森 魔女の家
魔女「ふふふ……うふふふふ……」
魔女「あーっはっはっはっはっは!!!」
魔女「やはり、私は天才ね。たった3年で実現させてしまうとは思ってもみなかったわ」
魔女「実験も成功。薬を飲ませたネズミ共も箱庭の中で、幸せそうな家庭を築いている」
魔女「ふふふふ、あとは私がこの薬を使うだけ……」
魔女「最初に見た相手を好きになる……」
魔女「ふふふふ……うふふふふ……。笑いが止まらないわ」
魔女「世の男どもを手玉にとって、とって、とりまくって、最後には……!!」
魔女「世界征服してやるのよ!!!」
魔女「あーっはっはっはっはっはっは!!! はーっはっはっはっはっは!!!」
魔女「さてと……」
魔女「……」
魔女「はっ!?」
魔女(これ、男にどうやって飲ませるの……? ま、まぁ、私は天才だし、とりあえず男のいる町にいけばなんとかなる!!)
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町
ガヤガヤ……ガヤガヤ……
魔女「お、おぉ……」
魔女(3年ぶりだから、ちょっと緊張しちゃうじゃないの……)
店員「お嬢さん」
魔女「ひっ」ビクッ
店員「どうだい? 安いよ。新鮮な魚、今晩のおかずにどうだい?」
魔女「お、おぉ……あの、ぇと、ま、にあってるっていうかぁ……」
店員「はい?」
魔女「け、け、けっこうでしゅ」
店員「そ、そうかい? だったら、こっちの――」
魔女「わ、私に構わないでちょうだい!!」
店員「そら、すまなかった」
魔女「それではごきげんよう!!」バッ!!!
店員(あんな黒い恰好で暑くねえのかなぁ)
路地裏
猫「ニャー」
魔女「あっちへ行きなさい。しっしっ」
猫「ナァー」
魔女「ふぅー。不意を突かれて取り乱してしまったわね。あの男、侮れないわ。けど、私は天才。同じ轍は踏まない女」
魔女「だいたい、町中を無防備に歩くからああして不意打ちに遭ってしまうのよね」
魔女「守りにはいっちゃいけないわ。攻めの姿勢よ」
魔女「男を捕まえるためには、待つだけじゃダメだって本にも書いてあったぐらいだし」
魔女「男のいるところへ、こちらから出向く。ふふ、これで私の意表を突くことはできない」
魔女「ふっ。完璧ね」
魔女「それじゃあ、行こうかしら」
兵士「あの」
魔女「ひぐっ」ビクッ
兵士「そんなところで何をされているのですか? よければ詳しい話を……」
魔女「な、なんでもありません!! す、涼んでいただけでしゅ!! ごめんなさい!!」テテテッ
酒場
魔女「んー……」ソーッ
ウェイトレス「いらっしゃいませー!!」
魔女「おぉ」ビクッ
ウェイトレス「何名様ですかぁ?」
魔女「ひ、ひとり……で、す……」
ウェイトレス「はぁーい。一名様、ごあんなーい」
「「おーぅ!!」」
魔女「……」
ウェイトレス「ただいま、ランチタイムとなっていますので、メニューはこちらになりますー」
魔女「あ、あぁ、はい」
ウェイトレス「ご注文が決まりましたら、お呼びください」
魔女「は、はい」
魔女(ククク……。バカな女。私の目的も知らずに、呑気なものね)
魔女(ここから、世界征服の第一歩が始まるのよ……。フフフフ……。あ、このスープとサラダセット、美味しそう)
ウェイトレス「お待たせしましたー。ランチCセットでーす」
魔女「あ、ありがとうございます」
ウェイトレス「ごゆっくりどうぞー」
魔女「はむっ」
魔女「んー。まぁまぁね」
魔女(そんなことより、男よ。男を捜さないと)
魔女「うー……」キョロキョロ
魔女(にしてもお客さん、少ないわねぇ。酒場には屈強な男たちがお酒片手に大騒ぎしてるイメージがあったんだけど)
魔女(人気店じゃないのかしら。料理はまぁまぁ美味しいのに、惜しいわね)
魔女「ごちそうさま」
ウェイトレス「ふんふふーん」
魔女(他にお客さんいないんですかって、聞こうかしら……)
魔女「あの……」
ウェイトレス「はい? なんでしょう?」
魔女「お、おかいけい……おねがいしましゅ……」
ウェイトレス「ありがとうございましたー!!」
魔女「ご、ごちそう、さま、でした」
ウェイトレス「またのお越しをおまちしておりまーす!!」
魔女「このお店はハズレね。男は今にも干からびそうなジジイだけだったし」
魔女「違う酒場も覗いていこうかしら……」
魔女「となると、ここから一番近い酒場は……地図によると……」ペラッ
魔女「こっちね」テテテッ
魔女(とりあえず、今日は一人でいいから男をお持ち帰りしないとね。一人なら楽勝よ。なぜなら、私は天才の魔女だもの)
魔女(あーっはっはっはっはっは)
魔女「っと、ここね。どれどれ、男はいるかしら?」
魔女「んー……」ソーッ
ウェイター「いらっしゃいませ」
魔女「ひゃぁ!?」
ウェイター「何名様ですか?」
魔女「間違えました!! すみませんでしたー!!!」テテテッ
路地裏
魔女「はぁ……はぁ……」
魔女「くそ!! あんなの反則じゃない!!! 扉を開けたら待ち構えているなんて!!」
魔女「あんなの!! 逃げるに決まってるじゃない!! ふざけないでよ!!!」
猫「ニャー」
魔女「ふー。いやいや、だめよ。私。焦っちゃダメ。焦ることはないのよ。だって、ここに完璧な惚れ薬があるんだから」
猫「ニャー?」
魔女「人間のみならず、お前のような小動物にだって効果は抜群なのよ?」
猫「ナァー」
魔女「飲んでみる? フフフフ」
猫「ニャー」ペロッ
魔女「ほら、どう? 私を見なさい」
猫「にゃぁ」スリスリ
魔女「アハハハハハ!!!! ほぉらみなさい!!! これが私の実力よー!!!!」
兵士「あのー、すみません。そこで何をされているのでしょうか? よろしければ詳しい話を……」
詰め所
兵士「はい。ありがとうございました」
魔女「も、もういいですか?」
兵士「ええ。不審な点はかなり多いですが、特に怪しい物は持っていませんでしたし」
魔女「えへ、えへへ……」
兵士「今日はもう家に帰ったほうがいいですよ。夜に貴方のような若い女性がひとり歩くのは危険です」
魔女「は、はぁ……」
兵士「あと、この猫も」
猫「にゃぁ」スリスリ
魔女「あぁ、はい」
兵士「お気をつけて」
魔女「あ、ありがとう、ございましゅ」
魔女(ふん。バカな男ね。惚れ薬を猫に使っていなければ今頃は貴方は私の餌食になっていたというのに)
魔女(バカ男!! 命拾いをしたわね!! ベーッ!!)
猫「にゃぁ」スリスリ
森 魔女の家
魔女「ちっ。今日は失敗ね。まぁ、天才だって木から落ちちゃうこともあるから仕方ないわね」
猫「にゃぁ」
魔女「それにしても今日の収穫がこんな雄猫一匹だけとは」
猫「にゃぁ」スリスリ
魔女「貴方が人間の男だったら……あら?」
猫「にゃぁ?」
魔女「あ、あなた……女の子……なの……」
猫「にゃぁ」
魔女「……」
魔女「ま、まぁ、英雄色を好むっていうし、別に女に好かれることがあっても不思議じゃないわよね」
魔女「全世界の男を手玉に取るんだから、もちろん、女だって魅了して当然じゃない」
魔女「そうね。既婚の男を惚れ薬で寝取り、ついでのその妻も私のものにしちゃいましょうか」
魔女「その女は絶望しながらも、私に惚れていく……。ふふふ。どれだけの屈辱かしらねぇ。想像するだけでコーフンしちゃうわぁ!!」
魔女「あら、もう9時か。寝ましょ」
翌日 町
魔女「今日は流石に酒場は男でいっぱいのはず……」
猫「にゃぁ」
魔女「んー……」
ウェイトレス「あ、いらっしゃいませー」
魔女「お、おぉ。ど、どうも」
ウェイトレス「何名様ですか?」
魔女「ええ、と、ひ、とりと一匹……」
猫「にゃぁ」
ウェイトレス「わぁ、可愛い。でも、ペットは入れないんです。ごめんなさい」
魔女「あ、そ、そうですか、そ、それじゃあ、どうしようかな……」
ウェイトレス「店の軒先に繋いでおきましょうか?」
魔女「いいんですか?」
ウェイトレス「いいですよー。はぁーい、こっちにきましょうねー。ねこちゃん」
魔女(良い人ね……)
ウェイトレス「ランチメニューになりまーす」
魔女「あ、はい」
ウェイトレス「それではご注文が決まりましたらおよびくださーい」
魔女「わかりました」
魔女「今日もCセットにしようかしら……」
魔女「それにしても」
魔女(今日も人が全然、いないわね……。このお店、大丈夫なの……)
ウェイトレス「ふんふふーん」
魔女「あ、あぁの……」
ウェイトレス「はぁい! ご注文をどうぞー」
魔女「Cセットを……」
ウェイトレス「はい! 承りました!!」
魔女「あ、あの……」
ウェイトレス「なんですか?」
魔女「あの、大変、失礼なことをお聞きするんですけど、その、昨日もあまりお客さん……いなかったような……気が……して……ちょっと、心配で……ごはん、おいしいのに……」
ウェイトレス「あ、あぁ。そうですねー。ウチはお昼よりも夜がメインですから。お昼かこれぐらいでいいんですよぉ」
魔女「よ、夜?」
ウェイトレス「ええ。日が落ちてからが本番です。書入れ時ですよぉ」
魔女「あ、ああ。そ、そうなんですかぁ」
ウェイトレス「はい!」
魔女「ええと、その夜になれば、お客さんいっぱいくるんですか?」
ウェイトレス「ええ。もう立って飲んでる人もいるぐらいです」
魔女「へぇぇ。こんなにたくさん、椅子があるのに」
