咲「和ちゃんが男子になっていまいました」 (227)
――森林限界を超えた山の頂にも、花が咲いた。
光の速さで駆け抜けた、あの夏休みが終わりを迎えた。
9月、新学期
夏休み明けの通学路は、休暇から気分が切り替えられずどこも浮足立っていた
休暇中の楽しい思い出ではじけてる人、心配ごとで沈んでる人
インターハイ団体戦優勝という輝かしい成績を修めた私たちは、後者だった
咲「和ちゃん、今日学校来るかなぁ」
優希「わかんないじぇ……」
私を励ましてくれる優希ちゃんの声にも、覇気がない。
咲「私、東京から帰ってきてから携帯電話ずっと肌身離さず持ってて。……でも、夏休み中一度も連絡来なかったよ?」
優希「私もメールとかしたけど、返信とか全然だじぇ」
優希ちゃんはそっとため息
夏休み中でだいぶ触り慣れたスマホ。
和ちゃんからの電話がいつ掛かってきても絶対取る!という目標も果たせないまま、今日も寡黙な態度を保ってポケットの中。
朝から気落ちしたムードの中、優希ちゃんと二人で通学路を歩いていく。
咲「部長たちも連絡くれたけど、やっぱり何も分からないって」
優希「のどちゃんが一週間くらい前に退院したって聞いて、何回か家にも訪ねてみたけどなー」
咲「うん」
うなだれた様子で優希ちゃんが切り出す。
優希「いつ行っても、のどちゃんは寝てるって言われて。もう門前払いだったじょ……」
咲「そうだったんだ…」
パパさん堅物なんだじぇ、とは優希ちゃん談
和ちゃんが聞いたら怒りそう
咲「優希ちゃん、和ちゃんと同じ中学だもんね。ご家族とも知り合いなんだ」
優希「まあなー。咲ちゃんも、今度のどちゃんのお見舞いついでに行ってみるかー?」
咲「ついで……?」
優希「間違ったじょ。お見舞いで行くんだじぇ!」
落ち込んではいても、やはり優希ちゃんは明るい。
可笑しくてつい笑っていると、優希ちゃんも安心したみたいにふんわり微笑んだ。
それにしても、しっかりしててマメな和ちゃんが、一度も私達に連絡してこないなんて。
不安だ。凄く。
……和ちゃんが倒れたのは、インターハイ団体戦決勝の後。
………
……
…
久『団体戦お疲れ様でした、一晩ホテルで休んで。明日の個人戦も頑張りましょうっ」
--でーも!
久『――戦果は上々!今夜はこれくらい、許されるわよね?』
嬉々とした部長の乙女なはにかみ。可愛い人。
まこ『お主。そんな経費ないじゃろうに……』
久『大丈夫よ、私たちは地元の期待に応えたんだもの。これくらいいいじゃないっ』
和『夏休み明けてみたら、麻雀部は大幅な予算オーバーで廃部に……』
和『なーんてことないよう、きちんとお願いしますよ……部長?』
久『わ、わかってるわよ……』
透華『こんなめでたい日にそんな微細な問題気にするものではありませんわっ!』
透華『今夜は長野県代表、清澄高校の祝勝会ですもの。お代はうちが受け持ちますので、目一杯楽しみましょう!』
ゆみ『まあ、そうだな。明日からはまた個人戦が始まるが……』
ゆみ『とはいえ、今日くらい美味しいものを食べたって罰は当たらないさ』
ゆみ『ところで龍門渕、その宴会だが、当然鶴賀も参加可能なのだろう?』
透華『当然ですわっ!清澄の勝利を祝いたい気持ちのある方でしたら、どなたでも大歓迎です!』
靖子『ほう、なら私も参加させてもらおうか』
純『おい、プロのくせに学生にたかんなよ……』
靖子『久とは長い付き合いだからな。そういう席が設けられているなら、参加したいと思うのは当然だろう?』
華菜『キャプテン!私たちも行きましょうよ!』
美穂子『ああ、華菜……でもいいのかしら…』
久保『何を躊躇う理由がある』
美穂子『こ、コーチ…!』
久保『同郷が立派な成績を残したんだ。祝ってやんのが仲間ってもんだろうが……違うか?』
華菜『コーチ…ッ!』
久保『オイ池田ァッ!ここで足踏みしてる福路も連れていってこい!腹いっぱいになるまで帰ってくんじゃねぇぞ!!』
華菜『はいっ、コーチ!!ほらキャプテン、コーチもこう言ってますし!』
美穂子『待って、華菜……。コーチ、よろしければ一緒にいらっしゃいませんか?』
久保『……なに?』
美穂子『清澄と風越女子である私達が同郷であるなら、私たちを指導し共に戦っているコーチもまた、同郷ですよね?』
久保『福路……』
美穂子『それに……まだ私の個人戦が残っています。ですが今夜は、風越女子の団体戦の区切れとして、同じ長野を背負った彼女たちの功績に敬意を表し、祝いの席に並ぶというのはどうでしょう?』
美穂子『もちろん、来年の優勝は風越女子のものですけどね……フフフ』
華菜『キ、キャプテン……』
久保『……ん、んんっ。チッ、わかったよ……ったく、人の気遣いを無下にしやがって。福治ッ!帰ったらきっちりミーティングだからなっ!』
美穂子『ええ、付いていきます!』
華菜『……キャプテンとコーチ越しに夕日が見えるじぇ』
未春『華菜ちゃん落ち着いて!口調っ、口調間違ってるよ……!』
ノリノリの加治木さんたち鶴賀や、遠慮がちな久保コーチを引っ張ってくる風越。
参加者を募りつつ、『アレが食べたい、コレが食べたい』と店を相談する部長と龍門渕さん。
『衣も麻雀打ちたい!』嬉しそうに抱き付いてくる衣ちゃん。
騒がしく、そしてとても心地良い空間。
……紛れもなく、自分達が仲間と努力して勝ち取ったものだ。
成し遂げた優勝を称えるトロフィーを抱えながら、感動を噛み締めていた。
宴会も無事終わり。部長の悪戯っぽいウインクがミーティングを締めくくった後。
そして、その帰りに和ちゃんが倒れた。
…
……
………
咲「……」
幸せの絶頂の中での、唐突な。
和ちゃんの突然の体調不良と共に幕を閉じた、私たちのインターハイ。
和ちゃんは個人戦当日も入院先で意識が戻らず棄権。
私も、個人戦は棄権してしまった。
薄れていく非日常の熱気。
新学期が始まれば、原村和も普段通り登校してくるだろうと、皆が信じていた。
咲「……あれ」
優希「ん?どうしたー、咲ちゃん」
咲「なんか校門の前、人だかりができてない…?」
優希「登校時間なんだから当たり前だじょ」
咲「あはは、それもそっか」
いつもの登校日。
秋を間近に控えたものの、まだまだ暑いコンクリートの舗装道。
夏休み前みたいに、道端に蜃気楼が見えたりはしないけど。
どこか懐かしい面影を残したピンク髪の男子生徒が、リュックを後ろ手に持ちながら校門に凭れている。
「え、誰あれヤバ」
「ちょ、話しかけてみなって」
「えーっなんであたし~!?」
その男子生徒を遠巻きに眺めながら横を通り過ぎる女子生徒の集団からは、僅かに黄色い声が聞こえてくる。
その男子生徒は居心地悪そうに、髪の毛を弄ったり、右腕に付けた腕時計を気にするような仕草でやり過ごしている。
周りを気にしていて、しきりに周囲を見回していた。
咲(だれか人でも待ってるのかな……?)
優希「さ、あんまりのんびりしてると遅刻しちゃうじぇ」
咲「あ、うんっ」
優希「そういえば一緒に登校して思った。咲ちゃんって方向音痴だけど、意外と通学路はちゃんと覚えてるんだなー」
咲「もうっ、そんなの当り前でしょーっ!」
優希ちゃんの笑い声。
咲(からかわれただけだったのかな……)
でも私も、ちょっと大きめに声を出して気合が入った。
生粋の文科系の私が、なぜか若干運動部のノリ。
今日はなんだか、変なことが起きそう
「咲さんっ、優希……!」
……名前を呼ばれた気がした。
咲「?」
優希「な、なんだじょ……?」
目の前には、息切れしながら走り寄ってくるピンク髪の男子。
そんな知り合いかもしれない男子は、私にとっては間違いなく名前も知らない人だった。
「あ、あの!私……えっと。その……咲さん…」
咲「……?」
優希「誰だじぇ?」
覚えのない縋るような視線に、私達はただ戸惑うばかり
でも私たち以上に、目の前のピンク髪の男子の方が切羽詰まっている様子。
理由は、まだよくわからない。ただ必死な眼差しに、只事でない予感はひしひしと伝わってくる。
そんな空気を感じ取ったのか、それとも興味本位か。通りすがる他の生徒たちも何事かとちらちら私たちの方を見てくる。
咲「あ、あの…な、なんでしょう…」
咲(恥ずかしい…)
できれば早く終わってくれないかな…、と内心願いつつ、顔を見上げる。
私と目前の彼の間にはだいぶ身長差があり、向かい合っていると上向くだけで顔を覗き込めてしまう。
眉に少し掛かるサラサラなピンクの前髪。
走ったせいで少し着崩れた、何故か第一ボタンまで締められた夏服。
苦しそうに歪んだ中性的で整った顔。
入学仕立ての中学生みたいなあどけなさに、ちょっと可愛いかも…なんて思った。
優希「え……あの、ほんと誰…ですか?」
優希ちゃんが居心地悪そうに身じろぎ。珍しく気後れ気味に、敬語で話しはじめる。
咲(あ、なんか優希ちゃんの敬語、いま初めて聞いたかも)
その隣で私はつい咄嗟の現実逃避。
咲「……優希ちゃん、敬語使えたんだねぇ」
優希「咲ちゃんしっかりしてッ!ダメだじぇ目の前のことから目を逸らしちゃ」
咲「はっ!う、うん……」
だってこんな男子知らない。
男友達の人数なんて、それこそ片手で数えても余る
というか、京ちゃんくらいしか思い浮かばない
……のだけど
和『―――咲さんっ』
私を『咲さん』と呼ぶ人はこの長野において一人しかいない。
その人は私の大好きな親友であり、ライバルであり、大事な仲間。
けれど、彼女はきっと今も体調を崩しているはず。だって昨日まで音信不通だったし。
どう考えても校門前で遭遇するなんてありえないもん。
目の前にいる人物が男性という時点で、そもそもこんな回答、的外れにも程があって欲しいくらいなんだけど
咲「でも、なんか……」
たしかに顔のパーツとか似てるし、懐かしい面影は感じられる。
ここ二週間ほど会えていなかったけど、それでも私は彼女を覚えている。
咲「……もしかして、和ちゃん?」
「……!……!」
弾かれたように、男子が頷く。
荒唐無稽な質問をする私に、呆れた様子の優希ちゃん。
優希「はぁっ。咲ちゃん……のどちゃんは女子だじょ」
咲「でも彼、頷いてるよ?」
優希「オレオレ詐欺と同じ手口だじぇ」
咲「ああ、なるほどねぇ」
「そ、そこで納得しないでくださいよっ!」
咲「ひゃあっ!?」
するどいツッコミ
全力で食いついてきたピンク男子は、さっと姿勢を正して。
和♂「――お久しぶりです。優希、咲さん。その、私……原村和です……」
優希「えっ……」
咲「うそ……」
東京で倒れて搬送された和ちゃん。
夏休みを経て、今まで通りに、元気に登校してきてくれると。誰もがそう信じていた。
そんな私達の予想は、願いは――思わぬ形で破られることとなった。
夏休み数週間会わないうちに
私の友達が
男の子になってしまいました
ある意味、夏休みデビュー……?
今日はここまでです
こんにちは、3週間ほど空きまして
トリップつけました
再開します
「「「……」」」
空気が、重い…
数週間ぶりに、絵に描いたような感動の再会を果たした私たち三人の間には、その事実に反してあまりにも不釣り合いな重苦しい沈黙
何しろ今の私たちは、あまりの事実にびっくりで言葉もなく。
加えて、すぐ気付いてあげられなかった罪悪感から、彼女(?)に対してまともに顔向けできそうにない。
咲(……というか、信じろって言われても難しいと思うんだけど)
和♂「ですよね……わかる訳ないですよね……」
咲「あ、その……」
まるでこちらの動揺が筒抜けのように、目の前には、和ちゃんの諦めたように魂が抜けたみたいな半笑い
咲(和ちゃん、きっと傷ついてるよね……)
咲(ちゃんと気づいてあげられなくてごめんねって、和ちゃんに謝ろう)
和♂「……すみませんでした」
咲「っ!? そう、それ!」
和♂「そ、そんなに、怒鳴らなくてもいいじゃないですかぁ。謝ってるんですからぁ」グスッ
咲「ええ!? あっ、違うよ! 別に怒鳴ってなんて……」
またしても、私の感情を先読みしたかのような先駆ける謝罪。
私の気持ちを代弁してくれたのかと思うくらいに、息がぴったりだったのに。どうやら今度のは、和ちゃん自身の言葉だったらしい。
……このタイミングで、ふとした会話の中に、阿吽の呼吸というのを期待したのは、さすがに私の欲張り?
クイズ番組みたいに『ピンポン!』みたいな効果音とか出てくれれば、もっとコミュニケーションが楽なのにな……
咲(会話における意思疎通って、難しいよね!)
和♂「いえ、怒られて当然です……連絡くれたのに、一度も返信しなかったんですから……」
優希「大丈夫よ。私たちはそんなの別に気にしてないじぇ!」
咲「そうだよ。むしろ和ちゃんが学校に来てくれて安心してるもん! 夏休みの間ずっとずっと、心配してたんだから……」
そういえば……和ちゃんに自己紹介はしてもらったけど、肝心なことを忘れていた。
いつも通りでも、どれだけ想定外でも、…必ず言おうと決めていた言葉。
咲「……まだ、おかえりって言ってなかったよね…」
和♂「えっ…」
優希「確かに忘れてたじょ!」
咲「おかえりなさい、和ちゃん」
優希「おかえり、のどちゃん!」
するとーーさっきまで真っ白だった和ちゃんの顔色が、一瞬にして真っ赤に染まる。
そして見開いた目から涙をこぼして、あっけなく泣き出してしまった。
和♂「っ…ぅ、ぅぅ…ぅぇぇっ、優希ぃ~…咲さぁんっ」
ポケットから取り出した綺麗に畳まれたハンカチを口元、そして目元に交互に押し当て、溢れ出る何かを必死に塞き止めてるみたい
優希「よしよし、もう大丈夫だじぇ」
咲「あ…」
そんな和ちゃんにいち早く手を差し伸べたのは、中学時代からの親友。
背の高い和ちゃんを正面から抱きしめる体勢は、優希ちゃんの方が逆に甘えているようにも見える。
でも、優希ちゃんの背中に回された大きな手は、掻き抱くように、まるでしがみ付いているみたい。
……世の中はやっぱり見た目じゃないなって思った。
咲「よしよし……」
物怖じしない優希ちゃんに釣られるように、私も頑張って背伸びして、おっかなびっくり、和ちゃんの頭を指の先っぽで掠るようにして撫でる。
優希「さ、咲ちゃん……」
咲「うん、どうしよっか……優希ちゃん」
その合間に、優希ちゃんと決死のアイコンタクト。
この人は間違いなく和ちゃん本人なんだろう。
だけど、あまりに外見が違いすぎて、ちょっと調子が狂う。
だってこの人は、傍から見ればピンク髪の格好いい男子。
それも、和ちゃんの立ってた校門の周囲半径4mのところに人だかり(女子限定)ができていたぐらい。
咲「とりあえず…和ちゃん、歩ける?」
優希「もうすぐチャイム鳴っちゃうしなー。教室でいいか?」
和♂「うっ…えっぐ…すみません…」
目元にハンカチを押し当てながら、震える口元を必死に動かそうとしている。
こういうところ、育ちの良さを感じつつ……
和♂「……その。実は、SHR前に職員室に行かなくてはならなくて」
咲「えっ、でももう5分もないよっ!?」
和♂「だ、だって、お二人に会いたくてぇ…」
優希「い、いいから急ぐじぇ…っ!」
何か無性に子どもっぽさを感じた。
そういえば男子って、女子より精神年齢がどうのこうのって。
ということは心も男子になりつつあったり?
ーー
泣きじゃくる和ちゃんを二人で支えながら、校舎の方へ。
和ちゃんを職員室に送り届けた
優希「じゃあなー、咲ちゃん」
咲「うんっ、また…昼休み、かな?」
優希「もしかしたら行間休みにも行くかもしれないじょ…」
咲「あ、うん。いいよ。何かあったらいつでもおいでよ」
優希「おー…」
咲「また部活でね……」フリフリ
教室に向かう優希ちゃんの背中に、無言で手を振り続けた。
心が落ち着かなくて、何かしていないと無性に不安に駆られる。
東京帰りの長野は気温が低く、たかだか二週間弱しか離れていなかったにもかからわず、まだまだ慣れることができない。
身体も……そして、心も。
何もかも、たった数週間前までのようにはいかないみたい。
そしてそれは、学校内も例外ではなく……
お昼休みまでには、和ちゃんの噂は瞬く間に学年中に広がっていた。
放課後。麻雀部部室
まこ「久…? どうしたんじゃ、頭抱えて」
久「聞かないでよ。実際に、頭が痛いのよ…」
額に手を当てる久は、大きくため息
まこ「のう、久。わし、妙~な噂を聞いたんじゃが…」
久「あら、まこ。奇遇ね。たった今私も、全く同じ話題を出そうと思っていたところよ?」
今度は、二人のため息が重なった
ーー
部室に麻雀部員が集う中、和ちゃんだけが席を外していた。
放課後は職員会議があり、今日は和ちゃんも同席しているらしい。もしかしたら、和ちゃんのことが議題なのかも
いつも部室に集まる時間から一時間ほど経った頃、和ちゃんが部室にやってきた。
和♂「あの。遅くなりました…」
優希「あ、のどちゃん、やほー」
和♂「あ、優希……――と、皆さんも」
優希ちゃんに穏やかに笑みを返してから、私と京ちゃんと染谷先輩、部長に申し訳なさそうに会釈
和♂「この度は、お騒がせいたしまして…」
咲「ううん、大丈夫だよ和ちゃん。…それで、どうだった?」
和♂「そう、ですね…。とりあえず、私の処遇についてでした」
和♂「夏休み中に父と校長、教頭先生と話はしていましたので、その確認のような内容です」
咲「あ、そうだったんだ…」
まこ「久、学生議会ではどうなんじゃ?」
染谷先輩が部長に学生議会について話題をふる。
久「ん~。とりあえず学生議会には、今のところ議題として下りてきてないわね。ま、議題に上ったとしても、たかが学生が決められるような微細な問題でないのは確かだし」
まこ「ま、そうじゃの」
顎にさすりながら頷いてから、染谷先輩は悪戯っぽく笑う。
まこ「それにしても和~、随分と男らしくなったもんじゃ」
和♂「……実際、身体は男性のものですからね」
まこ「あ、す、すまん…」
和♂「いえ、事実ですから」
和ちゃんが優しく小さく笑みを作った。
その儚い微笑に、部室の雰囲気が少し重くなる。
優希「それにしてものどちゃん、イケメンだじぇ!」
突破口を切り開くような、優希ちゃんの真っ直ぐな声。
久「ああ、そうねー。それは私も思ったわ」
まこ「じゃのう。線が細くて、すらっとした顎先、整った顔立ち。身長も、まあまあじゃろ」
和ちゃんが苦笑する。
少し考えるような素振りをしながら、一度小さく頷いた。
和♂「そうですね…。確かに体格が変わったので、目線が変わったのは大きいです。筋肉や体力もついた気がしますね」
久「身体測定は?」
和♂「夏休み中の検査では、身長が174cm、体重が60kgでした」
「おお~」と思わず歓声が漏れる。
釣られて私も、ちょっと控えめに声を出してみた。
……でも。男子の身長・体重を聞いたところで、それがどういう体型なのか私にはよくわからない。
優希「モデル体型だじぇ…」
京太郎「一応身長は俺の方が勝ってるな…」
久「んー……私、男子の体型ってよくわからないんだけどさー。和も十分背が高いと思うけど、こう見ると須賀君って随分デカかったのね」
まこ「それに、こうして和と京太郎が並ぶと絵になるのぅ。なんじゃお前さん、実はイケメンじゃったんか」ククッ
染谷先輩が京ちゃんを見て悪戯っぽく笑う。
京太郎「なんですかそれ~。今日初めて顔ちゃんと見た、みたいなこと言わないでくださいよ……」
まこ「んなっ、そんなこと言っとらんじゃろが!?」
わいわい、がやがや…
みんなが盛り上がっているものの、いまいち話題に乗れず右往左往してしまう。
盛り上がりの中、所在なさげに俯いていた和ちゃんがくるりと私を振り返る
和♂「あの、咲さん……」
咲「うん? どうしたの、和ちゃん」
和♂「咲さんも、今の私が格好いいと思いますか?」
咲「え…」
ちょっと真剣な表情に、一瞬固まった。
咲「……和ちゃんは、いつも格好いいよ。インターハイでは…だって私、いつも助けて貰ったもん」
私の返答に一瞬キョトンとした表情
けれどすぐに、嬉しそうにはにかんだ和ちゃんが胸の前で手を握った。
和♂「ありがとうございます、咲さん…」
ひと夏で私より随分大きくなってしまった和ちゃん。
でもその姿が、今は迷子みたいにやけに小さく感じた
咲「…和ちゃん」
和♂「は、はい?」
一歩、踏み出す。
和ちゃんの前に回って、顔を覗き込んだ。
そして行き場を失った和ちゃんの手を、ガシッと両手で包みこむ。
和♂「っ…咲さん? えっと…」
咲「……」ニギニギ
その手は、夏合宿で絡め合った柔らかい手ではなく、私と同じくらいの大きさでもなく。
硬くて、指も長くて、私の手では包み込みきれないくらい大きかったけど。
……こうして触っていると、和ちゃんの手なんだって、自然とそう思えた。
咲「私たちずっと友達だよ…!」ギュッ
和♂「え?」
咲「身体が急に大きくなったって、和ちゃんは和ちゃんだもん。私、ずっと和ちゃんのこと大好きだからね!」
和♂「……ありがとうございます」ニコッ
言葉じゃなくても伝わる絆を、確かに私達は築き上げたんだから。
咲「…いつまでも変わらず、友達でいようね」
和♂「はい…っ、ずっと、友達ですよ…咲さんっ」ポロポロ
和ちゃんを見上げると、目尻に涙を溜めながらも、実に爽やかな笑顔が返ってきた。
咲(っ…なんか、今までの和ちゃんの笑顔と違う雰囲気……)
びっくりして咄嗟に俯くと、握られた手に一層力が込められぐいっと引き寄せられる。
咲「きゃっ」
ぎゅうっと身体を、腕ごと抱き締められる。
和♂「咲さん……」ギュッ
咲「和ちゃん……」
それに応えるように私の手にも力を籠め――
和♂「はあはぁ…咲さん気持ちいい…いい匂い…」ムクムク
咲「ぁ、やん……ちょっと、和ちゃんっ」
咲「もう、喜びすぎだって――……ん?」
咲(なんかお腹に、堅いものが当たって……?)
咲(なんだろう……ポケット。筒……あ、和ちゃんのスマホ、結構おっきかったっけ?)
