勇者「この街は、何かがおかしい」 (127)
ーー魔王城付近の森ーー
勇者「はぁ……はぁ……」
賢者「大丈夫ですか? 勇者様」
勇者「ん、ああ。少し歩き疲れただけだから。心配しないでいいよ」フゥ
賢者「体調が優れないようなら……今から引き返します?」
勇者「心配してくれるのは嬉しいけどーーもうすぐ魔王城だってのに、そんなこと出来るわけない」
賢者「だからこそ、です。魔王には万全の体制で挑むべきです。無理をなさらないで下さい」
勇者「いや、ここまで来たからには……ぐっ」フラッ
賢者「ゆ、勇者様!?」ガシッ
勇者「す、すまない。少し頭痛が……」
賢者「少し休憩をとりましょう。これ、上やくそうです。つかえばすぐに気分がよくなると思います」
勇者「…………すまない」
賢者「いえ」
賢者「そこの木陰で休みましょう」
勇者「ああ。しかしなんたってこんなにも頭が……うっ」
賢者「無理に話さなくても大丈夫ですよ」
勇者「……悪いな。何からなにまで面倒見てもらって」
賢者「当然のことをしているまでです。仲間ですから」
勇者「仲間、か。本来なら君を巻き込むつもりはなかったんだが……」
賢者「気に病む必要はありませんよ。村を救って下さったお礼をしたいって言い出したのは私なんですから」
勇者「……なあ、そのことなんだが。今からでも考え直しちゃくれないか」
賢者「考え直す、とは?」
勇者「幸い君の村からここまで魔物に出くわさなかったし……君なら、自分の村まで安全に帰れるだろう? だから」
賢者「こんなフラフラな勇者様を置いて、私一人だけ自分の村に引きこもってろと?」
勇者「…………まあ、そういうことだ」
賢者「優しいですね。元はと言えば、私たちの村を支配していた魔物と戦ったせいで、勇者様のお仲間ーー戦士様や、僧侶様や、魔法使い様が重症をおわれたというのに」
勇者「当たり前のことをしたまでだ。それこそ気に病む必要はない」
賢者「いいえ、気に病みます。私、絶対に帰りませんから」
勇者「……参った。分かったよ、ありがとう」
勇者「君を見てると、弟を思い出すよ」
賢者「姉でもなく妹でもなく弟、ですか。少し複雑です」
勇者「ははっ。……いや、本当にそっくりなんだ。弟のやつは、世話焼きでお節介で、いつも事あるごとに俺のこと気にかけてきた」
賢者「…………お節介と思われていたんですか、私」
勇者「あ、いや、そういうわけじゃないよ。もちろん」
賢者「いいわけ無用です。それで、弟さんは今何を? 故郷で勇者様の帰りを待たれてるのでしょうか?」
勇者「死んだよ」
賢者「えっ……」
勇者「魔物に襲われてね」
賢者「……そう、だったのですか」
勇者「すまない。少し暗くなったな」
賢者「いえ」
勇者「さて、そろそろ行こう」
賢者「もう大丈夫なんですか?」
勇者「ああ。賢者のくれた上やくそうのおかげで、気分爽快だ。何はともあれ、急がないと」
賢者「そんなに急がなくても……気分が悪いならゆっくり休んでください。」
勇者「ここは敵の本拠地だぞ。ここまで魔物に出くわしてないとはいえ、長居すべきじゃない」
賢者「……分かりました。行きましょう」
勇者「ああ」
勇者「……ふぅ。ようやく、人工物らしきものが見えてきたな。遠くてよく見えないが」
賢者「そうですね。恐らくはあれが魔王の城でしょう」
勇者「恐らく、か。そういえば君は、この森の隣の村に住んでいたんだろう? 魔王の城について何か知らないのか?」
賢者「すみません、詳しいことは何も。この森には決して近寄ってはならないと、村の掟で定められていますから」
勇者「……現在進行形で村の掟破っちゃってるけど、それはいいのかい?」
賢者「それはいいのです」
勇者「見えてきた見えてきた。あれが俺たちが目指して来た魔王城……って、あれ?」
賢者「あれは…………街?」
勇者「賢者にも見えるか」
賢者「ええ。魔王城のふもと付近に、街が。今までは木々に遮られてよく見えませんでしたけど」
勇者「城下町、ってところか。ははっ、魔物がうじゃうじゃ住んでそうだ」
賢者「魔物がうじゃうじゃ……」
勇者「怖いんなら、今からでもひき返してもいいよ。ほんとに」
賢者「……くどいです」
ーー魔王城城下街ーー
勇者「さて、街の入り口付近に辿り着けたわけだが」
賢者「一見普通の街、みたいですね。お化けでもでそうな雰囲気ですけど」
勇者「そうだな。やっぱり気がかりなのはーー」
賢者「人の気配がないこと、ですかね」
勇者「まあ人がいるとは元より期待してなかったんだけど。魔物の気配すらないとは意外だな」
賢者「どうしましょう」
勇者「行くしか、ないだろう。ただし警戒は怠らないように」
賢者「分かりました。背中は任せて下さい」ガシッ
勇者「……あのさ。何度も言うけど、怖いんなら君だけでも引き返してもいいんだよ」
賢者「怖くなんかありません」
勇者「なら俺の背中にしがみつくの、やめてくれないかな……?」
賢者「勇者様の背中を守っているだけです」
勇者「ここら辺は住宅街、かな。建物が人間の村と
ほとんど差がない」
賢者「…………」
勇者「? どうしたんだ、うつむいて?」
賢者「勇者様、地面に足跡が」
勇者「足跡? これは……魔物の足跡、だよな?」
賢者「ええ。他にも、馬車を引いたような跡なんかも残ってます」
勇者「生活の形跡が残ってるってことは……この街はほんの最近まで使われていたってことだよな?」
賢者「今も、かもしれません」
勇者「今も? だけどそれにしちゃ人がーーこの場合は魔物か。ともかく住民がいないじゃないか」
賢者「建物に隠れているだけかもしれません。今も物陰から、私たちを狙っているのかも」
勇者「なるほど。なら警戒して先に進ーー」
老人「おお、旅のお方ですかな?」
賢者「きゃっ!」ギュッ
勇者「誰だっ!?」
老人「お、驚かしてしまいましたかのぅ? 突然声をかけるのは失礼でしたな」
勇者「……いや構わない。それより、いくつか聞かせてもらいたいことがあるんだが、いいか?」
老人「もちろんですとも」
勇者「どうして人間がここにいる?」
老人「むむ? ここに人がいることが、そんなにおかしいですかね」
勇者「当たり前だ。絶対におかしい」
老人「しかしそれをいうなら、ここにいるあなた ̄ ̄旅の方も人ではないですか」
勇者「……質問を変えるぞ。お前は何者なんだ」
老人「わしゃ、ただのしがない村人ですわい」
勇者「村人、だと? つまりこの街に住んでいると?」
老人「その通り。産まれも育ちもこの街ですわ。……おお、そうじゃ。旅の方に歓迎の言葉を掛けるのを忘れておった」
勇者「歓迎の、言葉? いや、それよりまだ訊きたいことかーー」
老人「ようこそ、始まりの街へ」
勇者「!」
老人「いやはや。旅の方には今の言葉を掛けるきまりになっているのですが。いかんせん旅人がここに来るのは久方ぶりですからのぅ。うっかりしとりました」
勇者「……おい、あんた。ふざけてるのか」
老人「わしゃ大真面目じゃが。……どうかしましたか」
勇者「始まりの街ってのはーー俺の故郷だ」
老人「そりゃ驚いた。この街の人間とは、全員顔馴染みのつもりじゃったんじゃがのぅ。お前さんの顔は記憶にないですわい」
勇者「そうじゃない! 始まり街ってのはここから遠く離れた場所にあってーー決してこの街のことじゃ、ない」
老人「またまた、ご冗談を」
勇者「冗談を言ってるのはーー」
??「おい、あんたら! そこの爺さんを捕まえてくれ!」
賢者「!」
勇者「捕まえるって……。 おい、何をやらかしたんだよ。何者なんだあんた」
老人「何もやらかしちゃおりません。口うるさい女房がわしを連れ戻しにきただけじゃ」
??「誰が口うるさいだ! さっさと城に戻れってんだよ、このクソボケ爺ィ!」
賢者「ゆ、勇者様! 見て! 見てください!」
勇者「なんだよ賢者。今それどころじゃ……」クルッ
勇者「なっ!?」
スライム「あん? 人の顔見るなりそのリアクションはないだろ。喧嘩売ってんのか?」
勇者「す、スライムが喋った!」
勇者「な、何でお前、スライムなのに……話せるんだ?」
スライム「んなの、話せるもんは話せるとしか言えねえわな」
勇者「いや、でも、普通のスライムは話せないだろ」
スライム「あんだよ、兄ちゃん。もしかして田舎出身か? 地方のスライムは人間語を話せる個体が少ないらしいが」
賢者「勇者様、そこどいてください! すぐにメラミを撃ちますから!」
スライム「お、おいおい。勘弁してくれよ姉ちゃん。自慢じゃねえが、そんなんぶっ放されたら一瞬で蒸発出来る自信があるぜ」
勇者「とりあえず攻撃するのは待ってくれ、賢者。今のところ敵意はないみたいだし」
賢者「……分かりました」
老人「婆さんや。その方々はどうして腰を抜かしておるんかね?」
スライム「待て。ジジィは口を挟むな。ややこしくなるから」
勇者「婆さん? ということは、メス……なのか? その口調で?」
スライム「ジジィの戯言なんざ真に受けんな。ボケてんだよ、こいつは。……俺を女房と勘違いしてやがる」
勇者「痴呆を患ってたのか。……なるほどな」
スライム「んで、あんたら何者だ? まさか観光に来たって訳じゃあねえよな」
勇者「あー、ええっと、俺たちは……」
賢者「私たちは魔王軍をーーあなたたちを倒しにきたの」
勇者「おい、賢者」
スライム「…………へえ」
