天の原ふりさけ見れば春日なる... (46)
前スレ。
http://ex14.vip2ch.com/i/responce.html?bbs=news4ssnip&dat=1437281255
投下は明日になります。このまま延ばしすぎてしまいそうな気がしましたのでスレ立てだけしておきます。
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1475476143
ありがとうございます。スマホでそのままやっていたのを失念していました。
キ105は陸軍機なのです…
>>4 それは承知していますよ。ですが零式輸送機の存在を知ったのが遅かったのもあって、このままでいいかな・・・と思い訂正しませんでした。それはちょっととなれば、脳内変換をお願い致します。
一一二五。横須賀軍港。
たった今追浜海軍航空基地からキ105が飛び立った。
峰山防空基地に待機する舞鶴鎮守府所属の技士達が艦娘全員の擬装を持ってそれに搭乗してやってくることになっている。
提督「さて」
先程から艦娘達と協議の上図上演習にて航路などを決定していた。
提督「南鳥島の襲撃時間は恐らく明るくなったらになるはずだから、五時半ごろと見ておくべきか」
それに間に合わせたいなら・・・。
提督「飛行機に増槽をつけて、1250kmは飛んでもらうとすれば空母には600~700kmほど進んでもらうだけでいい。一応は間に合いそうだな」
先程まで襲撃時刻に間に合わないのではないかと心配していたから安堵する。
提督「増槽をすべて使いきれば空母への帰還はできないだろう。南鳥島についても格納庫には空きがないだろうから、滑走路待機命令を出しておくように。滑走路待機でも入り切らなければもう野原にでも行っていてもらうしかないが・・・」
赤城「その点はこちらで対応します」
提督「よし、頼んだ」
提督「それで部隊編成だが、南鳥島への援軍機を派遣するのは赤城と加賀の二隻のみだ」
隼鷹「ええっ、うちらの出番はなしかい?」
提督「まぁ待て」
提督「先に空母機動部隊の行程を説明する」
海図上に空母と駆逐艦を模した置物で輪形陣を作る。
提督「白露型全艦が随伴しつつ、赤城、加賀が最大戦速で650km航行の後、全機発艦。そしたら空母起動部隊はその地点に待機、白露達駆逐艦は対潜警戒を最大にして後続の速吸の到着を待つように。空母は燃料がまだあるだろうが、駆逐艦はそうもいかないだろうからな」
五月雨「水上警戒はしないんですね?」
提督「大方の水上艦は司令所に集結しているだろう。心配は潜水艦だけでいい」
五月雨「了解です」
提督「後続の速吸には名取、長良、暁型、秋月が続く。速吸には全艦の補給を担当してもらう」
速吸「え”」
提督「必要なのは燃料だけだ。真水とかそういう一切は持ってこなくていい」
速吸「速吸も行くんですか・・・?」
提督「あ?」
速吸「行きます・・・」
提督「戦艦とかの大型艦は最大戦速で南鳥島までいっても燃料は余っているだろうから、それほど心配はしなくてもいいだろう」
提督「それと空母機動部隊指揮は五月雨に一任するから、心しておくように」
五月雨「提督は来ないんですか?」
提督「舞鶴もないってのに、泳いでいくのか?」
五月雨「そ、そうでした・・・」
提督「残る部隊だが、扶桑型の全速25ノットに合わせて南鳥島と司令拠点と思われる地点の中間あたりまで急速南下。重火力部隊だから足が遅い為におよそ到達するまでに40時間はかかるだろうけど、敵による水上打撃部隊の到着には間に合うだろう」
扶桑「・・・40時間もかけて間に合いますか?」
提督「擬装到着予定時間は午後三時。出撃準備に三十分。赤城、加賀が出港、艦載機が南鳥島につくのに十三時間。この時点で十四時間半経過で、時刻で言うなら〇四三〇。戦闘開始が大体一時間後。第一波、第二波が来るとすれば戦闘終了は三時間後程度だろう。これで十七時間三十分経過。敵はそれも想定しているだろうから敵の水上打撃部隊到着はそれから四時間程度・・・」
場が静まり返る。
提督「五月雨、南鳥島にいった輸送船に航空魚雷とかがあったかわかるか?」
五月雨「かなりの量が送り込まれていたはずです。戦闘機と攻撃機を増派する計画が拒否されるとは思わず、当然のように先に送った、と」
その言葉で一瞬皆の前に展望が開けたようにも思えたが、提督は浮かない顔をしていた。
水上打撃部隊が必要なのは、相手に防空棲姫がいる可能性が2000%近くあるからなのに。
約400機を一瞬で蹴散らすほどの火力を持つ相手と戦うには水上打撃しかないのだ。
提督「・・・」
全ては楽観し続けた俺の責任である。
このままいけば、南鳥島という本土上空防衛、敵地偵察において重要な役割を果たす基地にいる熟練の工員、操縦士総計3000名近くが玉砕することになる。
考えなければ、彼らを救わなければ。
考えろ。
舞鶴で撹乱するか?
馬鹿が、さっきも言ったじゃないか、舞鶴は間に合わない。
最大射程で相手を圧倒するか?
200kmもの射程を誇る主砲なんて艦載で聞いたこともない。
考えろ。何か手がある。
新鮮な空気を吸おうと、無言で倉庫を出る。
提督「・・・・」
護衛艦のミサイル攻撃でどうにかできたりはしないものだろうか。
だが聞いた限り攻撃用のミサイルを搭載していることはないから、これはだめか。
加賀の空母を打撃部隊に招き入れて、電波欺瞞をするというのはどうだろうか。一定の効果を望めるかもしれない。
・・・それは散布しにいく味方機の安否を度外視している。海上の風速もわからないからうまくいくかも判断できない。これは加賀が許すはずがないし、提督も許せるはずがない。
もっと奇策を練られないか。こう単純な作戦では意味がない。
看破されれば終わる作戦ではだめだ。第二、第三の作戦も平行して考えなければならない。
提督について来た五月雨が提督の顔を不安げに覗きこむ中、提督は一人考えに耽っている。
提督「・・・時間が無さすぎる」
艤装が届けばすぐに出なければならないのだから、兵器の改造とかそういう路線は全て却下するしかない。
・・・何かないか。
この状況を打破するようなそんな魔法のような作戦が。
提督「南鳥島への攻撃が不発に終わったとわかれば、第二次攻撃が水上打撃に切り替わってすぐに応援が駆けつけるのは目に見えている。俺だってそうするんだから」
時間がない、・・・どう考えても、飛行機を使うしかない。
思考回路は完全に一本道に入ってしまった。
一本道に入らされてしまった。
大損害を考慮しなければならないのか。時間がない以上飛行機で撃破を目論むしかないから、被害は推して余りある・・・。
赤城のあの顔を軽空母の連中にもさせなければならないのか。
なんとか飛行機の出番を最小にとどめたい。
ただ敵を挑発するだけでいい。
引き付けるだけでいいのだが・・・。
いくら考えても妙案は浮かばない。
五月雨「て、提督」
五月雨がくいと袖を引っ張るが、提督は気づかない。
提督「・・・」
五月雨「提督!」
提督「なに、どうした?」
五月雨がいたことにやっと気づいたみたいな顔をして、提督が呼び掛けに応えた。
五月雨「あれを使うというのはどうでしょうか」
提督「あれって?」
こっちを見上げる五月雨と目が合うが、何のことをいっているのか全くわからない。
五月雨「あれです、あれ!」
五月雨が袖をつかんでいない方の手で何かを指していたのに気づいて、提督もそちらを見る。
提督「・・・」
知らず、口の端が持ち上がった。
時間経過。横須賀軍港埠頭。護衛艦ありあけ前。
降りてきた艦長を呼び止め、緊急に護衛艦が必要である理由を説明する。
隣で五月雨が提督の手を握り、目で訴えかけるように艦長を見つめる。
終始真面目に聞いてくれていた艦長は、提督が話し終わるとそれきり黙ってしまった。
しばらくして、口を開く。
艦長「危険が伴うのでは?」
提督「・・・否定できません」
艦長「それに行軍距離を考慮すればできる限り重さも排除せねばならんですから、自衛の弾薬量が乏しくなってしまいます」
立て続けに艦長の口から否定的な意見が出たことで、これは脈なしかと判断し、提督が別れようと口を開けかけたところで、
艦長「しかし、危険危険といって、仲間を見捨てるのは人としてあるまじき行いでしょうね」
提督「・・・?」
艦長「わかりました。行きます。ですが、さすがに自衛手段が少ないのでは不安ですから、そちらからも何か出してくれませんか」
提督「直掩戦闘機を十五機つけます」
艦長「・・・・・・補給してくるから待っていてください」
敬礼して、艦長がその場から立ち去っていくのを提督と五月雨が見送る。
駄目かと思ったら了承された。
二人とも呆けたままだったが、先に我に帰ったのは提督の方が先だった。
提督「うし、作戦会議の続きをしよう」
五月雨「はいっ」
移動。横須賀軍港倉庫内。
どうやら護衛艦は補給のために寄港しただけのことらしい。
何をしていたのかと聞いたら定期的な試運転みたいなものだとはぐらかされてしまった。
何はともあれ艦長も同席しての作戦会議再開である。
提督「先ほどの説明の復習も兼ねて、もう一度一から説明し直そう。少し手直しも入るかもしれないからよく聞いておいてくれ」
提督「赤城、加賀、白露、夕立、村雨、時雨、春雨の空母機動部隊は装備が整い次第輪形陣を組み直ちに抜錨。最大戦速で方位1-3-5へ航行。650km走行完了と判断した所で増槽をつけた烈風を全機南鳥島に向けて発艦」
提督「その後はその場で待機。機関はいつでも巡航速度を出せるように吹かしつつ、後続の速吸の到着を待っていろ」
提督「当の速吸率いる補給艦隊は、速吸、名取、長良、五月雨、涼風、暁、響、雷、電、秋月。空母機動部隊の出港を追いかける形で単縦陣を組み巡航速度にて航行、途中空母機動部隊に出くわしたら直ちに洋上補給を行うように」
提督「水上打撃部隊は、護衛艦ありあけに登場し目的地まで移動。着き次第扶桑、山城、ビスマルク、加古、古鷹、飛鷹、隼鷹、大鳳は空母を後ろに複縦陣、戦艦がその前に傘上に展開」
扶桑「・・・わ、わかりました」
突然のことに驚きつつも、扶桑は了解する。
しかし疑問は当然あった。
扶桑「護衛艦に乗って行ったとして、まず、その護衛艦の帰還はどうなさるんですか?燃料の問題、という意味ですけど」
提督「確かギリギリ帰られるんでしたよね?」
艦長「ええ、ギリギリ」
提督「そういうわけだ」
扶桑「次に、目標地点というのはどこでしょうか?護衛艦の皆さんが危険に晒されては元も子もありません。それに、護衛艦の速度でも間に合うのでしょうか?」
