モバマス・長富蓮実のSSです。
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それはまだ、そっと忍んだ恋だから……なんて。
ねえ、聞いてほしいことがあるんです。
二つ折りの携帯電話。
背中のランプがチカチカ光っている。
あ、ひょっとして。
「やっぱり、プロデューサーさんだ」
内容は、お仕事に関する連絡に過ぎなくて。
でも、それも私には素敵なもので。
「ありがとうございます♪……と」
ぽちぽちと、ゆっくり文字を並べてゆく。
いつまでたっても拙い入力作業。
けれどそのぶん、気持ちはたっぷり込めたから、なんて。
「送信っ。……ふふっ」
メッセージはまだ近くを飛んでいるかしら。
彼のもとまで、早く届いてね。
* * * * *
杏「一応確認なんだけどさ、蓮実ってどっかの時代からタイムリープしてきてるってわけじゃないんだよね?」
ある日の事務所。
ゆるやかな空気が流れる中で、
ふいに杏さんが私に質問を投げかけてきた。
比奈「いやいやいやいや、ちょっと待つっス」
私より早く反応したのは比奈さんで。
比奈「いきなり何の話して……ホラぁ、蓮実ちゃん不思議そうな顔してるじゃないっスか」
杏「あれっ、むしろこの聞き方なら乗ってきてくれるかなって思ったんだけどなぁ」
比奈「無茶振りに誰でも反応できると思ったら大間違いっスよ」
いきなり始まった二人の寸劇っぽい会話は、今日もとてもテンポがよくて。
蓮実「ふふ、相変わらず仲良しですね、お二人」
杏「まあそうなんだけどねー、でも比奈はちょっと冷めた子だからねー」
比奈「杏ちゃんがそれ言うんスか」
いつも事務所の隅っこで、並んでくつろいでいる杏さんと比奈さん。
グダーっとしている印象を持たれがちだけれど、
でも実は、レッスンは一生懸命だし、
ライブでも演技でも、お仕事ではしっかり活躍されていて。
素敵なアイドルの先輩だ。
蓮実「……さっきのって、映画のお話ですか?」
杏「そうそう。あ、やっぱ知ってる?」
蓮実「ええ、もちろん」
比奈「有名な作品っスもんね」
蓮実「まさに“愛の予感のジュブナイル”って感じですし!」
比奈「……??」
杏「たぶん、杏たちが知ってるのより古いのを見てるんだ、蓮実は」
比奈「あ、そうなんスか」
杏「菜々さん呼んでこなきゃ」
比奈「うっかりわかっちゃう可能性あるからやめてあげて」
蓮実「ふふっ」
こういう温かな空気が好きだ。
今、毎日がとっても楽しい。
アイドルになってどれくらい経っただろうか。
まだまだ手探りなことが続く毎日だけど。
失敗と成功の繰り返しの日々だけど。
でも、ずっと憧れていた「アイドル」と名乗れること。
輝くステージに向かえること。
こんな素敵なことはない。
ガチャッ
P「戻りましたー」
蓮実「あ、お疲れ様ですプロデューサーさん!」
P「お疲れ様。蓮実は今日も元気そうだな」
蓮実「はいっ、私は今日もバッチグーです♪」
右手でOKのマークを描きながら、
スカートの裾に手を添えて、
少しお洒落なポーズをきめてみる。
P「うん、蓮実らしくてとても素敵。……あと、カチューシャ新しいのにした?」
蓮実「そうなんです! わかりますか?」
P「うん、似合ってると思うよ」
蓮実「ありがとうございます♪」
ほんのちょっとしたことだけど、
気付いてもらえるのがとても嬉しい。
P「あとで少し打ち合わせしたいんだけど、時間とれるか?」
蓮実「もちろんです、大丈夫ですよ」
P「じゃあ15時から、会議室で」
蓮実「はい!」
私たちCuチームのプロデューサーさん。
いつもお仕事に忙しそうだけど、
担当アイドル一人一人をすごく気づかってくれて。
相談にもすぐ乗ってくれるし、
とってもマメな人だ。
蓮実「♪」
いろんな人に支えられて、私はここにいる。
長富蓮実16歳。
今、アイドルがとても楽しい。
比奈「蓮実ちゃんって何というか、キラキラしてるっスね。アイドルーって感じ」
杏「わかる。アイドルすごいなーって思う」
留美「なんで他人事なのよ貴女たちは」
* * * * *
P「蓮実は時々、堂に入ったような不思議な魅力を見せる瞬間があるなぁ」
ボイスレッスン後、付き添ってくれたプロデューサーさんからの一言。
何気ない言葉のようだけど、私にとってはとても大切なことで。
蓮実「本当ですか? 嬉しいです!」
P「間違いないよ。まあまだまだ荒削りなところはあるけどね」
実際、今日もベテトレさんにはいろいろ注意されたし直された。
日々反省点はいっぱいだし、
鍛えないといけないこともたくさんある。
でも、「その熱心さには感心する」とは言ってもらえて。
そんな中で今の、プロデューサーさんの言葉。
反省は大事だけど、落ち込んでいるわけにはいかない。
蓮実「ふふ。今日はプロデューサーさんが見てくれていたので、特別気合いを込めました♪」
P「……普段は?」
蓮実「もちろん普段も頑張ってますよ? でも」
でもそういう、気持ちが歌に乗るような……そういうのってあると思いません?
