京子「また下駄箱から靴が無くなってる……」 (37)

~下駄箱前~


結衣「ん?京子、どうかしたの?」

京子「あ、結衣」

結衣「帰らないの?」

京子「いやあ、帰りたいんだけどね……ははは……」

結衣「だったら早く靴を……」

京子「……」

結衣「あれ?京子、靴は?」

京子「うん、なんか無くなってるんだよね」

結衣「え、ドコやったの?」

京子「さあ……」

結衣「朝は入れたんだよね?」

京子「んー……」

結衣「じゃあ何で……」

京子「何でだろうねえ……」

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京子「実はさ、今日だけじゃないんだよね、これ」

結衣「え?」

京子「黙ってたけどさ、昨日も無くなってたんだ」

結衣「き、昨日もって……それ……もしかして……」

京子「んー、おかしいよねえ……」

結衣「……」

京子「……」

結衣「昨日は、どうやって帰ったの?」

京子「そりゃ、上靴のまま帰ったよ」

結衣「そ、そうか」

京子「けどさ、どう考えてもおかしいんだよねえ」

結衣「京子……」

結衣「あ、あのさ、あんまり気を落とさないで……」

京子「クラス内でのヒエラルキーは大体把握してるんだよ」

結衣「え?」

京子「今のところ私に対して良くない感情を抱いてるのは大体5人くらい」

京子「けど、その子達が属しているグループと私はそれなりに良好な関係を築いてるんだよね」

京子「ほら、この手の行動は単独ではなくグループ毎で行われる事が多いからさ」

京子「今の状況だと私にこんな悪戯を仕掛けてくるグループがいるってのは考えにくいんだよ」

京子「となると、クラス外の人達の仕業かなあ……前回のテストで上位取っちゃったしそれで妬まれたとか」

京子「そうなるとちょっと範囲は広いし、特定は難しいかも……」

京子「はあ、やっぱもう少しテストで0点取る回数増やそうかなあ……」

京子「結衣はどう思う?」

結衣「お、おう」

京子「もう、変な声出してないで真剣に応えてよ~」

結衣「ご、ごめん……」

京子「はー、また上靴で帰るのかあ……お母さんに怒られるなあ」

結衣「……京子はさ、何て言うか」

京子「ん?」

結衣「落ち込んでるとか、そういうのは無いの?」

京子「え?」

結衣「ほら、靴を隠されちゃったわけじゃない、だから」

京子「あー……」

結衣「小学校の頃の京子なら、靴隠されたなら泣いちゃってただろ?」

京子「んー、まあねえ……」

京子「確かに、小学校の頃は割と悪戯されてたし」

京子「その度に結衣に泣きついてたけど……」

結衣「うんうん」

京子「それが何度も続くと……何か、ちょっと慣れてきちゃってさ」

京子「逆に、その悪戯をする人がどんな心境でやってたんだろうって事に興味がわいてきたんだ」

結衣「悪戯をする心境って……そんなの、判んないだろ?」

京子「んー……多分ね、悪戯をする理由って言うのは、そんな大きなものじゃないと思うんだよ」

京子「肩が当たったとか、挨拶しなかったとか、そんな些細な物」

京子「普通ならイラっとしても何か行動に移すまでは行かない程度の物」

京子「けどさ、そこに何かの大義名分ができると……」

京子「本当のイジメがはじまっちゃうの」

京子「逆に言うと、大義名分を与えないように行動しておけば、多少嫌われるような事をしても、まあ大丈夫なんだよ」

結衣「何か、色々考えてるんだな京子は」

京子「ふっふっふっ」

結衣「けどさ、実際にこうやって悪戯が始まっちゃったらどうするんだ?」

結衣「犯人を何とかしないと、これから毎日靴を隠されることになるかもしれないぞ?」

京子「うん、だからちょーっと細工をしようと思う」

結衣「細工?下駄箱を開かないようにしておくとか?」

京子「いやいや、そんな目立つ抵抗をしたら相手を刺激しちゃうかもしんないじゃん」

京子「だからさ……これを……こうやって……」

結衣「……は?」

~翌日~

~下駄箱~


結衣「京子、今日はどうだった?」

京子「うん、また靴が無くなってたね……一緒に入れておいたお財布ごと」

結衣「……昨日は理由聞かなかったけどさ、何で財布を一緒に入れといたの?」

京子「そりゃあ、犯人の性質を確かめるためにだよ」

結衣「性質?」

京子「犯人は下駄箱以外の物……例えば私の机やロッカーには悪戯はしてないんだよ」

京子「本当に私が憎いのなら、もっと色んな悪戯してると思うんだ」

京子「けど、悪戯してるのは下駄箱の靴だけ……」

結衣「それは……犯人が他のクラスの子だからじゃないの?」

結衣「ほら、ロッカーも机も教室にあるけど、下駄箱だけは玄関にあるしさ」

京子「うん、その理由もあると思う」

京子「けど、クラスの子が犯人の可能性はまだ消えてないんだよね」

京子「単純に犯人が慎重だったから……って可能性もあるんだ」

京子「だから、今回一緒に財布を置いてみたの」

京子「ほら、靴を隠したってだけなら悪戯で済むけど」

結衣「……そうか、財布が無くなったって話になると、悪戯の範疇を超えて来る」

京子「そう、犯人が慎重な性質持ってるなら、下駄箱の中の財布を取るような事はしないと思う」

京子「話が大きくなって先生が介入してくる可能性が高くなるしさ」

結衣「なるほど……」

京子「けど、財布はこうやって無くなった……」

京子「つまり、犯人は後先をあんまり考えないタイプなんだと思う」

京子「だからクラスの子達が犯人である可能性はこれで消えたと思っていいかな」

結衣「うん、クラスの子が犯人で尚且つ後先を考えないタイプなら、真っ先に机と化ロッカーが狙われるだろうからね」

京子「うんうん」

結衣「けどさ、京子」

京子「んー?」

結衣「何か、楽しんでない?」

京子「ふっふっふ……見破られましたか」

京子「ほら、昨日も言ったけど、この手の犯人がどんな心境で犯行を行ってるのか想像するのは、ちょっと楽しいからね」

京子「例え嫌われてるんだとしても……相手の心境を想像して立ちまわれば、もしかしたら友達になれるかもしれないでしょ?」

京子「綾乃とか千鶴みたいにさ」

結衣「……そうだな」

京子「さーて、今日はどんな物を下駄箱に残しておこうかなあ」

京子「謎々を書いた手紙とかどうだろ」

京子「あからさま過ぎるかな?」

結衣「……」

結衣(子供の頃は、あんなに泣き虫だったのに)

結衣(京子は強くなったなあ)

結衣(まあ、私に頼ってくれなくなったのは、ちょっと寂しいけどね)