提督「それは今から説明するところだ」
扶桑「申し訳ありません。お願いします」
提督「護衛艦ありあけには横須賀軍港を出港して1250kmの行程を航行してもらう。それだけ走ったところで扶桑達が艤装をつけたうえで船から降り、本格的な作戦行動に入ってもらおうと思っている」
扶桑「はい」
提督「ここからが大事なところだ。さすがにその後の600kmを最大戦速で航行しても間に合わないのだから、飛鷹、隼鷹、大鳳には敵を引き付けるという大役を買って出てもらわなくてはならない。烈風や彗星とかの混合編隊で敵を陽動し、うまく水上打撃部隊との打ち合いにもつれ込ませたいんだ」
飛鷹「陽動、ね」
大鳳「具体的な計画はどのような?」
提督「お前らも知っている通り、さすがに防空棲姫がいる手前急降下爆撃はさせない」
飛鷹「当たり前よ。初めて防空棲姫と戦ったときのこと、忘れるわけないわ」
提督「だから、水平爆撃をしてもらうことになる」
大鳳「・・・水平爆撃、ですか?」
提督「水上打撃部隊に入る空母が持つ制空戦闘機は最低限必要な量に抑えて、残りの彗星の翼下に250kg爆弾を吊るし、数撃ちゃ当たる戦法で敵に脅威が存在すると思わせてやりたいんだ」
飛鷹「それでうまくいくの?あの時のことを考えると、到底上手くいくはと思えないけど?」
提督「きっといく。レイテ沖海戦でわずかな機しかもたない空母部隊が、戦艦連中の殴り込みを助けるためにその手をとったことがあって、成功した事例がある。人間とあいつらを同じにしていいのかはわからんけど」
提督の言い分にため息をついて飛鷹が言う。
飛鷹「うまくいくって、そっちの話じゃない。被害の話をしてるのよ。最大高度を飛んでも被害は免れないわよね?」
提督「それは・・・」
嫌だと言われれば説得を試みなければならない。
そっと身構えかけたところで、飛鷹が続けて口を開いた。
飛鷹「・・・いいわよ。やるわ。でも爆弾を落としたらすぐに帰らせるから」
こんな所で嫌だなんて言ったら、赤城さんに顔を合わせられないもの、と付け加える。
提督「その点はそっちに完全に任せる。落とすだけ落としてくれれば脇目も振らずに全速で引いてくれ」
飛鷹「隼鷹と大鳳も、いい?」
隼鷹「戦争に犠牲はつきものだかんね。あたしらが手厚く追悼してやればいいのさ」
大鳳「犠牲前提ですよね、それ・・・。でも、皆さんの為というなら躊躇ってはいられませんから。どんとこい、です!」
大鳳が胸に手を置いて言い切った。
だが、今度はビスマルクから質問が上がる。
ビスマルク「ねぇ、600kmぐらいを運んでもらっても、敵の襲撃に間に合うのって大分ギリギリじゃない?それに、もう目標間近なのにこっちが水平爆撃って、陽動してるって主張してるようなものじゃない」
提督「その点に関してはもう手は打ってある」
ビスマルク「どんな?」
提督「金剛がまだあっちに残ってる」
加賀「・・・まさか、提督、本気でそんな事を考えているんですか?」
提督「前回の作戦失敗時から、金剛には何も連絡が行っていない。岩崎司令官が言うには、金剛はまだ作戦が実行に移されたと思っていないのではないかということらしい」
五月雨「いくらなんでもそれは・・・、金剛さんには作戦実行の日時も伝えてあるんですよね?」
提督「岩崎司令官は、不測の事態で作戦が延期される可能性もあると、そう話したと言っていた」
ビスマルク「少し不確定すぎないかしら。本当に信じていいのね?」
提督「金剛を信じてやってくれ。俺にはそれしか言えない」
不確定要素が作戦に織り込まれた娘とに、その場にいる全員が黙り込んだ。
それから数分して、扶桑が重そうながら口を開いた。
扶桑「・・・わかりました。金剛さんを信じて全力で取りかかります」
すまん、と一言いってから、提督が手を叩いて、
提督「それじゃあ、これで決まりだ。作戦完了条件は敵勢力の殲滅。全力をあげてかかってくれ」
皆が首を縦に振る。
提督「作戦名は天日作戦。天照大神様と日本を守るための作戦にふさわしい名前だな」
五月雨「神様を私たちが守るって、とんでもなく罰当たりな発言な気がすると思うんですけど」
提督「天照大神様は女性なんだぜ。男が守ってやらなくてどうする」
五月雨「戦うの私達なんですけど!」
不満げに膨らんでいる五月雨の頬を押し潰して、さらに五月雨の不興を買いながら、作戦の目処がたったことで安堵していた時だった。
倉庫の扉が開いて、誰かが入ってきたのだ。
その人影に最初に気づいたのは、提督を睨み付けていた五月雨だった。
五月雨「・・・大和さん、どうかされたんですか?それに、っ」
武蔵「うちの提督にいけといわれたからな。私達も同行する」
大和型、長門型の計四名がその場に立っていた。
提督「どんな風の吹き回しがあればこんなことする気になるんだ」
当に鬼に金棒。鬼というほど舞鶴が強いのかは別として。
というか元帥さんが姿を見せないのは何故だろうか。
自分から声をかけにいってしまおうかと思ったところ、表情から疑問を察したのか武蔵がつかつかと提督の元に寄ってきた。
武蔵「彼は顔を出したくないそうだ。理由はわからんが」
そりゃどういうことだと聞き返そうとして、武蔵が再び言う。
武蔵「それと、大和のことは安心していい。彼女のことは既に彼女の口から聞いたからな」
提督「そうか・・・、それなら余計な心配をせずにすみそうだ」
五月雨「ちょっと、提督を口説かないでください」
提督「お前耳ついてる?どこが口説き文句だったと思う?」
武蔵「久しぶりだなぁ五月雨。元気にしてたか?」
五月雨「提督騙されないでください。武蔵さんは呼吸するように男を口説く話題に持っていく人なんです。誘惑に負けちゃダメです」
武蔵「にしても提督、あ、うちの提督じゃなくて龍花提督のことだが、髪が白いなぁ。親近感を覚える」
五月雨に忠告は功を奏さず、既に武蔵は口説きの取っ掛かりを掴んだ後だった。
五月雨「駄目ですよ、提督は渡しませんよ!」
武蔵「いいだろ?一日だけだよ、一日だけ」
提督が暫し考え込む振りをした後で言った。
提督「俺は枕が変わると寝られないから無理だな」
寝台列車で眠りこけてた奴がよく言うよとその場にいた舞鶴勢が思う。
武蔵「む、そうか・・・」
五月雨「そ、そうです、だから提督は渡せませんよ!」
武蔵「いや、大丈夫だぞ提督。枕なら最高のものがある。世の男でこれで安眠できないやつはいない」
提督「胡散臭いな・・・。どんなやつなんだ?」
武蔵「ずばり」
ぐいと提督の頭をつかんで耳を口許に引き寄せ、
武蔵「私の胸だ」
息がかかる距離で武蔵が呟いた。
武蔵はとんでもない痴れ者だった。
というか女性の胸を枕にして眠る構図というのは滑稽な気がする。
武蔵がまだ提督の頭をつかんだまま離す気がないようなので、バッと提督は慌てて武蔵から体を離す。
五月雨「ちょっと武蔵さん!?何を言ったんですか、提督、提督!何を言われたんですか!」
提督「大変魅力的な提案だが・・・、辞退させてもらう」
武蔵「そうか・・・・、残念だが仕方あるまい。こうなったら実力行使でいくしか「そこら辺にしておけ」
長門「場にそぐわない話をするんじゃない。武蔵」
長門が後ろから肩を掴んで提督から遠ざける。
長門「うちのものが無礼をした。後で言って聞かせる」
提督「ん、あ、ああ、大丈夫だ。これぐらいのことでどうこうするつもりはない」
五月雨「提督、何を言われたんですかぁっ」
五月雨が涙目になっていた。
提督「違う、本当に大したことじゃない!お前が心配するようなことは言われてないよ!」
五月雨「私は何を言われたのかを聞いてるんです!答えてください!」
陸奥「あら、五月雨ちゃん?元気にしてたの?舞鶴の提督に随分ご執心なのね?」
提督へなお食い下がろうとする五月雨へ今度は陸奥が絡んできた。
五月雨「陸奥さんまで!駄目です、今は提督と大事なお話をしてるんですから、いくら陸奥さんでも邪魔は駄目ですよ!ね、提督、さっき何を話してたのか」
教えてくださいと陸奥から視線を戻すと、そこに提督の姿はなかった。
五月雨「あれ、提督?」
提督はどこかとさっと探してみると、部屋の隅で大和と話している所だった。
五月雨「もう・・・」
諦念の混じった視線で見つめられていることに気づかず、提督は大和と話をし始めた。
近づいた提督に気づいた大和が提督に話しかけた形である。
大和「私が来るとは思いませんでしたか?」
提督「来てもおかしくはないと思ってはいたが、俺はお前の参加を許した伊藤元帥の真意を問い質したいところだ」
大和「一度は裏切った仲ですもんね」
提督「その話を軽々しく持ち出してくる辺り、不信感は募る一方だなんだが・・・」
大和「なら、私を艦隊の一番後ろに置いてくれてもいいですよ。殿として信頼されるような活躍をします」
提督「そこで俺がおおそりゃすごい!とかいって許すとでも思ってる辺り深海棲艦と似たような頭空っぽ野郎だ。殿なんて任せるわけないだろう。お前は一番前で頑張ってくれ」
大和「一番前ですか?」
提督「いや・・・、やめておこう。普通に武蔵の隣でいいな。そこが一番安心できる」
大和「結構用心深いんですね」
提督「そりゃそうだろ」
武蔵がまだ提督の頭をつかんだまま離す気がないようなので、バッと提督は慌てて武蔵から体を離す。
五月雨「ちょっと武蔵さん!?何を言ったんですか、提督、提督!何を言われたんですか!」
提督「大変魅力的な提案だが・・・、辞退させてもらう」
武蔵「そうか・・・・、残念だが仕方あるまい。こうなったら実力行使でいくしか「そこら辺にしておけ」
長門「場にそぐわない話をするんじゃない。武蔵」
長門が後ろから肩を掴んで提督から遠ざける。
長門「うちのものが無礼をした。後で言って聞かせる」
提督「ん、あ、ああ、大丈夫だ。これぐらいのことでどうこうするつもりはない」
五月雨「提督、何を言われたんですかぁっ」
五月雨が涙目になっていた。
提督「違う、本当に大したことじゃない!お前が心配するようなことは言われてないよ!」
五月雨「私は何を言われたのかを聞いてるんです!答えてください!」
陸奥「あら、五月雨ちゃん?元気にしてたの?舞鶴の提督に随分ご執心なのね?」
提督へなお食い下がろうとする五月雨へ今度は陸奥が絡んできた。
五月雨「陸奥さんまで!駄目です、今は提督と大事なお話をしてるんですから、いくら陸奥さんでも邪魔は駄目ですよ!ね、提督、さっき何を話してたのか」
教えてくださいと陸奥から視線を戻すと、そこに提督の姿はなかった。
五月雨「あれ、提督?」
