勇者「絵を描くぞ」 (38)
勇者様「女神様の絵を描くぞ!」
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勇者「女神様の神託を受けたぞ!魔王を倒せとのことだ!」
勇者「今日から俺は勇者!らしい!偉い人の言ってることはよくわからん!」
勇者「女神様すごい綺麗だったなぁ。一目惚れしちゃったよ。教会のブサイクな像なんて全然似ても似つかないもん」
勇者「そうだ!俺が女神様の絵を描いて美しさを広めよう!」
勇者「明日から旅が始まる。その間の趣味にもちょうど良さそうだ。よーし、頑張るぞ!」
勇者「……ところで、絵ってどう描けばいいんだ?」
勇者「……だあああああ!何じゃこりゃあ!」
僧侶「わっ。いきなり叫んでどうしたんですか?勇者様」
勇者「ううぅ……なぁ僧侶さん、これって何に見える?」
僧侶「ニフラム」
勇者「ホワッ!?な、何すんじゃあ!」
僧侶「邪気を感じたので浄化を……あれ、消えてない。すみません。私では力不足みたいです」
僧侶「それで、これはなんなんですか?」
勇者「……人物画だよう……」
僧侶「えっ。こ……これが?」
勇者「……そうだよう……」
…………
僧侶「では、これは女神様の御姿を描いたものだということですか?」
勇者「疑問系が心に刺さる」
僧侶「ご、ごめんなさい!馬鹿にするつもりはなくて」
勇者「いや、いいよ……それくらい俺が下手くそってことなんだから……」
勇者「ちぇっ。もっと簡単なもんだと思ってたんだけどなあ。こう、筆をシュッシュ!って動かしたら完成!みたいなさ」
勇者「才能ないのかなぁ、俺……」
僧侶「その、勇者様って普段から絵を描かれてたんですか?」
勇者「昨日スケッチブックと筆を買ったばっかり」
僧侶「だったら……私が教えましょうか」
勇者「へ?」
僧侶「私、教会で宗教画の修復について習ってまして。ちょっと分野は違いますけど、基礎ぐらいは教えられると思います」
勇者「う、嬉しいけど……俺って見ての通りすごい下手だよ?教えてもらっても上手くならないかも」
僧侶「ふふっ、そんなの勇者様くらいの年齢の子が初めて描いたなら当たり前ですよ」
僧侶「上手くなりたいって強く思って描き続ければ、きっとすぐに上手くなります」
勇者「……じゃあ、お願いします」
僧侶「はいっ」
勇者「それから、僧侶さんは隙を見つけては絵の描き方を教えてくれるようになった」
ゆっくりやっていきます
勇者「……完成!」
勇者「う、ううーん……やっぱり下手くそだ……もろもろ全部……」
戦士「勇者。何をやっている?」
勇者「おっ戦士。なぁなぁ、これ何に見える?」
戦士「……絵、か?人間の……」
勇者「む……まぁ前進だ。今はよしとしてやる」
戦士「なんだ、これは?」
勇者「女神様の絵!」
勇者「……の、練習だ」
戦士「なるほど。隙を見つけては描いていたのはそれだったのか」
勇者「お前は絵とか描かねーの?」
戦士「絵など貴族の子どもの遊びだろう。俺には不要だ」
勇者「でも、面白いぜ?俺もまだまだ下手くそなんだけどさ。描きたいものがちょっとずつ形になってくのはいいもんだよ」
戦士「……すまない。馬鹿にするつもりはなかったんだ」
戦士「だが、俺にはやはり剣を振っていた方が性に合う。お前みたいに描きたいものもないからな」
勇者「そっかぁ……」
戦士「……でも、お前が描いたものを見るのは面白そうだ」
戦士「また完成したら、見せて欲しい」
勇者「おっ、いいぜ!次は面白いじゃなくて上手いって言わせてやらあ!」
勇者「それから戦士は絵が完成するたびに見に来て、感想を言ってくれるようになった」
