杏「気付いた日から、つまりごっこと呼ぶ日から」 (42)


これはモバマスssです
キャラ崩壊があるかもしれません
不快になる展開及び台詞があるかもしれません
書き溜めはありませんが、今週中に完結させます

前作

フレデリカ「最後のデートごっこ」
フレデリカ「朝食前の一欠片ごっこ」
文香「決断まで、及びごっこと呼べる日まで」
その他ごっこのお話

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はー…疲れた
体力はなんやかんや自信があるんだけどねー
いかんせんユニットメンバーが…


え?いや、不満自体は特に無いよ?
じゃなきゃ杏は直ぐサボってるし。
サボってばっかなイメージかもしれないけどねー。
実はこのユニットメンバーでのレッスンはサボった事が無い…筈。


杏がリーダーに任命されちゃってる訳だしね。
やる事はちゃんとやるよ?
てゆーか杏が引っ張らないとあの二人は動いてくれないし。
文香ちゃんもフレデリカちゃんも、任せられる事は全部任せてくるからねー。


肇ちゃんも実際分かってるでしょ?
フレデリカちゃんはあんな感じだけど、実際は出来るって。
文香ちゃんも、ステージに立つとキャラ変わるし。
やれば出来るのにやらないだけなんだよ。


…杏も、もちろんそうだったけどね。


色々あったんだよ、色々ね。
あー、うん。
しょうがないなぁ、コーヒーのんで落ち着いてからでいーい?


…よし。
とは言え何から話そうかねー…
杏的には、あんまり真面目な話はキャラじゃないし。
でもまー、肇ちゃんならいっか。




肇ちゃんって、スリーエフのプロデューサーの事どれくらい知ってる?
…変な人、ねー…間違ってないよ。
元はフレデリカちゃんの専属プロデューサーだったし、変な人じゃなきゃ務まらないからね。


文香ちゃんの話は…聞いた事もない、と。
まぁ文香ちゃんは自分の事話したがらないもんねー。
じゃ、フレデリカちゃん自身については?
…とーぜん知らないか。


その辺は、まぁ本人に聞いてって事で。
正直杏も全部知ってる訳じゃないからねー。
よし、じゃー杏視点の物語になるけど。
話していこっか。


私が、ちょっとだけ変わった。
ごっこなんて遊びを始めた、面白可笑しい日になるまでのお話。











「ワンツー、ワンツー!」


手拍子と共に、トレーナーさんの大きな声がレッスンルームに響く。
それに合わせてレッスンを受けている子たちがステップを踏んでくるくると動き回る。
いつもと変わらないダンスレッスン。
杏が部屋の端で座ってサボってるところまで含めてね。


ちょっと違うところと言えば、あんまり見慣れないアイドルが二人いたことくらいかな。
見たことないって事は割と新入りな筈なのに、金髪の方は周りに負けないくらいピシッと決めてて。
もう一人は見るからに運動が苦手そうで、現に少し遅れながら息を切らして。
辛いなら辞めちゃえばいいのに、なんて事はさすがに言わないけどね?


それぞれに目標や夢があるんだろうし、だから今こんなに汗水流して頑張ってるんだろうし。
杏は別にこれ以上やらなくても、なんとかこなせるくらいにはなっちゃったからやらないけど。
必要最低限で最大の結果、がモットーだからね。
それで困った事はないし、今のところ。


お手洗い行ってきまーす、みたいな雰囲気出しながらレッスンルームから退避。
居てもやらないなら居なくていいしね。
トレーナーさんももう何も言ってこなくなったし。
体力自体はそんなにはないけど、今やってるやつ程度ならパパッと出来ちゃうから。





ルームのドアを閉めると、中の声は殆ど聞こえなくなる。
ソファでのんびりしてから部屋に戻ろ。
そんなことを考えてゴロンとしてると、一人の男の人が現れた。
いや、元からいたんだけどね、杏が気づかなかっただけで。


「双葉さんはレッスン受けないんですか?」


「…割と敬語無理してる?杏が言う事じゃないけどタメでいいですよ?」


「…成る程…でもま、察したり見る力はある訳だ。お互いタメ口でいいよ」


珍しい奴だな。
それが杏の第一印象だった。
明らかに年下から若干タメ口でタメでいいよ?なんて怒る人もいるのに。
もちろん怒らせるつもりがある訳じゃないけどね?