提督はどこかとさっと探してみると、部屋の隅で大和と話している所だった。
五月雨「もう・・・」
諦念の混じった視線で見つめられていることに気づかず、提督は大和と話をし始めた。
近づいた提督に気づいた大和が提督に話しかけた形である。
大和「私が来るとは思いませんでしたか?」
提督「来てもおかしくはないと思ってはいたが、俺はお前の参加を許した伊藤元帥の真意を問い質したいところだ」
大和「一度は裏切った仲ですもんね」
提督「その話を軽々しく持ち出してくる辺り、不信感は募る一方だなんだが・・・」
大和「なら、私を艦隊の一番後ろに置いてくれてもいいですよ。殿として信頼されるような活躍をします」
提督「そこで俺がおおそりゃすごい!とかいって許すとでも思ってる辺り深海棲艦と似たような頭空っぽ野郎だ。殿なんて任せるわけないだろう。お前は一番前で頑張ってくれ」
大和「一番前ですか?」
提督「いや・・・、やめておこう。普通に武蔵の隣でいいな。そこが一番安心できる」
大和「結構用心深いんですね」
提督「そりゃそうだろ」
大和「その前に、そんなに私の場所コロコロ変えてもいいんですか?」
提督「戦艦組は艦隊の一番前で傘状に艦隊を覆ってもらう形でいくから編成もそこまで難しくはないからな」
大和「そうなんですか」
提督「変な気を起こさないでくれよ。作戦が中止になるような事は特に」
大和「しませんよ。武蔵も長門も陸奥もいるんですから」
提督「それならいいんだ。あと数時間したら出る、準備しとけよ」
提督はそうとだけ言って、背を向けてその場から立ち去っていく。
彼は大和に対して敵意を隠そうともしない。
今の会話でも、落ち着いて話してるように見えて目は味方を見るそれではなかった。
その彼の背中を見る大和の顔には、らしくもなく似合いもしない後悔の情が垣間見えた。
「質問の意図を測りかねます」
大和の本質が露見したときの、提督を怒らせた自身の発言。
自分の素性がばれたと知って、取り繕う時間を作ろうと言ってしまった言葉。
その後に続く問答で提督は言った。
「戦争を早く終わらせてやろうとは思わなかったんだな。味方なのに。どの口が言うんだ、そのくそきたねぇ味方面した横須賀鎮守府の秘書が言ってんのか?」
この発言の後に口をついて出た言葉。あれは本心だった。
「心から日本軍に味方したいと願って、戦争を長引かせたのか?」
心から日本軍に味方したいと思っていたけれど、戦争が終わった後の自分の居場所がなくなってしまうのが怖くて、戦争を長引かせた。そうやって自己を正当化していた。
でもいくら言っても信じてもらえないのだと悟るには、十年の間にあった自らの行動・結果・発言が信頼という二文字の前に高すぎる壁となるのだと悟るには、その言葉は決定的だった。
どんなに言い繕っても言い訳にしか聞こえないのだとその言葉で思い知らされた。
「十年だ。わかるか?十年だよ。何人の艦娘が死んだ?数えてないか?味方が死んでいくのは愉快だったか?」
遅れてその言葉を思い出す。
そうだ、何人の艦娘が死んだ。
自分でも笑いたくなるぐらい状況は自分に味方していなかった。
日本を助けたいなんて主張、その現実を前にしては脆くも崩れ去る。
もう信用回復は無理だと思った瞬間、ならせめてこれ以上信頼を下げてしまうような、悪印象を酷くさせるような善人者ぶり許しを乞うような発言はせず、あくまで悪役としての性格を貫こうと決めたのだ。
そうすれば、ただの裏切り者でいられる。
・・・そうすれば、偽善を被った言い訳がましい裏切り者と思われないでいられる。
つまらないからとか、面白くないからとか、故意であったとか・・・。即興で悪役を演じようと自分が言えば言うほど、隣にいる五月雨の顔が苦痛に歪むのを見て、胸が張り裂けそうだった。
提督の視線が敵意を含むのを見て、泣いて訴えたいとどれだけ思ったか。でも訴えなかった。訴えられなかった。
艦娘が死んだということは、提督の心にも傷が及ぶような事をしたことは、もうどれだけ言っても覆らないのだ。
もう信用は元に戻らない。
戻らない。最初の頃のような味方だと無条件で信じてもらえる状況には。
その事がひどく寂しくて、惨めで、悲しいから後悔する。
まだ提督に自分の正体がばれた段階、さっき思い出した発言を聞いたときはただ不審に思われているだけで済んでいたはずなのに。
全ては自分の南鳥島での行動が引き金になってしまった。
あれは裏切りだと彼は既に心の中で結論が出ているけれど、大和はただ彼を思ってやった行動だった。
司令拠点の防御の堅牢さを甘く見ていてはだめなのだ。敵とは極力戦闘しないで観測のみ行って退避するなんて彼は言っていたらしいけれど、そんなのできるわけない。
観測のみだなんて、観測なんてさせるわけがない。
絶対に行かせてはいけないから、軍規を犯して南鳥島を占領してでも止めに行った。提督に深海棲艦化を施したのは日本を憂える彼の手助けをしたかったから、深海棲艦の動向がわかるようにしてあげたかった。
本心だ、絶対にこれは本心だ。何に誓っても言い切れる。でも、他人からすれば聞こえのいい陳腐な後付けの言い訳にしか聞こえない。
本性が暴露されているために、事前に情報を伝えても信じてもらえないとわかっていたならどうすればよかっただろうか。
・・・知らなかったんですだなんて言わなければよかったのだ。彼の情を誘おうとして口をついてでた言葉を呪う。無理だとわかっていながらなぜ言ってしまったのか。
これさえなければ敵側の情報ながら多少信じてくれるかも知れなかったのに。
でも言ってしまったのだから、南鳥島であんなことをするんじゃなくて、発生したであろう海戦に途中参戦して自己犠牲で彼らを退避させればよかったのだ。
そうすればよかったと、激しく後悔している。
後悔しながら、提督が向かった方向を眺めた。
提督が五月雨とまた夫婦漫才をしている。
陸奥が提督に詰め寄ろうとする五月雨に絡んでいて、さっきまで武蔵を止めていた長門が今度は陸奥を止めている。
前まで一緒にいた五月雨にも、もう信じてもらえないのか。
武蔵はどこに行ったんだろう・・・。
あぁ、一人だ。
本当にそのとき、突然、実感した。
一筋の涙が目から溢れる。
涙がこれ以上出ないように必死になりすぎて、隣に武蔵が立ったのにも気づけなかった。
大和「あら、どうしたの?武蔵?」
涙を拭いて、武蔵に笑顔を向ける。
武蔵「この作戦が終わった後に話がしたい」
大和「話?」
武蔵「大事な話だ」
大和「ん、わかった」
それだけ言って、武蔵は提督の元に戻っていく。
再び思考に沈む。
・・・そういえば、なんで自分はこんなに彼を手伝おうとしていたのだろうか。
好意ではない。彼には悪いが断言できる。いや、彼もその方が嬉しいのか。
・・・。
・・・・・・。
・・・・・・・・・。
大和「・・・ふふ」
笑ってしまうぐらい、理由がなかった。
どうして彼を助けたんだろう。
いや、違う、彼自身のことだけに関連した理由を思ったから駄目なのか。
そう思えば、案外すんなりと結論に達した。
・・・日本が、好きなのか。
初めて自分と遭遇して、自分を助けてくれた日本海軍。
自分に蔑視を向けるのではなく、同じ味方として接してくれた。そんな彼らを産んでくれた日本が好きなのだ。
ん、でもそれでなんで彼に繋がるんだろう?おかしい。
別に佐世保でも呉でもよかったのに。
十三湊は・・・、言うまでもないし。
・・・。
・・・・・・あ。
大和「なーんだ・・・」
再び涙が溢れた。自分は馬鹿だ。もっと素直に行けばよかった。
彼を初めて見たときに遡れば結論は出る。
さっきはなんでこの答えが出なかったんだろう。
大和「・・・ただの一目惚れか」
なんとも滑稽な事をしたものだ。提督にあんなことを言われたその日にとは。
会って数分で砕かれた恋路というわけか。
大和「それにしても、何が好意ではないと断言できるよ。馬鹿みたい」
誰にも聞こえないように、大和はポツリとそう呟いた。
一四三二。追浜海軍航空基地。
零式輸送機が着陸した。
プロペラの風が滑走路に吹き荒ぶ中、中から艤装を乗せた車が吐き出される。
そのまま一直線に車列は横須賀軍港へ向かう。
一五一一。横須賀軍港埠頭。
艦娘達の装備確認を終え、整列する前に提督は立った。
時間がない。訓示は最小限。
提督「皇国の興廃この一戦に在り、各員一層奮励努力せよ!」
了解!、威勢のいい返事が軍港に轟いた。
一七〇九。太平洋上。
白露「提督のあの訓示かっこよかったねぇ」
加賀「提督だもの」
白露「加賀さんの隙のない突っ込み・・・」
隙を感じさせない速度の加賀の突っ込みに白露が戦慄する。
なおも時雨と話す白露の声を聞きながら、加賀は赤城に視線を向けた。
加賀「赤城さん、大丈夫ですか?」
赤城「・・・うん、大丈夫」
これから自分の部下達が、自分等の手の届かない場所へ行ってしまう。その不安を抑えるので、さっきの作戦会議中は一杯一杯だった。
加賀「大丈夫です。きっと彼らなら無傷で戻ってきて見せます」
赤城「それを疑ってるわけじゃないんです。ただ、そうですね・・・、嫉妬なのかもしれません」
加賀「嫉妬、ですか?」
赤城「知りもしない人達に、私たちの烈風を整備されちゃうんですよ?こう見えて私は結構独占欲が強いですから、そういうのはちょっと許せないんです」
加賀「その欲は私にも適用されるときがくるのでしょうか」
赤城「え、どういう意味ですか?」
加賀「・・・いえ、なんでもありません」
一方。補給艦隊。
速吸「ぐぇぇ、重いです・・・」
五月雨達にとっては巡航速度でも補給艦の速吸にとっては全力疾走。なかなか辛いらしい。
五月雨「頑張りましょう、補給さえ終えればゆっくり南鳥島まできてくれればいいですから」
速吸「でもそれって道中私一人になるってことですよね!?嫌ですよぉ、嫌です!」
五月雨「じゃあ頑張って走ってください」
ふぇええ、と速吸が悲鳴をあげる。
速吸「楽しい東京旅行のはずが、どうしてこんなことに・・・」
五月雨「まだそんなこと言ってるんですか?」
速吸「五月雨さんはがっかりしないんですか?せっかくの旅行なのに」
五月雨「そりゃあがっかりします。しますけど、私達はまず人の命を守ることを優先しなきゃいけないんです。私情がそれに優先されることはありません」
速吸「うう、さすがです・・・」
その速吸を不憫に思ったのか、艦隊の前を走る名取が言う。
名取「あの、少しは私たちが持ってあげてもいいんじゃないの?」
五月雨「駄目ですよ名取さん。重量を増して疲れが増すようになったら、いざ戦闘というときに全力が出せなくなります」