魔法使い「勇者、また絵を描いているの」
勇者「おうよ!ちょっとずつ上手くなってるんだぜ!」
勇者「ほら、これは今日描いたやつ!」
魔法使い「これは、女の人……?」
勇者「っしゃあ!また前進!自分の才能が怖いぜ!」
魔法使い「すごく下手くそだけど……」
勇者「……自分の才能が怖いぜ……」
魔法使い「ねえ勇者。勇者はどうして旅をしているの?」
勇者「へ?どうしてって……勇者だから?」
魔法使い「そうじゃなくて。あなたみたいな子どもが、魔王討伐なんて危険な旅をしているのはどうして?」
勇者「いやお前だって俺と同じくらいだろうが」
魔法使い「私はこんな旅、いや」
勇者「え……?」
魔法使い「だって、そうでしょ。私たちはまだ子どもなのよ。なのに大人の我が身可愛さでこんな旅をさせられてるのよ」
勇者「それは……しょーがねーだろ。女神様に選ばれたのが俺で、勇者じゃないと魔王を倒せないんだから」
魔法使い「選ばれたから何だと言うの?そんなのは何も関係がない」
魔法使い「私たちは貧乏くじを引かされたのよ。悪いことなんて何もしてないのに。人より少しだけ優秀だった、ただそれだけで……」
魔法使い「だから教えてよ。どうしてあなたはこんな旅を続けようなんて思えるの……?」
勇者「……答えになってるか分かんねえけど」
勇者「俺は……やりたいって思えてるから、かな」
勇者「俺さ、神託を受けた時に女神様の姿を見たんだよ」
勇者「一目惚れして、同時にこうも思った。こんな綺麗な人のことを俺しか知らないのはずるいんじゃないかってさ」
勇者「だから俺は惚れた女の願いを叶えて、ついでに女神様のことを世界中に広めたい。この旅はそれにうってつけで……ええと、それで……」
魔法使い「…………はぁ」
魔法使い「もういい。のろけなんて聞きたくないわ。不快よ」
勇者「う、ご、ごめん……その、つまりさ。できたらお前にも旅をやめないで欲しい。お前にいなくなられたら俺たち多分死んじゃうから……」
魔法使い「……」
魔法使い「そうね。私、強いもの」
勇者「うん。それで……ど、どう……?」
魔法使い「……ここでやめて死なれたら寝覚が悪いでしょ」
勇者「……!よ、よかったぁ……」
魔法使い「……やりたいこと。やりたいこと、ね」
勇者「それから、俺が絵を描いていると魔法使いはよく絡んでくるようになった」
ここまで
僧侶「勇者様、ここ、左右のバランスが崩れてます」
勇者「うっ」
僧侶「それとパースが少し狂っていますね。ほら、背景のここ、基準線があやふやだから見せたいところが分かりづらくなっています」
勇者「ぐっ」
僧侶「明暗の付け方が軽いのもだめですよ。肝心の女神様が薄っぺらく見えます。他にも背景の光源と人物に当たっている光の流れがブレているせいで――」
勇者「……はい」
僧侶「……ふう。と、こんなところでしょうか。分かりづらいところはありませんでしたか?」
勇者「ないです……すごく分かりやすかったです……痛いくらい……」
僧侶「あっ…け、けれど、進歩はしていますよ?確かに画力は上がってますから、そこは自信を持ってください」
勇者「そんな気を遣わなくても大丈夫です……自分が下手なのはちゃんと分かってるんで……」
僧侶「本当ですってば!始めてからたったの三ヶ月でこんなにも上手くなったのは実際すごいことですよ」
勇者「……そう?」
僧侶「ええ、本当に。最初の頃を考えれば見違えるほどです。熱意の表れですね」
勇者「まぁ、それだけが取り柄だから……」
僧侶「けれど、それ以上に大切なものなんてありませんよ。技術なんて練習すればいくらでも身につくのですから」
勇者「……そう、だよな。そうだ。上手くなりたいなら、練習不足の下手くそが一丁前に落ち込んでる暇なんてないよな」
