サッちゃん「今日こそバナナを全部喰ってみせるッッッ!!!」(42)

男「よぉ、サッちゃん」

サッちゃん「遅いッ! サッちゃんはもうとっくに着いてたってのに!」

男「サッちゃんは、ホントはサチコって言うんだよね」

男「だけどちっちゃいから、自分のことサッちゃんって呼ぶんだよね」

サッちゃん「うるせえッ!!!」


ボゴォッ!!!


男「ゲボォッ!」

サッちゃん「それより、例のブツはちゃんと持ってきた?」

男「もちろんさ!」

男「ほら、フィリピン産の良質なバナナを丸々一本持ってきたよ」

サッちゃん「ふっふっふ、注文通りね」

サッちゃん「今日こそバナナを全部喰ってみせるッッッ!!!」

男「だけど、本当に大丈夫かい?」

サッちゃん「なにが?」

男「君はちっちゃいんだ。無理に全部食べなくても……」


ドゴォッ!!!


男「ぐ、おお……」ヨロ…ヨロ…

サッちゃん「サッちゃんに不可能なんてないの。アンタは黙って見物してなさい」

サッちゃん「まずは……バナナの皮をむくッ!」

男「気をつけて、サッちゃん! バナナの皮をむくのってメチャクチャ危険だから!」

サッちゃん「おうよ!」ビッ

サッちゃん、余裕のサムズアップ。


指先でバナナの先端をつまみ、筋に沿って、一気に皮をめくる!

ベリリリィッ!


サッちゃん「……どうよ!?」

男「すげえ! すげえよ、サッちゃん!」

男(前までは皮をめくるのに一時間かかってたのに……素晴らしい進歩だ!)

サッちゃん「さて……いよいよ実食ね」


サッちゃんの脳裏に、これまでに味わった無数の『敗北』の記憶がよみがえる。

“もう食えない……”

“は、吐きそう……トイレ!”

“ギブアップッ……!”

どんなに頑張っても、頑張っても、頑張っても、サッちゃんはバナナを半分しか食べることができなかったのだ。



男(サッちゃんの動きが止まった……! やはりトラウマが……!?)

サッちゃん「サッちゃんはちっちゃいからバナナを半分しか食えない……」

サッちゃん「――そんな童謡じみたジンクスも今日までよッ!」

サッちゃん「サッちゃんは……可哀想なんかじゃねぇって証明してやらァ!」



男「ィよし! トラウマ克服ゥ!」

男「いけサッちゃん! いや……サチコ! バナナに……挑めッ! 喰らいつけェッ!」

サッちゃん「いただきますッッッ!!!」ハムッ


先手必勝! 

バナナの先端をくわえるサッちゃん。


サッちゃん(うぐ……なかなか噛み切れないわね……)モゴモゴ…

男「落ち着いて、サッちゃん! 前歯で一気に噛み切るんだ!」

サッちゃん(分かってるッ!)モゴモゴ…

サッちゃん「う……うう……」モゴモゴ…

男「バナナをくわえるサッちゃんって、なんか……セクシーだね」ハァハァ…

サッちゃん(いやらしい目で見てんじゃねえッ!!!)モゴッ


ズドォッ!!!


しかし、この時の衝撃でサッちゃん、バナナを噛み切ることに成功ッ……!

サッちゃん、どうにか一口目を頬張り、咀嚼。

しかし、いたずらに噛む回数ばかり増え、なかなか飲み込むことができない。





サッちゃん「くっ……」モゴモゴ…

男「まずいよ、サッちゃん! あまり噛みすぎると、満腹中枢が刺激されてしまう!」

サッちゃん「分かってるッッッ!!!」モゴッ

サッちゃん(長期戦になればなるほど、サッちゃんが不利になる! なるべく瞬殺しねえと!)

サッちゃん、どうにか一口目を飲み込む。



男「よし……!」



だが先は長い。

まだ全長およそ25cmのバナナのうち、たった数センチをクリアしたに過ぎないのだ。

過酷な≪BANANA ROAD≫はまだまだ続く……。

バナナの一口目を攻略したサッちゃんであったが、早くも肩で息をしている。



サッちゃん「ハァ……ハァ……」

男「大丈夫か、サッちゃん!? 水を持ってこようか!?」

サッちゃん「ああ……頼む」



H2Oで口の中を洗浄し、態勢を整えるサッちゃん。

サッちゃん「二口目……!」モゴッ

サッちゃん「三口目……!」モゴッ

順調にバナナを平らげていくサッちゃん。

サッちゃん「フハハッ! 余裕、余裕ゥ! バナナなんざ所詮こんなものッ! モンキーの食い物よォ!」



男「サッちゃん……」

男(だけど君は気づいているのかい?)

男(すでに君の顔は、青みを帯び始めていることを……)

男(まるで……まだ完熟していないバナナのような青みを……)

サッちゃん、ようやくバナナの半分に到達する。

いわば折り返し地点――さすがのサッちゃんも休憩に入る。



サッちゃん「ハァ、ハァ、ハァ……」ゲプッ

男(サッちゃん、頻繁にゲップを繰り返すようになったな……)

男「サッちゃん、ここは落ち着いていこう。焦ると全てがパーになる。ゆっくり深呼吸してから続きに入るんだ」

サッちゃん「ああ……分かってる……ッ!」ゲェップ

サッちゃん(そう、勝負はここから……ッ!)

サッちゃん(サッちゃんは、いつもここでバナナを食べるのを諦めていた……!)

サッちゃん(ここからが真の戦い……!)



サッちゃんももちろん理解していた。

これまでの半分は、しょせん前座――今まで自分が体験してきた道に過ぎないと。

未体験の領域(ゾーン)に突入する、ここからが本番であると。

サッちゃん(本当に……いけるのか?)

