黄昏と不吉な夢「デレマス」 (37)


出なかったよ。

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不吉な夢を見た。

それは自分の担当してるアイドルが死ぬ夢で、なぜか彼女は僕の前を歩いていき、線路に入った途端立ち止まる。


ちょうど踏切のカンカンカンという音が耳に響いて、僕の声がかき消される。

それならば、と走って追いかけるが、夢の世界にある独特の足がうまく前に出せなく、歩いているのか走っているのかさえ分からないスピードがただ、もどかしく……息苦しい。


そのうちに遮断機はゆっくりと降りていき、彼女は振り返って僕に向ってほほ笑む。

まるで自分が何をしているのか分かっているように。

別れを惜しまないとでもいうように。


なにか、彼女が口を開いて小さく動かす。

声は相も変わらず聞こえない。

僕にはもう届いてくれないみたいだ。

そうしているうちに、警告音とでもいうように大きく汽笛のなる音が聞こえて、それで……



「おめざめでしてー?」



いやな夢を見たときは必ずと言っていいほど起き抜けにズキズキと頭痛が襲ってくる。

「おう、おはよう芳乃。すまない少し仮眠をとってた」

「身体を休めることもまた業務の一つであり~」

「そう言ってもらえると助かるよ」

……それも、目の前に居るアイドルが死ぬ夢であればなおさら。


涙のあとを芳乃に悟らせないために、あくびを大げさにし、視界をもう一度歪ませる。

意識があったときは青空が広がっていたのに、窓を見れば西日が差し込んでいた。

目を擦りながらいつの間にかこんな時間になっていたのかとまるで、自分だけが止まった時間に取り残されたような不思議な気持ちになってしまう。


「もうよろしいのでして?」

そういいながら芳乃は画面をつけっぱなしになっているパソコンを指さす。

「ああ、すまない。もう少しだけ資料をまとめるから」

「でしたら、少しだけわたくしもそなたの為に何かをやりましょうー」

「それならお茶でももらおうかな」

「おまかせくだされー」

とてとてと給湯室に向かう後姿を見送り、深くため息をついてから液晶画面に向き直り、気持ちを切り替える。



「……大丈夫。ただの夢だ」


「おたませいたしたのでしてー」

おぼんに湯呑を二つ載せ、芳乃がこちらへ向かってくる。

相変わらず足の運びが小さく、とてとてと危なっかしいようにも見えるが、そこらへんはきっと芳乃だから大丈夫だろう。

歌鈴に任せていたら大変なことになっていそうだったが。


「ありがとう」

「いえいえーそなたはいつもみなの為に頑張っているのでしてーわたくしもそんなそなたの一助になればさいわいなのでして」

そんなプロデューサー冥利ともとれるやり取りをしながら彼女の淹れたお茶を口に含む。

熱が喉を通り体の中で広がっていく。

きっと「染み渡る」というのはこういうことをいうのだろう。

寝起きに高鳴っていた心臓の音もいくばくか落ち着いていった。


再度画面を確認してからシャットダウンをクリックしてパソコンをとじる。

「もういいのでしてー?」

「ああ、今日はこれで終わりだ」

「……!」

終わり。という言葉に芳乃が一瞬なにか引っかかったような表情を見せるがすぐにいつものように僕に向って微笑む。

「それでは今日もまた一緒に帰りましょうー」


茜色に染まった帰路を二人で並んで歩く。

道行く人が見えないのは、時間帯だからなのか、それとも芳乃が持っている不思議な力のせいなのか。

とはいえ人がたくさんいるところに仕事でもないアイドルを歩かせるのはやはり、リスクとなるので、このほうが助かるといえば助かるのだが……


「そなたは最近、夢を見ましてー?」

どきり、とした。

確かに今日の僕は嫌なことを忘れようとして、今を取り繕うのに必死で、とにかくいつもとは違っていたかもしれない。

「いや、見てないな。すこぶる快眠だよ」

「そうでしたかー」

もしかしたら何もかもがお見通しなのかもしれない。

ただ、ここはプロデューサーとして芳乃に心配をかけさせてはいけない。

ここは笑って答えるべきだ、それが例え、強がりだったとしても……


「あれ、こんなところ工事なんてしてたっけか」

いつも女子寮まで使う道がカラーコーンと、工事中と書かれた看板にふさがれてしまっている。

昨日来た時にはこんなものはなかったのに。

それにしても工事の人が誰一人としていないのは少しだけ、不気味な雰囲気が感じられる。

そもそも昨日、僕はこの道を通っただろうか。


「回り道もたまには必要かとー」

隣にいた芳乃が僕の手を引いて歩きだす。

何を急いでいるのだろうか。

あたりは夕日が落ちかけており、夜の帳がゆっくりと僕たちを包み込んでいるようであった。


いつも通る道が一つなくなっただけなのに、回り道として使っているこの道はまるで、別世界に来たような幻惑的な風景が広がっていた。