スライム「するってえとなんだ? あんたらが例の勇者一行って奴なのか?」
勇者「この際だから白状するけど……まあその通りだ」
スライム「ふむふむ。……さっきまで気付かなかったが。あんたもすげえ警戒してんだな、俺のこと。殺気が溢れ出てるぜ」
勇者「油断させて、もう少し情報を吐かせるつもりだったんだがなあ。……賢者が余計なことを言うから」
賢者「敵陣でこれ以上腹を探り合うなんて危険にもほどがあります。迅速かつ確実に、目の前の敵を処理した方が安全だと判断しました」
勇者「一理あるが、でもなあ。俺のやり方はもっと ̄ ̄」
スライム「お、おいおいおい。待て待て待て。 俺を排除する前提で話を進めるのはやめろや。もっとちゃんと話し合おーぜ」
勇者「……お前さっき、そこのご老人に『城へ戻れ』と言ったな」
スライム「あん? 言ったが……それがどうした?」
勇者「お前が魔王軍の関係者であることの証左だ。"城"というのはこの場合、ほぼ間違いなく"魔王城"を指しているんだろうからな」
スライム「ああ、なんだそんなことか。そうだぜ、俺は魔王軍の一員だ」
賢者「ついに認めましたね!? そこのおじいさんも、どうせあなた達がさらったんでしょう!」
スライム「だーかーらー。認めるも何も最初から隠してねーし。ジジィをさらったりもしてねーよ。ほら、おめえからも言ってやれ爺さん」
老人「婆さんや。お二方が気付かなんでも、わしだけは気付いたぞい」
スライム「あん? 何にだよ?」
老人「お主の、殺気とさっきを掛けた洒落にじゃ。実に寒かったのぅ。ほっほっほっ」
スライム「黙れクソジジィ」
スライム「あーもー。どうすりゃ分かってもらえるのかね。俺にゃ敵意はねーのによ」
勇者「嘘だな」
スライム「あん? 何を根拠に言ってんだ、テメごら。ぶち転がすぞ」
老人「敵意に満ち溢れとるのぅ」
勇者「魔王軍を打ち滅ぼそうとしている俺たちを前にして、お前が反感を抱かないはずがないだろう」
スライム「……けっ、お前らは勘違いしてるだけなんだよ。勘違いしたまま俺たちを逆恨んでるだけ。そんな野郎どもに、一々目くじら立てたりしねーよ」
勇者「勘違い? 逆恨み? ……何を言っている」
賢者「勇者様、魔物の戯言です。耳を傾けないでください」
スライム「詳しい話は、下っ端の俺の口からは言えねえな」
勇者「なら、誰から訊き出せと?」
賢者「勇者様!」
スライム「決まってんだろ。我らが大将ーー魔王様だよ」
勇者「魔王、か。生憎そう簡単に会えそうな相手じゃないな」
スライム「ところがどっこい、案外簡単に会えるんだな」
勇者「と、いうと?」
スライム「俺たちゃ魔王様にあんたを見かけたら城へ案内しろって申しつかってるんだぜ、勇者様。魔王様に会わせてやるよ」
勇者「わざわざ敵を自陣に招き入れてくれるってわけか。そりゃ助かる」
スライム「だろ?」
勇者「分かったよ。ならさっさと魔王の元に案内してくれ、ついて行ってやる」
賢者「ちょっと待ってください。本気ですか!?」
スライム「そう心配すんなよ、姉ちゃん。魔王様は話し合いでの解決を望んでるんだ。滅多なことは起きやしねーよ」
賢者「それが信用ならないって言ってるんです!」
ーー魔王城ーー
賢者「結局来ちゃった……」
スライム「何だよねーちゃん。元気ねえじゃん。何か嫌なことでもあったのかい?」
賢者「ほぼあなたのせいですよ!」
勇者「まあまあ、今のところ奇襲や罠ってわけでもなさそうだし。あんまり気を落とすなよ」
賢者「結果だけ見ればそうですけど……でも、なんでこんな魔物の誘いなんかに乗ったんです? どう考えても、始末した方が安全だったじゃないですか」
スライム「こらこらこら、面と向かって何てことを言ってくれんだよ。おい爺さん、てめえからも何か言ってくれ」
老人「いっそザックリやってくれりゃ良かったんじゃがのぅ」
スライム「テメごら、ぶん殴るぞ」
賢者「…………はあ」
勇者「どの道魔王城に乗り込む算段だったんだ。そこに人質が加わったってだけで、何ら問題はないよ」
スライム「人質……だとっ!? おいごら、てめぇも俺をそういう風に扱うのかあ! おおん!?」
賢者「だけど……」
スライム「無視してんじゃねーぞ、ごらあ!」
勇者「それに何より。対話を求めてる相手を無粋に扱うわけにはいかないだろ?」
スライム「何それかっこいい」
賢者「それが例え魔王であっても、ですか?」
勇者「ああ、その通りだ」
スライム「ふんっ。流石勇者様だ。勇ましいじゃねーか」
賢者「……からかってるんですか?」
スライム「んなわけねーだろ。額面通り褒めてんだよ。ちっとは警戒解いてくれって。なあ爺さん」
老人「婆さんや。本当にいいんかね? 勝手にお隣さんちに旅のお方をあげてもうて」
スライム「会話のキャッチボールしろや、このボケジジイ」
賢者「お隣さんの家って……もしかしてこの魔王城のことですか?」
スライム「さっきから言ってるけど、この爺さんちょいとボケてるんだわ。魔王城をお隣さんちだと思い込んでやがる」
老人「知らんぞい。後でローズの小僧が怒鳴り込んで来ても。ああ怖い怖い」
勇者「ローズ、さん?」
勇者「ローズさんってのは……俺の家のお隣だ」
賢者「! まさかこの方、勇者様のお爺様か何かじゃ……」
勇者「……いや、それはない。俺の祖父は実家にいるはずだし、この人とは似ても似つかない」
スライム「あー、そっかそっか。あんたが勇者ってこたあ、爺さんと同郷か」
賢者「同郷……そうですよ! どういうことなんですか!? どうして勇者様と同じ故郷の方が、こんな所にいるんですか!」
スライム「その辺りの説明は魔王様に聞いてくれや。もうすぐ魔王の間に着く。それまでに説明し切るには、ちと込み入ってるんでね」
勇者「ならその前に一つだけ、尋ねたいことがある」
スライム「あん?」
勇者「どうしてこの街には誰もいない?」
スライム「あー……」
勇者「正確には、お前らがいる時点で誰もいないわけではないだろうが……。街の規模の割に住民が少な過ぎる」
スライム「……ま、その通りだ。いない訳じゃねえ。みんな自分の家に立て籠もってるってだけだ」
勇者「立て籠る? なんでまたそんなことを……」
スライム「もうすぐ"嵐"が来るからさ」
勇者「嵐、だと? それって一体……」
スライム「さて着いたぜ。そこの扉を開ければ魔王の間だ」
勇者「おい待て。まだ訊きたいことがーー」
スライム「だーから。込み入った説明は魔王様にぶん投げるって言ってんだよ。おりゃ、口下手だからよ」
賢者「確かに。要領得ない話し口でしたもんね、あなたの説明」
スライム「んだとゴラッ!? おれを馬鹿にしてんのか!」
賢者「自分から口下手って言い出したんじゃないですか……」
勇者「……分かった。魔王に直接聞くことにする。それでいいんだろ?」
スライム「そうしろそうしろ。……そうだ。手短に一つだけアドバイスならくれてやってもいいぜ」
勇者「ありがたい。聞かせてくれ」
スライム「魔王様は偉大なお方だ」
賢者「いきなり何を言い出すんです? この不定形生物は」
スライム「おいごら姉ちゃん!さっきからちょっとずつ俺に対する当たりが強くなってねえか?! おおん!?」
勇者「話を続けてくれ。仲間の無礼は俺が詫びる」
スライム「……今言った通り、魔王様は偉大なお方だ。だけど欠点もあってな。魔王様は偉大過ぎるが故にーー」
スライム「初めて魔王様の前に立った者は、魔王様のご威光に当てられ平常心を喪う。おめえらも一目みりゃ面食らうはずさ。でもって平常心じゃいられねえはずだ」
賢者「……っ。やっぱりそれってかなり危険じゃないですか!」
スライム「そういきり立つほど、危ねえもんじゃねえよ。いくら魔王様が半端ないつっても害意もなしに危害を加えたりは出来やしねえ」
勇者「危険はない、か。じゃあ最悪どうなるんだ? 魔王の威光に当てられた者は」
スライム「慌てふためいて醜態を晒す羽目になるだろうな。命に関わることはぜってえにねえが……精々心してかかるこった。けけっ」
ちょっと休憩
ーー魔王の間ーー
魔王「待っておったぞ。勇者とその付き人よ」
勇者「……」
魔王「長いーー実に長い間、わらわはそなたらを待っていた」
賢者「……」
魔王「この日をどれだけ待ち詫びたことかーーいくら言葉を尽くしても語り尽くせそうにない」
魔王「故に多くは語らぬ。けれど一言だけ言わせて欲しいーーよくぞ来た」
勇者「……」
賢者「……」
魔王「な、な、な、何じゃと!? 我を誰と心得る!? このわらわを、よりによって……お嬢ちゃんなどと!」
勇者「いや、でも、どこからどう見ても外見が……」
魔王「見た目などに囚われるでない! いつだって大事なものは内面にある! 感じよ! 溢れんばかりのわらわの威厳を!」
勇者「威厳って言われても……。幼女がだだこねてるようにしか……」
魔王「この朴念仁めが! これ、となりのうぬからも何か言うてやれ!」
賢者「すごく、かわいいです」
魔王「!?」
勇者「意外だな。賢者は子供好きなのか」
賢者「はい、ああいう可愛い子を見ると何だかこっちまで暖かい気持ちになっちゃいます」
勇者「将来はいい母親になれそうだな」
賢者「…………えへへっ」
魔王「~~っ!?!?」
魔王「許せん! わらわを侮辱し、あまつさえわらわを無視して会話を進めるとは! 何たる侮辱!」
