※ このSSには、オリジナル設定やキャラの崩壊が含まれます。
※ オッドアイ(odd eye) 左右の瞳の色が違うこと、又はそういった状態の人や動物を指す言葉。
===1.
僕は今、ある非常に重大で、なおかつ厄介な問題に頭を悩ませていた。
それはどんな問題なのかと問うならば、椅子に座った僕の目線の先に丁度ある、
たわわと実る、二つの立派なお山についての問題で――あっ、違う。
「お仕事、お仕事、お仕事の山、ヤマ! やまっ! Pチャン、これは一体全体、どーゆうつもりだにゃ!」
そう、今の僕が考えなくちゃあならないのは、
山は山でも僕の机の上に身を乗り出すように両手をついて、怒りの表情をあらわにしている目の前の少女、
前川さんの両腕に挟まれる形でシャツ越しに主張される、二つの膨らみのことじゃない。
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1464603967
彼女の言ってる仕事の山、今後の僕らの予定が書かれた、
ホワイトボードを埋め尽くすほどの大量の仕事をどう消化するか……
それこそが僕の頭を悩ます、厄介な問題なのである。
しかし、こうなってしまったのは何も僕だけが悪いわけではない。
僕は前川さんの胸元から顔へと視線を移すと、少々言い訳がましく彼女に向けて言い返す。
「そ、そうは言ってもですね、仕事が欲しいって言ったのは、前川さんの方ですよ! 僕はただ、アナタの期待に応えただけで」
「だからって、一度にこんな量のお仕事を持って来られても、
みく一人だけじゃどーすることもできないでしょ! Pチャンには、加減ってものがないの!?」
「もちろん、ありません! 『限界なんてない、どんな時でも全力で!』、
それが先輩から受け継いだ、僕のモットーですから!」
僕が気持ちのいいほどハッキリとそう言い切ると、
彼女は「だ~か~ら~!」とかぶりをふりふり、ますます語尾を荒げてまくしたてる。
「あのね! みくが取って来てってお願いしたのは、今よりもワンランク上のお仕事のこと!
なのにこれじゃあ、普段やってるお仕事の、ただ量が増えただけじゃない!」
「で、ですが今のアイドル部門じゃそういった仕事は僕らじゃなくて、
他のアイドルに優先して回されちゃうんですよ! 今は皆で力を合わせて部門の危機をですね――」
「それ! それにゃ!!」
けれども僕が最後まで言い終わらないうちに、前川さんの伸ばした人差し指が責めるように僕を指した。
「だからってどーしてPチャンは、他のアイドルにお仕事取られて平気なの?
どんな時でも全力だって言うなら、そこでみくのことを周りの人に売り込んで、
「うぐっ! た、確かにそれは、そうなんですけれど」
僕はそんな前川さんの迫力に思わず首を縮めると、叱られた子供のような顔で彼女を見た。
そりゃあできることならば僕だって、彼女の言う通りに「良い」仕事を持って来てあげたいさ。
でも、今のウチの状態じゃ……。
「なに? 言いたいことがあるなら、ハッキリ言って!」
「……いいんですか? 聞いた後でやっぱり聞かなきゃよかったなんて、後悔したりしませんか?」
「くどいにゃ! みくはちょっとやそっとの事じゃへこたれたりなんてしないから、ほら、早くっ!」
しかめっ面をしたままで、前川さんが怒ったように言い放つ。
いや、さっきから既に、彼女は怒っていたけれど――
とにかく、僕はそういう彼女の顔をなるべく見ないように目を逸らしながら、ぼそぼそと呟くように言ったのだ。
「そのですね、お前の担当する『イロモノ』に大きな仕事を回すぐらいなら、
売れそうな他のアイドルに任せた方がはるかに良いって、殆どの人がそう言うんですよ。
ほら、前川さんも知ってるでしょう?