それから数日

下駄箱を介して犯人と京子のやり取りは続けられた

京子の熱意なら

きっと犯人とも友達になってしまうのだろう

私はそう楽観していた



しかし、京子の顔色は日に日に悪くなっていった

結衣「京子」

京子「あー……結衣か……」

結衣「どうしたの?随分顔色悪いみたいだけど」

京子「……んー」

結衣「ひょっとして、例の下駄箱の件?」

京子「……うん」

結衣「犯人探し、上手く行ってないの?」

京子「……」

結衣「京子?」

京子「あれからね、何度か下駄箱に手紙とか入れたんだ……」

京子「犯人の子も、少しはそれに反応してくれたんだけど……」

京子「……どうも普通の状況じゃないみたいなんだ」

結衣「どういう事?」

京子「多分、虐待か何かされてると思う」

結衣「は?虐待?」

京子「これ、多分急いで犯人見つけないとやばい……」

京子「私が見つけてあげないと……私が……」ブツブツ

結衣「ちょ、ちよっと落ち着いて」

京子「け、けど……」

結衣「深呼吸して?ね?」

京子「う、うん……」スーハー

結衣「何があったのか知らないけど、急いで犯人を見つけないといけないんだよね?」

京子「……うん」

結衣「じゃあ、私も手伝うからさ」

京子「……けど、悪戯を受けてるのは私なんだし」

結衣「そんなの今さらだろ?」

京子「……」

結衣「京子?」

京子「はぁー……私駄目だなあ」

結衣「え?何が?」

京子「子供の頃から、この手の状況では結衣に世話になりっぱなしだったよね」

京子「だからこそ、少しは成長して結衣の手を借りないようにしようって思ってたのに……」

結衣「京子……」

京子「ごめんね、結衣、手を貸してくれる?」

結衣「……うん、任せてよ」

~結衣宅~


結衣「よし、テレビの接続もこれで完了、と」

京子「電波も問題ないみたいだね」

結衣「後は受信できれば……」


ザザザッザザザザ


京子「おお、映った」

結衣「安物だったから心配だったけど、何とかなるものだね」

京子「うーん、けど画面暗いねえ」

京子「小型カメラ、下駄箱の外に設置した方がよかったんじゃない?」

結衣「警備員とかに発見されたら撤去されちゃうだろ」

結衣「それにほら、真っ暗ではあるけど電源のLEDが点灯してるから、何とか見えるよ」

あの後、手早く犯人を突き止める方法は無いか二人で相談した

学校で待ち伏せするのが一番確実ではあるが、警備員の巡回等に引っかかると厄介だ

だから少しお金はかかるがもっと確実な方法を取る事にした

バッテリー内蔵の小型カメラだ

これを京子の下駄箱の中に設置する

撮られた映像は携帯を通して私の家にデータ送信される

これで犯人が下駄箱を開ける様子を確認する事が出来る

結衣「何とか録画もできそうだな……これでもし二人同時に寝落ちしてしまった場合でも犯人の顔を確認できる」

京子「ありがとね、結衣」

結衣「……京子はさ、犯人を見つけたらどうするの?」

京子「んー、何とか助けてあげたいかな」

結衣「……虐待受けてるってのは、本当なの?」

京子「いや、判んないよ、犯人の子が残したものからの想像だし」

京子「けど、普通じゃないのは確かだと思う」

結衣「因みに、犯人はどんな物を残してたの?」

京子「……」

結衣「京子?」

京子「あんまり、知らないほうがよいかも」

結衣「どういう意味?」

京子「い、いや、それよりさ、結衣ご飯まだ?」

結衣「ああ、うん、今作るけど……」

京子「えへへ、今日はオムライスが食べたいなあ」

結衣「はぁ、しょうがないなあ、京子は……」

京子「ふう、食べた食べた……」

結衣「映像に何か変化とかあった?」

京子「んー、今のところは何も……ずーっと私の靴が映ってるだけ」

結衣「そっか」

京子「まあ、上靴と外靴、盗まれる比率は半々くらいだったからね」

