千歌「私たちはその島で」 (290)

注意 死亡描写あり〼。



――――9月某日。


タッタッタッ

ダイヤ「遅くなりましたわ」

果南「お疲れ~、生徒会の仕事終わったんだね」

ダイヤ「ええ。再来週の学校説明会の段取り、ようやく片づきましたわ……」

鞠莉「あれから参加希望者も増えたから、これでひと安心ね」

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梨子「みんな揃ったわね」

曜「……えー、それでは」

千歌「ラブライブ地区予選突破」

9人「「「お疲れ様でしたー!!!」」」 

カンパーイ

部室内に複数のグラスがぶつかりあう音。

2学期に入り、休み明けの試験等をすべて終えた私たち。

みんなの席には9等分されたホールケーキがそれぞれ用意されている。

一時はどうなるかと思われた予選も無事に突破、Aqoursは最終予選へとコマを進めることとなった。

梨子「でも、あの時はヒヤヒヤしたわよ。いきなりステージを駆け抜けていくなんて」

ルビィ「私もビックリしました。あれは予定に入ってなかったですし……」

千歌「ごめんってば。もうその話は終わったことだし、今は景気の良い話をしよう! あ、今のはケーキと景気の良いを掛けて……」

花丸「でも、次に進めたから良かったずら」 モグモグ

善子「ってもう食べてるし!」

鞠莉「まあまあ、マリーと梨子でmaikingしたケーキなんだから」

曜「善子ちゃんも食べなって。すっごく美味しいよ」

善子「よしこ言うな! いただきます」

ケーキはみんなに好評だったようで、鞠莉たちは得意げな顔をしていた。

――――ひとしきり祝杯が済んだ頃

果南「さて、ここからが本題だね。2人ともよろしく」


ダイヤ「最終予選の日程が2ヵ月後だと発表されました」

ルビィ「えっと…次の予選までにPR期間が2ヶ月あるってことです。PRの積み上げは知名度に関わってくるし、新曲の調整や今後のPRの仕方なんかも合わせて、一度まとめる必要があるかなって」

ダイヤ「そこで! 既に千歌さんには話を持ちかけていますが」

千歌「あー……ダイヤさん、ごめんなさい! その件なんだけど」


カクカクシカジカ

8人「「「旅館に泊まれない?」」」

千歌「うん。大事なお客さんが明日からの連休に来ることが急に決まっちゃって、その日にウチで合宿は無理だー、って断られちゃった」

曜「大事な時にうるさくするワケにはいかないもんね……」

ダイヤ「しかし、困りましたわね……。他の皆さんの家に突然押しかけるわけにはいきませんし、我が家も明日は賓客が……」

鞠莉「だったら!」 ガタッ

鞠莉「だったら、ウチを使わない?」

梨子「鞠莉さんの家って、淡島ホテル?」

鞠莉「ノンノン♪ そこから少し南にある小さな島を買い取って、新しいリゾートにしたの。この間完成したばかりだから、そのお披露目も兼ねてね」

善子「ああ、そういえばそんなチラシが新聞に挟まってたわねー……」

鞠莉「Yes! 屋内にも屋外にも練習スペースは確保してあるからその辺りの問題は無し、美味しい食べ物、広々とした部屋、おまけにまだ海は泳げる。どう、行きたい? 行きたいよね?」

8人「「「行きたい!」」」

鞠莉「OK、決まりね! 集合場所は追って連絡するわ。これでいいよね、ダイヤ」

ダイヤ「異論なしですわ。では、今日は各自解散ということで」

梨子「あ、片付けは私が」

――――帰宅路。

ルビィ「鞠莉さんの言ってた島、どんな場所なんだろうね」

善子「チラシに色々書いてたわねー。画像も何枚か付いてたけど、10人くらいで泊まれる別荘って感じだったわ」

花丸「10人くらい、まるでマルたちAqoursのために作ったように思えちゃうね」

ダイヤ「多分、それで正解だと思いますわ」

3人「「「?」」」

ダイヤ「あの別荘、実際に行くのは私も初めてですが、Aqoursが9人になってから急いで工事を始めたそうなんですの」

花丸「じゃあ、本当にAqoursのために……?」

ルビィ「かも知れないね」

善子「そのために島一つ買い取るってのは、天上の民の考えることは判りかねるわね……。あ、私こっちのバスだから」

ルビィ「また明日」

花丸「また明日ずら~」

ダイヤ「私たちも帰って早く支度を整えましょう」

――――夕方、果南の店。


鞠莉「じゃあ、この件は果南に任せたよ」

果南「了解。明日をお楽しみに」

鞠莉「うん、また明日」 タッタッタッ

千歌「やっほー果南ちゃん」

果南「やっほー。3人でお出かけ?」

梨子「ええ。これから新しい水着を買いに行こうって千歌ちゃんが」

曜「あれ、さっきまで鞠莉ちゃん居たみたいだけど、なに話してたの?」

果南「明日の話。内容は本人の希望で当日まで内緒だけどね」

千歌「鞠莉さん、なんだか凄く張り切ってたねー」

梨子「千歌ちゃんの旅館が使えたとしても強引に招待してた、ってくらいの勢いだったわね」

果南「本当にね。あのリゾート、Aqours専用にするんじゃないかってダイヤも言ってたし、私も同じ意見」

曜「鞠莉ちゃんも想いがシャイニーしちゃったのかもね」

果南「本当にね。でも、千歌たちが居てくれたから、私や鞠莉、ダイヤはこうやってスクールアイドルをもう一度出来るようになった。きっとリゾートも感謝の気持ちだよ」

千歌「そ、そんな改まって言われると照れるなー……」

果南「それより水着はいいの?」

梨子「店、あと1時間で閉まるわよ」

千歌「嘘!? 急がなきゃ、また明日ね果南ちゃん!」

曜「また明日~!」

果南「コケないでねー」

果南「……さて、私も準備しますか」

今回はここまで

――――翌日、合宿1日目午前6時。


千歌「点呼取るよー」

1、2、3、4、5、6、7、8……

梨子「一人足りないわね」

曜「私、千歌ちゃん、梨子ちゃん」

ダイヤ「私に鞠莉、果南に」

ルビィ「善子ちゃんと花丸ちゃ……あれ?」

善子「ずら丸、来てないわね」

鞠莉「変ね、確かに『AM6:00に桟橋に集合!』ってみんなにmailしたのに」

ダイヤ「花丸さんに限って寝坊する筈がありませんし……」

ルビィ「……もしかして」


――――十数分後。

花丸「ハァ……ハァ……」

ルビィ「花丸ちゃん、やっぱりメールの開き方が分からなかったんだね。はい、お水」

花丸「ありがとうずら」 ゴクゴク

善子「で、朝4時からずっと学校前に居たと」

梨子「流石の寺育ち、早起きは朝飯前ね……」

花丸「みんな、遅れてごめんなさいずら」

鞠莉「問題ないわ。こればっかりは電話で連絡しなかったマリーにも非があるわね、sorry」

千歌「まあまあ、みんな集まったことだし、早く行こうよ!」

鞠莉「OK、みんな乗り込んで!」

果南「全員乗ったよー」

善子「大丈夫……この堕天使ヨハネがノアの箱舟で酔うなんて筈が……」 ブツブツ

梨子「よっちゃん、もしかして船酔い?」

善子「今朝酔いを抑える薬は飲んできたから多分大丈夫……」

千歌「このクルーザー、操縦する人が見当たらないけど乗ってるのは私たちだけ?」

鞠莉「Yes。目的地までは自動操縦だから」

曜「ちぇー。折角操縦出来るかもって思ったんだけどなー」

鞠莉「Oh、帰りはお願いしちゃおうかしら」

千歌「それじゃあ鞠莉さんのリゾートに向けて~」

曜「全速前進! ヨーソロー!」

――――別荘。

善子「うぇぇ……」

花丸「やっぱり船酔いしちゃったずらね」

ルビィ「善子ちゃん、大丈夫?」

善子「何とか……うぇっぷ」

千歌「それにしても……ほへー……」

梨子「千歌ちゃん家の旅館よりずっと大きいわね……」

鞠莉「まだcompactな方よ?」

千歌「これでコンパクトって……」

ダイヤ「相変わらずですこと」

果南「とりあえず、中に入ろっか」

千歌「中も綺麗だね~」

鞠莉「勿論。まだマリーたち以外は誰も使ってないんだから」

ダイヤ「私たちの部屋は2階と3階に5つずつですのね」

鞠莉「そうね。1部屋で3人までなら一緒に寝られるけど、やっぱり1人1部屋がいいでしょう? どのみち1部屋余っちゃうけど」

曜「じゃあ、部屋割りどうしようか」

――――相談の結果。


3階
曜、千歌、梨子、善子、花丸

2階
空き、鞠莉、果南、ダイヤ、ルビィ



鞠莉「じゃあ、荷物を置いたら海岸に集合よ♪」

ダイヤ「それは構いませんが、いつの間に水着に着替えたんですの?」

花丸「遊ぶ気満々ずら」

果南「本当はこうなる予定じゃなかったんだけどね。ほら、天気予報だとこの辺……」

鞠莉「そう、今晩にでもrainyになっちゃうんだって。だから泳ぐなら今のうち今のうち♪」

千歌「えー……雨降るの~?」

ダイヤ「まったく、仕方ありませんわね」 ハァ

果南「その代わり遊んだらみっちり練習とミーティングでいいんじゃないかな」

鞠莉「ほら、みんなの部屋の鍵よ」

千歌「広いお部屋! ふかふかのベッド!」

曜「ベランダの向こうには広がる海!」

梨子「輝く太陽……はちょっと隠れちゃってるわね」

千歌「向こう、雲の塊がすっごく大きい……」

曜「これ、嵐になるんじゃないかなあ……」

花丸「綺麗ずらーー!」

善子「あー…………よし。ヨハネ、完全復活!」

花丸「酔い、収まったずらか」

ルビィ「花丸ちゃーん! 善子ちゃーん!」

花丸「ルビィちゃーん! こっちからだと下のベランダが少し見えるずらね」

善子「あまり身を乗り出し過ぎると落ちるわよ? 幾らすぐ下に下の階のベランダがあるとはいえ、その向こうは海、更に崖が見えてるんだし」

花丸「むー……。善子ちゃんもこっちまで飛び移ろうとしたりしちゃダメずらよ?」

善子「流石にそこまではやらないわよ! リリーなら飛び移れるかも知れないけど」

花丸「あれは違うんじゃ……(多分、千歌ちゃん家でのことだろうけど)」

ルビィ「2人共、みんな待ってるよー!」

花丸「分かったずらー! 善子ちゃんも早く着替えて来るずら」

善子「はいはい」



私たちは明日からハードな練習ということを忘れて、夕方まで海を満喫した。

昼間はビーチバレーや遊泳。午後からはみんなでダイビング。

みんなで潜りたいから、って鞠莉さんが果南ちゃんにダイビングスーツ一式を持ってこさせたんだって。


昼食は曜ちゃんのヨキソバ! 前より腕に磨きが掛かってて、みんな満足してた。

夜はダイビングで獲った魚や貝を使ったシーフードカレー。

星空の下で食べようってことになったんだけど、段々雲行きが怪しくなって来ちゃったから結局屋内で食べたんだ。

凄く不満げな人もいたけど、これはこれでアリなんじゃないかな、と思いますたー。

あ、今のは星空とすたーを……。

その後はみんなでお風呂!

