若林智香「いつものアタシ」 (32)

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 PiPiPi……アサダヨ!!……PiPiPi……アサダヨ!!……

「んっ……んん~~~~っっ!!」

 気持ちのいい朝が、来ました。
 アタシは、ベッドから飛び起き……たりはしないで。ゆっくりとストレッチを始めます。
 ……ゆっくり……じっくり。

『怪我したら、楽しめないし、楽しませられないよ?』

 チア部の先輩の教え、身体に沁みついてます。
 チームの誰かが欠けても悲しいし、それにアタシたちが応援する誰かを、笑顔にできない。
 元気に。楽しく。笑顔で。
 みんなを笑顔にしたいから。アタシは、ルーティーンをこなします。

 ……少しずつ体がほぐれて、意識も覚めてきました。

「うん……よしっ」


 時刻は。うん、まだ余裕。今日のスケジュールは、レッスンだけだったはず。なら。
 アタシはチェストの引き出しを開けます。そこはTシャツとかタンクトップとか、いろいろ山になってる引き出し。
 部活帰りとか、合宿とか。部の仲間とお揃いのTシャツをいっぱい、買ったりしました。
 ママには『こんなにTシャツばっかり!』って怒られたけど。

 その一枚一枚に、想い出。
 えっと、今日一緒にレッスンするのは……みりあちゃんだね。じゃあ……
 アタシは、お気に入りのを一枚、出しました。

 洗面台でブラッシング。
 髪が長いと、時間が掛かっちゃいます。でもこの長さも、自分らしさ。
 丁寧に束ねて、ゴムでしばって、シュシュをつけて。
 髪を束ねると、自然とスイッチが入ります。アタシの戦闘スタイル。応援というステージに立つという気持ちが、昂ぶっていくのです。
 鏡で自分を、確認。

 さあ、今日も行くよっ☆



     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




「ふっ!……はっ!……はっ!……」

 タン、タン、と。寮を出て、いつものラン。
 体力作りです。とは言っても、そう速く走ったりしません。ベテラントレーナーさんに言われました。

『あまり負荷をかけると、体型が変わってしまうからな。だから、軽い負荷で自分をコントロールするよう、意識するんだ』

 そのときは深く考えませんでした。走り込みは、チア部の時でも基本でしたから。
 でも、今はそうじゃありません。アイドル、というプロの仕事。
 プロならば、それ相応の意識と行動を。自分の意識を少しずつ、アイドルへとなじませていくのです。

 走って、自分の呼吸を感じて、身体の律動を感じて。少しずつ、少しずつ。


「智香さん!!!おはようございます!!!!」

 茜ちゃんが、追いついてきました。いつもの、朝のお相手です。

「智香さん、今日もがんばって走ってますね!!!」

「うん、やっぱりね……なんか身体を動かすと気持ちいいから」

 茜ちゃんはアタシと並ぶよう、自分のペースを落としてくれます。

「わかります!!わかりますよ!!! 走ってるとこう、燃えてくるものがありますよね!!!」

「あはは☆ そうだねー」

 茜ちゃんはいつも元気です。でも、それだけじゃない。一緒に走ってると、分かります。
 茜ちゃんは、とっても相手を気遣ってくれる子。いつもそれが、うれしいのです。

「ところで、茜ちゃん……今日のお仕事は?」

 アタシは茜ちゃんに尋ねます。

「外で撮影です!!!」


「え?……じゃあ、集合時間、早いんじゃない?」

 アタシの問いかけに、茜ちゃんは一瞬ぽかんとしたあと。

「ああーーー!!!そうでしたあーーー!!!!これは不覚でした!!!!」

 そういうと茜ちゃんは。

「ではお先に!!失礼します!!!」

 そう言うと「ボンバーーーー!!!!」のかけ声ひとつ残し、全力で駆けだしたのでした。
 そしてアタシは。
 タン、タン、と。いつものペースを維持したまま、事務所へ向かうのです。



     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




「おはようございますっ」

「智香、おはよう」

「智香ちゃん、おはようございます」

 事務所に着いてあいさつすると、プロデューサーさんとちひろさんが返してくれます。これも、いつもの風景。
 それにしてもプロデューサーさんは、忙しそう。それはそうです。こんなにもたくさんのアイドルを、育てているのですから。
 そして、ちひろさんも。

