箒「キリコ……お前は、私の……」 (260)


あらすじ


復讐者の放った、過去から突き抜けるレッドショルダーの弾丸。
キリコは、仲間と呼べる存在と共に、その弾丸を止め、自らの過去を受け入れた。
箒、自らの宿命と引き替えにして。

箒に弁明しようとするも、その余地も時間も無く、キリコは、シャルロット、ラウラと共に海外渡航命令を受ける。
しかし、その海外渡航は情報省次官、フェドク・ウォッカムの仕掛けた罠だった。
彼らを乗せた飛行機は操作不能になり、砂漠に墜落。バララント軍、そして砂漠の脅威を奇跡的に乗り越えるも、
以前自分達を襲撃した謎の黒いISに拿捕されてしまう。

それと時を同じく、ウォッカムは百年戦争最後の戦い、地球侵攻への戦略動議を開始する。
篠ノ之束が開発した黒い無人IS、そして、異能生存体——死なない兵士、キリコ達の戦力を背景に。
箒を人質にとられたキリコ、シャルロット、ラウラは、自らの仲間達を、地球を裏切り、戦場へと向かう。

戦火の中でセシリアと遭遇するも、裏切りの事実を知られ、パニック状態に陥れてしまう。
錯乱したセシリアは逃げ惑い、キリコ達の救出の手も届かず、無人ISの手にかかり死んでしまった。
セシリアの復讐を誓う鈴も、シャルロットとの一騎打ちに敗北。シャルロットに自らの銃を託し、かつての友によって死んだ。

そして、キリコと千冬。二人の戦いも、始まっていた。
ミッションディスク、能力、そして異能。
異能の遺伝子は、勝てるはずの無い相手の能力を凌駕させる。
刹那の攻防、キリコは、義姉である千冬に勝った。

彼女の遺言、彼女の信念を受け、キリコはついに反旗を翻す。
自らの宿命の為に、自らの真実の為に。その男は突き進む。
神でさえ御する事の出来ぬ、その男。キリコ・キュービィー。
その物語はついに、終局へと向かい始める。



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ズガガガガッ


シャル「うぉおおおっ!」

ラウラ「はぁあああっ!」

キリコ(進行軌道上のゴーレム……数は少ないが……)

キリコ「ラウラ、ゴーレムの残機数はわかるか」

ラウラ「先刻の作戦で40機程失ったらしい。残り7、80機という所だ」

シャル「えっと……ひ、一人20機ちょっとを相手にする……」

キリコ「……」


ラウラ「ふっ、なぁに。艦の防衛に当たってるのは、その半分もいない。そのくらいは何とかできるさ。
    さぁ、もう成層圏を抜けたぞ。まだ地球にいるゴーレムに追いつかれる前に、叩くんだ」

シャル「そ、そっか……わかった!」

キリコ「……」

ラウラ「さぁ、そろそろ身構えておけ。ゴーレムだけじゃなく、戦艦の射程範囲にも入るからな!」

シャル「了解!」

キリコ「……」



死ぬ事の無い兵士。死ぬ事すら、許されない兵士……。
俺達は、遂に動き出した。
両の手足を装甲に包み、不可視の盾に身を任せる。
IS。その圧倒的な武力を、身に纏い。

——


   第十五話
   「瞑目」


——



『軌道上ゴーレム、既に10機破壊されました!』
『尚もこちらに進行中です!』


ルスケ「……こんな、馬鹿な事が……」

ウォッカム「……何故だっ……奴等は、何故……」

ルスケ「……し、篠ノ之博士に連絡を取ります……」

ウォッカム「……」

ルスケ「……」

ウォッカム「どうした。早く繋がんか!」

ルスケ「そ、それが……全く、応じません……」

ウォッカム「何処にいる!」

ルスケ「はっ……し、篠ノ之箒の安置所に……」

前スレ
キリコ「俺は……死なない!」 箒「キリコーッ!」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1367566588/)

貼るの忘れとった……


ウォッカム「ぐぐっ……ルスケッ!」

ルスケ「は、はいっ……」

ウォッカム「……人質の部屋に行くぞ」

ルスケ「りょ、了解しました」

ウォッカム「こうなっては、私も約定を守る義務も無い……」

ルスケ「……」


プシューッ


ルスケ「しかし、閣下。彼女を殺してしまえば、彼らを本当に止める事など……」

ウォッカム「まだ殺しはせん。だが、彼らに再度認識させねばなるまい。自分達が、どういう立場にいるのかを……」

ルスケ「……もしや……彼らは、自分達の能力に、気付いたのでは……」

ウォッカム「考えられん事では無い……が、それでどうする。いくら彼らが不死と言えど、あの娘はそうではない」

ルスケ「そうですが……」

ウォッカム「既に、専用機体は30機を収容した。予定よりは少ないだろうが、これでも十分戦力にはなる……」

ルスケ「……彼らは、用済み……」

ウォッカム「……彼らとの約定が反故になったのだ。致し方有るまい。戦後においても不死の兵士は有用だろうが……」

ルスケ「……」

ウォッカム「こちらに来た所で、何も出来るはずは無い。それに、殺す事はできなくとも、捕える事は出来ると言う事は、既にわかっている事だ」

ルスケ「では……捕えろと……」

ウォッカム「あぁ。ゴーレムを全機向かわせろ……早急にな。軍にも、既に知られているだろうからな」

ルスケ「はっ……」

ウォッカム(奴等め……もう少しで作戦が全て終わると言うのに……)



——


ズガガガッ
ドガンッ


ラウラ「よし、進むぞ!」


ビービーッ


シャル「ん……おっと……マズいね……」

キリコ「どうした」

シャル「地球にいたゴーレムも、こっちに向かってるみたいだ……散開してるから、纏まった数で来るには時間がかかると思うけど」

キリコ「……そうか」

ラウラ「そうなれば戦力差が開き過ぎるな……追いつかれる前に突っ込むぞ!」

シャル「わかった!」

キリコ「二人共、離れるな。ラウラは前に出ろ。その後に、俺とシャルが続く」

ラウラ「あぁ、任せろ」

キリコ「……頼むぞ」

ラウラ「ふっ……わかっているさ」

シャル「行こう!」


ギュンッ


キリコ「……」キュィイイイッ

ラウラ「敵艦射程圏内突入! 来るぞ!」

シャル「……」



……ヒュンヒュンッ
ズォオオオッ



ラウラ「私の後ろに隠れろ!」

シャル「う、うんっ!」

キリコ「……」

ラウラ「はぁああっ!」


キュウウンッ


ラウラ「ちっ……少々重いが、一方向からならどうという事はない!」

シャル「さっすがAIC!」

キリコ「油断はするな、廻り込んで来るぞ」

シャル「わかってるよ!」

キリコ「……来るぞ! 三機だ!」



『……』ギュンッ


キリコ「ラウラはそのまま前方に集中。俺とシャルで、コイツらを何とか落とす。そのまま突っ切り、どれでもいいから敵艦に貼り付くんだ」

ラウラ「了解した」

キリコ「行くぞ」

シャル「うん!」ジャキッ


ズガガガガッ


『……』カキンカキンッ


シャル「ちっ、やっぱり固いね……キリコ!」

キリコ「どうした」

シャル「僕が前に出る! キリコは援護射撃をお願い!」

キリコ「よせ、奴等の得意とするのは近距離戦だ。ラウラに背中を預けつつ、二人で距離を取らせながら相手をする方が無難だ」

シャル「平気平気! 近距離戦でも死んだりしないって!」

キリコ「……異能生存体は死なないとしても、痛みは常人と同じだ。無理はするな」

シャル「わかってる! 大丈夫、僕にも考えはあるよ!」

キリコ「……なら、任せよう」

シャル「了解!」


ヒュンッ


シャル(あいつらの武装は、バルカンとパイルバンカー……)

シャル(基本は二体一組で行動し、一体がバルカンで牽制しながら、もう一体が隙を見てパイルバンカーを叩きこむというもの……)

シャル(けど、三機以上いる時は、隙を見て他の敵を攻撃してる時もあった……)

シャル(……なら……)

シャル「翻弄しながら戦うのは、得意だよ……」ジャキッ



『……』ズガガガガッ


シャル「遅いっ!」ヒュンッ

キリコ(……シャルが、あの三機の中に踊り出た)

キリコ(確かに、異能生存体は死なない……)

キリコ(だが……)


『……』ギュンッ


シャル(高速切替……ここは、ブレードとアサルトライフルで!)ジャキッ

シャル「はぁっ!」ズガガガッ

『……』カキンカキンッ

シャル(一体、後ろに回られても……)

『……』ブンッ

シャル「ふっ!」ガキンッ

シャル(セオリー通り、近接攻撃をしかけてくるね……)

シャル(でも、来るとわかってれば、背面でだって止められるんだ)

シャル「はっ!」

シャル(このまま止めたブレードでこのゴーレムを絡め取る!)


ガシッ


『……』ピピピッ


シャル(よし! 一体捕まえた!)

シャル「キリコ! 攻撃緩めて、僕の後ろに!」

キリコ「わかった」キュィイイイッ


『……』ズガガガガッ


シャル(来たっ)



『……』バゴンバゴンッ


シャル(こうやって盾にして、フレンドリーファイアさせる)

シャル(弾も節約できるし、この作戦でいくよ!)

シャル「お疲れ、様っ!」ジャキンッ


ズドンッ
ドガァアンッ


シャル(トドメはシールドピアースで、っと……)

シャル「キリコ!」

キリコ「わかっている……」


バンッ バンッ


『……』ガキンッ



キリコ「……仕留めるぞ」

シャル「了解!(グレネードランチャーに切り替え!)」ジャキッ


ドヒュンッ
ドガァアアンッ


キリコ「……」キュィイイイッ

シャル「はぁっ!」ジャキンッ


ズドンッ
バキンッ
ドガァアアンッ


キリコ「よし、三機仕留めた」

シャル「ね? 言った通りでしょ?」

キリコ「……あぁ」

ラウラ「お取り込み中悪いがな……艦隊からの射撃が止まったぞ」

シャル「え? ど、どうして?」

ラウラ「……新手だ」



休息の間も無く、新たな敵が現れた。

虚空に広がる、鉄の波。幾千ものターレットが、冷ややかに、無機質な視線を投げかける。
この黒を、そして俺達も塗りつぶすように、騎兵達が群がっている。

アーマードトルーパー……。
俺の……始まりでもある、あの兵器達が。

シャル「凄い、数だね……」

ラウラ「あぁ、数を揃えてきたようだ……揚陸艦も入れると、ざっと万はいるか……」

シャル「……」

ラウラ「なに、ATなんか目じゃないさ。それに、あの大群だ。もう艦隊からの攻撃は薄くなると見ていい」

シャル「……そっか」

ラウラ「……が、中には、ゴーレムも紛れているだろう。それだけは気をつけろ」

シャル「……わかった」

キリコ「……シャル」

シャル「な、何?」

キリコ「また……人を殺す事になる……それでも、いいのか」

シャル「……もう、関係ないよ。今度こそ、僕が戦うのは……れっきとした敵なんだから……」

キリコ「……そうか」

ラウラ「……さぁ、行くぞ!」



キュィイイイッ


俺は、過去を糊塗しない。
それは、彼女に対する冒涜だからだ。



キリコ「……」



もう、俺の居場所は、あの鉄の棺では無い。
戦場では、無い。

俺の、居場所は……。



ズガガガガッ
ズキュンズキュンッ



ラウラ「はぁっ!」キュウウンッ

シャル「くそっ……ATは大した事無いけど、凄い数だ……集まってたら良い的だよ!」

ラウラ「あぁ……だが、まだ私の後ろにいろ! でなければ蜂の巣だぞ!」

キリコ「俺が、タイミングを見計らう。合図をしたら、散開しろ」

シャル「了解!」

ラウラ「了解した!」

キリコ「……」



俺の居場所は……仲間……。
そして……。


箒……。
彼女が、いる……。



ズガガガガッ
ヒュウンヒュウンッ
ゴォオオッ



ラウラ「ちっ……そろそろ、限界だ……」キュウウンッ

シャル「キリコッ!」

キリコ「……」


今の俺には、見えた。刹那、全ATが止まる、この短い時が。


キリコ「今だ!」

ラウラ・シャル「「!」」



キュィイイイッ


キリコ「……」



視界を奪う閃光に、己の輪郭が浮かび上がる。
自らを揺さぶる銃が、声にならない咆哮を上げ、鉄騎兵を千切ってゆく。
響くはずの無い音が、鼓膜を圧し、思考を掻き消し、戦いに埋没させる。

いつも、俺はこの感触に、己を沈めてきた。
心を閉ざし、何も考えずに、いられるように。

だが、俺の心は冴えている。
想う者が、俺を奮い立たせるからだ。


キリコ「……」


俺は、突き進む。
ただ、宿命のままに。




ラウラ「はぁああっ!」ズキュウンッ


『第1から第15中隊! あのシールドを展開するISを集中的に攻撃せよ!』


ゴォッ


ラウラ(ちっ、やはり目をつけられたか……)

ラウラ(私を取り囲むAT、概算四千……)

ラウラ(数が数だけに、私の装備ではいささか厄介だな……)

ラウラ(だが……)

ラウラ「仕掛けるっ!」ギュンッ



『目標到達予想、良し!』


ラウラ(メルキア機甲兵団……成程、中々統制はとれている……)

ラウラ(しかし、いくら統制がとれていようとこの数……)

ラウラ(乱れは、必ずある……)


『全隊、射撃用意!』


ジャキッ


ラウラ(……いたぞ、2時方向の中隊。他の者達より前方に出ている!)

ラウラ(あそこだっ!)


ギュンッ


『っ! つ、突っ込んでくる!』
『全隊、撃てぃっ!』



ラウラ(遅いぞっ!)


『う、うわぁあっ!』


ズガガガガッ


ラウラ「はっ!」キュウウンッ

ラウラ(もう懐に入った! こちらのものだ!)


ブゥンッ
ザシュッ


『うおおおっ!』


ドガァンッ


ラウラ(ワイヤーブレード、射出!)


ヒュンヒュンッ
バキンバキンッ


『うぉおっ!』
『な、何だこの武器はっ! う、うわぁあっ!』


ドガァンッ



『全隊! 再度陣形を立て直せ!』


ラウラ(また来るか……ここまで懐に入ったんだ、AICの停止結界だけでは避け切れんが……)

ラウラ(シャルロット、技を借りるぞ……)


『友軍が射線上に!』
『構わん! 撃てぃっ!』


ズガガガガッ


ラウラ(来たっ!)

ラウラ「はっ!」


ザシュッ


『ごぉっ!』


カキンカキンッ
ガキンガキンッ


ラウラ(停止結界で守れない方面は、このATが盾だ……)



ジジジジッ


ラウラ「そうら、お前らに返すぞ!」ゲシッ


『こ、こっちに飛んできやがるっ!』


ヒュウンッ
ドガァアンッ


ラウラ「ふっ……」


『や、やっぱりISはバケモンだ……』
『やってられるか!』
『援軍がもう少しで来る! それまで、奴等をひきつけるんだ!』


ラウラ(……もたもたしていれば、地球にいたゴーレム隊が群れをなしてやって来る……)

ラウラ(時間は、無い……)


ブゥウンッ


ラウラ「さぁ! このブレードで次に裂かれたい奴は誰だ!」




シャル「はぁあっ!」


ズガガガッ


『囲め! ヤツの武装ならば、この数には対処できん!』


シャル(全く、ISの事何も知らないのかな……)

シャル「行くよ……イグニッション・ブースト!」


ギュンッ


『っ! や、奴は何処へ消えた!』


ズバンッ


『うぉおおっ!』


ドガァアンッ


シャル「近接なら、このショットガンとブレードがある!」


ギュンッ



『ちっ、なんて速さだ! 捉えられん!』
『う、うわぁっ!』


シャル(いくら数を揃えても、所詮ATはAT。近距離ではこっちに分がある!)