ウチの事務所のアイドル部門が、先行き怪しくなって来てるって、あの話」
===
――さて。ここで一度、僕と彼女の関係と、僕らの置かれた状況ってヤツについて、簡単に説明をしておきたい。
まず初めに、僕の方から自己紹介。
僕の名前はPと言い、業界でも名の知れた大手芸能事務所、
そこに数年前に新設されたアイドル部門でプロデューサーをやっている。
とはいえ、事務所の中ではまだまだ新人だから担当するアイドルも少ないし、勉強することも山ほどあるので、
その辺りを先輩たちに教わりながら毎日を忙しく過ごしている23歳独身。しがない一介のサラリーマンだ。
次に、そんな冴えない僕と一緒にいる少女、前川みくについて。
彼女は僕が今年になってから担当することになったアイドルの一人で、この春に高校へあがったばかりの15歳。
綺麗に揃えられたおかっぱと(ボブカットとも言うらしいが、僕には細かい違いはさっぱりだ)
笑った時にこぼれる八重歯が印象的な、とても可愛らしい女の子だ。
性格は常に明るく真面目。アイドルの仕事に対してもストイックなまでに精力的で、
与えられた仕事はどんな物だろうと手を抜かず、自分を戒めて取り組むその姿勢には、
自分よりも年下とは言え、僕も素直に尊敬の念を抱いている。
そんな僕らが一緒に仕事をするようになってから数ヶ月。色々とまぁ問題もあったけど、
それでも一端のアイドルとプロデューサーとして、それなりに名前も売れてきたと思っていたある日のことだ。
僕らの所属するアイドル部門にたいして、お偉いさん達から一つの通達が下された。
聞いた者すべてを震撼させた、そのとんでもない内容を簡潔にまとめると以下の通り。
『最近のアイドル部門の業績を思慮した結果、今後も目立った成果を出せない場合は、その解体も視野に入れることとする』
この話を聞いた時には、「おいおいなんて無茶苦茶な」と思ったけれど、
元々ウチの事務所が俳優業とモデル業を中心として組織された会社だったこともあり、
流行りに乗って新設されたアイドル部門が本当に必要なのか、前から疑問視する声が無かったわけじゃない。
おまけに部門の発足以来、他所の事務所に負けないような、
看板となるアイドルを輩出することができていなかったのも痛かった。
アイドルはいる、スタッフも設備も揃ってる。だけど、業界内でのウチの仕事量はそこそこで、
損はしないが大きく儲けることもないという、事業としては完全に停滞してしまっていたのが、アイドル部門の実情。
そしてそこに目をつけたのが、他の二部門のお偉いさん達。
『あっても無くても変わらない部門ならば、いっそ解体してその予算とリソースをウチに当ててくれ!』
お陰で今やアイドル部門全体が戦々恐々。
普段はそれほど関わり合いを持っていなかったウチのプロデューサー連中も、
事ここに至っては手に手をとって結託し、「人気が出そう」だったり「売れ筋に乗れそう」な企画や仕事を、
事務所の中でもそれなりに実績を持っていた数人のアイドルに優先して集めだしたのだ。
……確かに、彼らのやってることの理屈は、僕にだって理解はできる。
今は一人でもいい、「ウチの事務所の所属です!」と胸を張って言える、
そんなアイドルを用意できなければ、部門自体が無くなってしまうかもしれないのだから。
だけど、それによって割を食う人間がいるのもまた事実。
現に僕らの仕事はそんな彼女たちの余り物が殆どで、いくら真面目な前川さんでもこんな扱いが続いたら、
こうして文句の一つや二つ、言いたくなる気持ちは僕だって分かっているつもりだった……とはいえ。
===
「……僕の意見としましては、前川さんは本当によくやって下さっていると思います。
仕事先での評判も、真面目で信用がおけると良い評価を頂いてますし、事実、
こういったキャラクターで売り出しているアイドルの中では、アナタの人気は相当なものです」
「ただ、やはり『猫キャラ』という特殊なスタンスのアイドルが、ウチの看板になってもいいものか――
そういう意見が事務所内にあるのも、紛れもない事実ではあります」
今度は、前川さんが口をつぐむ番だった。
彼女は乗り出していた体を引っ込めると、先ほどまでの威勢はどこへやら、唇をかみしめるように顔を曇らせて。
着ているシャツの裾を両手で握りしめた彼女が、弱々しく呟く。
「そ、そんなこと言われたって、みくはただ、可愛いアイドルを目指してるだけなのに……」
とりあえず、ここまで。書き溜めがあるわけでもないので、更新はゆっくりを予定しております。
===
前川さんの言うように、一口に可愛いアイドルと言っても、その種類は実に様々だ。
