紳士「私はね、足長おじさんなんかじゃないんだよ」 少女「知ってる」 (204)

「…それで?」

少女「…朝起きたら、ママがいませんでした」

「君になにも告げずに?」

少女「…はい」

「置き手紙とか、何かなかった?」

少女「ありません」

「そっかー、…おい、困ったなあ」

少女「…あの、…お兄さんは誰ですか…」

「あ、ああ?俺は金貸しだよ。分かる?」

少女「…お金を、ママに貸してたの?」

「そうそう。返してもらわなきゃ困るの」

少女「…でも、ママ…」

「そうだねぇ、ママはもういないねぇ」

少女「…ママ…」

「でも、君がいるじゃないか」

少女「…え?」

「君、学校は行ってる?」

少女「…」コクン

「ここの区内の学校つったら、あそこかな。2番ブロックの」

少女「…はい」

「やめなきゃね」

少女「え?」

「大丈夫、手続きは俺らで済ますからさ。さ、早く準備して」

少女「あの、あの」

「ちょっと部屋入るよ。おい、家財売れそうなもん全部持ってけ」

少女「やめて、入ってこないでください!」

「はいどいてどいて」

少女「やめ…」

「あー、こりゃ全部持って出ていったな。よく一晩でやったもんだ」

少女「け、警察。警察呼びますよ!」

「…はぁ」

少女「…」

「あのさ、今自分がどういう状況にあるか分かってる?」

少女「……」

「お前のママは俺らに借金してた。それ理解できる?」

少女「…嘘だ…。だってママ、お仕事してたもん…。高いお洋服だって、いっぱい持ってたもん」

「あらら。なんも知らないのね、可哀想に」

少女「あなたたち、泥棒なんでしょ?ママが留守にしてるからって、…」

「…留守ね」

少女「そうだよ。ママ、帰ってくるもん。すぐ帰ってくるもん」

「そう」

少女「だから早く出て行ってよ!」

「…じゃあ聞くけど、お前のママは金目のもの全部持っていって朝のパンを買いにいくのかな?」

少女「…」

「お前のママはね、お前を捨てたの」

少女「嘘だ」

「本当だよ。高い毛皮やヒールは捨てなかったのに、お前は捨てたの。プレゼントに借金まで残して」

少女「嘘だ!!!」

「…」

少女「帰ってくるもん!ママ、絶対帰ってくるもん!そしたらあんたたち、全員警察につきだしてやる!!」

「…そう。そうなるといいね」

少女「ママ、ママ!!!」

「おい、ガキが逃げる。捕まえろ」

少女「いやっ、離して!ママー!!!」

「はーあ、本当なにもねーな。恐ろしいわ」

少女「ママ!!!助けてママ!!!」

「…うるせーなぁ、もう」

少女「ママぁ、…ママ…」

「…おい、こいつどうする?売れそう?」

「…だよなあ。まだ生理もきてなさそうだもんな。それはそれで需要ある?はは、そうかもな」

少女「…ママ…」

「あ、じゃあ俺いいこと考えた。あそこのホールで働かせよう。で、いい年になったら体売らせればいいじゃん」

「賛成?じゃあそうするか」

少女「…」

「じゃあ、今からお引っ越しな。お前の新しいおうち紹介してやるから」

少女「…お願い、あと、…少し待たせて…。ママきっと帰ってくるから。お金も、返してくれるから…」

「…」

「車乗せろ」

少女「!やだっ、ママ!やだぁあああああああああああああああああ!!!!」



バタン

少女「…」

少女「まだ7歳だった私は、母の借金取りに誘拐されました」

少女「彼らは言いました。“ママを恨め、自由になりたかったら人一倍働け”」

少女「私は後者のことは信じました。ここで、手がマメだらけになるまで働きました」

少女「でも、前者は信じませんでした」

少女「ママはきっと迎えにきてくれるって、信じました」

少女「ごめんね少女って泣きながら謝って、一緒に新しいおうちに帰るの」

少女「新しいおうちには、あの怖いママの恋人もいるかもしれないけど、それでもいいの」

少女「だって、私、ママと一緒にいれればそれでいいんだもの」

少女「…」

少女「今でも…」

少女「今でも、ママが迎えに来てくれるんじゃないかって思ってる」

少女「ある日ひょっこり現れて、私をここから連れ出してくれるんじゃないかって」

少女「…もう、明日が過ぎてしまえば何の意味もないんだけど」

少女「…」

少女「私のはなしは、終わり」

店長「…」

売春婦「…」

少女「あれ、拍手は?」

店長「…うっ…」

少女「え、どうしたの」

店長「どう思う売春婦」

売春婦「死にたぁい」

店長「だよな…」

少女「え、なんで?何でこんな空気になってるの?笑ってよ皆ちょっと」

店長「お前は馬鹿なのか?おい?明日のデビューにむけて意気込みをどうぞって俺は言ったんだぞ?」

少女「意気込みったって、身売りするのに意気込みもなにもないし」

売春婦「だよねだよね~わかる~」

店長「だからってその…重い身の上話…」

少女「面白かった?」

店長「全然。人生を疑いたくなった」

売春婦「でもぉ、話せてスッキリしたんじゃなあい?なんか顔が涼やかになってる」

店長「あいついつもあんな仏頂面じゃん」

少女「あたしもさぁ」ドカッ

少女「正直こんな地獄いつまでも続かんだろって思ってたよ?でもほんと、神様っていないんだね」

少女「モラハラ店長にはいつまでもコキ使われ、なけなしの給料も返済に消え」

売春婦「わかる~ほぉんと借金って大変だよねぇ」

店長「お前の場合は自業自得だが、少女は…」

少女「そう思うならこの展開どうにかしてよ」

店長「う…。俺は雇われだから何も…。頑張れとしか…」

少女「…律儀に18歳まで待ってさぁ。優しいんだか鬼だかわかんないよもう」

売春婦「子供に借金返済させてる時点でオニでしょ?」

店長「否めない」

売春婦「でも私、やっぱ少女のお母さんが一番ひどいと思うなぁ」

店長「万人が思うぞそれ」

少女「…」

少女「私は、…あんま思ってないかも」

売春婦「え」

少女「なんだか、お母さんを怒る気にはなれない。全然、恨めない」

店長「…」

売春婦「…」

店長「…人の情緒の成長って止まるんだな」

売春婦「まじこわぁい」

少女「不思議だよね」

店長「…ま、まあとにかく明日はいよいよお前のデビューだなっ」

売春婦「この空気変えるの無理じゃね?」

店長「店ともども全面バックアップするから、その、頑張れ!」

売春婦「そうだよ少女!最初はちょっと嫌かもしれないけど、慣れたらお金一杯もらえるし楽しいよ!」

少女「そうだねそうだといいね」

店長「…お前今日自殺とかしないだろうな?」

少女「10年間こんな状態で今更死にはしない」

店長「なら、いいんだが。その、割り切ることも大事だ。早く金を返して自分の人生を取り戻せ、な?」

少女「…」

少女「ありがとう」

売春婦「なんでも困ったことあったら相談のるよ!性病キットも持ってるし!」

少女「…」

店長「帰れ!!!!」

少女「ほんじゃ」スク

店長「あ、もう寝るのか」

少女「うん。寝不足だとなんか色々ありそうだし」

店長「…その、」

少女「大丈夫だよ。ちゃんと割り切ってるし」

売春婦「すぐに受け入れることないよ。ゆっくりでいいと思う」

少女「うん」

店長「経歴はいくらでも隠せる。金を返し終わったら、きっとお前の人生が始まるさ」

少女「うん」

少女「…ありがとう二人とも。おやすみ」

店長「ああ、おやすみ」

売春婦「おやすみぃ~」

バタン

店長「…はぁ」

売春婦「なんかまじ、死にたいねー」

店長「しにてぇよ…。ここで働くのなんか、自分の借金返済の頭緩いビッチばっかなのに…」

売春婦「ひどくない?」

店長「あんな何の詰みもない子が…。あー…。生きるってなんだろ…」

売春婦「少女より店長のほうがヘコんでるじゃん超うける」

店長「そりゃ10年も成長みてりゃこうなるわボケ」

売春婦「そっかあ、もう10年かあ。長かったねえ」

売春婦「…でも、まだなんだねえ。少女が自由になれるの」

店長「…」

売春婦「私ぃ、やっぱお母さん許せないよ。会ったらぶん殴るかもしんない」

店長「…俺もそうするかな。でも、あいつは…」

少女「…」ドサ

少女「あー…」

少女(いよいよか…)

少女(まあ色々吹っ切れたし別にいいんだけど。これ以上失うものといったら若さと処女くらいしかないしな)

少女「…」ボフンボフン

少女「…借金ってあとどれくらいだ?」

少女「…」

少女「…はぁ」ゴソゴソ

少女「…頼むよママ…」


いい、少女

この指輪をあなたにあげる

ええ、いいわ。プレゼントよ。

ママはいっぱい持ってるから。あなたにあげる。

そのかわり、この指輪をなくしたり、人にあげたり、売ったりしてはだめ。

誰かに見せるのもだめ。だから、指にはめないで。

あなたがつらくなったり、ママが恋しくなったりしたらこれを見て頑張るのよ。


少女「…」

少女(失踪前日にくれた、ママの指輪)

少女(ママは大きい宝石がついたものとか、派手なデザインの指輪が好きだった)

少女(けど、これはシンプルで石も小さい)

少女(なんでこんなもの、失踪する前の日にくれたんだろう)

少女(…これを大事に持っている私も私だけど)

少女(ある種のお守り、なのかなぁ)

少女「…」スッ

少女(指輪の内側には、何かアルファベットが刻んである。一方はママのイニシャル)

少女(で、もう一方は…)

少女(知らんけど、たぶんママの昔の男なんだろう)

少女(ママ、モテてたもんね。美人だったし)

少女(どんな顔になってるのかな、10年たった今では…)

少女「…」ゴロン

少女「…」スッ

少女「…」ジー

少女(あたしには、あまり似合わないな)

少女(手、綺麗じゃないし。アクセサリーなんかつける柄でもないし)

少女「…」カラン

少女(いつか私にも、こういうものをプレゼントしてくれる男の人が現れるんだろうか)

少女「…」

少女「…ぷっ」

少女「…はー」ドサ

少女(しょうもな。さっさと寝よう)

少女「…」

少女(ママ、おやすみなさい)

少女(愛してる)

……

店長「よう」

少女「おはよ」

店長「眠れたか?」

少女「まあまあ」

店長「どっか具合悪くないか?」

少女「普通」

店長「そうか。…朝食食べたら風呂入って、着替えとけ」

少女「っす」スタスタ

店長(驚くほどいつもどおりだな…。いや、そう見えるだけなのか)

売春婦「おはよお。いつもよりいっぱい食べないとね」

少女「じゃああんたのパンちょうだい」

売春婦「絶対嫌」

少女「ケチ」

店長「…」

店長「ヘコむわ…」ゲッソリ

少女「あんたが代わってくれるんならいいのにねぇ」

店長「それやったらもう店の趣旨変わるだろ…」

店長「なんていうか本当、自暴自棄になるなよほんと…」

少女「あんた風俗店の店長向いてないと思う」モグモグ

少女「えー、こんな服着るの。シュミわる」

売春婦「ネグリジェだよ。ちょっと寒いけど我慢我慢」

少女「最初から裸でいいんじゃないの」

売春婦「おとこはロマンを求める生き物なのよぉ」

少女「めんど…」モゾモゾ

売春婦「あ、似合ってるよ」

少女「ほんと?」

売春婦「うんうん、なんかロリロリしてて可愛い」

少女「需要ある?」

売春婦「あるある」

少女「いぇーい」

売春婦「うぇーい」

少女「…ねぇ、初めて体売ったときどんなかんじだった」

売春婦「あたし?あたしはねえ、エッチ好きだから別に嫌じゃなかったよ。今も全然嫌じゃない」

少女「天職なんでしょうなあ」

売春婦「でしょうなあ」ケラケラ

少女「ダウト」

売春婦「…なんで分かったのお」

少女「ニヤニヤしてたから」

売春婦「あーんもうオニ!!!」

店長「おいビッチ、指名だぞ」

売春婦「え、マジ?はーい」スッ

少女「…」

売春婦「ほんじゃちょっと行ってくるね。ばいばい」ヒラヒラ

少女「うん」ヒラヒラ

店長「…」

少女「…」

店長「俺ダウト強いよ」

少女「受付してていいっすよ」

店長「はい」

少女「…」

店長「…」

少女「まだ?」

店長「うるせぇなー。自分の魅力のなさ恨めよ」

少女「値段設定が悪いんじゃないの?」

店長「ちが…あ、いらっしゃいませー」

「外のポスター見たんだけど、今日デビューの子いるって?」

店長「あ、はい」

「何歳?処女?」

店長「18歳で、そうですね。初めてです」

「ふ~ん…。そうかぁ~」ジロジロ

店長「…で、ですがちょっと今予約がですね。あの、別の子紹介しますよ。可愛いし巨乳です」

「あ、そうなの?じゃあそれでいいや」

店長「ありがとうございます。そちらのソファでお待ちください」

少女「…」

店長「ふぅ…」

少女「ふぅじゃねーよ」ゲシ

店長「いてっ」

少女「なんで嘘ついたのよ:

店長「いや、だって、ほら、…あの客どう思う?」

少女「くさそうなキモオタ」

店長「嫌だろ?」

少女「嘘でしょ、客選別してんの?ほんと信じられないんだけど」

店長「いや、…そのぉお」

少女「そういうの本当にいいから。私誰でもいいよ。お金さえもらえたら」

店長「な、中には経験ないの利用してメチャクチャ言う奴もいるんだよ」

少女「それでもいいってば。はやく」

店長「お前な、だから」

少女「なんで店長が私以上に躊躇してんの?もう次の人で決めていいから」

店長「…」

少女「なに?」

店長「いや…。分かった、ごめんな」

少女「うん」

店長「お前も覚悟決めてるんだもんな」

少女「そういうこと」

店長「今日の夜は肉食わせてやるよ」

少女「それより時給上げて欲しい」

店長「めちゃくちゃ言うな、給料はバックが決めてるんだってば」

少女「かけあえばいいじゃん」

店長「怖いよ!俺今月の売り上げ伝えるだけで足震えるのに」

少女「意気地なし。ちょっとは私に良くしてくれてもいいじゃない」

店長「だからそういう…」

カラン

少女「仕事しろ」ゲシ

店長「ぐ…い、いらっしゃいませ…」

「…」

店長(…あれ、なんだこの人…)

店長(えらい年とってんな。50くらいか…?それに、良い身なりしてんな…)

「…外のポスターの子は、まだ?」

店長「え」

「先客でも?」

店長「あ、いえ、」

少女「…」

店長「…」

「買いたいのですが」

店長「あ、…」

店長(…なんだ、この感じ)

店長(なんか、妙だ。長年風俗の受付やってきて、こんな客見たことない)

店長(こういう金持ってそうな中年は、もっと高級娼館なんかに行くんじゃ…)

少女「…」クイクイ

店長「!」ビク

店長「あ、その、かしこまりました。では、料金のほうを…」

「いや、それよりまず彼女の顔が見たい。連れてきてくれますか?」

店長「は…い。…」チラ

少女「…」スッ

店長(大丈夫か)

少女(ん)コク

店長「…そちらのほうに、腰掛けて…」

「いや、いい。ここで待ちます」コツ

少女「…」フー

少女「…」ハー

少女(…よし)トッ

少女「…こんにちは」

「ああ、こんにちは」

少女(…あれ、なんだろう、この人。…他のお客さんと、全然雰囲気が違う…)

少女(どこかの、紳士みたい…)

紳士「名前は?」

少女「え?」

紳士「君の名前は何と言うのかな」

少女「…アリアです」ニコ

紳士「違う、ここでの名前じゃなくて本名を聞いているんだよ」

少女「…」

紳士「名前は?」

少女「あ、の。お店の規定で個人情報は…」

紳士「…少女」

少女「え」

紳士「合っているかね?」

少女「え、あの、え」

紳士「よろしい。オーナーさん」

店長「え、はいっ」バッ

紳士「彼女を買います。いくらですか?」

店長「あ、一時間で…」

紳士「そうではなくて、…何と言えばいいのか。彼女の借金の明細を持ってきてはくれませんか?」

少女「は」

店長「え」

紳士「できれば早くお願いします。午後の予定が詰まっているのでね」

店長「すみません、あなた…」

紳士「…東区の初老の男が来た、と言えば上も納得します。かけあってください」

店長「…」

少女「店長?」

店長「すまん、このお客さんの対応を頼む」ダッ

少女「え、ちょ」

紳士「こっちに来て座りなさい。少女」

少女(だから何で名前…。誰この人…)

紳士「はじめまして」

少女「…はじめ、まして」

紳士「私の名前は紳士。東区で輸入業をやっている者だ」

少女「紳士、さん。どうもよろしくお願いします」ペコ

紳士「…」ジッ

少女「…」

紳士「…」クス

少女「あの」

紳士「やはり声が似ている」

少女「…は?」

店長「失礼します、上の者と話がついたのでどうぞ。お部屋へご案内します」

少女(え?え?)

紳士「ああ、ありがとう」コツ

紳士「じゃあ、また後で。上着を預けておくから、その上に羽織っておきなさい」

少女「うわ」ボフ

少女「…」ポカーン

少女「…え…?」

少女「…え、なになになに…?」

少女「えー…?」キョロキョロ

店長「…」バタン

少女「店長、説明」

店長「知らん。たぶん上の知り合いのVIP」

少女「で?」

店長「お前を、買いたいって」

少女「…ええと」

店長「借金ごと、全部」

少女「…」

店長「荷物まとめとけって」

少女「…」

店長「少女?」

少女「…待って、誰なのまじで」

店長「知らん。けどなんか…。良かったな」

少女「いや全然良くないよ!なにこれ!?」

売春婦「ドタバタしてどおしたのお?」

少女「いやまだ体売ってないのに身請けされた」

売春婦「へ?」ポカン

少女「私もよくわかんない、てか私が一番混乱してる」

少女「…誰か説明してほしい」

売春婦「ちょちょちょ、え?荷物まとめてる?出てくの?」

少女「らしい」

売春婦「自由の身?」

少女「…少なくともここは出れる」

売春婦「…なんかよくわかんないけど、良かったねえ」

少女「そのふわっとした感じが怖いんだよ!なにこれ夢!?どうなんの私」

店長「おめーらうるせえ!二階に聞こえる!!」

少女「いや店長が一番うるさい」

紳士「…まさか、君のところにいるとはね」

「ギリギリでしたね。もう少しで傷物になるところでした」

紳士「傷…。いや別に、私はそこにこだわってはいない」

「いや、こちらとしても気づいていたらあなたに…」

紳士「もういいんだ。見つけだせたから、それでいいんだよ」

紳士「…で、どうなんだ」

「何がです」

紳士「彼女の、母親だよ」

「…10年前、俺が家を見に行ったときにはもう」

紳士「…そうか」

「家にはあの子だけが取り残されていました」

紳士「あの女らしい」

「それで…」

紳士「ああ、彼女を買おう。借金も私が肩代わりする。今一括で払える」

「それは、それはどうも。こちらも願ったり叶ったりです」

紳士「君と交流が持てて良かったよ。持つべき物は友だな」ニコ

「ははは…」

ガチャ

少女「…」

店長「あ!」バッ

紳士「やあ」コツ コツ

店長「それで、お話は…」

紳士「ああ、まとまった。この子は私が連れて帰ろう」

店長「そ、そうですか。ありがとうございます」

紳士「少女」

少女「…」ビク

紳士「私と一緒においで。もう、君のものでない借金に苦しむことはない」

少女「…あ、の。なんで…」

紳士「…」

紳士「君の母親の、知り合いなんだ。君をずっと探していた。ずっとね」

少女「…ママの…」

紳士「大丈夫だ。私が全て終わらせたから。だから、ここから出よう」

少女「…」

紳士「ほら、おいで」

少女「…」

少女「…はい」

店長「…」

少女「えっと、ばいばい。お世話になりました」

店長「ああ、…その、元気でな」

少女「うん。店長も…。さっさと嫁見つけなよ」

店長「じゃかしわ…。…じゃあ、な」

少女「…」コクン

バタン

店長「…」

店長「…はぁ…」

売春婦「行っちゃったね」

店長「うわビビった。いたのかお前」

売春婦「なぁんか、あの男の人すてきねー」

売春婦「背が高くて、顔も綺麗で。なんか普通のおじさんとぜんぜんちがーう」

店長「そりゃ…。うちのバックと関係があるんだ。普通じゃないさ」

売春婦「…少女大丈夫かな」

店長「なにが?」

売春婦「ん?いや、なんかね」

売春婦「…なんか、へんなかんじ。女のカン」

店長「…よせよ」

売春婦「…ん」

少女(あ、外出たの久しぶりかも)

紳士「車を停めてある。荷物を貸してごらん」

少女「あ、…はい」

紳士「おい、戻ったよ」コンコン

執事「お疲れ様です、旦那様」

紳士「彼女の荷物を荷台に。私は後部座席に彼女と座る」

執事「かしこまりました」

少女(高そうな車…)ボー

紳士「こっちだ、少女。おいで」

少女「あ、…は、はい」

バタン

執事「このまま家へ戻っても?」

紳士「ああ。別段用はない」

執事「かしこまりました」

少女(車とか本当ひさしぶりだな…。シートふかふか)

紳士「寒くないかい」

少女「あ!…だ、大丈夫です」

紳士「そうか。家に戻ったら服を新調してあげよう。君のそれは、寒そうだ。第一品がない」

少女「…」

紳士「さて…」

少女「…」

紳士「救われたと思っているかい?」

少女「え?」

紳士「君は今幸運だと感じているのかな」

少女「…あの?」

紳士「やっとあの地獄のような娼館から抜け出せた、見知らぬ金持ちのおかげで」

紳士「…そう、思っている?」

少女「…」

紳士「どうだい?」

少女「…あなたは…」

少女(なんか、…この人、知ってる気がする)

少女(ずっと昔に会った気がする。でも、いつかは思い出せない)

少女(それに、なんだろう)

少女「…」

紳士「答えてくれないか、少女」

少女(…私の、)

少女(…私に、幸福をもたらす人ではない、気がする)

紳士「少女」

少女「…思って、ます」

紳士「ほう」

少女「少なくとも今は」

紳士「そうか」

少女「はい」

紳士「…」クスクス

少女「何故、私の借金を?」

紳士「昔君のお母様に世話になった」

少女「…ママに、ですか」

紳士「ああ。もっとも今は行方が分からないようだがね」

少女「…」

紳士「…ローザが…ああ、失礼。君のお母様が失踪したと10年前知ったとき」

少女「ママの芸名をご存知なんですか」

紳士「ああ。だから交流があったと言っただろう。話の腰を折らないでくれないか」クス

少女「すみません」

紳士「やはり彼女の子供だ。性格が似ている。声もそうだが」

少女「…」

紳士「それで、彼女の失踪を聞いたときだ。噂で借金を踏み倒し逃走したと聞いた」

紳士「…そういえば、彼女には幼い娘がいたな、と思ったんだ」

紳士「彼女が君を連れて逃げるとは考えられなかった」

少女「…」

紳士「“どうしてですか?”か?」

少女「…」

紳士「決まっている。彼女は、そういう女だからだよ」

紳士「私は知っている。君の母親は、自分の人生の自由のためなら娘でさえも捨てる女だ」

少女「…」

少女「あなたは、ママの…」

紳士「私の話は終わっていない。行儀が悪いぞ」

少女「…すみません」

紳士「私は10年間君を探し続けた」

少女「え、」

紳士「本当は、ローザを見つけたかったのだがね。でも、きっとそれは無理だろうと思った」

少女「なんで、」

紳士「彼女は消えるのが上手い。誰よりも上手い」

少女「…」

紳士「それこそこの10年間は、血眼で探した。やっと出会えてうれしい限りだ」

少女「…ありがとうございます」

紳士「君に会ったら、話したいことや聞きたいことがたくさんあったんだ」

少女「…」

紳士「しかし、やはり第一の目的はこれだ」

紳士「…君の母親は今どこにいる?」

少女「知りません」

紳士「…」クス

少女「私も知りたいくらいなんです」

紳士「本当かい?」

少女「はい。…全然、見当もつきません」

紳士「そうか。それはしょうがないな」

少女「…ごめんなさい」

紳士「謝らなくていい。君を見つけ出せたことが、大きな収穫だ」

少女「…」

少女「話は、終わりましたか」

紳士「ああ」

少女「あなたはママの何なんですか」

紳士「…」

紳士「友人だ」

少女「…」

紳士「目も、似ているね。彼女もよくそんな目で私を見た」

少女「どんな、…目ですか」

紳士「…」

紳士「敵意のある目で、だよ」クスクス

少女「敵意、ですか」

紳士「ああ」

少女「…仲が悪かったんですか?」

紳士「さあ」

キッ

執事「旦那様」

紳士「ああ、着いたよ少女」

少女「…どこに?」

紳士「私の家だ。君の家でもある」

少女「…」

紳士「何をしている。早く降りなさい」

少女「は、はい」

執事「…」ペコ

少女「…」ペコ

紳士「執事、彼女の部屋から着替えを。それと、ココアを用意してあげてくれ」

執事「かしこまりました」

紳士「おいで。気に入ってくれるといいのだが」

少女(でけぇ)ポカーン

紳士「とりあえずリビングに通そう。ソファに座って待っていなさい」

少女「…はい」

紳士「上着をもらってもいいかな」

少女「…」スッ

紳士「ありがとう。…しばらく待っていなさい。すぐ家の者が着替えを持ってくるから」

少女「はい」

紳士「よろしい」

少女(うわあ落ち着かない)