「ああ、そうだ。智香」

「なんです? プロデューサーさん?」

「今日の最終レッスン、智香がお願いしてたところ押さえたぞ」

「! ほんとですかっ! ありがとうございます!」

 みりあちゃんとのレッスンは、一応今日が最後。なぜなら。
 もうすぐ、みりあちゃんのライブがあるからです。そしてアタシはゲストとして、みりあちゃんをサポートし、応援する役回り。
 楽しみしかありません。
 いつも明るく元気なみりあちゃんが、ステージを駆け巡る姿を思い浮かべ、アタシはアタシのすべきパフォーマンスを想像します。


「プロデューサーさん! 智香おねえちゃん! おはよー!」

 ほどなく、主役が事務所へやってきました。

「みりあ、おはよう」

「みりあちゃん、おはよ☆」

「えへへ、おまたせー!」

 みりあちゃんは、とてもいい笑顔を見せてくれます。

「そうそう、みりあ」

「なに? プロデューサーさん?」

「今日はな。ルームじゃなくて、ひろーいところで練習するぞ」

 その言葉を聞いてみりあちゃんは、いっそう笑顔を輝かせて。

「ひろーいとこ? ……わーーい!やったやったー!!」

 事務所で跳ね回ります。


「じゃあじゃあ、今日はいっぱいいーーっぱい、飛んだり走ったりできるね! わあっ!たのしみ-!」

 みりあちゃんの言う気持ち、とてもよくわかります。だって。

「アタシも、みりあちゃんとひろーいところで練習できるって聞いて、うれしくなったよ?」

 アタシもうれしいから、こう、言うのです。

「楽しみだよね☆」

 広いところと言っても、たいしたことじゃありません。
 場所は、普通の公営体育館。でも、アタシには意味のあることなのです。それは。

 アタシが、アタシらしく育てられた場所、だから。

 チアの楽しさも、その練習の楽しさも大変さも、仲間との心のやりとりも。
 それは、体育館の中で育てられました。
 だから、プロデューサーさんにお願いしたのです。ステージ仲間のみりあちゃんと、心のやりとりをしたいから。
 そして。
 みりあちゃんを心から、応援したいから。



     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 ほんのりと、汗とほこりの混じったにおい。
 ああ、帰ってきたなあ。
 アタシはそんなひとりごとを、口にしていました。

「ん? 智香、なんか言ったか?」

「いえ、なんにも?」

 プロデューサーさんの問いかけに、アタシはいいえとだけ、答えます。
 でも、気持ちは。そう。
 体育館は、アタシのホームグラウンドです。

「けっこう、高いんだなあ」

 天井を見上げ、つぶやきます。
 スタンツのトップからダイブをするとしたら、と。アタシはつい癖で、天井までの高さを測ってしまうのです。

「智香おねえちゃん! すっごい広いね! 学校の体育館よりずーっとずーっと!!」

 みりあちゃんは、とても喜んでくれてます。
 バレーコートが3面はゆうに取れる体育館を、プロデューサーさんは押さえてくれました。

「ここなら、最後の練習にもってこいだろ?」

「……はい!」

 プロデューサーさんがそう言うと、アタシもうれしくなってつい、大きな声で返事をしてしまいました。


 みりあちゃんとふたり、ストレッチをしながら身体をほぐしはじめました。
 その間、プロデューサーさんとマスタートレーナーさんは、メジャーで寸法を測りながらビニールテープを貼っていきます。
 そう。仮想ステージを作っているのです。

