春香「守りたいもの」 (119)

諸事情により昼に立てたスレを立て直しました。
このSSは765といくつかの他作品のクロスSSです。
どちらかというとシリアスめなストーリーで
書き溜めは二章分程度してあります。
また、一般的なSSと違い、鉤括弧前にキャラ名がつかない上、下手な地の文が多いです。
混沌とした感じになるかもしれませんが、それでも良いという方は読んで頂けると幸いです。


SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1469279567



「それじゃあ、これからも!」
「生っすかサンデーを」
「よろしくお願いしますなの!」


三人の挨拶が終わると同時に、歓声が会場を包む。
彼女達が舞台袖に移ってもそれはしばらく続き、退場や物販等のアナウンスが流れ始めてようやく収まった。
ただでさえ広いとは言えない地方ホールに立ち見客まで入れたというのに、出入口は混雑することもなく、皆きちんと列を作っている。


「お疲れさま、三人とも良かったぞ!生っすかサンデー出張版、大成功だな!」


プロデューサーが歩み寄り、彼女達に水を手渡す。
舞台袖は空調があまり効いていないせいか、彼は上着を脱いで肩にかけている。
その水を、礼を言いながら受け取る彼女達の笑顔は、ステージ上のそれとはまた違ったものだった。


「私達……こんなことをしていていいのかしら」


一息ついた後、最初に口を開いたのは意外にも千早だった。
 その呟きに、半ば呆れたかのようにも聞こえる口調でプロデューサーが答える。


「こんなことってなぁ千早、いくらお前が歌が大事だって言っても前にも言ったように、バラエティだって大切な仕事だぞ」
「いえ、そうではなく……」
「じゃあ何だ?」
「今って、戦争中ですよね?」

その言葉に、美希は「それがどうかしたの?」と言わんばかりのキョトンとした顔。
春香は「それは思い出したくなかったなぁ」というような少し苦い顔をした。


「ああ。だからこそアイドルとしてできることを精一杯やること、それがファンの心を少しでも和らげることに繋がるんじゃないか?」
「そう……でしょうか」


千早の様子を見かねてか、美希が口を開く。


「大丈夫なの!連邦軍も公安局も、いざとなったら学園都市だってあるの、戦争なんて心配しなくていいと思うな」
「そうだよ千早ちゃん!連邦軍には律子さんだっているんだし、公安局は……よくわからないけど、学園都市には超能力を使える人がいっぱいいるらしいし!」


それに続いて春香もフォローを入れるが、千早の顔は浮かないままであった。


「腐敗した世界政府、機械任せの治安維持組織、本当に中身が存在するのかもわからないような機密独立自治特区、どれも信用に足るものとは思えないのだけれど……」


千早の言葉に反論できるだけの知識が二人にあるわけでもなく、「そんなことない」と笑い混じりに言えるだけの各組織への信頼を持っていると言うわけでもなく、結果的に二人は、視線を彼に向けることしかできなかった。
その当人は、溜息を吐きながらも口を開く。


「確かに千早の言う通りかもしれないな。絶対に安全だなんて言い切れない、戦争だしな。実際に会場が襲われたりしたら、ファン全員を逃がしきることなんて不可能だろう」
「だったら……」
「だったら何だ。『もしかして』の為に、来てくれたファンを追い返すか。それとも、お前が戦場に出て戦うか」


プロデューサーの鋭い返しに、千早は言葉に詰まったのか、半分は残っているミネラルウォーターを一気に飲み干し、息を吐いた。


「お前達はお前達にできることをすればいい。その結果どうなろうと、それはおまえ達の責任じゃない。それにな……」


プロデューサーは一度言葉を途切り、一層真剣な眼差しで口を開く。


「何があろうと、お前達のことは俺が絶対に守る!……なんてクサいか」


その言葉に三人は顔を赤らめた。
誰が見ても彼女達が彼に気があるのは明らかなのだが、当の本人は微塵も察している様子はない。


「さすが美希のハニーなの!24時間守ってもらうために、ずっと一緒にいて欲しいって思うな!」
「ちょっと、美希!抜け駆けずるいよ!プロデューサーさん!春香さんの護衛なら三食昼寝付きですよ!」
「昼寝したら護衛の意味がないと思うのだけど……、それよりプロデューサー、独り暮らしのアイドルが優先だと思いませんか?」


ここぞとばかりのアピールラッシュにも彼は全く動じることはなく、


「わかったわかった。それじゃあ皆、早めに送迎車に戻るぞ、ここから事務所まで結構あるからな」


と、事務的な対応を返した。
それに対し彼女達もやや不満そうな顔を浮かべながらも返事をし、送迎車へと向かう。

 いつも通りといえばいつも通りのそんな昼下がりなのであった。

html化は先ほど依頼してきました

「ふー、疲れたぁー」
「外、あっついのー」


彼女達が送迎車に乗り込むと、既に車内は冷房がかかっており、機械的な冷気が彼女達の汗を乾かした。

『速報です。度重なる現状の科学では説明のできない事件、
通称、超能力テロへの対策の為、地球連邦軍極東支部はつい先程
対能力特殊部隊 F.U.L.L の創設を宣言しました』

 車載テレビから流れる戦争関連のニュースに、彼女達の視線は集中する。
 先程のプロデューサーの言葉を理解できなかったわけでも信用できなかったわけでもないが、不安が全て無くなったというわけでもなかった。
特に美希の場合は、千早とプロデューサーの会話で戦火にいつ巻き込まれるのかもわからないという自覚が芽生えてしまったようであった。


『尚、地球連邦軍の責任追求に対し、独立自治区学園都市は超能力テロへの関与を未だに一切否定しており、
日本政府及び地球連邦軍と学園都市の対立は一層深まることと思われます』


「ほら、やっぱり学園都市なんて自分達以外はどうなってもいいんだわ」


千早の呟いた一言で、再び重い空気となった車内。
たが、そこに彼が入ってきたことにより車内の空気は一変した。


「よっと、何だお前ら。ニュースなんて見てんのか。アレかけようぜアレ、響と貴音の新曲」


 プロデューサーがディスプレイをCDに切り替え、自前のCDを挿入する。
車載テレビはF.U.L.Lの隊長が記者会見をするという直前で途切れてしまった。

「あっ、あれいい曲ですよね!響ちゃんの活発な感じと貴音さんのミステリアスな感じが上手く合わさってるっていうか……」
「そ、そーなの!キャットパンチ?って感じなの!」
「まさか美希、ベストマッチって言いたいんじゃ……」
「そうそう、それなの!」
「嘘でしょ……」


多少会話がぎこちないとはいえ、彼のアイドル達への影響力がとても大きいことは確かなことで、彼が来たことにより、アイドル達は心から束の間の休息を楽しめるのであった。


「プロデューサー、到着はまだでしょうか?」


移動中の車内。
千早に揺すられ、プロデューサーは目を覚ました。
眠い目をこすり、あくび混じりに千早に尋ねる。


「ん?そろそろだろ。どんくらい経った?」
「もう三時間は経っています」
「三時間!?もうとっくに着いてるはずだぞ!」


プロデューサーの大声で春香と美希も目を覚ます。
眠りを妨げられるのが嫌いな美希はあからさまに顔をしかめている。


「着いたんですかぁ?」
「うー、ハニーうるさいの……」
「すまん、二人共。だがおかしいんだ、もうとっくに着いてるはずだっていうのに」
「あの……プロデューサー」
「どうした、千早?」


プロデューサーが振り向くと、千早はカーテンを開け、窓の外を指さしていた。


「あの……行きにトンネルなんてありましたっけ?」
「トンネル?」


プロデューサーが窓から外を覗くと、そこにあったのは灰色の壁とオレンジ色の電灯が延々と過ぎて行くだけの景色であった。


「どうなってる……、運転手さん!渋滞か何かでルート変更しましたか?」
「いえ、予定通りです」


運転手は平坦な声で答える。


「こちらの予定のね」

そう言った直後、同乗しているスタッフ全員が拳銃を取り出し、プロデューサーとアイドル達に向けた。

「嫌ぁ!」
「なんなのなの!」
「何しやが……」
「黙れ!お前を殺すなという命令は出ていない。目的地までじっとしていろ」


プロデューサーの言葉はスタッフであった男の一人に遮られ、その眉間には拳銃が強く押しつけられる。


「何が目的だ」
「星井美希、彼女の身柄を確保させてもらう」
「美希こんな人達知らないよ!」
「悪いがアイドル達は渡せない」
「許可を貰う必用はない。邪魔をすればお前と残り二人の命はないと思え」
「……そうかよ」


プロデューサーは小さく舌打ちをすると、席に座り直し、口を閉じてしまった。


「ハニー!助けてよ!美希、こんな人達に拐われるなんてやだよ!」
「……」
「ハニー!ねぇ、ハニーったら!」
「……」
「美希のこと絶対守ってくれるんじゃなかったの!」
「うるせぇ!!!」


プロデューサーが発した叫び声に、アイドル達は凍りつく。
春香は顔をひきつらせ、美希は涙を流していた。



「俺はお前らの親でも何でもねぇんだ!プロデューサーとアイドル。ビジネスの関係なんだよ!アイドルが一人二人拐われようと知ったこっちゃねえ!俺は自分の命を選ぶ!」
「嘘……嘘でしょハニー、ハニーはハニーはそんなこと言わないの」
「ハニー、ハニーうるせぇんだよ。俺はお前の恋人か?違うだろ?黙って拐われろ、ここで俺達が死ぬよりお前一人が拐われた方が事務所の損失としても軽微だ」


まるで人が変わってしまったかのような彼に、春香が叫ぶ。
拳銃を向けられているのも今の彼女にはどうでもいいことだった。


「プロデューサーさん!正気に戻って下さい!」
「俺はいつだって正気だ、春香。むしろここで抵抗する方が気が狂ってる」


プロデューサーの冷酷な言葉に、春香はただ、ぱくぱくと口を動かすことしかできない。


「くくく……はっははははは」


やり取りを聞いていた男の一人が、片手で顔を覆い笑いだした。
その不快な笑い声が癪に触ったのか、プロデューサーが男を睨み付ける。


「何が可笑しい」
「いやな、随分薄情な奴だと思ってな」
「当たり前だ。こいつらの面倒を見ているのはビジネスだ。お前らだってそうだろ?」
「よくわかってるじゃねえか。俺達だって好き好んで誘拐なんてしてる訳じゃねえ、金をもらうため、そうさ、生きるために仕方なくやってるんだ」
「そうか」


「だが、死ね」

「……は?」

会話で力の抜けた男の腕を捻り、銃を奪い、蹴り飛ばす。
アイドル達に銃を向けていた男達が咄嗟にプロデューサーに銃を向け直したが、それと同時にプロデューサーが放った弾丸が彼等を撃ち抜いた。


「てめぇっ!」


異変に気づいた運転手がプロデューサーに向けて連続で引き金を引く。
すると、プロデューサーは最初に蹴り飛ばした男の襟を掴んで、持ち上げると全ての銃弾をその男の体で防いだ。


「ば……化け物!」


運転手が拳銃を投げ捨て、車体を揺らそうとハンドルを持ち直す。
だが、それをプロデューサーが許すはずもなく、彼の放った弾丸が運転手の両手を撃ち抜いた。


「これでハンドルは握れないな、潰れたトマトになりたくなかったらブレーキを踏め」
「わ、わかった!」


車は急ブレーキで停止した。
 両手から血を流す運転手に、プロデューサーが歩み寄り、眉間に銃口を突きつける。

「誰の依頼だ」
「し……知らねえよ」


乾いた銃声の後に、運転手が悲鳴をあげる。
 プロデューサーが運転手の左脚に発砲したのだ。


「次は右足だ。正直に言えば一本くらい残してやる」
「がっ……学園都市だ!そこの美希って言う子に適性があるとかなんとか!少し後ろから学園都市の部隊と輸送車も来る!いくらお前が強くても、あいつらを相手にするのは無理だ!お……俺がいれば交渉ができる!だから!殺さ」
「そうか、ご忠告ありがとさん」