少女(めっちゃ広いめっちゃ綺麗めっちゃシュミいい)

少女(てか何なんだろうあの人、すごいクセがありそうなんだけど)ソワソワ

少女(ママの知り合い、ただの知り合いでこんなことまでするかな?えぇー…)

ガチャ

少女「うわ」ビク

執事「お着替えです、お嬢様」

少女「…え、お嬢…」

執事「着替え終わりましたらお声かけください」

少女「は、はあ」

バタン

少女「…」

少女(ブラウスにスカートか…。なんだこの生地。すべっすべ)

少女(なんか、上手くいきすぎてるような気がする)


コンコン

「少女?」

少女「はい」

「入っても?」

少女「どうぞ」

紳士「…」ガチャ

紳士「…ふむ。綺麗だ、似合っている」

少女「…ありがとうございます…」

紳士「ココアをいれたから飲みなさい。体を温めたほうがいい」

少女「…」ペコ

紳士「…」ギシ

少女「…いただきます」

紳士「…」ジ

少女「…」ズー

紳士「…君の肩代わりしていた借金だが」

少女「…はい」

紳士「実に高額だった」

少女「…すみません」

紳士「謝らなくていい。私が勝手にやったことだ」

少女「でも」

紳士「私には家族もないから、これくらいの出費は特に問題はない。安心したまえ」

少女「…」

紳士「気になるのか」

少女「はい?」

紳士「対価になにを要求するのか」

少女「…」

紳士「君はきっと今、様々なことを考えているだろうが、ね」ギシ

紳士「私は確かに、ただの純粋な善意から君を救ったのではない」

少女「…」

紳士「明確な目的がある」

少女「…」ズズ

少女「さっきも言ったとおり、ママの居場所は分かりません。…お役には立てないと思います」

紳士「その件はもう、いい」

紳士「私が君に求めることを、今から言う。君はそれに忠実に従う。それだけでいい」

少女「…」

紳士「まず、私の同伴なしにこの家から出ないこと」ギシ

少女「…」

紳士「…たばこの煙は苦手かな?」

少女「いいえ」

紳士「では、吸わせてもらう。…2つめに」

紳士「恋愛を、しないこと」

少女「…」

紳士「3つ。ローゼに関する情報を何か思い出したときは、全て包み隠さず私に言うこと」

少女「…」

紳士「4つ。私に対して、その猫をかぶったような態度をとらないこと。そのままの君で接していい」

少女「あの…」

紳士「待て。最後に。ローゼに関する情報は全て隠さず伝えること」

少女「…」

紳士「あとは、私が強く命じたことには従ってもらいたい。以上だ」

少女「……」

紳士「なにか言いたいことは?」

少女「…」

少女(なんだろう、この人は)

紳士「…」

少女(初めて目が合ったときから、なんとなく感じていた)

少女(彼は、たぶん…私を救う人ではない)

少女(今、目を見るだけでも分かる。彼が私の内面を見透かそうとしているのを)

少女(善意でも、好意でも、何でもない。きっと私を助けた理由には、暗いものが混じっているんだろう)

少女(…)

少女(彼は、私の障害になる気が、する)

紳士「少女」

少女「…」

少女「…ねえ」

紳士「ああ」

少女「しゃべり方はこれでいいの?本当に」

紳士「何でもかまわない。自然のままがいい」

少女「…」

少女「セックスがしたいんじゃないの?」

紳士「はは、やっぱり女は猫を被るのが上手い。恐ろしいな」

少女「違う?」

紳士「私は後のことは分からない。予言者ではないからな。だから、未来でどうなるかは分からない」

紳士「ただ、現時点ではそれはない。正直、私は君に性的魅力は感じない」

少女「そう」

紳士「君は私の養女だ、という感覚で接してくれればいいさ」

少女「…じゃあ、何て呼べばいいの?パパ?」

紳士「好きなように」

少女「…」

少女「おじさま」

紳士「ああ」

少女「…おじさま」

紳士「聞こえている」クスクス

少女「おじさまは、何歳なの?」

紳士「50だ。老けて見えるか?」

少女「ううん。綺麗な男の人だと思う」

紳士「そうか。君は18のわりには子供っぽい」

少女「…」クスッ

紳士「褒めているんだ。純真そうだという意味でな」

少女「へぇ」

紳士「可愛らしい。さっきの人に媚びた様子よりも、こちらのほうがずっといい。小生意気でな」

少女「おじさまも、思ったほど優しくないのね」

紳士「そうだろうか」

少女「うん」

紳士「…できるだけ優しくしよう。君が言うことを聞いてくれるのならね」

少女「きっと聞く」

紳士「そうか」

紳士「そうだ、君の部屋に案内しよう」

少女「部屋があるの?」

紳士「ああ」

少女「見たい」

紳士「ついておいで」

少女「うん」

ガチャ

執事「…」

紳士「…12時だな」

執事「旦那様」

紳士「今まで世話になった。達者で暮らせ」

執事「…」

執事「お世話に…なりました」

紳士「おいで、少女」

少女「…」

執事「…」

少女「どうしてあの人、クビにしたの?」

紳士「邪魔だからだ」

少女「…えっと?」

紳士「彼がいたら、君と2人きりになれないだろう?」

少女「…」

紳士「もう屋敷に使用人はいない。家事は君に任せた」

少女「無理かも」

紳士「やりなさい」

少女「…えー」

紳士「娼館では何でもやらされていただろう。その経験を生かすんだな」

少女「…ねえ、おじさまって何か変」

紳士「どこがだ」

少女「全部」

紳士「ほう」

少女「あのね、言ってることにきっと嘘があるんだ。でもそれが分からない」

紳士「私は嘘はつかない」

少女「へえ」

紳士「本当だとも」

少女「おじさま、何か企んでいるでしょ?」

紳士「企む。なにを」

少女「何かを」

紳士「何かとは?」

少女「…わかんない」

紳士「なら、めったな疑問は持たないことだな」

少女「はーい」

紳士「ほら、ここだ」

少女「開けてもいい?」

紳士「君の部屋だ。自由にしなさい」

少女「…」ガチャ

少女「…うわ」

紳士「どうだ?」

少女「…綺麗。それに広い」

少女「え、これ全部私の?」

紳士「ああ」

少女「…使って良いの?」

紳士「何かもっと欲しいなら言いなさい。新調しよう」

少女「…なんか、すごい。お姫様になったみたい」

紳士「なったんだ。良かったな」

少女「…はー…」

紳士「荷物はそこにおいておいた。収納に閉まっておきなさい」

少女「はい」

紳士「荷解が終わったら昼食を作ってくれないか。さっきから空腹だ」

少女「…はーい」

紳士「よろしい。私はリビングにいる」

バタン

少女「…」

少女「荷物っていったて、特にないけど」

少女「よいしょ」

ボスッ

少女「もういいや、これで」パンパン

少女「…」ガチャ

少女(あ、キッチンってどこだろ。広すぎてわかんないや)

少女「…」

少女「ママー」

少女「ママの友達、変だね」ボソ

……


紳士「これは?」

少女「サンドイッチ」

紳士「…何かの塊にしか見えない」

少女「あはは」

紳士「君に食事の世話は任せないほうがいいのかな」

少女「たぶんね」

紳士「…私も多少はたしなみがあるから、当分は作ろう。けど、君も練習するんだ」

少女「はーい」

紳士「具材は何を使ったんだ?原型がないが」

少女「えっと、ハムと…」カチャ

紳士「…」

少女「なに?」

紳士「ナイフとフォークの使い方が違う」

少女「あ、…。ごめんなさい」

紳士「謝らなくていい。私がきちんと教える。ほら、真似して」

少女「…こう?」

紳士「ああ。それで、こちらの手で食材を切る」

少女「…」

紳士「音を立ててはダメだ」

少女「これ、必要あるかな?私お嬢様じゃないよ?」

紳士「私の娘である以上は覚えてもらう」

少女「…はーい」カチャカチャ

紳士「よろしい」

少女「…」ムム

紳士「…母親との食事はどうだった?」

少女「え」

前に似たようなの書いてた人か?
なんだったか、少女が男の人に通販で服とか買ってもらったりして...(曖昧)

紳士「何を食べていたんだ」

少女「…ママは…」

少女「料理、しなかった」

紳士「そうか」

少女「外食か、デリバリーの食べてた」

紳士「それはいけないな。だから君は料理を教わらなかったのか」

少女「うん、まあ」

紳士「食べるときは、2人で?」

少女「ううん」

紳士「そうか。では、寂しかっただろうな」

少女「ううん」

紳士「何故」

少女「…」

少女「一緒にご飯食べなくても、ママは私のこと愛しているから」

紳士「…」カチャ

少女「うわ、ジャリっていった」

紳士「…」

>>54
書いてないで

紳士「ごちそうさまでした」

少女「ごちそうさまでした」

紳士「美味しくはなかったが、君が一生懸命作った気持ちが嬉しかった」

少女「本当?ありがとう」

紳士「美味しくはなかったがな」

少女「練習します」

紳士「そうしてくれ」ガタ

少女「どこいくの」

紳士「書斎で仕事をしてくる」

少女「…私はどうしたらいい?」

紳士「退屈なようなら、屋敷を探検してみたらどうだ」

少女「迷いそうで怖い」

紳士「…ならこれでもつけるか?」

少女「なにこれ?」

紳士「鈴だ。猫につけるためのものだが」

少女「あはは、いいかも」

紳士「つけてあげるから、おいで」

少女「うん」

紳士「…」カチ

少女「くすぐったい」

紳士「できたぞ」

少女「…あははっ。猫みたい」リンリン

ID変わってるのは履歴消しちゃったからだ…

紳士「似合っている」

少女「本当?」リンリン

紳士「探すときに便利そうだ。ほら、いっておいで」

少女「はーい」

紳士「…」

少女「あはは、うるさいなこれ」リンリン

バタン

紳士「…」ハァ

紳士「…」カチ

紳士「…ふー」

紳士(やはり若い女の相手は疲れる)

紳士(…だが、良い気分だな)

今日はもう寝るは
おやすみ

少女「…」リンリン

少女「お、ここも空の部屋」バタン

少女「ここも空。ゲストルームかな」バタン

少女「…」

少女(書斎は二階か)

少女「……」リンリン

少女「よいしょ」プチ

少女「…よっと」カチ

少女(窓枠につり下げて、と)カチン

少女「…」ソロー

少女(ちょっとくらいいいよね)

バタン

少女(おー、庭までついてんのかすげえな)

少女(花の植え込みに、小さい池に、東屋…。まじで豪邸じゃん)

少女(ママがよく見てた雑誌に、こういう綺麗な別荘がのってたな)

少女(こういう所に住みたいわってよく言ってたっけ)

