橘ありす「プロデューサーさんにデートに誘ってもらいたいんですけど、、、」 (35)

「自分がどうするかということもですけど、誰にどうさせるかということもとても大切

だと思うんです!」

...ありすちゃんは今日も、タブレットで見つけてきたカッコイイ言葉を得意げに語っ

ています。

今の流行の台詞に直すとしますと、『こんな名言を知っている?』というところでしょ

うか。

...いえ、そもそも誰かの名言なのかどうかさえ存じ上げませんが。

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「文香さん、どうかされましたか?」

少しばかり考えにふけっている間に、先ほどまで得意げな顔で胸を張っていたありすちゃんが、180度表情を変えて不安げに私の顔を覗き込んでいました。

同じ事務所の的場梨沙さんは、『自分のような小学生のアイドルにはロリコンのファンしか付かない』と豪語していましたが、同年齢のありすちゃんに限ってはこの理屈の遥か外に存在しているといっても間違いないでしょう。

...なんといっても、同性で年上の私ですら心を揺さぶられてしまうのですから。

「...ごめんなさい、少し考え事を」

...こんなありきたりな嘘で場を誤魔化すなんて、しかもよりによって天使であるありすちゃんをお相手に。

きっと犬畜生にも劣るわたしのことを天は許してはくれないでしょう。

それでもかまいません。
例え犬となることがあろうとも私はこの現世に舞い戻って彼女の隣の指定席の上で笑って見せましょう。

今はまだ前足ではない右手を彼女の頭の上に伸ばし、髪をなぞるように頭を撫でるとありすちゃんは少しくすぐったそうに笑いました。

...永遠にこうやってじゃれ続けさせていただきたいところでもあるのですが、ありすちゃんに不思議がられるのは良くないことですし、それ以上にありすちゃんのお話にも大変興味があります。

「...大丈夫です。ちゃんと聞いていますから」

「よかったです、もしかしたらとてもお疲れなのかと思いました」

えへへとはにかむありすちゃんの笑顔を高画質で脳ではなく心に刻み込みながら私はありすちゃんに続きを促しました。

「あのですね、ええと。改めると文香さん相手でも少し恥ずかしいんですけど」

と前に置いた言葉に続いて、「率直に言いますと、プロデューサーさんにデートに誘ってもらいたいんです」

と、ありすちゃんは話してくださいました。

...デート!
ああ...!
今...ありすちゃんは、プロデューサーさんと二人で遊びに行くことを「デート」と表現しました。

今まで、「あくまでも仕事の一環として」「宿題の社会見学として」という形で、私と2人で話すときでさえ照れをごまかしながらでしたありすちゃんが、デート!

ありすちゃんという一人の可憐な女性がさらに一歩前に進む瞬間に立ち会えた幸福と、そこまでの信頼関係を築くことが出来た今までの自分の頑張りの元に、私自身とありすちゃんをひとつながりの腕の輪の中に閉じ込めて力いっぱい抱きしめあげたい、という

無量の感情が湧きあがってきます。

決して、ええ。決して、茶化すようなことは言いません。

ありすちゃんのことをからかうことで可愛らしさを引き出すような振る舞いを選びがちな周子さんやフレデリカさんでさえ、この場に居合わせたなら静かに先の言葉を促すでしょう。

「いままで、プロデューサーさんには仕事以外でも色々なところに連れ出していただきました

「ええ、そのことについてはとても感謝してますし、とても楽しい思いをさせて頂いています

「でも、ですね。実は、少し前からずっと、私からプロデューサーさんをお誘いするばかりでして、、、

「じゃれつく子供みたいだとか、犬みたいだとか、、、

「なんといいますか、そのように、ただ都合のいいように可愛がられているだけなのではないかと思いましちょっ

かかかかか可愛いいいいいいいい

...駄目、駄目、これは駄目です。

思います、想います、親愛いますとも

誰だってこんなありすちゃんを見れば「可愛い」って思います。

...まず、なにかを誤魔化すように不自然に揺れるイントネーション。声がとても可愛いです。

...どんなに難しい現場に出ても、物怖じせずに前にキッと向けていられるあの視線を右下にそらすまでに緊張しているありすちゃん。目もとてもとても可愛いです!