勇者「そんなこと言われても……子供みたいな姿してるのは事実だしなあ」
魔王「そう、それじゃ! 訂正せよ! わらわを子供扱いしたことを! 今すぐに訂正するのじゃ!」
賢者「怒った姿もかわいいです」
魔王「貴様は黙っておれ!」
勇者「そうやってすぐに怒り出す辺り、内面含めて子供にしか見えないんだよな……お前、本当に魔王なのか?」
魔王「~~っ。打ち首じゃ! 皆の者、この不敬者共を捕らえて痛めて打ち首にせよ!」
バタンッ
スライム「待て待て待て! ……ちっとは落ち着けって、魔王様。ここでブチギレたら全部ぶち壊しだぜ?」
魔王「黙れい! わらわに指図するでないぞ、スライム! わらわの部屋に無断で侵入した上でその無礼ーー勇者共々打ち首に処されたいのか!」
スライム「あいにく首がねえから無理だわなあ」
勇者「おい、話が違うぞ。俺たちじゃなくて、向こうの方が平常心失ってるぞ。その上こっちに危害加える気満々じゃないか」
スライム「でも面食らったろ? 威光半端ねえだろ?」
賢者「たしかに半端ないかわいさです」
スライム「つまりそういうことだ」
勇者「いやどういうことだ。というより何で来たんだよ、お前」
スライム「おりゃ届けもんを届けに来たんだよ。だってのにお前らときたら、温厚な魔王様をマジギレさせよがってよお。それどころじゃなくなっちまったじゃねえか」
賢者「届けもの、とは?」
スライム「ん、そうだな。……おい、もう入って来ていいぞ」
メイド「かしこまりました」
魔王「そ、それは……」
メイド「食事の用意にございます」
勇者「すごい量だな」
賢者「それにどれも高級品です」
スライム「魔王様よぉ、あんた常々言ってたよな? 勇者が来たら食事を振る舞って、歓迎しながら話をするって」
魔王「……む」
スライム「だからおりゃ気ぃ効かせて、下っ端メイドどもにソッコーで料理つくらせてたんだけどよぅ。……あんたがそんな様じゃあ、全部無駄になっちまう」
魔王「…………よかろう。そなたらの不敬な振る舞いは一旦、不問に処す。その上でこのでぃなーを食すことも……許可しよう」
賢者「わ! やりましたね勇者様! あれ、全部食べてもいいんですって!」
勇者「……いや。せっかくの申し出だけど遠慮させてもらう。料理はいらない」
スライム「あん? そりゃ一体どういう了見だごら」
勇者「ここはまだ俺たちにとって敵陣ど真ん中だ。そんな場所で出されたモノを食すわけにはいかない」
賢者「で、でも、こんな小さな子が私たちをはめるだなんて……」
勇者「らしくないな、賢者。相手は腐っても魔王だぞ。食事に毒を盛るくらいはしかねない」
スライム「っ! ざけてんじゃねーぞっ。するわけねーだろそんなこと! こっちの好意を踏みにじって付けやがりーー」
魔王「待て、スライム」
スライム「お?」
魔王「構わん。そこの食事はわらわとスライムで食す。そなたらは自前の食料を喰らうがよいーーそれでも会食は出来る」
スライム「おおん!?」
勇者「寛大な処置に感謝致しますっていいたいところだけど。……さっきまでご立腹だった割に、ずいぶんあっさり聞き入れてくれたな」
魔王「ククッ、なあに。一理あると思っただけのことよ。このわらわを立派な敵とーー立派な大人のれでぃと認めた、そなたの言い分にのぅ!」
勇者「いや、確かに君のことを敵として見てないわけじゃないけど。だからといって君を大人の女性として認めたわけじゃ……」
スライム「おい、やめろ。また話が拗れる」ヒソヒソ
勇者「ん、ああ。……済まない」
勇者「ひと段落ついたところで話し合いだ。まず訊きたいことがあるんだがーー」
魔王「待たれよ」
勇者「どうした?」
魔王「こちらが用意した料理を食すことは強要せん。それは確かにわらわが許した。しかし最低限、会食という形式は守ってもらうぞ。そなたらで何か食料を用意せい」
勇者「何故そんなことに拘る?」
魔王「大事な話し合いは飲み食いしながら進める方が捗る。世の理じゃろに」
賢者「あの、勇者様。食糧なら私が持ってきてますけど……」
勇者「料理のグレードはぐっと劣るのは否めないだろうな。フードコードにでも抵触するんじゃないのか?」
魔王「構わん。大事なのは食事をしながら話しを進めることじゃ。料理の質など関係ない」
勇者「……やっぱりよくわからないな、そのこだわり」
ーー食事中ーー
勇者「それで。訊きたいことがあるんだが」クチャクチャ
魔王「ふむ、構わん。言うてみろ」ムシャムシャ
勇者「この街にはどうして人がいない?」クチャクチャ
魔王「ほう、そこからくるか」ムシャムシャ
勇者「都合が悪かったか?」クチャクチャ
魔王「いや、むしろよくぞ訊いて欲しいところを訊いてくれたなと感心しておるくらいじゃ。その辺りの背景から説明した方が後々楽じゃからな」ムシャムシャ
勇者「後々、ね。一体何を隠しているのやら」クチャクチャ
魔王「ククッ……時期に分かる。精々楽しみにしておれ」ムシャムシャ
勇者「ああ、言われずともそうさせてもらうさ」クチャクチャ
賢者「あの……口にもの入れながら話すの、やめません?」
魔王「この街に今人がおらぬのは、"嵐"が来るからじゃ。明日の夜中までーーこの街と城は暴風雨に見舞われることとなる」
勇者「やたら断定的な口調だが……嵐の到来を確実に予見するなど不可能だろう」
魔王「いや。嵐は来る。確実にな」
勇者「何故分かる?」
魔王「昔からここら一帯には定期的に嵐がやって来るんじゃよ。週に一度、嵐は毎週欠かさずこの村を襲いにかかる。故に住民は嵐の日には極力家から外に出ない。ただそれだけのことよ」
賢者「待ってください!」
賢者「勇者様。だまされてないでください。あの子は嘘をついています!」
魔王「む」
勇者「嘘、か。どうしてそう思う? 根拠を教えてくれ、賢者」
賢者「その子は今、週に一度嵐がやってくると言いました。でもここからそう離れていない私の村には嵐なんて滅多に来ません。ここに嵐が来たら、私の村にもそれなりの影響が出るはずなのに……」
魔王「ふん、そんな所だろうと思ったわ。早とちりじゃ、小娘」
賢者「早とちり?」
魔王「早とちりとも言えぬか。常識に照らし合わせれば、そなたの言い分に何ら矛盾はない。むしろ至極真っ当な主張じゃ。しかし件の嵐はただの嵐ではないんじゃよ」
魔王「何せわらわの言うとるのは、先代魔王の呪いによって引き起こされたーーこの村だけを襲う、異常気象なのじゃからな。小娘の村に何ら影響ももたらさないのは当然じゃ」
勇者「……呪い、だと? しかも先代魔王がかけた?」
魔王「左様。つけ加えると、呪いはもう一つある。そして何よりそれこそが今回の話のキモじゃ」
勇者「何なんだよそのーーもう一つの呪いってのは」
魔王「この街に二日以上滞在した者はーー二度とこの街の外へは出られなくなる。この街には、そういう呪いが掛けられておるんじゃよ」
勇者「な!?」
魔王「この呪いが厄介でな。この街で産まれ育ったわらわや、街の住民は外に出れぬ。ーー半永久的に街に閉じ込められたままなのじゃ」
賢者「待って! それってつまり、二日あれば私たちをこの街に永遠に閉じ込めることも出来るってことですよね? あなたたち、最初から私たちをはめる気だったの!?」
スライム「おめえは馬鹿かよアホかよマヌケかよ、嬢ちゃん。俺らがんなことするわけねーだろ」
賢者「信用なりません!言葉だけなら何とでも言えます!」
スライム「落ち着け。よーく考えてみろ。百歩譲って、俺らが勇者一行を敵視してると仮定しようか。でもって嬢ちゃんたちを、この街に閉じ込める腹づもりでいるとする」
スライム「そのためにゃ、まず嬢ちゃんたちを二日間足止しなきゃなんねえ。その場合嬢ちゃんたちを捕まえて二日間放置するのが一番現実的な方法になる」
スライム「……けどよぅ、そもそも俺らがあんたらを敵視してんなら、捕まえた時点で煮るなり焼くなり始末した方が楽な上に確実なんだよ。わざわざ呪いの力に頼る必要がねえ」
賢者「あえて殺さず捕虜にするつもりなのかもしれません。私はともかく、勇者様を人質にとれば交渉を有利に進められるはずですから」
スライム「どうやって交渉するんだ?」
賢者「はい?」
スライム「呪いは"俺たち魔物"にも有効だ。つまり俺たちは街の外に出れない。当然使者も送れねえ。そんな状況で、どうやって外の世界の人間と交渉を進めるってんだよ」
賢者「う……」
スライム「つまり呪いが明らかになったからって、おたくらが俺らに不審感を強める道理はねえってこった。むしろ警戒を解いてくれてもいいぐらいなんだぜ?」
賢者「う……」
スライム「つまり呪いが明らかになったからって、おたくらが俺らに不審感を強める道理はねえってこった。むしろ警戒を解いてくれてもいいぐらいなんだぜ?」
勇者「……まあ。呪いを悪用して俺たちに危害を加えるつもりなら、そもそも俺たちに呪いの内容を打ち上けたりはしないか」
スライム「けっ、流石勇者じゃねーか。話が分かる」
勇者「ただし。呪いなんてものが本当にあるなら、の話だけどな」
スライム「あん!?」
魔王「そなたは、呪いの有無について疑っておるのか」
勇者「だってありえないだろ。どうして先代魔王が自陣にそんな呪いをかける?」
魔王「それは……」
勇者「どう考えたって意味がない。自分で自分の首を絞めるようなものじゃないか」