笑顔でじっと見つめると、プロデューサーは少し視線を泳がせつつ、
P「蓮実は強い子だなぁ」
なんて言って。
蓮実「……褒め言葉なんですよね?」
P「もちろん」
蓮実「ありがとうございます♪」
素敵な言葉をもらえて、私の心はまた踊る。
蓮実「でも……うかれていないで、もっといろんな曲をこなせるようにならないとダメですよね」
P「魅力はじゅうぶんあるんだから、少しずつだな」
蓮実「はい!」
もっともっと、頑張らなくては。
* * * * *
蓮実「……」
仁美「何見てんのー?」ガバー
蓮実「きゃっ」
翌日、お昼すぎ。
後ろから抱きつくように乗しかかってきたのは仁美ちゃんだった。
ライラ「お疲れさまですよー」ニュッ
横から一緒に現れたのはライラちゃん。
今日もかわいいニコニコ顔だ。
蓮実「お疲れ様です。今日はお二人で収録のお仕事でしたっけ」
仁美「そ! 無事終了だよ」
ライラ「いろいろお話できて楽しかったです」
大げさな仕草と自信満々の表情を見せる仁美ちゃん。
呼応するようにライラちゃんもえへ、と小さくマルの仕草。
二人ともかわいい。
仁美「手紙?」
蓮実「えっ、あ、はい。事務所宛に私へのファンレターが来ていたみたいで。さっきプロデューサーさんから頂きました♪」
仁美「そっか。嬉しい内容だった?」
蓮実「はいっ。とっても温かな言葉を綴ってくださっていて」
ライラ「お手紙、よいですねー」
ファンの方からお手紙を貰うことも、少しずつだけど増えてきた。
熱心になってくれる方がいるのは、幸せなことだ。
仁美「……蓮実ちゃんいい笑顔するようになったよねー」
蓮実「そ、そうですか?」
仁美「んーなんかね、もともと笑顔はかわいかったんだけど、最近特にね」
ライラ「わかります、かわいいですねー」
少し恥ずかしくなるけど、そう言ってもらえるのも嬉しい。
そういえば、
収録現場やライブのスタッフの方々、
それに周囲の友人たちからも。
最近、私は笑顔を褒められることが多くなった。
もともとアイドルといえば笑顔が大事と考えていたから、
もしそれが、目指すアイドル像に近づくものならば嬉しいなと思う。
蓮実「ありがとうございます。やっぱりアイドル活動が楽しいからですかね? ふふっ」
仁美「やっぱそうだよねー。アタシも最近楽しくて……って言いたいトコだけど」
ぎゅうっ
蓮実「わぷ」
仁美「それだけじゃなくて」
蓮実「?」
仁美「……蓮実ちゃんってさ、担当プロデューサーと最近イイ感じだったりしない?」
蓮実「…………!?」
ライラ「おお……?」
今日の空気は、少し穏やかじゃないみたいです。
* * * * *
蓮実「……」
仁美「……」
ライラ「……」
蓮実「……ふ、ふふっ。そ、そんな風に見えますか? でも残念、そういうことは乙女のヒ・ミ・ツ、なーんて……ね?」
精一杯の虚勢と共に、
口元に指を添えて「ナイショ」の仕草をする。
浮いた噂に事欠かない芸能界だ。
アイドルとして変な印象を持たれることがないよう、
インタビューの受け答えなどは普段からも気にしている。
アイドル同士での会話とはいえ、
この場も我ながらうまく立ち振る舞えていたつもり、だったんだけど。
ライラ「ハスミさん、顔が赤いですよ?」
蓮実「え……ライラちゃん?」
仁美「ほほう」ニヤリ
ライラ「恋のお話なら、聞いてみたいですねー」ニコッ
ライラちゃんの純真無垢な笑顔を怖い、と感じたのは今日が初めてかもしれない。
蓮実「え、えーっと……恋とかそういうのは全く、そんなの全くないですよ!」
仁美「本当にぃ?」
蓮実「は、はい。……あの、そんな風に見えますか?」
仁美「んー。見えるというか、蓮実ちゃんってプロデューサーと仲良いし、すごく慕ってるよね」
ライラ「ふむふむ」
仁美「かなりアタックしてるのかな、なんて感じる会話もあったんだけど」
ライラ「プロデューサー殿はトクベツ、って感じがしますねー」
そう思われるような言い方に、心当たりがないわけじゃない。
けれど、けれど。
蓮実「あ、あれはなんというか……尊敬するアイドルのみなさんや、その時の曲の歌詞を辿っているというか……」
恋や愛もそうだけど、
強い絆や信頼関係みたいな、
そういうものにも昔から憧れがあって。
憧れるからこそ、言葉にしているところもある。
仁美「……本当にそれだけ?」
蓮実「は、はい。何もないですよ!」
仁美「……そっか。まあCuのプロデューサーも浮ついた感じはしないもんねー」
蓮実「そうですよ! とっても優しいんですけど、そういうところしっかりしているというか」
仁美「うんうん」
ライラ「頼もしい方、という印象はありますね」
蓮実「そうなんです、一緒にご飯に出かけてもずっと真面目な話をして……あ」
仁美「……」ニコニコ
ライラ「……」ニコニコ
蓮実「え、えーっと……」
