魔法少女たちの劇団 (124)
少女「皆様、本日は『劇団マギカ』の公演『********』にお越しいただき、誠にありがとうございます」
少女「開演に当たって、お客様に注意とお願いがございます」
少女「本公演は『魔法少女まどか☆マギカ』の世界において運命に翻弄される4人の少女の奮闘とその末路を描いたものになります」
少女「本公演では本編のキャラクターはほぼ全く登場せず、オリジナルキャラクターがメインになるのでその点はご了承ください」
少女「また、分かる人にはすぐにオチが分かってしまうかと思いますが、ネタバレになるような発言はお控えいただきますようお願い致します」
少女「それでは『劇団マギカ』公演『********』、開演いたします」
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第一幕。
暗転。無数の星々が煌めく現実ともそうでないとも判断のつかない不思議な背景の中でふわふわと浮いている少女にスポットライトがあてられる。少女は物憂げな表情で語り始める。
まど神「神様になってから色んな魔法少女を導いてきたけど、やっぱりどの子も大変な思いをしてたんだね」
少女の名は、まどか。しかしそれはかつての名。今の彼女は神か、あるいは概念と化し、どの時間でも、どの空間でもない、そんな世界からすべての世界を見渡し、すべての世界の魔法少女の運命を見届けていた。
まど神(気が滅入るような酷い運命を辿るような子もいるけど…ほむらちゃんだって新しい世界で頑張ってるんだもん、私がくじけちゃダメだよね)
まど神「おっと、新しい子かあ。……あれ?この子って、もしかして」
再び暗転。
少女「……」
暗い夜道をひとりの少女がふらふらと歩く。彼女の頭上では月が妖しく光っている。
少女「……」
おぼつかない足取りの様子の彼女の後ろから、変な格好をした少女がふたり現れた。ふらふらと歩いている少女の背中に声をかける。
???「おっと、こんな時間にどこに行くつもりかな?」
???「悪いやつらに食べられちゃうぞー」
少女「……」
ふたりは軽い調子で少女に話しかけるが、裏腹に表情は真剣な様子だ。
???「ねえ、ちょっと待ってよー」
ふたりのうち背の高い方の女の子がそう言いながら少女の前に回り込む。
???「……って、少女!?」
???「おねーちゃん、知り合い?」
???「クラスメートだよ。うわあ、完全に魔女の口づけ受けてるみたいだね……。シモテ、眠らせてあげて」
???「りょーかい」
シモテと呼ばれた少女がそう答えながら手に持っていた杖を掲げると、ふらついていた少女がそのままふっと倒れる。それをもうひとりの女の子が受け止め、道端に寄りかからせた。
???「すぐに起こしに来るからね。それじゃあシモテ、元凶を叩きに行こう」
???「はーい」
そう言うと、ふたりは倒れた少女を残して再び闇の中に消えていった。
舞台が明るくなった。先ほど倒れてしまった少女がベッドに寝かされているらしい。
少女「ん……」
医師「目は覚めたかな」
白衣をまとった男性が、微かに動いた少女に声をかけた。
少女「ここは……?」
医師「病院さ。ゆうべ、女の子が道で倒れていると通報を受けてここまで連れてきたんだ」
少女「そうだったんですか」
医師「何があったのかな?良かったら教えてくれるかい?」
少女「えっと……」
少女が眉を寄せて考え込む。
少女「覚えてないです」
医師「何も?昨日の夕方は何をしてた?」
少女「家にいました。テレビを見てて…。あれ、途中から記憶がないや」
医師「一種の記憶喪失かなあ。ねえ君、今日が何曜日はわかる?」
少女「えっと、昨日が日曜だったんだから、月曜日ですよね」
医師「時間の感覚はあるみたいだね。よし、とりあえず親御さんに連絡したいんだけど、連絡先を教えてくれないかい?」
少女「はい」
場面が変わる。食堂のような場所で、周りがガヤガヤと騒がしい。先ほどの医師が昼食を取ろうと席に着いたところで、向かい側に別の男が座った。
医師2「よお」
医師「ああ、医師2さん」
ふたりは親しげに言葉を交わす。
医師2「お前、また妙な患者を持っちまったらしいな」
医師「うん、記憶喪失だって」
医師2「聞いてるよ。昨日の夜から記憶が無いんだろ?」
医師「そうらしいけど。本当に記憶喪失なのか怪しいもんだ」
医師2「そうなのか?」
医師「夕方までの記憶はちゃんとしてるんだ。本人いわく記憶が無いって言ってるのはほんの1、2時間。それ以外の記憶は実にはっきりしてる」
医師2「えらい短時間だな」
医師「だろう。しかも、脳はおろか体のどこにも損傷が見当たらないんだ。それなのにその時間の記憶だけがきれいさっぱりなくなってるらしい」
医師2「夢遊病とか?」
医師「さっき親御さんに引き取ってもらったんだが、そういうことは今までになかったそうだ」
医師2「そりゃ確かに怪しいかもなあ」
医師「そういうくだらない嘘をつく子には見えなかったんだけどなあ」
医師2「最近のガキは分からんよなあ。最近、中学生くらいの女の子が宇宙人や魔法使いみたいなコスプレしてこの辺りを歩いてるって聞くしな」
医師「ぶっ、なんだよそれ」
ふたりの声が周りの雑音にかき消されて聞こえなくなっていく。
再び場面が切り替わる。今度は病院ではなくどこかの家の部屋の中だった。
少女「はあ。もう、やんなっちゃうよ……」
少女がベッドに腰を掛けて小さくため息をつく。
少女「おとといの夜変な夢を見てから嫌なことばっかり続くなあ。病院で目が覚めたと思ったら訳の分からない質問ばっかりされて。昨日の夜のこと何も覚えてないからって言ったら夢遊病か狼少年扱いなんて…」
少女「あ、いや。この場合は、狼少女になるのかな?」
???「……魔法少女、なんてのはどうかな?」
不意に、どこかから声が響く。
少女「誰!?誰なの!?」
少女は座ったままきょろきょろと周囲を見回した。
???「やあ少女。ボクはキュゥべえ」
少女「ひゃあっ!?」
突如、少女の座っているベッドの下から出てきた白い小動物に驚いた少女は頓狂な声を上げた。
少女「何!?何なのあなた!?なんで私の名前を知ってるの?……っていうか猫なの?喋る猫なの!?」
キュゥべえ「そんなにいっぺんに聞かれても答えられないよ。それに、ボクから言いたいのはたったひとつだけだ」
キュゥべえはあくまで冷静に、少女の方をまっすぐ見て、言った。
キュゥべえ「少女!ボクと契約して、魔法少女になってよ!!」
幕間。
少女「というわけで、幕間のコーナー!このコーナーでは、本編にまつわる小話などをはさんでいきます!要は物語をより深く楽しんでもらうための休憩時間ですね」
医師「なるほどねえ」
少女「あ、医師さんはこのあとほとんど出てきませんからね」
医師「えっ!?」
少女「医師2さんはこれで出番終わりです」
医師2「はああ!?」
キュゥべえ「それじゃあ少女、自己紹介行ってみようか」
少女「うん。えーっと、見滝原中2年の少女です。部活は文学部っていう小さな部活に入ってます。ソデちゃんっていう子と私のふたりしか部員がいなくて、今募集中です!」
医師「普通の中学生だね」
キュゥべえ「そういえば、おととい変な夢を見たって言うのはどんな夢だったんだい?」
少女「なんか、町を壊す夢、みたいな?」
医師「おお……壮大だね」
少女「だから夢ですってば。変な人を見る目で見ないでください」
キュゥべえ「さて、時間のようだ。第二幕を始めよう」
第二幕。
少女は、彼女が夜に倒れてしまったあの道路を歩いていた。ただ、今の彼女を照らしているのは月光ではなく朝日であり、何より彼女の足取りはしっかりしている。
???「おはよう、少女」
そんな少女に別の少女が声をかけた。現れた少女はぱっと目を引くような奇抜な髪形をしていた。髪の毛の輪が左右にふたつずつ振られ、頭の後ろで結ばれている。ふたりとも同じ制服を着て、学校に向かう途中のようだ。
少女「おはよう、カミテちゃん」
カミテ「昨日は大丈夫だった?」
少女「うん。……って、なんでカミテちゃんがそのことを?」
カミテ「あ、いや、その、風の噂でね。少女が病院から出てくるところを見たって」
少女「ふーん。やだなあ、そんなに有名になっちゃってるかなあ」
カミテ「怪我したわけじゃないみたいだけど、何かあったの?」
少女「それが私もよくわかんなくて」
カミテ「気になるなあ。詳しく教えてよ」
ふたりは楽しげに言葉を交わしながらそのまま舞台から退場していった。
少女とカミテが去った少し後、彼女たちと同じ制服を着た別の女の子が現れた。用心深く周囲を見回して辺りに誰もいないことを確認すると、ポケットから宝石を取り出し、それを手のひらの上に乗せてじっと見つめた。
???「いけない。もう孵化が始まりそうですね」
そう呟くと、小走りで少女たちが通ったのとは別の方向へと向かって行った。
舞台が一度真っ暗になる。明るさを取り戻したときに壇上に見えたのは異形の化物とそれに対峙する先ほどの黒髪の少女の姿だった。いつの間にか背景も不気味な幾何学模様になっている。
???「こんな朝から結界を作るだなんて」
そう言いながら女の子は再び宝石を取り出す。
???「全く元気なことですね。手負いのくせに」
宝石から出るまばゆい光がみるみるうちに彼女を包む。光が消えたとき出てきたのは先ほどの制服とは全く異なる十二単を纏い、右手には箒を携えた彼女の姿だった。
化物「グオオオオオオオオオオオオオ!!!」
???「すぐに楽にして差し上げましょう」
不気味な叫び声を上げる化物に全く怯むことなくそう言うと、箒の柄でコツンと地面を叩いた。瞬間、どこからともなく巨大な竜巻が現れる。竜巻に囚われた化物の体は鋭い刃物で傷つけられたようにズタズタにされていく。
???「大したことありませんのね」
真ん中のあたりを軸にして箒をクルクルと回転させ、先端の部分を魔女に向ける。箒から出た衝撃波が化物の体を真っ二つにした。
???「本当にあっけない……。ねえ、カミテさん?」
カミテ「はあ。そうだね、ソデ」
いつの間にかカミテが彼女の背後に立っていた。化物の姿はいつの間にか消え、それに伴って気味の悪い背景ももとの通学路へと姿を変えていた。
ソデ「これはあなたのものです。私はとどめを刺しただけ。そうでしょう?」
ソデと呼ばれた少女はそう言いながら黒い独楽のようなものを差し出す。
カミテ「関係ないね。もう僕は行くよ」
ソデ「待ってください。カミテさんはひとりじゃないんだから、必要でしょう」
カミテ「いらない」
カミテは冷たくそう言い放つと言葉通り、ソデを置いて去って行った。
ソデ「どうしてこうなってしまったのでしょう……?」
少女「早かったね」
再び舞台は変わって、今度は学校の教室のようだ。
カミテ「ダッシュで取ってきたんだ」
少女「カミテちゃんが忘れ物なんて、珍しいよね」
カミテ「僕だって忘れ物くらいするよ。ほんと、間に合ってよかった」
少女「あ、先生来た」
カミテ「ほんとだ」
がらんとした小さな教室で、ソデはひとり本を読んでいた。と、そこに少女が入ってくる。
少女「ごめん!ホームルーム長引いちゃって!」
ソデ「ふふっ、そんなに焦らなくても大丈夫ですのに」
少女「あははっ、そうかな?今日は何を読んでるの?」
ソデ「源氏物語です」
少女「また?ソデちゃんは本当に好きだねー」
ソデ「これを読んでいる間は何もかも忘れていられるんです」
少女「あははっ。……ねえソデちゃん、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
急に真剣な顔をする少女に、ソデは少々戸惑う様子を見せる。
ソデ「どうかしたんですか?もしかして部活が潰れるとか?」
少女「いや、確かにこの文学部は私とソデちゃんしかいないし、顧問の先生もめったに来ないけど……ってそうじゃなくて。あのね、そんなに真面目な話じゃないんだけど」
同じく真剣な顔をするソデを見て、少女は慌ててつけ加えると、軽く息をついて、こう言った。
少女「……ひとつだけ願いが叶うとしたら、ソデちゃんは何を願う?」
教室を照らす夕日の光が弱くなっていく。舞台は完全な暗闇に包まれた。
舞台が明るくなったとき、そこには大きな木のような姿をした魔女と戦うカミテともうひとりの女の子の姿があった。
カミテ「シモテ、サポートよろしくねっ!」
シモテ「はーい!」
カミテが着ているのは頭上にアンテナをつけたまるで宇宙人のような衣装。一方シモテは可愛らしいフリフリのスカートにキャンディーのような杖を持って、まるで魔法使いのような姿をしている。
カミテ「それっ!」
カミテが手にしたナイフを投げつける。魔女は一瞬のうちに大きな桜の花を咲かせてそれを受け止める。同時に、小さな桜の花が手裏剣のようにしてカミテの方へ飛んでゆく。
シモテ「お姉ちゃんっ!」
そう叫んだシモテは杖から白く波打つ弾のようなものを何発も出して桜の花を撃ち落とす。しかし魔女は怯まず、再び桜の花でカミテを襲う。
カミテ「全く、しつこいね」
