飛鳥「プロデューサーがエナドリの飲みすぎで死んだ」 (64)

いつもと変わらない風景、とりとめのない会話。
そんな当たり前の連続を日常と表現するのなら、それはあまりにも不安定でか細いモノの積み重ねだ。
ボクはそれがようやく理解った。

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その日、事務所にプロデューサーの姿はなかった。
この時間ならデスクワークでもしてるのかと思っていたけど、どうやら当てが外れたらしい。
何人ものアイドルを担当する彼は多忙だ。急な打ち合わせが入ることもままある。


結論から言おう。プロデューサーは、少なくともボクの知る限り、初めての無断欠勤をした。
彼はその日一度も事務所に現れなかった。

翌日になってもプロデューサーは事務所に来ない。
ちひろさんが何度も彼の携帯にかけてみるが、無言のまま受話器をおろすばかりだった。

事務所にいるみんなも、その様子を見て様々な反応をしている。
不安そうにする者、怒り出す者、慌てふためく者、いつもと変わらぬよう努める者、ただ祈る者。


「せんせぇ、どうしちゃったのかな……大丈夫かな……」

いつも事務所を持ち前の元気で明るくさせる薫でさえ、今にも泣きだしそうだ。

「大丈夫よ、P君のことだから、そのうちひょっこり来るに決まってるわ。だから、ね?」

川島さんが薫の頭を撫でながら応えた。

その日の夜、ちひろさんがプロデューサーの住むマンションを訪ねることになったらしい。
らしいというのも、連いてきかねない子も何人もいるので、アイドルの皆には事後報告にするつもりだったようだ。

結果論だが、その選択は正しかった。


翌朝、プロデューサーが見つかったことが通達される。




彼は自宅で亡くなっていた、と。




その直後のことは、正直よく覚えていない。
鈍器で後頭部を殴られたように目の前がチカチカと点滅していて、その薄らぼやけた視界の先で、誰かが泣き崩れていたような気がする。
ボクはその言葉の理解を拒否するかのように、呆然と立ち尽くすことしか出来なかった。

死因の結果は、カフェインの過剰摂取による心臓発作。
プロデューサーはワイシャツ姿でPCデスクに突っ伏し、辺りにはエナジードリンクの空瓶が散乱していたとワイドショーが報道していた。
コメンテーターがエナドリによる死亡事故の前例を持ち出して危険性について語っている。

芸能界での情報の早さといったら、怖いぐらいだ。
すでに事務所には取材の電話が鳴り止まず、ちひろさんはその対応に翻弄されていた。
それはボク達も例外ではない。多くのアイドルを世に送り出す敏腕プロデューサーの急逝は業界内外問わず注目を集め、所属アイドルであるボク達は一様に矢面に立たされている。


「何を聞かれてもわかりませんと答えるように。不用意な言動は控えること」

事務所から箝口令が敷かれ、みんななんとか仕事をこなしているようだったが、マスコミの執拗さは本物で、同業者や局の人たちからも好奇と同情の眼を向けられる。

ボク達は疲弊していった。

今日はプロデューサーの葬儀が執り行われる。

「せめて最後くらいは静かに送らせて頂きたいので……」

遺族の方の要望で、ボク達は参列を許されなかった。


事務所のみんなは示し合わせたように黒服を着ていた。
あちこちから嗚咽まじりの声が聞こえ、一様にうつむいている。
結局、ボク達はプロデューサーに別れの言葉も、感謝も、何も言えないままこの瞬間を迎えてしまった。


プロデューサー、キミはボクに新しいセカイを見せてくれたね。感謝してもし足りないさ。

生命は有限、だからこそ輝く。でも、キミはあまりにも早すぎる。突然すぎるよ。

最後にキミと話したことも、覚えてないんだ。それくらい、とりとめのない会話だったということさ。

だから、せめて、最後にもう一度顔を見て送り出したかった――


ボクはありすと肩を寄せ合いながら泣いた。涙はしばらく止まることはない。




別れを迎えたからとしても、問題が同じく解決するわけではない。
心の傷は時間が解決してくれると言うが、その逆も然りだ。
蝕んでいく。ゆっくりと、だが確実に。


まず最初は、まゆさんだった。

彼女はプロデューサーの急逝を聞いた瞬間に倒れた。
目を覚ました後もプロデューサーさん、プロデューサーさん……と、うわ言のようにつぶやき、ふらふらと事務所内をさまようだけだ。
元来薄めだったハイライトも消え、その瞳には生気が全く感じられなかった。