見た感じ割と若そうだけど、この人もなかなか頭自体は回るみたいだね。
今のやり取りで多分お互い色々と気付いてるし。
事務所ですれ違った事は何度かあったけど、ちゃんと会話した機会はない。
アイドルと一緒に歩いてるところも前に見た記憶はないし…


「あの新入りの子のプロデューサー?ついでに貴方も」


「半分あたり。俺は別に新入りじゃない、表に立つ機会があんまりなかっただけかな」


裏方なのに表…なんて笑ってるこのプロデューサーは、多分キャラ的に金髪の方のなんだろうね。


「お、当たり。宮本フレデリカさんの担当やらせて貰ってる、今後何かあると思うからよろしく」


「まだ杏何も言ってないよ。私は双葉杏、知ってはいた感じ?」


「面白い子だな、と常々。うちの事も仲良くしてくれるとありがたいな」


まぁ話に聞いた事くらいはあるか。
となると、件のフレデリカちゃんの付き添いみたいな感じでここにいるのかな?
まぁ杏からしたらどっちでもいっか。








だるいなー、なんて思いながら部屋へ戻るレッスン終わりの事務所の廊下。
まぁダンスレッスンだったからサボっちゃったし疲れてる訳じゃないけどさ。
上手い事プロデューサーを言いくるめる為の言い訳を考えながら。
飴玉片手にのんびり歩く。


途中で見掛けた自動販売機で飲み物を買おうと思ったけど残念な事に財布はロッカーに置いてあるカバンの中。
ポケットを漁っても出てくるのはロッカーの鍵と飴玉だけ。
仕方がないから部屋の冷蔵庫に冷やしてあるお茶でいいや。


それにしても、最近あんまり面白くないな。
楽しく楽してなつもりだったけど、なんだかなぁ…
いや、不満か?って言われたらはっきりとは言えないけどね。
今はある程度安定してるからやめるつもりもないし。


まぁそんな感じで。
私は完全に舐めきってたんだよね、色々と。
だから、自分で言うのも難だけどさ。
気が回りきってなかったんだよ。


扉を開けて部屋に戻る。
お疲れ様ーなんて言ってソファに寝転がるも、返事が返ってこない。
プロデューサーはキーボードカタカタしてるから集中して気付いてないのかな?まぁいいや。
って、軽く思ってた。






今日この後何しようかな。
帰ったらどのゲームやろうかな。
そんなことを考えてたら、ようやくプロデューサーから声が掛けられた。


「…双葉さん、少し真面目な話をいいですか?」


「ん?いいよー」


直感的に、何かヤバい気がした。
でも、今更気付いてももう遅い。
既に何かは決まっちゃってる。


まずったなー…レッスン流石にサボりすぎたか。
これからはちゃんとうけておかないと。
お小言もらうのは杏じゃなくてプロデューサーの方だもんね。


なんて、まだ現状を理解し切れていない杏に。
現実を、突きつけられた。







「一ヶ月以内に引き継ぎ先が決まらなかった場合、双葉さんはーー」


私が色んな事に気付いて変わる切っ掛けは、最悪の切り出しからだった。







その後事務的なやり取りをして、気づけば杏は家に着いてた。
やっぱり、トレーナーや他の人からちょいちょいクレームはきてたらしい。
また、本人のやる気も見受けられなかったから。
そして一番の理由として、プロデューサー本人の意思らしい。


見る目がないなぁ、なんて言うつもりはないよ。
現に誰かの前で頑張るって事をしなかった訳だし。
仕事だけ出来ればそれでいい、って世界でもないからね。
杏の性格は自分で言うのも難だけど一般受けしやすいものでもないし。


「…どーしよっかね…」


この様子だと、引き継ぎ先が見つかるかどうかも怪しい。
悪評じゃないにしても、割とグータラしてるところは色んな人に見られてるし。
それで更に本人のプロデューサーが手放すだなんて、ねぇ。
コミュニケーションをとろうとしなかった杏に非があるし、そもそもサボってたから何も言えないけど。


あー、もうちょっとは表面にも頑張りとかを出すべきだったのかなー。
テスト終わった後に勉強しよ、ってなる学生みたい。
いや杏は学生なんだけどさ。
明日のレッスンは真面目にやろう、なんて明日の自分に願いを託す。