そう吐き捨てると、カミテは高く跳んで花の刃を避ける。頂点に達したところで、いつの間にか両手に握っていたナイフを魔女に向かって投げつける。2本のナイフは今度こそ魔女に命中した。
魔女「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
シモテ「とうっ」
もがく魔女を見てシモテがここぞとばかりに杖を構える。その杖先から再び白いエネルギー弾が撃ちだされる。
魔女「アアアアアアア…」
今度こそ魔女は力尽きたらしい。周囲の景色がぐにゃりと歪む。それに合わせてふたりも変身を解いた。
カミテ「まあ、こんなものかな」
シモテ「今回はちゃんと倒せて良かったねえー」
カミテ「ああ、おとといの」
シモテ「一応、少女さん……だっけ?は何ともなかったんだよね」
カミテ「恐らくね。今日の様子を見た限りでは」
シモテ「えへへ、お姉ちゃんのテレパシー、本当に便利だよね!シモテの小学校まで届いちゃうんだもん」
カミテ「そりゃ、これだもん」
カミテは笑いながら頭の上を指差す。と、急にスポットライトがカミテから後ろでその様子を窺っていた少女に移り変わる。
少女「本当だったんだ……」
舞台は再び先ほどの教室へと移り変わる。
少女「……ひとつだけ願いが叶うとしたら、ソデちゃんは何を願う?」
ソデは一瞬驚いた顔をすると、小さな声で一言だけ呟いた。
ソデ「……魔法、少女」
少女「!!……ソデちゃんは、知ってるんだね!?」
ソデ「キュゥべえから、何を聞いたんですか?」
途端、ソデの目つきが険しくなる。少女はおびえた様子だったが、ソデの質問に答えていく。
少女「えっと、魔法少女になれば、魔女と戦わなければいけない代わりに、願い事をひとつ、何でも叶えてもらえるって」
ソデ「それはいつのことでしょう?」
少女「昨日だよ。ねえ、もしかしてソデちゃんは魔法少女なの?」
ソデは目を伏せた。迷っている様子だった。
ソデ「少女さん、確かカミテさんと同じクラスでしたよね?」
少女「そうだよ」
ソデ「私に魔法少女を語る資格はありませんゆえ。詳しいことは彼女に訊くとよいでしょう」
そう言うと、ソデは美しく輝く宝石を取り出した。
ソデ「きっと、カミテさんは公園の近くにいます。今からなら間に合うはずです」
少女「えっと…」
ソデ「そこで全てを教えてもらえるでしょう。さあ、行ってらっしゃい」
少女はわけがわからないという顔をしながらも、鞄を引っ掴むと急いで教室を出て行った。
ソデが退場してカミテとシモテが戻ってくる。机と椅子とドアが脇にどかされて、先ほどの場面になった。
少女「カミテちゃん!」
ふたりの後ろに居た少女がカミテを呼ぶ。カミテは驚いた顔をして振り返った。
カミテ「少女!?」
少女「やっぱり、カミテちゃんも魔法少女なんだ」
カミテ「!!」
カミテはますます驚いた顔をした。
シモテ「お姉ちゃん?少女さんって、一般人じゃなかったの?」
カミテ「……わかった。着いてきて。すぐに終わる話じゃなさそうだからね」
カミテ「……なるほどね。病院を出て、家に帰ってから、キュゥべえに色々言われたわけだ」
カミテたちの家。椅子に座って少女と向かい合っているカミテはうんうんと頷く。
少女「本当にありがとう。カミテちゃんたちが助けてくれたなんて、私全然知らなくて……」
カミテ「少女は普通の人間なんだから仕方ないよ。そういう人たちを救うのが僕たちの仕事なんだからさ」
少女「頼りになるなあ、カミテちゃんは。ねえ、今度はカミテちゃんたちのこと、聞いていい?」
カミテ「もちろん。ただ、その前に……」
シモテ「お姉ちゃーん、少女さーん。できたよー!」
ピザを大皿に乗せて満面の笑みを浮かべたシモテがやって来た。
少女「シモテちゃん、すごいね。まだ小学生なのに」
シモテ「えへへ。これくらい大したことないよおー」
カミテ「おいしいけど、チーズ多すぎじゃないかな、これ」
シモテ「だってシモテ、チーズ大好きだもん!」
カミテ「明日はサラダで決定かな」
シモテ「ええー」
シモテが運んできたピザを囲んだ食卓。シモテは残念そうな声を出しながらもピザを食べる手を止めない。
カミテ「それじゃ、僕たちの話をしようか」
少女「うん」
カミテ「まあ少女も知っての通り僕たちは魔法少女なわけだけれど」
シモテ「おそろいだねー」
カミテ「少女は、魔法少女になりたいと思ってる?」
少女「いや……。いきなり願いだなんて言われても、なかなか思いつかなくて」
カミテ「うん。それでいいと思う。少女、魔法少女には絶対なっちゃダメだ」
キュゥべえ「……やれやれ、全く営業妨害だよ」
カミテの忠告に合わせ、どこからともなくキュゥべえが姿を現す。
カミテ「出たな」
キュゥべえ「邪魔だったかい?」
カミテ「いいや、別に。丁度いいからキュゥべえも聞いていくといいさ。そうしたら少女との契約は諦める気になるだろうし」
少女「あの、いまいち着いていけないんだけど……」
目に見えない火花を散らすカミテとキュゥべえの間に割り込むようにして少女が口をはさむ。
シモテ「えっと、少女さん。キュゥべえは魔法少女のことについてどこまで説明してくれた?」
少女「えっと、魔女と戦わなきゃいけないこととか、願い事をひとつだけ叶えてもらえることとか……。あと、私にはものすごい才能があるだとか……」
シモテ「やっぱりそうだよねー。あのね、少女さん。キュゥべえの説明にはね、大事なことがふたつ抜け落ちてるの」
少女「?」
シモテ「まずひとつめ。これの説明はしてもらったー?」
少女「ソウルジェム、だよね。魔法少女が戦うための魔力の源になる宝石」
カミテ「これ、実は魔法少女の魂なんだ」
少女「っ!?」
シモテ「えっと、なんだっけ、キュゥべえ。確か『はーどうぇあ』がどーのこーのって」
キュゥべえ「うん。……魔法少女にとって、元の身体なんてのは外付けのハードウェアでしかないんだ。魔法少女の本体としての魂には、魔力をより効率よく運用できる、コンパクトで、安全な姿が与えられているんだ。魔法少女との契約を取り結ぶ、僕の役目はね。君たちの魂を抜き取って、ソウルジェムに変えることなのさ」
キュゥべえ「むしろ便利だろう?心臓が破れても、ありったけの血を抜かれても、その体は魔力で修理すれば、すぐまた動くようになる。ソウルジェムが砕かれない限り、魔法少女は無敵の存在さ。弱点だらけの人体よりも、よほど」
少女「……もうやめて!!!」
少女は、泣いていた。それを見たキュゥべえが、物憂げに首を振って言葉を続ける。
キュゥべえ「君たちはいつもそうだね。事実をありのままに伝えると、決まって同じ反応をする。わけがわからないよ。どうして人間はそんなに、魂のありかにこだわるんだい?」
少女「そんなの、ひどすぎるよ。それじゃ、カミテちゃんや、シモテちゃんは……!」
キュゥべえの言葉を聞いてまた涙を流す少女に、カミテが優しく声をかける。
カミテ「やっぱり少女は優しいね。僕たちのために泣いてくれるなんてさ」
ゆっくりと顔をあげながら、少女はカミテに問いかける。
少女「ふたりは、辛くないの?魂を取られちゃったんだよ?」
カミテ「そりゃあ、最初はショックだったけどね。今の僕たちがそのせいで何か苦労しているかというとそんなことは無いし。それに、キュゥべえの言うことも事実だよ」
シモテ「それに、私たちは希望を振りまく魔法少女だもん!こんなことでへこたれてなんかいられないよ!」
カミテ「そういうこと。まあ、本当は魔法少女の秘密をもうひとつ話すつもりだったんだけど、今日その話をしたら少女の方が参っちゃいそうだね。続きは少女が落ち着いてから話すよ」
シモテ「えへへ、絶対に契約なんてしちゃダメだからねー」
少女「……うんっ。今日はありがとう」
カミテ「じゃ、また明日」
少女「バイバイ」
舞台を照らす光が弱まってゆく。
幕間。
少女「やっとメインキャラが揃ったね」
シモテ「そうだねえー」
少女「じゃあ自己紹介行ってみよう!まずはカミテちゃんから!」
カミテ「見滝原中2年、カミテ。少女とは同じクラスの魔法少女。魔法少女の衣装は宇宙人みたいな感じで、上にアンテナっぽいのがついてるよ」
シモテ「あとお姉ちゃんと言えば髪型だよね」
カミテ「少し本文で触れられてた気がするけど……。右上右下左上左下にそれぞれ輪っかを作って頭の後ろで縛るような髪型だね。よく変って言われる」
少女「気に入ってるの?」
カミテ「うん、まあ一応。って、僕の髪型の話はもういいよ!」
シモテ「そうそう、僕っ娘なのも外せないポイントだよねー」
カミテ「僕の話で尺取りすぎだよ!次、シモテ!!」
シモテ「見滝原小6年のシモテですっ!カミテお姉ちゃんの妹で、魔法少女です。髪型は普通の二つ結びでーす。あと、衣装は普通に魔法少女っぽい感じの可愛い服です!」
カミテ「好きなものは?」
シモテ「チーズ!!チーズさえあれば生きていけるよ!あと嫌いなものは注射!昔入院してた時苦手だったんだ……」
少女「あとはソデちゃん!ごめん、巻きで!」
ソデ「ええっ!?うーん、見滝原中2年のソデです。部活は少女さんと同じ文学部です。ふたりだけの小さな部活ですけれど。源氏物語とか、平安時代のものが好きなので魔法少女の時は十二単のような衣装に変身します」
少女「ソデちゃんの髪の毛、黒くて長くてサラサラだから雰囲気ぴったりだね」
ソデ「ふふっ、ありがとうございます」
少女「それじゃ、何とかソデちゃんまで回ったね!第三幕、スタート!」
第三幕。
パッとスポットライトがつく。舞台の中心が照らされる。そこには、制服姿の少女が横たわっていた。
少女「……はっ」
目を開けた少女は、身体を起こしながら辺りを見回す。
少女「ここは、どこ?」
その問いに答える者はない。
少女「もしかして、これってカミテちゃんが言ってた……」
少女の背後でゆらゆらと紐が伸びている。
少女「魔女の、結界!?」
振り向きざまそう言うと、伸びていた紐が少女の身体を拘束しようと蠢く。
少女「いやあああああ!!」
少女は滅茶苦茶な動きでそれをかわそうとするが、紐の方は徐々にその数を増やし少女を追い詰めてゆく。
???「ごめん、遅れた!」
結界の中に聞き慣れた声が響いたと思うと、少女の目の前まで迫っていた紐はばらばらに切れてしまった。
少女「カミテちゃん!」
シモテ「シモテもいるよーっ!」
切れた途端再生を始め、さらに数を増やした紐は執拗にカミテを狙うが、カミテはそれをジャンプやバック宙で華麗にかわしてゆく。
少女「凄い……」
シモテ「少女さんはここにいてね」
そう言ってシモテが杖を軽く振ると、少女の周りに魔法の壁が現れる。
カミテ「僕の友達を危険な目に遭わせた罪は重いよ。覚悟してね」
カミテはどこからか取り出した数本のナイフをばらばらと足元に落とすと、それを次々と蹴り飛ばした。ナイフは的確に紐に命中し、ぱらぱらと細切れになってゆく。
魔女「キイイイイイイイイイイイイイ!!!」
カミテ「これじゃあ、きりがない!シモテ、あいつ弱点とか無いのかな?」
シモテ「うーん……どこかに本体があるとか?」
カミテ「なるほど!この紐がどこから出てるのか分かれば……!!」
カミテはこれ以上紐を切ることを諦め、避けることに専念している。一方のシモテは纏わりつく紐相手にやや苦戦していた。
シモテ「きゃっ!?」
カミテ「シモテっ!」
シモテを拘束した紐をカミテが切り裂く。
シモテ「はあっ、はあっ……!!」
いつもはのんびりとしているシモテもさすがに表情が硬い。
そういえば、まど神の視点があったってのに、ここの世界の敵はまだ魔女なんだな
観て頂いている方ありがとうございます。
再開します。
カミテ「くそっ、今回は一旦逃げたほうがいいか……」
少女「ねえ、カミテちゃん!あ、あれ!!」
逃げる準備をするふたりをよそに、少女が叫ぶ。指差す先には、巨大な靴があった。どうやら、カミテやシモテを狙う紐は全部靴から出てきた靴紐らしい。
カミテ「ナイスだ、少女!!!」
それを確認したカミテが大量のナイフを投げつける。魔女が呻き声を上げる。
魔女「キイッ!!キイイイイイイイイイイイ!!!」
カミテ「そーれっ!」
とどめだと言わんばかりに、カミテが最後のナイフを蹴り飛ばす。ナイフは魔女の身体を貫き、カミテたちを執拗に狙っていた紐はすべて消滅した。
少女「ううう……」
結界が解けたのを見て、シモテと少女は腰が抜けたように座り込む。
カミテ「今回は危なかったよ。幸い無傷で済んだけど」
シモテ「あう……お姉ちゃん」
カミテ「少女、送ってくよ。ふたりとも、立てる?」
少女「ふたりは、いつもあんなのと戦ってるんだね……」
カミテ「まあ、ね」
少女「改めて、実際に戦ってるところを見たら、私何も分かってなかったんだって思った」
カミテ「仕方のないことだよ」
少女「ごめん。ごめんね……?私、何もできないなんて」
シモテ「少女さんが謝ることじゃないよ!」
少女「でも……。ううん、ありがとう。……ねえ、魔女にも感情はあるの?」
カミテ「魔女に感情?考えたこともなかったよ」
シモテ「どうなんだろうねー」
