千早「Day After Day」 (57)

千早「新曲……、ですか」

P「ああ」

千早「でも私は……」

P「……今の千早だからこそ俺はこの新曲を歌って欲しいんだ」

千早「……」

P「やっぱり厳しいか……」

千早「……はい」

私、如月千早はスランプに陥っていた


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理由は単純明快

私の『歌』へに対するモチベーションが著しく低下してしまったからである

いや、正確には、『何の為に歌っているのかが分からなくなってしまった』と言ったところか

……あの頃はまさかこんな事になるなんて思ってもいなかったけど

事の発端は1年前、『約束』の次に出した私のシングルCDからであった

765プロの皆のお陰で、私自身の過去とちゃんと向き合いそれを乗り越えた事で、私は再びステージで歌う事が出来るようになった

その直後に出した『約束』のCDは過去に類を見ない程売上を伸ばし、あっという間に100万枚を売り上げた

翌日には事務所の皆で、売り上げ100万枚突破を祝ってのパーティーが開かれた

この時私は正にアイドル人生最高の瞬間の中にいたんだと今では思う

だから私は気づかなかった

その後を

『約束』発売から2ヶ月後、私はまた新曲のCDを出すことになった

メディアも様々な形で取り上げてくれて、発売前から期待度は既に最高潮に達していた

そして、発売当日

発売を記念して開催されたライブイベントには大勢の会場に収まりきれない程のファンが集まり、私は成功を確信した

だけど……、

ライブ後、プロデューサーが私の方へ駆け寄り

「千早、よくやった!これはもしかしたら『約束』を超えたかもしれない」

と、手放しで私を褒めてくれた

本来ならば嬉しい筈の言葉

でも、私はライブが終わりステージ袖に戻る時に見てしまった

最前列にいた1人のファンの顔を

首をかしげ、何か考え込むような表情をしたファンの顔を

そして発売から一週間後

私はCDの売上をみて愕然とする事となる

『初週売上8万枚』

何が起こったのかが分からなかった

後ろではプロデューサーが集計会社に電話をし、確認をしていた

その時からだ

私の中で何かが切れて落ち

そしてずぶずぶと抜け道のない深みの中に沈んでいったのは

結果としてそのCDの売上は1ヶ月12万枚で止まってしまった

それから更に1ヶ月後、私は再び新曲を発表した

プロデューサーは2曲続けて同じような曲を出したのが原因だと考えた様で、今度の新曲は明るめのポップな曲になった

私自身、あまりアップテンポの曲を歌うことは少ないが、個人的にこの曲は『有り』だった

メディアもまだ私のことは注目していてくれたらしく、前回同様に様々な形で取り上げられた

発売記念ライブも以前とほとんど変わらない盛り上げを見せてくれた

プロデューサーは手応えを感じていたらしい

が、私にはそうは思えなかった

プロデューサーは気づいていなかったが、ライブに集まってくれたファンが以前のとは質が変わっていた様に思えたからだ

結果は『初週売上5万枚』という現実であった

結果を見て項垂れていた私に、皆は慰めの言葉をかけてくれてけど、それは更に私の心を深いところへと沈めていく

売上は3周目の時点で9万枚を最後に止まった

その次に出したシングルはドラマとのタイアップもあり、ある程度売れる事が予想されていたけど……

1ヶ月19万枚と奮わず、持ち直したとは言えないようなものであった

そしてその次のシングルも1ヶ月7万枚と、デビューシングルの売上すらも下回り、ここで私は折れてしまった

今現在、私は半年近く新曲を出さず、たまにライブを行う程度の活動しかやらなくなってしまった

メディアでは早くも過去の人の扱いになっている

もしかしたら、私は気付かぬ内に歌に手を抜いていたのではないかと思い周りに聞いてみても、私の歌にそんなことはないと返されるばかり

……いえ、1人だけ違った

春香だけは違った

春香「ねえ、千早ちゃんは今、何のために歌っているの?誰のためにアイドルをしているの?」

千早「そ、それは……」

何も言えなかった

デビュー当時の私なら

「私には歌しかありませんから」

と建前を言い、心の内では

「優の為」

と思っていただろう

そして、1年前の私なら

「歌う事が好きだから」

と答えただろう

じゃあ、今は?

