高垣楓「告白の味」 (34)
前書いた楓さんSSの続きです。
前作を読むこと推奨
↓
高垣楓「好き、嫌い、大好き」
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「恋は盲目」
よく聞く言葉だが、そこまで的を得ているわけでもない。
ついこの間、俺は恋をした。
正しく言うと、自分の恋に気づいた。
常に恋に夢中かと言われたら、それは違う。
朝は眠気を感じるし、家に帰るときには何を食べるかを考える。
恋をしていても、四六時中相手のことを考えているわけではない。
送っているのは、いつもと変わらない日常だ。
だけど。
例えば、少しだけ目が合う瞬間。
自分の気持ちを改めて自覚して、相手のことで頭の中が一杯になる。
そんな時、「ああ、これが恋なんだな」と実感する自分がいる。
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周囲の喧騒が、空間に溶けていく。
周りの人が喋っているのは分かるけど、内容までは分からない。
ここに、二人だけでいるような気分がした。
楓さんが、目の前にいる。
今日は焼酎の気分らしい。
グラスの中の、角張った氷が透き通っている。
軽く口を付けると、楓さんが話しかけてきた。
「プロデューサーさんは」
「誰にも言えないようなことって、ありますか?」
先程までしていた話と全く脈の無い質問に、少し驚く。
「そうですね......」と言って間を取った。
それから、誤魔化すために当たり障りのない回答をする。
「職業柄、基本的に秘密は作らないようにしてますね」
「そうですか」
俺の答えを聞いて、楓さんはにっこり笑った。
この笑顔をもう少しだけ見ていたくて、俺は続ける。
大人になって暫くして、今更実感したことだ。
「伝えたいことは、伝えられた方が良いですから」
「じゃあ、プロデューサーさんはそれが出来ていますか?」
そう言われて、微妙な苦笑いが顔に出てしまった。
この気持ちを、はっきりと伝えられたら。
そんなことを考えて、こう返した。
「まだ、できていないと思います」
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季節が変わり、少し涼しくなってきた頃。
外回りから帰ってくると、ちひろさんがFAX用紙を何枚か渡してきた。
衛星放送、全国系列の旅番組のオファーだった。
かなり離れた所で、泊まりがけのロケになるようだ。
出演は一人だけ。指定は高校生以上であれば特に無し。
アイドル達の予定を確認すると、空きがあるのは楓さんしか居ない。
「出演するのは、楓さんにしますね」
俺がそう言うと、それを知っていたかのようにちひろさんがからかってきた。
「良かったですね」
好きな人と一緒に旅行(ロケ)に行けて、嬉しいでしょう?
そんな感じのニュアンスが、この一言に含まれているような気がした。
この人は俺の気持ちを弄んでいるのだろうか。
「何が良いんですか?」
「楓さんと、二人っきりじゃないですか」
「二人だけでは無いです。それに......」
成人組のロケなら俺が付いていく必要はない。
その旨ををちひろさんに言ったら、
「何言ってるんですか?」
と、有無を言わせない笑顔で見つめてきた。
前より嬉しさ多め、そんな感じの苦笑いをした。
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今回のロケ場所は、地方の温泉街だ。
温泉の他にも、酒造りが盛んな所らしい。
楓さんは、今回のロケの話を聞いて
「楽しそうですね」
と言っていた。
仕事の疲れを打ち消す、最高の笑顔だった。
でも、そんなことよりも。
楓さんが楽しく仕事ができるならそれでいい。
そう思っている自分が、少しだけ滑稽に思える。
だけど、楓さんにこの気持ちを伝えようとは思わない。
アイドルとプロデューサーの恋愛以前に、失敗することが怖い。
楓さんと俺が作ってきた関係を、壊すのが嫌だった。
そう考えたら、ふと「恋は盲目」と言う言葉の続きを思い出した。
「恋は盲目であり、恋人たちは自分たちが犯す愚行に気付かない」
俺は今、恋をしている。
分かりきったことだ。
だけど、愚行は犯していない。
愚行を犯す程の、勇気がない。
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移動する新幹線の中。
窓際には楓さんが座っていて、その隣に俺がいる。
正直、とても緊張している。
顔を伏せて黙っていると、自分の心臓の音が聞こえきた。
楓さんに聞こえていたりしないかな?
