神谷奈緒「不退の約束」 (14)
「奈緒は、さ。ちょっと優し過ぎるんだよ」
いつだったかプロデューサーさんに言われたコトバ。
そのときは「ふーん」って感じで聞き流したけど、きっとアレはアタシのためなんだよな。
アタシのために精一杯言葉を選んで言ってくれたんだと思う。
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ある日のこと。
事務所の一室でアタシとプロデューサーさんはとあるオーディションの結果について反省会をしていた。
「さて、こんなとこかな」
プロデューサーさんはオーディションについての一通りの所感を述べた後、そう締めくくった。
「奈緒はもうちょっとアレが欲しい、コレが欲しいーみたいな欲を出して欲しいな」
「......欲?」
「そう、欲。この仕事だけは自分にくれー、みたいな」
「あー、どう言ったもんかなー。アタシはそういうのあんまりないんだよな」
嘘ではない。本当にないのだ。
「まぁそういうとこも奈緒の魅力なんだろうけどさ。はっきり言うよ。そろそろ手を抜くのやめないか?」
グサりとくるセリフ。グサりとくるのはもちろん心当たりがあるからだ。
「ああ、ごめん。いつも手を抜いてるわけじゃないのは分かってる」
何も言えずにいるアタシにプロデューサーさんが慌ててそう付け加える姿を見ていつか言われたコトバを思い出す。
『奈緒は、さ。優し過ぎるんだよ』
なんでまた、プロデューサーさんのそんな言葉を思い出したのか、って言うとさ。
落ちちゃったんだ、オーディション。
そりゃ悔しいけど、青の可愛いドレスを着て雑誌の表紙を飾る凛を見たら納得しちゃったんだよな。
「ああ、お似合いだー」って。
ほら、適材適所って言うだろ?
凛は選ばれるべくして選ばれたんじゃないのかなって思っちゃったんだ。
「なぁ、プロデューサーさんはあの雑誌の表紙を飾る凛を見てどう思った?」
「んー。まぁ普通、かな」
「普通はないだろ。どう考えてもめちゃめちゃ似合ってたじゃねぇか!」
「確かにな。でも俺はアレを奈緒に着せたかった。着て欲しかったんだ」
「......」
「奈緒が俺を信頼してくれてるのはよく知ってる。でも、それ以上に奈緒は奈緒をもっと信頼してくれ」
プロデューサーさんは営業に、アタシはレッスンに行く時間となりその日はそこで解散となった。
アタシはやっぱり手を抜いてるんだろうか。
それはなんで?
たぶん、それはアタシはみんなが大事だから。
こんな考えがあるからきっとアタシは遠慮みたいなものを知らず知らずのうちにしちゃってるんじゃないかな。
元々、競争とか誰かを押し退けて何かを得るとか苦手なんだよ。
とは言え、アタシだってプロだ。
気付いちまったからには直さないと。
友達より自分を優先すると決心を固めてから数日後、リベンジの機会がやってくる。
次に売り出す曲に合わせた新ユニットメンバーの社内選考だ。
社内選考というだけあって、周りは見知った顔だらけ。
全員一緒の課題曲。フリも同じ。
利用しているレッスン施設もトレーナーさんも同じ。
これ以上ないくらいの平等な条件でのオーディションだった。
アタシのエントリーナンバーは12。つまり12番目。
自分の番まではまだ少し時間があったから待機場所になっている休憩室に向かった。
休憩室はオーディションを受けるアイドル達で賑わっていて、
みんな仲のいい友達と喋るなどして緊張をほぐしてるようだった。
そんな和やかな休憩室が時折、ピリッとした空気に包まれることがあった。
歴代シンデレラガールが来たときだ。
『彼女達を超えなければ仕事はない』
これが全員の共通認識であった。
彼女達は左胸に自身のシンデレラガールとなった総選挙の番号と同じ数字の札を付けている。
要するに特別扱いってわけ。
その内の一人、3の数字が書かれた札を胸に付けているアイドルがアタシのところに向かってきた。
凛だ。
「お疲れ様。奈緒は...12番目か。どう?自信は」
「んー。まぁそこそこ。凛はもう、終わったんだよな?」
「うん。加蓮にもさっき会ったよ」
「そうか。あ、あのな!」
「どうしたの?」
「アタシ、凛が相手だろうと負ける気はねぇからな!」
生まれて初めての宣戦布告。
しかも大好きな友達に。
そんなアタシに対する凛の返答はこうだった。
「当たり前でしょ?奈緒はお仕事したくないの?」
「...したいに決まってるだろ!いいか!アタシは負けない!凛にも他のシンデレラガールにも!」
「ふふっ、それでいいんだよ。じゃあ二次選考でまた会えるといいね」
そう言って凛はどこかへ行ってしまった。
一次選考の結果なんてまだ出てないのに、そう言ってのけたのだ。
でも、アタシだって。
アタシだってやってやるんだ!
***
一次選考から一週間後、アタシはプロデューサーさんに呼び出されて事務所のロビーに来ていた。
用件は一次選考の結果について。
選考の結果は各担当プロデューサーに通達される。
全力を出し切った。胸を張ってそう言える。
「お待たせ、奈緒」
背後を振り返ると茶封筒を片手に持ったプロデューサーさんがいた。
「ここじゃアレだから、場所を移そうか」
そう言ってロビーから出ていくプロデューサーさんにアタシも続く。
案内されたのは小会議室だった。
「よし、じゃあ適当に座ってくれ」
「あ、ああ」
促されるままにアタシが席に着くとプロデューサーさんはその対面に座る。
「気になる結果なんだが...」
ごくり、と唾を飲む。
プロになってから初めてオーディションの結果にどきどきしている。
「落選だ。残念だけど」
告げられた結果は非情だった。
「......は?」
頭の中が真っ白になる。
「落選だ」
ああ、そっか。
アタシ、ダメだったんだ。
「......」
唇を強く噛みしめ、太ももをつねる。
それでも震えだけは止められなかった。
「...頑張ったんだな」
「......」
「両隣も抑えてある。誰も聞かないから、な?」
宥めるように、優しい言葉に耐えられなくなりアタシの目からは涙がぼろぼろ零れる。
「...うっ...うっ....ああああああああああああ」
抑えきれなくなった感情は声や涙となって溢れ出る。
アタシの涙が枯れるころにはプロデューサーさんのスーツはぐしゃぐしゃになっていた。
「落ち着いたか」
「......ごめ、アタシ...ごめんなさい」
「謝ることないよ。奈緒は本気で頑張ったんだ」
「...もう負けないから」
「ああ。俺も奈緒を絶対に勝たせる」
「......凛が相手でも加蓮が相手でも負けないから」
「うん」
「...アンタを、トッププロデューサーにする」
― ― ― ― ― ―
『アンタをトッププロデューサーにする』
アタシのプロデューサーとした約束。
『もう誰にも負けない』
アタシがアタシとした約束。
この二つの約束を背負ってアタシは今日も仕事をする。
「では、次の方」
すぅ、と息を吸い込み笑顔を作る。
「はい!エントリーナンバー9番。神谷奈緒です!よろしくお願いします!」
おわり
酉付けるの忘れてました(今更)
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