…そもそも、私はアイドルを続けたいのかな…






翌日、昨晩の願いは叶ったみたいで杏はちゃんとレッスンを受けていた。
珍しいじゃないか、なんてトレーナーに言われたけどスルー。
そんな事より、次にすべき事を考えるので頭がいっぱいだったから。
もちろん別の事を考えながらでもこの程度のダンスなら出来るしね。


小休止になって、飲み物を買おうとレッスンルームを出る。
何時もだったらこのままふらーっと帰ってただろーけど、今そんな事したら完全にアウト。
はぁ…それにしてもちゃんとダンスレッスン受けてるなんて久しぶりだな。
最初から適度にやってればこんな事には…


「…今更考えても無駄だし、これからを考えるかなぁ…」


「おやおや?難しそーな顔してどーしたの?」


背後から声を掛けられた。
この時は気付かなかったけど、よくよく考えたら背後から表情を見られる筈が無いんだけどね。
そこはまぁ、流石フレデリカちゃんって感じかな。


「ん?めんどーな事になったなって。君はフレデリカちゃんでいいの?」


「わぁお、フレちゃんの事知ってるなんてまさかファンの人?サインあげよっか?」


…こりゃまたホントに凄い新人だね。
あのプロデューサーの株がかなり上がったよ。


「君は杏ちゃんでいーのかな?サインになんて書けばいーい?」


「いやサインはいいよ。私は双葉杏だよ、まぁ名前だけなら聞いた事があったのかな?」


まぁいいや、飲み物買って戻ろ。
そう言って手をヒラヒラさせて、自動販売機へと向かう。
そんな杏に向かって、フレデリカちゃんから。


「ねー杏ちゃん。アイドルやってて楽しい?」


その一言で、杏は完全に縫い付けられた。




「レッスン、あんまり楽しそうじゃなかったからねー」


「…どーだろうね。実際杏にも分かんないや」


真面目にそんな事を考えるなんて柄じゃないけど、直接突き付けられると逃げられなかった。
なんで杏は、アイドルを続けようとしてるんだろう。
なんで楽しいって即答出来ないのに、やろうとしてるんだろう。


「楽しまなきゃ損だよー?こんなに今までやった事ない事が出来るんだもん!」


ふふーん、なんて鼻歌まじりにフレデリカちゃんはレッスンルームに戻って行く。
けれど杏は、しばらく動けなかった。
いやー、ほんとにすごい新人だね。
あのプロデューサーじゃなきゃ担当なんて出来ないよ。


さて、まぁここで真面目に自問自答してるとレッスンに遅れちゃうし戻らないと。
取り敢えず飲み物をかってルームに戻る。
なんとか滑り込んで鏡の前に立ち、トレーナーの指示通りのステップ。


実際、こーゆーレッスンを楽しいって思った事はないかな。
やらなくても出来るし、当たり前の事を繰り返してて楽しい訳ないからね。
そんな時、なんとなーく鏡に映ったフレデリカちゃんに目をやると。
物凄く楽しそうな笑顔で、完璧に踊っていた。


ほんとに楽しそうだね。
こっちまでなんだか楽しくなってくるよ。


なんとなく、負けないくらい杏も一生懸命踊ってみた。
そりゃーもう周りを圧倒するくらいに。
これでも割と自信はあったからね、やらないだけで。
周りの人達が動きを止めてる事に気付かないくらい、鏡に映ったフレデリカちゃんに負けんと全力で。





「あー…久しぶりにこんなやった気がするよ…」


「流石杏ちゃんだねー」


レッスンが終わって茹でられた餅みたいに床にへばりついていると、フレデリカちゃんが話し掛けてきた。
あんなにずっと踊ってたのに元気だなぁ。
それに多分、ほんとはまだまだ上手いだろーし。


「普段は必要最低限のパフォーマンスしかしないからね…自分で思ってたより体力落ちてたよ」


「じゃースポーツジムの会員にならないとねー」


お、そーゆーネタもいけるんだ。
そんなアホな会話をしながら着替えて、フレデリカちゃんとお別れ。
それにしても、楽しみながら踊ったのもほんと久しぶりな気がするよ。


部屋に戻ってもやる事ないし、この後は仕事も無いから家に帰ろ。
そんな事を考えながら廊下を歩いてると、自動販売機前の椅子で疲れ果ててる女の子がいた。
さっきレッスンルームで見た気がするけど…誰だっけな。