和♂「んっ、ぅっ、ぁ…はぁっ」モソモソ
抱き締められながら、何度もお腹を押し当てられるように身体を揺らされる。
和ちゃんは息を荒げては身体を震わせ、次第に動きが大きくなっていく。
無理やり押し付けられて少し痛いけど、あまりに必死な様相に何故か体に力が入らない……
和♂「はぁ…ぁっ、ぁあ…くっ、うっ」モソモソッ
咲「あ、あの……和ちゃん…?」
和♂「……」ジィ
声を掛けると、蕩けた表情でこちらを無言で見つめ返される。
咲(あっ、なんか…ダメ……)ピクッ
半開きの唇から漏れる息があんまり熱っぽくて、なんだか変な気分になってしまいそう……
和♂「ちゅぅ…っ」
突然、首筋に吸い付かれた。
咲「きゃっ、ひゃあっ!?」
京太郎「おいぃぃっ!? ちょ、落ち着け和ッ!」ガシッ
咲「んっ…ぁ、京ちゃん……?」
突然、京ちゃんが私達の間に割って入ってくる。
何故か少し中腰気味の和ちゃんを引っ張って、部室の外まで連れて行ってしまった。
咲「な、なに……どうしたの?」
頬が熱くて、思わず髪をかき上げる。
久「……はぁ。まっ、そりゃそうなるかー。先が思いやられるわね…」
麻雀部室前。
京太郎「おい和! おい、しっかりしろ和!!」
和♂「…はっ! わ、私は、いったい何を…?」
京太郎「バカ野郎、無茶しやがって……。男の性欲を舐めすぎだぞ!」
和♂「はぁはぁ…須賀くん、私は……」
和♂(私は、いったいどうしてしまったのでしょう……。合宿や遠征で、咲さんと一緒にお風呂に入って寄り添っていても、とりわけ何ともなかったはずなのに)
京太郎「とりあえず、その勃起を処理してこい。寸止めじゃ辛いだろ。やり方は知ってるか?」
和♂「は、はい……一応は…」カァァ
京太郎「なんなら手伝ってやっ……え?」ドキドキ
和♂「え?」キョトン
京太郎「……」
和♂「……」
京太郎「そ、そっか……なんだ、知ってるのか…」シュン
和♂「……な、なんでそんな悔しそうなんですか! ドン引きです!」ヒキッ
京太郎「いや、これは違くて……!そう、いつも麻雀では指導して貰いっぱなしだから、今度は俺が役に立てると思ってさ!」
和♂「……」ジトッ
京太郎「お、おい!なんだその疑いの視線は…!」ペシッ
和♂「痛っ…ふふ。わかっていますよ」
和♂「この先困ったことがいくらでもあると思います。その時は、その都度教えてください……私に。その、男子のことを」
京太郎「っ…お、おう!任せとけ!」
和♂「ありがとうございます……。正直、話せる男子なんて須賀君くらいしかいないので、とても心強いです」
和♂「……父に聞くなんて、虫唾が走りますし」
京太郎「はは……そりゃそーだわな」
京太郎「ま、そんな気負うなよ。地道にでも、慣れていけばいいと思うぜ。俺もちゃんと付き合うからさ」
和♂「はい、…ありがと…ございます…っ」グスッ
京太郎「おい……何も泣くほどのことじゃねーだろ…」
和♂「でも私……こんなでも、皆さんに受け入れていただけて……本当に…」ポロポロ
京太郎「……」ナデナデ
和「う……えっぐ……っ」ギュッ
京太郎「……まあ、泣くもシコるもトイレ行ってからにしとけ。どちらも見られるのは恥ずかしいだろ?」ナデナデ
和♂「ああ……いえ、大丈夫です。ぐすっ…須賀君と話していたら、突っ張って苦しかったモノが萎えてきましたので…」ゴシゴシ
京太郎「言い方! そりゃ良かったって言ってやりたかったのに、そんな言い方されたら素直に喜べないだろ!」
和♂「…? えっと……何がですか?」
京太郎「……はぁ、まあいいか。もう大丈夫なら部室に戻ろうぜ。急に和のこと引っ張ってきて、皆心配してるだろうし」
和♂「はいっ、そうですね…」グッ
京太郎(俺の言葉に頷いて、和は普段より少し距離感近めで俺の隣に並んだ)
京太郎(隣から見る、目の赤く腫れた横顔は、女子だった頃とそこまで変わらない。……違うところといえば、せいぜい顔の輪郭が多少シャープになった事くらい?)
京太郎(一歩間違えれば、本当に……)
京太郎「……」トクンッ
和♂「須賀君?」
京太郎「え? あ、いや、何でもない」
京太郎(……そういえば和って、今の恋愛対象はどっちなんだろう)
麻雀部部室内。
ガチャ
和♂「ただいま戻りました」
京太郎「したー……」
久「おー、おかえりー。ん? どうしたー和、また泣いてたの?」
和♂「なっ、べ、別に泣いてなんて…っ!」ビクッ
久「はいはい、そういうことにしておいてあげるわ」クスクス
久「それで……ま、話を戻すけどさ。さっき咲が言った通りなのよね」
久「身体が男子になったからって、心は和そのままなんだから、私達の関係は何も変わらないわ」
久「それだけ、今のうちに言っておきたくてね」
まこ「多少涙脆くなってはいるみたいじゃがの」ククッ
和♂「だ、だから泣いてませんってば…っ!」
口元を手で押さえながら、弾かれたように声をあげる和ちゃん
咲(目は口ほどにものを言う。……口元を頑張って押さえても、赤くなった目元を隠さないと意味がないのになー)フフッ
優希「そうだじぇ染谷先輩、のどちゃんは昔から変わらず感激屋だったじょ!」
和♂「優希!? ちょっともうっ、やめてください…! からかわないで下さい!」
顔を真っ赤にした和ちゃんが、また皆の輪に入ってくる。
振り向き際に見た顔は、耳まで真っ赤だった。
私の知らない和ちゃん。
知らない顔。知らなかった表情。まだ表面化してない和ちゃんの変化。
何よりも困惑しているのは和ちゃんで、迷惑しているのも和ちゃんで、些細な変化に傷ついているのも和ちゃんだから。
なるべく私は動揺してはダメ。
いつも彼女…彼?の傍にいて、不安にならないように、隣で笑っていてあげるのが、今の私にできることだと思う。
夏休みまで麻雀に打ち込んだ日々。隣で励まして、支えてくれたのは和ちゃんだ。
今度は私の番だ。
一週間後。
―Side 和―
キーンコーン カーンコーン
夏休みが明けてもう一週間。
麻雀部の皆さんで過ごせる恒例の昼休み
和♂「優希、行きましょうか」
優希「おうともよーっ!」
テンションの高い優希の声が、ざわつく教室内に響く
優希「タコスが恋しいじぇ」
和♂「今日も須賀君の手作りでなんですかね」
優希「そっ、そんなの知らないじぇ! 今日まだ京太郎に会ってないし…」
和♂「でもやっぱり、優希は手作りの方が嬉しいのでしょう?」
優希「っ…別にどっちだっていいっ!」
顔を赤らめながらそっぽを向く優希
この、親友をいじるという新たな遊びは、新学期に入ってからできた私のお気に入り
いかる親友を横目に、手提げからとても一人では食べきれない立派な重箱を取り出し、落とさないよう大事に胸に抱える
優希「いつ見ても立派な重箱だじぇ」
和♂「ええ、家宝ですもの」
優希「ええっ!?」
和♂「冗談です。ふふっ」
優希「もーっ!!!」
ポカポカ肩を叩かれる。
笑顔で甘んじているが、実はこれ結構痛い。
優希の反応が楽しくて、今日はちょっと怒らせすぎたかもしれません
和♂「さ、行きますよ」
そして、咲さんに私のお弁当を食べてもらうのは夏休み前から変わらない、咲さんが『宮永さん』だった頃からの楽しみ
和♂「こんにちは、咲さん」
咲「あ、和ちゃんっ」
叢にペタンと座り込む咲さんは、小さなお弁当箱を膝の上に置いて須賀君とおしゃべり。
こちらを振り返って、天使のようにふんわり微笑んだ
咲「あ、京ちゃんっ。優希ちゃん来たよ?」
京太郎「わかってるっての」
けれど咲さんの視線は私で止まらず、私の隣の優希へ。
そしてにんまり笑ってから、今度は隣の須賀君へ移る。
京太郎「優希、今日のタコスは一味違うぜ!」
優希「! ご託はいいからさっさとよこせ、犬っ」
京太郎「あっこら!」
優希は須賀君からタコスをひったくり、ガブリと噛みつく
優希「あっつ、辛っ! な、なんなんだじぇコレ!?」
京太郎「お前の食事には圧倒的に感謝と行儀が足りてないからな、それはワサビ唐辛子を入れた躾用だ」
京太郎「壁に噛みつく犬には、噛みついたら苦い思いをすることを経験で教えてやらないと矯正できないだろ?」
優希「なにを~!! 京太郎こそタコスで遊ぶなっ。犬のくせに生意気だじぇっ!」
出会って一分。
いつもの通り、既に二人の痴話喧嘩が始まっていた。
優希と須賀君の過ごす二人の時間は、とても濃い。
咲「あはは、京ちゃんと優希ちゃん仲良いよねー」
そして、そんな二人を眺めながら幸せそうにつぶやく咲さん。
私は咲さんを見ているだけで幸せです
咲「あっ、あっ、京ちゃんに動きが!」
和♂「え?」
視線を向けると、そこには巧みにタコスを使い優希を餌付けし始める須賀君。
さながら猛獣使いのよう。いや、全国区の魔物使いでしょうか
猛獣と揶揄されても仕方ないですけど
でも、タコスを頬張ったせいでむせる優希の背中を撫でる須賀君の表情は、とても優しげ。
咲「なんかああいうの見てると、いいよねぇ」
和♂「え、ええ…まぁ」
確かに、最近の優希と須賀君は仲睦まじい。
が、そんな須賀君を愛しげに見つめる咲さん。
私にとってはそっちの方が気になってしまう。
気が気でないし、ちょっと面白くない。
なので私も、早々に奥の手を使うことにした。
和♂「咲さん、お弁当作ってきたんです」
咲「…ひょっとして和ちゃん、私と優希ちゃん重ねて見てない?」
咲「……まさか餌付け?」
ちょっと露骨すぎたでしょうか。
咲さんは不満げに私を見上げ、頬をぷくっと膨らませた。
そのあまりに可愛らしい仕草に頬が緩みそうになるのをぐっとこらえ、努めて冷静に答える。
和♂「まさか。誤解ですよ」
咲「どーかしらねー。なーんか最近の和ちゃんは、私を妙に子ども扱いしてる節があるんだよね」
和♂「子供扱い?」
咲「ほら、荷物運びとか。重いもの、全然私に任せてくれないじゃない?」
咲さんは拗ねた調子で唇を尖らせる。
和♂「ああ。咲さん…それは…」
和♂(それは子供扱いではなくて、女の子扱いです。咲さん……)ズキッ
言えるはずもない言葉を胸にしまう。
まるで届いてないアピールについため息が漏れた。
和♂「……食べないのでしたら、一人で食べちゃいますね」ツンッ
咲「わわっ、頂きます和ちゃん!」アセアセ
和♂「はいっ。召し上がれ、咲さん」
何もなかったように箸を受け渡しながら、二人して笑う。
こんな何気ないやり取りが、たまらなく嬉しい。
満面の笑みで小動物のように玉子焼きを口に運ぶ咲さんの柔らかそうな唇を眺めながら、そんな小さな幸せを噛み締める。
『重箱の隅を楊枝でほじくる』なんて言葉があるけど。
咲さんが私の重箱の端のご飯粒まで食べてくれると、嬉しい気持ちが止まらない。
気に入ってくれたかな、という嬉しい不安。
一緒にいて幸せ。この笑顔が好き。
温かい感情が胸の奥に押し寄せてくる。
和♂(この気持ちはいったい…?)
私が女だった時から感じていて、今もなお加速し続けている感情。
咲「ごちそうさま。いつもありがとう和ちゃん」
和♂「いえ、そんな…私の方こそ」
満足をそのまま表情で示してくれる顔に、私の視線はもう釘づけ
和♂(咲さん、可愛い……)ポー
咲「和ちゃん、顔赤いよ? 大丈夫?」
和♂「え…」
ひんやりした優しい手が、私の頬にぴとりと重なる
和♂「……っ!」
咲「…やっぱり熱い。体調悪い? 保健室行く?」
和♂「い、いえ……大丈夫です」
咲「でも心配だよ……。横になる?」ポンポン
最近の咲さんは、私の体調にとても敏感。
弁当箱を端に除け、自分の膝をポンポン叩く咲さん。
和♂「えっ」
咲「あ、えっと、膝枕とか……。ほら、お弁当のお礼みたいな?」アセアセ
先ほどの体調の心配はどこ行ったんですか、と訊けば、赤面して視線から逃げるように俯いてしまう。
咲「いいから! お、おいでっ……?」
和♂「え、いや、でも……」
してもらいたい。
咲さんに恥をかかせるわけには。
でも……こんな場所でなんて。
右往左往していると、咲さん越しに部長と染谷先輩のにやけ顔が見える。
和♂(こんな人目につく場所でなんて……。咲さん、もしかして私しか見えてないのでは?)
和♂「……では、お願い、できますか?」
咲「う、うん…」
心の中に生まれた僅かな優越感に負け、欲望の赴くままに。
咲「……はあ。私、すっかり和ちゃんに餌付けされちゃってるなあ」
和♂「そうでしょうか……」
咲「そうだよー?」
横たわる私を膝に抱え、髪を丁寧に梳いてくれる優しい指先。
困った口調とは裏腹に、私の頭を優しく撫でながら浮かべる咲さんの表情は、私の大好きな笑顔。
うららかな昼の陽射し、ぽかぽかな笑顔に目を細めながら、私は口の中でつぶやく。
和♂(本当は……あなたの笑顔に餌付けされて離れられなくなっているのは、私の方なんですよ)
今の私はまるで、愛しい飼い主の膝の上で丸くなっている猫のよう。
ーー
優希「京太郎嫌い!まじ大っ嫌いだじぇ!」
京太郎「はいはい」
優希「んーっ!!」
ーー
どこか遠くから、優希の拗ねた声が聞こえてくる。
須賀君、好きな人をいじめるのも大概にしないと、親友の私が黙っていませんよ…?
優希の文法を借りて、心の中でつぶやく。
和♂(…咲さん好き、まじ大好き。)ギュッ
溢れ出しそうな想い。
にこやかに私を見下ろす咲さんのぬくもり。
恥ずかしさから寝返りを打って、咲さんのお腹に顔を埋める。
和♂(咲さん……咲さん、いい匂い……)
咲さんの匂いに包まれ、言葉を飲み下しながらゆっくりと瞼を閉じた。
―Side 咲―
膝枕をして間もなく、和ちゃんは寝息を立て始めた。
まさか本当に寝てしまうとは思ってなかった。
気の抜けた表情があんまり無防備で、守ってあげなくちゃという気持ちになる。
これが母性なの……?
お腹に顔を埋められて少し恥ずかしい。
太ってるとまでは思ってないけど、お腹の脂肪とか匂いとか。
こういうことならもっと体型に気を遣っておけばよかった。
これから和ちゃんと一緒にいる時は、身嗜みをちゃんとしなくちゃ。
和♂「ん…」
咲「ふふっ、よしよーし…」
和ちゃんの頭が、私の膝上でスリスリ身じろぎ。
大きくて重たい。けど、くすぐったくて優しい気持ちになれる。
ーー
腕時計を見ると、もうすぐ予鈴が鳴ってしまう時間。
中庭は段々荷物を片付け始め、ざわつき始めている。
和ちゃんを休ませてあげられる時間が、もうすぐ終わってしまう。
京ちゃんや部長たちも、とうとうお弁当を片付け始めた。
久「咲。もうすぐ昼休みが終わるわ」
咲「はい、わかっています」
久「和のこと心配する気持ちはわかるけど、授業に遅れるわけにはいかないでしょ?」
咲「はい…」
部長の諭すような口調。
久「一回起こして、体調悪いようなら保健室に連れて行ってあげましょ」
咲「…そうですね」
部長に頷き、心を鬼にして、眠っている和ちゃんに声を掛ける。
咲「和ちゃん、起きて…。和ちゃん…」
和♂「ん…」
咲「和ちゃん、和ちゃーん? おーい」
声を掛けてもなかなか起きないので、肩を優しく揺する。
咲「和ちゃんー? 起きる時間だよー?」
久「…咲、なんだかお母さんみたいね」
咲「え?」
久「あ、いや……なんか、いいなあって思ったのよね」
部長は寂しそうに頬を掻き、複雑な表情を浮かべる。
咲「……?」
久「……ねえ咲、もし私が――」
和♂「ん……あ、寝てました……?」
部長が何か言い掛けた時、和ちゃんの寝ぼけた声に途切れる。
久「――…あ、起きた……」
咲「で、ですね……」
和ちゃんはぽけーっとしながらも体勢を起こす。
そっと肩を支えながら声を掛けてみる。
咲「和ちゃん、体調どう?」
和♂「……ん、たいちょ……ぐぅ」
咲「ちょ、起きてってば!」
身体を縦にしたのに、そのまま寝るなんて器用なことをする和ちゃん。
なんだか、男の子みたいだなーって。あ、男子だった。
でもちょっと可愛いかも。
そうこうしていると、優希ちゃんたちも集まってくる。
優希「大丈夫だじょ咲ちゃん! 任せろ。同じクラスである私が責任を持って連れて行くからなー!」
と言いつつ、京ちゃんに和ちゃんを背負わせる優希ちゃん。
咲「そのわりに背負うのは京ちゃんなんだ……」アハハ
優希「私の犬だからな、当然だじぇ」
京太郎「あー、はいはい」
咲(京ちゃんも、それで納得しちゃうんだ…)
二人は和ちゃんを連れて、校舎の方へ。
咲「あの…京ちゃん、本当にいいの?」
京太郎「いいって。つーか、今の和を運べるのなんて、俺くらいなもんだろ?」
京太郎(それにこいつ……勃ってやがるし)
京太郎(長大なモノが腰に押し付けられてて……ダメッ、ドキドキしちゃう!!)
京太郎(――とはならない不思議。男女に違いはあれど、和のセックスアピールを感じても、だ)
京太郎(和のことが好きだった俺は結局男で、ただあのおっぱいに惹かれていただけなのだろうか…?)
京太郎(だが、男の和が生着替えしてたらつい目で追ってしまいそうな気はする……おっと、煩悩退散!)
咲「うん…ありがと」
京太郎「おう、気にすんな」
ぽんっと私の頭に手を置き、くしゃくしゃっと撫でられる。
咲「きゃっ、ちょっと! 髪乱れちゃう!」
京太郎「人の心配する前に自分の心配しろこのナマイキめ~」
咲「ひゃあ~っ!」
優希「っ! こら犬! 咲ちゃんとイチャイチャしてないでさっさとするじぇ!」ドンドンッ
優希ちゃんが焦れたように地団太を踏む。
京ちゃんは「授業遅れんなよー」と一言残して、優希ちゃんの方へ歩いていった。
咲「あ、そうだ。部長…さっきの話なんですけど」
久「えっ、ああ、アレ? 別に、特に意味なんてないんだけどね」
部長はバツが悪そうに笑う。
身を捩りながら、ぐっと大きく伸びをした。
久「ん~っ、ただちょっと…咲が和ばっかり構ってるもんだから、嫉妬しちゃっただけなの」
咲「嫉妬、ですか…私に?」
久「さあ、どうかしらねー」
一歩、気分良さげにスキップするように前に出る。
久「ま、そんなに気になるなら沢山悩んでちょうだい。私のことでねっ」ニコッ
咲「もう、なんですかそれー」
久「べっつにー?」
部長は格好よくウインクを決めて、後ろで待っていた染谷先輩の方へ歩いていく。
まこ「ほれ咲―、急ぎンさい!」
咲「あっ、はーい!」
催促する声に、私も急ぎ足で追いかける
前を歩く、頼もしい先輩二人。
左に染谷先輩、右に部長。
特に考えなしに染谷先輩の左隣に並ぶ
咲「はぁっはぁ…」
まこ「ちょっと駆け足した程度で情けないのぉ」
咲「す、すいませ――」
と言い終わる前に、反対側にいた部長に肩を掴まれ、並んで歩く先輩二人の真ん中に連れ去られる
久「…ちょっとぉ、なーんでまこだけの隣なのよー。私の隣じゃ嫌なんだー」
咲「え、そんな…」
まこ「これくらいで息を切らすなんて…軟弱な」
私の左隣を歩く染谷先輩が真顔でつぶやく
まこ「これは、体力トレーニングとか取り入れるべきじゃろか」ボソッ
咲「ええっ!? いっ嫌ですよそんなの!」
まこ「朝練で走りこみなんてどうじゃ?」
私の運動不足のせいで、我ら麻雀部が運動部になりかけていた
この染谷先輩の悪魔的な思い付きに、悪い顔をした部長がノッてくる
久「あらぁ、いいわねー。それが終わったら腹筋、背筋?」
まこ「そうそう。各30回、2セットずつ?」
咲「絶ッ対嫌ですッ!」
咲(あ…お腹から声出すって、こうやるんだ…)
まこ「あっはは、咲、本気にせんでええ。冗談じゃ」
咲「な、なんだぁ…」ホッ
恨みったらしく染谷先輩を睨んでいると、今度は部長から横槍が入る。
久「なーんだ、冗談か。いいじゃない。やればいいのに」
咲「部長!?」
久「ま、私はもう引退する身だし? 朝練ができても関係ないけどー」クスクス
咲「んなっ、いじわるっ!」
久「はいはい」
――ほんと、咲は可愛いわね…
ふくれっ面の私の髪を撫で、ふんわりとなだめる部長
久「うふっ」
まこ「? なんじゃ久、随分ご機嫌じゃな」
久「そう見える?」
まこ「何年一緒にいると思っちょる、朝飯前じゃ」
久「いまは、昼食後だけどね」
まこ「やかましい!」イラッ
久「んー、そうねぇ。…まあ?」
部長は下げた髪を後ろでまとめながら、ゆるりと笑う
まこ「なんじゃその適当な返事は…」
久「えっと…その、大好きな人と一緒にいる時間って、楽しいなってさ」
まこ「…フン、激しく同意じゃの」
久「あら素直」
たった数言で、何もかも理解し合ったらしい先輩二人。
物理的ではなく、精神的な面で側にいて支えられる関係……こういう仲に憧れる。
咲(気の置けない友達って、こういう雰囲気のことをいうんだろうな……)
咲「……お二人って、すごく仲いいですよねー」
久「あら、私は咲とももっと仲良くなりたいわよ?」
まこ「じゃーから、そういう発言が『誑し』という風評を招くんじゃと何度言えば…」
咲(タラシ…?)
ご機嫌な部長と、だるそうに肩を回す染谷先輩と一緒に校舎中に入っていく。
ーー
咲「よーし! 頑張るぞー!」グッ
今後の抱負も決まって、気合いが入る。
熱い気持ちのまま握り拳を作り、大きな声を出すと、なんだか少し気が引き締まった。
咲(……なんだか、私)フフッ
まこ「なんじゃ咲、気合い入っとるのぅ」フム
久「ちょっと……この娘、さっきのまこの言葉を本気にしたんじゃ……。 咲? いいのよ別に、私たちはあくまで文科系なんだからね?」オロオロ
咲「……」
咲(……熱血系キャラになってる!?)ガーン
私も和ちゃんと、
誰よりも近くで支えられるような、
そんな関係になりたいと思った。
とりあえず、ここまでです
まこ「えー。新学期も始まって早々じゃが、今週から一週間、テスト準備期間で部活は休止じゃ。各々、しっかり勉学に励みンさい」
引退した竹井先輩に代わり、新たに染谷先輩の号令で部活を終える。
竹井先輩は受験に向けて本格的に行動し始めたらしい。
気が付けば、始業式から早一ヶ月。
そして、定期テストまで早一週間。
咲(つまり今日からテスト休み……)
咲「また、この時期が来てしまった…ッ!」
優希「だじぇ…」ダラァ
和♂「…? なんか咲さん気合い入ってますね」
あまりにも嫌で、なんか逆にテンションがおかしい
私の隣では優希ちゃんが雀卓にうなだれている。
咲(うんうん、その気持ちわかるよっ)グッ
まこ「なんじゃ、二人とも勉強は苦手か? 優希はともかく、咲はそんなイメージなかったんじゃが…」
優希「…さりげなくディスるのやめて欲しいじょ」
まこ「事実じゃろうが」
優希「ぐえっ」
染谷先輩の言葉に、潰れたカエルみたいな断末魔と共に雀卓に伏せる
優希ちゃんは喋るのも億劫なようで、口数も少なめ
体に至ってはピクリとも動かない
京太郎「え、なに、お前そんなテストやばいの?」
優希「ぬかせ京太郎! 私にはのどちゃんという優秀な家庭教師がいるから問題ないんだじぇ!」ドヤッ
まこ「自力で勉強せえ……」
京太郎「はあ? だったらなんでそんなグロッキーになってんだよ……」
優希「…のどちゃんの教育がスパルタすぎて、今から想像するだけで疲れてるんだじぇ…」
部内の視線がいっせいに和ちゃんに集まる
和♂「えっ!? そんな、別に厳しくなんてしてませんよ! ただ…その、必要なレベルに持ってくための勉強量を、こなさせただけで…」
しどろもどろに説明する和ちゃん。
たぶん和ちゃんの言い分も正しいし、勉強慣れしていない優希ちゃんの言い分も正しい。そういうことだろう
となると今度は、私に視線が刺さる
京太郎「おいコラ咲。お前は別に成績悪くないだろ? むしろいい方じゃねーか。この現国満点め!」
和♂「ま、満点……」
まこ「…? なら咲は、なんでまたそがぁなことになっとるんじゃ」
視線を四方から受けて、思わずため息
咲「だ、だって私、そんなに理数系は得意じゃないし、それに…」
まこ「それに…?」
咲「…テストが嫌というよりは、ちょっと寂しくなっちゃって」
和♂「寂しく、ですか?」
和ちゃんの繰り返しに、頷いて返す。
咲「ここ数か月、ほぼ毎日一緒にみんなで頑張ってきたのに、急に集まれなくなっちゃうから」
咲「そう思ったら、なんか寂しいなって…」
「「「……」」」
静まりかえってしまった。
咲「あ、いやっあの…!」アセアセ
和♂「では、放課後は来たい人だけ部室に集まって勉強しませんか?」
咲「……え」
まこ「まあそうじゃのぅ…。鍵もうちらが管理しとぅし出来んこともなぁが、見つかりようもんなら停部もんじゃけぇ…」フム
むむむ、と唸る染谷先輩。
ふと、線が切れたように表情が緩んだ
まこ「…まあ、麻雀さえしてなければ構わんじゃろ」
和♂「ありがとうございます」
染谷部長に頭を下げた和ちゃんが、私に振り返る
和♂「咲さん、私も放課後はここで勉強しようかと思います。一緒に頑張りましょう」ニコッ
咲「あ…うんっ、ありがと、和ちゃん」
和♂「いえ。私も、その……咲さんと一緒にいられるのは嬉しいですし」テレテレ
咲「和ちゃん……」
和ちゃんは、恥ずかしそうにはにかんだ
―Side 和―
金曜日。
テスト準備期間最終日。
この土日を挟んだら、もう来週の月曜日からは試験期間が始まってしまう。
わざわざ部室に集まるわけにもいかないし、午前中で日程が終わるので昼休みもない。
一日のうちに咲さんと一緒にいる時間はほとんどなくなる。
一週間の我慢だと言われればそれまでだけど、一秒でも長く咲さんの顔を見ていたい。
部室のドアの前に立つ。
HRが終わってから一時間超。だいぶ時間が経っている。
和♂(咲さん……帰ってませんよね?)