五月雨「戦闘になりそうだったら補給艦の速吸さんには速度を落としてもらったりして避退してもらえばいいわけですから」
名取「確かに・・・」
速吸「正論過ぎる・・・。不肖補給艦速吸、皆様に迷惑をかけないよう補給艦としての任務を頑張ります!」
一方一方。水上打撃部隊。
大和がいるせいで場は重い空気に・・・、というわけでもなく、提督が許可したのであるからもういいと割り切って、大和も交えて作戦進行を策定しているところだった。
飛鷹「まずは敵の艦隊を見つけなきゃいけないわね。どこら辺にいるかぐらい見当がつけばいいけど」
ビスマルク「提督の目算なら、金剛が最小で一時間は遅らせてくれるはずだって言ってたから、島から100km以上は離れた場所なんじゃない?」
その言葉に飛鷹ら空母組は頷くが、戦艦組はあまり良い顔はしていない。
長門「100kmか・・・。確かに金剛がいないときよりはマシだが、これでも目と鼻の先なのは違いない。果たしてこっちに振り向いてくれるかどうか」
ビスマルク「さっきもいったけど、水平爆撃なんかじゃ陽動だってすぐ看破されないかしら」
大和「それは大丈夫だと思いますよ」
一歩離れた場所で話を聞いていた大和が口を開いた。
大和「彼女たちは良くも悪くも自分の性能を知っていますから。相手が水平爆撃をしてきても、それは被害を減らすための方策だと早
合点してくれる可能性もあります」
長門「それはあるかもしれないが・・・」
飛鷹「ちなみに、彼女達の射程ってどれくらいなの?」
大和「さすがにそれはわかりませんけど・・・、秋月さんと同じぐらいじゃないでしょうか。2kmぐらい、という意味です」
飛鷹「2km、ね」
皆が考えてこんでしまったところで、大鳳がえっと、と声をあげた。
大鳳「あの、皆さん」
飛鷹「どうしたの?」
大鳳「2kmって、最大射程のことですよね?」
飛鷹「そうだけど・・・?」
大鳳「私達が気にしなきゃいけないのって、最大射高じゃないんですか?」
飛鷹「・・・そう、だったわね」
大鳳「長10cm砲の最大射高は14000mですから、敵さんのほうが強い装備だとしても15000ぐらいです。弾丸は炸裂弾を使用しているとのことですから、有効射程は14000ぐらいになるんじゃないでしょうか?」
大和「ごめんなさい。浅慮でした」
隼鷹「どっちにしたって射程範囲内なんじゃん。んなこと気にしてたらキリないよ」
隼鷹が溜め息を吐いてそう言う。
飛鷹「・・・やっぱり、水平爆撃はやめたほうがよさそうね」
隼鷹の意見ももっともだと判断したのか、飛鷹は何かを堪えるように強く目を閉じた。
犠牲はできれば出したくない。けれど、赤城さんはもっと辛いはずだ。自分の知らないところへ機を送り出すなんて自分ではとてもではないができることじゃない。
やらなければならないのだ。
飛鷹「三隊に分けて同時突撃をしたいと思うんだけど、どう?」
その発言に隼鷹と大鳳が息を呑む。
甚大な犠牲を覚悟せよ、そう言っているのだ。
隼鷹「・・・話してみて」
飛鷹「まず三機を、その後艦爆を三隊に分けて発艦。最初の三機は偵察機の役目も担ってもらって、敵を見つけ次第触接行動をとり、対空砲の射程範囲外を旋回し続ける。それで敵が私たちの存在を嗅ぎ取って警戒してくれるはず」
飛鷹「その後偵察機が敵を警戒させている間に、発艦させていた三隊を偵察機とは反対の方向から、つまり背後に回り込ませて。その三隊が突撃準備を終えた辺りで三機にはそのまま欺瞞行動をとらず私たちの方に帰ってきてもらうの。そうすれば注意が向く方向とは逆から奇襲に近いものをかけられると思うのよ」
隼鷹「三隊ってのは、どういう形で突撃していくのさ?」
飛鷹「丁度鶴翼の陣形って感じね。中央から行く隊は平常通り水平爆撃をしてもらうつもり」
隼鷹「ちょ、ちょっと待って。それだと翼の部分の味方は敵の直上で爆弾を投下するってことかい?それじゃ急降下爆撃と何も変わらないじゃないか」
飛鷹「ううん、右翼と左翼の皆には航空魚雷を持たせてある。急降下爆撃じゃないわ。・・・艦攻も十分危ないけどね」
隼鷹「魚雷って、換装作業なんてうちら全然やってないよ?」
飛鷹「ごめんね、隼鷹。私が勝手に変えたわ」
舞鶴の技士達が装備を運んでくる段階では、彼らに作戦内容は伝えられていなかった。だから艦戦も艦爆も艦攻も全て持ってきてあったのだ。
飛鷹はそれに気づいてすぐに今言った通りの作戦を決断した。
隼鷹「そんなっ・・・、飛鷹、本気、なの?」
飛鷹「大鳳さんのは変えられなかったから、隼鷹にするしかなかったのよ。お願い、隼鷹、一緒にやってほしいの」
隼鷹「飛鷹・・・」
大鳳「なら私が鶴翼の中央隊をやらせてもらいます」
隼鷹「・・・わかった、わかったよ。やる」
飛鷹「ありがとう、隼鷹」
合意をみたところで大鳳が即座に作戦を詰める姿勢に入った。
大鳳「それで、突撃の進行はどのようにしますか?」
飛鷹「肉を切らせて骨を断つ戦法で行く。左右翼の隊と中央の隊の攻撃開始は完全に同調させる必要があるわ。左右翼の魚雷攻撃の回避困難と対空砲火の精度悪化を招くためにも、大鳳さんの隊の爆撃で敵艦隊を混乱させてもらいたいから」
隼鷹「だけど、敵の防空艦は絶対に輪形陣の中央にいると思う。どうするよ?」
飛鷹「防空艦の対地攻撃力なんて取るに足らないわ。優先すべきは周辺にいるであろう戦艦。戦艦の主砲でも突発的な空襲に対する対空射撃はするだろうから、密集隊形はとれないはずよ。回避行動に関しては現場隊員に全部一任するつもり」
長門「せっかく来たのに、初動に参加できないというのは歯痒いものだな」
陸奥「防空ちゃんだけでも残しといてね?じゃないと来た意味なくなっちゃうんだから」
飛鷹「善処するわ」
そう言った飛鷹の顔には覚悟を含んだ笑みが浮かんでいた。
大鳳「ところで、どうして最初から提督にこうやるっていわなかったんですか?」
飛鷹「別に最初からいまの作戦を思い付いてた訳じゃないわよ。本当についさっき、装備が届いたばかりの時だから。だから隠すも何もないのよ」
大鳳「本当に、ですか?」
飛鷹「ここで嘘ついてどうするの。本当よ」
一九〇〇。太平洋上。
月と星空が微かに照らす海上を、空母機動部隊は南鳥島へとひた走る。
赤城「最初の増援を断られてるのに、いきなりなにも言わずに送っても大丈夫でしょうか?」
加賀「隊員達には、もし断られそうになったら格納庫はいらないから置かせてくれって懇願するように言ってあります。情で訴えていくしかありませんからね」
時雨「いくら最初の増援を断ったからって、わざわざ来てくれた人達を無下にするとは思えないよ・・・」
時雨が二人の心配を煽るような発言に呆れたように言う。
しかし心配を煽るような発言をするのは空母だけではなかった。
村雨「それにしても、敵の影すら見えないじゃない。てっきり提督のあの言葉が引き金になって道中逃走し続けるのを想像してたのに」
白露「まだ一回も音波打ってないから、ただ私達が気づいてなかっただけだったりして」
時雨「こ、怖いこと言わないで!」
提督が脅威は潜水艦のみと言っていたため、主な警戒行動としては聴音機に耳を傾ける事だけだ。
その聴音機も、今は全速で走り続けている為、推進音と機関音であまり役に立たないが。
赤城「そうね、じゃあ白露さん。申し訳ないですけど、打ってもらえますか?」
白露「わかりました。じゃあ打っちゃいます」
全速から少し速度を緩めて、白露が一回、二回、三回と間隔を空けて音波を放った。
打ったばかりの本人は何が良いのか実に愉しげだった。
白露「・・・ぜ、全艦、対潜戦闘用意!」
その愉しさも帰ってきた音波の結果を見るや一瞬で消し飛ぶ。
暗闇なのでわからないが、声音からして白露の顔が蒼白になっているだろうことはその場の全員が察した。
夕立「日中は全然レーダーに反応なかったし、多分本部には伝わってない、ぽい」
村雨「初めてぽいが実用的な意味を持ったわね」
白露「後方400、1-4-2・2-1-1、潜水艦らしき影、二!」
直ちに駆逐艦が単横陣をとり、空母がその前に並ぶ。間隙を縫って狙われないように空母二隻が之の字運動を開始する。
斯くして本作戦最初の戦闘の火蓋が切って落とされたのである。
同時にそれは、今までもどうにかなってきたという経験が、慢心として戦場に顔を出したと皆が気づいた瞬間でもあった。
一九二六。
爆雷を投射しながら相変わらずの全速で南鳥島へ向けて突っ走る。
すでにこの約三十分の間に八本の魚雷が発射されており、危うく春雨が当たりそうになった瞬間もあった。
だが十分ほど前に延々と打ち続ける音波の中に一隻しか影がないのを白露が確認したので、どうやら一隻だけは沈めることができたらしい。
目的地到着予定時刻は〇二〇〇。
あと五時間以内にこの潜水艦を振り切らなくてはならない。
しかしこの約30分間、空母機動部隊は重要なことを見落とし続けていた。
ただでさえ全速30kn近くで走り続ける部隊を、水中でもせいぜい8kn程度が限界の潜水艦が艦隊と同じ距離のまま追い縋り続けられるはずがないのだ。
その異変に最初に気づいたのは、更に十分経ってからで、ソナー要員として索敵し続けていた白露だった。
ずっと打ち続けるの疲れるなぁと自分の中で思ったとき、ん?ずっと?とそこにようやく異変を感じ取ったのである。
白露「ちょっと、なんかおかしいよ」
時雨「ど、どうしたの?何かあるなら焦らさないで早く言って」
時雨の言葉が少し癪に障った白露が、声を大きくして言う。
白露「潜水艦が私たちを追い続けられるはずないの!なんかおかしくない!?」
どうしてもっと早くに気づかなかったんだろうと白露は悔やむ。
白露の報告に、すぐに思い当たる節があったのは赤城だった。
けれど、信じたくはなかった。これではまるで・・・。
赤城「・・・群狼作戦」
かつてドイツが行っていた通商破壊作戦。
偵察機から送られてきた敵艦隊の位置を基に、複数いる潜水艦のうち一隻が予測海域に移動、敵艦隊のその海域への侵入を確認したと同時に残りの潜水艦が艦隊を包囲しこれを撃沈する。
今回は偵察機がいないが、おそらく複数の艦が単独で敵索敵の任を負っているのだろう。
とは言うが、今まで水中探信儀には一隻しか反応がなかったはずなのに。
それにレーダーにも潜望鏡の反応はなかった。一体どうやって連絡をとったのか。
赤城「油断した・・・ッ」
そうだ、反応がなかったからといって安心なんてできない。今部隊は最大戦速で移動している。ソナーを打っても探知できる範囲は相当狭まっているのだ。そして駆逐艦が装備するレーダーは、水上艦ならそれなりの距離を探知できるが、潜望鏡となるとせいぜい5km。