歌う事は好きだ

でも、何かがすこし違うような……

足りないような

自分の言葉と見えない本心がズレているように感じるのだ

私が春香にそのことを伝えると、春香は

「手段はね、あくまでも手段なんだよ。それさえわかれば千早ちゃんは大丈夫だから」

そう言って彼女はレッスンに行ってしまった

あれ以来春香とは予定が合わず、そのことについてもっと詳しい事が聞きたいのに未だに聞けずにいる

答えの見つからないまま日々が過ぎていく

こうして思い悩んでいる内に、私はいつの間にかすっかり歌う動機を見失ってしまっていた

スランプ状態の出来上がり

今の私は歌うオーディオプレーヤー

幾ら歌えど、その声に『魂』などはなく、残るのは

「相変わらず上手いね」

……カラオケ採点のような感想だけだ

そんな私に舞い込んだ新曲の話

事務所に新曲の楽曲提供者が突然押しかけてき、

「今の如月千早にプレゼント。プレゼント、気に入るといいけど」

と、半ば強引に押し付けてきたらしい

それなら断ってくれればいいのに

なんて思ったが、その楽曲提供者の名前を見て私は思い出す

この人は確か美希がブレイクするきっかけとなった「Remember」の楽曲提供者という事を

確かにその人からなら断りづらいかもしれない……

P「とりあえず、サンプルだけでも聴いてはくれないか」

千早「……聴くだけなら」

P「そうか!一応この曲は男性が歌っているが、あくまでもサンプルだからな。だからどんな曲かというのだけを掴んでくれるだけでいい」

千早「聴くだけですよプロデューサー。私は歌うだなんて言ってませんから」

P「……すまん。つい、いつもの癖で」

千早「……」

そう、聴くだけだから

プロデューサーからヘッドホンと音楽プレイヤーが渡される

曲名は……、

千早「『Day After Day』……、ですか」

P「美希の時と同様に全部英語の歌詞らしい」

千早「全部英語……」

P「和訳歌詞も貰ってるが、それを見ながら聴くか?」

千早「いえ。とりあえず何も情報がない状態で1度聴いてみたいです」

P「分かった」

ヘッドホンを付け、音楽プレイヤーの再生ボタンを押す

ヘッドホンからゆっくりとしたテンポのメロディーが流れ始める

一瞬バラード系の曲かと思ったが、ベースを聴く限りでは多分その手の類ではなさそうだ

徐々にテンポが上がってくる

ああ、これは出だしからサビに入るタイプの曲か

様々な音が重ねられていき、いよいよ全てが盛り上がり歌い出しのタイミングに入るその時、その瞬間

声が聞こえた

内側から

そして私に映る景色が暗転した

―――――――――

――――――

―――


懐かしい空間にいるような気がする

『―――――――――し―――――――――』

『――――――いが――――――――――――き――――――』

ノイズが遮って何を言っているかは分からないけど、私はこれを知っているような気がする

『――――――――す―――――――――――――――か―』

『で――――――――――――――――――――――――れ―――――― 』

『―――――――――ろう―――――――――を――――――う――――――』


「―――――――――――――――だ―――――」

ずっと聞かされていたような、そんな感覚

『―――ま――――――――――――ん―――――――――――――――』

『―――――――――わ――――――と――――――――――――――――――の―――――――――』

『――――――み――――――、――――――って――――――――― 』

『――――――ら―――――――――に――――――――――――の』

『――――――は―――――――――――――れ――――――――』

『―――――――も―――――――――――――げ―――――――――――――いと―――』

そう、これは本当にあった話

ずっと昔の……、昔?