鞠莉さんの用意してくれた大浴場、サウナや露天風呂もあってとっても気持ちよかったんだ~。

あとでホールに集まって前の合宿で出来なかった枕投げをするつもりだったんだけど、お風呂から上がったらほとんどみんな疲れて眠くなっちゃってた。

曜ちゃんも梨子ちゃんも取り合ってくれないし、花丸ちゃんたちも寝ちゃったみたい。

たまたま起きてたダイヤさんに声を掛けたんだけど、なんだかお話があるって、ちょっと怖い笑顔で果南ちゃんの部屋に行っちゃった。


そういえばルビィちゃん、最後までお風呂に入ってたような気がしたけど、大丈夫かなあ?

前にお風呂でしばらく寝ちゃったことがあるけど、あれって大変なことになるんだよね。

ルビィ「(うぅ……いつの間にかのぼせちゃった……)」

ルビィ「(早くお部屋に戻ろう……)」

ルビィ「(明日から練習だし、早く寝ないと……)」

ルビィ「(えーと、ルビィの部屋は……)」




ルビィ「……え?」

その夜、黒澤ルビィは忽然と姿を消した。

今回はここまで
1週間から2週間のゆっくりペースで更新していこうと思います

――――合宿2日目、午前6時。


曜「千歌ちゃーん」 コンコン

…………。

曜「千歌ちゃん、もう朝だよー」 コンコンコン

…………。

曜「(カギ掛かってない……) じゃあ失礼して」 ガチャリ

千歌「zzz……」

曜「千歌ちゃん、練習の時間だよー。起きてってばー」

千歌「あと10分……」

曜「遅れると一人だけ外でランニングすることになっちゃうけどいいの?」

千歌「えー……夜中から雨降ってるんじゃないの……」 モゾモゾ

曜「まだ小雨だよ。おはよう千歌ちゃん」

千歌「おはよー。他のみんなは?」

ガチャリ

梨子「おはよう、起きたのね」

千歌「おはよー……まだ眠い」

梨子「着替えたら1階に集らせるよう鞠莉さんに頼まれたから、早く来てね」

千歌「分かった」

――――1階。

鞠莉「じゃあ、試しに送るわね」

ピロリーン

善子「言われた通りにやってみなさい」

花丸「えっと……ここを押して、次はこのボタンを……」


From:マリー件名:どう?
メール開けたかな?


花丸「おお、開けたずら!」

善子「まったく……この年にもなってメールくらい出来るようになっておきなさいよ。ほら、これがヨハネのアドレス」

鞠莉「マリーのは今の送ったmailから登録するといいわ」

花丸「あどれすを、とうろく……?????」

善子「ダメだこりゃ……」

鞠莉「おや、ちかっちに曜! goodmorning♪」

曜「おはヨーソロー!」

千歌「おはよー、何してるの?」

善子「鞠莉さんと二人で、ずら丸にメールの開き方を教えてたのよ。何とか開けるようにはなったけど、アドレス登録させようとしたらご覧の有様」

花丸「善子ちゃん、全然分からないずら~!」

千歌「(花丸ちゃん、本当にケータイ苦手なんだね……) そういえば他のみんなは?」

鞠莉「梨子に起こしに行かせたから、すぐに集まるわ」

――――数分後。

ダイヤ「おはようございますわ……ふあぁ……」

果南「お、みんな居る。おはよー」

梨子「……」

千歌「おはよー」

梨子「ダイヤさん、自分の部屋にいないものだから変だと思ったけど、まさか果南さんの部屋で一緒に寝てたとは……」

千歌「そういえばダイヤさん、昨日果南ちゃんの部屋に行ってたね」

ダイヤ「ああ、それは……」

鞠莉「大方、ダイヤに隠れて私と果南で合宿のscheduleを組んだことに激おこプンプン丸。説教が終わったらすぐに寝ちゃった、ってところかな」

ダイヤ「うぐ……」

果南「概ね正解♪」

ダイヤ「……そういえば、ルビィの姿が見当たりませんが」

曜「梨子ちゃん、起こしに行ったんだよね?」

梨子「それが、全然起きてこないのよ。部屋にカギ掛けちゃってるみたいだし」

善子「まったく、寝ぼすけね」

鞠莉「じゃあ、みんなで部屋に行きましょうか。折角だし、窓から」

千歌「窓から?」

鞠莉「ルビィの部屋の上はマルの部屋でしょう? 上野ベランダからロープを垂らせば下に降りられるようになってるのよ」

ダイヤ「馬鹿なことを言ってないで、早くマスターキーを出しなさい」

鞠莉「それじゃあつまらないじゃない」

曜「でも、あのすぐ下は海だし……」

花丸「雨降ってるし、危険ずら」

鞠莉「むー……」

――――ルビィの部屋の前。

花丸「ルビィちゃーん。もうみんな起きてるずらよー」 コンコン

…………。

花丸「ルビィちゃーん?」 コンコンコン

…………。

ダイヤ「鞠莉さん、マスターキーを貸してください」 パシン

ガチャリ

バアン

ダイヤ「ルビィ、あなたいつまで――――?」

千歌「あれ?」

果南「居ない……?」


黒澤ルビィの部屋は、もぬけの空だった。

部屋の隅には、少し散らかった荷物。

机の上には、衣装等に関するメモが記されたノートと可愛らしい筆記具。

しかし、肝心のルビィの姿がどこにも見当たらないのだ。

その代わり、と言わんばかりに。

善子「な、な、なな何よこれ!?」


最後に部屋に入り、ドアを閉めた善子。

彼女の手の平は、真っ赤に染まっていた。

見ると、内側のドアノブにもそれはびっしりと付いている。

それが血液であることは、誰の目にも明らかであった。

善子「ドアノブに触って、なんかヌルってしたって思ったら……なんでこんなところに血が付いてるのよ!?」

花丸「まさか……ルビィちゃんに何かあったんじゃ」


ダイヤ「ありえませんわ。ルビィに限ってそんなこと……!」

果南「ダイヤ、落ち着きなよ」

ダイヤ「これはきっとタチの悪いイタズラですわ」

花丸「イタズラ……?」

ダイヤ「もし本当にルビィの身に何かあったのなら、足元にも血がしたたっていたはずです。ですが、この部屋にも外にも、血の跡はありましたか?」

曜「なかったよね、そんなもの」

千歌「それはそうだけど……」

ダイヤ「どの道この部屋を出る時に、私たちはそのドアノブに触ることになります。だからルビィはそれを見越して――」

善子「じゃあこの血は何だっていうのよ!? サビみたいな臭いするし、血以外考えられないわよ」

ダイヤ「……どうせ、昨日獲った魚でも使ったんでしょう」

鞠莉「それはないわ。昨日梨子と二人で血抜きしたけど、ちゃんと処分したわよ?」

梨子「私も水道に流したのは見ています。だから、ダイヤさんの言ってることにはちょっと無理が……」

ダイヤ「いいえ、イタズラに決まっていますわ。この合宿の少し前、私はルビィと一緒にバラエティ番組を見ていましたの。内容はちょうど芸能人へのドッキリ。きっとそれに影響されたに違いありません」

曜「そんな無茶な……」

ダイヤ「もしかしたら、ルビィ以外にもこのイタズラに協力した方がいるかも知れませんわね?」

果南「ダイヤ、その辺に……」

ダイヤ「では、ルビィはどこに行ったと言うんですの? クローゼットの中にも暖炉の中にも、ましてベッドの下にもいない。窓もご丁寧に鍵が掛かっている。どう考えてもこの部屋には居ないというのに、一体どこに?」