完全に嵌まったのだ。敵の用意していた罠に。
敵がいることすら気付かずに、まんまと包囲網に突っ込んでいったのだ。
作戦会議で提督が主な脅威は潜水艦であると言っていたことを思い出す。恐らく提督もここまでだとは想定していなかった可能性が高い。
さっき感じた慢心が、完全に頭を出して部隊にそのツケを払わせようとしている。
赤城「皆さん、直ちに転針!0-4-5!急いでッ!」
飛んで火に入る夏の虫。
その虫は空母機動部隊。
このままいれば壊滅必至の状況で、活路を見出だすにはどうするか。
火傷を覚悟で迫り来る火の手の一角に飛び込むしかない。
おそらく前方にもっとも潜水艦が集中している可能性が高いから、違うところへ抜けなければ。
ここで選択を誤れば、作戦進行に支障を来すのは間違いない。しかし確かにここで逃げられれば勝ちだが、そうなったら後から来る補給艦隊はどうなる。赤城の脳裏を嫌な予感が過る。
白露達が空母を守るように輪形陣をとり転針を完了し、敵の包囲網の一角に猛然と突っ込み始めた刹那、周囲に集まった潜水艦隊が一斉に魚雷を発射した。
遡上。一六〇〇。
提督が潜水艦の脅威を大幅に過小評価していたと気づくのはその三時間前。既に空母機動部隊が無線封鎖海域に入った後だった。
提督が全力で通信基地へ駆け抜け、ドアを蹴り開ける。
驚く通信士達を横目に、強張る手で補給艦隊に割り当てていた周波数に摘まみを合わせた。
提督「五月雨、聞こえるか」
名乗りすら上げずに五月雨を呼ぶ。
五月雨「間もなく無線封鎖域に入りますから、手短にお願いします」
すぐに五月雨の声が聞こえた。
提督「その海域にいる潜水艦、嫌な予感がする」
五月雨「嫌な予感、ですか?」
提督「群狼作戦、五月雨は知ってるか」
五月雨「それぐらいは知ってます」
提督「脅威が潜水艦しかいないなら、奴らは潜水艦だけで最大限の迎撃を仕掛けてくるはずだ」
何でもっと早くこれに気づけなかったんだ、と小さな声で提督が自分を罵る。
提督「1隻でも潜水艦を見つけたらすぐに沈めろ。連絡の隙を絶対に与えるな。さっきは命令しなかったが、定期的に音響装置を使うのを絶対に忘れないようにしろ」
五月雨「提督、もしそうなら先に行った機動部隊の皆さんが「あぁ、まずい」
提督「これ以上ないぐらいに非常にまずい。あいつらなら大丈夫と信じたいが・・・」
五月雨「救援に向かいますか」
提督「行っても混乱を招くだけだ。空母の通過で空いた包囲網ももう閉じられているはずだから、もし今いけば「蛾の火に赴くが如し、ですか」
五月雨「ですが、赤城さん達を放っておくわけにはいきません」
提督「赤城が指揮する艦隊なら逃げおおせてみせてくれるさ。俺がお前らに頼みたいのは「潜水艦の撃滅ですね」
五月雨「わかりました。厳重警戒の上、全艦撃破します
立て続けに二回も言葉を続けられて、提督は失笑してしまう。
提督「話が早くて助かる。俺が言いたかったのはその通りだ。頼むぞ、五月雨」
五月雨「任せてください。伊達に戦ってきてませんから」
提督「それと、赤城達が敵に見つかって逃げている状態なら、赤城が洋上待機じゃなく航行続行を選ぶ可能性が高い。潜水艦と離れ続けられる速度で動いているだろうから、予想地点を考慮したほうがいい」
五月雨「わかりました。捜索も平行して殲滅します」
それでは、無線封鎖域に入りますから、と言って五月雨は通信を切断した。
潜水艦の全艦撃破、かなり困難な作戦のはずなのに、五月雨にかかるとそう聞こえないから不思議だ。
提督「頼んだぞ、五月雨」
特務艦舞鶴が横浜に来るのは丁度作戦が佳境に入るであろう21時間後だ。
それまでは、成功を祈って待ち続けるより他にない。
戻。一九〇〇。
護衛艦一隻は潜水艦に発見されはしたものの、一隻だけでは大した脅威ではないと判断された。
上からは近づく艦娘を撃沈しろとしか言われていない為、命令にない戦闘をして弾薬を消費したくないし、この一隻が囮である可能性も無きにしも非ず。
各艦個人で考え続けた結果、全員が一隻程度なら大局に影響はないと判断し、無視する結論に達した。
皮肉か奇跡か、今回の鳳を務める水上打撃部隊は、護衛艦に乗ったまま悠然と敵潜水艦群の上を通りすぎていく。
その船の中で、鶴翼作戦の詳細が詰められていた。
大鳳「さすがに水平爆撃といえど、高度6000mからではまともな命中を叩き出せませんから。3000mまで下げさせてください」
長門「3000mまで下がってしまって大丈夫なのか?」
大鳳「いくら優秀な隊員達でも、5000mも離れた上空からじゃ目標すら見えません。それに私達の操縦士達は急降下爆撃しかやったことがありませんから、照準器もなしで目視投下することになるんです。確実を期すためにも高度は下げないといけないんです」
長門「そうか・・・、確かにその通りだ」
飛鷹「だったらすぐにでも信管を時限式にしたほうがいいかもしれないわね。着発信管じゃ当たらなかったらそのまま海にドボンだし」
隼鷹「オーケー、とりあえず大鳳の方の動きは決まったみたいだね。あとはあたしらだけど、なにか特別な事とかするの?」
飛鷹「飛ばしたら私達にできることはないわ。突撃と回避方法は一任するつもりだから」
隼鷹「じゃ、あとは応援するしかないってことだねぇ」
飛鷹「・・・ごめんね、なんか無理におしつけ「いやいや」
隼鷹「今さらそんな水臭いのはなしだよ、飛鷹。もし落とされたら、仇はちゃんと戦艦連中がとってくれるんだから。心配することなんてないんだからさ。気楽に行かないと」
へへ、と隼鷹が笑うのを見て、飛鷹もようよう最後の決心ができた。
扶桑「提督にいい知らせを持って帰れるように、私たちも頑張りましょうね」
山城「はい。提督の悔しそうな顔を拝むためにも精一杯やりましょう、姉様」
二〇一〇。空母機動部隊。
所詮は潜水艦、ものの一時間程度で振り切ることは容易だった。
白露ら護衛の駆逐艦が、途中で勢い余ったのか水上航行を開始した十二隻の潜水艦を砲撃で直ちに撃沈した為、相当数が減っていると思われる。
歯痒いのは逃走中であるが故に爆雷攻撃ができないことぐらいか。
白露「どうしますか、赤城さん。時間通りに行けるでしょうか?」
危険を承知の上で艦隊が減速し、白露のソナーに敵影が映らなかったのを確認した後、機動部隊は元の航路に戻りつつある。
赤城「それは無理になると思います。提督か、五月雨さんが潜水艦の脅威に気付けば作戦が変更されているはずですが・・・」
加賀「作戦が変更されているにしてもそうでなくても、私達は止まるわけにはいきません、赤城さん。ここで待機すれば追い付かれてしまいます」
そうですね、と赤城が加賀に同意する。
赤城「皆さん、あとどれくらい走れそうですか?」
白露「ずっと最大戦速だったから結構キツいかも。でも後2、300kmはいける」
赤城「わかりました。後続の補給艦に追い付かれない速度ではだめですから、皆さん10knで航行しましょう」
時雨「ちょっと待って、赤城さん。後続っていうけど、五月雨達がここまで無事にたどり着けるかどうかなんてわからないよ」
赤城「それは・・・」
赤城が目をそらし続けていた問題に、五月雨と同じ白露型である時雨は鋭く切り込む。
時雨「五月雨達は速吸さんも抱えてるから、そんなに速度も出せない。その状態で無事にこれるとは思えないから・・・」
時雨の瞬時の決断は白露型のメンバーも同じだった。
暗闇の中ながら、白露型は目を合わせて強く頷く。
白露「私達が潜水艦を撃沈してくる。赤城さん達は急いで元の場所へ戻って」
突然の発言に赤城が言い返す。
赤城「そんな、これから先も潜水艦がいないなんて保証もないのに!」
白露「私と時雨が二人で行きます。村雨と春雨に警戒を任せますから」
赤城「二隻じゃ更に」
危なくなるんじゃないのか、と言いかけてやめる。
さっきの戦闘でまともに応戦ができなかったことを考慮しているのか。
ならせめて不意打ちだけは喰らわないようにと、そういうことなのか。
赤城「でも、でもそれじゃ二隻であの中に突っ込むことになりますよ!」
白露「大丈夫。この白露、舞鶴でのんびりしてたわけじゃないからね。潜水艦程度で沈むわけないよ!」
ガッツポーズを決めて白露が言い切った。
赤城「そんな、何の根拠もないのに」
赤城が言い終わるより前に白露と時雨は転針、部隊とは反対の方向へ向かい始める。
赤城「駄目ッ、待ってッ、待ってよッ!!」
赤城の声は暗闇に虚しく響くのみ。
自ら死地へ、それも数的不利もあるにも関わらず二隻は行ってしまう。
もし提督がいれば絶対に許さないはずのことをやり始めているという自覚が、今の白露型にはなかった。
深海棲艦側。
防空棲姫「そう、空母機動部隊が来てるんだ、へぇ、来てたんだ」
潜水艦からの報告に防空棲姫が冷酷的な笑みを浮かべた。
乙一「やっぱり来るんじゃない。この前は航空兵力が増大してるとか言って、やっぱり違ったとか言ってた癖に。空母は来ないなんてどうして言えたのよ」
防空棲姫「戦艦を船にでも載せて運んでくると思ってたんだけどねぇ」
乙一「まぁいいわ。空母が来ても装甲空母とヲ級にどうにかしてもらう。元よりそのつもりだったのだし」
戦艦棲姫「もし首尾がよくない場合は「わかってるわよ!」
乙一「あなた達が来るって言うんでしょ?もうその事は了承したじゃない。一々言わなくてもわかってるわよ」
戦艦棲姫 「・・・でも」
乙一「なによ」
防空棲姫「舞鶴の司令官が私達の第二次攻撃を予測していないはずがない」
乙一「ただ見落としただけじゃないの?人間なんだから間違いぐらいするのよ、きっと」
本当にそうならそれでいいが、そうではないと心のどこかで確信めいたものを感じる。
しかし潜水艦からは空母機動部隊以外何の報告も上がっていない。
何かを画策しているはずだ。絶対に。
私達の事を想定した何かを。
乙一が居心地悪そうにする中、戦艦棲姫と防空棲姫は揃って何かを考え始める。
そうして深海棲艦側は、舞鶴の方にばかり思考を巡らせる。
今回を狙ったものではないが、前回の南鳥島奪還作戦で金剛を送り込んだ岩崎司令官の思惑に深海棲艦側はきっちりと嵌まり込んだ。
灯台下暗し。まさか深海棲艦がこちら側に寝返ってなどいないと固定観念のように考えている相手の思考を逆手にとった戦法だ。
金剛が当然のように第二次攻撃の編成に含まれていることから、蘇の戦法が成功を納めつつあることは間違いない。後は金剛がどれだけ時間を稼げるか、生きて帰ってこられるかにかかっている。
二〇五〇。