仁美「……やっぱ好きなんでしょ? 蓮実ちゃん」ポンポン
蓮実「いや、あの、えっと」
ライラ「スキってステキな気持ちだと思いますよー?」
蓮実「えぇ……」
その日、二人から私への質問攻めはレッスン直前まで続いた。
実際、プロデューサーさんと特別な何かがあるわけではない。
……今のところは。
蓮実「……///」
恋や愛に憧れる気持ちは、確かにある。
彼を慕う気持ちも。
けれどそれは。
アイドルとしての私と、
プロデューサーとしての彼がまずそこにあって。
私は彼が好き、なんだろうか。
* * * * *
ベテトレ「今日はどこか冴えない感じだな。昨日までの勢いはどうした?」
蓮実「いえ、あの、……すみません。うまくいかなくて」
夕方、ボイスレッスン中。
今日の出来はベテトレさんに聞くまでもなく、イマイチな感じだった。
切り替えないと。整えないと。
心ではそう思っていても、
なかなかうまくいかない。
ベテトレ「迷いながら歌っている感じだな。私でよければ相談に乗るが、何かあったか?」
蓮実「ええと、その……」
うまく言えない。
まさか昼の一件以降、
恋とか好きとかの歌詞に触れるたびに
いろんな気持ちがよぎっていて調子が出ない、
なんて言えるわけがない。
ベテトレ「……ふむ。まあいい。そんな時だってあるだろう。今日は一通り基礎のボイトレが終わったら、少し好きな曲でも歌って終了にしようか」
蓮実「えっ、あっいえ、大丈夫です! 頑張ります、すみません!」
ベテトレ「まあまあ無理するな、長富がわざと手を抜くような子じゃないことはよくわかっているから」
蓮実「えっと……」
ベテトレ「人間なんだから、調子が悪い時だって、思い悩む瞬間だってあるだろう。言いたくないなら詳しくは聞かないさ。まして蓮実は思春期の女の子なんだから」
蓮実「……あ、ありがとうございます」
思春期と言われ、さっきの話を思い出して顔が熱くなる。
だけど同時に申し訳なさもあって。
ベテトレ「休む時は休もう。これは厳命だ。だけど、次までにまた調子を戻すよう努めること。同じ言い訳は何度も聞かないからね。それに、思春期だろうと何だろうと、君はもうアイドルというれっきとしたプロなんだから」
蓮実「……はいっ」
ちゃんとしなくちゃ、と強く思う。
* * * * *
同日夜。
寮に戻ると、手紙が届いていた。
母からだ。
部屋に戻り、目を通す。
“活躍見ています”
“頑張ってるね”
“健康には気をつけて”
そんな何気ないメッセージの中に、目を引くフレーズがひとつ。
“また帰省したら、アイドルの話いっぱい聞かせてね!”
蓮実「……ふふっ」
思わず笑みがこぼれてしまう。
相変わらずだなぁ。
母が好きだ。
小さい頃から私を可愛がってくれたし、母には華があった。
年を経て、母の魅力のそれは、彼女が愛してやまないアイドルによるものだと教えられた。
母が夢中になった80年代前後のアイドル。
それはまさに華やかさの象徴だったのだそうで。
「今より少しだけおおらかで、それでもいろいろあったあの頃、あの時代に、ブラウン管の向こうに映る姿が憧れそのものだったの」
母が目をキラキラさせて語るそんなお話を、幼い頃から私は教えられて育ってきた。
母がかつてアイドルに憧れを抱いたように、
私は母に憧れたし、私もアイドルに憧れを抱いていた。
母の部屋には、
昔集めたものが今も大切に残されている。
いつからか、母の部屋に入って、
彼女が愛した世界を、
彼女が夢中になった人々を、
知り、感じること。
それが私の楽しみになった。
はっきり口には出さないが、きっと母自身、
若い頃はアイドルになりたかったのだろう。
彼女もきっと、あのアイドルやあのスターの真似をして、
おもちゃのマイクを片手に、
部屋で歌っていたことだろう。
少し前の私がそうであったように。
アイドルが好きだ。
それはいつの時代も、輝きそのものだと私は思っている。
流行り廃れはあったとしても、決して失われない大切な何かが、そこにあると思う。
ベッドに横になって、ぼんやりと天井を見つめる。
「……」
好きって、難しい。
使い古されたカセットプレーヤーを起動させる。
流れ出すのは何度も何度も聴いた、憧れのアイドルの曲。
♪ ♪ ♪
素敵だ。
本当にたくさんの想いが伝わってくる。
私の憧れた、この時代のアイドルの方々は、
どんな想いで恋の歌を歌っていたのだろうか。
恋を、していたのだろうか。
「好きなものを好きと言えるのが蓮実の何よりの魅力だな」
以前、プロデューサーに言われたことだ。
そうかもしれない。
アイドル長富蓮実はたくさんの「好き」の気持ちでできている。
古着のお店を巡るのが好きで。
少しレトロな小物とか、雑貨とか、そういうものを見るのが好きで。
あとは、時代を彩ったあの頃のアイドルが好きで。
そして ー
彼が、好き?