シャル「はぁっ!」ズバンッ


『ぬあっ!』


シャル「ふっ!」ザシュッ


『ぐはぁっ!』


ドガァンッ


シャル(装甲が薄いから、良く斬れるよ……)



『い、一旦散開!』


シャル「無駄だよっ!」

シャル(高速切替……重機関銃をお見舞いしてあげるよ!)


ジャキッ


シャル「はぁああっ!」


ガガガガガガッ


『うわあああっ!』
『ぐぉおおおっ!』


シャル(今の僕らに、ATなんて物の数じゃない……)

シャル(況してや……ISだって……)


ドガァアンッ


シャル(何故なら……僕達は……)

シャル(僕達は……絶対に……)

シャル「……死なないっ!」


キリコ「……」


俺を囲む緑の騎兵達。そして、眼に刺さるような閃光をあげる弾幕。
姿勢制御機構が、鋭く振動する。
その度に、俺は幾多もの死線を交錯し、その合間に見えるかすかな抜け穴を縫うように飛ぶ。

機銃が唸り、穴を開け、敵を捻じ切るように塵芥と化す。
爆轟が体を突き抜け、辺りに散らばる鉄屑が、敵と俺を分つ。

鉄の騎兵から漏れるPL液、傷付いた体から出るその液体は、正に血と変わらない。
その血は、熱を帯びただけで発火する危険なものだ。
機体は、傷つき、呻き、炸裂する。
昔の俺と同じなのだ。



キリコ「……バルカンセレクター」


だが、ISには流れない。
いくらこの血が熱を帯びようと、いくらこの機体が傷付こうとも。
俺の血は、脈動し続ける。

俺は、突き進める。


キリコ「……」


俺の機体は、光となり、瞬くように敵陣を駆ける。
イグニッション・ブースト。あの人程ではないが、俺の得意とする技だ。
波のように押し寄せるAT。
それを割るように、一筋の光が敵を屠る。

後に残るのは、閃光と残骸のみ。



キリコ(……この包囲は、ただの時間稼ぎか……)


こうしている間にも、地球にいるゴーレム隊が、確実に近づいていた。
その数、およそ50は下らない。

あまり、時間はかけられない。


キリコ(……箒)


彼女の安全の為にも、迅速に行動しなければ。


キリコ「行くぞ……」


近づいてくる機体が十機。
機体をまた鋭と化す。


加速に乗り、ショルダータックルで一機を飛ばす。
飛ばした機体を銃で起爆させ、二体を巻き込む。
背後からアームパンチが鋭く放たれた。俺はそれを身を翻して避け、その勢いを借り、蹴りでコクピットを突き破る。
血とPL液が散華する。ゆっくりと、この暗い空間に散らばってゆく。

横から三機、ソリッドシューターとマシンガンから火を吹かせた。
弾は俺をかすめ、蹴破った機体を炸裂させた。

セレクターを単発に合わせ、三機に照準を絞る。
無駄弾は撃たない。


キリコ「……」


黒の背景に一筋に流れる弾丸。その合間にあるATという座標が、線の上で爆発する。
それを見ていた後方の三機が、ミサイルを滅多撃ちにする。
不規則な軌道を幾多も描き、俺へと突き進む。

そんなものに意味は無い。俺には、追いつくことなど出来ない。



キリコ「イグニッション・ブースト……」


ミサイルの軌跡を辿るように、光が流れた。
光が流れた後に、三つの閃光が咲く。


キリコ「……」


近づく敵を、同じように屠ってゆく。
この包囲網を、一刻も早く抜け出さなければならない。



キリコ「ちっ……」


応援に駆け付けたAT隊の一斉射撃。
何とか転身させるも、何発か被弾してしまう。

シールドエネルギーを補充したとは言え、残るエネルギーは30%を切っている。


キリコ「……」


散弾が、凄まじい反動と共に発射される。
弾は鉄にぶち当たり、幾多の炎を巻き上げる。

音も伝わらないこの空間に、けたたましく、戦場の音が張り詰めている。


キリコ「……ん?」


だが、この緊迫も、戦場はすぐさま塗り替える。

警報が、張り詰めた音を遮り、俺の中に一瞬の静寂をもたらした。
望まない展開に、眉をひそめた。

ついに来たのだ。あの部隊が。

人を持たない、あのゴーレム達が。



キリコ「シャル! ラウラ! ヤツらが来たぞ!」


青く輝く地球を背に、奴等が群がっている。
おぞましい、殺人兵器達が。


ラウラ『ちっ、予想より早いな……』

シャル『ATもまだ半分も減らせてないけど……これじゃあ……』

キリコ「……」

シャル『くそっ……キリコ! この包囲から一旦抜けよう!』

キリコ「無駄だ。この包囲から抜ければ、艦隊からの砲撃を受けるだけだ」

ラウラ『……向かえ討つしか、無いようだな』

キリコ「……あぁ」

ラウラ『行くか』

シャル『……うんっ!』



キリコ「……」



敵が誰であろうと関係は無い。
俺は、ただ倒すだけだ。

ただ、彼女に近づくだけだ。


キリコ「……行くぞ」






——

今日はここまでです
おやすみなさい


カツカツッ


ルスケ「……ゴーレム本隊が、キリコ達と交戦を始めたようです」

ウォッカム「ふっ……ようやくか」

ルスケ「本隊ゴーレム機、およそ50機……艦の防衛に回っているゴーレムも、既に任を解き、向かわせています」

ウォッカム「……そうか」

ルスケ「……しかし、軍のAT隊は、半数近くが壊滅。いくらISと言えども、これは脅威でしょう」

ウォッカム「……」


ドンドンッ


ルスケ「ん……どうした」

「こ、これは閣下……」

ウォッカム「どうしたのだ……人質の部屋を早く開けろ」


「そ、それが……ドアがロックされてしまい……」

ウォッカム「あの女め……」

ルスケ「篠ノ之博士が、何らかの細工を……」

ウォッカム「奴め……ここに籠城する気か……ルスケ! 空いているATを寄越させろ! ドアを壊せ!」

ルスケ「りょ、了解しました……」

ウォッカム「どいつも、こいつも……」



——



シャル「はぁあああっ!」ズガガガッ


『……』カキンカキンッ


シャル「つっ……固い……」

シャル(三人でこれだけ固い五十機も相手にする……普通なら、とっくに死んでるだろうね……)

シャル(だけど……僕は違う!)


『……』ブンッ


シャル「見えてるよっ!」ヒュッ

シャル(ブレードでまた絡め取って……盾に……)


『『『……』』』ピピピピッ


シャル(囲まれてる……盾にしても無駄だ!)

シャル「せいっ!」ガキンッ


ズガガガガッ


『……』バキンバキンッ


ドガァアンッ


シャル(ふぅ、けっ飛ばした推進力で何とか避けれた……)



『……』


シャル(ちっ、後ろにつかれたか……)


『『……』』ズガガガッ


シャル(イグニッション・ブーストで……)


『……』ヒュンッ


シャル(ま、前からもか!)


『……』ブンッ


バキンッ


シャル「つうっ……」

シャル(な、何とかガードしたけど……)


ズガガガッ


シャル(えぇい、怯んでる場合じゃない! 動き続けないと!)ヒュンッ



『『……』』ピピピッ


シャル(今度は二体からの挟み撃ち……)

シャル(上方向にイグニッション・ブーストを……)


ギュンッ


『『……』』ピピピッ


ドンッ


シャル(へへっ、ぶつかったぶつかった)

シャル(今度は僕の番だ……重機関銃で掃討する!)ジャキッ

シャル「行くぞ!」



ガガガガガッ


『……』カキンカキンッ


シャル「はぁあああっ!」ガガガガッ


『……』ズガガガッ


シャル「ちっ……」ヒュンッ

シャル(装甲が厚い……それに、数も多すぎる……)

シャル(ちょっと攻撃したくらいじゃ、ビクともしない……)

シャル「それに……」


『第二大隊、一斉砲火!』


ズガガガッ


シャル「くっ……」カキンカキンッ

シャル(AT隊もまだ残ってる……)

シャル(この、包囲……)


ズガガガッ


シャル(避けるので、精一杯だ……)



『……』ブンッ


シャル「うわっ!」ヒュッ


『……』グワッ


ガシッ


シャル「っ!?(し、しまった……後ろのヤツに捕まったか!)」


『……』ブンッ


ドスンッ


シャル「ぐあっ……」



ドスッ
ドスッ


シャル「ぐっ、がっ……」

シャル(ま、マズイっ……シー、ルドがっ……)


ドスッ
ドスッ


シャル「ぐっ……はぁ、はぁっ……」


『……』ジャキンッ


シャル(っ……パ、パイルバンカー……)

シャル(あ、あれを喰らったら……)

シャル「は、放せっ!」ググッ

『……』

シャル(び、びくともしないっ……)



『……』グワッ


シャル「あっ……」

シャル(う、嘘だ……)

シャル(あんなの喰らったら、死んじゃうよ……)


『……』


シャル(ぼ、僕はっ……死なないんだ……)

シャル(い、遺伝子がっ……僕を守るっ……)

シャル(キリコが、そう言ってたんだ。ウォッカムが集めた僕達は、死なないって……)

シャル(……僕は……)


『……』


シャル(僕は、死なない……)



『……』


シャル(僕は死なない僕は死なない僕は死なない僕は死なないっ!)


『……』ゴォオッ


シャル(僕はぁっ!)


バキンッ



シャル「っ——」


『……』


シャル「……」

シャル(や……やられた、の?)


『……』ジジジジッ


シャル「えっ……」


ドガァアンッ


シャル(ゴ、ゴーレムが、やられてる……)


「はぁああっ!」



ザシュッ


『……』ジジジッ


ドカァンッ


ラウラ「……無事かっ!? シャルロット!」

シャル「……」

ラウラ「ボサっとするな! 早く構えろ!」

シャル「あ……ラウ、ラ……」

ラウラ「まだゴーレムはいる! 気を抜くんじゃない!」

シャル「あっ……わ、わかった!」

ラウラ「ついてこい! 奴等を相手にするなら、固まって当たった方が良い!」

シャル「りょ、了解!」


ギュンッ



ラウラ「はぁああっ!」ズギュンッ

シャル「……」

シャル(……死ななかった……)

シャル(あの状態で……ラウラだって、自分の事で手いっぱいだったはずなのに……)

シャル(僕は、助けられた……)

シャル(……)

シャル「……ふふっ」

シャル(本当だ……キリコの言っている事は、やっぱり本当なんだ……)

シャル(僕はっ……)


シャル「……はははっ……」

ラウラ「ど、どうした」

シャル「はははっ……ははっ……」

ラウラ「シャ、シャルトット! 気を違えるな! 敵を見ろ!」

シャル「わかってるよ……落ちついてる……」

ラウラ「あぁ?」

シャル「……ふぅ……」

ラウラ「……おい」

シャル「……うぉおおおおっ!」


ギュンッ


ラウラ「!? お、おい! シャルロット!」

シャル「どけぇえっ!」ズガガガッ



『『『……』』』ピピピッ


シャル(来たねっ!)


『……』ブンッ


シャル(そんな大ぶりの攻撃!)ヒュッ

シャル「はぁっ!」ズガガガッ

『……』ガキンガキンッ

シャル(ん……今度はまた後ろか!)


『『……』』ジャキッ


シャル(バルカンなんて……イグニッション・ブーストで!)


ギュンッ


『『……』』ズガガガガッ


シャル(当たらないよ、そんなの!)

シャル「はぁあああっ!」ジャキンッ



ズドンッ


シャル「まだ、まだっ!」


ズドンッ


『……』ジジジッ


ドガァアンッ


シャル「よし一体!」


『……』ブンッ


シャル「ふっ!」ヒュッ

ラウラ『シャルロット! 出過ぎだ! こっちに来い!』

シャル「だい、じょうぶっ!」ザンッ

ラウラ『纏まって戦え! シャルロット! 死にたいのか!』

シャル「忘れたの? 僕らは、異能生存体なんだよ! 死にたくても、死なないさ!」

ラウラ『……し、しかしっ……』

シャル「僕らは……」

ラウラ『……』

シャル「死なない……死なないんだ、僕らは!」

ラウラ『……シャルロット……』

シャル「……」ジャキッ



『撃て! ゴーレム隊を援護しろ! 撹乱するのだ!』


シャル(ちっ、邪魔なAT隊だ……)

シャル「邪魔だよっ!」ズガガガッ


『うぉおっ!』
『ぐはぁっ!』


ドガァンッ


シャル「はぁあああっ!」ズガガガガッ


ラウラ「……」

ラウラ(……どうだ……これは……)

ラウラ(ATおよそ五千機……そして、IS五十機……)

ラウラ(それに、臆する事無く突っ込んでゆく……)

ラウラ(無謀過ぎる……あまりにも無謀過ぎる、戦い方だ……)

ラウラ(敵に姿を晒し、十字砲火を受け、それでも銃を握り続ける……)

ラウラ(これが……死なないとわかっている者の、戦い方……)



シャル「ちっ……」カキンカキンッ


ラウラ(……精神が不安定だった彼女に、与えられた一筋の光……)

ラウラ(異能、生存体……)

ラウラ(彼女を助長するには、あまりにも大き過ぎる話……)

ラウラ(私達を、鼓舞するには、あまりにも甘美な誘惑……)


シャル「どけぇっ!」ザンッ


ラウラ(……これが……)


キリコ「……」ヒュンッ


ラウラ(これが、異能生存体なのか……)

ラウラ(これが……私達なのか……)

ラウラ(本当に……)



キリコ「……」バンッ


『……』ガキンッ


ズドォオンッ


ラウラ「……」

ラウラ(恐ろしい……)

ラウラ(ペールゼンの提唱した、死なない兵士……)

ラウラ(それが、こんな……)


『……』グワッ


ラウラ「っ!?」

ラウラ(し、しまった……背後を……)