ウェイトレス「もー、夜はちょーいそがしくって」
「おぉーい。料理はこんでくれー」
ウェイトレス「はぁーい!! それでは!!」
魔女「はい」
魔女「なるほど……夜だったのね……」
魔女「ふふふふ……」
魔女「ありがとう、優しいウェイトレスさん。これで世界征服にまた一歩近づいたわ……ククク……」
魔女「ごちそうさまでした」
魔女(有益な情報も聞けたし、早速行動開始ね。今、この瞬間から世界征服は始まるわ)
魔女「あ、あのぉ」
ウェイトレス「はーい。空いているお皿、おさげしましょうか?」
魔女「あ、あ、はい」
ウェイトレス「お水はいかがですか?」
魔女「い、いただきます」
ウェイトレス「それではごゆっくり」
魔女「はい」
魔女「……」
魔女(ゆっくりしてもいいようね。なら、このまま夜まで待たせてもらいましょうか)
魔女(今宵、この酒場から世界を牛耳る大魔王が誕生するとも知らず、汗水たらしてご苦労様)
魔女(貴方の男も私のものになるのよ。きっと想像を絶する声で泣き叫ぶんでしょうね)
魔女「ククク……クククク……」
ウェイトレス(なんか笑ってる。大丈夫かな、あの人)
「おい。あのお客さん、いつまで居る気なんだ?」
ウェイトレス「さぁ……」
「言ってきてくれないか?」
ウェイトレス「わかりました」
魔女(お水のおかわり……もらおうかしら……。でも、もう5杯目だし、流石に恥ずかしい)
ウェイトレス「あの」
魔女「は、はい!?」
ウェイトレス「そろそろお店の準備時間になるので……」
魔女「え? 準備って?」
ウェイトレス「仕込みとか掃除とか、夜に向けてやることがあるので、大変申し訳ないんですが退店していただきたいのです」
魔女「あ、あ、そ、そうなんですか、すみません」
ウェイトレス「表にいる猫ちゃんも待ちくたびれてますよ」
魔女「そ、そうですね。それじゃあ、あの、長々とすみませんでした」
ウェイトレス「いえいえ。夜にまたお越しください。6時から営業しますので」
魔女「ろ、6時ですか……」
町
魔女「夜の6時だって」
猫「にゃぁ」
魔女「夕食食べて、お風呂入ったら寝る時間になるじゃない。ったく、これだから都会の人間は。夜更かしなんて体に悪いでしょうが。ね?」
猫「にゃあ」
魔女「あと5時間以上あるわね。一度、家に帰ってもいいぐらいだけど……」
猫「にゃぁ」
魔女「そうね。手ぶらで帰るのもなんだし、男の一人ぐらい私に惚れさせましょうか」
魔女「手ごろな男でもいないかしら……」キョロキョロ
「カノジョ」
魔女「へ?」
「今、一人?」
魔女「あ、う……」
「暇だったらさぁ、これから俺と――」
魔女「ま、まにあってましゅ!! さようなら!!!」テテテッ
森 魔女の家
魔女「はぁ……はぁ……!」
猫「なー」
魔女「やはり、町中を歩いていると、ああいう目にあるのね……」
魔女「後ろから声をかけるなんて卑怯だわ。男として、どうなって感じよね?」
猫「にゃあ」
魔女「ふんっ。まぁ、いいわ。どうせ、今夜6時に世界中の、いや、世界中はまだ早いわね。あの町の男共は私のモノになるんだから」
魔女「あー、たのしみだわぁ」
魔女「ふわぁ-」
猫「なぁー」
魔女「時間はまだまだあるし、少しお昼寝しようかしらね」
猫「にゃぁ」スリスリ
魔女「お前も眠たいの? 仕方ない。特別に添い寝することを許可してあげるわ」
猫「にゃー」
魔女「はぁー、ちょっとだけ寝ましょ」モゾモゾ
魔女「む……いま、なんじぃ……?」
魔女「んー……?」
魔女「7時……」
猫「にゃー」
魔女「おなかすいたの?」
猫「にゃあ」
魔女「そうね。今日はもう遅いし、出かけるのはやめましょう。兵士さんも言ってたしね。夜の街は危ないって」
猫「にゃあ」
魔女「この惚れ薬が手元にある限り、いつだって始められるしね」
猫「にゃー」
魔女「別に今日やる必要もないもの。さて、ごはんにしましょうか」
猫「にゃあ」
魔女「そういえば、ちょうどネズミがいたわね……」
魔女「……」
魔女「ま、キャットフード買ったし、それでいっか」
数日後 町 酒場
ウェイトレス「いらっしゃいませー!!」
魔女「ど、どうも、今日もきちゃいました、えへへ」
ウェイトレス「いつもありがとうございます。どうぞー」
魔女「えっと、あの、いつもので」
ウェイトレス「Cセットですね?」
魔女「そ、そうそう」
ウェイトレス「はぁい。承りましたー」
魔女「おぉぉ……。初・いつもので、成功した。えへへ」
魔女「……」
魔女(違う!! 何を小さなことで満足しているのよ!!! 私の目的は世界征服!!)
魔女(ここを世界征服の拠点に決めてからもう五日以上……。そろそろ機は熟したわ。今こそ、計画を実行に移すのよ)
魔女(あの優しいウェイトレスと良好な関係を築いたのも、全ては壮大な計画の足掛かりにするためなんだから)
魔女「あ、あのぉ、お、おね、おねがいが、あるんですがぁ」
ウェイトレス「私にですか?」
魔女「は、はい。折り入って、おねがいが、ありまして」
ウェイトレス「なんでしょうか?」
魔女「よ、夜のお店を楽しみたいんです!!!」
ウェイトレス「え……と……」
ザワザワ……
「なんだあの女」
「可愛いのにそういう職場をさがしてるのかなぁ」
「まぁ、幸薄そうだもんなぁ。色々あるんだろ」
魔女「だ、だめでしゅか!?」
ウェイトレス「わ、私は、その、結構遊んでるように見られがちですけど、別に夜のお店に詳しいわけじゃ……そもそも、女の子が行くべきでもないような……」
魔女「いきたいんですぅ!!」
ウェイトレス「ちょっと、落ち着いてください!!」
魔女「ダメですか……わたしじゃ、だめなんですか……夜のお店まで、ここに居たいんですけどぉ……」
ウェイトレス「はい? ひょっとして夜のお店って、ウチのことですか?」
魔女「そ、そうですよ? あれ、通じてなかったんですか?」
ウェイトレス「なぁんだ。夜の営業時間にお越しくださいよ。6時からです」
魔女「それじゃあ、無理なんです」
ウェイトレス「どうしてですか?」
魔女「家にいるとお昼寝しちゃって、絶対に寝過ごすんです。もう5回、同じミスをしてしまっています」
魔女「同じ轍は踏まない女であることを自称していただけに、恥ずかしいです」
ウェイトレス「それは知りませんが」
魔女「だから、夜の営業までここに居座らせてください!!」
ウェイトレス「えぇぇ……そう言われましても……」
魔女「お水のおかわりは5杯までにしますから!!」
ウェイトレス「そういう問題じゃなくて……」
「いいんじゃねえか」
ウェイトレス「でもぉ」
「店の仕事を手伝ってもらおうぜ」
「お、そいつぁいいや。こっちも助かるぜ」
魔女「へ?」
ウェイトレス「ありがとうございましたー!!」
魔女「……」
ウェイトレス「はい。これで夜まで閉店となります」
魔女「はい」
ウェイトレス「それではこれより、夜に向けて準備を進めるわけですが。こういう仕事の経験ってありますか?」
魔女「あ、ありません。ど、どうしましょう」
ウェイトレス「おっけー。まぁ、今日はお手伝いなんだし、簡単な作業からこなしていきましょう」
魔女「おねがいましゅ」
ウェイトレス「まずは、溜まっている食器から洗ってください」
魔女「わかりました!!」
「元気いいなぁ」
「このまま雇ってもいいんじゃないか?」
魔女(この天才の魔女である私が皿洗いをすることになるんてね……!! 今に見てなさいよ……!!)
魔女「ふんっ! ふんっ!!」ゴシゴシ
ウェイトレス「む。手際がいい。一人暮らし歴が長いとみた」
ウェイトレス「続いては掃除をしまーす」
魔女「はい……」
ウェイトレス「どうしたの? もう疲れちゃった?」
魔女「まさか、100枚以上もお皿を洗うとはおもってなくて……」
ウェイトレス「お昼なんてぜーんぜん、少ないほうだって」
魔女「そ、そうなんですか……」
ウェイトレス「じゃ、床掃除からお願いねっ」
魔女「は、はひ」
魔女(私をメイドか何かと勘違いしているんじゃないの……。いいわ。夜になれば私の時間。女帝が生まれる瞬間を見せてあげるわよ、このアバズレ)
ウェイトレス「私は厨房で仕込みのお手伝いをするので、何か分からないことがあったら聞いてね」
魔女「あい。わかりました。ありがとうございます」
魔女(今はただ従っておかないと……。夜までの我慢よ)
魔女「掃除しなきゃ」
魔女「む……」ゴシゴシ
魔女「ここの汚れ、中々とれないわね……!! このっ! このっ!!」ゴシゴシ
ウェイトレス「ありがとー。おかげでいつもより、早く準備ができたよー」
魔女「それはよかったですね……うぅ……」
「ほらよ、お嬢ちゃん」
魔女「へ? なんです、これ?」
ウェイトレス「お給金だよ」
魔女「いや、しかし、ただのお手伝いだったはずでは」
「受け取ってくれ。店長もお嬢ちゃんの働きっぷりには感心してたぜ。床の小さな汚れに何分もかけるなんて、根性あるぜってな」
魔女「えへへ……そ、そうですかぁ……」
ウェイトレス「良かったら、このままここで働かない? 私たちは大歓迎だけど」
魔女「おぉぉ……わたしを必要としてくれるの……」
ウェイトレス「もっちろん」
魔女「……」
魔女(ダメ!! ダメよ!! こんな誘惑にのっては……!! 私は働きたいわけじゃない!! 世界征服がしたいのよ!!)