善子「いい加減にしなさいよ! あんた、自分の妹がそこまで信用ならないわけ?」

ダイヤ「…………」

花丸「ルビィちゃんは何があっても、こんな酷いことしないずら!」

鞠莉「ダイヤ、ルビィが心配なのは分かるよ? でも、本当にルビィの身に何かあったらどうするの?」

ダイヤ「分かっています。そんなこと、分かっています。ですが……」

千歌「ルビィちゃんだって、きっと朝ごはんになったらお腹をすかせてひょっこり出てくると思います。それまで不用意なことをいって、空気を悪くするのは……」

果南「そういうこと。これじゃぁランニングって雰囲気でもないし、とりあえずみんな朝食まで部屋で待機しようか。ダイヤもそれでいいね?」

ダイヤ「……ええ」

――――千歌の部屋。

曜「千歌ちゃんはどう思う?」

千歌「どうって、ルビィちゃんのこと?」

曜「うん。ルビィちゃん一人であんな物騒なイタズラなんて考えないだろうし、そもそもAqoursにこんなこと考える子なんていないと思うんだ」

千歌「だよね。……まさか、私たち以外に誰かこの島にいたりしないよね? ルビィちゃんはそれで」

曜「このまま何事もなくルビィちゃんが戻って来てくれればいいんだけど……」



「イヤァァァァァァァァァァァ!!!」



曜「今の……悲鳴?」

千歌「梨子ちゃんだ!」

――――午前7時頃、食堂。


千歌「どうしたの梨子ちゃん!」

梨子「あ、あれ……」

鞠莉「…………」


腰を抜かした梨子。震えながら立ち尽くす鞠莉。後ろから悲鳴を聞いて続々やって来る他のメンバーたち。

朝食係二人の視線の先には、外されたクロッシュと一つの皿。

その皿の上に盛られていたものは、今朝の食事などではなく。

ピンク色のシュシュを付けた、人間の右手首だった。

今回はここまで。

千歌「嘘、これって」

梨子「私、朝食、並べようとして……そうしたら、知らない皿が、蓋、開けたら、手、手が……」

曜「お、落ち着いて梨子ちゃん!」

花丸「一体何事ずら……ひっ!?」

善子「……う、おぇっ」

曜「二人とも見ちゃダメだ!」


果南「何かあったの!?」

ダイヤ「これは何の騒ぎですの?」

鞠莉「来ちゃダメ!」

果南「だって、凄いひめ……っ…!?」

ダイヤ「……ルビィ?」

ダイヤ「そのシュシュ、ルビィのものでは……」

ダイヤ「………………」 フラッ

果南「ダイヤ!」 ダキッ

花丸「ルビィ、ちゃん……?」

善子「こ、これホンモノの手なの!?」

花丸「……本物なわけないずら」

善子「ずら丸?」

花丸「でも、この手は、このシュシュは、ルビィちゃんの……」

花丸「もし本物なら、ルビィちゃんは……ルビィちゃんは……」

花丸「あ、ぁ、ぁあぁあああぁあああああああぁあああああ!!!!!!」 ダッ

善子「ちょっと、待ちなさい!」 ダッ

――――花丸の部屋の前。

千歌「ここにパン、袋に入れておくから、必要なら食べてね」

花丸『…………』

善子「ずっとあんな調子よ。鍵かけて閉じこもっちゃったし、励まそうにも、全く口を利いてくれないわ」

曜「仕方ないよ。あんなことが起きたばっかりだし……」

果南「マルちゃん、様子はどう?」

曜「部屋に閉じこもったっきりだって。ダイヤさんは?」

果南「気を失っただけだから、ダイヤの部屋のベッドで寝かせてる。今は鞠莉と梨子ちゃんがつきっきりだよ。私は頼まれてマルちゃんの様子を見に来た」

千歌「……そっか」

ピロリーン ピロリーン ピロリーン

千歌「!?」

果南「……メール?」

曜「みんなにも送られてきてるんだね。送り主は……ルビィちゃん!?」

花丸『……え?』

果南「これって……」

善子「……ずら丸、どうやら安心してもいいみたいよ」

花丸『どういうことずら』

善子「ルビィからのメール、届いて……ああ、まだアドレス教えてなかったわね」

カチャ ガチャリ

花丸「本当にルビィちゃんからのメール、なの?」

曜「アドレスは間違いなくルビィちゃんのものだね」

善子「ほら」

花丸「…………」

――――午前10時頃、ダイヤの部屋。

ダイヤ「……つまり、話をまとめると」

ダイヤ「朝、梨子さんと鞠莉さんは朝食を作るために厨房へ向かった」

鞠莉「その時点ではテーブルにあのお皿があったかどうかは分からないわ」

ダイヤ「そして朝食が完成、並べようとしたところで問題の皿に気が付いた」

梨子「置いた覚えがなかったし、鞠莉さんに聞いても知らないって返事だったから気になって開けてみたの」

ダイヤ「……そうしたら、ルビィの手が置かれていた」

ダイヤ「花丸さんは錯乱して部屋に鍵を掛けて閉じこもり、気を失った私は鞠莉さん、果南さん、梨子さんに看病されていた」

ダイヤ「そして果南さんが花丸さんの様子を見に行った頃、ルビィから皆さんに、勿論私にもメールが届いた」

曜「あ、花丸ちゃんはルビィちゃんにアドレスを教えてなかったから届いてないよ」

花丸「ずら」

ダイヤ「失礼。それで問題のメールが」



From:ルビィ
件名:これでいいんだよね?

言われた通りに食堂に置いて隠れたよ。
あの手、本物っぽくてちょっと気持ち悪いんだけど……本当に作り物なの?