少女「あの魔女って、何だか悲しそうに見えたから。逆にカミテちゃんたちが倒して、消える時は何だか嬉しそうに見えたの」
カミテ「ふふふ、何だか少女らしいなあ」
少女「ほ、本当だよっ!!」
カミテ「もしかしたらそうなのかもね。今度キュゥべえに訊いてみたら?」
少女「そうだね。そうしてみる」
カミテ「じゃ、少女。また明日ね」
シモテ「さよーならー」
少女「うん。……カミテちゃんもシモテちゃんも、おやすみ」
少女はそう言うと舞台から去って行った。
カミテ「今日のは、あんまり良くなかったなあ……」
シモテ「ごめんね、お姉ちゃん」
カミテ「え?……いや、シモテのせいとかじゃなくてさ。少女が僕たちの戦ってるところを見たから」
シモテ「何かまずいの?」
カミテ「少女は優しいからなあ……。僕たちのために魔法少女になる、なんて言い出すかもしれない」
シモテ「それは大丈夫じゃない?ソウルジェムの話で、結構ショック受けてたみたいだしー……」
カミテ「だといいけど。……ねえ、シモテ」
シモテ「なあに?」
カミテ「しばらく、見回りは僕に任せて。シモテは今日、辛かっただろう?」
シモテ「!?……嫌だよ!シモテだって戦えるもんっ!!」
カミテ「それでも、ちょっとの間でいいから休んでいてほしいんだ。僕はシモテより経験もあるし……」
シモテ「やっぱり、足手まといなの?シモテ……」
カミテ「違う!……前にも言っただろう?精神状態がちゃんとしてない魔法少女は普段通り戦えないって」
シモテ「そうだけど……。お姉ちゃんは戦えるの?」
カミテ「僕は大丈夫。心配しないで」
シモテはそれでも納得していない風だったが、急に何かに気付いたような表情をすると、カミテの提案を受け入れた。
シモテ「分かった。その代わり、ちゃんと帰ってきてね」
カミテ「勿論!」
いつかのようにベッドの下からキュゥべえが姿を現す。少女も慣れたもので、特に驚く様子もない。
キュゥべえ「お邪魔するよ」
少女「キュゥべえ。どうしたの?」
キュゥべえ「もしかしたら契約をする気になるかなと思ってね」
少女「最初はしようかと思ってたんだけどね。私って得意なこととか人の役に立てることとか全然ないし。魔法少女になって他の人を助けられるなら、って思ったんだけど。でも、もうカミテちゃんから話を聞いたから絶対に契約はしないよ」
キュゥべえ「そうかい。……ただ、これだけは覚えておいてほしいんだ。少女、キミの才能はカミテやシモテでは到底及ばないくらいのものだ。その気になればどんな願いでも容易く叶えることができるだろう」
少女「言いたいことはそれだけ?」
キュゥべえ「一応ね。それじゃ、失礼するよ」
少女「おじゃましまーす、シモテちゃん」
シモテ「いらっしゃーい、少女さん」
少女「びっくりしちゃったよ。学校から出たらシモテちゃんが待ってるんだもん。それで、わざわざシモテちゃんの家まで呼び出して話したいことって、何かな?」
シモテ「うん。順番に話していくね」
舞台が暗くなる。シモテが舞台の真ん中に立つと、彼女ひとりに向けてスポットライトが当てられる。シモテは手を後ろに組んで舞台の中をゆっくりと歩き回りながら説明を始める。
シモテ「少女さんは、ソデさんのこと知ってるよね?」
シモテ「実はね、ソデさんはお姉ちゃんよりも早く魔法少女になった、魔法少女の先輩だったんだー。シモテもお姉ちゃんももともとソデさんとは仲が良かったんだけどそんなこと全然知らなかったの」
シモテ「魔法少女になったばかりの頃って、お姉ちゃん、うまく戦えてなかったらしくて。きっと昨日の戦いを見たら意外だよね、えへへ。それで、初めての魔女との戦いの時に、助けてくれたのが、ソデさん」
シモテ「それからふたりは一緒に戦うようになって、お姉ちゃんも順調に強くなって。でもね、あるときすごく強い魔女が現れたらしいの」
シモテが足を止める。
シモテ「ソデさんとお姉ちゃんが協力して、何とか倒したらしいんだけど、お姉ちゃんは力を使い果たして死んじゃった」
シモテ「ソデさんの魔法を使ってもお姉ちゃんは全然救えなくて。それで私が契約したの。『お姉ちゃんを生き返らせてください』ってキュゥべえにお願いしてね」
シモテ「お姉ちゃんは戻ってきて、シモテもソデさんもすごく喜んでた。でも、お姉ちゃんは……」
少しだけ舞台が明るくなり、両袖からカミテとソデがそれぞれ現れる。
カミテ「……ソデ、ありがとう」
ソデ「お礼ならシモテちゃんに言ってくださいな」
カミテ「そうだね。でもその前に」
パシン。カミテがソデの頬を打った音が響く。
カミテ「ごめん。僕、ソデのこと許せないよ」
ソデ「シモテちゃんを魔法少女にしてしまったのは謝ります。でも、シモテちゃんだってカミテさんが生き返るのを望んだんです」
カミテ「ソデさあ、魔法少女っていうのがどういうものか、分かったうえでシモテのこと止めなかったんだよね」
ソデ「それでも……!!」
カミテ「もう二度と僕たちの前に現れないで」
ソデ「!!……わかりました。努力します」
ソデがそう言うと、ふたりはもともと来た方へ戻っていった。再び舞台が暗くなり、スポットライトがぼんやりとシモテを照らす。
シモテ「……それでお姉ちゃんはソデさんに怒っちゃったの。私は見てることしかできなくて。お姉ちゃんがあんなに怒ってるの、初めて見たから」
シモテ「だから、今ではシモテたちとソデさんはお互いに干渉しないようにって決めて、別々に魔女を退治してるんだ」
シモテ「せっかく同じ中学に通ってるのにね。せっかく仲のいい友達だったのにね。せっかく……シモテも魔法少女になったのに……」
シモテはこらえきれず泣き出してしまった。それを少女が抱きしめる。
少女「頑張ったんだね、シモテちゃん。もう、泣いていいんだよ」
シモテ「うっ……ひっぐ……ぐすん……ありがとぅ……!!」
少女「……それでこんな話をしてくれたんだね」
シモテ「うん!!少女さんがいればうまく行くと思うから!」
少女「ふふっ。頑張ってみるよ」
シモテ「じゃ、早速行こー!ぐずぐずしてるとお姉ちゃん帰ってきちゃうかもしれないし」
少女「うん!」
ソデはどこかをひとりで歩いていた。足を止めると後ろに聞こえる程度の声で呟いた。
ソデ「全く、カミテさんといい、あなたたちといい。人をつけ回すなんて趣味が悪いですよ」
シモテ「やっぱりばれてたね!」
ソデ「どうしてちょっと嬉しそうなんですか……。それに、少女さんまで」
少女「えへへ、ごめんね」
ソデ「シモテちゃん、カミテさんは?」
シモテ「今日はひとりで魔女退治だって」
ソデ「珍しいですね。あなたたちが別行動なんて」
シモテ「昨日、魔女と戦ったときにシモテがやられそうになっちゃったから、今日は休んでていいって言われたの」
ソデ「そうですか。でも、それでどうして私のところに来たのですか?」
シモテ「トレーニングしてほしいの!!」
満面の笑みでそういうシモテに、ソデは完全に呆れてしまったようだった。
ソデ「どうしてそうなるのでしょうか……」
シモテ「お姉ちゃんは違うって言ってたけど、シモテ、お姉ちゃんの足引っ張っちゃってるような気がするの」
ソデ「だったらカミテさんに頼みなさい。だいたい、ルール違反です。あのときあなたたちには関わらないって約束したんですから」
少女「ソデちゃん、私からもお願い。たぶん、カミテちゃんはシモテちゃんのこと危険な目に遭わせたくないだろうから、特訓とかもあんまり付き合ってくれないと思うの」
シモテ「お姉ちゃん、いざとなったら自分が何とかすればいいって思っちゃうタイプだもんねえー」
少女「ねえ、ソデちゃん。私シモテちゃんから全部聞いたの。今は一緒に居られないかもしれないけど、ソデちゃんはカミテちゃんと仲直りしたいって思ってるんだよね?」
ソデ「……はあ、こんなことになるなら少女さんをカミテさんのところに行かせるんじゃありませんでした」
ソデがため息をつく。
ソデ「シモテちゃん。私が魔女退治のイロハを教えてあげます。その代わり、絶対にカミテさんには内緒ですからね」
シモテ「まさかこんなに上手く行くなんて!少女さんに頼んで正解だったよー!」
シモテが伸びをしながら嬉しそうに言う。右手にはちゃっかりチーズバーガーが握られている。
少女「ほとんど有無を言わさずって感じだったけどね」
シモテ「でも、ソデさんは一度約束したら律儀にやってくれるタイプだから。そこは信じても大丈夫だと思うよ!」
少女「そっか。良かった」
シモテ「少女さんも、あんまり難しく考えないでね」
少女「わ、私?」
シモテ「魔法少女じゃないからって、悪いって思う必要なんてないよ。シモテもお姉ちゃんもソデさんも、少女さんには今のままでいてほしいと思ってるから」
少女はシモテの顔をまじまじと見つめた。
少女「シモテちゃんって、人のこと結構よく見てるよね」
シモテはチーズバーガーを食べながら怪訝な顔をした。
シモテ「ほーかな?」
少女「そうだよ」
シモテ「えへへ。ほんなこと言ってもらえるなんて、嬉ひいなあー」
少女「でも食べながら喋るのはやめようねー」
そう言いながらシモテの頬をつつく。
少女「じゃあ、私はこっちだから。明日も頑張ろうね」
シモテ「うんっ!」
短いですが今日はここまでにします。
次回は日曜夜か、それがだめなら火曜夜に来る予定です。
再開します。
幕間。
少女「やってきました幕間のコーナー!それじゃあ今回は、魔法少女が3人もいるからそれぞれの戦い方とか固有魔法を教えてもらおうかな」
カミテ「じゃあまずは僕から。僕は魔法でナイフを召喚してそれを投げたり蹴ったりする戦い方が得意かな。固有魔法は広域テレパシーだね。頭のアンテナを使ってテレパシーを飛ばすんだ。魔法少女かキュゥべえ相手にしか使えないけど、普通のテレパシーと違ってキュゥべえを通さなくてもできるよ」
シモテ「お姉ちゃんはもともと運動神経抜群だったから、魔女と戦うときも肉体強化だけで何とかなったりするよね」
少女「そうなんだ!凄いね」
シモテ「脚力を強化して蹴りだけで魔女を倒してた時もあったし」
カミテ「たまにしかやらないけどね。次、シモテ」
シモテ「はーい。シモテの武器は杖で、ここからエネルギー弾を放って攻撃しまーす。お姉ちゃんに比べると遠距離での戦いが得意かな?」
カミテ「そうだね」
シモテ「あと、シモテの固有魔法は堅い防壁なの!味方を守る壁を張るのは大抵の魔法少女ができるけど、シモテの壁は特に堅いんだよ!」
少女「それじゃあ最後は、ソデちゃん!」
ソデ「はい。私の武器は箒です」
少女「飛べるの!?」
ソデ「いえ。せっかく魔法少女で武器が箒なのに……。その代わりに、私はこの箒で竜巻を起こして戦います」
少女「凄い!」
ソデ「ふふっ、ありがとうございます。固有魔法は治癒ですね。魔法少女なら多少の治癒魔法は誰でも使えるのですが、とくにその効果が強いということで」
少女「……というわけで、幕間のコーナーでした!それでは」
シモテ「第四幕、はじまりはじまりー」
第四幕。
椅子に座って向かい合う医師と少女。
医師「久しぶりだね。あれから変わったことは無いかな?」
少女「はい。大丈夫です」
医師「あの時のことは何か思い出せた?」
少女「いえ。でも、もうあんなことにはならないと思います」
医師「そう。じゃあ、またいくつか簡単な検査をするから。特に異常がなければ帰っていいよ」
少女「はい。ありがとうございました」
医師「お大事にね」
暗転。舞台が明るさを取り戻すと、少女がひとりで立っていた。舞台の上をゆっくり歩きながらのモノローグ。
少女「あれから、私とカミテちゃんはソデちゃんのところに行くことが多くなりました」
少女「初めは嫌そうにしていたソデちゃんも、最近は笑うことが多くなりました。もしかしたら、昔ソデちゃんとカミテちゃんが一緒に戦っていた頃もこんな感じだったのかもしれません」
少女「もしかしたら、仲直りできるかも。ソデちゃんとシモテちゃんの様子を見て、私はそう思いました」
少女はそこで言葉を切ると、小走りで舞台から去って行った。代わってソデが舞台の中央に立つ。
ソデ「カミテさんと約束した手前、シモテちゃんを連れ回すのは良くないことだと分かってはいましたが、彼女の強引さに逆らうことはできませんでした」
ソデ「いえ。本当は私の方がシモテちゃんやカミテさんと一緒に居たかったのかもしれません。私はシモテちゃんの笑顔を見て、いつかきっとカミテさんとも仲良くなれる日が来ることを信じようと思いました」
同じようにソデが去ると、シモテがスキップをしながら入ってきた。
シモテ「シモテの計画は大成功でした。やっぱりソデさんはお姉ちゃんと仲直りしたがっていたんだと思います」
シモテ「それに、少女さんも。魔女の口づけを受ける人や魔女の結界に入ってしまう人のほとんどは精神的に弱っている人です。少女さんは本当に優しい人だから、きっと自分だけ魔法少女ではないことに罪悪感を抱いていたんじゃないかと思います」
シモテ「この計画に協力してもらったのはそういう意味もあります。少女さんにソデさんとお姉ちゃんの間に入ってもらうことで、魔法少女にならなくたって、少女さんのおかげでシモテたちが助かっているって思ってもらうのです」