このままでは確実に仕事に支障をきたすとして、一時的な活動休止を決定する。

彼女は、休止を告げられてから寮の自室に引き込もるようになった。

「まゆちゃん、ずっと部屋から出てこないね……」

食堂で夕食を食べながら、向かいに座る美穂さんが心配そうにつぶやく。


これまで何人も様子を伺いにいったが、ドアを隔てた会話しかできていない。
もう数日は食堂にも顔を出さない。寮の各部屋にはキッチンもあるとはいえ、あの状態のまゆさんに食事の支度ができるだろうか……不安を煽るわけではないが、状況が状況なので確認したほうがよさそうだ。

横にいる蘭子に視線を向けると、察したのか小さく頷いた。

「今は翼を畳んでいるが、必ずしも孤独が傷を癒すとは限らぬ……我らの力を集結させようぞ!」

「そうだね。ちょっと荒療治になるかも知れないが、四の五の言っていられないさ。天岩戸といこう」

「まゆちゃん、起きてるかな?」

まゆさんの部屋の前。数回のノックをした後、美穂さんが遠慮しがちに話す。返事はない。


「もう何日も顔見てないから心配で……ご飯、ちゃんと食べてるかな?」

そのままドア越しに語りかける。返事はない。


「その様子だと部屋から出てないんじゃないかい?今なら空いてるし、よかったら一緒にお風呂でもどうだろう。サッパリしたら気分も少しは晴れるかもしれないからね」

ボクも続く。返事はない。


「……まゆちゃん?」

蘭子が強めにノック。返事はない。


妙だ。今まではドア一枚隔てていたとはいえ、返事もしたし会話も成立していたはずだが。
眠りについている、なんて楽観視は到底出来なかった。
最悪のケースが頭をよぎる。


「寮監さんに伝えてくるから、2人はそのまま続けてくれ!すぐ戻る!」

咄嗟にそう言うと、返事を待たずボクは廊下を駆け出していた。

寮監さんに事情を説明し、マスターキーを使い部屋を確認することになった。
時間にして数分。まゆさんの部屋の前に戻ると、2人がドアを叩きながら名前を呼び続けている。
その騒ぎを聞きつけ他のみんなも集まっていた。


「私が中を確認しますから……みなさんは決して覗かないで下さい」

その言葉の意味を理解し、ふいに息が苦しくなる。




寮監さんが開錠をしてドアを開ける。部屋に電気は付いていなかった。
窓も閉めきっているのだろう、籠った空気が漏れ出して……その瞬間、鉄サビのような臭いが鼻腔を刺激して――

「まゆさんっ!」

寮監さんの制止もきかず、刹那的に部屋に飛び込む。



そこには






ベッドで手首を切った彼女が、日記帳を抱えて横たわっていた。




まゆさんはすぐに救急車で病院に搬送された。
幸い、発見も早かったために一命を取り留める。
しかし、彼女の左手には痛々しい傷痕が残る。
抱えていた日記帳の中身はプロデューサーへの想いを綴ったもので、元々が真っ赤な表紙のそれは、いまは持ち主の血を浴びて赤黒く変色していた。



