モバP「飛鳥が事故に遭った」 (23)


飛鳥が事故に遭ってから3日経った。

手術は無事成功したはずなのだが、彼女はまだ眠り続けている。

仕事も手に付かず、この3日間はずっと休みを取っている。

今日のお見舞いで飛鳥の両親と出くわした。
これで飛鳥が事故に遭ってから彼らに会うのは2度目だ。

前に会った時と同様に、「自分の監督不届きです、本当にすいませんでした」と繰り返し頭を下げて謝った。しかし飛鳥の両親は『前にも話しましたがあなたが悪いのではない、頭を上げてください』と目は伏せているが優しい口調で返してくる。

しかしその言葉がこの身に突き刺さって仕方がない。



今思い返せば、あの時私が飛鳥を送ってやっていればこんな事にはならなかったはずなのだから……。


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飛鳥が事故に遭った日、私は事務員である千川ちひろさんと次のイベントに関する書類を作成している最中だった。
コピー機の調子が悪く、困りましたねと二人で顔を見合わせていた所にレッスンを終えた飛鳥が事務所に帰って来たのを覚えている。

「ただいま」

いつもと同じように挨拶をする飛鳥。

「お、帰って来たか飛鳥。レッスンどうだった?」

「まあぼちぼちと言ったところかな。どうやらボクは天才には程遠いらしい」

「最初はみんなそんなもんさ、気長にやろう」

「ああ、理解ってるよ。ところでプロデューサー、ちひろさんと顔を見合わせて一体どうしたんだい?」

「いやな、どうもコピー機が調子悪くて書類が印刷出来そうにないんだよ」

「それは困ったね」

「本当困りましたよ…。この時間だと修理を呼ぶにもやってないだろうし…」

そうちひろさんが不満そうに言いながら時計を見る。
午後9時頃だったはずだ。


「取り敢えず自分が中開けて見てみます。もしかしたら紙が詰まってるだけかも知れませんし」

「お願いしますプロデューサーさん。私は書類に誤字がないかチェックしておくので」

「了解です。悪いな飛鳥、夜遅い時間なのは分かってるんだが、今日は送ってやれそうにないみたいだ」

普段ならこの様な時間まで事務所に飛鳥が居る時は必ず事務所から少し離れた所にある寮まで送ってあげていたのだが、この日に限ってはそれが叶わなかった。

「気にしないでくれ、トラブルが起きたのなら仕方ないだろう?」


「本当悪いな。レッスンで疲れているのに」

「飛鳥ちゃん気を付けて帰ってね?」

「ありがとうちひろさん、それじゃボクは帰るとするよ。お疲れ様」

これが事故に遭う前の飛鳥との最後の会話だった。

事故に遭ったと飛鳥の両親から連絡があったのはこの1時間後。



この3日間何度も何度も己を呪った。

あの時送って行ってやれば。
あの時途中まででもついて行ってやれば。
自分を責める言葉だけが頭の中をぐるぐると回り続ける。

病室で眠る彼女の顔を見る度に、真っ黒な何かが心を蝕んでいくの感じていた。


飛鳥が事故に遭ってから5日が経った。
彼女はまだ目覚めていない。

この数日間ろくに睡眠を取れていない私を心配してか、ちひろさんが私の自宅に様子を見に来た。

「プロデューサーさんがしっかりしなきゃダメじゃないですか」

彼女は私がドアを開けるなり開口一番に明るくそう言った。

彼女のその明るさが、普段のそれよりずっと輝いて見えるのは私が弱ってしまっているからだろうか。

しかし私は気付いてしまっていた。彼女の目元にも、化粧で隠してはいるが私と同じくクマがある事に。


「…あれからなかなか眠れなくて」

「お気持ちは分かりますけど、それでプロデューサーさんまで倒れたら飛鳥ちゃんが起きた時に一体誰が飛鳥ちゃんをプロデュースしてあげるんですか」

「……ごもっともです」

「でしょう?その調子だとどうせ食事もろくに取ってないんでしょうし、私が作ってあげますよ」

「そんな、悪いですよ料理なんて」

「良いんですやらせて下さい」

その後も何度か押し問答をしたが、結局押し負けてしまった。



「ちひろさん料理上手なんですね」

「意外でしたか?」

「いいえそういうわけでは」

久々に取るまともな食事に箸が止まらなくなってしまい、気が付くと自分の皿を空けていた。
それぐらいちひろさんの作る料理はとても美味しく文句の付けようがない程の物だった。