純粋に見た目が可愛らしい子。普段の振る舞いや仕草が、女の子らしくて可愛い子。
ドジなところや天然なところ、抜けている言動が微笑ましくてカワイイ子、等々。
(他にも細かく分けられるかもしれないが、大別するとこんな感じだ)
それで、前川さんはどうなのかと言うと、彼女の場合は一番目。
容姿の可愛いアイドルの括りに入る、そう僕は思っていたのだけれど。
『芸能界にみくよりも可愛い子はごまんといる。そんな彼女たちと
渡り合っていこうと思ったら、それ以上の何か強力な個性が必要だと思うの!』
だが、彼女自身はそれで良しとはしなかった。
アイドルとしての活動を始めてすぐに、高らかにそう宣言した彼女は、
試行錯誤を繰り返した末に「猫キャラ」という表現を選ぶに至る。
安易なキャラ付けだと非難する者もいるだろうが、その完成度は非常に高く――
僕なんかはネコミミとしっぽのついた衣装を身に纏い、猫の仕草を真似ながら歌い踊る彼女の姿を始めて披露された時に、
前川さんの可愛さを追求することに対する執念と情熱を「これでもか!」と見せつけられた思いだった。
ゆえに僕は、前川さんを「猫キャラアイドル」として本格的にプロデュースすることを決めたのだし、
彼女もそれに応えて「猫キャラと言えば前川みく」というイメージを世間に対し、広めていった矢先での今回の通達である。
===
「それは、みくだって自分が『正統派』のアイドルじゃないのは分かってるよ?
キャラ付けを始めたのも、最初は他の子よりも目立てるようにって言うのが理由だったし……」
前川さんが、伏せていた顔を上げてまっすぐに僕を見る。
「だけど! 目指してるのはそんな子達にも見劣りしない可愛さだもん! そのための努力も、自信だってあって。
なのにこれからも、『イロモノ』だからの一言でチャンスすら与えられないなんて、そんなの、絶対に嫌っ!!」
彼女の瞳は、確かに少し潤んではいたけれど、しっかりとしたその眼差しと、気丈な態度が僕の心にぐさりと突き刺さる。
いくらひたむきに努力を重ねても、その成果を披露する機会が無ければ、人に認められることもない。
そしてその機会<チャンス>を彼女のために用意するのが、プロデューサーとしての僕の役割じゃなかったのか。
「……分かりました。これから先輩の所に行って、もう一度仕事の件を掛け合ってみます。
前川さんの希望に添えるかはまだ分かりませんが、とにかく、全力で。それが、僕の役目ですものね!」
「う、うんっ! お願いね、Pチャン!」
僕の言葉を聞いて、曇っていた前川さんの顔がぱあっと明るくなった。
それと同時に僕の方も、彼女の笑顔の魅力を、より多くの人に伝えられたらという思いを強くする。
なぜならばその笑顔は、見た人の心をしっかりと掴む、「可愛さ」という魅力で溢れていたのだから。
===2.「翡翠の瞳、碧眼の猫」
前川さんと話をした後で早速、僕は普段から懇意にしてもらっている、先輩プロデューサーのもとへと足を運んだ。
まだ事務所に入りたての頃の僕に、教育係として業界のイロハを教えてくれた彼女のことを一言で説明するならば「豪快」。
悩んでいる人を放っておけない面倒見の良い性格に、思い切りのある決断力。
困難という名の壁から壁を、笑いながらぶち破って突き進んでいくような、まさに元気の塊といったような人。
そんな彼女がウチのアイドル部門に所属する、プロデューサー達の
まとめ役のような立場に収まっているのも、彼女の人となりを知った今の僕には納得のいく事実であり、
その小さな体の一体どこにあれほどのバイタリティが秘められているのかは、
僕の中の些細な疑問として永遠に解決されることのない謎である。
先輩の部屋にやって来た時には、彼女は丁度応接用のソファに座り、
見慣れない女性と(新人さんだろうか?)なにやら話をしていたようだったけど、
ただごとではない僕の雰囲気を察してくれたのか、先に話を聞いてくれると言う。
ならばと前川さんとのやりとりを話して聞かせると、先輩は困ったように自分の首へ手を当てて、面倒くさそうに口を開いた。
「……悪いけど、その件はもう終わったことなの。大体仕事を分けるって言ったって、既に君に振り分けた分はどうするつもり?」
「それについても、その、前川さん一人であれだけの量をこなせるわけがないじゃないかと、彼女に怒られちゃいまして」
「あぁそう。また、やっちゃったのね」
そうして「またやってしまいました!」と下げた僕の頭を、
先輩が自分の小脇に抱えるようにして締め上げる。
「だ・か・ら、お姉さんはちゃんと教えたはずよねぇ?