少女「…」チャプ

少女「あ、魚」

少女「…綺麗」

ガサッ

少女「…」バッ

青年「わ」

少女「うわ」

青年「…」

少女「…」

青年「ど、どちらさま?」

少女「いやそっちこそ」

青年「ここ空家じゃないんだから。君は誰?勝手に入っちゃだめじゃないか」

少女「は?いや…」

青年「ここは有名な資産家の家なんだ。ほら、出て行かないと見つかっちゃうよ」

少女「…えーっと、ここの家の者なんですけど」

青年「紳士さんに家族はいないよ。嘘つかないでさっさと…」

少女「本当です。つい4時間ほど前に養女になりまして」

青年「はいはい、君は近所の子?学校にも行かないで何…」

少女「…」ムカ

少女「…だから、養女なんだってば」ブン

ばしゃっ

青年「わぶ!?」

少女(あ)

青年「げほ、なにするんだよ!」

少女「あ、えーと」

少女「…」

少女「…」ダッ

青年「おい!!」

少女「はっ、はぁっ」タタタ

青年「待てって!君やっぱり空き巣かなにかだろ!紳士さんに引き渡してやる!」ダッ

少女「違うって言ってんじゃん馬鹿じゃないの」ダダダ

青年「違うんなら逃げなくていいだろ!」ダダダ

少女「…」ブン

青年「いだだだ!!!石投げるな!!」

少女「はぁ、はぁ」ダダダ

青年「おいちょ…こら!!!!」


リン

紳士「…」

紳士「…ん」ギシッ

紳士「…はぁ」コツ

紳士「少女。どこだい」

リン リン

紳士「…」コツコツ

ガチャ

紳士「…おや」

リン

紳士「鈴が…」

紳士「…」フッ

紳士「とんだじゃじゃ馬だな」

ドンドン

紳士「…」コツ

「紳士さん!紳士さん!裏庭に泥棒が!」

「だから違うって言ってるでしょ!!おじさまに言いつけてやる!!」

紳士「…はは」

ガチャ

青年「紳士さん!こいつが…」

少女「おじさま!」バッ

紳士「おかえり少女。鈴を外してどこに行っていたのかな」

少女「外を見ていただけよ。裏庭にいたの」

青年「え?」

紳士「配達かい、青年。すまないね、使用人は今日限りで全員解雇したんだ。私が受け取ろう」

青年「いや、あの、彼女…」

紳士「私が今朝引き取った子だ。友人の娘でね。しばらく一緒に暮らす」

青年「」

少女「だから言ったじゃん。あのね、この人全然信じてくれなくて私を…」

紳士「まあ、いいさ。伝えてなかった私も悪いからね」

青年「すす、すみ、すみま」

紳士「気にしなくていい。それより、荷物を」

青年「…え、彼女と暮らすんですか」

紳士「ああ。引き取り手も他になかったしな」

青年「はぁ…。ということは、やはり養女に」

紳士「まあね。まだ手続きはしていない。砂糖はいるかい?」

青年「あ、大丈夫です…」

少女「…」

青年「…あの、ですから、すみません。紳士さんの娘さんとは露知らず…」

少女「おじさま、こいつ私に抱きついてきた」

紳士「それは困るな。私も抱いたことがないのに」

青年「ごごごごご誤解ですよ!僕そんなつもりじゃ」

紳士「はは、分かってるさ。少女、お客様にお茶とお菓子を出してあげなさい」

少女「はーい」

青年「う…」

少女「どうぞ、オキャクサマ」コト

青年「謝ってるじゃないか…」ボソ

紳士「少女、彼は青年。ここらに住む若者だ。よく荷物を届けに来てくれる」

少女「はじめまして」

青年「は、はじめまして」

紳士「彼女は少女。私の娘だ」

青年「少女…。ええと、先ほどは本当に失礼しました」

少女「ん」

紳士「まあ、良くしてやってくれ。ここらじゃ友人もいないからな」

青年「はあ」

少女「…」フイ

紳士「さて、長く引き留めても悪い。次の配達があるだろう?」

青年「ああ、はい」

紳士「また頼むよ。玄関まで送ろう」

青年「いや、そんな」

紳士「…」グイ

紳士「少女はそこで待っていなさい。いいかい、そこにいるんだよ」

少女「…はぁい」

紳士「…」

少女「…」

青年「…あの?」

紳士「ああ、行こう」コツ

紳士「じゃじゃ馬でね」コツ

青年「いや、えーと。そんなことないですよ」

紳士「気を遣ってくれなくてもいい。あれはお転婆だ。さっきも言いつけを破っていたんだから」

青年「はぁ…」

紳士「しかし、可愛い子だろう?」

青年「は、はい?」

紳士「君みたいな男は、ああいう可憐ではつらつとした女の子が好みなんじゃないか?」

青年「いや、あの、はあ。まあ、綺麗な子ですね。紳士さんの娘さんにふさわしいと思います」

紳士「そうだな。もったいないくらいだ」

青年「…しかし」

青年「どうしてまた、使用人を全て解雇なさったんですか」

紳士「…ん?」

青年「いえ、その。あなたの足のこともありますし、新しくご家族が増えたのに…」

紳士「ああ、もういいのさ。家に使用人を入れていたのは、私が滅多に家に帰らないからでもあるしね」

青年「…はあ」

紳士「これからは、彼女と一緒に少しゆっくり暮らすとするよ。もう歳だしね」

青年「そんな、まだお若いです」

紳士「ははは、そうかね」

紳士「君にはまた色々と世話になりそうだ。頼むよ」

青年「いえいえ、僕でよかったらいつでも呼んでください」

紳士「ああ。ところで…」

青年「はい?」

紳士「少女は裏庭で、なにをしていた?」

青年「え?」

青年「え、と。…僕に気づく前は、池の前にかがんで…。魚を見ていました」

紳士「…そうか」

青年「それが何か」

紳士「いや。何でもないよ」

紳士「ご苦労様。また頼むよ」

青年「はい。さようなら」

紳士「…」

紳士「…」コツ

ガチャ

少女「…」

紳士「さて」

紳士「少女、こちらへ来なさい」ドサ

少女「…」スタスタ

紳士「…」

少女「…」

パン

少女「…」

紳士「…」

少女「痛い」

紳士「嘘をつけ。優しくした」

少女「いきなりだから、口の中が痛くなったの」

紳士「それは可哀想だな」

少女「私も殴り返してもいい?おじさま」

紳士「君は面白いことを言うな。もちろん駄目だ。何故殴られたか分かるか?」

少女「…鈴を外して外に出たから」

紳士「惜しい。鈴を外して小細工をして外に出たからだ」

少女「どっちでも同じだわ」

紳士「いいや。狡猾さが違う」

少女「だって、退屈だったんだもの」

紳士「そうか」

少女「少しくらいなら、いいじゃない。庭に出てただけなのに」

紳士「庭は家の外だ」

少女「…ケチね、おじさまって」

紳士「君が信用できないからね」

少女「どうして?」

紳士「きっと逃げ出すだろう?」

少女「…何で?私はあなたの他に身よりもないし、お金もないのに?」

紳士「前の店に戻ればいい。金は、ここにあるものを盗んで売ればいい」

少女「そんな行動力、私にはない。逃げたりしない」

紳士「いいや。君は逃げる。きっと今も逃げたいと思っている」

少女「何で言い切れるの?」

紳士「君の母親がそうだったからだよ、少女」

少女「…どうしてママの話になるのかしら」

紳士「昔から君の母親は逃げるのが上手だった」

少女「ふうん」

紳士「男からも、仕事からも、客からも、友人からも、…借金と娘からもね」

少女「おじさま」

紳士「話の途中だ」

少女「ママは私を捨ててない」

紳士「黙りなさい。また頬を張られたいか」

少女「…」

紳士「…君の母親はね、少しでも自分の人生が不自由だと感じると逃げ出すような人だった」

少女「…でも私は」

紳士「いいや。君は彼女と同じだ。初めて会って、すぐ分かった」

少女「…」

紳士「君は私に、何か企んでいるのではないかと聞いたね」

少女「うん」

紳士「君もだろう?」

少女「…」

紳士「…」

少女「えへへ」

紳士「はは、そうか」

紳士「何を考えているのかな。教えてくれないか」

少女「嫌よ。おじさまだけが隠し事しているの、嫌だもん」

紳士「そうか、…。まあ、いいだろう」

少女「お説教おしまい?」

紳士「ああ。仲直りをするかい?」

少女「私はまだちょっと怒っているわ」

紳士「…理不尽だな。こちらが叱っているのに」

少女「だって手を出してきたんだもの。野蛮よ」

紳士「本気ではない。軽い戒めだよ」

少女「ふうん」

紳士「困ったな。私は仲直りしたいんだが」

少女「部屋に戻ってもいい?おじさま」

紳士「避けないでくれないか」

少女「昼寝がしたいの」

紳士「…」

紳士「呼んだら戻っておいで。分かったね」

少女「うん」

紳士「早く機嫌を治してくれないと、困るよ」

少女「さあ」

バタン

紳士「…」

紳士「そっくりだな」

少女「…」ボフン

少女「…くそじじい」ボソ

少女(全然痛くなかったけど。ママに殴られたほうがずっと痛い)

少女「…」モゾ

少女(居心地の良い場所だ)

少女(きっと、そうなるよう細心の注意を払ったんだろう)

少女(けど、)

少女「…きもちわるい」

少女「…」ゴロン

少女(彼と目を合わせるときは、腹の底の探り合いだ)

少女(そんなかんじがする。だから気持ちが悪い)

少女(…)

少女(なんか、嫌な人に拾われちゃったな)

少女(ママって、こんな友達がいたのね)