喉元まで出かかった言葉を飲み込んで、
枕に顔をうずめる。
「〜〜〜っ」
この日はずっと、
何度も同じ言葉を思い起こしながら、
ベッドでバタバタするばかりだった。
* * * * *
マストレ「顔を上げろ長富! そこで俯くんじゃない!」
蓮実「は、はいっ!」
キュッ ダンッ
マストレ「そうだ! その調子!」
翌日午後。
今日はマストレさんのダンスレッスン。
“緩んだ気持ちで臨んだら死を見る”なんて言われる、事務所一のハードレッスンだ。
昨日のままではいけない。
精一杯気合いを入れて臨んだけれど。
蓮実「はぁっ、はぁ……っ」
終わってみれば、ボロボロだった。
ステップは遅れるし、後半はミスも続いてしまったし。
また自分でおさらいをしなくては……。
マストレ「みんなよく頑張った! ストレッチも入念にな!」
横になった状態からしばらく起き上がれない。
つらい。
法子「蓮実ちゃーん、ストレッチしよ!」
蓮実「法子ちゃん元気そう……すごい」
法子「いやー、やっぱり辛かったよねマストレさんのレッスンは! あたしもボロボロだよー!」
とてもそうは見えない元気っぷりだ。
椎名法子ちゃん。
同じCuチームのアイドルで、
いつも元気で明るい、魅力的な女の子だ。
法子「そうだ、今日もドーナツ持ってきてるから、あとで蓮実ちゃんにもわけてあげるね!」グイグイ
蓮実「え、このあと食べるんですか?」グイー
胃はどうなっているんだろう。
法子「大丈夫大丈夫、割とあっさりめの味を持ってきてるから、今食べてももたれないと思うよ! 元気百倍だね!」
蓮実「すごいですね……」
法子「えへへ、あたしといえばドーナツ! だからね」
蓮実「ありがとうございます。でも、食べ過ぎには注意ですよ。お互いアイドルなんですから」
法子「はぁーい」
快活な言動。前向きな言葉。
揺るぎないアイデンティティ。
どんなに疲れていても素敵な笑顔。
13歳とは思えぬその芯の強さに、思わず魅了されてしまいそうだ。
法子「今の話もそうだけど」
蓮実「?」
法子「蓮実ちゃんって、アイドルに一生懸命って感じがすごくわかるし、素敵なお姉さんだなーって思ってるの」
蓮実「え、そうですか?」
法子「うん!」
蓮実「あ、ありがとうございます」
予想していない褒め言葉だった。
でも、そう言って貰えるのは嬉しい。
法子「蓮実ちゃんは少し昔のアイドルが好きなんだよね?」
蓮実「そうですね。でも今聴いても素敵に思える曲は多いんですよ」
法子「そういうの大事だよね! オールドファッションだよね!」
蓮実「?」
法子「ドーナツのオールドファッションってすごいの。素朴だけど素敵な味で。甘くないけど、ずっとずっと変わらず存在感があって。最近の新作ともコンビが組めたりして」
唐突に始まったドーナツのプレゼンは、思った以上に興味深いもので。
法子「蓮実ちゃんはオールドファッションの大切さを伝えてるんだなって思ったら、素敵だなーって!」
何気ない会話だったけれど、
何か、心に刺さるものがあった気がする。
蓮実「……ふふ。法子ちゃんはどんな好きも、ドーナツを通じて語るのが不思議な魅力ですね。でもそれも法子ちゃんらしくてかわいいですよ」
法子「えへへ、ありがと!」
法子ちゃんは指でマルを作って、そこから覗いてみせた。
法子「あたしのいろんな好きは、ドーナツ越しで見えてるんだ!」
好きの形はいろいろある。
私が好きだった時代のアイドルを通じて、今アイドルを頑張ることの魅力を語るように。
そして、だからこそ、もっともっと頑張らないと。
法子「蓮実ちゃんの好きも、またゆっくり聞かせてね!」
蓮実「……はいっ」
私の好き、か。
いつまでも休んではいられない。
私もがんばry
法子「それーっ」グイー
蓮実「あっちょっと待って法子ちゃん痛い痛い」グググ
* * * * *
P「蓮実、どうかしたか? 昨日今日とあまり調子がよくないって聞いたけど」
事務所に戻ると、
早速報告を受けたのか、心配顔のプロデューサーさんが話しかけてきた。
ベテトレさんやマストレさんから連絡が入っているのかな。
だからと言って、そんな急くこともないのに。
相変わらずマメで、そしてとっても真っ直ぐな人だ。
だけどちょっと、えっとその。
蓮実「……///」
いきなりそんな、近くでそんなじっと見つめられると、その。
