男「会社休みたいから、誰かに死んでもらおう」 (30)

男(あ~……かったるい。会社休みたい)

男(仕方ない……こうなったら誰かに死んでもらうか……)

男(――ってわけで、親父! すまねえ! 俺のために死んでくれ!)

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男「あ、もしもし課長ですか?」

課長『うむ、どうしたんだね?』

男「実は……昨晩、父が亡くなりまして」

課長『ええっ!? それは大変だ!』

男「なので、今日は休ませて下さい」

課長『分かった……気を落とさないようにな』

男「ええ、申し訳ありません」

男(悪いな……親父。父の日には、いい酒をプレゼントするよ)

……

……

男(また休みたい……)

男(よし、今度はお袋に犠牲になってもらうとするか!)

男「もしもし、課長ですか?」

課長『君か、どうしたんだ?』

男「実は今朝、母が急死しまして……」

課長『なんだって!? それは大変だ!』

男「休みを頂きたいのですが……」

課長『ご両親を立て続けに亡くして辛いだろうが、くじけんようにな』

男(へへへ……大成功)

……

……

男(あ~、今日は会社行きたくねえ……)

男(今度は誰に死んでもらおうかな……)

男(よぉし、おじいちゃん! ――君に決めた!)

男「もしもし、課長ですか?」

課長『おはよう』

男「先ほど父方の祖父が亡くなったと、実家から連絡がありまして……」

課長『なに!?』

……

……

男(さーて、次はどうしようか)

男(親父側のじいちゃんばあちゃんも、お袋側のじいちゃんばあちゃんも使っちゃったからな。まだ生きてるのに)

男「もしもし、課長ですか?」

男「私の叔父が亡くなったので、休ませて欲しいのですが……」

……

……

男「おはようございます、課長」

課長『うむ、何かあったのかね?』

男「実は……いとこが交通事故で亡くなりまして……」

課長『ん? いとこはたしかすでに三人亡くなっているはずだが……』

男「あ、いえ! 失礼しました! 甥っ子の間違いでした!」

課長『甥も病気で亡くなってなかったかね?』

男「え! あ……二人目、二人目の甥です!」

課長『そりゃ大変だ! 分かった、今日は休んでもいいぞ』

男「ありがとうございます!」

男(まずいな……親族をあらかた使いきってしまった……)

……

……

男「あ、どうも、課長!」

課長『うむ、おはよう。なにかあったのかね?』

男(これ以上、親族を死なせるのはマズイ……しゃあねえ、ペットをでっちあげるか!)

男「え、と……実はペットの犬が亡くなりまして」

課長『ペット!? 君はアパート暮らしで、そこはペット禁止だと前に話してくれなかったかね?』

男「(くそっ、記憶力いいな、この人!)実はですね、大家に内緒で飼ってたんです!」

課長『そうだったのか……』

男「ペット用のお墓に埋葬したいので、休みを頂きたいのですが……」

課長『もちろんだ。ちゃんと供養してあげなさい』

男(大成功! しばらくはペットでいくか!)

……

……

男「課長……またペットが亡くなりまして……」

課長『なんと!?』

課長『これまでに、犬、猫、ニワトリ、ハムスター、シマリス、インコ、カナリア、カブトムシ、パンダ、キリン、
   カメレオン、ヘビ、トカゲ、マントヒヒ、ヤンバルクイナ、カモシカ、エチゼンクラゲ、乳牛、カマキリ、
   羊、ペンギン、ヤドクガエル、コウモリ、ホタル、スッポン、インド象と亡くしているが、次は何を?』

男「(もうそんなに死なせてたっけ……やべぇ、どうしよう)えぇと……次はゴキブリです」

課長『ゴキブリ!? あんなものをペットにするとは変わってるな……』

課長『おっと失言だった。分かった、今日は休んで供養してあげてくれ』

男「はいっ!」

男(親族シリーズに続いて、そろそろ動物シリーズも限界だな……)

……

……

男「もしもし……課長ですか?」

課長「おお、君か」

男「実は――」

男(どうする!? 次は誰を死なせる!? もう動物は使えない……だったら!)

男「俺の先輩が亡くなりまして!」

課長『なんだって!? しかし、彼は出勤してきているぞ!?』

男「ですが……亡くなったのです!」

課長『な、なんと!? そうか……彼はすでに死んでいるのか……!』

男「というわけで、お休みさせていただきます」

課長『分かった、香典を包んであげてくれ』

男(ふう……なんとかなったぜ)

……

……

男(あ~、今日は休みたい気分だ)

男(次はどうしようかなぁ~……)

男(同僚シリーズも先輩に後輩に主任に係長にOLさんと、みんな使っちゃったからなぁ……)

男(じゃあ次はあの人しかいない!)