ダイヤ「…………内容に関してはさておいて、千歌さんたちはルビィを探した」

善子「結局、何の手がかりも見つからなかったけどね。探してない場所も多いし」

果南「私と鞠莉はダイヤが起きるまでずっといた」

ダイヤ「それで、私が目を覚ましたから皆さんをここに集め、状況説明を受けて今に至る、ということですわね」

ダイヤ「一体何の冗談ですの?」

果南「冗談って言われてもねえ……」

梨子「多分、誰かとのメールをルビィちゃんが間違えてみんなに送信しちゃった、ってことなんだろうけど」

ダイヤ「そのくらいは私にも分かります! 裏を返せば、本当にあの馬鹿げたイタズラを仕掛けた協力者がこの中に居るということなのですよ?」

ダイヤ「作り物の手なんかを用意出来る人は限られて来ます。鞠莉さん、あなたでしょう?」

鞠莉「言うと思った。そりゃあお金を掛ければあれくらい本物そっくりの手を作ることは可能だけど、私がそんなことすると思う?」

ダイヤ「イタズラ好きなあなたのことですからね。何よりあなたなら、誰も知らない隠し部屋などにルビィを隠すことなど容易な筈です」

鞠莉「……ダイヤ、憶測だけで疑われちゃ流石に私も怒るよ?」

果南「それに、ダイヤがルビィちゃんの協力者だって可能性も否定は出来ないんだしね。なんで私が、は禁止。それはみんな同じだよ」

ダイヤ「っ…………」

善子「あのくらい、時間と道具があれば誰でも作れると思うわよ? 最近じゃハロウィングッズとして動き回る手首の玩具があるくらいだし。流石に吐き気がするけど」

千歌「……ダイヤさんの気持ちは凄く分かる。でも、これ以上みんなが喧嘩するのはダメだよ!」

ダイヤ「ですが、きっとどこかに隠れてる、きっとすぐに出てくる。きっときっとばかりで、ルビィ自身が姿を見せないじゃありませんか!」

ダイヤ「……ところで、ルビィから何か連絡は」

曜「探してる間、何度かメールや電話はやってみたけど……」

梨子「まだ何も返って来ないし、着信音もしなかったわね」

ダイヤ「そうですか……では、なるべく早くルビィを見つけてください」

花丸「ダイヤさんは探さないずら?」

ダイヤ「……正直、ここまでの話を聞いて頭が痛くなってきました。昼食も簡単なもので結構です」

――――倉庫。

善子「そっちは見つかったー?」

花丸「この辺だけ埃が取れて跡になってたから近くにいるかなーって思ったんだけど……」

善子「いないか。ずら丸、ルビィって隠れるの上手だったっけ?」

花丸「うーん……中学の頃、たまに隠れんぼしたことはあったけど、ルビィちゃんはいつもすぐ見つかったずら」

善子「やっぱりねえ。こりゃ本格的に、果南さんのダイバースーツ使って海に潜ったかも……」

花丸「……この天気じゃ、溺れちゃうずら」

善子「冗談よ冗談。それにしても、あと探してないのってみんなの部屋くらいじゃない?」

花丸「善子ちゃん、ルビィちゃんは本当に見つかるずら?」

善子「見つかるわよ。そうしたら、ダイヤさんがあの状態だし、ルビィへの説教は私たちでやっちゃいましょ」

花丸「……そうずらね」

――――4階、大浴場。

曜「鞠莉ちゃん、本当にルビィちゃんはこんなところにいるの?」

鞠莉「さあ? でも、さっき千歌っちから聞いた話なんだけど、ルビィは最後までお風呂に入ってたらしいから、探す価値はあるんじゃない?」

曜「そっか……。ねえ」

鞠莉「言いたいことは分かるけど、それは言わない方がいいよ」

曜「でも……」

千歌「あ、曜ちゃん鞠莉ちゃん」

梨子「ルビィちゃん、いた?」

曜「脱衣所や露天風呂の方も探したけどいなかったよ」

鞠莉「海岸の方はどう?」

梨子「もしかしたら船に隠れてるかも知れないって思ったけど……」

千歌「ダメだった。お陰で雨に濡れてびっしょりだよ~……」

鞠莉「Sorry。あとで何かサービスするわ」

曜「……思ったんだけどさ」

鞠莉「曜、だからそれは」

千歌、梨子「「?」」

曜「あれは本当にルビィちゃんからのメールなのかな」

鞠莉「曜!」

曜「だってそうだよ? 電話じゃなくてメール。誰かがルビィちゃんの携帯を使えば簡単に送れるんだ」

千歌「でも、みんなに間違って送信するなんて」

梨子「逆よ千歌ちゃん」

千歌「逆?」

曜「これはドッキリ、そう思わせるために、誰かがわざとドジなルビィちゃんを演出したかも知れないんだ」

曜「それに、誰もあの手には触らなかった。作り物かどうかは見た目だけじゃ判断出来ないし、ドアノブの血の出所もまだ分かってない。」

曜「……何だか嫌な予感がする」

梨子「予感、って」

鞠莉「もしこれがドッキリじゃないとしたら、犯人は嘘のメールを使って油断させようとしている。つまり」

千歌「まさか、まだ続くの……?」

曜「それに手首を切られたんだ。ルビィちゃんは……」



もう死んでいる可能性が高い。

残酷な答えは、誰も口に出来なかった。

――――正午前、食堂前

ダイヤ「……結局、ルビィは見つからなかったのですね」

果南「手分けして探してくれていたみたいだけど、ダメだったみたい」

ダイヤ「果南さんも私に構わず探せば良かったのでは?」

果南「流石にダイヤを一人には出来ないよ。特に今のダイヤはね」

ダイヤ「そうですか……」

ガチャリ

梨子「あ、ダイヤさん果南さん、もう昼食出来てますよー」

ダイヤ「どうも。私の席は……あそこですね」

鞠莉「軽めがいいって行ってたから、消化にいい果物だけね」

昼食は曜ちゃんと鞠莉ちゃんが作ったシャイ煮と、梨子ちゃんが準備したフルーツの盛り合わせ。

食べ終えたら今度はみんなの部屋をくまなく探そう。

食べながらそういう方針で決まったんだけれど……。


食堂の大時計が12時を指した、その時だった。


ヒュッ



どこからか、風を切るような音が聞こえてきた。



グジャリ



同時に、生々しい音も聞こえてきた。


「、ぁ゛……………?」

バタン



うめき声と同時に、人が倒れる音。

食堂はたちまちに悲鳴に包まれた。

ここまでの出来事は誰かが仕掛けたたちの悪いドッキリに過ぎない、そう思っていた私たちをあざ笑うかのように。


まるで、お楽しみはこれからだ、と言わんばかりに。


テーブルに突っ伏し、テーブルクロスに真っ赤な血の池を広げる津島善子の首筋に、背後からボウガンの矢が突き刺さっていたのだ。

今回はここまで。

――――1階、ホール。


千歌「(……善子ちゃんの死体は、善子ちゃんの部屋に運ばれた)」

千歌「(ダイヤさんと花丸ちゃんはパニックを起こしそうになって、今は果南ちゃんが必死に慰めている)」

千歌「これも……何かのドッキリなのかな」

梨子「でも、よっちゃんは……」

曜「ドッキリなんかじゃない。誰かが、私たちに危害を加えてるんだ」


鞠莉「……警察と病院、それからウチにも連絡してきた」

鞠莉「ハッキリと言うよ。嵐のせいで、島にはしばらく船もヘリも近寄れない」

梨子「そんな、じゃあ私たちは……」

曜「……この島に閉じ込められた」

鞠莉「本当にごめん。私がここに招待したせいで……」

千歌「鞠莉さんは悪くない。そんなこと言ったら……合宿の場所を提供できなかった私だって……」

曜「二人とも、ここで言ってもどうにもならないよ!」

果南「その通り。気持ちは分かるけれど、私たちだけでも無事に帰らないと」

梨子「果南さん、ダイヤさんたちの様子は……」

果南「二人とも何とか落ち着いた。今は私の部屋にいる」

曜「仕方ないよ。ただでさえルビィちゃんが大変なことになっているかも知れないのに、善子ちゃんまでああなったんだから……」

果南「その善子ちゃんの件なんだけどね。あれから矢が飛んできた方の棚を調べたら、案の定これが」


曜「(果南ちゃんが取り出したのは、タイマー仕掛けのボウガンだった)」

曜「(12時ちょうどになると、善子ちゃんの席めがけて矢が飛ぶように仕組まれていたらしい)」

鞠莉「…………」

鞠莉「とにかく。この島に誰も来れない以上、自分たちの身はどうにか守るしかない。そういうことでしょう?」

果南「うん。基本はカギをかけて部屋から出ないこと。集まるときや何かあったときもまず電話を使おう。そうすればある程度の安全は保障できる」

梨子「けど、マスターキーを使えば誰でも部屋に入れるんじゃ……」

曜「それは……この中で一番年上だし、鞠莉ちゃんか果南ちゃんに預けるのが一番だと思う」

千歌「でも、曜ちゃん……」

曜「?」

千歌「……やっぱりいいや」

曜「やっぱりって、どうしたのさ」

千歌「何でもない。私、先に部屋に戻ってる」 タッタッタッ


果南「……私たちも戻ろう」

――――曜の部屋。


曜「(千歌ちゃんの様子がおかしい)」

曜「(事態が事態とはいえ、それにしてもだ)」

曜「どうしよう……」


オーモーイーヨヒトツニナレー♪


曜「(……向こうから来ちゃったよ) もしもし千歌ちゃん?」

千歌『曜ちゃん、さっきはごめんね』

曜「大丈夫。千歌ちゃん……やっぱり責任感じてる?』

千歌『え?』

曜「スクールアイドルを始めたいって私たちを誘ったのに、こんなことになっちゃって」

千歌『……うん。Aqours、どうなっちゃうんだろうって』

曜「どうなっても、私は千歌ちゃんの決断に反対しないよ。私は千歌ちゃんの味方だから」

千歌『……うん。やっぱり言うよ、さっきのこと』


千歌『曜ちゃんはさ、私たちの中に犯人がいると思う?』

曜「善子ちゃんを殺したりする理由が分からないし、いないと信じたい。でも、やっぱりこの島にほかの誰かがいるとは思えないんだ」

千歌『……だよね。ほら、マスターキーをどうするかって話になったでしょ?』

千歌『誰が犯人なのか分からないのに、その鍵を誰か一人に預けて本当に大丈夫なのかなって』

千歌『私はみんなを信じなきゃいけないのに、そのみんなを疑っちゃった』

千歌『……酷いよね、私』

曜「そんなことない、千歌ちゃんは悪くないよ。とにかく助けが来るまでの辛抱だから、犯人探しは警察に任せよう」

千歌『そうだよね。……ありがと、曜ちゃん』

曜「…………ねえ、千歌ちゃん」

千歌『なに?』

曜「……今はいいや」

千歌『え~、教えてよ~』

曜「さっきのお返し~♪」

