新天地へ (19)

【注意】
この作品には<性描写>と<残酷描写>があります。











                    新天地へ









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家の奥から喘ぎ声が聞こえる。

母が犯されている。犯されているのである。

私は廊下を通り、寝間の戸の前を過ぎ、居間へ向かう。

甲高い雌の鳴き声が聞こえる。

母はただ情夫にされるがままのようだ。

私は居間の一角にある神棚に手を合わせる。

自然と目頭に涙が溜まる。

それを手の甲で拭う。

涙を拭うとき、顔を下に向けた為、父と目が合った。

神棚の下には戸棚があり、父の遺影が飾ってあるのだ。

生真面目な父、出征した父、遂に帰ってこなかった父。

父よ、どうして貴方は戻ってこないのですか。

貴方が居ない間に家には情夫が出入りしているのです。

母はたぶらかされ、ただの喘ぐ豚と化しているのです。

私はそんな母の乳と、情夫の金で育った子供なのです。

早く帰ってきてくださらねばなりません……。

涙が頬を伝って床へと落ちた。

私は気分を晴らす為、ラジオへ手を伸ばした。

ちゃぶ台の上に置いてあるラジオ。

ダイヤルを捻って周波数を合わせる。

ザアア、ザアア。

さらにダイヤルを捻ってやる。

ガアア、ガアア。

雑音でよく聞き取れない。

ガアア、ガアア。

よく耳を澄ます。

深夜……、陛下……、崩御……。

ガアア、ガアア。

私は呆然と立ち尽くした。

お食事後……、脳卒中……、病院……

ガアア、ガアア。

ラジオの雑音とアタマの雑念が混ざり、思考が立ちすくんでいる。

ドオン、ドオン。

扉を激しく叩く音がする。

ドオン、ドオン。

私はゆっくりと首を扉の方へやった。

ドオン、ドオン。

扉は心臓のように跳ね上がっている。

突如、赤い歓声がどっと雪崩れ込んできた。

歓声の波は玄関を、廊下を、便所を、そして居間を飲み尽くした。

赤い波は私の膝までひたひたと濡らした。

私は真っ赤に染まった室内を見回した。

赤い歓声は逆流を始めた。

入ってきた扉から外へ流れ出したのだ。

勢い凄まじく、私は足を取られて激流にのまれていった。

私は波と共に居間を出、廊下を通り、玄関から勢いよく街路へと飛び出した。

私はひどく咳き込んだ。

四つん這いになり、げほっげほっと二、三度やった。

ピヤア、ピヤア。

ピヤア、ピヤア。

何処からかワシの鳴き声が聞こえる。

ピヤア、ピヤア。

ピヤア、ピヤア。

空を見上げると悠然とハクトウワシが飛んでいるではないか。

まるで自分の物のように空一杯に翼を広げているではないか。

私は怒りに打ち震え、足元の石を拾い、ハクトウワシに投げつけた。

しかし、ハクトウワシはひょいっと簡単にかわすと、私の白いシャツに糞を垂れて飛び去ってしまった。

肩の辺りにはべっとりとハクトウワシの糞がついてしまった。

糞が染みて肩がべとべとする。

私は茫然自失、すっかり思考を失った。

取り留めもない考えが頭の中を鈍重に練り歩いた。

糞、肥、作物、大根、鍋、刃物、軍刀、父……。

そのとき、私の内に光が差した。

父ならどうする……。父ならどうするだろう……。

あのくだらない一撃が私を決意させたのだ。

私はすぐさま家へ舞い戻ると、台所から包丁を取り出した。

そしてその足で寝間へ向かった。

寝間の前に立ち、戸を静かに開けた。

部屋の中では母と情夫が、いや、淫婦と情夫がすやすやと寝息をたてていた。

この淫婦を殺さねばならない。

この他所の男を殺さねばならない。

私は二人に躍りかかった。

そして的確に二つの心臓を突いた。

二人はぎゃっと声を上げた後、体をぶるぶると震わせ、ついに絶命した。

これで一つ目の決意は完了した。

私は血塗れた寝間を後にすると、居間へ向かった。

二つ目の決意のためである。

シャツを脱ぎ、糞がついた部分はもちろん、一枚の布とするために不要な部分を裁断した。

そして最も取り除かねばならない部分、肩に刃物を向けた。

私は糞によって汚された肩の肉を抉り取った。

刃についたあの二人の血は私の血に覆われた。

そして、一枚の布となったシャツを取り上げ、肩に押し当てた。

ぐるぐると回すようにシャツを傷口に撫でつけた。

私は再び外へ出ると、庭へ回り、一本の竿竹を手に入れた。

先程のシャツと組み合わせれば、立派な真紅と純白の旗の完成である。

私は旗を高く掲げると、街路を歩き出した。

もはや私には父も母もいない。

しかしそれでいいのである。

私は見果てぬ新天地を目指して歩き出したのである。












                    完









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