「なあ、日菜子。次のオフ、さ。デート行こうか」
突然でした。テレビの仕事が終わって、その帰りの車で。
「……へっ?」
あんまりに突然すぎて、まともな返事を返せなかった私に、Pさんは優しく微笑んでこう言いました。
「日菜子と行きたいんだ。……ダメかな?」
「い、いいえっ!だ、ダメじゃないです!ダメじゃないですけど!」
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「あはは、そんなに慌てなくっていいって。デートって言葉にそんなに深い意味はないし、な?」
「……そうですか。日菜子、ちょっと残念です」
「そっかそっか。じゃ、どこに行きたい?その日だけは日菜子の妄想をできるだけ実現してあげられるように頑張るからさ」
「そうですねぇ~……むふふ♪それじゃあ日菜子、行ってみたい場所があってぇ」
「お、いいぞいいぞ」
「えっと、そこは――――――――」
こんな感じで、今までの私とPさんの関係を考えたら、考えられないくらいにアッサリと。私たちはデートすることになったのでした。
けど、日菜子は知っていました。Pさんが私の事を思って決して日菜子と公私混同しないように接してくれていたこと。
Pさんは知っていたはずでした。日菜子の妄想に出てくる王子様が、言い訳できない程度には自分に似ていることを。
だからこそ、ちょっと。ほんのちょっとどうしたんだろうって不安もあったんですけど。
デートの日までの日菜子の妄想は、甘くて、フワフワしていて、それでいて、胸のドキドキがとまらないものだったんです。
「お待たせ!じゃあ、行こうか」
「はい♪むふふ……」
「どうした?」
「妄想していた待ち合わせが叶っちゃいました……素敵ですよねぇ」
「そんなもんかぁ?」
「そうです!」
デート当日、Pさんは私のお願い通り、集合時間の5分前にお迎えに来てくれました。
私は10分前から。相手を待つ時間って、とってもドキドキして、それと同時に胸が苦しいんだろうなって思ってたけど、想像通りでした。
Pさんを待っていた5分間は、なんだか落ち着かなくって。1分ごとに時計を見たり、変に髪を触ってみたり……なんていうか、貴重な時間だったなぁ、って思います。
「ああ、そういえば日菜子」
「むふ?なんでしょう?」
「服、似合ってるぞ。今日もとってもかわいい」
「…………」
「あれ、日菜子?……あっ、ふーん」
顔を真っ赤にしている私を見てPさんはニヤニヤ。不意打ちは反則です。……反則ですよ?
「ほら、着いたぞ」
二人を乗せた車は特に渋滞することもなく、目的地に運んでくれました。
車の中では色々なお話をしました。学校はどうだ?アイドル生活に何か不安はないか?家族とは連絡を取っているのか?
……今考えると、ちょっとPさんの質問はデートらしからぬものだったかもしれませんね。でも、その時の私はただ話しているだけでも嬉しくて、Pさんが私の事を気にかけてくれていることに胸が熱くなって。
あばたもえくぼ、というものかもしれませんねぇ。
「でも、良かったのか?近場の遊園地で。もっと遠くにしたってよかったんだぞ?」
「いいんですよぉ。日菜子の妄想は、どこに行ったとしても網羅してるんです!そ、それに……」
「ん?」
「……なんでもありません」
好きな人とならどこだって……なんて、妄想でしか言えないものなんですね。口ごもってしまいました。
「……ひゃっ!」
私の沈黙をどう受け取ったのか、それとも、最初からこうすることを決めていたのか。Pさんは、私の手をパッと取って「よし、行こう」と言って歩き出しました。
ささやかな反抗と、手を恋人つなぎにしようと指を動かしていると、Pさんはこちらに優しい笑顔を向けて恋人つなぎをしてくれました。
もう、妄想をして気を紛らわせるような隙もなくって、私はPさんにリードされっぱなしです。うぅ……そういう妄想もしてはいましたけどぉ。
『なんで、今日に限ってこんなことをしてくれるんだろう』
その時、、それを聞いてしまいたい思いに一瞬駆られたんですけど、今日は絶対、最後まで楽しむって決めていましたから。私はそれをぐっと押し込んでPさんとのデートを楽しむことに決めました。
それからは、夢のような、というか、私が言うのであれば妄想の中の世界みたいな、そんな素敵な時間を過ごしました。
お化け屋敷では大して怖くはないお化けに、わざと怖がったように抱き着いた私の背中に手を回してくれました。
ジェットコースターではセーフティーバーの下でしっかりと手を握ってくれました。
遊園地の中の喫茶店では一つの器に二つストローの入っている飲み物を一緒に飲んでくれましたし、回るコーヒーカップでは最後まで見つめあって結果的に一緒に目を回してくれました。
でも、そんな楽しい日ももう終わりになろうとしていました。すっかり太陽は沈み、園内のイルミネーションが輝き始まっています。
「最後に、観覧車に乗らないか?お決まりだろ?な?」
最後は観覧車に乗りたい――――――――
Pさんと意見を同じくした私は、二人で向かい合って観覧車に乗りました。
乗ってから少しの、沈黙。理由は分かっていました。
観覧車に乗りたい―――そう言ったPさんの表情が、今までと違って笑っていなかったからです。
私は知っていました。Pさんが、真面目な話をする前には縁起でも笑ったりできないってこと。Pさんが私の事を知っているように、私も知っていたのです。
「……なぁ」
そう話しかけるPさんの声はいつもより低くて、少し震えていました。
「今日で、日菜子の白馬の王子様役をお休み……いや、降板したいんだけど、どうかな」
「……」
「そんな顔するなよ。大丈夫だ。すぐに代わりの人も見つかるさ。俺は平凡だし、元々王子さまってガラでもない……どうだ?」
ああ、やっぱり。心のどこからかそんな声を聞いたような気がしました。そんな気はしていたんだ。やっぱり、やっぱり。
それでもいいんじゃない。妄想っていうのは元々叶わない望みを空想することでしょう?心のどこかで誰かが言います。嫌、そんなのは、いや……
「ひ、日菜子?」
気が付いたら私は泣いていたみたいです。心配そうに声をかけてくれる私の王子様。……王子様?本当に?