再び銃声が響くと、運転手はハンドルに倒れこんだ。
運転手の体に押され、けたたましいクラクションが鳴り響いたが、プロデューサーがドアを開け、死体を外に蹴り出すとクラクションは止み、車内に静寂が戻った。


「一本残ったろ、良かったな」



数分前までとは明らかに目つきを変えたプロデューサーがアイドル達に歩み寄る。
その間にも彼は床に転がる男達の死体に数発ずつ弾丸を撃ち込む。
その度に、暗い車内をマズルフラッシュが照らした。


「イヤ!こないで!こないでほしいの!」


美希が怯えきった顔で叫ぶ。
プロデューサーは美希の目の前まで来ると、拳銃を投げ捨て、膝を床につけ、続いて手をつけると、最後に頭を床につけた。


「すまなかった、美希!あいつらを欺く嘘とはいえ、あんなことを言ってしまって!」
「顔をあげてくださいプロデューサーさん!結果的に美希も私達も助かったんだし!ねぇ、千早ちゃん!」


美希ではなく、真っ先に春香が口を開く。
話を振られた千早は、何故かきょとんとしていた。


「えっ……ええ、私は最初からわかっていたのだけれど」
「えぇ!?そうなの!?なんで、千早ちゃん!?」
「だってプロデューサー、ずっと痛いほどに右手を握りしめていたもの」
「ははは……千早にはお見通しだったか」


そう言ってプロデューサーが右手を開くと、そこには血に染まった深い爪の跡があった。


「だ、大丈夫ですかプロデューサーさん!?今、絆創膏だしますね!」
「ありがとう春香、にしても千早、よくわかったな。千早の席から俺の手は見えないだろ」
「はい、でも肩の強張りかたを見ればすぐにわかりました。それに私はプロデューサーがなんの考えもなしにあんなことは言わないと信じていましたから」
「そんな~、わ、私だって信じてましたよ!」
「おもいっきり顔ひきつってたじゃない、春香」
「そ、そんなことないよー!ね!美希?」


春香が美希に会話を振るが、美希は未だに膝を抱えて震えているままだった。


「美希、どうしたの?」
「どうした?春香こそどうしたの……?怖くないの?ハニー、ううん。プロデューサーは人をいっぱい殺しちゃったんだよ?最後の人なんて殺さないでって言おうとしてたの」


少しの沈黙の後、春香が口を開く。


「うん、それで?」


「えっ」
「プロデューサーさんは私達を助けてくれたんだよ?美希はプロデューサーさんがいなかったら今頃拐われてたんだよ?」
「みっ……みきは……」
「そこまでにしろ、春香」


詰め寄る春香をプロデューサーの手が制する。

「プロデューサーさん……」
「怖くて当たり前だ。俺が人を殺すところを間近で見たんだからな、ごめんな、美希」
「美希……わかんないの、ハニーは優しくて.……人を傷付けることなんて、絶対しなくて……」
「でもな、美希。ああいう奴らは放っておいたらまた何度でも同じことを繰り返すんだ。それは、美希のような思いをする人がもっともっと増えるってことだ」
「うん……」
「それを止める術は……俺は一つしか知らない、すまなかった」
「……」


再び黙りこんでしまった美希に、プロデューサーは軽く微笑むと、千早に顔を向けた。


「千早は、大丈夫なのか?俺が怖くないのか?」
「怖くない……と言えば嘘になります。ですが、プロデューサーがすることはいつも理にかなっています。それに、私はプロデューサーはいつでも私達のことを思って行動してくれていると、信じていますから」
「そうか、ありがとな。千早」


プロデューサーが軽く千早の頭を撫でる。
千早は顔を少し赤らめているが、反対に春香は膨れっ面でそれを眺めていた。


「よし、あまりぐずぐずしてもいられないな。あいつの話だと別動隊のようなものが後ろから来ているらしい。このまま車で逃げてもいいが、行き着く先がどこかわかったもんじゃない。トンネルなら非常口があるはずだ。降りてそこから逃げよう」
「「わかりました」」
「……」
「俺が降りて、周りを確かめてくる」


そう言うと、プロデューサーは死体の一つから拳銃を拾い上げ、車の外へと出た。
その直後ーー


「流石だな、765プロのプロデューサー」


一瞬のうちに車の前方と後方、両側を白いのっぺりとした仮面を被った黒ずくめの兵士達が挟み込んでいた。
縦の長さは顔の二倍はあるかというようなその仮面は、 全体が携帯電話のLEDデコレーションのようにカラフルに発光しており、何かの模様を描いている。


「……っ、学園都市か!?」
「いかにもだ、プロデューサー君。いや、大佐」


隊長らしき兵士の言葉に、プロデューサーは眉をピクリと動かすと、拳銃を向けた。


「お前ら、俺の何を知っている」
「さてね、少なくとも君がいた部隊のことくらいは」
「黙れ!」


仮面部隊の隊長に向かって、プロデューサーが引き金を引く。
すると、隊長は自ら動くこともなく、仮面の中心部からまるで生きているかのような翼を発生させ銃弾を弾いた。


「さすが学園都市、ヘンテコなものを使いやがる」
「褒め言葉と受け取っておこう、大佐」
「アイドル達の前で、その呼び方をするな」
「あらあら、お怒りだ」



車内では春香と千早が様子を伺っていたが、美希は膝をかかえたまま、未だに動かない。


「学園都市のオーバーテクノロジー……本当に実在したのね」


千早が窓から外を覗きこむようにしながら、感心したような声をあげた。


「そんなことより、プロデューサーさんを助けないと!よーし、こうなったら落っこってる拳銃で!」


血に染まった拳銃を拾い上げようとする春香を、千早が制止する。


「やめておきなさい、拳銃でどうにかできる相手じゃないわ。春香も見たでしょう、あのCGみたいな翼がプロデューサーの弾を弾くのを」
「プロデューサーの玉……」
「春香」
「なんでもないです。じゃあどうするの?」
「そうね……」


千早は春香に美希の方を軽く目配せすると、手を口にあて耳打ちをした。


「こう言ってはなんだけれど、あの兵士達の目的は美希、つまり美希がこっちにいる限り下手に手は出してこないわ」
「ふんふん」
「つまり、美希が私達の近くにいる状態で攻撃できればいいのよ」
「ふんふんふん、なるほど……って、どうやって?」


話しながら千早はゆっくりと姿勢を低くして運転席へ歩みを進めていき、春香もその後ろを追う。


「美希のいる座席から銃を撃ってもよいのだけど、当然あの翼に防がれるでしょうね」
「さっき言ってたもんね」


運転席に到着すると、千早は運転席に座り、春香は助手席についた。


「このままアクセルを踏んで前の兵士に突っ込むっていうのもできるけど」
「美希が遠いし撃たれて終わりだよね」
「そう、だからね」


千早がギアを『R』に切り替える


「え、まさか……千早ちゃん、後ろに美希乗ってるよ」
「だからじゃない。死にはしないわ」


千早がアクセルを踏み込むと車は急バックで後方の兵士に突っ込む。


……と、いうのが千早の考えのはずだった。


「危ない危ない……アイドルにまで卑劣な手を教え込んでるのか?」



彼女達の乗った車は、車体の中心で縦に切断されており、それは後方に並んでいた兵士達の仮面から発生した翼によるものであり、その切り口はまるで専用の機械で切断されたかのように滑らかであった。


「何!?何が起きたの!?美希もう嫌だよぉ!」


衝撃に驚いた美希がふらふらと車外に出てくる。
両手で目を擦っており、周りの状況をよくわかっていないようだ。


「美希!出ちゃダメ!」
「ほう……自ら出てくるか」
「戻れ!美希!」


プロデューサーが銃を連射するが、それらは仮面の翼になんなく弾かれてしまう。


「無駄だ。そんな玩具は学園都市の技術の前では意味をなさない。捕らえろ」
「了解」


隊長が命令すると、1人の兵士がコンクリートを蹴りあげた。
まるで幅跳び選手のように跳ね上がると一瞬で美希の側に移動し、彼女を取り押さえた。


「やめて!助けてなの!ハニ……」


プロデューサーを呼ぼうとした美希の脳内に数分前の彼の姿がフラッシュバックし、そこに一つの迷いが生まれた。
そして、それは彼女自身も予想だにしないような言葉を紡がせる。



「いいよ、美希拐われてあげるの」


論理的な思考など、今の彼女にはなかった。
彼女の前頭葉を支配していたのは『恐怖』、この世で最も愛していたはずの人に対する、ただ純粋な恐怖だった。


「美希!何言ってるの!拐われたら殺されちゃうかもしれないんだよ!」
「ううん、それはないって思うな。この人さっきからずっと掴んでるけど、美希のこと怪我させないようにしてるの」
「おい、仮面野郎!学園都市は人間の心まで操るってのか!」
「学園都市にそのような技術があることは否定しない。
だが、少なくとも我々はそのような装備を持ち合わせてはいない。つまり、紛れもなく彼女自身の意思だと言うことだ」
「美希……」


仮面の男の言葉を信じた訳ではなかったが、プロデューサー自身、美希の言動の原因が自らにあるかもしれないということは自覚していた。
だからこそ、彼は諦めることなどできなかった。

や、やっぱり場違いな文体でしたかね……台本にしたほうがいいかな

ありがとうございます。続けます

書き溜めなのでまとめて投下になりますが、レスはいつでもしていただいて大丈夫です。
というか下さい


「美希、怖い思いをさせてごめんな。約束する、これが終わったら俺は一切暴力を使わないし、銃なんて手にしない。だから……」
「美希ね、プロデューサーのことずっと見てきたの。だからわかるよ、今のプロデューサーの目、嘘ついてる時の目なの」


美希の言う通り、彼が言ったことが嘘になるのは明らかであったし、彼も自らが嘘を言っているこ とは自覚していた。
しかし、それを指摘されたことよりも、彼は彼女と同じく彼女の『目』を気にしていた。
彼はもう長い間彼女と時間を共にしてきたが、彼女のこんな『目』を見るのは初めてであったからだ。


「やめてくれ……、美希……そんな目で俺を見ないでくれ」


彼はこの『目』を知っていた。
その記憶を振り払おうとすればするほど、彼の大脳皮質に住み着く少女が呟く。


『アナタはここで私と死ぬの』
『死にたくなるほど生きて、生きたいと願いながら死に続けなさい』


少女の『目』は彼を見つめている、彼の『目』ではなく彼のもっと奥底を。


「やめろ……やめてくれ!」


プロデューサーが再び銃を連射する。無論、翼の前では9mm弾など無力に等しい。
だが、それは相手が兵士の場合だ。
なんの防御能力も持たない、星井美希の命を奪うには十分な殺傷能力だった。