勢いであれこれ仕事をとるのは結構だけど、きちんと消化できる量にしなさいよって!」
「あいだだだだだっ! 先輩! 痛いっ! 痛いっすコレっ!」
「痛くしてるのっ! そんなことだからアンタは空回りプロデューサーだなんて周りから笑われて!
その度に君の教育係だったあたしが、どれほど恥ずかしい思いをしてるか……ちょっとは、反省しろこの間抜けっ!」
「します! 反省しますからっ! あとこの状態だと先輩の胸も当たって、く、くるしい――!」
ギリギリと締め付けられる首と頬に当たる柔らかい感触。
僕の意識が遠のいていこうとしたその時に、声を掛けてきた人がいた。
「あ、あの、差し出がましいかもしれませんが……それ以上は少し……危険じゃ、ありませんか?」
それは、先ほどまで先輩と話をしてた女性。
ふわっとしたミディアムボブの髪型に、肩出しの黒いチュニックを着て。
童顔というのだろうか、纏う雰囲気こそ大人のソレだが、
顔立ちはまだあどけなく、なんとも不思議な空気を漂わせている人だ。
「あぁ、高垣さんは気にしないで。この子がポカをやらかして、あたしにシメられるのは毎度のことだから」
「……ですが、やはり目の前でこうした光景を見せられると、その……心配で」
「むぅ、しょうがないわねぇ」
高垣さんと呼ばれたその女性の言葉を受けて、しぶしぶといった様子で先輩が僕の拘束を解除する。
(その際に耳元で、「次はないからね」と囁かれたのは、きっと僕の気のせいだ)
「げほっ、こほっ! あ、ありがとうございます……助かりました」
「そんな……あまりお気になさらないで下さい」
ようやく先輩の首締めから解放された僕が、せき込みながらもお礼を言うと、
高垣さんは困ったように眉をしかめながらそう言って。そして同時に、僕もあることに気がついた。
「……どうか、しましたか?」
自分の顔をじっと見つめる、僕の視線が気になったのだろう。
高垣さんが少し、警戒したようにそう言うので。
「い、いえっ! その、綺麗な目をしてる人だなって、思いまして」
僕も、なるべく不審がられないように、オーバーなリアクションで答える。
すると、高垣さんが小さくため息をついて言う。
「あぁ……珍しい、ですよね。私の、『コレ』」
「す、すみません。話ではそういった人もいると知ってましたが、
実際に目にしたのは、初めてだったものでつい……あの、気を悪くさせてしまいましたか?」
「大丈夫ですよ……慣れて、いますから。初めて見た人は、皆さんそういう反応をされるんです」
高垣さんの言った「コレ」とは、彼女の珍しい瞳の色のことだった。
『こういう左右で色の違う瞳のことを、オッドアイって言うの。
猫チャンに多いのは有名だけど、たまに人でも、そういう目の人がいるんだって』
右目は緑に、左目は青く。
そうしていつだったか前川さんに連れて行かれた猫カフェで見た、白毛の猫がそうだったことを思い出す。
「……もっと近くで、見せましょうか? 自分でも結構、気に入っているんです。
珍しいからと、皆さんが興味を示してくれるので」
ここまで。
そうです、その者です。が、書いてるうちに自分で「コレなんか違くない?」となってしまいまして。困った。
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