『まゆは プロデューサーさんと ずっといっしょに』



最後のページにはそう書かれていたらしい。

傷は2つあったのだ。ひとつは左手に。もうひとつはボクらには決して見えない内側に。



どこから嗅ぎつけたのか、翌日には自殺未遂についての記事がすでにニュースで取り上げられていた。
今後はますます事務所の風当たりが強くなるだろう。

また、女子寮内部で起きたことで一部の寮生――主に小学生の子たちは大変なショックを受けてしまった。

仁菜は『もう誰も仁菜の前から消えちまわないでくだせー……一人ぼっちは嫌でごぜーます……』と常に誰かと一緒にいるようになった。

反対に、雪美とほたるは塞ぎこんで必要最低限の交流しか持とうとしない。

薫は毎日のように泣いて、完全に情緒不安定になっていた。



10歳にも満たない彼女らに、これまでの出来事は余りにも辛い。

連日の報道により、地方から上京している一部のアイドルの親は、プロダクションそのものへの不信感を抱き始めている。
大切な娘をこの事務所に預けて大丈夫なのか、と。


ある日の夜、寮の廊下の角で電話をする忍さんを目撃した。
ボクの視線に気づいたようで、電話を切った彼女はばつの悪そうな顔をした。

「最近、親から戻ってこいって言われるんだ……反対押し切って家出同然でここまできて、少しずつお仕事もらって、ようやく理解され始めてたのに、もう……悔しいなぁ、大変な今だからこそ、みんなで頑張りたいのに……」

忍さんが涙をこぼしながら話す。
ボクは気の利いた言葉も紡げず、黙って頷くことしかできなかった。

「私が飲みに誘っていたから、プロデューサーさんに余計無理をさせていたの……」

深刻なのはコドモだけでない。楓さんは後悔と自責の念に駆られていた。


普段からワーカーホリック気味だったプロデューサーは、放っておくと事務所に泊まることも少なくなかった。
それを見かねた楓さんは、飲みに誘っては短時間で切り上げて、プロデューサーを家に帰らせようとしていたのだ。
傍目から見ても、そのささやかな計画は成功していたように思える。
しかし、実際はそうではなかった。

プロデューサーは社外秘と持ち帰られる内容のものを分けていて、帰宅してからも仕事に打ち込んでいた。
事実、ちひろさんに発見されたプロデューサーは着替えもせずPCに向かっていた様子だった。

そして……亡くなる前夜も、楓さんと飲みに行っていたという。

エナジードリンクとアルコールを一度に摂取することは実は危険であるが、大衆居酒屋やカラオケ店では、そんなカクテルが売られることも珍しくない――以前プロデューサーの件を報道していたニュース番組では、こんなことも言っていた。

「プロデューサーさんは、私が殺したようなものなんです」

「そんなことないから……ほら、楓ちゃん、何か食べましょう?このままじゃ倒れちゃうわよ」

「早苗さん……すみません、お腹、空いてませんので……」


楓さんはあの日以来、お酒はおろか、まともな食事もろくに取っていないようだった。
いや、取れないといった方が正しいのだろう。体が拒否して戻してしまう。
元々楓さんはとても華奢だ。みるみる体力も衰えてはじめ、それでもふらつきながら仕事に向かう。
休むようにと指示を出すも、彼女は断固として拒否した。
楓さんは事務所でも相当上のランクのアイドルだ。いま自分が抜けることは事務所としても相当に厳しいことは、彼女自身も理解っている……それゆえの意地。



だが、それすらも限界は訪れる。

「すみません!この病院に高垣楓が運ばれたと事務所に連絡がありまして……千川と申します」

「関係者の方ですね、そちらの方も?」

「はい、同じ事務所に所属している子です。この子も一緒にお願いします」

「わかりました……では、こちらへどうぞ」


医師の後を黙ってついていく。静かな廊下には3人分の足音が響く。
病院に来るのはまゆさんの時以来だ。思わず心臓がチクリと痛む。


「ちひろさん…すまない、無理についてきて。でもボクも心配なんだ……」

「もういいですよ。ただ電話を受けたときにいたのは飛鳥ちゃんだけだったから、他の子にはまだ話さないよう、お願いしますね……」

奥の個室に案内され中に入ると、ベッドで眠ってる楓さんがそこにいた。
左手のひじからはチューブが伸び、点滴を打たれている。


「栄養失調です。健康に支障をきたす体重の数値を限界体重を言うのですが……いまの彼女はそれを下回っていて危険な状態です」


「楓ちゃん……ごめんなさい……ごめん、なさい……」



骨ばった手、こけた頬、土気色の肌、痛んだ髪……ファンを魅了する偶像の歌姫の、変わり果てた姿。
手を伸ばし指を絡ませると、驚くほど冷たい。



「楓さん……貴方は、どうしてここまで……」






楓さんはこのまま入院する運びとなった。


ここから先は、急転直下といっていい。

歌姫高垣楓の損失はあまりにも大きく、また度重なる活動休止により、ゴシップ誌には呪われたプロダクションとまで報じられた。
他にはブラック企業による過労死の顛末、薬物依存、枕営業……etc.
よくもまぁここまで酷く書けるものだ。だが、真実とは本当のことを言うのではない。大衆に信用され認知されたら、それは虚構ではなく真実になる。
いまの事務所には、その“真実”を塗り替える説得力すらなくなりかけている。