千歌『そんな~、曜ちゃんのケチ』

曜「あはは。少し元気になった」

千歌『むー……』

曜「じゃあ、切るね」

千歌『うん』 ピッ




曜「千歌ちゃん……」

――――午後2時前、倉庫。


果南「鞠莉、ダイヤたちを置いてこんなところに呼ぶなんてどういうつもり?」

鞠莉「その割には、全然私を警戒してないように見えるけど?」

果南「そりゃあね、鞠莉が犯人だとは思ってないし。そういう鞠莉だって、私を呼び出して大丈夫だったの?」

鞠莉「ダイヤたちはカギをかけるよう念押しして果南の部屋にいるんでしょう? だったら問題ないわ」

果南「そうじゃなくて。鞠莉だって私が犯人の可能性は……」

鞠莉「……私に疑われるほど、果南は怪しい行動をしたわけじゃないでしょう?」

果南「ありがとう。それで、用件は何なの?」

鞠莉「あのボウガンなんだけどね、ウチにあったものなんだ」

果南「ああ……なるほどね」

果南「(鞠莉の話をまとめるとこうだ)」

果南「(善子ちゃんを撃ったボウガン、あれは元々小原家の所有物だった)」

果南「(この島を開発するにあたり、害獣駆除のために用いたという。日本では法律で禁止されているけど、そのあたりをどうしたのかは鞠莉も知らない)」

果南「(問題はそのボウガンが倉庫から持ち出され、先の事件で使われたということだ)」

果南「(だから鞠莉は、他に倉庫から持ち出されたものはないか倉庫に調べに来たのだという)」

果南「(それが、これ以上犠牲を増やさないことに繋がると信じて)」

鞠莉「……間違いない。ロープと釣り糸がなくなってる」

果南「ロープは分かるけど、釣り糸って……」

鞠莉「ドアを開けると糸が引っ張られて何かが起こるように細工をするのに使われる。サスペンスなんかでよく見たわ」

果南「一応、みんなに気をつけるよう伝えた方がいいかもね」

鞠莉「そうね。流石に私も倉庫の中を全部把握してるワケじゃないから分からないけれど……一番気になるのは」


昼食のとき、花丸たちが言っていたことを思い出す。

「倉庫を探した時に、その一角だけ不自然に埃がなくなっていた」と。

鞠莉「確かここには……ペンキ缶が詰んであったはずだけど」

果南「……何に使うつもりなんだろう」

鞠莉「さっぱり分からないわね。 …………?」

果南「どうしたの?」

鞠莉「………いや、思い違いだったみたい。部屋に戻ろっか」

果南「そうだね。ダイヤとマルちゃん、待たせちゃ悪いし」

――――2階廊下、2人の部屋の前。

果南「じゃあ、夕飯前になったらみんな食堂に集合でいいかな」

鞠莉「OK♪ 連絡は任せたわ」 ガチャリ

果南「了解、鞠莉もマスターキーの管理、しっかりしてよ?」 ガチャリ

鞠莉「分かってる。じゃあまたあとで」 バタン

鞠莉「……」 ピッ

鞠莉「Hi♪ 急に電話しちゃって悪いけど…………今、時間あるよね? 梨子」

――――果南の部屋。


果南「ただいま」

花丸「……」

ダイヤ「……おかえりなさい」

果南「マルちゃん、寝ちゃってる?」

ダイヤ「……ええ。それで、何か手がかりは得られたのですか?」

果南「何とも言えない。少なくとも犯人はまだ誰かを狙っている、それだけは確実に言える」

ダイヤ「そうですか……。面目ない」

果南「ダイヤが謝ることなんてないよ」

ダイヤ「しかし、私とて年長者なのに、あの時は取り乱して、果南さんたちに負担を掛けてしまって……」

花丸「…ぃ、ちゃん………」

果南「!」

花丸「るびぃちゃん………よしこちゃん…………」

花丸「…………」 


ダイヤ「……花丸さん、ずっとうなされたままですの」

果南「みんなのためにも犯人は絶対に見つけ出す。けれど、今は生き残ることを優先しよう」

ダイヤ「……そうですわね」

花丸「(……本当はついさっき目が覚めたけれど)」

花丸「(迷惑かけたくないから、眠っていたいずら)」

花丸「(……どうしてこうなっちゃったんだろう)」

花丸「(ルビィちゃん……もう一度会いたいよ……)」

花丸「(善子ちゃん……どうして死んじゃったの……?)」

花丸「(前に本で読んだことがある)」

花丸「(大切な人との記憶は、声から順番に忘れていくんだって)」

花丸「(いつかマルも、二人の声を、顔を、そして何もかも思い出せなくなっちゃうのかな……)」

花丸「(そんなの、イヤだよ……)」

花丸「(ルビィちゃん、善子ちゃん……)」

――――午後5時半頃、千歌の部屋。


千歌「……」 ハァ

ドンドンドン

曜『千歌ちゃん、いる!?』

千歌「いるよー。勝手に出歩いて、部屋にいなくて大丈夫なの?」

曜『それが大変なんだ! 梨子ちゃんが……』

千歌「……え?」

カチャ ガチャリ

千歌「梨子ちゃんに何かあったの!?」

曜「……窓の外」

千歌「外って、ベランダしかないけど……っ!?」

窓を開ける。

深刻そうな顔をした曜ちゃんが「アレ」と示した先。

2階の、ちょうど空き部屋になっている筈のベランダ。

その手すりに、両手と首をロープでくくり付けられた人影。

格好を例えるならそう……世界史の授業で習った、十字架にかけられたキリストに近いのかも知れない。

吊るされていた桜内梨子は、胸から銀色のナイフを生やし、物言わぬ骸となっていたのだ。

――――空き部屋前。


千歌「どうしよう……やっぱり鍵が掛かってる」

曜「マスターキー……そうだ鞠莉ちゃん!」


ガチャリ

果南「どうしたの!?」 タッタッタッ

千歌「果南ちゃん! さっき――」

曜「……梨子ちゃんが、この部屋のベランダに」

果南「っ……分かった。鞠莉、緊急事態だよ、マスターキーを出して!」 コンコンコン



『…………』



果南「ちょっと鞠莉? あれ……鍵、開いて……!?」

千歌「そんな……」

曜「鞠莉ちゃんまで……」



広い部屋の大きなベッド。彼女は確かにそこにいた。

しかしその首は、あるべき場所になかった。

自らの生首を大事そうに抱え、小原鞠莉もまた、血まみれの死体となって発見されたのだ。

今回はここまで

――――午後7時頃、食堂。


「…………」

果南「(……誰も口を開こうとしない)」

果南「(当然だ。ルビィちゃんと善子ちゃんに加え、梨子ちゃんが、鞠莉も……)」

果南「(それだけじゃない)」

果南「(死体を見つけたあとも、散々だった)」



千歌『ねえ、マスターキーはどこに……』

果南『……そうだったね』

曜『机の上に2つあるけど……どっちだろう』

千歌『どっちも差せば分かるよそんなの! 早く行かないと、梨子ちゃんが……』

曜『果南ちゃんはどうするの?』

果南『……ごめん。二人だけで行ってきて』

曜『……分かった』

果南「(鞠莉が死んだことがショックだった)」

果南「(同時に、ダイヤたちにこれを説明できるのか)」

果南「(頭の中がグチャグチャになった)」

果南「(一旦心を落ち着かせようと、私はそのとき窓を開けた)」



果南『冷たっ……』

果南『(雨、いつになったらやむんだろ)』

果南『(……そういや梨子ちゃんは、隣のベランダって言ってたっけ)』

果南『(……行かないって言ったのに、結局見ちゃった)』

果南『……?』

果南『(首から何か伸びてる……?)』

果南『(それが部屋の方に向かって……)』


>『ドアを開けると糸が引っ張られて何かが起こるように細工をするのに使われる。サスペンスなんかでよく見たわ』


果南『!』

――――空き部屋前。

ガチャリ

千歌『開いた!』

曜『行くよ、千歌ちゃん』

千歌『……うん。あれ、このドアちょっと固い』 グッ

曜『壊れてるってことはないはずだけど……』


バァン

果南『待って、扉を開けちゃダメ!』

千歌『?』 ガチャリ

曜『あ、開いた……え?』

その時、三人の目にまず映ったものは、部屋を走る何本もの糸だった。

いずれもただ、部屋に踏み入れた者の行く手を阻むように張られている。

しかし、1本だけ。ドアノブからベランダへと向かうその糸だけは、そもそも色が違っていたのだ。


果南『(釣り糸じゃない……これ、金属……!?)』

千歌『あれ……梨子ちゃん、いない?』

果南『(え?)』

ベランダへと視線を向ける。

確かに、さっきまでそこにあった筈の梨子の姿がない。

転ばないよう、足元に気をつけながら部屋を進む三人。


千歌『さっきまでここに……、ヒッ』

千歌『いやあああああああああああああ!!!?』

曜『、梨子、ちゃん……』

果南『っ…………』

ベランダに落ちていた、ピアノ線の輪っか。

べったり付着した血と僅かな肉片。

それが何を意味するかは、言う間でもない。

桜内梨子は決して消えてなどいなかった。

首が取れ、わざわざ上から覗き込まないと死角になっていただけだったのだ。

果南「(梨子ちゃんを雨ざらしにするのは流石に可哀相だった)」

果南「(だから死体をひとまずその部屋に置いて、千歌たちを一旦部屋に戻らせた)」

果南「(荷物を持って、皆でひとつの部屋に集まるためだ)」

果南「(……けれど)」



――――二人が部屋に戻る途中。


千歌『なんで……なんで梨子ちゃんが……』 グスッ

曜『…………』


ピロリーン

千歌『メール……?』

曜『私あてだ……っ!?』

千歌『……どうしたの?』

From:梨子
件名:(空欄)
桜内梨子の部屋に来い
面白いものが見られるだろう


千歌『何なの、このメール……』

曜『犯人の罠かも知れない。……けれど、行くしかない』

千歌『……うん』

――――梨子の部屋。

曜『開けるよ』

千歌『……うん』

ガチャリ

飛び込んできた光景は、またしても地獄というほかなかった。

床一面にぶちまけられた真っ赤な血。転がるペンキ缶。

何より壁にペンキで描かれた、9文字の言葉。




『ミ ン ナ シ ン デ シ マ ウ』




一文字ずつ、Aqours各人の髪の色を示しているかのように。

赤、茶色、青、茶色、橙、赤、黄色、黒、青の順で。

ピロリーン

曜『またメール……』

千歌『今度は何なの……?』


From:梨子
件名:(空欄)

面白いものがあっただろう?
これはおまけだ

[添付ファイル]