魔王「…………わらわの、せいなのじゃ」
勇者「どういうことだ?」
魔王「……」
スライム「……ちっ。そこの経緯については俺が話してやりゃあ」
スライム「話は千年くらい前まで遡る」
賢者「千年って。流石に遡り過ぎじゃ……」
スライム「めんどくせーけど仕方ねえだろ。必要な手順なんだからよ。……で、先代魔王が歴代魔王の中でも過激な武闘派だった、ってのは勇者様も知ってるな?」
勇者「ああ。先代魔王が指揮を執っていた時代は、今より強力で大量の魔物の群体が人里に降りて来ては暴虐の限りを尽くすーー最悪にして災厄の時代だったと、そう聞いている」
スライム「大体その通りだ。けどそりゃ、人間側の視点だな」
勇者「魔物側の視点だと、また違うってのか?」
スライム「違わねえさ。魔物側もおめえらと同じよ。誰彼構わず徴兵に駆り出されたり、疲弊してるところを人間共に報復で攻め込まれたりとーー災厄にして最悪の時代だったわな、ありゃ」
勇者「……」
スライム「で、自軍のあまりの惨状を見兼ねた魔王様は先代魔王に何度も何度も忠言した。"人間と和平交渉をしよう"ってな」
勇者「しかし……。当時、魔王軍から和平交渉の申し出があっただなんて記録は……」
魔王「……ない、じゃろうな。父上ーー先代魔王は、結局一回もわらわの忠言を聞き入れてはくれなかった」
スライム「痺れを切らした魔王様は、先代にこう言ったのさ。『父上がその気ならもういい! わらわが魔王となったアカツキには降伏し、人間の軍門に降ってやる!』とな」
賢者「降伏するって……ずいぶんと思い切ったことを言ったんですね」
魔王「このままいたずらに兵を疲弊させ死なせ続けるよりはずっといいーー当時のわらわはそう考えたのじゃ。…………今思うと、本当は降伏する気なんてなくて、ただ単に父上に要求を聴きいれてもらうために言い放った方便だったのやもしれぬ」
スライム「魔王様の真意がどうであったにせよ。先代はその発言を額面通りに受けとっちまったわけさ。そんで焦った。このままでは魔物が人間に支配されてしまう。それだけは避けなくては、ってな」
勇者「それで……」
スライム「先代は魔王様をこの街に幽閉した。そうすることで、魔王様が人間たちに和平交渉を推し進めることを防いだのさ」
賢者「でも、幽閉するにしては中途半端すぎませんか?」
スライム「おん?」
賢者「二日間この街にいたら二度と出られなくなる。でも逆に言えば二日以内にこの街を出れば自由に出入りすることも出来るってことですよね? これならちょっと工夫すれば、ここから使者を出して和平交渉を進めることだって出来たと思うんですけど」
魔王「幽閉網がユルい理由は単純よ。1000年経って呪いが和らいだからじゃ」
スライム「ああ、1000年前は酷かったな。当時は街を出るどころか、誰もこの街に入ることすら叶わなかった。その上嵐も週1どころか24時間365日。今とは比べものにならねえーーいっそ天変地異って言った方がしっくり来る勢いで吹き荒れてやがったぜ。
……おかげで誰もよりつこうとさえしなかった」
賢者「そう、だったのですか……」
魔王「この街に人や魔物が一方的に"入る"ことが出来るようになったのは、おおよそ100年ほど前のことじゃ」
スライム「その頃からだな。ここが流刑島扱いされ始めたのは」
賢者「流刑島って……犯罪者を隔離する場所、のことですよね?」
スライム「その通りだ。入ることは出来ても、決して出ることは出来ない街ーー脱獄不可能な牢獄として利用するにゃ、おあつらえ向きだろ?」
魔王「無論、外の者どもが"呪い"について知る術はなかった。故に"魔王城に送り込む"というのは流罪というよりは、死罪の一種だったのじゃろうな」
勇者「待て。ならあの爺さんは、もしかして……」
魔王「……うむ。ここには一時期、犯罪者や訳ありの人間が、矢継ぎ早に送られてきた。お主らが知らぬということは、恐らく非公式に。記録や文献に残らぬ形で送り込まれていたのじゃろうな。この街に住まう人間は……みなそうしてここへ送りまれた者どもよ」
スライム「あの爺さんも、昔は極悪人だったらしいぜえ。何せ、自分の弟を毒殺したんだとか」
賢者「そ、そんな……」
勇者「……」
スライム「ま、今となってはただの無害なボケ老人だがな」
勇者「そこから更に100年経って呪いが弱まり、今に繋がるって訳か」
魔王「そうじゃ。昔と比べると、呪いはかなり弱まって来ておる。おかげでこの街に入った者も、二日以内であれば外に出られるというわけじゃ」
スライム「恐らく、このまま数百年も待てば呪いそのものが消え失せる。おれたちゃ晴れて自由の身になれるだろうな」
勇者「……だけど、そこまで待つ気はさらさらないって顔だな」
魔王「そなたは察しが良いな。まさしくその通りじゃ。ここでは外の状況を把握することは叶わぬーーしかし大凡の予想はついておる」
スライム「どうせ魔王様の部下共が好き勝手そっちを荒らし回ってんだろ? 上司が顔出さねえのをいいことによぅ」
勇者「……ああ、たしかにそうだ。1000年前、ちょうど魔王が代替わりした頃を境に、今まで統制されていた魔物たちの動きが一変したとの記述が残っている」
勇者「実際、ここに辿り着くまで何体もの魔物たちと戦ったが、どいつもこいつも私利私欲のために動いてるようなやつばっかりで、噂に聞く忠誠心に厚い魔王軍の兵士にはとても見えなかった。あれじゃまるで……ただの荒くれ者の集まりだ」
賢者「私の村を荒らしていたのも、そういう手合いでしたしねえ」
魔王「うむ。そやつらは魔王の、ねーむばりゅーを盾に好き放題やっておるだけのたわけ者じゃ。わらわとしてはこれ以上見過ごせぬ。一刻も早く対処したいのじゃ」
勇者「その意気込みは買うが、どうするつもりだ? ここから出られないんだろ?」
魔王「そうじゃ。……ここからが本題じゃ。お主らに協力して欲しいことがある」
勇者「協力……」
魔王「わらわの代わりに、人間と和平交渉を進めて欲しい」
賢者「それって、あなたの使者になれって言ってるんですよね? 私たちに」
魔王「左様。そなたらがこの街に入ってからまだ一日と経っていない。今のそなたらならば、容易くこの街から抜け出せるはずじゃ」
スライム「つまりおめえらしかいねえのよ。魔王様の目となり耳となり口となり、外の世界と俺らを繋ぎ得る人材は」
賢者「消去法ってわけですか」
スライム「……まあ、否定は出来ねえけどよぉ」
魔王「そなたらにとっても悪い話じゃないはずじゃ。思い出せ。そもそも、そなたらはここに何しに来た?」
勇者「……」
賢者「えっと……そ、そんなのこと決まってるじゃないですか! 世界に平和を取り戻すため、です」
魔王「ククッ。先刻から思っておったが、そこのそなたは類稀に見る純真さを持っておるのぅ。……まあそういう表現でも差し支えあるまい」
賢者「…………その言い方、馬鹿にされてるようにしか聞こえないんですけど」
魔王「そなたらの目的を"世界平和"とするなれば、わらわの軍勢ーーすなわち世界各地で暴れまわっている魔物の鎮圧は必須じゃ」
賢者「でもそんなこと……」
魔王「出来るはずがない、か? たしかにわらわの軍勢は強く、数が多く、その上すぐに増える。人の手には負えぬじゃろうな」
魔王「されどわらわは、そやつらを率いる統率者じゃ。わらわだけがそやつらを従わせ、命令し、鎮圧することが出来る。……そのためにはまず、わらわの声を、部下どもに届けなければならぬ」
賢者「私たちがあなたの声を外の世界へ届けることが出来れば……魔物を鎮圧することも出来る、そう言いたいんですか?」
魔王「左様」
賢者「左様って……。他になにか言うことがあるでしょう」
魔王「ない。わらわが言うべきことは言った。あとはそなたらの返答待ちじゃ」
賢者「勇者様……」
勇者「…………一つ、確認しておきたいことがある」
魔王「構わん。何でも気兼ねなく問うがよい」
勇者「本当にお前の命令に、魔物達が従うのか……そこだけは、はっきりさせて欲しい」
スライム「おおん!? 何だとごら! そりゃあつまり俺たちのーー誇り高き魔王軍兵士の忠誠を疑ってるってことかあ!? あん!?」
勇者「今その誇り高い兵士とやらが、世界中で下劣きわまりない悪行を重ねているんだぞ。……自分達の主が幽閉されているにも関わらず、だ」
スライム「っ。それは……」
勇者「ましてや、あんたがここに幽閉されてからすでに千年も経過している。ならーー外にいる魔物はもう誰も現魔王に忠誠を抱いていない、そう考える方が自然だろう」
魔王「ふむふむ。中々筋の通った意見ではあるな」
勇者「で、どうなんだ。俺はまだあんたの口から質問の答えを訊いてないぞ」
魔王「答えはシンプル。一言で済むわ。ーー杞憂じゃよ
勇者「杞憂、だと?」
魔王「そなたは少し勘違いしているようじゃが、魔物にとって上下関係は絶対じゃ。わらわの命令に逆らう者などいないよ」
勇者「そうは言うが……現にお前の部下どもは、上司を放って好き勝手やってるじゃないか」
魔王「そうするように前魔王に命令されたからそうしておるだけじゃ。わらわを放って好き勝手やれ、とな」
勇者「……なるほど」
勇者「魔物がお前に絶対服従を誓ってることは、分かった。ひとまずは信じるよ」
魔王「ひとまず、のう」