ただ、なんとなくだけど僕はこの道を知ってる。

そんなのどっかのタイミングで通ったことがあるといわれてしまってはそうなのかもしれないのだけど。

今日に限ってはすごく嫌な予感がする。

じりじりと西日が僕の油汗を焦がすように照り付ける。


「そなたは逢魔ヶ時をご存じでしてー?」

突然隣にいた芳乃が声をかける。

「周子も言ってたな確か。このぐらいの時間のことだろ?」

「でしてー」

「それがどうかしたのか?」

「読んで字のごとくー。逢魔ヶ時はこの世とこと世が混ざり合う時間でありー」

芳乃はたいてい人と話すときはその人の顔をじっと見つめる癖があるのだが、今日に限って言えば、まっすぐ前を向いたままだ。どういう訳だか……


……すごく嫌な気分だ。

胃から腸から気持ちの悪いものが上へ上へと押しやってくるように、だんだんとなにか、黒いもやもやしたものがこみ上げてくる。

これ以上は進んだらいけない。


身体が、心がそう警告しているようであった。


先へ先へと進む芳乃がゆっくりと四つ辻の角を曲がっていく、僕も口元に手をかざしたままそこを曲がってしまった。

「……芳乃。引き返そう」

「……」

そこで見えたのはいつも悪夢に出てくる踏切そのものだった。

所詮夢だと片づけてしまえばそれまでなのだが、本能が依然として警告を打ち鳴らしている。ここはヤバい、引き返せと。


芳乃、ともう一度名前を呼んでも反応はない。

まるで意識が目の前にある踏切に奪われているみたいだった。

こうなれば力づくでもここから立ち去るしかない。

そう思っていたのもつかの間、芳乃はそんな僕の意思と力に反して踏切のほうへ進んでいく。

このまま彼女を歩ませてはいけない。

そんなことを思いながら握る手に力を込め、進行方向とは逆の向きへ引っ張る。


夢の中と同じだ、先を行く彼女。

うまく手足に力が入らない僕。

どうにかして四肢に力を込めるけど全くといいほど意味をなさない。

それどころか金縛りにあったように手足を動かすことすらままらなくなってしまった。

きっとこのまま行ったら彼女は……


「黄昏の語源をしっていますでしょうかー」

突如として声が聞こえる。

ただ、どこから聞こえるのかはわからない。まるで至るところにスピーカーがあるように。

ハウリングしながら音が、声が響く。

「あたりは薄暗くー、見知った人の顔でさえ分からなくなる時間帯でありー」

「誰そ彼と尋ねる言葉から黄昏へと言葉を変えていったのでしてー」


そんなことをしている間についに踏切が目前まで迫ってきてしまった。

踏切はまるで僕たちを待っていたかのようにカンカンカンと音を鳴らしながらゆっくりと遮断機を下げていく。


ここまで、全部夢の通りであった。



ただ、踏切の中に取り残されたのが僕で、本来夢の中では死んでしまう彼女は僕より一歩前、つまり踏切より外にいることを除けば。



これで良かったのかもしれない。

僕が犠牲になれば、彼女を守れる。

プロデューサーとして当然の行動だ。

真っ直ぐ前を向くと、彼女は、芳乃はゆっくりと僕のほうへ振り返りほほ笑む。

口を小さく開いて一言。



「そなたは本当にそなた?」


誰そ彼と尋ねるように小首を傾げ、芳乃は手を合わせる。

まるで、祈るように。

「なにを、言って……!」

真横から耳をつんざくようなけたましい汽笛の音。


思えば僕はプロデューサーという肩書きしか思い出せない。


自分の名前すら……


ああ、そうか。僕は……



「……ほぅ」


「逝ってしまいましたか」


「そなたはこの世にとどまっていてはいけない殿方でしてー」


「夢にとらわれた怪異。とでもいいましょうかー」


「ただ、わたくしのたいせつなプロデューサー殿の真似事はゆるさないのでしてー」



「さて、わたくしも元の世界に戻らなくては」


「本物のそなたがわたくしのことを待っていることでしょうー」




「黄昏と不吉な夢」

おわり。



カンカンカン


カンカンカン


「回り道の方が早いよー」



カンカンカン


カンカンカン


「なぁ」

「どうしましてー?」

「なんか近くないか?」

「気のせいでございましょー」ギュ

「そ、そうなのか」

「そなたは最近、夢を見ましてー?」

「夢?」

「はいー」

「いや、あんまり。寝てること自体少ないし」

「それはそれで問題がありまして」

「夢がどうかしたのか?」

「いえー。ただ、夢に囚われすぎないようにゆめゆめ注意を怠らんと思いましてー」



「とくに、この世とこと世の境目も」


「夢と現の境目も非常に曖昧なものなのでして」



「それをお忘れなきよう、でしてー」


よしのんは来なかった。

それでは。

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