そんなわけないのに、どうでもいいことばかり考えてしまう。
俺は乙女か。
頭の中で、自分に喝をを入れた。
トンネルを抜けて、視界が明けた時。
楓さんが急に話しかけてきた。
俺は少し驚いて、楓さんの方を向いた。
「前の話の続きですけど......」
「はい」
恐らく、前に飲みに行った時の話の続きだろう。
楓さんは、窓の外を見つめながら続ける。
「私は、あります。誰にも言ってないこと」
次の停車駅を知らせるコールが鳴った。
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今、撮影で老舗の酒造会社に来ている。
古い木造建築特有の、ひんやりとした空気が体を包んだ。
外は未だに残暑が厳しい中、撮影場所は涼しかった。
狭い店舗の中で、撮影スタッフがひしめき合っている。
なるべく音をたてないようにして、楓さんが見える場所に移動した。
隙間から顔を覗かせると、楓さんが商品紹介をしているのが見えた。
ここでは、「喜び」とか「悲しみ」といった感情を味で表したお酒を販売しているらしい。
楓さんに魅入っていると、後ろから声をかけられた。
「......すみません。これ新商品ですので、どうぞ召し上がってください。」
振り返ると、酒造会社の人が紙コップに入っているお酒をくれた。
「これはどんな味ですか?」
と質問しようとしたが、その人はカメラに緊張しているらしい。
俺に紙コップを渡すと、すぐにどこかへ行ってしまった。
仕方ないから、自分で味を考えることにした。
お酒を口の中に運ぶと、少しだけ強い甘さが広がった。
この味に合う名前を頭の中で探したら、真っ先に「恋」が出てきた。
「少し違うな......」
それに少し違和感を覚えてから、もう一口飲んだ。
普段はアルコールを摂らない時間帯だから、いつもより酔いが回りやすい。
体が上擦るような感覚がして、まだ話をしている楓さんを遠目で見た。
「告白」をする前のような気持ちになった。
「恋」だと思った時よりも、それは少しだけ甘い。
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次に待ち構えていた温泉でのロケを済ませ、俺は旅館の湯船に浸かっていた。
勿論、男湯。
体を浸している湯が熱くて、意識が朦朧としてくる。
それを誤魔化すために、斜め上を向いた。
俺が動かなくなると、周りは静かになった。
風の音、虫の鳴く声が聞こえてくる。
竹柵越しから、弱い水音がした。
向こう側の人が何かを飲んでいるようだ。
「プロデューサーさーん、居ますかー?」
その人は、楓さんだった。
温泉に入っても酒を飲んでいるようだ。
俺が居るとは限らない男湯に声をかけるのもおかしかったし、
このまま答えるのも恥ずかしかったから、黙り込んでしまった。
「あ、虫の無視......。ふふっ......」
楓さんが、駄洒落で揺さぶりを掛けてきた。
急に黙っていられなくなって、口を開いた。
「浴場で飲んでも大丈夫なんですか?」
「旅館の人が、大丈夫だって言ってました」
楓さんが言い終わったのと同時に、秋らしい強い風が吹いた。
「プロデューサーさん」
「この後、一緒に行きませんか?」
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この旅館自体もかなり大きい建物だったから、特に驚きは無かった。
俺は今、楓さんと旅館の中庭にいる。
吹き抜けの構造になっていて、盆栽や池がある大きな庭だ。
隅々に申し訳程度の照明がある。
不意に。
俺の前を歩いていた楓さんが、くるりと回った。
照明よりも強い月の光に、その姿が照らされている。
「プロデューサーの秘密、聞かせてください」
しつこい。
そう思いながら、
今までに、何回も。胸が痛くて、恋の感覚がした。
「そうですね......」
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自分の秘密。
思い慕いとか、好き嫌いとかの類ではなく、幼少期のちょっとした経験。
それを俺が話した後、二人は無言の時間が続いた。
月が、夜空に滲み始めて。
楓さんは、俺の話を聞いた後から少し寂しそうな顔をしている。
その表情を、変えたくて。
それくらいに、好きで。
それでも伝えられなくて。
だけど、このまま秘密にはしたくない。
矛盾の中で、誰にも聞こえないように呟いた。
今日で、二回目。再び、告白の味がする。
「楓さんのその目まで、愛しています」
楓さんが俺の方を向いて、目が合った。
月明かりが眩しくてよく見えなかったが、
その顔は少しだけ笑っていたような気がする。
終わり。
はい、今回も駄洒落エンドでした。
自分の恋心を認めても伝えられないPと、Pの本音を聞きたい楓さんの話です。
文中のPが楓さんが求めている「告白」と、違う「告白」を言って誤魔化している所でそれを表しています。
お読みいただきありがとうございました。
HTML依頼出しておきますね
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