...頬を可愛い苺よりも可愛い色に紅潮させ、熱っぽい空気を漏らしながら。私を前に心の奥深くにある想いを吐露してくださるありすちゃんの、その口周りももちろんとてもとてもとても可愛いです!!!

...きっと本当の心から少しずれてしまっている言葉も、それに気付いていない真っ直ぐさも、言葉の選び方も!

...可愛いなんて表現では表し切れないですとか、可愛いと言われるのが恥ずかしいですとか。

そういう表面的なお話をありすちゃんはしているのではないということは分かっています。

分かってます、分かってますよ?

でも、でも、でも、でも!

...貴方を可愛いと、やはりそう思ってしまうのはどうしようもないことなのです。ありすちゃん。

...こんなに可愛い女の子を、自分より何歳も年下ですからと言いましても
...気軽に、デートに、誘えるわけがないんですよ!
ありすちゃん、あなたはそれほどに魅力的なんです!

「ぷはっ。と、文香さんどうしたんですか?突然抱きしめてきて、流石に暑いですよぅ」

「ありすちゃん、私に任せてくださいませんか?」

「へ?」

「...私がありすちゃんの望みを、きっと叶えて見せますから」

ありすちゃんの肩に手を添えて、いつからかありすちゃんのように真っ直ぐと向けられるようになった目線を彼女の目線に合わせ、私はそう誓いました。

私の頭の中に眠っているたくさんの読書体験は、きっとこの時の為にあったのだろうと


そう、思いました。

「文香さん、ダメです。プラン1も2も3も駄目でした、、、」

...ああ、ありすちゃん。

こんな情けない私でごめんなさい、あまりの罪悪感に目頭が熱くなってきました。

...白状しますと、プロデューサーさんを甘く見ていました。

...だって、そうじゃないですか。

こんなに愛らしい、そして素敵な女の子が「そういえば今度の土曜日はオフですね」ですとか「学校の近くに出来たカフェがとても美味しいみたいです」のような話題を二人きりの時に投げかければ、普通の男性であれば飛びつかないわけがないのです。


事実として、恋愛小説のあの高校生のキャラクターも推理小説に出ていた人間関係にはとても鈍感キャラクターでさえも、このような展開の際は女の子の意図を理解してデートに誘っていました。

「ううう...。どうしましょう、文香さん。どんどんオフの日が仕事につぶされていきます、、、」

そういったことを、一部のところでは魔法とまで噂される手腕で私たちを導いてくれたプロデューサーさんが気付いていないとは思えません。

...つまり、プロデューサーさんは分かった上で逃げているということです。

「私って魅力がないんでしょう「それは違います」

...どうして、ありすちゃんの気持ちに寄り添ってあげないのですかと問いかけたとしても、あの方は年齢であるとか、仕事であるとか、ありきたりな正論で煙に巻くのでしょう。