和♂「すぅーっ…はぁーっ」
…この部室に続くドアの前で、かつてここまで緊張したことがあっただろうか
染谷先輩は、今日はお店の手伝いで来れない。
竹井先輩は言わずもがな。
優希と須賀君は、今日は二人で先に帰るとメールが送られていた。デートでしょうか
つまり、この部屋には…
ガチャ
咲「あっ、和ちゃんやっと来た……っ」
和♂「…すみません、少し手間取ってしまって」
ガバッ
咲「和ちゃんっ、和ちゃんっ!」
和♂「咲さん? どうかしたんですか?」
咲さんは私に飛びつき、そのままYシャツをぎゅっと握りしめたまま、イヤイヤと頭を揺り動かす。
咲「なんだか、私、一人ですごく心細くって……」
和♂「はい……?」
咲「いつも……ここで部活してたのにね…」
咲「それなのに、優希ちゃんや和ちゃん、染谷先輩も京ちゃんもいなくて、急に…」グスッ
私に縋る咲さんの肩は可哀想なほど震えていて、手を添えるとピクッと跳ねるも、そのまま癒着するように落ち着いていく。
咲「いつも部室にはあれだけの人に囲まれてるのに、いなくなる時は、突然いなくなる……」
咲「ちょっと行き違っただけで、誰とも会えなくなっちゃうんだ……」
和♂「咲さん、それって……」
和♂(――お姉さんのことですか? とは聞かなかった)
和♂(だって、他に考えられないし、それを言葉にするのは今の咲さんの様子を見て、ご法度だと思ったから)
和♂(インターハイの後、一度もお姉さんとの件を話題に出さないということは、そういうことでしょう)
咲さんは私の胸に顔を押し付ける。
咲「でも、和ちゃんは、ちゃんと来てくれた……」ギュッ
咲「ちゃんと、いてくれるよね……?」
和♂「……はい」
咲「ずっと、ずっとよ……?」
和♂「もちろん、一緒にいますよ」
荒かった息が少しずつ落ち着きはじめ、咲さんは段々私に体重を預けてくる。
小刻みに震える体は、びっくりするくらい軽かった。
咲「和ちゃん…」
和♂「はい?」
胸に埋まっていた咲さんが、私を見上げて笑っていた。
安心したみたいに笑ってる。
和♂「どうしました、咲さん…?」
咲「…ううん。和ちゃんって、いつも私の傍にいてくれてるなぁ…って…」
考えなしに、なんとなく、思ったことを口にする。
和♂「いますよ……」
静かに答えた。
するりと口からあふれた。ずっと待っていたかのように、考えるまでもなく
和♂(あなたの支えになりたい……)
和♂「私は……咲さんのそばにいたいですから……」
咲「……っ!!」ダキッ
今度は咲さんが、私の頭を胸に抱きとめてくれた。
私は今、どんな顔をしていたんでしょうか……
とても抱きしめずにはいられない顔? それってどういう意味で?
和♂「……咲さん、咲さん……」
和♂(それがどんな意味だってかまいません…)
だからお願いします神様、せめて私が部室にいる間だけ、時間を止めてくれませんか?
*
咲「あっ、やば! もう夕方」
二人で部室の机で向かい合って勉強していると、唐突に咲さんがつぶやいた。
ちらりと腕時計を見ると、午後6時すぎ。
和♂「あ…。そうですね…」
咲「時間すぎるの早いなぁ……、ね?」
和♂「ええ」
恥ずかしそうに笑って、咲さんは筆記用具を片付け始める
咲「完全下校時間って何時だっけ?」
和♂「たしか、6時半だったと思います」
咲「そっかぁ……じゃあ、そろそろ出ないと。結構ギリギリだね。完全下校時間まで、あと20分もないし」
和♂「そうですね」
私の返事に小さくうなずいてから、咲さんは椅子に置いていたリュックを肩に掛けた。
二人そろって部室を出て、長い道のりを越えて校門を目指す。
校門をくぐる頃には、月はきれいに夜空に浮かんでいた。
咲「んん~っ、勉強疲れた~…」
和♂「ふふっ、頑張りましたね」
咲「えへへ…」
今さっき疲れたと言った咲さんは、はじけるような満面の笑み。
その笑顔に釣られ、私も頬が緩んだ。
心地よい倦怠感とともに、さわやかな気持ちになる。
咲「平和だねー」
隣を歩く咲さんが、ほぼ真っ暗な天を仰いで目を細める。
木々の葉が世界を紅く色を変え、穏やかに秋の星々の輝きが降り注ぎ
風は優しく吹いて、虫たちはそれに合わせて優しくさえずる。
すべての生命の営みが、祝福されているようだった
和♂「ええ、本当に。ここに残れてよかった……」
咲「……え?」
和♂「ふふっ。なんでもありません。ただ……勝ち取った平和を、噛みしめているだけですから…」
咲「うん。……うん?」
わかったような、わからないような
咲さんはそんな表情を浮かべる
それが愛しくて、自然にまた笑みが零れてしまった
和(インターハイ団体戦で優勝した日に倒れてから、私はその四日後に目を覚ました……らしい)
和(目が覚めて見覚えのある病室の天井を見たとき、私たち清澄高校の優勝は夢だったのではと不安になりました)
和(もしかしたら長野での思い出だけでなく、奈良での穏乃たちとの思い出まで全部嘘で、私は入院していた子どもの頃のままなのではないかと)
和(実際は、今までのことが全部嘘だった方がまだマシだったかもと思えるほどの変化が、体には起こっていたわけですが……)
毎日検査を繰り返す日々。
急に男性の身体に変わって慣れない心。
そんな心の支えは、清澄高校の全国制覇のニュース。
優希、咲さん、竹井部長、染谷先輩、須賀君。
私の大好きな人達は現実にちゃんと存在していて、そして私はそこで暮らす権利を勝ち取ったという事実。
みんなと共に過ごす時間を夢見て、一日一日を過ごしていた。
だから、始業式の朝。
優希と咲さんが並んで歩いている姿を見たときは、息も止まりそうなほど嬉しかったんです。
虚無感の中に沈んでいた私の心が、感動とか安堵だとか様々な感情が一気に押し寄せて、急に色づくのを感じた
姿も変わり果てた私を、変わらず受け入れてくれた麻雀部の仲間
咲『ずっと、友達だよ!』
そう言ってくれた咲さん。
私にとってはその言葉が、夏休み中毎朝鏡を見るたびに泣いていた私を励まして、もう一度生きる元気をくれた、私の全て
――私の居場所はここにある。
咲「本当はね」
ふいに、咲さんが口を開く
咲「すごく、不安だったの。和ちゃんのこと」
和♂「え……?」
咲「このままどこか遠くに行っちゃうのかもって。そんなわけ、ないのにね……」
――和ちゃんが生きててよかった…
泣きそうに笑う咲さんの笑顔が、月明かりで淡くはじける。
咲さんこそ、今にも溶けていってしまいそう
和♂「……そうですか」
そこで会話が途切れると、その後は無言のまま歩き続けた。
ーー
ふと、足が止まる。
四方を緑に囲まれたこの場所は、この夏、咲さんと二人でホタルを見た思い出の地。
咲さんは静かに数歩だけ前に出て、その場でクルリと振り返る
咲「和ちゃん」
和♂「何ですか?」
咲「さっきの言葉の意味、そろそろ教えてくれないかな?」
和♂「さっきの…?」
咲「『ここに残れてよかった……』ってやつ」
和♂「ああ」
ぼんやりと空を見上げた
周囲に木々も明かりもなくて、雲もなくて、まるで降ってきそうなほどの満天の星空
あまりに幻想的な光景で、つい夢の中にいるのかと錯覚してしまいそう
和♂「……言い忘れていた事が、あります」
視線はそのままに、ゆっくりと言葉をつぶやく
咲「言い忘れていたこと?」
和♂「はい。…咲さんは、私に言いましたよね? 私がどこか遠くに行ってしまいそうだったと」
咲「う、うん…」
和♂「……あれ、あながち間違いじゃなかったんです」
咲「え、和ちゃん、それって」
見上げていた視線を下げ、今の私よりだいぶ背の低い咲さんを見る
咲さんの顔は引きつり、そして青ざめていた
和♂「私、全国大会で優勝できなかったら、東京に引っ越す事になっていたんです」
咲「っ――」
息を呑むような音
私からか、咲さんからか、よくわからない。
でも目の前の咲さんは俯いて、まるで何かから自分を守るように肩を抱いて体を縮めている。
和♂「でも、優勝できました。咲さん自身が…優勝を掴んでくれました」
和♂「咲さんが私を、今まで通りお傍に置いてくれたんです」
和♂「……ありがとう、咲さん」
咲さんが恐る恐る顔を上げて、私を見る。
目が合って、気恥ずかしさから目を細める私に、咲さんは安心したように軽くはにかんでくれた。
和♂「…これだけ、です」
咲「うん……ありがとね、話してくれて」
和♂「いえ、……こちらこそ」
妙に湿っぽいような、しんみりした時間の流れ。
名残惜しさをよそに腕時計を見る、もうすぐ七時だ。
そろそろ帰らないと、咲さんのご家族も心配してしまうだろう。
和♂「さあ、もう帰りましょうか」
咲「えっ…」
和♂「あ…でもさすがにこの時間だと、もう真っ暗ですね」
咲「う、うん…」
和♂「それでは、もしよろしければ、家まで送らせてもらえませんか?」
咲「ええっ!?」
素っ頓狂な声を上げる咲さん。
私の行動が、咲さんの表情をころころ変えさせている。
なんだか少し感動。
でも咲さんはすぐにはっとして、無言で私を睨む。
かつてないほど険しい顔。でも、怒ってるわけではなさそう。
和♂「どうでしょうか」
咲「うーん、でもいいの? そうしたら和ちゃんの帰りが…」
和♂「大丈夫ですよ。今日は父が仕事の都合で出張なんです」
咲「あ、そうなんだ…」
咄嗟に論点をすり替えた言葉に、むむむと唸る咲さん。
「じゃあいいのかな…」と首を傾げるその仕草の可愛らしいこと
和♂(もう少しでしょうか…)
最後にダメ押しで、これが咲さんだけでなく自分のためでもあることをアピールする。
和♂「それに、もう少し咲さんとお話していたいんです」
咲「う……じゃあ、ええと。言葉に甘えまして…」
照れたような笑顔から発せられた言葉に、思わず胸が高鳴る。
和♂「ありがとうございます。嬉しいです…!」
咲「…ふふ。送ってもらう私がお礼言われるって、なんか変なの~」
可笑しそうに笑った
――
宮永邸。
―Side 咲―
和♂「ここが、咲さんの家…」
咲「そんな立派なものじゃないけどねー」
そして、玄関の前まで送ってもらってしまった。
もう外は真っ暗で、まだお父さんの帰ってきてらしい宮永家は、それでも普段の人のぬくもりを放ち存在感を放っている。
七年前に母と姉がこの家を出てから、それでもこの家で過ごした時間、ぬくもりは消えない。
ーーここは変わらず、私の居場所なんだ。
和♂「でも、とても温かいです。いい家ですね」
咲「うんっ」
柔らかい笑みを絶やさない和ちゃん。
私と居て心地よいと感じてくれているのかな…?
咲「あ、その……それでさ…」モジモジ
和♂「ええ。また来週ですね」
なんとか会話を引き延ばそうとした私の相槌に、和ちゃんは盛大な勘違いでもって短くつぶやく。
咲「ぁ…、……うん…」シュン
そしてその勘違いを前に、うまく切り返せない私。
帰り道はあんなにお話ししたのに、いざお別れの時間になると言葉少なになってしまう。
もっとお話ししていたい。
こんなに悲しい顔をしながら「また来週」と笑う顔を、放っておけない。
咲「……あ、あのね和ちゃんッ! 私のうち…」
「…ん? 咲か?」
意を決して発した言葉は、今度は和ちゃんの背後、我が家の門から聞こえてきた声に遮られた。
スーツ姿に短髪、眼鏡を掛けている冴えない温厚な顔。
咲「あっ……おかえり、お父さん…」ギロッ
和♂「お父様!?」ビクッ
せっかくの勇気に水を差されたことに、静かに俯きながら肩をいからせる私。
そんな私の隣では、和ちゃんが慌てた様子で姿勢を正す。
和♂「あの、こんばんは。私、咲さんの友達の原村和と申します!」
界「お、おお……ご丁寧にどうも。こんにちは。咲の父です」
興味深そうにまじまじと和ちゃんを眺めるお父さん。
界「へーぇ。咲の彼氏か?」
和♂「えっ! そ、そう見えますっ?」
咲「ちょ、ちょっと止めてよお父さん!! 友達だって言ってたでしょー!?」
唐突な、なんの脈絡もない問いかけに焦る。
あまりに慌てすぎて、顔が熱い。
咲(……和ちゃんのバカ……ちゃんと否定してよ……)カァァ
頬に手を当て、恥ずかしさから咄嗟に俯いてしまう。
ていうか私は、なんで和ちゃん相手にこんな気持ちになってるんだろう……
自分にちょっと違和感。
そんな吠える私を持ち前の緩い顔で躱し、お父さんは申し訳なさそうに笑う。
界「なんだ違うのか。咲がうちに男子を連れてくるなんて初めてだから、ついな…」
咲「一緒に勉強してたら遅くなっちゃって、もう暗いからって送ってくれたの! もうそれだけ!」
――ねっ、和ちゃん?
縋るように和ちゃんを見上げると、何やら複雑そうな顔をして曖昧に笑うだけ。
咲「……?」
和♂「……。ええ、まぁ……」
咲「ほらぁ!」
界「無理やり言わせたんじゃないのかー?」
咲「だから違うってばぁ、もー!」
和♂「ふふふふっ…」クスクス
ふいに、隣からクスクスと笑い声が聞こえてくる。
見上げると、和ちゃんが口を押えて笑っている。
界「はっはっはっはっは!」
今度は目の前で、お父さんまで笑い出した。
咲「えっ、な、なに……? なんなの?」オロオロ
和♂「い、いえ…ふふっ。なんか咲さん、お父様といる時は結構子供っぽいんですね」ニヤニヤ
咲「へっ!?」ビクッ
界「大丈夫だ。心配しなくても、咲に彼氏ができるとは思ってないさ」ニヤリ
咲「どっ、どういう意味かな……っ!?」
特にプライドがある訳ではないけど、それでも胸に突き刺さる言葉を真に受けて全力で抗議した。
界「あーあ。笑った、笑った」
ひとしきり笑ったお父さんは、カバンから鍵を出しドアを開ける。
界「原村くんと言ったか。家はどこ?」
和♂「え? えっと、八ヶ岳の方ですけど…」
界「何気に距離あるじゃないか。親御さんは?」
和♂「いえ、今日は大丈夫ですので」
お父さんは「そうか…」とつぶやいて、数度頷く。
界「もしよければ、晩御飯でも食べていかない? 食後に家まで車で送ろう」
和♂「えっ……いえ、そんな。とてもありがたいですけど、さすがにそれは…」
界「咲はどう思う?」
突然話を振られて若干焦る。
でも、とても魅力的な提案だと思う。
咲「私も、和ちゃんにもう少しいて欲しいな… あ、どうしてもダメなら仕方ないけど」
自分で言って勝手に落ち込む気持ちを誤魔化すように、ちょっとだけ作り笑い。
そんな私の顔を見守るように見つめていた和ちゃんが、僅かに息を呑む。
和♂「…では、すみません。お言葉に甘えさせていただけますか?」
咲「うんっ、任せて!」
界「任せてって……車で送るのは俺だろ」
咲「料理するの私だもんっ」
私たち宮永家に、十年ぶりに、私とお父さん以外の人が敷居を跨ぐ瞬間だった。
―Side 和―
ドアをくぐり中に入ると、そこは咲さんのにおいがした。
咲「ただいまー」
和♂「お邪魔します」
咲「うん、いらっしゃい」
しゃがみ込んで脱いだ靴を揃えていると、上から温かい声が私を出迎えてくれる。
咲「和ちゃん~、ちゃーんと手洗いうがいするのよ~?」
和♂「え?」
咲さんの方を向くと、にんまり笑われた。
咲「あはは……。実はね、私、おままごとでお母さん役ってやったことなくって」
咲「こういうこと言うの、ちょっと憧れてたんだよねっ」エヘヘ
ステップを踏むように靴を脱ぎ、自然な流れで靴を揃えた咲さんは、その横で固まっている私を、律儀にその場で待っていてくれた。
咲「こっちがトイレ。で、そこが洗面所とお風呂場ね」
ここが、咲さんの家。
夢にまで見た聖域。
ちらと、咲さんが振り返る。
柔らかく笑う。
和♂「…? あの、何ですか?」
咲「あ……ううん、なんでもないの」ニコニコ
そう言って、また歩きだす。
和♂(なんでしょうか…)ポー
この家全体に甘い空気が漂ってる気がする。
先導していた咲さんが、顔をあげてちらと私を振り返った。
妙に緊張する。また目が合う。
和♂「……?」
咲「……ふふっ」フニャッ
和♂「……!」
ふわりと笑う。
咲さんは度々私を振り返るたびに、何かを噛みしめるようにきゅうっとはにかむ。
とても幸せな気分だった。まるで新婚二人で新居を見に来たみたい……
咲さんの笑顔にはきっと何かあるんだと思う
だって、普段そこまで笑わない私が、咲さんの笑顔を受けるとたちまち笑顔になってしまうのだから
ーー
咲「で! ここ真っ直ぐ抜けると~!リビングです!」
和♂「はいっ」
普段に比べて随分テンションの高い咲さんに釣られ、1オクターブ高い声が出る。
感慨深く、部屋を右に見渡す。
リビングの端に置かれた小さめのテレビと、床に敷かれたカーペット。二人用のソファに、床に置かれた座布団が二つ。
食卓テーブルに、それを囲む四つの椅子。お洒落な色合いのサイドテーブル。
広めのスペースに、シンプルな壁紙と、物が少ないせいだろうか。
咲「えっと、ちょっとごめん。適当にソファにでも座ってて。私、上で着替えてくるね」
和♂「あ、はい…」
咲さんは楽しげに手をふりふり、そのままリビングを出て行った。
和♂(どうしましょうか…)
咲さんを見送ってから、何の気なしにソファに近づいてみる。リビングを見渡しても、誰もいない。
訳もなく後ろめたい気持ちになりながら、ソファに浅く腰掛ける。
深呼吸をすると、背筋がぴんと伸びた。
適度な緊張感。
いつも通りの姿勢だけど、心は全然いつも通りじゃない。
和♂(落ち着いて、落ち着いて……)
そうこうしていると、咲さんが帰ってきた。
和♂「! おかえりなさい、咲さん」
咲「うん、ただいま」
戻ってきた咲さんの服装は、東京のホテルで部屋着代わりに使っていたパーカーに、薄手のショートパンツ。
スラリと伸びる肢体に、少しだけ目のやり場に困る。
咲「…? 緊張してる?」
和♂「えっ…」
咲「だってぇ、お見合い前みたいにガチガチなんだもん」
和♂「お見合い……ですか」
咲「もっと楽にしてていいよー……と言っても、さすがにちょっと難しいか」アハハ
咲さんが可笑しそうに笑うと、まるで魔法のように緊張という呪縛から解放される。
私の頬にも、自然と笑みが浮かんだ。
咲「お腹空いたよね? もうちょっと待ってて、もう仕込みはできてるの」
和♂「あの、何か手伝えることは…」
咲「だーめ、座ってて。一から調理するものはないから、もうすぐだよ?」
和♂「はい…」
諭されて、席につく。
とんとんとん、キッチンから規則的な音が聞こえてくる。
食事の準備のために、包丁がまな板を叩いている音だ。
――母と同居していた頃に聞いていた音。
ふわりとキッチンに目を向けると、エプロン姿の咲さんが料理をしている。
咲さんが鼻唄を歌いながら、こちらにお尻を向けて料理をしている。
咲「ふん、ふふ~ん♪」フリフリ
和♂(……あれ? おかしい、咲さんのお尻から視線が動かない……)ムクムクッ
和♂(いい匂い……お味噌の香りがする。咲さんのお尻いいにほ……ーー)ズギューン
和♂「うっ……!」ゴリッ
美味しそうな香りと、何もしていないもどかしさに体がムズムズしてくる。
ガタッ
和♂「……す、すみません、お手洗い拝借できますか?」ヨロッ
咲「うん? うん、大丈夫だよー。場所わかるよね?」
和♂「は、はい……」ヨロヨロ
咲「そんな、なんか凄い前屈みになってるけど……お腹痛いの?」
和♂「い、いえ……男子特有の、発作のようなもので……」イソイソ
咲「発作っ? え、大丈夫!? な、何か手伝えることある?」
和♂「て、手伝えることですって?!……っうぐぅ……!」カメェッ
和♂「す、みませ……大丈夫、ですから……っ」
和♂「ですから、いま……! 私に話し掛けないでください……!」ダッ
咲「え……」
咲「……話し掛けるな、かぁ……」シュン
咲「もう20分も……大丈夫かなぁ。でも、様子見に行くのはさすがに……」モジモジ
咲「でも、もし倒れてたら……、だけど男の子がトイレしてるのに私が行くのもどうなの?」ウーン
ゴポォッ!!!