ズドンッ

『……』ジジジッ

キリコ「……」

ラウラ「キ、キリコ……」


バキンッ
バキンッ


『……』ジジジッ


ズドォオンッ


キリコ「……」

ラウラ「……」

キリコ「……ラウラ」

ラウラ「……な、何だ」

キリコ「ボサっと、するな」

ラウラ「……あ、あぁ」

キリコ「……」ズガガガッ

ラウラ「……」

キリコ「ラウラ、援護してくれ」

ラウラ「……」

キリコ「ラウラ!」

ラウラ「……な、なぁキリコ!」

キリコ「……何だ」バンッ

ラウラ「わ、私も……い、異能、生存体……なのだな」

キリコ「……」

ラウラ「本当に、私も……」

キリコ「……後にしろ」

ラウラ「答えてくれ!」

キリコ「……」

ラウラ「私も……」

キリコ「……」

ラウラ「私も、お前達のように……」

キリコ「……そうだ」

ラウラ「……」

キリコ「……お前も、そうだ」

ラウラ「……そうか」

キリコ「……」ズガガガッ

ラウラ「……私達は……」

キリコ「……」

ラウラ「生きられる、体なんだよな……」

キリコ「……あぁ」

ラウラ「……」


キリコ「……」ズガガガッ

ラウラ「……すまない。取り乱した」

キリコ「やれるか」

ラウラ「……あぁ、やれる」

キリコ「……」

ラウラ「やれるさ……」

キリコ「……」

ラウラ「私も、お前達と同じ……」

キリコ「……」

ラウラ「異能、生存体……」


ジャキッ


ラウラ「……はぁああっ!」ズギュンッ

キリコ「……」


ラウラ「やるぞ……私は……」

キリコ「……」

ラウラ「私も、お前と、シャルロットと同じなんだ……」

キリコ「……」

ラウラ「生き延びて、お前の大切な人を、救う……」

キリコ「……あぁ」

ラウラ「……行くぞ」

キリコ「……」



俺達の士気は、また回復したように思われた。


しかし、戦況は絶望的だった。
いくら撃とうとも、いくら倒しても、俺達を囲む波は消えない。
絶対的な数の不利。これはどうやっても覆せないものだった。


シャル「はぁっ!」ズガガガッ

ラウラ「無駄だっ!」キュウウンッ


水の中、獲物が息絶えるのを待つ狩人が、絶えず俺達を覗く。


シャル「つっ……」ガキンッ

ラウラ「まだだっ!」バシュッ



息を吸おうと水面に出ても、足に奴等の手が伸びる。
肺は満たされる事は無く、もがけばもがく程、坩堝にはまってゆく。


ラウラ「放せっ!」ザシュッ

シャル「くっ……」


痛みが、俺達を襲う。
人としての痛みが、俺達に重くのしかかる。


ラウラ「停止、結界……」キュウウンッ


『……』ブンッ


ラウラ「ぐあっ!」バキンッ




……どけ。



シャル「このっ!」ズガガガッ


『……』カキンカキンッ


シャル「突撃銃じゃ止まらないか……」ズガガガッ




俺を、行かせるんだ。
彼女が待つ、あの場所へ。



『……』ブンッ


シャル「当たんな——」


ヒュウウッ
ドガァアンッ


シャル「ぐっ……」


『撃ち続けろっ!』


シャル(ATのソリッドシューター!)


『……』ブンッ


シャル「しまっ——」



バキンッ


シャル「ぐぅっ……」


『……』ジャキンッ


ズドンッ


シャル「がっ……」

ラウラ「シャ、シャル——」


バキンッ


ラウラ「うわぁあっ!」

シャル「ま、まだ……」


『……』ジャキンッ


シャル(っ……また、パイルバンカーか……)

ラウラ「……」


『……』ゴォッ

キリコ「……」キュィイイッ


ズドンッ
バキンッ


『……』ジジジッ


キリコ「無事か」

シャル「キ、キリコ!」

ラウラ「あ、あぁ……何とかな……」


『『『……』』』ピピピッ

『全隊、再包囲せよ! 奴等をこの場から離すな!』


ゴォオオッ……


シャル「ちっ……」ズガガガッ

ラウラ「奴等め、まだ集まって来るか」バシュッ


『うぉっ!』
『うわぁっ!』


ドガァンッ



『隊列を乱すな! 被害は軽微だ!』
『囲め囲めぇっ!』


シャル「まだ、こんなに……」

ラウラ「気を抜くな! ゴーレムもいる!」


『『『……』』』ズガガガッ


ラウラ「停止結界で……」キュウウンッ

シャル「くっ……」カキンカキンッ

ラウラ「無理だ……こう囲まれては……」

キリコ「固まれ!」

ラウラ「了解!」ジャキッ

シャル「……」


『『『……』』』ピピピッ

『一斉射撃、用意!』


キリコ「……」




傷付いた体を寄せ合い、俺達は敵と対峙する。
バルカンの筒先が俺達を睨み付け、その緊張が、戦場に似つかわしくない静寂を落とした。
蟻の抜けだす穴すら見えない、全方位からの絶対包囲。
ジリジリと、しかし確実に、俺達を押し潰さんと迫って来ていた。

満身創痍、絶体絶命。

しかし、この地獄の先に、彼女がいる。
俺の宿命が待っている。

……行かせろ。
俺を……。

彼女のもとへ。


キリコ「……」


炎が、俺の中に沸き上がる。
胸が焼け、その炎に抱かれるように、喉も渇いてゆく。
鼓動が炎を焚きつけ、この渇きは止まる事を知らない。

お前の、声が聞きたい。
お前の、顔が見たい。
お前の、肌に触れたい。

笑った顔が、困ったようなあの顔が、時折見せた、俺を見る……悲しい顔が。

全てを投げ打ってでも、お前に。


異能生存体。
俺が、本当にこの生命体なのだとしたら。

俺の中にある遺伝子よ。
俺を、箒に会わせろ。

化け物と誹られようと、味方の血肉を喰らう吸血鬼と蔑まれようと構わない。
俺を、俺達をこの地獄からはい上がらせろ。


キリコ「……」


俺は……。


シャル「……」

ラウラ「……」


俺達は……。

異能、生存体……。




——

一旦ここで切ります
調子が良ければ、深夜にでも再開します



チュィイイイイッ


ウォッカム「……」

『間もなく、ドアを突破できそうです!』

ルスケ「急げ! 事は急を要する!」

『はっ!』

ルスケ「……閣下」

ウォッカム「何だ」

ルスケ「地球より集結したゴーレム隊が、どうやらキリコ達を圧倒しているようです」

ウォッカム「……」

ルスケ「このまま行けば、反乱もすぐに……」


ガンッ


『閣下! ドアを突破しました!』

ウォッカム「……」


カツカツッ


ルスケ「あっ、閣下! お待ちを! ……お前らも、ATを降りてついて来い!」

「は、はっ!」

ウォッカム「……」



「きーらーきーらーひーかーるー」


ルスケ「こ、この声は、一体……」

ウォッカム「……」

ルスケ「し、篠ノ之博士は……」

ウォッカム「……コイツだ」


束「おーそらーのーほーしーよー」


ルスケ「……これは……」

ウォッカム「……」

ルスケ「一体……」

ウォッカム「大方、あの織斑とかいうヤツが死んで狂ったのだろう」



束「まーばーたーきーすーれーばー」


ルスケ「……」

ウォッカム「コイツは、異常なまでにキリコ、コイツの妹、そして今言った織斑と言うヤツを気にかけていた。
      まるで、その三人を中心に、世界が回っているかのようにな」

ルスケ「……」

ウォッカム「……まぁ、いい。今用があるのは、コイツでは無い」

ルスケ「ですが、閣下」

ウォッカム「ルスケ。お前が言いたい事はわかる。が、物事には優先度と言うものがある」

ルスケ「……」

ウォッカム「篠ノ之博士は、また後で片付ける。廃人になったとしても、あのデュノアのように洗脳すれば良い。
      より高度な洗脳は要求されるだろうが、IS開発に問題はあるまい」

ルスケ「……了解、しました」

ウォッカム「……」


束「みーんーなーをー見ーて……る……」


ウォッカム「……人質の状態を見ろ」

ルスケ「はっ」



束「きーら……きら……」


ルスケ「バイタル、何ら異常はありません」

ウォッカム「……」


束「……きら……」


ルスケ「キリコ達に、通信を繋ぎます」

ウォッカム「あぁ」


束「……」


ルスケ「……」

ウォッカム「……」


束「……うああああああっ!」バッ


ルスケ「っ!?」

ウォッカム「ぐおっ!」ドサッ



束「ああああああっ!」グググッ


ウォッカム「ぐっ……こ、こい……つ……」

ルスケ「閣下! コ、コイツを引き剥がせ!」

「はっ!」
「放さんか!」ガシッ

束「うわぁっ!」バキッ

「ぐおっ!」

束「だぁっ!」ブンッ

「ぬはっ!」ドサッ

ルスケ「なっ……(あの体勢で、ここまで投げ飛ばすとは……)」

束「ふぅっ、ふぅっ……」グググッ

ウォッカム「っ……ぬぅ……(バカな……コイツの、どこに……こんな力が……)」

束「はぁっ、はぁっ……」グググッ

ウォッカム「……ぐっ……」



チャキッ


束「……」グググッ

ウォッカム「はな、せ……でなけ、れば……」

束「……」

ウォッカム「貴様を……撃つ……」

束「……」

ウォッカム「……」

束「ふぅっ、ふぅっ……」グググッ

ウォッカム「っ……ぬぉお……」

ルスケ「閣下!」バッ

束「ぬわぁあっ!」ブンッ

ルスケ「ぐおっ!」バキッ

ウォッカム「ルス、ケ……」


束「……ふふふっ……ふふふふふっ……」

ウォッカム「ぐぅっ……ぬっ……」

束「終わりだ……全部終わりだ……」

ウォッカム「き、さま……」

束「死んだ……私の……」

ウォッカム「ぐ……お……」

束「……準備は、整った……」

ウォッカム「……」

束「あははははははっ!」

ウォッカム「……」

束「全てが——」

ウォッカム「っ!」

束「もう——」

ウォッカム「……」



ズギュウウンッ


ウォッカム「……」

束「……」


ドサッ


ウォッカム「はぁっ……はぁっ……」

ルスケ「か、閣下っ……ご無事ですか」

ウォッカム「あぁ……問題無い」

ルスケ「……しかし……」

ウォッカム「……」


「……」



ウォッカム「……どうだ、ソイツは」

ルスケ「……即死です。心臓に命中しています」

ウォッカム「……クソッ」

ルスケ「……これでは……」

ウォッカム「言うな……あぁしなければ、こちらが死んでいた」

ルスケ「……」

ウォッカム「……」

ルスケ「閣下」

ウォッカム「何だ」

ルスケ「彼女は……最期に、閣下に向けて何か言っていたようですが……それは、一体……」

ウォッカム「……」

ルスケ「……閣下」


ウォッカム「……全てが、手遅れだ。もう、お前は終わりだ……そう、言っていたな」

ルスケ「……手遅れ……一体、どういう……」

ウォッカム「わからん。狂いに狂った人間の最期の言葉だ……何が言いたいのか、それが本当なのかもな」

ルスケ「……」

ウォッカム「……当面は、あの奪った専用機やゴーレムがある。設定程度なら、コイツがいなくともできる」

ルスケ「……はい」

ウォッカム「……人質の作業に戻るぞ」

ルスケ「はっ」

「う、うぅ……」
「……」

ウォッカム「お前達、その遺体を片付けておけ」

ルスケ「ボサっとするな! 早くしろ」

「は、はっ!」

ウォッカム「……」

ルスケ「……では、人質をカプセルから出します」

ウォッカム「……あぁ」

ルスケ「……」カチカチッ

ウォッカム「……」


ルスケ「……ん?」カチカチッ

ウォッカム「どうした」

ルスケ「そんな、馬鹿なっ……」

ウォッカム「何だ、ルスケ」

ルスケ「カプセルが、ISのシールドによって守られています……」

ウォッカム「何っ!?」

ルスケ「アクセスも受け付けません……」カチカチッ

ウォッカム「ぬうっ……篠ノ之め……先程の言葉は、こういう意味か……」

ウォッカム(……こういう、意味なのだろうか)

ルスケ「何とか、アクセスできるようにしてみます」

ウォッカム「急げ! 何としても解くのだ!」

ルスケ「はっ!」

ウォッカム「……」

ルスケ「……」カチカチッ



ビービーッ


ルスケ「ん、どうした……」

ウォッカム(通信……奴等を捕えたか……)

ウォッカム(それなら脅威にはならん……が、人質を自由にできないのでは、不安が残る)

ウォッカム(このまま、ハッキングを……)

ルスケ「……ば、馬鹿なっ!」

ウォッカム「……」

ルスケ「そんなはずはない! もう一度命令伝達を試みろ!」

ウォッカム「……ルスケ、どうした。まさか、彼らが死んだ訳ではあるまいな」

ルスケ「……」

ウォッカム「……どうした。通信の内容は」

ルスケ「ゴ、ゴーレムが……」

ウォッカム「ゴーレムがどうした。まさか、あの三人のどれかを殺した、などと言うのではあるまいな。
      しかし、間違っても奴等は……」


ルスケ「ゴーレムが、コントロール不能に、なりました……」

ウォッカム「何っ!」

ルスケ「全く、こちらからの干渉を受け付けません! それどころか、勝手に動き出している機体もあるようです……」

ウォッカム「……篠ノ之」

ウォッカム(先程の言葉の意味は、こういう事だったのかっ!)

ウォッカム「ルスケッ! ゴーレムのコントロール回復を早急にやらせるんだ!」

ルスケ「や、やらせています!」

ウォッカム「ぐっ……何故、こんな事が……」





——

寝る
今回はここまでです



キリコ「……」

ラウラ「完全に囲まれたか……」

シャル「別に、囲まれたって!」

キリコ「よせ!」

シャル「はぁああっ!」ズガガガッ



『『『……』』』カキンカキンッ


シュウウッ……


シャル「はぁ、はぁ……」

ラウラ「っ……」


『『『……』』』


キリコ「……ん?」

シャル(……は、反撃してこない?)

ラウラ「……どうしたんだ、これは」

キリコ「……」

シャル「……ゴーレムの動きが……止まってる」

ラウラ「……沈黙、しているな……」

キリコ「動力切れか?」

ラウラ「いや、一斉に切れるという事は……」

キリコ「……命令によって、止まったと言う事か」

ラウラ「そ、そう考えるより他は……し、しかし……」

シャル「ど、どうして……」


『『『……』』』ジャキッ


シャル「ま、また構えた!」ジャキッ

ラウラ「ちっ、やはり命令待ちだったか!」

キリコ「!? 待て、二人共!」



『『『……』』』ズガガガッ

『な、何だ!? ゴーレムがどうしてこちらを——ぬわぁあっ!』
『おい! 俺は味方だ! う、うわぁあっ!』


『『『……』』』ズガガガッ


キリコ「……」

シャル「ど、同士撃ちし始めてる……」

ラウラ「……どういう、事だ?」

キリコ「……」


ビービーッ


キリコ(……通信? こんな時に、誰だ?)