年端もいかないアイドルと一定の距離を保つプロデューサーの形は、今更言葉にするまでもなく正しくて。

それを否定できる言葉は、ただでさえ口下手な私にはきっと並べることはできなくて。


「...なんとしても、プロデューサーさんに口にしてもらいましょう」

それでも、ありすちゃんが悲しい顔を浮かべなければいけない常識ならば、それは壊さなければいけないと私は思うのです。

「...おそらく恥ずかしがっているだけですから」

...誰かに咎められたのかもしれません、一線を越える勇気を持てなかったのかもしれません。

...何も話してくれない貴方のことを、私は想像することしかできません。

...ですから、想像の中の歩みを止めてしまった貴方の背中を押させていただきたいと思います。

...常識を壊すため、そして、あそこから連れ出して頂いたいつかの日の恩返しのために。

「...デートに行こうと、そう言ってもらいましょう」

「ど、どうしてですか。ここまでしたのにデートに誘ってもらえないなんて、プロデューサーさんはやっぱり私のことなんて、、、」

...ああ、ごめんなさいありすちゃん。

やはり至らない私のことを許してください。

...あそこまで大見得を切っていながら、何も力になれない私のことを許してください。

...方法に、なんとなくの違和感を感じるところまでは辿り着いたのですけど、その。

...ありすちゃんの考える作戦や、それらに一つ一つ全力で取り組む姿がかわい、もとい素敵過ぎまして。

...なかなか、思うように頭が回らないところが、、、。

「一回使った文字の使用制限を掛けたしりとりで追い込んだ時も、、、」

...プロデューサーさんの残り文字を「い・う・え・こ・と・に・て」にまでしましたのに、「でえとにいこう」ではなく「うえいとにこで」と答えられて逃げられてましたね。

ドヤ顔のプロデューサーさんを歯を食いしばって上目で睨みつけていたありすちゃんも写真に収めたいほど可愛かったですが、、、

...あそこはちょっと無理があったので、やり直しを要求してもよかったと思いますよ?

「負けたらなんでも言うことを聞く、のゲームに引き込んだ時も!」

...あれは見事でしたね。

...あえて負けておきながら、罰ゲームを決めるタイミングで通りすがった私がプロデューサーさんに映画のチケットを渡すことを切っ掛けに空気を作り、無理やり罰ゲームの内容を指定する作戦をありすちゃんが考えて来た時は、素直に感心を覚えました。

もしもプロデューサーさんがもう少し大人で、そしてもう少し紳士であれば、きっと空気を読んで”罰として映画に付き合ってくれ”程度の言葉を拾い上げることが出来たでしょう。

...少なくとも、ありすちゃんの額に肉の字が浮かび上がることは無かったでしょう。

「せっかく催眠術まで覚えたのに、、、」

...思い返すと、ある意味これが一番成功に近かったように思えますね。

...5円玉をプラプラ揺らすありすちゃんの姿に悶えているプロデューサーさんの姿はそれはそれは愉快なものでした。

ただ、残念ながら破壊力が強すぎたようでして。

...目の前に広がるあまりに可愛いい光景は...プロデューサーさんの頭にパニックを呼び出してしまったようで、日頃の疲れも相まってか...そのまま意識をなくしてしまうという惨状を引き起こしてしまいました。


「もう何も方法が思い浮かびません、、、やっぱり、私じゃ駄目なのかな、、、」

...今日の初めはあんなに楽しそうだったありすちゃんの顔が、今はもう見る影もないほどに曇り切っています。

...ぐっと、頭に意識を傾て思考を回すことに集中します。

”自分がどうするかということもですけど、誰にどうさせるかということもとても大切だと思うんです!”

