双葉杏「プロデューサーとのキスが嫌い」 (20)

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プロデューサーとのキスは嫌いだ。

まずたいていの場合乗り気じゃない。失礼にも程がある。

ふつーこんな美少女がキスをせがんだら喜んで受け入れるだろうに、ほぼ確実に眉をひそめて、事もあろうに暴言を吐くのだ。

そう、こんな具合に。

P「なんだお前。甘えたがりか。とんだ甘えたちゃんだな」

杏「いいから。するの? しないの?」

P「しねーよ。事務所で不純異性交遊をするな。もっと慎みを持って行動しろ」

杏「杏に対して言うそれ? 慎みとは程遠い存在でしょ」

P「だからもっと恥じらいを持てっつってんだよ。いつ誰が来るとも知れない事務所でそんな話を持ち出すな」

杏「……じゃあ、いつになっても誰も来ない二人っきりの部屋ならいいわけ?」

P「…………」

杏「なんか言えよ」

こんな調子だ。

口では偉そうなこと言ってても、そんなのは上辺だけのムッツリだってのが透けて見えるのが本当に腹立つ。

そんなんで人をたしなめようとするな。同じ穴のムジナだってんだよ。



それだけじゃない。プロデューサーは口が臭いのだ。

って言うと誤解があるかもしれないけど。奴はタバコを吸う。杏は煙たいのが嫌いだって言ってるのに、何度言ってもやめようとしない。

どころか、吸ってる時にそんなことを言えば、あいつはニヤニヤしながら煙を顔に吹きかけてくる。本当に嫌な奴だ。最低だと思う。

そう、例えば、こんな感じで。

杏「んっ……ぷはっ。……すっごい臭いんだけど」

P「お前な……不意打ちしといて、言うに事欠いて『臭い』かよ」

杏「臭いもんは臭い。プロデューサー、いい加減タバコやめなよ。死ぬよ」

P「死なねーよ。つーか目の前で吸ってないだろ」

杏「目の前で吸ってる吸ってないじゃないんだよ。口の中が臭いんだよ」

P「やめろ……その言い方はマジでやめろ……結構傷つく」

杏「臭いには敏感になった方がいいよ。服とかもタバコ臭いし。早死にするよ」

P「だから死なねーって。ていうかお前、臭いとか言いつつ離れようとしないし。実はタバコの臭い嫌いじゃないだろ?」

杏「…………」

P「……なんか言えよ」

なんも言えねぇ。

まぁ、タバコはいいよ。本人だってストレス溜まるだろうし、それくらいは嗜好品として、寛大な心で認めてやろう。ホントしょうがない奴だ。

でもこればっかりは許せない。実際にキスをした時の話だ。

大抵の場合奴は受け身なんだけど(これも腹立たしい、プライベートでも杏を働かせるな)、本当にごく稀に気が向く時がある。

気が向いた時にはちゃんと働く、それはまぁ分からないでもない。杏だってそういうことはあるし、むしろそういうことしかないし。ペットは飼い主に似るっていう話だってよく聞く。

だけどだからと言って、こればかりは許してはならないと思うのだ。花も恥じらう17歳としては。

杏「ほらほら見て見てー。彼シャツ彼シャツ」

P「お前ほんとマジでやめろ。シャレになってねぇんだよ」

杏「とかとかなんとか言っちゃってー。こういうの好きでしょ?」

P「……まぁ、嫌いではないな」

杏「お。ムッツリか? ムッツリスケベかー?」

P「ヘタクソか。いいからこっち来い、お望み通りキスをしてやろう」

杏「うわ、ケダモノモードだ。犯されるー」

P「しねぇよバカ」

苦笑を漏らしてプロデューサーは私の身体を抱き寄せた。握られた手首の周りがほんのりと赤くなるくらい強引に。ムードもへったくれもない状況の中で、手慣れた様子にちょっとだけ不快感を覚えた。この前散々に言ったからか、着ているワイシャツは新品のおろしたてのようだった。そんな風に乱暴に私の身体を抱き寄せれば皺が寄ってしまうと思ったけれど、あえて口には出さないままで。シャツは新品だけど、肌着にすっかり染み付いた煙草の香りが鼻孔をくすぐった。むせ返るような煙の香気。いつも全身から立ち上らせている体臭の正体だ。あぁ、これがプロデューサーの臭いだ、と胸いっぱいに空気を吸い込む。煙たいのは確かだけど、いつも通りのプロデューサーの体臭に包まれるとほんの少しだけ安心感を覚えた。成人男性特有の高い体温が、幾重にも重なった布地越しに私の冷たさを溶かしてゆく。奪われてゆく。いっそこのまま溶け出して、水になって消えない染みになれればいいのに。そんな妄想を胸に抱く。

顎を人差し指の先でとんとんと叩かれるから、顔を上げた瞬間に唇が塞がれた。口の中が少しだけ煙臭い。でもそれ以上にミントのスッとする香りがした。この前言われたことをよっぽど気にしているのだろうか。あんなもん、ただの軽口に過ぎないのに。マウストゥマウスで息を交換しただけで、そんな風に色んな情報が分かってしまうのもなんだか恥ずかしかった。鼻息が荒くなっていないか、それと悟られないよう注意深く静かに息を整えて、おずおずと舌を前に突き出すと、唇との境界線を超えない内にプロデューサーのぬめぬめとした舌が滑り込み、先と先とが微かに触れた。瞬間、脳内に電流のようなものが走る。途端に頭の中で煩雑に形を保ち続けていたもの同士がどろどろに溶け合って、思考が思考として機能をしなくなる。何も考えられなくなる。ただただ、流れるままに身を任せて。唇と唇の触れるその間隙に、蹂躙される快感をひたすらに享受する。その瞬間がたまらなく好きで、そして、どうしようもなく嫌だった。

歯の一つ一つをなぞり、形を確かめるように丁寧に表面を滑る。とめどなく伝わり滴る唾液はまるで媚薬のようだった。時折不意に舌と舌とが触れ合った瞬間、反射みたいに身体が跳ねる。それを見たあいつは嬉しそうに目を細めるのだ。杏の反応一つ一つを、まるで揚げ足を取るみたいに、逐一楽しそうに眺める。そんな余裕ぶったところも、どうすれば心地良く感じるのかきちんと心得てるところも。女の頭をとろとろに溶かす方法も全部知り尽くしてるところも、今までどれだけ多くの異性に同じことをして泣かせてきたのかを物語っていて、それが舌を噛み切ってやりたくなるくらいに嫌だった。

だから、プロデューサーとのキスは嫌いなのだ。

P「……杏。あーんず」

杏「うるせえ。呼ぶな。死んでしまえ」

P「死ぬ、早死にする、と来て死んでしまえか。俺はどうすりゃいいんだ」

杏「早く死ね」

P「……いざ期待に応えてやったらいっつもこれだもんなぁ。お姫様かってんだ」

杏「…………」

P「なんか言ったらどうだよ」

杏「……なんか」

P「ガキか」

杏「ガキで結構。……そういうしつこいとこ、嫌いだよ」

そう言うと、プロデューサーはハトが豆鉄砲を食らったような顔をして。

そうやって素直な反応するあたりは、実に好ましいのだけれども。

なんてことは、絶対に口にはしなかった。


おわり

プロデューサーとするキスは嫌いだけど、感情はいつも口付けを欲してしまう。
そんなお話でした。

お疲れさまでした。

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