白露「時雨っ、大丈夫っ?」
時雨「大丈夫じゃなくなったらちゃんと言うよ!っ、左舷後方から魚雷三!」
白露「予想より結構多かったね、敵の数!」
白露の左舷数メートルも離れていない海面を三本の航跡がサッと通りすぎる。
今のところ撃沈確認数は2隻。接敵してから10分も経っていない事を考えれば上々と言える。
しかし敵の数も相当である。減らないわけではない。数も正確に把握している。だがそれでも多いのだ。
時雨「あと何隻だっけ!」
爆雷と、通りすぎていった魚雷の爆発音のせいで海域は低音が轟き続けている。そこで会話しようとすると、自然と声も大きくなる。
白露「あと23!」
時雨「23っ、かぁ!」
白露「赤城さん達、ちゃんと行けたかなっ?」
時雨「行けてなかったら僕達の行為が全部意味ないってことになっちゃうじゃないか!上手くいってるに決まってる!」
白露「そうだよね、そうだよ・・・!」
右舷を白い線が通りすぎていく。
白露「じゃあそろそろ、追い上げかけようかな。今回の戦果一位は、私なんだからっ!」
作戦は精密機械のようなものとは誰が言ったものか。
一つの歯車が欠ければ、そのすぐ傍の歯車が動かなくなり、遠くにいる歯車はしばらくは惰性で動いていても、やがて止まる。替えの歯車があれば別だが、替えがなければ止まってしまう。
二つの作戦が平行して動いているなら、二つで一つの仕事を完成する精密機械。
しかし、二つの独立した精密機械に見えても、最後には合わさって一つを作るのだから、片方が止まったら、もう片方がどれだけ動いても完成するには到らない。
二二〇〇。補給部隊。
横須賀から出港して既に七時間が経過していた。
ずっと潜水艦に怯えていた速吸が、不安のあまりついに口を開いた。
速吸「群狼作戦って、ドイツがやってた通商破壊作戦ですよね?もうそれって私完全にアウトじゃないですか?」
五月雨「だから今護衛船団方式を採ってるんじゃないですか。あまり文句ばかり言わないでください」
五月雨が不安丸出しの速吸の発言にため息をつく。それでも一応安心させようとはしているらしかった。
五月雨の流れに乗って、暁も名取に聞いた。
暁「名取さん、どう?潜水艦いそう?」
今現在十五分毎にソナーを打ちながら船団は航行中。その間隙は聴音機でカバーしながらだ。
名取「んー・・・、まだ潜水艦みたいな反応は見当たらないですね・・・」
涼月「さすがにこんだけ駆逐艦がいるところには手を出しづらいのかもねぇ」
響「手を出しづらいからといっても、過去には船団が丸々壊滅に追い込まれたっていう記録もあるからね。まぁ、護衛船団の形をとれば大分その可能性も減るとは思うよ」
速吸「響さんの謎の追い討ち・・・」
五月雨「もう、響さん」
響「すまない、ちょっと悪戯したくなって」
速吸「これが軍隊によくある新人いびりってやつですか」
速吸が落ち込むのを五月雨と響が宥めるが、それでもやはり五月雨自身も不安は拭い去れないようだった。
五月雨「でもちょっと変ですね。もう潜水艦の一隻ぐらい見つけてもいいはずなのに」
名取「聴音機にもそれらしい音はないですし・・・」
長良「というか、五月雨がいった通りなら赤城さん達は待機はしてないって想定した方がいいんじゃ?」
五月雨「そうですね、その通りです。それは提督も言ってましたから」
秋月「なら水上レーダーを持ってる長良さんに水上捜索を頼むしかないってことですね」
長良「おーけー、じゃあ私は水上警戒しとくね」
速吸「皆さんがいなかったら今ごろ私はどうなっていたことか・・・」
五月雨「最初から私達が一緒に行くのは決まってたんですから、そのたらればは起こり得ませんよ」
速吸「なんか今日の五月雨さんいつもより淡々としてる気がします」
五月雨「作戦中に私情を挟もうとする速吸さんが落ちつきなさすぎです」
速吸「辛辣・・・」
当の五月雨も取り乱したりなど私情を挟んだことがある過去はなかったことになったらしい。
だが、精密機械というのは、的を射ているようで外れているのではないか。機械は、一つが故障すればもうそれきりなにもすることができなくなる。元に戻すには同じ部品を用意するしかない。ずっと同じ方法を選び続けるしかない。
人間なら、これがだめならばこれ、それがだめならばそれ、あれがなくなったなら今度はあれを、と最終的に完成の方向へ導こうとあらゆる方法を試し続ける。例え一部がかけても、柔軟に対応できる。
ここでやはり機械と人間の区分けというものは為されるものだ。例え一つの要素が欠けたところで、目標へ伸ばし続ける手の速度は変わらない、それが人間のたてる作戦なのだ。
二四〇一。太平洋上。
長良が二隻の駆逐艦と思しき影を14km先にレーダーに捉えたのは日付変更時刻を越えてすぐだった。
五月雨「戦艦ですか?」
長良「ううん、今やっと反応が出てきたところだから、駆逐艦だね」
五月雨「もしかしたら敵の哨戒艦かも「違う」
響「五月雨、あれは味方識別灯じゃないかい?」
五月雨が遠くに微かに見える灯りを斯界に捉えたその時、相手がこちらを認識したのか遠くから警笛が鳴り響いてきた。
五月雨「一体誰が・・・?」
補給艦隊は不安と警戒をかかえながら、その音と光の方へ向かい続ける。
しかしその緊張も十分もすれば氷解した。
空母機動部隊に随伴していた時雨だったのだ。
時雨「皆ッ、どうしようっ、どうすればいい!?」
時雨が叫びながら五月雨の方へ近づく。
その様子に驚きつつも、五月雨が努めて冷静に返す。
五月雨「時雨、大丈夫。潜水艦の脅威ならさっき提督に「違うって言ってるじゃないかッ!」
だがその冷静さが、逆に今の時雨を苛立たせた。
時雨が声を荒らげて五月雨の声を遮る。
あまりの剣幕に何事かと他の皆も時雨を見た。
時雨「白露がッ、白露がぁっ・・・」
怒ったかと思えば、今度は大粒の涙を流し、時雨が必死に訴える。
その腕に抱かれているものがあると気づき、五月雨がそちらへ視線を向ける。
柔軟な発想があっても、執念があっても、機械と人間で決定的に違う点がある。
歯車、要素に対する認識の違い。それが欠けたら、機械は取り替えれば良い。だが、人間は。感情を持つ人間は。
人間は、そうは行かない。
遡上。
残りあと数隻になるまで敵潜水艦を追い込んだのだ。少なくなっても決して気を緩めずに戦い続けたのだ。
なのに、あと一歩及ばず、その瞬間は訪れた。
最後の二隻が発射した魚雷が白露の直下で起爆したのだ。それまでずっと着発信管の魚雷であったから、下を通りすぎる魚雷は全て無視していたから起きてしまった事だった。慢心の余波はここまで続いていたのか。
敵はそれを見越して、最後の数本を磁気信管に切り替えたのだろうか。
爆柱に呑まれる白露を見た時雨は、目の前の光景を信じたくなかった。
その場に立ち尽くし、何が起こったのかをちゃんと理解しようとした。
思考がやっと形を整ってきた頃になってやっとその水柱が消えかかる。
時雨「白露・・・、どこにいるの?」
水柱が消えても白露の姿が見えなかったから、掠れるような声で白露を呼んだ。
返事はない。
時雨「白露、白露!どこにいるんだ、返事してよッ!」
応ずる声はない。
不思議なことに潜水艦が魚雷すら発射してこないが、その事にも時雨は頭が回らない。
時雨「白露っ!」
海面に目を移して、ようやく白露を見つけた。
白露が海面に倒れこんでいるのを見つけた。
その時点で時雨はパニック状態だった。何も考えず無我夢中で白露を抱きあげて、全速で後方へ向かって逃げる。
逃げて逃げて、機関が異音をたてようとも限界まで吹かして逃げた。
途中で五月雨と会えたのは、奇跡だった。
二五〇〇。横須賀鎮守府応接間。
舞鶴が到着するまで七時間を切った。
正直嫌な予感しかしていない。
彼女達が群狼作戦にはまったとなれば、無傷では済まされないだろう。
大破艦の一人はでるか、最悪の場合轟沈も・・・、
提督「くそ、俺が信じてやらないでどうする・・・っ」
提督は一睡もせず、ただひたすらソファーに座ったまま舞鶴の到着を待ち続けていた。
何回も寝た方がいいとお茶を運んで来てくれたりした人に言われたが、寝たくても寝付けないのだ。
それほど彼女たちの安否が心配だった。
心配のあまり寝られず、しかしそれは彼女達を信じていないということになるのではという思考の無限回廊へ入りかけたところで、扉が叩かれ、衛兵が入ってきた。
衛兵「舞鶴より連絡です。今、高知県近海を航行中とのことです」
提督「・・・ありがとう、下がってくれ」
時折こうして舞鶴から連絡が入る。今周防灘を通過したとか、今伊予灘を通過中であるとか。提督に無駄な心配をさせないようにという副長の計らいであろうと思う。
提督「見るまでもなくわかるか・・・、俺の気持ちなんて」
本当に危険だとなった場合には、空母機動部隊は潜水艦群を迂回してでも帰還してくるだろう。南鳥島を捨ててまで帰ってきてくれるかどうか・・・、もしかしたら飛行機だけでも飛ばして帰還するかもしれない。
まさか駆逐艦の一部が挺身突撃なんてのはしないはずだ。普段から勝算の薄い戦いは厳に慎むように言い渡してあるのだから。
提督「練り直しておくか」
補給艦隊。
五月雨が白露を背に負って、補給艦隊は一路南鳥島へ向かう。
その場に会話はなく、ただ走り続けていた。
五月雨は必死に涙を、声をあげてしまうのを堪え続ける。
時雨曰く、この先の潜水艦群はほとんどいないとのことだから、このまま進んでも大した脅威には遭遇せずに済むだろう。
速吸も普段なら喜びそうな事だが、状況が状況だけに顔は晴れない。
ついに出てしまった。舞鶴からも轟沈者が。提督が知ったら、
白露「・・・ん」
時雨「っ、白露っ!?」
白露が呻くような声をあげたことにいち早く気づいたのは時雨だった。
白露「あれ・・・、私なんでおんぶされてるの・・・?」
周りの皆も思わぬ声に耳を疑っていた。
白露が目を開けて自分の今の状況を疑問に思っている。
まさか深海棲艦隊になったかと身構えるが、時雨の行動でそんな警戒は一瞬で解けてしまう。
時雨「しぁ、白露ぅ・・・!」
声を震わせながら、時雨が駆けつけた。
五月雨から白露を奪い取り、時雨が白露を抱き上げた。
白露「ちょっ、何?やめてよ!下ろして!」
顔を真っ赤にして時雨が白露の胸に顔を埋める。
時雨「もう、白露、死んじゃったかと思って・・・っ」
泣きじゃくりながら時雨が白露をさらに抱き締める。
白露「死ぬわけないよ!五月雨も時雨も、まだ皆残ってるのに死ぬわけない!」
ぺちぺちと白露が時雨の頭を叩く。
白露「さてはあの爆柱で私が気を失っちゃったからそれを轟沈だと思ったんだね?」
