井之頭五郎「愛ライクハンバーガー」千早「ふふっ」 (38)

孤独じゃないグルメvol.5

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 世界の交差点、ニューヨークタイムズスクエア。
 所狭しと並ぶビルボード、世界中の企業の広告や巨大ディスプレイ、ネオンサイン、電光看板。

五郎「噂通りのすごい街並みだな」

 人通りはなかなかに多いが、日本のようなせわしなさは感じない。
 さしずめ自由の大陸の中心ってところか。
 雑多な空気が、何故かとても心地良い。

 ふと、どこからか良い香りが漂ってくる。
 グレイビーソースのようなこってりとした香りと、パンが焼けたような香ばしさが鼻孔をくすぐる。

五郎「ニューヨークに来たからには、まずはアレを食べないとな」

 早いとこ仕事を済ませてニューヨークグルメと洒落込みたいもんだ。

ーーーー

 井之頭五郎は、食べる。
 それも、よくある街角の定食屋やラーメン屋で、ひたすら食べる。

 時間や社会にとらわれず、幸福に空腹を満たすとき、彼はつかの間自分勝手になり、「自由」になる。

 孤独のグルメ──。
 それは、誰にも邪魔されず、気を使わずものを食べるという孤高の行為だ。

 そして、この行為こそが現代人に平等に与えられた、最高の「癒し」といえるのである。

『孤独のグルメ』

「……じゃあ、このカタログに載ってる品だけ用意しとけば良いってことかな?」

五郎「はい。よろしくお願いします」

「OKOK。しかし律儀だねぇ。これのためだけにわざわざ渡米とは。連絡だけで事足りたのに」

五郎「ついでにニューヨークの輸入雑貨も色々見て回ろうと思いまして」

 この度、俺は日本で受けたある依頼の品を見積もるため、ニューヨークで雑貨の卸をやっている知り合いを訪ねたのだった。
 普段はここまで足を伸ばすことはあまりないのだが、なかなかに大口の仕事だったため、念を入れることにしたのだ。

「なるほどね……よし、商談成立ってことで。どう? この後一杯」

 そう言って彼はおちょこを傾ける仕草を見せた。
 どうでもいいけどそのジェスチャー、アメリカの人には通じないか、ショットグラスだと思われるんだろうか。

五郎「いえ、相変わらず飲めないもので……」

「あはは、そうだったそうだった。じゃあ飯でも……あ!」

五郎「?」

「そういや今日はかみさんと飯食いに行く約束してたんだった……誘っておいてすまん」

 昔からこういうとこ、あるんだよなぁ。

「お詫びといっちゃなんだけど、うちのにホテルまで送らせるよ。おーい、車出しといてくれ」

五郎「いえ、そんな……」

「いいからいいから。浮いた金でなんか美味しいもんでも食べてきな」

五郎「なんだかどうも……ありがとうございます」

………………………

 腹が減っていた。
 そして、俺の胃袋は既に『あるモノ』を欲していた。
 時刻は午後五時。ディナーには少し早いが、俺の腹時計は既にディナータイムだと告げている。

五郎「とりあえず、歩いてみるか」

 いざ、ニューヨークのハンバーガーを求めて。 

 チャイナタウン、リトルイタリー……このあたりは今日は除外だ。
 五番街の高級エリアも俺には不相応だろうな。

五郎「どうしたもんかな……」

 セントラルパークのある方面へぶらぶらと歩いている途中、ある店の前で足を止める。

五郎「ここもバーガーショップだよな……」

 古びたレンガ作りの建物。
 大きな窓から店内を覗いてみると、内装もレンガがむきだしで、使い古されたテーブルが若干窮屈そうに並んでいる。
 クラシックアメリカン、ってまさにこういうことだよな。
 新大陸に足を踏み入れたしがない貿易商人にはぴったりだ。

五郎「うん。良いじゃないか」

 店員は気を使って、俺にもわかるくらいの単純な英語で俺を店内奥の二人掛けの席まで案内した。

五郎「さて……」

 満を持してメニューを開くが、当然のように全て英語なので雰囲気で選ぶしかない。写真がついていてくれれば良かったのだが。
 まあ、ここは王道。ノーマルなハンバーガーだ。それとポテトもつけとこうかな。

五郎「エクスキューズミー」

 拙い発音で呼ぶと、店員は器用にテーブルと客を避けてきた。

五郎「バーガー、フライズ、アイスコーヒー」

 今度は完全な日本語発音だったが、店員は笑顔でOKサインを出して去っていった。
 やれやれ、ほっと一息。

「Excuse me」

 注文してからしばらく俺が店内を見回していると、突然声をかけられた。
 見ると、大柄な黒人男性が立っている。

「May I join you?」

五郎「?」

 俺がポカンとしていると、男性は困ったように笑った。

「Umm……Share、table、OK?」

 そう言いながら男性は、テーブルと俺の向かい側の席を指さした。
 なるほど。相席ってことか。満席だもんな。

五郎「お、オーケー。プリーズ」

「Thanks」

 男性は笑顔で礼を言うと、席には座らずに店の外へ出て行った。
 なんだなんだ。相席じゃなかったのか?

