北条加蓮「戀」 (25)
アイドルマスターシンデレラガールズ、北条加蓮のお話です
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北条加蓮と言うアイドルが居た。
ほんのわずかな間だけ、まるで流れ星のように光って消えてしまった、北条加蓮と言うアイドルが居た。
画面の中では、もうすでに居なくなってしまったアイドルの北条加蓮が歌っている。
もう、二度と見る事の出来ない、ステージの上で輝く北条加蓮が画面の中には居た。
俺の……最初の担当だった、アイドルの北条加蓮はもう居ない。
◆
『アンタがアタシをアイドルにしてくれるの? でもアタシ特訓とか練習とか下積みとか努力とか気合いとか根性とか、なんかそーゆーキャラじゃないんだよね。体力ないし。それでもいい? ダメぇ?』
そんな彼女との出会いは最悪な物だった。
初対面でいきなりこう言われたのだ。いくら温厚な俺だってカチンとくるものがある。
『ダメかどうかは、俺は知らん。君次第だ』
『ふーん。そっか』
なんだこの投げ槍でやる気のない腹の立つガキは。思わず口走りそうだったのをぐっとこらえた当時の俺を褒めてやるべきだと思う。
それに、初めて一人でアイドルを担当させてもらえるようになったばかりの新人だったのだ。いきなりこんなに癖の強い娘をどうすれば良いのかなんて知識も経験も無かった。
なんとかおだてて仕事に行かせようとすれば、加蓮はただ一言。
『めんどくさーい』
それでも嫌がる加蓮をなだめすかして仕事に送り出せば、態度は悪いわ、愛想は無いわで本当にアイドルやる気あんのかって疑わざるを得なかった。
しかも、帰りの車内でその事について咎めようものなら、『ちゃんと居るだけいいっしょ?』と来たもんだ。
……ここだけの話、この時ばかりは本気で殴ろうかと思った。運転していたのと、相手はアイドルって事を鑑みて辞めたのだが。
代わりと言っちゃなんだが、俺の中の気持ちを真剣に彼女に話して聞かせてやったのだ。『俺はお前をなんとしてでもトップアイドルにしたいんだ。だから、もう少し真剣に俺に付き合ってほしい』と。
どうせまともに聞いちゃいないと思ってはいたが、手が出せない分せめて口でやりかえしてやらないと気が済まなかった。
この時の事を、のちに加蓮に聞いてみた事があるのだが、この頃の加蓮は俺の事を試していたらしい。
こんなに態度の悪い自分にどう向き合ってくれるか、それが知りたかったそうだ。
『入院してるとさ。みんな優しくなるんだ。上辺だけ。本当に気持ち悪いの。だから……ちゃんと本気でぶつかってきてくれるPさんだからついていこうと思ったんだよ』
俺としては必死に仕事をこなしているだけだったのだから、加蓮に本気でぶつかっていたのかは自信がなかったのだが、加蓮は本気と受け取ってくれていたらしい。
この日以降だろうか。加蓮のアイドルへの姿勢が徐々にではあるが変わり始めたのは。
それまでの加蓮はレッスンをしていてもすぐに『疲れた』だの『休憩したい』だの『体力無いんだから優しくしてよ』だのとあれこれ理由をつけてサボろうとしていたのだ。
もちろん、そんなものは通用するわけもなく、グダグダと駄々をこねながらもレッスンをこなしていたのだが。
でも、そんな加蓮の態度はあの日以来一変したのだ。『疲れた』や『休憩したい』と言わなくなったわけではないのだが、自分の体力の無さに呆れたのか『体力つけなくちゃ……!』とか『やるからには全力で……!』などと前向きな発言も増えて行ったのだ。
事実、加蓮は体力もばっちりとつけ、誰に見劣りしないレベルまで成長を遂げるのだ。
そんな風に加蓮の仕事への姿勢が変わって、しばらくが経った頃の事だ。
とある音楽番組のオーディションを加蓮に受けさせてみないか、とありがたい話を貰う事が出来た。
少し前のやる気のないままの加蓮であれば即座に断ったのだろう。だが、今の加蓮なら万に一つの可能性もあるかもしれない。そう思った俺はそのオーディションへの参加をお願いしたのだ。
目標を設定する事は悪くはないだろう。むしろ、より一層加蓮のやる気に火が点く可能性がある。
案の定、加蓮に話をしてみれば、本人は今まで見せた事のないようなやる気を見せて今まで以上にレッスンに励むようになってくれた。これには指導をお願いしていたトレーナーさんですら驚きを見せるレベルで真剣にレッスンに取り組んでくれたのだ。