ピッ


キリコ「……こちら、キリコ・キュービィー」

『……』

キリコ(ノイズが酷い……一体、何なんだ……)

『……キリ……ちゃん』

キリコ「?」

『キリコ、ちゃんに……最期の、メッセージを残し、ます……』

キリコ(この声は……束か)

キリコ「何の、用だ」

束『このメッセージが流れていると言う事は、私は……もう死んだって言う事になるのかな』

キリコ(死ん、だ? どういう、事だ……)

束『私が……狂う、前に……このメッセージを遺します』

キリコ「……」

束『私が遺す、最後のメッセージ……』

キリコ「……束」

束『多分、キリコちゃんは私の事を、良くは思ってないと思う』

キリコ「……」

束『それも、しょうがない事だと、思う。けど、私は間違った事はしていないと、思ってた。
  この戦争を起こした事は……』

キリコ「……」

束『異能生存体。この能力は、絶対に戦争に利用される。戦争、もしくはキリコちゃん、そのどちらかが消えない限り、
  私達に平穏は訪れない。それは、あのサンサで思い知ったんだ』

束『だから、この戦争に加担した。全て順調なはずだった。
  ちーちゃんだって、箒ちゃんだって、きっと戦争が無くなれば良いって思ってるって、そう思ってた』

束『……それは、少し違ったみたい。ちーちゃんは、戦争は無い方が良い。けど、無くなるはずがないって言ってた。
  最初から、私の計画は破綻してるんだって、力で戦いの無い世の中なんて、創りだせる訳が無いって、言ってた』

束『……そのちーちゃんも……死んだっ……』

束『……私は……私は、ただ……』

束『四人で、楽しく過ごしたかっただけなのにっ……』

キリコ「……」

束『……キリコちゃんに遺す、最期の償い。私が死んだら、メルキア軍にゴーレムが攻撃するようにしておいた。
  箒ちゃんがいる、この艦を除いた全てのメルキア軍が攻撃対象』

キリコ(……そういう、ことか)

束『メルキア軍全てを倒す事は出来なくても、箒ちゃんを助け出す為の時間稼ぎにはなると思う。
  だから、お願い……』

束『箒ちゃんだけは……私の妹だけは……助けてあげて、下さい……』

キリコ「……」

束『ゴメン……ゴメンね……』

束『こんな事に、なっちゃって……』

束『せめて、二人だけは……絶対に、生き残って……』

束『それが、私の最期の、願い……』

キリコ「……」

束『……それと、ね……もう一つ、プレゼントを用意しておいたから』

束『箒ちゃんの所にくれば……開くように、なってる……』

束『……あはは、この期に及んで、だけどね……』

キリコ「……」

束『……絶対に、生き延びて……』

束『……お願い……お願いっ……』

束『……通信、終了。じゃあね……キリコちゃん……』


プツッ


キリコ「……」

ラウラ「……誰からだった」

キリコ「……束、さん……からだ」

ラウラ「……彼女が、この暴動を起こしたのか」

キリコ「あぁ」

ラウラ「なら、合点がいくな……」

キリコ「元々、こうなる事を、見越していたのかも知れないな」

ラウラ「あぁ……しかし、そうなると博士は……」

キリコ「……死んだ、らしい」

ラウラ「……そうか」

キリコ「……」

ラウラ「……旧知の、仲だったんだろう?」

キリコ「……まぁ、な」

ラウラ「……辛いだろうが、このチャンスを逃す訳にはいかない」

シャル(……僕達が窮地に立ってから……ゴーレム達が造反を起こした……)

シャル(砂漠の時みたいに……嘘みたいなタイミングで……)

キリコ「……そうだな……これで、箒を救いに行く事ができる」

ラウラ「……あぁ。そういう事だ」

シャル「……」

キリコ「シャル、大丈夫か」

シャル「……」

キリコ「おい、シャル」

シャル「……あ、ゴメン……うん、大丈夫」

キリコ「……どうした。体にダメージが蓄積しているか」

シャル「ううん、違うよ。ただ……自分が、本当に異能生存体なんだなって、実感してただけ」

キリコ「……」

ラウラ「……この状況も、私達が捻じ曲げて作ったものなのかもな……」

ラウラ(人の命を、犠牲にして……)

キリコ「……」

シャル「ふふっ……本当に、凄いんだ。僕らは……異能、生存体は……」

ラウラ「……もう、信じざるを得ないな」

シャル「まだ、疑ってた?」

ラウラ「そ、それは……まぁ、いくらキリコの言った事でも、突拍子が無さ過ぎて、な……」

シャル「あはは。まぁ、僕もラウラに助けて貰った時に、ようやく完全に信じたんだけどね」

ラウラ「ふっ……あまり大差ないじゃないか」

シャル「えぇ? そんな事無いよ」

ラウラ「いいや、大有りだ。というか囲まれたついさっきまで、お前だって諦めかけてたんじゃないのか?」

シャル「うっ……そ、それは……」

ラウラ「全く、やはり図星じゃないか」

シャル「……あ、あはは……」

キリコ「……」

ラウラ「……弾薬、シールドエネルギー共に限界近くだな」

シャル「まぁ……こればっかりはどうしようもないね」

キリコ「……のんびりしている暇は無いぞ。早く、箒のいる艦に乗りこむんだ」

ラウラ「そうだな」

シャル「うんっ、了解だよ」

キリコ「ゴーレムが止めていると言っても、艦隊とATの攻撃は、まだ機能している。二人共、気を抜くな」

シャル「大丈夫大丈夫!」

ラウラ「あぁ、油断はしないさ」

キリコ「……行くぞ」


キュィイイイッ


キリコ「……」


『に、逃げたぞ! 追え!』
『だ、駄目です! ゴーレムがそこらじゅうで……う、うわぁああっ!』


シャル「良い混乱具合だね。これなら突っ切れるよ」

ラウラ「目標の艦は、一番奥の方に陣取っている。急がねばならんな」

キリコ「……あぁ」

シャル「よーし、じゃあ行っくよ!」ヒュンッ

ラウラ「お、おい! シャルロット! 待て!」ギュンッ

キリコ「……」キュィイイッ


『む、向かえ討つんだ!』
『ちっ!』


ズガガガガッ


キリコ「……」ガクンッ キュイッ

シャル「当たるかぁっ!」ギュンッ


『ひっ!』


シャル「はぁっ!」ズバッ


ドガアアンッ


シャル「目標の戦艦、見えてきたよ!」

キリコ「あぁ、こちらも確認した」

ラウラ「ギーガ級……ATとISの母艦だ。やはりデカイな」

キリコ「あの戦艦には、ゴーレムの攻撃が加わっていない。攻撃は、俺達へ集中的に来るだろう。
    絶対に、気を抜くな」

シャル「了解」

ラウラ「あぁ、了解した」

キリコ「……」

ラウラ「射程圏内まで残り2000……」

シャル「……」

ラウラ「……入るぞ! 私の後ろにいろ!」


ゴォオオオッ……
ヒュンヒュンッ
ズガガガガッ


シャル「ちっ……」ヒュッ

キリコ「……」キュィイッ

ラウラ「……」キュウウンッ

キリコ「底部の入口が見えるか」

ラウラ「あぁ、見えるぞ」

キリコ「そこから侵入する。底部の銃座はいたる所に配備されている。各自、注意しておけ」

シャル「わかった」

ラウラ「了解だ」


ズガガガッ


ラウラ「邪魔な銃座だっ!」ズギュンッ

シャル「うぉおおおおっ!」カキンカキンッ

キリコ(……入口が開いた)



ヒュンヒュンッ


ラウラ「AT隊の増援が来たぞ!」

シャル「温存兵力があったのか……」

キリコ「……もたもたと戦っていたら、逆に不利だ」

シャル「それじゃあ……」

ラウラ「突進する方が、良いだろうな」

キリコ「まだ弾に余裕がある。俺が先行するから、お前達は後方から援護しろ」

シャル「わかった!」

ラウラ「あぁ」


『敵はIS三機だ。いくらISと言えども、かなり消耗している。絶対に、艦内にいれてはならん!』


キリコ「……」

ラウラ「まるで、巣から這い出る蟻のようだな……」

シャル「……うん」

キリコ「……俺に、続け」


蟻の巣から這い出るように、数えきれない程のATが群がって来る。
ソリッドシューターを構え、スコープを覗く。
今の状況なら、どこに撃っても弾は当たるだろう。

しかし、残された弾は少ない。
この少ない弾で、この膨大な装甲騎兵の群れの中に、俺達は道を開かなければならない。

指が屈折し、引き金が撓む。
筒の中が律動し、火薬が弾け、弾薬が敵を射抜く。

心臓から血管へ、血管から毛細血管へ。
血がそう流れていくのと同じような、この動作。
この動作の最初から、俺の狙いは始まっている。


キリコ「……」


一発が、近くの敵に当たる。
それと同時に、俺の機体が唸りをあげ、今まさに炸裂せんとしている機体の懐に入った。

そいつを蹴り飛ばし、他の騎兵にぶち当てる。
複数が爆発に巻き込まれ、その跡に、少しの隙間が空く。

崖と崖に挟まれ、体一つを捻じ込むのがやっとの道。
俺達は、そんな隙間を空けつつ、最小の動きで進んでゆく。


ラウラ「ちっ、あの銃座が厄介だ。シャルロット! 落とせるか!」

シャル「任せて!」


戦艦との距離はそう無い。手を伸ばせば届くのではないかと思う程の、わずかな距離。
そのわずかな距離が、遥か遠くに感じられる。

泥沼が身を絡め取り、底へ引き下ろそうとしているようだった。
そんな中、一歩、また一歩と、落ちてゆく足を上げ、進んでいた。
しかし、歩幅は泥の中で思うように伸びず、そのじれったい思いだけで窒息しそうになる。


キリコ「……っ!」


俺が一瞬止まった隙を突いて、一体のATが突進を仕掛けてきた。
速度を妨げる物の無いこの空間。威力を乗せた鉄巨人の突進を受けた俺は呻いた。

掴まれそうになったが、何とか体勢を立て直してからその腕を逆に掴み返し、関節部にアームパンチを叩きこんだ。
関節部のPL液が弾け、ATが怯んだ。
すかさず身を躍らせ頭部にもう一撃叩きこむと、小さな電流を流し、ATは静かに散華した。


俺のシールドエネルギーはもう枯渇寸前だ。
後ろにいるシャルとラウラも同じだろう。
もう戦艦までの道は中腹まで来ているが、失ったエネルギーと弾薬は、半分を超えている。

しかし、二人の士気は衰えていない。
そればかりか、むしろ上がっているようにも見える。

自らを追い込めば追いこむ程、この環境が自らの味方になると、盲信しているからだ。

銃を握る手も、敵を睨む双眸も。全てが気に満ち溢れている。
自ら殺した友への償いが、自らに宿る特異遺伝子が、彼女達に気迫を与えていた。


キリコ「……」


俺は、不死の部隊に背を預け、また道を拓く。
距離はもう八割は進んだ。後はあの大きく開け放たれた口の中に、飛び込むだけだ。

しかし、ここに来て、その入り口が閉ざされ始めた。
今の武装では、こじ開ける事もままならない。
地獄の大窯。その中に、飛び込むだけなのだ。
だが……。


ラウラ「キリコ! もう弾が無いぞ!」

シャル「あれだけ積んでたのに、僕もだ!」

キリコ「……」


……道は、後少しだ。


キリコ「……突っ込むぞ」

シャル「それしかないか!」

ラウラ「あぁ、だろうな!」


そんな無謀な案にも、誰一人怖じる者はいない。

機体がまた唸りをあげ、俺を揺さぶる。
そして、瞬く間に速度に乗った。


キリコ「……」

ラウラ「ちっ、やはり全方位からでは、凌ぎきれん……」

シャル「構うもんか! 突っ切るんだ!」


飛び交う弾丸が、機体の上で弾ける。
何度も何度も、弾丸の波に呑まれそうになりながら、突き進む。

入口まで、後500。


シャル「……」


300。


ラウラ「……」


100。


キリコ「……行くぞ!」


そして……。


シャル「入った!」


閉ざされるシャッターの僅かな隙間をすり抜け、俺達は艦内に侵入した。
やっと、辿りついたのだ。この場所に。

箒……。
俺は、ついにここまで来た。
待っていてくれ。

俺が、すぐに助ける。


キリコ「……」


シュウウンッ……


シャル「ISが、強制解除……」

ラウラ「あれだけの弾丸をもろに喰らったからな。致し方あるまい」



「艦内に侵入されたぞ!」
「いたぞ! 撃て!」


ズキュンズキュンッ


ラウラ「ちっ……カバーしろ!」


バッ


シャル「中に入ったは良いけど、これじゃ進めないね……いや、でもどうせまた突っ込んじゃえば……」

キリコ「異能生存体と言えども、怪我はする。苦しみは常人と変わらない。あまり、良い策では無い」

ラウラ「同感だ。幸い、ここにはATがわんさかある。脇にいくらでもATがある。そいつを、少し借りようじゃないか」

キリコ「あぁ」

シャル「AT……」

ラウラ「なぁに、ATは基本的に誰でも扱えるようになっている。
    操縦もさして難しくないし、ミッションディスクが基本動作をやってくれる。お前なら、すぐ使いこなせるさ」

シャル「……わかった」

ラウラ「よし、じゃあ……行け!」


バッ
タタタッ

「あそこだ! 出てきたぞ!」
「撃ちまくれ!」


ピシュンピシュンッ


シャル「わぁっ!」

キリコ「……」タタタッ


バッ


キリコ「……」シュイッ


ガチャンッ


キリコ(ケーブルセット……動作、できる)


ブィンッ……
ガインッ ガインッ


「奴等を絶対に乗せるな!」


シャル『ふふっ、もう乗っちゃったよ』

キリコ「ラウラ、シャル。乗ったか」

ラウラ『あぁ、乗った。デフォルトの周波数から変えるぞ。キリコに関わる数字だ、わかるな』

シャル『オッケー!』



ジジッ


ラウラ『キリコ! 箒がいる場所はわかるか!』

キリコ「あぁ。だが、艦内部全てを把握している訳では無い。大まかな位置しかわからない」

ラウラ『十分だ。で、大体どの辺りかわかるか?』

キリコ「ここと逆側だ。層をいくつか超えなければならない」

ラウラ『わかった。では私が前を行く。キリコはしんがりだ。シャルロット! お前は間で援護をしろ、できるか!』

シャル『うん! 任せて!』

ラウラ『ようし、では行くぞ!』


キュィイイイッ


「ATが奪われたぞ!」
「急いでATに乗りこめ!」


キリコ「この通路の先に、もう一つAT搬入用のリフトがあったはずだ。そこが近道になる」

ラウラ『そうか。ならそこへ向かうぞ!』


ゴォオオッ


シャル『シャ、シャッターが閉じかけてるよ!』

ラウラ『ちっ、最大速度で突っ込め! ATは時速80は出る!』

キリコ「……」ガキンッ


キュィイイイッ


ラウラ『よし、通った!』

シャル『キリコッ! 早く!』

キリコ「……」ピピッ ガキンッ


ゴォオオッ…… ドンッ……


キリコ「……」

シャル『ギリギリセーフ! ナイススライディング!』

ラウラ『気を抜くな。敵は人間ばかりじゃない! 艦の防衛機構もあるはずだ!』



ポヒュウポヒュウッ


シャル『レ、レーザーか!』

キリコ「進め。コイツの精度は、そう良くない。それにATの装甲もそう貫けないようだ。動いていれば脅威ではない」

シャル『わ、わかった!』


キュィイイイッ


シャル『シャッターで遮断されたせいで、暗くてよく見えない……』

ラウラ『我々の行く道はバレているようだな』

キリコ「らしいな。だが、逆に言うなら道は合っている、そう見て良いという事だ」

ラウラ『そうだな』


ポヒュウポヒュウッ


ラウラ『ふんっ! こんな物、裸の間抜けにしか効きはしない! 速度を落とさず突っ込め!』

シャル『了解!』

キリコ「……」



キュィイイイッ


シャル『明りが見える……出口だ!』

ラウラ『よし、出たぞ!』

キリコ「……見えた。あれがリフトだ」

ラウラ『ちっ、遮蔽物になりそうな物が無いな』

シャル『あっちの方から、ホイール音が聞こえる。増援が来るみたいだ』

ラウラ『これ以外道が無いか』

キリコ「悠長な事は言ってられない。乗るぞ」

シャル『了解』

ラウラ『あぁ』


ガインガインッ


キリコ「……」カチッ


ゴォオオッ……


「いたぞ! リフトだ!」
「殺せぇっ!」


ズギュウンッ
ズガガガガッ


キリコ「……」ズギュウンッ

シャル『このっ!』ズガガガガッ

ラウラ『やられる前にやるんだ!』バシュウッ


「ぬおおっ!」
「うわぁあっ!」


ラウラ『ちっ、遅い……もっと早くならないのか、このリフトは』


「機体じゃなく、リフトを狙え!」


バシュウッ
ドガァアンッ


ラウラ『うおっ!』

シャル『ラウラ!』

ラウラ『ちっ、リフトが止まった』

キリコ「ラウラ、俺のリフトに飛び乗れ」


「ようし、止まったぞ!」
「アイツを狙い撃て!」


ラウラ『あ、あぁ!』



ガインッ バッ


ラウラ(よし、これなら……)


ドガァアンッ


ラウラ『うぉおおっ!』グラッ

ラウラ(だ、駄目だ! これでは届かない!)

