの動画でプロデューサーに殺されていた女の子にそっくりなんだ……)
楓「……あの、大丈夫ですか?」
つづく…
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