時雨「誰だって、誰だってそう思うよ!笑い事じゃない!」
本気でキレている。
白露「ご、ごめん・・・。でもあれは私ももう終わっちゃうかと思ったんだ。でも助かった」
五月雨「魚雷の誤爆、とか?」
白露が声のした方を見れば、五月雨まで泣いているのがなんとなくわかる。
白露「ううん、私が一か八かで撃った砲弾が爆発尖に当たったの。あれは奇跡だったなぁ。撃ったあとに、これはちょっと幻覚入ってるかもだけど、死んだらだめよって聞こえた」
五月雨「だめよって・・・、女性の声だったの?」
白露「うん、女の人だった。今思えば神様だったりして」
その神様というワードを聞いた途端、五月雨が泣きながら噴き出した。
白露「どした五月雨。五月雨も白露の胸で泣きたくなったんか」
五月雨「ううん、違うの。逆に守られちゃったなって思って」
白露「どういうこと?」
五月雨「天照大神様に守られちゃったなってこと」
白露「全然意味わかんないんだけど・・・」
天日作戦、その作戦名を宣言したあとの一悶着は五月雨と提督しか知らない。
女性なんだぜ。男が守ってやらなくてどうする。なんて啖呵を威勢良く切っていた癖に。逆に守られてしまった。
笑えない出来事から、思わぬ提督への土産話ができてしまった。
白露は未だにわからないのか、抱っこされたまま時雨にどゆこと?と聞きまくっている。
その光景に再び笑ってから、五月雨は前を向いた。
五月雨「待っててくださいね、提督」
〇一三〇。太平洋上。
空母機動部隊直上を百機を超える編隊が旋回している。
そして今、加賀から最後の一機が爆音を轟かせ飛び立ち、編隊の中へ滑り込んだ。
赤城「皆さん、南鳥島をお願いします」
搭乗員C「任されました。各機とも準備は完了しています」
赤城「予想には難くないと思いますが、激戦が予想されると思います。どうか気をつけてください」
搭乗員C「欠員は零名で帰ってきてみせますよ」
編隊長が冷静な声の裏に決意を宿し、そう宣言した。
それに赤城は直接答えることはしなかった。
しばらくすると、翼下に増槽を装備した各機がV字編隊を組み、南鳥島の方角へ機首を向けた。
目標地点までの誘導は編隊長が行うことになっているから、自然先頭は編隊長になる。
最後に無線で挨拶があった後、編隊は速度をあげた。
赤城と加賀、白露と時雨を除いた白露型がそれぞれ心のなかに感情を抱きながら、飛び去っていくのを眺めている。
赤城「それじゃ、引き返しましょうか」
加賀「・・・そうですね、補給をしなければいけません」
春雨「白露と時雨、大丈夫かな・・・」
村雨「心配してる暇があるならさっさと確かめにいくのがいいんじゃない?」
赤城「では」
180度転針、輪形陣、速力6kn。
遠ざかる編隊の轟音が徐々に遠ざかっていく中、空母機動部隊は五月雨と合流すべく走り出す。
〇三〇〇。
最悪だ。
予期せぬ事態が起こってしまった。
どう対応すれば一番いいのか全くわからない。
焦りが扶桑の心のなかに巣食いはじめている。
他の艦隊は無事だろうか。もしこちらと同じ事が起きていたとしたら・・・。
いいや、考えている場合じゃない。何にしてもとりあえず行かなければならない。
だが、だが行ってどうする。焦りから更に恐怖が上乗せされる。
もしこのまま間に合わなかったら。南鳥島の皆はどうなるだろう。提督はどう思うだろう。
恐らく提督だけは怒らず、その責を自分に留め、心の内でその罪にうちひしがれるに違いない。
こうすれば、ああすればと後悔に苛まれる日々を送ることになる。
だめだ、それは何よりもあってはいけない未来だ。
不謹慎極まりないが、南鳥島の犠牲よりも提督にそんな思いをさせてしまうという事の方が何よりも怖かった。
扶桑の心情を反映するように、必死になって水上打撃部隊は夜の海上を最大戦速で航行する。
その周囲に護衛艦の影はない。
一見すれば順調にいっていると思えるかもしれないが、本来なら護衛艦はあと九時間は水上打撃部隊の輸送任務に従事するはずだったと言えば事の重大さが見てとれる。
三十分前。護衛艦は、艦配属員諸とも壮絶な大爆沈を遂げた。
一瞬の出来事だった。
生き延びたのは舞鶴の水上打撃部隊のみ。
生き延びたといっても、戦艦は全艦小破だ。
空母は幸い小破に留まったが、最大速力が22kn限界にまで落ち込む憂き目に遭っている。
その場にいたほとんどの者が何が起こったのか理解できていない。それほどまでに突然の出来事だった。
何が起こったか確実にわかっていたのは爆発前になにかを必死に訴えようとした護衛艦乗組員の水測員だけ。
同じ被害を受けた艦娘は、周囲を飛んでいた直掩戦闘機の『爆発は確実に水中からであった』という報告で朧気ながら実態がわかっている程度だ。
扶桑「・・・」
提督がこの事実を知ったらどう思うだろう。
思えば、防空棲姫との最初の邂逅での大損害は提督の心にどう残っているのか。
決まっている。誰にも知られないようにただ自分を責めているのだ。
五月雨ならばその苦悩も知っているのかもしれないけれど。
・・・とにかく、作戦が成功しても過程で犠牲者が出たと知れば、提督は
飛鷹「扶桑さん、聞こえてる?」
思考を断ち切るように、飛鷹の扶桑を呼ぶ声が聞こえた。
扶桑「え、あ、すいません、もう一度お願いします」
飛鷹「今もう少し考えてみたけど、やっぱり機雷が原因だと思うわ、ってところまで話したわよ」
長門「とはいうが、機雷の影も見えていなかったはずだ。見えていたなら艦の見張りが見逃すはずあるまい。今夜ほど空が照らしてくれる日はそうないぞ」
飛鷹「係留機雷だけがすべてじゃないわよ。音を探知して自分で魚雷を発射する機雷だってあるぐらいなんだから」
長門「・・・まぁ、どう考えようとあれだけの爆発、魚雷か機雷に類する者でなければ起こし得ないな」
陸奥「・・・第三砲塔の爆発もあれに匹敵するレベルだったって話をきいたことが「それで」
長門「我々はこれからどうする?行くしか選択肢がないのはわかっているが」
扶桑「仰る通りです。私たちの作戦は続行するしかありません。ここで引き返せば作戦そのものが台無しになります」
長門「となれば、作戦を少し変えねばな」
扶桑「・・・すいません、少し気が動転していました」
飛鷹に呼び戻され、扶桑は長門が気遣って話を進めてくれていることに気づき、恥ずかしそうに謝罪した。
長門「気にすることはない。私も大分無理をしているさ」
扶桑から見ると全く気にした風には見えないが・・・。
もしかしたら、味方に不安を与えないための高練度艦故の貫禄みたいなものなのかもしれない。きっとそうなのだろう。第一本人が無理をしていると言っているのだから。
扶桑「提督が当初私達を護衛艦で行かせようとした訳は航続距離の問題ではありません。純粋に速度の問題なのは皆さんもわかっていると思います」
長門「そこは了解している。しかし最初から疑問なのだが、なぜ輸送距離1250kmに龍花提督はこだわる?飛行機ならこれぐらいの距離造作も無いはずだ」
扶桑「飛行機に関しては航続距離を心配したのだと思います。1250kmなら残りは600km。往復だけで1200km以上飛ぶことになり、実質戦闘空域で使える燃料分は600km前後。提督が憂慮したのは戦闘空域で必要になる燃料なのだと思います」
長門「零戦は巡航三時間を対空戦闘で四十分程度で消費すると聞いたことがある。そう考えればそれだけの燃料を残すのは確かに当たりだが、その空域で戦闘をするわけではないはずだろう?」
扶桑「そうです。ですから、発艦地点を変えれば、作戦進行には支障は無しで済みます」
大和「そうなると、提督の当初の思惑も外れないような地点にしなければいけませんね」
大和がどんどん進みそうな調子の会話に待ったをかけるように口を挟んだ。
扶桑「思惑ですか?」
大和「龍花提督は当初、発艦地点への到着時間を19.5時間程度と予想し作戦を立てています。飛行機が600km飛んで一時間、仮に敵艦隊の位置が私達から600kmの地点にいるとしたら、爆撃が開始される頃には彼我の距離は570km。龍花提督はこの程度の距離なら、敵艦隊が我々を捜索し、砲戦開始となる前にその捜索を断念しない距離だと踏んでいるのではないでしょうか?」
扶桑「そう、ですね。なら・・・」
扶桑が考えこむように押し黙った。
山城には今姉様が暗算しているのだとわかるが、他の皆にはどう映るだろう。
大和「扶桑さん・・・?大丈夫ですか?気分が悪いんですか?」
扶桑「・・・いえ、少し計算をしていただけです。大和さんの言う通り考えれば、発艦地点は横須賀から1050km地点ぐらいが良いと思います」
大和「そうすると、敵艦隊の周辺に到着するのは横須賀から計算すれば19.5時間後になりますね。確かにそれなら早期に敵を発見することもできます」
飛鷹「最大戦速35knでかれこれ十二時間近く走ったから、もう780kmぐらいは走ったかしら・・・?」
武蔵「ふむ、ならば後六時間と少しくらいか」
長門「それにしても空戦で消費する燃料を考慮しなくてもいいのは龍花提督とてわかっていたはずだが」
扶桑「少し気が急いていたのかもしれません。時間がない中での立案でしたから」
そんなものか、と長門が納得した後、陸奥が不安の滲む声で言った。
陸奥「少し、現在位置が正確にわからないのが不安ね」
飛鷹「現在位置測定は全部護衛艦に任せてたから仕方ないわ。天測の道具も持ってきてないし」
それはそうだけどぉ・・・、と未だ未練ありげな陸奥を長門が引っ込める。
そうして作戦の再練が始まるわけだが、扶桑は今だ不安が拭い去れずにいる自分に気づく。
爆雷のことを失念していたとは、何とも滑稽な話だ。今回の作戦の準備期間も短すぎるのもその由だろう。いつもなら一週間以上はあるはずの時間も、その間幾度となく行われる図上演習もなしで、一日程度で練り上げられた。
提督だけのせいではない。いつも了解してばかりの私にも責がある話だ。
今にして思えば、かなり急拵えの作戦なのである。
扶桑「・・・」
その急拵えという響きから漂う嫌な予感が、扶桑を不安にさせている。
まだなにかよくないことが起こる。その確信が扶桑にはあった。如何に弱腰と罵られようとも、この予感は消えない。
・・・大体、なぜ大和さんは敵の動向をこちらに教えてくれないのか。深海棲艦の仲間であるのならそれぐらいできて当然のはずなのに。
真剣に作戦立案に携わろうとする表情の大和が、私達を陥れようと画策している顔に見えてならない。
提督が決めたのならと、場の不和を招かないためにも最初はそう言ったが、敵だった過去は消えないのだ。