「プロデューサーさん!?」


弾丸が美希の眼前に迫る。
だが、彼女は驚愕することもなく、妙に『納得』していた。
まるで彼に殺されることが、産まれながらの運命であるかのように。



「失望したぞ、男」


自分の聴覚がまだ機能していることに驚き、美希が声の方向に顔を向ける。
声の主は、先程まで彼女を押さえつけていた仮面の兵士だった。


「なん……で?」


兵士の仮面からは翼が発生し、美希を弾丸から守ると同時にプロデューサーの腹部を貫いていた。


「っ、……あ…………」
「プロデューサー!」
「プロデューサーさん!」


力を失い、倒れ込むプロデューサーに駆け寄る千早と春香。
美しく透き通るような声の持ち主である千早の声でさえ、動揺からか揺らいでいるのは明らかだった。


「何で助けてくれたの?」


仮面の兵士に美希が尋ねる。


「殺さずに確保しろという命令だったからだ。そしてもう1つ」
「もう……1つ?」


「撃っていいのは、撃たれる覚悟のある奴だけだ」





美希の目には再び光が灯っていた。
それは一時の気の迷いだったのかもしれないし、ストックホルム症候群と似た何かだったのかもしれない。
だが、それは幼い美希の感情を動かすには十分すぎる材料だった。


「お願い、このまま美希のこと拐っていってほしいの」


美希が兵士の腕をぎゅっと掴んで呟く。
兵士が美希の腕を押さえつける必要も、もはやなくなっていた。


「だ、そうだNo.9。残りの始末は我々がやる。お前は先に学園都市に星井美希を届けろ」
「了解しました」


No.9と呼ばれた兵士は、仮面から生成した翼を鳥のように羽ばたかせると、美希をかかえて春香達の頭上を通過した。


「待って、美希!正気に戻って!」
「正気?美希だって、いつも正気だよ」


去り際に美希が発した言葉は、春香に対する返答ではなく、プロデューサーへの言葉であったのだろう。
だが、彼は倒れ込み血を流したままであり、 美希の声も、懸命に止血をしている千早の泣き声も、届くことはなかった。



「春香!美希はもういいわ、そんなことよりプロデューサーの血を!」


千早がタオルでプロデューサーの傷口を圧迫しているが、その蒼い生地はもはや赤黒く染まっており、その止血が意味をなしていないことを物語っていた。


「わかったよ!わかったけど……こんなの私達には何も……」
「そうだ、君達には何もできない。大人しくそこで彼の最期を看取ってやるといい」
「そんな……」


愕然とする春香とは対照的に、千早はまるで兵士の言葉が聞こえていないかのようにプロデューサーの腹部を抑え続けている。
彼女の瞳からは涙が溢れ、血に染まった手を濡らす。


「そこをどけ、楽にしてやる。もうじき輸送車も追いつく頃だ。運ぶ対象は変わってしまったが、死体を処理するのにもちょうどよかろう」


隊長の言葉通り、巨大なトラックが春香達の前方から走行してきた。
何やら大荷物を輸送しているようで、その荷台には巨大なコンテナが載せられている。


「やめて下さい!プロデューサーに手を出したら!」
「出したらどうする」
「私、あなたのことを許しません」


春香の眼がキッと鋭くなる。
その瞳は憎しみを超え、もはや殺意すら抱いているかのようなものだった。


「ほう、ただの小娘に何ができるというのだ。歌と躍りで我々を翻弄させてくれるとでも言うのかね?」


彼の言う通り、もはや春香に打つ手はなかった。


「ここでその男を生かしておくのは得策ではない。脅威になるとは言わないまでも少し特殊なようだからな。最後の忠告だ、そこをどけ」
「嫌です!」


両腕を大きく開き、立ち塞がる春香。


「そうか、残念だ。娘が君のファンでな、殺しはしないが少し痛い目を見てもらうぞ」


隊長は春香の襟を掴むと、まるで空き缶を捨てるかのようにトンネルの壁に放り投げた。
腕の動きに比例せず、かなりの勢いで飛ばされた春香は、全身をコンクリートに叩きつけられた衝撃に声を出すこともできなかった。


「君もだ」


続いて千早もプロデューサーから引き離されると、春香のすぐ横に放り投げられる。
彼女は痛みに顔を歪めることもなく、直後にはプロデューサーの元へと這い戻ろうとしていた。
だが、千早が彼に辿り着くことと彼の命が摘まれること、どちらが早いかは誰の目にも明らかだった。


「終わりだ、大佐」


隊長が羽を振り上げる。
霞んだ視界でそれを捉えた春香の脳内にプロデューサーとの日々が走馬灯のようにフラッシュバックする。
まるで彼が死ぬことは彼女が死ぬことと同義であるかのように。
彼の姿、声、匂い、温もり、そして『それ』までもが全て粒子と化すその瞬間。


『声』が聞こえた。

彼の声ではない。
少年のようにも少女のようにも聞こえるその声はあまりにも澄みきっていて、それが故に不気味ですらあった。


『あの人を助けたい?』


その声は、まるで春香の頭の中を1つのホールにでもしたかのように強く反響した。


『決まってる……助けたいよ!』


それに返答するのに言葉はいらなかった。
どうやら彼(彼女)には春香の思考が伝わるらしく、話を続けた。


『あなたに力をあげる。その為なら、どんな代償も厭わない?この力はあなたを本当の意味での孤独に陥らせるかもしれない、それでもいいの?』
『プロデューサーさんが助かるなら、私がどうなろうと……どうでもいい!』


それを聞くと、彼(彼女)はクスリと笑った。


『契約は成立ね。その代わり私の願いを1つだけ叶えて貰うわ、その時までさよなら』


その声が消えると同時に、春香は我に返る。
春香の体感とは異なり、それは一瞬の出来事だったようで、プロデューサーは今まさに手をかけられんとしているところだった。


「待ちなさい!」
「なに……?立ち上がるだけの力はもう残っていないはずだが」


彼の言うとおり、春香の怪我は決して軽いものではなく、常人ならば立ち上がることは不可能なほどの痛みを伴っていた。
だが、彼女は立ち上がった。
それはプロデューサーを救いたいという意志の力でもあり、『自分が何をすればいいか』それが無意識にわかっていることの自信によるものでもあった。



「なんで、あなた……『味方を殺そうとしているの?』」


「何……?」


春香の発した言葉に、隊長はプロデューサーに顔を向け直す。

そこにあったのは、彼の隊の隊員が血を流して倒れている姿だった。


「馬鹿な!奴はどこだ!」
「あなたの後ろ、『お仲間さんと一緒に並んでいるじゃない』」
「!?」


隊長の後ろ、隊員達の列の右から二番目、本来ならばNo.6の兵士がいるはずのところに、プロデューサーの姿はあった。
彼を小馬鹿にするように、嘲笑っている。


「いつの間にッ!」


隊長は羽を隊列の方に向け直すと隊員諸共プロデューサーを薙ぎ払った。


「貴様ら!何故気付かなかった!」


隊長が残った側の列に叫ぶが、それと同時に複数の羽が隊長を襲った。
異常を感じたのか、輸送車もトンネルを引き返していく。



「何をする貴様ら!反逆者がどうなるかわかってのことだろうな!」


羽を前面に拡げ、隊員の攻撃を辛くも防ぐ隊長に隊員の1人が叫び返す。


「反逆者はあなたの方だ隊長!理由も無しに味方を殺すなど!」
「理由ならある!奴らがあの男の混ざっていることを見抜けなかったからだ!」
「何を言っている!男ならずっとそこに倒れているだろう!」
「そうよ、隊長さん。『プロデューサーさんはずっとそこに倒れているじゃない』」
「馬鹿な!現にさっき……」


兵士が薙ぎ払った列の方を振り向くと、そこに倒れていたのは胴体が真っ二つに分離した、No1から7の隊員だけだった。


「何故だ!No6は、……ぁ…………」


動揺からか羽での防御が弱まった隊長に複数の羽が突き刺さる。
突き刺さった羽はそのまま勢いを殺すことなく、隊長を宙に浮かせた。


「まるで、百舌鳥の早贄ね」



嘲笑う春香に、仮面の集団が顔を向ける。


「隊長が消えた今、貴様らの処分は我等が行う」
「そう」


春香のあまりに冷静な反応に、隊員達は強い違和感を覚えた。
自らが殺されようとしているというのに、まるで無関心なようだったからというのもあるが、それ以前にまるで『人が変わった』かのようだったからだ。


「ところで、処分なんてどうやってするの?貴方達、『目が見えないじゃない』」
「何を……!?」


そう、彼等は全員『失明している』春香の姿が見えることもないし、その網膜が光を捉えることは二度とないのだ。


「どうなっている!仮面の故障か!?」
「わからん!全員無事か!各自応答せよ!」


仮面の集団が別々の方向を向きながら叫ぶ奇妙な光景に、春香は思わず笑いをこぼす。


「それにしてもよく、互いの声が聞こえるわね。『こんな騒がしいコンサートホールで』」


その瞬間、彼らの声は大きな歓声にかき消された。
360度から響く熱狂的なコールに錯乱し、隊員の一人が羽を振り回す。


「黙れ!黙れぇ!貴様等どこから現れた!」


振り回された羽に、盲目の隊員達はなす術もなく次々と切断されていく。
10秒後、立っているのは錯乱した隊員ただ1人となった。


「あら、あなただけ生き残ったのね。そんな運の良いあなたはきっと『目も耳も普段通りになるに違いないわ』」
「……!?戻っ……た」


視界を取り戻した隊員の目に入ったのは無惨に切り裂かれた仲間の死体と、それを踏みつけることを一切気にせずに迫る春香の姿だった。


「く……来るな!やめてくれ!」
「やめてくれ?別に私は何もしないわ」
「嘘をつけ!こんなに殺しておいて!」
「何を言っているの、全部あなたがやったのよ。それより大丈夫?『何か光っているけど』」


春香の視線に、腹部を確認する隊員。
そこには何かをカウントダウンするホログラムが浮かび上がっていた。


「どうやら学園都市は最初からあなた達を生かして帰す気はなかったようね」
「何故だ!我々は総括理事長直属部隊、捨て駒になど!」
「よくわからないけれど……」


『よくわからない』という言葉とは裏腹に春香はこの事の本質を直感的にわかっていたし、それが憐れむべきことなのだということも理解していた。
だからこそ、彼女は笑顔で言い放った。


「肩書きなんかあるうちは、あなた達のトコロじゃ捨て駒なのじゃない?」


その言葉に、彼の顔から表情が消えた。
仮面の下の素顔は春香には見えるわけもなかったが、彼女は明瞭にその様相がイメージできた。
だからこそーー



「「つまりあなたの一時の栄誉も、誇りも全てはあなたがここで捨て駒にされるためのプロセスに過ぎなかったということ」
「やめろ!」
「きっとあなたは努力したのでしょうね、多くのものを犠牲にして、今の地位を手に入れたのかもしれない。友人を裏切った?家族を見捨てた?それとも、恋人を突き放したのかしら?」
「やめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろ」
「でも残念。あなたが選択したことは全て、傀儡師の指の動きに過ぎなかった。可哀想なマリオネット。糸は少し揺らいだかもしれないけど、それはただのそよ風だったみたいね」
「やめて……くれ……」






膝から崩れ落ちる兵士に、春香が優しく声をかける。


「でも、私ならその糸を切ってあげられるわ」
「……!?本当か!」
「ええ、勿論。あなたはもう苦しまなくていいの」


春香がホログラムに手をかざす


「ほら、『消えたわよ』」


隊員が恐る恐る腹部に目をやると、確かに赤い数字の羅列はなくなっていた。


「なんで……助けてくれたんだ」
「ただ、人形劇が嫌いなだけよ」


春香が優しく返すと、隊員は仮面に手をかざして何やら呟いた。
ガコン、という機械音の後、隊員の仮面が外れ素顔があらわれる。
悪人面でも、冷徹な機械のような顔でもなく、どこにでもいそうな好青年だった。