話題がプロデューサーさんのことでもあるんだから。
視線を泳がせて、えーっと……と口ごもる。
P「?」
いや、ダメだ。切り替えよう。
パシ パシ
蓮実「むん」
深呼吸を一つして、軽く両の頬を叩く。
よし。
P「……蓮実?」
蓮実「ありがとうございます。でも大丈夫です! 少し、考え込んだりしていたもので」
P「相談なら乗るから、言ってくれよ?」
蓮実「ありがとうございます♪ またゆっくりお話させてくださいね!」
気持ちはとっても嬉しいけれど、
少し自分で整理をしたい。
今は、まだ。
* * * * *
夕方。
空いているレッスンルームを使わせて貰う許可を取り、
今日うまくいかなかったステップのおさらい。
P「あまり長時間はダメだぞ。ムチャしない範囲でな」
プロデューサーさんは念を押すようにそう言った。
今日のうちに振り返りをしておきたい。
少し意地っ張りな私は、やると言ったらやる。
プロデューサーさんもよくわかってくれていて。
だからこそ、止めるのではなく、
やりすぎないように、って言ってくれる。
できることから、しっかりと。
タン タン タン
「はっ はっ ……はっ!!」
キュッ ダン!
「はぁーっ」
一時間くらい経つだろうか。
なんとか形になってきた。
よかった。
もともと私はダンスの経験がないし、得意じゃない。
アイドルを志した頃から、
ピースをしたり、手を振ったりするイメージはあったんだけど……
現実はずいぶん違って。
目が回りそうなくらい素早いターンに、足がもつれそうなステップ。
それに、ビックリするくらい高くジャンプしたり。
でも、みんなだって必死に練習を繰り返してできるようになっている。
私だって、頑張るしかないんだから。
♪ ♪ ♪
「?」
ストレッチをして終わろうかというタイミングでようやく、
隣のレッスンルームでも音がしていることに気づいた。
誰かレッスン中?
タンッ タンッ タンッ
ダンッ ダンッ ダンッ
キュッ ダンッ ビシッ!!!!!
…………。
扉のガラス越しに覗いた先では、
躍動感溢れる、
それはそれはインパクトのある、
先輩二人がステップを刻んでいた。
それはそれはカッコ良くて。
思わず見入ってしまったのだけど。
えっと。特訓はわかるんだけど。
この……二人で?
千秋「最後のところ、ちょっと荒っぽすぎるわよ」ハァッ ハァッ
心「そっちこそ、手の位置が低かったんじゃないのー」ゼェ ゼェ
二人はどういうその、それなのだろう。
* * * * *
心「やっと掴めたかなー。最後のとこは一拍置いて右、んで右ターンなのね」
千秋「その一拍の前が遅れがちだったからズレてたのよ」
心「まぁまぁ、そう言わないで☆ ちゃんとできたでしょ?」
千秋「まったく……」
緊張と緩和。
張り詰めた空気から、一転しての穏やかな会話。
プロだ。
黒川千秋さん。
綺麗な顔、美しいスタイル、艶のある黒髪。
レベルアップへの強い意識とアイドル活動に対する真摯な姿勢。
そのどれもが勉強になる、事務所きっての正統派美人。
佐藤心さん。
衣装、言動、対応、求めるキャラクター像など、
何もかもが個性に満ち溢れる、トリッキーで斬新なお姉さん。
とにかく不思議な方だけど、実はお仕事に対して誰よりも熱心で、真剣で。
二人とも素敵だけど、こう、
ユニットを組んでいるという話も聞いたことはないし、
基本別々なタイプという感じが否めないのだけれど……。
心「……ん、おいおい練習にオーディエンスを呼んだ覚えはないぞ☆」
千秋「えっ」
あ、見つかってしまった。
ガチャ
蓮実「お、お疲れ様です。すみません、隣で居残りレッスンをしていたもので……」
千秋「お疲れ様。こんな時間まで? 熱心ね」
心「ホントな。頑張るのはいいけど無茶はいけないゾ☆」
蓮実「あっいえ、私はいろいろまだまだなので、少しでも頑張ろうと思って」
千秋「レッスンで気になるところでもあったの?」
蓮実「あ、えっと、いろいろ……はい」
千秋「よかったら相談にのるわよ? 一人で根を詰めすぎないようにね」
蓮実「あ、ありがとうございますっ!」
心「千秋ちゃんも毎回いろいろ苦労してっからなー」
千秋「文句あるの」ジロリ
心「いやん怖い♪ はぁとだって死に物狂いでやってるんだから一緒一緒☆」ケラケラ