みんなも完全に疲弊しきっていた。
事務所にも寮にも重苦しい空気が充満していて、余裕の無さから些細なことでトラブルに発展することも増えた。
このままでは空中分解も有り得るだろう……



もう一度団結するにはどうしたらいいか。
話し合ったわけでもなく、示しあったわけでもない。
しかし、まさに自然発生的に、ある日からその現象が起き始める。

「今日も収録先で質問されたね……はぁ、プロデューサー、何でいなくなっちゃたんだろ」

「エナドリ飲ませて仕事強要させたアシスタントがいた、とか?」

「……っ!」



団結する一番の近道は、共通の敵を作ることだ。
一部のアイドル達が、ちひろさんを標的にし始めた。



生物学上は女であるボクがこういうのもなんだが……女のイジメは陰湿だ。そして容赦がない。1度標的を見定めたら、しつこく続く。


「もう、加蓮ってば何言ってんの、そんな人いるわけでしょ。もしいたらそいつがプロデューサーを殺したようなものだし」

「そうだよね、ごめんごめん。よし、じゃあレッスン行こっか。ほら、奈緒も行くよ」

「あ、うん……そうだね、いま行く……」


主犯格は凛さんと加蓮さん。
奈緒さんは自分から参加こそしないが、逆らうこともない。
そうしたら、今度は自分が標的になるとわかっているからだ。

「あれー?ちひろさん、なんで私服なんですか?」

「お仕事の時はちゃんと制服に着替えないと駄目ですよ?」

「智恵理ちゃんと響子ちゃん……ごめんなさい、ちょっと洗濯して乾かしてるんです」

「コーヒーのシミって中々落ちませんからね。ふふ、ちゃんと落ちるといいですね」

「……コーヒーなんて、言ってないのに……まさか?」

「え、なんですか?」

「……いえ、何でもないです」

「おはようございます、美嘉ちゃん。今日の予定を確認しますね。まずは午前中に……美嘉ちゃん?」

「……なに?ちゃんと聞いてるからさぁ、早く終わらせてよ」

「それが話を聞く態度ですか?ほら、せめてこっちを向いて――痛っ!」

「馴れ馴れしくアタシに触らないで、マジサイアク……てか今日の予定くらい把握してるからさ、もう行くから」

「あ、待って、美嘉ちゃん……」

「はぁ、事務所で落ち着けるのがトイレだけなんて……」

「ここね。ほら、せーのでいくよ?」

「ダー。でも、誰か入ってませんか?間違ってかけてしまったら、大変です」

「ここは故障してるだけだよ。あ、もし声なんて出したら……もっとひどいことになりますからね?」

「……!」

「ミナミ?どういう意味ですか?よく、わかりませんでした……」

「ううん、何でもないよ。ほら、お掃除しないといけないから……せーの!」

「!!」

「これで、綺麗になりますか?」

「うん、ありがとう。あとは私がやるから、アーニャちゃんはバケツ片づけてきてくれる?」

「はい、わかりました」

「ふう……よく黙ってましたね、偉いですよ。そのままずっとしゃべらないでくれると嬉しいんですけどね、うふふふ」

「……」

彼女らは入れ替わり立ち代わりちひろさんをイジメていた一方で、川島さんや早苗さんや和久井さんのような、オトナの前では決してそんな素振りを見せなかった。
ちひろさん自身にも負い目があるのだろうことを見越して、発覚することを周到に隠す。

そんなちひろさんも、ただひたすらに耐えているだけだ。

これが私の罰、とでも言うように。

その内イジメに加担するもの、加担させられるもの、気付かないもの、傍観するものと別れた。


積極的に加担する人は、プロデューサーに対して恋愛感情を持っていた人が多い。愛する人を奪った相手と認識しているのだろうか。
ちひろさんが殺意をもってしてエナドリを渡していたわけなどない、そんなことは彼女らも勿論理解ってはいる。
しかし、頭と心は別物だ。殺意の有無など関係なく、渡していたという事実だけが、彼女らにとっての証拠だった。