「……本当にありがとう。俺はこのまま学園都市を出て、故郷に戻るよ。お袋にも、あいつにも久しぶりに会いたいんだ」
「そう、それがいいわ。あなたを操る糸はもうないもの」


隊員、いや、青年はもう一度礼を言うと、学園都市と反対方向へ歩き出した。
彼の背筋はしゃんとしたものではなかったが、先程までよりもしっかりと、自分の足で地を踏みしめているのは確かだった。



その体を数発の銃弾が貫いた。
どちゃっ、という生々しい音ともに青年がコンクリートに倒れこむ。
だが、自ら救った人間が目の前で死んだというのに、春香は笑顔を崩さなかった。

何故なら、彼を貫いた銃弾は他でもない、春香自身が放ったものだったからだ。


「マリオネットはね、糸が切れたら動けないのよ」


一瞬、笑顔を消した春香は、拳銃を投げ捨てるとすぐさまプロデューサーと千早の元に駆け寄った。


「プロデューサーさん!千早ちゃん!大丈夫!?」


いつの間にか意識を失っていた千早は春香の声と揺さぶりで目を覚ました。


「春香……?私は大丈夫よ、それよりプロデューサーが……」


千早が苦痛に顔を歪めながら答える。


「さっきの人達はもういないから大丈夫だよ。それより、千早ちゃんとプロデューサーさんの怪我をどうにかしないと。千早ちゃんは頭打ったり、血出たりしてない?」
「ええ、体を強く打っただけよ。とても痛いけど大事には至らないと思うわ」
「そっか、じゃあ千早ちゃん。『もう痛くないと思うけど』これで大丈夫?」
「春香、何を……?」


痛みがなくなったなどあり得ないと思いつつも、千早は軽く手足を動かしてみる。
すると、先程まで少し動くだけでも響いた激痛が、まるで夢であったかのようになくなっていた。


「春香、何をしたの!?」
「説明は後でちゃんとするね!それより今はプロデューサーさんをなんとかしないと!手伝える?千早ちゃん」
「ええ、任せて」


春香はポケットからタオルを取り出し、千早はシャツを破ってプロデューサーの腹部にあてがおうとする。
すると、どういうことかプロデューサーの腹部からは血が流れでていることもなく、それどころか傷口すら塞がっていた。



「これも、春香の仕業?」
「ううん、『こんなこと』は私にはできないと思う」
「そう、とりあえずプロデューサーが起きるか試してみましょう」
「ええっ!いくら血が止まったからってそんないきなりなの!?」
「何故か、大丈夫な気がするの」
「そうかなぁ……?」


春香がプロデューサーを軽く揺さぶる。


「プ、プロデューサーさん?」


返事はない。
まるで死んでいるかのようにピクリとも動かないが、春香が耳を当てる限り、息はあるようだ。


「プロデューサーさーん?ちゅーしちゃいますよ!ちゅー!」

春香が唇を尖らせるが、やはりプロデューサーは微動だにしない。
やっぱり無理だよ、と春香が口に出す前に、千早はプロデューサーの体に触れていた。
春香と同じように軽く揺さぶり、声をかける。


「プロデューサー、大丈夫ですか?」


すると、先程まで少しの反応も見せなかったプロデューサーの眉が僅かにぴくっ、と動いた。


「プロデューサー、早く起きないと、キ……キスしちゃいますよ」
「おはよう、千早」


まるで浅い眠りから覚めたかのように、ムクリとプロデューサーが起き上がった。



「えぇ……私の時はピクリともしなかったのに……」
「よかったわ。これが愛の力よ、春香」
「違うよ!千早ちゃんがキスするって言って起きたんだからキスしたくなかったんだよ!」
「へぇ……じゃあ春香の時はキスをして欲しかったからプロデューサーは起きなかったと、そう言いたいわけ」


しばらく二人のやり取りを眺めていたプロデューサーだったが、ふと我に返ったかのように口を開いた。


「美希は!美希はどうしたんだ!」


立ち上がり、激しく首を振って周りを見渡したプロデューサーの目に入ったのは、美希の姿の有無ではなく、胴体が綺麗に切断された死体の数々と、そこから流れ出す血の海だった。


「どうなってる!?誰がやったんだ?」


言葉に詰まる春香。
当然だ。いくら彼を守る為とはいえ、人を大勢殺めたことを罪悪感云々の前に彼には知られたくなかった。
彼女の口から、いるはずもないスーパーヒーローの作り話が出ようとしたその時、千早は平然と言った。


「春香、よね?」
「千早ちゃん……!?」


不意の親友の裏切りに、春香は驚きを隠せなかった。



「春香、本当にお前がやったのか」


プロデューサーは春香の目を真っ直ぐと見つめ、尋ねた。
彼に見つめられると、彼女はいつも嘘をつけないのだった。


「はい……、ごめん……なさい」


聞くやいなや、プロデューサーは
春香を強く抱きしめた。


「謝るのは俺だ!怖かっただろ……ごめんな、春香」
「えっ……」


てっきり、叱咤されるか、もしくはそれを越えて失望されるかのどちらかだと思っていた春香は、予想外の出来事に一瞬呆然としてしまった。
彼女の親友は、二人を見ながら微笑んでいる。


「なんで……私、私!人をいっぱい!アイドル、ううん。普通の女の子がするようなことじゃ!」
「俺だってさっき人を殺したさ!それはたしかに普通の人間がするようなことじゃない。だからこそ、春香がそれをせざるを得ない状況してしまった自分が憎いんだ!」
「やっぱり、私、普通じゃないんですよね……」
「ああ、普通じゃないさ!大切な人のためにここまでできるのは並大抵のことじゃない。でもそれは、悪いことなんかじゃないさ!お前が普通じゃないなら俺だって普通じゃない!一緒じゃ、嫌か?」
「いや……嫌なんかじゃないです!」


プロデューサーの胸で泣きじゃくる春香。
千早はここまでの展開を想定していた。
春香がこの惨状を作り出したのを確信していたが、それをわかっていても、プロデューサーと春香、二人に絶大な信頼を寄せているからこそ、嘘をつくことはしなかった。

だが、一見、千早は全てを見通していたかのように見えるが、実際はそうではなかった。
春香が学園都市の部隊を鎮圧したのは、プロデューサーの言う通り、大切な人を守るためであっただろう。
だが、鎮圧した後、残った兵士が戦意を無くした後はどうだっただろうか。
彼女が彼を殺したのは、愛だとか正義だとかそういったものではなく、ただ純粋な、快楽。
サディスティックから来るそれであったのではないだろうか。
当の春香が、それを自覚しているかしていないかは別にしてだが。



「ありがとう……ございます」


一通り泣き止んだ春香は、顔を赤らめ、プロデューサーの胸から離れる。
プロデューサーは、春香の頭を軽く撫でると、あれだけの怪我が嘘だったかのようにすくと立ち上がった。


「とにかく、今は一刻も早くこのトンネルを出よう、奴らの増援が来るかもしれないからな」
「そうですね。春香、立てる?」
「うん……ありがとう。千早ちゃんこそ!」
「平気よ、すっかり治ったみたい。春香のおかげね」
「それなんだけどね、千早ちゃん……実は治ったんじゃなくて……」


春香が自分の身に起こった事と、それによって手に入れた力について説明しようとしたその時だった。

学園都市との反対側、つまり春香達が入ってきた方から、ドラム缶のようなものの列が、けたたましくサイレンを鳴らしながら迫ってきた。


「学園都市……?」


春香が警戒し、身構える。
両目が赤く染まっているが、涙で赤くなった右眼とは違い、左眼は蛍光色のような赤に染まっている。


「いいえ、違うわ。あのサイレンとドローン……」
「公安局だ!春香!お前が何をできるようになったかは知らんが、とにかく手を出すな!」
「わ、わかりましたっ!」


ドローンは三人を囲むと、ホログラムをまとい公安局のマスコットキャラクターに姿を変えた。




『こちらは公安局刑事課です。直ちに武装を解除し、投降してください』


「武装も何も、私達何も持ってませんよ……」
「とりあえず、両手を上にあげておけ。犯罪係数が高くても抵抗しなければ撃たれはしない。安心しろ、連行された後なら俺にも手がある」


プロデューサーの指示に従い両手を上げる二人。
程なくサイレンとともにパトカーが2両到着し、中から銃を持ったスーツ姿の局員が出てきた。
その内の一人、リーダーらしき女性が先頭に立ち、3人に銃を向ける。


「公安局刑事課だ!無駄な抵抗はやめろ!」


彼女達が手にする銃は携帯型心理診断鎮圧執行システム、通称ドミネーター。
システムに基づく計測により対象の犯罪係数を測定し、それに応じて対象を無力化もしくは排除する公安局刑事課の武装だ。

先頭の女性局員、常守朱監視官のドミネーターには、三人の犯罪係数が表示されており、彼女はそれを基に現場の状況を判断するしかはなかった。
右の千早から順に、照準を合わせていく。



『犯罪係数72、執行対象ではありません。トリガーをロックします』

『犯罪係数765、執行モード、リーサルエリミネーター』


「プ、プロデューサーさん、プロデューサーさんに銃が向けられたら変形しましたよ!?大丈夫なんですか!?」
「えっとな、春香。あれが変形したってことは、システムが俺はこの世にいらないって判断されたってことだ」
「なんですかそれ……勝手に人の価値を決めるなんて!プロデューサーさんがいなくなったら私!」
「大丈夫だ、大丈夫だから落ち着け春香。次はお前の番だぞ」


『犯罪係数0、執行対象ではありません。トリガーをロックします』


「プ、プロデューサーさん!銃の形が戻りましたよ!」
「良かったな、春香。お前は必要な人間らしいぞ」
「ぶーっ、機械なんかに言われても嬉しくありませんよ!それよりプロデューサーさんの意見を……」

「黙りなさい!先輩、両端の女はともかく、真ん中の男の犯罪係数は異常です。更生の余地はありません。この場で執行するべきです!」


朱の斜め後ろ、1つ縛りの女性局員が声をあげる。
彼女のドミネーターはプロデューサーにしっかりと照準が向けられており、その銃口はクリアブルーの光を発している。


「待ちなさい、霜月監視官!彼らに抵抗の意思はないわ。このまま連行します」
「先輩は甘いですよ、いくら潜在犯の社会的適応の機会が改善されたとはいえ、この犯罪係数は度を超えています。今すぐ排除すべきです」


霜月と呼ばれた局員がドミネーターのトリガーに指をかける。


「こりゃまずいな……、千早!春香!目を閉じろ!傷になる!」
「そんな!プロデューサーさん!」


春香の眼が再び紅く染まり、彼女を取り巻く空気が一瞬にして黒く豹変する。


「執行します!」
「やめなさい!霜月監視官!」




ドオッ、という音とともに発射されたエネルギー弾はプロデューサーを肉塊に変えることなく、その手前の地面に小さなクレーターを作った。


「ごめんなさいね、美佳さん。その人達、私の知り合いなの」


霜月のドミネーターは後ろにいた別の監視官に押さえつけられており、その銃口は地面に向けられていた。


「三浦監視官……!?新人がよくも先輩に逆らうものね」
「あらあら、最初に朱ちゃんの命令に逆らったのはあなたじゃないかしら?ごめんなさいね、プロデューサーさんに、春香ちゃん、千早ちゃん」
「いえ、助かりましたよ。あずささん」