キリコ「ラウラ!」


ガシッ


ラウラ『ぐっ……』

キリコ「……無事か」

ラウラ『あ、あぁ……どうにか、ぺしゃんこは免れたようだ』

キリコ「……放すなよ」

ラウラ『あぁ、わかっているさ……』



ズガガガガッ


ラウラ『ちっ、吊るされた私は良い的か……舐めおって!』ジャキッ


ズガガガッ


「うわぁっ!」
「ぐわぁっ!」


ラウラ『今だ! 引き上げてくれ!』

キリコ「……」カチッ


グイッ


ラウラ『はぁ、はぁ……』

キリコ「無事か」

シャル『ラウラ! 無事!?』

ラウラ『あぁ、何ともないさ』

シャル『ふぅ、よかった……』



ゴォオオッ……


「ちっ、リフトが上についたか……」
「Bルートへ行け!」


ラウラ『よし、まだここは敵が来ていないようだ』

シャル『キリコ。道はどっち?』

キリコ「ここを直進して、右のはずだ」

ラウラ『了解した』

シャル『行くよ!』


キュィイイッ


キリコ「ここだ」


「来たぞっ!」
「迎撃用意!」


ズガガガッ


キリコ「……やはり、封鎖されているか」キュウンッ

シャル『どこもかしこも……』

ラウラ『この道はマズイな。早くしないと後方から挟みうちを喰らうぞ』


キリコ「スモークディスチャージャーは無いのか」

ラウラ『いや、無いな。通常作戦用の機体だ。標準的な装備しかない』

キリコ「そうか。どうやら突っ切るしかなさそうだ」

ラウラ『あぁ……』

キリコ「行くぞ、続け!」


キュィイイイッ


「おい、来たぞ!」ズガガガッ


キリコ「……」キュィイイッ


「ちっ、突っ込んできやがる!」


ズドンッ
バキンッ


「ぐぉおっ!」


キリコ「この先だ!」

ラウラ『シャルロット! 止まるなよ!』

シャル『わかってるよ!』


キュィイイッ


ラウラ『邪魔だ!』


ズガガガッ


「うぉああああっ!」


ドガァアンッ

キリコ「……」


ガゴンッ……


ラウラ『ちっ、また隔壁を閉じる気か』

シャル『前は壁で後ろは敵か!』

キリコ「後ろは俺がやる。気にせず進め」

ラウラ『わかっている!』


キュィイイイッ
ヒュンッ ヒュンッ


キリコ「……」ズガガガッ

シャル『キリコ! 抜けたよ!』

ラウラ『お前も早く来い!』

キリコ「……」キュィイイッ


ゴォオッ……


シャル『ぬ、抜けたよ!』


ゴォオオッ ドンッ……


ラウラ『クソッ、抜けたはいいが……』


キリコ「っ! しまった、ここは丸見えだ!」


「かかったぞ! 殺せ!」


ズガガガッ


シャル『む、向かいのリフトから敵が狙って来てるよ!』

ラウラ『ちっ、奴等の足場を崩せ! リフトを狙うんだ! ソリッドシューターを使え!』

シャル『わかってる!』


ドヒュウドヒュウッ
バギィインッ


「うぬわぁあっ!」


キリコ「前からも来たぞ!」

シャル『あぁもう、どこからも湧いてくる!』

ラウラ『横道がある! キリコ! こっちからでも行けるか!』

キリコ「多少回り道になるが、行けるはずだ。だが、何があるのかは知らない」

ラウラ『先に進めるだけマシだ。ここで粘ったら、ATがオシャカになる!』

シャル『死なないって言っても、流石に生身じゃね!』

キリコ「……そっちに進め」

ラウラ『よし、私に続け!』



キュィイイッ


キリコ「……」


敵の足止めを喰らうものの、俺達は一向に留まる事を知らず、進んでいる。
恐ろしい程に、俺達の進撃は止まらない。


だが、何故だ。

俺はまた、異様な胸騒ぎを覚えていた。

恐れを知らず、ただ前を行く二人。
何者にも縛られず、ただ自分の行動すべき行動をしている。
言いようのない、この状況。

俺だけが取り残され、また離されてゆく錯覚。
この中で、俺だけが影を引き摺り進んでいるのではないか。
前を行く二人が、名状しようのない感情を起こさせ、俺をかき乱していた。


キリコ「……」

シャル『——リコ』

キリコ「……」

シャル『キリコ!』

キリコ「……何だ」

ラウラ『方角はこちらで合ってるのか!』

キリコ「……あぁ。その、はずだ」

ラウラ『そうか。あまり呆けるなよキリコ』

シャル『しっかりしてよキリコ! あ、もしかして……あともう少しで箒に会えるからって、なんか浸ってたんでしょ?』

キリコ「……いや、すまない。集中する。お前達も、前を見ろ」

シャル『あはは、了解了解。でも、もう誰も追って来ないよ。後ろのも撒いたし』

キリコ「……気を、抜くな」


ゴゴゴッ……


ラウラ『……っ! 何だ、この音は……』

キリコ「……後ろだ」


ゴゴゴッ…… ドンッ……

シャル『ま、また隔壁か』

ラウラ『ちっ、マズイな。ドンドンこっちに迫って来ているぞ!』

キリコ「……」


ポヒュウポヒュウッ


シャル『またこのレーザーか! 全くどこもかしこも!』

ラウラ『構うな! 隔壁で缶詰にされたくなければ、全速力で走れ!』

シャル『わ、わかってる!』

キリコ「……」


ポヒュウポヒュウッ



ポヒュウポヒュウッ


シャル『……』

キリコ「……」

シャル『……ったく、このレーザー。やっぱりうっとうしいよ!』ジャキッ

ラウラ『構うな! 撃つだけ反動で速度が落ちる!』

シャル『落せる物は落とすべきだよ!』

ラウラ『シャルロット——』


ポヒュウッ
バキンッ


シャル『うわぁっ!』

ラウラ『!? ど、どうした!』

シャル『わ、わからない! でも、速度が上がらないよ!』ガチッ ガチッ

キリコ「レーザーで足の関節部にあるPR液を狙われたんだ」

シャル『……ダメだ! 旋回すら聞かない!』

キリコ「シャルロット! そのまま俺に機体を預けろ。そのまま押して行く」

ラウラ『それじゃあ隔壁に追いつかれる! 見ろ! もう距離は50と無い!』

シャル『くそっ……くそっ!』ガチッ



グラッ……


シャル『う、うわっ!』

キリコ「っ!(シャルの機体が、転倒したか!)」

キリコ(……避けるしか、無い……)ガチッ


ガキンッ キュウンッ


シャル『うわぁああっ!』ゴロゴロ

ラウラ『シャルロット!』

キリコ「シャルが転倒した。助けるぞ!」

ラウラ『! 見ろ!』


ゴゴゴッ……


キリコ(シャルの前の隔壁が……)

ラウラ『ちっ、助けられるか……』

キリコ「……俺達はもう通路を抜け、開けた場所にいる。あの隔壁が、どうやら最後だ。
    急げば、この先も進める。何とかなる」

ラウラ『……そうか。そうだな』

キリコ「仲間を見捨てて行く事なんて、お前もしたく無いだろう」

ラウラ『……あぁ!』

キリコ「行くぞ。もう隔壁は半分近くまで下がっている」


キュィイイッ


シャル『くそっ……動け、動け!』ガチッ

シャル『う、腕で這ってでも……』


ゴォオオッ……


シャル『か、隔壁が……もう……』

シャル『あのレーザーさえなければ、ATから出て走るのに……』

シャル『……いや、僕は死なないんだ。ATから出たって……』



キュィイッ
ガシンッ


ラウラ『うぉおおっ!』ググッ

シャル『あっ、キリコ! ラウラ!』

ラウラ『シャルロット! 無事か!』

キリコ「ラウラ。そのまま壁を持ちあげていてくれ」

ラウラ『あぁ! だが、ATの膂力じゃ、これくらい遅らせるのが限界だぞ!』

キリコ「大丈夫だ。すぐに引き摺り戻す」

シャル『……二人共……』

キリコ「シャル、掴まれ。ATから、出ないようにな」

シャル『……うん!』


ガシッ


キリコ「……行くぞ」



ググッ


キリコ「……シャル、足は完全に動かないか」

シャル『……うん……完全に起き上がれないみたいだ』

ラウラ『また、どこかで……機体を調達できれば良いんだが……』

キリコ「そんな余裕を、敵は与えてくれない。どちらかに、二人乗るしかないな」

ラウラ『あぁ……だな』


ググッ


シャル『あ、あと少し!』

ラウラ『急いでくれ! もう……』



ゴゴゴッ……



シャル『……』

キリコ「……」

ラウラ『……何の音だ』

キリコ「……! 向こうの隔壁が上がって来ているぞ!」

ラウラ『何だと?』


「いたぞ! 一機倒れてる! 仕留めるんだ!」


ラウラ『ちっ、止まったと見て増援を送り込んできたか!』


ズガガガッ


シャル『うわ、うわあっ!』カキンッ

キリコ「機体をむやみに動かすな! シャル、あと少しだ!」


「撃て撃て!」


キリコ(二連装ミサイルを使うしか、ない……)



ドヒュウッ
ドガァァンッ


「うわぁあっ!」


キリコ「……」

キリコ(……よし、俺の機体は隔壁を抜けた……後は、引くだけだ)

ラウラ『ぐっ……いそ、げ……私のATも限界だ……』グググッ

シャル『キリコ!』

キリコ「じっとしていろ」

シャル『うん!』


ゴゴゴッ……


キリコ(っ! 隔壁の降りる速度が上がった!)

キリコ「ラウラッ!」

ラウラ『っ……急げぇっ! もうダメだっ!』

キリコ(もう、ATが通れる幅が無くなったか……)

キリコ「ちっ……シャル! ATから降りてこちらに走れ!」

シャル『わ、わかった!』ガチッ

キリコ「……」

シャル『……』ガチガチッ

キリコ「早くしろ!」

シャル『あ、開かない! 開かないよ!』

キリコ「何?」

シャル『キリコッ! 開かない! キリコッ!』ガチッガチッ

キリコ「落ちつけ! ゆっくりと操作してみろ」

シャル『ダメだ! 言う事を聞かない!』

キリコ(さっき当たった銃弾か……)


キュィイイッ


キリコ(ローラーダッシュの音……)


「クソッ、もう逃がさねぇぞ!」
「一機残ってる! やっちまえ!」


キュィイイッ


キリコ(また増援が来たか!)

シャル『キリコッ!』

キリコ「手を伸ばせ! まだ何とかなるはずだ!」

シャル『くっ……』ググッ

キリコ「掴むぞ!」ググッ

シャル『キ、キリコッ!』


「死ねっ!」


ズガガガッ


ラウラ『っ!』バキンッ


ゴォッ
ドンッ


キリコ「っ!?」



ブヂッ


シャル『あっ、あぁ……う、腕が……隔壁に潰された! 待って! キリコ! ラウラ!』

キリコ「シャル! ……ラウラ! 壁を上げろ!」

ラウラ『無理、だぁっ……片方の腕が潰された! もう、上がらないっ!』


キュィイイッ
フィウンンッ……


「けっ、手間取らせやがって!」
「ようやく追い詰めたぞ……」


シャル『や、奴等が……目の前に!』

ラウラ『シャルロット!』

キリコ「……俺も持ちあげる!」


ググッ


キリコ「……」

ラウラ『だ、ダメだ……二人掛かりでも持ちあがらん!』

キリコ「……シャ、ル……」ググッ

ラウラ『クソッ……』

シャル『ラウラ! キリ——』



ズドンッ ズドンッ
バキンッ バキンッ


ラウラ『っ……』

キリコ「……」

ラウラ『な、何の……音、だ……』


ズドンッ バキンッ
ズドンッ バキンッ


ラウラ『……』

キリコ「……」


火薬と鉄が弾ける音が、幾度となく響いた。
耳をつんざくようなその音の後に訪れた、痛々しいまでの静寂。
俺達が必死になって開けようとしていた、この壁の隙間から、漏れ出る何か。

広がってゆく。赤い、液体。

ラウラ『……』

キリコ「……」

ラウラ『……あぁっ……』

キリコ「……」

ラウラ『……おい……おい、これって……』

キリコ「……」


「おい! まだこの壁の向こうにいやがるぞ!」
「ちっ、隙間からなんか撃ちこんでやれ!」


キリコ「……行くぞ、ラウラ」

ラウラ『……』

キリコ「……ラウラ!」

ラウラ『い、今のは……この、液体は……』

キリコ「……急げ。奴等は、また来る」

ラウラ『……シャルロット!』ガンッ

キリコ「ラウラ、聞くんだ」

ラウラ『キリコ! お前も……お前もこの壁を上げろ! 早くしろ! シャルロットが敵に囲まれた!』

キリコ「……」

ラウラ『いくら死なないと言っても、アイツは……アイツは脆い、精神的に……だから、私達が……』ググッ

キリコ「……あの赤い液体は……PR液じゃ、ない」

ラウラ『……シャルロットは……』

キリコ「シャルの……アイツの血だ」

ラウラ『っ……』

キリコ「彼女は、死んだ。確実に」

ラウラ『……馬鹿言え! アイツは、私達と同じ異能生存体だ! お前が言ったんだぞ!
    私達は死なないと!』

キリコ「……」

ラウラ『ペールゼンが集め、ウォッカムが集めた私達だ! 砂漠でも、ゴーレムの猛攻からも、彼女と私は生き残った!
    彼女も異能生存体だ! シャルロットは!』

キリコ「……あれ程までの血が流れて来たんだ。きっと、シャルは原型も留めていない」

ラウラ『……嘘だ……あれは、PR液だ……あれは……』

キリコ「……シャルは、死んだ」

ラウラ『っ……』

キリコ「彼女は、不注意過ぎた。あの時、少しでも速度が落ちるような真似をしていなければ、そのまま抜けられた」

ラウラ『……そんな……そんな理由で……』

キリコ「……戦場とは、そういう場所だ。お前は、軍人だ。それくらい、わかっているはずだ」

ラウラ『だが彼女は異能生存体だ! 何があっても死なない! 生き残る為には物理法則をも曲げる、そんな生命体だ!
    私達と同じ! 同じなんだろ!?』

キリコ「……高い生存率を持っていた……だが、それだけだった」

ラウラ『……何だ、それは……』

キリコ「彼女は……例外だったんだ」

ラウラ『……例外だった? ふざけるな! お前が言ったんだぞ! キリコ! そのお前が! 彼女を例外だと!?』

キリコ「……確立では、ダメだ。百発中九九発が外れるような運を持っていても、一発は当たる。
    いくら運が良くても、いつかは外れを引く時が来る」

ラウラ『……』

キリコ「シャルも、異能生存体と言って良い程の運を持っていたのかも知れない。
    だが、それだけでは足りない」

キリコ(レッドショルダー基地、そしてアリーナで見た、あの銃の軌跡……。
    弾丸の軌跡が明らかに捻じ曲がった、そうとしか言えないあの光景。あそこまで、干渉しなければ……)