あれ……、私は……

『――――――――ょ――――――――――――れ―――――――――』

「―――――――――れ――――――――――――」

『――ん―――――――――――――ね―――――――――』

『――――――――ま――――――――――――――――――も―――――――――』

ああ、そうだ、私は

『―じ―――ま――ょ―――』

『「殺すわ、あなたを」』












「千早!」


















千早「っ!!」

そして私の意識は一気に現実へと引き戻される

眼前に広がるのはぼやけてるけども、見慣れたいつもの事務所

そして目の前には私の肩を掴んでいるプロデューサーが映っていた

P「だ、大丈夫か!千早」

千早「よく分からないですけど大丈夫です。あの、私……」

P「……最初は聴き入ってるだけだと思ってたんだが、その」

千早「私に何が……」

P「お前が泣いていたんだ」

千早「えっ」

P「事前にサンプルを聴いていたから、千早がそんな涙するような曲ではない事は分かってたんだ。ただ、突然お前が涙を流しはじめたから。何があったのか聞こうと思ってお前に声をかけてみたんだが反応がなくてな。こうやって強引に起こしたんだ。すまん」

千早「い、いえ……」

『』

『……things are rolling on........』

気付けば曲はもう終わりに差し掛かっていた?

……何があったのか全く思い出せない

聴いていたら突然酷く懐かしい場所に放り出されたような、そんな感覚があったのは覚えている

ただ、それがどうして私が泣くことに繋がったのか……

ひとまず目元の涙を温い、曲の再生を止める

P「……本当に大丈夫か?」

千早「はい、大丈夫です。驚かせてしまってすいませんでした」

P「いや、千早が大丈夫ならそれでいいんだ」

千早「……あの、プロデューサー」

P「なんだ?」

千早「これ、お借りしても宜しいですか?」

P「別に構わないが……。もしかして、」

千早「まだ歌うと決めたわけではありませんが……。私、もう少しこの曲を聴きたいんです」

P「そうか。でもなぁ……」

千早「多分もう大丈夫です。根拠はありませんが、多分」

よく分からないけど、そんな確信だけはあった

P「……ならいいけど」

その後私は午後のレッスンを済ませ、すぐさま帰宅した

何故だか久しぶりに足取りが軽かったような気がしたけど、多分気の所為だと思う

カツン、カツン、

ピピンッ

『システム、通常モードを起動。パイロットの認証を開始』

ガコンッ

「……」

「行くのか」

「ええ……。たとえこれは罠だとしても」

「分かってるならそれでいい。俺からとやかく言うつもりはない。いつも通り俺が送り、お前がやるだけの話だからな」

「……ありがとう」

「珍しく素直じゃないか。これはいよいよもって俺も明日には引退か?」

「言わなきゃよかった」ムスッ

「ハハハハッ、何、それが悪いことだとは言ってないだろ」

「……別になんとも思ってないわ」

「そうかい、ならいいんだが」

ブオンッ

『各装備接続正常を確認。待機モードに切り替えます』

「殲滅が確認でき次第回収して」

「あいよ」


「行ってくるわ、ファットマン」

「行ってきな、マギー」




















『今までの候補者に比べ、持ち堪えた方ではあったが……。だが、お前も同じだ。21人目』

けたたましい警告のアラームがコクピット内で響きわたる

全面の液晶は砕かれ、コクピットはほぼ剥き出しに近い状態

脚部は破壊され、今反応するのは右肩のハンガーユニットのみ

左は、動かせない

動かそうにも、操縦桿を握る為の物が失くなっていた

足元に落ちているそれを繋げることは出来ない

……私は負けたのか

『おい、大丈夫か!返事をしろ!マギーッ!』

無線からファットマンが呼びかけてくるが、もう私にはそれに応えられる力はない

……私はただひたすらに強くあろうとした

その昔、ずっと子守唄代わりに聴かされていた『黒い鳥』のお話

私は彼女に憧れ、そして、彼女になりたいと思っていた

だから傭兵となり、各地を転々としながら実戦を重ね『黒い鳥』に近づこうとした

それが私の生きる理由であり、戦う理由でもあった

だが、私はなれなかった

選ばれてはいなかった

私は、死ぬ

私が殺したきた傭兵たちと同じように

そこら中に転がっている名も無き廃品(ガラクタ)とたちと同じように

気付けば頬を涙が伝っていた

所詮私では『黒い鳥』には、『黒い鳥』が立っていた領域のその一旦ですら立ち入る事が出来なかったのか

……