さも当然かのように答えるプロデューサーに比べ、春香と千早は目の前の事態を理解しきれていないようであった。


「あずさ……さん?」
「何故、公安に?長期休養中のはずでは?」
「事情は後で説明するわ~、春香ちゃんの『それ』もその時にね」
「ッ!?なんでそれを?」
「見ればわかるわよ~」


あずさは春香が異能力を手に入れたことに、気づいているようだった。
だが、それは公安の情報によるものではなく彼女個人の特異的な勘のようなものであることは、他の局員の反応からも明らかだった。


「朱ちゃん、この三人の扱いは保護としてお願いできるかしら?彼女達はおそらく被害者です」
「ですが……右の少女はともかく、残り二人は潜在犯と、もう一人はおそらく免罪体質です。抵抗の意志がないとはいえ、いくらなんでもそれは」
「そうよ!この場の処分はないにしろ、最悪でも連行します。だいたい三浦監視官、いい加減先輩をちゃん付けで呼ぶのをやめなさい」


霜月のあずさへの個人的な指摘に対し、あずさではなく朱が弁解しようとしたその時だった。

電子音が鳴り響き、朱の腕についた端末にホログラム画面が出現する。
そこに映っていたのは銀髪の壮年女性だった。



「局長……なんの御用ですか?」
『君達が対峙している三人についてだが全員が事件の被害者だ。そのうち二人の少女は765プロダクション所属のアイドル。君達も見たことくらいはあるのじゃないかね』
「申し訳ありません。そういったことには疎いもので」
『昔の君なら絶対に言わないであろう台詞だな。まぁいい、そしてそこの青年だが、彼は彼女達のプロデューサーだ。彼女達と同じく、彼も保護し、局へ護送してくれ』
「しかし……!彼の犯罪係数は765、東金朔夜ほどでないにしろ、異常な数値を持つ潜在犯です」
『これは私の意向ではない。地球連邦軍極東本部からの申し出だ』
「連邦の……!?了解しました。ただし、また何か秘密裏に計画をしているようであれば……」
『心得ているよ。では、頼んだぞ』


ホログラムが消え、通信が終了する。
納得がいかなそうな表情を浮かべる霜月と対照的に、あずさは安堵の笑みを浮かべている。




「局長の命令です。今からあなた達を保護し、公安局に移送します。念の為ボディーチェックをし、犯人移送用の車輌に乗車してもらいます」
「わかりました。いいな?千早、春香」
「は、はい」


不安そうな表情を浮かべる春香と千早にあずさが声をかける。


「大丈夫よ、春香ちゃん、千早ちゃん。私も一緒に乗ってあげるわ~」
「あずささん!いくらなんでもそれは……」
「じゃあ朱ちゃんも一緒に乗ればいいのよ!局長に申請しておくわね」
「さすがにそれは許可されないと思いますけど……」


直後、短い電子音が鳴り、あずさの端末に短い文が表示された。

【同乗を許可する】

「嘘……」
「これで大丈夫ね。さ、乗りましょ四人とも!」


顔を見合わせる春香と千早。


「なんだか大変なことになっちゃったね……」
「ええ、私にも何がなんだかわからないわ」




少女達を取り残したまま、物語は続いていくーーーーー


これにてプロローグ兼、一章は終わりです。
この後は各作品の用語を知らない人へのための補足を投下します。 
尚、次章は伊織がメインのストーリーで、
クロスする他作品はBLACK LAGOONとガンダムシリーズが主です。
もし、まだ続きが読みたいという方がいらっしゃれば投下させていただきます。

【注釈〈各作品の用語を解説します。各作品のネタバレになる部分もあるので注意〉】


【GUNDAMシリーズ】

・地球連邦軍
機動戦士ガンダムシリーズに登場する、地球を統括する軍隊。
初代機動戦士ガンダムやZガンダムなどの宇宙世紀の地球連邦軍とガンダムOOの国連軍が変化した形の地球連邦軍は別物だが、ここでは二つが入り混じった形になっている。

【PSYCHO-PASS】

・ 常守朱
公安局刑事課一係の監視官。
血液型A型、身長163cm。千葉県出身。髪型はショートボブ。不器用だが天真爛漫で正義感が強い。優しく落ち着いており、相手が執行対象者でも説得や動きを止める等命を奪わない努力に全力を尽くす。ストレスに対する耐性も際立って強く、立ち直りや気分転換が早い上に、疑問を持つ事と遵法精神の双方を厳格に重んずる。このため、現行社会制度を受容しつつ問題の解決に関してはポジティブな観点で思考するサイコパスの濁りにくい精神を持つ。
友人や祖母が殺害されたことで、犯罪係数が上昇する状況になったこともあるが、すぐに回復した。癖の強い執行官達に翻弄されつつ、懸命に事件の捜査にあたる。
ある事件がきっかけでシビュラシステムや公安局局長と対等に接するようになる。


・霜月美佳
公安局刑事課一係・監視官の女性。血液型B型
シビュラシステムの犬であり、先輩である常守朱に反感を抱くアタマのお固いクソ女。
執行官に対しては高圧的に接し、本作では後輩の三浦あずさに対しても高圧的に接する。

・公安局
PSYCHO-PASSで主人公である常守朱達が所属する局、管轄は厚生省。
治安維持を主な役割とし、その刑事課に常守朱達は所属している。



・ シビュラシステム(システム)
サイマティックスキャンによって計測した生体力場から市民の精神状態を科学的に分析し、そこから得られるデータをサイコパスとして数値化したあと、導かれた深層心理から職業適性や欲求実現のための手段などを提供する、包括的生涯福祉支援システム。この時代の厚生省が管轄しており、運用理念は「成しうる者が為すべきを為す。これこそシビュラが人類にもたらした恩寵である。」
大量のスーパーコンピューターの並列分散処理とだけ公表されているが、実態はさらにその上位機関として、他者に不必要な共感をせずに俯瞰して判断できるイレギュラーな傾向を持つとされた免罪体質者などの人間の生体脳をユニット化して思考力と機能を拡張し、より膨大で深化した計算処理を可能にしたシステムである。


・ サイコパス
人間の精神状態を科学的に分析して数値化したデータ。反社会人格障害を指すサイコパスのことではなく、独自の造語で「精神の証明書」を意味する。社会では、市民はサイコパスを計測したうえで日々の生活を送っており、データは公的に記録・管理されている。精神を理想的な状態に保つためのメンタルケアが普及しており、各自の適性や嗜好・能力に合わせた情報が事前に明示されるため、運や選択ミスに左右されない最適で幸福な人生を送れる社会が実現したとされている

・ 犯罪係数(はんざいけいすう)
シビュラシステムによって数値化されたパラメータの1つで、犯罪者になる危険性を表した数値。上昇した犯罪係数は、セラピーによって下げることのできる数値に限界があるとされており、数値が一定の基準を超えて回復しない者は、犯罪を犯す以前に「潜在犯」と呼ばれる犯罪者として扱われ、社会から実質的に排除・隔離される。
犯罪係数の数値化においては過去のさまざまな犯罪者の思考パターンの蓄積データに基づいた解析が行われており、これをリアルタイムで解析・計測できる機器はシビュラシステムに直結したドミネーターだけである


・ 潜在犯(せんざいはん)
サイコパスにおける犯罪係数が規定値を超える者は潜在犯として認定され、社会から隔離・治療・排除の対象となる。犯罪係数を下げるセラピーや投薬治療が存在するが、規定値超えが継続的であったり、更生の見込み無しと判断される場合もあるため、潜在犯として認定された時点で人生の終わりと考える者も存在する。犯罪係数の遺伝子との因果関係は、いまだに解明されていない。
矯正保護施設は更生の見込みのある者は潜在犯更生施設で治療を受け、犯罪係数300以上の重篤な者は潜在犯隔離施設に収容されることになるが、本作では改善されており潜在犯を社会適応させる機会が増えている。


・ ドミネーター
有事の際に監視官と執行官だけが携帯・使用可能な大型拳銃状の装置。正式名称は「携帯型心理診断・鎮圧執行システム・ドミネーター」。
銃把が茶色でそれ以外は黒一色。側面には複数の発光部があり、銃の状態を示している。眼球スキャンなどによる生体認証機能により、使用登録されていない場合はトリガーがロックされ、発砲できなくなる。
現場までは厳重な専用の「運搬ドローン」で運ばれる。シビュラシステムに割り込みを掛けられる優先的リンクが確立されており、被疑者や対象に照準を向けることで、瞬時に犯罪係数を計測する機能を持つ。銃把を握るか本体に触れている者にだけ聞こえる指向性音声と網膜表示で、状況や計測値を案内する。対象の犯罪係数が規定値に満たない場合はトリガーにロックがかかり、規定値を越えていればセーフティが自動的に解除され、対象の状況にふさわしい段階に合わせた執行モードを選択したうえで変更・変形し、音声を発して案内するシステムが実装されているため、利用者は照準を合わせた後はトリガーを引く以外に特別な操作を必要としない。
この際、網膜へは正確な数値が表示されるが、音声では「(基準値)オーバー120」「アンダー60」など大約な情報案内の場合もある。執行モード選択の音声案内では「ノンリーサル、パラライザー」のように先に執行内容、次に機能状態が続けて発声される。

執行用に発射される光線は集中電磁波であり、確保・制圧が選択された場合は基本モードのパラライザー(麻痺銃/ノンリーサル)だが、対象の犯罪係数が300を超えると排除の判断が下され、エリミネーター(殺人銃/リーサル)に切り替わる。
さらに人間以外のドローンなどによる危険が及ぶと自動的に脅威判定が更新され、最大威力であるデコンポーザー(分子分解銃/デストロイ)に設定される。

シビュラシステムへのアクセス・リンクが不可能な場所や状況では使用できない。
(本作でのトンネルでの場面では有線での中継機が使われている)
パラライザー以外の使用回数には制限があり、フル充電時にモード切り替えなしの状態で、エリミネーターは4発まで、デコンポーザーは3発までとなる。
執行官が監視官に銃口を向けることは反逆行為に当たるため、警告が発せられたうえで記録される[。なお、記録は監視官権限で削除が可能である。
シビュラシステムと直結していることから、それとの通話にも利用できる。

・監視官(かんしかん)
厚生省公安局刑事課で執行官の監視・指揮を担い、捜査活動の全責任を負うエリート刑事。1つの係に所属する監視官は通常時で2名。
捜査時には所属を表すレイドジャケットを羽織ることが多い。
犯罪係数の低さによって裏付けられた善良かつ健全な精神と模範的な社会性、さらに優れた知性と判断力を兼ね備えているが、犯罪者や執行官の歪んだ精神にさらされる環境ゆえに犯罪係数を高める危険性があり、職務が厳しい一方で10年間の任期を務めきった後の出世は約束されている。
しかし、職務の過酷さゆえに慢性的な人手不足となっている。

・執行官
厚生省公安局で実質的な捜査を行う刑事。刑事課には1係から3係まで存在し、通常はひとつの係に4名が在籍している。
犯罪を理解・予測・解決する能力があると評価され、犯罪の根源に迫ることができるが、高い犯罪係数を持つ潜在犯であるために犯罪者と化す危険性もある。
それゆえ、常に厳しい監視下に置かれており、庁舎の刑事フロアと公安局に併設されている専用宿舎の出入りしかできず、監視官が同伴しなければ外出は許可されない。しかし、執行官隔離区画内での生活では嗜好品や趣味の自由はある。
公安局所属であっても潜在犯のため、ドミネーターの適正ユーザーであるとともに「任意執行対象」でもある。