「大丈夫?お茶でよければ飲む?」


「あ…ありがとうございます…」


「えっと…名前聞いていい?」


「鷺沢、文香と申します…」


面白いほど会話が続かない。
ってゆーかお茶飲むの早いよもうなくなってるじゃん。
遠慮しろなんて言えないけど、して欲しかったかな。
買えばいいんだけどさ。


「私は双葉杏だよ。こんな所で何してるのさ」


「その…私は、あまり体力が無いので…部屋へ戻る前に、少し休もうと…」


「ふーん、杏が言えたことじゃないけど体力付けないと大変だよ。あとストレッチも忘れずにね」


空になったペットボトルをゴミ箱に放り投げ、パタパタと手を振ってお別れ。
これ以上一緒にいても特に会話なさそうだからね。


「あの…このお礼は、必ず…」


「…いいよ別に、文香ちゃんも頑張ってね」



家に帰って暖房を入れて、ポテチとコーラを完備させてゲームをポチポチ。
でもやっぱり、今日のフレデリカちゃんの言葉が頭にこびりついて集中出来なかった。


楽しんでる?ね…


実際に久し振りに今日割と本気で踊った時はかなりのめり込んでたけど、後からくる疲労がしんどいからなぁ。
楽しかったか?って言われたら、まあ否定は出来ないけど。
それでもずっと本気でだなんて体力持たないし。
ここぞって時だけでよくない?まぁそのせいで今の状況になっちゃってるんだけどさ。


でもほんと、久し振りに勝ちたいとは思ったかな。
勝ち負けじゃないけど、こう…ね。
しばらくは真面目にやるのも悪くないかな、って。


ゲームをほっぽって身体をほぐす。
一旦頭を空っぽにしてのんびり足を伸ばしたり腕をの倒したり。
リラックス出来るし、案外ストレッチも悪くないね。
普段はあんまりやらないけど、これからはやってみるのもいいかもしれない。


さて、と。
解決しなければいけない目先の問題は別にある。
このままだと、私は新しい配属先が見つからず今の事務所にはいられなくなる。
それは全力で避けたい事だった。


なら他の事務所にしてみたらいいじゃない、なんて考えは思考の外に叩き出す。
それは今の事務所が大手というのも大きな理由だけれど。
それよりも、ちょっとだけ一緒にやってみたいな、って言うアイドル仲間が出来たから。
もちろん今までにも居たっちゃいたけれど、どっちかって言うとこう…なんだろ?


まー兎にも角にも。
今までよりも少しちゃんと頑張ってみて。
それで次が見つからなかったら諦めるしかないかな。
今やってみて無理なら、多分この先にきっと同じ事になってただろうしね。





翌日事務所に着くと次のオーディション用の書類が渡された。
結構大きな学園ドラマらしく、杏は引き篭もり役らしい。
うん、まぁぴったりだよね、イメージ的には。
ここはしっかり抑えておきたいし、さっさと台詞全部覚えちゃわないと。


てくてくとレッスンルームに向かいながら目を通す。
オーディション時の台詞自体はそんなに多くない。
って事は、その数回の発言のチャンス内でしっかりと審査員に目をつけて貰わないと…
出来レースでもない限り、多分大丈夫。


「…お、双葉か。次のオーディションはうちのフレデリカも受けるみたいだから、合格したらよろしくな」


「おはようございます。あれ?フレデリカちゃんもう?結構デカいアレな気がするけど」


そんな感じで書類片手に歩いてたらフレデリカちゃんのプロデューサーに会った。
…杏が口出しできる事じゃないけど、流石に早過ぎる気がするな。
エキストラなら兎も角、多分このプロデューサーの口振り的にちゃんとしっかりした役がありそうだし。


「何事も経験ってな。正直言って半々くらいだから後はフレデリカのコンディション次第だ」


「それなら大丈夫なんじゃない?フレデリカちゃんなら何時でも絶好調っぽいキャラだし、プレッシャーにやられるなんて事もないんじゃない?」


「…どうだろうな。あとよければなんだけど、ちょいちょい気に掛けてやってくれないか?」


「別にそれくらいならいいよ…あ、報酬に飴くれたりしない?」


「おっけー美味しいやつ用意しとくから。頼りにしてるぞ」


頼りにしてる、ね。
杏自身が特に何かやるべき事って言うのはあんまりないだろうに。
それに、久し振りに誰かに頼られた気がする。
なんだろうね、こう…キャラじゃないなぁ、なんて。