ちょっと意外な事実だ。
それに二人の会話も。
蓮実「あ、あの……お二人はよく一緒に練習されてるんですか?」
心「まあ最近ちょっとだけな。たまたま同じレッスン受けて、反省点がいっぱいあったから」
千秋「……まあそうね、それが事実よ」
心「一緒にやったほうがイイかなってね」
千秋「得るものは多いほうがいいわよね、って話になってね。佐藤さん、性格には難ありだけど」
心「オイコラ」
ゾクゾクする何かが、お二人の会話にはある。
たぶん、アイドルとして、プロとして、
なすべきことをなす為に繋がっている、って感じが。
私にはとっても魅力的に映っているんだ。
心「蓮実ちゃん、千秋ちゃんのダンスや感情表現は見る価値あるぞ。最近どんどん柔らかな感じも身につけてきてるから」
蓮実「は、はい!」
千秋「嫌味かしら。それなら佐藤さんのポージングや表情の方が勉強になると思うけど」
心「素直に褒めたのにぃ」
ワイワイ
交わされる、温かだけど鋭い空気がちょっと気持ちよくて。
蓮実「あ、じゃあ少し教えて頂けますか? ステップで……」
* * * * *
千秋「長富さん、歌の方はどう?」
蓮実「えっ」
お二人からのダンスのアドバイスが一息ついたところで、
千秋さんがふいに歌の話題を持ちだした。
千秋「ああいえ、アナタの近況を詳しく知っているわけじゃないんだけど……以前ユニットを組んだ時に、長富さんは歌が好きという印象がかなりあったから。そちらは最近どうなのかしら、と思って」
蓮実「あ、はい、そうですね。歌は好きで……はい」
そちらもいろいろ試行錯誤の最中だと説明する。
失敗もあったり、まだまだ課題はあったりして、と。
千秋「そうなのね。でも、長富さんは楽しそうに歌っているイメージがあるし、私は好きよ?」
蓮実「あ、ありがとうございます。……ただ、最近、あの」
心「?」
蓮実「少しちょっと、気持ちの整理が下手で、このあいだ歌うのに戸惑ってしまうこともありまして……」
心「お、どしたどした、恋でもしたかー?」
千秋「茶化さないの」
蓮実「……///」
千秋「えっ」
心「えっ」
蓮実「あ、違います! 何かあったというわけじゃなくて! その、気持ち的な、そういう、ちょっとした雑談で」
心「……アレかな、友達と恋バナみたいな話してて、自分の気持ち意識しちゃったみたいな」
蓮実「あ、えっと、その……」
一瞬で看破されてしまった。
しどろもどろになる私。
その態度がもう、その通りだと言っているようなものだ。
千秋「あら……ふふ、そういうことだったの」
蓮実「ち、千秋さんまでっ」
心「それで、今は恋愛に夢中なの?」
蓮実「そ、そんな。そんなつもりはないです! 私だってアイドルです!」
そこだけは、その意識だけは譲りたくない。
たとえ、先輩方の前であっても。
だけど、千秋さんの言葉は意外なものだった。
千秋「あら、別にそんなに過剰に考えることはないんじゃないかしら」
蓮実「えっ」
千秋「ひょっとしてアイドルだから恋愛や交際はダメ、ということを気にしているのかしら?」
蓮実「は、はい」
千秋「それはもちろんそうね。プロなんだし、ファンの為にも、支えてくれるスタッフの為にも、軽薄なことをしていいわけじゃないと思うわ。でも……そうね」
千秋さんは、少し考えるような仕草をして虚空を見つめ、
改めてこちらを見直した。
千秋「……心の中で誰かを想うことって、時に自分を大きく成長させてくれるの」
言葉を選ぶように、丁寧に。
千秋「慕ってくれるファンがいること。支えてくれるスタッフがいること。それは何にも代えがたい財産よ。だからこそアナタは、アイドル長富蓮実としてもっともっと素敵になってほしい」
……それは、つまり。
千秋「いろんな感情、いろんな出来事がある中で、時に向き合って、時に余所事として捉えて。時に肯定して、時に反発して。そしてたくさんのことを感じ取ってほしい。それが歌詞や、メロディや、ステップや、息づかいに繋がっていくから」
心「要するに、恋愛をしろって意味じゃなくて、今のドキドキした気持ちを大切にしろってことだ☆」
そうか。
そういうことか。
蓮実「……ちょっと、わかったような気がします」
具体的に何が、というのはうまくまだ言えない。
けれど何かこう、表面的ではないことに触れている気がして。
