暴走族「今日も楽しく安全な暴走を心がけましょう」 (19)


日曜日の午後。

待ち合わせ場所である公園に、お洒落なジャケットを身につけた青年がやってきた。

彼こそが伝統ある暴走チーム『魅那醐露死(みなごろし)』の37代目総長、
棒野草太(ぼうのそうた)さん、19歳。

四年制大学で心理学を学び、フットサルを趣味とする好青年だが、れっきとした暴走族である。


「こんにちは、本日はよろしくお願いします」

「こちらこそ」


私が挨拶すると、棒野さんはさわやかな笑顔を見せてくれた。


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まもなく、公園に『魅那醐露死』のメンバーが勢ぞろいする。

メンバーはいずれも、真面目そうな青少年であり、染髪している者も少ない。
十数台のバイクの持ち主は、みんなきちんとヘルメットを被っている。

棒野さんは全員の集合を確認すると、


「今日も楽しく安全な暴走を心がけましょう」


と、一同に声をかけた。


暴走が始まった。

私も自分のバイクで、彼らの後についていく。


彼らの暴走行為はいたって健全である。

制限速度を守り、交通マナーを守り、不必要な音を立てたりもしない。


そこら辺を走っている他のバイクの方が、よっぽど危険走行に見えてしまうほどだ。


私が棒野さんに並走して話しかけようとすると、


「あの……」

「すみません、走行中は話しかけないで下さい。事故の原因になりますから」


と、制されてしまった。当然である。


『魅那醐露死』の面々は、交通ルールを一切破ることなく、事前に決めていたコースを走り続けた。

彼らの走行をビデオで撮影すれば、そのまま教習所などで使えるのではないか、
と思えるほどの模範的走行であった。


30分後、目的地である公民館にたどり着いた。

私は再び棒野さんに話しかける。


「あの……皆さんの走行は非常にきっちりされていたと思うんですが……
 これはその……いわゆる“暴走”といえるんでしょうか?」

「うーん、どうなんでしょうねえ。まあ、暴走族がやっているのだから暴走、
 ということでお願いします、ハハハ」


棒野さんは一瞬困った顔を見せたが、すぐに人なつこい笑顔になりこう答えてくれた。


「公民館では何を行うんですか?」

「もちろん集会です」


暴走族といえば集会。
彼らもやはり、集会を行うのだ。

棒野さんは仲間を引き連れ、事前に予約していた公民館内の小会議室に入っていく。

おそるおそる頼んでみると、私もこの集会に参加させてもらえることになった。


「よろしいんですか?」

「別に隠すようなものでもありませんから」


集会の内容もまた、いたって健全なものであった。

バイクの効率的な点検方法であったり、チームの今後の活動方針であったりが、
よどみなく話し合われる。

だが、そこはやはり暴走族、時にはいさかいだって起こる。


「今の言い方は失礼じゃないか?」

「なにをいう。失礼なのはそっちじゃないか」


集会の最中、メンバーのうちの二人が言い争い、不穏な空気が流れる。


こういう時、場を治める立場にあるのは、むろん総長である棒野さんである。


「二人とも、喧嘩はやめるんだ。こういう時はきっちりルールに乗っ取った、
 議論(ディベート)で決着をつけようじゃないか」

「はいっ!」

「すみませんでした!」


その後、二人は棒野さんの立ち会いのもと建設的な議論を交わし、和解した。

今時の暴走族は腕力に頼る喧嘩などしないのだ。


集会も終盤に差しかかってきた頃、小会議室にスーツを着た男性がやってきた。


「やあ、やってるかい」

「お疲れ様です!」

「お疲れ様です!」


この男性は『魅那醐露死』先代総長、いわばチームのOBである。
後輩たちのために駆けつけてくれたのだ。

私はさっそく話をうかがうことにした。


「こんにちは」

「どうもこんにちは」

「スーツを着てらっしゃいますが、本日はお仕事ですか?」

「ええ、休日出勤が入ってしまいまして。
 で、この公民館の近くに寄ったので、ちょっと覗いてみようかな、と思いまして……」

「なるほど」


この先代総長さんは今は医療機器メーカーで働いており、
本日は大学病院への納入作業があったので、出勤をされていたということだ。


「後輩の方々の様子をご覧になられて、いかがですか?」

「いやー、頑張ってくれてて嬉しいですね。
 できれば一緒に飲みにでも行きたいですけれど、なにせ後輩たちは未成年ですからそうもいかず……。
 では私はこれで!」

「お仕事頑張って下さい!」


社会人らしいシャキッとしたお辞儀とともに、先代総長は公民館を後にした。


程なくして集会は無事終了し、『魅那醐露死』のメンバーは解散した。
次に集まるのは、一週間後の日曜日だという。


「棒野さん、お疲れ様でした」

「お疲れ様でした」

「ところで……暴走族というとやはりどうしても反社会的というか無法者というか、
 そういうイメージがあったのですが、実際は全然違いましたね」

「おっしゃる通り、うちも昔はそういうチームだったみたいですけど、
 年々警察の取り締まりや世間の目が厳しくなり、徐々に変わっていったようです」

「チームを維持するための変化、ということですか」

「ええ、そういうことになりますね」


「実はチーム名も『魅那醐露死』から『みな仲良し』に変えようという動きも出てるんです」

「そうなんですか!」

「やはり、あまり過激なチーム名は、今の時代にそぐわないですからね。
 暴走族という文化を残していくためには、仕方ないことです」

「なるほど……暴走族も時代とともに変化していくということですね。
 本日はどうもありがとうございました」

「こちらこそ、ありがとうございました」



昔からの伝統が、生き残るため、後世に受け継ぐために変化していくことは、
珍しいことではない。

それは暴走族とて例外ではない……。





                                   ―おわり―

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