ついにはアラーム音も止んだ

それと同時に後ろのジェネレーターからは歪な音が鳴り始める

体に纏わり付く熱気が増す

ああ、お終いか

もう、これで本当に終わりなのか

なにも出来ぬまま、理不尽に死ぬのか

私は

「認めな……い……。私が……、私は!こんな小さな存在で……!」

無意識に手を前に差し出していた

「死にたく……ない!!!!」

「マギー!掴まれっ!!!」

そして、直後大きな衝撃と共に、私の視界は白い光に塗りつぶされていった……

ドタンッ

『朝ですよ、朝!朝ですよ、朝!朝ですよ、あs』

カチッ

千早「……」

カタンッ

千早「……夢?」

随分と懐かしい夢を見ていたような気がする

さっきまで覚えていた筈なのに、既にどんな夢なのかさえ分からなくなってしまっている

千早「……関係がないとは言えないわよね」

もう、あの曲を聴いて意識が突然飛ぶことはなくなった

だけど、さっきまで見ていた夢

自分であって自分のものではなかった様なあの夢

それはくっきりと私に残していた

私の左腕の二の腕をぐるっと一本線のような赤い痣を

千早「美希か……、律子のどちらかに相談してみた方が良さそうね」

私は足元に転がっていた携帯を起動させアプリを開き、1番上に表示されている『○○○○○○』の名前を選び、要件を打ち込む

プロデューサーに2人の今日の予定を確認してもらう旨を書いたメッセージを送信し、私は洗面台へ向かう

今日も何かありそうな気がする

「なんだかなぁ~♪」

自分らしくもないと思いつつも、何故か私は胸を踊らせていた

律子「珍しいわね。千早が私に相談事なんて」

千早「そうかしら?」

律子「いつもこういう事は春香に相談してたじゃない」

千早「そ、それは……」

律子「ごめん冗談よ」

千早「もう……」

律子「それで、千早の相談事ってのは?」

千早「実は昨日ある人から楽曲の提供があったの」

律子「……それは全部英語の歌詞とかだったり?」

千早「よく分かったわね」

律子「千早もか……」

千早「?」キョトン

律子「どうしたものか」

千早「それでそのか」

律子「あーあー!言わなくても事情は把握したわ。その件に関しては任せなさい、多分力になれるから」

千早「え、でもまだ最後まで」

律子「……美希も同じような事があってね。恐らくそれと同じ事よ」

千早「やっぱり美希も!?」ガタッ

律子「その様子なら美希にも声をかけてたみたいね」

千早「よく分かったわね。流石は律子と言ったところかしら」

律子「……。早速なんだけど、千早はどうしたいのかしら」

千早「どうしたい、てのは……」

律子「そのままの意味よ」

千早「もっと具体的に……」

律子「それを自分で見つけることが、あなたが抱えてる問題を解決するために必要な第一段階なの」

千早「そ、そんなのいきなり言われても」

……どうしよう

律子までまさか春香みたいな事を言い出すなんて

どうなりたいか、だなんて……

千早「戦場で戦い続けられるのなら……」ボソッ

特に意識した訳でもなくポツリと出た言葉

なぜこんな言葉が出たのかは分からない

ただ何故か、この言葉が胸にストンと落ちて嵌ったような気がした

私であり私ではないような言葉……

あっ

ハッとなって律子を見ると、彼女は怪訝な顔してこちらを見ていた

……聞かれてしまっていた

律子「……随分とまあ物騒ね」

千早「えっ!?いや、その……今のは!」

困った

意図せず出てしまった言葉

このままだと、スランプで精神的に追い詰められて危ない人になったとでも思われかねない

千早「あ、あれは言い間違でで、本当はまた歌い続けられるようになれたらと……」

どうだ!

律子「ふーん……。それならそれでも良いけど」

千早「言い間違えただけだからね?」

律子「はいはい」

……何とかなったみたいね

律子「じゃあ次の段階なのだけれど……。その曲のサンプルはあるかしら」

千早「ええ、持ってきているわ」

律子「私に聞かせてくれない?」

千早「別に構わないけど……」

ガサゴソ........

千早「はい、これよ」

律子「この1番上のやつかしら」

千早「ええ」

律子「『Day After Day』ねぇ……。歌詞とかは?」

千早「プロデューサーが持ってるけど、私は持ってないわ。……必要だったかしら」

律子「ま、そこまで難しいのはないでしょうし、無いなら無いでも私は大丈夫よ」

千早「そう……。ならいいけど」

律子「じゃ、再生っと」

ピッ

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