曜『(嫌な予感がするけれど……)』 ピッ

千歌『ひっ……』

曜『やっぱり、か』



添付された写真は、どこで撮影されたものかは分からない。

しかし映されていたものは紛れもなく、右手だけを残して行方不明になっていた、黒澤ルビィの生首だったのだ。

果南「(その後、曜ちゃんから色々聞かされた)」

果南「(曜ちゃんの部屋からは気づくはずのない位置にあった梨子ちゃんの死体を見つけた理由も、メールだったこと)」


From:梨子
件名:(空欄)
ベランダから下を覗け
面白いものが見られるだろう


果南「(これが死体発見の直前、曜ちゃん宛てに届いたメールだ)」

果南「(何故犯人が曜ちゃんに宛てたのかは分からない)」

果南「(……ともかく荷物を持って来させて、今は5人揃って夕飯のために食堂にいる)」

果南「(ダイヤとマルちゃんには……ルビィちゃんのことはまだ話していない。千歌と曜ちゃんにも口止めさせた)」

果南「(これ以上、精神的負担を一度にかけたくはなかった)」

千歌「……私たち、みんな死んじゃうのかな」

千歌「この中の誰かに、殺されて」

果南「やめなさい千歌、そんな言い方……」

千歌「……一番怪しいの、果南ちゃんなんだよ?」


空気が凍りつく。

皆は無言のまま、疑問の視線だけを千歌へ向けた。

千歌「……果南ちゃんさ、あの金属糸のこと、黙ってたよね」

千歌「倉庫で調べ物をしたっていうメール、あれにそんなこと書いてなかったもん」

果南「あれは……鞠莉も倉庫の中は全部把握してるわけじゃないって」

千歌「本当に倉庫なんて調べたの?」

果南「調べた。現に、釣り糸とペンキが使われたでしょ?」

千歌「……倉庫に行ったことが本当だとしてもさ、鞠莉さんは部屋に帰れたのかな」

果南「私が殺したとでも言いたげだね」

千歌「だってそうでしょ? 果南ちゃんなら鞠莉さんを簡単に呼び出せるし、鞠莉ちゃんはマスターキーを持ってたんだからそれを奪って梨子ちゃんの部屋にも侵入できた」

千歌「そして梨子ちゃんを殺して、あんな仕掛けを作ったんだ!」

ダイヤ「……先ほどから黙っていれば」

ダイヤ「お言葉ですが千歌さん、確かにあなたの話は一見筋が通っています」

ダイヤ「ですが、果南さんは外出から戻ってきたあと、ずっと私と花丸さんに付き添ってくれていたのですよ」

花丸「……」 コクリ

ダイヤ「そんな果南さんに、様々な細工を施せるとでも?」

千歌「でも……」

曜「それに、昨日の夜にダイヤさんが果南ちゃんの部屋に遊びに行ったって言ってたのは千歌ちゃん自身じゃないか」

千歌「そ、それは……」

果南「気持ちは分かるけど千歌、少し落ち着いた方がいい」

曜「みんなを信じなきゃいけないって言ったのだって千歌ちゃん自身だよ? 千歌ちゃん……何かヘンだよ?」

千歌「分かってる……分かってるよ……」

千歌「でも……じゃあ一体誰が犯人なの……」

千歌「たった一日二日で、こんなことになっちゃったんだよ……?」

千歌「やっぱり死ぬんだ……みんな、みんなこの島で……!」 ダッ


曜「ちょっと、千歌ちゃん!?」 ダッ

果南「単独行動はダメって言ったでしょ!?」 ダッ

ダイヤ「……花丸さん、私たちも追いますよ」

花丸「……分かったずら」

――――千歌の部屋。


曜「千歌ちゃん、開けて!」 ドンドン

ダイヤ「……そっとしておくのが懸命だと思いますわ」

曜「でも……」

果南「マスターキーは今、千歌が持ってるのよね?」

曜「あれから、ずっと……」

果南「ならいいの。千歌、聞こえてるよね?」

果南「私たちはすぐ隣、曜ちゃんの部屋にみんなでいるから」

果南「来たくなったらこっちに来て。千歌の荷物もこっちに置いて待ってる」

果南「10時になったら一度迎えに行くけど、どうしても来たくないなら絶対に朝まで部屋から出ないこと。いいね?」

千歌『……わかった』

曜「千歌ちゃん……」

ダイヤ「私たちは、曜さんの部屋にお邪魔するということでいいんですね?」

果南「そういうこと。じゃあ、食堂に荷物を取りに戻ろう」

花丸「…………」

――――午後10時、曜の部屋。


ダイヤ「……千歌さん、来ませんわね」

果南「そろそろ時間だし、迎えに行こっか」



果南「千歌、迎えに来たよ」 コンコンコン

…………。

果南「千歌、せめて何か返事をして」

…………。

曜「寝てるのかな……」

果南「千歌ならあり得るけど……っ」 ガチャリ

果南「鍵が掛かってない!?」

ダイヤ「まさか、今度は千歌さんまで!?」


バァン


高海千歌は、テーブルに突っ伏し眠っていた。

一見するとただの睡眠だったのだが。

ダイヤ「何ですの、このパッケージは……?」

果南「貸してダイヤ。……これ、睡眠薬!?」

曜「しかも、結構な量……まさか」

曜「千歌ちゃん? しっかりして千歌ちゃん!?」


千歌「…………」


曜「そんな、千歌ちゃんまで……」

千歌「…………」

千歌「…………」

千歌「…………ぅ」


果南「大丈夫、まだ生きてる!」

曜「生きてる……よかった……千歌ちゃん……」

――――午後11時頃、曜の部屋。


千歌「無理、これ以上、飲めない……」

果南「ダメよ千歌。睡眠薬の飲みすぎは、本当は病院に行って胃洗浄しないといけないんだから」

果南「今は島から出られないんだから、せめてその水は全部飲みなさい」

千歌「でも、2リットルのペットボトル5本って……」

果南「病院だと2、30リットルをホースで流し込むの。10リットルは温情だよ?」

千歌「うぅ……」

曜「でも、本当に良かった。千歌ちゃんがあのまま目を覚まさなかったらって思うと、私、私……」

千歌「うん……ごめんね、曜ちゃん」

千歌「それと果南ちゃん、さっきは疑ったりしてごめん」

果南「いいの、もう気にしてないから」

ダイヤ「それにしても、睡眠薬なんて何処から……」

千歌「……1階の救護室に、置いてたんだ」

果南「まさか、勝手に部屋を出て取りに行ったっていうの?」

千歌「……ごめん」

果南「……」 ハァ

果南「とにかく、全部飲み干すこと。いいね?」

曜「そういえば、ベッドはどうするの? 3人しか使えないけど……」

果南「千歌の部屋から掛け布団は持ってきたから、私と誰か1人がそれを床に敷いて寝る。それでいいかな」

曜「分かった」

千歌「……うん」

ダイヤ「異論なしですわ」

花丸「……」 コクリ


相談の結果、千歌、曜、花丸がベッドで、果南、ダイヤが床で寝ることとなった。




果南「じゃあ、電気消すよー」 オヤスミー

果南「(……ダイヤは空元気が顕著になっているし、逆にマルちゃんはほとんど喋らなくなった。その上、千歌は自殺を図るまで追い詰められている)」

果南「(これ以上、犠牲を出したくない)」

果南「(けれど分からない。何もかも)」

果南「(まず動機だ。私たちを殺す動機が、少なくともメンバー内には見当たらない)」

果南「(外部犯がこの島にいると考えるのが自然だ)」

果南「(死体を切断したり、ケータイを奪ってメールを送ったり、ペンキで壁に変なことを書いたり)」

果南「(言い方は悪いけど、精神異常者に狙われているって考えた方が気楽)」

果南「(その場合、鍵をかけて、マスターキーもこの部屋にある以上、この部屋は朝まで安全ということになる)」

果南「(でも、もし私たちの中に犯人がいたら?)」

果南「(…………)」

果南「(…………まさか)」

果南「(“そんなこと”って、可能なのかな)」

果南「(だとしたら、ある程度説明はつく。犯人は……犯人は…………)」

果南「(ダメだ、眠い。少しだけスマホにメモを残して……)」

果南「…………」

zzz

――――翌朝。

「イヤアアアアアアアアアアアア!!!!?」

「!?」


耳を劈くような悲鳴で目を覚ました一同。

悲鳴をあげる黒澤ダイヤの横で眠る松浦果南。

彼女だけが、悲鳴の中でも目を覚まさない。

それもその筈。彼女こそが、ダイヤの悲鳴の原因。

心臓を包丁で一突きにされ、5人目の犠牲者になっていたのだから。

今回はここまで

ダイヤ「かな、さ…………」

花丸「…………」

曜「一体何人殺せば気が済むんだ……」


千歌「……あれ、果南ちゃん、何か握ってる」

ダイヤ「ルビィの、ケータイ……?」

曜「何で果南ちゃんが……」

携帯電話を開けると、ディスプレイに表示されたのはメモ帳だった。

『遺書』と銘打たれたそれは、『私、松浦果南がこれまでの殺人を行い、最後は皆に気づかれないよう睡眠薬を皆に飲ませ、自殺した』――

そういった筋書きの文章だけが、書き連ねられていた。

千歌「じゃあ、これで終わったの……?」

ダイヤ「果南さんが犯人で、自殺を……」

曜「……違う、終わってない。こんなのふざけてる!」

曜「どうやって殺したのかはともかく、動機も何も書いてない。ただ罪をなすり付けたいだけの嘘っぱちじゃないか!」

曜「騙されちゃダメだ、まだ犯人は生きている。きっと今も心の底で笑っているんだ」

ダイヤ「そんな……」

曜「犯人は恐ろしく頭がいい。本当にみんなを殺すつもりなのかも知れない」

曜「とにかく、雨がやむまではここでじっとしていよう。救助が来ればあとはどうにかなる」

千歌「でも、朝ご飯食べてないし……」

曜「じゃあ、その時はみんな一緒に食堂に行こう。ここにはまだ水が残っているし、幸い食堂にパンがある」

曜「ダイヤさんと花丸ちゃんも、それで問題ない?」

ダイヤ「え、ええ……」

花丸「…………」 コクリ

――――引き続き曜の部屋。


曜「(……誰なんだ)」

曜「(みんなケータイをいじったりぼーっとしたりしているけれど、この中に犯人がいる)」

曜「(認めたくないけれど、絶対に外部犯じゃない)」

曜「(例えば善子ちゃんの時。あの時テーブルは幾つかあったけれど、私たちは一番奥のテーブルにいた)」

曜「(善子ちゃんを狙ったとしても無差別だったとしても、あのテーブルにいなければボウガンは不発になる)」

曜「(私たちが一昨日の夜にもそのテーブルを使ったことを、犯人は知っていたんだ)」

曜「(次に鞠莉ちゃんと梨子ちゃんの時。わざわざ死体を空き部屋まで運んだのは何故?)」

曜「(他の誰かの部屋に間違えて入る可能性もあるのに、空き部屋をきっちり当てたんだ)」

曜「(私あてのメールだってそう。私がAqoursのメンバーだってことを知っていなければメールは空振りになる)」

曜「(何より、タイミングが完璧すぎるんだ)」

曜「(……外から来た人が、ここまで出来るとは思えない)」

曜「……?」

曜「(……果南ちゃんのケータイから、メール?)」

曜「(送信は昨日の23時15分……全然気づかなかった)」

曜「(……あれ?)」

曜「ねえ千歌ちゃん」

千歌「?」

曜「昨日っていつ消灯したか覚えてる?」

千歌「電気? えーと……11時くらいだったと思うよ」

曜「だよね。ありがと」

曜「(……やっぱりそうだ。この時間ならメールに気づいてもおかしくない筈なのに)」

曜「(とりあえずメールを確認しよう)」

ピッ


曜「(…………え?)」

――――およそ20分後。


曜「そうか……そういうことだったんだ!」 ガタッ

ダイヤ「どうしたんですの?」

曜「犯人が……分かったかも知れない」

花丸「……本当ずら?」

曜「うん。どうしても解けない部分があるけれど、大体の仕掛けは分かった」

千歌「それじゃあ……!」

曜「とにかく、食堂に朝食を取りに行こう。食べてからここで私の推理を話す」




???「…………」

――――食堂。


千歌「のっぽパンがあったけど……これでいい?」

曜「問題ないよ。じゃあ部屋に戻ろうか」



曜「――――と言いたいところなんだけど」

曜「みんな席について。昨日の昼と同じ席だよ」

千歌「え……?」

曜「あの部屋にはまだ、犯人が仕掛けた罠が残っているかも知れないんだ」

花丸「……どういうことずら?」

曜「睡眠薬だよ」

ダイヤ「睡眠薬!? まさか……」

曜「そう……昨日の夜、千歌ちゃんが自殺しようとして、飲んだもの」

千歌「え、あの睡眠薬が……?」

花丸「犯人も持ってたってことずら?」

ダイヤ「では、千歌さんの部屋から誰かがくすねて……?」

曜「……違うよ」

曜「犯人は千歌ちゃんの部屋から睡眠薬を持って行く必要なんてなかったんだ」





曜「――――だってあのとき千歌ちゃんは、睡眠薬を飲んでなんかいなかったんだから」

曜「そうだよね、千歌ちゃん」

千歌「曜ちゃん、何言ってるの……?」