コンコン

少女「…」

「少女」

少女「寝てる」

キィ

紳士「起きてるじゃないか」

少女「寝てるの」

紳士「もう夕方だ。起きないと夜眠れなくなるよ」

少女「…おじさま、うるさい」

紳士「ひどいな」

紳士「拗ねていないで、お風呂に入ってきなさい。夕飯の準備をしておくから」

少女「一緒に入ってって言われるかと思った」

紳士「まさか」

少女「おじさまの足じゃ、1人で入るのはつらいんじゃない?」

紳士「ああ、やはり気づいていたのか」

少女「うん。左足を少し引きずるから」

紳士「生活に支障はない。歩くときも杖をつけば問題ない」

少女「怪我?」

紳士「昔ね」

少女「ふうん。…」

紳士「少女、お風呂だ」

少女「分かったってばぁ」

紳士「よろしい」

少女「…ご飯、なに」

紳士「出るまでのお楽しみだ」

少女「はーい」

紳士「クローゼットの中にある衣類を持っていきなさい」

少女「分かった」

バタン

少女「…あ」

少女「下着まで準備してるんだ。うわー」

少女「…」ホコホコ

紳士「早かったね。テーブルについて」

少女「ん」ガタ

紳士「君、好き嫌いはあるのかい」

少女「何もない」

紳士「良い子だ。…では、いただこう」

少女「いただきます」カチャ

少女「…」

紳士「どう?」

少女「美味しい」

紳士「それはよかった」

少女「料理はおじさまがするべきよ」

紳士「私は君が作ってくれた料理を食べたい」

少女「えー、きっとまずいよ」

紳士「美味しいさ。私にとってはね」

少女「変なの」

紳士「普通さ」

少女「…」カチャ

少女「お酒、飲むの」

紳士「ああ」

少女「…」

紳士「何だ」

少女「飲まないで」

紳士「私はお酒に強いし、飲んだところでこの性格が変わることもない」

少女「…」

紳士「それに今日は君と初めて食卓を囲める記念すべき日だ。祝い酒くらい飲ませてくれ」コポポ

少女「……」

紳士「それとも…」

紳士「お酒になにか、悪い印象でも?」

少女「別に」

紳士「そうか。ならいただこう」

少女「…」

紳士「君とも早く飲めるといいがな。きっと楽しいだろう」

少女「私は、…飲まない。まずそうだし」

紳士「そうか」クス

少女「…」ウト

紳士「眠いかい」

少女「…ん…」

紳士「今日は色々あって疲れたのだろう。もう寝なさい」

少女「…うん」

紳士「ほら、おいで」

少女「自分で歩けるわ」

紳士「…はは、そうか。それは失礼」

少女「…」スタスタ

ガチャ

紳士「布団をかけてあげよう」

少女「いいってば。自分でできるから」

紳士「娘に布団をかけて電気を消すのは、父親の役目だろう?」

少女「…私もう子どもじゃないのに」

紳士「私からすれば立派な子どもだ」ポフ

少女「へえ、そう」

紳士「…」

少女「…おやすみなさい、おじさま」

紳士「ああ」

少女「…」クス

少女「おやすみのキスはしないの?」

紳士「してほしいのかい?」

少女「あなたのほうがしたいんじゃない?」

紳士「参ったな…」

紳士「君はまだ拗ねているようだし、やめたほうがいいのかな」

少女「拗ねてないわ」

紳士「私にいやに冷たいじゃないか」

少女「元々の性格なの」

紳士「そうか、…」

紳士「…」ギシ

少女「…」

紳士「…はは、しないよ」

少女「あらそう」

紳士「おやすみ、少女」

少女「おやすみなさい、おじさま」

紳士「起こしに来るからね」

少女「うん」

紳士「消すよ」

少女「…うん」

カチ

紳士「…」キィ

少女「…」

バタン

少女「…」ムク

少女「…ふぁ」

コンコン

少女「…はぁーい」

紳士「朝だよ」

少女「知ってる」

紳士「着替えて食堂までおいで」

少女「ん」

紳士「返事は、はいだろう?」

少女「はーい」

少女(…めんどくさ)ファ


紳士「おはよう」

少女「おはようございます」

紳士「今日は少し外に出るよ」

少女「何しにいくの?」

紳士「君を養女として迎える書類を出しに行こうと思ってね」

少女「…面倒だからそこまでしなくてもいいんじゃない?」

紳士「書面上の情報は大事だ」

少女「よくわからない、けど」

紳士「まあ難しい手続きは私がやるから、君は隣にいればいいんだよ」

少女「はーい」

少女「運転できるの?」

紳士「できるさ」

少女「足は辛くないの?」

紳士「心配してくれてるのかい?」

少女「自分の安全をね」

紳士「大丈夫さ。オフィスに行くときも自分で運転しているからね」

少女「へー」

紳士「こらこら、助手席に乗りなさい」

少女「はいはい、分かりました」

紳士「まだ怒ってるのかい?」

少女「怒ってないってば」

紳士「…街に出たら何か買ってあげよう」

少女「ほんと?」

紳士「ああ。それで機嫌が直るなら」

少女「えへへ、やった」

紳士「現金なものだな」

「では、こちらの用紙に記入を…」

紳士「はい」

少女「…」ブラブラ

少女(役所って暇)

紳士「少女」

少女「なに」

紳士「いくらかお金をあげるから、暇なようなら二階のカフェにいなさい」

少女「え、いいの?」

紳士「ああ。くれぐれも逃げないように」

少女「分かってるよ…。昨日のはただの気まぐれじゃない。そっちこそずっと怒ってる」

紳士「私は割と根に持つ」

少女「嫌な人」ボソ

紳士「聞こえているよ」

少女「いってきます」

紳士「鞄の中に君用の財布がある。持って行きなさい」

少女「はーい」

少女「…」カラン

少女(あ、そういえば)

少女(自分のお金で買い物したのってめちゃくちゃ久しぶりじゃない?)

少女(お店にいたときは借金返済でほとんど飛んでたし)

少女(そもそも逃げられないよう外出も制限されてたし)

少女「…」

少女「自由だ…」ボソ

少女「…ふふっ」

少女(あ、でも。そうでもないか)

少女(今度はあのじじいに捕まえられてるもんな)

少女(しかも勝手に養女にされたし)

少女「…」

少女(あれ?何で私は彼から逃げたいんだ?)

少女(お金もある、良くしてくれる、ちょっと変だけど基本的に優しい)

少女「…」ハテ

少女(…なんでだろ)