いざ、オーディション当日になっても加蓮のやる気は衰える事を知らなかった。本番までに燃え尽きているようではこの先やっていけないのだから、当然と言えば当然なのだが、レッスンから本番まで全力じゃなかった日は一度も無かった。
いくら若いとは言え、元々は体力の少ない加蓮なのだ。もしかしたらこのオーディションを乗り切るだけの体力は残っていないのではないかと不安になるほど常に全力でアイドルに精を出してくれていた。
そんな加蓮の変化に俺は嬉しくもあったのだが、やはりフィジカル面での不安も頭の中には鎮座していた。
もし、オーディション中に体力の限界が来たらどうすればいいのか、仮にオーディションを乗り切ったとしてその後の番組収録は大丈夫なのだろうか。
そんな事ばかりを呼ばれるのを待っている間、加蓮の隣で考え続けていたなんて、今考えるとプロデューサー失格と言えるだろう。
オーディションに挑むのは他ならぬ加蓮であり、俺は彼女を信じて待っているだけで良かったのに。当時の俺は心の底から加蓮の事を信用していなかったんだと、今になってみればよくわかる。
不安に押しつぶされそうになる俺の隣で、加蓮はずっと穏やかな表情のままだったような気がする。自分の事でいっぱいいっぱいでちゃんと加蓮の事を見てやれていなかったのだから記憶に残っていないのも仕方がない。まったく恥ずかしい話だ。
そして、いざ加蓮の番になった時に、その日初めて加蓮の顔をちゃんと見たのだ。
『あ、やっとこっち見てくれた。もう出番だよ?』
そう言って軽く微笑む加蓮からは緊張や不安を微塵も感じる事は無く、堂々たるアイドルの風格さえ漂わせていた。
『これから頑張ってくるあなたのアイドルに何か一言ないの?』
何がそんなにおかしいのか、くすくすと笑いながら俺を咎めるその顔は、今まで見たどのアイドルよりも美しく、俺は見惚れてしまって一言だけ『頑張れ』としか言えなかったのだ。
俺の『頑張れ』の一言で加蓮が満足してくれたのかは分からないが、その言葉を聞くと加蓮は大きく頷いて控室を出て行った。
扉を開けるとき、背中越しに『勝ってくるから。待ってて!』と言い残して。
結果は……残念なものにはなってしまったのだが、このオーディションで加蓮はアイドル候補生からアイドルの北条加蓮になったのだと思う。
……俺もこの時にようやく加蓮の事を本気で信用できるようになったのだと思う。
胸を張って加蓮のプロデューサーと言えるように、俺が加蓮以上に努力する事を決めた瞬間だった。
◆
加蓮がアイドルになってからというもの、今までとは大きく環境が変化していった。
候補生時代に営業しまくった甲斐があったのか、加蓮を使いたいと言う声を多く貰えるようになったのだ。歌って踊る仕事ではなかったのだが、CMやモデルと言った顔見せが出来る仕事が増えてくれた。
『んー、モデルとかも嫌いじゃないけど、アイドルとしてはそろそろ歌いたいなぁ』
などと口では言いつつも、根本的におしゃれ等が好きだったのだろう。それまでのレッスン漬けの日々よりも格段に生き生きしながら仕事をこなしてくれた。
仕事をこなせばこなすほど、加蓮の知名度は高くなっていく。それと同時に加蓮の見た目だけを求められる仕事から、加蓮そのものを求めるような仕事の比率が高くなってくれたのだ。
世間では今時のギャルと言う認識だったであろう加蓮のイメージもある仕事をきっかけに大きく変わっていく事になった。
ある時、とある映画監督から加蓮を準主役で使いたいと言う話を頂けた事がある。
女子高生の友情をテーマにした映画で、主人公の親友役を是非加蓮にと熱いオファーが来たのだ。
『……死んじゃうんだね、この娘』
正直、俺はこのオファーを受けるか迷っていた。
『無理にとは言わないぞ』
『ううん。大丈夫だから。受けるよ』
この親友役は最後には病にかかって死んでしまうというものだった。主人公に夢を追い続ける事を決意させ、自分は白く冷たい病院のベッドの上で息を引き取る。そんな役。
加蓮は昔、身体が弱くて入院をしていたらしい。
らしい、と言うのは加蓮がこの話をするのを嫌がるからだ。
一度だけ加蓮と会った頃に、レッスンをサボる口実として『これでも昔は入院してたんだから』を使いかけた事があった。その時はすぐさま『なんでもない。やっぱ今日はやるから』と言って、あの頃にしては珍しく弱音を吐かずにレッスンに取り組んだ日があった。
あの時はそれまでに見たことのないほどの、今では当たり前に見れる真剣な加蓮の表情を見れたので記憶の中に残っていたのだ。