シモテ「シモテもソデさんからいろいろ教わって大分強くなったし、そろそろお姉ちゃんに全部話してみようかと思います」
少女「お疲れさまっ!ふたりとも」
変身を解いたソデとシモテに少女が明るく声をかける。
ソデ「だいぶ上手に戦えるようになりましたね」
ソデがシモテの頭を撫でる。
シモテ「えへへ、ありがとー!」
ソデ「きっと、もうカミテさんにもそう引けを取らないでしょう。あなたたち姉妹は本当に呑み込みが良いですね。それでは、今日は解散」
シモテ「ありがとうございましたー!少女さん、一緒に帰ろう!」
少女「うん!じゃあソデちゃん、また明日!」
ソデ「……最近、後を尾けられることが多くて。困ってしまいますね」
そう呟いたソデの背後からカミテが現れる。
カミテ「最近シモテが家にいないと思ったら……まさかこんなことになっているなんて驚いたよ」
ソデ「そうですか」
カミテ「少女まで巻き込んで、何のつもりなのか」
ソデ「特訓です。見てお分かりになりませんでした?」
カミテ「ねえ、ソデ。どうして僕の言うことを何も聞いてくれないのかな」
あくまで理性的に問いかけてくるカミテの様子が却って恐怖心を煽る。
ソデ「カミテさん。私はあなたと仲直りしたいんです。もうやめましょう」
カミテ「どの口が言うんだか……本当に呆れてしまうよ」
瞬間、魔法少女の姿に変身したカミテは5本のナイフをソデに投げつける。同時に変身していたソデはそれらをすべて箒で器用に弾く。
ソデ「カミテさんと戦いたくはありません」
カミテ「じゃあ見滝原から出ていけ。もしくは、死ねっ!!!」
さらに10本のナイフがソデを襲う。今度は竜巻を起こしてそれを迎撃する。
カミテ「次」
20本のナイフがソデを襲う。
カミテ「次」
30本のナイフがソデを襲う。
ソデ「ぐぅっ……はぁ……」
初めはすべてのナイフを捌いていたソデも、その数が増えるにつれてたくさんの傷を負ってゆく。
カミテ「どうして」
50本のナイフがソデを襲う。ついにソデは声を上げずに倒れてしまった。カミテは倒れたソデに詰め寄り、右手にナイフを握りしめ、それを高く掲げた。そのままソデの胸元のソウルジェム目がけてナイフが振り下ろされる。ソデは目を閉じた。
カミテ「……どうして、反撃しないんだっ!!!」
ソデのソウルジェムの直前でナイフが止まる。ナイフを投げだしたカミテが泣きじゃくる。それをソデが優しく抱きしめる。
カミテ「僕はソデのことがこんなにも憎いのに!!!殺したいのに!!!どうしてそんな優しい目で僕のことを見るんだ!!!!!」
ソデ「カミテさんの気持ちも……ゲホッ!……分かりますから。だから、気の済むまで……その結果私がどうなろうと……私はカミテさんのことを……」
カミテ「バカ……!!」
カミテが両手をソデのソウルジェムにかざす。
カミテ「僕、回復は苦手だけど……」
シモテ「何してるの」
突然キュゥべえとともに現れたシモテは驚きと困惑と恐怖の入り混じったような表情をしていた。その傍らでキュゥべえは澄ました顔をしている。
シモテ「お姉ちゃん、何してるの。どうしてソデさんが倒れてるの」
ソデ「シモテちゃん、どうしてここに……」
シモテ「キュゥべえが教えてくれたの。ねえ、お姉ちゃんが、やったんだよね」
シモテがカミテの目を捉える。カミテはその視線から逃げることができないようだった。
カミテ「……その通りさ」
シモテはわっと泣き出すとそのままどこかへ走って行ってしまった。
カミテ「シモテっ!!」
ソデ「シモテちゃん……。キュゥべえ、どうしてシモテちゃんを……っ、連れてきたんですか!?」
キュゥべえ「キミたちが争っているのを見たからに決まっているじゃないか。魔法少女の戦いを止められるのは魔法少女だけだからね。それより、いいのかい?」
カミテ「何が!!」
キュゥべえ「このままシモテをひとりにしておくと厄介なことになるだろう。一刻も早く彼女を追うべきだと思うけれど」
カミテ「くっ……!!」
ソデ「カミテさん……。私は、大丈夫です……早く、シモテちゃんを……」
カミテ「そんな状態で放っとけるわけないだろ!!……5分だけ、ソデの回復に当たる。本当にすまないけど、あとは自分で治してくれ」
再びカミテの目に涙が浮かぶ。
カミテ「くそっ……!!本当に、僕はバカだ……!!!」
シモテが泣きながら走っている。今夜は雲で月が隠れているようだ。
シモテ「シモテのせいだ……シモテが余計なことしたから……!!」
ひた走るシモテの前に、ひとつの人影が立ちはだかった。
シモテ「少女さん……!!」
少女「シモテちゃん。私、さっきソデちゃんから電話受けて。話、聞いたよ」
シモテ「シモテ、もうダメなの。もう、全部嫌なの……!!」
少女「シモテちゃんのしたことは無駄じゃないよ。今、カミテちゃんはソデちゃんに治癒魔法をかけてる。ちょっと喧嘩になっちゃったかもしれないけど、それでもちゃんと仲直りできたんだよ」
シモテ「でも、ソデさん、あんなにボロボロに……お姉ちゃんだって……」
シモテがぼろぼろと涙をこぼす。
少女「大丈夫。だってふたりとも魔法少女だもん。前に言ってたよね、シモテちゃん。魔法少女は希望を振りまく存在なんだって」
シモテ「……うん」
シモテが涙をぬぐう。
少女「だから、きっと大丈夫。ね?シモテちゃん」
少女がシモテを抱きしめる。涙を流しながらも、ようやくシモテに笑顔が戻った。
シモテ「ありがとう、少女さん。こうやって抱きしめられるの、2回目だね」
シモテ「……でもね、なんだか変なの。嬉しいんだけど、胸の中がぐるぐるして。なんだか、気持ちわるい」
ピシッ。
シモテ「何なのかな、これ?」
パキパキッ。
カミテ「……少女、離れてっ!!!!」
バリンッ。
カミテ「間に合わなかった……!なんで……!!」
シモテのソウルジェムだったものを中心に結界が広がる。その中心には魔女の姿。今やシモテのソウルジェムはグリーフシードへと形を変えていた。突然現れたカミテはそれを見て狂ったように泣き叫んでいる。
カミテ「どうして!!……シモテはソウルジェムが真っ黒になるほど魔力を使ったわけではないはずなのに!!」
少女「カミテちゃん!?これ、どういうこと!?」
キュゥべえ「見て分からないかい、少女?……おや、カミテも限界のようだ」
カミテ「僕の……僕のせいでっ!!!うわああああああああっ!!」
バリンッ。
少女「カミテちゃんっ!?」
音を立ててカミテのソウルジェムが砕ける。もう一体の魔女が姿を現した。
キュゥべえ「ねえ、少女。この国では、成長途中の女性のことを少女って呼ぶんだろう?」
キュゥべえの声は相変わらず感情を感じさせない無機質なものだった。少女の表情がこわばる。
キュゥべえ「だったら、やがて魔女になる彼女たちのことは、魔法少女と呼ぶべきだよね」
キュゥべえが残酷なほど無機質な言葉を投げかける。それを合図に場面が切り替わる。
ソデ「どうか、私の思い違いでありますように……!!」
夜の街をソデが駆ける。十二単を纏い、未治療のままの傷を抱え疾走する彼女に周囲の注目が集まるが、ソデ自身はそれを全く気に留めていない様子だった。
ソデ「魔女の反応が2体……。これは、やはり」
ソデはそう言って軽く息をつくと、意を決したように結界の中に飛び込んだ。
キュゥべえ「……さあどうする?少女。キミの素質をもってすれば、ふたりを元の姿に戻すことくらい訳もないだろうね」
少女「いや……!そんなのって……!!」
しつこく契約を迫るキュゥべえを遮るようにソデが登場する。
ソデ「……少女さん!!」
少女「ソデちゃん!!」
ソデ「……カミテさんとシモテちゃんはどこですか?」
キュゥべえ「嫌だなあ、ソデ。キミまでそんなことを言うのかい?ふたりとも目の前にいるじゃないか」
魔女「ブルブルブルブル」
魔女「オオオオオオオオン」
少女「ひっ」
片方の魔女は可愛らしい人形のような姿。もう一方の魔女は無数の棘のついた硬い殻のようなものに覆われており、その中身が全く見えない。ソデはそれを見て青ざめている。
ソデ「少女さん、逃げてください」
少女「ソデちゃんっ!?」
ソデ「ごめんなさい、こんなことしかできなくて」
そう言うとソデは箒を取り出し、柄を下に向けコツンと地面に当てると、少女はたちまちのうちに竜巻に包まれ、そのまま姿を消してしまった。
ソデ「まさか第二ラウンドがあるなんて思ってもみませんでした。……さあ、かかっていらっしゃい」
本日はここまでになります。
お付き合いいただきありがとうございました。
再開します。
幕間。
少女「……えっと」
ソデ「……」
少女「幕間のコーナーなんだけど……」
少女「……カミテちゃんもシモテちゃんも居なくなっちゃったよ!空気が重いよ!!」
ソデ「止められませんでした。私のせいでっ……グスッ……」
少女「やめて!このコーナーにまでシリアス持ち込まないで!」
キュゥべえ「それがキミの願いかい?」
少女「うるさい!急に出てこないでよ!」
キュゥべえ「わけがわからないよ」
少女「うーん、これ以上続けてもしょうがないか。……それじゃ、いよいよクライマックスってことで。第五幕、始まるよ!」
第五幕。
少女「……はっ」
意識を回復した少女が体を起こす。このようなことは二度目だが、あえて前回と違う点を挙げるとすれば、今回は魔女の結界の中ではない。
少女「ソデちゃん!ソデちゃんは!?」
キュゥべえ「ソデはキミを結界の中から逃がしたんだ。そのソデ自身は残念ながらシモテの魔女に負けてしまったようだったけれどね」
どこからともなくキュゥべえが現れ、少女の提示した疑問にいつも通り何の感慨もない様子で答えていく。
キュゥべえ「残念だったね。せっかくカミテの魔女を倒したのに。ベテランの魔法少女でもさすがに魔女2体を一気に相手にするのは厳しかったかな?」
少女「そんな……!ひどいよ……!そんなのってないよ……!!」
少女は力なく泣き崩れる。舞台はキュゥべえと少女を照らす光を残して真っ暗な闇に包まれる。
キュゥべえ「さあ少女。今度は君が魔法少女になる番だ。前にも言った通り、キミほどの才能の持ち主なら、どんな途方もない願いでも叶えられるだろう」
なおもうずくまって泣き続ける少女にキュゥべえが詰め寄る。
キュゥべえ「少女。その魂を対価にしてキミは何を願う?」
少女「……ねえ。キュゥ……べえ」
震える声で少女はキュゥべえに呼びかける。
少女「私ね……前にも一度……魔女に会ってるの。その魔女……とっても……悲しそうだった、辛そうだった、苦しそうだった……」
少女「……でもね、さっきの……カミテちゃんと……シモテちゃんから生まれた魔女は……もっと。ずっと……悲しそうに、辛そうに、苦しそうに見えたの……。ねえキュゥべえ、きっと……魔女にも感情があるんだよね?」
キュゥべえ「キミは賢いね、少女。その通りさ。魔女には感情が存在する。正確には、魔法少女の残留思念とでもいうのかな」
キュゥべえ「ソウルジェムになったキミたちの魂は、燃え尽きてグリーフシードへと変わるその瞬間に、膨大なエネルギーを発生させる。それを回収するのが、僕たち、インキュベーターの役割だ」
キュゥべえ「ところが、魔女になってあまり時間がたつとそのエネルギーも魔法少女の残留思念とともに外部に流出してしまうんだ。だから魔法少女たちに魔女を倒してもらうことで僕たちは安全にエネルギーの源たるグリーフシードを回収することができるのさ」
キュゥべえ「普通の魔法少女は魔女を倒すべき敵としか見てないから感情の有無になんてなかなか気づかないんだけど。やはりキミは興味深いね」
少女「……カミテちゃんやシモテちゃんの魔女から強い感情が感じられたのは魔女になってすぐのことだったからだね」
泣き止んだ少女が呼吸を整え、キュゥべえに問いかける。
キュゥべえ「そうさ。彼女たちは残留思念を完全に失うまで、つまり死ぬまで絶望し続けるんだ。希望を振りまく魔法少女の末路が、それさ。希望と絶望のつり合いが取れるように、なかなか良くできた仕組みだろう?」
キュゥべえ「さて、話が逸れてしまったね。少女、願いは決まったかい?」
少女「うん」
少女が力強く頷く。
キュゥべえ「カミテ、シモテ、ソデの3人を甦らせるのかい?」
少女「ううん。きっとそんなことをしても私が契約したって知ったら3人ともそんなことは望まないと思うから。私の願いは……」
少女は息を整える。
少女「すべての魔法少女の絶望を、受け入れたい。すべての宇宙、過去と未来のすべての魔女の絶望を、私が」
それを聞いたキュゥべえがわずかに後ずさる。
キュゥべえ「!?その祈りは……そんな祈りが叶うとすれば、それは時間干渉なんてレベルじゃない!因果律そのものに対する反逆だ!」
少女「因果律なんて、反逆なんて、そんなの知らない。今日まで魔女と戦ってきたみんなを、希望を信じた魔法少女を、私は泣かせたくない。最後まで笑顔でいてほしい」
少女「それを邪魔するルールなんて、壊してみせる。変えてみせる。これが私の祈り、私の願い」