「皿、洗いますよ」

「いえいえ、プロデューサーさんは座っていて下さい」

「ご馳走してもらった手前、そういうわけにもいきません。ちひろさんが座っていて下さい」

「……そうですか?なら…お言葉に甘えて」


皿を洗い終えると、テーブルに視線を落としたちひろさんが椅子にちょこんと座っていた。

「……ねえプロデューサーさん」

先程までの明るい雰囲気とは打って変わり、低い声音で話すちひろさん。

「なんですか?」

「飛鳥ちゃん、このまま起きなかったらどうしますか……?」

「……ちひろさん、冗談でもやめて下さい」

「冗談でこんな事言えませんよ!!!」

突然声を荒げるちひろさん。

その勢いに気圧されて私が何も言えないでいると、私と彼女の間に痛い程の沈黙が流れた。


「……すいません、大きな声を出してしまって……でも、でも私分からないんですプロデューサーさん……。急にこんな事になって、仕事なんて手に付かなくて。さっきあんなことプロデューサーさんに言いましたけど、心の中で自分に言い聞かせてるだけなんです…」

「……俺だって、どうしたら良いかなんて分かりませんよ……。この5日間、何度も繰り返し自分を責めるだけの日々でした」

「自分を責めるなんてやめて下さい……私が悪いんです。早々に、次の日業者を呼ぶことにすれば良かったんですよ。そうすればプロデューサーさんだって飛鳥ちゃんを送ってあげれたのに……」

話しながら段々と涙声になっていくちひろさん。
なんでもテキパキとこなす彼女のこんな弱々しい姿を見るのは初めてだ。
私と同様、相当参っていたのだろう。



「ちひろさんだってそうやって自分を責めているじゃないですか…」

「でもーー」

ちひろさんが何か言いかけた時、私の携帯が鳴った。

ちひろさんと携帯とを目で逡巡すると、ちひろさんが出て下さい言うので携帯を耳にあてがう。

「…はい、もしもし」

相手は飛鳥の両親であった。

「はい、はい………え?」

一瞬何を言われたのか理解出来なかった。
心では信じていたはずだったのだが、いざ言われると脳の処理が追いついてこない。

「プロデューサーさん?どうしました?」

ちひろさんが様子を察してか怪訝な顔で聞いてくる。

「飛鳥が…飛鳥が目覚めたって…!」



「やあプロデューサー、それにちひろさんも」

病室にちひろさんと駆け込むと、そこには眠っていた筈の彼女が半身を起こしていた。

眼前の光景に信じられない、と脳が拒絶反応を起こしているのを感じる。

「飛鳥…!」

「飛鳥ちゃん…!!」

「二人ともそんな泣きそうな顔しないでくれよ…ボクはしっかりここにいるからさ」

苦笑交じりに言う飛鳥。
言葉を言い終わるのと、ちひろさんが泣きながら抱きつくのとはほぼ同時だった。



ちひろさんが泣き止むのを待っていると、飛鳥の両親達が私達はもうある程度話しましたから、と気を利かせてくれて病室の外に出てくれた。

「…なあ飛鳥」

「ん?なんだいプロデューサー」

「ごめんな、俺がお前を送って行ってやればこんな事には…」

「いいえプロデューサーさん私が早々に明日業者を呼ぶことにすれば良かったんです…」

「いやですから俺が…」

「いいえプロデューサーさん、私が悪いんです」


「ちょ、ちょっと待ってくれ二人共。もしかして君達はボクの事故の原因が君達自身にあると言いたいのかい?」

「ああ…」

「ええ…」

「…はあ、流石にそれは傲慢というものだよ。まず大前提として、何故君達に責任が行くんだい?事故に遭ったのはボクの不注意が原因だ。そこに事務所に居るはずの君達には入る余地すら無いと思うんだが?」