五郎「やっぱり英語はからっきしだな……はは」

 すると再び店の扉が開いた。
 入ってきたのはさっきの男性ではなく、女の子だった。
 顔立ちからして、俺と同じ東洋人だろう。
 女の子は困ったように店の外をちらちらと伺いながら、俺の向かい側の席に座った。

 目が合うと軽く会釈をされたので、俺も頭を軽く下げた。
 さっきの男性は一体何だったんだ。

 女の子はしばらくメニューとにらめっこしていたが、やがて、

「アイスコーヒー」

 と、注文してメニューを閉じた。
 言い方からして、もしかしなくても日本人だよな……。

 彼女は鞄から取り出した紙面をなにやら真剣に見つめ始めた。

 異国の地で出会ったせっかくの同郷だったが、声をかけるのも憚られたので、俺は黙って注文を待った。

 ああ、腹が減りすぎてどうにかなりそうだ。

 ややあって、注文の品が姿を現した。
 来た来た、来ましたよ。



ハンバーガー: 具材はシンプル。みずみずしいトマトとレタス。カリカリに焼かれたベーコンとジューシーなお肉、とろけるチーズのハーモニー。とにかくデカい。

フライズ:少し濃いめの色に揚げられた山盛りポテト。ケチャップも山盛り。



 デカい、多い。
 しかしなかなか食欲をそそるビジュアルだ。今、俺の胃袋は確かにこれを欲している。

五郎「いただきます」

 小声で呟くと、女の子が紙面から視線を外して俺を見た……気がしたが、俺の目にはハンバーガーとポテトしか映っていない。

 一応ナイフとフォークはついているが、ハンバーガーはやはりかぶりつきたい。

五郎(少し潰して食べよう)

 上から少し圧力をかけ、そのまま両手で鷲掴みにする。
 複雑に絡み合う具材の香りに、思わずごくりと唾を飲む。

 そのまま、思い切りかぶりつく。
 端から具がこぼれそうになるが、なんとか持ちこたえてくれた。

五郎「もぐ……むぐ」

 うん。この味は正解だ。
 腹にドスンと来る味。実にアメリカンだ。

 こってりとしたソース、あふれる肉汁、チーズの風味、野菜の爽やかさ。口の中が良い意味で複雑だ。
 食材の交差点。味のタイムズスクエアだ。
 頭の中でハンバーガーの電光広告が光り出す。

五郎(お次は芋だ)

 ハンバーガーの余韻をそのままにポテトを口に放り込む。揚げたての温かさ。

五郎「はぐ……」

 サクサク、ホクホク。サクホクだ。
 ケチャップは添えてあるが、元々の塩気もかなり強い。
 フライドポテトってどうしても脇役とか、軽食ってイメージあるけど……。

五郎(十分に主役をやれるよなぁ、君)

 ハンバーガーがタイムズスクエアなら、ポテトはウエストサイドってところか。
 ケチャップをつけたポテトをひとしきり眺め、頬張る。

五郎(ふう……すごいボリュームだった)