僧侶「ええ、その意気です」
勇者「でもさ僧侶さん、どうして背景までいちいち描かせるんだ?不満ってわけじゃないんだが……」
僧侶「あ、それは私の趣味ですね」
勇者「えっ?」
僧侶「勇者様の絵、その方がきっと私好みに成長しますもの。教える側にもそれくらいの役得はあってもいいでしょう?」
勇者「それを言われると何も言えないし、いいけどさ……俺はてっきりそういう練習かなって思ってた」
僧侶「そういうのもなくはないですけどね。でも、こうした方がいいでしょう?」
勇者「え?」
僧侶「だって勇者様、一方的に教わってばかりなのを心苦しそうにしてましたから」
勇者「……あの、心とか読めたりする?」
僧侶「心って……ふふ、あははっ」
僧侶「ええ、はい。実はそうなんです。わたしは勇者様より少しだけお姉さんですからね」
勇者「どうよ。今回はなかなかの出来だろ?」
戦士「ああ、とてもいいと思う。俺ではあまり気の利いたことは言えないが……」
勇者「バッカ、いいんだよそれで。専門的な方は僧侶さんでお腹いっぱいだ。素人からの評価ってのも大事なんだぜ」
勇者「なにより、褒められると俺が嬉しい。それが一番重要だ」
戦士「なるほどな。……そうだ、勇者。一つ聞きたいことがある。いいか?」
勇者「改まってなんだよ。お前らしくもない。どうした?」
戦士「……お前の言う女神様は、とても美しい女性なのだと前に聞いた」
勇者「そうだな。それが?」
戦士「それは、僧侶よりもか?」
勇者「ああ。あの人もすげえ美人だけどな」
戦士「魔法使いよりも?」
勇者「おう。美人って言うより可愛い枠だし」
戦士「そうか……」
戦士「ところで、前の街で会った行商人の娘を覚えているか?」
勇者「そりゃもちろん。すごくお世話になったからな」
戦士「……彼女よりもか?」
勇者「……あ?おいお前まさか……」
戦士「……」
勇者「おい……おいおいおい!なんだよなんだよそういうことなら早く言えよ!水臭いだろ親友!!」
戦士「……回りくどい聞き方をしたのは謝る。確かに俺らしくなかった」
勇者「いやいや、分かるぜ、分かるよ。自分らしくないことやっちゃうもんだよな。うんうん、すげえ分かる」
戦士「誤解しないで欲しいが、俺はお前の絵を上手いと思っている。描かれている女性も美しいと感じている」
戦士「だが……俺の目には彼女の方が好ましく映ったんだ」
勇者「はは、そんな顔すんなよ。いいんだよそれで。当たり前のことだろうが!」
戦士「そう……なのか」
勇者「俺にとっての女神様がお前にとってはあの子だったってだけの話だ。そういう相手は運命で、生きてるうちに二人と見つからない」
勇者「だから喜ぼうぜ!誰が何と言ったって、絶対にいいことなんだからさ!」
戦士「……そうだな。ああ、きっとそうだ」
戦士「ありがとう勇者。少し楽になった」
勇者「そうだ、せっかくだしお前も絵を描かないか?楽しいぜ」
戦士「遠慮しておく。前にも言ったように俺には合いそうもない」
戦士「……それと、片想いの女性をひたすら描き続けるというのは正直どうかと俺は思う」
勇者「……え?お前そんな風に思ってたの!?」
戦士「だが、代わりに俺が彼女のために何が出来るのかを考えていこうと思う。彼女も旅の身だ。また会うこともあるだろう」
勇者「それでいいと思うぜ。それよりさっきの話だけど」
戦士「じゃあな。修行の時間だ」
勇者「おいコラ逃げんな!」
勇者「ふーんふふーん」カキカキ
魔法使い「……」ペラペラ
勇者「ふっ!はぁっ!」カキカキ
魔法使い「……」ペラペラ
勇者「ここだ!ギガスラーッシュ!」ズバァッ