私はもう、自分の気持ちを我慢することも、隠すこともできませんでした。
「Pさんは白馬の王子様なんかじゃありません」
泣きながら、時々しゃくりあげながら、私は言いました。
「日菜子が好きになったのは、白馬の王子様なんかじゃなくて、等身大のPさんだから」
涙声の私の声は、きちんと伝わっているでしょうか。ただわかるのは、彼が私の背中に手を回して抱きしめてくれていることでした。
「Pさんが何かの理由で日菜子と一緒にいられなくなるのはわかりました。そしてそれが、長い時間続くことも」
しばらくして、私が落ち着いて。ゆっくりと回る観覧車が頂上を迎えようとした時、私は言いました。
「それでも、日菜子が好きなのはPさんだから。ずっとずっと、Pさんだから……それじゃ、ダメですか?」
目の前のPさんは頭を軽く掻いてから言いました。Pさんの迷っているときの癖です。
「でも、いつになるのかわからない」
「いいんですよぉ。待つのも妄想の範囲に入ってますし。」
「日菜子……」
これまでのどんな時よりも強い意志を込めて、Pさんをじっと見つめました。
Pさんは、その視線を数秒受けた後、早々にお手上げといったように両手を広げて私に笑いかけました。私も笑顔を返します。
私知ってるんです、Pさん。Pさんが私の事をどう思ってるか。どうして私が『待ちたい』って言ったらホッとしたような顔をしてからお手上げのポーズをしたのか。そして……
「Pさん……観覧車に乗って、デートの最後っていうシチュエーションで。日菜子、ずっとずっと、憧れてたことがあるんです。お願いしても……いいですかぁ?」
どうして、Pさんも最後に観覧車に乗りたがったのか。日菜子は、全部知ってるんです。
折角の頂上なのに、二人とも景色なんか見てなくって。
でも、頂上を過ぎて、暫くして。お互い恥ずかしくなって顔を背けたときの、あの、あのイルミネーションの光は。
きっと今までのどんな妄想で見たものよりも輝いているはずだと、私はそう思いました。
―――――――――――――――――
「むふ、むふふ……♪」
あれから大体2年が過ぎました。
簡単に言えば、海外研修。彼は、今日、それを終えて帰ってきます。
空港で椅子に座りながら、私は久しぶりに妄想をしていました。
趣味の妄想を止めることはなかったけど、それでも、私の妄想の頻度は減っていって、代わりにあのデートの日を思い出したり、二人でした仕事の日々を思い出したりすることが多くなっていました。
妄想より楽しい時間だったから。それでも、今は妄想が止まりません。
彼の姿が見えたらどうしよう?何の話をしよう?私が迎えに来ているのを見てビックリするかな?……でも、最初にすることは決まっています
「……ダーリン、とかですかねぇ?むふっ、むふふ……♪」
妄想じゃない私の素直な気持ちをもう一度伝えて、そして
「これからは妄想を思い出にしていきましょうねぇ、ダーリン♪」
空港でキスをしたっていう思い出を作れればいいかな、なんて、私は思います。
終わり
地の文なので初投稿です。スレタイは好きなBGMから。
原曲
http://www.nicovideo.jp/watch/sm5718115?ref=search_key_video
で、スレタイ元のアレンジしたBGMが
http://www.nicovideo.jp/watch/sm21530391
です。地の文は難しいですね。もっと色々な表現ができるようにしたいです。
読んでいただいてありがとうございました。
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