少女「さあ!叶えてよ、インキュベーター!!!」
少女の身体が光に包まれ、消えた。
学校の中。文学部の部屋で、ソデと少女が机を挟んで向かい合う。
ソデ「少女さん。その願いを叶えたとして、どれだけ恐ろしいことが起こるか分かっているのですか?」
少女「たぶん」
ソデ「未来と過去と、すべての魔女の絶望を受け入れる……。そんなことをしたら、きっと少女さんは少女さんではいられなくなります」
少女「いいんだ。そのつもりだから」
ソデ「たとえ魔女になっても、ですか?」
少女「絶望を受け入れることが私の願いだもん。私、希望を抱くのが間違いだなんて言われたら、そんなのは違うって、何度でも言い返せるよ。みんなのことを救えるのなら、いつまでも笑っていられる」
ソデ「……そうですか」
ソデは呆れたようにため息をつく。しかし同時に、穏やかな笑みを浮かべてもいる。
ソデ「全く、私の周りは本当に頑固な人ばかりで困ってしまいますね」
少女「あはは、ごめんね」
ソデ「それだけの意志があるのなら、私から言うことはもう何もありません」
ソデ「少女さん。どうか、私たちの希望になってください。私たちすべての魔法少女を救う、希望に」
舞台が暗くなる。
明るくなった舞台の中心に居たのは、苦しそうに呻く魔女。その傍らには美しい純白のドレスを纏った少女が立っている。
魔女「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
少女「辛かったよね、苦しかったよね」
少女が優しく声をかける。
魔女「ガアアアアアアアアアアアアアアア!」
少女「でも、もう苦しまなくていいんだよ。その必要なんてないの」
魔女「ガアアアアアアアアア……」
魔女の身体から黒い粒の流れが魔法少女を象る。少女はそれを見て自分のソウルジェムを差し出すと、影の魔法少女はそれに吸い込まれていく。
魔女「―――――」
少女「さ、次の場所に行かなきゃ……」
先ほどとはまた別の結界の中で、少女は魔女と対面している。彼女の手にあるソウルジェムは相変わらず綺麗なままだが、先ほどまで真っ白だったドレスはいつの間にか薄く青みがかっている。
魔女「ケタケタケタケタケタケタケタケタ」
少女「あはは。ねえ、あなたも私と一緒に行こう?」
魔女「ケタケタケタケタ……」
不気味な声で笑う魔女に少女が手を伸ばす。魔女から出てきた黒い光の粒が魔法少女へと形を変えると、少女のソウルジェムへと吸い込まれる。
魔女「―――――」
少女「ふう……。さ、次だね」
魔女「ブルブルブルブル」
魔女「オオオオオオオオン!!」
ソデ「私は、あなたたちには負けません!」
結界の中には2体の魔女と、それに対峙するソデの姿があった。その後ろから不意にもうひとつの人影が現れる。
ソデ「少女さんっ!?どうして……」
少女「あはは。今、みんな楽にしてあげるからね。さ、私と一緒に来て」
ソデ「そんな、危険です!下がっていてください、少女さん!!」
慌てるソデを尻目に、少女は魔女に向かってソウルジェムを差し出す。魔女から出てきた影がそれぞれシモテとカミテの形になった後、少女のソウルジェムに吸い込まれる。それを見たソデは恐怖に顔を歪ませる。
ソデ「ど、どういうことですか……?魔女を、吸収している……?」
少女「ソデちゃんも、どうせ死んじゃうんだから一緒に来てよ」
少女の口元が歪む。それを見たソデがさらに怯えてしまう。ソデのソウルジェムがみるみる濁ってゆく。
ソデ「あ……ああっ……」
少女「あははっ。そう、それでいいの」
パリンッ。
魔女「ヒュルルルルルルルルルル」
少女「あははははははははっ。ソデちゃん。カミテちゃん。シモテちゃん。私たち、いつまでも、どこまでも一緒だね」
少女の影はもはや少女自身とは比べ物にならないほどに大きく、またかけ離れた形になっていた。舞台が暗くなる。
明るくなった舞台の上で、キュゥべえと少女が向かい合う。キュゥべえが目の前の少女に向かっていつも通り無機質な声で話しかける。
キュゥべえ「おめでとう、少女。キミの願いは見事に遂げられた」
キュゥべえ「魔女の絶望は取り除かれた。これまでのように魔女になってしまった魔法少女が苦しみ続けることはないだろう」
少女「あはは」
キュゥべえ「それに、本来この宇宙を終わらせるほどの絶望を背負うはずだったキミのソウルジェムは未だ元の輝きを保っている」
キュゥべえ「どうやらキミは魔女の絶望を魔法少女の影という形で吸収したらしいね。確かにこれならソウルジェムがグリーフシードに変わることはない」
少女「あはははっ」
キュゥべえ「ところが」
ふたりを乗せた舞台がゆっくりと回り出す。紺に近い青色のドレスを纏った少女は相も変わらず笑っている。
キュゥべえ「魔法少女の影を受け入れるというのは、魔女の自我を受け入れるのと同義だと言っていい。少女、数多の魔女の自我をその身に取り込んでしまったキミは自分自身の自我を保っていられるのかな?」
少女「あはははははははっ!」
キュゥべえ「……どうやらもう聞こえていないようだね。本来ならひとつの宇宙を終わらせるほどの絶望。まあ、残念ながらキミの魔力じゃそれほどの力を持つには至らなかったようだけれどね」
キュゥべえ「それでも。お手柄だよ、少女。キミは史上最強最悪の魔女として生まれ変わるんだ。……いや、正確には魔女の出来損ない、かな?いずれにせよ、ボクたちが達成しなければいけないノルマもこれでだいぶ楽になりそうだ」
少女「あはははははははははははっ!」
壊れたように笑い続ける少女に向けてキュゥべえは少し声を大きくして言葉を続ける。
キュゥべえ「そもそも、魔女の絶望をキミが吸収したところで一体何の解決になるんだい?魔法少女が魔女になる、そして魔女が人を襲うという根本のところは何も変わらないのにね」
少女「え?あ……」
キュゥべえの言葉に反応したかのように少女が一瞬笑いを止める。
キュゥべえ「キミたち人間が家畜を食らうように魔女は本能的に人を食らって生きるんだ。これは自然の摂理だよね。それなのに……。わけがわからないよ」
キュゥべえ「それだけの素質を持ちながら……。キミは本当に無力だね、少女」
少女「あっ……ああ……」
キュゥべえ「今なら君に集中していた膨大な因果の量にも納得がいく。つまりは、キミは最初から最強の魔女になるためだけに存在する舞台装置に過ぎなかったわけだ」
キュゥべえが追い打ちとばかりに少女に言い放つ。少女の顔が歪む。
少女「あ、あはは……」
少女「あはははははっ……」
少女「あははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははっ!!!!!」
少女の壊れたような笑い声が響き渡る中、舞台が真っ暗になった。
「……さて、これからキミがもたらす新しい法則に基づいて、宇宙が再編されてしまうのだろうね。そうなればボクもキミのことを忘れてしまうのだろう。それだけが心残りだよ。本当に、本当に残念だ」
「……キミのような宇宙を書き換える祈りを叶える魔法少女なんて滅多にいないからね。せっかく貴重なデータが取れたのに。もったいないじゃないか」
???「アハハ」
???「アハハハハ」
???「アハハハハハッ」
???「アーッハッハ!」
???「アーッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハ!!」
???「アーッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハ!!!!!!」
ワルプルギスの夜
舞台装置の魔女。その性質は無力。回り続ける愚者の象徴。歴史の中で語り継がれる謎の魔女。この世のすべてを戯曲に変えてしまうまで無軌道に世界中を回り続ける。
「あはははははははっ」
真っ暗な舞台に笑い声が響く。
「あはははははははっ!」
「結局、私は何もできなかったんだね。私ってほんとバカ!」
「あはははははははっ!」
「ねえ、私のことも助けてよ!ねえ!!」
「あはは、あははははははっ!!」
「ねえ、カミテちゃんもシモテちゃんもソデちゃんも、踊ってないでこっちに来てよ。ねえ!」
「あははははっ、本当に誰も私のことが分からないんだね!あはははははっ!!」
「だったらもう、全部ぶっ壊しちゃうしかないよね!みんなが私みたいにずっと笑っていられるようにさ!!」
「あーっはっはっはっはっはっはっは!!!」
大嵐の中、ワルプルギスの夜の笑い声が不気味に響き渡る。
ワルプルギスの夜「アハハハ」
ワルプルギスの夜「アハハハハハッ」
ワルプルギスの夜「アーッハッハッハッハ!!」
突然舞台がパッと明るくなり、少女の前に魔法少女姿のまどかが現れる。いつの間にかワルプルギスの夜の衣装は剥ぎ取られ、彼女の舞台装置としての性質を表す巨大な歯車だけがまどかの目の前に存在していた。
まどか「もういいの。もう、いいんだよ」
ワルプルギスの夜「アハハハハハハハハハッ」
まどか「もう誰も恨まなくていいの。誰も、呪わなくていいんだよ。そんな姿になる前に、あなたは、私が受け止めてあげるから」
まどかがワルプルギスの夜を受け入れるかのように大きく手を広げると、それに呼応するように眩しい光とともにワルプルギスの夜からたくさんの影の魔法少女が現れる。次の瞬間、歯車の中心が爆発を起こし、影魔法少女たちが吹き飛ばされる。
ワルプルギスの夜「アハハハハハハハハハッ」
ワルプルギスの夜「アハハハハハハッ……」
ワルプルギスの夜「アハハハハッ……」
ワルプルギスの夜「アハハハ……」
ワルプルギスの夜「……」
舞台が真っ暗になる。明かりがついた瞬間、舞台に立っていたのはカミテ、シモテ、ソデの3人。彼女たちは何か話しているかのような素振りを見せているが声は聞こえない。代わりに観客席の一角から声がする。
まど神「これが、あなたが起こした奇跡……」
客席に座っていたのはまどかと少女。まどかは舞台に立っている3人を見てぽつりと呟いた。
少女「たくさん迷惑かけちゃったみたいで、ごめんなさい。私、やっぱり何の役にも立てなかったなあ……」
まど神「そんなことないよ!少女さんに救われた魔法少女だってきっとたくさんいるはずだよ!カミテさんも、シモテちゃんも、ソデさんだって、きっと」
少女「……ありがとう、まどかさん」
まど神「私の友達にもね、自分の願いのせいで思いがけず不幸になっちゃった子がいるの。でも、その子は言ってた。『後悔なんて、あるわけない』って。少女さんは、どう?」
少女「私は……。私は、まだ分かりません。いつになったら分かるのかも」
まど神「……そっか。そうだよね」
少女「でも、信じたいと思うんです。いつか私のしたことが無駄じゃなかったって思えるように。あの3人がまた一緒に笑えるように。……あははっ、こうやって話してると何だか恥ずかしいですね」
まど神「ううん、そんなことないよ」
少女「まどかさんって、本当に優しいですね。見た目のイメージ通りって感じ」
まど神「うぇひひ、照れちゃうなあ。……ねえ、少女さん。さっきも話した通り、私って魔女になる直前の魔法少女たちを導いてるんだけど、少女さんはソウルジェムがグリーフシードに変わったわけじゃないから、厳密には魔女にはならないんだ」
まど神「だから、選んで。ここに残ってあなたが救おうとした魔法少女たちを見守るのか」
まどかは一旦そこで言葉を切ると舞台上を見つめた。
まど神「……それとも、魔法少女になったことも、ここに来たことも、全部忘れてもう一度現実世界で生きていくのか」
少女は特に迷う様子もなく、まどかの目を真っ直ぐ見つめ、答える。
少女「あはは、そんなの決まってます。私は、カミテちゃんやシモテちゃんやソデちゃんや他の魔法少女のことを、絶対に忘れたくありませんから。……だから、ここに居てもいいですか?」
まど神「うぇひひ、そんなの良いに決まってるよ」
少女「ありがとう、まどかさん。……ふわぁ」
まど神「どうしたの?」
少女「ごめんなさい、なんだか色々ありすぎて疲れちゃったみたいで。ちょっと休んでもいいですか?」
まど神「もちろん。お疲れさま、少女さん。……ゆっくり、おやすみなさい」
舞台の上では、笑顔の3人が仲良く手をつないでいる。少女はそれを見て少しだけ微笑むと、まどかの肩に寄りかかりながらゆっくりと目を閉じた。
幕が下り、劇場が明るくなる。登場人物たちが幕の前に集合する。少女は、大きく息を吸い込むと、声を張り上げた。
少女「劇団マギカ公演、『ワルプルギスの夜』!最後までご覧いただき、誠に!!」
少女・カミテ・シモテ・ソデ・まどか・医師・医師2「「「ありがとうございました!!!!!」」」
劇団マギカ公演『ワルプルギスの夜』
おしまい
というわけでオリキャラSSと見せかけてワルプルギスの夜SS、という話でした。
というのも正確ではなくて、実はここに出てきたカミテ・シモテ・ソデというのは完全にオリキャラという訳ではなく全員アニメ本編中にも一応登場したキャラクターです。