咲「……っ!? 何? 何の音……?」
ガチャ
和♂「……ふぅ」テカテカ
咲「あ、戻ってきた! 大丈夫だった?」
和♂「はいっ。おかげさまで、たくさん吐き出せました!」ニコッ
咲「へっ? おかげさまで……?」
和♂「あ、いえ……言葉の綾といいますか」
和♂「いやでも、咲さんの笑顔のおかげで、何とかやり遂げました」
和♂「今ならどんな困難も乗り越えられそうな……そんな心持ちです」ニコッ
咲「そ、そっかぁ。なら良かった……のかな?」アハハ
咲(でも、吐き出す……かぁ)
咲「晩ごはん食べれるかな? なんなら和ちゃんのために、お粥とか作るけど……」
和♂「いえ、病気ではないので。むしろしっかり食べれるくらいですから…」
咲「そ、そう? 何かあったら遠慮しないで、ちゃんと私に言ってね?」
和♂「ええ、ありがとうございます」ニコッ
咲「あのね、お父さん、お仕事の電話が掛かってきちゃったみたいで。今はちょっと手が離せないんだってさぁ」
咲「なので、今夜は私達二人でごはんです」
そんな言葉と共に、料理が運ばれてきた。
煮物と、おからの青菜の煮つけ、アジの開きを焼いたものに大根おろし。油揚げとわかめの味噌汁。
慎ましい和食メニューに、どこか咲さんらしいなと感じ、笑みがこぼれる。
和♂「おいしい……」
咲「そうかな……。我ながらぱっとしない献立だなぁって思ってたんだけど、そう言ってもらえると嬉しいかも」
腕を抱えながら、咲さんは首を傾げて笑った。
和♂「いつもは咲さんがお料理を?」
咲「うん。高校で麻雀部入るまで、部活はやってなかったから。時間はあったし」
純和風の家庭料理で、作り慣れていることがはっきりわかる、丁寧な味わいの料理だった。
食器と口を行き来する箸の動きが、全然止まらない。
和♂「なんか不思議ですね。塩辛くないのに、しっかり味がついているんです。これは何で味付けしているんですか?」
おからを食べながら訊いてみた。
関東というよりは、関西寄りの味付け。
あっさりした薄味なのに、滋味のある味付けで美味しい。いくらでも食べられそう。
咲「あ、そうかな……。一応、塩としょうゆ、みりん、酒、砂糖なんだけど」
なんでもないように答える咲さんが、ほんのりはにかむ。
和♂「普通の調味料なんですね。でも、出汁が効いていてとても美味しいです」
咲「ああ、それね。干し松茸のもどし汁と昆布」
咲「お母さん鹿児島の獅子島出身なんだけど、小学生の時に教えてもらったの」エヘヘ
和♂「へぇ……知りませんでした。こんな風味が出るんだ……。この青菜は何ですか? クシャクシャしていて、ちょっと苦みがあって、初めて食べました」
咲「え~何って、ふつうの大根葉だよー?」
和♂「えっ…あれって食べれるんですか?」
咲「食べれるよ!……あ、和ちゃんもしかして、大根葉、苦手だった?」
和♂「いえ、とても美味しいです」ニコッ
咲「おかわりもあるから、足りなかったら言ってね?」
和♂「はい、ありがとうございます」
からっぽになったお茶碗を差し出すと、咲さんはすっと立ち上がり、足音もなく移動して、キッチンの炊飯器からご飯をよそって戻ってきた。
和♂(あ……今気づいたけど、咲さん裸足だ……)ドキドキ
ここは咲さんの家なのだから当たり前で、だからなんだという話なんだけど、妙に胸がドキドキしてしまう。
そんな場所で、二人で向かいあってご飯を食べている。
咲さんの、もっと深いところに触れている。
和♂「うっ」ムクムクッ
和♂(また大きくなってしまった。こんなに優しい咲さんに対して、私はいったいどこまで不義理を……)ギンギン
咲「なんか、お茶碗受け取ってよそってあげるのって、夫婦みたいじゃない?」
和♂「そ、そうでしょうか」ギンギン
咲「あはは、私だけかもだけどね」
咲「はい。あなた?」ニコッ
和「……っ」ビクン
冗談めかしながら、にっこり笑って差し出してくれる。
指先が触れた。
咲さんは、はにかんだように笑った。生糸のように細くなった目がやわらかな弧を描く。
そのまなざしに、私は恥ずかしくて声を返せなかった。
和♂「咲さん、ごちそうさまでした」
咲「ううん。こちらこそ普段の料理しか出せなくて。もうちょっと記憶に残る感じにすればよかったなって、ただいま反省中」
和♂「でも、美味しかったですよ?」
咲「まぁそれは、小学生の頃から料理してますので……」
恥ずかしそうにはぐらかす咲さん。
咲「よかったらまた来てよ。それまでに絶対忘れられない、衝撃的な料理を考えとくから」
和♂「ふふ、そうですね。また、是非」
和♂「でも、今度は私の家にも来てほしいです」
和♂「今度は私も料理を振る舞いますので」
咲「うん。ありがとう」
界「お、もう帰るのかい? 送っていこう」
和♂「ありがとうございます。お世話になります」
車の後部座席に乗り込み、家の前でいつまでも手を振り続けている咲さんへ、私もずっと手を振り続けていた。
咲さんと離れるのが、名残惜しくて辛い。
和♂(……もっと、咲さんといたい)
胸に灯る強い気持ちに、今は静かに目を閉じた。
―Side 咲―
今日で無事試験も終わり。
当たり前のように部室に集まってくる部員たち。
そんな中で、きっと一番浮かれているのは間違いなく私だろう。
咲「ねぇねぇ、日曜日なんだけど、お買い物行かない?」
和♂「……はい? お買い物、ですか?」
咲「そうっ、お買い物!」
普段気分でフラリと買い物に行くようなこともなければ、人を誘って出かけることも稀な私が、部活のみんなを休日のお出かけに誘っている。
中学の頃からは比べれば、随分の変わりようだと思う。
まこ「買い物、のぅ……」フム
和♂「それは構いませんけど……。咲さん、何か足りないものでも?」
咲「あっ、ううん、そういうんじゃないんだけど。もう秋物とかお店に並び始めてるし。ほら、清澄の制服に合うカーディガンとか。ちょっと見ときたいなぁ~って」テレテレ
咲(あと、和ちゃんの服、困ってるようなら皆で見てあげられないかなって……)
和♂「ああ……そういえばそんな時期でしたか」
優希「そういうことなら私も見たいじぇ~!」フワッ
京太郎「俺も、この一年でだいぶ背が伸びたもんなー。……女子に服見てもらえるなら」
優希「京太郎。浮気」
京太郎「言い方」
和♂「私は構いませんよ?」
咲「ほんとっ!?」
和♂「はい。というか、断られると思っていたんですか?」
咲「そういう訳じゃないけど……、でもみんな色々あるじゃない?」
和♂「はぁ」
咲「ほら、『出会いは一期一会だからって、しょっちゅう衝動買いしちゃってマジ財布ピンチ!』って人とか、『ネットで安く買えるんだからわざわざ店まで行かない!』って人とか……」
和♂「ぐっ、なぜ私の……」グサッ
優希「最初の事例が妙にリアル感あって萎えるじぇ…」グサリッ
京太郎「俺は優希がタコス以外を買ってるの見たことないけどな」シレッ
優希「黙れっ犬!」グワー
咲「あの、えっと、だから…」
まこ「散財するか、はたまた一点集中か。さすがにそこまで割り切ってる人はなんて……」
和♂「……」ピクッ
優希「……」ピクッ
まこ「……いや、居るとは思うがのぅ」
和♂「ん、んんっ、確かに今は、何でもスマホのオークションアプリやネットで買えてしまう時代ではありますが」
優希「それにしたって咲ちゃんは気にしすぎだじぇ……。買い物なんて、そんな考えてするものじゃないからな」
和♂「優希はもう少し計画性があっていいかと」
京太郎「そういうとこ、考えすぎないでもっと気楽でいいんだぞ?」
咲「そ、そう……?」
和♂「はい。それに、咲さんと一緒にお出かけでしたら、私はどこへだって行ってみたいですから」
咲「……あ、ありがと…」カァァ
和♂「い、いえ……その、一緒に買い物、楽しみですねっ……?」テレテレ
咲「う、うん…っ!」
咲「えへへ」
和♂「うふふ」
まこ「ん? ……こ、これは……」
京太郎「もしかして俺たち」
優希「参加したらお邪魔虫か……?」
京太郎「……傍から見ると、本当に初デートの約束して照れ合ってるカップルにしか見えねぇ」
優希「はぁ……確かにここ最近はなぁ。どう見ても、好きな女子に尻尾振ってる純情男子なんだよなぁ、のどちゃん」
京太郎「なんなら制服デートとかって、ちゃんと教えるべき?」
優希「いやぁ、どうかなー。休日なのに制服を着る意味がわかりません。とか言って、和ちゃんに一蹴されそうだじぇ」ハァ…
まこ「目に浮かぶのぅ……」ヤレヤレ
咲「じゃあ、その、日曜日は――」
遊ぶ約束をして、部活を終えた。
お昼前に駅で集合する予定だった。
日曜。駅前。
和♂「…はい? 行けなくなった? 3人ともですか?」
優希『そうそう。だから今日は、のどちゃんと咲ちゃんの二人きりだじぇ。しっかりアピールするのよー?』
和♂「!? な、何言ってるんですか…っ!」ドキッ
私が待ち合わせの5分前ギリギリに駅に着いたときには、既に和ちゃんが一人、改札の前で待っていた。
向こう側を向いてスマホ片手に、もう片方の手を腰に当てて仁王立ちしながら、息も絶え絶えにお喋りしている。
ーー
それから二分ほどして、和ちゃんの電話が終わったみたい。
携帯をポケットに滑らせてから、大きなため息を吐いて壁に寄り掛かる和ちゃんに、気後れしながらも、ゆっくりと近づいていく。
咲「和ちゃん」
声を掛けると、くるりとピンク髪の背が振り向いた。
和♂「……あ。咲さん……!」
咲「うん。おはよう、和ちゃん」ニコッ
和♂「はい。おはよう、ございます」フワッ
照れたような笑みを浮かべながら、ゆったりとこちらへ歩いてくる。
和♂「私服……合宿やホテルで着ていたのと違いますね」
咲「う、うん。実はこの服、お出かけ用なの…」
和♂「そうなんですね。凄く、よく似合ってますよ、可愛いです…とっても」
和ちゃんが眩しそうに目を細めながら、熱心に私のことを褒めてくる。
なんだろう……こんなに服装を褒められるなんてこと初めてで、自分がにやけてないか、顔が赤くなってないか心配。
咲「うんっ。あ、ありがと…///」
和♂「いえ、いいんです。本当のことですし」
咲「もう…褒めすぎだよ。その、和ちゃんも、お、そういう私服は初めて見るなぁ。うんっ、格好いい!」
男の子の服――そう言おうとして、咄嗟に曖昧な表現で誤魔化した。
でも、細くて、そんなシルエットを十分に生かした服を綺麗に着こなしている。
惚れ惚れして、思わず嘆息してしまいそう。
和♂「そ、そうですか…? メンズの服を着て出掛けたことがなかったので、心配だったんですけど…」
咲「え、あ…そうなの?」
和♂「はい……私は元々、女性ですし。その…変だと言われないか、不安でしたので…なかなか」
咲「あ…」
咲(そっか。和ちゃんは、自分に起きた現象だけでなく、そういった恐怖とも今まで戦ってきたんだ…)
自分に多大なコンプレックスを持つ人の、色眼鏡で見られることへの不安やストレスは、一体どれほどのものだろう。
少なくとも私には、想像もつかない。
咲「…ううん。全然、変なんかじゃないよ?皆、和ちゃんのことを男子だって思うくらい」
和♂「はい…」
咲「だ、大丈夫だよ! もし不安でも、私がずっと隣にいるから。だから怖くないよ!」
和♂「咲さん…」
咲「あはは…なんて、私なんかじゃ頼りないかな?あっ、なんなら手とか繋いでく?でもそしたら私達恋びt――」
私の言葉を遮るように、和ちゃんの右手が、私の左手を引いた。
和♂「――それでは、今日一日は、咲さんは私の恋人ってことですね」
咲「あ……う、うん」
和♂「…それじゃあ、そろそろ改札をくぐりましょう。そろそろ電車が来ますよ」
早朝と言うにはのんびりし過ぎだし、お昼時と言うにはまだ気が早いような。
そんな微妙な時間帯だからか、私たちが乗車した電車内には、他の乗客は誰一人乗っていなかった。
そんな中で、私達は二人席に並んで、のんびり座っている。その間も和ちゃんは二人の間で握られた手を放すことはなかった。
時折和ちゃんは私から視線を外しながら「……ふふっ」と嬉しそうにほほ笑んでいた。
……お買い物を楽しみにしていてくれたみたい。なんだか嬉しい。
咲「そういえば、最初から二人で出掛けるのって初めてじゃない?」
和♂「そうでしたか?」
咲「あ……」
不思議そうに首を傾げる時の角度と、その可愛らしさは、女の子だった頃からまるで変わってない。
和ちゃんの変化を見つけて一つ一つ肯定し受け入れつつ、変わらないものを見つけては大事に心の中に仕舞っていく。
咲(――って、んんっ? 何か忘れてるような……二人……?)
咲「って、ああっ!今日はみんなで遊びに行くって話だったような!そういえば、他の皆は!?」
和♂「え? ああ。それなんですが…先程行けなくなったと、私の携帯に連絡がありまして」
咲「ええっ、三人とも!?」
和♂「はい…」
咲「そ、そっかぁ……急だったもんねぇ」
和♂「もう、今更気付くなんて遅すぎですよ……電車だって発車してるのに。てっきり、咲さんの方にも連絡が入ってるものだとばかり…」
咲「えへへ……ごめん。あ、えっと…何の話だっけ?」
和♂「二人きりで出掛けるのは、これが初めてですね、という話ですよ」
咲「あ、そうそう!合宿中に二人で滝を見に行ったり、神社にお参りには行ったけど、最初から二人だけってなかったよね」
和♂「…言われてみると、確かにそうですね」
思い出すように、上向く視線。喉ぼとけが軽く突き出て見える。
咲「……なんだか、ちょっと不思議な感じ」
和♂「そうですね。あっ」
何か思いついたようで、今までずっと私と繋いでいた手を放した。
和ちゃんの両手が胸の前でポンッと合わさる
和♂「咲さんっ。記念に写真でも撮りませんか?」
咲「うんっ、いいよ!…でも、この車両誰もいないから取って貰えないね…」
和♂「いえ、いいですよ別に……自撮りできますし」
咲「自撮り機能なんてあるんだ…」
呟いた言葉に、和ちゃんはクスリと笑った。
「スノー使おうかな……」と呟き数回唸ってから、私の脇腹に腕を回して軽く引き寄せる。
咲「きゃっ、和ちゃん! くすぐったいよ~」
和♂「でも、もっとくっつかないと見切れてしまいますよ?」
私の反論は涼しい顔で躱され、和ちゃんの手が私の背中に軽くを添えられる。
和ちゃんの頭が揺れて、私の頭に凭れかかってきた。
気になって和ちゃんの顔を見上げると、目と鼻の先にあった彼女の顔と至近距離で見つめ合う体勢になる。
咲「あっ…」
和♂「……」
驚いて、咄嗟に顔を逸らして、そっぽを向いてしまった。
何でだろう。いま、凄く顔が熱い……
和♂「はい、チーズ」
パシャ、と和ちゃんの持っているスマホがシャッター音を響かせた。
和♂「撮れました!」
咲「うんっ」
和ちゃんが撮れた写真を見せてくる。
咲「……」カァァ
和♂「……」
頭をコツンとくっつけて撮った写真の中の、真っ赤になっている私たちは、どう見ても付き合いたてのカップルだった。
和♂「……あと、咲さん。優希に教えてもらったんですけど、スノーっていうものがあるんです」
咲「スノー、雪?」
和♂「そうです。写真を撮ると可愛く加工できたりするアプリでして~」
咲「アプリ……?」
首を傾げていると、前方に腕を伸ばして画面をこちらに向けたままスマホを構えつつ、再度私に身を寄せてきた。
するとスクリーンには、もちろん私と和ちゃんの姿……と思ったら、急に二人の頭にネコミミ、そして顔にはネコの鼻と髭が現れる。
咲「!? なにこれー!?」
和♂「ね? 可愛いでしょ?」
咲「うんっ」
電車内ではずっと、他に乗客がいないのをいいことに、ひたすら写真を撮ってはアプリで加工してはきゃーきゃー騒いで遊んでいた。
大通り。
和♂「電車で少し出ると、こういう大きいお店も多いんですけどね」
咲「そうだねぇ。でも、ここが出来たのもわりと最近なんだよ?」
和♂「そうなんですか?」
咲「私は長野長いしね。まぁ、私も今の家には随分昔に引っ越してきたんだけど」
和♂「初耳ですね」
ショッピングモールを歩きながら、街について、そしてまだまだ知らなかったお互いの事について話す。
そんな日曜日のお昼時は流石に混んでいて。
けれどどれだけの人混みだったとしても、基本的に皆がすれすれで避け合って、実際に肩がぶつかるのは極稀だ。
日本人は忍者の末裔だって話も、あながち間違ってない気がする。
こんなこと言ったら、和ちゃんに笑われちゃうかな……
いつもと変わらず隣を並んで歩いている。
でも身長差のせいで、和ちゃんの横顔が今までよりずっと遠いような感じ。
咲「ねぇねぇ和ちゃん」
和♂「はい、なんですか?」
咲「女の子だったときは、身長って何cmだったの?」
和♂「154cmですけど…」
咲「あ、1cm差だったんだ」
私の身長が155cmで。
そして今の和ちゃんの身長は確か174cmだから、そりゃ遠いわけだ。
和ちゃんが遠くに行ってしまった気がして、思わず手が強ばる。すると和ちゃんは、それに応えて力強く握り返してくれた。
和♂「咲さん、どうかしました?」
咲「うん。あのね……私達、隣を歩いているのに、顔、随分遠くなっちゃったなって」
和♂「え?」
キョトンとした顔で和ちゃんが小首をかしげると、午後の陽光の下、ピンクのショートヘアがきらきら流れる。
思わずため息の漏れる私に、和ちゃんは静かに笑いかけてきた。
和♂「そうですね……こうして隣を歩いているだけなのに、前よりずっと咲さんが遠いです」
和♂「でも、どれだけ身体の距離が離れても、心の距離は変わりません。私たちは……友達、ですから」
はっきり友達を言い切ってくれたことに、笑みがこぼれる。
でも、そんなにやける頬に、冷たい思考が水を差す。
――『友達ですから』。
同性の友情なら、友達なら、理由なんて何もいらないけれど。
一応は子どもというほど子どもではなく、そして今は男女だから。一緒にいるためにはわかりやすい何かが必要なんだろう。
咲(京ちゃんに頼まれて、学食でレディースランチを注文した日のことを思い出す。)
咲(あの時はたしか、同級生に『いい嫁さんだなぁ』って言われて、咄嗟に『中学で同じクラスなだけ!』と言い返してたっけ?)
そう……京ちゃんの場合は『中学が一緒なだけ』。
本当にそれだけなんだけど、一緒に行動するにはその関係を言葉によって明確にしなければならないらしい。
誰が決めたのかはわからないけど、いつの間にか
物事に白黒ハッキリさせることは、必ずしも正しいとは思えないけれど、それでもどうしてもグレーではいられない事だって、きっとあるんだ。
この前まで女の子で、でも今は男の子になっちゃって。でも、心の形なんてわかるはずもなく。
男の子なのか、女の子なのか。もやもやしてグレーゾーンで、私にも和ちゃん本人にだってきっと、よく分からない。
だから私は、彼女に対するセクハラ染みた白黒ハラスメントに対し、『友達』という彼女を説明する明確な枠組みを作る。
咲(これからも付き合っていくであろう彼女のコンプレックスを、私といる間は少しでも和らげられるように……)
今の和ちゃんは女の子であって、同時に男の子でもあるんだから。
だとするならば、『友達』という明確な関係であることは私達にとって、この関係を続けていくうえで不可欠であるような気さえしてきた。
咲「……うん。ずっと、友達だからね」
和ちゃんの顔が至近距離にある。
私の顔は前を向いたまま、視線だけがチラチラと横へ流れていた。
私のカーディガンを見て、和ちゃんに似合いそうな服を想像しながら一緒にお店を巡って。
たまーに小物屋さんで、綺麗なアクセサリーなどを物色していると、あっという間に時間が過ぎ去っていく。
小腹が空いてクレープを食べながら、二人並んでアーケードを歩く。
不意に、和ちゃんの足が止まった。
咲「和ちゃん?どうしたの――」
快晴だった天気が少し曇ってきて、細々と雲の切れ目から差し込む一筋の光の下。
和ちゃんの視線を辿った先には、有名なロリィタ服のショップが店を構えていた。
咲「あ、」
和♂「えっ、あ、咲さん……何でもないんです、何でも」
愁いを含んだ微笑に、胸が少し高鳴る。
咲「私、和ちゃんが持ってるような服のお店って、初めて見たかも…」
和♂「そう、ですか?」
咲「ねぇ…せっかくだし、ちょっと見てかない?」
和♂「で、ですが…」
咲「今までのお店は大体中に入って見て来たのに、このお店だけ見て行かないのは逆に変だよ」
和♂「…そう、ですかね」
咲「そうそうっ。私も興味あるもん。さ、入ろっ」
もう一度手を引いて、ゆっくり脚を踏み出す。
すると和ちゃんは何の抵抗もなく、――どころか私よりも勇み足にショップに向かって行く。
店員「いらっしゃいませ~」
カランコロン、という鈴の音と共に、店員さんの声が聞こえて来た。
目の前に広がるフリルの嵐に卒倒する。
店員「どんなのお探しですか?」
咲「あの、こういったお洋服って、私たち初めてで。大きめのサイズとかも置いてたりしますか?」
店員さんは「大きめ…」と呟きながら和ちゃんに目を配り、ちょっと考え込む。
店員「どうでしょう…ロリィタってサイズ小さめに作られてるブランドもありますから。身長はおいくつですか?」
和♂「174cmです…」
店員「すごーい、おっきいねぇ。でも細身だから身長のわりに華奢に見えちゃいます。うーん、どういった服が着たいとかって、好みは決まってます?」
和♂「色は白の…そうですね、クラシック系とか」
店員「なら大丈夫だと思いますよ? あ、スリーサイズは測り直します?」
和♂「あ、いえ、結構です」
適当にこちらに話を振りながら、私たちを連れてショップ全体を巡回しつつ、服が並べられたエリアの紹介をしてくれる。
店員さんがいくつかのエリアから集めたロリィタ服が、空いていたラックに敷き詰められて、私たちの前に移動されてきた。
店員「これくらいかな~。もしかしたら小さいかもって商品も、一応出してみました~」
和♂「ありがとうございます」
店員「いいえ、全然大丈夫ですよ~。サイズ合わなくてもデザインが気に入った服あったら、取り寄せも出来るし。下見だけでも楽しいだろうから、店内色々見てみてください」
和♂「はい…ありがとうございます……」
店員「……いい彼女さんねっ♪」ボソッ
和♂「っ……ぁ、はぃ……」カァァ
ニコ、とフランクに軽く会釈をした店員さんは、私たちの傍を離れ、カウンターの方に戻って行った。
咲「じゃあ、ちょっと合わせてみようよ」
和♂「えっ、ですが…私じゃ、きっと似合いませんよ…」
咲「いいから、ね?ちょっと鏡で合わせるだけでも!」
和♂「……咲さんが、そこまで言うなら…」
嫌なものは、嫌。
態度がいつも徹頭徹尾、一貫しているはずの和ちゃんらしからぬ態度に、彼女の本音を見た気がする。
咲「じゃあ、まずどれからにするー?」
和♂「では…この白のレースのを…」
ディティールが満載の可愛い服の両肩を摘まんで、鏡の前で自分に合わせている和ちゃんの顔は、女の子の頃とまるで変わってなかった。
惚けた表情に、キラキラした目。嬉しそうに緩む口元。
咲(和ちゃん……。やっぱり、ロリィタ服がまだ大好きなんだ……)
言葉にならない態度は、より顕著に彼女の本音を表している。
咲「うんっ、すごく可愛い!」
和♂「はいっ、凄くいいです、これっ」
興奮気味に答える和ちゃんは、合わせていた服をラックに戻し、別の黒の服を手に取った。
鏡の前で合わせて、ラックに戻す。それを何度も繰り返して。
今度は気に入ったのであろう数着を持って、今度は試着室に向かっていく。
気に入った物が多すぎたようで、嬉しそうに頭を抱える和ちゃんの表情は、入店前とは打って変わって、終始笑顔だった。