男「もしもし、課長ですか?」

課長『おはよう、どうしたのかね?』

男「実は昨晩……課長が亡くなりました」

課長『な、なんだって!? この私が!?』

男「生前はお世話になりましたし、葬儀に出席したいので、本日お休みをいただいてよろしいですか?」

課長『そ、そうだな。そうしてくれた方が私も喜ぶだろう』

男「ありがとうございます!」

……

……

男「もしもし」

課長『おお、君か。この間は私のために会社を休んでもらってすまないことをした』

男「いえいえ、もう済んだことです」

男「ところで、つい先ほどのことなのですが――」

課長『何かあったのかね?』

男「私が死にました」

課長『何ィィィィィ!?』

課長『私に続いて、君までも死んでしまったのか! なんてことだ!』

男「ええ……それはもう見事に死にました」

男「なので、今日は仕事をお休みしてよろしいですか?」

課長『そりゃあ、仕方ないだろう。ゆっくり休んで、成仏してくれたまえ』

男「お心遣い、感謝いたします」

……

……

男(あ~……昨日夜更かししちゃって眠いや。今日は休みをもらいたい)

男(だけど、親族に動物、同僚に、ついには俺まで死なせちゃったからな……次はどうしよう)

男(うーん、何かないか、何かないか……)

男(――そうだ!)

男「課長ッ……!」

課長『どうしたんだね?』

男「実は私のご先祖様が亡くなりまして……お休みを……」

課長『なんだって!? 君のご先祖が!? いつ!?』

男「えぇと……多分200年ぐらい前かと……」

課長『分かった……まだシーズンではないが、お墓参りに行ってあげてくれ』

男「そうします」

男(よし、しばらくは休みたくなったらご先祖様シリーズで休むぞ!)

しかし、新シリーズが開幕したというのに、男は罪悪感にさいなまれていた。

男(俺はこのままで……いいのだろうか?)

男(このまま誰かの死をでっちあげて、課長の良心につけ込んで……騙して……)

男(本当に……このままでいいのだろうか?)

男(いや……よくない!)

男(虚偽の話とはいえ、人を死なせるのってやっぱり気分よくないし……)

男(なにより課長は、本当に俺のことを身内に死なれまくってる気の毒な部下だと思ってくれている……!)

男(もう……終わりにしよう)

男(課長に全て打ち明けよう!)

それから数日後、会社にて――

男「課長、二人きりでお話ししたいことがあるのですが」

課長「なんだね? 愛の告白だとすると、悪いが受けられんぞ」

男「真剣な……話なのです」

課長「茶化してすまなかった。込み入った話のようだから、小会議室に移動しよう」ガタッ

課長「……さて、話というのを聞こうじゃないか」

男「実は……実は……ッ」

男(いざとなるとやっぱり恐ろしい! 言い出せない!)

男(なにしろ、自分は人の死を利用して怠けてる最低ヤロウです、と暴露するようなものだからな……)

男(でも……言わなきゃ!)

男「課長、今まで私は色んな人や生物の死を理由に、しばしば休暇を取って参りましたが……」

課長「?」

男「実は……全部ウソなのです!」

課長「え……ウソ、なの……?」

男「はい……真っ赤な大ウソです……!」

課長「全部……?」

男「そうです……! ご先祖様以外は……全員、生きているのですッ! あとペットなんか飼ってません!」

男「申し訳ありませんでしたァ!」

課長「…………」

課長「なんだ……そうだったのかぁ……」

男「へ……?」

課長「つまり君や君の親族や同僚は亡くなってないし、ペットも死んでないし……」

課長「そして、この私も……生きているということだね?」

男「そうです……! 俺も課長も、死んでなんかいません……生きてます!」

課長「よかったぁ……」

課長「本当に……ウソで……よかった……!」ポロッ…

男「課長……!」

男「……申し訳ありませんでした……!」

課長「謝ることはないよ。むしろ私は今、君の話がウソだったことへの喜びで一杯なのだから……」

男「課長ぉ……」

課長「さ、今夜は飲もうじゃないか」

課長「我々が生きていた喜びと、君のご先祖様のあの世での息災を祈って、ね」

男「はいっ!!!」

――

――――

――――――


課長「明日までに今期の売上に関する資料を作成しておいてくれたまえ」

男「分かりましたっ! パソコンを持ち帰って、家でやってきます!」



それ以来、男は誰かを死なせて休暇を取ることはすまい、と固く決意した。

なぜなら彼は、誰かの犠牲の上にある安息など存在しないと理解したのだから……。

次の日――

男(やっべぇ~、結局資料完成しなかった……こうなったら仕方ない!)

男「す、すみません……ゴホッ、実は風邪をひいてしまって……ゲホッ、今日休ませて欲しいのですが……」

課長『ええっ!? それは大変だ! ゆっくり休みたまえ!』







<終わり>

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