魔女「折角ですけど、お断りします。私には叶えたい野望があるので」
ウェイトレス「そっかぁ。残念、いい仕事仲間になれると思ったんだけどなぁ。ま、貴方の夢がかなうことを祈ってるよ。がんばってね」
魔女「ありがとう……」
ウェイトレス「ちなみにどんな夢なの?」
魔女「い、いえない……はずかしいし……」
ウェイトレス「えー? でも、言えないなら仕方ないよねぇ。叶ったときに教えてね」
魔女「……うんっ」
ウェイトレス「約束だからねー」
魔女「……」
魔女(この女の男だけは、残しておいてやってもいいかもね。特例中の特例で)
「時間までまだ少しある。好きなところに座って、待ってくれ。すぐに野郎どもでいっぱいになっちまうがな」
ウェイトレス「そうなったら、地獄ですよね」
魔女「いっぱい、来るんですね。男性客も」
ウェイトレス「この店は男性客が殆どだよ。それもね鍛冶師とか漁師とか大工とかすこーし気性の荒い人たちなんだ」
「殴り合いのケンカも珍しくないしなぁ」
ウェイトレス「見ている分には楽しいですけどねぇ」
魔女(野蛮だわ。優雅さの欠片もない人種なんて大嫌い。私の男には相応しくない連中のようだけど、世界征服のためにはそういった駒の必要よね)
>>35
魔女(野蛮だわ。優雅さの欠片もない人種なんて大嫌い。私の男には相応しくない連中のようだけど、世界征服のためにはそういった駒の必要よね)
↓
魔女(野蛮だわ。優雅さの欠片もない人種なんて大嫌い。私の男には相応しくない連中のようだけど、世界征服のためにはそういった駒も必要よね)
夜 酒場
魔女「……」ウトウト
「いやぁ! 今日もつかれたなぁー!!」
「酒だ酒だー!!」
魔女「ひっ」ビクッ
ウェイトレス「いらっしゃいませー」
棟梁「よう、相変わらず、別嬪だなぁ。俺の愛人になる気はねえか?」
ウェイトレス「えー、奥さんにわるいですしぃ」
棟梁「いいんだよ、あんな熊みてぇな女より、やっぱ若い肌がいいんだよ」スリスリ
ウェイトレス「やん。触らないでくださーい」
「いいなぁ、棟梁!」
「オレもさわりてー」
棟梁「ダハハハハ。てめえらみてぇな若造にはもったいねえよ」
ウェイトレス「いいからさっさと注文してください」
魔女(ついに現れたわ。想像通り、下品で下種な連中。でも、私の兵隊アリとして動いてもらうには申し分ないわね。この惚れ薬を使えば、どんな男も骨抜きになるんだから。フフフフ)
棟梁「今日はパーッと派手にいくぜぇ!!」
「おぉぉー!!!」
ウェイトレス「景気いいですねー。何か大口の仕事でも入ったんですか?」
棟梁「おうよ。城の補修工事を頼まれてな。相応の額も入ってくる」
ウェイトレス「へぇ、すごいですね」
棟梁「だろ? だから、今日は俺のおごりだぁー!!」
「いやっふー!!」
「棟梁、ふとっぱらぁ!!」
棟梁「良い酒といい女をもってこーい!!」
「良い女ならそこにいまーす」
ウェイトレス「はいはい。どーぞ」
棟梁「お前さんが注いでくれよぉ」
ウェイトレス「いやですぅ」
棟梁「そんなこというなよぉ」
魔女(何なのあの男……。私の初友達を下劣な言葉といやらしい手で攻めるなんて……。許せないわ。一言言ってやろうかしら)
ウェイトレス「仕事もあるからダーメ」
棟梁「他のテーブルに行く必要はねえよ。安い酒を飲む客より、金をばらまく客を大事にしろよ」
ウェイトレス「えー? お客様は平等ですよぉ」
棟梁「んなこたぁ、ねえよ」
魔女(でも、いくら私は天才の魔女で、完璧な惚れ薬を持っているからと言っても、腕力ではまず敵わないことは明白)
魔女(ここは天才らしく、実戦の前に完璧なシミュレートを行っておきましょうか)
魔女『ここはブタ小屋だったの?』
棟梁『あぁ?』
魔女『さっきからブーブーうるさいったらないわね』
棟梁『なんだぁ、このアマぁ』
魔女『あら、ごめんなさい。人間だったの? てっきりブタかと思ってたわ』
棟梁『女だからって容赦はしねえぞ、ごらぁ!!!』
魔女『ふんっ』パシャ
棟梁『うお!? な、なんだ!? こりゃあ、酒か?』
魔女『フフフ……。私からのプレゼントよ。美味しいでしょ?』
棟梁『ふざけやがってぇぇ!! やっちまえ!!!』
『おぉぉぉ!!!』
魔女『あら、私を殴れるの?』
棟梁『なに、んなの……』
魔女『どうしたの? 殴りたければ、殴れば? 気の済むまでね』
棟梁『……』
『望みどおりにしてやるぜ』
『外に連れ出して、俺たちの世話でもしてもらおうか』
棟梁『待て、お前ら』
『棟梁?』
棟梁『よく見ると、お前、綺麗だな』
魔女『ふっ。ブタには釣り合わないでしょ?』
棟梁『そんなこと言わずに俺の女になってくれよ。嫁と別れてもいい』
魔女『クククク。あーら、そう? なら、まずはそこに跪いてブヒーって鳴いてごらんなさい。ほら、ブタ。鳴きなさいよ』
棟梁『ブ、ブヒー!!』
魔女(クククク……!! あーっはっはっはっは!!! これよ!! 完璧だわ!! 第一の下僕は、奴に決まりよ!!!)
魔女(友達が味わった淫猥な責苦。死ぬことよりも辛い生き方をするがいいわ!!!)
魔女「フフフフ……」
ウェイトレス(また笑ってる。どうしたのかな?)
「ところで、この猫は店で飼ってるのかぁ?」
猫「にゃぁ」
魔女「あ!」
「ん?」
棟梁「なんだぁ?」
魔女「あ……ぅ……」
ウェイトレス「その猫ちゃんは、あのお客様の大切な家族なんです。ちょっとお店で預かっているだけで」
棟梁「ふぅーん」
魔女「……」
「結構、イケるっすね」
棟梁「そうだなぁ」
魔女(まずい、目が合った!)
棟梁「ふっ」
魔女(こっちにくる……!!)
棟梁「よぉ、嬢ちゃん。こんな店に女一人かぁ?」
魔女「は、はい……」
棟梁「俺らと一緒に飲むか? 今日は俺がメシの面倒、みてやってもいいぜ?」
魔女「えと、しょの……そんな、わるいですしぃ……」
棟梁「遠慮なんかすんなよぉ」グイッ
魔女「ひゃぁ!?」
棟梁「いいから飲もうぜ、な?」
魔女「そ、そういうのは、あの、よくないとおもうんですけどぉ」
棟梁「何がいけないってんだ。嬢ちゃんも酒が好きだからここにいるんだろう」
魔女「おさけとか、あまり、のまないんでしゅけどぉ」
棟梁「まぁまぁ、んじゃ、俺の隣にいるだけでもいいぜ」
魔女「あぁ、でも、あの、あんまり知らない人についていっちゃいけないって、おかあさんにいわれてて……」
ウェイトレス「ちょっと、お客様」
棟梁「んだよぉ」
魔女「えぐっ……うぐ……」
ウェイトレス「その子、私の友達なんですけど」
魔女「……」
棟梁「だから、なんでぇ」
ウェイトレス「その汚い手で触るなってことです」
魔女「え……」
棟梁「んだとぉ」
ウェイトレス「私に対しては触ってもいいし、スケベなことを言ってもいいですけど、その子にだけは手を出さないでください」
ウェイトレス「見た目通り、繊細な子なんです」
魔女「あの、やめて……そんなこといったら……」
棟梁「おれぁ、客だぞ」
ウェイトレス「うるさい。客かどうかはこっちが判断する」
魔女「おぉぉ……そ、それいじょうは……きけんだとおもうんだけど……」
「棟梁、その辺で」
「そうですよ。出禁になっちまいますよ」
棟梁「ちっ。わぁーったよ」
魔女「あぁ……ぅぅ……」
ウェイトレス「大丈夫? ごめんね、怖い思いさせちゃって」
魔女「う、ううん。平気」
ウェイトレス「これが夜の店の風景。貴方には似合わない場所でしょ?」
魔女「そ、そうかな……」
ウェイトレス「もう帰ったほうがいいんじゃない? もっとお客さんも増えてくるし」
魔女「強いのね。なんか、かっこよかった」
ウェイトレス「慣れてるから」
魔女「そうなんだ」
ウェイトレス「それじゃあ、私は仕事に戻るね。貴方はできるだけ店の隅にいたほうがいいかも。特別に猫ちゃんも店内に連れ込んでいいよ。店長には内緒ね」
魔女「あ、ありがとう……」
ウェイトレス「ごゆっくりぃ」
「おかわりー!!」
「酒もってきてくれー!!!」
ウェイトレス「はぁーい!! ただいまー!!」
魔女「……」ナデナデ
猫「にゃあ」
魔女「何をしているのかしら、私」
魔女「これでは世界征服なんて夢のまた夢じゃない。今日、睡魔と戦いながらここにいたのはなんのためよ」
猫「にゃあ」
魔女「そう! 世界征服の第一歩を踏み出すためよ!!」
猫「にゃぁ」
魔女「やるわ……! ちょっとここで大人しくしてなさい」
猫「にゃあ」
魔女「全てのものを最大限に利用してやるわ」
魔女「あの、すみません……おみせ、い、忙しいみたいなので、私もお手伝い、します……」
「いいのかい!?」
棟梁「良い女だったのになぁ」
「棟梁はせっかちだからなぁ」
棟梁「うるせぇ。おおい!! 新しい酒だー!! もう空だぞー!!! もってきやがれー!! 安い酒しか飲まない客なんて後回しにして、こっちを優先しろー!!」
「ガハハハ!! 棟梁、そりゃひでっすよぉ」
棟梁「お? そうか? ハハハハハ!!」
客「おい、さっきからなんだよ、てめぇら」
棟梁「お?」
客「うるせえんだよ。黙ってろ」
棟梁「はぁ? ここぁ酒場だぞ? 酒飲んで騒いで何がわるってんだよ」
客「耳障りだっていってんだよ」
棟梁「おやおやぁ? やっすーい酒しかのんでねえみてぇだなぁ。あぁ、わりぃなぁ、さっきので癪に障っちまったかぁ? でも、事実だろぉ? 貧乏人は黙ってろよぉ」
客「このやろぉ!!!」ドガッ!!!
棟梁「いってぇなぁ……。このやろぉ!!!」
ウェイトレス「あーあ。始まったぁ」
魔女(フフフフ……。この惚れ薬入りの酒をあの男に飲ませれば……。クククク……始まるのね……私の伝説が!! ここから!!)
ウェイトレス「ん?」
棟梁「あらぁ!!!」バキィッ
客「ふざけんじゃねえ!!!」ドガッ
棟梁「ぐお!?」
魔女「……」ヨロヨロ
魔女(大事なお酒を零さないようにしないと……持っているトレイに全神経を傾注するのよ、私……!!)
ウェイトレス「前見て、前!! 危ない!!」
魔女「え?」
ガシャーン!!!!