京子「もしかしたら明日の朝まで動きが無い可能性もあるかも」

結衣「うーん、持久戦か」

京子「明日の昼間、学校に行ってる間も録画は出来るし」

京子「多分、明日の夕方までには犯人が特定できると思う」

京子「だからさ、結衣はのんびりしてていいよ?お風呂にでも入ってくれば?」

結衣「んー、判った、じゃあ取りあえず順番に休憩しよっか」

京子「ほーい」

~お風呂~


結衣「ふー……」ザバァ

結衣「……」

結衣(犯人は虐待されてる可能性がある……かぁ)

結衣(京子は何でそんな判断で来たんだろ)

結衣(犯人が何か残したって話だけど……)

結衣(具体的に聞くと、話を逸らされるんだよなあ)

結衣(……ちょっと心配かも)


ガタン


結衣「……?」

結衣「京子?何かあった?」

~居間~


結衣「京子、お風呂上がったよ」


シーン


結衣「……あれ?」

結衣(京子が居ない……じゃあ、さっきの物音は京子が出て行った音だったのかな)

結衣(何か買い物に行ったとかかな)

結衣「……ん?」

結衣「あれ、カメラの映像が止まってる……」

結衣「……」

結衣「……」

結衣「もしかして……」



結衣「犯人が映ってて、それで京子は直接下駄箱を確認しに行った……とか?」

結衣「い、いや、まだそうと決まった訳じゃないか」

結衣「幾ら京子でも1人で行くとかあり得ないと思うし……」

結衣「そ、そうだ、携帯で京子に連絡を……」ピッピッ

結衣「……」プープー

結衣「駄目だ、出無い」

結衣「どうしよう、私も下駄箱に……」

結衣「……」

結衣「いや、先に録画された映像を確認してみるか」

結衣「もしかしたら、何も映って無い可能性もあるし……」


ピッピッピッ


結衣「私がお風呂に入ってたのは20分くらいだから、その分だけ巻き戻して……」


ザッ


ザザザザザッ

結衣「映った……」

結衣「……」

結衣「ああ、やっぱり犯人の顔が映ってるな……」

結衣「暗くて輪郭しか見えないけど……」

結衣「これを見て、京子は出て行っちゃったのか……」

結衣「よし、私も……」

結衣「……」

結衣「あ、れ?これ……」

結衣「……」

結衣「何か、おかしい」

映像には下駄箱を覗き込む犯人の頭が映っていた

だが暗くて顔は確認できない


けどそれは不自然なんだ

設置されているカメラの電源部分にLEDが点灯している

ほんの小さな光だけど、密閉された下駄箱の中なら十分な光源になる

だから犯人の輪郭しか映らないというのは、おかしいんだ



不思議に思い、しばらく映像を見ていると

輪郭しか見えなかった理由が判った



映像に映っているのは、後頭部なのだ

だから顔の輪郭は見えなかった

判ってしまえば簡単な事だった


ホッとした私は、すぐにもう一つの事に気付いた


「……あれ?」

「この下駄箱」

「扉が……」

下駄箱の扉は、閉まっていた

けれど、犯人の後頭部は

下駄箱の中に設置されたカメラに

映っていた

有り得ない

有り得ないけれど

映像は進む



ザザザザッ


こちらに後頭部を向けた彼女は

下駄箱の中で

少しずつ

少しずつ

こちらを

振り向いて


ザザザザザザザッ



振り向いて

結衣「う、うわあああ!」ガチャンッ

結衣「はぁ……はぁ……はぁ……」

結衣「な、何だ今の……」

結衣「何で、何で下駄箱の中にあんなものが……」

結衣「あんなものが映って……」ハァハァ

結衣「……」ハァハァ

結衣(私は思わず停止ボタン押しちゃったけど……)

結衣(京子は、京子はあれを最後まで見ちゃったのかな……)

結衣(下駄箱の中で振り返るアレを最後まで……)

結衣「い、行かないと……京子はきっと下駄箱に……」

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