とは言え頼られちゃったからにはやらないと。
積極的にこっちから話しかけていけばいいのかな?
そんな事しなくても向こうからマシンガントーク仕掛けてきそうなものなのに。



ボーカルレッスンは恙無く終了した。
いや、むしろ杏が真面目にやってて逆にまた驚かれたくらいなんだけどさ。
伊達に飴舐めてないよ、発声に関係あるのか知らないけど。


フレデリカちゃんも、自由に楽しそうに歌ってた。
時折少しふざけてるのか音程が外れてる事もあったけど、ちゃんとやれば問題無いみたい。
そう言えば、文香ちゃんはちょっと声出すの辛そうだったかな。
まだ慣れてないって感じなのか、大きな声を出せていなかった。


とりあえず、フレデリカちゃんはいつも通りだし特に何もなさそうだね。
そもそもあのプロデューサーから、オーディションを受けるってまだ聞いてないのかもしれないけど。
新入りとは思えない堂々とした振る舞いとあの見た目があればなんとでもなるでしょ。


「でねー、昨日行ったカフェが凄くおしゃれだったんだー!星三つ半くらい!」


「なんともまぁ反応に困る評価だね」


で、件のフレデリカちゃんは現在杏に向かっていろいろな事を喋っていた。
カフェに行った話、レポートの締め切りが迫っている話、顔のある観葉植物の作り方。
半分くらい意味が分からない会話だったけど、会話として成り立ってるなら問題無い。
にしても、ほんとにフリーダムな感じだね。




「あ、そうだそうだ。プロデューサーからもうオーディションの事聞いてる?」


「あーうんうん、オーディションね。だいじょーぶだよ?フレちゃん審査員ごっこよくしてるもん」


…ふーん、成る程ね。
そう言えば、まだ特に何かステージに立ってみたりオーディションを受けたりって話は聞いてないしこれが初めてなんだろーね。
そして、うん。
あのプロデューサーが少し心配してる理由が分かった気がする。


だからこそ、杏が頼られたんだろうし。
だからって、何が出来るわけでもないけど。


「まー役になり切れば大丈夫だよ。あとはほんとに緊張しない事かな」


「フレちゃんのフランス語図鑑に緊張の漢字はないよー?」


「そりゃフランス語なら漢字はないだろうね」


のんびり着替えながら、帰りの支度を済ませる。
帰って昨日のゲームの続きしたいからね。
今日はもうやる事はないし、セリフも大体頭に入ってるし。
特にアドリブいれられそうな場所もなかったし、こうなると後は自分の演技力次第。


そのままフレデリカちゃんと別れて、一度自分の部署の部屋に寄って帰宅の旨を告げた。
当のプロデューサーはカタカタとキーボードを叩くのに夢中で生返事しか返ってこなかったけど。
あー、ボーカルレッスンだけじゃなく、久し振りに自分の歌いたい歌を歌いたいな。
1カラでも寄ってから帰ろうか。


…ん、そうだ。
さっきフレデリカちゃんもこの後は帰るだけって言ってたし丁度いいじゃん。
そうと決まればサクッと行動。
カラオケいかない?ってラインを送れば杏が丁度事務所を出る頃に返信が来た。


『おっけー!どこいる?コイル?ソレノイド!』


『事務所出たとこで待ってるよ』



「ボエー!!」


「ほんとにボエーって歌う人初めて見たよ」


さてさてやってきましたカラオケボックス。
二人で二時間、まぁこのくらいが丁度いいんじゃないかな?
あー、カラオケ来たのも久しぶりな気がする。
何歌おうかな、ゲームの主題歌とかフレデリカちゃん知らなそうだし。
流行に則って恋のダンスみたいな曲にしようかな。


「杏ちゃん、何歌うー?」


「これにしようかな。フレデリカちゃんも歌えるでしょ?」


ピッと送信すれば曲が流れ出す。
採点はいらないし音程バーもいらない。
楽しく自由に歌うのが一番だからね。


「ふふふふふんふんふーん!」


「歌詞、画面にちゃんと表示されるからね?」


…なんで杏が振り回されてるんだろ。
普通なら逆なのに、フレデリカちゃん相手だと…なんだろうね?
まぁそんな感じで一曲歌い終えれば、後はもうカラオケ特有の流れのあれ。
次々に曲が予約され、交互に、一緒に歌う。