棟梁「うわっぷ!?」
魔女「あぁぁ……!! お酒が……!!」
棟梁「なんだよ、酒かよ。もったいねえ」ペロッ
魔女(今、舐めた!! よし!! これでこの下劣な男は私のモノよ!!! ついに手に入れたわ!!! 私だけの傀儡をね!!! あーっはっはっはっはっは!!!!)
棟梁「おかえしだ、こらぁ!!!!」バキッ
客「ぐぁ!?」
棟梁「お……」
客「今のは効いたぜ……。でもなぁ!!」
棟梁「……」
客「おらぁ!!!」ドガッ
棟梁「うっ……」
客「はぁ……はぁ……どうだ……このやろぉ……」
棟梁「……おめえ、よく見ると可愛いじゃねえか」
客「は? なにいってんだ、きもちわりい」
棟梁「そんなこと言わずに俺の女になってくれよ。嫁と別れてもいい」
客「な……」
「棟梁!? なにいってんですか!?」
棟梁「おれぁ、お前に惚れちまったみてぇだ……」ポッ
客「はぁぁぁ!?」
棟梁「お前に惚れちまったぜ!! なぁ、これから二人で飲まねえか!? なぁ!! いいだろぉ!! 朝まで飲もうぜ!!」
魔女(しまった……。私よりも先に、男のほうを見てしまったのね……)
棟梁「んー」
客「ぎゃぁぁああああ!!!」
「棟梁!!! 飲みすぎですよ!!!」
「やめてください!! 棟梁!!!」
魔女(失敗……。惚れ薬とここにいる意味がなくなったわね)
ウェイトレス「こういう展開は初めてみたわ。まぁ、これはこれで……」
魔女「あの」
ウェイトレス「どうしたの?」
魔女「私、帰ってもいいですか?」
ウェイトレス「手伝ってくれるんじゃないの?」
魔女「気が変わったというか……」
ウェイトレス「そんなこと言わないで、最後までいてよ」
魔女「でもぉ……」
ウェイトレス「おねがいっ」
魔女「……うん。最後までやる」
ウェイトレス「ありがとーございましたー」
魔女「ありがとうございましゅ」
棟梁「このまま二軒目いくぞー!!!」
客「もうゆるしてくれー!!」
棟梁「そういうなって、ちゅっちゅっ」
客「うわぁぁぁぁ!!!」
ウェイトレス「はいっ。これで店じまい。おつかれさまー」
魔女「おつかれさまでし」
ウェイトレス「疲れた?」
魔女「手伝うっていったことを、後悔してる」
ウェイトレス「あはは。まぁまぁ、良い経験になったんじゃない?」
魔女「そうかしら……」
魔女(ただ辛いだけだったわ……。接客なんて、私には向いてないのよ……)
ウェイトレス「それじゃ、掃除しよっか」
魔女「まだ働くの!?」
「おつかれー! また明日、よろしくなー」
ウェイトレス「はぁーい」
魔女「休まないの?」
ウェイトレス「まぁ、基本的にはね。毎日、働いてる」
魔女「ふぅん。何か、買うの?」
ウェイトレス「私にも夢があるからね」
魔女「どんな?」
ウェイトレス「……貴方の夢を教えてくれたら、教えるけど」
魔女「等価交換ね。理に適ってるけど、でも、言えない。はずかしい……」
ウェイトレス「あはは。んじゃ、私もおしえなーい」
魔女「気になるけど、仕方ないか……」
ウェイトレス「ねえ、また明日も来てくれる?」
魔女「え、ええと……」
魔女(そうね。結局、まだ一人の男も得られていないし。けど、この店に居続ければ惚れ薬を盛るチャンスは山のようにある……。フフフ、そうね、この状況、利用しない手はないわ)
魔女「あ、うん、明日も行く」
ウェイトレス「ほんと!?」
魔女「うん、約束する」
ウェイトレス「ありがと。うれしいな。それじゃ、明日もよろしくねっ。朝の9時に出勤だから、遅れないでね」
魔女「え?」
ウェイトレス「私、こっちだから。バイバーイ」
魔女「あ、はい」
猫「にゃあ」
魔女「出勤ってことは……」
魔女(私……働くことになってる……!?)
魔女(ただ、客としていくつもりで言ったのに……!!)
魔女「ま、まぁ、いいわ。あの店に誰にも怪しまれず入り込め、尚且つ、薬を盛る機会が一気に増えるということだもの」
魔女「こうやって利用できるものは全て利用する。なぜなら私は、天才の魔女だから」
魔女「うふふふ」
猫「にゃあ」
魔女「遅刻しないように早く帰って寝ないと」テテテッ
翌日 酒場
「嬢ちゃん、これ持って行ってくれ。5番テーブルだ」
魔女「はぁーい!!」ダダダッ
ウェイトレス「それ終わったら、次の料理配膳よろしくー」
魔女「はぁーい!!!」ダダダッ
魔女(くっ!! なによ!! この忙しさ!! 昼は暇なんじゃなかったの!? 騙したわね!!)
「あの新人、かわいいなぁ」
「声かけようかなぁ」
ウェイトレス(あの子目当ての客が増えたみたいね……)
魔女「はぁ……はぁ……。お、おまたしぇしました……」
おじいさん「ありがとう」
魔女「い、いえ……」
おじいさん「いつも客として来ていたのに、働くようになったのかい」
魔女「え、ええ、まぁ」
おじいさん「そうか、そうか」
ウェイトレス「おつかれー。休んでいいよー」
魔女「はぁ……ふぅ……う、うん……」
ウェイトレス「いやー、昼間もこうして忙しくなるとは思わなかったわ。貴方のおかげね」
魔女「へぇ? どうしてぇ」
ウェイトレス「なに、わからないの?」
魔女(惚れ薬はまだ投与できてないし……というか、厨房に入れないから混入させるチャンスもないし……)
ウェイトレス「自覚がないほうがいいのかもねぇ」
魔女「えー、なんなの? 教えてー」
おじいさん「今日も美味しかったよ。それじゃあね」
ウェイトレス「ありがとうございましたー」
魔女「ました」
魔女(あのジジイ。常連なのかしら)
ウェイトレス「さーて、ランチタイムしゅーりょー。夜に向けて準備をしますかぁ」
魔女「うんっ」
魔女(今夜こそ……使ってみせるわ……惚れ薬……絶対に……!)
夜 町
ウェイトレス「おつかれー」
魔女「お疲れさま」
ウェイトレス「じゃ、明日ねー。バイバーイ!!」
魔女「う、うん。おやすみー」
魔女「……」
猫「にゃあ」
魔女「どうしたら先に進めるの……!! 配膳をしている限り、料理に惚れ薬を盛るなんてことできないじゃない……!!」
魔女(料理に何か入れてるところを見られたら、お店が潰れちゃうかもしれない……。友達の働く場所がなくなっちゃうし、私も誰にも怪しまれず男に接近できなくなるし……)
魔女(厨房に入りたい……そしたら調味料と間違っちゃった作戦ができるのに……)
猫「にゃあ」
魔女「いや……そうだわ……うふふふ……あはははは……」
魔女「あーっはっはっはっはっは!!!」
猫「にゃ」ビクッ
魔女「私、やっぱり根っからの魔女だったのね。よくもこんな方法を思いつけたものだわ。早速、明日実践よ。うふふ。明日から世界は私を中心に回りだすのよ!!」
翌日 酒場
魔女(クククク……。いるいる。男どもが馬鹿面下げて、テーブルに並んでいるわ)
ウェイトレス(昨日よりも客が多いなぁ)
魔女(さて、記念すべき私の家来第一号になるはだーれだ?)
「お嬢ちゃん、2番テーブルだ」
魔女「はぁい」
魔女(2番のテーブルは……!!)
大男「……」
魔女(熊にも勝てそうな男ね。ま、私の近衛兵としては役に立ちそうね)
魔女「お待たせいたしました。ランチのAセットです」
大男「おう」
魔女「あ、あのー」
大男「なんだ?」
魔女「えっと、ですね……あの……こ、こ、これ、なんでしゅけどもぉ……」
大男「なんだぁ、その小瓶がなんかあるのかい」
魔女「えと……その……ですね……これはぁ……りょ、りょ、りょうりがぁ、おいしくなるって……かんじの……」
大男「聞こえねえぞ。おれぁ、飯食ったら仕事があるんだ。はやくしてくれないか」
魔女「す、すみません! も、もも、もういいでしゅ……ごゆっくり……」
大男「そうか」
魔女「……」
魔女(迂闊だったわ……。台本を作っておかないと、上手くいくこともいかないじゃないの……!!)
ウェイトレス「なになにー? 今、あそこのお客さんに何か勧めようとしてなかったぁ?」
魔女「え!? ううん、み、水はどうですかーって言おうとしたら失敗しただけ」
ウェイトレス「そうなの?」
魔女「そ、そうそう!!」
魔女(ふぅー。危うく、計画の全貌が露呈しちゃうところだったわ。次の男に狙いを変えましょう)
ウェイトレス「あ、お客さんだ。いらっしゃいま――」
剣士「……」
ウェイトレス「あ……」
魔女(私が想像以上に上手く話せないのはわかった。こうなれば手段は選んでいられない……。惚れ薬混入を強行するわよ!! バレないように!!)
魔女「……」キョロキョロ
剣士「……近くまで、来たから」
ウェイトレス「そ、そう」
剣士「あの、俺……」
ウェイトレス「なに?」
魔女(誰も見てないわよね……よし、今しかないわ……!!)
剣士「城の兵士になれる」
ウェイトレス「そ、そうなんだ。よかったね。昔からの夢だったし」
剣士「しばらく、逢えなくなると思う」
ウェイトレス「気にしないで。私は私でがんばるって」
剣士「約束は守る」
ウェイトレス「……」
魔女「あにょ……」
ウェイトレス「ど、どうしたの?」
魔女「み、みじゅ……おもちし、ました……」
剣士「ありがとうございます」
魔女「え、と、ふ、ふつうのみずですので……うふふふ……」
剣士「は、はぁ」
魔女「ど、どうぞ、のんでくだしゃい……えへへ……」
剣士「で、では、いただきます」ゴクッ
魔女(キター!!! やったわぁ!!! やったわぁぁぁ!!! やっほー!!! これでこの男は私にほれてしまうのよー!!!)
ウェイトレス「今度は、いつ会えるの?」
剣士「それは……」
魔女「あ……」
剣士「はい?」
ウェイトレス「あの、ゴメン。ちょっとこの人と話したいから……」
魔女「あ……えと……わかった……」
魔女(ど、どうしよー!!! またしても私を最初に見てないじゃない!! あぁぁー!!! 変な男が友達に惚れちゃう!!)