勇者「だけどまだ障害は残ってる」
魔王「ほう。わらわの考えたぷらんに、まだ穴があると申すか」
勇者「おおありさ」
魔王「して、その心は?」
勇者「どうやってお前の命令を魔物どもに信じさせるかーーその方法を考えておく必要がある」
賢者「……そっか。私たちが魔物たちに魔王の命令を伝えても、信じてもらえなきゃ意味がないんだ」
勇者「そういうことだ。勇者の俺が魔王の使者を自称したところで、口から出まかせと思われるに決まってる。信じるわけがない。そこのところどう考えているんだ?」
スライム「待て待て待て! おめーらまた早とちりしてんぞ、ごら」
魔王「早とちりといよりこちらの手落ちじゃな。説明不足だったわ」
勇者「どういうことだ? ちゃんと説明してくれ」
スライム「ああ。結論からいうとな……魔王様が直接命令するから問題ない」
賢者「はい? 何を馬鹿なこと言ってるんですかあなたたちは」
スライム「馬鹿!? おいそこのてめえ。ひょっとして今俺のことを馬鹿呼ばわりしたか!?」
賢者「ひょっとしなくてもあなたのことですよ! 外の魔物に直接命令を伝える方法がないから困ってたんでしょ? なのに直接命令を伝えるから問題ないって……言ってることめちゃくちゃじゃないですか」
スライム「ばーか! おめーの方こそバーカ! いつ命令を伝える方法が"ない"と言った? 話の流れを読め! "ある"に決まっとてんだろうが!」
賢者「なっ……! あるならあるで、どうして先に教えてくれなかったんですか!」
賢者「……それで。どうやって外の魔物に命令を伝える気なんですか? 普通に考えたら無理だと思うんですけど。あなたは外に出れないんですよね?」
スライム「気になるか? 気になるだろ? ケケッ、どうしよっかなー。何だかさっき失礼なこと言われた気がするしなー。教えたくなーー」
勇者「…………どういうことだ? "ちゃんと"説明してくれ」
スライム「わ、分かってるって。分かってるからその……そんなに憤るなよ」
勇者「なら説明してくれ。うっかり抜けがないように」
スライム「あ、ああ。……っつーわけで、魔王様、お願い」
魔王「……はぁ。そうじゃな、さきも言ったとおり。ここの呪いは弱まっておる。今であればーー解呪も可能なほどにのぅ」
賢者「解呪可能? ……待ってください。もし呪いを解いたら、あなたたちはこの街から出られるようになるんですか?」
魔王「呪いのせいで身動きとれないんだから解呪されれば外に出られるに決まっとるじゃろう」
スライム「そうだそうだ! そんなこともわからんねーのか。ばーか!ばかばかばーか!」
賢者「な、なら今すぐにでも呪いを解いて、外に出ればいい話でしょう! どうしてこんな所でくすぶってるんですか!」
魔王「それが出来たら苦労せんのよ」
賢者「どういう、ことですか?」
勇者「…………もしかして。この街には解呪の呪文を使える住民がいないのか?」
魔王「お恥ずかしながら、のぅ」
賢者「そういうことなら任せて下さい。私、こう見えて解呪の呪文使えますから」
魔王「無駄じゃよ」
スライム「馬鹿にこの街の呪いは解けねえからな」
賢者「……どんだけ馬鹿呼ばわりされたことを引きずってるんですか」
スライム「ケッ、事実を言ったまでだっての。もう一度言ってやろうか? てめーごときじゃ、この街の呪いは解けねぇ。いくら弱まっているとはいえ、前魔王が残した呪いなんだからな」
賢者「………………そうですね。強力な呪いを解く際には数人がかりで事に当たるのがセオリーですしーー魔王の呪いを私一人でどうにかするというのは、荷が重過ぎるかもしれません」
勇者「この街の呪いを解くには解呪の呪文を扱える者が"複数"必要ってのは分かった。で、具体的に何人必要なんだ?」
スライム「ざっと100人くれえの解呪師がいりゃあ、事足りるんじゃねえの?」
賢者「ひゃ、100人!?」
勇者「……なるほど。つまりお前らの要求は、"解呪師100人をここ街に連れて来い"ってことか?」
スライム「連れてくるだけじゃあ意味ねーよ。その上で、この街の呪いを解いてくんねえとな」
魔王「そしてこの街の呪いが解けた暁には、わらわが世界中の魔物たちに命ずると約束しよう。"今すぐ争いをやめよ"とな」
勇者「つまり魔王のお前は平和を望んでいて」
勇者「平和のためには、お前が外に出て魔物を鎮圧しなければならない」
勇者「お前が外に出るためには、この街の呪いを解く必要があるから」
勇者「俺たちに、この街へ解呪師たちを連れて来て欲しい」
勇者「ーーお前らの要求をまとめると、こんなところか?」
魔王「うむ。理解が早くて助かるわ」
賢者「だ、だけど解呪師100人だなんて……そう簡単に集められるとは思えません!」
魔王「慌てるでない。何も自力で100人集めて来いと言うてるわけではなかろうが。個人で集めるのは無理でもーー国家の力があれば解呪師くらい簡単に集められようよ」
賢者「国に頼れ、というんですか?」
魔王「じゃから最初から言うておるじゃろう。わらわの代わりに"人間と"交渉を進めて欲しい、とな。そなたらには、人間の王を説得して欲しいのじゃ」
賢者「そして解呪師を集めろ、と。ですがそう簡単に説得出来ますかね?」
魔王「そこはお主らの、ねごしえーしょんすきるの見せ所じゃ」
賢者「……いやいや。魔王の封印を解けだなんて、どうやったって説得するのは難しいと思いますよ。そもそも、私だって半信半疑なんですから」
魔王「む、わらわを信用出来ぬと申すか」
賢者「そりゃあ……腹の底では世界征服を企んでいるのかもしれませんし。油断は出来ません」
魔王「そんなつもりは毛頭ないと、わらわは態度で示して来たつもりなんじゃがな」
勇者「…………よしわかった。請け負うよ。お前の要求は、俺が責任をもって王に伝えてやる」
賢者「……本当にいいんですか?」
勇者「ああ。こいつを信用するのか否かーーそれを決めるのは、俺たちの役目じゃない。判断は王に委ねるべきだ」
魔王「賢い選択じゃ。後悔はさせぬ。大船にのったつもりでいるがよい」
勇者「言っておくが、俺はあくまで王に伝言を伝えるだけだ。その結果王がお前を信用ならないと判断した場合ーー容赦するつもりはない」
魔王「ククッ……精々そうならないことを祈っておるよ」
賢者「じゃ、じゃあ早速行きましょう! あまり長居し過ぎちゃうと出られなくなっちゃいますし」
スライム「あー……悪ぃがそうも行かねえみてえなんだよな」
勇者「なに?」
スライム「ーーもう嵐が来やがった」
勇者(スライムが呟くとほぼ同時に)
勇者(魔王の城が激しく揺れた)
勇者(慌てて窓に駆け寄り、外の様子を確認しようとするも)
勇者(叩き付けられるような勢いで降り注ぐ雨粒に遮られる)
勇者(しかし雨粒の隙間から、かすかに伺えた外の景色は)
勇者(街が嵐に蹂躙されているという他ないあり様で)
勇者(俺の想像を遥かに越えていた)
勇者(こんな状況下で外に飛び出すなど自殺行為に他ならない)
勇者(やむなく俺たちは、魔王の城で一晩過ごすこととなった)
しばらく休憩する
>>44
訂正
魔王「この街に二日以上滞在した者はーー二度とこの街の外へは出られなくなる。この街には、そういう呪いが掛けられておるんじゃよ」
正しくは2日ではなく、1日でした
1日街に滞在すると出られなくなる設定です
ここ以降の文章でちょいちょい2日って書かれてますが、1日って脳内補完して読んでください
賢者「ここで一晩過ごす? 却下です。ダメに決まってるじゃないですか」
スライム「あん? 何でだよ」
賢者「だってすぐにでも出発しないとここから出られなくなるんでしょう?」
スライム「ああ、呪いの心配してやがんのか。でえじょぶだ。明日の朝にゃ嵐は止む。姉ちゃんたちが来たのは夕方頃だったからーー止んでからすぐに出発すりゃ呪いで閉じ込められることもねえよ」
賢者「それでも嫌です。私、ここに泊まりたくありません」
スライム「ああん!?」
賢者「怒鳴られても嫌なものは嫌です」
魔王「ほう、では今すぐ城を出ていくのか? この嵐の中を? 無謀にもほどがあると思うがな」
賢者「うっ……」
勇者「…………仕方がない、か」
スライム「なんだよなんだよ。やけに辛気くせえじゃねえの……ま、仕方ねえか」
賢者「そりゃそうですよ……。私たちからしたら、敵陣のど真ん中で退路を断たれたようなものなんですから……」
魔王「……やや心外じゃな。わらわ達に敵意はないと、これまでそなたらに示して来たつもりなのじゃが。ヤルならとっくにやっとるわ」
賢者「ううっ。そりゃあそうですけど……」
スライム「ケケッ。ざまあねえなあ、ええ? 俺を消し炭にしてくれようとした姉ちゃんが塩らしくなってらあ。ま、精々一晩がくがくぶるぶる震えながら過ごーーーー」
魔王「ーー良かろう。ならばれくりえーしょんじゃ! れくりえーしょんをして、親睦を深めようぞ!」
スライム「おおん!?」
勇者「何をするつもりなんだ?」
魔王「わらわの城を、心ゆくまで見て回る許可を与える。時間の許す限り、見学して行くがよい」
賢者「それってレクリエーションとは言わないんじゃ……」
魔王「わらわの城は広く、物珍しい物に満ち溢れておる。故に外界の者どもからすれば、見て回るだけで享楽になろうて」
賢者「はあ……」