「いやしかしだな…」

「でもね飛鳥ちゃん…」

「いやもでもも無いよ全く、もう少し冷静に考えたらどうだい、普段の君達ならこんな事で頭を悩ますなんて絶対にあり得ないよ」

言い切った飛鳥の言葉に何も言い返せなくなる。
確かに彼女の言う通りなのだ、そんな事は痛い程分かっている。
でも、それでも何か責任を負っていないと自分を許せなくなってしまうのだ。


「…確かに君達の言わんとしてる事は理解出来る。あの時もし、ちひろさんが早々に明日業者を呼ぶことにして、プロデューサーがボクの事を送り届けてくれていたら、ボクは事故に遭わなかったのかも知れない。でも、現実はそうじゃなかったろう?そんなifの事を言い合ったって仕方ない事だとなんで気が付かないんだい。ボクは今、君達に大きく落胆しているよ」

「……すまん飛鳥」

「謝罪はもう聞き飽きたよプロデューサー。事故には遭ってしまったが、ボクは今こうして目覚めた。それで良いじゃないか。それとも君達はボクが君達の所為にして責任を取って欲しいとでも思っていると考えているのかい?」

「いやそんなわけじゃ…」

「だろう?だからもうこの話は終わりにしよう。目覚めて早々こんな話を続けられたら、ボクはもう一度長い眠りに就きたくなってしまうよ」

「それは……嫌だな」

「フフ、そうだろう?」


「…飛鳥ちゃんのその笑い方、久しぶりに見れた気がします」

「起きて早々に大人達の戯言を聞かされたからね」

「…ごめん」

「…ごめんなさい」

「ああ!もう面倒臭いな今の君達は!そんな本気で落ち込むのかい!?」

「はは、冗談だよ飛鳥。落ち着けって」

「そうですよ、ふふっ」

「……はあ、本当勘弁して欲しいよ。本当に」



「じゃあ俺たちもう行くから」

「ご両親にありがとうございましたって伝えておいて下さいね、飛鳥ちゃん」

あれから三人でこれからの活動について話し合い、方針を決めて行くうちに面会終了時間が近くなっていた。

「ああ、理解ったよ」

病室のドアを開けて廊下に出る。

後ろ手にドアを閉めようとした時、ベッドの上の飛鳥が私達二人の背中に声を掛けた。

「二人共心配してくれてありがとう。ボクも早く復帰できるよう善処するよ」

「…当たり前だ」

「…ふふっ、明日また来ますからね!」

微笑みながらそう返事をして、ドアを閉める。


少し歩を進めて廊下の真ん中で立ち止まる。
ちひろさんと目を合わせると、どうやら同じ気持ちになったようであった。

「育てるはずのアイドルに助けられちゃいましたね」

「ええ、逆にこちらが精神的に成長させられそうです」

二人で笑い合い、同時に歩き出す。

病院を後にした足取りはとても軽く、心を蝕んでいたあの黒はもう居ない。

「さあ、飛鳥が復帰した時のために仕事しますかね」

「そうですね!ここ何日かでだいぶサボっちゃいましたし!」

空はすっかり暗くなっていたが、私達の心はとても明るかった。


おしまい

飛鳥が好きすぎて事故に遭ってもらいました
いやね、この子絶対不幸にさせたら輝きそうなんですよ

そのうちもっと重たい内容に書き換えた方も投稿したいですね

二宮飛鳥「星が瞬くこんな夜は…ってね」
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