剣士「近いうちに必ずまた逢いに来る。そのときは……」
ウェイトレス「わかった。それでいいよ。でも、絶対に迎えにきてね」
剣士「ああ」
ウェイトレス「がんばってね」
剣士「分かっている」
魔女「……」
魔女(おかしいわね……。あの男、惚れてる様子がない……)
剣士「それじゃ、これで」
ウェイトレス「ごはんはいいの?」
剣士「友達が気にしてるみたいだから」
ウェイトレス「え?」
魔女「うー……」
剣士「君のことを心配しているようだ」
ウェイトレス「もー! こっちみないでー」
魔女「ご、ごめん!!」
剣士「それじゃ」
魔女(どうして……? 惚れたら、普通前のとーりょーとかいう人みたいになるはずなのに……。まさか、この薬に問題が……!?)
ウェイトレス「ごめん、ごめん。仕事中なのに」
魔女「……」
ウェイトレス「ああ、あの人が気になるんだよね」
魔女「う、うん」
ウェイトレス「あの人は私の幼馴染でね。子どものときからお城の兵士になって、町をまもるんだーって言ってたの」
魔女「兵士に?」
ウェイトレス「それが叶ったみたい」
魔女「夢を叶えたんだ。すごいわね」
ウェイトレス「うん。私も、がんばらないと」
魔女「私も……がんばろう……」
ウェイトレス「さ、仕事しよっか」
魔女「うん……」
ウェイトレス「どうしたの? 元気なくなってない?」
魔女「そんなことないけどぉ……」
ウェイトレス「ほらほらー、お客さんがよんでるよー」
魔女「はぁ……」
ウェイトレス(ホント、どうしたんだろう)
「お嬢ちゃん、ショックうけてるんじゃねえか?」
ウェイトレス「ショック?」
「お前に恋人がいたから」
ウェイトレス「い、いや、なんでショック受けるの?」
「そりゃあ、おめえ、なぁ?」
「色々あるだろうよ。お前と嬢ちゃん、すげー仲良いしな」
ウェイトレス「え……?」
魔女「はぁ……あぁ……」
魔女(やり直し……? そんな……私の三年間はなんだったの……)
魔女(でも、ネズミにも猫にもちゃんと効いたし……)
魔女(はっ!! まさか、ネズミはただちゃんと恋愛して家庭を築き、猫はただ私に懐いただけだっていうの……!?)
魔女(あぁー!! そんな可能性を考えられてしまう天才の私が憎らしいわー!!!)
ウェイトレス(もしかして……)
夜 町
魔女「おつかれさまぁ……」
ウェイトレス「お疲れさま」
魔女「うぅ……」
魔女(今日はもう寝よう……。明日からがんばろう……)
ウェイトレス「ね、ねえ」
魔女「はい?」
ウェイトレス「これから、時間ある?」
魔女「え……ま、まぁ……」
ウェイトレス「よかったら、家に行ってもいい?」
魔女「私の?」
ウェイトレス「うん」
魔女「ど、どうして?」
ウェイトレス「ちょっと、話したいことあって」
魔女(まさか……解雇通告……!? いや、そのほうがありがたいけど……ちょっとだけさびしいわ……)
森
ウェイトレス「ここを進むの?」
魔女「う、うん」
ウェイトレス「ここって、魔女の森って呼ばれてるところじゃ……」
魔女「え……そ、そうなの……?」
ウェイトレス「うん。何年か前に噂になってたよ。この森には魔女がいて、よからぬ企みをしているとか」
魔女「ま、まさか……現実に魔女なんているわけないざますわ……」
ウェイトレス「だよねー。けど、危ないのはホントだよ。どうしてこの森に住んでるの?」
魔女「じ、実家が……ここにあって……」
ウェイトレス「そうなんだ。お父さんが木こりしてたとか?」
魔女「お父さんはお薬を作る仕事してたから、それで植物が多い場所に……」
ウェイトレス「へぇ、そうなんだ。あ、今、お邪魔しても大丈夫なの?」
魔女「うん。お父さんとお母さんは、もういないから」
ウェイトレス「え……もしかして……亡くなったの……?」
魔女「ううん。引っ越したの。城下町に」
ウェイトレス「貴方と置いて!?」
魔女「うん」
ウェイトレス「なんで!? 普通、一緒に行かない!?」
魔女「お父さんがお城で働くことになって引っ越しすることになったとき、お母さんからそろそろ一人暮らししなさいって言われて……」
ウェイトレス「それで森の中の家で一人暮らしを?」
魔女「三年前までは町で住んでたんだけど……」
ウェイトレス「何か、あったわけ?」
魔女「……」
ウェイトレス「言いにくいこと?」
魔女「……」
ウェイトレス「ごめん。別に言わなくていいから」
魔女「これも何かの縁かもしれないわね」
ウェイトレス「へ?」
魔女「貴方には、私のありのままの姿を見せてもいいかもしれない」
ウェイトレス「一緒にお風呂にでも入ろうってこと?」
魔女の家
魔女「入って」
ウェイトレス「おじゃましまぁす」
猫「にゃあ」
ウェイトレス「猫ちゃん、今日はお留守番してたの? えらいねー」
猫「にゃあ」
魔女「あの、なにか、飲む?」
ウェイトレス「お水で」
魔女「わかった」
ウェイトレス(分厚い本ばっかり……)
魔女「ど、どうぞ……井戸水ですけど……」
ウェイトレス「ありがとう」
魔女「あの、ともだちを……家に招待するの……初めてで……キンチョーしてるんですけども……」
ウェイトレス「緊張しないで。私まで緊張しちゃうし」
魔女「ご、ごめんなしゃい」
ウェイトレス「本がたくさんあるけど、全部貴方の?」
魔女「お父さんのが殆ど。私にくれた」
ウェイトレス「そうなんだ。薬草とかの本が多いね、やっぱり」
魔女「それで……話したいことって……」
ウェイトレス「あ、ああ。その……。私って昔らから、結構大きな男の人にでも立ち向かって行っちゃうタイプでさ」
魔女「うん。あのとき、かっこよかった」
ウェイトレス「その所為かもしれないんだけど、よく女の子に告白されることがあって」
魔女「へぇー。でも、わかるかも」
ウェイトレス「けど、今日来たでしょ」
魔女「誰が?」
ウェイトレス「あの剣を持ってた人」
魔女「うん」
ウェイトレス「幼馴染で、それで、私の……その……」モジモジ
魔女「なに?」
ウェイトレス「と、とにかく、私は、女の子と付き合うとか、そういうことはできないの。ごめん」
魔女「……」
ウェイトレス「気持ちは、嬉しいけど……」
魔女「……」
ウェイトレス「……ごめん」
魔女「ふ、ふられた……」ガタガタ
ウェイトレス「私はそのノーマルというか」
魔女「はじめての……ともだちに……ふ、ふられた……も、もう……あの……ぜ、ぜっこう……ってことなの……」
ウェイトレス「いや、絶交とかはしないよ。普通に友達でいようねってことで」
魔女「へ? なら、どうして付き合えないとかいうの?」
ウェイトレス「だって、私は男の人とお付き合いしたいし……」
魔女「私もだよ」
ウェイトレス「え?」
魔女「え?」
ウェイトレス「あ……あぁぁ……ぁぁぁ……!!」ガタガタ
魔女「どうしたの? どういうことなの?」
ウェイトレス「あぁぁぁ……!!! ごめん、私の勘違いだった……」
魔女「勘違いって、何と勘違いしたの?」
ウェイトレス「なんでもないよ。ほんとだよ」
魔女「えー? 気になるんだけどぉ」
ウェイトレス「しばらく、私のことはそっとしておいて……」
魔女「うん」
ウェイトレス「顔から、火が出そう……」
魔女(男の人と付き合いたい……顔から火が出るほど恥ずかしい……。なるほど、理解したわ)
魔女「私の夢、特別に教えてあげる」
ウェイトレス「夢? どうして急に……」
魔女「貴方は私の友達だから、救ってあげたい」
ウェイトレス「救う……」
魔女「私の夢は、世界征服」
ウェイトレス「え……」
魔女「この薬で、世界を征服するのが夢なの」
ウェイトレス「せかい……せいふく……?」
魔女「そう。私は三年前、魔女になったの。世界を手に入れるためにね」
ウェイトレス「な、なにいってるの?」
魔女「この森が『魔女の森』と言われているのは驚いたけど……。きっと、私から滲み出る天才魔女のオーラが町民にも伝わってしまったのね」
ウェイトレス(ホント、何言ってるんだろう……)
魔女「それはそうと貴方、今、恋をしているわね」
ウェイトレス「え……!? ま、まぁ……」
魔女「使わせてあげるわ。この世界を手に入れるための薬をね。とはいっても、改良が必要みたいだけど」
ウェイトレス「なんなの、これ?」
魔女「惚れ薬」
ウェイトレス「ほれぐすり……?」
魔女「これで世界中の男どもを私に惚れさせて、世界を手中に収めてやるのよ!!」
ウェイトレス「あの……」
魔女「あ、ごめん。ちょっと興奮しちゃった。でも、貴方の好きな人には使わないからね。安心して」
ウェイトレス「心配してるのは、貴方のことなんだけど」
魔女「使わないっていうと嘘になっちゃうわね。実は今日、貴方の好きな人に惚れ薬を盛っちゃって……」
ウェイトレス「えぇぇ!?」
魔女「で、でもね、あの、まだ不完全だったし、それにあのときは貴方の想い人だって、しらなかったからぁ」
ウェイトレス「不完全って、惚れないってこと?」
魔女「うん。酒場ではとーりょーにも盛ったんだけど……」
ウェイトレス「待って。あのとき、あの人が男性相手におかしくなったのは……」
魔女「私の仕業だったと思ってたんだけど、どうやら、あの人は元々男の人が好きだったんだと思う」
ウェイトレス「そ、そうなんだ……」
魔女「猫やネズミには効いてるとは思うんだけど……はぁ……」
ウェイトレス「まぁ、失敗してて助かったよ。もし好きな人を貴方に取られてたら、泣いちゃうよ」
魔女「ごめんね。もうあの人にだけは盛らないって約束する」