そんな記憶が頭に残っていたからオファーを受けるのをためらっていたのだが、加蓮はいつの間にやら強くなっていたのだろう。いつも見ていたはずなのに見落としてしまっていたようだ。
そして、この映画の役は加蓮のためにあつらえたと言っても過言ではないほどのはまり役となった。
業界ではそれなりに名前が売れてきていた加蓮でも、一般の人からすればまだ数多く居るアイドルの一人。それが映画初出演にしてこれほどの大役。それだけでも話題になるのにも関わらず、いざ映画が公開されてからと言う物主役を押しのける勢いで話題になった。
あの儚げな雰囲気をまとったな少女は何者だ、と。
ネットや世間の評判では、映画の話もそこそこに加蓮を見るために映画館に足を運ぶ価値があるとまで言われるほどになっていた。
余命わずかの少女を演じる加蓮の演技力は、最早演技の域を超えてしまうほどに説得力を伴っていたのだ。まるで、本当に加蓮が死んでしまうのではと感じるほどに
映画が公開された後に加蓮と一緒に見に行ったのだが、俺ですら加蓮の演技に目を奪われ、隣に居る少女が不治の病にかかっているのではないかと心配になってしまうほどだった。
映画を見終えてから加蓮の希望もあって近所のファストフード店に入って、映画の感想もそこそこに加蓮にその事を伝えたら、加蓮は穏やかな笑顔を浮かべて『大丈夫。私は死ななないから』と言ってくれてようやく安心出来たくらいだ。
多分、この時には加蓮に惚れていたのだろう。最初に見たときには生意気でやる気のないガキだと思っていたのに、いつの間にか彼女に惹かれていたのだと思う。
◆
『愛は真心、恋は下心……』
加蓮に惚れているのをなんとなく自覚した日から、俺は事あるごとに一人でこの言葉を唱えるようになっていた。
俺はプロデューサーなのだから、愛を向けるのは良くても、加蓮に恋心を向けてはならない。だから、これは決して恋なんかではないんだ。ただの気の迷いなんだと思い込むために。
『お疲れ様でーす。あれ? 居たんだ』
『そりゃ、まだ仕事中だからな』
そう言うと加蓮はそっかと一言だけ言ってソファーに座り、こちらをじーっと見つめてくるのだった。
『……見られてると気になるんだけど』
『さっきのってどういう意味?』
俺が抗議の声をあげると、加蓮は質問を返してきたのだ。さっきのとは、おそらく加蓮が来る前に呟いた独り言のことだろう。
『聞いたことないか? 愛と恋の違いらしいぞ』
おそらくそんな事が聞きたいのではないと思うのだが、はぐらかしておくしかなかった。バレていないとは思うが、聡い加蓮の事だ。俺の演技なんてあっという間に見抜くだろう。
バレるのも時間の問題かもしれない。
『ふーん……』
何か言いたげではあったが、加蓮はそれ以上追及しないでくれた。加蓮には加蓮なりの考えがあっての事なのだろう。少しひっかかりを覚えはするが俺としては願ったり叶ったりだった。
『ところで、次のライブの準備はどうだ? 順調か?』
『任せてよ。バッチリだよ』
ニコッと笑う加蓮の顔はそれはもう美しくて抱きしめて自慢したくなってしまうほどだった。
……俺のものってわけじゃないのだが。
『そうか、なら何よりだったよ。今まで以上の規模だからちょっと心配もしてたんだ』
今やトップアイドルの加蓮だが、今回のライブは初めての規模で行う事になった。俺も、加蓮自身も経験したことのない規模の大型ライブ。公演時間は3時間を超えるものだ。
『んー、昔の私だったらちょっとマズかったかも』
鞄から楽譜を取り出し、目は真剣な表情で楽譜を追っている。今日のレッスンの復習をしているのだろう。
『でもね。今ならやれるよ』
楽譜から顔を上げ、俺の目を見て加蓮は言う。
『大丈夫、貴方が育てたアイドルだよ』
今まで見たどの笑顔よりも、美しく、力強く……それでいて儚げに加蓮は微笑んだのだった。
そんなやり取りをして数日後、この言葉に反するように加蓮は過労で倒れてしまった。大人でもキツイであろうスケジュールをこなしていたのだ。この事態は予想して然るべきだったのかもしれない。
加蓮が倒れた事もあって、ライブは延期もしくは中止する事も検討されたのだが、加蓮本人が強く反発したのだ。
『私はやれる』、『私のワガママでもいいからやらせて欲しい』、『せっかく夢が叶ったのだから』、と。
プロデューサーとしては許可出来ないはずだったのだが、結局は俺が根負けする形でライブを許可する事になってしまった。
ただ、当初の予定とは違い、3時間を超えるセトリではなく2時間で収まるセトリに変更する事を条件に加蓮を納得させた。