加担させられる側は、加担する人と同じユニットで付き合いの長い人とか、あるいは少し気が弱くて逆らえないといった風の人たちだった。
このグループは自らの行いに耐え切れなくなり、心の不調を訴えて事務所から姿を消していった。
すなわち、ユニットの活動が不可能になる。結果的に、イジメていた本人たちは自分の首を絞める結果となったわけだが。


気付かないものはオトナ組のほか、単純に仕事が減ったため事務所に来る回数の減った人も含まれる。
中学生以下は学業に専念するとして離れたものも多い。ボクや幸子なんかは残った少数派だ。


最後に傍観するもの。これは見て見ぬふりをしていたり、加担をやんわりと断ったり、人によって違いがある。
我が身が可愛いと思うのは極自然なことであって、それを悪いとは言わないし、言う気もない。

事務所内でのヒエラルキーが微妙に確立されつつある、そんな折だった。



「みく、もう我慢できない。凛チャン、こんなの絶対おかしいにゃ!」




前川みく、彼女は傍観する立場のものだった。
彼女はネコチャンアイドルと自称しているが、その実ネコのように距離感をつかむのが抜群に上手い。逃げはしない、しかし触れられない。
分け隔てなく近づくが、相手のパーソナルスペースを超えることはない。人間関係のバランスに長けていた。
そんな彼女が、ある種の宣戦布告をしたのだ。

「なに、文句あるの?」

「大有りだにゃ。凛チャン、もうやめよう、なんでことするの?」

「なんでって、だってあの人がエナドリなんか渡してなかったら、プロデューサーは死ななかったんだよ」

「だからって、それがイジメていい理由にはならないよ!」

「それは……悔しくないの?みくだって、プロデューサーのことが」

「凛チャンだってわかってる筈にゃ。Pチャンはこんなこと望んでないって」

「五月蠅い……そんなこと聞きたくない!返してよ……あの人を返して……」

それでも、凛さんたちの行動が変わることはなかった。もう、後には戻れないといった風だった。

それからは、みくさんがちひろさんの代わりに嫌がらせを受けるようになる。

しばらくして菜々さんや幸子等、何人かのアイドルがみくさんの味方をして、オトナ組も巻き込むこととなり……事務所のアイドルは完全に2分された。


当のちひろさんには今までの反応が嘘だったかのように、普通に接するようになっていた。仮想敵は誰でもいい、といった所か。


しかしボクには、以前より今の方が、ちひろさんが辛そうな顔をしている気がしてならなかった。

衣装に汚れをつけたり、メイク道具をぶちまけられたり……そんな嫌がらせを受けることが日常になりつつあった、ある日。


それは突然訪れる




ちひろさんが自宅で首を吊っていたと連絡があった。




傍には『ごめんなさい』と走り書きされたメモがあるのみだった


この謝罪は誰に向けられたものなのだろうか。
プロデューサーに対してだろうか。それともアイドル達か。それとも両方か。あるいは、全く別なのか。

真相は誰にも解らない。


ただひとつ言えるのは、この時をもって、事務所は終わりと迎えた。




高く組み上げられた積木ほど崩れやすい。
アイドル達はLIKEかLOVEかの違いはあれど、プロデューサーに対して好意を持っていたように思える。
アイドル部門の屋台骨、代替品のない完全なオンリーワン。それが抜け落ちた時点で、この結末は決まっていたのかもしれない。


夕焼けの屋上で、ボクはセカイを観測している。
ここから見えるセカイも、今日でお別れだ。
事務所から拝借してきたエナドリを飲んでみる。プロデューサーが最期に飲んだ味を、ボクも忘れないように。
あのとき言えなかった別れの言葉を、やっと言える気がする。



空瓶を握りながら、一歩を踏み出し――


こうして、ボクはこのセカイから忘却した。

イベントは無理のない範囲で走りましょう。
ここまで読んで下さった方に、エナドリを。

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