最終話のほむらVSワルプルギス戦でワルプルギスの夜が召喚してきた3人の影魔法少女がそれです。
実は、作中では彼女たちの名前は出てこなかったのですが、ポータブル版にて名前持ちの使い魔として登場したようです(それぞれ「劇団・カミテ」「劇団・シモテ」「劇団・ソデ」)。
カミテは倍速行動の近距離アタッカーとして、シモテは遠距離攻撃要員として、ソデは治癒や応援を得意とする補助役としてそれぞれ登場します。
アニメ本編では詳しく語られなかった部分の補完や矛盾らしき部分の解決が目標だったのですが、色々設定を考えた割に劇中であまり語ることができなかった気がします。
因みに>>25については、この時間軸は『まど神による改変前』(更に言えば少女による改変前でもあります)を描いたものです。
少女(ワルプルギスの夜)を円環の理へと導こうとしているまど神が、その前に彼女の魔法少女としての生き方を見ようと思いついたのが冒頭のシーンになります(まど神は『すべての宇宙』を見ることができるので)。
まあそれはそれとして。
需要があればおまけの話でも書こうと思います。
①過去編(ややシリアス)
②日常編
③改変後編(少女は出ません)
の3本から見たいものを選んでください。明日の夕方ごろまでの投票で最も多かったものを書きます。一票も入らなければこのままhtml化の依頼を出そうと思います。
切ねぇ……
いやはや、乙でした。
少女さんの意味は、まど神が救う魔法少女の収集代行とかそういう風にも思えるかな?
あ、安価は③で
それでは③改変後編を書きます。
書きため終わったらまた来ます。
>>80
ワルプルギスの夜が逆三角形型なのに対し、まどかの魔女クリームヒルトが上を向いた三角形なので、ワルプルギスとクリームヒルトが対になっているという考察に基づき、少女の言動や性格、そして魔法少女としての願いもまどかのそれに似せたものにしてあります。
ずっと放置していてすみません。
続きは日曜夜に投下する予定です。
お待たせいたしました。再開します。
因みに、カミテ、シモテ、ソデの参考画像です。
右上がカミテ、真ん中下段がシモテ、左下がソデとなっております。
更に詳しいことが知りたい方は、「劇団カミテ/シモテ/ソデ」で検索してみてください。
貼り忘れました。これです。
なお、思うところがあって改変後の過去編から始めることにします。
(少女がまどかに導かれた世界での過去編、という意味合いです)
それでは始めます。
今日からわたしの入院生活が始まります。今は看護師さんの後について、病室に案内してもらっているところです。
看護師「はーい、それじゃあここがソデちゃんの病室ですからね。何かあったらこのボタンを押してね」
ソデ「はい」
看護師「じゃあ、また検診の時間に来るからね」
そう言うと、看護師さんはどこかへ行ってしまいました。
シモテ「……だあれ?」
もうひとつのベッドから幼い女の子の声がしました。あの子もこの病室の人でしょうか。
ソデ「わたしは……あの、ソデといいます」
シモテ「ソデさん」
ソデ「はい。その……あなたの名前はなんですか?」
シモテ「シモテっていうの」
そう答えた彼女は、わたしよりも年下みたいでした。
ソデ「……シモテちゃん」
シモテ「うん」
ソデ「よろしくお願いします……シモテちゃん」
シモテ「よろしくねー、ソデさん」
わたしたちはベッドに入ったまま言葉を交わしました。いきなり話しかけられて最初はびっくりしてしまいましたが、なんだかシモテちゃんとは仲良くなれそうな気がします。
シモテ「いたかったあ……」
シモテちゃんが腕をさすりながら病室に戻ってきました。目が少し赤くなっています。大丈夫かな。
ソデ「また注射だったんですね」
シモテ「なんどやってもなれないよー。ソデさんはいたくないの?」
ソデ「わたしは、昔からずっとですから」
そう。幼いころから病気がちなわたしは何回か入退院を繰り返していました。だから、注射だって慣れっこです。
シモテ「そっかあ」
ソデ「シモテちゃんもきっと慣れますよ。でも、もしかしたらその前に退院するかもしれませんね」
シモテ「んー。どうなんだろ」
ソデ「わたしはまだまだかかりそうですから」
シモテ「そうなんだあ。でも、シモテもずっとここにいたいかも」
ソデ「どうして?」
シモテ「だってソデさんといっしょにいられるの、きっとここにいるあいだだけだもん」
ソデ「シモテちゃん……」
シモテちゃん、そんなふうに思ってくれていたなんて。なんだか嬉しいような恥ずかしいような、不思議な気持ちです。
シモテ「それに、べんきょうもおてつだいもしなくていいし!」
ソデ「こら」
シモテ「えへへ」
今度の入院は、いつもみたいに寂しい思いをしなくて済みそうです。ありがとうね、シモテちゃん。
シモテ「ソデさん!」
わたしに話しかけたシモテちゃんは、なんだかいつもよりもうきうきしているように見えました。いえ、いつもなんだか楽しそうにしているのですが、それ以上に。
ソデ「なんでしょう?」
シモテ「きょうはいつもよりもたのしくなるよ」
ソデ「あら、何かあるんでしょうか?」
シモテ「きょうはね、シモテのおねえちゃんがくるの!」
シモテちゃんとは結構話しましたが、お姉さんがいるだなんて初耳です。
ソデ「それは楽しみですね。お姉さんはどんな人なんですか?」
シモテ「やさしくてたよりになるおねえちゃんだよ!たまにきびしいけどね」
シモテちゃんはお姉さんのことが大好きみたいで、一人っ子のわたしからすると、ちょっと羨ましく思ってしまいます。そんなことを考えていると、病室の外から声が聞こえました。お医者さんでも看護師さんでもない、聞いたことのない声です。
カミテ「……ここかな?」
シモテ「あ、おねえちゃん」
カミテ「シモテ。よかった、合ってたね」
どうやら、この人がシモテちゃんのお姉さんみたいです。見た感じ、私と同い年くらいでしょうか。でも、しっかりしていそうな人です。
シモテ「おねえちゃん。あのひとが、ソデさん。シモテとすごくなかよくしてくれるんだよ」
カミテ「妹がお世話になってます。ぼくの名前はカミテ。よろしく」
やっぱりしっかりした人みたいです。それにしても……。
ソデ「……こちらこそ。ソデです、その、よろしくお願いします」
なんだかシモテちゃんと初めて会ったときよりもしどろもどろな返事になってしまいました。人見知りが激しいのはわたしの悪いところです。いや、でも今戸惑ってしまったのはそういうことではなくて……。
そんなことをごちゃごちゃと考えていると、カミテさんがふと何かに気づいたような顔をして、それから説明してくれました。
カミテ「……もしかして、ぼくって言ったのが気になった?ふふ、ちょっとした癖なんだ。これでも一応れっきとした女の子だからね」
ソデ「ああ、いや、その……」
わたしが気になっていたのはまさにそのことだったのですが、あまりにもストレートに言われたのでやっぱりしどろもどろになってしまいました。カミテさん、気を悪くしたかな。
カミテ「大丈夫大丈夫、慣れてるから。それより、ソデのこと聞かせてよ。ぼくもソデのこと、知りたいからさ」
やっぱり大人です。お姉ちゃんって、スゴイ。
カミテ「やっほー、シモテ、ソデ!」
シモテ「おねえちゃん、ちょっとうるさいよ」
カミテ「あっ……ごめんごめん、そういえばここ、病室だったね」
ソデ「ふふっ、気を付けてくださいね」
あれから、カミテさんは頻繁にお見舞いに来てくれるようになりました。お母さんは忙しくてなかなか来れないみたいだし、わたしのお友達はいないわけじゃないけどそんなに多くはないので、カミテさんが来てくれるととっても嬉しくなります。
カミテ「今日はね、体育があったんだ」
そうやって、カミテさんは今日学校であったことを色々教えてくれるのです。こうやってカミテさんの話を聞いているのが、最近のわたしのお気に入りの時間です。
カミテ「……そしたら、ジュンちゃんが男子にケンカ売っちゃって。そしたら、なんかどんどん広がって、結局、男子対女子で腕相撲対決することになったんだ」
ソデ「ふふっ、面白いですね」
カミテ「でしょ?女子はぼくとジュンちゃんとカズコ。男子はナカザワとミキと……。あと、無理矢理連れてこられたカナメ君だったんだけどさ」
シモテ「うんうん」
カミテ「カズコとジュンちゃんは結構あっさりナカザワに負けちゃったから、最後にぼくが出たんだけど、ぼくはなんとナカザワとミキに二連勝!」
シモテ「おねえちゃんすごーい!」
カミテ「はっはっは。もっと褒めて」
確かにすごい、けど。それって女の子としてどうなんでしょう。
カミテ「でも、その後カナメ君に負けちゃった。普段おとなしいからと思ってたらすごく強くてさ。いやーびっくりした」
ソデ「それでどうなったんですか?」
カミテ「ナカザワとミキがぼくたちに掃除させようぜとか話してたんだけど、カナメ君がやめておきなって。まあナカザワもミキもぼくに負けたし、そのぼくに勝ったカナメ君に言われたら従うしかないもんね」
シモテ「かっこいいひとだねー」
ソデ「そうですね」
カミテ「そんなわけで、カナメ君のおかげでぼくたちは助かったのでした。あ、その後カズコがカナメ君に話しかけまくってて何か面白かったけど」
シモテ「シモテもはやくがっこういきたいなー」
カミテ「なら、お医者さんに言われたことちゃんと守るんだよ」
シモテ「はーい」
カミテ「うん。いい子だね」
……わたしも、元気に学校に行ける日が来るのでしょうか。
それとも、このままずっと入退院を繰り返してばかりなのでしょうか。
シモテ「ソデさん?何読んでるの?」
ソデ「源氏物語です」
シモテ「げんじものがたり?」
ソデ「大昔に書かれた小説です。光源氏っていう男の人の恋模様を描いた作品です」
シモテ「なんだかむずかしそうだねー」
ソデ「要は恋愛小説ですよ」
シモテ「ふーん」
シモテちゃんは分かっているような、そうでないようなあいまいな返事を返してくれました。きっとあまり分かっていないんでしょうね。
シモテ「ソデさんは、すきなひといるの?」
ソデ「へ?」
シモテ「だって、れんあいしょうせつなんでしょ?」
ソデ「そうですね……」
好きな人、ですか。考えてみれば、源氏物語が大好きな割には今のところ好きな人ができた経験はありません。恥ずかしながら。
シモテ「いないの?」
いけない。この子、目がキラキラしています。
ソデ「……と、とりあえず、源氏物語とか古典について一緒に話せる人がいるといいなあとは思います、けど」
こうやって誤魔化せるのは年上の特権です。
シモテ「こたえになってないよ」
前言撤回。誤魔化せていませんでした。こうなったら正直に言う他ないでしょう。
ソデ「……いませんよ」
シモテ「ほんとにー?」
ソデ「本当です!そういうシモテちゃんはどうなんですか?」
シモテ「シモテは、おねえちゃんとソデさんのこと、だいすきだよ!!」
……この子、わざと言っているのでしょうか。
カミテ「やっほ、シモテ、ソデ、……って、あれ?」
ソデ「カミテさん。シモテちゃんなら今検診中ですよ」
お見舞いにやってきたカミテさんに、わたしはそう告げました。
カミテ「そっか」
ソデ「きっと、また目を真っ赤にして帰ってきますよ。シモテちゃんのこと、慰めてあげてくださいね」
カミテ「そうだね」
カミテさんはそう言って愉快そうに笑いました。そういえば、こうやってふたりで話をするのは初めてのような気がします。……そう考えると、なんだか途端に緊張してきました。
カミテ「大丈夫?」
そんなわたしの様子に気づいたのか、カミテさんはわたしに声をかけてくれました。
ソデ「は、はい。大丈夫です」
カミテ「それならいいけど。何かあったら言ってよね」
この面倒見の良さは本当に見習いたいものです。シモテちゃんがついつい甘えてしまう理由がよくわかります。
カミテ「ね、それは何の本?」
ソデ「あ、これですか?」
カミテさんが指差したのは、源氏物語でした。
ソデ「源氏物語です」
カミテ「え!?それって昔の本だよね。読めるの?」
ソデ「ふふっ。これは現代語訳されたものですから。いつかは原文で読んでみたいなとは思いますけど」
そう。わたしの目標は、中学生になったらこの源氏物語を原文で読みこなすことです。……その前に、まずは学校に通えるようになりたいのですが。
カミテ「すごいねーソデは」
ソデ「カミテさんは興味ありませんか?」
カミテ「ぼくは勉強は苦手だしなあ……。ゴメンね」
ソデ「いえ」
カミテ「いつか見つかるといいね、古典好きの友達」
ソデ「ふふ、そうですね」
そう言ったところで、病室のドアが開きました。立っていたのは目を真っ赤にしたシモテちゃん。すぐにカミテさんが駆け寄ります。
シモテ「おねえぢゃん……」
カミテ「よしよし、シモテ。痛かった?」
シモテ「うん……」
この姉妹、見ていて本当に微笑ましいです。
カミテ「シモテーっ!!」
シモテ「だからしずかにしてってばー。どうしたの?」
病室に駆け込んできたカミテさんはすごくハイテンションでした。何か良いことがあったのでしょうか?