ラウラ『……』

キリコ「環境にまで干渉できなければ……そうで、なければ……」



ゴゴゴッ


キリコ「……隔壁が上がり始めた。また奴等が来るぞ」

ラウラ『……』

キリコ「……ラウラ。急げ」

ラウラ『……』

キリコ「ラウラ!」

ラウラ『……クソッ!』


キュィイイッ


キリコ「……」

ラウラ『キリコ……嘘だと、言ってくれ……』

キリコ「……」

ラウラ『彼女も、お前と同じ異能生存体なんだろ……だから、我々はこの作戦に送りこまれたんだろ?』

キリコ「……」

ラウラ『さっきのは、何かの間違いで……ひょっとして、まだシャルロットは生きてるんじゃないのか?
    また、運良く抜け道を探し出して……』



「待ちやがれ!」


ズガガガッ


ラウラ『ちっ……』

キリコ「……」ズガガガッ


「うぉわぁあっ!」


キリコ「……戦う時は、戦え。泣言は後にしろ」

ラウラ『……キリコ、どうなってるんだ! 私は……私は、わからないんだ!』

キリコ「……シャルは……シャルロット・デュノアは死んだ。それだけだ」

ラウラ『それだけ……何とも思わないのか? 彼女は異能生存体じゃなかった。それを何とも思わないのか?』

キリコ「……彼女は死んだ。なら、違うと認めるしかない」

ラウラ『……』

キリコ「今は、戦え。増援は、まだ来る」

ラウラ『……私は……』

キリコ「……」ズガガガッ

ラウラ『私は……何を信じれば良い……お前を、信じたのに……彼女だって……』

キリコ「……俺も、信じた」

ラウラ『……それで死んだ、シャルロットは……』

キリコ「……」

ラウラ『戦場で死ぬ事は、覚悟して来たつもりだ……勿論、友が死ぬ事も……だが、これは違う……違うんだ。
    これは、死よりも残酷な……これは、彼女に対する、裏切りだぞ! キリコ!』

キリコ「……」

ラウラ『キリコ! 聞いているのか! 何とか……何とか言ってくれよ……』

キリコ「……」

ラウラ『……私も、本当は違うんじゃないのか……シャルロットと同じく、異能生存体じゃないんじゃないのか……』

キリコ「……」

ラウラ『……キリコ……私は、お前の為になら何をも厭わないつもりだ……だが、こんな……こんな事は……』

キリコ「……少なくとも、俺達はまだ生きている」

ラウラ『……』

キリコ「俺達が何者か、そんな事は、全てが終わった後で考えれば良い」

ラウラ『だが!』

キリコ「……例え……異能生存体でなくとも、生き残る人間くらいはいるはずだ」

ラウラ『……』

キリコ「……お前は、気高い戦士じゃなかったのか」

ラウラ『……』

キリコ「……悲しむのは、全てが終わってからだ。戦士と名乗るなら、ここで悲しむんじゃない」

ラウラ『……クソッ!』ジャキッ

キリコ「……」

ラウラ『クソッ……クソックソッ!』ズガガガガッ

キリコ「……」


また、仲間が死んだ。
シャルが……死んだ。

彼女は、俺を探ろうとし、俺を何度か殺そうとした。
しかし、それは彼女の意志では無い。彼女も、俺のように観察者に良いようにされてきた。
彼女は、何も悪くは無いはずだ。だから、俺達の仲間になった。

ただ、利用されただけだ。
その為に友人を殺し、その為に苦しんだが。
彼女は気の置けない仲間だった。
そして、俺と同じだと、思っていた。

なのに、彼女は死んだ。

俺も、彼女の為に泣きたい。この辛さを、流してしまいたい。
だが、そんな事実を突き付けられても、俺の胸にあるのは、悲しみだけでは無かった。
あの胸騒ぎが、まだ俺の中で燻っている。

喉を張りつかせ、前を行く仲間を、自らと隔絶した存在に至らしめる錯覚。

俺の本能が警鐘を鳴らしているのか?
俺の遺伝子が? それとも、もっと別の何かが?

わからない。
そんな事を考える暇も無い。
悲しむ時間も、悩む時間も、そんな時間があるのなら目の前に湧く敵に集中する時間に費やすべきだ。

この感情の謎は、まだハッキリさせるべきではない。
ハッキリ、させては……。


ラウラ『ぐっ……キリコォッ! 部屋はどっちだ!』

キリコ「……このまま進め。そうすれば、突きあたるはずだ」

ラウラ『……わかった』

キリコ「……」

ラウラ『うぉおおおおっ!』ズガガガッ


キュィイイッ


ラウラ『どけっ!』


「ぐわぁああっ!」
「ぐはっ!」


ラウラ『よし、ローラーダッシュの音は聞こえない。この付近で待ち構えていたのは殲滅したぞ!』

キリコ「……見えた! あそこだ!」



扉は、何かで無理やりこじ開けられたようだ。
あれは……ATだ。ATが開けたに違いない。


ラウラ『……どけぇええええっ!』ズガガガッ

キリコ「待て! 待ち伏せしている敵がいるはずだ! 突っ込むな!」


そう言った瞬間、扉手前で待ち構えていた敵の放った弾丸が、ラウラの前に飛び込んだ。
装甲が破れ、脆くも爆発する機体が、スコープ越しに、あたかもスローモーションのように、その光景が流れている。

……やめろ。

そんな意味の無い言葉が、俺の口を出ずに、消えていった。
ただ俺が出来たのは、仲間の名を呼ぶ事だけだった。


キリコ「ラウラッ!」



ドガァアッ


ラウラ『ぐっ……あぁああっ!』

キリコ「ラウラッ!」


キリコ「……そこを、どけ」ズガガガガッ


「ぐあっ!」


ドガァアアンッ


敵の機体が、俺の弾丸に貫かれ爆散した。
そして、目の前で紫炎を上げている機体にすぐさま寄る。


キリコ「ラウラッ! 無事か!」

ラウラ『……』

キリコ「ラウラ!」

ラウラ『うる、さい……敵は、もう周りにいない……早く、部屋の中に入れっ……敵が来ても、ここは私が死守する!』

キリコ「だが……」

ラウラ『ここが病院で、沢山の医者がいて、薬がたんまりあっても、無理だ……私も、違うって事だよ……』

キリコ「……ラウラ」

ラウラ『早く、行け……すぐに、増援が来るっ……私の機体は、もう動かん……。
    お前、のを……使わねば、ならんのだ……』

キリコ「……」


ガゴンッ


ラウラ「ぐっ……」ドサッ

キリコ「ラウラ!」

ラウラ「はぁ、はぁ……」

キリコ「……傷が酷い……すぐに縫合する」

ラウラ「腹でも、裂けているか……だが、もうそんなものはいらん。そんな暇は、無いはずだ」

キリコ「……だが、せめて鎮痛剤を……」

ラウラ「……いいんだ……もう、私は異能生存体では、無い……いや、元から違う……」

キリコ「……」

ラウラ「……私は、少し……自分を見失っていたようだ……私が戦っていたのは、生きる為では、無い……。
    お前の、為だった……」

キリコ「……」

ラウラ「異能生存体だなんてものに、夢を持ち……ちょっとその気になってバタバタしたが……。
    やっと、私は……本来の自分に、戻ったんだ……お前の為に、戦うと決めた自分に……」

キリコ「……」

ラウラ「……はぁ……やはり、お前の腕の中は……温かいな……とても、落ちつくよ……」

キリコ「……」

ラウラ「だが……こうされるべき者は、私では、ないはずだ……」

キリコ「……」

ラウラ「……お前のATに、運んでくれ……このままで、いたら……私は、安心、しきって……死んでしまう……」

キリコ「……わかった」

ラウラ「……すま、ない……」

キリコ「……」



スッ


ラウラ「よし……これで良い……まだ、やれるぞ……」

キリコ「……」

ラウラ「……お前の、為に……私は、これから死ぬ……私は……」

キリコ「もう、言うな。傷が開く」

ラウラ「……私は、幸運だよ」

キリコ「……どういう、意味だ」

ラウラ「……戦場では……死という物は、誰にでも見境なく訪れるものだ……。
    その者の、過去も、愛した者も、関係無く」

キリコ「……」

ラウラ「そして、その際に……こうして、自分の命を賭した人が傍にいる事なんて、そう無い、事だ……」

キリコ「……ラウラ」


ラウラ「……必ず、彼女を救え……我々が……シャルロットと、私が、命を賭して……遂行した、最後の任務……。
    絶対に、成し遂げろ……」

キリコ「……」

ラウラ「彼女が……命と、同じくらい……大事なんだろ?」

キリコ「……あぁ」

ラウラ「……そうか……うらやま、しいな……」

キリコ「……」

ラウラ「……少し、長話が過ぎた……さぁ、行け……」

キリコ「……」

ラウラ「……ほら……」

キリコ「……お前は、俺の、大切な仲間だった」

ラウラ「っ……」

キリコ「……それだけは、言っておく」

ラウラ「……行けっ」

キリコ「……あぁ」



タタタッ


ラウラ「……」

ラウラ(……仲間、か……)

ラウラ(私も……本当に、お前の仲間だったら良かったな……)

ラウラ(……お前は、不幸だ……)

ラウラ(お前は……正真正銘の、異能生存体……)

ラウラ(キリコ……私は、お前の事が……お前に課せられた宿命が、ようやく、少しだけ見えた気がするよ……)

ラウラ(……お前の異能……それは、恐らく……お前の意思に関係無く、お前を生き残らせるだろう)

ラウラ(あらゆる、手段を用いて……環境を変え、法則を捻じ曲げ、そして……)

ラウラ(……セシリア、鈴、シャルロット、教官……そして、私のような近しい人間をも、犠牲にして……)

ラウラ(だが……それがどれだけの苦痛か……私には、想像もできない……)

ラウラ(私は、異能生存体では、無いのだから……)

ラウラ(そこまでは、わからない……)

ラウラ「……」



キュィイイッ


「いたぞ!」
「ちっ、もうここまで来やがったか!」


ラウラ「……来たか……」


ジャキッ


ラウラ「……」

ラウラ(……死を、忘れるな……そんな言葉が、あったな……)

ラウラ(……死は、誰にでも平等に訪れる……平等に……)

ラウラ(キリコ……お前、以外に……)

ラウラ「……うぉおおおおおおっ!」



ズガガガガッ


ラウラ(私が駆け抜けたのは、ただ数刻の修羅……短く消える痛みだけ……)


ガキンッ バキンッ


ラウラ(しかし……お前が生きる長き苦難……それは、ただ生きる事よりも、ただ死ぬ事よりも……辛き地獄の道であろう)


バキンッ


ラウラ「ぐっ……」

ラウラ(私は、幸運だ……そんな苦しみを背負わず、死んでいくのだから……)

ラウラ(死は……誰にも余儀なく訪れるものでもあり……与えられる、安らぎでもある……)

ラウラ(生き残った事が、幸運とは言えない……それは、次の地獄への誘いでもある……)

ラウラ(だが、せめて……彼女だけは……あの腕に、抱かせてやらねば、ならない……)

ラウラ(そうで、なければっ……)



バキンッ 


ラウラ「がっ……あぁっ……」


グラッ……
ドシンッ


「……仕留めたか?」
「……確認しよう」


「……」


「……うごかねぇ、死んでるな、こりゃ」
「よし、ならもう一人のヤツもやるぞ。この中にいるはずだ」


「……」ピッ


「しかし、中にはATじゃ入れんな」
「相手は一人だ。降りて仕留めりゃりゃいい」



「……この中に……医者は……いない、よなぁ……」


カチッ

ドシュドシュドシュッ


「なっ!?」


ドガァアアアアンッ



キリコ「……」


後方で起きた爆風が、瓦礫を巻き上げ唸っている。
その爆風で扉が瓦礫の山で覆われ、この道と、外の光とを、遮断させた。

すぐ近くで起きたのに、まるで、遥か彼方で起きたかのようなに思える爆発。
それは、俺と彼女達の違いを、明確に告げる弔砲なのか。
それは、俺と彼女達を隔絶させる、死んだ神が残した慈愛なのか。

俺は……後者と、信じたい。

唯一つ言える事……それは、俺は、また生き残ったという事だけだ。
仲間を、彼女達を犠牲にして。

そこまでして、俺は何故生き残る?
生に縋り、不死という信仰に嘆き、俺はどうして生きようとする?

前までの俺なら、答えも見い出せず、ただ長い眠りを望んだだろう。

しかし、今は違う。
俺は、仲間を犠牲にしてまで生きているのは、ただ……彼女の為。
全てを投げ打ってまで得ようとし、そして全てを投げ打ったのだ。
それだけの、事だ。


キリコ「……」


俺は、閉ざされた道を見向きもせずに、前に進んでいた。

俺は、死なない。
全てを、喰らい尽くしても。
全てを、失っても。

ただ、彼女の為に。
彼女が、それを望もうと、望まないと……。
俺は、彼女の為に、死なない。

俺の、宿命のままに。


——


お前達は、敵に回してはいけない者を敵にした。
修羅を裂き、餓鬼を貪り、地獄の火ですら身を焦がせぬ、あの男を。
友の骸を血潮に溶かし、その男は盗まれた宿命に手を伸ばす。
お前が奪ったその宿命は、お前の手に追えるはずもない。
その宿命はあの男、触れてはならぬ、あの男のものなのだ!

