渋谷凛「10センチを埋める雨」 (12)
現在、私とプロデューサーは喫茶店で雨宿り中。
プロデューサーはコーヒーを、私はクリームソーダをそれぞれ頼んで雨が止むのを待っていた。
......かれこれ1時間くらい。
「止みそうもないなぁ」
痺れを切らしたのか、腕を組んで外を眺めていたプロデューサーがぽつりと呟く。
「そうだね」
既に空っぽになったグラスから目を離し、私はそう返す。
「悪いけど、少しここで待っててくれよ。傘、買ってくるから」
そう言ってプロデューサーは席を立つ。
「なんか、ごめんね。私のワガママでこんなことになっちゃって」
「気にするなって。まぁ待っててくれ」
プロデューサーは私の肩をぽんっと叩くとそのまま店の外へ。
ざーざー降る雨の中スーツで全力疾走している姿がすごく気の毒に思えてしまって、私は「はぁ」と溜息をついた。
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どうしてこんなことになったのか、って?
話は単純で、それでいてばかな話なんだけどね。
「入りの時間までかなり余裕あるし今日は現場まで歩いて行こうよ」なんて私が言ったのが原因だ。
そんな私の提案にプロデューサーも「久々のいい天気だもんな」と快諾してくれて現場に向かったんだ。
そこまではよかったんだけどね。
撮影が終わって、「さぁ帰ろうか」ってスタジオの外に出たら来たときは晴れてた空が真っ暗でさ。
「ああ、降ってくるなぁ」なんて二人して話しながら小走りで事務所に戻り始めた。
丁度、復路の3分の1くらいとこかな。
それくらいでざーって降ってきて「この降り方ならすぐ止むかな」って喫茶店に入ったんだ。
それが1時間前かな。
そして、今に至るってわけ。
この後は私もプロデューサーも仕事はないし、何の影響もないのが不幸中の幸いか。
あー。プロデューサーは日報とかあるんだっけ。
まぁ、でも大きなお仕事はないのが救いだなぁ。なんて机に頬杖をついて考えていると
窓の外に、見慣れた顔が傘をさして歩いていることに気が付いた。
プロデューサーだ。
安っぽいビニール傘と高そうなスーツがあまりにもミスマッチで少しおかしかった。
プロデューサーが戻ってきたから、私は席を立つ。
入口のところに着くと丁度プロデューサーがお会計をしていた。
「お待たせ。行こうか」
「うん、ごめんね。なんか」
「もう気にするな、って言っただろ?」
「うん。分かった」
お会計を済ませて二人で外へ。
そこで私はあることに気が付く。
「ねぇ、私の傘は?」
「あ」
ホントにもう。大事なところでカッコつかないなぁ。この人は。
「仕方ないから入ってあげる、なんて。ダメ...かな」
あいあいがさ。
意識すると顔がぼーっと熱くなる。平静を装わなくちゃ。
「......んー。緊急事態だしな。凛が嫌じゃなければ、それで」
「...プロデューサーってちょっと抜けてるよね」
「この状況じゃ否定できないなぁ」
「ふふっ」
いつもはもう少し離れて歩く距離が今はくっつきそうなくらい近い。
時折、水たまりを避けようとして肩と肩が触れ合うのがたまらなく心地良かった。
「たまにはこういうのも悪くないね」
「こういうの、って?」
「なんでもないよ、ふふっ」
「相合傘なんて初めてかもなぁ」
「あれ?そういうのないの?」
「んー。あるにはあるけど可愛い子とはなかったかもなぁ」
「......ばかみたい」
ホントに。
ばかみたい。
こーんな社交辞令で舞い上がっちゃう私が。
私とプロデューサーの距離は今、5センチもないくらい。
事務所までのわずかな残りをかみしめるかのように一歩一歩を踏み出していく。
そんな中で私はふと気づく。
あれ。私全然雨に濡れてないや。
それもそのはず。
プロデューサーの道路側の肩はびしょびしょになっていたんだ。
ずるいなぁ、かっこつけちゃって。
無意識なのかもしれないけどさ。
私がプロデューサーだけにカッコつけさせるの、許すと思ったのかな。
許すわけないのにね。
「プロデューサー?」
彼を呼ぶ。
「どうした?」
彼が応える。
「...交代」
私がにっ、と笑ってそう言うとプロデューサーは照れ臭そうに「ばれちゃった」と言って傘を手渡す。
ここから先は私が半分濡れてあげよう。
そう思ってプロデューサーの方へ傘を傾ける。
その分、私のスペースは狭くなり肩がにぽつぽつと水滴が落ちていく。
この冷たさも、悪くないと思えた。
さぁ、帰ろう。
いつかまた、こんな日が来るといいな。
そしていつかきっと。
雨の力を借りずに10センチを埋められたらいい。
おわり
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