うーん、やっぱりいいねカラオケは。
歌ってる間は何も考えなくていいし、楽しいし。
フレデリカちゃんも楽しそうに歌ってるし、うん。
来て正解だったみたい。


「楽しいしっていいねー」


「そりゃ楽しんでるんだからそうだろうね」


フレデリカちゃんのその発言は、一体どんな意味だったのか。
杏と同じなのかもしれないし、違うかもしれない。
まぁ難しい事なんて考えず今は楽しもう。


二時間なんて歌ってるとあっという間で、直ぐに退室時間の連絡が来た。
延長はせず、そのままマイクを片付けて退室。
あー、歌った歌った。


「楽しかったねー、杏ちゃん」


「うん。フレデリカちゃんも歌上手かったし、やっぱりアイドルなんだなー私達、って感じかな」


「また誘ってねー、フレちゃん毎日がエブリワンだから!」


「また近いうちに誘うよ。杏もレッスン終わりなら割と空いてるから」


そのままお別れして帰路へ着く。
自宅へ着いてシャワーを浴びで布団にごろん。
誰かと遊んだ後に一人でいると襲ってくるあの感覚からおさらばする為にゲームの電源を入れる。
フレデリカちゃん、オーディション受かるといいなぁ。




あーやる事ない、暇。
休日、特にやる事もなくなって時間を持て余していた。
ゲームはクリアしちゃったし、今から発注しても届くの夜とかだしなぁ。
外に出てもやる事ないし、何しよ。


ちなみにオーディションは受かったよ。
演技力には自信があるからね。
フレデリカちゃんがどうだったかはまだ知らないけど。


あ、飴屋にでもいこうかな。
折角時間があるんだし、ちゃんとしたお店の飴を買うのも悪くないかもしれない。
そうと決まればパパッと着替えて外へ。
てくてく歩いて電車に乗って、中野へゴー。
あっという間…じゃないけど目的の飴屋。


店の外まで甘い匂いがするね。
うんうん、ここなら杏の求める飴が見つかりそうだよ。
ガラス張りの壁に沢山の飴の小袋が掛けられててオシャレだし。
飴を作ってるところを見るのも楽しそうだね。


「…多過ぎて迷うね。ここからここまで全部って言ってみたいよ」


「印税だけで生活できるくらい売れれば、一つずつならいけるんじゃないか?」


「ん?お、フレデリカちゃんのプロデューサーじゃん」


飴を眺めていったりきたりしていた杏に話しかけて来たのは、あのプロデューサーだった。
珍しい事もあるもんだね、こんな場所で会うなんて。
普段のスーツ姿とは違って、どこにでもいそうな休日のお父さんみたいな服装で。
いっちゃあれだけど、まぁオシャレではないね。
杏も人の事言える格好じゃないし、誰かに会う予定がなかったんだろうから問題ないけど。




「で、休日にどうして飴屋にいるの?プロデューサーも飴好きだったりする?」


「いや、双葉が言ったんだろ。飴よこせーって」


「あーそうだった。そこまで横暴な言い方した覚えはないけどね」


って事は、わざわざあんな約束の為に飴屋にまで来たんだ。
スーパーとかコンビニで売ってるやつで構わないのに、休日使ってまで来るなんて。


「一応人に渡すものだからな。どう言うのがあるのか調べてたら珍しい店を見つけたから気になったんだよ」


「凄いよねー作ってるとこ見れるなんて。うどんみたい」


のんびり飴が作られていく光景を眺めながら、飴の小袋をてにとっていく。
綺麗でカラフルな模様の飴は、今までで見た事ないくらい綺麗だった。
見た事ないものって、見るだけでなんだか楽しくなるよね。
それが自分の好きなものなら、尚更。