次回、「彗星」

キリコ・キュービィー、ああ、その炎の宿命のままに。


——

今回はここまでです
あと残り一話ですが、他の回に比べると短くなるようです

どうでもいい事ですが、キリコのセリフの為に、「…」を「さ」単体で辞書登録しました
便利ですね

灰塵が舞う、仄暗い道を進む。
炎をくぐり、血をもぐり、生に黙して、不死を担ぐ。
俺を取り巻くのは、結局のところ、これが全てだった。
この忌まわしい戦場も、あの懐かしい学び舎も。
仲間も、何もかもが。

俺は、多くを望み過ぎた。
そして、その殆どを失った。

望むる事は、唯一つ。
俺に残された、唯一つ。

俺は行く。宿命のままに。
亡くした者の、影を引き。



キリコ「……」

——


  最終回
  「箒星」


——



ルスケ「今の揺れは……」

ウォッカム「ちっ、奴が来たのだ……キリコ達が……」

ルスケ「そんな……まさか……ISも機能不全に陥ったというのに、ここまで……」

ウォッカム「……ルスケ! まだロックの解除はできんのか!」

ルスケ「た、只今……後、少しで破れるようです……」

ウォッカム「ぐっ……おい、お前達! 奴の姿が見えたら、即座に発砲しろ! 良いな!」


「「は、はっ!」」


ウォッカム「……」

ルスケ「……」カタカタッ


ウォッカム(……奴は、いつ出てくる……)

ウォッカム(通路の明りは全て消えている……出口は衝撃で閉ざされ、逃げ場は無い)

ウォッカム(奴を……奴を殺せと言うのか……)

ウォッカム(不死の、アイツらを……)

ルスケ「……」カタカタッ


ビービーッ


ルスケ「ん……今は立て込んでいる。要件は何だ? ……何? 本当か」

ウォッカム「どうした」


ルスケ「はっ……たった今入った情報に因りますと……あの分隊は、キリコ以外死んだようです」

ウォッカム「何?」

ルスケ「この戦艦に入り、ATで戦ったものの……デュノアとボーデヴィッヒは……」

ウォッカム「……何かの、間違いではないのか?」

ルスケ「……わかりません……ですが、報告によると、二人の死を確認したとの事です……」

ウォッカム「……」

ウォッカム(……あの二人が死んだ? 奴等は、異能生存体では無かったというのか?)

ウォッカム(……そうか……認めたくは無いが……)

ウォッカム(……ペールゼン……)

ウォッカム(奴が言っていた通り……キリコ以外は、所詮近似値に過ぎなかったらしい……)

ウォッカム(いや、キリコ自身も?)



ピーッ カチッ


ルスケ「やりました閣下、解除が完了しました」

ウォッカム「……良くやった。これで、光明が見えたというものだ」

ルスケ「はい」

ウォッカム「しかし、そうか……キリコ以外は死んだ、か……」

ルスケ「はい……」

ウォッカム「他の二人が死んだ事は……むしろ好都合だったな」

ルスケ「……えぇ、まぁ……しかし、キリコは……」

ウォッカム「……だが、これで奴は詰みだ」

ルスケ「……えぇ」


ルスケ(……ゴーレム造反の責任は、あれを所有している我々情報省にある……)

ルスケ(そして、不死の部隊も残り一人となり、牙をこちらに向けたまま……)

ルスケ(残された牙城が……こんな少女とは……)

ルスケ(むしろ、この状況で詰みなのは……閣下、貴方の方なのでは……)

ルスケ(……このまま、この方についていく義理は……)


コツッ…… コツッ……


ウォッカム「……来たぞ、構えろ!」


「はっ!」ジャキッ



コツッ…… コツッ……


ウォッカム「合図と共に、斉射しろ」


「りょ、了解っ!」


ウォッカム(異能生存体……死なない兵士……)

ウォッカム(そう思っていた者が、二人も死んだ……)

ウォッカム(……だが奴は……キリコはどうだ? ペールゼンが真に異能と認めたのは奴だけだ……)

ウォッカム「……いや……」


ウォッカム(……では、何故彼女達のデータも、キリコのデータと共にあのファイルに厳重に保管されていた?)

ウォッカム(……あのファイルが、偽のデータだとしたら……)

ウォッカム(何故だ? 何故そんな事をした……)

ウォッカム(……いや、待て……)

ウォッカム(……私は、既に異能生存体とほぼ確定していたキリコだけを手中に収めていたら、どうしていた?)

ウォッカム(恐らく、テストをする回数は……最初の、ISと接触させたあの時。
      そしてゴーレムの試運転も兼ねたあの時点で、終わらせていたのかも知れない)

ウォッカム(……そうか……)

ウォッカム(私にあのファイルを解読させ、他の二人を発見させた。
      しかし、この二人は明確に異能生存体と定められていた訳では無い)

ウォッカム(デュノアは、元よりペールゼンが抱えていた。
      それを、奴に嫌疑がかけられているドサクサに紛れ、我々が技術ごと押収した)

ウォッカム(ボーデヴィッヒも、地球の研究所で育てられた……だが、極めて希有な遺伝子を持つ、というデータしか残ってはいなかった……)

ウォッカム(……二人は、確かに異能生存体とは明記されていなかった……)


ウォッカム(だから、私は疑った。彼女達が、本当に異能生存体と呼ばれる生命体なのかと)

ウォッカム(そうなれば当然、私は彼女達を試そうとする。現に、私はそうした)

ウォッカム(キリコと一緒に、彼女達を極限の環境に置かせた)

ウォッカム(ペールゼンは、私がそうすると踏んでいたのだ。そうする事を望んだのだ。何故か?)

ウォッカム(……キリコのデータを、取ろうとして……)

ウォッカム(或いは……婉曲に奴を殺そうとして……)

ウォッカム(……奴は、どうやらキリコを殺したがっている節がある)

ウォッカム(私に……奴を殺させようとしたというのか……)

ウォッカム(異能生存体の能力は、観測者にも干渉する。試す、という名目ではあったが……。
      下手をすれば、被害を被るのは観測者だ……だから、第三者に……)


ウォッカム(……)

ウォッカム(してやられた、という訳か……)

ウォッカム(私は……奴に踊らされていただけかっ!)

ルスケ「……」


コツッ…… コツッ……


ウォッカム「……撃てっ!」


ズガガガガッ


ルスケ「……」


スガガガッ…… カランカランッ……


ウォッカム(ふざけるな……私は……)

ウォッカム(私は、踊らされてなどいないっ!)

ルスケ「……」


「「……」」


ズギュンズギュウンッ


「ぐはっ!」
「ごっ……」


ドサッ


ルスケ「何!?」



コツッ…… コツッ……


キリコ「……」

ルスケ「……キリコッ……」

ウォッカム「……」



キリコ「……」


暗闇を抜けた先に待っていた、この光景。
ヘルメットを脱ぎ捨て、直にその光景を見る。

開け放たれ、淡い碧色を放つカプセル。
その中に静かに眠る、美しい彼女。
そして、光に照らされ小さく、赫奕たる光を放つ、あの星。

俺は、ようやく辿りついたのだ。

俺の残された、最後の……。
あの、運命の手が。


ルスケ「……」

ウォッカム「……」

キリコ「……」

ウォッカム(ついに……来たか……)

キリコ「……」

ウォッカム「……ふふっ……キリコ、また会ったな」

キリコ「……」

ウォッカム(私を見ずに、この少女を見たまま……か……)

ウォッカム(やはり、よほど大切と見える……)

ウォッカム(人質としての価値は十分……)

ウォッカム「ゴーレムの攻撃を退け、なおかつ、この艦にいるメルキア装甲騎兵を一人で突破して来るとは」

キリコ「……一人では、ない」

ウォッカム「……そう、だったな。残りの二人もいたか」

キリコ「……箒を……返して貰う」



チャキッ


ウォッカム「そうはいかん。この人質の命は、まだ我々が握っている事を忘れないで頂きたい」

キリコ「……」

ウォッカム「……」

ウォッカム(いくらコイツが死なないとしても、迂闊には手を出せんはずだ……)

キリコ「……」

ウォッカム「さぁ、その銃を捨てろ」

キリコ「……」

ウォッカム「捨てろと言っている!」

キリコ「……」

ウォッカム「……キリコ、私は紳士では無い。自身が勝つ為ならば、どんな手段をも辞さない。
      例えそれが、年端もいかない子供を殺すという手段でもだ」

キリコ「……」

ウォッカム「貴様がその気ならば、私もこの者の命は保証できない」


キリコ「……」

ウォッカム「百年戦争はもう終わる。もし考えを変え、また私の御する部隊に留まるというのなら、この事態は水に流そう。
      ゴーレム離反による責任を私は追及されるだろうが……キリコ。お前という存在がいれば、また別だ」

キリコ「……」

ウォッカム「お前は不死だ。不死の兵士が、戦争にどれだけ有用かわかるだろう?
      お前一人でも良い。そんな存在がいれば、権力をも掌握できる」

ルスケ(まだ、そのような事を……)

キリコ「……」

ウォッカム「私は、お前に敬意を表している。不死という、言わば生命の到達点と言っていい能力。
      その能力と、お前自身の精神力にも——」



コツッ……


キリコ「……」

ルスケ「なっ……」

ルスケ(……この状況で、まだ一歩踏み出して来るか……)

ウォッカム「見えないのか! お前が御所望のこの女は、今私がこうして銃を突き付けているのだぞ!」

キリコ「……」

ウォッカム(ま、まだ近づいてくるかっ……)

ウォッカム「キリコ! これは脅しでは無い!」

キリコ「……」

ウォッカム「それ以上近づくというのなら——」



コツッ……


キリコ「……」

ルスケ「なっ……」

ルスケ(……この状況で、まだ一歩踏み出して来るか……)

ウォッカム「見えないのか! お前が御所望のこの女は、今私がこうして銃を突き付けているのだぞ!」

キリコ「……」

ウォッカム(ま、まだ近づいてくるかっ……)

ウォッカム「キリコ! これは脅しでは無い!」

キリコ「……」

ウォッカム「それ以上近づくというのなら——」


キリコ「撃てるなら、撃て」

ウォッカム「っ!」

キリコ「……だが、その時は……お前も、確実に死ぬ事になる」

ウォッカム「……」ゾクッ

ウォッカム(コイツ……この目は……なんだ……)

ウォッカム(この、不服従の目……)

ウォッカム(これか……これが、ペールゼンがコイツを恐れる理由……)

ウォッカム(コイツは……)

キリコ「……」チャキッ

ウォッカム「っ!? 銃を捨てろと言ったはずだ!」

キリコ「……」


ウォッカム「き、貴様……」チャキッ

キリコ「……俺に銃を向けて、どうする気だ」

ウォッカム「黙れ! 貴様と一緒にいた二人も死んだのだ! 貴様も死なん道理は無い!」

ルスケ「……」

ルスケ(追い詰められている……)

ルスケ(自らが信じた理論を、こうも容易く……)

キリコ「……確かに、彼女達は死んだ。だが、俺は違う」


俺は、この問いに対する答えを、もう既に持っている。
認めようとしなかった、答えを。



ウォッカム「っ……」

キリコ「俺は……」


体を焼かれても、心臓を撃たれても。
仲間が、死んでも。


キリコ「俺は……死なない!」

ウォッカム「っ! ……ルスケッ!」

ルスケ「……」

ウォッカム「何をしている! 銃を出して奴を狙え!」

ルスケ「……」

ウォッカム「ルスケッ! 何をしている!」

ルスケ「……お言葉ですが、閣下」



チャキッ


ウォッカム「っ……な、何をしている……銃を向けるのはキリコだ! 貴様、何をしているのか——」

ルスケ「自らの主に銃を向けている。えぇハッキリと承知しています。
    ですが……自らが作戦の要として信じた理論を、こうも安く捨てる人物に、ついていく気は御座いません」

ウォッカム「何っ……」

ルスケ「地球の侵攻は確かに成功したようには見えます……しかし、現在ゴーレムが我が軍に与えている損失は、それ以上のもの……。
    これでは、貴方の身も危ぶまれます……戦後の、立場も……ね……」

ウォッカム「……き、貴様っ……」

ルスケ「情勢の変化ですよ、閣下……」

ウォッカム「……ルスケェーッ!」チャキッ

キリコ「っ!」



ズギュウウウンッ


ルスケ「……」

キリコ「……」

ウォッカム「……」


ウォッカム「キ……キリコ……貴様……」

キリコ「……」シュウウッ……

ウォッカム「……ル……ルスケ……」

ルスケ「……残念ながら、閣下……貴方の負けです……」

ウォッカム「……」


ドサッ


キリコ「……」

ルスケ「……あっけないものだ。野心には、挫折が常に寄り添うもの……一度傾けば、この通りに……」


キリコ「……ぐっ」

ルスケ「……腹を、撃たれたか」

キリコ「……あぁ」

ルスケ「しかしお前にとって、その程度の傷はどうという事は無いだろう」

キリコ「……」

ルスケ「……情報省も、もう権力を保持する事はできまい……私も、鞍替えの時期だ」

キリコ「……鞍替え?」

ルスケ「ふっ……いずれまた、お会いする事もあろうさ……私も、お前に少し興味が湧いた」

キリコ「……」

ルスケ「彼女のロックは解除してある。睡眠状態も、そろそろ切れる頃だ。好きにするが良い。私は、先に失礼しよう」

キリコ「……何処へ、行く、つもりだ」

ルスケ「さぁな。今まで、影として生きてきた。だが、偶には表に出るのも、そう悪くはないだろう」

キリコ「……」

ルスケ「……そろそろ、AT隊が扉を突破して来る頃だろうが……」

キリコ「……」

ルスケ「では、また会おう……異能、生存体……キリコ・キュービィー……」



カツカツッ……


キリコ「……」


ウォッカムの傍らに倒れている死体が、目に入った。
……束さんだった。

最後まで、自分の信じた者だけを信じ続け、そして死んだ者。
彼女は、世間では狂人と呼ばれるようになるだろう。
しかし、俺はそうは思わない。

彼女もまた、俺と同様に器用で無かっただけなのだ。
彼女は、天才だったのかも知れないが、どうあっても、心は人だった。
俺も、人の心を持つように。



「……キリコ……」


キリコ「っ!?」


俺を呼ぶ、声。
懐かしい声が、俺の名を呼んだ。

死体に囚われていた視線が、ゆっくりとカプセルの方へ、自然と向いていた。
その声に、誘われるように。

終わった。全てが、終わったのだ。
この戦いの全てが。

その声を、聞いた瞬間に。


キリコ「……箒……」


箒「……キリコ……こ、ここは……」

キリコ「……箒っ」

箒「……キ、キリコ! どうしたんだ、腹から血が……」

キリコ「箒っ!」

箒「う、うわっ!」


俺は、彼女を抱きしめた。
彼女の体温が、手に、頬に、伝わってくる。

体温を確かめるだけでは足りない。
俺のこの体が邪魔だ。この隔たりが。

例えようの無い激情が、俺を満たしていた。


箒「キ、キリコ……」

キリコ「……箒……」


名を呼べば、返ってくる。
俺はただ、魂を取り交わすように、名を呼んでいた。

彼女はここにいる。
ここにいるのだ。
俺の、この腕の中に。


キリコ「箒……箒っ……」

箒「キ、キリコ……どうしたんだ、その傷は……それに、他に誰か……」

キリコ「……皆、死んだ……」

箒「……えっ?」

キリコ「セシリアも、鈴も、シャルも、ラウラも……姉さんも、束さんも……」

箒「……」

キリコ「セシリアが、目の前で死んだ……鈴も、姉さんも……俺達の手で殺した……。
    シャルとラウラが……俺を助け、犠牲になった……」

箒「……」

キリコ「俺が……お前を、裏切った為に……」

箒「……」

キリコ「俺が、お前と離れたばかりに……俺が、お前の事を忘れていたばかりに……」

箒「……」

キリコ「……皆、死んでしまった……」


箒「……そう、か……姉さんも、か……」

箒(やはり、そこで倒れている人は……)

キリコ「全員……守れなかった……」

箒「……」

キリコ「箒……俺は……」

箒「……お前の、せいじゃない」

キリコ「……」

箒「……絶対に、お前のせいじゃない」

キリコ「……」

箒「……こんなに……こんなになってまで……私を助けにきてくれるような……男のせいじゃ、ないっ……」

キリコ「……箒……」

箒「……私の方が、悪かったんだ。お前を、信じられなかったばっかりに……」

キリコ「……」

箒「私が、お前から逃げた、ばっかりに……」

キリコ「……」

箒「……そうでなければ、私が、こうやって捕まる事も無かったんだ……」

キリコ「……」

箒「ごめん……ごめんな、キリコッ……」

キリコ「……箒……」



彼女の手が、俺の身体に回される。
彼女の震えが、俺の身体に伝わっている。

この瞬間の為に、俺は戦ってきた。

仲間を犠牲にしてまで得た幸せ。
これ程の幸せが、あるのだろうか。
これ程まで、窮極に俺に迫る感情があっただろうか。
喜びも、怒りも、哀しみも、全て綯交ぜになったこんな感情が。


箒「……キリコ」

キリコ「……俺は……」


少し安堵した途端、意識が遠退いていた。


箒「……」

キリコ「俺、は……」

箒「っ……キ、キリコ! おい、しっかりしろ!」


痛みも、友が遺していった、この胸に刺さった折れた針達も、淡雪のように消えてゆく。
意識も、ゆっくりと、溶けてゆく。


キリコ「……」

箒「目を瞑るな! 意識を集中しろ! おい!」


彼女の顔を見ながら、声を聞きながら、俺は溶けてゆく意識に身を任せた。
やっと……。
やっと俺は……戦いを、止めれる……。
俺は……。


「……」

箒「お、おい! キリコ!」

箒(みゃ、脈をとらねば!)