ウェイトレス「……いや、誰に盛ってもダメ」
魔女「どーして!? 応援してくれるんじゃなかったの!?」
ウェイトレス「世界征服の応援なんてしない!!」
魔女「友達なのに!?」
ウェイトレス「友達だから応援しないんだってば!!」
魔女「そんな……こうなったら、貴方をこの薬で惚れさせて……」
ウェイトレス「やめて。絶交するよ」
魔女「それは……やだ……」
ウェイトレス「そもそもなんだ魔女になろうなんて思ったわけ? 世界征服っていうのもなんだか大げさな気もするし」
魔女「……三年前、私はまだ町の方に住んでいたの」
ウェイトレス「さっきも言ってたね。一人暮らしを始めたんでしょ」
魔女「うん。でね、一応、働くところも自分で探して、働いてたの」
ウェイトレス「うんうん」
魔女「ある日、仕事で遅くなって、真夜中に家に帰ってたら……」
ウェイトレス「……」
魔女「数人の男の人に囲まれたの……」
ウェイトレス「ま、まさか……」
ウェイトレス(男に対して相当な恨みがあるんじゃ……)
魔女「あのときは、本当に怖かったの――」
三年前 夜 町
男「ヘヘ、カノジョ。今、暇だろ?」
魔女「え……え……」
「俺たちと一緒に遊ばない?」
魔女「あ、あしたも……しょの……しごとが……ありまして……」
男「いーじゃん、いーじゃん」
「そうそう。仕事なんていくらでもあるって」
魔女「ご、ごはん、たべなきゃ……いけないし……はみがきも……したいし……」
男「まぁまぁ、とりあえずいい店しってるから、行こうぜ」グイッ
魔女「ひぃ……」
男「どこいく?」
「やっぱ、アソコだろ」
「だなー」
魔女「あぅ……あぅ……」
青年「――おい。何やってんだ」
男「あん? なんだ、てめぇ」
青年「いくらなんでも強引すぎるだろ」
魔女「あぅ……」
男「うるせえな。なんだよ、このガキ」
青年「……」
男「おいおい、兵士でもねえのに剣なんてぶらさげて、なんのつもりだ」
青年「これが見えるなら、家に帰って寝ろ」
男「ヘヘヘ。んなので、ビビるとでもおもってんのかよ」
青年「……」シャキン
男「おぉぉ……」
青年「帰れ」
男「ま、丸腰相手に……ひ、卑怯じゃねえか……」
「そーだ、そーだ」
「兵士を呼ぶぞこらぁ」
青年「好きにしろ。兵士が来る前に終わる」
男「ちっ! 今日はもうかえろーぜー!!」
「けっ! しけてやがんぜ!!」
「家でトランプでもしてたほうがマシだったな!!」
青年「この町にはあんな奴らもいるのか」
魔女「あ、あにょ……」
青年「大丈夫か」
魔女「は、はひ……たしゅかりましゅた……」
青年「そうか。怪我がないならそれで――」
魔女「ホント、ありがとうございましゅ!!」
青年「な……あ……」
魔女「あの、なんてお礼をいったらいいか……わからないんですけどぉ……」
青年「別に、礼なんて……偶然、通りかかっただけだ……」
魔女「あの、明日にでもお礼をさせてください」
青年「いらない」
魔女「そんなぁ。私の気がおさまりませんしぃ」
青年「そんなつもりで助けたわけじゃない。俺はただ、町を視て回っていただけだ」
魔女「それでも助けてはいただきましたのでぇ……せめてお名前だけでも……」
青年「ち、近寄るな。ブス」
魔女「え……」
青年「お、俺は、お前みたいな不細工な女が、嫌いなんだよ」
魔女「お……え……」
青年「だから、礼も感謝もいらない。反吐が出る」
魔女「……」
青年「そ、それじゃあ……」タタタッ
魔女「ブス……ぶさいく……」ガクガク
魔女「たしかに……たしかに……ともだちもいないし……いつもいつも片思いしてばっかりだったけど……」
魔女「そんな……はっきりいわなくても……」
魔女「うぅぅ……うぇぇぇん……」
魔女(初対面の男からこんな屈辱を味わうなんて……このままじゃ私は……!!)
魔女(一生、綺麗なお嫁さんになれない……!!)
魔女の家
ウェイトレス「それで……?」
魔女「色々考えて、男の人を好きになるのをやめて、惚れさせる努力をしようと思った」
魔女「私、愛されたい女の子だったから」
ウェイトレス「それで、惚れ薬……?」
魔女「幸い、お父さんの仕事柄、薬草とかの本はいっぱいあったの」
魔女「惚れ薬を作ろうって決めたとき、私は思った。私って、きっと魔女なんだって」
魔女「だから、性格が根暗だとか、方向音痴とか、ブスだって言われてたんだと思う」
ウェイトレス「いや……それで魔女ってどうなの……」
魔女「惚れ薬を作り始めたときに、いっそのこと世界中の男を惚れさせたいっていう発想に飛躍するところなんて最高に魔女っぽいし」
ウェイトレス「あぁ……うん……」
魔女「自分は魔女だって思えたら、なんだか前向きになれた」
ウェイトレス「で、惚れ薬を完成させることができたってこと? どちらかというと後ろ向きのような……」
魔女「私は重い過去を背負ってる……。だから、応援してほしいな」
ウェイトレス「しないけど」
魔女「なんで!? なんでなんで!?」
ウェイトレス「魔女になっちゃった理由は、わかったような気もするけど、やっぱり世界征服を応援はできないかな」
魔女「あなただけには応援してほしいのにぃ……」
ウェイトレス「ねえ、そのブスって言い放った男の人は?」
魔女「へ?」
ウェイトレス「どこかでもう一回ぐらい会ってないの?」
魔女「私は、三年間、森の中に引き籠っていたから」
ウェイトレス「あぁ、そっか……」
魔女「あの人が私を魔の道に導いたのよ……ウフフフ……感謝しなきゃね……」
ウェイトレス「その男の人を探してみない?」
魔女「探すの?」
ウェイトレス「とりあえず、その男の人には謝らせたいもん。私の大事な友達に、何言ってんだってね」
魔女「おぉぉ……!!」
ウェイトレス「そのほうが健全だと思うな」
魔女「うんうん!! あ、でも、惚れ薬作っちゃったし……」
ウェイトレス「それは捨てても……」
魔女「そう……」
ウェイトレス「……」
ウェイトレス(でも、三年間も誰とも話さず、ずっとがんばって研究とかしてきたんだろうなぁ……。流石にそれを捨てろっていうのも……)
魔女「まぁ、いいか……味方になってくれる人が一人でもいるなら……。この資料も燃やして……」
ウェイトレス「ちょっと待って」
魔女「なに?」
ウェイトレス「まだ改良がいるんでしょ? それなら一応、形にはしておいたら?」
魔女「でも、これは世界征服の……」
ウェイトレス「あなたの三年っていう時間を無駄にするのは勿体ないよ。惚れ薬で世界征服はしちゃいけないけど、成果として残しておいてもいいんじゃない?」
魔女「いいのかな?」
ウェイトレス「悪用しなければ、惚れ薬もいいと思うよ」
魔女「何に使える?」
ウェイトレス「え、ええと……そうね……。たとえば、飼っている動物を調教するときとかに使えるんじゃない? 暴れ馬とかでも惚れさせることができるなら行商人とか楽だろうし」
魔女「おぉぉ!! うん、それだ!!」
ウェイトレス「よし、それじゃあ惚れ薬は改良を加えて、完璧にしておこうよ」
魔女「わかった!」
ウェイトレス「で、明日から探すよ。その酷い男」
魔女「けど、手がかりが殆どないよ?」
ウェイトレス「似顔絵とか描けないの?」
魔女「暗かったし、顔もよく覚えてない……。月の灯りはあったけど、丁度、男の人の後ろ側だったから……」
ウェイトレス「そっか、夜だもんね」
魔女「うん……。そうだ! あの剣は覚えてる」
ウェイトレス「剣?」
魔女「剣を鞘から抜いたときに、キラッて光ったの。刀身部分に模様があった」
ウェイトレス「どんなの?」
魔女「たしか……」カキカキ
魔女「こういうの!」
ウェイトレス「太陽みたいな模様ね……」
魔女「あの光景だけは忘れられないなぁ……。すっごいかっこよく見えたし。あんなこと言われるとは思ってなかったけど」
ウェイトレス「けど、剣の模様だけじゃね……」
魔女「やっぱり、ダメかな」
ウェイトレス「明日、お客さんにでも聞いてみよっか」
魔女「それで分かるの」
ウェイトレス「ウチのお店には荒っぽい人が良く来るっていったでしょ。その中には鍛冶師もいるんだって」
魔女「そっか。剣に詳しい人もいるんだ」
ウェイトレス「そうそう。まぁ、何かは掴めるんじゃないかな」
魔女「フフフ……。あの男を見つけたら、すかさず惚れ薬を……」
ウェイトレス「やめて」
魔女「大丈夫。私に惚れさせるんじゃなくて、鏡を見せて自分を惚れさせてやろうと思うの」
ウェイトレス「どうなるの、それ?」
魔女「もちろん、自分が大好きになるわ。ククク、無様に自分が映る鏡を抱きしめればいいのよ……」
ウェイトレス「うーん、魔女だね」
魔女「でしょっ? えへへ」
ウェイトレス「実行できればの話だけど」
翌日 酒場
大男「うーん……?」
ウェイトレス「どうですか?」
魔女「こ、こんなも、もよう、みたこりょ、ありましゅか……」
大男「長年鍛冶師として生きてきたが、こんな模様がある剣はみたことねえな」
ウェイトレス「そうですか……」
魔女「残念……」
大男「だが、一つ分かることはある」
魔女「え……」
ウェイトレス「なんですか」
大男「普通の剣じゃねえってことだ」
ウェイトレス「えっと、つまり……?」
大男「要するに世界で持ってるやつが限られているってことだな」
ウェイトレス「誰もが手にできるものでも、見れるものでもない剣ですか」
大男「貴族とか王族で受け継がれている宝剣の類かもしれねえな」
魔女「貴族や王族……!?」
ウェイトレス「マジですか」