魔法使い「……」ペラッ
勇者「……これは……ミスじゃな……?」
魔法使い「……ぷっ」
勇者「よし、こんなもんだな。今日は終わり!」
魔法使い「よくもまぁ毎日飽きもせず長々と描いていられるわね」
勇者「練習こそ上達の近道だからな。上手くなりかけの今こそサボっちゃダメって僧侶さんが言ってた」
勇者「というか、それを言ったらお前もだろ。毎日毎日ずーっと同じ本を読んでさ」
魔法使い「別に読みたくて読んでるわけじゃないわ。とっくに飽きてるわよ。他にやることがないから読んでるだけ」
勇者「はぁ?じゃあ何で……」
魔法使い「だって、それが私のやりたいことだもの」
勇者「……???い、意味が分からん……?」
魔法使い「……はぁ。勇者も少しは本を読んだほうがいいと思うわ」
勇者「そうか?じゃあ今度魔法使いのおすすめを貸してくれよ」
魔法使い「……はぁぁ……」
ここまで
僧侶「……」
勇者「僧侶さん。被害確認が終わった」
僧侶「…どうでしたか?」
勇者「一人もいない。この村の住人はみんな死んでる」
僧侶「そう、ですか」
勇者「街への報告は戦士と魔法使いが先行してくれてる。遺品をある程度回収したら、俺達も後を追おう」
僧侶「ええ…」
勇者「…俺のミスだ。敵の別働隊が辿るルートを読み違えた。あれさえ外さなければ間に合ったかもしれないのに」
僧侶「…勇者様は悪くありません。いいえ、誰も悪くない。最善を尽くそうがどうにもならないことは山ほどある…」
僧侶「…けれど…」
勇者「僧侶さん…」
僧侶「勇者様。私が魔王討伐を志した理由、まだ話してませんでしたよね」
勇者「…確かにそれはずっと疑問だった」
勇者(俺は選ばれたからで、戦士は騎士団長の息子としての推薦、魔法使いは学院での成績がすごく良かったから。僧侶さんにそうした理由はない)
勇者(いや、どころか)
勇者「少し調べたよ。あなたは自分で言うような木端神官じゃない。現司教枢機卿の娘…次代の教会を担うはずの人間だ」
勇者「教会本部で囲われていなきゃならないはずのあなたがどうしてこんな危険な旅に同行しているのか。話してくれるなら教えてほしい」
僧侶「ふふ…そう大した理由ではありませんよ」
僧侶「私は、私が安穏としている間も傷つき、死にゆく人々がいる現実に耐えられなかっただけです」
僧侶「本当なら一日でも早くお父様の跡を継ぎ、教会の舵を取るべきなのでしょう。そうした方が最終的に救える人数は多くなる」
勇者「…それは、そうだろうな」
僧侶「頭では分かっているはずのそれが、どうしても待てなかった。目の前の人を救う刹那的な快楽と自己満足に魅了されてしまった」
僧侶「そんな聖職者失格の人間なんです。私は」
僧侶「だからこうした光景を見ると、少し考えてしまうのですよ。目の前の人間すら救えないのでは、私は何をやっているんだろうって」
勇者「……」
僧侶「ふふ、そんな顔をしないでください。どんなに自分に失望しても、途中でやめる気はありません。私は最期まで戦いますから」
勇者「俺に…何かできることは?」
僧侶「では、もっと絵を上手く描けるようになってください」
僧侶「私がこの旅に着いてきて良かったと、勇者様に教えてきて良かったと、そう思えるくらい素敵な絵を描いてください」
勇者「…分かったよ。約束する」
僧侶「ゆびきりげんまん。約束ですよ」
勇者「それから、俺は絵を描くときに女神様だけでなく、僧侶さんのことも考えるようになった」
勇者「あの誰よりも優しくて、少しだけ強くなれなかった人のために、俺は何が出来るのだろう」
ここまで
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