和♂「結局、一着買ってしまいました」
咲「でも似合ってるんだし、欲しいんだからいいと思うよ? 出会いは一期一会だし」
和♂「そうですね…」
咲「和ちゃん頭いいから、きっと色々考えちゃうと思うけどさ……。好きな事をしてた方がきっと楽しいよ」
和♂「……はい…」
気付けば私達を照らす影の輪郭は、薄くオレンジを含んでいた。
私の足元から伸びる影の、その隣の影が、ぐっ、と伸びをする。
和♂「ん~っ…はぁ。私、もうくたくたです…」
咲「あ、ごめん。流石に歩き疲れちゃった?」
和♂「いえ、大丈夫ですよ。疲れはしましたけど、幸せ疲れですから」
咲「あははっ、なぁに、それ。幸せ太りみたい」
和♂「似たようなものですよ…幸せすぎて、疲れてしまったというか。咲さんとの時間が、とても楽しかったので」
咲「えへへ。やっと和ちゃんの本音が聞けたんだもん…張り切っちゃうよっ」
和ちゃんの服を見てあげたくて、今日は優希ちゃんや染谷先輩、そして男の子目線担当で京ちゃんの意見も聞く目論見だったんだけど。
でも、今回ばかりは二人きりで良かったのかもしれない。
二人で両手にいくつかの紙袋を下げながら、ゆっくり駅の帰り道を歩く。
和♂「やっぱり、お買い物って楽しいですね。これから増えていく男子との交流では、あまりないでしょうし」
咲「ねっ、確かに。男子だけで休日にショッピングしてる場面って、あんまり想像できないかも」
……改めて考えてみても、男子の生態ってよくわからない。
私の場合、お父さんと京ちゃんくらいしかサンプルが居ないせいかもしれないけど。
そういえば男子って、普段何やってるんだろ…
和♂「…公園で、鬼ごっこ、とか?」
咲「あっ、河川敷でエッチな本とかは?」
二人で顔を見合わせて笑う。
和♂「ふふっ…もう、咲さんったら。今時小学生だってそれはないですよ」
咲「あははっ…和ちゃんこそ、鬼ごっこって。小学生だよそれじゃあ~」
和ちゃんの安心したような笑顔。
夕日に照らされ、顔が真っ赤になる。
唇を尖らせそっぽを向く和ちゃんだって、きっと、私と同じく――
和♂「……私は、ちゃんと男子になることができるんでしょうか…?」
赤信号。
足を止め、夕暮れをぼうっと見上げる。
咲「……やっぱり不安、なの?」
和♂「え?…ん。不安というか、不満っていうか。ごめんなさい。自分でもよく分からないんです」
信号待ちで道行く人が止まり、私達の周囲にも足を止めた人たちがどんどん増えていく。
お揃いのリュックを背負う大学生の集団。スマホをいじる若い女性。じっと遠くを見つめるサラリーマン。
咲(周りから見た私たちは、どんな風に見られているんだろう。周囲に違和感なく混じることができているのだろうか……)
和♂「ねぇ、咲さん」
咲「ん?」
和♂「今までと違う生き方って、どうすればいいんでしょうね…」
咲「へ――。そ、それは……今までの生活とは、周囲からの見られ方が違うから……」
和♂「今まで普通にしていた事が、普通じゃなくなったり、ですか?」
咲「う、うん…」
和ちゃんは前を向いたまま立ちすくむ
和♂「でも……周りが私の見方をどう変えようと、これが私の普通なんです…」
咲「和ちゃん――」
青信号。
周りが一斉に歩き出す。
周りの人に合わせて和ちゃんも歩き始める。周りに置いていかれないように。
迷いなく真っ直ぐに、けれど迷子みたいな足取りでゆっくりと。
それに少し遅れて、私も速足で追いかける。
和♂「……やっぱり私、変なんですよ…」
咲「……え?」
和♂「この姿も、こんなメンズの服を着てるのも、髪だってこんなに短くて」
和♂「なのに、こういったロリータ服も好きなまま……」
振り返って立ち止まる。
たくさんの人が行き交うスクランブル交差点の真ん中。人の流れが、和ちゃんを置き去りにしてすっと分かれる。
少し周りと逸れて流れを乱せば、もうそこに流れはなくなって。そこにいるのはただの迷子。
もう一度その流れに加わろうとすればいいのか、それとも自分の目の前を真っ直ぐ歩いていけばいいのか。
和♂「ほんと。私はいったい―――」
咲「―――」
言葉を打ち消すように、電車のブゥォォォ―ンという音が鳴り響く。
消え入る雑踏のなか。
全ての神経が和ちゃんを認識するのに集中し、その他全ての音が遠退くーー
その答えは誰も知らない。稀代の哲学者すら、人生を掛けてもわからなかった難題。
迷子どころの話じゃない。
ひとりだった。
出口の見えない迷宮に迷い込んだ、一人の女の子。
咲(でも。ああ、そっか、違った。そうだったんだね――)
一つ、私は盛大な勘違いをしていたらしい。
……和ちゃんは別に、男子になったわけじゃないんだ
咲(何故だろう……)
ふっ、と笑みが零れた。
咲「和ちゃん。……別に、無理しなくてもいいんだよ?」
和♂「え……?」
咲「大丈夫。変なんかじゃないよ」
大きくなった和ちゃんの、その小さな背中の真後ろに立つ。
そっと和ちゃんの背中に手を回し、元の方向を向かせた。
咲「大丈夫、大丈夫……」
つぶやきながら空を仰ぐ。
咲「私ね、楽しみなんだ」
和♂「え――」
咲「今日買った服を和ちゃんが着てくれるの、私凄く楽しみなのっ」
和♂「――咲さん…」
僅かにクレープの甘味の混じる唾液を呑み込み、前を向く。
咲「今度和ちゃんの家で、二人でファッションショーしようよ。だってこの服は、私と和ちゃんの二人で選んだんだから…」
和♂「……」
咲「身体が男性になっただけで、……和ちゃんは、和ちゃんだよ」
咲(そして和ちゃんは何も変わってない、女の子なんだ……)
咲「……私ね、和ちゃん。別に、和ちゃんが女の子だから友達になったわけじゃないよ」
和ちゃんが男の子だったとしても、女の子だったとしても。
私達はきっと、いつだって、数ヵ月前のあの日と同じ出会い方をして。そして、こうして今みたいな関係なったんじゃないかな、って思う。
咲「和ちゃんだから、友達になったんだよ…?」
和♂「―――…」
自分で声に出してみて、うん、私の中にしっくり馴染む。
男女とか、関係ないんだよ。
……どうせなら私だけじゃなくて、この気持ちが世界中の人達に浸透してくれればいいのに。
咲「あの、えっと……だからね? だから……うん、」
コクリ、一回だけ、一人で納得したみたいに頷いてみる。
インターハイでの和ちゃんの言葉一つ一つが私の勇気になったように、
私の言葉にもそういった力が宿るように。
咲「私はね、心配しても不安がってもいいと思うんだ。だって、その……私だって色々悩みとかあるし」
咲「大事なのは、迷子になった時に手を引いてくれる人。…だから、和ちゃんだって、嫌になったら逃げてもいいし、逸れてもいいんだよ」
一歩、和ちゃんの隣に歩み出る。
小さく俯く顔。
その力なく垂れさがる手を、ぎゅ、と握り締めた。
咲「大丈夫。その時も必ず、和ちゃんのすぐ隣を私も一緒に歩いてるから」
咲「和ちゃんが迷子になっても、私が必ず手を引いてあげる。迷っているなら、背中を押してあげる」
咲「すぐ傍にちゃんと、私がついてる……」
和♂「はい……ありがとう、ございます、咲さん……」
握った大きな手が、力強く力を込めてくる。
潤む瞳は、夕日の照らされる顔の紅と相まってとても色っぽい。
和♂「やっぱり、咲さん。私っ……あなたのことが――ぅっ」
私の言葉にゆっくりと頷いてくれた和ちゃんの涙声は、途中乱暴なノイズが入ったように小さく途切れる。
俯いたまま震える背中を、後ろから抱きつくような体勢で支えながら、点滅する信号機に急かされて、ゆっくりと足を進めていく。
そしてようやく、アスファルトの上を真っ直ぐ伸びる梯子を模した、長い横断歩道を渡り切った。
気づけばまた、私たちは歩行者の波の中にいた。横断歩道を渡りきった人たちと、次の青信号を待つ人たち。
でも、よく見ればお互い、みんな全然違う人ばかり
和♂「ん――すみません。ぐすっ、ちょっと、元気出てきたかも、です」ニコッ
咲「…そっか、うん。いいよ」
一歩前に出て、結ばれた手を固く握り、振り返る。
すぐそこには、唇に手をやり、うっとり目を細めながら涙ぐむ天使の笑顔。
どうしたらいいのか判断できず、それでも遠慮がち且つ強固に結ばれた手は、迷える和ちゃんから私への信頼の証だ。
咲「さ、じゃあ帰ろっか」
ではまず手始めに、私が和ちゃんの手を引いて地元まで帰ろう。
ぐぃ、と和ちゃんの手を引き寄せて、真っ直ぐに歩き出すーー
和♂「あの、咲さん……」
咲「ん? なぁに、和ちゃん?」
私が、和ちゃんを導いてあげられるようにーー
和♂「駅はそっち方面ではありませんけど…」
咲「ええ!?」
咲(……幸先よくないせいで、先行きちょっと不安です)
和♂「…ぷっ、ふふっ、なんか…咲さんは咲さんで、ちょっと安心しました」
咲「んなっ! なにそれー!和ちゃんひどーいっ!!」
和♂「だって…今日の咲さん格好良くて。でもよく考えると、迂闊に咲さんを頼りに付いていくと、逆に迷子になりそうで。ちょっと…いえ、かなり怖いですし」
咲「ちょっと! かなり!? そんなぁ…」
和♂「適材適所……考えた人は天才だと思いませんか?」
咲「どういう意味かなぁ!?」
和ちゃんが笑顔でブラックジョークを吐きながら、ふらふらと機嫌良さげにスキップして、二、三歩先に行く。
和♂「……大丈夫ですよ、咲さん」
和♂「私の隣にいてください。それだけで、私は頑張れますから」
――振り向き際の天使。
残滓のように儚く、夕日のオレンジに色素の薄いピンク色の髪の毛が白く、きらきらと光って。
和♂(男としての生活を、未だ受け止められずにいた。でも、女として生きることにも抵抗があった)
和♂(私は、咲さんが好き。あなたの傍にいたい……特別になりたい……)
和(この気持ちのためなら、いっそ女くらい捨てられる)
そんな夕日の逆行越しの彼女に目を細めながら、ひとり呟いた。
咲「手を取り合える人と探せば……どんなに険しい深山幽谷の嶺の上にも、花は咲く。それを私に教えてくれたのは、紛れもなく和ちゃんなんだよ――?」
胸の前で左手の拳をきゅっと握って、それからゆっくりと開いた。
甘やかな痺れが胸を満たし、頬の内側が萎むみたいに僅かに酸味が滲む。
咲「って、待って~!! 置いてかないでよぉ――っ!?」
顔を上げ直して、和ちゃんの後をそっと追いかける。
目の前を歩く逞しいその背中越しに、少女の影を重ねながら。
咲「今まで通り、何も変わらないよ。…私はずっと、変わらず和ちゃんの傍にいるから」
願わくば―――和ちゃんにとってのその役目が、私でありますように。
テスト週間を終えた翌翌週。
優希ちゃんが、答案用紙と成績表がはみ出たクリアファイルを胸に抱えながら、屍の様にうなだれている。
……なんだか、テスト前もこんな光景を見たことがあるような気がしないでもない。
優希「うぅ……死にたいじょ……」
咲「ええっ!?」
不穏な呟きが聞こえてきたかと思うと、周囲の温度がサァッと低くなり心臓を掴まれたような感覚に陥る。
心細くなって周囲を見渡すと、部室の端に私と優希ちゃん以外の女子勢がこちらをキツイ眼差しで見つめてきた。
久「っ…! っ…!」コクコクッ
竹井先輩が、顎を使ってクイクイッと指示を与えてくる。
咲(えっ、なに? これは……私に事情を訊けってことなの!?)
あまりの無茶ぶりに、思わずめまいがした。
ーー
咲「あ、あの……優希ちゃんどうかした?」
優希「ああ、咲ちゃんか……。うん、実はな」
咲「う、うん……」
優希「実は私……この一週間で」
優希「ちょっとだけ、太ったんだじぇ……」
咲「へっ?」
咲(なんか、予想してた答えと違った。)
優希「太ったんだ、じぇ……」ガクッ
優希ちゃんはもう一度そう呟いて、再度成績表を見返してからまた机に突っ伏す。
咲(成績表って、点数と平均点、学年順位くらいしか書かれてなくない……?)
咲(なのにそれを見ながら太ったなんて。ま、まさか優希ちゃんの成績表……)
優希「今朝なー。なんか体重いなって思って、勇気出して……一か月振りに体重計ってみたら、なんと5キロも……」
咲「ご、5キ…ッ!? それっ、全然ちょっとじゃないよねぇ!?」
想像以上の増量っぷりに、思わず数値をそのまま復唱してしまった。
けど……
咲「でも、なんだ……。てっきり私……優希ちゃんの成績表だけ、体重が載ってたのかと思っちゃった……」アハハ…
優希「ぷっ、そんなわけないじぇ~」キャッキャッ
咲「だ、だよねぇ~……」
咲(よかった……咄嗟に思いついたギャグだけど、優希ちゃん笑ってくれた……)ホッ
優希「そんなことになってたら、窓から飛び降りてたじょ……」ズーン
咲「ご、ごめっ……ウソウソ! お願いそれだけはやめてッ!?」アワアワ
咲(人をいじるのって、案外難しいなぁ……)
咲「でも、どうしていきなり? テスト期間甘いものでも食べ過ぎた?」
優希「今回のテストは、京太郎が泊まり込みで付きっ切りで勉強を見てくれて。それで頑張ったご褒美に、夜中にいっぱい夜食作ってくれてたんだじぇ……そしたら」
咲「ああ……なるほどぉ~。食べてすぐ寝ちゃったんだ?」
優希「……まぁ。何日かは、食べた後寝る前にちょっとした運動をしたんだけど……」
咲「へぇ~、運動? ストレッチ的な?」
優希「うーん、まあ確かに腰と股関節にはかなりきたじぇ……」モジモジ
咲「……? えっ、股関節?」
咲「それから腰って……えっ」
優希「……っ」カァァ
咲「……っ!?」
咲「えっ…ええっ!? えええええ~~~っ!?」
咲「優希ちゃんウソッ! えっ? ええっ!?? まじ?? 本当っ!?」
優希「……」コクリ
咲「ひゃああああ~~~っ!! 優希ちゃんおめでと~~っ! えっ、どうだった? あ、聞いてもいいのかな? 気持ちよかったっ!?」
優希「……ま、まぁ。京太郎は……その、ずっと私のこと気遣ってくれて、優しかったじょ……」
咲「へぇ~! も~っいいなぁ~! 優希ちゃんすっごく幸せそうな顔してるっ!」
優希「そ、そうか~?」
咲「うんっ! だって、京ちゃんの名前呼ぶとき、すっごく顔緩んでるもんっ」
優希「えへへ……。あっ、それから、京太郎に教えてもらったおかげでテストの成績も良かったんだじぇ」
胸に抱えていたファイルから答案用紙を出してくる。
どの科目も70点以上の点数ばかりで、ちらほら80点台の点数も。相当の努力が窺える内容だった。
咲「やったね! もう、京ちゃんのおかげで優希ちゃん、幸せ尽くしだねっ!」グッ
優希「う、うん……」
咲「そうだ、今日京ちゃんはちょっと遅れるみたいだけど、ちゃんと部活来るって」ミミウチ
優希「あ……。そうなんだ」カァァ
咲「あ~、照れてる~」ウフフ
ポンッと肩を軽めに叩くと、優希ちゃんは恥ずかしそうに内股の間に手を挟み込んで、きゅっと肩を窄める。
優希「えっと、それと……体重のことは、京太郎には言わないで欲しいんだじぇ……」
咲「え~そんなの言わないよ~。だってそれ、きっと食生活の乱れと睡眠不足からだもん。ま、まぁ……今回の場合は、幸せ税じゃないかな~?」
優希「し、幸せ税……そ、そうかもな~っ!」
咲「うふふ、優希ちゃんおめでと! お幸せにっ」
優希「あ……、ありがとう」
咲「ひゃあ~~っ! 優希ちゃんが照れてる~~っ!可愛い~!」パシンッ
優希「い、痛っ……咲ちゃん肩叩かないで、痛いっ」
変化は、必ずしも悪いことばかりじゃない。
仲のいい友達の幸せな変化は、私にとっても幸せなことだった。
ーー
優希ちゃんは憂鬱げにつぶやいた。
優希「……太った」
まこ「……は?」
和♂「何ですか……、それ」
優希「京太郎のせいで、太ったんだじょ……」
久「紛らわしいわねぇ……、てっきり全科目赤点でも取ったのかと思ったじゃない……」
まこ「お前さんの場合、まったくありえないことではないからのぅ……」
優希「先輩たちからの評価が思った以上に低くて、正直泣きたい気分だじぇ」
ーー
お昼休み。
いつものように麻雀部のみんなで、いつもの座席順になってお弁当を広げている。
優希「おい、京太郎、タコス買ってこい!」
京太郎「ふざけんなよ、自分で行けや、このタコス娘!」
優希「私は今、タコス食べるのに忙しいんだじぇ」
京太郎「そうかそうか。なら、そのタコスを食い終わってから自分で行け!」
優希「横暴だぞ、京太郎!犬なら犬らしく、馬車馬の如く働けぇ!」
京太郎「犬なのに馬車馬の如くって、明らかに間違ってるだろ!」
毎度飽きもせず、京ちゃんと優希ちゃんの夫婦漫才が始まる。
いや、本人たちからしたら至って真面目……でもないのかな。京ちゃんも笑ってるし、優希ちゃんも京ちゃんの膝枕から動こうとしないし。
ひょっとすると、京ちゃんが本当に買いに行こうとしたら、今度は真逆の攻防戦の開幕か、もしくは優希ちゃんも一緒に付いて行っちゃうかもしれない。
ただじゃれて、相手を感じて。
京太郎「そもそも俺はお前の犬じゃねえよ。……彼氏、だろ?」
優希「っっお、おう……わ、わかってるなら、いいんだじぇ…」
咲「…………」
なんか、いいなぁ……
咲「……ねえ、和ちゃん」
和♂「はい、なんですか?」
咲「優希ちゃん、幸せそうだね」
和♂「ええ、そうですね。最近の優希は身嗜みにも気を遣うようになって、少し垢抜けてきたと言いますか……本当に毎日が楽しそうで」
咲「そうなんだぁ。好きな人ができると人が変わるって、やっぱり本当なんだねー」
和♂「はい。……好きな人と結ばれることは、とても幸せなことなのでしょうね。最近の優希を見ていると、そう思えます」
咲「うん……。私もいつか、彼氏とああいう風にするのかなぁ……」
和♂「……」
咲(彼氏……。私に、彼氏……)
いまいち想像がつかなくて、感慨深げに空を見上げる。
眩しく照らす太陽。
私の心を熱くする。焦がれる想い。――お姉ちゃん
……お姉ちゃんはいま、学校で何してるのかな。
白糸台高校も、この時間は昼休みで、たぶんお姉ちゃんも私みたいにお弁当を食べている頃だろうか。
咲「和ちゃんも……やっぱり彼氏欲しい? 優希ちゃん達みたいな関係に憧れちゃう?」
「彼氏」という言葉から「実姉」を連想してくる辺り、私はきっと頭がおかしい。
和♂「……そうですね。“恋人”は欲しいと思います」
咲「えへへ……そっかぁ。やっぱり憧れるよねぇ」
和♂「……はい…」
和♂「……」
和♂「咲さんは、好みのタイプはいますか……?」
咲「好みのタイプ?」
和♂「はい。恋人に憧れる、と言っていたので…誰か意中の方でも、と」
咲「うーん…」
「好み」と言われてぱっと出てくるものはない。
でも思い浮かぶもの。
辺り一面に広がる草木。
私たちを温かく照らす灼熱の星。
遥か向こうに君臨する山脈。
――私の原点。
咲「ん……好みとは、ちょっと違うかもしれないけど」
咲「お姉ちゃん。…みたいな人が、いいのかなぁ……」
和♂「―――やっぱり……お姉さん、なんですか」
咲「あはは…やっぱり私、なんか変だよね。訳わかんないよね、ごめんねっ」
和♂「いえ、そんな…。人を好きになるのに、正解なんてありませんから…」
和ちゃんが悲し気に微笑んで、髪を耳に掛ける。
咲「……うん、ありがと。優しいね、和ちゃんは」
和♂「……」
咲「……お姉ちゃんはね、私の道しるべなの」
和♂「?」
咲「昔はお姉ちゃんに手を引かれて、いつもくっ付いて行って、同じことをして…」
咲「そうやって私を構成する世界の一部はきっと、お姉ちゃんでできてるんだ」
咲「……熱い人が好き。私の耐熱性の肉体を焼き切って、私の中の情熱まで燃やしてくれそうな気がするから」
和♂「咲さん……」
咲「……はは、なんか恥ずかしいね、こういうのって」
咲「和ちゃんはどう? どういう人が好きとか」
和♂「私ですか。そうですね……」
和♂「……」
和♂「…こうして隣にいて、傍に居られるだけで幸せだと思える…ような」
咲「あぁー…、なるほど。なんかいいねぇ、なんていうの……何気ない幸せ? みたいな」
和♂「はい。なので私の好みのタイプは……咲さん、です」
咲「もうっ、和ちゃんってば~。あんまりそういう事言ってると、本気にしちゃうよ?」
和♂「……はい」
咲「もう~、冗談だって。でも、言いたいことは凄くよく分かるんだけど……なんだか抽象的過ぎて。あはは……どんな相手か全然分かんないや」
和♂「……ふふ、すみませんっ」
嬉しそうな謝罪。
木漏れ日に煌めく幸福感溢れる微笑。
私も、自然と笑みが零れる。
優しい眼差しが静かに私を見つめながら、そっと、するりと身体を寄せて来た。
和♂「――きです、……咲さん……」
咲「え……?」
隣から小さく漏らすような声が聞こえてきたかと思うと、和ちゃんの頭がそっと、私の肩にもたれ掛かってくる。
和♂「……咲さんの表現を借りるなら、私の世界の一部は咲さんで出来ています…」
和♂(咲さんの世界の、ほんの片隅にでも、私の居場所はあるんでしょうか……)
和♂「私はただ、咲さんが傍に居てくれればそれで幸せですから……。ですからどうか、このままでいさせてください」
咲「……も、もうっ! 和ちゃん、からかわないでってば…!」
和♂「うふふっ、別にからかってなんて。至って真面目ですよ?」
咲「真面目に言ってる人がそんなにやけてる訳ないでしょー!?」
和♂「あはははっ」
口元を手で押さえながらも、声を上げて笑う和ちゃんの姿は、とても新鮮だった。
少なくとも、私の傍で幸せ――かは判らないけど、楽しそうにしてくれる様子に、私の胸も自然と高鳴る。
夏のインターハイ。高一の夏。
お姉ちゃんが私の隣に戻ってきてくれる未来は、もう来ないのかもしれない。
結局、麻雀を通して伝えたかったことが、何か一つでも伝わったのかどうかすら判らないまま。
けれどそれに何となく納得して、現に受けとめられている自分がいる。
夏を越えるまでは、私の進むべき道を照らす道標だったお姉ちゃん。
じゃあ、今の私にとってのお姉ちゃんは、いったいどういう存在なのだろうか。
恋い焦がれる人。
お姉ちゃんに会いたい… 声が聞きたい…
―――でも。
何故だろう――いま、私は。
あんなに大事だったお姉ちゃんよりも……和ちゃんの隣に居たい。そう思ってる。
咲「……わ、わたしもね? 和ちゃんと、ずっと一緒に居たいなって……思ってるよ?」
和♂「――えっ。咲さん……?」
咲「ずっと、一緒に居られるよね……? だってわたし達、ずっと友達だもんね」
和♂「っ……」
私達の上で生い茂る木葉の影が、太陽の位置の変化で僅かに角度がずれる。
逸れた影が和ちゃんの顔に真っ直ぐ伸びて掛かり、少し暗くなる。
和♂「――はい…勿論ですよ。わたし達はずっと、友達ですから」ニコッ
和♂(そんな目で見ないでください……勘違いしてしまいそうになります)
満面の笑みで、和ちゃんが応えてくれた。
でも、その笑みが少し陰って見えたのは、きっと、ちょうど顔が日陰に隠れていたせい……
帰り道。
咲「ねぇねぇ、いつにする?」
和♂「…? はい、何がでしょうか?」
咲「だから、和ちゃんちで遊ぶって話でしょ?」
一緒に帰り道を歩いて早15分。
さっきから同じ話題なのに、注意散漫な和ちゃんが私の話を聞き返すのは、これでもう5度目。
咲「ねぇ、どうしたの?なんか調子悪い?」
和♂「い、いえ…そういうわけでは」
咲「……もしかして、迷惑だったかな…?」
和♂「え?」
咲「なんか、ごめんね…私ばかりはしゃいじゃって。和ちゃん、あんまりノリ気じゃないなら、別に無理しなくても…」
和♂「い、いえそんなっ、とんでもないです!凄く楽しみにしてるんです!」
咲「……だったら、どうしてさっきから……」
何コレ…… 何イライラしてんの 私……?