千歌「もしかして、私を犯人だって思ってるの……?」

千歌「なんで……なんで私がみんなを殺さなきゃいけないのさ!」

曜「……昨日の夕食、果南ちゃんを疑って、ここ(食堂)を飛び出して、部屋に閉じこもったよね」

曜「そのとき千歌ちゃんは、睡眠薬のカプセルをパッケージから出して、ポケットの中に入れておいたんだ」

曜「あとは寝たフリをして、私たちが部屋に来るのを待つ」

曜「もしかしたら、寝たフリがバレることを考えてわざと1錠は飲んだのかも知れないけれど」

花丸「あれが、演技……?」

千歌「…………」

曜「私の部屋に来たら、みんなの飲み物にこっそり睡眠薬を混ぜればいい」

曜「いや、あのとき果南ちゃんが持ってきたペットボトルがあったんだから、その中に入れてしまえば良かったんだ」

曜「事実、私たちは多かれ少なかれあの水を口にした」

千歌「……でも」

千歌「でもさ、私はあのお水をいっぱい飲まされたんだよ?」

千歌「みんなを眠らせて、そのあとで果南ちゃんを殺したって言いたいのかも知れないけど、私だって睡眠薬を飲んじゃうよ!?」

千歌「私が犯人だって言い張るのなら、ちゃんと説明できるんだよね?」

曜「それなら大丈夫、順を追って話すよ」

曜「まずルビィちゃんがいなくなった事件。あれは一昨日の夜中にいなくなったのは間違いないと思う」

曜「でも、これに関しては手がかりもなくて、あのメールで私たちは騙されそうになった」

ダイヤ「……あのルビィを騙ったメールのことですわね?」

曜「うん。けれど昼食、善子ちゃんがボウガンで殺された」

花丸「っ……」

曜「詳しくは後で話すけれど、このとき犯人は無差別じゃなくて、善子ちゃんを狙って殺したんだ」

ダイヤ「善子さんを狙って……?」

千歌「…………」

曜「ドッキリじゃないことがハッキリとして、みんなが危機感を持つようになった」

曜「凶器は倉庫から持ち出された、それに気づいた鞠莉ちゃんと果南ちゃんは倉庫に向かった」

曜「推測だけど、ここで重要なのは、鞠莉ちゃんを倉庫に向かわせることだった」

花丸「鞠莉さんを……?」

曜「多分、倉庫にわざと犯人の手がかりを残してたんだと思う」

曜「それに気づけば、鞠莉ちゃんなら必ず接触を図ってくる……そこを狙ったんだ」

ダイヤ「ちょっと待ってください。あの時果南さんも一緒にいた筈ですが、もし果南さんも気づいた場合は……」

曜「……それは分からない」

曜「けれど、何かがあって鞠莉ちゃんだけが接触した。そして殺したんだ」

千歌「何それ、欠陥推理じゃん」

千歌「まさか、憶測だけで私を犯人扱いしてるの?」

千歌「もしそうだって言うなら、私だって怒るよ?」

曜「大丈夫。大体の仕掛けは分かった、そう言ったよね」

千歌「……」

千歌「……分かった、そこまで言うなら続けてよ」

曜「うん、聞かせてあげるよ。私の推理」

今回はここまで。 続きは近日中に。

曜「……続けるよ。鞠莉ちゃんが殺されたことを知らないまま、夕方になって私にメールが届いた」

曜「ベランダから下を覗けって、梨子ちゃんのケータイからね」

曜「そうしたら、空き部屋のベランダに梨子ちゃんの死体が吊るされていた」

千歌「……曜ちゃん、血相を変えて私を呼びに来たよね」

曜「うん。そのあと鞠莉ちゃんの部屋にマスターキーを取りに行ったら、鞠莉ちゃんが死んでいた」

曜「マスターキーを見つけて空き部屋の扉を開けたら、梨子ちゃんの首が消えていた」

曜「首が飛ぶように、細工がしてあったんだ」

千歌「……そうだね、でもさあ曜ちゃん」

千歌「果南ちゃんから部屋に荷物を取りに行くように言われて、その途中でメールが来たよね」

曜「桜内梨子の部屋に来い、だよね」

千歌「そのとき曜ちゃんも隣にいたけど、私はケータイに触ってなんかいなかったよね? メールを送るタイミングなんてなかった筈だよ」

曜「勿論、千歌ちゃんには出来る筈がなかった」

千歌「ほら、やっぱり欠陥推理じゃん。犯人がメールを送ったのに、曜ちゃんが疑っている私はメールしてない」

ダイヤ「……矛盾してますわね」

曜「矛盾なんかしてないよ」

千歌「……?」

曜「千歌ちゃんは犯人だ。でも千歌ちゃんはメールしてないから犯人にはなり得ない」

曜「そうじゃないんだ」

曜「間違っているのは、“犯人が千歌ちゃん一人だけ”っていう思い込みの方だよ」

千歌「…………!」

曜「ここで、善子ちゃんを殺したことが活きてくる」

花丸「……善子ちゃんが、なんで?」

曜「千歌ちゃん、梨子ちゃんの部屋が今どうなってるか言えるよね?」

千歌「……床にいっぱいの血と、ペンキで壁に、『ミンナシンデシマウ』って」

曜「梨子ちゃんの死体はどこにあったか」

千歌「……ベランダに」

曜「じゃあ、そのあと死体はどうなった?」

千歌「……首が取れて、多分、海に落ちた」

曜「じゃあもしあの死体が、“梨子ちゃんじゃなかった”としたら?」

千歌「っ!?」

ダイヤ「それじゃあ、まさか……」

曜「――――あれは梨子ちゃんの死体なんかじゃない」

曜「髪の色をペンキで赤く変えただけの、善子ちゃんの死体だったんだよ!」

花丸「じゃあ、梨子さんはまだ……」

曜「そう。まだ生きて、この島のどこかにいるんだ……!」

千歌「…………」

曜「誰も梨子ちゃんの死体を近くでは見てない」

曜「上のフロアから、或いは隣の部屋のベランダから」

曜「当然だよね。雨が降っている中、ロープもなしにベランダを飛び移ったり飛び降りたりはしない」

曜「Aqoursの中で、善子ちゃんと梨子ちゃんは体格が似ている」

曜「髪のお団子をほどいて、赤いペンキで染めてしまえばそれでいい」

曜「梨子ちゃんが死んだと思わせて、首を海に落としてしまえば隠蔽は完成だ」

曜「今から思えばあの部屋のペンキ文字も、善子ちゃんの髪を染めたことへのカモフラージュだったのかも知れないね」

千歌「……じ、じゃあ、善子ちゃんはどうやって殺したっていうの!?」

千歌「あのボウガン、タイマーで仕掛けられていたんだよね!?」

ダイヤ「確かに……円形のテーブルでしたし、誰がどこに座るかまでは予測出来ませんわ」

曜「……その謎も解けてるよ」

千歌「!?」

曜「昨日の昼間、梨子ちゃんは昼食にある細工をした」

花丸「細工……?」

曜「覚えてる? 昨日の昼食は、私と鞠莉ちゃんが作ったシャイ煮、それから梨子ちゃんが準備した果物の盛り合わせだった」


曜「花丸ちゃん、確か善子ちゃんは苦手な果物があったよね?」

花丸「……うん。幼稚園の頃からミカンが吐きそうなくらい無理だって言ってて、何でかは分からないけど」

花丸「あ、でもイチゴは大好きずらよ? この前だって鞠莉さんたちが作ったイチゴのケーキを……あっ」

曜「そう。ひとつだけミカンが入っていなくて、イチゴが多めの皿を用意する」

曜「そうすれば、自然と善子ちゃんはその席を選ぶんだ」

曜「矢が飛んでくる、死刑台にね」

曜「何なら善子ちゃんの部屋に行って、確認すればいい」

曜「きっと善子ちゃんの死体はなくなっている筈だからね」

曜「だからさ、千歌ちゃん。今手元に善子ちゃんの部屋の鍵はないし」

曜「マスターキーを出してよ」

千歌「――――!」

曜「出せる筈がないよね」

曜「鞠莉ちゃんを殺した時に、本物のマスターキーは梨子ちゃんが持っていったんだから」

曜「千歌ちゃんが空き部屋を開けたのも、本当はマスターキーじゃなくて空き部屋の鍵」

曜「梨子ちゃんはマスターキーで私の部屋を開けて、昨日の夜に果南ちゃんを殺したんだ」

千歌「…………」

千歌「…………」 ハァ


パチパチパチパチ


曜「!?」

千歌「凄いね、曜ちゃん」 

千歌「パーフェクトじゃないけれど、ほとんど正解」

千歌「あーあ、バレないと思ったんだけどなー」

ダイヤ「千歌さんが……!」

花丸「ルビィちゃんを……善子ちゃんを……」

花丸「なんで! なんでこんなことをしたずら!」

花丸「ルビィちゃんはどこにいるずら!」

千歌「……つかみ掛られても困るなあ」

千歌「果南ちゃんに口止めされてたけど、ルビィちゃん、とっくに死んでるし」

花丸「……え」





ヒュッ

昨日も聞いたような、風を切る音。



ドスリ、と、昨日とは違う音。




花丸「ぁ、が…………」




ドサッ

高海千歌に掴み掛かる国木田花丸の手から、力が抜けてゆく。

やがて倒れた彼女の背中には、ボウガンの矢が刺さっていた。

もう一人の親友が死んでいたという事実を突きつけられ、絶望に満ちた顔をして。






「――――ルビィちゃんの生首写真をわざわざ送りつけたのは、ただの演出だけじゃない」

「鞠莉さんの首が切断された死体とルビィちゃんの生首の間に挟むことで、私の偽装死体の不自然さを思考の隅に追いやる目的もあったのよ」

「流石にそこまでは分からなかったようだけど、死体偽装トリックまで解けていたなら、私を見つけ出すのが先だった……そう思わない?」



梨子「曜ちゃん」

いつからいたのか。

数メートル先、食堂の入り口。

右手にボウガン、左手にナイフの出で立ちで、桜内梨子が立っていたのだ。

今回はここまで。

ダイヤ「花丸さん!? 花丸さん!?」 ユサユサ

花丸「…………」


曜「梨子、ちゃん……」 キッ

梨子「安心して、さっきの矢で終わりだから」 ポイッ

曜「そうじゃない……」

千歌「もともと矢は一本しかなかったからねー。善子ちゃんを殺した矢で花丸ちゃんも死ぬんだ」

千歌「いいでしょ、友達同士」

曜「そうじゃないでしょ!?」

曜「なんでみんなを殺したのさ!」

梨子「……」

千歌「分からない?」

曜「分からないよ! 私たちは二人に何か悪いことをしたの? 殺される理由があったの!?」


千歌「……そっか」 

千歌「普通はそうだよね」 ダッ

曜「千歌ちゃん!」

千歌ちゃんは梨子ちゃんと一緒に、食堂から出て行ってしまった。

私はダイヤさんと一緒に、二人を追う。


見失うと、二人は少し姿を見せて、私たちが気づくとまた逃げる。

まるでどこかへ誘われているような気がしたが、この際そんなことは関係なかった。

ただ、二人を捕まえて、なんでみんなを殺したのか……動機が知りたかった。

――――海岸。


ダイヤ「居ましたわ、船の方!」

曜「船……?」

ダイヤ「曜さん?」

曜「(何だろう……。何か、何かを忘れているような……)」

曜「(……いや、行けば分かるか)」

千歌ちゃんたちは、私たちに見えるように船室へ入っていった。

一応の護身用に、キッチンから包丁をもらって来ている。

私たちもドアを開けて、船室に入った。



千歌「いらっしゃい、曜ちゃん……それとダイヤさん」

曜「――――!」

一緒に船室にいるはずの梨子ちゃんが見当たらない。

けれど、私たちが一番目を疑ったのはそこではなかった。


ダイヤ「千歌さん。あなた、どこに……いや、誰に座ってるのです?」


ダイヤさんの声が、静かで、それでいて激しい怒気を含む。

だって千歌ちゃんは、ルビィちゃんの死体の上に胡坐をかいて座っていたのだから。

曜「……そっか。千歌ちゃんと梨子ちゃんが手を組んでたなら、ルビィちゃんはここにいるって考えるのが自然だったんだね」

千歌「ぴんぽーん。共犯関係っていうのかな、あれをあまり知られないようにほとんどのやり取りはメールや電話だったしね」

ダイヤ「……千歌さん、せめてルビィから離れてください」

千歌「でもあのとき、ルビィちゃんをみんなで探そうってなったときだけは、私と梨子ちゃんは一緒に行動した」

ダイヤ「千歌さん!」


――――ギィ。

曜「(扉の閉まる音……まさか!) ダイヤさん危ない!」

ダイヤ「――――え?」


千歌「そして、私は知っちゃったんだよね」

梨子「……ごめんなさい」 グサッ

ダイヤ「ぐ、…………」

曜「ダイヤさん!」


梨子ちゃんは、ドアの後ろ――ちょうど死角になる場所に隠れていた。

あっという間にダイヤさんをナイフで一突き。

包丁を構えた私の腕にも傷をつけ、私は思わずそれを落としてしまった。

千歌「これで邪魔はいなくなったね。ありがとう梨子ちゃん」

梨子「……ええ」

千歌「それじゃあ曜ちゃん、一緒に来てよ」

曜「…………」


私は、仕方なく二人に従った。

――――船尾。


千歌「やっと3人になれたね」

千歌「なんでみんなを殺したか……だったよね」

曜「…………」


千歌「その前に、なんで私たちが犯人だって分かったの?」

千歌「これ、聞いておくのすっかり忘れてたから」

曜「……果南ちゃんの残してくれたメールだよ」