千秋「ごめんなさい、私もこういう話をし慣れていないから、うまく表現できなくて」
蓮実「とんでもないです! ……わざわざ私の為にありがとうございます。あの、はぁとさんも」
心「えへ☆」
二人の先輩がこうして私の為に話をしてくれるだけでも、
それはとっても光栄なことだ。
心「ま、なんにせよ」
ストレッチをしていたはぁとさんがおもむろに立ち上がった。
心「蓮実ちゃん、キミは“親衛隊”なんて素敵な呼び名の集団を従えているよね?」
蓮実「え、あ、はい。僭越ながら、そういう……」
心「惹きつけられるだけの魅力なしにそんなものが組織されるハズはないよね。蓮実ちゃんが昭和のアイドル観を大切にしていることも知って、規律を守ってファン活動をする集団。そうさせるだけの魅力が、蓮実ちゃんの歌やダンスにあるってことは事実なんだよ」
うぬぼれる気はないけれど、
慕ってくれる方々がいること。
それはとても、ありがたいことだ。
心「だからこそ、そうした期待に応えてやらなきゃいけないし、ステージの上で、営業活動の中で、CDの曲で、トークで、彼らに夢を届けなきゃいけない。持ちつ持たれつだ」
蓮実「……はい、そうですね!」
心「時を越えて愛される先人のアイドル達に、気概で負けないようにしないとな☆」
蓮実「はいっ!」
* * * * *
千秋「あまり遅くなりすぎるのもよくないわね、そろそろ切り上げましょうか」
心「オッケイ」
蓮実「はい。……あの、今日はいろいろ、ありがとうございました!」
千秋「またいつでも相談に乗るわよ。ゆっくり話しましょうね」
蓮実「はい♪」
心「恋愛相談もウェルカム☆」
蓮実「え、えっとそれは、ちょっと……」
更衣室を出たところで二人と別れる。
いろいろあったけど、心なしか足取りは軽い。
心「はぁとも親衛隊みたいな忠誠心溢れるファンほしいわー羨ましいわー」
千秋「あら、アナタのファンもかなり熱心って聞くわよ? 激しいダンスを魅せた日は“はぁとさん身体大丈夫ですか!?” “はぁとさん無理しないで!”ってみんな心配してくれるって」
心「そういうのじゃねぇよ!!」
* * * * *
ガチャッ
蓮実「失礼しまー……あっ」
P「おう、お疲れ様」
もう誰もいないかと思いつつ事務所に寄ってみると、
すっかり静かになった部屋の中で
書類作業をしているプロデューサーさんがいた。
蓮実「……また残業されてたんですか? 私たちの為に頑張ってくださるのは嬉しいですけど、ダメですよ、あまり毎日働きすぎるのは」
P「はは、気をつけます」
蓮実「まったくもう」
いつも頼りになる人だけど、
働きすぎって点だけは心配になる。
身体を壊したりしてほしくないし、
プロデューサーさんはいつも笑顔でいてほしい。
P「よーし終了。蓮実ももう帰るだろ? 寮まで送っていくよ」
蓮実「あ、はい。……ありがとうございます♪」
そういいつつ、甘えてしまう自分もいるのだけれど。
これくらいは、いいよね?
* * * * *
P「へぇー黒川さんと佐藤さんがね」
蓮実「意外な組み合わせですよね! でもとっても素敵だったんですよ!」
P「それは興味深いなぁ」
蓮実「ふふっ、貴重な体験をしちゃいました♪」
帰りの車の中。
いろいろあった最近のこと、そして今日のこと。
歌。ダンス。アイドル活動への意識。
エトセトラ。エトセトラ。
話せるところだけ、だけど。
やっぱりプロデューサーさんには、
精一杯の私を知っていてほしいし、理解していてほしい。
前向きに思える今だからこそ、堰を切ったように言葉が出てくる。
P「いい笑顔が戻ってきたね」
蓮実「そうですか? ありがとうございます♪」
P「またライブとかいろいろ、頑張っていこうな」
蓮実「はいっ、よろしくお願いします!」
繁華街の傍を通り抜けて、寮へと車は走る。
視界に入った街頭のデジタル表示をぼんやりと眺めて、
割と遅くまで残っていたんだなと改めて思った。
蓮実「……プロデューサーさんは何か、急ぎのお仕事に追われていたんですか?」
P「ん?」
蓮実「書類作業で残っていたんですよね?」
P「ああ、まあアレはまだ先の資料なんだけどね。前倒しでやってただけで」
蓮実「え、そうなんですか? 帰れる時は帰りましょうよ……」
P「まあ、蓮実も残ってるからなーと思って」
蓮実「へ」
えっ……えっ?