ダメ。落ち着いて、落ち着いて……
和♂「そ、それは…」
咲「大丈夫、私別に怒ってないから。だから教えて? 私の声も聞こえないくらい夢中になって、他に何を考えてるの?」
和♂「いや、明らかに怒ってますよね……」
咲「別に怒ってないもん」ムスー
隣で会話してても一切意識が私に向かないくらい夢中になられるのは、悔しい。
重苦しい空気の中、静かな無風の音だけが、辺りに響き渡る。
和♂「あの……すみません、気を遣わせてしまって」
咲「う、ううん、こっちこそごめんっ。そんなに気にしてたって程でもなかったのに、…ごめん」
音のなかった世界に、私の声と、和ちゃんの声が低く響く。
和♂「いいえ。でも、私の態度にも問題があったのは本当ですし、咲さんは悪くありませんよ」
咲「……うん」
こんなふうに傍にいてくれて、庇われて、構ってもらって。
少しでも周りが離れて行くと、我儘に駄々をこねて……私って、ダメだなぁ。
和♂「その、遊ぶ計画を立てるよりも、今は咲さんのことを見ていたかったんです…」
咲「……へ?」
――頭の中が、真っ白になった。
和♂「だって、咲さん……綺麗で、可愛くて」
咲「――」
顔がかぁっと熱くなるのを感じた。
咲「な、ななな何言ってるの!? もう、和ちゃんの馬鹿!」
和♂「す、すみません…」
恥ずかしそうに頬を掻く和ちゃんは、月夜に照らされて、なんだか凄く神秘的。
存在そのものが特別なのだと、世界が肯定しているみたいに。
咲(私って、ほんと現金……)
咲「……あのさ?それで、お洋服着せ合いっこするの、今週の土曜日でもいいかな?」
和♂「ええ、構いませんよ」
咲「もぅ~!さっきまで何度も聞き返してきたのに、なんで今度はそんなにあっさりなの~!? ちゃんと考えてる?」
和♂「か、考えてますけど…?」
咲「なにその顔~、なんかてきとーみたいで嫌!」
和♂「えっ、待ってください、咲さん…!そんな、てきとーな顔ってどんな顔ですか!てきとーに返事なんてしてませんよ!」
ごめんなさい、和ちゃん。
今は恥ずかしくて、和ちゃんに理不尽なこと言っちゃいます。
でも、本気じゃないから……じゃれて、構って貰えるのが嬉しくて。
二人で、ずっと仲良くしたい心の表れです。
ずっと、友達でいようね――
和♂「あ、流れ星ですよ!」
咲「えっ、どこ? どこ!?」
和♂「あそこです!す―って!」
咲「ええ~。もう、見えないよ~…和ちゃんのいじわる!」
和♂「何なんですか、さっきからっ!理不尽すぎます。咲さん、流石の私も怒りますよっ?」
それにしても、星空に溶けていった一筋の流れ星が
和ちゃんの元に現れたのは……
私には見えなかったのは、偶然なのだろうか――
ああ、二人とも可愛い……
多分周りははよくっつけと思ってるんだろうな
>>123 レスありがとうございます
また明日投稿します
こんばんは。
再開します。
※今回からエロが入っていきます。なので、苦手な方はお気をつけください。
*
週末。
和ちゃんのお父さんが休日だから家で遊ぶことはできないとのことで、急遽私の家で遊ぶことになった。
うちは、お父さんが夜まで仕事らしいので、目一杯遊べるし。
和ちゃんのお父さんが車で送ってくれるそうで、『服も持って行けます』というメールをくれたのが今朝のこと。
ピンポーン
咲「はーい」
ガチャ
咲「いらっしゃい、和ちゃん!」
和♂「はい、お邪魔します!」
汗を拭きながら爽やかに笑った。
咲「さ、入って?」
大きな黒いスーツケースを抱えながら、玄関に入ってくる。
咲「これ、抱えて来たの?」
和♂「はい……咲さんのお部屋の中まで持っていきますので、車輪を汚すのが申し訳なくって…」
咲「もぅ~、雑巾くらい貸すのにー。でも、優しいね……ありがとう、和ちゃん」
和♂「いえ、気にしないでください」
和ちゃんと会話をしていると、少し遅れて、中年の男性がドアから入ってきた。
恵「どうも、お初にお目に掛かります。和の父の、原村恵と申します」
恭しい挨拶。厳格な雰囲気。礼儀正しい作法。 言われるまでもなく、和ちゃんのお父さんだと分かった。
咲「こんにちは。宮永咲です」ペコリン
恵「はい、存じております。うちの和がたまに話題に」
和♂「あの、お父さん、あんまり身内の恥は…」
顔を紅くした和ちゃんが、お父さんの袖を掴む。
普段見えない、子どもらしい和ちゃんの様子に、思わず頬が緩んだ。
咲「なんで? 私は嬉しいよ?」
和♂「もう…では私、スーツケースを運んじゃいますねっ!」プイッ
恥ずかしそうにそっぽを向いた和ちゃんは、力こぶを作りながら荷物を持ち上げて中に入っていった。
恵「うちの娘と仲良くして頂いて、ありがとうございます…」
咲「いえいえそんな。私たち友達ですし…まぁ、高校に入ってからですけどね」
恵「良き友に恵まれて、和も幸せです。こちら、つまらないものですが…」
懐から、何やら上質そうな包装紙の箱を取り出し、手渡された。
咲「ええっ!? そんな、受け取れませんよ!」
恵「いえ、地方に出張した際に持ち帰ったお菓子ですから。どうぞご家族で召し上がってください」
咲「そ、そうですか…? でも、私、和ちゃんが大好きだから一緒にいるんです。ですから…今後はこういった事はなしにしましょう?」
恵「はい…ありがとうございます。今後とも、和を宜しくお願いします」
咲「いえいえこちらこそ、いつも和ちゃんに迷惑おかけしまして」
お互いに――私は相手に釣られてだけど、深々と頭を下げあって。
和ちゃんのお父さんは、振り向き際にもう一度頭を下げてから、玄関から出ていった。
二階に上がって、自室に戻る。
すると、座るでもなく、かといって何かしている訳でもなく。和ちゃんは手持無沙汰にドアのすぐ近くに立っていた。
咲「どうしたの、和ちゃん?」
和♂「いえ、その、どこに座っていいものかと…」
咲「えっ、そんなに散らかってる!?」
和♂「そうではなくて、……ここが咲さんの部屋なんだと思ったら、感慨深くて…」
咲「もう~、和ちゃん訳わかんないよ~」
思わず笑ってしまった私に、「ですよね…」と和ちゃんも小さく笑っていた。
咲「飲み物持ってこ……あ、いっか。服着るのに、濡れたら嫌だもんね」
私の言葉に頷いた和ちゃんは、丁寧にスーツケースを開いた。
中にはロリィタファッションの服が、丁寧に畳まれた状態で数着入っている。
和♂「すみません、うちならもっと沢山あるのですが。あいにく父が休日だったようで」
咲「ううん、全然! あーでも私、こういう服って、染谷先輩の喫茶店で着たメイド服以来だな~」
和♂「あぁ……そういえば、そんなこともありましたね」フフッ
咲「ねっ。あ、この真っ白の可愛い~!」パァァ
純白の、フリルのディテールが印象的な、ドレスみたいな服が目に留まった。
和♂「はい、可愛いですよね。それ、私のお気に入りだったんです」ニコッ
咲「着てみたいなぁ~、いいかな?」
和♂「ええ、勿論です。お手伝いしましょうか?」
咲「うん、じゃあお願い」
わざわざ向かい合って着替えることもないので、和ちゃんから胸を隠すように反対側を向いて着替え始めた。
とりあえず、着ていたトレーナーを脱ぐ。
そろそろ十月下旬に差し掛かっているせいか、外気にさらされて肌がひんやりとした。
和♂「……ごくっ」
続いてスカートのファスナーを下ろすと、僅かに息を呑む音がした。
真後ろに視線を移すと、和ちゃんがお腹の辺りに手を添えながら、真っ赤になって俯いている。
咲(……緊張してるのかな?)
咲「もう、なに俯いてるの~?手伝ってくれるんじゃなかったの?」
和♂「えっ…あ、はい。そう、でしたね…」モジモジ
落ち着かない様子で、ゆっくりと近寄ってくる。
和♂「…手伝うとは言っても、最後に背中のファスナーを上げるくらいですけどね」
和ちゃんは、苦笑した。
咲(そういえば、着替えに手伝いが必要なのって、ウェデングドレスや着物くらいじゃない?)
下着姿の上からドレスを模した純白の服を脚から通し、袖に腕を通す。
ファスナーが髪を巻き込まないように、うなじを見せるみたいに襟足を纏めて持ち上げると、また息を呑む音がした。
ジィィィィ―。
背中が開いた感触が、ファスナーを上げる音と共に消えていく。
咲「――ん、ありがと」ニコニコ
和♂「いえ」
短く言葉を交えてから、今度は和ちゃんの着替えだ。
咲「手伝おっか?」
和♂「――っ…では、お願い、できますか?」
咲「うん!」
和ちゃんも同じように、私に背を向けて服を脱ぎ始める。
Vネックカーディガンを脱いで、ズボンを下ろしてから、ゴスロリの服に足先を入れる。
すっと持ち上げてから、慣れたように袖に腕を通した。
その状態で、私に呼び掛けて来て。
和♂「咲さん、ファスナーをお願いします」
咲「うん」
髪を巻き込まないように僅かに頭を前に倒していて、普段は学ランのカラーで見えなかったうなじが見える。
きゅっと唇を結んで俯く顔は、凄くキュートだった。
咲「あ、そうだ!お化粧もしてみない?」
和♂「えっ、そんなもの持ってるんですか?」
咲「もうっ、私だって女子だもん。それくらい持ってるよ!」
和♂「あ、いや、別に馬鹿にしたわけでは…」
咲「馬鹿にしたとまでは言ってないでしょ! もう怒った、私だってお化粧くらい出来るんだから。和ちゃんにやってあげる」
和♂「えっ…」
普段は使わないタンスの上から二番目の引き出し。
そこから、高校入学時に若気の至りで買って、数えるほどしか使ってない化粧品を出してみる。
とは言っても、マスカラとかファンデとか、唇にグロスを塗るくらいだけど……
咲「はい。和ちゃん、座って」
勉強机の椅子をポンポンと叩くと、不安気に首を傾げてくる。
和♂「はい…あ、あの、本当に大丈夫なんですか?」
咲「どういう意味かな…」
今度ばかりは、流石にちょっとドスがきいていたのかもしれない。
和ちゃんはしゅんとなって、「何でもないです…」と呟いてから、静かに私の前に置かれた椅子に着席した。
座った和ちゃんと顔を合わせるため、正面に移動してから中腰になる。
肌質なんかを確認しようと、顔を近づける。 すると、なんだか所在なさげに飛び交う和ちゃんの視線。
咲「和ちゃん?」
和♂「……っ、あ、はい…」
呼び掛けると、ようやく視線がかみ合った。
唇は少しだけ開いていて。瞳は少しだけ濡れている。
和ちゃんは緊張した面持ちでこくりと頷いて、ピンクのショートヘアがさらりと揺れた。
咲「じゃあまず日焼け止め落としちゃうね、目瞑っててー」
コットンに化粧水を湿らせて、和ちゃんの肌の上に軽く跳ねるように押し当てていく。
咲「この化粧水おすすめなんだー」
和♂「…いい匂いですね…」
咲「でしょー?」
「咲さんの匂い…」恥ずかしい言葉と共に、和ちゃんは目を閉じた。
和ちゃんの表情が、段々と解けて、柔らかくなってくる。
咲「目開けていいよー。うーん、和ちゃん肌綺麗だからファンデ要らないかなぁ…」
静かに目を開けた和ちゃんと、目が合った。
咲「…?」
和♂「ありがとうございます…咲さん」ニコッ
咲「んーん、私がしたくてしてるんだもん。絶対すっぴんより可愛くしてみせるからっ」グッ
私の当り前過ぎる宣言に、表情だけ笑った和ちゃん。
和♂「はい…お願いしますね」
咲「うんっ、あ、マスカラ軽めにしとくね。ちょっと目を伏せてね~」
私の言葉に合わせて、また、静かに目が伏せられる。
咲「わっ、和ちゃん、やっぱりまつ毛長っ。すご~い!」
感想をちょこちょこ口に出しながら作業していると、ちょっとだけ、目尻に涙が浮かんだような気がした。
咲「…? 和ちゃん、ごめんね、目に入っちゃった?」アセアセ
私の言葉に、和ちゃんは唇を三日月に変えて返事をしてくる。
咲「そっか、良かった!もうちょっと待ってね?」
物静かな和ちゃんは、まるで本当のお人形みたいで、化粧をするたびにどんどん可愛くなっていく。
咲「――最後に、透明グロスを重ねて。完成~♪ どう? どうかなっ?」
今回はわりと自信作。
いや、素材のおかげと言われるとそこまでなんだけど、それでも結構いい感じじゃないかな?
手鏡を手渡すと、ほぅ、と和ちゃんの息を吐く音が聞こえてきた。
和♂「……なんだか、目が大きく見えます…」ポー
咲「うんっ、アイラインは入れてないんだけど、和ちゃん元々目はおっきいから」
鏡の中の自分を見つめながら、「ありがとう…」と和ちゃんは小さく呟いた。
咲(和ちゃん、可愛いなぁ……)ウフフ
咲(これだけで十分私なんかより可愛いんだけど、もっと可愛くなる方法とか…)
咲「あ、そうだ。和ちゃん、好きな人とかっている?」
和♂「――えっ、す…好きな人…ですか?」
咲「うん。好きな人のことを考えて浮かべる笑顔は、何より素敵な顔なんだって!」
あっけにとられた顔の和ちゃん。
次第に、小さく俯いて…
和♂「――はい。いま…す、けど…」
咲「えっ、いるのぉー!?」
驚愕の事実に、テンションがうなぎ登りな私。
咲「じゃあさじゃあさっ、その人のこと考えながら笑ってみてよ。大丈夫、和ちゃん絶対可愛いもん!」
和♂「そ、そうでしょうか…」
咲「うんっ。ほら、私の顔を、好きな人だと思って。ねっ」
俯いた顔を上げて、和ちゃんが私の顔を見た。
和♂「っ…」
一度、思案顔で小さく俯く。
その、どこか儚げな表情に、胸の奥のどこかがドキリと痛んだ。
和ちゃんは、意を決したように口元を結んでから、私に向かって微笑み掛けてくる。
和♂「……っ」ニコッ
そうして、歪むように表情に映し出された笑顔は、いつもの笑顔で――
咲「もう…和ちゃん、それじゃいつもと変わんないよ~」
和♂「っ~~」
和ちゃんの口が、息が詰まるように唇を引き結ぶ。
その途端、何かが決壊したように、目尻からは涙が溢れて、こぼれた。
咲「えっ、あ……。どうしたの、和ちゃん?」
和♂「うっ、うっ、ごめんなさい、咲さん……友達って言ってくれたのに、笑顔を変えられなくて、ごめんなさい…っ」
咲「ううんっ、そんな! 全然いいよ! 大丈夫だから、ね? 落ち着いて…」
小刻みに震える背中にそっと手を添えると、改めて身体がかっちりしていることに気付かされる。
でも、口元を押さえる左手。 そして俯いた顔をさらに庇うように、右手の甲で涙を拭う仕草は、なんとなく女の子だなって思う。
咲「でも、和ちゃんに好かれる人ってどんな人なんだろう。きっと、凄く素敵な人なんだろうなぁ」
和♂「……ええ。世界で一番、素敵なひとです…」
きっと、素敵な人のはずだ。
だれの目から見ても、和ちゃんに相応しい、素晴らしい男の人。
あんなに男っ気の無かったはずの和ちゃんまで、迷いなく保証してしまうような。
咲「その人は幸せ者だねぇ。そんなに和ちゃんに想って貰えるんだもん」クスッ
和♂「そうでしょうか…私にとっては、咲さんに想って貰える人の方が、よほど幸せ者だと思いますよ」
涙に濡れた瞳が、真っ直ぐ、控えめに私を見つめてくる。
咲「えへへ…そうかな?」
和♂「はい…。少なくとも私は、その人が羨ましいです…嫉妬してしまいます、とても」
咲「ありがとっ」ニコッ
和♂「いえ…」
私は、照れを誤魔化すように満面の笑みを浮かべる。
和ちゃんは、涙ながらにはにかんだ。
咲「和ちゃんは…その人に、告白~とか、考えたことないの?」
和♂「――…ええ、はい、そうですね。ありえませんよ」
咲「どうして?」
何気ない質問。
人生初と言ってもいい本格派恋バナに、私は随分と浮かれているみたい。
和ちゃんが再度、今度は視線を横にずらして、私から視線を逸らした。
和♂「だって…それは、そんな。…想いを伝えても、きっと困らせてしまいますし」
和♂「それに、上手くなんていくはず、ありませんから…」
引きつった顔に浮かぶ、穏やかな目元。
あの瞳の奥は今、告白したときのことを綿密にシミュレーションしているのだろうか。
そしてその時の眼差しが、これなんだ。
咲(――ああ、なんて……優しい視線)ズキッ
咲「…和ちゃんは、本当にその人のことが好きなんだね…。相手のことばかり心配してる」
和♂「そうですね……大切なひとですから……。これ以上迷惑は掛けたくありません」
和ちゃんの気持ち、なんとなく判る気がする。
自分の行動で相手が不幸になるくらいなら、身を引きたいってことなんだろう。
自分の考え得る選択肢の中で、自分にできる最大限の幸福を相手にあげたいって気持ち。
咲(お姉ちゃんに相手にもされなかった夏、その瞬間、自分でも驚くほど簡単に引き下がっていた)
相手を困らせるかも知れないこと、私もきっとできない。
咲「…そっか」
咲「……でも。それでもね? 私は、和ちゃんなら大丈夫だと思うんだ」
沈黙。
咲「だって和ちゃん、真面目で真っ直ぐで、格好よくて、頭も良くて。麻雀だって上手で……」
咲「あと、あ、でもね。一番の魅力はね……。私は、いつも周りをよく見てくれてる所、だと思うんだよね」アハハ
和♂「周りを……?」
咲「うん。…だって、私が辛くてピンチの時、いつだって和ちゃんは全力で走って来てくれて、勇気をくれたじゃない?」
和♂「そ、それは…」
胸に灯る温かい気持ち。
その奥に感じた、じわりと滲む痛みを無視して、再度……ダメ押し。
咲「私は、和ちゃんの好きなその人がどんな人か知らないよ……」
咲「でも、大丈夫だよ。和ちゃんの好きな人も、きっと和ちゃんのこと好きになってくれるよ」
咲「だって、こんなに素敵な人っ……ほかに、いないもん……」グスッ
和♂「咲、さん……?」
目の前の彼女が驚いたように、少しだけ目を見開く。
咲(やだ… 私、なに泣いて……)ゴシゴシッ
一緒に居ると心が落ち着くし、何をしていても楽しく感じる。
咲(あ……そっか。私、和ちゃんのことが大好きだったんだ)
咲(傍にいて欲しい時に居てくれて……、いつも私を励ましてくれる)
咲(私の好み、そのまんまなんだ……)
咲「私にとって……和ちゃんは、王子様みたいな人なの」
咲「ほんとに、和ちゃんが本当にお―――」
咲(――男の人だったら、和ちゃんみたいな人を好きになってたのかな……)
咲(……そう言おうとして、直前で止めた)
咲(――だって、和ちゃんは、女の子なんだから……)
咲「……わ、私が男の人だったら、絶対に和ちゃんに恋してるはずだから…」
和♂「っ……」
和ちゃんが俯く。
咲「だから、きっと大丈夫だよ……。私、応援、してる……もん」ギュッ
和ちゃんの恋を応援している。
これはとても嬉しい気持ちのはずなのに、喉が渇いて、息が苦しい。
自分の部屋なのに、とても居心地が悪い。
咲(胸が痛い……。ここに居たくない……)ズキズキ
唐突に沸き起こる鬱な気分を払拭すべく、無理やり笑顔を作り、意識して明るい声を出す。
咲「なっ、なーんて……こんな事、私に言われても――っ」
………ドサッ
突如、力強く肩を掴まれたか思うと、一瞬にして世界が反転した。
――え?
和♂「……それでも、男になったのは私なんですよ……咲さん」
和♂「私じゃ、ダメですか? 男になった私は…そんなにダメですか……?」
両手首を抑えられ、背中には床に敷かれた温かい電気カーペット。
そして目の前には……
咲「え…の、和ちゃん…?」
彼女を褒めた言葉は期待した効果を発揮してくれず、むしろ逆に傷ついた表情をさせてしまっている。
和♂「――それと、ごめんなさい……誰にでもじゃないんです」
咲「え…?」
和♂「他の誰が困ってようと……そんなのどうでもいいんです……」
和♂「……咲さんだから、ほっとけないんです」ジィッ
咲「あ……っ」ジュンッ
和ちゃんの真っ直ぐな言葉に、胸がキュッと締め付けられる。
下腹部が熱くて、ウズウズしてくる。
腕に掛かる力強さに、顔が熱くて、気持ちがぜんぜん落ち着かない。
和♂「……っ。ほんと……咲さんが言ってくれた長所もこれじゃあ、咲さんに好かれるはずないですよね…」ポロポロ
和ちゃんの顔は丁度逆光で、あまりよく見えないけれど。
倒れ込んでくる顔の距離が、そのまま徐々に縮まっていって…
咲「え、えっ、の、まっ――」
ついに、静かに重ねられた唇の、濡れた柔らかい感触が、私の言葉を根元から遮った。
和♂「んっ…」
咲「ん――…」
いつの間にか左頬に添えられた指先の感触。至近距離から、初めて見る和ちゃんの表情。
ふと、唇が離れる。
唇に押し当てるだけの音もないキスが、最後まで音もなく
ただ、数滴の雫だけを私の頬に溢して、終わった。
頬を撫でる和ちゃんの指先が、私の顔を撫でながらゆっくり下りてきた。
私の唇の表面を、薄く擦る。
拭い去るようにも、刷り込んでるようにも思える…それくらいの力加減。
和♂「私、ずっと咲さんのことが好きだったんです」ポツリ
咲「え……」
遠い目。まるで罪を告白するような雰囲気。
和♂「そんなに、意外ですかね…」
和♂「今だって、咲さんに欲情して、私……」
和ちゃんの手に導かれ、私の手が彼女のズボンの股間部を軽く撫でる。
すると――ズボン越しにムクムクと隆起して、その存在を、形を浮かび上がらせて主張する和ちゃんの、お、おち、おちちっ……んっ///
咲「……っ」ドキドキ
咲「だ、ダメだよ……和ちゃん女の子なんだから、そんな」ドキドキ
和♂「私は、女性だった頃から、あなたのことが好きでした」
和♂「そして今の私は――、僕は、男ですっ」
咲「そんなわけ……」
咲(――ないじゃん……。何故か最後まで、言葉を紬ぐことができなかった)
自分で目の前の彼女の言葉を否定しながら、心がずきずきと抉られていく。
咲(でも、和ちゃんが私を好きになんて、そんなわけない。だって私は……)
咲「私……でも、私、和ちゃんが知ってるだけが私じゃないよ?」
咲「今までだって、頑張って迷惑かけないように、格好いいとこ見せようって……」
咲「和ちゃんは、私のことを好きって言ってくれてるけど。私には、そんな和ちゃんにも言ってないこと……あるの」
咲「だから、本当の私を知ったら……きっと幻滅される自信ある……」
和♂「……」
私の言葉に、和ちゃんは押し黙ってしまう。
和♂「……だったら、言ってみてください」
咲「え」
和♂「大丈夫ですよ……。たとえ、どんなに咲さんが最低で無能の根性無しでも、私が咲さんを肯定しますから」ニコッ
咲「和ちゃん……」
咲(でも、嬉しいけど、さすがにそこまでじゃないよ……)フフッ
そんな言葉に解かされ、私はポツリと自分の弱さ、コンプレックスを紐解く。
咲「その、私ね……」モジモジ
和♂「あ、ちょっと待ってください」
咲「え? あ、うん…」
和♂「すー……はー……、すー……はー……」
和ちゃんは私に跨がったまま、ゆっくり深呼吸をしてから、再度私に向き合う。
和♂「……はい。聞かせてください、私の知らない、本当の咲さんのことを」
咲「うん……」ドキドキ
今度は私が深呼吸をして、泣きそうな気持ちを落ち着かせる。
咲「その……前から、自分に対して色々思うところがあって……」
咲「それで、そんなわけないのに……それでも最近ちょっと思うの……」
咲「私ってもしかして、ポンコツなのかな……って」
和♂「え? あ、はい……」
和♂「…………えっ?」
咲「実は私、和ちゃんは知らないだろうけど、その……」
咲「と、とっても、厄介な迷子癖があるの…っ!」
和♂「…………」
和♂「……?」キョトン
和♂「……はぁ……そうですか」
案の定、和ちゃんは黙ってしまう。
咲「そうなの……昔から、歩いてるといつも全然知らない所にいて。今でもそれが、全然直らなくて……」
咲「どう? 私のこと、嫌いになっちゃった?」
和♂「いえ、別に……」
咲「えっ、あれ……そう? あ、じゃあえっと、他には……」
咲「私、けっこう抜けてるところがあって……」
咲「おトイレ行きたいのに……たまに忘れて、危ない時があるの」
咲「県大会決勝では、そのせいで……もう聞いてよっ、本当に漏れそうで大変だったんだからっ!」
和♂「ああ、あの時ですか……」
咲「彼女がデート中にお漏らしなんて嫌でしょ? ヘ、ヘンタイみたいじゃん……」
和♂「そんな、むしろ……。ぁ、いえ、何でもありません」
咲「それに私、独占欲っていうのかな…? 我儘なの……」
和♂「我儘。……そうですか?」
咲「この間の……和ちゃんと遊ぶ約束してるのに、私に全然構ってくれなかった時ね…?」
咲「あの時私……『怒ってない』って言い張ってたけど、本当は怒ってて」
咲「私のこと見てくれなくて……ヤキモチ、妬いてたの…」
和♂「っ……ふ、ふーん…?」
咲「束縛強そうっていうか、なんかアレじゃない…? 面倒臭くない?」
和♂「そうですか?」
咲「そうだよ! もうっ、なんなの!? ちゃんと私の話聞いてるのっ!?」
和♂「いや、だから聞いてますって」オロオロ
咲「それに私……凄く寂しがり屋で、けっこう一つのことに執着しちゃうところがあるっていうか」
咲「最近振り返ってみて、なんか私ってちょっと重いかなー……なんて」
和♂「は、はあ……」
咲「……ね?」
和♂「え?」
咲「だから……それで、どう思うかって訊いてるんだけど…」
和♂「……まあ、概ねその通りなんじゃないですか?」
咲「全肯定されちゃった……っ!?」
咲(『どんなにダメな咲さんでも肯定します』って言ってくれた「肯定」って、まさかその肯定だったの!?)ガーン
咲(なによそれ……、本当に和ちゃん、私のこと好きなの?)