勇者「見て回れと言われてもな。どこに何があるのかすら分からないんじゃどうしようもないだろう」
魔王「心配するな。案内を付ける」
スライム「案内人ね……ケッ。可哀想なやつだな。同情するぜえ。こんな冷酷無比な勇者一行に同行させられるとはよぅ」
魔王「スライム、城の中を案内してやれ」
スライム「ああん!? 俺かよ!」
勇者「短い間だろうが、よろしく頼む」
賢者「あなたに案内されるのは気が進みませんが、よろしくお願いします」
スライム「いや待て待て待て待て! おかしいだろ! おりゃ、さっきこいつらに何度も始末されかけたんだぜえ!? その俺をこいつらのガイドにするたあ、人選ミスも甚だしいぜ! おりゃぜってえやらねえぞ! 絶対だからな!」
賢者「で、ここが蔵書室でいいんですね?」
スライム「…………ああ。そうだよ。もう好きなだけこき使えよ。こんちくしょう」
ーー蔵書室ーー
賢者「うわー! すごい数ですね!」
勇者「ああ。まさかこんだけの種類の本を取り揃えてるとは思わなかったな」
スライム「つっても、古くせえ本ばっかだけどな。一等新しい本ですら千年前の代物だ」
賢者「だからこそいいんじゃないですか。……うわっ! これって喪われた古代魔法について書かれた魔道書じゃないですよ! あっ、こっちにも似たのが! きゃっほー! ほんとパラダイスですね、ここ!」
勇者「……賢者が嬉しそうで何よりだ」
スライム「勇者様はああやってはしゃがないのかい?」
勇者「……俺は見てる側でいたいな」
スライム「同感だぜ」
スライム「そうだ。先に訊いておくけど、次はどこに行きてえんだ?」
勇者「次?」
スライム「最初は姉ちゃんの希望に沿って蔵書室に来た。なら次は勇者様の要望を聞くべきだろ。順番的に考えて」
勇者「……そうだな」
勇者「もう一度、あのご老人に会わせてくれないか?」
スライム「ご老人ってのはーーボケジジイのことだよな?」
勇者「ああ、その通りだ」
スライム「そりゃあ構わねえが、どうしてだ?」
勇者「いくつか確かめたいことがあってな」
スライム「確かめてえこと、なあ。まあ余計な詮索はしねえよ。おりゃ与えられた最低限の仕事をこなすだけーーーー」
「きゃあ!? な、なんなんですか!? 助けてください! 本から牙が生えて襲って来ました!」
スライム「言ってるそばから仕事増やすんじゃねえ! そりゃ、ミミックと同じ類の馬鹿だ!」
勇者「だ、大丈夫なのか!?」
スライム「おい姉ちゃん! そいつぁ、弱い魔法一発当ててやりゃビビって逃げ出すだろうぜ! 俺が許す。やっちまいな!」
「で、出来ません! こんな貴重な書物ばかりの部屋で攻撃魔法を使うだなんて……無茶言わないで下さい!」
勇者「……」
スライム「……チッ。ちょっと待ってろ。騒ぎを収めてくらあ」
勇者「……済まないな。相方が迷惑かけて」
スライム「ケッ」
勇者(行ってしまった)
勇者「……」
勇者(……本でも読みながら待ってるか)
勇者(しかし改めて見ると、すごい数だな)
勇者(いくつか興味をそそる文献が見当たるがーーどれから読もうか迷う)
勇者(俺ですらこの有様なのだから、俺より遥かに学が深い賢者のはしゃぎようも頷けた)
勇者(さて、どれにしようかーー)
??「お探しの品は見つかったかな?」
勇者「っ! 誰だっ!」
??「ははっ。そんなに驚かないでいいのに。僕はーー」
女エルフ「ただのしがないエルフだよ」
勇者「エルフ……だと? 遥か昔に滅びた種族と聞いたが」
女エルフ「ここにいるくらいなんだ。事情は察して欲しいな」
勇者「…………ああ。済まない」
女エルフ「気にしないでいいよ。悪気がないのは分かってるからね」
女エルフ「それにしても災難だったね」
勇者「ん? 何がだ?」
女エルフ「嵐のことさ。君たちがちょうど外に出ようとしてたときに来ただろう」
勇者「ああ……たしかにあれは運が悪いとしか言いようがない」
女エルフ「……本当に、それだけかな?」
勇者「どういう意味だ?」
女エルフ「本当にそれだけかなという意味さ。ところで最初の質問に戻るけど、何を探してたんだい?」
勇者「とくに何かを探していたわけじゃない。どれを読もうか迷ってただけだ」
女エルフ「これだけの品揃えだからね。気持ちは分かるよ」
勇者「お前は? 何を読んでるんだ?」
女エルフ「薬物が脳と神経に及ぼす影響なんかをまとめた本だね。ざっくり言うと『洗脳』についての本ってことになるのかな
勇者「洗脳? 薬物で洗脳が出来るのか?」
女エルフ「うまく使えば、ね」
勇者「うまく使えばって……具体的にどんな風に使うんだよ」
女エルフ「対象に薬物を投与して、脳に負荷をかけるんだ。その後自分好みの刷り込みを行って洗脳完了。これまたざっくりとした説明だけど、大体こんな感じかな」
勇者「薬物を投与、ね。そこからして無抵抗の相手にしか通用しなさそうだな」
女エルフ「そうでもない。投与だなんて難しい言い方をしたけど、ただ飲ませるだけでいいんだ。飲ませるだけでいいならいくらでも方法はある」
勇者「方法って?」
女エルフ「食事に薬物を盛ればいいんだよ。例えばーー今日君に出された食事にも、薬物が混ぜられてたりしてね」クスクス
勇者「脅しのつもりか? 残念だが、ここで出された食事は口に入れてない。これからも喉に通すつもりはない」
女エルフ「ははっ、知ってるよ。だから言ったろう? 例えば、って」
勇者「で、どうしてまたそんな物騒な本を読んでるんだ?」
女エルフ「必要だからね」
勇者「必要? こんな幽閉された城内で、洗脳の知識が必要だってのか」
女エルフ「ご名答」
勇者「……どういうことだ? お前らここで何をしていた。洗いざらい話してもらうぞ」
女エルフ「ははっ、もっとお喋りを楽しみたいのは同感なんだけど。そろそろ時間だ。僕は暇させてもらうよ。……お仲間が来たみたいだしね」
勇者「ふざけるーー」
賢者「勇者さま、すみません! ご迷惑おかけしました……っ!」ドタバタ
勇者「賢者か! いいところにきてくれた。魔法でこいつを拘束してくれ」
賢者「え? こいつって……誰のことですか?」
勇者「だからーー」
勇者(おれが再び女エルフの方へ視線を向けると)
勇者(彼女は煙のように姿を消していた)
勇者(魔法をつかったとしか思えない手際の良さだった)
勇者(しかし一瞬で姿をくらます魔法なんて、俺は寡聞にして聞いたことがない)
勇者「ば、かな……」
 ̄ ̄… ̄ ̄… ̄ ̄… ̄ ̄… ̄ ̄… ̄ ̄
賢者「勇者様、ほんとうに大丈夫なんですか?」
勇者「……あ、ああ。ちょっと頭痛がするだけだ。問題ない」
スライム「なんだよ勇者様。まーださっき見た"エルフ"ってやつを気にしてんのかよ」
勇者「……もう一度聞くが、ほんとうにこの街に、エルフは住んでないんだな?」
スライム「住んでねーよ。ついでに薬物で洗脳なんてのもしてねぇ。こんな閉鎖空間で洗脳の研究なんて進めて何になる? 自分らの首締めるだけだろ。何度もいわせんな」
勇者「だが俺はたしかに見たんだ。あの女エルフが ̄ ̄」
スライム「たしかにこの街にエルフなんざ住んでねぇが。今となっちゃ、外部のやつがこの街に侵入するのは不可能じゃねぇ。今のおめーらみたいにな。そのエルフってのもその口かもしんねぇな」
勇者「それはありえない。エルフは何百年も前に絶滅しているはずだ。生き残っているとしたら絶滅するより前に、この魔王城にかくまわれていたケースしか考えられない」
スライム「そんじゃ、やっぱり勇者様の見間違えだったんだよ」
勇者「……」
賢者「勇者様……」
スライム「とかなんとか話しているうちについたぜ。牢獄だ」
勇者「ここに老人は住んでるんだな」
スライム「住んでるっつーか、隔離だな。一応危険人物だし」
賢者「弟を一人毒殺したって聞きましたけど、ほんとうなんですか? そんな人にはとても……」
スライム「ほんとだよ。ジジィと一緒にここへ放り込まれた同期の罪人からも証言がとれてる」
勇者「……俺にも弟がいた。なにかしら理由があったのかもしれんが……許しがたいな、どうしても」
賢者「……」
ーー牢獄ーー
スライム「ここがジジィの牢獄だ」
賢者「……おじいちゃん」
老人「おや。わざわざ来てくれたのか。ご足労かけて済まんのぅ」
賢者「……いえ、こちらこそいきなり押しかけてしまってすみません」
老人「いまお茶を出しますわい。ちょっとあがって、くつろいどれ。……おや、戸があかんのぅ」ガチャガチャ
スライム「そりゃ牢屋の扉を内側からあけられるわけねぇだろが。ったくよぅ、このボケジジィは」
勇者「……」
勇者「おい、あんたに少し聞きたいことがある 」
老人「おや、あなたはたしか……さきほどお会いした方ですな」
勇者「ああそうだ。あんたさっき会った時、"隣の家のローズに叱られる"って言ったな?」
老人「ええ、ええ、言いましたとも」
勇者「俺の家のお隣もローズさんなんだ。あんたの二軒隣の住民の名前を教えてくれ」
老人「勇者」
勇者「……ああ、よく分かったよ。ありがとう」
賢者「よかったですね、勇者様! 私、もしかしたらあの方が勇者様の血縁の方なんじゃないかなって、ちょっぴり疑ってました」
勇者「ああ、俺もだよ。けど……」
賢者「けど?」
勇者「このご老人はたぶん、俺の仲間の一人 ̄ ̄魔法使いの血縁者だ」
賢者「魔法使い、さん?」