蓮実「えっあの、私を送る為に残っていてくださったんですか?」
P「いやいや、仕事してたよ? せっかくだから切り上げ時を蓮実と合わせようかなって思っただけで」
それを待っていたというのではないのだろうか。
蓮実「……遅くまで待たせちゃってすみません」
P「大丈夫大丈夫。待ってない待ってない」
本当に。
本当にこの人は。
P「蓮実を見てるとさ、こんなにキラキラした女の子、絶対もっともっと人気になるハズだ! っていつも思うんだよ」
蓮実「へっ!? あ、えっと……ありがとうございます、本当ですか?」
P「もちろん。自分の好きな80年代アイドルの世界観をずっと大切に持っていて、それをきちんと“好き”と言えるって、素敵なことだよ」
蓮実「……でもずっと、それでアイドルをやっていけるかどうかの自信はなかったんですよ」
プロデューサーさんが見出してくれるまでは。
P「それは当然だと思う。あの頃流行したものがああいうものであったように、今は違うものが流行しているんだからね」
蓮実「はい」
P「でも大丈夫、いいものは時を越える。……でなきゃ蓮実も、生まれるより前の時代に虜になんてならなかっただろう?」
蓮実「……!」
ああ、そうだ。
P「アイドル長富蓮実に求められることは、あの時代をコピーすることじゃなくて、あの時代のアイドルが持っていた輝きを現代の人々に届けることだろう? 蓮実は今を生きているんだから」
そう。そう。
そうなんです。
P「最近取り組んでいる曲とか、このあいだのライブの曲とか、仕草もすごく似合っていたよ。蓮実らしさはたっぷりなのに、今風でもあって。たぶん、そういうものをこれからも見出していくことが大事なんだろうね」
ああ、ああ。
そう、そうなんです。
私がずっと、言いたくて、伝えたくて。
P「まあ、蓮実が歌にダンスにと頑張っているのと同じように、俺が蓮実のPRとか営業とか、もっともっと頑張らないといけないんだけどな……ごめんな、お仕事もっともっと取ってくるからな」
蓮実「……」
ギュ
P「……蓮実?」
直視できない。
ずるい。
ずるい。
精一杯の勇気でプロデューサーの服の裾を掴んでみたけれど。
そちらを向くことは、できない。
蓮実「…………い、いつもいろいろ、ありがとうございます」
P「……こちらこそ」クスッ
本当にずるい。
プロデューサーさんの、
本当に、想いのギリギリのところに触れてくる感じが。
蓮実「…………あの、プロデューサーさん」
* * * * *
ベテトレ「よくなってきたな。音もしっかり取れているし、曲に応じた表現もできてきた」
蓮実「ありがとうございますっ!」
あれから数日。
今日も私は、歌にダンスにトークにと、
いろいろ奮闘中だ。
アイドルって素敵。
私はまだまだ知らないことだらけだ。
でも、つらくない。
深呼吸をひとつ。
前にそっと手を伸ばす。
笑顔。腕の動きからの一連の……
ステップ。
ターン。
よし、ばっちりだ。
大丈夫。
私はもう。
ビシッ!
蓮実「なんてったって、アイドルですから!」
P「……」
蓮実「あ、ええっ、いたんですかプロデューサーさん!!」
P「お疲れ様。今日もバッチリだな」
蓮実「もう! いたなら言ってくれればいいじゃないですか!!」
P「あはは、調子良さそうで何よりだ」
蓮実「〜〜〜!!!」
P「……頑張ってるな」
蓮実「はいっ! 蓮実は今日もバッチグーですよ!」
事務所での何気ない会話。
特別なことは何もないけど、
こういう瞬間が、とても好き。
P「そうそう、このあいだの話」
蓮実「?」
P「“またどこか、一緒にお出かけしませんか”っていう」
蓮実「あ、えっと……はい! えへへ」
言ったままのセリフを引用されるのは、ちょっと恥ずかしい。
だけど、忙しい毎日の中でも
いろいろ気づかってくれるのが、とても嬉しくて。
P「今日このあと時間作れそうなんだけど、蓮実はどうかな?」
蓮実「あれっ、まだ作業があるとかって言ってませんでした?」
机の上に広がる書類。
クリップで綴じられた分厚い束には
「提案書」の文字が踊っている。
P「……」
一拍おいて、
プロデューサーさんは書類を
“なかったかのように”仕舞いこんだ。
P「急ぎじゃないからね」
蓮実「……ふふっ」
これじゃあまるで、ふたりでサボタージュですね。
蓮実「渋谷で5時、とかに待ち合わせしますか?」
なんちゃって。
P「……蓮実にしては、ちょっと時代が違うんじゃない?」
蓮実「いいじゃないですか。だって、いいものは時を越えるんでしょ?」
あの時代のアイドルを、今に伝える私がいて。
今の時代を、全力で表現する私がいて。
大丈夫。
プロデューサーさんと一緒なら、きっと。
* * * * *
二つ折りの携帯電話。
背中のランプがチカチカ光っている。
あ、ひょっとして。
「やっぱり、プロデューサーさんだ」
内容は、お仕事に関する連絡に過ぎなくて。
でも、それも私には素敵なもので。
「ありがとうございます♪……と」
ぽちぽちと、ゆっくり文字を並べてゆく。
いつまでたっても拙い入力作業。
けれどそのぶん、気持ちはたっぷり込めたから、なんて。
「送信っ。……ふふっ」
メッセージはまだ近くを飛んでいるかしら。
右往左往しているのかしら。
時には悩み、時にはさまよう私のように。
だけどそれなら、
信じていればきっと羽ばたける。
綴った文字はもちろんだけど。
そこに込めた私の気持ちも、
いつか、きっと。
彼のもとまで、届いてね。
* * * * *
以上です。
過去に
・みちる「もぐもぐの向こうの恋心」
・裕子「Pから始まる夢物語」
・笑美「トボけてええなら、まだやるで?」
など書いています。
よろしければどうぞ。
ありがとうございました。
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