サッちゃん(半分喰った今の段階で、もう歯も顎も舌も疲れ切ってるってのに……)



今のサッちゃんは――

たとえるなら、フルマラソンを走り終えたと思い込んでいた疲労困憊のマラソン選手が、

『あと残り21.0975kmです! 頑張って下さーい!』

と言われた時のような心境であろう。


並みの人間なら精神崩壊を起こしても不思議はない。

男(サッちゃん……)ゴクッ





サッちゃん「喰らい尽くしてやるぜ……バナ公ォッ!!!」ハムッ





男「いったァァァァァ!!!」

サッちゃん「ぐ!?」モゴ…



後半一口目を入れた瞬間、サッちゃんは悟った。

どんなに虚勢を張ろうと、自分が限界に近づきつつあることに!



サッちゃん(キ、キツイ……ッ! やっぱりサッちゃんには無理なの……!?)ウゲッ…

男「サッちゃん、大丈夫か!?」

サッちゃん「…………ッ!」

サッちゃん「阿呆がッ! 大丈夫に決まってンだろッ!!!」モグッ

サッちゃん、後半一口目を無事クリア!



サッちゃん(フン……あの阿呆に救われたわ……)

サッちゃん「むぐ……」モシャッ…

サッちゃん「あむ……」モグ…

サッちゃん「んぐ……」モニュ…





コツを掴んだのか、破竹の勢いでバナナを攻略するサッちゃん。

しかし、徐々に……そして確実に……バナナはサッちゃんの体を蝕んでいた……。

すでにバナナは皮を完全にはぎ取られ全裸となっており、残り数センチという地点――


もう完食(ゴール)は目の前だというのに――


来るべき時が来てしまった。





サッちゃん「ガッ……!」グェプッ

食したバナナの量が、サッちゃんの胃袋の許容量を超えてしまったのだ。



サッちゃん「ぐむむ……ッ!」



男「ハッ!」

男(まさか……イップス!?)

サッちゃん(体が、動かねェ……ッ!)

サッちゃん(もう……吐き気すらしやがらねえ……)

サッちゃん(意識が……遠のく……)

サッちゃん(目の前がどんどん、黒くも白くもない色に……塗りかえられ……)

サッちゃん(そうか……これが……)









これが“死”か……

へっ、なあんだ“死”ってのはこんなもんかよ……




どうってことねえ……




どうってこと……




これでやっと楽に……





「サッちゃん!!!」

男「サッちゃん、死ぬな! 死ぬなァァァァァ!!!」




へっ、やかましいヤロウだ……




しかたねえ……




もうちょいだけ頑張ってやるか……ッッ

サッちゃん「うおおおおおおおおおおっ!」ガバッ

男「サッちゃん!? よかった、死んだのかと……」グスッ

サッちゃん「サッちゃんが死ぬワケねえだろ……続行だ!」



生死の狭間から帰還を果たしたサッちゃん。

再び、バナナと向かい合う。

残り数センチのバナナ――


男「そうだ! そのバナナ、ミキサーにかけてジュースにして飲めば……ッ!」




名案であった。

液状にしてしまえば、咀嚼する工程を省けるので、より少ない労力でバナナを食すことができる。



しかし――

サッちゃん「ありがたい話だが、ミキサーは……使わねえ」

男「!!!」

男「サ、サッちゃん……! だけど……!」

サッちゃん「大丈夫……強がりなんかじゃないわ」


この土壇場で、サッちゃんの表情には余裕すら感じられた。

一度“死”を経験したことが、サッちゃんの肉体と精神力を著しく向上(レベルアップ)させていたのである。

サッちゃん(さっきまではこのバナナが山よりも巨大に見えた……)

サッちゃん(だけど今はもう……ノミよりも小さく見えらァ!)





サッちゃん「じゃあな……バナナ。トイレでまた会おうッ!」

サッちゃんは最後の一口を、ゆっくりと口の中へ押し込んだ。

決着の瞬間は――あっけないものだった。







サッちゃん「ごちそうさま」ペロリ

男「おめでとう、おめでとう! サッちゃんっ!」

サッちゃん「ありがとう……」

サッちゃん「あたしがバナナを喰い尽くせたのは、アンタのおかげよ」

男(“あたし”……!? あのサッちゃんが……!? 自分のことを“あたし”って呼んだ……!?)

男「ふふ、おっきくなったね、サッちゃん」

サッちゃん「もう……ちゃん付けで呼ぶのやめてよ」

男「ごめんよ……サッち……サチコ」

男「サチコ、君はどんどん成長するね」

男「恐れることなく、立ち止まることなく、どんどん前へ進んでいく」

男「きっと今に君は、僕のことなんか忘れてしまうんだろうな……」

男「そして、いずれ君に相応しい立派な男性と出会うんだろう……」

サッちゃん「…………」

サッちゃん「そんなこと……ないわよ」

男「えっ……!」

サッちゃん「おっきくなってるのは……あたしだけじゃない」

サッちゃん「アンタも昔はあたしの打撃を受けて一発で沈んでたけど」

サッちゃん「今は三発までは耐えられるようになったじゃない……」

男「サ……サチコ……!」

サッちゃん「さ、今度はバナナを二本喰えるようになるわよ」

男(すげえ……サチコの目は常に前を向いているッ!)

男「と、ところでサチコ……」チラッ

サッちゃん「なに?」

男「心なしか……胸もほんのちょっぴりおっきくなったような……」

サッちゃん「下半身おっきくしてんじゃねえッッッ!!!」



ボゴォッ!!!






~おわり~

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