「どうだ。赤城、若林。準備は?」

「はーい!」

「大丈夫です☆」

 マスタートレーナーさんのかけ声に、みりあちゃんとアタシは返事をします。

「いいか。これは最後の確認だ。私から教えることは特にない。ただ、このテープを気に留めて、動きをチェックするんだ」

 マスタートレーナーさんは、みりあちゃんに顔を向け、そしてアタシに顔を向け。

「いいな?」

「「はい!!」」

 その言葉で、アタシたちのスイッチが、入りました。
 でも、やはり。というか。

「赤城! ここはスタジオじゃないぞ! もっと大きく動くんだ!」

「はーいっ!」

 マスタートレーナーさんは、通し練習で指示を出し続けてます。

「若林! 自分の足下を見てみろ!」

「はいっ! ……あ」

 アタシはしっかりと、ステージラインに見立てたテープを踏んでいました。


「本番のステージだったら、お前は観客席にズドン! ……となるぞ」

「すいませんでした!」

「動きばかり気にするんじゃない。足下にも気を配れ!」

「分かりました!」

 結局のところ、みっちり2時間。マスタートレーナーさんの指導は続きました。
 さすがにみりあちゃんは、そろそろ限界のよう。でも。

「はあ……はあ……うん! みりあ、いっぱいがんばれたよ!」

 そう言って、満足そうな笑みを浮かべるのです。
 そして、アタシも。

「よし! これですべての練習は終了だ! 本番、愉しみにしているぞ」

 マスタートレーナーさんがあいさつを投げます。そして、アタシたちは。

「「はい! ありがとうございました!」」

 そう、返すのでした。
 するとマスタートレーナーさんは、アタシにゆっくり歩み寄ってきて、耳元で。

「若林……十分あったまったろ?」


 そうささやきました。アタシは、その意味を十分に理解しています。

「はい……できあがってます」

 アタシは小声で答えました。

「そうか……じゃあ後ろで観させてもらうぞ」

「はい!」

 アタシは、これからが本番。そう。
 みりあちゃんへの応援が、待っています。



     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




「みりあ、おつかれさん。どうだった?」

「うん! すっごく楽しかった!」

 プロデューサーさんが、みりあちゃんに声をかけます。その間、アタシは。
 あたたまった気持ちが冷めないように、じっくり、じっくり。

「実はな、みりあ。智香おねえちゃんがみりあにプレゼント、だって」

「え? プレゼント?」

 みりあちゃんは、驚いた表情を浮かべました。

「ステージがんばれるようにって、な」

「えーっ! なんだろ!?」

 さあ、応援に行こう。
 アタシは、つぶやきます。

「みんなの、ために」

 もう一度、今度ははっきりと。

「みんなのために! Try! For! All!」

 マスタートレーナーさんが、ポンポンをセットしてくれました。

「Fooooooo!!」

 アタシはフロアのセンターへ走り、そしてセットしました。

 みりあちゃんが興味津々に、アタシを観てくれています。

 右手を挙げます。それが、始まりの合図。
 プロデューサーさんが、音楽を流しました。







―― Demi Lovato - Get Back
https://www.youtube.com/watch?v=lJXJ5rzcHVQ&feature=fvst







 片膝立ちでうつむくスタート。顔を上げ、ローブイ。クロスして、ハイブイ。
 アタシは立ち上がります。前へ歩みながらのダンス。振り向き、後ろへ。
 そしてステップを踏みながら、ハンズクラップ。みりあちゃんに、手拍子を求めます。

――ぱん! ぱん!
 みりあちゃんもそれを分かって、手を叩き始めました。
――ぱん! ぱん!
 プロデューサーさんもマスタートレーナーさんも、合わせてくれます。

 サビが近づいてきました。アタシは小走りに大きく迂回して、フロア角へ。
 対面を向きます。そう。
 アタシの得意としている、タンブリング。
 サビに合わせ、助走。ロンダートからバク転。そして。

 たんっ!

 アタシは伸身のバク宙を決めました。


 みりあちゃんが、思わず立ち上がりました。その顔は、驚きと歓び。
 ……よかった。
 ――よかった!

 アタシは、セットされたポンポンを持ちました。

「Let's go!」

 かけ声とともに、さらなる手拍子を求めます。そして、チアにはおなじみのコール。

「Go! Fight! Win!」
「Go! Fight! Win!」

 ポンポンでポーズを取りながら、踊ります。
 そこにはみんなの笑顔。

 アタシはその上を行く笑顔で、みりあちゃんにコールをかけました。

「You can do it! みりあ!」

 もう一度。

「You can do it! みりあ!」


 ポンポンを置いて、またフロア角へ。ロンダートからバク転。そして今度は、伸身の二回ひねり。
 みりあちゃんは飛び跳ねて、歓びを表現してくれます。

……うれしい?
――うれしい!