大男「はっはっはっは。まぁ、そうじゃなくてもオーダーメイドなのは間違いねえんじゃねえか。普通、刀身に模様なんて彫らねえからな」
ウェイトレス「言われてみれば……」
大男「剣の持ち主を特定するのは簡単でも、剣の在り処を見つけるのは難しいかもな。その剣を打った人間がこの町にいればいいが」
ウェイトレス「他に鍛冶師の知り合っていませんか」
大男「そりゃあいくらでも知ってるが」
ウェイトレス「教えてください」
大男「その男になんかあんのか」
ウェイトレス「はい。私じゃなくて、この子が」
魔女「えへへ……」
大男「そうかい。このあと時間があるなら、紹介してやってもいいけど?」
ウェイトレス「ホント!? やったね!!」
魔女「うん、でも、仕事が……」
ウェイトレス「いいから、行ってきて。仕事は、私に任せて」
魔女「え?」
ウェイトレス「え?」
魔女「わ、わたし、ひとりで……?」
ウェイトレス「うん」
魔女「えぇぇ……じゃあ、惚れ薬を……」
ウェイトレス「なんでそうなる」
魔女「だ、だだだ、だって……ひとりで……荒っぽい人の集まるところにいったら……どうなっちゃうか……」
魔女「めちゃくちゃにされちゃう……」
ウェイトレス「んなわけないでしょ」
魔女「うぅぅ……おねがい……いっしょに、いこ……」ギュゥゥ
ウェイトレス「ちょっと、スカートを掴まないで」
大男「大丈夫か、その嬢ちゃん」
ウェイトレス「大丈夫じゃないんです」
魔女「おねがいぃ」ギュゥゥ
ウェイトレス「はぁ……。てんちょー、ちょっと相談があるんですけどー」
町
ウェイトレス「大体、最初は一人で男の人の集まる場所を探してたんでしょ。だから、ウチの店に来たわけだし」
魔女「ちゃんと女性の店員がいるところを選んで、毎日通ってた」
ウェイトレス「そ、そう」
魔女「惚れ薬さえあれば、怖くないけど。今日は持ってないし」
ウェイトレス「確かに、貴方は護身用に持ってたほうがいいかもね」
大男「来たか、嬢ちゃん」
ウェイトレス「お待たせして、ごめんなさい。店の掃除だけはしなくちゃいけなくて」
大男「いいってことよ。時間もあったし、鍛冶師連中を集めておいたぜ」
「おー。どっちも別嬪じゃねえか」
「おれぁ、やっぱ酒場の看板娘がいいなぁ」
「俺は新人の子だな。いっつも小動物みてえに震えてて、なんか苛めたくなる」
魔女「ひっ」
ウェイトレス「やめてください」
大男「わりぃな。こんな場所にあんたらみてねえな美人は滅多にこないからよ。野郎どもの目の保養になってくれ」
魔女「こ、こりょ、ちゅるぎにえがかれた……もよう……しってる……ひと……いま、す……か……」
「あぁ? なんだって!?」
魔女「ひぃ」
大男「職業柄、耳が遠い奴もいるんだ。もっと声をはりあげてくれないか」
魔女「は、はい。ええと、こりょー、ちゅるぎにー、えがかれたー……」
ウェイトレス「こんな模様の入った剣を誰かみたことありませんかー!!」
「おれぁ、みたことねえなぁ」
「俺たちは打つほうだからなぁ」
ウェイトレス「誰も知らないかぁ」
魔女「やっぱり私の下手くそな絵じゃあ……」
「その模様って、あれじゃねえか。えーと……ほら、なんだっけか……」
ウェイトレス「知ってるんですか?」
「そ、そうそう!! あれだよ!! 国王陛下がつけているマントの模様によく似てるぜ」
大男「おう。言われてみりゃあ、そうだな。陛下が後ろを向いたとき、これによく似た模様をみたことある」
ウェイトレス「国王陛下ぁ!?」
魔女「あの暴言を吐き散らかした男が国王陛下だっていうの……!!」
ウェイトレス「いや、若かったんでしょ? なら、王子様とかじゃない?」
魔女「お、王子様……? 白馬には乗ってなかったのに……」
ウェイトレス「白馬に乗った王子様が町にいたら一発でわかるでしょ」
魔女「けど、服も普通だったわ」
大男「御忍びで町まで来てたのかもしれねえな。だが、王子と決まったわけでもねえ」
「ただのレプリカや見間違えの可能性もあるしな」
ウェイトレス「うーん。あくまでも似てるだけ、ですもんね」
大男「けど、王族が持っている剣なんて、普通は見れねえぞ。嬢ちゃん、何者なんだ」
魔女「ふ、ふつーのウェイトレスでしゅ」
魔女(稀代の魔女、だけどね!! ハーッハッハッハッハッハ!!!)
大男「どちらにせよ、それ以上のことは俺たちじゃどうしようもねえな」
ウェイトレス「いえ、助かりました。ありがとうございます」
魔女「あ、ありがとうございましゅ」
大男「礼は店でのサービスで頼むぜ」
ウェイトレス「もし王子様とかだったら、どうするの?」
魔女「フフフフ……。好都合ね」
ウェイトレス「え?」
魔女「相手が王族。それも王子様ともなれば、惚れ薬で世界征服も……」
ウェイトレス「やめなさい」ゴンッ
魔女「いたっ」
ウェイトレス「世界征服はなし。それに相手が王子様なら、貴方は大犯罪者よ?」
魔女「そうなの?」
ウェイトレス「国家転覆を狙う気? まぁ、魔女ならそれぐらいしてもおかしくはないだろうけど」
魔女「おぉぉ……スケールが大きくなってきた……」
ウェイトレス「なっちゃダメなんだってば。いいの? 犯罪者になったら、流石に友達じゃいられなくなるよ」
魔女「うぅ……」
ウェイトレス「私か犯罪か。どっち取る?」
魔女「それは……貴方だけどぉ……」
ウェイトレス「だよねー。さ、お店に戻って仕事しよ」
酒場
ウェイトレス「でも、王子様って線はないんじゃないかな」
魔女「そう? 私はあると思うわ。王族なんて所詮、民のことなんてゴミか何かと思ってるんだから」
ウェイトレス「言い過ぎじゃない?」
魔女「そう言う本も読んだことあるわ」
ウェイトレス「どういう本?」
魔女「国の闇っていうタイトルだったと思う。耳障りの良い言葉を並べて一般市民のご機嫌を伺いながらも、その実裏では民を虫けらのように扱う」
魔女「王族とはそういうものなの」
ウェイトレス(色んなことに影響されやすいんだろうなぁ)
魔女「まぁ、確かに私は貴方以外に友達もいないし、男の子に告白されたこともないし、小さいころからけや木とお喋りするのが日課ではあったけど」
ウェイトレス「……」
魔女「一度、学校でクラスメイト共とかくれんぼしたときに私だけ発見されずにいつの間にか終わってたり、昼食の時間に一緒に食べる人がいないから中庭とかトイレで食べたり……」
魔女「あとは――」
ウェイトレス「もういいよ。大丈夫。大丈夫だよ」ギュッ
魔女「え? なになに? どうして抱きつくの?」
ウェイトレス「私、一生友達だからね」
魔女「一生!? わ、私のために……!! ホントに!?」
ウェイトレス「うんっ」
魔女「わーいっ。一生の友達だー。やったー。お葬式に親以外に泣いてくれる人ができたー」
ウェイトレス(この子だけは大切にしよう)
ウェイトレス「そうなると、尚更探したいわね。貴方に酷いことを言った男」
魔女「えー? もういーよー。貴方が友達なだけでー。でへへへ」
ウェイトレス「よくない!」
魔女「おぉう」ビクッ
ウェイトレス「貴方は分かってない。その男の所為で人生が狂わされたんだよ」
魔女「マジで!?」
ウェイトレス「だって、そうじゃない。森の中に三年間も引き籠って、惚れ薬作りに没頭して、貴重な三年間を無駄に……」
魔女「むだ……惚れ薬……作ってた時間が……むだ……」ガクガク
ウェイトレス「いや、無駄とは言わないけど、その、えーと、それがなければ私ともっと早く出会えていたかもしれないじゃない」
魔女「確かにっ! 三年前に貴女に出会えていれば、私も魔女にならなくて済んだかもしれないわね」
ウェイトレス「そうでしょ? だから、その男のこと、一発殴ってやらなきゃ気が済まないわ」
魔女「殴るのはよくないわ。傷害よ。捕まるわ」
ウェイトレス「惚れ薬作って世界征服を企んでた魔女が何言ってんの」
魔女「でも、バカな男たちがみーんな私に惚れるだけだもの。誰も傷つかないし、みんな幸せ。まぁ、寝取られた男の恋人や妻なんかはむせび泣いちゃうだろうけどね」
ウェイトレス「かなり傷つけてると思うんだけど」
魔女「ふっ。だったら、女どもも私に惚れさせるだけよ」
ウェイトレス「思ったんだけど。全世界の男を惚れさせたあとって、どうするか考えてたの?」
魔女「勿論、左手にはイケメン、右手にもイケメン、右足を舐めるイケメン、左足を舐めまわすイケメンを用意して、王座でワイングラス片手にふんぞりかえるの。お酒、飲めないけど」
ウェイトレス「子どもとかは産むの?」
魔女「トーゼン」
ウェイトレス「何人産むつもりだったの」
魔女「まぁ、男の子一人、女の子一人かな」
ウェイトレス「人類滅亡か……」
魔女「はい?」
「おぉーい、4番テーブルに料理はこんでくれー!!」
夜 町
「おつかれー!!」
ウェイトレス「おつかれさまでしたー!!」
魔女「お、おつかれさまでしゅ」
ウェイトレス「さー、かえろーっと」
魔女「今日は、どうする? 私の家、寄っていく?」
ウェイトレス「いや、毎晩はちょっと……」
魔女「そう……」
ウェイトレス「そんなにガッカリしないでよ」
魔女「別にガッカリしてないもん」
ウェイトレス「……私の夢のこと、まだ話してなかったよね」
魔女「ああ。でも、それってあの剣士っぽい人と……」
ウェイトレス「そう。結婚するのが夢なの。いつになるのかは、わかんないけどね」
魔女「けっこん……!?」
魔女(そこまで惚れこんでいたなんて……。ここはやはり応援しなきゃ……!! 友達として魔女らしく!!)