カミテ「退院の日が決まったって。今からお医者さんに詳しい話を聞きに行くから、ついてきて」
シモテ「はあい。……やっとたいいんかあ。ソデさん、すぐにもどってくるね」
そう言うとふたりは病室から出ていきました。良かった。シモテちゃんはもうすぐ退院できるみたいです。
……嬉しいのに、嬉しいはずなのに、嬉しくなくちゃいけないのに。どうしてだかわたしの中ではそうでない気持ちが膨れ上がってきます。
ソデ「……はあ。やっぱりわたしは弱いなあ」
そう。この気持ちはきっと、寂しさ。シモテちゃんやカミテちゃんと知り合って、仲良くなって、舞い上がって。
でも、シモテちゃんが退院してしまえばそれも終わりです。また、寂しさに包まれるような生活に戻ってしまうのです。
ソデ「わたしも、カミテちゃんみたいな、普通の元気な女の子だったら……」
それは、ふと口に出して零れてしまった、わたしの本当の気持ちの一滴でした。
そして。
キュゥべえ「その願いは本当かい?」
ソデ「誰ですかっ!?」
愚かなわたしはあまりにも都合の良すぎる甘言に踊らされ。
キュゥべえ「キミには可能性がある。願いを叶えるための、素質もね。……だから」
ソデ「……?」
キュゥべえ「ボクと契約して、魔法少女になってよ!」
自らの運命の歯車を、大きく狂わせることとなるのでした。
本日はここまで。
また一週間後にお会いしましょう。
大変遅くなってしまいました。
再開致します。
カミテ「……まさかふたりともこんなに早く退院できるなんてね。しかも同時に」
ある日の午後のこと。今、ちょうどカミテさんとシモテちゃん、ふたりと一緒に病院から出てきたところです。
ソデ「ふふっ。きっと神様が見ていてくれたんですね」
カミテ「そうかもね。ねえ、ソデはぼくたちの小学校には来ないんだよね」
ソデ「ええ……。でも、中学からは同じですよね」
カミテ「うん!ね、今度家に遊びに来てよ。おいしいもの作って待ってるからさ!」
ソデ「はい!カミテさん、これからもよろしくお願いしますっ!」
シモテ「シーモーテーはー?」
ソデ「ふふ、ごめんなさい。もちろんシモテちゃんもですよ」
なんだか、嬉しくて嬉しくて笑いが止まりません。こんなに幸せだと実感できたのはいつ以来でしょうか。……もしかしたら、初めてかもしれません。
でも、いつまでも浮かれているわけにもいきません。わたしは手の中の宝石をぎゅっと握りながら、決意を固めていました。誰に教えられたわけでもありませんが、これは間違いないと思います。
魔獣の気配です。
キュゥべえ「ソデ、大丈夫かい?」
あれからキュゥべえと合流して、魔獣の居所を突き止めた私は、彼らと応戦していました。
ソデ「なんとか……」
魔獣の姿はわたしが想像もしなかったようなもので、白い簡素な衣を纏った大きなおじさんにモザイクがかかったような、そんな姿でした。
わたしはそんなグロテスクな姿をした魔獣にひどく恐怖を覚えて、攻撃するどころか大して近づくことすらろくにできずにいました。
魔獣「……」
のろのろと迫ってくる魔獣を手に持っている箒で振り払いますが、大したダメージを与えられていないらしく、一度倒れた後すぐに起き上って再びこちらへ向かってきてしまいます。
キュゥべえ「ソデ。これはおとなしい魔獣のようだけれど、いつまでも相手をしていると他の魔獣がやってくるよ」
ソデ「だって、だってえ……」
キュゥべえ「キミの武器は箒だろう?それに乗って飛ぶのはどうだい?」
ソデ「箒が十二単にひっかかって上手に飛べなくなっちゃいます……」
そうしている間に新たな魔獣が現れました。
キュゥべえ「箒に魔力を込めるんだ!魔法少女なら何かできるはずだよ」
ソデ「ど、どうすれば……?」
新しく現れたほうの魔獣が正面からわたしの方へ突進してきます。わたしはどうしたらいいのか分からなくなって、とっさに箒の両端を持って身を守ろうとしました。でも、それだけです。魔獣から見たわたしはきっと格好の獲物です。
魔獣「……」
魔獣が右手を挙げました。わたしは思わず目をつぶりました。
人間、死ぬ前になると走馬灯が見えると聞きますが、そんなものが見える暇すらありませんでした。ただ、こんなところで終わるなんて絶対に嫌だと思って、死にたくないと強く願いました。
不意に、ひゅっと何かを切るような音がして、それから魔獣の気配がなくなりました。
ソデ「……?」
わたしが恐る恐る目を開けると、相変わらず魔獣が私の目の前に右手を挙げたままぼーっと立っていました。反射的に距離を取ろうと思いましたが、よく見ると、魔獣のお腹のあたりに大きな切り傷があります。
魔獣「……」
私がそれに気付いたのと同時に、魔獣の身体はだんだんと透き通って、ついには消えてしまいました。そういえば、もう一体の魔獣もいなくなっています。
ソデ「これ……もしかして、わたしが?」
キュゥべえ「ふむ、風の魔法か。……やるじゃないか、ソデ!この調子だよ!」
ソデ「は……はいっ!」
キュゥべえに褒められて、わたしは少しだけ嬉しくなりました。でも同時に、緊張の糸が切れたからか、わたしはうまく立てなくなって、倒れこんでしまいました。
キュゥべえ「……無理もないね。キミは今までずっと入院していたんだ。本当によくやったよ、ソデ」
こうしてわたしの新しい生活は幕を開けました。
ソデ「あの、お邪魔しまーす……」
シモテ「ソデさんだー!ひさしぶりー!!あいたかったよー!!!」
ソデ「ひゃあっ!?」
退院からおよそ2週間。わたしのお母さんが退院してからもしばらくは安静にしているようにと言ったので、ずっと外に出れていませんでした。いえ、魔獣退治の時は魔法少女の力を使ってばれないように外に出たりはしていたのですが……。
とにかく、こうして半月ぶりにシモテさんとカミテさんに会うことが出来ました。
カミテ「ソデ、待ってたよ」
そこまで長い間会えなかったわけでは無いはずですが、特にシモテちゃんとは毎日会っていたので、何だか色々と懐かしく感じます。
カミテ「ぼくとシモテで一緒に作ったんだ」
ソデ「ふふっ、楽しみです」
シモテ「りきさくだよ!」
カミテ「冷めないうちに食べようか」
シモテ「うんっ!」
ゴルゴンゾーラチーズをふんだんに使ったジェノベーゼ。小学生にしては随分凝ったメニューを作るものです。そして、やっぱりふたりの自信作なだけあって、すごくおいしい。お母さんよりも上手かも、なんて。
カミテ「ちょっとシモテ、まだチーズ使うの!?」
シモテ「え?」
当然と言わんばかりに粉チーズを注ぎまくるシモテちゃん。確かにチーズが好きだというのは入院していた時に聞いてはいましたが……。
カミテ「はあ……。粉チーズ、また買わなくちゃ」
ソデ「そう言えば、今日はふたりのお母さんやお父さんはいないんですか?」
カミテ「そっか。ソデは知らないんだっけ」
シモテ「うちはね、パパもママもいないんだよ」
ソデ「えっ……」
カミテ「ぼくたちがまだ小さなときに……詳しいことはぼくたちも知らないんだけど」
ソデ「えっと、あの」
わたしはまずいことを聞いてしまったと思い、なんとか言葉をかけようとしました。が。
シモテ「きにしないでよ、ソデさん!シモテたちはもうなれてるから」
カミテ「そうそう。この話は終わり!ね!」
カミテさんがしっかりしているのは、単にお姉ちゃんだからというだけでは無かったみたいです。なんだか、カミテさんだけでなくシモテちゃんまでわたしより大人に見えて、わたしは何とも言えない気持ちになりました。
シモテ「おひるたべたらそとであそぼー!」
カミテ「食べてから、ね。なんで半分立ちながら食べてるの!」
でも、わたしは謝りもしませんし、気にもしませんし、これ以上の詮索もしません。それはふたりがそう望んだからであって、わたしと彼女たちが友達だからです。
ソデ「ふふふっ、わたしが一番乗りです!」
シモテ「ええーっ!?ソデさんはやい!」
カミテ「意外……」
だから、わたしは今日という日を目一杯楽しもうと思います。
シモテ「ふー、つかれたあ」
あれから近所の公園巡りをしようという話になり、なんだかんだでかなり歩き回りました。そして今、ようやくカミテさんとシモテちゃんの家の近くに来たところです。
カミテ「シモテ、先に帰ってお風呂入ってな」
シモテ「おねえちゃんは?」
カミテ「ぼくはソデを送ってから帰るよ」
シモテ「はーい。きをつけてね」
カミテ「それはぼくのセリフでしょ。じゃあね」
そうしてシモテちゃんはわたしたちに軽く手を振ると家の方へ戻っていきました。
カミテ「ありがとうソデ、わざわざ来てくれて。今日は楽しかった」
ソデ「こちらこそ。また行ってもいいですか?」
カミテ「もっちろん!明日でもいいくらい」
そう言うとカミテちゃんは笑って、つられてわたしも笑いました。ふたりで笑っていたら何でかそれがおかしくなってしまって、また余計に笑いました。だんだん収拾がつかなくなって、しばらくカミテちゃんとふたりで笑い続けました。
カミテ「はー、はー、あーおかしい。シモテが見たら呆れるだろうな」
ソデ「ふふふっ、本当ですね」
息も絶え絶えに、そうして言葉を交わしていると、今度は何を話せばいいのか分からなくなってしまいました。一転して不思議な沈黙が訪れます。
カミテ「あの、さ」
沈黙を破ったのはカミテさんでした。こういうときいつもわたしは何もしゃべれなくなってしまいます。
カミテ「ほんとにありがとう。ソデ。ぼくたちさ、こんな感じだから。やっぱり、学校でも同情される?っていうか……。かわいそう、みたいに思われることが多いんだよね」
考えてもみませんでした。言われてみれば、そうなってもおかしくありません。わたしは黙ってカミテさんの話の続きに耳を傾けます。
カミテ「一応さ、親戚の人たちがお金の面ではフォローしてくれてるし、ぼくとシモテもちゃんと生活できてるし。だから本当は全然大丈夫なんだけど」
ついさっきまで、あんなに大きく見えたカミテさんが。
カミテ「むしろ、学校の友達にそういう風に思われてたことの方が辛かったんだよね。壁があった、っていうか……ぼくの方が作っちゃってたのかな。分かんないけど」
今はこんなに、こんなに小さく見えて。
カミテ「シモテも体調崩しちゃったしさ、ソデに会うまでは結構落ち込むことが多かったんだよね。だから、ほんと……」
わたしは静かに、彼女の手を取りました。
カミテ「ソデ……」
何か言わなくちゃ。
ソデ「カミテさんが私に感謝してるって言うのなら、わたしはその10倍感謝してます!」
何を言っているんだろう、わたし。
ソデ「わたしも昔からずっと病気がちで、引っ込み思案で、人と話すのも苦手で……。こんなに人と仲良くなれたの、初めてなんです」
恥ずかしいことを言いすぎて、自分でも顔が赤くなっていくのが分かります。
ソデ「だから、何といえばいいのか分かりませんけど、その……」
カミテ「わかった」
目の前のカミテさんは、にっこり笑っていました。
カミテ「ぼくもソデも気づいてなかったけど、本当はお互い似た者同士だったんだね」
カミテさんはそう言って、静かに微笑みました。わたしはその笑顔を見て、なんだかとても安心して、少しだけ目が潤むのが分かりました。
ソデ「ふふっ、ありがとうございます、カミテさん」