箒「……」

「……」

箒(みゃ、脈は、ある……息もしている……)

箒「よ、良かった……気絶しただけか……」

箒「……」

箒(……本当に、気絶しただけなのか? 腹に、こんな血溜まりを作って?)

「……」

箒「……一体……キリコは……」

「……」

箒「……」



ガゴンッ


箒「っ!?」

箒(な、何だこの音は……)

箒「……向こうからか」

箒(それに、何か声も聞こえる……耳を、すませて……)


タタタッ……


箒(足音……軍靴の音、それも複数だ……)

箒(詳細はわからんが状況から察するに、キリコの追手……)

箒(ま、マズイな……)

箒(こんな丸腰でどうしろと……)


チリンッ……


箒「……ん?」

箒(……鈴? こんなもの、私は付けていたか?)

箒(こんな……)


ダダダッ


「目標を発見!」


箒「!」

箒(ど、どうすればいい……わ、私は……)


「次官は死亡しています。女も一緒です……はい……はい……了解しました」


箒「……」


チャキッ


「……悪いが、お前達には死んで貰う」


箒「……」

箒(クソッ……せっかく、キリコにまた会えたというのに……万事、休すかっ……)



カッ


「うわっ!」
「な、何だ!?」


箒「お、おっ!?」

箒(な、何だ! こ、この光は……ISの、展開!?)


ガシンッ
ジャキンッ


ドンッ……


箒「……」


「ば、馬鹿な……」
「あ、ISだ! コイツ、ISを展開したぞ!」


箒「……」

箒(こ、これは……この機体は一体……)



「た、退避! 退避だ!」
「て、撤退!」


箒(あ……敵が、逃げていく……)

箒(……はぁ……な、なんとか、切り抜けたようだ……)

箒(だ、だが……本当に何なんだこれは……見た事も無い型だ……)

箒(紅い、機体……)


グラグラグラッ……


箒「う、うわっ!」

箒(こ、今度は何だ! か、艦が揺れている……次から次へと!)


ピピピッ


箒(な、何だ……こんな時に通信?)

箒(い、いや違う……これは)



『おはよー、束さんだよー』


箒「……メッセージ……姉さんの?」


『箒ちゃんがこの機体を動かしている、と言う事は……私が死んだ後だと思う。
 キリコちゃんが、箒ちゃんを助けに来てくれたんだと、思う……』


箒「……」


『……あはは……まぁ、束さんの計画が失敗した、って事かな……天才でも、間違える時くらいは、あるんだよ』


箒「……」


『……この機体は、紅椿。第四世代型の束さん入魂の機体。箒ちゃんの、専用機……』


箒「……私、の……」


『えっとまぁ……何と申しますでしょうか……元々は、コンビ運用とか考えてて……。
 それをもう一機で制御してなんて考えてたけど、今は、無意味かな……』


箒「……」



『この機体が動作した同時に、レヴレンス……まぁ、ゴーレムか。その機体によるこの艦への総攻撃が始まる。
 でも大丈夫、それは箒ちゃん達が逃げる為の時間稼ぎ。その機体なら、楽々脱出できるよ』


箒「……」


『推力もぶっちぎりだからね。なんてったって、束さんの作った機体だから』


箒「……」


『各詳細なデータの説明もとてつもなくしたいんだけど、まぁ時間が無いだろうから、後で見れるようにしておくねー』


箒「……違う」


『まあ正直、乗りこなせればここにいるメルキア軍全部敵じゃないと思うけどね。
 それくらい、この機体は凄いんだよ!』


箒「そんなのを聞きたいんじゃない……」


『……さて、じゃあ……幸運を祈ってますよー』


箒「なっ……そ、それだけか?」


『メッセージ、終了ー』


箒「お、おい! それだけか! 私に……私達に何か言う事は無いのか!?」



『……』


箒「人の人生をかき乱すだけかき乱して、遺言が機体の説明だと? ふざけるな!」

箒「地球でも静かに暮らせず、キリコに再開してからは刺客を送り、あげく戦争を起こして逃げるように死んでいった!
  それで……それで最後に遺す言葉がこれか!?」

箒「私の友人が……死んだんだぞ……それなのに……」

箒「こんな……こんなもの送られても……嬉しくも、何ともない……」


『……最後に……』


箒「っ……」



『一つだけ、言っておく事がある』


箒「……」


『……ごめんなさい……二人は、必ず、生き残って……』


箒「……」


『……さよなら、箒ちゃん』


プツッ


箒「……」

箒「……何なんだ……」

箒「言い訳も、何もせずに……ただ、謝って……」

箒「私は……理由すら知らないんだぞ……」



ドガァァアンッ


箒「……」

箒(考える暇すら……与えてくれないのか……)

箒「……」

箒(逃げなければ、ならない……)

箒「……キリコ、必ず……二人で生き延びるからな」

箒(ヘルメットをかぶせれば、宙空に出ても大丈夫なはずだ……)

箒「これで、よし……」

箒「……キリコ……」

箒「お前は絶対に、死なせはしない……」



ドガァァッ


箒「ちっ、爆風がここまで……」

箒「……死なせはしない……死なせて、たまるかっ……」

箒「……今度は私が、お前を守る番だ……」


ギュンッ


箒「はぁあああっ!」キィイイッ



艦が、音を立てて沈んでいく。
削られ、弾け、俺達を禍津へといざなった艦が。


箒「つっ……」

箒(この艦も長くない……爆風に巻き込まれては、さすがのISも……)

キリコ「……」

箒(キリコの傷も心配だ……急がなければ……)



ささやかな安らぎの中で、俺の脳裏に走馬灯のような光景が広がっていた。
一騎討ちを仕掛けられた、学園入学初頭。
数年ぶりの再会に、馬鹿と誹られたあの日。


箒「うわっ!」

箒「い、今の爆風で空いたか……この穴から!」


新しく入った友人の為に、屋上で食事をしたりもした。
初対面の人間に、いきなり頬を叩かれるような事もあった。


箒「こ、こっちから抜けられるか? クソッ……どうなってるんだ……」


散々、俺を叱りつけていた人間もいた。
機銃のように一方的に話をしてきた人間もいた。


箒「あ、あと少しのはずだ……」


そんな、うたかたの光景。
俺の中に新たに刻まれた、戦場の傷。



箒「よし、抜けた!」


全てが流れ、消えていった先で、俺は夢から放たれた。
俺は、それをぼんやりと覚えている。

現実か、幻想か。それすらもわからない曖昧な意識の中で、俺が見たもの。

箒に抱かれ、黒い空間を、ただ進んでいた。
鉄と彼女の温もりが伝わってくるのを感じつつ、俺は、ただそれに揺られていた。


手を何とか伸ばし、首に提げた星をなぞり、彼女の頬に触れると、彼女の笑顔が返って来た。
柔らかく、俺の痛みを消し去る、笑みが。

そして俺は、強烈な閃光を見た。
同時に、俺達の身体が、突き抜けるような衝撃と共に飛ばされる。
俺の身体は、何かに守られたまま、揺られている。

この光景は、何だったのか。
俺には、知る由も無い。


ただ一つわかる事。
俺はやっと、眠りにつけるという事だけだ。
やっと……長い、眠りに……。


セシリア、鈴、シャル、ラウラ……姉さん、束さん……皆に会えて、良かったのか。
俺には、わからない。
俺が、彼女達の運命を狂わせたのだから。


そして……箒も……。


今は、眠ろう。
俺は、疲れた。

全てを、受け入れられるように。
今は——。

——


三カ月後


——



「……閣下」

ペールゼン「……入りたまえ」

「失礼します」

ペールゼン「……用は、何だね」

「彼が……地球にいるとの情報を掴みました」

ペールゼン「……ほう。それで?」

「……追わないの、ですか?」

ペールゼン「……あぁ」

「彼は、我がメルキア軍に反逆行為をし、その罪を購う事も無く逃げ続けています。
 なおかつ、彼のISは、また復活しているとの情報も……」

ペールゼン「……」

「何万、いや何千万という将兵が彼の反逆を原因に死亡しました……ここで、彼を捕えるのが……」


ペールゼン「……ならん」

「……」

ペールゼン「キリコ……ヤツに触れると言う事は、即ち身を滅ぼすと言う事ど同義だ。
      誰であろうと、ヤツに触れる事は私が許さん」

「……しかし……」

ペールゼン「お前は決して無能という訳ではない。しかし、そのような範疇でどうにかできるヤツでは無いのだ。
      ヤツは……人というには、あまりにも逸脱し過ぎた存在なのだ」

「……」

ペールゼン「私も、何度かヤツを殺そうと画策した。しかし、その全てが無と化した。
      もし、ヤツを殺せる存在がいるとすれば……それは、神くらいしかおらんだろう」

「……それ程までに……」

ペールゼン「奇跡と言う物を見ても、信じない者はいる。歪んだフィルターを通してでしか、物事を考えられない者も多い。
      しかし……私はこの目でハッキリと見た。ヤツは違う。私は、奇跡と言う物を見た……」

「……」

ペールゼン「それはっ……あるのだっ……」

「……」


ペールゼン「……とにかく、ヤツを追おうなど考えるな。ヤツに触れれば、いくら軍であろうと火傷ではすまない。
      それは、あの地球侵攻で身に染みてわかったはずだ」

「……了解、しました」

ペールゼン「……もう下がれ」

「……はっ」


プシューッ


ペールゼン「……」

ペールゼン(ヤツは、まだ生きている……)


ペールゼン(自らの異能、そして強大な兵器を有しながら……)

ペールゼン(もう必要無いはずの力を持ち、ヤツは何故生きるのか……)

ペールゼン(全てを失い、何者にも服さず、キリコが生きる理由……)

ペールゼン(……私は、まだヤツを観察せねばなるまい)

ペールゼン(それが、ヤツを発見した者としての……義務なのだ)

ペールゼン(触れ得ざる者……ヤツは、こう呼ぶに相応しい)

ペールゼン(私は、ヤツを憎んだ……あの能力。そして、絶対的不服従を……)

ペールゼン(だからこそ、私は、触れてはならぬ臨界を、沿っていく……義務がある)

ペールゼン(……まだ、お前を許す訳にはいかんのだ……)

ペールゼン「キリコ・キュービィー……」




——



渇きに割れた大地に、陽炎が戦火の残り火の如く揺ぐ。
陽炎に浮かぶ蜃気楼は、ここに息づいていた夢を、希望を、歪曲させて映しだす。
どこまでも続く瓦礫と砂。血と呻きに色付けられた地平が何処までも続く、ここは、地球。
そんな、広大過ぎる地平に、男が、立っていた。


「……」


ただ、銃を空に構え。


「……」


火薬が、弾けた。薬莢が、地に落ちる。
遮る物すら無い大地に、児玉の如く、虚しくも残響する。

この男が、何故ここにいるのか、誰も知らない。
理由を知る者も、いない。


「……」


バッグを取り、男は空を仰ぐ。
求めても、望んでも、得られぬものをただ見つめる。


「……行くか」


見飽ききったこの景色。
全てが巡り、全てが変わり、ただ一人、この男を残し消えてゆく。
纏うのは、風に乗せられた砂塵。敗残の騎兵に絡み付く、砂塵のみ。


「……」


男がいた場所。
瓦礫が乱雑に刺されていたと思われたが、どうやら違ったらしい。
魂の拠所を無くした者の、借の宿り。それが、六つ、あった。



「……」


纏わり付く砂に足を取られながら、陽炎に浮く影が遠ざかってゆく。

陽炎に浮く影が、一つ。



いや……二——。


——


   完


——



ベガの美しさが、アルタイルの力強さが、刹那に輝き宇宙を駆けた。
その輝きは何よりも尊く、何よりも気高く、幾多の者を魅了した。
怒りを、憎しみを、戦いを、愛を、生も死も全てを観測し続けたこの星が、ついに巡り合う。
絡みあった手が、炎よりも熱く結ばれる。この瞬間の為に、この窮極の真実の為に、生きてきた。
この宿命の為に、我はある。

装甲騎兵ボトムズ 彊界無き宙

我が身は愛にしか、殉ぜない。




——

装甲騎兵ボトムズ×インフィニット・ストラトス
全話終了しました。

ここまでお付き合い下さって、ありがとうございました



「……」


あの影を追う者が、一人。
屈辱、憤怒——いや、そのような安い言葉で表すには底知れぬ。
錆びた眼に血を滾らせ、癒えぬ痛みに身を任せ、毒に魅入られ歩く者が、一人。

忘れるものか、逃がすものか。
この星に息づく夢を、砂に変えたあの男を。


「……キリコ・キュービィー……」



破壊と再生。その表裏の境に見え隠れする、あの男。
砂と岩に守られた、自由と律の、あの街を。
混沌と欲望に、頽廃し錆びた、あの街を。
血濡れた肩に口を糊した、あの騎兵達と共に。
信仰という美名の下に、銀河を睥睨する欺瞞の主に、銃を突き付け、男はただ前だけを見つめる。

全ては、あの時から始まった。
異能の毒に、骨肉を蝕まれた者が見つけた、あの時から。

そう、あのヨラン・ペールゼンの為に。

俺の行く先には、安寧は無いのか。
いや、安寧という言葉は、初めから存在しないのか。

赫いその身に宿るもの。ただ一つ確かに言える事。
その身に映える色と同じく、脈動するものが、夥しく流れるという事だけなのだ。


復讐するは、我にあり。

もし、続きをやるとしたらこんな感じでやります。

最初は一スレで終わると踏んでいました……これまで長々とお付き合い頂き、本当にありがとうございました。
心残りなのは、スレタイを本文で使うのを忘れていた事です。
うっかり忘れてました。

乙!

番外編で臨海学習やってくれないよね水着でキャッウフフ見たかった

>>247
キリコ達が拉致られた後に、PF本編のように分隊をプールにでも行かせようと思いましたけど、
あの流れで行ったらあの三人の精神が強靭過ぎるように見られるのでやめました……

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