紳士「…」カリカリ

少女「わっ」

紳士「…字がずれるだろう」

少女「おじさま、ごちそうさまでした」

紳士「何か食べたのかい?」

少女「ううん。紅茶だけ飲んだ」

紳士「自分のお金で物が買えるのは、良い気分だろう?」

少女「自由ってかんじがした」

紳士「はは、良かったね」

少女「…おじさま、眼鏡かけてる」

紳士「老眼鏡だ」

少女「へー。やっぱ、おじさまなんだね」

紳士「ああ」

少女「書類、終わった?」

紳士「もう少しだ。座ってなさい」

少女「…」チラ

少女「…!」

少女「…おじさま?」

紳士「ん?」

少女「それさ、」

紳士「ああ」

少女「…養子の書類じゃないよ」

紳士「ああ」

少女「婚姻届だよ」

紳士「ああ」

少女「……」

紳士「それが何か?」

少女「おじさま、誰と結婚するの?」

紳士「君だ」

少女「…」

紳士「もう少しで終わるから、静かに待ちなさい」

少女「…」

紳士「…」カリカリ

少女「おじさま!?」

紳士「こら、うるさい」

少女「ちょっと待って、おじさま!?」

少女「私、結婚しないよ?」

紳士「どうして」

少女「え、いや、だって、え」

紳士「…」ハァ

少女「……あの、何考えてるの…?」

紳士「全く。見つからないようにしようと思ったのだが。字が読めたか」

少女「…よ、読めるよ。基礎くらいなら読める」

紳士「やっかいだな。知らないうちに出そうと思ったのだが」

少女「……」

紳士「分かった、今日出すのはやめよう」

少女「永遠に出さないで」

紳士「それは無理だ。いつか出す」

少女「あの、……なんなんですか、本当に」

紳士「…お腹がすいたな。行こうか」

少女「……」

紳士「ほら」

少女「は、はあ」

バタン

少女「…どういうつもり?」

紳士「どういうつもり、とは?」

少女「だから、何で私と結婚しようとしてるの」

紳士「したいからだ」

少女「…えっとー」

少女「…プロポーズされてる?」

紳士「ああ」

少女「…」

紳士「いや、正確にはただの告知だ。君は私と結婚する」

少女「何で」

紳士「最初からそのつもりで攫った」

少女「うわ、…マジかよ…」

紳士「ははは、君はそんな顔もするんだな。いつも飄々としていると思ったら」

少女「気持ち悪いんだけど、本気?」

紳士「ああ」

少女「私は18だよ?」

紳士「年齢差なんて些末な問題だ」

少女「私はあなたのことが好きではないし、どちらかというと苦手なんですけど」

紳士「知っている」

少女「…あ、はい。えっと?」

少女「…え、あなたは…私のことが好き、なんですか?」

紳士「…」

紳士「私は…」

少女「…」

紳士「君が嫌いだ」

少女「あ、そうなの?」

紳士「同時に、好きでもある」

少女「はぁ」

紳士「私は君が憎くもあり、どうしようもなく可愛くもあるんだよ。少女」

少女「…」ゾワ

紳士「君には、分からないだろうね」クス

少女「わ、…」

少女「分かんない、よ。昨日から…。私に何の説明もしてないじゃない」

紳士「ああ」

少女「いきなり助けたと思ったら、屋敷に縛り付けようとするし。おまけに結婚って」

少女「…」

紳士「それで?」

少女「何がしたいの?」

紳士「…知りたい?」

少女「うん」

紳士「知ったら君は恐らく後悔するよ」

少女「…」

少女「私は何に巻き込まれてるの?」

紳士「大げさだな」

少女「はぐらかさないでよ」

紳士「…私は別に、隠すつもりはない」

少女「じゃあ話せよ」

紳士「言葉遣いが悪い。それに、その顔はやめてくれ。綺麗な顔が台無しだ」

少女「話せって言ってんでしょ。いい加減にして」

紳士「あぁ、恐ろしいな…。怒らないでくれ。分かったから」

少女「…」

紳士「…2人になれる場所がいいな。運転しながらだと話しづらい」

紳士「私のオフィスに行こうか。今なら誰もいない」

少女「…」

紳士「返事」

少女「早く行ってよ」

紳士「やれやれ。気の短いお嬢さんだな」

バタン

紳士「そこにかけて」

少女「…」ボフン

紳士「…」コツ

少女「で?」

紳士「お茶でも淹れようか」

少女「いい」

紳士「…」

少女「説明して」

紳士「…分かった。じゃあ、できるだけ端的に言おう」

少女「…」

紳士「私は、復讐がしたい」

少女「…はぁ?」

紳士「君の母親にだ」

少女「…」

紳士「私に殴りかからないと約束できるなら、続きを話そう」

少女「どうぞ」

紳士「…私は、君の母親に恨みがある」

少女「どんな」

紳士「…」

紳士「…君が産まれる前のことだ。昔話は嫌いか?」

少女「嫌いだけど、これなら真剣に聞ける」

紳士「…」ギシ

紳士「君の母親は、人気のある舞台女優だった」

少女「うん」

紳士「メディアに露出することこそないが、彼女の歌には全ての人が魅了された」

少女「…」

紳士「ローザ。それが彼女の舞台名だ。あの頃の彼女は本当に美しかった。高嶺の花だった」

少女「…」

紳士「しかし本当に我が儘で、高慢ちきな女でね」クス

紳士「私は当時から彼女の知り合いだったが、よく振り回されていたよ」

少女「…ふうん」

紳士「君も知ってると思うが、彼女は金もそうだが男が好きだった」

紳士「本命の他に最低2人は侍らせておかないと気が済まないんだ」

少女「嘘つけ…」

紳士「本当さ。全盛期の彼女を知る奴らなら口をそろえて言う」

紳士「…彼女は淫売だってね」

少女「…」バッ

紳士「話の途中だよ、少女」

少女「殺すぞ、じじい」

紳士「じじい、か。私は自分で言うのもなんだが、そこまで老けてはいない」

少女「ママをけなすな。よく子どもの前でそんな下品な暴言吐けるわね」

紳士「…君はママが本当に大事なんだね」

少女「な、…」

紳士「話を聞きたいと言ったのは君だ。黙って聞けないのならもうやめる」

少女「…」グッ

紳士「座りなさい」

少女「…」ボフン

紳士「…言っておくが、これは本当だ。彼女は男を体で誘っては関係を持ち、金品を貢がせるような人間だったんだ」

紳士「君も片鱗は見ただろう?父親は分かるか?存在したか?彼女のボーイフレンドは1人じゃなかったはずだ」

少女「…うるさい」

紳士「やはりな。彼女は何も変わってないんだな」

少女「…」ギリ

紳士「…よく、注意をした。もう少し道徳的に生きろ、と。いつか大変なことになるだろうから」

少女「…」

紳士「私の予感は的中した」

少女「…どういうこと」

紳士「彼女は人を殺した」

少女「は、…?」

少女「なに、…なに、言ってんの」

紳士「彼女が君を身ごもる少し前のことだ。彼女に熱心に入れあげてる男がいた」

少女「…、…」

紳士「その頃借金癖までついた彼女に夢中になり、本命は別にいるというのに…。随分貢いだ」

紳士「彼女は気まぐれに関係を持ち、そして甘言をもって金品を巻き上げた」

少女「…ママが、…」

紳士「そして彼が結婚をもちかけたとたん、手ひどく振った」

紳士「彼にはもう何も残ってはいなかった。彼女以外はな」

少女「…」

紳士「19年前の5月12日のことだ。よく覚えてる。早朝、私に電話がかかってきた」

紳士「私の唯一無二の親友からだった。彼は言った。“今まで世話になった”。電話口で彼は泣いているようで」

紳士「私が何か言う前に電話を切って、彼は列車に飛び込んだ」

少女「…は、…」

紳士「私は、…私は彼が死んだという知らせを聞いたとき、まず真っ先にあの女の顔が浮かんだ」

紳士「奴が、殺した」

少女「でも、」

紳士「原因を作ったのはあの女だ。殺したのとかわりはない」

少女「…」

紳士「ご大層なことに彼は生命保険までかけていてね。受取人は誰だと思う?君の母親さ」

紳士「あの女は葬式にも来なかったんだ。のうのうと保険金を受け取って、その金で、私の親友の死をもって受け取った金で」

紳士「……」ギュ

紳士「……私はきっと、…きっと彼女に復讐してやろうと、思った」

紳士「…遅かった。彼女はもう、どこか遠くに行っていた。疑惑の目を向けられる前にな」

少女「…」

紳士「言っただろう?彼女は逃げるのが得意だ。自分の自由を奪うものからは、すぐ逃げる」

紳士「…血眼で探したよ。彼女が子どもを産んだとも風の噂で聞いた」

紳士「見つからなかった。復讐心に駆られているうちに不思議なことに地位を手に入れ、その力をもってしてもなお」

紳士「やっと見つけ出せたのが、君だ。私の仇が産んだ、憎い子どもだ」

少女「…」

紳士「なあ、少女」

紳士「君は、最初から私のことが気に入らなかったんだろう?」

少女「…」

紳士「彼女の血が、きっとそうさせたのかもしれない。これは、自分の自由を奪う男なんだとな」

紳士「私はきっと君を使ってローザに復讐する。それまでの身代わりが君だ」

紳士「君の自由を徹底的に奪う。私の手の中に納めて、どこにも行かせないようにする」

紳士「君の母親のせいだよ、少女。お前が訳の分からない男に囲われて、何一つ自由にできないのは」

紳士「だから、一生懸命母親を探すんだ。私と一緒にな」コツ

少女「…」

紳士「お前は私の恨みを、母親が見つかるまで一心に受けるだけの存在になるんだよ」コツ

少女「…」

紳士「少女」

少女「な、…に」

紳士「私はね、足長おじさんなんかじゃないんだよ」

少女「…」

紳士「…」

少女「そん、なの…」

少女「…知ってる」

紳士「…そうか」

少女「…」

紳士「汗をかいているね。暑いかい?窓を開けようか」

少女「…」ブンブン

紳士「そうか」

少女「…私を、殺すの」

紳士「いいや」

少女「じゃあ、ママを?」

紳士「…」

少女「…」

紳士「さあ。分からない。自分の怒りの熱量がどれほどまでなのか、私には判断ができない」

紳士「ただ、ローザの人生が奪えないのなら分身である君の人生を貰う。それだけのことだ」

少女「…だから、」

紳士「ああ。君に命じたことは全て、君の自由を奪うためにある」

少女「…」

紳士「君はただ、私に飼い殺されるんだ」

少女「…」

紳士「怖いか?」

少女「…」

少女「全然」

紳士「…」

少女「わ、…」

少女「…」ゴク

少女「…私はママの過去どうだったかなんて、知らないし…」

少女「あなたの話を、全て信じる気にも、なれない」

紳士「…」

少女「私は…あなたの言ってることは、嘘だと思う」

紳士「ほう」

少女「でも、その嘘が何なのか、どこなのかは分からない。とにかく、今言ったことは信じない。証拠もなにもないし」

紳士「そうか」

少女「…ふたつだけ、分かるのは」

紳士「ああ」

少女「まず、確かにあなたはママに恨みがあるようだ、っていうこと」

紳士「…」

少女「ふたつ。あなたは、やっぱり嫌な人だってこと」

紳士「…」

少女「私は、ママのやってきたことを知らない。関係もない。それなのに、八つ当たりしているあなたは最低の人間」

紳士「そうか」

少女「…」

紳士「それで?」

少女「私は、あなたの思うようにはならない」

紳士「へえ」

少女「別に、好きな男の子がいるわけでもないし。結婚したっていいわ。屋敷にだっていてあげる」

少女「だから、私を囲ったって復讐にはならないわよ。残念でした」

紳士「…」

少女「どう?」ツン

紳士「…はは」

紳士「ははは…。あはは…」

少女「な、なに」

紳士「いや、全く。君は、…やはりローザよりずっと頭が良い。それに強い」

少女「はあ?」

紳士「腹が立つほど頑丈だ。ははは、彼女に育てられなくて良かったじゃないか」

少女「ちょっと、どういう意味」

紳士「分かった、ははっ。そうだな、君の言うことは正しいさ」

少女「…」

紳士「だがね、きっといつか自分の境遇に絶望するときがくるさ」

少女「しない」

紳士「いいや、する」

少女「しないわ」

紳士「するんだ。少女、私はそのときを見たいんだよ」

少女「…」

少女「気色悪」

紳士「はは、そうだね」クスクス

少女「…」

紳士「困ったな」

少女「なにが」

紳士「だから言いたくなかったんだ。君が怒るだろうから」

少女「はあ?」

紳士「私のことをきっと敵かなにかかと見てしまうだろう?」

少女「…」

紳士「私は、できればこのことを隠していたかったんだがね」

少女「いいえ聞けてよかったわ。あなたがどんな人間かも大方分かったし」

紳士「嘘は言っていないんだが」

少女「どうだか。あなた、目がどこか違う所を見ているようだもん」

紳士「君もね」

少女「…」

紳士「ま、仲良くしようじゃないか」

少女「いいよ。そのくだらない家族ごっこに付き合ってあげる」

紳士「そうか」

少女「だから、よろしくね。おじさま」

紳士「ああ、よろしく」

少女「大嫌いよ」

紳士「私もだ」

寝よ
おやすみ

少女「…」モゾ

少女「ふぁ…」

少女「……」ゴシゴシ

少女「…」ガチャ

少女「おじさまー?」

少女「おはよう、おじさま。起きたよー」

少女「…」

少女「んん?」

ガチャ

少女「あ」

「少女へ。今日は仕事でオフィスにいなければならないので、家を空けます。

 おそらく君が寝る前には帰ってくるだろう。朝飯は用意しているから、食べなさい。

 昼食と夕食は自分で作って食べること。君もそろそろ料理を学んだ方が良いからね。

 私の夕食はいらない。家の家事は頼んだよ。

                        親愛なるパパより」

少女「…」ピラ

少女「…」グシャグシャ

少女「よっ」ポイ

少女「…ふー」ボフン

少女「ご飯って、これか」かちゃ

少女「ご飯って、これか」カチャ

少女「…」

少女「いただきまーす」

少女「…」モグモグ

少女「うん、美味しい」

少女「……」

少女「…」カチャ

少女「ごちそうさま、でした」

少女「…」

少女(あ、お皿とかは私が洗わないといけないのか。それに洗濯も…)

少女(それが終わったら、なにしよっかな…)

少女「…」

少女「はー」

少女(暇)

少女「…」パンパン

少女「んー」パン

少女「ふんふーん…。ふんふーん…」

少女「んー…ふふふーん…」パン

少女「…ららら…」

青年「や」

少女「うぉぁっ!?」ズザッ

青年「そ、そんなに驚かなくていいじゃないか」

少女「何勝手に入ってきてんのよ!」

青年「いや玄関のベルは押したよ。でも応答なくって」

少女「…びっくりした、もう…」

青年「なあ、君が歌ってたのって“ナインストリートの薔薇”?」

少女「…歌ってないけど」

青年「鼻歌が聞こえたよ。難しい曲なのに、上手だね」

少女「はいはいどうも」

青年「確か、20年くらい前に流行った曲だっけ。歌手名は…」

少女「ローザ」

青年「そう。ローザだ。紳士さんがよく、レコードをかけてる。僕もよく聞かせてもらうんだ」

少女「…おじさまが?」

青年「ああ」

少女「…」

青年「紳士さんは、ローザと知り合いだったそうだよ。さすが顔が広いよね」

少女「知ってる」

青年「あれ、そうなんだ。じゃあ君もレコードを聞かせてもらったの?」

少女「…」

少女「私、ローザの娘なの」

青年「え」

少女「そういうこと」スタスタ

青年「あ、…へぇ…」

少女「じゃ」

青年「あ、待って!届け物があるんだ、サインしてくれない?」

少女「…はぁ」

少女「はいはい、分かった」

青年「玄関に回って待ってるからね」

少女「へーい」スタスタ

少女「これでいい?」

青年「ああ。ありがと。持てる?」

少女「馬鹿にしないで」

青年「うわ、見た目によらず結構力あるんだね」

少女「どうも」

青年「…」

少女「何」

青年「いや、僕午後の仕事なくて、暇なんだ」

少女「だから?」

青年「ちょっと話し相手になってくれないかな、って」

少女「…」

青年「今日、紳士さんいないんだろ?君も退屈じゃない?」

少女「退屈」

青年「じゃあ」

少女「…んー」

少女「……いいよ」

青年「本当?」

少女「上がって」

青年「お邪魔します」

少女「あんたさ」

青年「ん?」

少女「この家、よく上がるの?」

青年「ああ、よく招待されてるよ」

少女「じゃあ私より屋敷にもおじさまにも詳しいわけだ」

青年「どうだろ、はは」

少女「聞きたいことがあるの」

青年「え?」

少女「おじさまって、何者」

青年「…は?君、知り合いなんだろう?」

少女「ううん。少し前までは見ず知らずだった」

青年「ふうん…。君がここに来て一週間ちょい、か。うーん…」

少女「あの人、特に何も話さないから。私の母親の知り合いだってこと以外は」

青年「…ええと、僕もどこまで深くしれているか分からないけど」

青年「彼は東区の実業家で、30代くらいまでは首都の東区に住んでた」

青年「周りもそう言うけど、結婚歴とかそういうのはない」

青年「…屋敷に来たのは40歳くらいのころで、もともとあったこの屋敷を買い受ける形で住み始めて」

少女「あ、ふうん。そうなんだ」

青年「まあ家を留守にしがちではあったけどね。東区に本宅もあるらしいから、ここは別荘っていう感覚だったのかも」

少女「…」

青年「まあ、ざっとこのくらい」

少女「え、それだけ?」

青年「え、だめ?」

少女「もっとないの?あなた友達なんでしょ?」

青年「えーーー。うーん、まあ、ええと…」

青年「趣味は読書と音楽、映画鑑賞かな」

少女「いやどうでもいい」

青年「何なんだよお。あ、好きな食べ物はオムレツだってさ」

少女「庶民的。あとそれもどうでもいい」

青年「おい…」

少女「…ローザとはどういうつながりだったの?」

青年「ええ?それは君の方が詳しいんじゃないの…」

少女「いいから」

青年「えーと、元々彼は孤児院出身だったそうで」

少女「え、ふうん」

青年「ローザさんは、5歳下の妹みたいなもんだったって」

青年「彼は頭がずば抜けて良かったから、院の特待を受けて大学を出て」

青年「それから、しばらくは大手企業で働いていたね。ローザさんとも交流は続いていたみたいだ」

少女「仲よかったの?」

青年「そうだと思うけど。唯一東区で近しい間柄だったし、よく舞台にも遊びに行ってたらしい」

少女「…で?」

青年「でも彼女、…ええと。まあ、19年くらい前にいなくなっただろ」

少女「うん」

青年「それから、連絡は無いっていってた」

少女「…それだけ?」

青年「え?」

少女「お母さんについて、何かもっと他に言っていなかった。例えば、…嫌いだとか憎いだとか」

青年「…ううん。何も。いなくなった、って寂しそうに言ってるだけだけど」

青年「それに、何で憎むのさ。憎い相手の子どもなんて引き取りはしないだろ?君、おかしなこと言うね」

少女「…そうだね」

青年「え、お昼一緒に食べていいの?」

少女「うん。

青年「え、お昼一緒に食べていいの?」

少女「うん」

青年「いやあ、本当?ありがたいなあ」

少女「ただし、あなたが作ってね」

青年「え」

少女「タダでご飯は食べさせません」

青年「えー…」


青年「はい」コト

少女「あ、できるんだ」

青年「簡単なものならね」

少女「ポトフ?」

青年「まあ。…切って煮込むだけだし」

少女「美味しそう。いただきまーす」

青年「いただきます」

少女「…うん。普通」

青年「おい」

少女「いや普通よ。ほんと普通」

青年「なんなんだ、君…」

少女「おじさまはすごく料理が上手いの」

青年「あ、確かに。昔からよくやってたみたい」

少女「ふうん」

少女「…ねぇ」

青年「んー?」

少女「まあ昼ご飯食べたら帰ってほしいんだけど」

青年「直球だね」

少女「おじさまのお部屋って、どこ?」

青年「え?紳士さんの部屋…?知らないの」

少女「興味なかったの。今まではね」

青年「ええと、まず一階に寝室、二階に書斎。あと…」

少女「まだあるの」

青年「ああ。部屋っていうか、物置だって言ってたけど。あそこは使用人とかも入れなくしてた」

少女「…」

青年「仕事の大事な書類とかを保管しているんだって」

少女「どこ」

青年「…たぶん、地下だと思うけどなあ」

少女「分かった。ありがと、帰って良いよ」

青年「え、ちょ」

少女「ごちそうさまでしたー」

青年「…えー…」

青年「じゃ、また」

少女「ん」

バタン

少女「…」クル

少女(まずは一階、寝室ね。男の寝室なんてぞっとするけど)タタタ

少女「ええと、…ここかな?」ガチャ

少女「違うか」バタン

少女「…じゃあここ」ガチャ

少女「…」ガチャガチャ

少女「…あれ」

少女「鍵…?」

少女「…ははあ、やるなじじい」ニヤリ

少女(けどまあ、私を舐めないほうがいいわよ)