『……中止にされるよりはマシ、か』
ベッドの上で不貞腐れるように言った加蓮は、いつかの映画のあの役にそっくりだった。
◆
ライブ当日まで、俺は一切気を抜けなかった。今まではこちらの仕事に追われ、レッスンについて行けない日も多かったのだが、加蓮が倒れてからは全てのレッスンに付き添った。朝は家まで迎えに行き、仕事中もレッスン中も休憩中も常に一緒に居た。もちろん、仕事が終われば家まで送っていくのも忘れずに。
そんな状況を加蓮は『デートみたい』なんて言って楽しんでいたようだが、こっちは加蓮が心配で心配でたまらなくそんな余裕は微塵も無かった。
俺が気を引き締めたのと直接は関係ないだろうが、ライブ当日まではトラブルは起きる事なくすべてが順調に進んでいた。
ように見えていたのだ。
……アイドルに関するトラブルは何もなかった。でも、加蓮と俺に関するトラブルは起きていたのだ。
『ねぇ、Pさん』
ライブ当日、本番前の舞台袖で待機している時だった。
『愛は真心、恋は下心って言ってたよね』
『そんな事言ったっけ?』
『もう! 自分の言葉くらいちゃんと覚えててよ』
少し頬を膨らませ、少し怒ったような表情を作り可愛らしく抗議の声をあげる加蓮。
『私、Pさんの事が好き。Pさんに戀してるの』
先ほどまでと違い、真剣な声音で加蓮は言ったのだ。俺に恋をしていると。
『恋は下心なんだぞ。だから、俺に恋するんじゃなくて、加蓮は他にもっと愛せる人を見つけた方がいい』
俺だって加蓮に恋をしているのだろう。でも、認めるわけにはいかないし、加蓮を受け入れる事も出来ない。俺はプロデューサーなのだから。
『それに、恋なんて浮ついたものすぐ覚める。俺は加蓮にとって身近な存在だっただけだから、勘違いしただけだぞ』
『違うよ、Pさん。私のは恋じゃない。戀なの』
これから出ていくステージの方を向き、加蓮は戀と言った。
『いとしいとしというこころ』
『え?』
『下心なんかじゃなくて、私の心はそう言ってるの』
開演時間を告げるブザーの音が会場に鳴り響く。ざわついていた観客席が徐々に徐々に静まっていく。先ほどまでの騒がしさはどこか遠くへ行ってしまったようだ。
『このライブで見せてあげる。私の戀が本物だって事』
それが、アイドルの北条加蓮とプロデューサーである俺が交わした最後のやりとりだった。
◆
北条加蓮と言うアイドルが居た。
画面の中に映る、美しく力強くとも儚い彼女。
このライブを最後に、北条加蓮と言うアイドルは居なくなってしまった。
今でもこうしてたまに映像を見返しては思い出す。
俺の最初の担当だった、アイドルの北条加蓮を。
「またそれ見てるの?」
加蓮の最後のライブの映像を見ていると、後ろから急に抱き着かれた。
「いいだろ? 俺の最初の担当アイドルの一番輝いてた時なんだからさ」
「えー? 今の方が輝いてると思うんだけどなー」
俺の顔の真横にある彼女の顔が少し不機嫌になる。
「アイドルのって言っただろ? もちろん今も輝いてるぞ」
あのライブの時、最後の一曲を歌う前、加蓮は集まったファンの前で引退を宣言した。
スタッフも、もちろん俺もまったく聞いていない事態に思わず耳を疑ってしまった。
愛しい人と一緒に生きたい、と加蓮は言ったのだ。
「それに、アイドルの時の加蓮好きだからな。何度見ても飽きないよ」
「お嫁さんの私は?」
イタズラっぽい笑みを浮かべながら問いかけてくる。……俺の答え何てわかりきってるんだろうな。
「大好きだよ。愛してる」
しっかりと加蓮に向き合い、抱きしめながら俺の心を言う。愛しくてたまらない彼女に向けて。
「ふふっ。ありがと。私も愛してるよ、Pさん」
俺と加蓮の戀は実ったのだ。いとしいとしというこころが。
End
以上です。
昔の人はこうやって覚えたらしいですね。風情があって素敵です。
デレステでですね、加蓮と藍子が来ましたね。Daコンボボーナスで。
ここで引いておかないと今後金トロ厳しいんじゃね?って思った私は回しました。
奈緒としゅがはさんにって貯めておいたはずのお金で回しました。
性能で回すなんて初めてだったのですが、幸いにして7万で加蓮が来てくれました。おかげ様で今回久々に金トロ貰えそうで嬉しいです。
……減ったお金は気にせずに、また奈緒と心さんのためにお金貯めておきます。
では、お読み頂ければ幸いです。依頼出してきます。
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