・ 免罪体質者(めんざいたいしつしゃ)
本来なら犯罪係数が上昇する状態にあっても、規定値を超える犯罪係数が計測されない体質を持った人間。約200万人に1人の割合で存在すると予測されている。前述の理由のため、潜在犯としての事前確保はできず、現行犯であってもドミネーターによる執行対象とならないため、任意同行という形式での強制的な連行によって拘束するしかない。シビュラシステムの信頼性を揺るがす存在であることから、機密条項になっている。

・東金朔夜(とうがね さくや)
元 公安局刑事課一係・執行官の男性。
過去に犯罪係数769という最高数値を叩き出したイカレた奴。
さらに就任中にも899という数値を叩き出す、母親のために色々悪巧みするけど無事死亡

・禾生壌宗(かせい じょうしゅう)
公安局局長。銀白色系のショートカットで眼鏡を着用している中高年齢の女性。ときには報告書の内容の偽装を暗に指導するほど、シビュラシステムの信頼性保持を優先する。
実態は、公にはされていない高レベルのテクノロジーで製造された人間と区別できないほど精密な義体である。複数のユニット脳の共用になっており、首の後ろにはシビュラシステムと交信するためにコネクターが付いている。シビュラシステムの構成員の息抜きを兼ね、ユニット化された人間の脳を必要に応じて交代・交換しながら外部機関として禾生という人間を偽装していた。泉宮寺の義体が脳と神経細胞以外の全身であるのに対し、禾生の義体は脳以外の全身となっている。対象の犯罪係数に関係なく、任意のドミネーターに干渉し、執行モードを変更することができる。
朱にはシビュラシステムの端末ユニットと知られているため、二人だけのときには機密にも踏み込んだ会話を交わしているが、雰囲気は険悪なものになっている。

【とあるシリーズ】

・学園都市
東京西部に位置する完全独立教育研究機関。あらゆる教育機関・研究組織の集合体であり、学生が人口の8割を占める学生の街にして、外部より数十年進んだ最先端科学技術が研究・運用されている科学の街。また、人為的な超能力開発が実用化され学生全員に実施されており、超能力開発機関の側面が強い。

本作品ではキャラクターはあまり登場しない。
世界観を構成するのに勝手が良いため使用している

仕事の疲れもあって眠気が限界なので、伊織の章は明日投下します。では!

出演させてほしい作品やキャラクターなどありましたらぜひあげてくださいね。

おはようございます。
レスありがとうございました。
このSSは簡単に言えば765中心のスパロボのようなものと思っていただけるとわかりやすいかもしれません(ロボットが中心ではありませんが)



伊織の章『smoky thrill』



ーープロローグから1年前、バンコク

かつてのタイ王国の首都であり世界有数のプライメイトシティであった都市。
だが、第三次世界大戦による甚大な被害と度重なる革命により経済は崩壊し治安は悪化。
現在は地球連邦軍の保護区となってるが、実情としてタイ唯一戦火を免れた地区『ロアナプラ』の傀儡都市と化している。
世界でもトップ10に入るほどの犯罪都市であり、地区の70%をスラム街が占める。

そんな状況からか、世界最大級の財閥組織『水瀬財閥』の令嬢、水瀬伊織による『リ・アースプロジェクト』の対象地域の一つに指定される。


現地視察で訪れた伊織が目にしたのは、想像以上の悲惨な現実だった。



凄まじい数の観客に囲まれた壇上に彼女は立っていた。
数えきれないほどのカメラに向かって、彼女は神妙な顔つきで一礼する。
だが、それはアイドルとしてではなく、本来は彼女が一番敬遠するであろう『水瀬財閥の令嬢 水瀬伊織』としてであった。
スーツ姿の彼女は軽く咳払いをすると、いつものような甘い声ではなく少し低いトーンで話し始める。


「皆様、本日はお集まり頂き誠にありがとうございます。この度、水瀬財閥国際開発援助機関の代表に抜擢されました、水瀬伊織です。現在、国際情勢はかつてないほどの混乱期を迎えております。度重なる争いによりいくつもの国が崩壊、分裂してきました。その過程で大切な人を亡くした方や故郷を焦土に変えられた方々もいらっしゃるでしょう。そんな彼らを救うべきはずの国家が存在しない今、彼らを助け、ともに歩むことができるのは誰でしょうか?」


両手を広げ、聴衆に問いかける伊織。
無論、誰が答えるわけでもなく、おびただしい数のフラッシュが彼女を照らすだけであった。


「そう、私達です!秩序がないなら作ればいい。食物がないなら育てればいい。住居がないなら建てればいい。笑顔がないなら引き出せばいい。幸福がないなら生み出せばいい!今、この広い地球でそれができるのは私達だけなのです!」


伊織が拳を突き出すと、拍手と歓声が会場を包み込んだ。
水瀬グループのマークが入った旗を振る者がいれば、伊織個人への賞賛を叫ぶ者もいる。
どうやって入り込んだのか、中にはピンク色のペンライトを振る者も見えた。


「全人類の幸福と、豊かな地球を取り戻すため、私はここに、『リ・アースプロジェクト』の発足を宣言します!」



「本プロジェクトは地球連邦軍を始めとした数々の組織、団体の協力のもとに成り立っています。我々水瀬財閥のみでなく、皆様の協力が必要不可欠なのです!ノブレス・オブリージュなどと偉そうなことを言うつもりはありません。地球市民として全人類の真の平和と安定を望む者……どうか、このプロジェクトにご賛同頂きたい!」


否定的な意見や、罵声をあげる者などこの会場にはいなかった。
どんな思惑であれ、この会場に集まった者は全員、始めからこのプロジェクトに賛同している者だからだ。
少なくとも表面的には。
だが、全世界に生中継されているこの演説の放送への意見はけして賛同的なものばかりではなかった。
先進国のSNSでは『金持ちの気まぐれにすぎない』という否定的な意見が溢れ返り、スラム街の子供達はこの放送を聞くことすらできず、ただゴミの山を漁っては今日を生き抜く術を探していた。
無秩序と争いを生業に生きている悪党ですら危機感を感じることもなく、『また、いつものパフォーマンスだろう』と、銃を磨く手を止めることはなかった。



舞台は変わり、ロアナプラ。
ここに蔓延る悪党もまた、伊織の演説にまともに耳を傾けるものなどいなかった。


「だってよ、ロック。お前もこのデコ助お嬢様に万歳三唱するために日本に帰るってんなら、手土産に冷蔵庫のシンハーとレイズのポテトチップスでも持たせてやるぜ。それとも今流行りのキャンドルの方がいいか?」
「馬鹿言うなレヴィ。俺もこんなアルマゲドンばりに実現不可能な計画に加担するために、わざわざ日本のウェアハウス・クラブでも売ってるような土産を片手に帰るほどの平和ボケは残ってないさ。……と、言いたいところだけど」
「あ?どういうこった」


レヴィは少し顔をしかめると、一口でほうばろうとしていたソーセージピザのピースをボックスに戻す。
それを横目で見つつ、ロックは胸ポケットから取り出したアメリカンスピリットをくわえ、火をつけた。


「まさかと思うが……本当に、このデコ助お嬢様が話したサーカスのピエロみてぇな演説にコロッと心奪われちまったんじゃねえだろうな」
「そんな訳あるか。もしそうだとしたら、俺はとっくにこの街の用水路に転がってる」
「だったら、なんだってんだ」
「俺も、この演説をしてるのが、肥えた地球連邦のお偉いさんだったり、はたまたお揃いのTシャツを着てるようなNPOだったら、単なるアピールか夢物語だとしか思わないさ。だが、今回は相手が違う」
「へー、このケツの青いファックもしたことなさそうなガキがそんなに大した奴だって言いてえのか」


レヴィは先程戻したピザを乱暴に掴みとると、くだらねぇ、という言葉と一緒に、一気に噛み砕いて飲み込んだ。


「いいや、問題はこの演説をしている令嬢、水瀬伊織ではなく、そのバックである水瀬グループだ」
「けっ、財閥だかなんだか知らねえけどよ。そりゃあイルミナティやらフリーメイソンやらよりもすげぇ組織なのか?」
「陰謀論混じりの秘密結社とはまた別さ。それより、レヴィ。腕時計を新調したらしいじゃないか」
「おお、よく知ってるなロック!見ろよ、これ!なかなかクールなデザインだろ?」


先程までのしかめっ面はどこへやら、レヴィは一転して目を輝かせるとロックは聞いてもいないのに腕時計のディティールについて語り始めた。


「いやな、あたしは時計なんてつけてもよー、一回のドンパチでぶっ壊れちまうもんだから必要ねえと思ってたんだ。ところがどっこい、こいつぁ象に踏まれようがカラシニコフで撃たれようが傷一つつかねえと来たもんだ。いやー!暴力教会に頼んだかいがあったぜ!タイムイズマネーさロック。ドンパチの最中にゃあ時計なんて見てる時間もねぇが、水夫にゃピッタリじゃねえか、お前もどうだ?」
「そりゃあいい。ところでレヴィ、その時計なんてブランドだ?」
「ブランドォ?そんなもんに興味がねえから一々気にしてなかったが……っと、『l'isola』?イタリア製だったのかこいつ」
「いいや、違う。そいつは日本製だ。時計の裏を見てみろ会社名が書いてある」
「あ?何だこれ?M……I……N……A……S……E……?水瀬ぇ!?嘘だろ!こいつもあのデコ助お嬢様んとこの商品だってのか!」
「ああ、そうだ。ちなみにこの間ベニーが持ってきたあの新型冷蔵庫も水瀬電気の製品、俺が前に使ってた携帯も水瀬通信の製品だ」
「ちくしょう!よく見たらこの時計だっせえ柄してやがる!ぶっ壊れちまえ!」


レヴィが乱暴に事務所の窓を開け、腕時計を外に放り投げる。



「壊れるといいな、象が踏む以上の衝撃がかかるほどの高さにこの事務所はないが。まぁ確かめようにも今から事務所を出て階段を降りる間にはあんな上物の時計は誰かのポケットの中だろうけどな」
「けっ!たかが時計が作れるぐらいでどうした!そんなもんで戦えるのはナチスドイツくらいだろーよ。いくら金持ちだろうと一度安全地帯の外に出りゃ、ただの的さ。そんなことするほどこのデコ助お嬢様とその仲間達も阿呆じゃねーだろうよ」


レヴィがまくしたて終わると同時に、テレビでは協賛団体やスポンサーの紹介が終わったようで、今まさにPREの具体的内容が発表されようとしているところだった。


「ほら、見ろよロック!始まるぜ。どーせ食糧援助だ人道支援だ言って終わりだ!」


レヴィが顎でテレビの方をさす。
画面ではスクリーンを映していたカメラが、再び伊織をアップで映し始めていた。



『ではここで、プロジェクトの具体的な内容を説明させて頂きたいと思います。……とは言っても、プロジェクトはいくつもの段階に分かれており、今回説明するのはその第一段階となります』

「ほーら、出たぜ。第二段階は今世紀中には、ってか」

『第一段階は、手始めに第三次世界大戦で甚大な被害を受けた地域の一つ、東南アジア三国の首都である、カンボジアのプノンペン、ベトナムのハノイ、そしてタイのバンコクの治安を回復し、インフラを整備し、世界大戦前の景観を取り戻します』