しかし、今になってやっぱり疑わしいなどと意見を翻すわけにもいかない。
扶桑「(今疑っても仕方ありません)」
頭のなかを一度振り払うと、扶桑は作戦会議に参加していった。
〇四四四。
顔を上げて壁にかかっている時計を見たらとんでもない時刻だった。
提督「ふざけやがって、縁起でもない。たかが時間がゾロ目なだけじゃねぇか。むしろ運がいいって喜んでやる」
躍りでもやってやろうかとむしろムキになって、上げかけた腰を下ろした。
あと八時間で舞鶴が到着する。そう思うとささくれだった心も冷や水を浴びせられたように落ち着いてしまう。落ち着くというよりは、落ち込むという方が当たっているかもしれない。
それにしても八時間は長い。一日千秋とはまさにこの事か。
提督「くっそ」
八時間が途方もないぐらい長く感じる。
護衛艦があと何時間で着くと思う度、電信所へ足が向きそうになるのを必死にこらえる。
もちろんその無線の先は今出撃している三艦隊全てだ。しかし、無線を試みた所で封鎖中であるから出てくれる訳はないのはわかっている。
それでも声を聞きたいと思ってしまうのだ。
扶桑、赤城、そして五月雨の健在な声を聞きたいと思ってしまう。
提督「クソっ」
太平洋じゃなにもできない。
日本海側なら、製油所に何かしら命令を送り込むとかして彼女たちへ最低限の援護ぐらいできるのに。
太平洋では、なにもしてやれることがない。
何かしてやりたいのに、何もできない。
何かできるんじゃないかと心のどこかで思っても、どう考えてもやはり何もできない。
歯痒い。歯痒すぎる。
自分の腕時計の音と、壁時計の音がやけに大きく室内に響く。
提督「クソしかいってねぇ・・・」
〇六〇〇。
完全に夜が明け太陽が顔を完全に出した頃、海上では感動の再会らしきものが行われていた。
白露「皆無事でよかったよっ!」
村雨「こっちの台詞なんだけど・・・、まぁ、白露と時雨も何もないでよかった」
顔をそらしながら村雨が白露に言う。が、朝日のせいで顔が赤いのかどうかはわからない。
夕立「いつから村雨はツンデレになったっぽい?」
村雨「ツンデレじゃない!」
二人が声で無事を喜ぶ一方、春雨は全身で喜びを表現していた。
春雨「よかったですぅッ!」
時雨「心配かけちゃったね。でも大丈夫、五月雨や皆とも会えたから」
春雨が時雨に抱きつくのを、白露が羨望の眼差しで見つめていた。
五月雨「白露が時雨に抱えられて来たときはほんとびっくりしたんだけどね・・・」
白露「お姉ちゃんだから、そんな簡単にはやられんのだよ」
五月雨に話しかけられても、意識は春雨だった。五月雨があんな真似をしてくれるとは思えない。
提督にならやりかねないけど。というかやっていた気がする。
さっさと春雨のあの抱擁が終われば白露の方にも来てくれるのに、時雨がその抱擁を全く解く気配がないので見ているしかない。
名取「そ、それじゃあ、皆さん補給しましょう」
一通り再開の言葉を交わし終えた所で、名取が声をかけた。
速吸「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・」
背後では速吸が肩で息をしながら服の前をパタパタさせている。
速吸「やっと、やっとついた・・・」
五月雨「お疲れ様です、速吸さん。補給、お願いできますか?」
速吸「いいですよ、やれます。やらないと、なんのためにここまで来たのかわからないです・・・」
速吸が補給作業を行う間、付近の海域を交代で駆逐艦が警戒することになった。
五月雨だけは警戒の組へは入らず、補給を終えた赤城たちと話をしに行った。
五月雨「ここまで、大丈夫でしたか?」
赤城「ええ、無事発艦まで漕ぎ着けることができました。途中で色々ありましたけど・・・」
あの潜水艦群のことだろう、そのときの状況はその場に居合わせなかった五月雨にはわからないが、とにかく大変であったことは赤城の口調から察せられた。
五月雨「私達はこのまま南鳥島へ向かいますが、まだ心配なのが扶桑さん達ですね」
この潜水艦群の中を駆逐艦なしで切り抜けられたかどうか、それが心配だった。
実際は苦もなく通過したことなど知る由もない。護衛艦が爆沈したことに関しても、何をか況んやである。
赤城「行くのはいいんですが、速吸さんは大丈夫ですか?すごく辛そうです」
五月雨「そうですけど、ここに一人置いていくわけにはいきません。輸送が任務ですから、攻撃能力もほとんどありませんし」
加賀「じゃあ、私が背負っていきます」
加賀がすかさず言った。
五月雨「え、背負うって言っても「出すのは巡航速度でしょう?」
五月雨「ほ、本当に背負っていくつもりですか?」
加賀「飛行機のない空母なんて輸送艦みたいなもの。役に立たないなら立たないなりに仕事をやるわ」
五月雨「・・・わかりました。お願いします」
赤城「それだと私も役立たずに・・・。私は何をすればいいんでしょうか?」
加賀「赤城さんは私の目の届くところにいてください」
赤城「こ、こ、子供扱いですか!」
加賀「いえ、目の保養のためです」
〇八〇〇。静岡県某民港。
木製の大きな桟橋に、無骨な鼠色をした船からタラップが差し掛けられた。
提督「待ちきれなかったわ」
副長「提督ならしかねないとは思っていましたが、本当にするとは」
笑いながら副長がそう言った。
提督はつい数時間前、遂に待ちきれなくなり無線で舞鶴に指示するや、車で静岡県のとある港までかっ飛ばしたのだ。
提督が乗り込むとすぐにタラップが収納され、付近にいた住民の奇異な物を見る視線を受けながら港を後にする。
提督「彼女らの戦闘の邪魔にはならないように着ければいいが」
航海長「邪魔になるもなにも、最大戦速で飛ばし続けても十六時間以上かかるので作戦はとっくに終わっている頃ですよ」
提督「そうか・・・、うまくいってくれていることを祈るぐらいしかできないのが歯痒いな」
足を揃えて副長が敬礼した。
妖精ながら、結構様になっているのが不思議だ。
副長「では、どこに向かいますか、提督」
提督「今さらそんなこと聞くのかよ。言う必要あるか?」
副長「けじめとか、一種の区切りみたいなものですから」
言ってくれと改めて言われるとすごく恥ずかしいが、求められているならやるしかない。
提督「増速最大戦速、目標南鳥島。艦員直ちに合戦準備!」
副長「了解、増速最大戦速、目標南鳥島。直ちに合戦準備」
航海長「了解、増速最大戦速、目標南鳥島、ヨーソロー」
提督の号令を副長が復唱し、航海長が復唱し、それぞれ各部署が配置についていく。
提督「どうか、全員無事でいてくれ・・・ッ」
目的地到着の可否が、作戦成功の是非に直結している。
ただただ祈りながら、提督は船に揺られつつ、南鳥島を目指す。
〇九〇〇。
彗星一二型三機が飛鷹から飛び立った。
扶桑「今のところ周辺に潜望鏡、水上艦の反応はありません。安心して発艦作業を続けてください」
隼鷹「はいよ」
その三機が横隊を作り、無事に偵察に向かったことを確認する。
搭乗員Σ「次に話すのは敵を発見したとき、か」
搭乗員α「それにしても、私らがいかないでいいのかねぇ?私らみたいなえりーとが」
搭乗員β「たまには若者を信じるというのも、いいんじゃないかね?」
相も変わらず軽空母組はのんびりとした会話を交わしつつ、三機は飛んでいった。
長門(彼らは強いな。これから防空棲姫と対峙しようというのに)
陸奥(いつも同じように振る舞って、緊張を飛ばしてるんじゃない?まぁでも、頼もしいことには変わらないけどね)
飛鷹ら空母組の背後で、長門型がそんなやり取りを交わしていた。
会話を背後に、三機が水平線の向こうへ消えかかり始めたところで、残りの彗星天山全機が発艦し始める。
その光景を飛鷹はただ黙って見つめる。
飛鷹「・・・駄目だわ、私がこんな気持ちじゃ」
一体何機が帰ってきてくれるだろう。
怖くて損害数なんて想像したくもない。
もしかしたら全員帰ってこないなんてこともあるかもしれないと、防空棲姫との邂逅を思い出し身震いする。
不安な気持ちを胸中に抱き続けていることなど露知らず、いつの間にか編隊は三隊に分かれ、それぞれがぞれぞれの航路を採って動き始めていた。
隼鷹「どうしたよ飛鷹。全員無事に」
飛んだじゃないか、と突然手を強く握ってきた飛鷹へ向けて軽口を叩こうとして、やめた。
やめたというより、やめさせられた。
飛鷹が浮かべる表情に。
この世の終わりを待ち構えるようでいて、全霊を込めて各機に武運を祈るような、筆舌に尽くしがたい感情が飛鷹の顔に現れていた。
隼鷹は、自分自身も彼らを飛び立たせることが不安であることを認識しつつも、飛鷹のそれが自分とは比べるべくもないことを思い知らされる。
飛鷹「・・・」
隼鷹は言葉を続けずに、ただ黙って手を握り返した。
隼鷹「(本当は今すぐ舞鶴に帰りたいんだよね、飛鷹)」
こんなことをせずにすむ舞鶴へ帰りたいと、飛鷹のその顔から伝わってくる。しかし、隼鷹は帰りたいなんてことは全く思いもしていなかった。
それは、隼鷹が決して冷酷であるからというわけではない。楽観が、そして信頼が過ぎているだけ。きっとどうにかなると心のどこかで思っているから悲観的にならずに済んでいて、帰りたいという願望が湧いてすら来ないのだ。
しかし飛鷹は違う。信頼もしているが、その上でやはり悲観的な傾向がある。今すぐに逃げたいという願望は、帰りを待たねば信頼を示せないという考えを元に飛鷹自身が常に抑えつけている。
そんな葛藤を持っている飛鷹を知っている隼鷹からすれば、今回の作戦を彼女自身が考えたということが何より信じられなかったのであるが。
隼鷹「(隼鷹型の一番艦として、支えてあげなきゃいけないってことだね)」
既に空は白んだ。
太陽光を浴びながら、編隊は水平線の向こうへ消えていく。
特攻でもなければ無理矢理でもない。
歴とした作戦に秩序付けられた航空隊による、一世一代の殴り込みが行われようとしていた。
本日はここまでです。ありがとうございました。
前レスでは、色々とやらかして申し訳ありませんでした。
最大限気を配って書いていくことにします。
そして今、承知していますよ。とかいておきながら初っぱなでキ105をかます自分に若干呆れすら覚えています。
投下予定は途中で言った通りです。よろしくお願いします。
一身上の都合が発生したのと、問題があり、しばらく投下を延期します。
なるべく早めの再開を目指します。
このSSまとめへのコメント
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