 もう一度ポンポンを持ち、ラストへ。全力のトータッチジャンプを決めます。

「うわあ!」

 みりあちゃんの声が、アタシのエネルギーに。そして曲が、終わります。

「――Yeah☆」

 出し切りました。

 アタシは、いい笑顔でチアできてたでしょうか。
 せいいっぱいの応援、贈れたでしょうか。

 それは、すぐに分かりました。
 みりあちゃんと、マスタートレーナーさんと、プロデューサーさんと。みんなの、はじける笑顔。

 アタシは、思うのです。
 ああ、チアやっててほんとにうれしいな、って。
 この笑顔のために、チアもアイドルも、全力で。
 それが、いつもの若林智香。アタシなのだから。



     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




「ねえねえ! 智香おねえちゃん!」

「ん? どうしたの?」

 みりあちゃんがアタシに尋ねてきました。

「みりあも、智香おねえちゃんみたいにできるかな!?」

「どうして?」

「だって、智香おねえちゃんが、すっごくかっこよくて! あと、すっごく元気になった!」

 みりあちゃんが興奮気味に話してくれます。そっか。
 元気になってくれたのなら、アタシのチアはちゃんとみりあちゃんに届いてたね。
 それだけで、報われました。

「みりあ、チアやってみたい! そしたら応援してくれるファンのみんな、もっともーっと、元気にできるかな!」

 アタシは、こう答えました。

「もちろん☆ チアでみんなを、元気にできるよ! ……でもね」


 そして、続けるのです。

「みりあちゃんもアタシも、アイドル、だよね?」

「……うん」

 みりあちゃんの目は真剣です。だからこそ、きちんと。

「アタシたちアイドルが、歌って踊って、笑顔を振りまいて。それを観てくれるファンのみんな、どんな顔してる?」

 アタシは逆に、みりあちゃんに尋ねました。

「……みんな、にこにこ笑ってくれてる! ……そっか」

 よかった。気がついてくれたようです。

「みりあが、歌って踊っておしゃべりして、アイドルしてるだけで、みんな元気になってくれるんだ。そっか。そうだね!」

 アタシたちアイドルは、こうしていることでみんなを笑顔に、元気にできる。それはチアと一緒です。
 だからアタシは、アイドルを続けられる。そんな気がします。

「そうだよ? だから今度のステージ、一緒にがんばろうね☆」

「うん!!」


 次にみりあちゃんと会うのは、本番のステージ。でも、きっと大丈夫。
 みんなに元気を、届けられたから。きっと次は、ファンのみんなに一緒に、元気を届けられる。
 そう、思うのです。

「……あ、でもでも!」

 みりあちゃんは、まだお話があるようです。

「みりあ、やっぱりチアやってみたい! 今はアイドルだけで大変だけど、智香おねえちゃんくらいおっきくなったら」

 正面から、アタシを見て。

「みりあ、ほんとにほんとに、チアやってみたいよ! ……できるかな?」

 そっか。
 アタシの中に、小さいときのアタシが、現れました。

 はじめてチアに出会ったときの、あこがれ。

『アタシ、あのおねえちゃんたちみたいになりたい!!』

 みりあちゃんは、あのときのアタシ、そのもの。
 だから、アタシは、答えるのです。

「できるよ……みりあちゃんもきっと」


 プロデューサーさんとマスタートレーナーさんは、後片付けに追われています。
 その表情は、さっきの笑顔を残していました。
 みりあちゃんとアタシの会話を、興味深げに聞いているようです。

「そっかあ! ねえねえ! どうやったらできるようになる?」

 みんな、笑顔にできました。アタシは、アタシのやれることを出し切って。
 元気に。楽しく。笑顔で。
 先輩から教えられたものを、アタシはみりあちゃんにも伝えていくのです。

「それはね?――」



     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




(おわり)



     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

おつかれさまでした。お読みいただきありがとうございます。

事情があってだいぶお休みをいただきましたが、また書き始めました。
お気に召せば幸いです。

では ノシ

※ おまけ

Voceについては、再投下の後、続ける予定があります。
そちらも、ご縁があれば ノシ

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