「っ……はぁぁぁぁぁ!?」

『そのためには各都市に蔓延る犯罪組織を壊滅、もしくは撤退させることが必要になります。現在、各都市を支配している勢力はこうなっています』


伊織がスクリーンを指さすと同時に、画面が切り変わる。

「おいおい……バンコクつったら……」
「ああ……最近、ロアナプラの組織が幅を利かせている」



『プノンペンを支配しているのは、マフィアでも麻薬カルテルでもなく、元警察や軍事関係者です。彼らは現職時代から世界一腐敗していると言われており、時には殺人の幇助すら行っていました。そんな彼らが国家という縛りを無くしたらどうなるか、火を見るよりも明らかでしょう。そんな彼らが他の犯罪組織と違うところはその統率性にあり、腐敗していたとはいえ治安維持組織に所属していた彼らは独自の規律に基づいて行動しています。また、数は少なく旧式ではありますがMS隊の所有も確認されているため、制圧には地球連邦軍東南亜支部、極東支部、そして水瀬警備のMS隊を投入します』

「待てよ。ロック、こいつらおもちゃのロボットだけじゃなく、本物の機械人形まで作れるってのか」
「ああ、それもそこらのPMCじゃ比にならない程の規模だ」


スクリーンに水瀬警備のMS隊が映し出される。
黒一色に統一された機体は、どれも最新式の装備を搭載しており、その背からはGNドライヴT型がオレンジ色の粒子を放っていた。



『ですが、大勢のボディガードに囲まれ、防弾車から指示をとばすような者に一体誰が従うでしょうか。よって、私はこのプロジェ
クトにおいて一切の公的及び私的護衛をつけないことを宣言します』


「こいつ、頭わいてんじゃねえのか‥‥‥」
「これに関しては、俺もノーコメントだよ」


あまりの無謀な発言に、悪党達はTVの電源を切ったのであった。


タイはバンコク、気温は35度を上回り、遮るものを無くした日光が燦々と降り注いでいた。
湿度も80%を軽く越え、90%に届こうとしており、その不快感は日本の梅雨よりも勝っていた。


「暑い……」


呟いた彼女は、くすんだ薄桃色のTシャツとダメージジーンズを身にまとっている。
誰も彼女を見て、水瀬財閥の令嬢、水瀬伊織だとは毛ほども思わないであろう。


「それにしても、酷い場所ね」


伊織の足元には無数のゴミが広がり、側溝からは異臭が漂っている。
見渡しても建物らしい建物は見当たらず、バラックが所狭しと立ち並んでいた。


「これは骨が折れるわね」


彼女のいる場所はバンコクでも有数のスラム街。
イタリアンマフィア、コーサ・ノストラが主に支配している地域だ。



「Hiuw khao」


幼い声に、振り返る伊織。
そこにはボロ布のようなものを 体に巻いた少年が立っていた。
足にはなにも履いておらず、いつも裸足で駆けまわっているのか、傷跡がいくつも見てとれた。


「なんて言ってるのかわからないわね……ちょっと待って、翻訳機のスイッチを入れるから」


イヤリングを軽く摘む彼女。
どうやら、それが小型翻訳機らしい。


「なにか食べさせて」
「んー、お腹が空いたって言ってたのかしら?」


バッグの中をまさぐる伊織。
ビスケットバーとオレンジジュースを少年に手渡した。


「買ったばかりだからまだ少し冷たいと思うわ。他の人のいないところで食べるのよ」


伊織の言葉に続き、全く同じ声質のタイ語がネックレスから発せられる。
翻訳機であるイヤリングとスピーカーであるネックレスがリンクしているらしい。


「ありがとう、お姉ちゃん!」


少年の言葉に伊織の口元がほころぶ。
大きく手を振って去っていく少年を彼女も小さく手を振って見送った。


「さてと……」


伊織は小さく伸びをすると、バラックの立ち並ぶ狭い路地へと入っていった。
いくら、現地の様子を知る必要があるとはいえ、こんな路地まで入っていく必要は無論ない。
彼女はどこかネジの飛んだジャーナリストなどではないのだ。


「そろそろ出てきたら?うっとおしいったらありゃしないわ」


バラックの影から出てきたのは、三人の男、皆揃って拳銃をぶら下げている。


「コーサ・ノストラね?」
「そこまでわかってりゃあ話が早えや。護衛もなしとは、随分舐めてくれるじゃねぇか」
「必要ないだけよ」
「そうかよ、あの世で後悔するんだなぁ!嬢ちゃん!」


三方向から放たれる銃弾にも、伊織は眉一つ動かすことなかった。
何故なら、その全てが伊織の身体をかすることもなく、弾かれたからだ。


「も~いおりん無茶しすぎっしょ!」
「ほんとほんと!亜美達がいなかったら死んじゃってるよ~」
「うっうー!私が治してあげるから大丈夫かなーって!」


突如、頭上から現れた少女三人は伊織を囲むようにして降り立っていた。
三人共、こんなスラムには似つかわないような色とりどりの衣装を身に着けている。



「な……なんだ!護衛はいないって聞いたぞ!」
「ええ、護衛なんて頼りないのはいないわよ。海外旅行に友人を連れてくるのは当然じゃなくて?」
「友人……、お前ら!こいつの!」


そう、彼女の危機を救った少女達。
彼女らは全員伊織と同じ765プロのアイドルである。
黄色い衣装のようなものに身を包み、ゴールドとピンクに輝く巨大なハンマーを持っているのは、双海亜美。
同じく黄色い衣装に身を包み、ゴールドとスカイブルーに輝く二丁拳銃を構えているのが双海真美。
そして最後に、オレンジ色の衣装のようなものに身を包んでいるのが高槻やよい。彼女の周りだけ、何やら神々しい空気が漂っている。


「クソッ!たかがガキが三人増えただけだ!や、やっちまえ!」


コーサ・ノストラの構成員達が、次々と銃弾をばら撒くが、それらは全て彼女達の前でクッションに当たったかのように弾かれてしまう。
その間にも、彼女達はまるで事務所にいるような会話を始め……


「もー何言ってんのさ!やよいっちから聞いたよ?昨日の夜、『ねぇ、やよい!私、誰かと海外行くなんて初めてなのよ!何持っていけばいいのかしら!』って半泣きになりながら電話してきたって」


亜美が手を口元に当てて、いたずらっぽい笑みで言った。
声真似のクオリティが無駄に高いのも伊織の癇に障ったようだ。


「ーーッ!?なんで言っちゃうのよやよい!」
「ごめんね伊織ちゃん……私、海外とか行ったことないからわからなくて……亜美と真美なら知ってるかなーって、迷惑だったよね」


しゅんとしてしまったやよいを見て、本日初めての動揺を見せる伊織。


「あっ!違う!違うのよ!全然いいの!むしろありがたいくらいだわ!ちゃんと言われた通りWee-UゲームパッドとシマッシュムラザーズUDKも持ってきたわよ!今日の夜一緒に遊びましょう!」


伊織が鞄から取り出したのは平たいコントローラーに画面がついたようなものと、まだ開封すらされていないゲームソフトだった。


「それなんだけどね……伊織ちゃん、実はそれ本体がないと遊べないの」
「えっ、嘘!だって、これだけでも遊べるって」
「亜美と真美が嘘ついてたの……、アマミコンしかやったことないから私もわからなくて……ごめんね」


伊織がキッ!と睨みつけると、亜美も真美も、下手な口笛を吹きながらそっぽを向いていた。


「まぁいいわ。元々遊びに来たわけじゃないしね。どうかしら、そっちはもう終わった?」


伊織が、まるで作業の進み具合を尋ねるかのように言う。
コーサ・ノストラの構成員は既に弾を撃ち尽くし、力なく両腕を下ろしていた。

再開します。
ひとつ質問があるのですが、これから先、まだ他作品が登場しますが、デレマスのキャラを出したほうが皆さん喜ばれるのでしょうか?
私としては出すとしても本筋には絡めない程度でいきたいのですが……


「あんたら‥‥‥よくもっ!」


亜美の悲惨な姿に、冷静さを失う伊織。
彼女がバッグの中から新たな武器を取り出そうとしたその時。


「ダメだよ、伊織ちゃん!」


がっしりと掴まれた右腕に、伊織が顔をあげる。
そこにいたのは、先ほどまで後方に隠れていたはずのやよいだった。


「亜美は私が助けるから!」
「でもっ!あれじゃもう!」
「きっと大丈夫。私達は『あれ』さえ割れなければ平気だから」
「だからって!やよい一人じゃ危険よ!」
「ううん、伊織ちゃんも知ってるでしょ?私はへーきだよ!」


そう言うと、隠れることもせず、立ち上がって歩き出すやよい。
無論、ヴィソトニキが黙ってみている訳もなく、やよいに向けて次々とカラシニコフを連射する。
彼らの狙いは正確で、やよいの小さな体にしっかりと命中させていた。
だが、やよいの体には傷ひとつつくことがなかった。
いや、正確に言えば、やよいの体を5.45㎜弾が貫いた直後、驚異的な速さで傷口が塞がっているのだ。


「ほう、面白いな。これ以上は弾の無駄だ!全員銃を下ろせ!」


バラライカの指示にヴィソトニキが一斉にカラシニコフを下ろす。
亜美の元に辿り着いたやよいは、しゃがみこんで何かを確認した。


「よかった。大丈夫」


そう呟いて、亜美の体に手をかざすやよい。
すると、ものの一瞬で痛々しい銃創が塞がり亜美が目を覚ました。


「あれ‥‥‥やよいっち、たしか亜美、ミスっちゃって」
「もう大丈夫だよ、亜美。私が治しておいたから」
「あはは‥‥‥ごめんねやよいっち、また迷惑かけちゃって」


やよいの手を借り立ち上がる亜美を横目に、バラライカは伊織に声をかける。


「そこのお嬢さん。あなたがリーダーよね。出てらっしゃい、もう撃たないわ」
「その手には乗らないわ!」


警戒する伊織に、バラライカは呆れたような笑顔を見せると、拳銃を地面に置いた。


「全員、銃を地に置け!」


バラライカの指示を受けたヴィソトニキがカラシニコフを地面に置く。
その様子をうかがって数秒後、伊織がゆっくりと姿を見せた。
それに続いて真美も廃墟から姿を現す。


「ごめんなさいね。銃を持った子どもにはトラウマがあって。でも、先に仕掛けてきたのはあなた達よ。何が目的かしら?」
「答える義務はないわ。あんた達が邪魔。それだけよ」


答える伊織を見て、驚いたような顔になるバラライカ。


「よく見たらあなた‥‥‥水瀬伊織ちゃん?水瀬財閥の」
「だったら何よ」


強い語気で返す伊織とは反対にバラライカは腹をかかえて笑い始めた。ヴィソトニキの面々にも含み笑いをしている者が見受けられる。


「型破りな子とは聞いてたけど、まさかここまでとはね。自ら敵の頭を殺しにきたってわけ」
「勘違いしないで。あんた達を意図的に狙いにきたわけじゃないわ。目的地にちょうど、あなたがいただけ」
「なるほど、そういうことね。ならサービスよ。中を見せてあげるわ」


バラライカが倉庫の入り口に視線をやると同時に、シャッターが再び軋んだ音をたてて開き始めた。
少し開いただけで、血の臭いが辺りに充満する。
シャッターが開ききると、凄惨な情景がそこにはあった。


そこにあったのは大量の死体。
全員が制服のようなものを着ていることから連邦軍の兵士だということは容易に想像がついた。


「私達はバンコクの癌を取り除いただけ。あなたと目的は同じよ」
「癌の親玉がよく言うわね。ここの連邦軍は食料支援のための要員のはずよ。あなた達よりよっぽど人の為になってるわ」
「どうやら、何か勘違いしているようだ。私達は食料の分配を引き継ぐだけよ。何も自分達で食べようってわけじゃないわ」
「そんなの信じられるわけないじゃない」
「そう。でもこれだけは言っておくわ。敵を見誤らないことね」