千歌「メール?」

曜「『りこちゃんはよしこちゃん』ってね。最初はまるで意味が分からなかったけれど、しばらくして気づいた」

曜「多分、睡眠薬に耐えながら必死で打ったんだと思う」

千歌「それだけ? それじゃあ梨子ちゃんが犯人だってことには気づけても、私にはたどり着けないじゃん」

曜「……果南ちゃんがあの状況下で、私にメールを送ってきたからだよ」

曜「普通ならあの場で、千歌ちゃんにメールを送ってもおかしくはなかった」

曜「けれど果南ちゃんのメールは私あてだった」

梨子「だから千歌ちゃんも犯人なんじゃないか、って考えたのね」

曜「……うん。そう考えると、辻褄が合うような気がして」


千歌「…………」 プクククク

曜「何がおかしいのさ」

千歌「あっははははははははは!」

千歌「な~んだ、ほとんど果南ちゃんのお手柄だったんだね」

千歌「念のために果南ちゃんのケータイを捨てさせたけれど、それじゃダメだったんだ」

千歌「でも残念だなあ。やっぱり曜ちゃんには勝てないんだ、って思ってたのに」

千歌「私、もう曜ちゃんに勝っちゃってたんだ」

曜「……?」

千歌「曜ちゃんは幾つか大きな勘違いをしてる」

千歌「まず最初に、曜ちゃんは私と梨子ちゃん、どっちかがルビィちゃんを殺したと思ってる」

千歌「違うよ」

曜「……え?」

梨子「言い訳するようで見苦しいけどね」

梨子「ルビィちゃんの死は、事故だったの」

曜「どういうことさ……?」

梨子「浦の星に転入する前、私がピアノを弾けなくなっていた、って話……曜ちゃんも知ってるよね」

曜「知ってる。けど、それとルビィちゃんとは何も……」

千歌「関係あるよ。黙って“梨子ちゃん”の話を聞いてあげて」

曜「っ……」

梨子「音ノ木坂にいた頃、私はピアノをずっとやっていた」

梨子「けれど、コンクールでプレッシャーに耐えられなくなって、失敗した」

梨子「そのあとしばらく、私の内面はどうしようもなく荒れていたの」

梨子「……最初は小さな虫だった」

梨子「ふとした拍子に踏み潰しちゃってね。でも、それがどうしようもなく気持ちよかった」

梨子「それが段々、野良猫やその辺の鳥をいじめるようになっていった」

梨子「夜中に徘徊して野良犬をいじめていたときだったかな……近くを通りかかった警官にバレそうになっちゃって」

梨子「それで、このままじゃダメだ、いつか取り返しのつかないことになる。そう思った“私”は、別の趣味を探した」

梨子「同人誌を漁って、そっちの妄想に勤しむことにしたの」

梨子「でも、ダメだった」

梨子「衝動を抑えられなくて、ある日クラスメートに大怪我を負わせちゃってね」

梨子「幸い私が犯人だってことは誰にも気づかれなかったけれど、“私”は自分のしたことが怖くなった」

梨子「私の中にもう一人、歪んだ“桜内梨子”がいる。“私”はそれがどうしても怖かった」

梨子「だから、全てを忘れてリセットするために、両親に無理を言って転校したの」

曜「そんなことが……」

曜「でも、ルビィちゃんとは何の関係が……?」

千歌「言ったでしょ? 事故だったって」



――――1日目、夜。


ルビィ『……え?』


ドン ドダダッ

ドサッ


ルビィ『、……』

――――数分後。


梨子『(……眠れない)』 ガチャリ

梨子『(何かヘンな物音がするし……)』

梨子『(……誰も起きて来ないわね)』

梨子『……?』

梨子『ルビィ、ちゃん?』

タッタッタッ

梨子『ルビィちゃん、どうしたの!?』

ルビィ『り……こ、さ…………』

梨子『……っ』

梨子「こっち(内浦)に来てからは、“桜内梨子”は表に出なくなっていた」

梨子「しばらくして、音ノ木坂にもう一度顔を出せるくらいにはマシになった」

梨子「多分、千歌ちゃんやみんなと出会えたお陰……“私”はそう思いたい」

梨子「でも、あのルビィちゃんを見た時、私は……!」

曜「だったら……」

曜「だったら、どうしてその時点で誰かを起こしたり、病院に連絡したりしなかったのさ!」

曜「まだ間に合ったかも知れないのに!」

梨子「無理よ!」

梨子「ルビィちゃん、首がありえない方向に曲がってた……。どう考えても助かる筈なんてないのに、苦しんでた……」

梨子「……気づいたら、ルビィちゃんは動かなくなっていて、私はルビィちゃんの首に手をかけていた」

梨子「あとは“桜内梨子”が演出を施したのか、それともルビィちゃんが階段から落ちて死んだなんてことにしたくなかったのか」

梨子「正直、“私”には分からない」

梨子「ただ、手首を見たとき……あの時の悲鳴は演技じゃなかった。それだけは間違いない」

曜「……そういうことだったんだね」

曜「じゃあ梨子ちゃん。“梨子ちゃん”として答えてくれるかな」

曜「……どうして千歌ちゃんを巻き込んだの?」

曜「なんで他のみんなまで殺す必要があったの!?」

千歌「……違うよ、曜ちゃん」

曜「千歌ちゃん、今は梨子ちゃんに……」

千歌「梨子ちゃんが答える必要はないよ」

千歌「私がみんなを殺すようにお願いしたんだから」

今回はここまで。続きは近日中に。

曜「何を言ってるのさ、千歌ちゃん……」

曜「千歌ちゃんが、みんなを殺すように……?」

千歌「そうだよ、曜ちゃん」

千歌「善子ちゃんはミカンが食べられなかったから殺すのも簡単だったし、鞠莉ちゃんは……梨子ちゃんが倉庫に何か落としたみたいでさ」

千歌「あれは本当にただのトラブルだったんだけど、果南ちゃんが一緒に梨子ちゃんの部屋に来なかったのはラッキーだったって思ってる」

千歌「でも、そろそろバレちゃうかなーってことで、“桜内梨子”ちゃんが用意していた仕掛けで梨子ちゃんを死んだことにしたんだ」

千歌「そうそう、花丸ちゃんやダイヤさんだって、本当は別の殺し方を考えていたんだよ?」

千歌「けど、その前に曜ちゃんが解いちゃったから――」

曜「違う、私が聞いているのはそんなことじゃない!」

曜「千歌ちゃん、おかしいよ……」

曜「なんだか千歌ちゃん、露骨に話題を逸らして、殺した理由を話すことを避けているんじゃないかって思えてくるんだ」

曜「そのはずなのに、花丸ちゃんやダイヤさんを邪魔者扱いして、『やっと3人になれたね』だなんて」

曜「ねえ、本当にどうしちゃったの……?」

千歌「……そういうところはすぐ気づくんだね」

曜「……?」

千歌「傷つくかもしれないよ?」

曜「……大丈夫」

千歌「……本当に?」

曜「うん」

そう答えると、千歌ちゃんは大きく息を吐いた。

そして、今にも泣き出してしまいそうな笑顔でこう言った。


千歌「私だって、本当はこんなことしたくなかったよ」

千歌「“桜内梨子”ちゃんのことはね、梨子ちゃんの家がお隣さんだってことを知ったときに少しだけ聞いてた」

千歌「昔のことはもう気にしなくていい、って私は言った」

千歌「もっとちゃんと聞いたのは、ピアノコンクールの日程が予備予選と被ったってことを知ったときだったかな」

千歌「トラウマを克服してちゃんとピアノを弾ければ、“桜内梨子”ちゃんは梨子ちゃんの中からいなくなるかもって、背中を押した」

千歌「そう信じてたし、実際に梨子ちゃんもコンクールで賞を取れた」

千歌「だから昨日の朝、“桜内梨子”ちゃんがまだ消えていなかったことを知ってさ」

千歌「ルビィちゃんのことは不幸な事故としか言いようがないし、誰が悪いとかそんなことは考えなかったよ」

千歌「でも、泣いてる梨子ちゃんの顔を見て、私はどうすればいいか分からなくなった」

千歌「だって、また私には何も出来ないのか、って思っちゃったんだもの」

曜「『また』……?」

千歌「……うん、また」

千歌「地区予選の少し前、作詞担当を花丸ちゃんに譲ったでしょ?」

千歌「勿論、私のスピードがあまりにも遅いってことは分かっていたし、MIRAI TICKETはとっても良い曲だったと思う」

曜「あれは……千歌ちゃんが気にすることじゃないよ!」

曜「それに千歌ちゃんだって、それまでにいっぱい良い曲を作ってきたじゃないか!」

千歌「……そう、かもね。でも、それだけじゃない」

千歌「梨子ちゃんがコンクールで東京にいる間、曜ちゃん、色々悩んでたよね。覚えてる?」

千歌「ほら、夜中に自転車で曜ちゃんちに行った時の」

曜「……あったね、そんなことも」

千歌「あれ、さ」

千歌「曜ちゃんの様子がおかしかったこと、私全然気づかなかった」

千歌「果南ちゃんに教えられて、ようやく気づいたの」

曜「……え」

千歌「一からダンスの振り付けを作り直すことだって、ヒントは果南ちゃんから教えられた」

千歌「私一人じゃ、どうにかしてあげなきゃ、とは思ってもその答えにたどり着けなかったんだ」

曜「そんな……」

千歌「極めつけは……やっぱり、合宿の場所かな」

千歌「本当はね、この休日、ウチに大事なお客さんなんて来てないんだ」

千歌「前にやった合宿のあと、結局いっぱい怒られちゃってさ」

千歌「お客さんからクレームが来たんだって」

千歌「また怒られるのは嫌だったし、けどそんな理由で断るわけにもいかなかった」

千歌「だから、嘘ついちゃったんだ」

千歌「ダイヤさんの家とか淡島ホテルとか、そういうところに変更になればいいなって」

千歌「……その結果がこれなんだ」

千歌「私ひとりじゃ、何も出来ない」

千歌「それどころか余計なことをして、取り返しのつかないことになっちゃった」

千歌「逃げたかった。何もかも放り投げて、どこか遠くに行きたかった」

千歌「でも……『曜ちゃんと一緒に何かをやりたい』って……『今度はやめない』って……」

千歌「まるで呪いにかかったみたいに、逃げられなかった!」

千歌「だから、みんなを殺すしかなかったの!」

千歌「そうすれば、私はまた逃げられる。またやめることが出来る」

千歌「“桜内梨子”ちゃんも、いっぱい殺して、それで今度こそ満足していなくなるかも知れない」

千歌「……なのに、それなのに!」


グサッ




千歌「――――ぃ゛?」

千歌ちゃんは、「なんで?」といった顔をしていた。

そのお腹には、梨子ちゃんの持っていたナイフ。

今、それを持っているのは……私。

“梨子ちゃん”から、こっそり渡されたものだ。

当の梨子ちゃんは……無言で頷いていた。

曜「もういい、いいんだよ、千歌ちゃん」

千歌「よう、ちゃん……」

曜「ごめんね、私がもっと早くに気づいてあげられたら」

千歌「ちが……、ようちゃんの、せいじゃ」

曜「昨日の電話、さ」

曜「あのときはまだ、犯人だってことを隠さなきゃいけなかったんだろうけど」

曜「あれは……千歌ちゃんなりのSOSだったんだよね?」

千歌「…………あはは」

千歌「やっぱり、かなわないなあ……」

――――船べり。


今、この船は海の上だ。

私と梨子ちゃんで、虫の息の千歌ちゃんを支えている。

両隣にいてくれた6人は……もういない。

梨子「……本当にいいの?」

曜「梨子ちゃんだって」

千歌「…………」


けれどもこれは、千歌ちゃんからの最後のお願いだ。

梨子「じゃあ」

曜「せー、のっ!」





三つの水柱が、海に立った。

(できれば、やめたくなかったなあ……)

(むこうの世界にいけば、みんなとまた、踊れるのかな……)


夢見る少女が最期に考えたことは、そんなこと。

それは、とっても輝いていて、とっても儚いユメ。

観客いっぱいの大きなドームのステージに9人が立つ、そんなユメ。

一人の少女に続いて、みんなが笑顔で叫んだ。




『Aqours~……サンシャイーン!!』

終わりです 遅筆拙作失礼しました
レスありがとうございます

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2016年11月13日 (日) 23:22:58   ID: zaDJ0a3S

早く投稿頼みます!

2 :  SS好きの774さん   2016年11月23日 (水) 23:49:47   ID: Q2mn54xJ

あくあでのサスペンス物は珍しいな

3 :  SS好きの774さん   2016年12月03日 (土) 19:11:18   ID: 148H8N4V

犯人誰なんだろう

4 :  SS好きの774さん   2017年01月12日 (木) 23:08:50   ID: isv4T9xS

いよいよクライマックスですね
結末が楽しみで仕方ないです
早く投稿お願いします!

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