何か少し言うだけで涙が溢れそうです。わたしはそれを隠したくて、そうしたら丁度良い言い訳が見つかりました。
ソデ「今日はもうここで大丈夫です。これ以上はきっとシモテちゃんが心配しますから」
カミテ「ほんと?大丈夫?」
ソデ「もちろんです。それじゃあ、また」
カミテ「うん、じゃあね」
わたしが見つけた言い訳というのは、シモテちゃんのことではありません。わたしは不慣れなテレパシーでキュゥべえを呼びつけました。
さあ、もう泣いている暇はありません。
ソデ「それっ!」
あれから魔獣退治にも慣れてきて、今では魔獣を見てもあまり恐怖心を抱かずに済むようになりました。
キュゥべえいわく、わたしの風魔法はかなり使い勝手が良く、広範囲にわたって攻撃できるので、魔獣退治には都合がよいそうです。
魔獣「……」
今日の魔獣は5体。最初のときにこれだけたくさんの魔獣に会っていたらどうなっていたかはわかりませんが、今のわたしならこれくらいは十分戦えるレベルです。
キュゥべえ「気を付けて、後ろにもいるよ!」
ソデ「分かってますっ!」
わたしの魔法の前では後ろに居ようがなんだろうが意味はありません。竜巻でまとめて吹き飛ばしてしまいましょう。
魔獣「……」
1、2、3、4、……。魔獣の気配が消えていきます。今日はこれで終わりのようです。
キュゥべえ「ソデ、後ろだ!」
突然キュゥべえが叫んだのと同時に、私の背中に鈍い痛みが走りました。わたしは振り向きざま突風の魔法を放ちました。幸い魔獣は吹き飛んでくれたようですが、わたしは背中の痛みに耐えきれなくなって地に伏しました。
キュゥべえ「ソデ、ソデ!大丈夫かい!?」
キュゥべえの声がぐわんぐわんと響きます。
キュゥべえ「いいかい、傷口に意識を集中するんだ。キミの願いは癒しの祈りだ。その程度の傷なら何とかなるはずだよ」
虚ろな意識の中キュゥべえが言った通りにすると、すうっと痛みが引いていきました。
ソデ「これ、は……?」
キュゥべえ「治癒魔法だ。間に合ってよかったよ」
キュゥべえは無表情のまま胸をなでおろすようなしぐさをして見せました。
キュゥべえ「魔獣退治は常に死と隣り合わせなんだ。確かにキミの魔法は便利だが、威力は弱い。一撃じゃあ相手を倒しきれないことだってあるだろう。そもそも……」
キュゥべえがつらつらとわたしに説教を始めましたが、ついさっきまで命を落とすか落とさないかの瀬戸際にいた私にその内容は一切耳に入って来ませんでした。キュゥべえはそんなわたしの様子に気づくと、ふう、とため息を漏らし、辺りに散乱したクレンズキューブを手早く回収してわたしに声をかけました。
キュゥべえ「今はゆっくり休んだ方がよさそうだね、ソデ。さ、帰ろう」
魔法少女になって2週間。魔獣退治には大分慣れたつもりでいました。
ほんのわずかな油断が命取りになるということを改めて思い知らされたわたしは、それが死ぬのが恐いからなのか、まだまだ新米のくせに油断していた自分が情けないからなのかも分からないまま、泣き続けました。
今日はここまでになります。
因みに「クレンズキューブ」というのは改変後の世界に出てくるサイコロ状のグリーフシードの代替物のことです。勝手に命名しました。
ここ数カ月で、大切な友達の雰囲気が随分変わっちゃって。
いや、あの子は半年くらい前まで入院していたから、そのせいなのかもしれないんだけど……。
んー、でも、やっぱりそれとは違う原因があるような気がするんだよね。
そうだ、名前を言っていなかったんだっけ、ごめんごめん。
僕はカミテ。
その友達っていうのはソデって名前なんだけど、何というか、こう……。
陰のある少女、みたいな雰囲気を出すようになったり、あとはその、たくましくなった、というか……。
とにかく、入院してた頃はなんだか守ってあげたくなるような……そう、ちょうど妹がもう一人で来たような感覚になったんだけどさ。
うん、そう。
僕には妹がいるんだ。
シモテっていう名前で、チーズが大好きな無邪気な女の子だよ。
その割に、たまに鋭いんだけどね。
僕が悩んでるときとか、すぐに気づいたりするから……もしかして、僕が分かりやすいだけなのかな?
そうだよ。とっても大切な妹なんだ。
両親がいない僕にとっては、シモテが全て、みたいなところがあるかも。
彼女を守るためならなんだってしてみせるし、もしも彼女を傷つける者がいたら僕はそれを絶対に許さない。
……ちょっと、重いかな?まあ、それだけ可愛い妹なんだよ、シモテは。
ふふ、ごめんごめん。それじゃ、そろそろ目を覚まそうかな。
……ねえ、君とはまた会えるのかな?
えっ……出来ればもう会いたくない!?
……ひどいこと言うなあ。
え?そういう意味じゃない?
……ふんだ。もう知らないもんね。
……嘘だよ、冗談だって。
だからそんな泣きそうな顔しないでよ。
うん。
分かった。
約束するよ。
僕は今の生活が好きだからさ。
大丈夫。
……それじゃ、少女。
さよなら。
カミテ「ふわあー……」
午前7時。何だか変な夢を見た気がする。ずーっと昔に別れた友達と久しぶりに会ったような、そんな感じ。僕にはそういう友達はいないし、やっぱりただの夢なんだろうけど。
シモテ「お姉ちゃん、おはよ」
そんなことをぼんやり考えているとまだ起きたばかりらしく目をこすっている妹のシモテが声をかけてくれた。
シモテ「お姉ちゃん、どうかした?」
カミテ「へ?……あ、いや。なんでもないよ」
シモテ「ならいいけど。ねえお姉ちゃん、確か今日入学式だって言ってなかったっけ?」
カミテ「!!!」
夢に気を取られてこんなに大切なことを忘れていたなんて!今、何時?
カミテ「あー、時計は!?」
ばたばたと音を立てて時計を探そうとしたが、それが見つかる前にインターホンが鳴るのが聞こえた。
シモテ「はーい」
シモテが開けたドアの先に居たのはばっちり制服を着こなしたソデだった。
ソデ「おはようございます。カミテさん、シモテちゃん」
カミテ「ソデ!」
ソデ「はい?」
カミテ「今何時?」
ソデ「9時ですよ?」
カミテ「あと30分しかないじゃんっ!?」
考えてみれば9時に迎えに来てくれと言ったのは僕の方だ。生徒の集合時間は9時半。ここから中学までは歩いて15分はかかるので、着替え食事諸々済ませたとして間に合う可能性は低い。
カミテ「あーごめんソデ、先に行ってて!」
ソデ「ふふっ、私も遅刻しますよ。カミテさんと私の仲ですから」
カミテ「いいの?」
ソデ「当然です」
そう言ってソデはずかずかと家の中に上がりこむと、クローゼットから僕の制服を引っ張り出した。シモテは大急ぎでロールパンを僕のもとへ運んでくる。
カミテ「シモテ、ごめん!朝は抜くからいいよ」
ソデ「式中にお腹が鳴ったら悲惨ですよ」
カミテ「う……」
結局、僕はソデの言うとおり朝食を軽く取ることにした。その間にもソデは上履き、筆箱、他にも色々必要なものを鞄に詰めてゆく。
ソデ「ぼーっと見てないで、早く食べてください」
怒られた。やっぱり、ソデは変わったと思う。初めて会ったときは、弱弱しくて、僕が守ってあげないとダメだって思わず考えてしまうような、そんな子だったのに。今じゃまるで、僕が妹みたい。
カミテ「っていうかシモテは今日学校じゃないんだっけ?」
シモテ「シモテは明後日からだよー」
カミテ「そっか」
そう言えばそんなことを言っていた気もする。朝はダメだ。本当にダメだ。
カミテ「よし、ごちそうさま!」
僕は高らかにそう宣言すると、素早くその他の準備を済ませた。9時20分。ギリギリ間に合うかどうかの怪しいラインだ。
カミテ「行ってきまーすっ!」
ソデ「行ってきますね」
シモテ「行ってらっしゃーい」
シモテが手を振るのに応えるのもほどほどに、僕はソデに小さな声で話しかける。
カミテ「ソデ、走っていい?」
医者から大丈夫とは言われているものの、何度も入退院を繰り返しているソデは特に体調に気を付ける必要がある。
ソデ「もちろん」
でもソデはそんな僕の心配を吹き飛ばすようににっこりと笑った。
カミテ「よっし、じゃあ競争だあ!」
ソデ「負けませんよー!」
結論から言うと、9時30分には間に合わなかった。確かに校門にたどり着いたのは9時30分ちょうどだったが、そこから案内に従って体育館に行く必要があることを完全に忘れていた。式自体は10時からだったので大丈夫と言えば大丈夫だったのだが、自分たちの他に遅刻した人はいないようだったのでかなり恥ずかしい思いをすることになった。
それにしても驚いたのは、ソデの足が僕よりも速かったことだ。それも、誤差の範囲ではなく、先に走って行ったソデが途中で振り返って僕に微笑みかけるほどの余裕があったのだ。これでも僕だってかなり速い方なんだけど……。入院中そういう話は聞いていなかったけれど、案外彼女はスポーツマンなのかもしれない。
あ、いや、女の子だからスポーツ『マン』ではないか。どうでもいいけど。
「テス、マイクテス」
そんなことを考えていると校長先生らしき男の人がマイクのテストを始めた。そろそろ入学式が始まるらしい。
早く終わってくれないかなあ。
退屈極まりなかった入学式がやっと終わると、今度は新入生が整列させられ、各教室へと連れて行かれる。残念ながら、式中にも席が遠かったソデと話すチャンスはなさそうだ。僕のそんな様子を見たのか、ソデが軽く僕の方を見て微笑んだ。
やっぱり僕の方が妹みたいだ。
教室に着いて、辺りを見回すとソデの姿は無かった。どうやらクラスも違うらしい。せっかく同じ学校に来たって言うのに。
「はーい、じゃあ皆さん聞いてくださーい」
全員集まったのを確認した担任の先生が自己紹介を始める。あー、この流れは。
「じゃ、皆さんも自己紹介をお願いします。それじゃ、出席番号が一番最初の……あなたから」
出た。とりあえず、まずはいきなり『僕』って言わないようにしないと……。
「……じゃあ、次」
カミテ「はい。えっと、僕の名前はカミテです」
って。
「僕?」
「え?今僕って言ってた?」
「僕っ娘!?これはポイント高いぞっ!」
「男の子?」
「いや、女の子でしょ」
「ヘンな子」
教室がざわつく。やっちゃった……。
カミテ「……って感じでさー」
ソデ「……」
放課後。なんとかソデと会うことに成功し、一緒に帰ることになった。
カミテ「ソデ、聞いてる?」
ソデ「……へ?ああ、はい。もちろん」
まただ。最近のソデは、今みたいにひとりで考え込んでしまうことが多い。そして、こういう時は決まって、
ソデ「ごめんなさい。カミテさん。ちょっと用事を思い出したので失礼します」
勝手にどこかへ行ってしまうのだ。どうしてだかこの時のソデは普段とうってかわって悲しそうな、寂しそうな、でもそれでいて覚悟を決めたような不思議な表情をする。
何をしているのかしつこく問い詰めたこともあるけれど、ソデは頑なに口を開こうとしない。ソデの後をつければいいんじゃないかとも思ったが、ソデの表情を見ていると、不思議とそんなことをしてはいけないと思ってしまう。
カミテ「……なんだかなあ」
やりきれない思いを胸に、僕は自宅へと向かうのだった。
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