「あ、支払いは俺が持つぞ」


「いいの?ありがとこっからここまで」


「おい」


良識の範囲内で選び、支払いはお願いしちゃう。
いやー、来てみるもんだね。


「あ、この後まだ時間あるなら近くのカフェ行かないか?」


「いいよー別に。やる事なかったからふらふら来てみただけだし」



からんからん、と入り口のベルを響かせて喫茶店に入る。
こう、ザ・喫茶店みたいな古い感じの装飾のお店。
普段あんまり入らないから新鮮だね。


「いい雰囲気の店だろ、お気に入りなんだ。あ、支払いは俺が持つから」


「それじゃ遠慮なく。コーヒーとバニラアイスで」


「すみませーん、コーヒー二つとバニラアイスで」


そのままコーヒーを傾け、のんびりと過ごす。
こういう休日もいいね。
普段行くようなカフェもいいけど、なんか落ち着くよ。
流れる音楽がゆったりとしたクラシックなのも一役買ってる気がする。


「あ、そうだ。まずはオーディション合格おめでとう」


「ありがと。それでフレデリカちゃんの方は?」


「ダメだった。思ったようにいかなかったみたいでな」


そっか、おっこっちゃったか。
一番最初のオーディションだから引きずらないといいけど。
やっぱり緊張してたのかな。
それとも、役を演じようとしちゃってたのかな。



多分ありのままのフレデリカちゃんなら受かってた役なんだろうし。
まぁ初めてだし、硬くなったり不自然になっちゃうのもしょうがないけど。
で、杏をカフェに誘ったって事は…


「いつも通りだけど凹んでるかもしれないから、何か気晴らしに誘いたいんだけどな。どっかなんかないか?」


だよね、うん、普通凹むよね。
さてさて、どっかないかな、ときたか…


「やっぱカラオケとかじゃない?良い気晴らしになると思うよ」


「なるほど、カラオケか…誘ってみるかな」


ふむふむ、と首を縦に振りながら…ん?


「あれ?プロデューサーってタバコ吸うの?」


「あ、そうだった。プライベートの時にしか吸わないようにしてるんだよ」


「別に杏はいいけど、煙こっちに吐かないでね」


ふーん、吸うイメージなかったけど。
まぁ人の事だからとやかくは言わないし、事務所にいるときは吸わないようにしてるらしいから。
ふー、っと煙を吐き出して、コーヒーを一口のむプロデューサー。
なんていうか、大人だね。
杏は吸う予定もつもりもないけど。


「まぁ杏も手助けはするよ。飴買ってもらっちゃったしね」


「助かるよ、凄く。あと俺が喫煙者だって知ってる人少ないから、あんまり言わないでくれよ?」




翌日、ダンスのレッスンを受けた。
フレデリカちゃんはいつも通り、笑顔で踊ってる。
ただなんとなく、楽しそうじゃないね。
ちょっと必死になってる…うん。
ほんの少し前の私みたい。


…さて、どうするべきかね。
気晴らしにはあのプロデューサーが誘うだろうし、今杏が出来るのはレッスンに付き合うくらいかな。
フレデリカちゃんが杏に言ったんだから、それをまるっと返してもいいよね。


「ねぇ、フレデリカちゃん。レッスン楽しんでる?」


「もっちろーん!フレちゃんは何時でもハッピースマイルモンスターだよ?」


どっかで聞いた事があるね。
まぁいいや、とりあえず…


「ありがとね、フレデリカちゃん」


「あれ?アタシなにかしたっけ?」


「さぁ?でも兎に角、私はフレデリカちゃんと一緒に踊ってて楽しいよ」


「わぁお、フレちゃんも杏ちゃんと一緒に楽しめて楽しーよ?」


誰かと一緒に何かを頑張る。
それがなんとなくだとしても、負けたくないからだとしても。
案外、楽しい事なんだって。
フレデリカちゃんは、今どうだろーね?