少女(たぶんどっかにマスターキーがあるはず。こんだけ部屋数あんだし。それに、窓もあるでしょ)タタ

……


少女「…ない」

少女「くそっ、どこおいてあるのよ!まさか持って出たんじゃないでしょうね」

少女「…」

少女「あーーーっ、やりそうやりそう!!」ダンダン

少女「あ、窓。窓があった」バッ

少女(一階だから侵入も余裕だね。賢い)タタタ

バン

少女「…」ガタガタ

少女「……」ガタガタガタガタ

少女「まあ、ですよね」

少女「ドアに鍵かけるやつが、窓閉めないわけないよね」

少女「まあ、でも」

少女「…」

少女「…くそ…」ガク

少女「次行こう、次」トボトボ

少女「二階に、書斎と」

少女(そういえば二階はまだ行ったことなかったな)

少女「…」コツ

少女(あ、ここかな)ガチャ

キィ

少女「…開いた」

少女「あれ?ん?…まあ、いいか」

少女(ははーん、つまり書斎はご自由に見てどうぞってことね。てことは寝室はかなり怪しい)

少女「…」キョロキョロ

少女(広)

少女(書斎ってか、ほぼ図書館じゃん)

少女「うわー、酔いそう」

少女(窓辺に、椅子と机と、蓄音機…)

少女「…」ガタ

少女(レコード、どこかな)

少女「…」

少女「あ」

少女「これか」カタ

少女「…うわ、いっぱいある。…ママのばかりだ」

少女(やっぱ、青年の言ったとおり…)

少女「…」カタ

少女(か、かけていいかな。蓄音機って少ししか触ったことないけど)

カチ

少女(あ、…)

少女(ママの声だ…)

少女「…」

少女(やっぱり、綺麗)

少女(ママはよく、歌を口ずさんでいた)

少女(一番多いのは、ナインストリートの薔薇。ママの十八番だ)

少女「…」

少女(ずっとずっと、ただ都会にぽつんと咲いた薔薇の歌だと思ってた)

少女(花売りが捨てた種が、地面の小さな割れ目から成長して)

少女(やがて大輪の薔薇になる)

少女(道行く人はその美しさに心奪われて)

少女(でも、誰も摘もうとはしない)

少女(薔薇を摘むのがもったいなくて、勇気が出なくて、顔を近づけてため息をついては離れていく)

少女(ある人は肥料と水をあげて、ある人は太陽がよく当たるように看板を取り外して、ある人は邪魔な雑草を引き抜いて)

少女(薔薇はより美しく開いていく)

少女「…」

少女(でも、ある朝薔薇は1人の男の目にとまり)

少女(彼は薔薇を摘もうと手を伸ばす)

少女(けど、堅く生えた棘が手に刺さる。薔薇は言う“あなたにはまだ早い”男はそれでも薔薇をつかむ)

少女(そして…)

カタン

少女「…」

少女「…薔薇の花は、茎から離れて地面に落ちる」

少女「…」

少女(男の足下をすり抜けて、背後の川へ真っ逆さま)

少女「…か」

少女「うーん」

少女「……18歳になった今聞いたら、かなり意味深」

少女「たぶんこれ、あれだよなあ。うん、そういうことだろうなあ」

少女「…」

少女(私って、結構子どもだよな)

少女(ママが18のころって、すでにブイブイ言わせてたもんな)

少女(はー)

少女「…」カタン

少女「よし、次いこ」

バタン

少女「地下室、って言われてもな」

少女「どこかな…」キョロキョロ

少女「…ん」

少女「あ、中階段」

少女「怪しい」タタタ

少女「…」ガチャ

少女「……」ガチャガチャガチャガチャガチャガチャ

少女「ぁあああああああああああああぁ」ガチャガチャガチャガチャガチャガチャ

少女「くそぉおおおおおおお」

少女「…はぁ…」ズル

少女(結局、収穫ほぼゼロ…)

少女「…」ヨロ

少女(絶対いつか入ってやる)

少女(…)クル

少女(でも、)

少女(…この部屋の中身を知ったら、私はもっと絶望するんだろうか)

少女「…」

少女(ま、どうでもいいか)

少女「…」

少女「んーふー、…ふーん、ふーん…」

少女「んー…」

少女「…あ」

少女「そうだ、荷解でもすっか」ガバ

少女「結局クローゼットに押し込めたままだったもんな。うん」

ガチャ

少女「…よっと」

少女(店の着替えとかはもう、捨てよう。なんで持ってきたんだ)

少女(あ、これは店長名刺。これはいるな。何かあったときのために)

少女(これは、…大事なものだ。ママのお手紙の束。読んだことないけど)

少女(それに、ママの指輪、と)

少女(…ん)

少女「…手紙…」

少女(ママの手紙。といっても、私が貰ったわけでもない)

少女(借金取りに連れて行かれる朝、必死になってママの痕跡を探した。で、見つけたのがこれ)

少女(随分黄ばんでたりもする。ママの筆跡でもないから、たぶん貰ったものだろう)

少女(こんなものでも、ママの面影を感じたんだな。…ママが書いたわけでもないのに)

少女「…」カタ

少女(ぶっちゃけ、読めない)

少女(たぶん、外国の言葉で書かれてる。一文字も理解できない。ママは異国のファンからファンレターもらってたのかな)

少女「…」

少女(これ、大事にとっておこう。なんとなくだけど)

少女「…」ジー

少女「達筆だな」

少女「しっかし、何て書いてあるんだか。随分長いようだけど。てか何語」

少女「…」

少女「頭痛くなってきた…」ポイ

少女「…」ボフ

少女(まだ夕方かー)

少女「…」ゴロン

少女「…」

少女(いつ、帰ってくるんだっけ…)

少女(…)

……

ガチャ

紳士「ただいま」

紳士「…」コツ コツ

紳士「少女、帰ったよ」



紳士「…」コツ

ガチャ

紳士「…」

少女「…」スゥ スゥ

紳士「…布団もかけないで…」

紳士「…」パサ

少女「おじさま、お帰り」

紳士「…驚いた。起きてたのかい」

少女「うん」

紳士「なら、返事をしなさい」

少女「はい」

紳士「…逃げてなかったようで、なによりだ」

少女「ん」

紳士「寂しかったかい?」

少女「ううん」

紳士「そうか。私は君に会えなくて寂しかった」

少女「…青年とお話したり、家事をしたりしてたから。寂しくなかったよ」

紳士「そうか」

少女「…」

紳士「袖を離してくれないか」

少女「あのね、」

紳士「ん?」

少女「…おじさまのお部屋、鍵がかかってた」

紳士「やっぱり入ろうとしたか」

少女「気になるんだもん」

紳士「その様子だと、地下のことも耳に入れてるようだな」

少女「うん。ねえ、何があるの」

紳士「仕事の重要な書類だ。機密事項だよ」

少女「嘘よね」

紳士「さあ?」

少女「寝室に鍵をかけてるのは、どうして」

紳士「男の寝室に入るのは感心しない。それに私が勝手に君の寝室をあさっていたら、嫌だろう?」

少女「うん」

紳士「そういうことだ」

少女「何か隠してるんでしょ」

紳士「ん?」

少女「白々しい」

紳士「何も隠してはいないよ、少女」ギシ

少女「…」

紳士「おやすみ。明日はいるからね」

少女「おやすみなさい」

紳士「…」

バタン

紳士「…」ガチャ

少女「あら、おはようおじさま」

紳士「…寝室にいないと思ったら。今日は随分早起きなんだね」

少女「うん。なんか目が覚めちゃった」

紳士「朝食を作ってくれているのかい?」

少女「そうだよ」

紳士「見ても?」

少女「駄目。椅子に座って待ってて」

紳士「はは、分かったよ」

少女「もうコーヒーはポットに淹れてあるから」

紳士「ありがとう、少女」

少女「ん」

紳士「…」バサッ

少女(新聞…)

少女(あれ、外国の新聞じゃない?)

少女「…」コト

紳士「ああ、美味しそうだ。いただこうかな」

少女「あ、うん」

紳士「…オムレツだね」

少女「…そうよ」

紳士「上手いじゃないか。すごく綺麗だ」

少女「えっと、オムレツだけは昔からよく作ってたんだ。ママに教わってた」

紳士「そうか。私も…」

少女「好きなんでしょ?」

紳士「…ああ」

少女「なら良かった。中にチーズを入れてあるの。熱かったら吹いてね」

紳士「…」クス

少女「なに」

紳士「いや」

少女「…」カチャ

少女「おじさま、その新聞、外国のよね」

紳士「ん?ああ」

少女「読めるの」

紳士「5カ国語くらいは、たしなみがある。まあ拙いものだがね」

少女「へえ、すごい」

紳士「読んでみるかい?」バサ

少女「えー無理だよ」

紳士「はは、冗談だよ」

少女「…」

少女(あれ、あの手紙の字と似てる。同じ言語なのかな)

少女「ねえ、おじ…」

紳士「ん?」

少女「…いや、なんでもない」

少女(なんかこの人にママの手紙見せるの嫌だな。やめとこ)

紳士「そうか…。美味しかったよ。ごちそうさま」

少女「ん」

紳士「さて、今日は少し家で仕事をするからね。君はどうする?」

少女「…暇だし、おじさまにくっついとこうかな」

紳士「…へえ」

少女「なに」

紳士「いいや。可愛いなと思って」

少女「は?」

紳士「やっぱり昨日は随分と寂しかったみたいだね」

少女「いや、ちが」

紳士「…」カリカリ

少女「…」ジ

紳士「…そういえば」

少女「んー?」

紳士「私のレコードをかけたのかい?」

少女「…何で分かったの」

紳士「レコードの位置が変わっていたからね」

少女「かけた。怒る?」

紳士「怒らないさ。自由に聞いていいよ」

少女「…ママの歌、好きなの」

紳士「…」カリ

少女「レコードの曲、全部ママのだった」

紳士「ああ、好きだ」

少女「…ふうん」

紳士「おかしいかい?」

少女「おかしい」

紳士「だろうね。けど、音楽に罪はない。私は彼女のことが嫌いでも、音楽は好きだ」

少女「ふうん」

紳士「そういうものさ」

少女「…」ジ

紳士「そこの棚は私の勉強用の本しかないよ。難しくてつまらないだろう」

少女「うん」

紳士「そっちに、画集がある」

少女「うん…」

紳士「気をつけなさい。本を倒したら埋まってしまうよ」

少女「大丈夫だもん」

少女(辞書、…辞書)

少女(あ、あった。ええと、あれに当てはまりそうな文字は)

少女「…」ガタ

少女(西国の、…文字か。これかな)スッ

少女「…」チラ

紳士「…」カリカリ

少女「…」ガチャ

紳士「どこへ行くんだい」

少女「お手洗い」

紳士「そうか。…帰りがけに、何か飲み物を持ってきてほしい」

少女「はあい」

バタン

紳士「…」カリ

紳士「…」コト

紳士「…」コツ コツ

紳士「…」

紳士(…やはりか)

紳士(ばれてないとでも、思っているのだろうか。可愛い子だ)

紳士「…辞書なんか、何に使うのだろうね?」クス

紳士「…」コツ コツ

紳士「…はぁ」ドサ

紳士「…」

紳士(ローザ)

紳士(いい加減、姿を見せないか)

紳士(実の子に苦労を負わせる親など、あってはならないだろう)

紳士(私たちは、よくそれを知っているだろう…)

紳士「…」

紳士「ローザ、…」

少女「よし」パンパン

少女(どーせ隅っこにあった古い辞書借りただけだもんね。解読終わったらこっそり返しておーこう)

少女「ええと、飲み物飲み物」

紳士「少女」

少女「うわっ」

紳士「少し用事が入った。家を空ける」

少女「えー、うん」

紳士「夕方には帰ってくるから、よろしく頼むよ」

少女「うん」

紳士「では、行ってくる」

少女「気をつけてね、おじさま」

紳士「ああ」

バタン

少女「…はー」

少女「まーた暇になっちゃった」

少女「…」ペラ

少女「…ん、んん~…?」ペラ

少女「なんだこの辞書…全部西国語じゃん」

少女(あー、つまり英英辞書的なやつか。しまった)

少女「…使えない」ボフ

少女「戻そう」モゾモゾ


バタン

少女「ちぇー」スタスタ

少女「…ん」

少女(あ、れ。おじさまの寝室のドア、開いてる)

少女「…」

少女(急いで出たから、鍵、閉め忘れたんだろうか)

少女「…」

少女「…」ウズッ

少女「えへへ、おじゃまします」タタタ

ガチャ

少女「…んしょ」

ギィ

少女「…」スゥ

少女(あ、すごい。おじさまの匂いがする)

少女(あの人いっつも良いにおいだよな。枯れてるくせに…)

少女「…」

少女(意外と、普通)

少女(家具もシンプルだし。強いて言えば、ベッドが大きいくらいで)

少女「…」キョロキョロ

少女「…お、文机」

少女「…」ガタッ

少女(便せんと封筒と、ペン…。インク、…封蝋…)

少女(次は書類のファインダー)

少女「…チッ」

少女「なんかこう、面白いもんないのかな」

カタン

少女「お」

少女「…写真立て…?」ヒョイ

少女「…」

少女(…え、これ)

少女(…ママ…?)