咲(ちょっとくらい、否定してくれたっていいじゃない……)プクー
和♂「……なに怒ってるんですか…」
咲「……別に、怒ってないもん」ムスー
和♂「も、もう……」ハァ
和♂「というか、なにを今更……」
和♂「咲さんに迷子癖があるのは、前から知ってます。この私が、何回あなたを探しに会場内を走り回ったと?」
咲「うぅ…っ、す、すみません……」ショボン
和♂「それから、トイレが近いことも知っています。あの時咲さんをお手洗いへ連れて行ったのは、私ですので」
咲「あ、うん……」ズーン
和♂「執念深いことも知ってます。一つのことに賢明に、一生懸命に努力を続ける熱い姿を、とても好ましく思っていました」
咲「あ、えっと、ありがと……?」テレテレ
和♂「我儘なところがあるのも、わかっています……。それだけ一つのことを大切に思えるあなたを、尊敬していますから」
和♂「そして、そんな手の掛かるあなただからこそ、私は咲さんが好きなんです……」
咲「あ……」キュン
和ちゃんの一言に一喜一憂してる。
苛ついたり、ショボくれたり、喜んだり。感情がぐるぐる回って忙しくて、それがとても幸せ。
和♂「さあ……言い返してみてください」
和♂「たとえ咲さんであろうとも、私の気持ちを否定することは許しません。全て返り討ちにしてみせます」
和♂「私はあなたが好きです、あなたと共に戦うと誓ったあの瞬間から、私は…」
和♂「咲さんのことが、好きなんです」
咲「うぅ…///」
何度聞かされても、心の奥の無防備にされた場所に、その言葉は痛みと喜びをもって突き刺さる。
そっと、もう一度肩に触れられ、頭上に影が落ちた瞬間、もう手遅れなんだという予感に身がすくんだ。
和♂「……咲さん――」
和♂「好きなんです、本当に――」
ジュワッ
咲「あぁ……っ」ビクンッ
身体の奥の方から、熱いものが下りてくる。
和♂「んっ……は……」チュウ
咲「っ……あ……んっ」ビクッ
なんの技巧もなく、舌を絡めるでもないキスに、カラダが火照って声が漏れる。
先ほどのただ押し付けるだけのキスよりも、強く。
夢中で求めてくる唇は、ほとんどぶつけるような勢いで、何度も何度も重ねられた。 そうすることで、私のこだわる頑なさを打ち壊したいのだというように。
咲(ダメ、ダメ……これ、好きぃ…)グイッ
弱々しい手つきで、硬い胸板を押し返す。柔らかくて温かな素肌が布越しに、手の平を求めるように受け入れた。
和ちゃんの胸は平らで、堅かった。その硬さに体が火照る。当たり前ではあるんだけど、それでもやっぱりーー
それに気づいた和ちゃんが顔を放したと思った瞬間、体重をかけて押し倒された。
髪が、床の上にざっと広がる。
咲「っ……待って、和ちゃん……」
和♂「嫌です。待ちません」
和♂「好きです、咲さん……」
和♂「あなたのことが……誰よりも好きなんです」
咲「っ……!」
和♂「んっ……」
苦し気に囁いた唇が、今度は喉元に落とされる。
首筋の薄い皮膚を舐めとられた。
咲「ぁあっ……」ピクッ
鎖骨に歯が当たって、肩がびくんと震えた。
いつの間にか背中に回された左手に、背中のファスナーを開かれながらも、快感に邪魔され抵抗できない。
咲(和ちゃん…っ、和ちゃん……っ)
桜のように可憐な美貌の内に、こんなにも激しい熱情が秘められていたのかと、圧倒されて怖くなる。
咲「お願い、和ちゃん……お願いだから」グイッ
のしかかる彼女を撥ねのけようともがいても、なんの抵抗にもならなかった。
細くて華奢に見えた体は予想外に重く、籠ったような熱を帯びて、生身の男であることをいやでも意識させられてしまう。
和♂「……逃げないで、お願いですから」スッ
私の両手首を片手でまとめられ、いとも簡単に頭上で縫いとめられてしまった。
和♂「どうしても……諦められません」
和♂「こんなふうに思ったのは、後にも先にも、あなただけなんです……」
狂おしい瞳に射抜かれて、胸の奥がずくんと疼いた。
一人からこれほどまでに、全身全霊に恋われたことなんて、ない。
和♂「女性同士だから、なんて理由でフラれたくありません。気持ちを否定されたくありません」
和♂「私をよく見てください。聞いてください。……何度でも言います」
和♂「あなたが好きです」
和♂「そして私は……男ですよ、咲さん」
本心では、和ちゃんに想うまま抱いてほしい。とは思う。
ただ一人の女として、彼女の思いに応えたい――でもそれは、女であった和ちゃんを否定してしまうことにはならない?
咲(でも、体が火照って……。女子だった時から好きって言ってくれたし……)
咲(私も和ちゃんのことが大好きで……)
咲(それで、和ちゃんは、和ちゃんなんだから……)
咲「…………」
そして私は、なし崩しの泥沼に沈み込んでいく。
心を決め、目の前で必死な表情の和ちゃんの首に、ゆっくり腕を回した。
和♂「……っ! 咲さん……」
咲「あ……んぅ……ふっ……」
和♂「……は……あむ…」
和ちゃんはまたも唇に吸い付き、そうしながら、片手だけでロリータ服を脱がせていく。
唇を味わいながら、合間合間に見える上気した目元と、切迫した眼差しに、鳩尾が細い糸で締め付けられるような心地になる。
バサッ
咲「あ……」
そしてついに、ロリータ服が脱がされ、上半身が肌けた。
手馴れた手つきでブラジャーを外されると、まろやかな輪郭を描く乳房が飛び出した。
和ちゃんは短く息を呑み、その光景に釘づけになる。
咲(見られてる――……)ドキドキ
まじまじとした凝視に耐え切れず、思わず顔を背けると同時に、彼女は胸に両手で触れてきた。
丸みを確かめるように輪郭をなぞり、力を込めてくる。
まるで強く握りすぎたら、あっけなく潰れてしまうとでも思っているかのように。
―Side 和―
咲さんの胸元に手の平を押し当てると、ビクンと体をくすませた。
咲「……~っ」ジュワッ
和♂(……あんがい硬いんですね……もっと柔らかいと思っていました…)
直に触れる最愛の人の乳房。その感触は、硬いゴムマリみたいだった。内部に硬い芯があり、その奥で心臓の鼓動がドクドクしてる。
熟す前の青さを残した若い乳房と、目を背けて恥ずかしそうにする表情がたまらない。
普段の表情が比較的あどけないというか、ピュアなイメージの強い咲さんの恥じらっている表情はとても艶っぽかった。
咲「さ、触るじゃなくて、揉んでもいいんだよ?」
和♂(咲さんのおっぱい、咲さんのおっぱい、咲さんのおっぱい、咲さんのおっぱい、咲さんのおっぱい、咲さんのおっぱい、咲さんのおっぱい、咲さんのおっぱい―――)
思わず思考停止して荒ぶっている私に、心細そうに咲さんの湿った声が誘う。
咲「あ、でも、揉むほどなんて、私……」シュン
和♂「咲さんは素敵です! 誰よりも綺麗で……自信を持ってください」
和♂「もっと、もっと。そんな後ろ向きにならないで……」
力を入れて揉んでみる。ぷりぷりっとした手ごたえは、他の何とも違う感触。
一番近いのは……、硬く作ったババロア?
和♂(硬めに作ったババロアって何ですか、他に例えないんですか……。と、自分にツッコミを入れる)
咲「くっ……つっ……い、痛っ」
和♂「あ、す、すみません…っ」
咲「いいの、気持ち、いい、っから……揉んで……和ちゃん……」
見慣れた咲さんの顔が、苦痛と快感に歪む。
そういえば、「若い乳房は少しの刺激でも凄く痛む」と話しを聞いたことがある。
痛くさせてしまうのではないかと思うと、触る手に力が入らない。
ふと、甘い体臭がふわっと立ち上った。脇の下の酸っぱい匂いと、さわやかな汗の香り。
乳首は興奮して赤く尖り、乳輪も色を増して濃いピンクになっている。
和♂「咲さん、素敵です。可愛いくて、エッチで」
咲「最後のは、余計だってばぁ……んんっ」
片手で乳房を揉みながら、そっと唇を重ねた。舌先で歯をねぶると、かみ合わせが緩む。
そっと舌先を差し入れ、咲さんの舌を絡めとる。
体がビクンと震えた。
咲「んっ、んっ……はぅっ……ちゅぱ……ん、んちゅ、ちゅっ」
胸乳が、お湯を入れた風船のようにたぷんたぷんと弾みながら、ぷりぷりとした手応えを返してくる。
手のひら全体を使って揉むと、乳首のポチッと硬い感触が心地よくて、もっと触りたくなってしまった。
揉む手に、つい力が入ってしまう。
唇を離すと、咲さんは甘い声をあげて悶えた。
咲「んっ……い、痛いっ。んんっ……はぁ……の、和ちゃぁん……」
和♂「す、すみません」
咲「いいの、触って。もっと触って。痛いのが気持ちいいの……ね、和ちゃん」
咲さんはその場に仰向けになり、来て、と手を広げる。
―Side 咲―
咲「んっ……い、痛いっ。んんっ……はぁ……の、和ちゃぁん……」
胸を揉む手に力が入り、息がとまりそうな痛さに襲われる。
痺れるようなその苦痛は、電撃のように身体の芯を走り抜け、かすかな甘さを伴いながら、下腹と脳髄をふるわせる。
自分にしか聞こえない音が下腹部でドクンと鳴り、秘唇がドッと蜜を吐く。
ショーツの奥が気持ち悪く濡れた。
身体をガクガクさせると、もう耐えきれないとばかりに横座りになり、胸を抱えてはあはあと息をつく。
和♂「す、すみません」
咲「いいの、触って。もっと触って。痛いのが気持ちいいの……ね、和ちゃん」
キスをして、おっぱいを触られただけ。
なのに、自分でもおかしいほど体の芯が熱くなり、下腹と二つの乳房の奥が疼いて苦しい。
咲「いいの、触って。もっと触って。痛いのが気持ちいいの……ね、和ちゃん」
来て、と手を広げると、和ちゃんは素直に胸に倒れ込んでくる。
生温かいため息が、深い胸の谷間にかかった。
少しだけ理性の戻った瞳が、それでもやっぱりのぼせた表情で話しけてくる。
和♂「咲さんは色白だと思っていましたが、ここはもっと白いですよね……」
咲「んっ……あ、ん……」
また、ぎこちなく両手で撫でる動きが、次第にやんわりと揉みしだくようなものになっていく。
たっぷりとした乳肉が、和ちゃんの指の望むままに、形を変えて卑猥にたわむ。
体の芯からじわりとした快感が広がり、胸の先端が独りでに固くしこった。
和♂「もっと、触ってもいいですか?」
咲「訊かないで……んっ……」
親指と人差し指が、左右の乳首を同時に摘んだ。
和♂「ここ……硬い……」
和♂「胸は、こんなに柔らかいのに……」
咲「はっ……あ……」
きゅっきゅっと何度も押し込めるように刺激されて、息が浅くなってしまう。
和♂「んっ……は、ぁ……」
和ちゃんが顔を伏せ、右乳首を唐突に舐めた。
ほんのそれだけで、腰全体が一気に甘ったるい重さに痺れる。
咲「あぁ、あっ……」
私の声に滲む快感を感じ取ったのか、次第にしたを大胆に絡ませ、尖ったそこを弾くように揺らした。
和♂「咲さんのここ、んっ、なんだか、甘く……」
咲「う、んっ……うそっ、は、ぁ……」
咲「っ……は、あぁっ……」
乳輪ごと頬張られ、ちゅくちゅくと大胆に吸われる。逆の胸もまた忙しなく手の平に抱かれ、いいようにされてしまっている。
咲「あ……ぁ、ぁあっ…」
じんじんする場所をじゅっと強く吸引されて、たまらず腰が浮いた。
オナニー経験もない自分にとって、その快感はあまりに深すぎて怖くなる。
和♂「……ずっと、こんなふうにしたかった」
和♂「咲さんを抱きしめて……キスして、胸を、その先も……」
和♂「……あの日からずっと、想像して……何度も何度も自慰に耽る、そんな毎日でした……」
咲「和ちゃん……///」
赤裸々にも程がある言葉に、頬が染まるのが自分でもわかった。
でも……
咲(「あの日」って、何時からなの?――とは、さすがに聞けなかった……)
咲(何故か、聞いてはいけないと心が叫んでいる)
反応を窺うように、和ちゃんが小声で尋ねる。
和♂「……怒りました?」
咲「う、ううん……恥ずかしい、けど、でも……」
咲「大丈夫だよ、和ちゃんの、してみたいように、していいよ……」
和ちゃんの喉が、ゴクリと鳴った。
「もう……入れたいです」
思いがけなく、でも予想できた答えが少し間をおいて返ってきた。
いよいよという所まで来たという実感に、途端に怖くなってしまう。
そんな思考を見透かしたようなタイミングで、また唇が重ねられる。安心する。和ちゃんとくっつくだけで、こんなにも……
咲「んっ、うん、いいよ……しよっか?」
和♂「はい…」
今まで、たくさん話をしてきた。
でも、本当に伝えたい事っていうのは、短いたった数言で伝わってしまうんだ。
以心伝心―――初めてカラダがつながる時、心もまたつながる。
そんな前兆なようなものがあるのかもしれない。……わからないけど、そうだったらいいな。
和ちゃんが前かがみのまま膝立ちになって、衣服を脱ぎ始める。
ズボン、下着と順々に脱いでいき、そして遂にナナメ上に突っ張ったペニスを取り出そうとしている……みたい。
でも下着に引っ掛かり、なかなかうまくいかない様子。
四苦八苦して、ちょっと泣きそうな和ちゃんを見ながらちょっと応援したくなってしまった。
でも、口に出すのはどうかと思い、心の中でささやかにエールを送る
咲(頑張れ、頑張れ……)ドキドキ
内側から押し上げられてなんだか凄い形になっている下着から、視線が離れない。
和♂「……っ」ググッ…
和♂「え、えいっ」
ズ…… ズ………………… ズルッ
ボロンッ
咲「わぁ…っ」
和♂「ふぅ…」
ボッキーンッ
和♂「あの――」
咲「……う、うん…なに?」
和♂「あ、あの、それで……」
和♂「コンドーム、持ってます?」
咲「え、ないけど……なんで?」
和♂「なんでって、だって、私もないですし……」
咲「あ、そういえばそんなのあったっけ?」
避妊具……それは妊娠を予防するものであって、だから……
咲(えっと……、たしか――)
比較的安定している自分の周期から逆算して、日数を計算していく。
咲(うん……大丈夫。今日はたとえ何があったとしてもほぼ絶対にデキない……ハズ)
咲「……和ちゃん、耳貸して?」
和♂「え? はい」
不思議そうに、四つん這いでにじり寄ってくる和ちゃんの耳元で、そっと囁く。
故意なのか、太股に押し付けられた怒張の先端がぬちょりと濡れていて、これからする行為がどれだけ生々しいものかを思い知らされる。
そして私は、今からそれを、より生々しいものにしようとしている――
咲「な、ナマでも、いいよ……?」
和♂「 」
和ちゃんは絶句していた。
そして和ちゃんの代わりに、私の太股に押し当てられたペニスが嬉しそうに跳ねた。
咲「う、嬉しい?」
和♂「……嬉しいですけど、その、いいんですか?」
咲「素直になりなさい。こっちはもう、こんなに涎垂らして喜んでるよ?」
指先で先端をつんつんと突っつく。そして、またぬるぬるしたものが溢れて、それをくりくりと満遍なく広げていく。
なんか私、少し大胆になってる気がする……
和ちゃんの息が上がってくる。
和♂「――さわって、いいですか?」
咲「……うん。お願い…」
お腹を辿って、腰へ。そして茂みを潜り抜け、私の中心部へと、ゆっくりゆっくり指先がなぞっていく。くすぐったくて、なんだか……
その間もずっと和ちゃんは私の顔を見つめてきて、敏感な自分がいたたまれなくなってくる。
そして、今の二人きりの空気に、すごく興奮してる。
手はさらに進んで、そのまま太股の付け根、そしてその合わせ目に。
―――クチュッ
咲「―――っ」
小さな音が鳴った。
和ちゃんの瞳孔が少しだけ開く。
それでも、まるで何かを争うように、二人とも決してお互いから目を離そうとしない。
和♂「今の、痛かったですか?」
咲「ううん。違くて、ちょっと…」
和♂「そうですか……。痛かったら、言ってください」
咲「うん…」
そう言って右手で頭を撫でられる。そして左手にはまた、秘部をじっくり労るように弄られる。
私も、太股の当たるギンギンになったモノに手を這わせる。和ちゃんの腰が少しだけ震えた。
咲「私も……いい、かな?」
和♂「はい。お願いします…」
お互いに相手の大事な部分に手を這わせながら、何となく見つめ合う。
和ちゃんの唇が少しだけ開いている。瞳が少しだけ濡れている。
……ペニスだけが、ダラダラと、ドロドロに濡れていた。
和♂「咲さん」
咲「うん……」
再度、唇を重ねた。
ぎこちなかったけど、それでも気持ちよくて手は休めずに。
咲「んっ、あ……んぅっ」
キスは幸せな味だけど、この時初めて気持ちいいということを知った。
柔らかい唇をこすり合わせていると、そこからお互い融け合っていくように感じる。もう一度舌を少し出して、絡めてみる。
すると和ちゃんもおずおずと舌を出してくれた。先端が突き合うだけで頭がクラクラしてくる。
咲「ちゅ……は、あ……ぅ……んっ」
お互いに、まだ絡めるというのがよくわからない。全然上手くいかなくて、そのうち息もうまくできずに疲れてしまう。
和♂「ふはぁっ、はあ……はぁ……」
咲「ぁ、はぁ……、ん……。あははっ、なんか、ダメダメだねっ」
和♂「ふふっ、そうですね。キスって難しいです」
二人して笑い合った。
お互い汗だくのまま、正面から抱き合う。
咲「和ちゃん、汗の匂い」
和♂「咲さんは、いつもいい香りですね」
咲「硬いカラダ、力強さ」
和♂「男子ですから」
咲「……うん、そっか。男の子だもんね」
和♂「これから咲さんと一緒に、オトナになります」
和♂「男に、なりますよ」
咲「うん……」
そんなやり取りに少ししんみりして、しばらく見つめ合う。
そして、完全に忘れられていたお互いへの愛撫が、また唐突に再開された。いまいち思考も朧げなまま、なんとなく手を動かし合いながら。
それでもお互いの芯の部分の体温を感じていく。
―――クチッ
咲「んっ」
―――くちゅ。ぬぷ…ぐちゅっ
咲「ぁあっ……」
声が漏れる。
気持ちいい。心地いい。ずっとこうしていられたら幸せかもしれない。このままここに停滞していたい。
咲(……でも、「本能に導かれて」なんてことが、本当にあるんだろう)
現に私が今必死になってペニスを握っていることが、何よりも証拠になってる
きっと私は女で、そして和ちゃんは男で。こうして好き合ってるから。だからこんなところで止まってることはできないんだと思う。
……違った。止まっていることはできても、そうじゃなくて、ちゃんと前に進むべきなんだろう。
咲(和ちゃんが男になったその瞬間から、決まっていたことなんだ……)
今までの私みたいに、いつだって後ろ向きに、変化を恐れて逃げているだけじゃダメ。
いつだって手を引いてくれた和ちゃんが、目の前にいるんだから。今だってきっとできるはずだから。
和ちゃんと繋がるこの儀式は、きっとただのセックスではなくて。うまく言えないけど、私にとってとても重要なモノになるような気がする。予感がしてる。
何かを確かめるようにゆっくり、的確に。
和ちゃんが私のカラダを弄って、秘裂を探っていた指を、粘膜のヘコミに入れてくる。
咲「んぁ…っ、んんっ、は…ぁあっ」
和♂「ぁ……ここ、ですか?」
愛液のぬめりを指で掬うように膣の淵を薄くなぞったり、浅く引っ掻くように穿られ始める。
その度に大きくなる水音と、ぬるぬるになっていく指に反応して、勝手にお腹の奥がムズムズしていく。切ない。
咲(気持ちいい。もっと触ってほしい。でももう少しそのまま触り続けていて欲しいような気もする。とにかく気持ちいい…)
和♂「そろそろ……いいですか?」
咲「はい、お願いします…」
何故か敬語な私に、和ちゃんは軽くはにかんで、短い口づけをくれた。
肩を支えられ、押されて。そしてゆっくりとベッドに仰向けに寝かされた。後を追うように、和ちゃんも緊張した面持ちで、近寄ってくる。
和ちゃんの手が竿をぎゅっと握っている。
和♂「ぅあ……」
そして僅かに浮く腰。和ちゃんが、さっきよりも近くに来ている。
くちゅ、と淫らな水音が妙に大きく部屋のなかに響いたように感じた。和ちゃんの先端が、私のソコに触れているのがわかる。
――だって私の腰が、今にもその先端を呑み込みたいと小刻みに揺れているから。
――和ちゃんのモノが、びっくりするくらい熱くてたっぷり濡れていたから。
和♂「咲さん、凄い……温かくて、ぐしょぐしょで」
咲「あは、恥ずかし……たった数十分触れ合っただけでこんなに、わたし、すごいね」
和♂「嬉しいです、咲さん」
咲「うん……」
和ちゃんが今考えていることがわかるし、私の考えていることもきっと筒抜けなんだろう。
緊張がどんどん高まっていく。和ちゃんが多少不器用にペニスの位置を調整して、合う場所を探している。
咲「あ――」
ぐにぐにとした経験したことのない弾力が、私の入り口を少しずつ慣らすように擦りつけられ、途中どこかひっかかるような感触があった。
なんとなく目が合う。
緊張は最高潮に達して心臓が破れ鐘のように響く。
つぷ、と音がして温かい異物が侵入してくる。でも、和ちゃんがそこから動かない。
咲「和ちゃん……?」
和♂「咲さん」
咲「うん」
和♂「咲さん……」
名前を呼んだけど、その言葉の直接の意味でないことをお互いに確認ながら、そっと息を吐く。
つながる直前、私達の間に会話はいらなかった。
腰のくびれのところを掴まれ、ぐっと下から押し込まれた。
咲「あ、ん――」
和♂「咲さん――」
咲「んっっ――」
お互いの短い声が重なる。和ちゃんはそのまま押し進んで、抵抗をする私の中を無理やり押し拡げていく。
咲(痛いっ、痛いっ、痛い…っ)
和「咲さん、もう少しで……」
咲「うん……、ん。和ちゃん男に、なっちゃうねっ」グスッ
私が辛うじて何か言葉を返すと、嬉しいのか、悲しいのか、恥ずかしいのか、我慢しているのか、色んな感情の入り混じったような顔をしている。
和ちゃんが何を考えているか、全然わからなかった。でも、確かに繋がっていることを実感する。
和「あ、はあ、ああ……!」
咲「……っ!」
たっぷりと時間をかけて、和ちゃんはのそのそと動いている。
彼が軽く前後すると、ひたすら私の中の異物感も移動するみたい。大きな息をしながら少しずつ腰を揺り動かし始める。
咲「はぁ、はぁっ、、入った?」
和「まだ、もう少し……」
咲「ん、ぅ……。あ、ああ……ぐっ!」
ぐいっ
ひっかかっていたところが抜けると、異物感が一気に膣中を突き進んできて、お腹の奥に突き刺さり激痛が走る。
咲「―――あ、が、ぁっ」
和「す、すみません…! 力を入れたら急に、一気に奥まで……大丈夫ですか?」
咲「全然っ、大丈夫じゃない、けどっ、大丈夫……っ」
和「どっち……」
咲「いいから、きて……!」
痛みと異物感に苛まれて、今にも拒絶してしまいそうだった。
身体に鞭打って、和ちゃんを受け入れる。
和「んっ……ふぅ、はぁ、はぁ……っ」
和「好きです、咲さん……好き、好き! 咲さん、咲さん、気持ちいい……」
和「はぁっ、はぁ、あぁっ…気持ちいいっ!好きっ、好き、好き……好きなんです咲さん、咲さん…っ」
背中に伝わる震えた指先。耳にこもる甘い吐息。
気持ちは自ずと伝わってくる。
「好き」と「気持ちいい」の連鎖。
その二つがゲシュタルト崩壊して、何だか同じ意味のようにも聞こえてくる。
「好き」だから「気持ちいい」。「気持ちいい」から「好き」。
全然違うような気もするけど、同じような気もする。
ただ一つはっきり分かるのは、和ちゃんが私に、必死に「気持ち」を伝えてようとしてくれているということ――。
咲(伝えたいって気持ちがこんなにも尊いと知ったのは、高一の夏――)
姉に再会して、言葉にできなかった――麻雀を通して伝えたかったことは結局、届いたのかさえわからない。
成功とも、失敗とも結果を残さず。それでも静かに時間は流れていく。
悩んだ日々も、悲しさに泣かせてしまった日もある。
色んなものを二人で乗り越えてきた半泣きの彼の、目の前の、世界の特別でもなんでもなかった私は今どんな顔をしているのだろう?
咲(誰かのように幸せな笑みを浮かべているのだろうか……)
咲(それともいつかのように精一杯の、伝えることしか考えてなかった独りよがりな表情?)