そう言うとバラライカは拳銃を拾い上げ、車に乗り込んだ。
続いてヴィソトニキの面々もカラシニコフを拾い、次々と車に乗り込む。


「こんなことをした奴らを、逃がすと思ってるの?」


そう言って伊織が取り出したのはピストル型のグレネードランチャーMNS-60。
水瀬グループが開発した追尾機能付きのものである。
他方からは真美が二丁拳銃を構えている。
バラライカは呆れたように首をすくめると車の窓を開け、伊織達に顔を向ける。


「逃がしてもらったのがどちらか、よく考えることね」
「なんですって!」


怒りに任せ、伊織がグレネードランチャーの引き金を引こうとした瞬間だった。
突如、銃声が響き、伊織の右腕が宙に舞った。
右肩からは血が飛び散り、伊織の体は衝撃で地へ倒れ込む。


「伊織ちゃん!」


すぐさまやよいが駆け寄り伊織の傷口に手をかざす。
ものの数秒で流血が止まり、伊織の腕が再生した。


「これじゃキリがないわね。ではご機嫌ようお嬢さん。次に会うときは銃を向け合わないですむことを祈ってるわ」


走り去るベンツの車列に真美が銃を向けようとしたが、それは伊織の手によって制止された。


「駄目よ‥‥‥今の私達じゃ、あいつらには勝てないわ」


個人の能力や武装で言えば、科学では説明できない能力や最新鋭の武器を持つ伊織達が圧倒しているのは事実だった。
だが、それとは別のもの、経験と統率力により、ホテル・モスクワは伊織達をまるで赤子の手を捻るかのように撃退した。


「完全に私の慢心に責任があるわ‥‥‥亜美、真美、やよい、本当にごめんなさい」


友人を危険に晒してしまったことや、絶望的なほどの実力差、そして自らの腕をふき飛ばされた恐ろしさに、涙を流す伊織。
三人は何を言うこともなく、ただ優しく伊織の体を抱き締めた。
柔らかな温もりのなかで伊織は考えた。
この混乱した事態を把握するために次に向かうべき場所はどこか。
水瀬と敵対しておらず、なおかつバンコク全体に影響力を持つような組織。
おのずと次の目的地は決定していた。
地球連邦東南亜軍バンコク支部。
元々の訪問予定をどうやら早める必要があるらしい、と。





バンコク都ドゥシット区のチャオプラヤ川に面した広大な土地。
先の大戦以前にはタイ国会議事堂が存在した場所である。
現在は高い塀で囲まれ、周りを多数の兵士が警備している。
こここそが、地球連邦東南亜軍バンコク支部の本拠地である。

その正面ゲートの検問所、そこで四人は足止めを食らっていた。


「きーっ!だからっ!私が!水瀬財閥の水瀬伊織だって言ってるの!何回も言わせないでくれる!」


声を荒げる伊織に、検問所の連邦兵は事務的な一言。


「ですから、上層部の確認が取れるまでお入れするわけにはいきません」
「だっから!内線でもなんでも繋ぎなさいよ!ここのトップとは知り合いだって言ってるでしょうが!」
「中佐はただいま外出中です。お繋ぎすることはできません」
「あああああ!もう!あんただってテレビ見たでしょ!演説してたのが私!」
「勤務中でしたので」
「きーっ!」


地団駄を踏む伊織をやよいがなだめていたその時、軍用ジープ特有のエンジン音が近づいてきた。


「中佐!」


連邦兵がすぐさま敬礼する。


「もーっ!なんで肝心な時にいないのよ!この役立たず!」
「おい!中佐に何て口を聞くんだ!」
「いやいや、いいんだよ。むしろ伊織に敬語なんて使われたらこそばゆくて仕方ない」


そう言ってジープから降りてきたのは、まだ20代であろう眼鏡をかけた青年だった。


「しかし!アカバネ中佐!」
「いいんだって。それより四人とも喉乾いたろ。飲み物用意してあるから後ろに乗ってくれ。勿論、伊織のは100%のオレンジジュースだぞ。あれだけ伊織と先輩に教えこまれたからな」
「少しは使えるじゃない!」
「やったー!」


彼の名は、赤羽根。
プロデューサーが体調を崩した際に765プロで助っ人として短期間勤務したプロデューサーである。
765プロで就業した期間は短いものであったが、本来のプロデューサーまでとはいかないまでも、アイドル達からの信頼は厚い。
プロデューサー復帰後、身を引いていた地球連邦軍に呼び戻され半年前からバンコク基地の司令官を務めている。
尚、765プロから去る際に三浦あずさからの逆プロポーズを受け、承諾。挙式を控えている。
地球連邦軍における階級は中佐。
大戦前のロシア軍におけるホッカイドウ上陸作戦において指揮官が戦死した後、戦線の指揮を執り見事ロシア軍の撃退に成功し、その功績により中尉から少佐に二階級特進した後、バンコク基地の司令官に配属されると同時に中佐に昇進した。


「着いたぞ。ここが司令室だ。」


伊織達の目に入ったのは、巨大な鉄筋作りの建物などではなく、いかにも急ごしらえで作ったような小屋のようなものだった。


「なによこれ!あんたそこそこ偉いんじゃないの?なんでこんなとこにいるのよ」
「いや、それがだな‥‥‥上が外壁とセキュリティで予算を使い果たしてしまったらしくてな‥‥‥中身はこんな有り様だよ」
「なによそれ、言ってくれれば資金援助ぐらいしてあげたわ」
「いいんだ。これはうちの問題だからな。水瀬に迷惑をかけることじゃない。第一、伊織はそういうの嫌ってるはずじゃなかったのか?」
「うっさいわね!せっかく人が親切に‥‥‥」
「ごめんごめん。まぁ入ってくれ。外よりは涼しいぞ」


赤羽根に押され、しぶしぶ入る伊織と言われる前に入っていた三人。
司令室内に入った彼女達の第一声は


「なによこれ‥‥‥殺風景もいいところじゃない」
「うあー、なーんにもないよ真美!」
「ほんとほんと!バネにーちゃんこれじゃつまんないっしょー」
「うっうー!私のおうちみたいで落ち着くかなーって!」


多種多様ではあったが、『なにもない』という印象は全員に共通していた。
それもそのはず。司令室内にあるのは赤羽根が座るであろう椅子とデスク。来客用のソファが2つに、壁にはバンコクの地図と地球連邦軍の軍旗が貼られており、後は部屋のすみにぽつんと冷蔵庫が置いてあるだけだった。


「いやー、これ手配するのも大変だったんだぞ。何しろ物資が不足しててな。無理言って借りてきたんだ」
「なにやってんのよ。ジュースなんかのために」


文句を言いながらも出されたオレンジジュースをチュウチュウと飲む伊織。
一息つくと、本題を切り出した。


「23番倉庫での一件、知ってるわよね?」


赤羽根の顔から笑顔が消える。


「ああ。さっき連絡が入った。ホテル・モスクワにやられたらしいな。なんで伊織が気にする?」
「近くの住民は、連邦が来てから一度も救援物資が届いてないって言ってたわ。少なくともホテル・モスクワが襲撃するまでは、連邦が23番倉庫は管轄していたのよね?どういうこと?」


赤羽根の表情がより険しいものに変わる。

「すまん‥‥‥今、どういうことだと聞きたいのは俺の方なんだが‥‥‥食料や物資の援助は問題なく行われている。いや、少なくとも俺に上がってくる報告ではそうなっているはずだ」
「その報告‥‥‥信用しきれるものかしら?」


赤羽根は黙ってデスクから受話器を取ると内線を繋いだ。


「エドゥアルトを至急司令室に連れてくるんだ!5分以内だ。いいな!」


5分後、司令室の扉が開き、細身で190㎝はあるであろう長身の男が入ってきた。

※この男、エドゥアルトはTHE IDOLM@STERや他作品のキャラクターではありませんのでご注意を。


「失礼します中佐」
「エドゥアルト大尉。俺は君に住民への物資援助の管轄を任せている。それは間違いないな」
「はい、間違いありません」
「23番倉庫‥‥‥、そこからの物資もきちんと住民に行き渡っていたか?」
「勿論です。中佐」
「嘘を吐くな!」


赤羽根らしからぬ怒号に、伊織以外の三人は思わず肩を震わせる。
そのはずみでやよいはジュースをこぼしてしまったらしく、慌てふためいている。


「いいか大尉。もう一度チャンスをやる。23番倉庫での物資援助は正常に行われていたか?」


エドゥアルトはしばらく目を泳がせたあと、小さく口を開いた。


「へ、兵士の中に一部、物資を私物化したり、闇に転売するものがいたようで‥‥‥」
「何故、俺に報告しなかった」
「中佐のお手を煩わすことではないかと思いまして‥‥‥」


直後、乾いた音が司令室に響いた。
エドゥアルトは体勢を崩し、頬を押さえている。


「そこだけか」
「は‥‥‥」
「物資援助が滞っていたのはそこだけかと聞いている!」
「ご‥‥‥5番、8番、11番、14番、18番、19番、21番、27番でも同様の事態が発生しています!」
「‥‥‥ッ!?」


再び振り上げた右手を、赤羽根はゆっくりと下ろした。


「もういい」


呟やく赤羽根に、エドゥアルトは必死に頭を下げる。


「申し訳ありません!次からは徹底して‥‥‥」
「何を言ってるんだ大尉」
「は‥‥‥?」


エドゥアルトがゆっくりと顔をあげる。


「次なんてないよ。お前は軍法会議にかける。明日の朝、お前を本部に送還する。荷物をまとめておけ」
「そ‥‥‥そんな!アカバネ中佐!どうか!」
「今のうち挨拶を済ませておくことだ、行け」
「‥‥‥」


無言のまま、生気を失った顔で司令室を出るエドゥアルト。
赤羽根もしばらく口を開くことはなかったが、数分すると普段のような表情に戻り、四人に優しく声をかけた。


「ごめんな、嫌なところを見せてしまって」
「いいえ、あんたのしたことは正しいわ。軍人として誇りを持つべきよ」
「ありがとう。伊織、残りの倉庫には俺が自ら出向くことにするよ」
「そう、だったら私達も手伝うわ」
「いいや、民間人を巻き込むわけにはいかない」
「何言ってるの。この水瀬伊織ちゃんが民間人?笑わせないでくれる!」


赤羽根は少し微笑むと、伊織以外の三人に目を移した。


「確かにな。でも伊織はともかく、亜美と真美、それにやよいは民間人だ。三人を巻き込むことはできない」


それを聞いた真美が不適な笑みを浮かべる。


「んっふっふっー、それはどうかなバネにーちゃん!」
「実は亜美達もっ!」
「民間人じゃなかったりするかなーって!」


三人の体が光に包まれ、先ほどの戦闘時のようなコスチュームに早変わりした。


「それって‥‥‥噂には聞いていたが、まさか三人が‥‥‥、わかった!明日の昼頃、各倉庫に向けて出発する。それまでゆっくり休んでてくれ!」


「にひひっ、決定ね!」


「それじゃー明日は!」


「亜美達、超さいきょー‥‥‥」


「魔法少女にお任せっしょ!」

このSSまとめへのコメント

このSSまとめにはまだコメントがありません

名前:
コメント:


未完結のSSにコメントをする時は、まだSSの更新がある可能性を考慮してコメントしてください

ScrollBottom