少女(うわーすごい。ママじゃん。若かりしころのママじゃん。すっげー美人)

少女(あれ、じゃあこの脇に立ってる男の人2人は誰だろ)

少女(どっちもものすごい美形だけど。…あれ、左のは)

少女「…おじ、さま?」

少女「…」

少女「わお」

少女(うわーー、あの人若い頃ってこんな格好よかったの。いや、今でも片鱗あるけど)

少女(じゃ、この左の人は…)

少女「…」

少女「あれ、か」

少女(ママの、…その、自殺した人か。おじさまの親友だって)

少女「…」

少女(仲良かった、のかな。3人)

少女(ママも彼も、すごく楽しそう。…でも、…おじさまは…)

少女(なんか、笑ってるけど引きつったかんじがする。目が、冷たく見える)

少女「…」ピラ

「親愛なるあなたへ 私たちの友情の証に」

少女「…」

少女(贈られた写真なのかな)

少女(友情、かー。やっぱ仲良かったんだ)

少女「ふー、ん」

少女(この人、もう死んだんだ。…そっか…)

少女「…」ジ

少女(あ、黒髪だ。私と同じだね)

少女(親近感湧くな、妙に。…いや、髪色だけでってのも変か)

少女「…」カタン

少女「えーと、他にはー」

少女「お」

少女「…なんじゃこりゃ、辞書と文法辞典…?」

少女「…」

少女「ら、ラッキー!こんな所に実用書があったなんて」バッ

少女「早速読んでみよ」ペラ

少女「…ええと、…」

……



「…なあ、聞いてくれ」

「何だ」

「俺、彼女にプロポーズすることにした」

「…」

「どう思う」

「やめろ」

「はは、お前ならそう言うと思った」

「全く勧めない。お前はあいつがどんな女なのか分かっているのか」

「…分かっているさ」

「あいつは、」

「寂しくて、可哀想な女だよ。誰も信用なんかできないから、ああやって男を試してるのさ」

「…」

「本当は、…。誰よりも支えが必要な女なんだ。それなのに、隙間を埋める手段が金だと思ってる」

「…違う。あいつは」

「いや、俺、もう決めたんだ」

「いくら俺が傷つこうが、かまわない。俺は彼女と一緒になる。それだけのために、今まで努力してきた」

「だから、止めないでくれ」

「…本気、なのか」

「ああ」

「…そうか」

「…ああ」

紳士「…」

紳士「…」フゥ

「社長、そろそろ…」

紳士「ああ、分かっている。すぐに行く」

「…あの」

紳士「何だ」

「例の養女さんとは、いかがお過ごしですか」

紳士「ああ、あれか」

紳士「実に充実している。出会ってまだ1ヶ月なのに、とても仲良くやっているよ」

「そうですか。それは何よりです」

紳士「彼女を見ているとね、昔を思い出すよ」

「昔、ですか」

紳士「ああ」

紳士「…懐かしいよ。私にも、あんな時代があったもんだ」

「…といいますと?」

紳士「…」

紳士「自分が全て正しくて、自分こそが正しい選択をできる唯一の人間だ、と思ってたころが、ね」

少女「…おげんき、ですか。わたしはいま、西区の、オフィスで、はたらいて、います」

少女「こちらは、すこし静かで、すごしやすいです」

少女「東区では、先日、すこし物騒なじけんが、おきたそうですね。心配、しています」

少女「…はやく帰って、あなたに会いたいです。また、3人で、食事をしましょう」

少女「……アレクより」

少女「…」

少女「だー、疲れた」ボフン

少女(結局解読した手紙の束半分のうち全部が、アレクっていう人からの手紙だった)

少女(誰だこの人。随分まめに手紙書いてたみたいだけど…)

少女「…おへんじ、まっています。たまにはあなたのお手紙も、読みたいです」

少女「…」

少女「手紙返せよ、ママ…」

少女「ひっどいなあ、気が無かったからって…」

少女「見た限りめっちゃいい人じゃん。話も面白いし、優しいし。何が気に入らなかったんだろ。やっぱ顔か」

少女「ん~~~~」

少女(やっぱただのファンではなさそうなんだよなあ。食事、とかも書いてたし。3人って、あともう1人誰だよ」

少女(わからんし、分かったところで何があるのかすら分からん)

少女(もう何も分からん。めんどい。頭使うの疲れた)ゴロゴロ

バサ

少女「げ」

少女「あわわ」ワタワタ

少女「ああー、日付順に並べてたのに」

パサ

少女「…お。なんだこれ」

少女(便せんの趣が違う。…字も)

少女「えっと」ペラ

少女「…ローザへ。 アレクが君に手紙をかえしてほしいと、なげいていた」

少女(あ、別の人じゃん)

少女「気が無いのなら、手紙をかかせるのをやめようか。…きみは、すこし男をえらぶべきだ」

少女「あまり多くの、かんけいを持つのは、関心しない。はやくひとところに、おちついたらどうだ」

少女「…あの、件は…考えてくれたのだろうか?また会うときに、返事をきかせてほしい」

少女「私は、君の望む最大の…」

少女「…の、…」

少女「…ん、…インクにじんでるな。まあいいや、差出人は、…」

少女「インクが、…」

ガチャ

少女「!」バッ

紳士「…」

少女「…」

紳士「…」チラ

少女「…あ、」

少女「…おかえり、おじさま」

紳士「ただいま」

少女「…」

紳士「何をしているのかな」

少女「えっと、ペンを借りに来たの。お店に手紙を書こうかと思って」

紳士「そうか」

少女「…う、うん」

紳士「…」キィ

バタン

少女「…おじさま?」

紳士「…で、本当は?」

少女「…」

紳士「私の部屋を漁って、何がしたかったのかな」

少女「…」ゴク

紳士「…」コツ コツ

少女「…」

紳士「この散らばった便せんは?」

少女「あ、…ごめんなさい。ええと、これは…」

紳士「拾ってあげよう」

少女「いい。触らないで」

紳士「遠慮しなくていい」

少女「…触らないでっ!」

紳士「…」ピタ

少女「…っ」バッ

紳士「…」コツ

少女「…お、」

少女「おじさま、お腹すいてない?私ご飯作るね」

紳士「少女」

少女「…」

紳士「何を熱心にお勉強してたんだい?」

少女「…!」

少女「…」ドク

紳士「西国語か。こんな辞書広げて、何をしていたのかな」

少女「……」

紳士「答えなさい」

少女「…ただ、…新聞を読もうと…」

紳士「新聞?どこにある」

少女「…」

紳士「少女」

少女「…ご飯、…作るね」クル

紳士「…」グイ

少女「!や、ちょっ」

紳士「逃げようとしても無駄だ。何をしていたか、言いなさい。その便せんを見せて」

少女「はなし、てっ。何も、してないってばっ」

紳士「悪い子だな、君は。素直に従ったらどうだ」グッ

少女「いっ、…離せっ!!離してよっ!!」

紳士「…」グイ

少女「あ、っ」

ドサ

少女「…」

紳士「…」ギシ

少女「…は、…っ。…はぁ、…」

紳士「言いなさい」

少女「退いて、…よ」

紳士「退かない。君が本当のことを言うまで、退かない」

少女「…や、だ。…馬鹿じゃ、ないの。…」

紳士「…」ギシッ

少女「降りろ、この、…変態!大きい声出すわよ!!」

紳士「出したところで助けは来ない」

少女「…っ」

紳士「君と私しか、いない」

少女「…っ、だか、ら」

紳士「言えないようなことをしていたのかな」

少女「…っ」

紳士「私に隠れて、こそこそと」

少女「!」ビクッ

紳士「…」ギッ

少女「なに、してんのよ!やめて、触らないで!!」

紳士「はは、やっぱりこういう事には弱いのか。生娘なんだな」

少女「…ふざけんな、じじい…」

紳士「…」ギシ

少女「きゃ、っ」

少女「ちょ、っと。ちょっと待ってよ!やめて!」

少女「何考えてるの、ねえ!謝る、から。お願い、変なことしないで!」

紳士「…」クス

紳士「でも、先に男の寝室に入ったのは君のほうだ」

少女「だからそういう意味じゃな、」

紳士「いいや。私は警告したはずだよ、少女。男の寝室になんて滅多に入るものではないと」

少女「…嫌。おねがい、…やめて」

紳士「…」

少女「…ママ…」

紳士「…はぁ。また、ママか。自分を助けたことなんてない相手を頼るなんて、どうかしてる」

紳士「君のママが、君を救ってくれたことがあったか?」

少女「…っ、…っ」

紳士「なあ?」

少女「だまれ…っ」

紳士「…」ギシ

紳士「じゃあ、これは?」グイ

少女「!あ、っ。な…!!」

紳士「ああ、やっぱりだ。この傷、ほら、見えるだろう?自分ならよく分かっているよね?」

少女「…っ、殺す…っ。殺してやる…っ」

紳士「肌を見られたくらいで恥ずかしがることはない。私は別に、何も気にならない」

少女「手、離してよっ!本当、やめて…っ」

紳士「じゃあ、この傷を説明してくれるか」

紳士「腹に痣の沈着がある。胸の近くには、火傷跡。たばこの火か?それに、切り傷」

少女「はなし、て」

紳士「虐待でできた傷だろう。見れば分かる」

紳士「…だんまりは、感心しないな。君は都合が悪くなるとすぐ黙る」

少女「…違う」

紳士「何がだい」

少女「ママは、私にひどいことなんてしてない」

紳士「君はローザから虐待を受けていた」

少女「しつこい」

紳士「…なあ、一緒に復讐しないか?」

少女「…」

紳士「君も、彼女のことが憎いんだろう」

紳士「いい加減、良い母親と良い娘を演出するのはやめないか」

紳士「私は、君のこういうところが愛おしいんだ。健気で、はかなげで」

少女「…」

紳士「子どもが産まれたと聞いたとき、きっと彼女はこうするだろうと思ってたんだ。私は、…」

少女「うるさい」

紳士「…」

少女「死ね」

紳士「…痛かったかい?」

少女「死ね」

紳士「…」ギシ

紳士「私に死ね、と言っているのか?それとも母親にか?」

少女「…」

紳士「私は君に傷を残したりしない。愛しているから。親は、普通子どもを傷つけたりはしないんだよ」

少女「…」

紳士「…少女」ナデ

少女「死ね、…」

紳士「…」ギシ

少女「…っ」

紳士「ん、」

少女「…っ、…ぅ」ビク

紳士「君のママは、こうやって優しくキスしてくれたことがある?」

少女「…」

紳士「ないだろう?」

少女「…」

紳士「少女、」

少女「…」

紳士「…はぁ」

紳士「泣かれたら、困る」

少女「…」

紳士「分かった。すまなかったよ。脅かしすぎた」ゴシ

少女「…退いて」

紳士「ああ」

少女「…」ギュ

紳士「…すまなかったね」

少女「…あっち、行って」

紳士「もう何もしないから。…今日は、寝室に鍵をかけて寝てもいいよ」

少女「行って」

紳士「…」

バタン

少女「…」

少女「っ、ひっ……うっ…」

寝よ
おやすみー

このSSまとめへのコメント

このSSまとめにはまだコメントがありません

名前:
コメント:


未完結のSSにコメントをする時は、まだSSの更新がある可能性を考慮してコメントしてください

ScrollBottom