ウェイトレス「彼がね、立派な兵士になるまでは待ってほしいって。で、その待ってる間に私ができるだけ稼いで、彼を支えられたら――」
魔女「素敵ね。流石は我が友人。そうでなきゃ、困るわ」
ウェイトレス「なにが」
魔女「言ったでしょう。私は貴方を救うと」
ウェイトレス「惚れ薬は別にいらないけど」
魔女「実はね、昨日惚れ薬の原料を少し変えて、改良してみたの」
ウェイトレス「それで?」
魔女「すると、思わぬ副産物ができあがりそうなの」
ウェイトレス「どんな?」
魔女「それはまだ、ひ、み、ちゅっ」
ウェイトレス「秘密が言えてない人、初めてみた」
魔女「とにかく、楽しみに待ってて!! 絶対に貴方をハッピーエンドにさせてあげるわ!!」
魔女「ハーッハッハッハッハ!!! さらばだぁ!!!」テテテッ
ウェイトレス「こら!! 走ると危ないよー!!」
魔女「バイバーイ! おやすみー!!」
翌日 酒場
「今日、嬢ちゃんおっせえな」
ウェイトレス「遅刻ですかね」
魔女「はぁ……はぁ……しゅんみましぇん……ねぼうしましたぁ……」
ウェイトレス「大丈夫?」
魔女「ウフフフ」
ウェイトレス「何?」
魔女「これよ」スッ
ウェイトレス「なに、香水?」
魔女「これを飲みなさい」
ウェイトレス「いきなり、なんで」
魔女「それは惚れ薬ならぬ、惚れさせ薬。飲んだ者が異性、同性問わずにモテまくる魅惑の薬なのよ」
ウェイトレス「へ……」
魔女「既にネズミで実験済み。その薬を飲んだネズミは一瞬にしてハーレムを築いたわ。安心して」
ウェイトレス「な、なに作ってるのよ!?」
魔女「これを飲んで、あの男に会いにいきなさい。間違いなく、男と結婚できるわ! がんばって!!」
ウェイトレス「いや!! こんなのダメじゃない!!」
魔女「なんで?」
ウェイトレス「あの人に会いに行くまでに何人を惚れさせなきゃいけないのよ」
魔女「別にいいじゃない。塵芥の有象無象はふっていけば」
ウェイトレス「わ、私は、あの人だけに、あ、愛されたい……というか……」
魔女「お、おぉ……」
ウェイトレス「そういうの……別に……いらないし……」モジモジ
魔女「貴方の愛は本物だったのね。ごめんなさい。私が間違っていたわ」
魔女「こんなもの、貴方には必要ないわね。だって、貴方は十分に魅力的だもの」
ウェイトレス「そんな恥ずかしいことよく真顔で言えるね」
魔女「これは、こうしてやるわ!!!」ドボドボドボ
ウェイトレス「捨てることないじゃな……ぁ……?」
魔女「これでいいのよ。やはり邪道は邪道。私が求めるのは完璧な惚れ薬だもの」
ウェイトレス「う……ぅ……」
魔女「じゃ、今日も一日、真面目にはたらこーっと」
ウェイトレス「う……ぅぅ……」
魔女「あれ? ど、どうかした!?」
ウェイトレス「ち、近づかないで……」
魔女「え……な、なんでそんなこというの……。ちゃんと間違えは認めたし……薬も捨てたのに……」
ウェイトレス「いや……そうじゃなくて……くっ……うぅぅ……」
魔女「だ、大丈夫? 熱でもあるの?」
ウェイトレス「くっ……もう……ダメ……ぇ……」
魔女「てんちょー!! たいへんでしゅー!!」
ウェイトレス「うふふ……店長なんて、呼ばなくてもいいわ……」ギュッ
魔女「へ?」
ウェイトレス「私と良いこと、しましょ。可愛い、可愛い、私の親友……うふふふ……」ナデナデ
魔女「おぉぉぉ……!!」
「どうした、嬢ちゃ……。お……嬢ちゃん……なんて、可愛いんだぁ。いやぁ、出会ったときから可愛かったが、今日はいつもより何倍も素敵だぁ!!! 結婚してくれぇ!!!」
魔女「そ、そそ、そういうのはちゃんと段階を踏んでからお願いしましゅ!!!」
正午
おじいさん「おや、今日は臨時休業か……。何かあったかいのぉ」
大男「閉まってんのかよ。ちっ。昼飯はここでって決めるのになぁ」
おじいさん「ワシもじゃ」
大男「しかたねえ、他をあたるか」
おじいさん「ふむ……」
『ギャー!!!』
大男「なんだぁ!?」
おじいさん「何かが起こっておるな」
大男「おい!! どうかしたか!!」
『いやぁー!!! そこはダメー!!! あぁーん!!』
おじいさん「む……。鍵がかかっておるわい」
大男「しかたねえ!! 扉をぶち壊す!!」
『あぁぁ……おかあさん……ごめんなさい……』
大男「おりゃぁ!!!」バキッ!!!
大男「おい!! 何があったぁ!!」
おじいさん「む……」
魔女「あぅ……たしゅけて……」ズリズリ
ウェイトレス「待って。まだ終わってないわよ。ウフフ」ギュゥゥ
魔女「やだぁー!!」
大男「わりぃ。邪魔したな」
おじいさん「若いもんは場所を選ばんのか」
魔女「違うんです!! そうじゃなくて――」
ウェイトレス「そうじゃないって酷い。こんなに愛してるのに」スリスリ
魔女「おぉぉぉ!!」
大男「他の店員はどうした?」
おじいさん「奥で気絶しておるな」
「ぐおぉ……」
「つええ……」
大男「ホントに何が起こってたんだ……?」
>>116
おじいさん「奥で気絶しておるな」
↓
おじいさん「奥で倒れておるな」
おじいさん「白湯じゃ。飲みなさい」
ウェイトレス「あ、ありがとうございます」
大男「一体、どうしちまったんだよ。揃いも揃って」
「それがよくわかんねえんだけど、急にお嬢ちゃんがどうしようもなく可愛く見えちまってよ」
「自分の女にしてえっていう思いがあふれでちまった」
大男「何言ってんだ」
おじいさん「そういうことも、あるかもしれんのぉ」
ウェイトレス「あったら困るんです」
魔女「……」
魔女(フフフ……。時間経過で効果が切れるようね……)
魔女(我ながらとんでもない薬を開発してしまったわ。まさか液体の飛沫が体にかかっただけでも効力を発揮するとは……。まぁ、そのおかげで効果が短時間で切れたんでしょうけど)
魔女(あまりに獰猛で凶暴な惚れさせ薬……。禁薬として製造を中止しなければ)
ウェイトレス(この子って本当に魔女なんだ……)
おじいさん「ふむ……。中々、面白いものが見れたのぉ。今後も昼は利用させてもらう」
魔女「あ、ありがとうごじゃいましゅ」
大男「つまり、この嬢ちゃんを取り合いになったが、男連中は女の従業員に叩きのめされたと」
「やっぱ熊も倒したって噂は本当なのか」
魔女「く、くまを……!? 伝説の武道家でも武器を使ったっていうのに……」
ウェイトレス「そんなわけないでしょ!! 昔、ちょっと習ってただけ」
「あの幼馴染とか?」
「一緒に習い事とは、昔からアレだな」
ウェイトレス「言わないでください!!」
魔女(好きな相手を追って、格闘術まで学ぶとは……。この子の愛は本物……。なんとかして恋を成就させてあげたいけど)
魔女(しかし、付き合う前から結婚前提に考えてるのは、ちょっと重い。……って、本に書いてた)
ウェイトレス「はぁ……。夜はちゃんと営業しましょう」
「ったりめーよ」
「昼はまぁ、メインじゃねえから」
ウェイトレス「それでもお客さんを逃したのは違いないんですから」
大男「全くだぜ。俺の腹の虫をどうにか黙らしてくれよ」
魔女(やはり、惚れ薬を改良して、あの男側に盛るしかないわ。けど、親友の想い人はどこにいるのかしら?)
夜 町
ウェイトレス「酷い一日だったねー」
魔女「私の所為でごめんなさい」
ウェイトレス「まぁ、事故みたいなものだし、もう気にしてないよ」
魔女「ありがとう……」
ウェイトレス「はいはい。じゃ、私、こっちだから」
魔女「ねえ」
ウェイトレス「ん?」
魔女「貴方の好きな人って、今どこにいるの?」
ウェイトレス「え? ああ、今はお城にいるんじゃない?」
魔女「城……。そっか、兵士になるとかなんとか……」
ウェイトレス「うん。まだ連絡ないし、忙しいんだろうけど」
魔女「城……。あそこね」
ウェイトレス「近くて遠い場所よね」
魔女(ククク……首を洗って待っていなさい……。既に魔女の毒牙は標的を捉えているわよ!!)
城門前
魔女「……」コソコソ
魔女(さて……早速行動を開始するわよ……)
魔女(まず、入り込めそうな箇所を見つけないと)ガサガサ
兵士「ん? 誰かいるのか!!」
魔女(まさかもう見つかった……!! ちっ。練度の高い兵士は厄介ね!! ここは……!)
魔女「にゃーお」
兵士「ここから声がしたな」ガサガサ
魔女「にゃん!? どうしてなんだ猫かっていって去ってくれないんですか!?」
兵士「不審者だー!!」
「なんだと!!」
「であえであえー!!」
魔女「ひぃぃ!!!」
兵士「待て!! こっちにこい!!」グイッ
魔女「あぁぁ!! ちがうんです!! ただねこのものまねをしていただけでわたしまじょとかじゃないんですー!!」
牢屋
兵士「今日はここに泊まってもらう」
魔女「うぇぇぇん……だしてくださぁぁい……まだわるいことしてませぇぇん……おうちにかえしてくださぁぁい……」
兵士「泣くな」
魔女「ひぐっ」ビクッ
兵士「大人しくしていろ。明日には出してやる」
魔女「あぁぁ……」
魔女「うぅぅ……惚れ薬さえあれば……あんなやつぅ……!!」
魔女(護身用に持っておこう……)
魔女「うぅぅ……床がかたいよぉ……ねむれないよぉ……」
魔女「ベッドでねたいよぉ……うぅぅ……」
魔女「うぅ……ぅ……」
魔女「すぅ……すぅ……」
剣士「む……。この子はあの店で働いていた……。何故、牢屋にいるんだ?」
魔女「すぅ……えへへ……わたしって……てんさいだぁ……」
兵士「見張り交代の時間か」
剣士「はっ」
兵士「んじゃ、よろしくな」
剣士「あの。自分が仮眠をとっている間に何かったのでしょうか。この女性は……」
魔女「すぅ……すぅ……」
兵士「門の前で不審な行動をしていたらしい。一応、取り調べてはみたが別に武器の類はもってねえし、怪しいが賊ってわけじゃないみたいだ」
剣士「何故、牢屋に?」
兵士「一応、一晩だけいてもらうことになった。夜も遅いし、女の子を出歩かせるわけにもいかねえだろ」
剣士「なるほど。彼女の安全を最優先させた結果ですか」
兵士「牢屋の中ほど安全な場所はないからな」
剣士「納得です。ありがとうございました」
兵士「ああ。仮眠とってくるわぁ」
剣士「ごゆっくり」
魔女「すぅ……すぅ……」
剣士「一体、何が目的だったんだろうか」
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