少なくとも、少し前の杏に気付かせてくれたのはフレデリカちゃんだし。
今のフレデリカちゃんが忘れてるんだとしたら。
今度は、私の番。


それじゃあとは。
あのプロデューサー次第かな。




からんころん


また、この喫茶店に来た。
まだ二回目だけどなんとなく居心地が良い。
ぐるっと店内を見渡すけど、まだ来てないみたい。
コーヒーを頼んで、のんびりスマホをいじる。


からんころん


お、きたきた。
今日杏を此処に呼んだ人が。


「ごめん、今来たとこ」


「見れば分かるよ。あとそんなに待ってないから」


プロデューサーもコーヒーを注文して一服。
普段は禁煙席にしかいかないから、未だにタバコの臭いは慣れない。
嫌いじゃないけど、どうにもね。


「まずは、ありがとな。いつもの調子に戻れたみたいだ」


「杏は何もしてないよ。単にフレデリカちゃんが立ち直りが早いんじゃない?」


お互い笑いながら、コーヒーカップを傾ける。
杏のは砂糖とミルク入りだけど。
苦いのは、嫌いだからね。


「誰かと一緒に何かをするって楽しいねーだってさ」


「それはプロデューサーに対してじゃない?カラオケ行ったんでしょ?」


「だれのおかげかくらいは分かるよ。これからもよろしくな」


これからも、ね。
はぁ…嫌な事を思い出しちゃった。
コーヒーが途端に苦くなった気がする。


もう直ぐ、なんだよね。
あぁ…良い感じになってきたんだけどな。
身から出た錆、過去の負債が今になって一気に押しかかってくるなんて。



「「それなんだけどさ」」


杏の状況を伝えようとして。
文脈を無視して、プロデューサーが口を開いた。
一体なにがそれなんだけどさ、だよね。
まぁ多分、気付いたんだろうけど。


「双葉の状況は理解してる。不器用と不器用は合わないからな」


「なに言ってるの?兎に角まぁ、杏はもうすぐ


「なぁ、双葉」


また、突然遮られる。
まるで杏に、それを言わせないようにするかの様に。


「俺としてはまだ諦めて欲しくない。だから此処に呼んだんだ」


「ちょっと話についていけないかな。もう少し詳しく話して貰っていい?」


「きっと双葉は、フレデリカから色々教えてもらっただろ?でもそれ以上に、双葉はあいつを支えてたんだよ」


「杏にそんなつもりはないけど?」


「無意識のうちかもしれないし、元々持ってた才能だからかもしれないな。少なくとも双葉は、誰かを支えたり纏めるのに向いてる」


「めんどーな事は嫌いだけどね」


「そんな双葉に提案だ。とあるユニットを企画してるんだが…リーダー、やってみないか?」


「話聞けよ」


まったく、めんどーな事は嫌いって直前に言ってるじゃん。
はぁ…察しがいいのも困り者だね、お互い。
もう話の流れで嫌でも分かるよ。


…安心したら、なんだか力が抜けてきちゃった。
一気にコーヒーを流し込んで、お代わりを注文する。
砂糖もミルクも入れない。
今は苦くていいや。


任せてもいいよね、このプロデューサーなら。
どっちが恩返しか分からないし、多分そんなことも関係ないんだろうけど。
新しい場所に連れてってくれそうだし、新しいものを見せてくれそうだし。
それが風景か、自分自身かは分からないけど。


少なくとも、これからも楽しめるなら。


「受けてくれるか?杏」


「否定すると思ってる?プロデューサー」




ある程度は話が固まってたみたいでね、後はスムーズに進んだよ。
そんな感じでそんな風に、杏は今のユニットのリーダーを務めてる。
最近みんな忘れがちだけどね。
なんていうかまぁ、恵まれてたよ。
フレデリカちゃんも、杏も、プロデューサーも。
きっと文香ちゃんもなんじゃないかな?深くは知らないけど。


ユニットを組んでから、疲れる事が増えたけどね。
フレデリカちゃんは自由になになにごっこーって遊びまわるし。
文香ちゃんは…最初はなんだか必死だったけどね。
フレデリカちゃんに感化されて、いつの間にか凄く楽しそうだし。


…別に。
杏は何もしてないよ。
今までも、これからも。
だからきっと、みんなそれぞれ頑張ったんだよ。


もちろん、杏も今が凄く楽しいよ。
何時まで続けられるのかなんて知らないけど、少なくとも今は精一杯楽しんでるつもり。
めんどー事も多いけどね。
自覚があるなら直そうか。


うーん、まぁ。
未だにタバコの煙は嫌だけど。
少しずつ、慣れてはきちゃってるかな。


今の話はもちろん全部内緒だよ?
さて、と。
そろそろまた部屋にもどろっか。
あの二人を放置してると、後々疲れるの杏だからね。


…満更でもない、ね。
否定はしないよ。
でもまぁ、もう少しマイペースにいきたいかな。
あの二人に巻き込まれると…


振り回されて疲れるし。
新鮮なおふざけばっかりだし。
ごっこなんてアホやってばっかりだし。
新しい発見ばっかりだし。


すっごく、楽しいからね。



時間が掛かってすみませんでした
お付き合い、ありがとうございました

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