 満足感に浸りながら、アイスコーヒーで喉を潤した。
 やはり王道で間違いなかった。シンプルが一番。

五郎「シンプルが一番……大好き好きハンバーガー……愛ライクハンバーガー……か」

 なんだか、そんな曲を最近聞いたな。
 あれは確か……。

「ふふっ……」

五郎「?」

 見ると、向かいの女の子がクスクスと笑っていた。
 しまった。今、声に出てたんだろうか。

「あっ……す、すみません……笑ったりして……知っている曲のフレーズだったもので」

五郎「い、いえ……なんだかお恥ずかしい」

「その曲、お好きなんですか?」

五郎「知り合いに勧められて聞いた曲なんですが、思ったより耳に残ってしまったようで……」

…………………

響『ゴローにおすすめなのは「おはよう!朝ご飯」と「愛ライクハンバーガー」だな。食いしん坊だし』

五郎『いや……勧められても……』

響『いいから聴いてみなよー。これを気に765プロのファンになってもいいんだぞ』

五郎『まあ……機会があればな……』

響『だからそれ、絶対聴かない人の返事だぞゴロー』

…………………

 恨むぞ響。お前のせいで俺はニューヨークの地で見知らぬ少女にアイドルオタクだと思われたかもしれない。
 まあ……彼女のせいではないか……。

「やっぱり日本の方だったんですね」

五郎「え?」

「さっき『いただきます』って……」

五郎「ああ……」

 うーん、最近独り言が増えつつあるのはマズいか。
 しかし、まさかこんなところで相席になったのが日本人同士とは……なかなかの偶然だ。

五郎「私、井之頭五郎と申します」

「すみません。名乗りもせずに……」

「如月です。如月千早と言います」

千早「偶然ですね。こんなところで日本の方と相席になるなんて」

 ちょうど同じことを思っていたようだ。

五郎「ニューヨークへはご旅行ですか」

千早「いえ、仕事で……2週間ほどの滞在なんです」

 仕事とは。見た感じ、まだ高校生くらいに見えるが……。

五郎「お若いのに大変ですね」

千早「一人ではありませんし、これも良い経験だと思ってます」

 大人だ。

千早「ただ……不安や戸惑いがないわけではありません。自分のことはまだ子どもだと思っていますし、時期尚早な感じはしていました」

 いや、やっぱり大人だ。

千早「でも今、なんとなくほっとしました。井之頭さんのおかげで」

五郎「え……?」

千早「偶然会ったあなたの口から、聞き慣れた歌のフレーズが聴けたことが、なんとなく嬉しくて……ほっとしたんです」

五郎「はあ……」

千早「すみません。話すのは苦手で、あんまり上手く言葉にできないんですけど」

 俺は恥ずかしい思いをしただけじゃなかったってことだろうか。それとも彼女なりのフォローなんだろうか。

千早「『愛ライクハンバーガー』、楽しい曲ですよね。良かったら、これからも贔屓にしてあげてください」

 そう言って如月千早はどこか悪戯っぽく微笑んだ。
 なんだか含みのある言い方が少し気になる。

千早「すみません。私、そろそろ行きます。お邪魔しました」

五郎「ああ、いえ」

 『たいしたお構いもできず』と言いそうになったが、ただの相席だ。
 そう言えば、一つだけ聞きたいことがある。

五郎「あの、最初に入ってきた男性も仕事関係の?」

千早「いえ。全く知らない通りすがりの方です」

五郎「えー……」

千早「店の前で看板を眺めてたら、入りたくて困ってるようだと勘違いされてしまったようで……」

五郎「えー……」

 なんだそりゃ。ただのお節介男だったのか。

千早「では、私はこれで」

五郎「え、ええ。お仕事、頑張ってください」

 しばらくバーガーショップの余韻を楽しんだ後、俺も外に出た。
 日が落ちた後のニューヨークの街並みは昼間とは毛色が違う。ブロードウェイの方角は電光広告が一層存在感を増していた。

 それにしてもあの如月千早という少女、やけに印象に残る不思議な雰囲気を持っていた。たいした会話もしていないのに。
 あれは……なんだろう。

五郎「声……かな」

 なるほどそんな気がしてきた。
 人の記憶に言葉を刷り込ませるような声。
 案外、あの声を活かした仕事をしているのかもしれない。声優?アナウンサー?
 ブロードウェイの街並みを見たせいか、何故かきらびやかなステージの上で歌を歌う如月千早の姿が思い浮かんだ。

 なんて、安直すぎるか。

 大きく伸びをする。
 ああ、満足した。心もお腹も。

五郎「お腹いっぱい、心もいっぱい。愛という名のハンバーガー……だな」

 きっとこの曲を聞く度に思い出すのだろう。
 ニューヨークで食べたハンバーガーの味……そして、あの如月千早という少女と出会ったことを。


おわり

短いけどこれで終わり

次回、孤独じゃないグルメ
『東京都某所のもやし炒め』


↓再放送版↓
響「ひまわりの種、食べるか?」井之頭五郎「……いらないよ」
雪歩「焼き肉には黒豆茶ですね」井之頭五郎「ほう」
井之頭五郎「このおにぎり不真面目な味」美希「えー……」
貴音「四条と五郎のラーメン探訪」井之頭五郎「……」

リンクなくてごめんね

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