勇者「あいつは俺の幼馴染みでな。二軒隣の家に住んでるんだ。 ̄ ̄この老人が住んでた場所と一致する」
賢者「そう、でしたか……」
老人「それで。勇者さんや。質問というのはそれで最後ですかな」
勇者「いやまだだ。あんた、ここに来て何年くらいになる?」
老人「わしゃ、産まれも育ちもこの街ですわい」
勇者「ここに来てから洗脳されたり、妙なことを吹き込まれたりはしなかったか?」
老人「せんのう? はて、何のことじゃか」
スライム「……ちっ。まーだ疑ってやがんのかよ」
勇者「じゃあこれが正真正銘最後の質問だ。ーーあんたの弟は、いま何をしている」
老人「弟? はて、そういえば見かけんのぅ。どこにでかけたのやらーー」
勇者「とぼけるなよっ……。 あんたが、自分で殺したんだろうがっ……!」
老人「……」
勇者「こんどはだんまりか。いくらあんたがだんまり決めこもうが、忘れたふりをしようが、あんたは弟を殺した。それは決して許されることじゃない。人殺しってのは取り返しがきかない。許す許さない以前の問題なんだよ。分かってんのかっ」
賢者「ゆ、勇者様……?」
老人「……」
勇者「まだだんまり貫く気か? それじゃ殺された弟さんがあんまりだ。報われない。ほんとは思い出してるんだろ? 思い出してるんならさっさと白状ーー」
老人「……ぐっ」
勇者「どうしたんだよ、調子悪いふりしたってーー」
老人「……がぁぁああああああっ!!!!」ガシッ
勇者「なっ!? 何のつもりだ! 離せっ、このっ……!」
老人「いかんのか!? 勇者だって人を殺す。悪人と知らば切り捨てる。なのになぜ俺だけ、俺だけが糾弾されなきゃならない!? 俺にとっては勇者もただの人。なのになぜ俺だけ……」
勇者「な、にを言っている……!? 」
老人「ああ、たしかに俺は殺した! 嫉妬に駆られて、憎悪に塗れて、大義名分もなく、ただ私利私欲のために殺した! だがーーなぜそれが許されない!?」
勇者「許される……わけ、ねぇだろうがぁ! いい加減離れろぉ!!」バッ
老人「ぐはっ……」
賢者「おっ、おじいちゃん!? 大丈夫!?」
勇者「はぁ……はぁ……」
スライム「……ちっ。勇者様も大丈夫かい。随分と鼻息が洗いけどよぅ」
勇者「あっ、ああ。まさか鉄格子ごしに手を出してくるとは思わなかったから、少し驚いただけだ」
スライム「ったく。イライラすんのも分かるけどよぅ。挑発すんのもほどほどにしろよ。……こりゃ、城内見学って雰囲気でもねぇな」
賢者「そう、ですね。そろそろ寝室の方に案内してもらってもいいですか?」
スライム「ああ、いいぜ。てめーらの部屋は一人ずつ二部屋用意してある。部屋は腐る程余ってるからなぁ。ちゃんと隣の部屋同士にしてあるから安心しろよ」
勇者「……そうか。助かる。また頭が痛くなってきたみたいだ」フラフラ
スライム「おいおい。ほんとに大丈夫かよ。……ッケ。ほら、ついてきな」
ーー勇者の部屋ーー
勇者(俺が割り当てられた部屋は、やたらと広く、思いの他清潔に整えられていた)
勇者(ひょっすると高級宿のスイートルームに匹敵するかもしれない)
勇者(罠の類も見当たらない)
勇者(ベッドは案の定ふかふかで、しばらくそこで寝そべっている内に、頭痛も和らいできた)
トントン
勇者(ん?)
勇者「……誰だ」
「勇者さま、わたしです。賢者です。入れてください」
勇者「なんだ、賢者か。どうしたんだ?」ガチャッ
賢者「食事をもってきました。一緒に食べようかと思って」
勇者「ああ、たしかに少し腹が空いたな。念のため聞くが。これは自前の食料でつくったもの、だよな?」
賢者「もちろんです。安心して食べていただいて大丈夫ですよ」
勇者「分かった。よし、いただきます」
 ̄ ̄… ̄ ̄… ̄ ̄… ̄ ̄… ̄ ̄… ̄ ̄
勇者「ごちそうさま」
賢者「おそまつさまです」
勇者「……賢者は料理が上手いな。ろくな器具食材もなかったろうに。まさか旅先でこんなおいしいものを食べれるとは思ってなかったよ」
賢者「へへっ、そこまでベタ褒めされると照れてしまいますね」
勇者「……それで。ただ食事を届けるためだけにここに来たってわけじゃなさそうだけど、要件はなんだ?」
賢者「ばれちゃいましたか」
勇者「ばれちゃったな」
賢者「じゃあ単刀直入にお聞きしますね。勇者様が見たという、エルフについて知りたいんです」
勇者「知りたい、と言われてもな。話せることはさっき全部話したつもりだけど」
賢者「エルフが姿を消したっておっしゃっていましたよね。その間勇者様はエルフの姿を見ていましたか?」
勇者「いや、目を離した瞬間に消えていた。だけどその隙にどっかに移動したって考えるのはちょっと難しいと思う」
賢者「そうでもないんですよ」
勇者「なに?」
賢者「エルフ独自の魔法の一つに、瞬間移動に似た呪文があるんです」
勇者「そう、だったのか。それは初耳だな……」
賢者「そうなのですか? 勇者様はご存知かと思っていたんですが」
勇者「どうしてだ?」
賢者「……いえ、まあ、なんとなくです」
勇者「でもまあ、これで謎が解けたな。正直かなりモヤモヤしてたところなんだ」
賢者「……もうひとつ質問させてもらってもいいですかね?」
勇者「構わないよ。なんでも聞いてくれ」
賢者「そのエルフは『薬物と洗脳について』の本を読んでいた。間違いないですね?」
勇者「ああ、その通り。さっきいったまんまだよ」
賢者「……勇者様。その分野は近年ようやく研究され始めたばかりの学問です。そしてここの蔵書室の本は最新のものでも千年前の遺物。……書物の中に、薬物と洗脳について記されている本はほとんどないと考えていいかと」
勇者「なん、だと……? だがあのエルフはたしかに薬物と洗脳について語っていたぞ」
賢者「本当にエルフが薬物と洗脳関連の知識を有していたのだとすれば、エルフは最近まで外にいたと考えるのが妥当です。ここに幽閉されながら得られる情報ではありません」
勇者「エルフが外にいた? だがエルフは絶滅していたはず……」
賢者「考えにくい仮説ではありますが、生き残りがいた可能性はあります」
勇者「その生き残りが今、魔王城に侵入し、俺の前に現れた、と」
賢者「…………ええ。勇者様の証言とも、あのスライムの証言ともつじつまがあいます」
勇者「なるほどな……。筋は通ってる。他に何か気になることはあるか?」
賢者「……いえ、特にはないですね。逆に勇者様が気になっていることってありますか?」
勇者「気がかりなこと?」
賢者「ええ。どんなささいなことでも構いません。そういうものが案外重要な情報だったりしますし。明日無事この城を出るために、少しでも情報を共有するべきです」
勇者「う、うーん。そうだな……」
勇者「そういえばあの老人、俺を掴んだ時に色々言ってたけどーーあれは何だったんだろうな?」
賢者「色々、とは?」
勇者「ほら、俺を掴みながら喚きたててただろ? 支離滅裂過ぎて意味わからなかったけどさ」
賢者「えっと、その……わたしには何も聞こえませんでした」
勇者「聞こえなかった? そんな馬鹿な。 あんだけ大声で喚きたててたのに」
賢者「おじいさんは無言のまま、勇者様を掴んでいましたよ。叫ぶどころか何も言わないから気味が悪いくらいでしたし」
勇者「それなら俺が聞いたのは一体……」
賢者「ちなみに、おじいさんが何と叫んでるように聞こえたんです?」
勇者「勇者なら人を殺しても許されるのに、とか。何故俺が責められなきゃいけないんだ、とか。そんなことを言ってたかな」
賢者「何故俺が責められなきゃいけない……」
勇者「どうした? やっぱり何か心当たりでもあったのか?」
賢者「……ねえ」
賢者「ーーーーどうして生きていられるの?」
勇者「は?」
賢者「うーん。そうですね。いくつか心当たりはありますが、はっきりとは思いつきません」
勇者「え、いや、そうじゃなくて。今、何か変なこと言ってなかったか?」
賢者「わたしがですか? いえ、特に驚かせるようなことを口にしたつもりはありませんけど」
勇者「でもお前、今たしかに……」
賢者「……幻聴ですね。たった今確信しました。エルフを見たというのも ̄ ̄たぶん、幻覚をみただけです」
勇者「げ、幻聴に幻覚?俺がか?」
賢者「そうです。原因は人によってまちまちですが。おそらく勇者様の場合、過度のストレスやトラウマによって引き起こされているんだと思います」
勇者「ストレスにトラウマって言われても……心当たりがないぞ」
賢者「……何をいってるんですか。勇者様はここまでの旅路で、散々ひどい目にあってきたはずです」
勇者「そりゃそうだけど、耐えられないほどのもんでもなかった。仲間もいたしな。なのにどうして今になって」
賢者「強い緊張で抑圧されてきたストレスが、ひと段落つくめどがたった今、一気に噴出したと考えるのが妥当でしょうね」
勇者「……抑圧、か。たしかに見栄を張って気丈にふるまったりもしちゃいたが……。だけどよりによって、あんなおかしな幻聴を聞くなんて」
賢者「幻聴というのは大概おかしなものですよ」
勇者「そりゃそうだろうが……」
賢者「……幻聴というものは勇者様の心の悲鳴でもあります。どうしても意味を知りたいなら、勇者様自身が胸に手を当てて考えるしかないと思いますよ」
勇者「……そう、か」
勇者(本当に、幻聴なのだろうか……?)