...頭の裏に張り付いている、ありすちゃんがどこからか見つけてきたこの言葉。

...誰かに、なにかをして欲しいとき。私たちはどのようにして来たのでしょうか。

...ファンの方々に、歌を聞いていただきたいとき。

...新しい服を買うのに、洋服屋を案内してもらいたいとき。

...名前を、呼んでもらいたいとき。

「ありすちゃん、私にもう一つだけ...考えがあります。...聞いていただけませんか?」

練習は完璧、体調は万全。

なんですけど、どうにもいつもの調子が出ないままに刻一刻と迫る本番の時間を前に冷や汗が頬を流れます。

原因は、認めたくありませんが分かっています。

こんな時、自分がまだまだ未熟な子供であることを突き付けられているようで足取りが重くなります。

きっと奏でさんなら、この気持ちを逆手に自分の魅力の一部としてしまうのでしょう。

きっと周子さんなら、この気持ちを一度別の所に遠ざけて飄々と振舞うのでしょう。

きっとフレデリカさんなら、この気持ちを抱きながらもいつものようにらしく笑うのでしょう。

そして文香さんなら、、、文香さんなら、私と同じように普通の女の子として悩んで考えるのでしょうか。

「あの、プロデューサーさん」

「おう、どうした橘。腹でも減ったか?」

きっと泣いたり、怒ったりしたいはずの、隣で私のレッスンに付き合って下さっているプロデューサーさんはいつもどおりのふざけた様な振る舞いで応えます。

「ありすです。見ての通り、食事を摂るほどの余裕はありません」

あの方なりに、私を元気付けようとしてくれているのでしょう。

もしかしたら、今から自分がしようとしていることは、そんな優しいプロデューサーさんの心に付けこむようなことなのではないか。

そう思うと、決心が少し揺らぎます。

もっと早く伝えるべきだったのは分かってはいました。

なのに、私が素直にならなかったせいでこのタイミングまで伸びてしまって。



もしもこのまま、ライブが失敗してしまえばどうなるのでしょうか。

きっと、沢山の方にプロデューサーさんと一緒に怒られることでしょう。

もしかしたら、もう誰にも怒られることすらないことになるのかもしれません。

「お願いが、あります」


もしも砕けても、今よりも駄目なことにはならないでしょうから。


絶対に、プロデューサーさんの足だけは引っ張りたくない。


「もしもこのライブが成功したら、デートに誘って貰えませんか?」



『...私達が、相手の心を動かすには....悲しくも嬉しくも』


『言葉にして伝える...このこと以上のことは無いのではないでしょうか』



「難しい奴だなぁ、ありす。待てって言ったり、デートには誘えって言ったり」

「そ、その話は今は関係ないじゃないですか!」

「いや、一応俺も色々考えてだな、、、」

「いいですから!デートに誘ってくれるんですか?くれないんですか?」

プロデューサーさんは、困ると目頭を指でぐっと抑える癖があります。
そのせいで今、あの方がどんな目をしているのかは分かりませんが、、、

「ああ、わかったよ。うんといいところに連れて行ってやる」

それでも、その言葉を聞けた瞬間、一気に体が軽くなるのを感じました。

「そろそろ時間だ、不安もあるだろうが、精一杯楽しんでこい!」

そう背中を押されながら、一抹の不安も無くなった私の体は今まで経験したことが無いほど軽やかにステージに飛び込んで行きました。

―――もう何も怖くないとは、このことです。

「どうやら難儀なことに巻き込まれていたみたいだね、文香さん」

「...難儀だなんて、とても。...ありすちゃんに頼られるのは、とても嬉しいことです」

...笑いながらプロデューサーさんの手を引いて駆けているありすちゃんを事務所の喫茶店から眺めていると、いつの間にかテーブルの向こうで飛鳥さんがコーヒーカップを傾けていました。

「素晴らしいね。君が隣にいる限り、きっとありすは素直に良く育つだろう」

「...どうでしょうか。...今回も、本当にありすちゃんのお力になれたのかわかりませんし」

...最終的にプロデューサーさんからデートの誘いを受けることに成功はしましたが...あれは事実上ありすちゃんからの誘いのようなものですし。

「ああ、だいたいのことは聞いてるよ、文香さん。僕としては十分以上の正解だったと思うけどね」

「...それは、どういうことでしょうか」

「声に出した言葉そのものが本当の願いとは限らない、という話さ。僕たち人間は未熟だからね、本当の自分の気持ちに気付くのはなかなか難しいものなんだ

「きっと、ありすの本当の願いはプロデューサーとの関係の発展だろう。それを文香さんは見事に後押しした。十分じゃないか」

...そういうものなのでしょうか。

「...人の気持ちとは、本当に難しいものですね」

「本当にね。だからこそ面白い、とも言えるのだろうけども」

...いつか、色んな人と関わりながらアイドルを続けることで...私にもそういったものが分かるようになるのでしょうか。

...それでも、今はただ。

...プロデューサーさんと、ありすちゃんの力になれたことがただただ嬉しくて。

...そのかいがあってか、いつもよりも美味しく感じるカフェオレに...もう少し舌鼓を打ちたいとおもうばかりでした。

終わりです。

ここまで読んでくださった方々、ありがとうございました。

自演がばれてしまった...
恥ずかしいのでHTML化してきます。

改めてありがとうございました。

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