じっと私を見つめていた彼の胸の中に抱かれ、縋るように飛び込んだ。膣内の快感が強まる。
涙が伝う頬を誤魔化すように、彼の頬にイヤイヤと頬擦りする。
…また、私たちの重なる表面積が広がっていく。
それが直接快感の幅に繋がって。意思のない体液までもが絡み合って、お互いにお互いの触覚と体温を感じ合う。
失くしたくないものに囲まれた場所から、不安でも一歩前に進む勇気をくれる――
咲「……和ちゃん、大好き。」
―Side 和―
強い性感にわけのわからないまま腰を引き、また奥に進めた。その度に愛液が亀頭にまぶされて滑りがよくなる。咲さんの眉根がきゅっと寄せられていて、とても可憐だった。見たことのない顔。
咲「は、ぁ……う、ん……っ」
肩で息をしている。苦しそう。抱きしめてやることしか思い浮かばず、そのまま咲さんの頭を胸に抱いた。
一瞬肉襞がきゅっと締め付けてきたのは、偶然?
咲さんの頬は上気して赤い。迷うように視線を左右させていたが、やがて――私の目をじっと上目遣いで見つめ返してきた。
何もかもが繋がっている気がして、笑みがこぼれる。
すると――咲さんは下唇を噛んでいた口を僅かに開き、嬉しいのか苦しいのか、そんなどこか困ったように笑った。
膣内がぐにっと蠢いて、痛いくらいに強く締め付けてくる。
咲「ん、はぁ、はぁ……」
どれくらい時間が経ったかわからない。けれど、吐息はやがて落ち着いたものになっていて、咲さんが私の肩を甘く抱き直してくれた。
咲「ひとつに、なってる」
和「……はい」
咲「っ、ぁは……。なんか、なんか感動…」
ふぅー、と涙を滲ませ、咲さんはゆっくりと息を吐いた。それだけで意外なほど締め付けられる感触が変化して、驚いてしまう。
和「すごいです、これ」
咲「それは、そうだけど……。なに、いきなり?」
和「咲さんのなか、いまちょっと動いたみたいで」
咲「え……。そうなの?」
和「はい」
咲「あはは……。お腹が動いたって、まるで赤ちゃんできたみた――ぁ」
和「ぁ……」
咲さんの「赤ちゃん」というフレーズに、二人して固まる。
この行為がまさに、その赤ちゃんを作る予行演習みたいなもので、しかも今はナマで繋がってて。だからつまり、その赤ちゃんを作るにはこの先何回も咲さんとこうして―――。
和「……」ムクムク
咲「ひゃっ、和ちゃんがなかで跳ねたっ」
和「す、すみません……でも咲さんだって、さっきからうねってて」
咲「そ、そう……。自分じゃ動かすとそういうの制御できなくて」
咲さんが、再度深呼吸をする。
咲「これも?」
和「はい。とても気持ちいいですよ…」
咲「そ、そっか……。今、ちょっと楽になってきた感じがして。深呼吸したらね、あ、和ちゃんのが入ってる、わかるなー、って」
そんな言葉や呼気に合わせてまた膣襞が動いている。入れたばかりの時よりもずっと、私を受け入れてくれているように感じる。
咲「想像していたより、ずっといいかも。お腹のね、この感じ……好き、かも……?」エヘヘ
好きって言うわりには、口調は疑問形みたい。
たぶん何となく気に入ってはいるんだけど、たぶん確証は持てていなくて、でも十中八九そうなんだろうみたいな予感がしている。
和(そんな感じ。わからないけど、わかる。たぶん、そういうこと。)
和(きっと好きになれると、受け入れてもらえている)
そしてそんな可愛いことを言われて黙っていられるほど、私は理性的な人間ではなかった。
咲さんの体をゆるく抱き直して、再度腰を揺すり始める。
じゅっ、じゅぶっ、ぐちゅっ、
咲「ふぁ、あ……!」
和「痛くない?」
咲「うん……っ、もう、けっこう、慣れてきた、ような……っ」
その台詞の真偽を確かめる余裕ももうなかった。
本当だったらいいな、という都合いい方へ思考を推し進めて、咲さんに押し付けて、腰を動かし続けてしまう。
咲「ぅ、あ、はぁ……! ぞくぞく、する……。あの和ちゃんが、男のコのカオ、してるよお……?」
汗がにじむ。ナマの感触は圧倒的で、すぐにでも達してしまいそうになった。柔らかくうねって、けれど強く締め付けてくる。
たとえ咲さんを想ってだとしても、独りで慰めるのとは比べものにならない。
じゅぷっ!じゅぷっ!
和「すげぇ気持ちいい……っ」
咲「ほんとう? よかったぁ……っ」
眉を寄せながらも咲さんは必死にほほ笑んでくれて、怖気にも似た満足感が訪れた。
大好きな仲間。 素直で迷子癖があって、可愛くて、いつも私のことを想ってくれる一生ものの友達。
そんな咲さんにこんなに女の子な表情をさせているんだと思うと、まるで太陽に向かって咲く花を手折るような背徳感を感じる。
――この咲さんを、自分のものにしたいという欲求が高まってくる。
>>181
ハートが、?になっちゃいました。
気にしないでください
和「咲さん……あむっ」チュッ
咲「んぅ、んっ、ふっ……ぅ、んむ…っ」レチュ
私が唇を少し前に突き出すと、咲さんも艶っぽい唇を向けてくれた。首に回された腕がきゅっと引き絞られて、咲の舌が絡みついてくる。柔らかい。気持ちいい。
和(咲さんに女を感じるから、自分の中の男を実感する)
和(咲さんがいないと、私はとても「自分は男だ」と自信を持って言えない気がする)
和(いや、言えはするんだけど、咲さんの傍がいい。咲さんと一緒にいたい。きっとそれだけ)
私は彼女の傍に居たいがために、何かにつけて理由を考え、言い訳を縦横無尽に張り巡らせる、ただの我侭っ子だ。
和(もっと、もっと感じたい。咲さんを感じたい。想いの分だけ、精一杯にがむしゃらに、私の男を感じてほしい……)
――私のことを、受け止めてほしい。受け入れてほしい。
もう何もかもから解放されて、何も考えず、本能に任せて咲さんに全てぶつけてしまいたい。
でも、それはダメ。分別をもって、相手のこともきちんと考えて、そして最後のところできちんと保っておかなくちゃ。
―――嫌われたくない。困らせたくない。
でも、感覚も感触も感動も酷く暴力的で、圧倒的で、すぐに流されてしまいそうになる。
和「咲さん……」
咲「和ちゃん……?」
名前を呼びあって、腰の動きを緩めた。肩口で額の汗を拭う。どうしたらいいのか、急にわからなくなってしまった。
咲「大丈夫、だよ…?」
和「……?」
咲「そんなに考えないで。ちゃんと、気持ちよくなって」
咲さんのゆるいほほ笑みが、理性や思考を溶かしていく。
和「あ……っ」
途端に心の奥底まで感触が入り込んでくる。膣襞がうねって締め付けてきて、ぎゅうっと握られたような感覚が訪れる
咲「あは……切なそうな顔。ほら、こう?」
ぎゅっ、ぎゅうっ
和「え、あ――」
また同じ締め付けが訪れて、情けない声を上げてしまう。
咲「力の入れ方、ちょっとわかってきた、……かも」ウフフ
きゅっ、ぎゅっ、ぎゅうっ
和「ぅあ、それ……!」
咲さんの下腹がうねるのが視界の端に見えた。すると締め付けが強くなって襞が絡みついてくる。
和「そんなこと、できるんですか……っ」
咲「あはは……私ね、自分にできることは、結構物覚えいいんだよね」
私の反応を確かめるように、きゅ、ぎゅ、断続的に締め付けが強くなる。
咲「ほら、だからね……遠慮なんかしないで。好きなだけ、していいんだよ……?」
和「あ、く……!」
目の前がちかちかして、瞼を閉じる。そして咲さんの首筋にむしゃぶりつくように抱きついた。
ダキッ
和「咲さん、咲さんっ……!」
咲「いいよ、そう、思いっきり……いっぱい、して…!」
ぴったりと肌が重なる。胸のあたりには一番柔らかい感触。でもそれ以外も肌と肌で、あたたかさと柔らかさに浸って腰が泥沼にハマっていく。
咲「はぁ、んっ…!」
耳の横で漏れる吐息と、鼻腔いっぱいに広がる髪と首筋のにおい。咲さんのにおいに、ほんの微かに汗のにおいが混じっている。
腰の動きはぎこちなかった。だけど、だんだんスムーズになっていく。
―――咲さんが、私に腰を合わせてくれるから。
咲「あ―――、和ちゃ、奥……っ、ん、ぁああ……!」
和「もう、止まらな……っ」
咲「いいよ、そのまま……気持ちよくなって、ね? おねがい……」
そこで言葉を一度切って、から、咲さんが私の背中をかき抱く。
咲「……和ちゃんにいっぱい、射精されたい……っ」
和「っ、あああああ……!」パンパンッ
もう肌を合わせたまま、腰だけ振り立てる。くちゅぐちゅといやらしい音が鳴った。腰の動きがあって、ぱん、ぱん、という乾いた音もやっとなり始める。
咲「ぁ、ん、あ……! 私も、きもちい……!」
強く抱き締められて深く繋がっている。亀頭の先端で、確かに肉質の壁を突いているような感触もある。咲さんの、女の子の、一番大事な場所――。
和「イく……出ますっ、咲さん……!」
咲「うん、いいよ…! このまま、中に――」
和(中に? このまま中に? 生で中出しする?)
頭の奥が一気に混乱する。そんなことが許されていいはずが――。
“でも咲さんが……”。
耳に感じる音が遠くなる。ダメ、ダメ、ダメ、ダメダメ、このまま中に出すなんて、いくら咲さんでもそのお願いだけは踏み込めない――。
和「っ、あああぁ!!」
ずちゅ!ぬちゅ!ぐちゅぐちゅ!
その瞬間、私は最後に残った理性を総動員して腰を引いた。
亀頭の先が一瞬見えて、精液の最初の迸りが咲さんのおへそのあたりまで飛び散る。
ああ、よかった、なんとか抜くことができた、すごく名残惜しいけど、これでいい、これでいいはずなんだ、と思ったところで――。
咲「だめ、中に出してほしいのっ」
和「あ――」
咲さんが半身を起こして手を伸ばし、射精途中のペニスに手を添えた。そして腰に引き付ける。先端と入り口がぴったりと合ってしまう。
和「ああ――」
咲「んんっ…!」
射精しながら、咲さんの膣内に再びペニスが埋まっていく。
和「あ、咲さん、だめですっ、あ…!」
もう一度、あたたかくてぬめった壁に包まれて、射精の勢いは中途にして増した。絶頂に達している最中の敏感な雁首が、咲さんの膣内で甘く擦られ締め付けられて、全身が脱力してしまう。
そんな私のカラダを、咲さんは強く抱き締めて離さない。
無防備に腰を震わせたまま、私はただ咲さんの奥にまで挿入して射精を続けていた。
どぴゅどぴゅどぴゅっ
咲「熱い……。んっ、あ……っ。すごい、たくさん出てるよ……」
ガクガクと全身が震える。力が本当に全く入らない。とろとろと咲さんの膣内に――子宮内に、蜜が溢れるように精液を吐き出しているのがわかる。
そしてそんな私の先端に、咲さんが一滴も逃すまいと吸い付いてくる。
すごく気持ちがいい。気持ちよすぎる。
セックス中毒になんてなる人は、とんだ不摂生の自堕落者だと思っていたが、今ではその方々の気持ちが少しだけわかってしまいそう――。
和(何故だろう……とても報われた気持ちになる…)
生で膣内射精までしてしまった。その事実に、今まで生きてきた中で培ってきたはずの理性や分別、良心がすり切れていく。
和「咲さん……」
咲「我慢しないで。ほら、全部だしきって……。ぎゅうって、ほら、ね?」
まぶたの裏で光が明滅する。
この状況で締め付けられると、どうしようもなく腰が跳ねてしまう。うっとりとした吐息が漏れる。
咲「ん……っ、射精って、何波かに分かれて精液出すんでしょ? ちゃんと知ってるんだから……。ほらほらもうちょっと、搾れば出るでしょ? そういうのも、全部……欲しいなぁ」
和「そんな、咲さんってば……」キュン
滅多に見られない「甘えんぼ咲さん」な表情に、うっかり精神的ガードが緩む。殲滅寸前の理性の、その残機1体がぐらつく。
咲「もう一回出しちゃってるし。今更一緒だよ。我慢しないで、最後まで、私で気持ちよくなってほしいな……」
小さく柔らかい手が、私の背中を薄く撫でる。
愛撫されているようにも、駄々っ子をあやしてるようにもとれる、そんな力加減。
咲「なにも我慢しなくていいんだよ? 考えなくていいの、ただ私のことだけ感じていればいい…」
咲「余計なことは全部忘れて、いっぱい気持ちよくなっちゃお? ね?」
甘い声に耳が蕩けて、それを処理しようとしたその先の脳まで融けていく。
情けなさと快感がないまぜになって、しかも耳元で囁かれる優しい調子の言葉に、何故か癒されていくような気持ちになる。
自分で自分の状態が、まったくわからない――
咲「ひとつになるって、たいへんで、とってもすごいことだもん。だから――」
その先の言葉はもう聞き取れなかった。
ただずっと優しい言葉をかけられて、背中を撫でられていたことは覚えている。
どぷどぷどぷどぷっ
和(……ああ、私、また、、射精してる……)ブルッ
和(ただただ、融け合って、そのままで)
和「……ぁ、またイく……」ビクビクッ
ゴポォ――ッ!!!
和(ひとつになるって、とっても気持ちいい……)
和「あ、また……」ピクッ
びゅる、びゅるるるる~~~!!!!
和「―――ぁ、ぁ……ぅ、っ…」ブルブルッ
ぴゅっ、ぴゅっ、ぴゅっ
視界の端に残ったのは、いつの間にか陽の光すら見えなくなった窓の外。
いつの間にか肩に掛けられた毛布のあたたかい感触。肌で感じる柔らかい肌。
じゅぼっ、じゅぼっ、じゅぼっ、じゅぶっ
咲「……、……ちゃ……っ」
咲さんの声が聞こえる。でも、腰が震えて動くこともままならない。
波のように退いては満ちていく性感。
和(……もしかしたら私は、とんでもない人を好きになってしまったのかもしれない)
和(でも、こんなエッチな咲さんもいいな……と思ってしまうのは男の性か)
私の中の何かがはじけて、
私達の関係が確かに変わってしまうような
そんな、文明開化の音がした――
だいぶ時間が空いてすみません。
この先はなるべく時間が空かないように気を付けます。
起き上がれない。
めちゃくちゃに腰が抜けている。
お尻の筋肉の痛みに加えて、じぃんと奥に響くような感覚がずっとあって、まだ気持ちいい感じがある。
顔だけ上げると、窓の外はすっかり明るくなっていた。
和「……………ん、んんっ」
和(父に連絡もせずに……ずっと、初めて)
まずいな、という焦りが倦怠感の中で淡くぐるぐる回ってる。
でも、本気で消耗するほど交わってそのまま寝てしまって――。
咲「あ……起きた?」
和「……おは、よ…ございます」
咲「うん、おはよっ」
つぶやいて咲さんが寄り添ってくる。
陽に照らされて、まるで天使のような笑顔。
サラサラと柔らかい。お互いに裸だった。
咲「私も寝ちゃってた。毛布まだ一枚しか出してなくて、寒くなかった?」
和「はい」
咲「そっか。良かった……」
部屋は本当に静かだ。
他の気配なんて何もなかった。
本当に二人きり。
それからふたりして黙りこむ。
和(こういう状況で、何を言ったらいいのかわからない……)
すると咲さんが手を伸ばしてきて私の頬を撫でた。
そのままもみあげの毛に指で触れて、ひねったり引っ張ったりして遊んでいる。
私もなんとなく彼女の髪を撫でて、房を指で梳いた。さらさらと流れる。
コシがしっかりしていて太い印象もある茶髪。
咲「和ちゃんの髪、サラサラ……」
和「……咲さんは、ちょっと猫っ毛ですね。お父様譲りでしょうか」
咲「えへ…」
和(そういえば、宮永照もサラサラヘアって感じではなかった気がする)
和(直で見たことなんてないけど、なんとなく)
咲さんは、普段より一層だらしのない笑みを浮かべる。
髪をさらに梳いて、首筋を見て思い出した。
和「あ……首筋のところとか。跡になってないでしょうか?」
咲「どうだろ。でも制服着たら多分隠れるから」
和「……だといいですけど」
和(これがピロートークってやつでしょうか)
和(でも一晩寝てるから厳密には違っていたりして…?)
いまいち思考がまとまらないまま。
睦言を交わしてるみたいで、だんだん恥ずかしくなってきた。
いや、睦言そのものなのかこれは。
咲「はー……」
咲さんは目を閉じてひとつため息を吐いてから続けた。
咲「すーっごい、きもちよかった……」
和「うそ。最初はあんなに」
咲「うん。でも、それも含めてよかったかな、って……。で、あの……和ちゃんのほうは?」
和「……無我夢中でした」
それ以外に言えることが何もなかった。
和(最後の方なんて、訳もわからないまま腰を振っていたような気がする)
和(そして、咲さんに導かれるまま、中に……///)
思い出すと手のひらに汗をかきはじめてしまう。
無意識に記憶を辿ってしまい、腰が震えた。
咲「無我夢中?」
和「え? ええ、まぁ」
咲「無我夢中……」
和「…? な、なんですか?」
『無我夢中』という言葉にやたら食いついてきた咲さん。
和(なんでしょう……何か変なことでも言ってしまったでしょうか)
咲「……ちゅー…」
和「へっ?」
半目のまま、すぼめた唇を寄せられる。
こちらからも出迎えようと顔を近づけると、お互いに触れ合う前、一瞬だけ目が合う。
すると、咲さんは恥ずかしそうに手を振りながら顔を隠した。
咲「ご、ごめんっ。ちょっと思いついただけなの! お願い忘れてっ!」
和「えっ……あ、はい…」
和(キス、したかったな…)
体を起こすことも億劫なほど疲れていて、咲さんと言葉を交わすたびにクラクラしてくる。
でもこの眩暈が、疲労によるものなのか。それとも咲さんの色香によるものなのかはわからなかった。
和「知らなかったです、咲さんが……こんな。いえ、何でもありません」
咲「……ダジャレくらい、いいじゃん…」
和(エッチだったなんて、と言おうとしたのに…)
和「いえ、あの、ダジャレのことではなくて……」
咲「そういうフォローはいりませーんっ」
そう言って私から毛布を巻き上げ、一人毛布に包まり顔を隠してしまう。
拗ねてしまった彼女を、布団越しに撫でる。
和「……想像し続けると現実になるって、本当なのかもしれません」
咲「……?」
不思議そうに、咲さんがひょこ、と布団から顔を出す。
和「咲さんの傍にいられて、こんな朝を迎えられるなんて」
和「こうだったらいいな、という想像が、最近になってことごとく叶っているんです」
和「あなたのおかげですね」
和「ありがとう、咲さん」ニコッ
咲「そんな、お礼なんて」タシタシ
和「これからはもう、恐ろしい想像はしないようにします」
咲「ふふっ、悪いことばかり起きちゃ困るもんね…」アハハ
和「はい」
咲「よしよーし…」ナデナデ
咲さんの腕が布団の隙間から伸びて、私の二の腕を撫でる。
なんだかいっぱいいっぱいな感触がある。
きっと数日は絶対に思い出してしまうだろう。数日で済まない気もかなりする。
下手したらずっと思い出し続けるくらいの――。
――傷をつけられた。
つけることができた。つけてもらえた。
多分そうなんだと思う。
これが初めての味――
和「この世界で、私だけが知ってる咲さん」
咲「うん」
和「咲さん、咲さん」ギュムッ
咲「えへへ…あったかぁい…」
コンコン
甘くて気だるげな会話を遮るように、ドアが数回ノックされる。
「咲―、もう昼だぞー。寝てるのかー? 開けるぞー?」
ガチャ
突然、ドアの金具が音を立てて開く。
和「ええっ!?」
咲「あ、やっ、ちょ、ちょっと待っておと――」
界「朝から何騒いでんだ、いいからはよ起き――ぇ」
咲「あわわ…」全裸
和「…………っ」全裸
裸のまま二人してベッドで寝そべるシーン。
咲さんは布団を被っているものの、私は咲さんに布団をはぎ取られ包み隠すものなく全裸状態。
この状態で咄嗟に、下半身と一緒に胸も隠そうと腕が動いたのは、きっと私が確かに女子であった所以――
和「…………」
現実逃避でどうでもいいことに思考が巡る中。
時間が凍っていた。
界「えっ……え?」
咲「はぅぅ~」
和「……。お、おはよう、ございます…」
辛うじて朝の挨拶をしたのは、はたして正解だったのだろうか。
でも、褒めて欲しいとは思う。褒めて咲さん……!!
界「っ…す、すまん……っ!!」
けれどその一言に我に返ったお父様は、慌てた様子でドアを乱暴に締め、逃げるように去っていった。
和「…………」
咲「…………さ、最悪……」ずーん
この世のすべてに絶望したかのような顔をしている。
人生で最も幸せに包まれて目覚めた朝は、どん底と思えるような一日の始まり。
和「え、え~と…」
咲「…………」
和「お父様にも、見られてしまいましたね……」
咲「うん、ね……」ショボーン
和「………」
フォローする振りして、傷口を抉っていくスタイル。
まるでフォローになってない言葉に、思わず頭を打ち付けたくなった。
界「……」
咲「……」
和「……」
初対面での印象が良かっただけに、この重苦しい雰囲気での朝食はキツイ。
朝食が一人当たりの量が少なく、けれどしっかり三人分として用意されている辺り、一応拒否されている訳ではないらしい。
和(いや、でも……うーん? あーもうくっそ、動いてください私の頭っ!)
和(一つ思うのは、このまま無言のまま朝食が終わってしまうのは、流石に不味いということ)
和「……。あ、あの、お父様……っ?」
界「だ、誰がお義父様だ……っ!」
咲「うぅ……」
和(…………さすがに、そこまで自惚れていません)
和(でも、ここで『そのニュアンスではありませんよ』だなんて言い返したら、きっともっと怒られそう)
咲さんのお父様はご機嫌ナナメだし、咲さんも所在無さげで今にも泣いてしまいそう。
界「ん、んんっ……」
界「あー、なんだ。二人はその、付き合って、いるのか?」
和「え、いや」
咲「……そうっ、付き合ってるの!」
和「咲さん…?」
咲「好きでもない人と、お泊りなんて…」
和(この呟きは、私の告白に対する言葉ということで捉えていいんですか……?)
懸命に私の疑惑の視線から逃げるその態度に物申したい半面、私の機嫌はもううなぎ登り。
和(今は話を合わせておいて……)
和(でも後で、しっかり咲さんを問い質して、きちんと言葉にして伝えてほしいな、とは思う)
和(たとえ咲さんが恥ずかしさから泣いてしまっても……)
和(……泣いてしまったら、許してあげないこともありませんけど)
和(そこはまぁ、その涙の意味にもよりますか)
ここまでの思考、コンマ1秒。
男になった私は、凄まじく強い(確信)。
和「……。咲さんの恋人にしていただけました、原村和と申します」
和「じぶんどきにお邪魔してしまい、申し訳ありません」
和「ふつつか者ですが、何卒、宜しくお願い致します」深々
界「あ、いえいえこちらこそ……咲を宜しくお願いします……」深々
和「ええ、こちらは結納でも入籍でも何でも……」深々
咲「ちょ、ちょっと二人していきなり何言ってんのっ!? やめてよね!?」
和(私の腕に抱き付きながら必死に何かを叫ぶ咲さんの隣で、ふと考える。)
受け入れてもらえたのかはわからない。
今の言葉ももしかしたら社交辞令かもしれない、
それでも、それが本心になってもらえるように頑張ろう。
和(女に未練はない……)
和(男として生きようと、そう決めたから――)
和「咲さん!!」
咲「えっ、あ……な、なにかな?」
和「幸せにします」
咲「えっ……///」
和「必ず、認めてもらえるように努力しますから!」
和「だから咲さん、私…………うぐぅっ!?」ゴリッ
咲「!? な、なに? どうしたの!?」
和(咲さんにプロポーズしようとしたら、真っ先に夜の営みという単語が思い浮かび)
和(ついには昨夜のセックスを思い出して勃起してしまいました……)
和(何を言ってるかわからないかもしれませんが、とりあえず私が性欲旺盛の最低男だということは間違いない……)
和「す、すみませんっ…………お手洗いを、貸してください……っ」ガクッ
咲「だ、大丈夫……? 手伝おうか?」
和「いえ……大丈夫ですから、放っておいてください……」
咲「う、うん……」
和(ひとつ、学んだことがあります……)
和(男子の性欲は思いの外、凄まじいということ)
和(昨晩、あれだけ咲さんに絞り取られたというのに……)
和(今はもう……咲さんとセックスすることばかり頭に浮かんでいる)
和「ああっ……咲さん、咲さん……っ」シコシコ
和「うっ……」ドピュッ
どぴゅ、どぴゅ、どぴゅっ
和「ふぅ…………」
和「……」
和「……」
和「………私って、最低ですね…」ズーン
とりあえずここまでです。
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