勇者「いや待て。エルフについてはどう説明する。俺はエルフが瞬間移動するなんて知らなかったし、薬物で洗脳が出来るだなんてことも知らなかったんだ。これは幻覚幻聴じゃ説明できないだろう」
賢者「いえ、勇者様は知っていたはずですよ。忘れていただけです」
勇者「どういう、ことだ……?」
賢者「勇者さまは、英才教育を受け、色々な街で様々な噂や情報を見聞きしてきたはずです。もちろんその全てを記憶にとどめることは出来ません。しかし無意識の部分にはほとんど全て記録されているんですよ。それが今回幻覚幻聴となって表層に現れたんじゃないでしょうか」
勇者「……」
勇者(そう言われると、たしかにその通りな気がしてくるな)
賢者「環境のせい、というのもあるかもしれません。いずれにせよ今日は安静に。早めに就寝してください」
勇者「いやしかし……さすがに寝るわけにはいかないだろう。ここは魔王の城なんだぞ」
賢者「隣の部屋にわたしがいますし、何かあったら知らせます。今はきちんと睡眠をとって下さい。私も渡すものを渡したらすぐに帰りますから」
勇者「渡すもの?」
賢者「これです。さしあげます」
勇者「これは……どくばりじゃないか!」
賢者「はい。本来なら魔法使いにしか装備出来ない代物ですが ̄ ̄今しがた改良を加えて勇者様でも扱えるようにしました」
勇者「気持ちは嬉しいが、どうしてそんな手間のかかることを? 武器ならもうたくさん……」
賢者「ええ、たしかに勇者様がもっている武器はどれも最高級のものばかりです。でも懐に忍ばせられる武器は見あらなかったので、これを。念に念を、です」
勇者「そういうことか。……何から何まで世話になるな、すまない」
賢者「……いえ、好きでやってることですから
賢者「それでは、わたしはそろそろ……」
勇者「もう行くのか?」
賢者「ええ、これ以上は勇者様の心身の負担になりそうです」
勇者「そんなに気を遣わなくても……」
賢者「もう、もっと自分を大切にしてください」
勇者「まあそうかもしれんが……その前に一つ、訊きたいことがあるんだ」
賢者「なんでしょう」
勇者「……老人が叫んでたってのは俺の聞き間違いかもしれないけどさ。逆上して、俺に飛びかかってきたってのは間違いないんだよな?」
賢者「そう、ですね。そこは間違いありません」
勇者「やっぱりあれは、俺が老人の記憶を刺激してしまったせい、なのかな」
賢者「…………さあ。どうでしょう。そればっかりは当人にしか分からないんじゃないかと」
勇者「最初は俺、老人に自分の罪を気付かせるべきだと思ったんだ。自分が犯した罪を忘れたまま、認識すら出来ないってのは、フェアじゃないだろう」
賢者「ええ、私もそう思います」
勇者「だけどさっきの老人の様子を見て思ったんだよ。知らないままのほうが幸せなこともあるんじゃないかって。あの老人だって、殺人の記憶なんて思い出したくもなかったろうし。思い出したところでもう何がどうなるわけでもーー」
賢者「許されませんよ、そんなこと」
勇者「へ?」
賢者「罪を忘れてのうのうと過ごすのが正しいだなんて思えません。そんなの私が許さない。絶対に。ましてや自分の家族を、弟を手にかけるだなんてーー許せません」
勇者「……でも、君はあの老人には同情的だっただろう?」
賢者「……そうですね。同情はしています。記憶を手放してしまうほど、本人も苦しんでいるんでしょう。それでも私は記憶を呼び起こしたい。そして問いただしたい。どうーー」
勇者「?」
賢者「……あはは、少し話過ぎちゃいましたね。すみません。勇者様の具合が優れないというのに」
勇者「いや、俺が呼び止めたんだし。そんなに気にしなくていいよ」
賢者「……まあ要するに私が言いたいことは、勇者様は間違ってなかったってことです。おじいさんが飛びかかってきたのはただの事故。事実は事実として突きつけるのが正しいんだと思います」
勇者「そういってもらえると気が楽になるよ」
賢者「お役に立てたようで何よりです。では、今度こそほんとに行きますね」
勇者「ああ、おやすみ」
賢者「ええ、おやすみなさい」
 ̄ ̄… ̄ ̄… ̄ ̄… ̄ ̄… ̄ ̄… ̄ ̄
勇者(……あれ、ここはどこだ? さっきまで寝室にいたはず、だよな)
魔法使い「ねぇ、勇者くん待ってよー」
勇者(魔法使い? どうしてここにいるんだ)
幼勇者「へっ、やだね。魔法使いがトロいのがいけないんだろー」
勇者(あれは俺……か。そうか、ここは夢の中なのか)
魔法使い「どうしていつもそうやっていじわるするのかな!? お姉ちゃんにいいつけるよ!」
幼勇者「お好きにどうぞ。お前の姉貴は俺と同い齢だぞ。でもって俺は男だ。女にビビるわけねーだろ」
??「へえ、言ってくれるじゃない」
勇者(あれ? あの子は……誰だ? 顔がぼやけて見えないぞ。聞き覚えはあるのに……)
幼勇者「ひっ……。いや、今のは冗談っつーかなんていうか……」
??「問答無用」
幼勇者「いでぇっ!? なにすんだこの暴力女!」
??「わたしの妹いじめといて、それくらいで済ませてやってるんだから感謝して欲しいくらいだわ」
幼勇者「いじめてなんかねーよ! ちょっとからかっただけだ」
??「あのね、あんた一応年上なんだからちょっとは手加減しなさいよ。同い年として恥ずかしいから、しっかりしてよね」
幼勇者「……お前は俺のお袋かよ。そういうのやめてくれよな。お前の真似して、弟まで口うるさくなってきやがった」
??「あら、いいことじゃない。その調子で勇者くんを矯正して欲しいくらいだわ。弟君の方がよっぽどしっかりしてるもの」
勇者(……やっぱり思い出せないな。誰なんだ、この子)
魔法使い「待って、お姉ちゃん。勇者くんを許してあげて」
??「ダメよ。ここらで一旦ぼきぼきに折り曲げて、お灸を据えないと。つけあがるだけよ」
幼勇者「折り曲げる!? お前俺に何をするつもりなんだよ!?」
??「だから折り曲げるの」
魔法使い「あ、あのね、勇者くんは手加減してくれてるよ」
??「こいつが? まさか」
魔法使い「私にはわかるもん! たまにゆっくり走ってわざと私につかまったり、さりげなく私がつまずきそうな石ころをのかしながら逃げてくれたりーー」
幼勇者「はあ!? なに適当なこと言ってんだばか!」
魔法使い「だって……」
??「……へぇ」
幼勇者「な、なにがおかしいんだよ……」
??「なに? なになに? ねぇ、もしかしてあんたそうなの? そういうことなの? もしかしてわたし、邪魔しちゃってた?」
幼勇者「ち、ちげーよ。そんなわけねーだろうが、ばか!」
勇者(ああ、ちょっと思い出した)
勇者(まだ勇者としての神託も受けていない頃のーー自由気ままに、子供らしく遊べていた時代の記憶なんだな。これは)
勇者(…………で。すっかり忘れてたけど、その頃からすでに俺はーー魔法使いが好きだったんだ)
弟「兄さん! こんなところにいたのか!」
勇者(! そうか、この頃はまだこいつも生きて……)
??「あ、あら。弟君じゃない。どうしたの?」
幼勇者「そうだよ。なにをそんな慌ててるんだっての」
弟「大変なんだよ! 神託が……神殿に神託が降りたんだ! 新しい勇者の名前が刻まれたんだよ!」
勇者「なにっ!?」
魔法使い「神託ってなに?」
??「……神様はね、魔王を倒す力をわたしたち人間に与えてくださることがあるの。力を与えられ人間は、神殿に名前が刻まれるのよ」
魔法使い「へぇ! じゃあもし神殿に刻まれた名前が、私だったら、わたし強くなれるの?」
??「……ええ。そうね」
??「……まあ。血統からしてほぼ間違いなくーー彼だと思うけど」チラッ
幼勇者「で、どこのどいつなんだよ。勇者に選ばれたやつってのは!」
弟「……ああ。それはーー」
「ーーーーい」
「起きーーだーーい」
「勇者様! 起きてください! はやくドアを開けてください!」ドンドンドン
勇者「!? け、賢者か。どうしたんだ!?」
「大変なことになりました!」
勇者「落ち着け、今開けるから。ちゃんと説明してくれ」ガチャッ
賢者「…………おじいさんが、行方不明になったそうです」
今回はここまでで
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